ピ ピ  〜第3の戦士〜

 

(一)

もうすぐ日が沈む。

ビルの向こうにいるはずの太陽があたりをオレンジ色に染めている。

オレンジ色に染まった町の中で両陣営の面々は互いににらみ合っていた。

「大学の研究室から強奪した薬品はどこに隠した?白状するんだ!」

夕陽を正面から浴びている側のひとりが相手を指差して怒鳴った。

銀色のマスクの額には大きな青いひし形のエンブレム。上半身を覆うアーマの中心にも同じく青く輝くコアがある。全身にみなぎる渦のパワーを象徴するエディー・コアだ。

徳島の平和を守るヒーロー、渦戦士エディーである。

「ケッ!白状しろと言われてペラペラしゃべる阿呆がおるものか。あの薬品は新たなポイズン・モンスターをこしらえる為に余が役立ててつかわす。ふぇっふぇっふぇ」

「そうじゃ。あの程度の薬品で目の色変えおって。ケチくさいのう。ケチケチケ〜チ」

夕陽を背にした側の者たちが言い返す。

顔がシャレコウベだ。それも人間のドクロではない。ケモノのものだ。何のケモノかと問われても判然としない。目じりは吊り上り、頬は引きつっている。何かの恨みで表情が醜く変わることはあっても、それはあくまで顔の筋肉によるものであろう。骨そのものがこうまでいびつに変貌することなどあろうか?

迷彩のコンバットスーツに編み上げのミリタリーブーツ、体の前面をひときわ大きなドクロのアーマが守っている。ケモノのマントが向かい風にたなびいている。

徳島に仇なす悪魔の秘密結社ヨーゴス軍団を率いる人外の首領タレナガースだ。

傍らで「ケチケチケチケチ」と顔を突き出して悪態をついているのはその側近、ヨーゴス・クイーンだ。

猿か何かのドクロを帽子のように頭に乗せ、長い頭髪、マフラー、マントをすべてピンクに染めている。顔の3分の2ほどもある巨大な、まばたきをしない目が怒りに赤く染まってエディーを睨んでいる。

「無駄よエディー。もうこいつらにはこれ以上何を言っても無駄だわ。どうせ聞く耳なんて持ってやしないんだから!」

エディーの背後から女性の声がした。透き通るような青く長い髪の毛が印象的な女性だ。頭部はエディー同様銀色のマスクで覆われていて、顔の中央には黒いハート型のゴーグルがはめ込まれている。額のひし形のエンブレムや胸のコアの美しい青はエディーと共通だ。濃い夕陽のオレンジ色の中にあってなおその美しさは際立っている。

エリスだ。

その表情はマスクに覆われているが、怒りの大きさはエディー以上かもしれない。

「ふぇっふぇっふぇ。ようわかっておるではないか小娘よ。余の信念はどこまでも真っ直ぐなのであるぞよ」

「真っ直ぐじゃ!」

クイーンが今度は「真っ直ぐじゃ、真っ直ぐじゃ」を繰り返し始めた。

腰に手を当てたエリスがグイと一歩前へ出た。

「なぁにが真っ直ぐな信念よ。姑息で!悪辣で!陰険で!横暴で!卑劣で!大迷惑な信念なんか生ごみの袋に放り込んでゴミの日に出しちゃいなさい!」

「い、いろんな言葉を知っておるのう。。。」

「それもわらわ達をけなす言葉ばかりじゃ。性格が悪いのう」

タレナガースとクイーンが顔を寄せ合ってヒソヒソと話を始めた。

「そこ、聞こえてるわよ!フン、あなたたちが薬のありかを白状しなくたって、こっちには切り札があるんだから。さぁピピ、あなたの探知能力でやつらの毒性物質保管庫を探し当ててちょうだい」

エリスはヨーゴス軍団の幹部ふたりを睨みつけたまま背後に向かって声をかけた。

「。。。。。」

エリスは得意満面だ。

「ふふふ、そろそろピピの高性能毒素探知機があなたたちのアジトの場所を特定するわ」

「。。。。。。。。。。」

相対する4人の間で奇妙な沈黙が流れた。

カァ。

どこかでカラスが啼いた。

「ピピ、そろそろいいかしら?」

ばう。

「準備オッケーね、じゃあ行きましょう。私たちを案内してちょうだい!」

ばう。

「ばう、じゃなくて」

「。。。。。。。。。。」

「ピピ?」

この時エリスははじめて背後にいるはずのピピを振り返った。彼女が苦心して造りあげた毒性物質探査用ロボット犬である。。。のだが?

