渦戦士エディー
激闘!五番勝負
【一番勝負】対ハリネズミ怪人
戦いはもう1時間近く続いている。
シュトトトトト!
細長い銀色の針が次々と地面に突き刺さる。針は着弾の衝撃でブルブル揺れていたが数秒でジュウウウと蒸発するように消えてなくなった。その跡に音もなく立ったのは全身を銀色の細く長い針で覆われたハリネズミの怪人であった。顔といわず腹といわず、背といわず手足といわず、とにかく全身が銀色に揺れている。例外的に針が生えてないのはただ手のひらと足の裏だけのようだ。そして血のように赤い双眸が針の茂みの中から「獲物」をじっと見つめていた。
だが「獲物」のほうでも狩られているつもりはまったくないようだ。針を避けはしても決して逃げようとはしていないし、なにより怯えの気配が微塵もない。むしろ戦いを挑んでいる。
黒いボディを銀のマスクとアーマが覆っている。手首、足首、ベルトなど赤いラインが精悍なイメージを醸す。額と胸には彼の活動エネルギーの源である渦パワーの青が煌いている。胸のコアは内に秘めた戦闘スピリッツの象徴のようだ。彼こそは、徳島を悪の怪人どもから守る守護神たる渦戦士エディーである。
キイイイイイ!
銀のハリネズミ怪人が獲物に飛びかかった。飛び道具だけがヤツの得意技ではないのか?!それにしてもエディーに真正面から格闘戦を挑むとは?!よほど戦闘力に自信があるのだろう。ましてこの怪人は先刻より片言の日本語でエディーを「エモノ・エモノ」と呼び続けている。
シュッ!
ハリネズミ怪人が五指を揃えてエディーの喉へ突き出した。
―――くっ、あいかわらずなんて早い攻撃なんだ!
この怪人の持ち味はエディー同様早さなのだ。その速さを極めた渦戦士と互角の速さを発揮するとは?!
刃物のようなツメを間一髪でかわすとエディーは伸びきった敵の右腕に自らの右腕を絡ませると一気に体重をかけてグキリとハリネズミ怪人の肩をありえない角度に曲げた。
ギョオオッグエ!
肩に深刻なダメージを受けて一瞬怪人の苦鳴がとどろいたがエディーの拳がアゴと顔面にヒットして呻き声すらあげられずに数メートル吹っ飛んだ。
たたみ掛けようとするエディーに向けて、すぐに上体を起こしたハリネズミ怪人の銀の針が飛来した。
エディーは咄嗟に手刀で数発を叩き落したが右胸と右肩、左右の足に数本の針が命中した。
ジュウウウウウ。
「ぐ、ううう」
針は刺さると数秒で蒸発したが、今度はエディーの苦鳴があがった。ヤツの針はここまでにもう十数本エディーの体にヒットしている。面倒なことにこの針は蒸発と同時に強力な酸に変化するのだ。刺さった傷口に強酸をかけられたと同じ痛みがエディーを苛んでいる。一撃必殺ではないものの、少しずつエディーの俊敏性や破壊力を削いでゆく。さらに厄介なことにハリネズミ怪人の体を覆う針はどの部位からでも発射されるため背後をとっても油断できない。
―――だが、恐れていては勝負にならない。このまま時間が経てば絶対こちらが不利だ。
この戦いでハリネズミ怪人の能力を知ってから飛来する針を避けることに腐心してきたが、どうしたって少しずつ体に当てられてしまう。強酸で傷を焼かれる痛みは全身にわたっていて、もはやどことどこに傷があるのかすらよくわからない。だが痛みを感ずるうちはまだまだ戦えるはずだ。
エディーは呼吸を整えてあらためて全身に渦のエナジーをめぐらせると、両の手のひらを向かい合わせてその中に青いソードを練成させた。
「恐れずに打ちこむ。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれだ!」
エディーはジグザグに高速移動しながら銀の怪人に迫った。
邪気に満ちた赤い目がニヤリと笑った。真正面はこやつにとって最も攻撃しやすい方向だ。両手を大きく左右に開くと体前面のすべてのハリがクイと持ち上がって「エモノ」に向いた。
音もなく射出された針が横なぐりの雨のように降り注ぐ。エディーは神速の体さばきで飛来する針をかわしつつ、手にしたエディー・ソードを回転させて残りの多くを弾き飛ばした。
それでも何本かの針が命中し、目まいがするほどの激痛の中をエディーは走った。遠のく意識を前だけに集中させると、周囲の景色は霞んでターゲットの怪人のみが視界の中に浮かび上がってきた。
「勝負!」
エディー・ソードを横一文字に払いつつエディーは駆け抜けた。
最後の瞬間、ニマリと笑い続けていたハリネズミ怪人の目が恐怖に見開かれた。
そして、エディーの意識もそこで途絶えた。
【二番勝負】対ハゲワシ合成怪人
「あれがヘッジホッグを斃したヤツがいるところか」
徳島行きのフェリーのマストに立つ「影」が口をきいた。
真上から初夏の日差しが刺している。影が出来るような場所ではないのだが?
