渦戦士エディー

    戦烈のダーク・エディー 〜後編〜 

 

 


(一)

 エディーとニセ・エディーが激しい追走劇を演じた日の夕方のテレビニュースで、県警ヘリからの映像が公開された。

 ドでかいバイクを駆るふたりのエディーが剣を交えながらものすごい勢いで走り去る映像は、全県下の人々を驚愕させ、そして安堵させた。

<やはり高速バスを襲ったのはエディーのニセモノだったのだ。>

<エディーは今も私たちを護ってくれるヒーローなのだ。>

<エディー、早くニセモノをやっつけてくれ!>

<もうタレナガースなど恐るるに足らずだ。>

そういった書き込みがネット上を賑わせた。

「よかったわね、ヒロ。濡れ衣が晴れて」

 ドクの言葉に頷きながらも、ヒロの表情は冴えないままだ。

「どうかしたの?うかない顔しちゃって」

「うん・・・結局俺はニセモノには勝てなかったからね。それに、この傾向はあんまり良くない」

「傾向?」

「ネットさ。君も見たろ、あの書き込み」

「ええ、みんなあなたを信頼してくれていたのね。私、嬉しくなっちゃった」

 ドクのこんな笑顔は久しぶりだ。高速バスの一件があってからこちら、彼女は心から笑っていなかった。冗談を言っている時も、笑ったような表情を見せている時でさえも、だ。

「俺もさドク。だけど俺たちがこんなに嬉しいってことは、思いっきりそうじゃないヤツらもいるってことさ。そうだろ?」

 ヒロとドクは黙って互いを見交わした。

―――ヨーゴス軍団が来るぞ!

 

 そしてヒロの心配は間もなく的中した。

 大胆にもタレナガースは翌日の昼前の地元ニュースをジャックしたのだ。

「ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。徳島の県民諸君、ごきげんよう。余は貴様らの悪しき隣人タレナガースである」

 タレナガースの映像はいずこからか遠隔操作によって強制的に割り込んできたものだ。画面いっぱいに映し出された気味の悪いシャレコウベに、楽しい昼食のひとときは台無しになった。

「諸君も昨日のニュースで既に承知のことと思うが、先日の高速バス襲撃犯は確かに余の配下にある者である。じゃがニセモノなどと呼んではならぬ。あれは、あやつの名はダァァァク・エディィィーじゃ。よぉく見知りおけ。ダーク・エディーは強いぞよ。現に昨日の戦いでもエディーめを退けておる。余のダァァァク・エディィィーを止めることは誰にもできぬよ。ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ」

 そして気色の悪い笑い声が不意にやみ、ドクロのタヌキ妖怪はそのツラをさらにグイとカメラに近づけた。その声に凄みが増す。

「ヨーゴス軍団を甘く見ておる愚かな輩どもには思い知らせておかねばならぬ。余の恐ろしさを。真の恐怖とはどのようなものかをの・・・うひゃっ!?」

 そこで突然タレナガースの姿が画面右へ吹っ飛び、かわりに左から別の顔があらわれた。ヨーゴス・クイーンだ。どうやらクイーンがタレナガースを突き飛ばしたらしい。画面中央に現われたクイーンはなにか言おうと口元をひくひくさせていたが、結局「バーカ!」とアゴをつきあげた。

 そのひとことで唐突に電波ジャックは終わり、もとの番組が再び流れ始めた。

(二)

「いたいた。見つけたぞ」

 林の中から押し殺した男の声が漏れてきた。

「うそ。どれどれ?」

「バウワウ?」

 今度は声ではなく顔がふたつ・・・ブッシュの中からムニュっと出てきた。エリスとピピだ。してみると先刻の男の声の主はエディーであろう。

 午前10時、眉山山中。

 タレナガースの電波ジャック以来、エディーたちはヨーゴス軍団の次なる陰謀を未然に防ぐために県内をくまなくパトロールしていたのだ。

「さすがだな、ピピ。エリスが自信たっぷりに紹介するはずだ」

 ブッシュの向こう側でエディーの声だけが流れてきた。顔だけ出しているエリスが「むふふ」と笑う。やみくもにヨーゴス軍団を探していても埒があかないからと、ためしにエリスがピピの毒物探知能力を最大レベルにまであげた結果がここだったのだ。

 今エディーたちから約20m離れた林の中を、ヨーゴス軍団の戦闘員が5人、汗をかきながら進んでゆく。リーダーと思しき先頭の戦闘員が刃渡り50センチほどもあるブッシュナイフで枝や蔓を叩き切って道を拓き、その後ろをなにやら重そうな黒い物体を担いだ4人が続く。

 道なき斜面をズルズルと何度も足を滑らせながら、それでも陽光を受けて黒光りするギターケースほどの金属製の物体を大切そうに担いでいる。自分たちが泥だらけになろうとも、この荷物にだけは土ひと粒つけない覚悟であるようだ。

