渦戦士エディー

マキチラース襲来

(序)目覚め

ジリリリリリリリ!

―――う、ううむ。。。

ジリリリリリリリ!

そいつはゆっくりと目を開けた。

―――うん?

目を開けた。。。はずだ。だが開ける前と同じだ。真っ暗だ。真の闇。。。目を開ける前も開けた後も。

ジリリリリリリリ!

「ええい、うるさい!」

バチン!

そいつは暗闇の中で己の頭を平手で叩いた。

すると耳障りな音がピタリとやんだ。

あたりを見渡す。

闇。

闇。

闇だ。

天も地も、前も後ろもない。

―――ふぅ。

あれから150年経ったか。。。

 

(1)150年間の約束

―――おおい。

「うん?」

タレナガースは反射的に振り返った。

眼球の無い目があたりをキョロキョロ探っている。

背後にいたヨーゴス・クイーンが驚いて尋ねた。

「いかがなされた、タレ様?」

「誰ぞ、余を呼んだか?」

「いいや、誰も呼ばぬが。。。」

クイーンの背後にいる戦闘員たちもダミーネーターも首をぷるぷると横に振っている。

ふむぅ、とタレナガースは骨だけのアゴを撫でた。

―――またかや。。。

先日より誰かが自分を呼び続けている。。。気がする。

だが正体がわからぬ。姿が見えぬ。

なんなのじゃ、これは?どうにもすっきりせぬ。

軍団の者ども以外に余を呼ぶ輩などおるまいにとは思うが、そういえば何かひっかかるものがある。何か忘れておるような気がする。その妙な感覚とこの空耳のような呼び声に何か関係があるのかどうか?それすらもはっきりわからぬ。

「ええい気色が悪い。なにやらムシャクシャするゆえ、ひと暴れしてくるわい!」

銀髪の魔人は愛用の大きなドクロの鎧をひっ掴むと、アジトから足早に出て行った。

 

うおりゃあああ!

とおおお!

ガシーン!

エディーとタレナガースの拳が交差して互いの横っ面にヒットした。

同時に2、3歩後退して踏ん張る。

片や輝く銀色のバトル・アーマに身を包む正義のヒーロー。マスクの額には青い海の色を湛えたひし形のエンブレム。胸には額と同じ色のコアが誇らしげに輝いている。黒のゴーグル・アイは悪を貫く鋭い視線を放っていて、背には徳島の県鳥シラサギの羽を折りたたんである。

もう一方は徳島に仇なすヨーゴス軍団が首領。血も通わぬ冷たく不気味なシャレコウベの顔。瞳の無い眼窩には恨みの赤い光がぼぅと浮かび上がっている。頬を遡る1対の鋭いキバ。後頭部でドレッドにまとめた銀色の頭髪。迷彩色の戦闘服に堅固な肩ガードとボディの前面をガードする大きなドクロの鎧。縞模様のケモノのマントが風にたなびいている。

ぐおおおおお!

タレナガースが仕掛けた。前蹴りからフック。ストレートから大きく全身を回転させての後ろ回し蹴り。

があああああ!

攻撃のすべてがかわされ、受け流されたと見るや今度はエディーに掴みかかった。力任せに振り回し、足をかけて投げ飛ばそうとする。たまらずエディーは掴んだタレナガースの腕を振りほどいて後退した。

「なんなんだ、アイツ?今日はやけに荒れてるなぁ」

「エディー、あのタヌキオヤジってばなんか怒ってない?」

後方で戦いぶりを見ているエリスも首をかしげている。

「なんでだろ?ナニに怒ってるんだろ?」

「それは。。。やっぱし。。。エディーに?」

「オレに。。。だよな?」

「ナニをブツブツ言うておる!戦いに集中せぬか!本気でかかってこい!!!」

ジャキッ!と金属音がしてタレナガースの拳からいびつに湾曲した刃が飛び出した。それをブンブン振り回しながらエディーに襲いかかる。とにかく今日のタレナガースはすごい気迫だ。

再びエディーに飛びかかって頭を左右の手で押さえ込むや、躊躇なくおのれの額をエディーの菱形の青いエンブレムに打ちつけた。エディーの額のエンブレムは横から見ると僅かに尖って前方に出ている。この硬いエンブレムを使って繰り出すヘッドバッドは、エディー自身もたまに使う戦法だ。それだけにエディー自身予測しなかった攻撃だった。まともに喰らってエディーは軽く脳震盪を起こした。足元が揺れる!

「エディー!」

エリスの心配げな呼び声が妙に遠くから聞こえた。

いけない。ここでたたみかけられたら形勢は一気にタレナガース有利になる。

その時。。。

―――おおい。タレナガースやぁい。

今度ははっきり聞こえた。

エディーの頭上におみまいしようと振り上げた右手の大きなブレードがピタリと止まった。

タレナガースはあっさりとエディーに背を向け、戦いもそっちのけでしきりとあたりを見回わしている。

「誰じゃ!?どこにおる?なぜ余の名を呼ぶ?姿を現せ!」

ごおおおおおああああ!

苛立ちからタレナガースは上半身を反り返らせて天を睨むと怪獣の如き叫び声をあげた。

かあああああ!

そしてやたらめったら瘴気を吐き散らしながらエディーをおいていずこかへ去っていった。

「ま、待て。タレナガース。。。まだ、まだ勝負は。。。くっ」

伸ばした手が虚空を掴む。エディーはがくりと片ひざを地面につき、駈け寄ったエリスの助けを借りて再び立ち上がった。

「なんだ。戦いに集中しろとか言っておきながら。。。あいつ、どうしたんだ?」

「どうやら今回のターゲットはあなたじゃなかったみたいだわ。それにしても今日は火がついたみたいに強かったわね」

エリスの言葉に無言で頷きながらエディーは悔しげにタレナガースの姿が消えたあたりを睨みつけていた。

 

うおおおお!

曲者!

思い知れっ!

うわあああ!

大きな屋敷に大勢の者たちがなだれ込んで、その騒ぎは始まった。

わめき声、うめき声そして剣戟の音。あきらかに尋常ならざる事態が勃発したに違いない。

時は1870年。徳島藩知事蜂須賀茂韶の家臣たちが筆頭家老稲田邦植の別邸や学問所などを襲った、後に庚午事変と呼ばれる一大騒動である。

騒動は間もなくおさまった。襲撃を受けた稲田家側は何故だか反撃らしい反撃をまったくせず、ほとんど一方的ともいえる殺戮であった。

ふたときほど後。。。

騒動は収まり、屋敷の中は空気すらも怖気づいているかのように静まり返っている。

その静寂の中にたたずむ影ひとつ。庭の隅に置かれた竹製の籠の脇に立っている。立っているのと地を這うのと、どちらが実体でどちらが影なのかわからぬような存在だ。暗く、光を遠ざける者だ。

竹籠の中になにかいる。タヌキだ。頭部に赤い毛が生えている。立派な成獣だが刀傷を受けて血だまりの中で突っ伏している。虫の息だ。どうやらこの屋敷のあるじに捕えられていたか或いは飼われていたのだろう。この屋敷の者たちを殺傷した侍たちは行きがけの駄賃にこのタヌキを刺していったものらしい。

「やられたのう」

謎の影が死にかけている赤毛のタヌキに語りかけた。思わず身構えたくなるようなぞっとする声だ。

「。。。タレナガースか?」

なんと突っ伏したタヌキが人語を話したではないか。いや、実のところ人の耳にはキュイキュイとしか聞こえなかっただろうが。

「これでは助かりそうにない」

「うむ」

「最期に望みはあるか?」

儂は今までこれといって悪いこともしておらぬゆえに、死ねばおそらく極楽浄土へ行けよう。じゃが儂は行かぬ。この世に留まって転生し、この地に祟りをなさぬと決めた

「ほほう」

傍らで聞いているタレナガースが身を乗り出した。

「そこで頼みたい。儂の亡骸を裏山の中腹にある古井戸に放り込んでくれぬか。そして魔物のお前が直々に外経(げきょう)を唱えてくれ」

「井戸に?そうしたらどうなる?」

「今より150年の後、儂は魔物となりてこの世に蘇り、徳島にあだ為さぬ。150年の間、暗く狭い井戸の中で恨みの力を蓄えるのよ」

「面白い!その話乗った!貴様の願いはこのタレナガース様が必ずや聞き届けるであろうよ。そして150年の後、余みずからが貴様を迎えに参ろうではないか」

「必ずな。約定じゃぞ」

そしてタヌキは息絶えた。

タレナガースはいとも容易く竹籠を粉砕すると、赤毛のタヌキの願いどおり裏山の古井戸にその死体を放り込んだ。

その日の夜は明け方まで地を這うような不気味な声が里に響き渡った。タレナガースが唱える外経である。外経とは有り難いお経と真逆のもの、つまり清らかなるものを遠ざけ、魔物を呼び寄せその土地を不吉で充たすための呪文なのだ。

その晩村人たちは、ある者は布団を頭からかぶって震え、またある者は生涯忘れられぬ悪夢にうなされた。

 

「はっ!」

タレナガースは飛び起きた。

「そうであった!思い出した!すべて思い出したぞよ!!!

 

「。。。なんじゃコレは?」

タレナガース、ヨーゴス・クイーン、戦闘隊長にダミーネーター、その他戦闘員が数名。ぐるりと周囲を取り囲んでその古井戸を見下ろしていた。

タレナガースの150年前のおぼろげな記憶を辿り辿り、ようようここまで来てみれば、井戸の上には分厚い木製の丸い蓋が置かれ、その上にはご丁寧にお札を貼った大画面テレビほどの岩が乗せてある。

タレナガースがアゴで指示して戦闘員たちに岩をどかさせようとしたところ、うんしょうんしょと岩を押し始めた3人の戦闘員の体が次第にボロボロと崩れはじめ、1分ともたずに完全に砕け散って地面に舞い落ち、やがて煙となって宙に消えた。

「なんと不可解な!?」

「札じゃ。タレ様、この岩に触れてはならぬぞ。この札に込められた術式のせいで戦闘員たちは皆成仏させられてしもうたに違いない」

―――ううむ。

これではさすがのタレナガースも為すすべが無い。腕組みをしてしばらく考え込んでいたが、不意に「帰る」と言うなりあっさりと踵を返した。

―――おい、これ。タレナガースや!タレナガースやぁい!

そのようすをまるで見ているかのように、あの謎の声は慌ててタレナガースを呼び止めたが、当のタレナガースは部下たちを連れてすたこらさっさとアジトへ帰ってしまった。

 

あれから10日経った。謎の声がなかば泣き声に変わった頃、タレナガース一行は再びくだんの古井戸にやって来た。今度は戦闘員を30人以上引き連れている。あのお札付きの大岩をどかせるにあたって、重機の運転などできないタレナガースは考えに考えた末、正攻法の人海戦術に出たのだ。

「待たせたのう。使い捨ての戦闘員を40体ちかく大急ぎでこしらえて来たゆえ、今日こそその井戸から出してやろうぞ」

「それゆけ」

クイーンの命令のもと、3人ひと組となった戦闘員たちは眼前の大岩に次々と跳びかかっていった。

3人ちからを合わせてうんうんと岩を押す。わずかに動いたかと喜んだとき、バラバラと戦闘員たちは形を失って消えた。ひとりふたりでは動かぬ。少なくとも3人以上でなければ駄目だ。ひと組み目が斃れたら間髪いれずにふた組目が飛び掛る。ゴゴと音を立てて大岩がわずかにずれた。と、音もなく戦闘員たちが消えて塵になった。

そんなことを繰り返しながらも、大岩は少しずつ少しずつ蓋の端のほうへと動かされてゆく。お札の効力は岩の下の木蓋にも、その下の井戸の石組みにも及んでいるとみえて、大岩ではなく蓋に手をかけた戦闘員もおなじ運命を辿った。

戦闘員たちの半分ほどが消滅した時、大岩もまたその半分ほどが井戸からはみ出ている。残り半分でいけるか、きわどいところだろう。

今回のミッションにあたってタレナガースは戦闘員に余計な知能を与えていない。恐怖も感じず疑問も抱かず、ただ言われたことだけを忠実に実行させるだけだ。それゆえに戦闘員たちは前の組の連中が消えるや否や我先に大岩へ飛びかかってゆく。見ていて気持がいいくらいだ。

そしてついに。

グラリ。

井戸の木蓋の端っこで大岩は大きく傾いて。。。止まった。

「ええい次じゃ!あや?」

振り返ったタレナガースの背後にはもはや戦闘員はひとりもいなかった。あとひと組いれば。。。

タレナガースはやにわに傍らのダミーネーターの後頭部を鷲づかみにするやその額を大岩に打ちつけた。

ぐわわ〜ん!