「そうだ」
「にわかには信じられぬな。ヘッジホッグの戦闘力はA級だぞ。ローカルヒーローとも何度か戦って勝利している」
マストの根元にも別の「影」が蠢いた。よく見ればほかにも「影」が蹲っている。だがその正体は人の目には映らない。
「行けばわかることだ」
別の声がその場をまとめた。
フェリーは湾内へと進入していった。
「ヒロ、本当にもう大丈夫なの?」
いつもの喫茶店の奥の席でヒロとドクはピザトーストセットをパクついている。
ドクが心配げなのももっともだ。エディーことヒロは、突如現れて襲いかかってきた銀色のハリネズミ怪人との戦闘で意識を失ってから丸2日間体を起こすことが出来なかったのだ。なんとかハリネズミ怪人をエディー・ソードで真っ二つに切り裂いて勝利したものの、エディーも深手を負った。渦のエナジーで構成された堅固なアーマを纏ってはいるが、傷による高熱に苦しめられていたのだ。この2日間、ヨーゴス軍団が悪さをしなかったことが幸いだ。
「大丈夫さ。もう熱も下がったし、とにかく腹が減っていてもたってもいられなかったんだ」
ヒロはみるみるピザトーストを平らげてつけ合せのポテトをつまんでいる。
「でもまだ本調子じゃないんだから無理しないでね」
ドクはすぼめた口からチーズの糸を長く引きながらヒロの顔を指差した。
「だけど、この間のハリネズミ怪人、いったい何者だったのかしら?ヨーゴス軍団のモンスターとはちょっと違うような気がするのよ」
「たしかにタレナガースが送り込むモンスターとは思えなかったな。例の活性毒素から形成されたボディーとも思えなかったし、第一あの強さは幹部級のものだよ」
「いったいどこからやって来たのかしら。。。?」
ふたりはコーヒーカップを持ち上げたまま動きを止めて考え込んだ。
謎の強力怪人の出現はいつになくふたりの胸に暗雲を呼んでいた。
「とにかくローカルヒーローズ・ネットワークに問い合わせてみるわ。何か情報があるかもしれない」
エリスはその日のうちに各県のローカルヒーロー専用情報交換サイトにハリネズミ怪人の特徴を詳細に報告して情報を求めた。
だが、これという情報を得られぬうちにふたりは次なる敵の襲来を受けた。
ビュビュビュ!
ザザッ!ブオオオオン!
