メカ次元からの急襲

<侵略を止めろ!異次元編>

 

序)なんだっ!?

グアアアアアアン!!!!

夜明け前の静寂を破って轟音が鳴り響いた。

すべての家々の明かりが一斉に点り、人々が窓から顔を出し、あるいはサンダルをつっかけて玄関から飛び出してきた。

「なんだ!?」

「なにごとだ!?」

「なにかが爆発したような音だったぞ」

人々は家の周囲に異常はないか探っていたが、何も異変が認められないとわかるとひとりまたひとりと家の中へ消えていった。

言ってみればただそれだけの出来事なのだが、それは当日の徳島新聞夕刊と翌日の朝刊に大きく報じられた。

『県下広範囲に鳴り響く謎の轟音』

『爆発か?県警に問い合わせ殺到』

『淡路島南部でも聞こえる』

『原因は依然ナゾ』

この夜明けの爆発音は徳島市、板野郡、鳴門市を中心に驚くべき広範囲で報告されたのだが、いったい何が原因で起こった音なのか、まったくもってわからなかった。

 

1)月下にうごめく者ども

「タレ様!タレ様や!」

闇の中にヒステリックな女性の声があがった。

闇とは元来静かであるべきだ。なればこそ、そこには悪しきモノどもが集うのだ。それをこの甲高い声ときたら、まったく台無しである。

「タレ様、聞いておるのかや?」

「聞こえておるわ。この狭いアジトならばそのように大きな声を出さずともよいではないか。何の用じゃ?」

今度はしゃがれた男の声だ。これだ。これこそ闇に潜むものにふさわしい声、はらわたを捻られるような不気味な声だ。

「何の用じゃと?わらわが頼んでおいたことが何ひとつ出来ておらぬではないか。忘れておるのであろうが」

女のほうは癇癪を起こしているようだ。

「忘れてはおらぬ。近頃の陽気でアジトが乾燥してきたゆえもう少しジメジメさせてくれと言うておった件であろう」

「それだけではない。わらわの付き人戦闘員がエディーめに片腕をもぎ取られたままじゃから付けてやってくりゃれと申したであろう。片腕では役に立たぬ。やはり忘れておったのであろうが」

「わ、忘れてはおらぬよ。準備はできておるゆえ、いま少し待て」

「いま少しいま少しと申されて、いつまで待てばよいのじゃ!これタレ様!聞いておるのかタレさまぁぁぁ!!!

一段と声高に呼ぶ声にバタバタとあわただしい足音が重なった。

闇がほとほと困り果てていた。

 

「いやはやクイーンの人使いの荒さときたら。。。困ったものじゃ」

月の光に青白く浮かび上がるその顔を見れば、誰もが腰を抜かすだろう。肉がついていない。皮膚もない。ただ朽ちたしゃれこうべがあるだけだ。それも人のものではない。生前にどのような仕打ちを受けたものか?恨み、憎んでその生を終えたいびつなケモノのドクロなのだ。左右一対の鋭く長い牙が下あごから耳のあたりまで延びている。

不思議なことに、そのしゃれこうべの頭部からは豊かな銀髪が伸びており、幾重にも絡まりあってドレッドロックスのように後頭部へ流れている。

迷彩色のコンバットスーツを身にまとい、熊を思わせるゴツい両手には刃物の如き長いツメが生えている。

徳島の夜を闊歩するこの魔物こそ。。。

「タレナガース様じゃ!!!

ごおおお!誰にともなく自己紹介して吼えたこやつは。。。

「じゃからタレナース様じゃて!!

どうやらご機嫌は斜めを通り越して真横のようだ。

「アジトをジメジメした快適な環境にするには人間どもから加湿器をふんだくってくればよいが、問題は戦闘員じゃ。エディーにもがれた腕を付けるだけならわけはないが、戦闘員の肉体構造をもっと強化せねば根本的解決にはならぬでのう」

腕組みをしてなにやらぶつぶつ呟いている。

眠っていた野良猫が飛び起きて全身の毛を逆立てたが、当のタレナガースはまったく意に介せず夜の街を歩き続けている。

「エボリューション・フォームの時はパンチの3発くらいまでならなんとか耐えられたが、あの赤い。。。なんと言うたか。。。ヘルメット。。。クロスとかになってから、一撃でボディを破壊されるようになってしもうた。確かになんとかせねばならぬのう。新しいモンスターの生成途中じゃが、戦闘員のボディ強化処置を先にやっておくか」

はぁ〜と魔物は月を見上げてため息をついた。口から出たのはどす黒い瘴気だが。

「こりゃバードマンからコピーロボットをふんだくらねばどうにもならぬわ」

足元の石ころをぽーんと蹴っ飛ばした時、タレナガースの瞳の無い目が何かを見つけた。暗い通りの先に立っている。

「何者じゃ。余の前に立つとはよい度胸じゃ。ふぇっふぇっふぇ」

 

タレナガースは胸をそらせ、あくまで上から相手を見下ろすような態度で眼前の人影に近寄った。

家屋の影で月の光が届いておらぬ。大柄な体躯はタレナガースとほぼ同じか。

「さあ、ツラを見せよ。そのように尊大な態度で余の前に立ってよいのは余のみじゃ。逃げずにおったことは褒めてつかわすが、次の瞬間心の底から後悔させて。。。んほっ?」

闇を統べる魔人タレナガースのしゃれこうべに驚きの色が浮かんだ。

魔人タレナガースの前に立っているのは。。。

「余。。。じゃのう?」

そう、タレナガースであった。同じ容貌、同じ装束。ただ、そこに立っていたタレナガースは。。。?

「おぬし、命を感じぬぞよ。かと申して我らのように死をも感じぬ。ふふん、つまりはカラクリ仕掛けじゃな。さしずめメカ・タレナガース様というところか。まぁ面白いではないか、ふぇっふぇっふぇ」

のっぺりとした金属製のしゃれこうべが月の光りを受けて青白く輝いている。後頭部に流れるのはドレッドヘアではなく細い金属製の放熱チューブだ。鈍く光る大きなツメはオリジナルのタレナガースよりもより攻撃的な印象を与える。

ふたりのタレナガースは互いをじっと見つめていたが、やがて同時に「にぃ」と嗤った。

「ふん。まぁ余ならばしかたあるまい」

「ヨハタレナガースデアル。ソノホウモタレナガースカ?」

「その通りじゃ。余こそがヨーゴス軍団の首領にして徳島の夜の主、タレナガース様である」

「ナラバ、ドウシジャ」

「まことに、まことに」

にわかに意気投合したかのようなふたりの魔人であったが、ナマのタレナガースのほうはなにやらニヤニヤしている。腹に一物ありげな風情だ。

―――クリスマス、というわけでもなかろうに。サンタが珍しく余の願いをきいてくれたのかのう?ふぇっふぇっふぇ。機械じかけならば疲れることもあるまい。クイーンにくれてやって余のかわりにせいぜい働かせてやるわさ。

しかし、状況はそんな生易しいものではなかった。

もちろん、徳島県民にとって。。。

 

2)タレナガースが120体!

県警からのEアラートにより緊急出動したエディーとエリスは徳島駅前にスーパーマシン・ヴォルティカを停めた。

「いたわ!あそこよ、エディー」

サイドカーのエリスがいち早く見つけた。やはりタレナガースだ。

あいも変わらずケモノのマントをひるがえしている。左腕の先端に鈍く光る3本の巨大なツメが目新しい。腕をダラリと下げるとツメの先端が地面を抉るほどで、左右のアンバランスさは異様といっていいほどだ。

胸をそらせてゴオオオ!と吼えると、左腕の巨大なツメで停車しているバスのボディーに3本筋の深いキズをつけた。

「なんだか今日はタレナガース自身がモンスターみたいな暴れっぷりだなあ」

エディーの言葉にエリスも頷いた。確かに、いつもはモンスターの背後で笑いながら状況を楽しんでいるタレナガースが、配下の者たちも連れず単独で暴れまわっているというのも妙だ。

だが、そんな違和感に捉われている場合ではない。タレナガースによる被害がエディーたちの目の前で広がっているのだから。

「いくぜ!」

エディーはヴォルティカからひらりと降りると、タレナガースの前に立ちはだかった。

「やめろ、タレナガース!もうそこまでだ」

タレナガースの瞳の無い目がエディーを睨みつけた。

「ナニモノ?」

人工の合成音のような声だ。エディーの違和感が増大する。長年の宿敵の顔を見忘れたか?

「おまえ、本当にタレナガースなのか?」

我ながら間の抜けた質問のように思えたが、それが今のエディーの素直な疑問であった。

「ヨハ、タレナガースナリ。タレナガースMD−76量産型デアル」

タレナガースの頭部からピピピピという電子音が聞こえてきた。

「おまえ。。。何を言っている?量産型ってなんだよ?」

―――ま、こいつが変なのはいつものことか。

エディーは大きくジャンプすると空中から拳を繰り出した。コンクリートくらいなら易々と打ち破るジャンピング・パンチがタレナガースの頬に命中した!

ガギィィン。

「ナニ?」

タレナガースは顔面にエディーのパンチを受けながらびくともせずに立っている。エディーは驚いて後ずさった。右の拳がしびれている。これは。。。まるで。。。

「鉄の塊を殴ったようだ?」

しかも今まで感じたことのない手ごたえだ。もしかしたら未知の金属なのかもしれない。

「ニンゲンノ パンチヨリモ、スゴイ ハカイリョクダ。ソウカ、オマエガ、エディーダナ」

―――こいつ、見た目は同じだが明らかにタレナガースとは別人だ。それにあのボディーの硬さも今までとまるっきり違うぞ。よし、オレが正体を暴いてやる。

エディーがタレナガースを捕まえようと手を伸ばしたとき!

ビュビュビュッ!

タレナガースの口からどす黒い液体が噴射された。

「おわっ!危ない」

間一髪エディーは身をかがめてその液体をよけたが、それを浴びた背後の街路樹がみるみる枯れて幹の真ん中からぽっきり折れて倒れてしまった。

「新しい毒液か?!やはり毒性物質を武器にしているようだな。厄介なヤツだ」

そのとき背後でエリスの悲鳴が駅前広場に響いた。

「きゃあああ!エディー、あれ、あれ見て!」

驚いて振り返ったエディーの視界に入ってきたものは。。。

「タ、タレナガース!。。。が、いち、にぃ、さん、し、ご。。。5人!?」

いつの間に、どこからやって来たのか?

駅前のホテルの屋上に、ポッポ街のアーケードの上に、そごう前の歩道橋にタレナガースが現れた。ワシントン椰子の木にも1体しがみついている。エディーの眼前のタレナガースを含めてなんと5人ものタレナガースが一堂に集結したことになる。しかも皆、左腕にさまざまな得物を付けている。ノコギリ、先の尖ったマニピュレーター、ソード、そしてドリル。

仮にこいつらがタレナガースに似せたモンスターだとしても、ヨーゴス軍団の首領級が5人も相手ではさすがのエディーも分が悪い。

ブフォオオオ!

突如ワシントン椰子にしがみついたタレナガースが木の上から黒い液体を吐いた。

下に停まっていた路線バスの天井にその液体がかかると、しゅううと白い煙を上げてボディーが腐り始めたではないか。

するとほかのタレナガースたちも一斉に黒い液体をあたりに撒き散らし始めた。

異臭と共に白い煙が徳島駅前のあちらこちらで沸き起こった。

「エディー、あれってたぶん強力な腐食性の毒液だと思うわ。あんなものあちこちで吐かれたら徳島の町は終わりよ!はやく、1体でも多くのタレナガースを倒してちょうだい」

「言われなくてもそのつもりさ。エリスはあの毒液のサンプルを採取して中和剤を頼む。さぁいくぞタレナガースども!」

エディーはパワーアップ・アイテム、シラサギの鉢金を取り出すと額の青いひし形のエンブレムにあてがった。

ギュウウウウウウン!

胸のエディー・コアがにわかに光りを発し、その光が渦を巻き始めた。猛烈に活性化をはじめた渦パワーがエディーの全身にみなぎってゆく。青さを増した体のあちこちにパワーの蓄積を表す濃紺の渦の紋様が浮かび上がった。凄まじい渦パワーの発現による二段変身だ。

「エディー・エボリューション・フォーム発動!さぁタレナガースども、一気にカタをつけてやるぜ」

今まで以上のスピードとパワーを得たエディー・エボリューションはまずMD-76と名乗った目の前のタレナガースに挑みかかった。

ガィン!ギィン!ガガン!

神速のパンチとキックがタレナガースMD-76量産型に次々とヒットした。スピードにおいてはいかに金属のタレナガースといえどもエディー・エボリューションには到底及ばない。

うおおおおりゃあああ!

ズドドドドド!

繰り出されるエディー・エボリューションのパンチが、キックが、大気との摩擦で赤く発熱し始めた。

ダメージを受けながらもタレナガースMD−76も巨大なツメを振り回す。

身をかがめて難なくかわすエディー・エボリューションだが、ブウンと大気を切り裂いて頭上を通り過ぎるツメのおぞましさはたちの悪い悪夢のようだ。

ツメのお次は重い蹴りがきた。両腕をクロスさせてガードしたが、衝撃で肩までしびれた。いつものタレナガースと違い正面からガンガン攻めてくる。

後退して距離をとったエディー・エボリューションがわずかに腰を落として身構えた。出るか?!必殺の。。。

「エディー・エボリューション激渦熱風脚!」

ズガガガガン!