「えええ?」

エリスは腰を抜かした。彼女の背後ではエディーが白い犬を抱き上げて頭をなでていた。プードルに似た白い巻き毛のかわいい犬だ。犬のほうは顔を上げて、抱っこしてくれているエディーの顔をペロペロなめている。

「ななな、なんで犬なの?」

エリスはエディーに詰め寄った。

「ナニを言ってるんだエリス、ピピは犬じゃないか」

「え、いやそうだけど、その犬じゃなくて、ピピは犬だから、それは本物の。。。ええ?」

頭を抱えてあたふたしているエリスをエディーと白いワンちゃんは不思議そうな顔で眺めている。

犬はまた「ばう」とほえた。

「おおおお、かわゆい犬ではないか」

「ほんに白くて毛がクリクリしていてかわゆいのう」

そこへタレナガースとヨーゴス・クイーンも近づいてきてエディーの腕に抱っこされたピピのノドやら背中やらを一緒になって撫で始めたではないか。

「ちょ、ちょっと汚い手でピピを撫でないでよ。変な病気にでもなったらどうしてくれるのよ」

エリスはタレナガースたちを押しのけようとしたがびくともしない。

「エディー、なんとか言ってよ。いったいどうしちゃったの?なんでピピが本物の犬なのよ?」

「どうかしてるのは君だぜエリス、ピピはずっと前から犬じゃないか。それをやれ探査だとかやれアジトへ連れて行けだとか。そんなの無理に決まってるじゃないか、なぁピピ」

「そうじゃ。無理を申すな、ピピが可哀想じゃ」

「一緒にお散歩にでも行こうではないか、のうピピよ」

敵も味方もあったものではない。3人は嬉しそうに尻尾を振るピピをかわるがわる抱っこしながら立ち去ってゆく。

エリスも慌てて後を追おうとしたが、なぜだか足が前へ出ない。

ひとりポツンと残されたエリスは、なにやら急に寂しくなって「ピピ」と呼んでみたが返事はない。誰も振り返りもしない。彼らの姿はどんどん小さくなってゆく。

日は西の空に消えかかっていて、エリスは薄暮の街でひとりになってしまった。

寂しくて、心細かった。

―――やだよ、置いていかないで。ピピを連れて行かないで。

エリスはありったけの力をこめて叫んだ。

「ピピィ!」

 

真っ暗だ。

両手を伸ばして何も無い空間を必死で掴もうとしている自分に気がついた。

ハァハァ。。。息が荒い。

ドクは闇を見つめながら呼吸を整えた。

ここは、自分のマンションだ。彼女は寝室のベッドの上で上半身だけ起こしていた。

――夢か。。。

ふぅ。パジャマがわりのロンTの襟が寝汗で濡れていた。

ドクはベッドから降りるとキッチンへ行き、冷蔵庫の中の炭酸入りミネラルウォーターを一気に飲み干した。

研究室がわりの居間には銀色のボディーの中型犬がお座りをした状態で眠っている。ヨーゴス軍団が垂れ流す毒性物質を探知し中和させる能力を持つ高性能ロボット犬ピピだ。

首に巻かれた首輪型のコンソールパネルにはフル充電を示す緑のパイロットランプがスリープモードで点滅している。

変な夢を見たものだ。とピピの頭をなでながらドクは思った。

そういえばここ何週間か時間があればピピの改造にかかりっきりだった。機械とはいえ、手をかければかけるほどに愛着がわいてくる。さっきの妙な夢もそのためだろう。

「どこにも行かないよね、ピピ」

ピピの耳元でドクはそっと囁いた。

チチ、チチチ。

スリープモードの最中でも、ドクのこうした声はピピのメモリに蓄積されてふたりの絆をより深めてゆくのだ。

ドクはスマホを手に取った。午前5時40分。

―――もちょっと寝よ。

彼女は、まだぬくもりが残るベッドにもういちどもぐりこんだ。

 