上空から飛来する光るつぶてのようなものを巧みによけながらエディーはウェイバーを最高速で走らせていた。
エディー専用高機動水上バイクが川面を斬って飛ぶように進む。エディーの足元は濡れているが、独特の高速走行スタイルは驚くほど飛沫を上げない。
ウェイバーが超高速走行を強いられる原因は上空にあった。
人よりも大きな鳥が飛んでいる。翼を広げた大きさは3メートル以上ある。全体の姿はハゲワシだが、頭は狼のようだ。狼とハゲワシの合成怪物、キメラバルチャーだ。
キメラバルチャーの頬がプクっと膨れると狼の口からキラキラと光る何かが吐き出され、ほぼ真横へ回避したウェイバーの左側に着弾して小さいしぶきを上げた。
―――危ない危ない。エリスのサポートがなければあの液体ナイフの餌食になっちまう。
エディーはウェイバーを巧みに操りながら前方に意識を集中させている。上空からの攻撃をよけるタイミングは陸にいるエリスからの指示によるものだ。
40分ほど前。
サイドカーをつけたヴォルティカでエリスとともに県内パトロールを行なっていたエディーの前に、いや上に、突如猛禽類型モンスターが現れたのだ。前口上も何もなく突然攻撃をしかけてきた。
「私たちに攻撃しかけてくるんだから、その時点でワルモノ決定!」
エリスの言葉で戦闘開始の大義名分は揃ったようなものだ。ただちにエディーも迎撃態勢にはいった。
ひとけのない場所でヴォルティカを停め上空の敵に対峙したエディーに対して、敵モンスターはあくまで高空からの攻撃に徹した。
翼を大きく開いて地上10数メートルのあたりで滞空している。首から下はまるで豪奢な羽毛の外套を纏ったようだが、頭部は猛々しい狼だ。赤い目が怒りの視線を眼下のエディーに送ってくる。
ガルルルルル!
時間と共に狼の頬が少しずつ膨らみ、その膨らみがいっぱいになった頃あいで「カッ!」と口から半透明の「何か」を吐き出す。その「何か」はアーチェリーの矢ほどの速さで襲いかかる。
―――わ、唾吐きやがった。
はじめエディーは攻撃に対する用心よりも、口から吐き出された汚いものを本能的に避ける形で飛来する「何か」をかわした。
ザシュ!
だが驚いたことにその「何か」をくらったエディーの背後の直径15センチ以上ある街路樹の幹がスッパリと切断されて倒れたではないか。
「液状のナイフなのか?!」
エディーの体に緊張が走った。汚いだけじゃない。ひっかけられたらエラいことになる。
カッ!
ビュビュ!
大きく開かれたオオカミの口から半透明の物体が2発立て続けに吐き出された。
頭上から撃ち下ろされる液体ナイフを軽快なステップでかわすエディーだったが、現状のままではこちらから攻撃する手段がない。エディーにはエディー・ソードの斬撃から放つ必殺のタイダル・ストームという飛び道具があるが、それを放つには集中力を高めて渦パワーを全身にみなぎらせ、エディー・ソードを敵めがけて全力で振り切らねばならない。あの飛行型モンスターにうまく命中させられるかどうか疑わしい。第一、発射させるまでの間にヤツの液体ナイフをいいように当てられるだろう。
「エディー。足を止めて戦うのは不利だわ。走って!走るのよ!」
サイドカーのエリスからのアドバイスに頷くとエディーは再びヴォルティカに跨って急発進させた。
地対空の攻撃オプションを持たないエディーはひたすらヴォルティカをジグザグに走らせて上からの攻撃を回避し続けた。サイドカーのエリスは上空の敵の位置を確認しながらも、振り落とされないようにと必死だ。とにかく走れとエディーに指示したものの、さてこの後どうすればよいものか?