目にもとまらぬローリング・ヒート・キックの6連発がタレナガースを打ち据えた。

一方的に攻撃を受け、さすがのタレナガースも徐々に後退し、片ひざを地面につけ、ついにガクリとこうべを垂れて動きを止めた。

シュウウウウウウ。

目と口から白い煙がたち、完全に動きを止めた。

「さぁ次はお前らだ。。。あれれ?」

勢いよく振り返ったエディー・エボリューションだが、先ほどまで暴れまわっていたほかのタレナガースたちは全員忽然と姿を消していた。

「くそ、逃げられたか」

エディー・エボリューションは天を見上げて悔しがった。

エボリューション・フォームの破壊力をもってしても、相手がタレナガース級モンスターともなれば、いくらなんでも瞬殺というわけにはいかない。

エディー・エボリューションは二段変身を解いてノーマル・フォームに戻った。爆発的な渦エネルギーを消費した後の虚脱感が残るが今はそれどころではない。

「エリス、これを見てくれ」

破壊されたタレナガースはエディー・エボリューションの必殺キックを受けて首が妙な角度に折れ曲がっていた。つけ根の体表がめくれあがって体内に仕込まれた精密な機械が見えている。動きは止まっても体内のいくつかのユニットは生きていると見えて小さなパイロットライトが明滅している。

「こいつアンドロイドだったのね」

「ああ。確かに強敵だが、どうりで戦い方にヤツ独特の狡猾さがなかったよ。その分オレは戦いやすかったがな」

「それにしてもあのタヌキ親父ときたら、いつの間にあんなにたくさんの自分ロボットを作ったのかしら?」

その時、壊れたタレナガースの首のキズからパチパチと火花が散った。

「危ない!」

ドオン!

タレナガースMD−76量産型の首から上が吹き飛んだ。チロチロと炎を吹いている首なしタレナガースはガシャリと音を立てて仰向けに倒れた。

「ねえエディー。こいつってば量産型で、MD−76なのよね」

完全に活動を停めた機械のカタマリを足先でツンツン突っつきながらエリスがつぶやいた。

「そう言っていたな」

「76ってもしかしてシリアルナンバーかしら?」

「うん。そうかもしれない。。。おい、まさか?」

「そうだとしたら、このタイプのメカ・タレナガースが少なくともあと75体もいるってこと?」

エディーとエリスは互いを見た。

だが、実際のタレナガースは。。。

 

<。。。以上のように、タレナガースは確認されただけで120体いることがわかり、県警では緊急特別警戒態勢をしき、24時間パトロールを強化することを。。。>

夕方の徳島新聞ニュースの報道は衝撃的であった。

「ひゃ、120体いいいい?!」

ガタン!

ヒロとドクが同時に立ち上がったせいで喫茶店のイスが大きな音を立ててひっくり返った。

何ごとかとほかの客達の視線がふたりに集中した。

「あ、いや、どうも」

「何でもありませ〜ん、えへへ」

ヒロとドクは周囲に愛想笑いを振りまきながらイスを立てて座りなおした。

とんでもない事態になったものだ。

今朝喫茶店が開店すると同時に、目を吊り上げたヒロとドクが新聞を抱えて店内になだれ込んだ。いつものテーブルに陣取ってモーニングをふたつ頼むと、やおら新聞を広げて隅から隅まで読み始め、テレビのニュースが始まれば親の敵のような目で画面を睨みつけて、もうかれこれ2時間が経つ。

<。。。で、渦戦士エディーが倒したタレナガースを県立工業科学センターで詳しく調べたところ、やはりこれは精密な人型ロボット、アンドロイドであることが判明しました。工業科学センターではこのアンドロイド、通称メカ・タレナガースのしくみをさらに解析することによって、メカ・タレナガースの弱点を見つけたいと考えています>

ここでニュースは終わり、コマーシャルが始まった。

「メカ・タレナガースだって。なんでそんなカッコイイ名前つけちゃうかなあ」

「それにしてもタレナガースのヤツ、いったいいつの間に120体もの自分ロボットを製造したんだろう?資材はどうやって調達したのかなぁ?」

もう何度目かのヒロの疑問だ。腕組みをして眉間に深い縦皺を刻んでいる。

そしてドクは、

「そもそもあれって本当にヨーゴス軍団のロボットなのかしら?」

と繰り返している。目を閉じてなにやら瞑想しているようすだ。

「それはそうとドク。メカ・タレナガースが吐き出した毒液の中和剤はできそうかい?」

「ええ。新しいタイプの毒液だけど、そう複雑な構成じゃないから、今日中にはサンプルを完成させられると思うわ」

こういう時のドクは本当に頼もしい。

「よかった。よろしく頼むぜ」

ヒロの顔にもようやく笑みが戻った。

なにせひとりで120体ものメカ・タレナガースを相手にすることになるのだ。さすがのヒロも憂鬱な気分をどうすることもできない。

「とにかく本物のタレナガースを探して問い詰めるしかないな」

「でも、あいつが本当のことを話すとは思えないし」

「ううむ。。。」

どうしたものか。ふたりは途方にくれた。

とりあえず。。。

「厚切りトーストセットふたつ!」

 

3)タレナガースがまた120体!

翌日も県下各地におけるメカ・タレナガースの襲撃事件は続いた。

ここは県西部の静かな農村だ。

周囲は緑深い山々に囲まれていて、その山の麓から湧き出る清水が村の中央を川となって流れている。豊かに実った田畑が雲ひとつない青い空を背後に従えて輝いている。稲穂が風に揺られて、まるで嬉しそうにリズムを取っているかのようだ。

いや、そんな穏やかな風景であった。つい先刻までは。。。

突如現れたメカ・タレナガースの一団が、絵の如きこの素晴らしい村の風景を汚しはじめたのだ。

田を踏み荒らし、澄んだ川の水を濁らせ、草花を枯らせ、樹木を傷つけ腐らせた。

人々がふるさとを捨てて無人になった村は、長い年月の中でやがて朽ち果て無残な姿へと徐々に変わってゆくものだ。だが、こやつらはそれをわずか十数分でやってしまった。

悪魔の所業だ。

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

「さすが余じゃ。朝の早ようからよう働くのう。それに見よ、汚染するにせよ破壊するにせよ、とにかく手際がよい。こりゃ戦闘員ども、これらのお手本をよう見て勉強させていただけ」

ギエエ。

ギギギ。

地の底から響いてくるような不気味な声が山腹の林の影から漏れてきた。

タレナガースだ。胸をそらせて腕組みをしている。ドクロマークのヘルメットを被った手下を3人引き連れているところをみると、こやつはヨーゴス軍団の首領、本物のタレナガースのようだ。

「うむ、うむ。さすがはタレ様じゃ。何をどうすれば人間どもが嫌がるか、ようわかっておいでじゃ。その意地の悪さにおいてはわれらヨーゴス軍団の中でも群を抜いておられる」

タレナガースのさらに背後から、頭にドクロを被った異様に大きな目をした魔女が姿を現した。

大幹部ヨーゴス・クイーンである。

ピンクのマントを羽織り、さらに色濃いピンクのピンヒールブーツを履いている。彼女は彼女でヘルメットにピンクのドクロマークをつけた戦闘員をひとり従えている。先日エディーとの戦闘で片腕になってしまったヨーゴス・クイーン付きの戦闘員だ。今は失った腕を新調してもらい、あるじに付き添っている。

「ふぇっふぇ。なんじゃクイーン、そのように褒めちぎられては尻の穴がこそばゆいではないか。しかしメカの余が120体もおっては本物の余が出る幕もないのう。退屈な限りじゃ。。。む!来おったか!!!

タレナガースの全身に緊張が走った。鋭い視線を空へ向ける!

青い空を割ってさらに青く輝く一条の光りが天から降ってきた!

ヒュウウウン!ドドーン!

天から舞い降りた光はあぜ道で毒液を噴いていた2体のメカ・タレナガースを十数メートルも跳ね飛ばして着地した。舗装されていないあぜ道が衝撃ですり鉢状にへこみ、砂塵が巻き上がる。数秒後その砂塵が風に洗い流された後、そこにはしらさぎの羽根を展開させた渦戦士エディーが立っていた。

ドン!ドオン!

今エディーに跳ね飛ばされた2体のメカ・タレナガースの首が爆発と共に吹っ飛んだ。どうやらメカ・タレナガースの最期は決まってこういうことになるらしい。

エディーはしらさぎの羽根を背中に収納させると周囲にすばやく視線を走らせた。数体のメカ・タレナガースたちが村への攻撃をやめてエディーに向かって身構えている。

「さぁ、来い!」

「よう気張っておるのう、エディーよ」

今にも戦いが始まろうかという張り詰めた空気のただ中へふらりふらりと現れたのは。。。

「タレナガース!貴様!!」

エディーの全身から怒気がオーラとなってゆらゆらと立ち昇った。

「日の出と共に早朝出勤してキサマの同類を18体倒してきたのさ。今の2体でつごう20体だ」

「ご苦労なことじゃのう」

「ふん、何体キサマのカラクリ人形を造っても片っ端からオレがぶっ壊してやるぜ」

「ううむ。ま、余が造ったわけではないがのう」

「で、あなたは本物のタレナガースってわけね?」

タレナガースの背後から声を上げたのはクリアブルーの長い髪を風になびかせる渦のヒロインだ。

「いかにも余が本物のタレナガース様じゃ。あいもかわらずよう吼えるのうエリスよ」

タレナガースは眼前のエディーから視線をはずさず背後の声の主に応じた。

「こいつらがメカ・タレナガースならあなたはナマ・タレナガースね。こらナマ・タレ!このメカ・タレは本当にあなたが造り出したものではないの?」

「いかにも。こやつらは皆、やって来たのじゃ」

「やって来た?どこから?」

「向こうからだそうじゃ」

タレナガースは空を指差した。つられてエディーもエリスも空を見た。

ぴぃぃぃひょろろろろろ。

青い空を鳶が2羽舞っている。

―――いい天気だなぁ。

「って、わかるか!まあいいさ。どっちにしても3日だ。3日で全部倒してやる」

エディーは指を3本立てて宣言した。

「ほほう3日でのう」

「そうさ。今日はもう20体倒した。1日40体やっつければ、たとえ120体いようと3日で全滅させられるって寸法だ」

「そしてメカ・タレが吐き出した毒液は私がすべて中和して見せるからね。中和剤はとっくに開発済みよ」

確かにエリスは30Lクラスの大容量噴霧器を背負っている。

「頑張るのう。あいかわらずよう働くヤツらじゃ」

いくらエディーでも、タレナガース級のメカモンスターを早朝から深夜まで40体も倒し続けるのは至難の業だ。だがそこには徳島の平和を死守せんとするふたりの渦戦士の覚悟がこめられている。

「じゃが3日などと悠長なことを言っておってよいのかのう?ふぇっふぇっふぇ」

ナマ・タレナガースはエディーの闘気を正面から受け流している。悪の首領だけあってさすがに肝がすわっている。

「悠長だと?どういう意味だ」

「まぁまぁ。こやつらがやって来て今日で3日目。そこでお前達に見せてやりたいものがあるのじゃよ」

タレナガースは太陽を見上げてその位置をじっと見定めた。

「うむうむ。ちょうどよい頃じゃ。ほれ、来るぞよ。ふぇっふぇっふぇ」

タレナガースが青空を指差して不気味に笑った。

「さっきから来る来るって、いったい何がどこから。。。ナニ!?」

「うそでしょ!?」

エディーとエリスは呆然とそれを見ていた。

雲ひとつない、真っ青に澄んだ空から何かがゆっくりと降下してくる。それもひとつやふたつではない。

人だ。人の形をしている。いや、あれは。。。

「タレナガース!」

そうだ。空から無数のメカ・タレナガースが降下してくる。はるか遠くの空からも、エディーたちの頭上近くからも、見渡す限りの空からメカ・タレナガースが降りてくる。

「タ、タレナガース、あれはいったい!?」

「ふぇっふぇっふぇ。3日ごとにメカ・タレナガース様が120体やってくるのだそうじゃ。やつらのうちの1つがそう言うておったわ。じゃから言うたであろう。3日で倒すなどと悠長なことを言っておってよいのかとな」

「3日でまた120体。。。そんな」

それだといくら頑張ってもきりがない。この戦いの終わりが見えないではないか。

「いったいヤツらはどこから来るの?この空に何があるというのよ!?」

エリスの叫びには絶望による悲壮感が込められていた。

「落ち着けエリス。たとえヤツらが何十体、何百体やって来ようと、俺達がやるべきことはひとつだ。キミはキミの作業を続けてくれ。オレはオレのやるべきことをやる!」

言うなりエディーは視界にいるメカ・タレナガースに戦いを挑んでいった。

―――たしかにこいつは絶望的な戦いだ。だがしかしオレがやめてしまうわけにはいかない。

エリスと県警科学班の合同調査で、メカ・タレナガースの左鎖骨付近に強い衝撃を与えることで頚椎に仕込まれた自爆装置を誤爆させることができる場合があると報告を受けているエディーは、集中的に首のつけ根あたりを攻撃した。現に早朝の戦いではそれが奏功して4体を自爆させることが出来た。

軽快なフットワークでメカ・タレナガースを翻弄し打つべき相手の急所に痛烈な打撃を加えてゆく。

メカ・タレナガースはそれぞれ腕に異なった得物を装着している。ある者は刃。ある者はチェーンソー。ある者は鎌。おとぎ話の海賊船長を思わせる大きなフックを持つ者もいる。

いずれもメカ・タレナガースの腕力でふるえばエディーにとっても恐るべき脅威となろう。

ギュウウウウウン!