「あれ、何かしら?」

「ウ〜ワン?」

 エリスとピピは興味津々だが、この位置からでは無数の木々が邪魔をしてよく見えない。

「ねぇエディ、あれ・・・うぁぷっ!」

「バフ!」

 エリスとピピの顔が急にブッシュの向こうへ吸い込まれるように消えた。

「いたたたたたた」

 ふたりは・・・ひとりと1匹は背後からエディーに力任せに引っ張られたのだ。エリスのクリアブルーの髪が小枝にひっかかってほつれるわ切れるわ、折れた小枝がかんざしのように頭部に突き刺さっているわ。えらいことになっている。

「ひぃん、ひどいよぉ。どうしたのエディー?」

 エリスは頭を抱えてべそをかいている。

「シッ」

 エディーの声は前よりも低く小さい。相棒のただならぬようすを察してエリスも身を堅くした。

 エディーがそっと灌木の間を指さして囁く。

「あそこにタレナガースとヨーゴス・クイーンがいるだろ」

 そちらを眺めてみると、確かにその通りだ。戦闘員たちの先さらに数メートルのあたりにヨーゴス軍団の首領と大幹部の姿があった。何やら戦闘員たちに話しかけている。おおかた「さっさと進め」とか「その荷物を大事に扱え」とか偉そうな口ぶりで配下の者たちをこき使っているに違いなかろう。

「だがヤツがいないんだ―――ッ危ない!」

 エディーはそう言うや否や、エリスを思い切り後方へ突き飛ばし、自らも大きくジャンプしてその場を離れた。

「うわわ〜ん」

 あわれエリスは今登ってきたばかりの斜面を後方回転しながら転がり落ちてゆく。ピピは面白そうに跳ねながら、そんなエリスを追った。

バキバキバキバキバキ!

 それはまるでカマイタチのようだった。

 風をまいて飛来した何者かによって、今までエディーとエリスがいたあたりの灌木がまるで巨大な旋盤で薙ぎ払われたかのように消失していた。

ズサッ!

 飛来した一陣の風は、エディーの眼前で人の形に凝結した。

「やはりな。俺たちが来るのを見張っていたのか、ダーク・エディー」

 そう。それは、枝といわず幹といわずあらゆるものを破壊するダーク・エディー必殺の飛び蹴りであった。

「ソウダ・・・エディー・・・オレト、タタカエ」

 ダーク・エディーは静かにファイティングポーズをとった。無用な力が抜けた自然な構えだ。

「望むところだ、ダーク・エディー。今日はこの前のようにはいかんぞ」

 エディーも応じた。

ダッ!ガツッッッ!

 ふたたび戦いの火蓋が切って落とされた。

 正義の渦と魔性の猛毒・・・対極にあるとはいえ、双方とも常人をはるかに凌ぐ凄まじいパワーをその身に内包する超人同士である。拳は巨木をへし折り、蹴りは岩をも砕く!しかも繰り出されるパンチやキックは大気を切り裂いて衝撃波を生み、それをブロックした瞬間の破壊力は大地に無数の地割れを走らせた。

 長年の仇敵を研究し尽くしたタレナガースが産み出した乾坤一擲の生体兵器ダーク・エディーは、その破壊力のみならず戦闘のセンスまでがオリジナルたるエディーとそっくりであった。互いにどのタイミングでどこからどのような攻撃を繰り出すか、本能的に察知しあっている。

「この戦い・・・決着はつくのかしら?」

 転がり落ちた斜面から再び這いあがって来た泥だらけのエリスも手に汗を握って勝負の行方を見守っている。

シュッ!ブゥン!

グワッ!ズガン!

 目を凝らして見れば、徳島市街地からでも立ちのぼる戦いの土煙に気づくことができたであろう。それほど激しいぶつかりあいだ。

 エディーのパンチがダーク・エディーの側頭部を捉えれば、次の瞬間にはダーク・エディーの膝がエディーの鳩尾を突き上げた。耳元をかすめたパンチは衝撃波で鼓膜を麻痺させ、回し蹴りをブロックした腕の骨が悲鳴を上げた。一瞬足元がふらついても、息が詰まって悶絶しようとも、両者は戦いの手を緩めない。

 攻撃が繰り出されるたび周囲の樹木はなぎ倒され、土砂が崩される。

 やがてふたりはロープウエイの下までやってきた。エディーも今は全神経をバトルモードに変えていて周囲が見えなくなっている。そうしなければたちまちやられてしまうからだ。

「いけない。これではロープウエイの乗客たちが危険だわ」

 エリスは山麓駅に連絡して直ちに乗車をやめさせた。あとは、今乗客を乗せているゴンドラが何とか無事に反対側の駅へ着いてくれるのを祈るばかりである。

 おりしも、戦うふたりの頭上にゴンドラが1基近づいてきた。無事に通過してくれれば良いが。

ズサッ!