「エディー、きゃっ!これからどうしよう?うわっ!このまま逃げ続けてばかりじゃ、ひっ!どうしようもないわっとっと」
「エリス、ここから一番近いウェイバーの秘密格納庫までどれくらいある?」
上空からまたも液体ナイフが飛来して、エディーは体重を大きく左へ傾けながら聞いた。
「吉野川沿いのエリアF・ポイント22にある格納庫にタイプCがあるわ。ここからだと20分ほどね」
大きく揺れるサイドカーの中でナビを操作してエリスが応える。
「オッケー。ウェイバーの前方ソナーを最大感度に上げて障害物を回避させながら、微速でエリアG・ポイント08の橋脚付近へ寄越してくれ」
「ラジャー」
―――なるほど、川か。たしかにこのままだと周辺の被害が大きくなるばかりだわ。
上空からの攻撃の9割以上はエディーの絶妙なハンドリングでなんとかかわしている。しかしかわされた液状ナイフは舗装道路に穴をうがち、道沿いの街路樹や分離帯の植え込みを切り裂いた。キメラバルチャーがエディーに狙いを定めていることがかえって幸いしているが、こののち通行人や対向車、家屋にまで被害が及ばないとも限らない。
15分後。
エリアG・ポイント08の橋にさしかかった時、ヴォルティカは液体ナイフを何発か当てられて白煙を上げていた。エディーの左肩のアーマも破損、消失している。
ウェイバー・タイプCは既に橋脚のすぐそばでスタンバイしていた。水上のグレイハウンドはアイドリングの低い唸り声をあげながら主人の到着を待っている。
「エリス、ヴォルティカを頼む!」
そう言うやエディーはまだ完全に停止していないヴォルティカからジャンプして橋の欄干を越えて吉野川へダイブした。間髪をいれずウェイバーが猛然と走り出す!その後を追って頭上のキメラバルチャーも川の上へと飛び去った。
ここからバトルフィールドは水上へと移った。
吉野川の下流へとむけて飛び去るモンスターの姿を見ながら、エリスは首を傾げた。
「今度もまたイキナリ襲ってきた。。。この間のハリネズミといい今度のハゲワシといい、いったい何が目的なのかしら?」
―――いけない、今はとにかくエディーを追わなきゃ。。。
少しの間考え込んでいたエリスはサイドカーからヴォルティカのシートへ移ると少しぎこちなくスーパーバイクを発進させた。
白煙を上げるヴォルティカは本来の性能を発揮できずにいたが、そもそもエリスではフルパワーのヴォルティカを一般道で走らせるには少々無理がある。それでもエリスは吉野川沿いの道を東へ進んだ。
ヴォルティカに搭載された最新式のオートパイロットシステムを駆使し、エリスは吉野川と並走しながらふたりの戦いを観察した。いやむしろエディーの上空にいるキメラバルチャーに関するデータを可能な限り集めてエディーに送った。
キメラバルチャーはエディーを追撃し始めてからずっと彼の後方を飛び続けていて決して前に出ようとはしない。常時エディーの死角に身を置いているのだ。
―――ずる賢いヤツだわ。。。でももしかしたら、案外エディーの反撃が怖いのかもしれないな。
エリスは考えた。考えて、考えた。
ウェイバーの前方に吉野川橋が見えてきた。交通量が多い県道39号線をヤツに横切らせるのは避けたいところだ。
一方でキメラバルチャーは苛立っていた。
こいつの常套手段は敵の死角となる上空から地上のエモノに向って一方的に攻撃を仕掛けることだ。わざと少し狙いをはずして撃つと、エモノは怖がって手足をバタつかせて跳ね回る。まるで踊っているようだ。しばらく踊らせておいてからトドメをさすのも面白いが、ジグザグに逃げるエモノを狙い打つのはもっと興奮する。
だがこのエモノはひと味違っていた。当ててやろうと狙って撃っても当たらない。絶妙のタイミングで真横に移動したり突風のように加速してこちらの攻撃をかわしてしまう。陸上であれ水上であれ空を飛ぶ自分を翻弄するほどのエモノには今まで出会ったためしがない。さすがはヘッジホッグを斃しただけのことはある。バイクで逃げている間も、水上バイクで逃げている時も、こちらの予想を上回る機動性を発揮する。
キメラバウチャーはいたぶることを諦めて、いつしか真剣にエディーを狙いはじめていた。
そしてそのようすをエリスはつぶさに観察していた。
―――それにしてもヤツが頬にため込んでいる液体ナイフの力の源はどこにあるのかしら?唾液?ううん、なんか違うような?