チェーンソーが横に払われエディーは上体を反らせて間一髪それをかわす。同時に、渦パワーを指先に集結させて鋭利な刃物と化した手刀をチェーンソーのメカ・タレナガースの喉もとに打ち込んだ。

バチバチ!

短い火花が散り、メカ・タレナガースは動きを止めた。うまく急所を突けたようだ。

―――よし。次だ。

エディーは次なる標的を求めて身構えた。林を荒らしていた左腕にドリルを持つメカ・タレナガースだ。らせん状のドリルが高速で回転している。あれで胸のコアを突かれることだけは避けねばならぬ。エディーはむやみに突っ込まず、間合いをとって隙をうかがった。

「エディー危ない!」

ガガガ!

ぐああ!

解毒作業を続けていたエリスの注意もむなしく、エディーの右肩を激しい痛みが走った。首から火花を散らせながらチェーンソーのメカ・タレナガースが背後に立っていた。破壊したと思っていたがまだ動けたのだ。

「ふぇっふぇっふぇ。さしものエディーも焦っておると見える。長丁場に焦りは禁物じゃというに。未熟者め」

「くそ、油断した」

片方のメカ・タレナガースもドリルを振り上げて襲いかかる。エディーは咄嗟にエディー・ソードを出現させて辛うじてドリルを受けた。右肩の傷が疼いた。

「負けるか!」

エディーは懇親の力でジャンプすると前後から迫る2体のメカ・タレナガースを同時に蹴り飛ばした。胸を蹴られてひょろひょろと後退する2体のメカ・タレナガース。

エディーはドリルのヤツにエディー・ソードを投擲し、同時に大きくジャンプした。

空中で体勢を整え、ソードで胸を串刺しにされたドリル・メカ・タレナガースがドオン!と爆発したのを目の端で捉えたエディーはチェーンソーのメカ・タレナガースに向かって急降下し灼熱のエディーキックを肩口に炸裂させた。

ドオン!

こちらのメカ・タレナガースも爆発し、左腕のチェーンソーが吹き飛んでナマ・タレナガースの傍らへガシャリ!と落ちた。

「ふぇっふぇっふぇ。頑張れ頑張れ、渦の戦士よ。まだまだ余の分身はいっぱいおるぞよ」

はぁはぁはぁ。

チェーンソーにやられた右肩が焼けるように熱い。傷口から渦エナジーが流出しているのか、エディーの体力は急激に低下していった。

傍目にも消耗しているエディーの周りを4体のメカ・タレナガースが取り囲んだ。

――― くそ、こりゃちょっとヤバイぞ。だがここで負けるわけにはいかない!

胸のエディー・コアの青い光りは今にも消え入りそうだ。しかし渦のヒーローはひるまない。その意気こそ、彼がエディーである証なのだから。

エディーは再びソードを手に取るとメカ・タレナガースに襲いかかった。今度の相手は巨大な旋盤、ハンマー、斧、そしてハサミが武器だ。

びゅびゅびゅっ!

3体が同時に毒液を吐いた。エディーは咄嗟にそれらをかわしたが、わずかに左足首に毒液が付着して白い煙を上げた。

鋭い痛みが走ったがエディーは攻撃を止めなかった。

おりゃ!

ガキッ!ギィン!ガキン!

エディー・ソードの一撃をメカ・タレナガースたちの得物が易々と弾き返す。打ち込みの鋭さのみならず、破壊力そのものも大きく落ちている。渦パワーを練成して形成するエディー・ソードはあるじエディーの体力、精神力によってその強度も破壊力も大きく左右されるのだ。

―――まずいな。

周囲の4体のメカ・タレナガースがそれぞれの得物を振り上げたとき。。。

ヒュウウウン!

ズガアアアン!

ドオン!

天空から青い光が飛来して旋盤のメカ・タレナガースに命中した。

「ナニ!?」

「ダレダ?」

「これは。。。タイダル・ストーム!?」

メカ・タレナガースはもちろん、エリスも、そしてエディーまでもが驚いた。

飛来した青い鎌状の光は、まぎれもなくエディーの必殺技タイダル・ストームだ。かつてタレナガースが開発したアンチ・エディー砲によって死線を彷徨ったエディーが、巨大な満月スーパームーンの不思議な力に導かれて会得した必殺光弾だ。それを誰が?いったいどこから放ったのか?

敵も味方も、そこにいる全員が光弾が飛来した空を見上げた。

また人が降りてくる。

今度はひとりだ。

そしてそれは!?

額に青いひし形のエンブレム。胸に青いコア。銀色のアーマに黒のスーツ。

「エディー!?」

そう。120体のメカ・タレナガースに続いて天から降りてきたのはまぎれもなく渦戦士エディーだった。

 

4)メカ次元

天から舞い降りたエディーは、タイダル・ストームによって胸に大穴を開けられて仰向けに倒れている旋盤のメカ・タレナガースの傍らにふわりと着地した。

「キミは?」

エディーの問いかけを片手で制して、空からやって来たもうひとりのエディーは「まずココを片付けよう」と言うなり、エディー・ソードを手に猛然と戦闘を開始した。

「ふぇっ!なにやら雲行きが怪しくなってきたようじゃ。クイーンよ、ここはいったん退くとするかの」

成り行きを見つめていたナマ・タレナガースが林の暗がりに溶け込むように姿を消し、ヨーゴス・クイーンや戦闘員たちもそれに続いた。

 

「じゃあキミもアンドロイドなのかい?」

エディーは驚いてまじまじと自分と同じ姿をしたロボットを眺めた。

「そう。メカ次元からやってきたアンドロイド。だけど中身はキミと同じさ。正義の心をインプットされているからね」

砂煙が舞う中でメカ・エディーは拳で自らの胸をコツンと叩いた。

エリスの尽力で真っ黒な毒液のベールから開放された田畑は豊かな緑色を取り戻していた。静かな山間の農村のあちこちに、たった今倒されたメカ・タレナガースの銀色の残骸が放置されている。

空からやって来たアンドロイドのエディーの話は、エディーとエリスを驚かせた。

「メカ次元だって?」

「そう。こことは違う別の次元、メカニックが世界を支配するメカ次元さ」

「信じられないわ、この世界以外にそんな世界があるなんて」

エリスがメカ・エディーをまじまじと見ながら呟く。にわかには信じられない話ではあるが、現実に空から何体ものメカ・タレナガースが降下し、ここにこうしてメカ・エディーが存在しているのだ。もはや疑う余地はない。

「ヤツらは次元の壁、つまり次元ウォールに穴を穿つ次元ドリルを開発して、よその次元、つまり君たちの世界を支配するためにメカ・タレナガース軍団を送り込んできたのさ」

「ヤツらって?」

「メカ次元を支配するメイン・ファクトリー・オートメーション、つまり諸悪の根源さ。それは『ファンギル』と呼ばれる巨大な生産システムなんだ」

ということは、敵の正体は意思を持った工場であったのか。

「その次元ドリルで次元ウォールを破壊したファンギルは、すぐには侵攻せず、しばらくこちらのようすを伺っていたんだ。そして自分達とよく似た悪意を持つ存在であるタレナガースを知った。そうして作ったメカ・タレナガースを尖兵として送り込み、この世界の人間を迫害して己の欲望通りの世界を作ろうとしている」

「だからアンドロイドのタレナガースを量産してこちらへ送り込んできたのか」

「そして同じように、メカ次元の人間達はキミを見つけたんだよ。ファンギルの横暴に対抗する希望の象徴としてのエディーをね」

メカ・エディーは真っ直ぐにエディーを見た。

「メカ次元にも人間がいるの?」

「ああ、いるよ。メカ次元だってもともとはこの次元と同じで人間達が楽しく暮らしていたんだ。そもそも人間達が開発したさまざまな産業ロボットに優れたAIが組み込まれて無人のファクトリーオートメーションを稼動させたのが始まりだったらしい。やがて更に高度なAIを開発し、より精密な部品を生産する能力を付加し、工場そのものが自己増殖し始め、自らの手足となるアンドロイドを大量生産し、そいつらが人間を排除していったんだよ」

メカ・エディーは寂しそうに首を左右に振った。自分と同じメカニックによる者たちが人間に害を為すことに心を痛めているのだろうか。

―――心?

「じゃあキミを造ったのは生き残った人間たちなんだね?」

「その通り。ファンギルは4日に1度45分間ラインを停止させてシステム各部の点検や冷却を行うんだ。人間達はその隙にシステムをハッキングして少しずつ少しずつボクを造ったんだよ。なんどかハッキングがバレて犠牲になった人もいたと聞いた。大変な思いをしてボクを造ってくれたんだ」

「あなたはさっき正義の心をインプットされていると言ったわね。心ってそう簡単にインプットできるものなのかしら?」

エリスが小首をかしげて尋ねた。そもそも正義などというものは曖昧な定義のうえに成り立っている。時には人によってまったく逆の答えをはじき出すこともあるだろう。エディー・コアを発明し、ロボット犬ピピを製作した科学者エリスにとっては非常に興味深い課題だ。

「それは、ひと言では言えないんだけれど。。。」

メカ・エディーは言葉に窮した。

「きっと大変な作業だったはずだよ」

言葉を継いだのはエディーだ。

「心を定義するなんて無理な話さ。ひとことで説明できない概念を入力する。。。その方法はひとつしかない」

メカ・エディーはエディーの言葉に静かに頷いた。

「ボクの中には人間たちが寄せた3000以上の言葉や文がインプットされている。たとえば、自分以外の人たちの怪我や病が早く治って欲しい、小さい子供達が健やかに育って欲しい、といった願い。どんなに貧しく飢えていても決して人のものを奪ったり盗んだりはしないという決意。喪った肉親や友人達への尽きることのない追慕。繰り返される悲しみの中にあって決して望みを捨てないという悲壮なほどの決意。そうした思いがさまざまな表現となってボクの中で『正義』という概念を形成しているんだよ」

「それってすごい。4日に一度わずか45分の猶予の中で、あなたを造り、心をはぐくんで素晴らしい正義のヒーローを生み出したのね」

「砂利の中から小さな小さな砂金をひとつずつ拾い集め、やがて大きな金塊を作り出すような、気の遠くなる作業だね」

エディーとエリスはメカ・エディーを見ながらメカ次元で虐げられている人々の苦労を思った。

「ちょっと待ってよ。そんな苦労の末にようやく造り出した希望のヒーローであるあなたがどうして私達の次元にやって来たの?メカ次元で人間を守っていなくてもいいの?」

エリスは今にもメカ軍団に襲われているかもしれないまだ見ぬ人たちを思って不安になった。そんなエリスを見てメカ・エディーは少し驚いたように言った。

「キミはあの人たちと同じようなことを言うんだね」

「あの人たちって?おんなじことって?」

「ボクを産み出した人たちはね、メカ・タレナガースたちが大挙この次元に繰り出してゆくのを見て、自分達よりもまずあの次元の人たちを助けに行くべきだと言ったんだよ。この次元で自分達が逃げ隠れしている間に生み出されたメカ・タレナガースのせいであの次元の人たちが被害を受けるのは申し訳ないって」

「まあ」

エリスは傍らのエディーを見た。エディーも黙って頷いた。まだ見ぬ次元の、メカニックに虐げられた生身の人たちの心のなんと崇高なことか!

「決めたぜエリス。もう3日だ4日だなんて悠長なことは言わない。敵が何十、何百体いようと一刻も早く全滅させてやる」

「そうこなくっちゃ!力を貸してね、メカ・エディー」

差し出したエリスの手をメカ・エディーが握り、それをエディーが両の掌で上下から包み込んだ。3人のヒーローたちの絆が今、ここに生まれた。

「ところで次元ウォールってどこにあるの?あなたたちは一体どこから?」

「あ、そうか。ごめんごめん」

エリスの質問を受けてメカ・エディーが赤いゴーグルをふたつ取り出した。

「君たち人間にはアレが見えないんだったね」

そのゴーグルを受け取った二人はさっそく装着すると、メカ・エディーが指差す空を見上げた。

「うわわっ!」

「うっそおおおん!」

ゴーグルを通した赤い世界の中で彼らが見たものは、まるでバットで叩き割られたガラス窓のような大空であった。

割れた部分は時空が歪んで不気味に蠢いているように見える。

いったいどれくらいの大きさなのか、両端が見えていない。もしかしたら徳島全県下にわたって広がっているのかもしれない。

「こんなに大きな裂け目が私達の頭の上にあったなんて。。。いったいいつから?」

不意にエディーはいつかの朝刊の見出しを思い出した。

『未明の県下に謎の轟音』

『爆発か!?』

―――あれか。あの時の爆音が!