ずずううん!

衝撃で大岩はふたつに割れ、古井戸の木蓋の上から地面へ地響きを立てて落ちた。

途端!

ごおおおおおおおおお!

深い井戸の石組を震わせて恨みの声が響いた。まるで怨嗟の縦笛のようだ。

ゆっくりと何かが上がってくる。タレナガースたちは息を呑んで井戸の入り口を見守った。

封印の大岩が除かれ外界に解き放たれたのは、全身に黒き瘴気を纏った異形の化け物だった。

真っ赤な頭髪は1本残らず逆立ち、タレナガースと同じシャレコウベの顔にはキツネのように吊り上がった細い目と口元から覗く凶悪さを絵に書いたような乱杭歯。全身にはミイラ男のような薄汚れた包帯をぐるぐる巻きにしており、タレナガース愛用のケモノのマントを思わせる縞模様の茶色い陣羽織を纏っている。

現れた赤毛の化け物は体をそらせて腰をトントン叩きながら気持ち良さげにううううんと伸びをした。

「ふうう。ようやく出られたわい」

そしてタレナガースに向き直ると恨めしそうに言った。

「遅かったな。待ちくたびれたぞタレナガース」

「これ!たかだか150歳の青二才が我らが首領たるタレナガース様にタメ口をきくとは。思い上がるでない」

ヨーゴス・クイーンが赤毛の前に顔を突き出して凄んだ。蜂を思わせる鋭い目が赤い光を放つ。

「まあまあ、落ち着けクイーンよ。こやつは余の客分じゃからして許してやれ」

タレナガースはいきり立つクイーンを制した。気味の悪いシャレコウベヅラを歪めて苦笑いを浮かべている。

「いやまぁ、余も忘れておったわけではないのじゃが。。。それより井戸の上にけったいな封印の札を貼られた大岩が乗せられておって苦労したぞよ」

一同はふたつに割れて転がっている岩を見た。

「余がそのほうの亡骸をここに放り込んだ時にはこのようなものは無かったが」

「これか。これは儂がこの井戸に入って20年ほど経った頃、旅の坊主が儂の妖気を感じてまじないを唱えた上にこのような封印の重しを乗せおったのよ。儂はその様子をこの井戸の底で見ておったが、なにせまだ魔物に転生しきっておらなんだゆえどうすることも出来なかったのよ。ケッ!」

赤毛の化け物は忌々しげに大岩を見下ろした。

赤毛の全身からは常にどす黒い瘴気がゆらゆらと立ち昇っている。

「ところでそちの名を考えねばならぬな」

「名?名などいらぬ。そんなもの、つけてもろうたことはない」

「そちがよくとも回りが不便なのじゃ。名がなくては呼ぶこともできぬ」

3人はしばし考えていたが、ヨーゴス・クイーンが最初に口を開いた。

「さきほどより真っ黒い瘴気を体中からまき散らし続けておるゆえ、マキチラースというのはどうじゃ?タレ様の客分に相応しい名であろう」

「おお!」

「マキチラース。。。マキチラース。。。うむ、気に入った!」

タレナガースにマキチラース。徳島県民にとって迷惑千万なる新コンビがここに誕生した。

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

ひょっひょっひょっひょっひょ。

びぇっびぇっびぇっびぇっびぇ。

タレナガース一行はご満悦の笑い声と共に古井戸のある里山を降りて行った。

カラになった古井戸と割れた大岩と、額がいびつに潰れて昏倒しているダミーネーターだけがそこに残されていた。

 

(2)エディー対マキチラース

「腕が鳴るわい」

マキチラースは勇み立っていた。

なにせ150年である。この身の内に蓄え続けた恨みのちからは尋常なものではない。到底人間どもに太刀打ちできるはずはないのだ。150年前、理不尽にもこの身を籠に押し込め刀で刺し殺した恨みを今こそ晴らさん。

「ならばそちのデビュー戦じゃ。ひとつ暴れてみよ」

 

「うおりゃ!」

ドン!ガッシャーン!

人の気配がまったく失せてしまった公園でけたたましい音だけが響いている。

「なんじゃ、けったいなカラクリ籠じゃのう」

マキチラースがはしゃいでいる。派手な音はこやつが公園脇に停めてある自動車を片っ端からひっくり返した音であった。

人の手を借りずに高速で移動する籠に興味津々である。中を覗いたりひっくり返してボディの下を眺めたりだ。

「あやつめは何をしておるのじゃ?自動車をひっくり返すのが左様に面白いものかのう、タレ様や?」

広場の外でハイテンションなマキチラースの暴れっぷりを見ているヨーゴス・クイーンも呆れ顔である。

「ふぇっふぇっふぇ。人間どもの暮らしぶりを時代と共に見てきた余やクイーンと違って、マッキーはいきなり150年タイムスリップしたようなものじゃからのう。何もかもが珍しいのであろうよ」

「ふん。マッキーねぇ」

「ところでマッキーがこの公園に乱入してどれくらい経った?」

タレナガースの問いに、クイーンは公園に立つ時計塔を見上げた。

「かれこれ10分。。。というところであろう」

「ふむ。そろそろ来るな」

タレナガースはぼそりと呟くと、体の前面に装着しているドクロ型の胴鎧に語りかけた。

「髑髏丸よ、余はよいゆえこの後はマキチラース殿をお護りせよ」

するとタレナガースの首の後ろと背で結ばれていた胴鎧の紐がひとりでにスルスルとほどかれ、シュッと姿を消すと、次の瞬間マキチラースの胸に抱きつくように装着されたではないか!?そしてスルスルと紐が自動的に結ばれた。

「タレちゃん、これは?」

己の胸に突然現れた堅固なドクロの胴鎧に驚きつつもマキチラースは嬉しそうだ。

「よいから着けておれ。必ず役に立つであろうよ」

その時。。。

ブロロロロン!

バイクのエンジン音が無人の広場に響いた。

それは青いサイドカーだ。徳島県民ならば笑顔と喝采をもって迎えるその人たちは。

「青き渦のパワーをこの身に宿す徳島の守護者、渦戦士エディー参上!」

「同じく渦戦士エリス参上よ!」

ふたりとも黒いボディに銀色のマスクとアーマ。額のエンブレムと胸のコアには海の青が輝いている。

「そこまでだ。タレナガー。。。スぅん?」

公園の真ん中に立つ怪人を指さして啖呵を切ったエディーは突き出した指のターゲットを一瞬見失った。

タレナガースは現場となった公園の向こうに確かにいる。だが、どうやら今回の実行犯は公園の中央に立つこの見たことの無い逆立つ赤毛の怪人だ。体中から四六時中どす黒い瘴気を立ち昇らせている。

「えっと。。。誰?」

エディーはとりあえず名前を聞いた。

「ふぇっふぇっふぇ。さぁマッキーもカッコよく名乗ってやれ」

タレナガースがはやしたて、マキチラースもその気で胸を張った。

だが一瞬早くエリスが大声を張り上げた。

「そこ、うるさい!さっきから見ていれば薄汚い瘴気をのべつまくなし撒き散らして。どうせマキチラースとかなんとかくだらない名前なんでしょうよ!」

ガ〜ン!

マキチラースは斜め後ろへ2歩よろめいた。この世に転生復活して最初のダメージはエリスによるものとなった。

「タレちゃん。儂、あいつ嫌い。。。うぐっえぐっ」

「泣くでない。あの小娘はわれら全員に嫌われておる性悪女なのじゃ」

―――やっぱり。

マキチラースはエディーの後ろに立つ青い髪のヒロインを睨みつけた。

「ひっ」

だがエリスがその何倍も凄い形相で睨み返している。ここにはジャングルジムやブランコなど子供たちの遊具がたくさんある。この時間、本来ならば子供たちの笑い声と歓声が聞こえているはずだ。それなのに。。。この静まりかえった無人の公園に、エリスはとっくに怒り心頭なのだ。

「エディー、名前なんていいからこのアカ頭さっさとやっつけちゃって!ふんっ!」

「オーケー」

エリスの鼻息が戦闘開始の合図となった。

先に仕掛けたのはマキチラースだ。

一直線にエディーめがけてダッシュするや指先をそろえた右の手刀を突き出す。刃物を思わせる鋭い爪が咄嗟によけたエディーの頬の脇を通り過ぎた。

「速っ!?」

間髪入れず左の爪が真横から。また右が真下から。

エリスが驚きの声をあげた時には既にマキチラースは3手繰り出しており、辛うじてよけ続けているエディーは我知らず先刻よりも数歩後ずさっていた。

―――調子にぃ。。。乗るなっ!

コンマ何秒かの隙をついてエディーの伸びあがるキックがマキチラースの顔面を捉えた。。。かに思えたがそれは残像で、本体は既に10メートルほども後方へ飛んでいた。

まばたきをする間もない一瞬の攻防で、正邪の両雄は互いの力量に内心舌を巻いていた。

エディーは一撃目のツメが走った頬のあたりをなでた。掠ってすらいないのに、そこには3筋のキズが刻まれていた。大気ごと堅いマスクの表面をえぐられたのだ。

―――速いだけじゃないってことか。

一方のマキチラースは今エディーが繰り出したキックの凄まじさが脳裏に貼りついていた。150年前の人間をイメージしてタカをくくっていたがこいつは決定的に違う。瞬時に大気が熱を帯びるほどの神速の蹴りが自分に向かってきた。

―――恐ろしいヤツがいたものだ。

マキチラースの心にわずかな躊躇が生まれた。それを見逃さず、今度はエディーがしかけた。

「どうした、自慢の足が止まっているぜ。ビビッたのか?」

互いの力量が拮抗しているときに勝負を決めるのは勢いだ。

うおおおおおお!

マキチラースの体から瘴気が立ち昇るように、エディーの体から渦のパワーがオーラとなって立ち昇った。

ズガッ!ドカッ!ガシッ!バシッ!

ボディーと見せかけて顔面へ、膝へローキックとみせかけて側頭部へハイキックを、かと思えば正面からボディーへ正拳の連打が。変幻自在の高速攻撃が面白いようにマキチラースにヒットした。

「いかん、いかん。負けそうではないか」

「フン。素質は互角じゃが、やはり実戦の場数を踏んでおるエディーに一日の長があるのう」

タレナガースが言うとおり、戦いが進むにつれて状況は徐々にエディーに有利となっている。

エディーが繰り出した顔面への横蹴りがヒットする寸前で角度を変え、胸板に炸裂した。さらに高速回転しながら後ろ蹴りが繰り出され、胸の同じ部分に突き刺さった。

ぐえええ。

搾り出すような苦鳴とともにマキチラースは後方へ吹っ飛び仰向けに倒れた。

パキッ!

胸に纏ったドクロの胴鎧にいく筋ものひび割れが生じ、鎧は4つに割れた。ところが割れて地面に落ちようとした4つのドクロの破片が空中で止まり、ふたたびひとつにくっついたではないか!?まるで互いに引き合う磁石のようだ。

「おお!」

これには装着者のマキチラース自身も大いに驚いた。

「ふぇっふぇっふぇ。どうじゃマッキー。余の髑髏丸は何度でも蘇る不死身の防具じゃ。いつでもそちの身代わりとなって砕け、また元通りになって再びそちを守ってくれようぞ。安心せよ、そして恐れるな。そちの潜在能力はエディーに勝るとも劣らぬ!」

タレナガースの激励はマキチラースを惨めな敗北の気分から救い出した。

「くそ。また面倒なアイテムを」

エディーは舌打した。

マキチラースは公園の隅で横転している乗用車に駈け寄ると「うおおおお!」と気合もろともそいつを空中に投げ上げた。

「なに!?」

放り上げられた乗用車は狙いたがわずエディーの頭上に落ちてくる。反射的にそれを避けようとするエディーにマキチラースの声が届いた。

「あれれ?まだ人が乗っていたか!」

―――なんだと!?