その時エリスは気づいた。
液体ナイフを数発放った後、キメラバルチャーは大きく羽ばたいて必ずいったん上空に舞い上がっている。あれは攻撃のためのパワーを使い果たして無防備になった自分を一旦敵から遠ざけようとしているのだと思っていたが。。。
「そっか!羽ばたきによる羽根の振動だわ!エディーは攻撃できないことをヤツもとっくに知っているはずだから全弾撃ちつくしたからといっていちいち上空に避難する必要なんてない。あるとしたら急いで羽ばたいて羽からの振動派を頭の中にある何かの器官に送り込んで唾液を鋭いナイフ状に加工しているに違いないわ。エディー、あの羽ばたきのクセをなんとか逆手に取れないかしら?」
「オッケー。やってみるよ。幸いこのウェイバー・タイプCには後部に面白いオプションが搭載されているからな」
エディーはステアリングにセットされているスイッチボックスのフタをパチンと開けた。中には小さなボタンが6つ1列に並んでいる。
ビュビュッ!ビュビュッ!ビュビュッ!
3連発の液体ナイフが川面に突き刺さって消えた。
―――5発撃った。
エディーはウェイバーのスロットルをわずかに閉じて上空でホバリングするキメラバルチャーとの距離を敢えて縮め、6つ並んだボタンの一番右端を親指で押し込んだ。
バシュッ!
ウェイバーの後部から短い炎と共に信号弾が発射された。勘で発射された信号弾は大きく広げたキメラバルチャーの右翼をかすめてわずかに上方で破裂し、赤い煙を噴出した。命中はしなかったものの、思わぬ攻撃に驚いたモンスターは大きく後方へ飛んでエディーから距離を取った。
その間に再びスロットルを開いてエディーは一気にモンスターとの距離を取った。
―――さぁ追って来い。だが今の一発で少しはビビっただろう?今までのようにホイホイ撃ってはこられないはずだ。
エディーの思惑通り、液体ナイフの発射間隔が間延びしたように思われた。
それでもエディーはウェイバーをジグザグに走らせながらエリスからの指示を待った。
背後の上空で少しずつ少しずつバルチャーが距離を詰めてくる。
「今よ!」
エリスの指示でエディーは2つ目の発射ボタンを押した。
バシュッ!
ふたたびウェイバー後部から信号弾が打ち上げられた。が、今度のは一発目よりも照準が甘い。バルチャーの2メートルほど左側で炸裂して黄色い煙を噴き上げた。だがこれはエディーの秘策だった。1発目よりもわざと少し狙いをはずしたのだ。これでバルチャーはエディー、つまりエモノが目算で信号弾を打ち上げていることを確信するだろう。それに信号弾に対して目も慣れたはずだ。
それからエディーは3発目の信号弾を撃った。
2発目と同じような狙いのはずしかただった。今度は青い煙がバルチャーの後方で渦を巻いた。
―――フフン。
バルチャーはほくそ笑んだ。何発撃つのかは知らんが、この程度なら怖れることはない。
―――何事かと用心したが、そろそろ終わらせてやる。
1発目で驚かされたために高度を上げていたが、バルチャーは高度を下げてエディーの頭上10メートルくらいのあたりを飛行した。この距離からならエモノがジグザグに走行しても狙いをはずすことはない。
羽根のはばたきが頬の唾液に振動を与えて無敵の兵器に変えてゆく。今回のエモノはよく楽しませてくれた。だがもうよい。終わらせる。
もっとも破壊力のある初弾を当ててやる。バルチャーは空中で喉を反らせた。
「エディー、来るわ!今よ」
エリスの指示でエディーは4番目のスイッチを押した。
バシュッ!
4発目に打ち上げられたものはバルチャーの少し前方に飛来した。
―――バカめ、どこを狙っている。
シュルシュルと上昇した4発目はパン!と破裂するとまばゆい光を発した。
4発目の信号弾は発煙ではなく閃光を発するものだった。
パパパパパパパパ!
グギャッ!これは?!
光の洪水がバルチャーの目を瞬時に潰してしまった。視界がホワイトアウトしたバルチャーはオオカミの顔を後方に背けてその場で滞空した。
その機を逃さずエディーはウェイバーの機首を反転させ、波をジャンプ台にして思いきり跳んだ。
さまざまなギミックを搭載した重量級の大型水上バイクを水面から数メートルもジャンプさせ、そのウェイバーを空中でさらに強く蹴って、エディーは一気に上空で停まっているバルチャーめがけて跳躍した。ウェイバーとエディー自身による二段ジャンプだ。
水面から約10メートル上空で視力を失って動けずにいたバルチャーは、突然何者かに飛びかかられて慌てた。頼みの翼をつけ根から強く押さえ込まれ羽ばたくことができない。
―――いったい何事が起こっているのだ?!