明け方におきた謎の爆発音は、次元ドリルによってふたつの次元の境界が破壊された音だったのだ。

あの巨大で広範な次元ホールから明後日にはまた120体のメカ・タレナガースがこちらの世界に投入されることになるのだろう。

「忙しくなるな」

「でも頑張りましょう。ね、メカ・エディー」

「もちろんさ。そのために来たんだからね」

やがてエリスは自身のAWD車にメカ・エディーを乗せて走り去った。

エディーもマシン・ヴォルティカに跨りエンジンを始動させた。左足でシフトを入れクラッチを放す寸前、エディーは静まり返った村を見渡した。メカ・タレナガースどもとの戦いでところどころ地面が抉られ、樹木は折られ、あるいは毒液で腐食していた。

エディーは枝を折られ、樹皮が腐って剥がれ落ちた、特に被害の大きな木を見つめた。立派な木だ。まるで背後の木々を庇って被害を一身に受けたように見える。

エディーは少し目を伏せてエクセルをふかし、クラッチを放した。

マシン・ヴォルティカは青い残像を残してエリスの車の後を追った。次の戦いの場所へ向かって。

 

5)メカ・タレナガースを掃討せよ!

それからのエディーたちの闘いぶりは凄まじいものがあった。

相手は大勢だが、エディーもメカ・エディーも力をセーブしようなどとは考えていなかった。彼らの闘いは時間との闘いでもあるからだ。次にメカ・タレナガースが120体降下してくるまでに1体でも多くのメカ・タレナガースをたおしておかねばならない。

エディーはもっぱらエボリューション・フォームで闘った。一撃必殺のヒート・パンチやヒート・キックをメカ・タレナガースの急所である首筋に撃ち込んだ。それによって渦パワーを大きく消費したが構ってなどいられなかった。神秘的な深い青をたたえていたエディー・コアは半日ほどでみるみる色褪せた。宿敵タレナガースをモデルにしたアンドロイドを何体も十何体も続けさまに相手にしているのだから無理も無い。

だがここでエリスの新しい発明が役に立った。

「アクアエナジー・ショット!」

エリスは渦のエナジーをある特殊な機能性流体に変えてペットボトル大の筒状カプセルに閉じ込めることに成功していた。このカプセルのトリガーを引いて渦エナジーを空気中に放出すれば、一定の範囲内ならエディー・コアの持つ特別なプラズマ特性に引かれてエナジー粒子がみずからエディーのコアの中へと流れ込んでゆくのだ。これはコアそのものを交換するよりもずっと手軽にエナジー補給できる手段であった。

「サンキュー、エリス。これでまたいけるゼ!」

エディー・エボリューションのエディー・コアが、あの深く豊かな青を取り戻した。

かたやメカ・エディーの動力源は電力であった。オリジナルのエディーと唯一異なる点は、メカ・エディーは背にバッテリーバックパックを装着していることだ。

メカ次元の科学者達がこのアンドロイド・ヒーローを設計するにあたって、一番の難題は渦エナジーの精製であった。

どうしても渦エナジーの成分を解明できなかった彼らは、やむを得ず電力を彼の動力としたのだ。しかし、メカ次元の驚くべき科学力は、通常電力だけでエディー・ノーマルフォームの戦闘力を凌ぐ攻撃スペックをたたき出していた。

だがやはりメカ・エディーの戦いも電力消費が激しく、頻繁に充電せねばならなかった。

エディー・エボリューション・フォームのヒートパンチに匹敵するブラスナックル状の外付けアイテム、サンダーパンチ・アタッチメントは一撃でメカ・タレナガースの頭部を破壊してみせたが、電力メータが一気に8%もダウンした。

エリスは自分のAWD車にポータブル発電機を積みこんで対応したが、さらに各戦闘エリアの派出所や交番にも緊急充電の協力を仰いでいた。

「充電完了だエリス。出るぞ!」

 

「撃渦熱風脚!」

エディー・エボリューションが高速で回転して青い水柱と化し、迫り来るメカ・タレナガースの群れのど真ん中へ踊りこんだ。

ズドドドドドド!

大気との摩擦で高速回転する彼のつま先が発熱し赤く発光した。まるで風に乱れ舞う赤い糸のようだ。

ガガン!

グァシャ!

バキッ!

神速の回転キックが通過した後は、首があらぬ方向に曲がったり、得物の巨大なツメやソードがへし折られたり、腕が肩からもぎ取られているメカ・タレナガースの群れが倒れていた。

ごおおおおお!

別のメカ・タレナガースが吼えた。

ガアアアア!コロセコロセ。

ゴアアアア!タオセタオセ。

それに呼応して他のメカ・タレナガースたちも一斉に吼え始めた。

オリジナルのタレナガースならこういう時、よくどす黒い瘴気を吐き出すのだが、彼らは毒液を口の端から垂れ流している。

ガアアオオオ!

エディーたちの周囲にはざっと20体以上のメカ・タレナガースが取り囲んでいた。エディーたちの並々ならぬ闘気が遠くからメカ・タレナガースを呼び寄せたのだろうか?

「ずいぶん集まって来たな」

「ああ。こっちから出向く手間が省ける」

圧倒的な無勢にあって、それでもエディーとメカ・エディーは不敵に嗤った。

ゴアアアオオオウウ!

左腕に何かのノズルを付けたメカ・タレナガースが天を仰いで吼え、それが戦闘開始のゴングとなった。

吼えたメカ・タレナガースが伸ばしたノズルから盛大な炎が噴射された。エディーとメカ・エディーは素早く左右に展開して炎の柱を避けたが、火炎のメカ・タレナガースの陰からドレッドヘア状の放熱パイプを振り乱して大きくジャンプした別のメカ・タレナガースが左腕の巨大なピッチフォークを振り上げてメカ・エディーに飛び掛った。

ジャキン!

メカ・エディーは腰のアタッチメントからソードを素早く抜くと悪魔のフォークがマスクを抉る直前で受け止めた。

ギリリ。

メカ・エディーは凄い力で押してくるメカ・タレナガースの力を応用してそやつもろとも背後に倒れ、両足をメカ・タレの胸に当てると勢いよく後方へ放り投げた。

ピッチフォークのメカ・タレナガースは数メートルも飛ばされて背中から地面に叩きつけられて呻いた。だが間髪入れず十数体のメカ・タレナガースがそれぞれの得物を突き出して我先にと仰向けに倒れたメカ・エディーに襲いかかった。

一方、火炎放射のメカ・タレナガースはメカ・エディーと反対方向へ跳んだエディーへとノズルを向けたが火炎を放射するよりわずかに早くエディーが放ったタイダル・ストームの光弾がノズルのつけ根に命中した。

バチッ!と小さな火花が散ると、次の瞬間ボウ!と音を立ててメカ・タレナガースの全身が炎に包まれた。タイダル・ストーム光弾によって燃料パイプが切断され、漏れた燃料に火花が引火したのだ。

ドロリとした粘度の高いゲル状の燃料を浴びたメカ・タレナガースは盛大に燃え始めた。そのメカ・タレナガースの胸板をエディーは神速のキックで蹴り飛ばした。

黒煙を上げながら吹っ飛んだ火だるまのメカ・タレナガースは、メカ・エディーへと襲いかかろうとするメカ・タレナガースの群れの真ん中へ仰向けに突っ込んでしまった。

グアアア!

ギョギョオ!

人型のナパーム弾と化した燃えるメカ・タレナガースは苦し紛れに仲間を掴み、仲間のメカ・タレナガースたちの体に炎を燃え移らせた。

その辺り一帯はまるで燃える盆踊り大会の様相を呈した。

それらをエディーとメカ・エディーはソードで風のように斬り伏せて行く。

ヒュン!

ダン!

メカ・エディーの動きが鈍った。右肩に1本の矢が刺さっている。

「メカ・エディー!大丈夫か?」

矢が飛んできた方向を見定めながらエディーは身構えている。

「問題ない。右腕のレスポンスが少し悪くなったが、戦闘力は落ちちゃいないよ」

どうやら離れたところに弓矢を使う長距離攻撃型のメカ・タレナガースがいるようだ。

2体のメカ・タレナガースが左右に分かれてメカ・エディーを狙っている。どうやら負傷したメカ・エディーに標的を定めたようだ。2体とも左腕にはなにやら金属製のスティックが装着されている。

そのスティックがいきなり光りを帯びて、稲妻が走った。

バリバリバリ!

うわああ!

左右のメカ・タレナガースのスティックから電撃が放たれ、間にいたメカ・エディーの肩の矢に「落ちた」。

体のあちこちが黒く煤けたメカ・エディーはパシュ!パシュ!と小さな火花を散らせながら、それでもソードを手放さない。メカ次元の人たちが命がけでインプットした正義の心は闘う気力を維持し続けさせている。

「メカ・エディー!」

慌てて駆け寄るエディーを片手で制して、メカ・エディーは群るメカ・タレナガースを迎え撃った。機械仕掛けの魔人たちはまだ10体以上いる。みるみるふたりを取り囲むと、各々の得物で攻撃をしかけてきた。

ギィン!

ギリリ!

ガガッ!

ふたりは間断なく繰り出される攻撃のことごとくを受け、かわし、あるいは流し、返した。そしてその隙を突いて蹴り、打ち、斬り伏せた。

ガキッ!

グアン!

ザシュッ!

それでも敵の巨大なツメが背を切り裂き、フックが肩を抉り、ソードがマスクに筋を刻み込んだ。

しばらくのち、すべてのメカ・タレナガースが地に突っ伏したとき、そこにはただ満身創痍のふたりのヒーローたちが立っていた。

メカ・エディーのソードは半ばからポッキリと折れてしまっている。

そこへ土煙を上げながらエリスのAWDがやって来た。

「ふたりともおつかれさ。。。ププッ、なんだかボロボロじゃん」

車から降りてふたりを見るなり吹き出したエリスにエディーたちはムッとしたが、同時になにやら癒されもした。

「あらあらメカ・エディーのソード、折れちゃったのね」

「ああ。エナジーを練り上げて形成したエディーのソードと違ってボクのはハガネの刀身だからね。だけどよく戦ってくれたよ」

そう言うとメカ・エディーは折れたソードを廃棄しようとした。

「あ、ちょっと待って。あなたにこれを装着させて欲しいの」

エリスは車のリアシートから手のひら大のメダルを取り出した。角のない三角形をしたそのメダルは中心に丸いコアが埋め込まれている。深い海の青を連想させるその青いコアこそは。

「エディー・コアだね」

エリスの新しい発明にエディーも興味津々だ。

「ええ。電力で稼動するメカ・エディーの動力源をなんとか渦パワーに変換できないかと思っていろいろ考えてみたの。で、いちばん手っ取り早く解決するためにはコレ!」

エリスは三角形のメダルの裏を見せて指差した。

「アダプター?」

「鋭い!さすがメカ次元生まれね。電力で稼動するあなたのシステムはそのままにして、渦パワーを電力に変換させるためのアダプターを考えていたの。もっと早く届けるつもりだったんだけど、遅くなっちゃってごめんなさい」

言いながらエリスはメカ・エディーのバックパックに渦パワーメダルを装着した。

「オッケー。さ、メカ・エディー。あなたのソードをイメージしてみて」

メカ・エディーの意識が、失われた刀身に集中するや、ソードに青い光が宿り、その光がみるみるソードの形をとり始め、やがて完全にもとの姿を取り戻した。

「すごい!これは本物のエディー・ソードだ!」

機械仕掛けのエディーは、本家のエディーと同じソードを練成する能力を得たことに大喜びした。

「これでメカ・エディーも自在にエディー・ソードを形成できるわ。慣れてくれば何も無い状態から瞬時にソードを出現させられるはずなのだけれど、今はその折れた剣があったほうがソード全体をイメージし易いでしょう。しばらく持っているといいわ」

エリスの説明に頷きながらメカ・エディーは折れたソードを腰のアタッチメントにぶら下げた。

「これで私達は同じパワーを共有しあえるようになったわけね。異なるエナジーを充電するよりもかなり効率のよいチャージができるはずよ。メカ・エディーの運動能力もバッテリー稼動のときより格段にレベルアップしているに違いないしね」

渦パワーが体中に染み渡ることで、ソードのみならずふたりの体につけられたたくさんの傷もみるみる治癒しはじめている。

「サンキュー、エリス。これで俺達はまたすぐに戦えるよ」

腕や肩の傷がじわじわと消えてゆくのを不思議そうに眺めながら、メカ・エディーは弾む声でエリスに礼を述べた。

「さあ、ぐずぐずしてはいられない。次の町へ行ってメカ・タレナガースどもをやっつけよう」

勇んでヴォルティカのサイドカーに乗り込もうとするメカ・エディーの腕を掴んで、エリスは首を横に振った。

「どうしたんだいエリス?」

「その前に行く所があるのよ。ね、エディー」

エリスの目配せにエディーも頷いた。

「キミのエナジーを電力から渦パワーに変換できたら行こうと、ふたりで決めていたんだよ。俺達はこれからメカ次元へ乗り込むことにする!」

「えっ?!メカ次元へ?」

「ええそうよ。あなたの生まれ故郷へ」

「ダメだよ。まだこの世界にはメカ・タレナガースが何十体もいるじゃないか。放っておけばまた120体のメカ・タレナガースがこの世界に侵攻してくるのはわかっているだろう?」

「だからこそさ。諸悪の元を断つ!」

「そういうこと。それに、あなたを造った人たちは今もあなたの帰還を待っているはずよ」

メカ・エディーは空を見上げて押し黙った。メカ次元に残してきた人間達のことは常に彼のメモリユニット(心)にある。忘れたことなどない。

「だけど。。。だけどボクは。。。この次元を守らなきゃ」

自分を産み出してくれた人々を案ずる心。自分達の次元から来た者どもが他の次元を荒らしていることに対する責任感。このアンドロイドはずっとそのはざまで悩み、揺れていたのだ。

「それなら大丈夫だ」

エディーの言葉にメカ・エディーは驚いて視線をエディーに落とした。

「どういうことだい?」

自分たち3人がメカ次元へ行ってしまったら残されたこの世界はどうなる?という課題はエディーもエリスもそれぞれに考え続けていた。そして同じ答えに、既に行き着いていた。

「近くにいるんだろう?」

「いいかげん出ていらっしゃいよ」

ふたりは周囲の森に向かって大声を上げた。誰に呼びかけているものか?