エディーの足が止まった。

「だめエディー、惑わされないで」

エリスの叫び声と乗用車がエディーの真上に落ちるのがほぼ同時だった。

グァシャーーーン!

エディーは地面に片ひざをつく格好で1トン近い重量のある乗用車を全身で受け止めていた。そのエディーをマキチラースの地を這うようなスライディングキックが襲う。

ぐわっ!

みぞおちにキックをまともに喰らったエディーは担いでいる乗用車ごと後方へ倒れこんだ。

「エディー!」

エリスの悲鳴が公園に響いた。

「あやや?なんじゃ人など乗っておらぬではないかえ」

ヨーゴス・クイーンが残念そうな声を上げた。

「ふぇっ。口からでまかせじゃ。じゃがあのように言われればたとえ嘘かもしれぬと思っていてもヤツめは放ってはおけぬからのう。考えたものじゃ」

「なんじゃ、マキチラースめの方便かや」

「うむ。あのずる賢さは天性のものじゃ。マッキーめ、思ったよりもやりおるわい」

落下する1トン近い乗用車を抱えては、さしものエディーもダメージは免れない。加えて無防備のボディーにキックを入れられてエディーはすぐには立ち上がれずにいた。マキチラースの動きを目で追いながらゆっくりと呼吸を整える。ダメージはすぐには消えないが、大丈夫。戦える。

今度は双方がダッシュした。

バシュッ!ゴゴッ!パァン!バシッ!

パンチとキックがめまぐるしく交差する。正義の心と恨みの心がふたりを後押ししている。だが、絶対に負けない、負けてはならない思いに支えられた正義の心は再び邪悪な者を少しずつ圧し始めた。

ブン!

大気の摩擦で赤く発光したヒートパンチがマキチラースの側頭部を捉えた。これは効いた!

ふらりとよろめくマキチラースを見て好機と見たエディーは両手に渦エナジーを集めると練成してエディー・ソードを出現させた。

「むっ、いかん!」

ここで初めてタレナガースが動いた。

公園の中央へ走り出るや、真っ黒な瘴気を口から盛大に吐き出した。それを見てマキチラースも体から撒き散らしている瘴気をさらに勢いよく噴出させる。たちまち公園のほとんどは暗幕に囲われたように真っ暗になった。

常人が足を踏み込めばたちまち吐き気と眩暈をひきおこすであろう毒性空間だ。マスクとアーマのおかげでエディーもエリスもしばらくは耐性があるが、視界の利かぬ不安定な状況での深追いは得策ではない。

「今日のところはここまでじゃ。エディー、またまみえようぞ」

不気味な声だけを残してヨーゴス軍団は闇の中へ姿を消した。

数分後、瘴気は風に追い払われて消えた。無人の公園には戦いの後の不自然な静寂がやって来た。

「エディー、大丈夫?」

エディーの体を案じて近寄ったエリスに無言で頷きながら、エディーは胸に広がる不安をどうすることもできなかった。

―――また厄介なヤツが現れたものだ。。。

 

いつもの喫茶店は珍しく満席だ。

ヒロとドクはしかたなくカウンターに並んで座っている。カウンターをはさんだすぐ向こう側ではマスターがコーヒーを淹れている。いつもよりいい香りを強く楽しめる反面、小声で話さなければならない。

「戦い方は無茶苦茶だけど侮れないね」

「え、なぁに?」

声が小さすぎたようだ。ヒロがドクの耳に口を近づけた。

「だから、アイツって戦い方が無茶苦茶で。。。」

「キャハハハ。くすぐったいよ。顔、近いよヒロ」

小声でひそひそ話していると思ったら急にケラケラ笑い出した。今日もこの常連さんたちは変だ。マスターはサイフォンの中身を竹べらでゆっくりかき混ぜながらチラチラとヒロとドクの方を見ている。目立たぬように気を使ったところがかえって周囲の目を惹いてしまったようだ。

ヒロの言いたいことはドクにもわかる。新たな敵マキチラース。やつは間違いなくタレナガースに匹敵する強敵だ。勝つためには車を投げて相手をかく乱させるあのずる賢さはタレナガースをも凌ぐほどだ。今はまだ直線的な攻撃ばかりだが、戦いの場数を踏めば間違いなく最強の敵になる。

加えてマキチラースがピンチに陥った時のタレナガースの動きにも注目せねばならない。瞬時に瘴気を吐いてマキチラース共々撤退した時の手際の良さは敵ながら見事というほかない。無茶苦茶な戦法のマキチラースとエディーの動きを熟知しているタレナガース。。。遠からず恐るべきタッグチームになってエディーたちの前に立ちはだかることだろう。

ふたりは腕組みをしたまま「ううむ、ううむ」と唸り始めた。

そんなふたりの前に薫り高いブレンドコーヒーのカップがふたつ置かれた。唸りながらじろりと自分を睨むふたりに、マスターは恐る恐る吐息のような小声で「どうぞ」と言った。

 

(3)タレマキ・ペア

<緊急連絡!Z町で住民たちが倒れています。確認されているだけで意識不明者6名、意識のある者が8名。意識がある人たちは皆強い吐き気を訴えています。大至急救急車をお願いします!>

駆けつけた救急隊員や警官たちが見たものは、全身に黒い煙のようなものを纏わりつかせて倒れている住民たちだった。

倒れている住民の一人に駆け寄って「大丈夫ですか?わかりますか?」と声をかけた救急隊員が鼻と口を押えてのけぞった。

―――この異臭は!?

「いけない。この人たちは何かの毒性物質を浴びている可能性があります。みんな無暗に近寄っては危ない。すぐに防毒マスクを着用してください!」

防毒マスクの用意がない警官たちは遠巻きに見ているやじ馬たちをさらに下がらせ、自分たちも防毒マスクの到着を待った。

そしてその報告はただちにエディーにももたらされた。

「エリス、これは。。。間違いないな」

住民たちのようすをひととおり観察し終えたエディーとエリスは顔を見合わせた。

マスクを装着した救急隊員たちによって、倒れている住民たちは体から黒い煙を漂わせながら次々と救急車へ運び込まれている。

「ええ。タレナガースの瘴気だわ。吐き気、めまい、そして意識障害に至る症状は継続的にあの瘴気を浴びた場合に起こり得る状態とほぼ一致している。だけどおかしいの」

「何かひっかかるのかい?」

「ええ。タレナガースの瘴気は生身の人間には有害だけど、ここまでひどい状態になるのはあくまでも閉鎖された空間、つまり室内とか車内とかに限られると思うの。こんな屋外の、しかも今日みたいに風がある状況で長く瘴気に包まれているなんて考えにくいわ」

「瘴気はあくまでも気体だから煙と同じように流されてしまうものな。確かに変だ」

エリスはベルトのパウチからガラケーを改造したリモコンを取り出すと「音声コマンド」を起動させた。

「ピピ、起動」

リモコンを口元に近づけて命令すると、ふたりがここまで乗ってきたヴォルティカのサイドカーから<バウ!>と鳴き声がして何かがムクムクと起き上がった。それは折り畳んであった四肢を伸ばすと中型犬のフォルムに変形し、首輪のパイロットランプをいくつか点灯させると周囲の状況を認識し、エリスのもとへ駆け寄った。

『お呼びですか、マスターエリス?』

度重なる改良によって、今やピピは人語を話す。

「ピピ、この町内から何か毒性物質の痕跡がないか調べてみてちょうだい」

『バウ。了解だワン』

ピピはまたひと声鳴くとアンテナの尻尾を振りながら、張り切って駆けだした。

ワオーン、ワンワン。

これはピピが毒性物質を感知した時に特有の鳴き方だ。

さすがはエリスが開発したロボ犬である。もう手掛かりを見つけたのか。

エリスはピピの招くほうへと駆けた。

「あっ、エディーここを見て」

尻尾を振りながらピピが示したあたりの電柱やブロック塀などの一部からはまだ同じような黒い煙が上がっている。そしてその煙はまるで不思議な生き物のように蠢いている。クラゲが水の中ではなく空中を泳いだとしたらこんな感じなのかもしれぬ。

ワオーン、ワンワン!ワオーン、ワンワン!

ピピの鳴き声が激しさを増した。

「今回の騒動のもとはきっとこれね」

エリスはそう言いながらさっそく専用の密閉ボトルにその蠢く黒い煙を採取した。ボトルを太陽に透かして観察してみると、その煙は道に迷って途方にくれた幼な子のようにボトルの中をさまよっている。

「そうか。住民の皆さんからゆらゆら立ち昇っていた煙の正体はコイツだったんだ」

「瘴気には違いないけれどなかなか消えないの。付着した対象にいつまでもまとわりついてやがて体内へ吸収されるんだわ」

『それに、従前のデータよりも毒性が強いワン』

「こんなもの、いったい誰がどうやって?」

「ううむ、ヨーゴス軍団のしわざには違いないけれど、ベノムロケットが打ち上げられたという報告も受けていないし。。。」

ベノムロケットとは、強粘着性の毒物を内蔵した小型ロケットで、高空で破裂させて地上に毒物をまき散らすという悪質極まりないヨーゴス軍団の兵器である。今は県警の監視システムによって、この兵器が打ち上げられれば直ちに警報が発せられ、最寄りの総合病院、そしてエディーへ報告が送られることになっている。

「どちらにしてもすぐ救急隊へ連絡しましょう。すみやかに着衣を脱がせて体を洗浄し、体内に毒素がまわっていないか検査してもらわなくちゃ。私は採取した煙からなんとか中和剤を精製してみるわ」

「たのむよ、エリス」

「大丈夫、私にはピピという頼もしい相棒がいるんだから。ね、ピピ」

『モチロンですワン、マスター・エリス』

エリスは密閉ボトルに採取した煙をピピの鼻先で開封した。黒い煙は音もなくピピの体内に吸い込まれ、ピピの首輪の小さなライトがせわしなく明滅を始めた。

その時、現場に残っていた若い警官がエリスのもとに駆けてきた。

「エリスさん。比較的軽症の人によると、突然風上から黒い霧のようなものが川のように流れてきてあっという間にこの町内を包み込んだんだそうです。霧はなかなか去らず、しばらくすると吐き気に襲われ、風上にいた人たちから次々と倒れていったのだそうです」

エリスが礼を言うと、若い警官は敬礼をしてパトカーに戻っていった。

「つまり、今回の瘴気は風に乗ってただ流される気体ではなくて、何と言うか重くて居座るんだね。生物のようにユラユラとやって来て、人体に付着するとしつこくまとわりついて徐々に体内に浸透してゆく。濃くて消えない瘴気だ」

『マスター・エリス。取り込んだ煙の成分分析が終わりました。この結果を被害者たちが搬送された病院に転送します。これがあれば各病院で治療にもっとも効果のある薬をチョイスしてもらえるはずですワン』

「やったねピピ。ワンダフル!」

エリスとピピがイェーイイェーイを繰り返していた時、さきほどの若い警官がエディーたちに向かって叫んだ

「大変です。今度はB村で同様の事件が起こりました!」

 

B村での被害者は重症者軽症者あわせて9名。さらにそのあと鳴門市内の臨海公園では20名もの被害者が報告された。

幸い早い段階でエリスから毒性物質の成分報告があったため、いずれも命に関わる事態には至っていないが、それでも謎の黒い毒霧事件は徳島県民を心底恐怖させた。

 

「しかし、人間もずいぶん変わったものじゃなぁ」

暗い岩穴にしゃがれた声が響いた。マキチラースだ。

「ひょっひょっひょ。わらわやタレ様は長い年月をかけて人間どもの移り変わりをこの目で見てまいったゆえさほどの思いはないが、マッキーは150年ぶりじゃからして驚くのも無理はあるまい」