 その時、両者が同時に同じ構えを取った。軸足を地面にめり込ませるように踏ん張り、もう片方の足は膝をかすかに持ち上げて相手に向ける、上体をわずかに沈めて腰をひねり、目の端で相手を捉えている・・・これは!?

「ああ、待って!」

 エリスの心配をよそに、ふたりは必殺技を繰り出そうとしていた。決着をつけるときがきたのだ。

激渦烈風脚!!!

 みなぎる渦のエナジーに身をゆだね、超高速回転しながらキックを繰り出すエディー必殺の連続技だ。しかしこの大技をダーク・エディーも同時に繰り出した。

ガッガッガッガッガッドォン!

 両者の蹴りが交差するたび眩い火花が飛び散り、衝撃波が大気を振るわせて大きくはじけた。

ぶぅん!

 ふたりの頭上約10メートルでロープウエイのゴンドラが大きく揺られ、はずみで外からかけてあったドアロックがはずれた。

「うわあああああ」

 ドアにもたれかかり眼下の死闘に見入っていた坊やがゴンドラの開いたドアから飛び出してしまった。

「ショウゴちゃん!」

 母親の悲痛な叫びがバトルモードのエディーの耳にも届いた。

「ハッ。しまった!」

 エディーはダーク・エディーに背を向けてジャンプするや、落下する坊やを空中で抱きとめ、着地の衝撃をおさな子に伝えぬよう膝でショックを吸収させてソフトにランディングした。両腕の中の坊やは驚いたように目を見開いてじっとエディーを見つめている。どうやら怪我はなさそうだ。

―――よかった。

 エディーは駆け寄ったエリスに坊やを託そうとした。だがその時、エディーの背後は隙だらけとなっていた。

ケエエエエ。

 ふたりの戦いのゆくえをじっと見ていたヨーゴス軍団の戦闘員たちが、突然巨大なブッシュナイフを振り上げて林の中から飛び出した。エディーの背をめがけてブッシュナイフを振り下ろす。

ザシュッ!

グウゥ。

 なんと戦闘員のブッシュナイフは、エディーを庇って立ちはだかったダーク・エディーの身体を切り裂いた。

 肩から胸にかけて深手を負いガクリと膝をつきながらも、ダーク・エディーはエディー・ソードを横一閃に払い、瞬時に戦闘員たち全員を葬った。精度の差こそあるが、戦闘員たちもまたタレナガースの手によって生み出された人工生命体である。命である以上この世に未練はあるのだろう。皆、天を仰いで何かを訴えかけるような表情を見せたが、すぐ弾けるように「消滅」した。

 自分の行く末を見たような思いで、ダーク・エディーは消え行く戦闘員たちから目をそらせた。その視線の先には先刻の坊やがいた。エディーが守った幼い命は、エリスに抱きかかえられて遠ざかってゆく。その坊やはエリスの腕の中で微笑みながらエディーに手を振っていた。それはスーパーヒーローと呼ばれる者だけに向けられる微笑みなのだろう。深手を負ったダーク・エディーはふらふらとその坊やの方へ歩き出した。まるで光に吸い寄せられる羽虫のように・・・。

「待て、ダーク・エディー。子どもに手を出すな!」

 その動きにエディーが気づいた。

子供が襲われると勘違いしたエディーはソードを手にして大上段からダーク・エディーに切りつけた。

「待ってエディー。ダメよ!」

 坊やを置いたエリスが、今度はダーク・エディーを庇ってエディーの前に走り出た。エリスはダーク・エディーが戦闘員からエディーを庇った一部始終を見ていたのだ。

「エ、エリス!?」

 驚いたエディーだが、勢いよく振り下ろされたエディー・ソードは止まらない。

―――っくそ!

 エリスの頭上に振り下ろされようとするエディー・ソードの切っ先の方向をわずかに変え、エディーは愛用のソードを何とかエリスの足元の地面に叩きつけた。

ダダアアアアアアン!

 エディー・ソードに斬りつけられた大地が激しく揺れ、そこにいた全員が足元をすくわれたようにふらついた。

 何とかエリスを傷つけずにすんだエディーだったが、彼女がダーク・エディーを庇ったことに驚きを隠せなかった。ダーク・エディーはエリスの背後で地面に片膝をついている。息が荒い。

「エリス、なぜだ、なぜこいつを庇う?」

「エディー、この人はさっきあなたを・・・きゃ?」

 突如エリスの足元の地面が消失した。

エリスとダーク・エディーの周囲でタタミ2畳分ほどの地面がボコリと陥没し、ふたりを飲み込んでしまったのだ。偶然彼らの足元をはしっていた地下洞穴がエディー・ソードの一撃によって口を開いてしまい、エリスはもとより深手を負っていたダーク・エディーもあっという間に地下の暗闇の中へ飲み込まれてしまった。