「スダッチャー!」

―――スダッチャー?

メカ・エディーには聞き覚えのない名前だ。

「呼んだ?」

妙に明るい声がいきなり背後からして、メカ・エディーは驚いて振り返った。

緑のスーツをまとった男が立っている。いったいどこから現れたのだ?

ひと目で常人ではないとわかる。なによりメカ・エディーはその身に潜在する並々ならぬパワーを感知していた。

「キミが。。。スダッチャー?」

 

「知っていたぜ、ずっと木の中から俺達の戦いを見ていただろう」

「あんなに樹木を痛められて、あなたが平気でいられるはずないものね」

エディーとエリスはどうやらこの超人に留守を任せるつもりのようだ。

しかし。。。

スダッチャーはメカ・エディーの前へズカズカと歩み出ると目の焦点が合わぬほど顔を近づけた。赤いゴーグルアイがいたずらっぽく光っている。

「よぉ、オレとバトルすっか?」

「し・ま・せ・ん」

間髪いれず、エリスがスダッチャーの耳をつまんで力いっぱいひねりあげた。

「イイイ、イタイイタイよエリスちゃん。しないって、しませんから」

ようやく放してくれた耳をしきりにさすりながらスダッチャーは半泣きだ。

「バトルしようってのはオレのあいさつみたいなもんだからさぁ」

「あらためなさい!」

暴れん坊でいたずら好きのスダッチャーも、とにかくエリスにだけは頭が上がらない。

「ハハハ。そう不安そうな顔をするなよ、メカ・エディー。これでもスダッチャーはオレとタレナガースの戦闘力を受け継ぐと言われるほどのツワモノなのさ」

「状況はわかっているわよね、スダッチャー。私達が留守の間、この世界を守って欲しいの。やってくれるわよね」

エリスに向かって緑の暴れん坊はグイと胸を張った。

「任せてよ、エリスちゃん。あのタレナガースを何十回もブッ倒せるなんて滅多にないからね。友達の木を散々枯らしてくれた礼は百倍にして返してやるぜ」

拳を手のひらにパシパシ打ちつけているスダッチャーを見てエディーとエリスはOKサインを出し合ってクスクス笑った。

ともかくこれで話は決まった。

「メカ次元は攻めることばかりに気をとられて防御が甘くなっているはずだ。この機に逆奇襲をかけて諸悪の根源ファンギルを破壊する!」

 

30分後、それぞれ渦エナジーをフル充填した3人のヒーローたちはメカ・エディーに導かれて、メカ次元から降り注がれる目に見えない昇降ビームに乗って徳島上空に大きく開いた次元の裂け目へと飛び込んでいった。

 

6)メカ次元を制圧せよ!

メカ次元の街は静まり返っていた。まるで水の底に沈んでいるみたいな重苦しさが漂っている。

コンクリートの四角い建物がどこまでも並んでいる。画一的で殺風景な街。しかも建物はどれも古びていて外壁はひびが入っていたりところどころ剥がれ落ちていたりする。

人の姿はなく、生活の気配がまったく感じられない。

「なんだか廃墟みたいね」

エリスが小声で言う。

「もともとは人間が住んでいた街なんだ。メカに追われて街を奪われてから、建物は老朽化するばかりさ。でも中に入れば驚くよ。ファンギルは建物を内側から改造しているんだ」

「じゃあ人間たちはあの建物のどれかに住んでいるわけではないのね?」

「彼らはみな地下に隠れて生活しているんだ。見つかったら即攻撃されるからね、ホラあれ」

メカ・エディーが人差指でさした空には数機のドローンが浮かんでいた。人が両手で持てる程度の大きさだ。

「対人哨戒ドローンさ。人間を発見したらファンギルにその場所、時間、人数などのデータを送るようにできていて、そのデータを解析したファンギルが不定期で人間狩りをしかけてくるんだ」

「人間狩り。。。」

エディーが呻くようにその呪わしい言葉を口にした時、3人の耳にかすかな音が届いた。

間違いない、それは。。。

「悲鳴だ!」

3人はその声がした方へダッシュした。

 

しばらく走ると大きなスタジアムの前に出た。

悲鳴はこの中から聞こえてくる。

この次元にやってきたばかりでエディーもエリスも敵の形態がわからない。メカが人間を制圧していると言うが、やはりタレナガースタイプのアンドロイドが相手なのか?あるいは戦車のようなメカが攻めてくるのか?

しかしそんなことを詮索している時間はない。悲鳴は言葉にならないSOSなのだ。3人は躊躇せずスタジアムの中へ駆け込んだ。

「ああっ!」

スタジアムには衝撃的な光景が繰り広げられていた。

横一列に並んだ20個の透明なカプセルに人間が一人ずつ閉じ込められている。カプセルの上部には何かの装置が乗せられていて、それぞれ数本の太いコードが延びている。コードは絡み合いながらスタンドの一角に消えている。

中に閉じ込められた人々は男性も女性も、年端も行かぬ子供も腰が曲がった老人もいる。だが皆、いちように悲しそうな顔をしている。

「行くぞ!」

エディーの合図を待ちかねたようにメカ・エディーもエリスもスタンドの手すりを飛び越えて数メートル下のフィールドに降りた。

カプセル上の装置がウィンウィンと唸り始め、カプセル内部に怪しい光が充ちはじめた。

「ああ!助けて!」

「わあああああ!」

中の人々がバンバンとカプセルの内部を叩き始めた。彼らは自分達がこれから何をされるのかわかっているようだ。

切羽詰った悲鳴がエディーたちの脳内サイレンをかき鳴らす。

てぇえええええいい!

申し合わせたように二人のヒーローはソードを構えてカプセルに迫った。

スタンドの四方でチカチカと光るものがある。エリスがはっと見上げた。

「危ない!攻撃が来るわ」

言い終わらぬうちに、4本の細く赤い殺人光線が居並ぶカプセルの上でむなしく交差した。狙われたエディーたちは既に素早く飛び去って難を逃れていたからだ。

エディーとメカ・エディーはカプセル上部の装置をソードで叩き、1基ずつ破壊した。だが残りのカプセル内に充ちた光はさらに輝きを増し、なんらかの発動をかけようとしている。

「エディー、間に合わないわ!」

エリスの警告が悲鳴となって届いた。メカ・エディーは咄嗟に足を止めてソードを構え、全身の渦パワーをソードに集めた。タイダル・ストームを撃つつもりか。だが動きを止めた瞬間、敵の殺人光線の格好の標的となる。

ビシュッ!

ギギン!

一瞬早くその前に立ちはだかったエディーがソードで光線を弾き返した。その隙にメカ・エディーが束ねられたコードめがけて必殺のタイダル・ストームを発射した。

ヴゥン!

グァン!

青い三日月の光弾は狙いたがわずよじりあわされた太いコードをまとめて断ち切った。

その瞬間すべてのカプセルの光は消え、同時に電気を失った電磁石のようにカプセルそのものが崩壊して、中の人たちは全員解放された。

「こっちよ!早く!!」

突然のことでどちらへ向かって逃げればよいかわからぬ人たちをエリスが大声で誘導した。

「走れ。早く!」

逃げる人々が殺人光線の餌食にならぬよう、エディーとメカ・エディーがしんがりにつき、飛来する光線をソードで弾きながら、一行はなんとか無事にスタジアムの外へと退避した。

 

「皆さん、お怪我はありませんか?」

スタジアムを出て数ブロック走った後、メカ・エディーは一行を古びた建物の陰にある非常階段の下に集めた。その地面に設けられたマンホールの蓋をはずし、皆を地下へと導いた。

どうやらそこは追われた人間たちが緊急避難するための秘密の退避スポットらしい。

助け出された20名の人たちは、エディーの質問に応えるよりも先に、皆メカ・エディーの周囲に集まった。

「帰ってきてくれたんだね、エディー」

「あの次元の人たちは助かったの?あのタレナガースたちは全部やっつけたの?」

命の危機にあってなお、彼らは侵略された次元のことを心配していた。

―――この人たちがあってこそ、メカ・エディーが生まれたんだな。

エディーもエリスもあらためて感じ入った。

「私達の次元は大丈夫です」

「皆さんが送ってくださったこのメカ・エディーのおかげです」

この時はじめて人々はエディーとエリスを見た。

「メカ・エディー?ああ、あなたはオリジナルのエディーなのですね。そしてあなたがエリス」

「助けて下さって有難う」

「でも、私達は彼をメカニックだとは思っていません」

彼らは自分達が造り出したエディーにつけられたネーミングが少々不満らしい。

「わかります。彼は人と同じ心を持っていますもの。この呼び名は隣にいるエディーと区別するためにつけただけなのです」

エリスの言葉に、人々は頷いた。

「ところで、先ほどはいったいどういう状況だったのですか?あなたがたはファンギルに何をされようとしていたのですか?」

「あのカプセルはあらゆる物質を粒子レベルにまで分解するという装置です。あのカプセルで私達を分解し、1キロメートル離れた場所にある同じカプセル内へ瞬間移動、再生させるという実験です」

「そんなことが可能なの?!」

エリスの問いに、被験者であった人々は寂しげに首を振った。

「いえ。まだ成功にはいたっていません。やつは、ファンギルは、人間を使って実験を繰り返しているだけなのです」

「それも面白半分にね。今のところ人間の肉体を分子レベルまで解体するところまではできても、再生するにはまだまだ時間がかかりそうだ」

「そいつが成功するまでに人間がいったい何人犠牲になることだろう。。。」

それまで黙っていたメカ・エディーが搾り出すような声で言った。

「ボクを作り出してメカ・タレナガースたちを追わせたことにファンギルは腹を立てているのさ。だから人間達を捉えてはそんな、できもしない実験を。。。いや処刑を楽しんでいるんだよ」

握った拳が震えている。

「エディー。。。」

「ああ」

エディーとエリスも同じ気持だった。ヨーゴス軍団の悪事に接するたび怒りをおぼえた。だがこんなに相手を恨みに思ったことはない。

手をこまねいている猶予はない。これ以上の被害者を出すわけにはゆかない。ことは急を要する!

―――敵の本丸ファンギルを直接攻撃する!

エディーたちは、救い出した人々を安全な地下の隠れ家に送り届けると、ファンギルの中枢を目指した。

 

それはとてつもなく巨大な工場群だ。

すぐれた学習型AIを持つファンギルは、フルオートメーションシステムでさまざまな特殊機械を製作しながら自己増殖を続け、今やこの次元を完全支配するほどの巨大コンビナートを形成していた。

ここも他と同様、建物の外壁は朽ちていて廃墟のようだ。しかし中へ入れば驚くほど超近代的な、いや未来的な設備が揃っているのだろう。そしてそこにはエディーたちのような侵入者を迎撃するためのさまざまな攻撃システムも待ち受けていると考えなければならない。

「何か作戦はないの?」

エリスが不安げに尋ねた。メカ次元にやって来てまだ間もないというのに、スタジアムでの戦闘から敵中枢部への突撃と、あまりにもめまぐるしい展開ではないか。

「作戦など必要ない。エリス、俺達はもうとっくに奴らの監視下だからね」

自分達の真上に哨戒ドローンがいた。搭載された監視カメラのレンズが光っている。

「見つかっちゃったのね。けっこう注意していたつもりなんだけど。。。」

「この地上にファンギルの死角はない。スタジアムからこっち、我々はずっと補足されていたはずさ。いや、メカ次元に足を踏み入れた時点でファンギルはもう我々の存在を把握していたのかもしれない」

「なるほど。だったら確かに作戦なんて要らないな。あるとしたらただひとつ。正面突破だ」

空を見上げながらエディーが宣言した。

「異議なし」

メカ・エディーも大きく頷いた。

「さぁファンギルのAIがある場所へ案内する。今はまだ我々を少しなめているからすぐに攻撃はしかけてこないだろうが、中枢に近づくにつれていろいろなトラップや警備のアンドロイドが待ちうけている。油断しないで!」

「了解した」

そして3人はコンビナートの敷地内へと侵入した。

 

カツンカツンカツーン。

自分達がさかさまに映るほどピカピカに磨きあげられた床を3人は走った。メカ・エディーによればファンギルの中枢システムはここから約1キロほど離れた「パレス」と呼ばれる主管棟に設置されているという。

メカ・エディーは、人間たちが長い時間をかけて密かに入手した工場の見取り図を脳内に転送してもらい、パレスへの最短ルートを把握することができるらしい。

先頭のメカ・エディーの後ろにエリス、しんがりをエディーが務める形で3人は走った。

「床がツルツルしていて走りにくいわ」

「わかるよ。だけど機械にとってはこんなふうに摩擦抵抗が少ない床面のほうが材料や製品の運搬に好都合だからね。この感触に早く慣れておいてくれ。でないと、戦闘時に不利だよ」

メカ・エディーの言うとおりだ。足場が不安定だとエディーの必殺技、激渦烈風脚もその破壊力が半減されてしまう。

エディーもエリスも足の裏の感触を意識しながら進んだ。

「待て。おいでなすったぞ」

メカ・エディーが腕を左右に広げて警告した。

ピカピカの通路の向こうからジイイイイという小さなモーター音が聞こえてきた。

 

うおりゃあああああ!