 

(二)

もうすぐ日が沈む。

ビルの向こうにいるはずの太陽があたりをオレンジ色に染めている。

オレンジ色に染まった町の中で両陣営の面々は互いににらみ合っていた。

夕陽を正面から浴びている側には我らの渦戦士エディーとエリスが。そして夕陽を背にしているのはヨーゴス軍団のタレナガースとヨーゴス・クイーンだ。

「大学の研究室から強奪した薬品はどこに隠した?白状するんだ!」 

エディーが叫んだ。今日も胸のコアは正義の渦パワーによって澄んだ青に輝いている。

5日前、大学の研究室から3種類の劇薬が奪われた。その研究室はそれぞれ暗証番号の違う3つの電子ロックに守られている。にもかかわらず犯人は難なく最奥部まで侵入した。

内部にいた研究員達は、突如室内に立ち込めたどす黒いガスに包まれるや激しい悪寒と吐き気に襲われて失神してしまったという。

残留ガスを検査したエリスによれば、これはタレナガースの瘴気に違いないと言うことであった。

研究員達はタレナガースの瘴気にあてられてしまったのだ。彼らは直ちに大学に併設されている病院に運び込まれ、集中治療を施されたおかげで今は少しずつ回復している。

だが、そこから持ち去られた薬物はいずれも劇薬に指定されており、タレナガースが新たな毒物の開発に使用するであろうことは疑いの余地が無い。

「ケッ!白状しろと言われてペラペラしゃべる阿呆がおるものか。あの薬品は新たなポイズン・モンスターをこしらえる為に余が役立ててつかわす。ふぇっふぇっふぇ」

眼球の無い眼窩にはすべての人間に対する恨みの炎が宿っている。

「無駄よエディー。もうこいつらにはこれ以上何を言っても無駄だわ。どうせ聞く耳なんて持ってやしないんだから!」

エリスも怒りの声を上げた。正義の心をエディーと共有する頼もしいサイドキックだ。

「ふぇっふぇっふぇ。小娘の言うとおりじゃ。余の新しいモンスターの登場は間もなくじゃ。乞うご期待じゃ」

「乞うご期待じゃ!」

クイーンが面白そうにはやし立てる。

腰に手を当てたエリスがグイと一歩前へ出た。

「なぁにが乞うご期待よ。下品で!極悪で!変態で!ブサイクで!わけわかんないヤツにご期待なんかできるわけないでしょ!そんなモノ、ガソリンぶっかけて爆発させてやるわ!」

「い、いろんな悪口を知っておるのう。。。」

「しかもしれっとわらわ達より過激なことを言うておる。さぞかし性格が悪いのじゃろう」

タレナガースとクイーンが顔を寄せ合ってヒソヒソと話を始めた。

「そこのふたりっ、聞こえてるわよ!フン、あなたたちが薬のありかを白状しなくたって、こっちには切り札があるんだから。。。」

威勢の良い啖呵をきったものの、エリスは得体の知れない不安に襲われた。

―――なんだろ、こんな場面って前にもあったような?

エリスは背後を振り返った。胸騒ぎが収まらず、そこにいる「切り札」の存在を確かめずにはいられなかったのだ。

銀色のボディと黒いゴーグルアイのロボット犬が小首をかしげて彼女を見返している。暫く視線を交えていると、そのロボ犬は金属製の尻尾を振り始めた。

―――私の、ピピよね。

エリスは意を決した。今こそ相棒のロボット犬に改造後初のミッションを与えるときだ。

「さぁピピ、あなたの探知能力でやつらの毒性物質保管庫を探し当ててちょうだい」

「オッケー、マスター・エリス。ただちに探査を開始するワン」

これにはエディーも驚いたようだ。

「うおお、ピピが喋った!?」

「ええ。今やスマホと会話できる時代ですからね。最新のAIをピピの行動特性に特化アレンジして小型化させて搭載したの。エディーのマシン格納庫のひとつにサーバを置かせてもらっているからよろしくね。これでピピはさらに頼りになる存在となったわ」

「凄い!ピピ、オレのことはわかるかな?」

エディーがピピの視界に進み出て挨拶した。

「知ってますワン。青き海の清き渦の力で悪を斬る!徳島の守護神・渦戦士エディーですワン」

「おおお!その通りだピピ。これからもよろしく頼むな!」

エディーはピピの新機能に大喜びだ。エリスもなんだか鼻が高い。

「なんじゃなんじゃ、例の犬コロめが話せるようになったのかや?」

「余は?余を知っておるか?犬コロよ」

なんとタレナガースとヨーゴス・クイーンまでがピピに近づいてきたではないか。

―――ん〜こんなことが前にもあったような。。。?