「今日は泳ぐにはいい日和だぜ」
耳元でその声を聞いたバルチャーは、はじめて眼下にいるはずの「エモノ」に体を抱え込まれたのだと気づいたが、その時にはもうすべてが遅かった。
羽ばたきを封じられ浮力を失ったバルチャーはエディーもろとも吉野川に落下した。
バッシャーン!
派手にしぶきを上げて、ふたりは水中に没した。
水面からの光がどんどん弱くなってゆく。周囲には大量の泡が湧いて、慌てるとどちらが上なのか下なのか判別が出来なくなる。
エディーは落下する寸前いっぱいに息を吸い込んだためまだ余裕がある。本来水に由来する渦のエナジーも彼の肉体をサポートしてくれるだろう。
―――こっちは最大20分ってとこか?
エディーはバルチャーの翼を両腕でがっちり抱え込んで羽ばたけない状態を保ちつつ、オオカミのキバによる攻撃を警戒していた。しかし敵は閃光による目潰しと、恐らく今まで経験したことのない水中への落下によって明らかにパニックに陥っていた。口を大きく開き舌をだらしなく延ばした顔を闇雲に振っている。
このキメラモンスターの肉体構造も生態もわからないため、窒息するのかどうかは疑問だ。だが、大きく開いた口から流れ込む水で体内が満たされて行くのがエディーにも感じられた。飛行することがコイツの自慢なら、最大の攻撃であり防御であるのなら、水で重くなる体は都合が悪かろう?その羽は水鳥のように水を弾くようになっているのか?口の中の液体ナイフを発生させる器官は水中でも機能するのか?
―――さあ根比べだ。どこまでもつきあうぜ。
暗い水の底へ沈みながら、エディーは相手の翼を押さえ込む腕にさらに力を加えた。
エディーは不意に相手の体が軽くなったような気がしてその体に顔を近づけた。
パキ。。。パキパキ。。。カサササ。
キメラバルチャーの体内で何かが砕けるような感触が伝わってくる。抱え込んだ体がまるで圧をかけられた紙の箱のように潰れてゆく。
―――体が崩れ始めた?組織が水によって崩壊しているのか?
よく見れば全身を覆う羽も白っぽく石化したようになり、締めつけるエディーの力でボロボロと砕け、川の水に溶けてゆくではないか。
ここではじめてエディーはキメラバルチャーの体を解放した。悶絶したオオカミの顔も、体全体を覆う長く大きな羽も自慢の翼も、白く変色して水の中の角砂糖のようにポロポロと崩れ溶けてゆく。
それはまるで、豊かな吉野川の水が超自然の呪われた存在を浄化してゆくかのようだ。
やがて、ほの暗い川の中でひとりになったエディーはゆっくりと浮上し始めた。
次第に明るさをましてゆく中で水面を見上げたエディーの視線の先に、じっとあるじの帰還を待つウェイバーの船底が見えていた。
「バルチャーが負けた」
「なぜだ?姑息な戦法だが、ヤツが敗れるわけはなかろう。敵も飛ぶのか?」
「わからぬ」
「フン、油断したのだ。ヤツはエモノを攻撃しながら遊ぶクセがあるからな」
「もう一度エモノをよく研究せねばならぬようだ」
【三番勝負】対怪力バイソン怪人
「その後ローカルヒーローズ・ネットワークから何か情報は得られたかい?」
ヒロの問いにドクは「う〜ん」という唸り声で応じた。
ランチタイムの喫茶店はほぼ満席だ。すぐ隣にもお客さんが座っているので、ふたりはいつも以上に声をひそめている。
「この間のハリネズミヤローについては6件ヒットしたわ。たぶんアイツで間違いないと思うのよ、ホラ」
ドクはタブレットをテーブルごしにヒロに渡した。