天空から影が降ってきた。

ドガーーーン!

落下した影は地上の人影と交差し、片方は破裂爆破した。

残った片方は地面に片ひざをついて拳を地面にめり込ませている。

ふぅうう。

ゆっくりと立ち上がったのは緑の超人スダッチャーだ。

エディーたちが異次元へと旅立った後、徳島の平和をその拳にかけて守っている。もっともスダッチャー自身はただ果てしないバトルを楽しんでいるだけなのだが。

いたずら好きなそのマスクには深いふた筋の爪あとが刻まれているほか、背中やわき腹にも傷がある。相手は数十体ものメカ・タレナガースなのだ。圧倒的な多勢に無勢のなかで苦戦を極めているに違いない。

突き出した拳は皮膚が破けて血がにじんでいる。特殊鋼でできているメカ・タレナガースを全力で殴り続けた結果がこれだろう。いかにバトルフリークの超人とはいえかなり痛いはずだ。

だが、本人はこのうえなく楽しそうだ。まるで遊園地に連れてきてもらった幼子のようにはしゃいでいる。

「さぁ、お次はどいつだ?」

左右から2体のメカ・タレナガースが襲ってきた。片や左腕にブッシュナイフのような巨大なナイフを振り上げて、もう一方は先端がねじれたドリルのような錐を突き出している。

「チョコマカト!」

左右の刃物が体に届く直前スダッチャーはヒョイとジャンプして、なんとふたりのメカ・タレナガースの肩にふわりと着地した。

「へへへ。どうしたどうした、遅いぜ」

表情のない金属製のシャレコウベを覗き込んでおちょくる度胸はさすがだ。

スダッチャーはハッと気合を込めて再びメカ・タレナガースの肩から宙に舞うと、竹とんぼのように空中で高速回転してふたりのメカ・タレナガースの横っ面を連続キックで打ちすえた。

人工脳に激しい衝撃を受けて2体のメカ・タレナガースはガシャッ!と派手な音とともに仰向けにひっくり返った。

「イッセイニ、コウゲキダ」

倒れた2体のほかに、さらに4体のメカ・タレナガースが集まってきた。これではさすがのスダッチャーとてさきほどのように相手をおちょくった攻撃はできまい。

スダッチャーは「う〜ん」と考え込んだが、背後の森のほうへそろそろと後ずさった。

「フフフ、ヤハリワレワレガ、オソロシイトミエル」

相手が恐怖する様を見るのが楽しいというのはオリジナルのタレナガースと同じだ。

スダッチャーは背にした樫の若木の細い枝を1本手折ると「ゴメン、借りるよ」と小声で言った。

そんなスダッチャーを円く取り囲んだメカ・タレナガースたちは勝ち誇ったように左腕の得物をかざして一斉に襲いかかった。

「ボロゾウキンノヨウニ、シテヤル!」

6体のメカ・タレナガースに囲まれてスダッチャーの姿が見えなくなった。。。その瞬間。

ズガ―――ン!

炎が上がり、火だるまとなった6体のメカ・タレナガースたちが四方へ吹っ飛んでそれきり動かなくなった。

爆炎の中心にはスダッチャーが一風変わった剣を構えて立っている。拳よりも大きな球体がよっつ、まるで団子の串のように連なった剣である。

スダッチャー・ソード、爆炎の妖剣。この剣の一撃を喰らったヤツは斬られはせぬかわりに爆炎に包まれて木っ端微塵になるのだ。

「さぁて。お次の番だ」

スダッチャーはソードを肩に担いで舌なめずりした。

 

幅数メートルの何も無い通路の向こうから2本の金属筒がこちらへ走ってきた。高さ1メートル数十センチの、大きなゴミ箱をひっくり返したような円筒形だ。表面は、近づけば自分の顔が映りそうなほどに磨き上げられている。

極端に摩擦係数が低い床を、文字通り滑るように奔ってくる。内部から聞こえるジージーというモーター音がなければ、CGアニメと見紛うなめらかさだ。

「何だろうあれは?」

「床をお掃除しているのかしら?」

エディーとエリスが首を伸ばして眺めようとするのをメカ・エディーが押さえつけた。

「よせ危ないぞ!あれは自動警備兵だ」

「自動。。。警備兵?」

走るゴミ箱が警備兵とは。

その時、ゴミ箱の上部からポッコリと赤い回転灯が現れ、ピコンピコンと警告音が鳴り出した。

「いけない、見つかったようだ」メカ・エディーがエディー・ソードを構え、それに倣ってエディーとエリスもいつでも攻撃に備えられる態勢をとった。

「シンニュウシャ、ハッケン。シンニュウシャ、ハッケン」

人工音声と共に自動警備兵のボディーからいきなり赤い光線が走り、エディーの左頬をかすめた。

「あっ!」

咄嗟に3人は身をかがめた。

「レーザーよ。いきなり撃ってくるなんて」

「侵入者は問答無用で排除するってわけだ」レーザーがかすめた頬のあたりがヒリヒリする。

「戦闘開始の合図は済んだな」

「よし行くぜ!」

通路には身を隠すものなど無い。とにかく前へ進むしか他に道はなかった。3人は通路の奥へ向かって猛然とダッシュした。

2基の自動警備兵は申し合わせたかのように一斉射撃を始めた。赤色殺人レーザーの乱れ撃ちだ。エディーもメカ・エディーも巧みに体を動かして光線を避けたが、壁に当たったレーザーが跳弾となって左右からも襲いかかるのが厄介だった。このままではどうにも危うい。通路はあたかも赤い糸のあやとりのようだ。

「正面からだけじゃなく跳弾にも気をつけろ」

エディーは渦パワーを手のひらに集めてエディー・ソードを形成させた。右斜めから飛んできたレーザーの跳弾をソードの刀身で受ると、レーザーはジュッと小さな音を立てて消滅した。殺人光線が渦パワーに力負けして蒸発したのだ。

「いける。ソードでレーザーを受けながら前へ行くぞ」

エディーとメカ・エディーはそれぞれソードで飛来する赤色レーザーを消滅させながら背後のエリスを庇って少しずつ前進した。

だが2基の自動警備兵は不規則に移動しているようで、互いにうまくフォーメーションをとりながら攻撃してくる。

「こいつらは見た目以上に難敵だな」

雨のように降り注ぐレーザーにエディーたちは防御に徹するしかなく、なかなか反撃に転じられない。

その時、エリスが突然エディーたちの前へ出た。

「エリス、何を!?」

「大丈夫、考えがあるの」

驚いて引き戻そうとするエディーの手を振りほどいて、エリスは両腕を体の前へ真っ直ぐ突き出した。

「エリス・エナジーシャワー!」

その途端エリスのエディー・コアから青く光る粒子が迸り、左右の腕を伝って彼女の掌からまるでシャワーのように流れ出し、エディーたち3人をドームのように包み込んだ。

「エディー・ソードでレーザーを消滅させられるならこれで防げるはずでしょ」

エリスの思惑通り、無音で繰り出される赤いレーザー光線は渦パワーのドームに触れるや次々と蒸発した。

「止まらず行くわよ」

エリスは自らの渦パワーを体外に放出させながら先頭に立って進んだ。そして近づいてきた自動警備兵を渦パワーのバリヤードームに守られたエディーとメカ・エディーがそれぞれのソードで難なく破壊した。

このコンビネーションはかなりうまくいった。この後も自動警備兵に何度か遭遇した一行は次々と撃破していった。

ファンギルの中枢部「パレス」まではあと三百メートルだ。

「第一関門突破だ」

 

第二の刺客は五匹いた。

真っ黒なドーベルマンを思わせる、見るからに獰猛そうな大型犬。

だが本物のドーベルマンと違って、顔の中央には目のかわりに細いV字型の赤いゴーグルアイが光っている。口にはサメのような三角のキバが2列に並んでいて、足の先には猛禽類を連想させる大きく湾曲した鋭いツメがある。こいつらは猟犬をさらに超攻撃的にアレンジしたメカ・ハウンドなのだ。

猟犬は姿勢を低くして、カチカチとツメを床に当てながら攻撃の機会を伺っている。ロボットゆえに息遣いも無く、まるでかま首を持ち上げた蛇が得物に飛び掛ろうとしているようで不気味だ。

にらみ合う双方の殺気が膨れ上がり、パン!と弾けた。

ガウ!

おおお!

キバをむき出して飛び掛るメカ・ハウンドに対し、エディーとメカ・エディーはエディー・ソードで迎え撃った。

ギャウウウ!

ギョギョギョオオ!

エディーたちはエディー・ソードでキバの攻撃を受け止め、ツメの攻撃が来る寸前キックをロボ・ハウンドの腹部に叩き込んだ。2匹目、3匹目の攻撃が来る前にソードを振るってメカ・ハウンドを牽制する。2対5の不利を払拭するためには相手に勝るスピードと間断なく繰り出される攻撃が必要だ。

「獲物」めがけて狂ったようにキバをむくメカ・ハウンドたち。そいつらに対してソードを振るい、パンチとキックを打ち込む。キバをかわし、ツメを受け止める。ふたりの攻撃と防御のコンビネーションがわずかでも狂えばその隙をついて致命的なダメージを受けることになるだろう。

「負けるものか!」

神速の剣さばきは湧き上がる闘気によってさらに鋭さを増してゆく。

しかし状況は膠着していた。それはつまりメカ・ハウンドたちの勝利を意味している。エディーたちはさらに前へ進まねばならないからだ。

「タイダル・ストームだ!」

エディーの呼びかけに応じてメカ・エディーはソードを大きく振りかぶった。エディーが上段に振りかぶったのを見てメカ・エディーはソードをやや下段に構えた。

とおりゃあああ!

裂ぱくの気合と共にエディーは縦に、メカ・エディーは水平にソードを振る!そこから放たれたふた筋の金色の三日月は十字にクロスしながら光の鎌となって眼前のメカ・ハウンドを一気に蹴散らした。

ドガガン!

ギャギャン!

一瞬、防御をやめたふたりに対してここぞとばかり襲いかかって来た5匹のメカ・ハウンドたちは避けきれずにタイダル・ストームの直撃を食らった。四肢を天井に向けて盛大にひっくり返された5匹は、ボディのあちこちからバチバチと火花を散らしながらも立ち上がろうともがいている。

グルアアアア!

5匹とも視線だけはエディーたちからはなさない。すぐにでも跳ね起きて再びエディーたちに跳びかかりたいのだ。

「なんて執念深いヤツらだ」

メカ・エディーが呻くように言った。エディー・ソードを逆手に構える。動けないメカ・ハウンドたちにトドメを刺そうというのだろう。これでなんとか第二関門も突破できそうだ。

「待って」

それを止めたのはエリスだ。

「この子たちはもう戦えないわ」

エリスは格別警戒するふうでもなく、キバをむくメカ・ハウンドに近寄った。

「お、おいエリス。危ないぞ」

慌てて止めようとするエディーに少し微笑んで、エリスは躊躇せず手のひらをメカ・ハウンドの顔の正面にかざした。

ボオと青い光がその手を包んだ。メカ・ハウンドの闘争心はまだ消えておらず、かざされたエリスの手を噛んでやろうとしていたが、なぜか超攻撃型猟犬ロボットは唸るだけでそうしようとはしない。

エリスは火花散るロボ犬の傍らにしゃがむと今度は顔をメカ・ハウンドの赤いV字のゴーグル・アイの真ん前に突き出した。

「もういいのよ、戦わなくても。あなたたちのお仕事は終わったわ」

そして青く光る渦パワーの右手でそのゴーグル・アイをそっと目隠しするように押し包んだ。

グルルルル。。。グウ。。。ウウフウウ。。。

キバをむいていたメカ・ハウンドたちは次第に大人しくなり、エリスの周りで床に伏せてくつろいだポーズをとり始めた。

メカ・エディーは目を丸くしてそのようすを見つめていた。

「エディー、エリスっていつもああなのかい?」

「え?あ、ああ。彼女はいつもオレを驚かせるんだ」

もう何度もその突拍子も無い行動に驚かされ慣れているはずのエディーもまた、エリスの無鉄砲には言葉を失っていた。

エリスは渦パワーを掌からメカ・ハウンドの体内に流し込んでいる。肉体の傷を癒し、荒ぶる心を平らかにし、正しいことを為そうとする気持に勇気を与えてきた渦のパワーが、AIによって入力された悪しきコマンドまで解除できるとは。エディーはあらためて我が身に流れるこのパワーの底知れぬ能力に感服した。

「戦いで壊れちゃった部分までは渦パワーじゃ直せないけれど、後できっと修理してあげるからね。ここで大人しく待っているのよ」

エリスは5匹のメカ・ハウンドを1匹ずつやさしく撫でてやると立ち上がってエディーとメカ・エディーを振り返った。

「第二関門突破よ」

 

「このドアの向こうがパレス、つまりファンギルの中枢エリアだ。準備はいいかい?」

メカ・エディーの言葉にエディーとエリスは無言で頷いた。ここからが本番だ。

彼らの緊張感がキーとなったかのように突然シュッとドアが開いた。まるで3人を招き入れようとしているかのようだ。

ドアの向こうには闇が広がっていた。

入り口から差し込む光も濃密な闇に弾き返されて部屋の奥はまったく見えない。エディーとメカ・エディーがエリスを庇う形で真っ暗な室内へ足を踏み入れた。

どれくらいの広さなのか?