暗闇の別の方向から聞こえるのはヨーゴス・クイーンの声だろう。そして最後にいつ聞いても背筋が凍る嫌なあの声が。。。

「ふぇっふぇっふぇ。科学の力とか申していろいろと発明して少しは己らにとって便利な世の中にしておるようじゃが。むしろ科学の理に囚われすぎてもっと面白きことに気づかずにおる。150年前と同じアホンダラであることに変わりないわさ」

タレナガースだ。

「じゃが腰に刀を挿して手と足を同時に動かし人形のようにヒョコヒョコ走っておったあの侍どもよりは少し進化したと思うがのう。ま、それでも弱っちいには違いないが。びぇっびぇっびぇ」

マキチラースは体を揺すって笑った。

「これこれマッキーや、動くでない。今そちの頭髪を赤く染めておるゆえ、しばし辛抱せられよ」

ヨーゴス・クイーンがコームを使って甲斐甲斐しくマキチラースの頭髪を赤く染めなおしている。150年も経てば頭のてっぺんの赤いトサカもかなり色褪せてしまった。生前はこの赤毛が珍しくて稲田家の侍に捕らわれ、庭の籠にて飼われていたのだ。それが災いしてお家騒動の中で命を落とす羽目になった。だが今となってはこの赤い頭髪は悪の象徴として絶好のトレードマークだ。もっと血のような赤に染めてみようと人間どもが使うヘアカラーをかっぱらってきて使ってみたらこれが存外よい。

「ついでに背中の真ん中の毛も赤く塗ってくださらぬか、クイーン殿」

ホイホイと言いながらクイーンはマキチラースの頭髪や体毛を赤く染め続けた。

「マッキーや、もう少し右を向いてくだされ」

「うむ」

クイーンの注文に応えてマキチラースが体をもぞもぞと動かしているが、どうもクイーンはやりにくそうだ。それを後ろから見ていたタレナガースが「もうちょい、こうじゃ」と己の体をクイと動かすと、マキチラースも同じようにクイと動かした。

「おお、そうじゃそうじゃ。そのまましばし動かぬようにの」

ちょうどいい具合にマキチラースの背がクイーンの方を向いた。それを見ながらタレナガースが「ふあああ」と両腕を伸ばして大きなあくびをひとつ。するとマキチラースもひょいと両腕を伸ばした。

「これ!動かれるなと申しておるに」

クイーンが文句を言う。急に動いたせいで背中の妙なところの毛を赤く染めてしまったではないか。

―――うん?

タレナガースはそのようすを数秒眺めていたが、じっとマキチラースの背を見ながらヒョイヒョイと上体を左右に揺すってみた。

するとマキチラースもヒョイヒョイと動く。

―――ぬぬぬ?

今度はタレナガースが左右の腕を交互にクロールのように振り回してみた。

するとマキチラースもグルグルグルと。。。

「なんじゃ!?人がせっかく親切に赤い色を染めてやろうとしておるのにわざとクネクネグリグリと動きおって。もう知らぬ!」

とうとうクイーンは怒り出してしまった。

「いや、クイーン殿。なぜか知らぬが体が勝手に動くのよ。まるで他人に操られているかのようによ。変なのじゃよ?」

怒り出したクイーンにマキチラースは困惑している。体が勝手に動くというのはどうやら本当のようだ。

してみると。。。?

タレナガースとマキチラースは瘴気という共通点がある。それが合体して思わぬ効果を生んだ。とすると?

「ふふーん。なにやらこれは面白いことになりそうじゃ」

タレナガースは鼻を鳴らして笑った。

 

県警からエリスに連絡があったのは事件の2日後だった。ある監視カメラの映像を見せたいのだそうだ。

ヒーローとはいえ民間人のエディーたちに極秘データを開示するための手続きに思いのほか時間を要したらしい。

ともかく。。。

「まずはご覧ください」

エディーとエリスは担当官に勧められるままモニターの前に並べられたパイプ椅子に腰を下ろした。事前に何の情報も得ていない二人は事情が飲み込めず顔を見合わせている。

だが、映像が映し出された途端、ふたりは上体を乗り出しモニターに顔を寄せて食い入るように見始めた。

「これは。。。」

「ええ。タレナガースとマキチラースよね」

暗い場末の路地で、全身から夜の闇よりも黒い瘴気を発し続けるのはマキチラース。何やら両手を振り回している。それを横で見ているのはタレナガース、ヨーゴス・クイーンらヨーゴス軍団の面々だ。

「あいつ、何をしているのかな?」

見ているとマキチラースは何やら苛立っているようだ。時々地団駄を踏んでいる。監視カメラからは音声は伝わってこないので、ヤツらの動きから想像するしかないが。

「もしかしてあいつ、あの瘴気を操ろうとしているんじゃ?」

エリスがひとりごとを言った。

そういえばタレナガースは口から自在に吐く瘴気を対人兵器に使用したり逃げ出すときの煙幕代わりに使うが、マキチラースは名前どおりただ闇雲に瘴気を撒き散らしているだけだ。それを思ってあらためてこの映像を見ると、マキチラースが瘴気を操る為にタレナガースの特訓を受けているように思えてくる。エリスの感想は案外的を得ているのかもしれない。

だが、なかなか思うようにいかぬとみえてジタバタしているのが何やら笑いを誘う。

あ、ヨーゴス・クイーンが電撃ハリセンをマキチラースの頭に撃ちつけた。一瞬まばゆい稲妻がはしり、マキチラースは体を硬直させたままエンピツのようにパタリと倒れて全身をヒクヒク痙攣させている。タレナガースが慌てて駈け寄りマキチラースの頭の辺りをケモノのマントでパタパタと扇いでいる。

エディーとエリスそして一緒に映像を見ていた警官たちもクスクス笑い始めた。まったく滑稽な姿だ。

やがてあいも変わらずただただ瘴気を垂れ流すマキチラース(ややこしい。。。)を見て業を煮やしたタレナガースがマキチラースの背後に回って怒りの瘴気を吐いた、その瞬間!?

ブォワアアアアア!

マキチラースの全身から突如激しい瘴気が噴出したではないか!?まるで横に走る滝のようだ。

見ていたエディーたちも驚いたが、瘴気の激流を噴出させた当の本人達も腰を抜かすほど驚いているのがわかる。

突然の爆発的噴射に、傍らでふんぞり返って見ていたヨーゴス・クイーンが仰天のあまりお尻を天に向けてひっくり返っている。

「エディー、今のって!?」

「ああ。間違いない、あの動かない瘴気の正体はきっとこれだ」

「タレナガースとマキチラースの合体技だったのね」

瘴気を全身から立ち昇らせるマキチラースを大きな銃口にして、背後に回ったタレナガースがふたり分の濃密な瘴気を鉄砲水のように発射させている。偶然とはいえ、ヤツラめとんでもない荒業を編み出したものだ。

その後ヨーゴス軍団たちは2度3度とマキチラースの全身からあの濃い瘴気を噴出させた。

この攻撃をすっかりモノにしたためか、先程とはうってかわって連中すっかりはしゃいでいるようだ。調子に乗ってあちらを向いてはゴオオ!こちらを向いてはゴオオ!と濃い瘴気を広範囲に噴出させている。そのうち。。。

バシュッツ!

「あ。。。」

ついに一部始終を写していた監視カメラもどす黒い瘴気を浴びて動作不良を起こしてしまったようだ。

「映像はここまでです」

その後エディーとエリスはもう一度丹念に映像を見返し、担当官に礼を言って県警を後にした。

「どう思う、エリス?」

解決策が見えない時、エディーは必ずエリスに意見を求める。

「私たちは渦パワーで形成したアーマを装着しているから瘴気の中でも平気でいられるけれど、あのしつこくまとわりつく濃い瘴気は要注意だわ。時間が経てば私たちのアーマもじわじわと侵食されるかもしれないし」

エリスにしても、あんな行き当たりばったりで編み出された攻撃においそれと対抗手段など思いつくわけも無い。監視カメラの映像を見たからといっても実際に戦ってみなければわからないことばかりだ。

「とにかく何か考えなきゃね。一刻も早く!」

「そして必ず打ち負かしてやる。必ず!」

上空を駆け足で去ってゆく雲を見上げてエディーとエリスは静かに闘志を燃やした。

だが、その決意をあざ笑うかのようにヨーゴス軍団はその翌朝衝撃の宣戦布告をしてきた。

 

午前7時を少し過ぎた頃、通勤通学の人たちが行き交う徳島駅。その上空が一天にわかに掻き曇るや、異様に黒い雲が広がって陽の光を一切遮断し、あたりは夜の闇に包まれた。

「えらく低い雲だなあ」

「あんな黒い雲、見たことあるか?」

「。。。いやいや、あれは雲じゃない。なにかおかしいぞ!?」

そう、雲じゃない!瘴気だ!マキチラースを通して広範囲に噴射させるタレナガースのまとわりつく濃い瘴気。それが徳島駅前一帯の空を覆っている。

突如、黒い瘴気のスクリーンに巨大な顔が映し出された。徳島県民なら誰もが知っている、誰もが目を背けたくなるあの顔だ。

「余はタレナガースである」

大きく浮かび上がった分不気味さも十倍増しだ。その顔から声が轟いた。

地鳴りを思わせる低く響く声。空を見上げている人々は皆その声を聞いてぞくりと背に冷たいものを感じた。

「もう存じておろうが、このたび我らヨーゴス軍団は新たに強力なメンバーを客分として迎え入れることとなった。マキチラースである。頭の赤毛がチャーミングな残虐で卑怯な好人物じゃ。これを祝うてうぬら人間どもを余とマキチラースが共にこしらえた黒き瘴気の世界にご招待申し上げる。必ずや気に入ってもらえるはずじゃ。ふぇっふぇっふぇ。これからもさらに楽しい趣向でうぬらをもてなしてやるつもりゆえ、皆々楽しみに待っておるがよい。これからのタレマキ・ペアの活躍に乞うご期待じゃ」

ふぇ〜っふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

笑うタレナガースの顔が次第に歪みはじめた。空を覆う瘴気がゆっくりと地上に降り始めたからだ。

駅前では出勤途中の多くの人たちが足を止めて空を見上げている。彼らの頭上にあのまとわりつく瘴気がゆっくりと降りかかろうとしている。

交番から警官が走り出て大声を上げた。

「危ない!皆さん早く建物の中に避難してください。あの黒い煙を浴びてはいけません!早く屋内へ!」

警官の的確な指示によってこの場は人的被害もなく納まったが、十数分後には駅前一帯の地面や建物の外壁は黒いシートを広げたようにあの瘴気に包まれた。その後の処理として多くの人たちの手による駅前一帯の洗浄作業が行われることとなった。

エリスも特製の洗浄液を持参してこの作業に参加していた。

噴霧器で洗浄液を巻きながら、エリスは悔しげに呟いた。

「みてなさいよタヌキ野郎。調子に乗っていられるのも今のうちだからね」

だが、彼女の悔しさはまだしばらくは晴らされなかった。。。まだ、まだだ。

 

勝浦川にかかる潜水橋を走る軽自動車のドライバーは橋の上に落ちている何かを見てスピードを緩めた。

なんだろう?とドライバーの若い男性が身を乗り出して目を凝らしてみる。動いている。ひとつ、ふたつ、みっつ。。。

「魚か?」

助手席の男性が言うように、たしかに魚だ。ビチビチとはねている。

ビタン!

「ひっ!なんだ!?」

ビタビタビタン!