「エリス!くそっなんてことだ。エリス!エリース!」

 エディーは叫びながら穴の中を覗き込んだが、地下洞穴は地面の下2〜3メートルのあたりで斜めにカーブしていて底までは見通せない。焦って穴に体を寄せすぎると陥没が広がってエディーまでもが穴に飲み込まれそうになる。エリスを追って今すぐ洞穴に飛び込みたい衝動に駆られたが、タレナガースたちが運んでいった謎の物体も追跡しなければならない。エディーは県警に緊急SOS信号を送り、後ろ髪を引かれながらこの場を離れた。

(三)

 エリスたちが地中に姿を消した頃、ヨーゴス軍団たちは眉山山頂のある場所に謎の金属物体を既に埋設し終えていた。

「ところでタレちゃん、これはどのくらいの威力なのかえ?」

 謎の物体を埋めた地面を踏み固めながら、ヨーゴス・クイーンが楽しそうに尋ねた。

「ふむ、眉山の形が変わるくらいドえらい爆発となるであろうよ」

 なるほど、やはりあの金属物体は爆弾であったらしい。

「スゴイじゃないのよ。仕込んだ毒液も大気中に散って大騒動になるねえ。きっと県下の病院はベッドが足りなくなるわえなぁ」

 クイーンが嬉しさのあまりバンバンと足元の土を踏み固めるために、埋めたところだけ不自然に平らになっている。タレナガースが「これ、やめぬか」と制止した。

「で、どうやって爆発させるのじゃ?」

 ヨーゴス・クイーンのご機嫌はこのうえなく良いようだ。興味津々で肩が小刻みに震えているではないか。

「ダーク・エディーよ」

「え?」

「ダーク・エディーに埋め込んだネオ・トキシンのコア・カプセルに反応して爆発するのじゃ」

 何気なく語るタレナガースだが、これにはクイーンも驚いたようすだ。

「ダーク・エディーを死なせてしまうのかえ?」

「不満か?あやつはダメじゃよ。やはり失敗作であったわ。クイーンも腹立たしげにあやつにムチをくれておったではないか」

「確かにのう・・・。じゃが、あれほどの戦闘力なのじゃ。惜しくはないかえ」

「いいや」

 タレナガースはいやらしく歪曲した鋭く長いツメを愛用の砥石で研ぎながら応えた。そこには何の感情も込められてはいない。その非情さこそが悪の一大軍団を率いる極悪人の、極悪人たるゆえんなのかもしれぬ。

「あやつを稼動させてすぐ、悪事というものを教え込むために高速バス襲撃を企んだ。それは、そうよな、組み上げたばかりのパソコンにはじめてOSをインストールするような作業じゃ。じゃがあやつは・・・なぜだか知らぬが人というものに妙な感情を抱きおった。それは、そう、弱者に対する憐れみというか、慈悲というか」

「おお、なんて嫌な言葉であろう」

 わが身を両腕できつく抱きしめて、くねくねと身悶えるクイーンの頬を鋭いツメの先で撫でながら、タレナガースは低く囁いた。

「そうじゃ。それこそがヨーゴス軍団としての正しい反応なのじゃ。なのにダーク・エディーときたら、何度言うても変わらぬ。何度ムチで打っても、電撃で体を焼いても、どうにもあやつは変わらなんだわ。デバッグできぬプログラムが正常に作動するはずはないからのう。こうなればあやつもろともエディーを葬ってやるのよ」

「・・・エディーは来るかのう?」

「来るわさ。ダーク・エディーあるところ、やつは必ず来る」

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

ひょっひょっひょっひょっひょ。

 エディーのもとへ放った戦闘員たちが誰一人戻らぬことなど気にも留めず、ふたりは狂気の笑い声を延々と眉山山頂に垂れ流し続けた。

(四)

 意識が戻ると同時に体中の痛みも蘇ってきた。

「あっ痛い・・・」

 エリスはそっと頭を動かしてみた。左側頭部がズキズキする。右腕は・・・大丈夫。左腕・・・肩に痛みが走った。だけど我慢できる。下半身は右足首をやられたらしい。動かすのが恐ろしいくらい痛い。ボディは、どうやら問題ない。

「ここは・・・どこなのかしら?」

 目が慣れるまで真っ暗で何も見えない。

「チカドウケツノナカダ」

 不意に傍らで声がした。周囲が閉鎖された岩場であるため声が響いていて、とても近く感じた。驚いたエリスは暗闇を這って声から距離をとった。肩と足首に激痛が走り思わず悲鳴が漏れた。

「ムヤミニウゴカナイホウガイイ。ダボクデ、コッカクニイジョウガアルヨウダ」

 少し暗闇に目が慣れてきた。声の主はエリスの傍らで佇んでいるエディー・・・の姿をした男だった。

―――そうだわ、私はこの人と一緒に落っこちたんだっけ。

「ダーク・エディー・・・なのよね」

 応えず、ダーク・エディーは周囲を見渡している。状況を正確に把握するためなのだろう。とりあえずエリスを襲うつもりはないようだ。エリスも警戒心を少し緩め、思い切って話しかけてみた。