何が潜んでいるのか?

どんな仕掛けがあるのか?

ファンギルとはどのような姿なのか?

この闇の奥にすべてがあるというのに、何も見えない。

「ココマデ、ヨクキタ」

突然、合成音の言葉が天から聞こえた。

エリスが反射的に体を硬くしたが、エディーもメカ・エディーも泰然としている。

―――じたばたしてもしかたないよ。この暗闇の中でもヤツは我々をしっかり認識しているだろうさ。

明るいメカ・エディーの言葉はエリスの緊張をいくぶん和らげた。

パン!

その時、部屋のいちばん奥に明りが灯った。

「あれは?!」

エディーたちは息を呑んだ。

闇に浮かび上がったのは奥の壁いっぱいに設置された巨大な機械群だ。

超高速ディープラーニング用GPU搭載の大規模サーバ。つまりこれが敵の大将「ファンギル」というわけだ。

「オハツニ、オメニカカル。ワタシガ、ファンギルダ」

無数の青いパイロットランプがチカチカと明滅している。

「人間が持つあらゆる分野の叡智があの中に集められているんだ」

メカ・エディーが小声で言った。

それにしても、自分を破壊しに来たと知っていて彼ら3人の前に自ら姿を現すとは、よほどの自信家なのか、それとも。。。?

「ワタシガ、コノジゲンヲ、スベルモノデアル」

自分を王であると宣言している。厄介な概念を持ったものだ。かつてビル・ゲイツは「うまく制御できればロボットは人を幸せにするが、いずれ発達したそれらは必ず人間の心配事となるだろう」と言った。その心配事が見事に具現化してそこに存る。

「統べるのは結構だが、人間を迫害するのはいただけないな」

「そうよ。どうして人間達と仲良く共存しようとしないの?」

「キョウゾン、フカノウダ。ジブンタチニセイギョデキナイトハンダンシタラ、ニンゲンハワタシヲトメヨウトスル、ダロウ。ケッキョク、ドチラカガ、ドチラカヲシタガエル。キョウゾンナドデキナイ」

「にしても、人に危害を加えるおまえのやりかたは間違っている」

「そうだ。それに他の次元にまで侵略の手を伸ばすなんてひどすぎる。どうかしているぞ」

「ハッハッハ、ワタシハベツニ、ジブンヲタダシイナドトイウツモリハナイガネ」

3人はぐっと拳を握り締めた。

「そうか。おまえもヨーゴス軍団と同じなんだな。性根が根元から腐っちまってる」

「メカ・エディーと違って、人の心の尊さを知らされず、知識ばっかり詰め込んで頭でっかちになった挙句、どこまでも自分本位でわがままなガキ大将になってしまったのね」

「オシャベリハ、モウイイ」

エディーたちの散々な言いように、AIであるファンギルもさすがに少し頭にきたようだ。

「エディー、あれ。あのサーバ群の真ん中にある小さなドームを見て」

エリスが指差す先にサッカーボールほどの半透明のドームがあった。内部ではたくさんの小さな光がせわしなく明滅している。恐らくはさまざまなデータの分析結果をもとに、最終判断を下す集積システム、つまりはあれが「脳」なのだろう。

「ファンギルの情報分析システム、通称「ブレイン・ドーム」だ。ヤツの最終的な意思決定が行われる部分だ」

「つまり、あそこを破壊すればいいんだな」

「そうだ。あのドームを破壊すれば、ファンギルシステムはただのとてつもなく大きなハードディスクになる」

メカ・エディーの説明にエディーは大きく頷いた。なんにせよ、ターゲットが具体的になったのは戦いやすい。

エディーとメカ・エディーが前へ出ようとしたその時、部屋全体の明りが点いた。

今度は目がくらむほどの眩さだ。

部屋全体が見渡せたことで、ようやくこの部屋が体育館ほどの広さであることがわかった。暗闇の中で、すぐ近くにあるように思えたファンギルの本体とは30メートルほど離れている。

ゴゴゴゴゴゴゴゴーーー

足元から何かの音がし始めた。足の裏からかすかに振動が伝わってくる。

「なに?」

「床の下から聞こえるぞ」

「ハッ!気をつけろ、何かが上がってくるぞ」

エディーの言葉通り、継ぎ目などなかった床の中央に突然割れ目が走り、左右に大きくスライドした。そして地下からせり上がってきたものは。。。!

きゃああ!

エリスは思わずエディーの腕にしがみついた。

「むう」

そこにはぎっしりと部屋をうめつくす大勢の「ヤツ」が並んでいた。

「メ、メカ・タレナガース。。。」

1列10体のメカ・タレナガースが12列、きれいに並んで直立している。腰になにかのチューブをつないだ状態で、皆、こうべを垂れている。

「フフフ、オドロイタカネ?」

電子の声が、あいかわらず落ち着いた声で語りかけた。

「ハルバル、コノジゲンマデヤッテキタ、キミタチノユウキニ、ケイイヲヒョウシテ、ツギノタレナガース120タイハ、キミタチノジゲンヘハオクリコマズ、ココデキミタチヲデムカエル、ホストトシテ、マタセテアッタノダヨ。カンシャシタマエ」

「そいつはどうも」

「ワタシガツクリアゲタ、タレナガース120タイ。アソンデホシクテウズウズシテイルヨウダ。サア、アイテヲシテヤッテクレタマエ」

ガウン!

シュウウウ!

どこかで何かのスイッチが入った音がした。

120体のメカ・タレナガースの腰に繫がれたパイプがパシュ!という鋭い音と共に切り落とされた。

「いよいよ来るのか」

「エリス、壁まで下がれ」

ふたりとも120体の強敵を前にあくまでも冷静だ。しかしボディからは闘気がゆらりと立ち昇っている。

ガウン!

メカ・タレナガースの後頭部に垂れる放熱パイプがうねうねと蠢くや、規則正しく並んでいたメカ・タレナガースの隊列がすこしずつ乱れ始めた。全員がゆっくりと顔を上げる。オリジナルと同様、強い恨みの念を宿したしゃれこうべヅラだ。眼球の無いメカ・タレナガースの瞳の奥にぼぉっと不気味な光が宿った。240もの暗い眼窩に人工の恨みの炎が灯ったのだ。

「エリス、赤いコアをくれ」

「オッケー。でもエディー、無理しないでね」

エリスは腰のパウチから三角形のフレームに埋め込まれた赤く煌くコアを取り出してエディーに手渡した。渦パワーとヨーゴス軍団の新種毒性物質が偶然融合して生まれた奇跡のコアだ。

エディーは赤いコアを自らの青いコアに重ねた。

ギュウウウウウン!

赤いオーラが全身から立ち昇りエディーを包みこんだ。まるでよじりあった無数の赤い弦が高速で体にまとわりつくようだ。

そして内包されたエナジーが限界まで膨れ上がったとき―――

シュアアアアア!

濃い霧が晴れるように周囲が明るくなり、そこにはさきほどとはまったく別人の赤い戦士が立っていた。

渦の戦士の最終最強形態エディー・アルティメット・クロスだ。

「先手必勝だ。メカ・エディー行くぞ」

「おお!こいつらを蹴散らして奥にあるファンギルの中枢を破壊するんだ!」

「GO!」

アルティメット・クロスのかけ声と共にふたりのエディーがしかけた!多勢に無勢なら先制攻撃が鉄則だ。一番近いメカ・タレナガースが左腕のドリルを回転させ始める前にエディー・ソードの餌食となって破壊された。続いてさらに3体!

ガアアアア!

ズガアン!

グオオオオ!

ガガン!

ババーーン!

先ほどまで静かだった室内はメカ・タレナガースの咆哮と金属がぶつかる音、何かが破裂する音で埋め尽くされた。

ゴオオア!

おりゃあ!

ガアア!

それっ!

戦闘が始まって数分。繰り出される凶器の攻撃にアルティメット・クロスもメカ・エディーもアーマに無数の傷を刻んでいる。だが巧みにエディー・ソードを操り、メカ・タレナガース軍団を前に一歩も引かず善戦している。

狭い室内に120体もひしめきあっていることがかえってメカ・タレナガースたちの効果的な攻撃を妨げているのだ。

メカ・タレナガース軍団は個別に活動している。個々が得た情報はファンギルを通してヤツら全員が共有しているのだが、戦闘に際して戦略的なフォーメーションなどは存在していなかった。

ゆえにヤツらは、タレナガースが本来持っている攻撃本能に導かれるまま個別に攻撃を仕掛けていた。まるでボール1個を追ってチーム全員がフィールドを走り回る素人のサッカーみたいだ。

そこにエディーたちのつけ込む隙が生まれていた。

アルティメット・クロスはもう1本エディー・ソードを出現させてダブルソードで戦った。

大きな錐やノコギリや鉄のツメや旋盤やドリルがB級ホラー映画のように我先にと3人めがけて突き出される。一進一退と言えば聞こえはよいが、エディーたちも一向にファンギルに近づけないでいる。

「エディー、長引くと不利だわ」

後方でエリスが言った。彼女は無人警備兵戦でバリヤ・ドームを展開させ、メカ・ハウンドにも大量の渦パワーを消費した。それでも残り少ない渦パワーを手のひらに集約させ、小さいながらも両刃の剣エリス・ダガーを出現させて必死に応戦している。

しかし彼女が本当に気にかけているのは自分のパワー残存量などではない。エディーの最終形態であるアルティメット・クロスは、その形態を維持しているだけでもかなりの渦パワーを消費する。

そのことは当然アルティメット・クロス自身もよくわかっている。

―――短期決戦あるのみだ。

だがこのままではいたずらに渦パワーを消費するばかりで、この分厚いメカ・タレナガースどもの壁は突破できそうにない。

ならば!

「メカ・エディー、オレに時間を作ってくれ。1分、いや30秒だ!」

アルティメット・クロスはすすっとエリスのいる壁際まで下がった。このままでは100体以上ものメカ・タレナガースの壁を突破してファンギル本体にまで接近するのは不可能だ。

この動きにメカ・エディーはすぐ反応した。

はあああ!

気合を込めてエディー・ソードを頭上で円を描くように振った。

ひと振り!

ぶぅん!

ふた振り!

ぶぅぅん!

ひと振りごとにメカ・エディーの剣はその青い輝きを増し、刀身がさらに長く伸びてゆく。

うおおおおおお!

メカ・エディーが吼え、闘気が膨れ上がった。その気迫に呼応した渦パワーのソードがかつてない大剣に化けたのだ。

ズガガガン!

腰を落とし、刀身が1メートル以上にも伸びた大剣で前列のメカ・タレナガース数体を一気に薙ぎ払う。凄まじい切れ味の刃でボディを切り裂かれたメカ・タレナガースたちは声も上げずに倒れた。

「すげぇな」

アルティメット・クロスもその威力に舌を巻いた。

「長くは持たない。何か策があるなら、なるべく早く頼む」

「よし」

アルティメット・クロスは意識をメカ・タレナガースの後方にあるファンギルのブレイン・ドームに集中させた。彼の視界をわらわらと動くメカ・タレナガースが遮る。

アルティメット・クロスは標的であるファンギルにいたるルートを頭の中でイメージしようとしていた。ルートを延ばそうとすると何重にも取り囲んだメカ・タレナガースの影が邪魔をする。

「ハッハッハ。ナニヲシテモ、ムダダ」

フェンギルの笑い声だ。メカ・タレナガースどもの咆哮がそれに重なる。

―――集中しろ!オレの一撃を飛ばす道筋を掴むんだ。一瞬でいい。見極めろ!

その時、彼の意識の中で何も無い中空にソードと標的を結ぶ道が繫がった。

―――そこだ!

アルティメット・クロスはエディー・ソードを下段に構えると一気に振り上げた。

ブワッ!