「うわわ」

見ると右側の窓に次々と魚が激突してくる。川からジャンプした魚が車のウインドーにぶつかっているのだ。ボンネットに乗っかっているのも、橋を跳び越えてそのまま反対側へ飛び込んでいるのもいる。

「おいおい、あれ何だ?」

見ると川の下流から無数の魚が川面を飛び跳ねながらこちらへ遡ってくる。そしてさらにその後ろから、まるで小さな津波のような真っ黒な煙が川の上を滑るようにこちらへとやって来る。人がジョギングする程度のスピードだ。魚はあの黒い煙のようなものから死に物狂いで逃げてくるのだ。

「あ、あれって例の瘴気じゃないか!?あの、しつこいヤツ。エリスがニュースで注意しろって言ってたやつ!」

「きっとそうだ。う、やばい!逃げなきゃ」

ドライバーは一気にアクセルを踏んで軽自動車は潜水橋をなんとか渡りきった。だがさらに後続車が3台、橋を渡ってくる。

「おい。後ろの人を助けないと」

ふたりは車を降りると橋のたもとまで戻り、両腕を振って大声を張り上げた。

「おおい。戻れ!駄目だ駄目だ!」

「あれを見ろ!瘴気だ!瘴気が来るぞ!」

3台続く車の先頭車が気づいたようだ。が、それがかえって災いした。先頭車の女性ドライバーは右側から迫り来る瘴気に気づいてパニックに陥った。正確な判断ができなくなった彼女は橋のほぼ中央で車を急停止させた。そしてバックしようとバックギアに入れたのだが、当然すぐ後ろには後続車がいてさがれない。

プップー!

クラクションを鳴らしたが、状況が読めない後続の2台からプップップーとクラクションを鳴らし返されるありさまだ。川は潜水橋のすぐ下流で曲がっていて後続車のドライバーたちには遡ってくる瘴気がまだ見えていないようだ。

「ああもう。おおい!こっちへ来い!走れ!一気に走り抜けろ!」

だが離れた所から叫んだところで冷静さを欠いたドライバーの耳には届かない。

先頭車のドライバーはヤケクソになってバックギアのままアクセルを踏んだ。

ブゥオン!ガシャン!

後方へ急発進した車は後続の車のボンネットにお尻から乗り上げて止まった。瘴気ではなく、眼前の事故に驚いた最後尾の車はそのままバックして端の向こう側へ戻った。さらに後続車が無かったのはせめてもの幸いであった。

橋のほぼ中央で2台の事故車が取り残され、それを真っ黒な瘴気の砂嵐がすっぽりと飲み込んでしまった。

 

3連休初日。

昨夜まで雨だったにもかかわらず、今朝は奇跡のように晴れ渡った。

徳島自動車道は高知、愛媛方面へ向かう行楽の車で渋滞していた。

今度は一般道並みの速度でゆるゆると走る車の列をあの黒く重い瘴気が急襲した。この時は道路のすぐ脇の崖上から闇の塊が転がり落ちるように道路を一瞬で覆ってしまったのだ。

突然ブラックホールが何もかも吸い込んでしまったかのようだ。全長約100mもあるそのブラックホールの中から助けを求める声が聞こえる。

「何も見えへん。どっちへ行ったらええんや?」

「ううええ。気持ち悪い。何これ?」

「助けて!手を引いて!」

キキー!

グァシャン!

ガッシャーン!

複数の急ブレーキ音と衝突音が続いた。闇の中で玉突き衝突が起こったに違いない。けが人は!?

瘴気はいつものようにウネウネと蠢きながらその場に居座っている。県西部の強い風にもびくともしない。まるで取り込んだ獲物を逃すまいとしている深海の奇妙な生物のようだ。まったく悪意に満ち満ちている。

瘴気が出現して数分。ようやく黒い塊の後方から数人の人が姿を現した。瘴気にやられているのだろう。どの人も足元がおぼつかない。しかし全員が手に手に発炎筒を持っている。なかには三角停止板を抱えている人もいる。

―――後続車を停めるんだ。

―――被害を拡大させちゃいけない。

死に物狂いのヒーローたちが高速道路を駆けた。

 

全速力のヴォルティカが現場に到着したのはそのさらに2分後だった。

エディーとエリスが暗闇の中から車に乗っていた人たちを全員「外」へ連れ出した。被害は追突した車両4台。衝突によるけが人5人。瘴気による病人11人。

嘔吐しながらも後続車や対向車を停めた人たちのおかげで、被害は拡大せずにおさまった。しかしひとつ間違えば死人が出ていてもおかしくない事件だった。

ストレッチャーで運ばれてゆく患者達を見送って、エディーは足元に転がっている使用済みの発炎筒を拾いあげた。

「エリス。。。おれは誓うぞ、この発炎筒に。もうひとりも被害者を出さないと。苦しみながら他の人たちを瘴気から守ろうと頑張った人たちの思いを無駄にしないためにも、タレマキ・ペアの攻撃をここで止める。絶対に!」

エリスはエディーの全身から発せられる「本気」を感じていた。

その気迫に応えて、エリスは重い口を開いた。

「ねぇエディー。。。私、ちょっと考えていることがあるのよ」

 

(4)シーサイド・パークの激闘 前編

3連休の最終日。今日はシーサイド・パークの広い駐車場に移動遊園地がやってくる。

かつてはフェリーや高速船が京阪神方面へ向けて出航していたが、本四架橋開通後次々と航路を閉じ、フェリーターミナルは多目的ホールに、駐車場はイベント広場に使われている。

観覧車、メリーゴーランドやミニトレイン、トランポリンに射的などなど楽しいアトラクションが組まれ、地元の飲食店からもバンや小型バスを改造した移動販売車がたくさん出店する。

あちらこちらで子供の歓声があがり、常時アップテンポの楽しげな音楽が流されている。

「みんな!今日はようこそ移動遊園地へ!さぁいろんな遊具で思う存分遊んでってねぇ」

MCのお姉さんの声が近所の家々にまで届いて、遊園地の楽しげな雰囲気が伝わってくる。

そんな家族連れで賑わう平和な移動遊園地のすぐ近くにヨーゴス軍団が忍び寄っていた。

「楽しそうじゃ。われらも楽しもうぞ」

「びぇっびぇっびぇっびぇ。この間の高速道路は面白かったわい。今回もあの歓声をもっと大きな悲鳴に変えてくれようぞ」

タレナガースとマキチラースは互いを見合って不気味に笑った。

「んんん、じゃが遊園地のようすが見えぬな。ええい邪魔な車じゃ」

同行しているヨーゴス・クイーンが首を伸ばしつつ文句を言う。大きなトレーラーが何台も重なり合うように停まっていて中がまったく見えないのだ。最初に楽しそうな子供たちの顔を見ておけば、後で恐怖に歪む連中の顔を見てその落差で楽しめると思ったのだが。まったく忌々しい。

このシーサイド・パークのすぐ近くには工業団地があり、普段からパーク周辺の空き地には大型トレーラーや営業車がたくさん停められている。

「ふぇっふぇっふぇ。耳を済ませてみよ。あの楽しそうな子供たちの歓声をよぉく胸に刻んでおけば、後で最高の悲鳴に酔いしれることもできようほどに」

「そういうことさ、クイーンの姐御」

「あ。。。姐御?ひ。。。ひょひょひょひょ。う、うむまあマッキーがそう言うのなら」

お世辞など言われたことがないヨーゴス・クイーンはくすぐったそうに体をクネクネさせて笑った。

ヨーゴス軍団の3人は目を閉じて忌々しい子供たちの楽しそうな歓声に耳を済ませた。他人が喜ぶ声など胸糞悪うて聞いてはおれぬが、今しばらく我慢しておれば同じ悲鳴でも格段に気持ちよく楽しめるというものだ。

「よし、ではそろそろ行くとするかのう」

3人はせーので物陰から飛び出して移動遊園地の敷地内へ飛び込んだ。

「ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ!貴様らよう来たの」

「びぇっびぇっびぇっびぇっびぇ!楽しい遊園地はここまでゾ。ここからはぁ?」

「怖い怖ぁい真っ暗闇の始まりじゃ。ひょっひょっひょっひょっひょ」

だが大声で踊りこんだ移動遊園地は。。。無人だった。

遊具も何も無い。ただのだだっ広い平らなコンクリートの駐車場だ。

「あやや?」

『さぁみんな!いつもは2周するメリーゴーランドは今日特別に3周まわってくれますよ〜。メリーゴーランドのお馬さんに絶対乗ってね!』

おねえさんのアナウンスに「わー!」っという子供たちの歓声が無人の広大な駐車場に鳴り響いている。

いや、誰かいる。

ヨーゴス軍団3人衆の真正面。広い駐車場のほぼ中央にふたつの人影。

それを見た首領タレナガースの顔が歪んだ。

シルバーのヘッドギアにボディアーマ。額には青い菱形のエンブレム。胸の真ん中には楕円形の青いエディー・コア。鋭く黒いゴーグル・アイがじっと正面の敵を睨んでいる。青き渦の戦士エディーだ。

もうひとりはエディーと同じ額の青いエンブレム、胸には球形のエディー・コア。特徴的なクリアブルーの長い髪が海風になびく。渦のヒロインエリスである。

『〜♪さぁさぁおいで。みんなでおいで。楽しい素敵なプレイランド。ボクはゴーカートだマッハでゴー!わたしはお姫様のメリーゴーラン。。。ブッ!』

スピーカーから流されていた移動遊園地のテーマソングが唐突に止まった。そしてひょおおおおおという海風の音だけが残った。まるで砂塵の中の荒野の決闘のようだ。

「ようやくまた会えたな、タレナガース。マキチラース。そしてヨーゴス・クイーン。今日がお前たちの悪事の最終日だ」

エディーの声はバトルフィールドを渡る風にも負けず、悪党どもの耳にしっかりと届いた。

タレナガースがギリリと歯噛みした。

「おのれエディーめ。恐れ多くもヨーゴス軍団をたばかったか」

マキチラースも奇怪なドクロの顔を歪めて毒ついた。

「ケッ!まんまとおびき出されてしまったか」

ヨーゴス・クイーンが鼻息荒く声を張り上げた。

「ふん!おびき出そうが出されようが、バトルに勝てば問題ないわえ!」

「ふぇっふぇっふぇ。そういうことじゃ。それに貴様らがやって来るであろうことくらい織り込み済みじゃ。じゃがエデイー、貴様もこのような姑息な策を弄するようになったか。少しは戦術というものがわかってきようじゃの。どうじゃ、卑怯な手というのは面白かろう?」

「黙れ!」

エディーが今日一番の大きな声を出した。体の中に充満していた怒りが抑えきれずに吹き出したかのようだ。

「何が面白いものか。お前たちにおれ達の気持ちが、エリスの気持ちがわかってたまるか!」

「ヨーゴス軍団をおびき出す為とはいえ、子供たちが大好きな遊園地をダシに使ったのよ。。。こんな心苦しいことはないわ。だけどやるからには必ずあなたたちを止めてみせる」

エリスの両のこぶしは堅く握られている。

こんな手段だけは使いたくなかった。

まずは移動遊園地のニセのチラシを市内一円に貼って回った。

『テレビで評判の移動遊園地がついに徳島にやって来る!シーサイド・パークで待ってるよ!』

もちろん県警も全面的に協力している。テレビCMもうった。県内の、特に子供のいる家庭ではこの遊園地の来訪を少なからず心待ちにしただろう。

そしてヨーゴス軍団も。

人間の絶望が大好きな奴らだ。特に、喜びから悲しみへと堕ちる時の、楽しみが落胆に変わるときの、絶望が好物なのだ。

嫌な臭いがする場所を人が本能的に探ろうとするのと同じように、ヨーゴス軍団は人間が喜ぶ出来事を素早く察知する。エリスはそれを逆手に取ったのだ。ヨーゴス軍団と同じような卑怯な手だと言って彼女はしばらくふさぎこんでいた。子供たちの楽しい気持ちをこともあろうにヨーゴス軍団を釣るエサにしてしまった、と。

そのつらい気持ちを胸に秘めてエディーもこの作戦に加担した。

移動遊園地が来る予定日の前日の新聞にそっと1枚のチラシがはさまれた。

「先にお知らせした明日の移動遊園地は来ません」と書かれたチラシである。

当然のことながら移動遊園地の件がニセ情報であったという通知は密かに、そして完全に通達されねばならない。新聞のチラシだけでは十分といえないため、当日はシーサイド・パークの周辺4箇所に、これもニセの道路工事を装った警官たちが密かに検問を張った。新聞での通達に気づかずやってきた家族たちを引き返させねばならないからだ。

案の定何台かの乗用車がパークをめざしてやって来た。工事による通行規制とみせかけて停車させ、警官が手短に事情を話して迂回路から引き返させた。子供はさぞがっかりしただろう。そんなわが子たちを見て、両親もまた気落ちしたことだろう。

だが、それもこれも瘴気による悲惨な被害者を増やさないためのやむを得ない手段だった。

そんな忸怩たる思いを胸に秘めたふたりの渦戦士にとって、この戦いは必ず勝たねばならないものなのだ。

そうやってあつらえた無人のバトルフィールドで、文字通りの死闘がいよいよ始まるのだ。

銀色のドレッドヘアのタレナガースは余裕の笑みを浮かべている。

トサカのような赤毛のマキチラースを前に立たせ、立ち昇る瘴気をタレナガースが後方から一気に前方へ噴き出させる。そうすると、タレナガース単独で吐き出していた瘴気よりも広範囲に勢いよく噴出し、その瘴気自体もより濃く、よりしつこく対象物にまとわりつく。少々の風では排除されない執拗さを持つのだ。

マキチラースが両腕を広げ、その背後にタレナガースが回りこんだ。

あの瘴気が来る!