「ね、私のこと知ってる?」

「エディーノ・・・サイドキック、ダ」

「そう。エリスっていうのよ、よろしくね」

「エリス・・・ナゼ、オレヲカバッタ?」

 はじめてダーク・エディーはエリスを見た。正面きって尋ねられるとエリスも答えに窮した。

「だって、あなたは・・・そうよ、あなたこそどうしてエディーを庇ったの?」

 質問に質問で返すのはずるいなと自分でも思ったが、それでもエリスは尋ねずにはいられなかった。

「ナゼ?」

 ダーク・エディーの脳裏にロープウエイのゴンドラから落ちた坊やの顔がうかんだ。エディーの背中越しに見たあの男の子の顔・・・。

「ワカラナイ」

―――大事にしなさいね。

 何だ、この声は?わからない。

 エリスがダーク・エディーの近くににじり寄ってきた。相手はヨーゴス軍団の強敵だが、恐怖よりも彼をよく知りたいという気持ちのほうが勝っていた。

「きっとあなたは、根っからの悪人じゃないのよ。だから坊やを助けたエディーを戦闘員から護ってくれたのよ。そうでしょ?」

「オレ・・・ハ、アクニンダ」

「それはタレナガースに命じられたからでしょう?高速バスの襲撃だって、バイクの強奪だって。きっとそうよ」

「オレノカラダハ、モウドクデデキテイル」

「関係ないわ、そんなの」

 言下に否定されてダーク・エディーは驚いた。ネオ・トキシンでできているこの体は、決して人間たちに受け入れられるものではないとタレナガースに言われたし、自らもそう信じていた。

「オレハ、ヨーゴスグンダンダ」

「辞めればいいじゃない」

 またしても。自分が信じていたことを、エリスはこともなげに否定して見せた。ダーク・エディーは言葉を失ってエリスを見た。

―――ヤメル?ヤメテヨイノカ?ヤメラレルノカ?ヤメテ・・・

「ヤメテ、ドウスル?」

「謝るの。ヨーゴス軍団を辞めて、タレナガースたちと縁を切って、悪事をやめて、それから迷惑をかけた人たちに謝るのよ」

 エリスは左手でダーク・エディーの右腕を掴んだ。肩がズキンと痛んで「あいたっ」と顔をしかめた。しかし掴んだ腕は離さない。

「あなたはエディーと同じ力を持っている。それはすごいことなのよ。だったらエディーに協力して徳島の人たちの力になってあげて。そうすればみんなもあなたを認めてくれるわ。今まではタレナガースにそそのかされて悪事に加担してしまっただけ。だから謝るの。私も一緒に謝るわ。わかってもらえるまで誠心誠意謝りましょう。そうすればもう誰もあなたをダーク・エディーだなんて呼ばないわ。んんん、そう、エディー2号よ」

「エディー、ニゴウ?」

 エリスは先刻戦闘員のブッシュナイフで抉られたダーク・エディーの胸の傷に目をやった。ひどい傷だ。痛みの無い方の指先でその傷にそっと触れた。

 傷口から流れ出たネオ・トキシンがエリスの指先に付着してジュッと嫌な音を立て、その皮膚を焼いた。鋭い痛みにエリスは小さく呻いたが、それでも構わずダーク・エディーの生々しい傷をなぞった。

「・・・・誰かのためにこんな傷を平然と受けることができるのなら、あなたはきっと正義のヒーローとして蘇ることができるはずよ」

 その時エリスはダーク・エディー、いや2号の全身に無数の傷跡があることに気づいた。ムチで打たれたようなみみずばれであったり、焼け爛れてはじけたようなやけどであったり、いずれも彼の哀しい出自によるものであることは想像に難くない。その苛烈なる運命を思うと、彼女の頬を涙が濡らした。

「ナクナ・・・エリス。オレハ、ヘイキダ」

 そのことばにエリスは微笑んだ。

「ねえエディー2号、人はどうして人でいられると思う?」

「ヒトトシテウマレタカラダ。ドクカラウマレタオレトハチガッテ」

 エリスは大きくかぶりを振った。

「ううん、違う。違うってば!生まれがどうとかじゃなくって、ん〜ましてや何で体ができてるかじゃなくって。人は、人には心があるからなのよ」

「コ・・・コロ?」

「そう、こ・こ・ろ。つまり感情ね。気持ちのこと。喜んだり、悲しんだり、怒ったり。それによって笑ったり泣いたりするでしょう」

「タレナガースサマモ、クイーンサマモ・・・ヨクオコル」

「もちろんそうでしょうよ。だけど肝心なのは誰のために怒っているのかってことよ。あいつらが人と決定的に違うのは、すべてが自分のためだってことなの。タレナガースたちは自分の思い通りにならないから怒っているんだし、自分が面白いから笑っている。だけどあなたは違うわ。坊やを救ったエディーを案じてわが身を投げ出した。つまり人はね、誰か他の人のために喜んだり泣いたりできるものなのよ。今だって私を心配してくれたでしょう、泣くなって。俺は平気だって。・・・素敵な言葉だったわ」