エディー必殺のタイダル・ストームだ。穢れをはらう青き光弾が切っ先から発射された。

驚いたことにその光の鎌は、群がるメカ・タレナガースの間を巧みにかわしながら高速で飛び、一気にファンギルのブレイン・ドームを目指した。

アルティメット・クロスの特殊能力、アブソリュート・ターゲット(絶対標的)だ。アルティメット・クロスが放った光弾は、彼の狙い定めた標的に向かってあらゆる障害物を回避しながら飛ぶ。いわば脳波誘導型自動照準システムだ。この能力を発動させたが最後、標的に逃げ場は無い。

だが。。。

ズガアアン!

標的を目前にして必殺光弾は見えない壁に行く手を阻まれた。

「ナニ?!」

パリパリパリ!バキーーーン!

光弾は、しばらくの間目に見えない壁のようなものに突き刺さって激しく火花を散らしていたが、数秒後に力尽きて消滅した。

「なぜ?アルティメット・クロスの攻撃が通じないなんて」

エリスの声には絶望の色が混じっていた。

「ハッハッハ。ムダナ、ドリョクダ。ワタシニハ、ユビイッポン、フレラレナイ。アキラメロ」

勝ち誇ったようなファンギルの人工音声が忌々しく耳に届いた。

「ハッハッハッハッハ」

「ハッハッハッハッハ」

周囲を囲むメカ・タレナガースたちも、ひととき攻撃の手を緩めてエディーたちを笑った。何重にも取り囲みながらゆらゆらと左右に体を揺らして笑う姿はまさしく悪魔の手先だ。

「どうやらファンギルの周囲には網の目状に電磁バリヤーが張り巡らされているようだ。どうするアルティメット・クロス?」

だがアルティメット・クロスは少しもうろたえるようすを見せない。

「どうもしないさ。オレは渦のパワーを信じるのみ。電磁バリヤーが行く手を阻むのなら、そいつを打ち抜くまでだ」

その言葉にメカ・エディーも頷いた。

「よし。援護は任せろ」

メカ・エディーはふたたびエディー・ソードの大剣を勢いよく振り上げて迫るメカ・タレナガースの輪を圧し返した。

その隙にアルティメット・クロスはふたたびタイダル・ストームを放つ態勢に入った。

「一撃でだめなら」

このパワーの続く限り撃ち続ける!

アルティメット・クロスは標的のイメージを脳裏に鮮明に捉えながら、エディー・ソードを左に一閃。右へ一閃。そして天井へ向けて一閃した。

鎌のごとき光の弾丸は三方から大きく弧を描きもう一度ファンギルの急所めがけて飛んだ。

ズガ!ズガガ!ズガガガン!

角度を変えながらも寸分たがわず同じポイントに着弾したタイダル・ストームはギリギリと電磁バリヤーに食い込み、前へ前へと進もうとしている。

「ムダダァ!」

ファンギルが叫んだ瞬間、アルティメット・クロスはみたびタイダル・ストームを撃つ構えに入っていた。しかし、その手に握られているのはメカ・エディーの大剣だ。その背後ではエリスとメカ・エディーが両手をアルティメット・クロスの肩甲骨に当てて残る渦パワーをアルティメット・クロスに注ぎ込んだ。

「この一撃にすべてをこめる!」

アルティメット・クロスは刃渡り1メートル以上もある青いエディー・ロングソードを大上段から一気に振り下ろした。その凄まじい剣圧は群がるメカ・タレナガースどもをして後ろへ下がらしめた。そうして開いた一直線のルートを、先のものよりも3倍は巨大な光弾がうなりを上げて飛び、バリヤーとせめぎあう3発の光弾に覆いかぶさるように着弾した。

パアアアアアアン!

光が弾けて目がくらんだ。エディーたちの黒いゴーグルアイでも何も見えなくなった。

数秒の間、エディーたちは身構えたままあたりのようすを伺っていたが、ようやく多すぎる光が丁度良いほどに収まった頃。。。

「どうなった?ファンギルは?」

「見て、あれ!」

エリスが指差す先。。。電磁バリヤーの赤い光りは消え、アルティメット・クロスが放った4発の光弾も消滅していたが、ファンギルのブレイン・ドームは中央辺りからまるで斧で割られたかのような深い傷が入っていた。タイダル・ストームの光弾はついに悪魔の如きAIを破壊することに成功したのだ。

行く手を遮るたくさんのメカ・タレナガースたちは全員こうべを垂れ、膝を床について動きを止めている。

100体ほどのうちの1体がユラリと傾いて隣のメカ・タレナガースにもたれかかるように倒れた。

ガシャンガシャガシャガシャン!

けたたましい音を立てて、ただの鉄塊となった悪の人形どもはドミノのようにヘナヘナと倒れていった。

床に転がるそのガラクタどもを跨ぎながら、エリスとメカ・エディーはファンギルの前へと近寄った。

エリスは奥の壁一面に並べられた機械類に目を走らせた。さきほどまで規則正しく明滅していたパイロットランプの大半が今では消えかかっている。システムの中枢が深刻な打撃を受けたことが見て取れた。

「ブ。。。ブブ。。。ワシノ、ノウガ。。。ノウ。。。ブブブ。。。バカ、ナ。。。バ。。。」

雑音交じりのその声がファンギルの最期の言葉だった。そしてヤツは永遠に沈黙した。

「やったの?」

「ああ。そうみたいだな」

「終わったのね」

「そうだね」

自分達の勝利を信じるまでに少し時間を費やした彼らだったが、その後エディー、メカ・エディーとエリスは互いの手を握り合った。渦パワーの残量不足からか、エディーはノーマルフォームに戻っていた。全員、コアはほとんどその色を失っていた。

「正義は必ず勝つって言葉、おまえのデータにゃ無かったのか?」

エディーは無残に破壊されたドームを見ながらぽつりと言った。

 

「これが今まで我々を苦しめてきたものの正体ですか」

メカ・エディーの連絡によって地下に隠れていた人々が恐る恐る「パレス」にやって来た。

そこらじゅうに倒れているメカ・タレナガースの残骸と、連結された大きなサーバ群と、「脳天」を割られたファンギルのブレイン・ドームを見て、皆いちように驚き、やがて怒りの表情を浮かべた。

「皆さん、お気持ちはわかります。でもせっかく今日、悪の根源が倒されたのですから、そのお心に怒りや憎しみを潜ませるのはもったいないと思います。どうか皆さんの胸を喜びと希望だけでいっぱいにしてください」

エリスの言葉に、集まった人たちはハッと思い出した。そうだ。もう憎しみはたくさんだ。もう逃げたり戦ったりするのはまっぴらだ。

集まった人たちは我知らず隣の人と手をつなぎあっていた。

そうだ。明日から我々はこうして隣人達と手を取り合って生きていこう。

長い逃亡生活から開放された人たちの目には涙が光っていた。

「さてメカ・エディー、まだ終わっていないんだが」

エディーの言葉にメカ・エディーが頷いた。

「わかっている。大事な課題が残っているよね」

 

7)帰還

メカ・エディーとこの次元の人間の代表数名に導かれてエディーとエリスは数ブロック離れた格納棟に移動した。そこには今回のトラブルの発端となったファンギルの厄介な発明品が置かれていた。

「これが次元ドリルかい?」

「そう。こいつを始末しなきゃキミたちも安心して自分の次元へ戻れないよね」

メカ・エディーはジェット旅客機ほどもある巨大なメカを見上げた。名前から想像していた先の尖ったものではなく、何十本もの巨大なハンドミキサーのようなマシンだ。これで大気をかきまぜ歪めて次元の壁をよじって破るのだろう。

「ファンギルを倒した今となってはむしろキミたちとの次元を繋げていたい気もするけど。。。やっぱりいけないね」

「ああ。こんなものは必要ない」

エディーとメカ・エディーは頷きあった。

人間の代表が歩み出てエディーに会釈した。

「我々はこのメカ・エディーを造った科学者メンバーです。この次元ドリルは私達が責任を持って解体します。どうか安心してください」

「彼を造った皆さんになら任せられます。どうやら我々にはもう時間が残されていないみたいですから」

「その通りです。おふたりのエナジーはもう残り少ないのでしょう?変身が解ける前に帰らなければ、生身で次元を超えるのはキツいですよ」

「それに、次元の壁には自動修復能力があります。あと数時間で今の次元ホールは完全に閉じてしまうでしょう。その前にご自分の次元に帰らなければ」

 

エディーとエリスはやって来たときと同じ昇降ビームの射出エリアへとやって来た。ここのビームに乗って地上へ降りれば、懐かしい自分達の次元だ。

エディーとエリスはメカ・エディーや科学者メンバーのひとりひとりと硬く握手をした。すぐ隣の次元にも、自分達と同じ熱い正義の心が息づいているのだということが嬉しかった。

「お名残惜しいわ」

いよいよ戦友との別れのときがきたようだ。

「皆さん、この子たちをお願いしますね。とってもいい子たちだから」

エリスの傍らには渦パワーでファンギルの悪しきコマンドから解放された5匹のメカ・ハウンドがいた。戦いの中で破損した部分はエリスと科学者チームの手で完全に修理されている。ここはメカ次元なのだ。

「これからはボクたちの頼もしい相棒になってくれそうだ」

メカ・エディーはメカ・ハウンドの傍らにかがんでボディーを撫でた。

「それにエリス、キミが装着してくれたこの渦パワーのコア、この次元のエネルギー革命を起こす大発明だよ。みんなの幸せにきっと役立ててみせるからね」

メカ・エディーは背中のバッテリー・パックに装着したエディー・コアを指差した。

「そうです。我々はコレをエリス・パワーと呼ぶことに決めました」

思わぬところで名を残すことになったエリスは頬を赤らめた。

「有難う皆さん、さようなら。お元気で!」

 

濃い霧の中をエレベーターで下降してゆく感覚が暫く続いていたが、やがて霧が晴れて青い空の下、懐かしい地上が見えてきた。

エディーとエリスはゆっくりと地面に降り立った。

最初にメカ・エディーと一緒に昇降ビームでメカ次元へと飛んだ場所だった。

足の裏から土の感触が伝わった。いいものだ。

ふたりはあたりを見渡した。この次元のそこここにもメカ・タレナガースの残骸が転がっている。

回収して、いずれ何かの資源にでも使わせてもらえばいいだろう。

「ふふふふ」

「はははは」

青空の下で、エディーとエリスはお互いを見て笑った。

今回も間一髪でこの世界は救われたのだ。次元を超えてやって来た頼もしい仲間の協力を得て。

「うおーーーーい、お前たち誰か忘れてねぇか!?」

ハッとして振り返った先には、あちこち黒コゲになったメカ・タレナガースの残骸の山の上であぐらをかいている男が両手を振りながら叫んでいた。

言い直さねばなるまい。

今回も間一髪でこの世界は救われたのだ。次元を超えてやってきた頼もしい仲間と、やたらバトルが大好きな緑の超人の協力を得て。

 

「タレ様!タレ様や!」

暗闇にヨーゴス・クイーンの声が響いた。刺々しい声だ。ご機嫌はまた斜めを通り越して真横のようだ。

「異次元から来たとかいうタレ様の付き人ロボットが急に動かぬようになってしまったわえ。どうなっておるのじゃ?電池を交換せねばならぬのかえ?」

暗いアジトには明らかにタレナガースの気配もある。

「もう壊れたのじゃよ」

「なんと、まだちょっとしか使い倒しておらぬぞよ」

「フン、そのようなものはどうせ使い捨てよ」

タレナガースは吐き捨てるように言った。

いかに戦闘力が高くとも、所詮はロボットだ。あのような者どもに宿敵エディーが倒せるとはハナから思ってなどいなかった。

クイーンの付き人メカ・タレナガースが行動不能になったということは、恐らく他のすべてのメカ・タレナガースも同じ運命を辿ったのであろう。

―――ま、よう頑張ったほうじゃ。おかげでよい骨休めになったわい。次なる計画の準備は整った。今度は余みずからが遊んでやる。待っておれエディー。ふぇっふぇっふぇ。

暗闇に不気味な笑い声が流れた。

「ナニが可笑しいのじゃ、タレ様?わらわの付き人をはよう直してたもれ!これタレ様!聞いておるのかタレさまぁぁぁ!!!

またしてもヨーゴス・クイーンのヒステリックな叫び声が甲高く響いた。そして闇が困り果てていた。

 

キィィィィン!

マシン・ヴォルティカのエンジンは今日も絶好調だ。

アクセルを全開にすれば、香川県境から高知県境までわずか30分ほどで移動できるスーパーバイクだ。

タレナガースがヨーゴス・クイーンのヒステリーに手を焼いていた頃、今日も渦戦士エディーは徳島をパトロールしていた。ヴォルティカのサイドカーにはいつもどおり相棒エリスがいる。

「エリス、異常はないか?」

「ええ、今のところ徳島は平和だわ」

しかしふたりは知っている。いつまでもこのまま平和が続くわけではないことを。やがてまたあのヨーゴス軍団が動き始めるだろう。もしかしたらまったく思いもかけない敵がどこからか出現するかもしれない。

だが、たとえどんな陰謀がめぐらされていようとも、たとえどんな強敵が県民の安らかな生活を乱そうとしても、無駄なことだ。

ふたりの渦戦士が決してそれを許さないから。

(完)