エリスの嫌な予感がさらに増幅される。ピピがどこかへ行ってしまうような。。。?

ピピはヨーゴス軍団のふたりを視界に捉えると瞬時に回答を出した。

「おまえはタレナガース。こっちはヨーゴス・クイーンだワン。徳島に悪さをして県民を困らせる悪党どもだワン」

「おおお、そうじゃ。その通りじゃ。よく言えたのう」

「なんと賢い犬コロじゃ」

タレナガースもヨーゴス・クイーンも、敵とはいえ人間ではない動物型ロボットのピピにはさほど敵愾心を抱いていないのかもしれぬ。

ピピは今やエディー、タレナガース、ヨーゴス・クイーンの3人に取り囲まれている。大人気なのはよいが、ひとり蚊帳の外に置かれた格好のエリスはなんだか寂しい気持になってきた。さきほどからの既視感がさらに強くなる。

クイーンがピピの頭を撫でようと手を伸ばした。

―――あ、ダメ。ピピに触らないで!

エリスが叫ぼうとしたその時!

「気安く触るなワン!ガブッ!」

「ぎゃあ、痛たたた。ここな犬コロめ、わらわの手を噛みおった!ひいいん」

エリスが心血を注いで組み上げたピピは、愛情を注いでパワーアップさせたピピは、ただちやほやされて喜ぶだけの犬ではない。味方と敵を見分け、正義と悪を分別する。正しい「心」を持つれっきとした渦戦士の一員なのだ。

「さぁ、ミッション遂行よピピ。こいつらが奪った薬品の隠し場所を捜して」

「承知したワン。実は建物の間を舞う風の中に微かにそれらしい臭いをかぎつけていたのだけれど、いろんな臭いが混じってしまって今ひとつ特定できなかったワン。だけど今ボクが噛みついたヨーゴス・クイーンの手から得たデータを加味してはっきりわかったワン」

ピピは「わおーん」と遠吠えすると「行こう、マスター・エリス」と言って駆け出した。

「コラコラ!行かせるものか」

ピピとエリスの前にタレナガースが立ちはだかった。どこから沸いて出たのか、戦闘隊長率いる戦闘員A.B.Cもその背後にいる。

「おっと、お前たちの相手はオレだ」

その隊列の中にエディーが踊りこんだ。白鷺の鉢がねを装着し、深海のみなぎるパワーを全身にまとう。まばゆい光りと共にエディーはエボリューション・フォームにグレードアップした。

「ここはオレ一人でじゅうぶんだ。エリス、ピピと行け!奪われた薬品を取り返すんだ!」

「オッケー、エディー。さぁピピ行くわよ」

 

 

(結)

ピピの人語による誘導で、エリスは眉山山腹に造られたヨーゴス軍団の毒性物質貯蔵庫に隠された大学の薬品をすべて奪還した。

これらがもしタレナガースによって毒薬に改悪されていたら、その被害は計り知れないものであったろう。

エリスの提言によってこうした薬品はこれ以降渦パワーのドームによってガッチリと守られるようになった。

 

今日もエディーたちはヴォルティカで徳島県下をパトロールしている。

サイドカーにはエリスが、更にその後ろにはピピが後ろ向きに座っている。

「今回はピピの活躍が大きかったな、エリス」

「あら、そのピピを改造したのは私よ、エディー」

「もちろんわかっているさ。キミとピピは一心同体。ナイスコンビだからね」

「その通りだワン!これからも一緒にヨーゴス軍団と戦うワン!」

渦戦士エディー、エリス、そしてロボット犬ピピ。渦のパワーと正義の心を共有する彼ら3人。。。いやふたりと1匹がいれば徳島の平和は安泰なのだ!

頼むぞピピ。これからもずっとずっと徳島のために活躍してくれ!

(完)