 エディー2号はじっと己が手のひらを見つめている。エリスの言葉と、今まで自分がしてきたことをひとつひとつすり合わせているかのようだ。

「オレハ、ヒトヲキズツケタ」

「ふふ、さぞかし難しいんでしょうね、ちょうどうまい具合に植え込みの中へ人を投げるのは。何メートルも投げられた割には高速バスの運転手さん、軽傷だったらしいわ。それにあなたが破壊した高速バスは無人だった。あなたは最初から誰も怪我させたくなかったのよ、そうでしょ?」

エリスは何もかもお見通しのようだ。エディー2号は観念した。彼女の言うことを受け入れてみようと思った。

「ここを出られたら、私のところへいらっしゃい。あなたの体を必ず無毒化してみせるから」

「ムドクカ」

「そうよ。悪人が造り出そうと、毒でできていようと、その命はあなたのものなのよ。あなただけのかけがえのないものよ。大事にしなさい」

―――ダイジニシナサイ。

 エディー2号はエリスを促して立ち上がった。

「クウキガウゴイテイル。ムコウカラデラレソウダ」

 片足を痛めているエリスにあわせてゆっくりと進む。タレナガースが産み出した人工生命体がこんなにもやさしい男であったことは驚愕に値する。エディーとあれほどの死闘を繰り広げたとはエリスにも信じがたかった。

「アソコダ」

 エディー2号が指差すあたりからは日の光が差し込んでいる。岩を伝い登れば容易にたどりつける高さだ。

 エディー2号はエディー・ソードを出現させてひと振りした。

ブゥゥン!

グワアアアン!!

 衝撃波が奔り、穴の周囲を覆う土砂や岩が吹き飛ばされた。大人でも腰をかがめれば楽々通り抜けられるほどの穴が穿たれ、一気に眩い陽光が洞穴に降り注いだ。

「わあい。よかった。さぁ一緒に行きましょう」

 エリスが差し出した手をやさしく払って、エディー2号はかぶりを振った。

「エリスガ、ヒトリデイクノダ」

「どうして?いいじゃない、一緒に行きましょうよ。一緒に行って一緒に謝ろうよ」

 それでもエディー2号は外に出ようとはしなかった。

「オレハ、アトカラ、ヒトリデイク」

 エディー2号は頑なであった。何か事情があるのかもしれないと感じたエリスは、これ以上の無理強いはよそうと思った。

「わかったわ。でも約束して、必ず私を訪ねてくるって」

 エディー2号は頷くときびすを返した。

「ヨーゴスグンダンハバクダンヲウメタ。オソラク、ビザンサンチョウダ」

 その言葉だけを残して、エディー2号は再び陽光の届かぬ闇の中へと姿を消した。

 

 ―――あの日。

気がついた時、ダーク・エディーは細い路地にひとりで立っていた。

 表通りが近くにあるのだろう。車のエンジン音や人々の話し声が微かに聞こえるが、このあたりは入り組んだ路地になっていて、人の気配がない。

 いや、ある。

 曲がり角の向こうに、誰か・・・いる。

 ダーク・エディーはゆっくりとそちらに近づいた。自転車1台がなんとか走行できる程度の細い路地だ。

ブロック塀を曲がった先には小さな「居間」が設えられていた。タタミ1畳ほどのムシロの上に小さなちゃぶ台が置かれ、小さな食器がきれいに並べられている。雨粒1しずくで一杯になりそうな茶碗や平皿だ。

 そして小さな女の子がひとり、満面の笑顔でダーク・エディーを迎えた。

「いらっしゃい。お座りください」

 ダーク・エディーはそこに立ち尽くしたままだ。

「はい、どうぞ」

 女の子は小さな手でたんぽぽの花を一輪差し出した。

 ダーク・エディーがその花をつまむと、指先から漏れ出したネオ・トキシンのせいで、たんぽぽは一瞬で黒色化して散った。

「あ・・・あ〜あ」

 女の子はほんの少し哀しそうな表情を浮かべたが、すぐもとの明るさを取り戻してもう一輪のたんぽぽを自分の前にある平皿からつまみあげた。

「じゃあこれはここに置きましょうね」

 ダーク・エディーの側に置いてあった丸い皿にそのたんぽぽを置くと、ダーク・エディーに向かってこう言った。

「大事にしなさい。弱いものいじめはいけません」

 ダーク・エディーはじっとそのたんぽぽを見ていた。

 車など通るはずもないこの裏路地で、ひとりままごと遊びに興じる幼い女の子・・・ダーク・エディーがこの世で初めて交わる「存在」であった。

その時・・・

「メグちゃん、ちょっといらっしゃい」

 家の中から女の子を呼ぶ女性の声がして、その子は「は〜い」と言うと塀に造りつけられた木戸の向こうへ走り出した。そしてその木戸をくぐる前に、その女の子はダーク・エディーの方を向き、もみじのような可愛い手を振った。