「冷静にねエディー。バックパック、スタンバイ」

エリスの指示に「おう」と応じて、エディーはベルトに新設されたスイッチボックスの小さなボタンをオンにした。途端、エディーの背中が眩い青い光を発したではないか。見ればエディーは背に小さなランドセルのようなものを背負っている。それが青く輝いているのだ。

「いい?1回10秒、3回分だからね」

「わかっている」

エリスの言葉にエディーは頷いた。

一方エディーたちを正面から見ているタレマキ・ペアは、エディーの背に何かがあることを放たれた光で初めて知った。

―――むむっ。

あの青い光には今までもえらい目に遭わされ続けてきた。いやな予感がする。要注意だ。

エディーは前衛のマキチラースに向けて人差指をクイクイと曲げて「こいよ」と挑発した。これもエリスのアドバイスだ。百戦錬磨のタレナガースと違ってマキチラースは直情的なところがある。そこにつけ込む作戦なのだ。案の定頭に血を上らせたマキチラースは背後のタレナガースに目配せした。

「いくぜタレちゃん!」

「ホイきたマッキー!」

マキチラースの全身から激流のような瘴気が噴き出して対峙するエディーの全身を一瞬で包み込んだ。

「ふぇっふぇっふぇ。いかなエディーでも我らの合体瘴気の中に長時間いてはただでは済まぬ。毒に侵されて苦しむがよい」

ヨーゴス軍団の面々に笑みが。。。浮かびかけて凍りついた。

瘴気の激流が何かに弾かれている。まるでシャワーの水が壁に当たって飛び散っているようだ。

「な、何じゃ?エディーめに何が?」

後方に退避していたエリスが会心の笑みを浮かべた。

「思ったとおりだわ。うまくいったみたい」

目を凝らしてみると、エディーの周囲に青いドームが張り巡らされている。まるで渦パワーの球形バリアだ。

エディーの背にあるのはエリスが開発した装置で、いわば渦パワーの外付け拡張タンクであった。本来胸のコアは輝く海の渦パワーを彼自身の体内に効率よく循環させるためのアイテムだ。武道やヨガの達人が呼吸法などによって体内の気をめぐらせ代謝を操ることができるように、エディーもエリスも渦パワーを体内のみならず外に向けて開放することも可能だが、この外付けタンクを稼動させることによってそれをさらに旺盛に活発にすることが出来るのだ。敵の瘴気が強化されているならば、こちらも渦パワーを強化させて挑むというわけだ。

うおおおおお!

黒い瘴気をはじく青いドームの中でエディーは吼えた。気合もろとも瘴気の激流を遡るように眼前の敵めがけて駆け出す。

マキチラースは慌てた。敵が真正面から自分めがけて迫る恐怖は半端ではない。後退しようにも後ろではタレナガースが一心不乱に瘴気を放出し続けていてさがれない。

―――ええい!

マキチラースは腹を決めた。こうなりゃ殴りあいだ!って、ありゃ!?

ドガン!

ぐええ!

腹を決めたはいいが、わずかに早く勢いの乗ったエディーのいいパンチが顔面に炸裂してタレナガースもろともひっくり返った。

「よっしゃ!急ごしらえだったけど背中のパワーパック、けっこういい感じじゃない。エディー、どんどんやっちゃえ!」

エリスの声援を背で受け止めて軽く手を振ったエディーは、よろよろと立ち上がった敵幹部ふたりにまんべんなく連続キックを見舞い、タレナガースをハンマーパンチで、マキチラースを背負い投げで再び地面に這いつくばらせた。

―――激渦烈風脚で決めてやる!

エディーがわずかに腰を落とし両脚に力を込めたとき、タレナガースが単独で瘴気を吐いた。通常の瘴気は強い海風によって流されはするが、一瞬の目くらましにはなる。瘴気の中で素早く移動することでエディーのターゲットから逃れることが出来る。

「くそ、チョコマカと」

その時マキチラースが両のこぶしを頭上に振り上げて力いっぱい地面に叩きつけた。コンクリートで舗装された路面が砕かれコンクリート片が宙に舞う。それを「オリャ!」とタレナガースが強烈な回し蹴りで蹴り飛ばした。

ババババ!

「うわっ!痛ぅ!!」

砕かれて跳ね上がった無数のコンクリート片が散弾のようにエディーの全身に着弾する。

駐車場には何も無いはずだったのだが、まさか舗装のコンクリートを武器にするとは。ここは一面コンクリート舗装された広い駐車場だ。これでは迂闊にヤツラには近づけない。

それでもエディーは敢然と2体の魔人に襲いかかった。

―――ほっ。

タレナガースが熊を想起させる腕を槍のように突き出した。

鋭いツメが右から!左から!次は蹴りか!?が、また左からツメが来た!

「うおっ!?」

予想外の攻撃にエディーはたたらを踏んだ。実力が拮抗している者同士の戦いでは一瞬の躊躇が命取りになる。ほんのわずかな隙を突いて左足の回し蹴りが「ふたつ」来た。

ガガン!

側頭部とわき腹にふたつの左回し蹴りを同時に喰らってエディーは右へ吹っ飛ばされた。

―――ぐぅ。。。

タレナガースが追い討ちをかける。その姿がダブって見えた。脳にダメージを食らったか?だがそれは見事なコンビネーションで繰り出されるタレマキ・ペアの一体攻撃だとすぐに気づいた。まるでひとりが攻めてくるかのように重なりながら、入れ替わりながら攻撃を繰り返す。

―――な、なんだこの攻撃?

当然ひとりの攻撃ではない。だが、ふたりによる攻撃とも感じられない。ふたりがひとりに重なったり、かと思えばひとりの手が4本あるようにも思えた。

連携というにはあまりに見事な攻撃だ。まるでひとつの意思がふたつの体を操縦しているような?

―――そう、なのか!?

ガシッ!バンッ!ガキン!ビシッ!

エディーは防戦一方となった。攻撃に転じる隙がまったく無いのだ。

タレナガースの顔が赤毛のマキチラースと重なって見える。4本の手と4本の足が攻撃してくる。

「ホレホレどうした?余たちの攻撃がかの合体瘴気のみと思うたか?未熟者め」

まったく、合体瘴気に続いて棚からボタモチがふたつも落ちてくるとは。

なにやら狭いアジトの中にいるとタレナガースの動きとマキチラースの動きがシンクロしてしまうことに気づいたのはタレナガースだった。

遠距離では叶わない。それは体を近づけるとおこる不思議な現象であった。150年前、生身のタヌキであったマキチラースの遺体をあの古井戸に放り込み、外経を唱えて反魂の外法を用いたのはほかならぬタレナガースだ。いわば魂の親とでもいうような奇妙な繋がりが、ふたりも知らぬうちに生まれていたのだろう。

それゆえにこうして体を密着させて戦っているといちいち合図したり指示したりせずとも、いや相手のことを意識すらせずともふたつの肉体がまるで見えない糸で繫がっているかのように動く。

ある意味究極の合体戦法だ。

人間離れした動体視力のおかげでなんとかしのいではいるが、さすがのエディーも劣勢は否めない。

ツメとツメが。ケリとパンチが。パンチとツメが。同じところから同時にふたつ、あるいは数秒の時間差で続けて繰り出される。かと思えばまったく違う方向から同時に来る。

ズドッ!グムッ!シュバッ!バキン!

まるでエンジンのピストンの如く突き出される拳や蹴りのことごとくにエディーは懸命に反応した。もはやエディーはそれらの攻撃を目では見ていない。もの凄い集中力で全身を高性能センサーと化して対応している。

タレナガースもマキチラースも、エディーの即応力に内心舌を巻いた。だが攻撃は止めない。こちらも魔物だけあってこれだけの攻撃を続けながら疲労のかけらもみせない。むしろそのスピードは徐々に増している。エディー十八番の神速の攻撃の域に近づきつつあるではないか。

ガッ!くぅ。。。バガッ!うっ。。。

タレマキ・ペアの攻撃が少しずつエディーのボディーにヒットし始めた。

「エディー。。。負けないで」

エリスの願いもむなしく渦のヒーローは一敗地にまみれてしまうのか。

だが驚いたことにエディーはサンドバッグ状態の中で少しずつ前へ前へと進み始めている。じりじりとタレマキ・ペアとの間合いを詰めてゆくではないか。

―――こやつ、ヤケになったか?

攻撃を続けながらタレナガースがほくそ笑んだ。

―――劣勢に際して最も恐ろしいのは敵の攻撃よりも己の焦りじゃ。この勝負もろうた。ふぇっ!

タレナガースは軸足に力を込めた。同時に背後のマキチラースも同じ体勢に入る。

ブン!

唸りをあげて左回し蹴りが上段側頭部と中段わき腹へ飛来して、鈍い音と共にエディーにヒットした。

ぐ。。。ぐぅむ。。。

強烈な衝撃をグッとこらえて、エディーは自らの肉体に食い込むふたつの足をガッチリと抱え込んだ。

「むっ!?」

ふたりの魔人は驚いて掴まれた足を引くが、エディーは離さない。

「へへ、捕まえたぜ」

ニヤリと笑うと、肘でベルトのスイッチを器用に押した。

ブゥン。。。

途端、背の渦パワーパックが起動し青い光が発せられた。渦パワーのバリアドームだ。

青い世界はエディーを中心に、半径2メートル近くのものすべてをその中に取り込んだ。もちろん片足を封じられたタレナガースとマキチラースもだ。

「ひえっ!は、放せ。放さぬか!」

「ぐ。。。ぐえええ」

「うええ。こ、これはいかん!」

渦パワーはヨーゴス軍団どもにとっては放射能に等しき毒性物質だ。長時間包まれていてはとりかえしのつかないことになる。

「苦しい!ううう、放せ放せ放せ!」

たちまちふたりは胸をかきむしり苦しみだした。体を満たすおぞましき闇の力が天敵の渦パワーによって浄化されてゆく。

「バリアをこんなふうに使うなんて、私も思いつかなかったわ。さすがね、エディー」

エリスは卓抜したエディーの戦闘センスにあらためて目を見張った。

「苦しいか?貴様らの薄汚い瘴気に包まれた人たちの気持ちをとくと味わえ!」

実際タレマキ・ペアは戦うどころではない。エディーは既にふたりの片足を解放していたが、タレナガースもマキチラースも戦闘どころではない。ふたりとも地面にへたりこんでしまった。このままヤツラらに渦パワーを照射し続ければこの魔人どもを葬ることが出来る。

しかし。。。

―――3秒、2秒、1秒。。。タイムアウトか。

青く透き通る渦パワーのバリアドームは音もなく消え去った。

バックパックシステムが1回に放射する渦パワーは10秒が限界なのだ。

青い光が消えるや、タレナガースとマキチラースは「あわあわ」と先を争うように転がりながらエディーから距離をとった。

「ハァハァハァ。危ないところであった。あのような罠が待ち構えておったとはのう」

「タレちゃん、油断ならぬヤツじゃなエディーは」

マキチラースは地面に尻をペタリとつけたままキツネのように吊り上がった目をむいた。

戦いはまだまだこれからだ。呼吸を整えてあらためて戦闘の構えをとるエディーの前で、タレマキ・ペアは体の埃をはらいながら立ち上がった。

「さあ、仕切り直しといこうぜタレナガース」

「よかろう。じゃが何度仕切りなおしても結果は同じじゃ。さぁこいエディー」

 

(5)シーサイド・パークの激闘 後編

ここシーサイド・パークで戦いの火蓋がきって落とされてからかれこれ1時間だ。その間ここはずっと凪いでいる。

魔人が発散するおぞましい瘴気に、海も空も、大気までもが息を潜めてすくんでいるようだ。

渦戦士とヨーゴス軍団ツートップの戦いはまだまだ続いている。

格闘戦の後は、ふたたび合体瘴気が来るのか?

構えたエディーの前で案の定タレマキ・ペアはまた縦隊に重なった。タレナガースが前衛、マキチラースが後衛に。

ほんの一瞬違和感を覚えたが、それでもエディーは最後の渦パワーバリアのスイッチに手をかけて前へ出た。

―――もう一度来るわよエディー、って。。。あっ!?

戦況を見ているエリスが思わず声を上げた。

「いけない。エディー!」

その時、前衛のタレナガースが首を前へ突き出して「かっ!」と口を開いた。

ズドォン!

「うわっ!?」

「エディー!」

エディーとエリスの悲鳴が重なった。

そしてエディーは数メートル後方に飛ばされてコンクリートの地面にはいつくばった。

マキチラースから撃ち出された瘴気はタレナガースの体を通ってまるで巨大な砲弾のような塊となって発射された。直径3メートル近くもある黒い球体は噴霧状の瘴気を予期していたエディーを正面からはじき飛ばした。直撃を食らったエディーは宙を飛ばされている僅かな何秒間か意識を失っていた。それほど凄まじい衝撃だったのだ。

「うう。。。なるほどね。そういうパターンもあったのか」

エディーは震えるひざに活を入れつつ立ち上がった。大きなダメージを受けた彼を今支えているのは、渦パワーよりも不屈の闘志にほかならない。

エディーに命中した砲弾瘴気も砕けたが、その後地面に広がってエディーの周囲に漂い彼の体にまとわりつこうとしている。

同じとき、後方でエリスは臍を噛んでいた。

対タレマキ・ペア用に渦パワーを充填したパワーパックをこしらえはしたが、実のところエリスの心には得体の知れないやり残し感があった。何か大切なことを失念しているような。。。?

「私の中の得体の知れない不安の原因はこれだったんだわ。マキチラースの背後にタレナガースが回りこんで噴出するのがあのスプレーのような広範囲の合体瘴気。だったら逆のフォーメーションになったらどうなるのか?当然ケーススタディしておくべきだった!」

―――外付けパワーパックがうまく機能していたので調子にのっていたけど、このパターンをまったく想定していなかったのは私のミス!ごめんエディー。

だがこのままでは終われない。エリスだって戦っているのだ。

―――何か。。。何かヤツらの弱点を見つけてやるわ。必ずどこかにあるはずの弱点を。考えて。考えなさいワタシ!

タレマキ・ペアは仁王立ちのタレナガースを前衛に、背後からマキチラースが支えるように額をタレナガースの背に押しつけている。まるで迫撃砲のようだ。合体してより強い瘴気を発生させる原理そのものはさっきの格闘戦で見せた脅威のシンクロ攻撃と同じなのだろう。瘴気がスプレー状になるか砲弾型になるかはタレマキ・ペア各々の個性というか特性によるものに違いない。

こうして見ると実に堅固なフォーメーションに見える。

―――ダメダメ、敵の長所ばかりが見えてしまうのは焦っている証拠だわ。

そもそもふたりを同時に相手にしていることが思考のまとまらない原因ではないのか?

「そうよ。どっちかひとりをやっつければ合体技はもう使えなくなるわけだし」

そこで思い出した。

―――この戦いでのエディーの一撃目。駆け寄って飛び掛って前衛のマキチラースにいいパンチをヒットさせたけど、マキチラースのスピードをもってすればよけきれないまでももう少しダメージを軽減させられたはずじゃないかしら?だけどマキチラースは回避できなかった。思うように動けなかったのよ。つまりは背後のタレナガースとの連携が、逆にヤツの動きを邪魔した。。。?

「ってことは、攻撃のターゲットは常に前衛?」

確証は何ひとつない。だがこの状況で仮説だろうが推論だろうが筋が一本通ればそれで十分だ。

こうしている間にもタレマキ・ペアの瘴気による攻撃は続いている。

「エディー!」

エリスはエディーを呼ぶとサッサッサと左右の手を体のあちこちに置いた。

―――ブロックサイン?

エディーとエリスだけがとり決めてあったブロックサイン。エディーはそれを咄嗟に読み取った。

「コウ。。。ゲキ。。。ハ。。。マエ。。。マエ。。。ダケ」

―――攻撃は前だけ?つまり今はタレナガースのみに攻撃を集中させろってことか。しかもブロックサインを使ったってことは、攻撃の意図を相手に知られるなということだよな。よしきた。

エディーはエリスの意見を疑わないし、彼女の作戦に逆らわない。タレマキ・ペアに奇妙な繋がりがあるように、エディーとエリスには何より強い信頼があるからだ。

自分が標的にされたとも知らずタレナガースが胸を張った。

「ふぇっふぇっふぇ!前後を入れ替えたもうひとつのフォーメーションを試さなかったとでも思ったか。こちらは瘴気の塊!砲弾瘴気じゃ。さぁ喰らえ!」

ズドン!ズドン!ズドン!

銃口となったタレナガースから黒く大きな塊が連発で発射された。

ガガン!ドガッ!ガスッ!

それを咄嗟に拳で叩き落すエディー。コンクリートの地面に叩きつけられた砲弾瘴気は彼の足元で砕けて無数の蠢く瘴気に分裂すると近くにいるエディーの存在を本能的に察知して体に這い登ろうとしてくる。まったくタチの悪さは天下一品だ。しかし全身がすっぽりとこの瘴気に包まれたのならともかく、この程度ではエディーのアーマはびくともしない。

ただし瘴気による直接的な汚染は退けられても、砲撃としての物理的ダメージは決して小さくはない。一発叩き返すごとにエディーの足元がふらついている。

―――しかし、さすがに機関銃のような連射はきかないようだ。次第にヤツらの発射リズムがみえてきたぞ。

ズドン!

ズドン!

フルパワーのパンチで直径3メートルの砲弾瘴気を迎撃しながらエディーは待っていた。いい波を待つサーファーのようにタイミングをはかっているのだ。瘴気をぶん殴る腕がしびれて次第に感覚がなくなってきたが、ここは耐えどころだ。

そして。。。

ズドン!

―――来た!

わずかに下方へ向かって撃ち出された瘴気の塊を見逃さず、エディーは大きくジャンプして走り高跳びの背面とびの要領で瘴気をやりすごした。と同時にトンボをきって体勢を整え、着地した時には額の青いエンブレムの上に新たなアイテムを装着していた。

シラサギの鉢金だ。

途端、まばゆい光に包まれたエディーの全身はみるみる青く染まり、体内を高速で駆け巡る渦パワーが体の重要な部分に一層濃い青で渦の紋様を浮かび上がらせた。

「エディー・エボリューションフォーム!」

エリスのガッツポーズとともにエボリューションフォーム参上だ。

エディー・エボリューションはすぐさま両掌に渦パワーを集め、錬成して必殺のエディー・ソードを出現させた。ノーマルフォームの時よりも太く長い大太刀だ。

ズドン!

ズドン!

ズドン!

立て続けに放たれる砲弾瘴気をそのエディー・ソードで薙ぎ払いながら、エディー・エボリューションはじりじりと間合いを詰めてゆく。

そして。。。

―――見てろ!

エディー・エボリューションはベルトのスイッチをオンにしてバックパックシステムに残された最後の渦パワーを発散させ、光のバリアを展開させた。その青いドームの中でソードを頭上にかざすと、ぐるんぐるんと大きく振りまわしはじめた。

すると展開している青い渦パワーバリアの光が、回転するエディー・ソードの動きに合わせてゆるゆると動き始めたではないか。まるで砂鉄が磁石棒に引きつけられるかのようだ。

ギュルン。。。

ギュルルン。。。

ギュウウン。。。

ギュ―――ン!

次第に早くなるエディー・ソードにかき回されて渦パワーの青い光の半球は形を変え、何も無い空中に青い筋を曳きながら独楽のような螺旋を描き始めた。螺旋は次第に大きくなり、渦を巻き、ついには鋭い光のドリルと化して眼前のタレナガースに狙いを定めた。

ギュウウウ―――――ン!

今や高速で回るドリルの先端が、鎧を着けていないタレナガースの胸板の真ん中に青いレーザーポイントを浮かび上がらせている。

「い、いかん!あの技は。。。これマッキー、退がれ。早よう退がるのじゃ!あれは防げぬ!あれは。。。あやややや!」

だがタレナガースの背にがっちりと額を押し当ててマキチラースは一心不乱に瘴気をタレナガースの体に送り込んでいる。戦況がまったくわかっていないようだ。エリスが睨んだとおり、逃げようとジタバタするタレナガースを強く押さえつけている。

エディー・エボリューションが振り上げていたエディー・ソードを気合と共に勢いよく振り下ろした。

「メイルストローム・クラッシャー!」

ドガガガガ!

ぐぎゃあああ!

空中に浮かび上がった大きな青い光のドリルは、ヨーゴス軍団首領のボディーをまるで砂糖菓子を崩すかのような勢いで一気に貫いて消えた。

聞いたことがないようなタレナガースの悲鳴が上がり、エディー・エボリューション必殺の大渦弾はタレナガースのボディを直撃してその破壊力のすべてを遺憾なく発揮したのだ。

背後からマキチラースにがっちりと支えられたまま両手をダラーンと垂らしたタレナガースは、そのまま真横にドサリと倒れた。

「あややや!タレちゃんんん!?」

ようやく異変に気づいたマキチラースはいつの間にか無残に変わり果てた盟友の姿を見て呆然としている。

離れてみていたヨーゴス・クイーンも慌てて駈け寄った。新たに結成したタレマキ・ペアなら万に一つもエディーなんぞに敗れるはずはあるまいとたかをくくっていたのだが、思いもしなかった展開にすっかり動揺してしまっている。

仰向けに倒れているタレナガースを覗き込んだクイーンが「ひっ!」と息を呑んだ。

タレナガースの胸は渦パワーの巨大な青い光のドリルに貫かれて大穴が開き、倒れた体の下からはどす黒い体液が流れ出しコンクリートの上に溜まりを作っている。シャレコウベの目や口からもダラダラとタールのような体液を流している。ダメージの大きさははかりしれない。命にかかわる重篤な状態であることはひと目でわかった。

「タタ、タレ様?。。。タレ様が。。。タレ。。。」

あまりのことにヨーゴス・クイーンは腰が抜けたのか、ぺたんとしりもちをついてしまった。にわかには動けそうにない。

そのようすを見ていたマキチラースはカァッと頭に血が上った。

「よくもよくもタレちゃんを!」

ひとりになったマキチラースはエディー・エボリューションを睨みつけた。全身からゆらゆら立ち昇るいつもの瘴気が怒りのオーラに見える。目玉のない眼窩から怒りの炎を噴き出さんばかりだ。赤いトサカがピンと天を突いている。

「ま、待ちやマッキー。そなたひとりではエディー・エボリューションには敵わぬ。。。」

「止めるなっ!」

ゴオ!

ひと声吼えるや、マキチラースは剣身がうねうねと蛇行したダガーナイフの如きツメを突き出して戦いを挑もうとして。。。止まった?