 それに応じて自分の手がピクリと動いたことに、ダーク・エディーは驚いた。

「何をしておる、ダーク・エディー。出発じゃ。高速バスを先回りせねばならぬ。急げ!」

 タレナガースの声が背後から聞こえ、ダーク・エディーは声のほうへ歩き出した。

―――大事にしなさい。弱いものいじめはいけません。

 先刻の女の子の言葉を何度もかみしめながら。

 

 強引に停車させた高速バスでは、驚いた乗客たちがダーク・エディーを見下ろしていた。皆自分の姿を見て困惑しているようだ。

 ダーク・エディーはふと若い母親に抱かれた幼い女児と目が合った。車内の異様な雰囲気を察してか、母親にしっかりとしがみついてはいるが、母が身近にいるため怯えているふうではない。その女の子のぷっくりとした頬が、ここへ来る前に出会った路地の幼女を思い出させた。

―――弱いものいじめはいけません。

 乗客ごと吹き飛ばしてしまえとタレナガースから命じられていたダーク・エディーは、握り締めていた拳を緩めた。

(五)

 エリスを外界へ送り出した後、エディー2号は胸で渦巻く自らのコア・カプセルを見た。

 活性化したネオ・トキシンがカプセルの電流によって強制対流させられている。

 エリスには言わなかったが、このコア・カプセルにはもうひとつ問題があった。

タレナガースが新型爆弾を開発したとき、一度このカプセルの波動サイクルを確認した。おそらくこのカプセルが起爆装置となっていて、一定以内の距離に近づいたときに爆発するしくみなのであろう。そして自分の近くにはおそらく本物のエディーがいる。エディー2号は、自分が生きた起爆装置とされたことに気づいていた。

―――ヨーゴスグンダンヲ、ヤメル。タレナガースサマト、エンヲキル。

 そのためには、どうしてもやらねばならぬことがある。

 エディー2号は胸のコア・カプセルを掴むと一気に体から引き抜いた。

ウオオオオオオオ!

メリメリメリメリ!

 完全にセットされて肉体と同化しているコア・カプセルは、エディー2号の体を構成するひとつの臓器といってもよい。それを彼は無理やり引き抜いた。カプセルに接続されていた無数の生体コードが引きちぎられ、黒いネオ・トキシンがぴゅーぴゅーと幾筋も噴出した。

 経験したことのない激しい痛みがエディー2号の感覚を覆いつくし、意識が薄れた。

「ダイジニ・・・シナサイ」

 あの幼い女の子の言葉が、エリスの言葉が、失われそうになるエディー2号の意識をぎりぎりのところで留めていた。

 震える足をふんばり、引き抜いたコア・カプセルを洞穴の岩に打ちつけて粉々にした。カプセルから流れ出したネオ・トキシンは数秒であとかたもなく蒸発した。

「コレデバクダンハ、キドウシナイ・・・」

 そしてエディー2号は、よろよろと洞穴を出た。

 青い空が眩しかった。

「イマノオレナラ、バグダンヲホリダシテモ・・・バクハツシナイ」

 エディー2号は、コア・カプセルが装填されていた胸の中央部を見た。

 カプセルの径と同じ大きさの穴があいており、ボタボタとネオ・トキシンがあふれ出している。エディー2号の下半身はあふれだした毒液ネオ・トキシンでどす黒く染まっていた。

「ヒトハ、アカイエキタイヲナガスノダロウ。ダガ、ナガサセハシナイ。ダイジニ、スル」

 穿たれた穴からは、ネオ・トキシンがしゅうしゅうと蒸発してゆき、それとともにエディー2号の生命エナジーも急速に失われてゆく。だが構わない。この穴にはいつかエリスが渦エナジーのコアを入れてくれるはずだから。いつか自分もエディーと同じ青いエディー・コアの力を得ることができるはずなのだから。

 エディー2号は、おぼつかぬ足取りで眉山山腹の林の中を進み始めた。おそらくはエディーと戦った時の数パーセント程度の残存エナジーを、ただ歩くことにのみ費やしながら。

 道ならぬ山の斜面を登り続けるのは、今のエディー2号には容易ではなかった。体重をかけた軸足はズルズルとすべり、思うように進めず苦戦した。だが、エディー2号は足を止めることなく進み続けた。

 木々の向こうにロープウエイ山頂駅の駅舎が見えた。

「へいユー。また会ったな」

 その時、エディー2号の頭上から声がかかった。この楽しそうな声には聞き覚えがある。楽しそうだが露骨に殺気をはらんだこの声は・・・。

 スダッチャーだ。

「国道11号線での一件以来だな、エディー。えっとダーク・エディーだったっけか?」

 山桜の細い枝の上に、まるで小鳥のようにチョコンと乗っている。体重というものをどこかに置き忘れてきたかのようだ。これも超人のなせる業であろうか。

「このあいだはえらく冷たくあしらわれたけど、今日はたっぷり遊んでもらうぜ。さぁバトルだ!」

 エディー2号は焦った。エナジー源を根こそぎ引っこ抜いてしまった今、立っているのも厳しい状況である。まして戦うことなど到底不可能だ。このバトルフリークの相手をしていられる余裕などはまったくない。

「イマハダメダ。マタコンドニ・・・」

「うるせえ!」

 スダッチャーは予備動作なしでエディー2号めがけて跳んだ。急降下しながら繰り出されたパンチを、クロスさせた両腕で辛うじてブロックしたエディー2号だったが、その衝撃に耐え切れず、背後の潅木をなぎ倒して数メートル後方へ吹っ飛ばされた。

 ごぶり、と大量のネオ・トキシンがマスクやアーマのいたるところからあふれ出した。

―――カラダガ、クズレハジメタ。

 震える腕で体を支え、立ち上がった。

―――マブシイ。

 視力が低下して視界が異様に狭い。気配からようやくスダッチャーの姿を認めた。

「なんだ今日は調子が悪いのか?だけど手加減はナシだ。ニセモノだろうと、お前エディーなんだろ?へへへ」

「ニセモノ・・・デハ・・・ナイ。エディーニゴウ・・・ダ」

 しかしそれはもはやスダッチャーの耳にも届いていない。緑と黒のバトルフリークは、キエエエエと奇声を発して空高くジャンプした。空中で全身をきりもみさせて繰り出す必殺のドリルキックだ。

―――ヨケナケレバ。

 しかし、もうエディー2号にはそれも叶わなかった。

 太陽の中に入り、敵の目を幻惑させて急降下する、スダッチャーの常套手段だ。

 エディー2号は眩い日の光の中にあの路地の女の子を思い出していた。かわいい手でたんぽぽの花を差し出した女の子・・・高速バスの中で母親にしがみつきながら自分をじっと見ていた女の子・・・ゴンドラから落ちてエディーに抱きとめられた男の子の笑顔・・・そして毒の体を厭わず、この体につけられた傷をなぞって涙を流してくれたエリス・・・。

 みんながこちらを振り返って笑っている。手を振っている。

今度こそエディー2号は彼らに手を振った。

ドオオオオン!

 眉山山腹で巻き起こった謎の爆発と土煙が麓からも観測されたが、それが何であるかは結局わからずじまいだった。だがエディーの活躍によって、ロープウエイ山頂駅近くから巨大な爆発物が発見され、県民たちは皆一様に胸をなでおろした。

(六)

 今日も抜けるような青空が広がっている。

徳島は平和だ。

 徳島自動車道を1台のサイドカーが疾走している。

 エディー&エリスである。今日も県内をパトロールしているのだ。

「なあエリス、その後ダーク・エディーから何か連絡あったかい?」

「エディー2号よ!」

「あ、ごめん。そうだったな。2号になったならオレも相棒としてあらためて会いたいんだが」

エリスから、あの日洞穴内で交わされた会話はすべて聞いている。ダーク・エディーは改心しエディー2号として力を貸してくれるはずだと彼女は言った。

―――エリスがそう言うのなら、そうなのだろう。

エディーも彼女の話は信じている。

「来るわよ、きっと。2号は人見知りなのよ」

「うん、まあ特にオレとは2度も戦っているからなあ。出て来にくい気持ちもわかるぜ」

「そういえば、最近ヨーゴス軍団の目立った動きがないと思わない?」

「ああ、そうだな。あの眉山の爆弾処理以来、タレナガースが大人しいとオレも思っていたんだ」

「それよ!きっと2号が私たちの知らないところでヨーゴス軍団と戦ってくれてるんじゃないかしら?」

「なるほど、そうかもしれないな」

「そうよ、きっとそう」

 エリスは嬉しそうに手を叩いている。

「だとしたら、2号にお礼を言わなきゃいけないな」

「お礼?」

「そうさ、見てろ」

 走行しながらエディーは立ち上がり、両手を口元にあてて空へ向かって叫んだ。

「ありがとうな〜エディー2号ぉぉぉ」

 それを見たエリスも頷くと両手を口元に当てて天を仰いだ。

「サンキュウゥゥゥ、エディー2号ォォォォォ」

 彼らの声は青い空に吸い上げられていった。

 ふたりの乗るサイドカーは自動車道を風のように走り、山間の向こうへと消えた。

<後編 終>