動力を失ったゼンマイじかけのおもちゃのようにエディー・エボリューションの前でぽつんと立ち尽すマキチラース。いったい何がおこったというのだろう?勝利の好機を目の前にして、エディー・エボリューションもじっとマキチラースのようすを伺っている。

「これ。。。マッキーや、いかがした?」

ヨーゴス・クイーンがマキチラースの背後から恐る恐る声をかけた。

すると初めてマキチラースの肩がわずかにピクリと動いた。そろりそろりと首から上が後ろを向いた。

「ひっ!?」

振り返ったマキチラースの顔を見てクイーンは腰を抜かした。

ドクロの顔がこけている。水分を抜かれたいびつなミイラのようにも見える。

「あ。。。あねご。。。よ、よろいが。。。この、この、よろ。。。い」

マキチラースが困惑した表情で自分の体を覆うドクロの胴鎧を指さした。

それはエディーとの初戦でタレナガースがマキチラースに与えた髑髏丸という名の不思議な鎧だ。何度攻撃されようともあるじの身を守るために再生する。敵にとってはかなり厄介なアイテムだ。

その名の通り巨大なドクロの形をした鎧の目の部分が黒い光を明滅させている。

「う。。。チカラが。。。抜け。。。て。。。」

ついにマキチラースはその場にガクリと膝をついた。

「エディー、これって。。。?」

エリスも不思議そうにマキチラースのようすを観察している。

凶悪な面相であったマキチラースの相貌はムンクの叫びのように痩せこけ、文字通り150年前のミイラのようになってしまった。

「よ。。。よ。。。」

マキチラースは力が抜けて思うように動かぬ両手で何とかこの胴鎧の紐をほどこうともがいている。しかし鎧の方はまるでマキチラースの体にしがみついているかのようにいっこうに離れない。

ついにマキチラースは力なく裏返った声で断末魔の叫びを上げた。

「ヨロイに喰われるうう。。。。。。。。」

不気味に明滅を続ける胸の髑髏丸は気のせいか白い表面が妙に艶々としている。してみるとこの胴鎧は今まで再生しながらも守り抜いてきた装着者を今になって裏切り、今度はその精気を体いっぱいに取り込んでしまったのか。

頼りにしていた胴鎧の餌食にされてしまったマキチラースは、バランスを崩した人形のようにガシャリと地面に倒れこんだ。

―――鎧に喰われる。。。だと?

今やヨーゴス軍団の首領と大幹部クラスのふたりが目の前に倒れている。信じられない光景だ。

―――終わったのか?この戦いは。。。?

だがエディーもエリスも勝利の達成感は微塵も感じていない。まだ何か、何かが起こるような気がする。

その時、マキチラースの体の上で黒い光を放っていた髑髏丸が突然「がああああ」と鳴いた。

耳を覆いたくなるような声だ。エディーもエリスも咄嗟に身構えた。

そうだ。まだこの鎧が残っている。やはりまだ終わってはいなかったのだ。

髑髏丸はマキチラースの精気を吸い上げて艶々になったドクロの堅い顔を歪めて「にやり」と笑った。するとマキチラースの首と腰にまわされて結んであった紐がひとりでにほどけて不気味な胴鎧はシュッと宙に舞った。

「むっ?一体全体何が始まったんだ?」

エディー・エボリューションも用心して迂闊に手を出さず、ただ成り行きを見守っている。

ふわりと宙に舞い上がった髑髏丸はかつてのあるじタレナガースの姿を認めると、まるで目に見えないレールの上を走るかのように滑り降りて深手を負ったその体の上にスゥと乗った。首と腰にするするとひとりでに紐が回りきゅっと締まると、髑髏丸の表面が再び黒光りし始めたではないか!?

黒い光はまたもや明滅しながらタレナガースの体内に向けて浸み込むように消えてゆく。

光が放たれ、タレナガースの体へ。また放たれ、また体へ。まるで鎧の中に蓄えた何かをタレナガースにせっせと運び込んでいるように見える。

つまり。

「吸い上げたマキチラースの精気をタレナガースに注入しているのか!?」

渦戦士たちも今までヨーゴス軍団にはこの世の理を逸脱した不思議なものをたくさん見せられてきたが、こんなのは初めてだ。

精気が失せ、まるで軽石のようにガサガサになっていたタレナガースのシャレコウベヅラに少しずつ艶が戻ってきているのがわかる。

「馬鹿な!あれだけのダメージを受けていながら蘇るというのか!?」

エディー・エボリューションはタレナガースの底なしの生命力を見せつけられて背筋に寒気を感じた。

「仲間の精気を奪って我が物にしようとしている。。。」

まったく信じられない。そんなことができるなんて、いや、そんなことをするなんて。エリスは口元を押えて心の底から湧き上がるおぞましい気持ちと戦っていた。

ついにタレナガースの体がぴくりと動いた。今や「生前」のヤツと遜色ない不気味さを全身に湛えている。

ううう。。。むうう。。。

まだ少し苦しそうなうめき声と共に、タレナガースが上半身を起こしたではないか。

「くそ。往生際の悪いヤツめ!」

エディー・エボリューションがソードをかざして襲いかかろうとすると、タレナガースとの間にヨーゴス・クイーンが立ちはだかった。フルレベルの電撃ハリセンをかざしている。

倒せぬ相手ではないが、今のクイーンの凄まじい気迫にエディー・エボリューションは足を止めた。命を懸けて首領を守らんとする大幹部の覚悟のほどが伝わってくる。

その間に、タレナガースはゆっくりと立ち上がった。

「ふぇっふぇっふぇ。ご苦労じゃったヨーゴス・クィーン、もうよいぞ」

銀髪のシャレコウベ怪人は相棒を下がらせてエディー・エボリューションの前へ歩み出た。胸につけている髑髏丸の表面を愛おしそうに撫でながら体をゆすって笑った。

「見たか。これこそ余が愛用の鎧、髑髏丸の真骨頂である。ご心配をおかけしたがもうすっかりよいぞ、ホレこのとおりじゃ」

おどけて右腕をグルグル回して見せる。まったく嫌な奴だ。

「貴様、仲間の精気を吸い取ってまで生き永らえたいのか。つくづく見下げ果てたヤツ!」

エディー・エボリューションは怒りに震えた。タレナガースの汚いやり口は今まで散々見せられてきたが、何度見せられてもはらわたが煮えくり返る思いだ。さきほどまで合体瘴気などと言いながらこの外道と共に戦ってきたマキチラースが哀れに思える。

「ふぇっふぇっふぇ。そう褒めるな。こそばゆいではないか。マキチラースは共に戦うた仲間ではあるが、かと申して己の体が滅んでしもうては元も子もあるまい。ま、このようなこともあろうかと、あらかじめ余の分身とも言うべきこの鎧をあやつに着けさせておいて大正解じゃ。タレちゃんさすが!」

もう聞いちゃいられない。

そんなタレナガースを、ヨーゴス・クイーンは相も変わらず尊敬のまなざしで見上げている。「そうじゃそうじゃ」と言いながら阿波踊りを踊りだした。

もう見ちゃいられない。

「アツくなっちゃダメ!あいつらの仲間うちのことなんか放っておきなさい、エディー・エボリューション。とにかくこれで合体瘴気の危険は去ったってことよ。今度は思いっきり反撃しちゃって!」

エリスの指示にエディー・エボリューションは頷いた。怒りは冷静な判断を狂わせ目を曇らせる。エディー・エボリューションはひとつ深呼吸をしてソードを握りなおした。

―――ケッ!

その様子を見ていたタレナガースは腹の中でエリスに毒づいた。あの女は戦いにおいていつもエディーをベストな状態に戻しやがる。まったく。。。

「ここは退くぞよクイーン」

タレナガースは渦戦士たちから視線を外さず用心深く後ずさりしながら、踊り狂うヨーゴス・クイーンの手を取った。冷静に戦いに臨もうとするエディー・エボリューションを正面から迎え討ってもろくなことにはならない。こちらも冷静だ。

かあああ!

キバの間から盛大に瘴気を噴き出すと、まるで煙に溶け込むかのように姿を消した。

 

(6)これからのこと

「タレナガースの瘴気、海風に吹き飛ばされちゃったね」

「ああ。いつもの、普通の瘴気だ」

エディー・エボリューションとエリスは顔を見合わせて笑った。

タレナガースとヨーゴス・クイーンが姿を消すや否や、まるで大気全体がホッとしたかのように海風が吹き始めたのだ。

その時、エリスが気づいた。

「あら?マキチラースの遺体がないわ」

「本当だ。きっとクイーンが連れて帰ったんだ」

そう、タレナガースに集中していて気づかなかったが、マキチラースのしなびた遺体はヨーゴス・クイーンが素早くひっ掴んで持ち去っていた。

嫌な予感がした。

「ねぇ、また蘇るのかな?」

「いや、恐らくそれはないだろう。もし蘇ったとしてもまた150年後ってことじゃないかなぁ?」

「でも、150年後は確実にやってくるのよね。私たちのいない150年後。。。」

エリスはどこまでも不安なようだ。エディー・エボリューションはそんな相棒に明るく笑って言った。

「俺たちじゃなくったって、誰かがいるさ。150年後の徳島をしっかり守っている誰かがね。もしかしたらここに住むすべての人たちが立ち上がるかもしれないぜ」

エリスの表情がぱっと明るくなった。

「そうね、きっとそうだわ。今ここに私たちがいるように、150年後にはもっと強いヒーローが!」

瘴気も晴れて、頭上には気持ちの良い青空が広がっている。空を見上げながらエリスはひとりごとのように言った。

「ねぇ、私、いつかここに本物の移動遊園地を呼びたいなぁ」

「え?」

「今回はタレマキ・ペアをおびき出すためとはいえ、たくさんの子供たちに嘘をついてがっかりさせちゃったじゃない?その罪滅ぼしをしたいのよ」

エリスは、今回の移動遊園地ニセ情報作戦を口にするまでかなり渋り続けていた。敵をだますにはまず味方からというが、結局たくさんの子供たちをぬか喜びさせてしまったことを今も後悔している。

「呼ぼうか、本当に」

「えっ出来るの?そんなことが」

エリスがぴょんと跳ねた。

「他県のローカルヒーローにたしかサーカスの団員がいたはずなんだ。サーカスはよく移動遊園地と一緒に興行するから、きっと知り合いのマネージャーを紹介してくれると思うよ」

エリスは最高の気分だった。

この激しい戦いの舞台に近いうち本当に移動遊園地がやってきて、子供たちの歓声でいっぱいになる日を想像して心がはずんだ。

 

一方こちらはさきほど憎っくきエディーらと激闘を繰り広げたシーサード・パークからさほど離れていない堤防の上だ。

「タレ様や、これはどうしようかのう?」

「うん?なんじゃクイーン、そのようなものを持ってきたのかや」

ヨーゴス・クイーンがひょいと持ち上げたのは大きな干物のような物体だ。それは全精気を吸い出されてカサカサに干からびたマキチラースの遺体だった。

我らが首領殿が蘇ったは良いが、盟友であったマッキーの「抜け殻」をそのままにしておくのはさすがに気が引けた。持ってみると可笑しいくらいに軽い。

「またどこぞの古井戸にでも放り込んで150年熟成すれば、忘れた頃に蘇って何かの役に立つやも知れぬ」

「フン、なにやら財形貯蓄のような話じゃのう。ううむ、どうするか。。。?」

タレナガースはクイーンからマキチラースを受け取ると目の高さまで持ち上げてしげしげと眺めた。

150年前は侍に殺され、蘇った今度は盟友たるタレナガースに騙されて滅びたか。

―――ま、そういう定めのヤツは何度蘇ってもそういうことになるのじゃろうて。

海風がタレナガースの銀色のドレッドヘアを揺らす。首領は忌々しい陽光を反射してキラキラ光る海面を眺めてしばらく考えていたが。。。

「面倒くさいわい」

と言うなり、干からびた盟友をポイと海の中に投げ込んだ。

ポチャン。

海水の中を左右に揺れながら沈んでゆくマキチラースの体を無数の小魚がつつき始めた。

<完>