そこには全国のローカルヒーローたちからの戦闘レポートがズラリと並んでいた。ドクの問いにヒットした報告例が自動でピックップされてくるが、関係ないものも含まれておりよく吟味しなければならない。サイトを運営しているのも現役のローカルヒーローなので、忙しいせいか全国から連日送られてくる情報をうまく管理しきれてはいないのが現状だ。
それらをじっと読んでいたヒロは「ヒーロー側の4敗2分か。。。」と呟いた。
「そう。他にも戦闘記録はあるかもしれないけれど、エディーに斃されるまでは負け知らずだったみたいね」
「これによると敗れた仲間達も幸い命に別状はないみたいだが、重傷を負ってまだ入院中の人もいるんだね。まぁ斃せたとはいえ、俺もその後しばらくは動けなかったからなぁ。本当に手ごわいヤツだったよ。それであの鳥オオカミについては?」
ヒロはドクにタブレットを返してさらに尋ねた。だがドクの答えは芳しいものではなかった。
「飛行型モンスターの被害についてはいくつか報告があがっているけれど、はっきりとしたことは言えないようね。もともと類似したモンスターはいくらも存在しているし、急に現れて上空から襲撃されたんじゃ詳しいことを見極めるのは大変だと思うの」
「そうだな。俺にはエリスがいてくれたからヤツの特徴を冷静に観察してもらえたけれど、ひとりで戦う連中にとっては厄介すぎる相手だった」
ふたりの前に注文してあった激辛カレーセットが運ばれてきた。
「あのハリネズミと鳥オオカミには何か繋がりがあるのかな。。。わっ辛い!はひぃぃ。。。水!」
「わからないわ。でももしもハリネズミを斃したことでエディーの存在がモンスターたちに広まったんだとしたら。。。うわ辛!はぁぁぁ。。。水!」
「はひはひ。。。だとしたら他にもこの徳島に。。。ひいひい。。。やって来る。。。ゴクゴク」
「ふうふう。。。その可能性は十分ある。。。はらほれはらほれ。。。わね。。。ゴクゴク」
ふたりは深刻な顔でタブレットを見続け、ひいひい言いながら激辛カレーを食べ続けた。
「まずは名乗ろうぞ。余はこの地に仇なさんとする尊き悪の秘密結社ヨーゴス軍団の長にして不死身の魔人タレナガース様である。その方ら、余の庭先で遊ぶのはよいが目的はなんぞや?エディーの命か?この地の支配か?」
白濁した世界だ。
手の中に留まりそうなほど深く濃い霧。。。その中から声がした。地の底から届いたかのようなゾクリと背を冷やす声だ。
背の高い男が立っている。2メートル近くもあろうか。
だが人ではあるまい。なにせ顔に肉がついていない。のっぺりとした蒼白いシャレコウベだ。その顔面に眼球の無い1対の眼窩がぽっかりと窪んでいて、奥には小さな炎のような赤い光が蹲っている。口には研ぎ澄まされたキバが並んでいる。特に口の端から伸びているキバは一段と大きく耳まで届きそうだ。銀色の頭髪はすべて後頭部で束ねられて肩まで垂れている。
体の前面は大きなドクロの胸当てが覆い、その下には迷彩色のミリタリーウエアを着込んでいる。両手には血まみれ映画で使われるような鋭いツメが生えていて、車のドアくらいなら楽々と引き裂いてしまいそうだ。
魔人の問いかけに、濃霧の中にもうひとつの気配がわいた。しかし、まるで霧のパティションに隔てられているかのようで姿はまったく見えない。
「お初にお目にかかる。タレナガース殿」
声だけが届けられた。地を這うようなタレナガースの声よりいくぶん若く、なにやら陽気な声である。
「我らは渡りのモンスターチームにて、我が名はロック・バイソン。こたびこの地に立ち寄った」
若者を思わせる声ながら霧の中に存在するロック・バイソンとやらの気配はかなり大きいものだ。まるで壁が迫ってきたかのような威圧感を与える。上背も長身のタレナガースを凌駕しているかもしれない。タレナガースの眼窩の奥の赤い光が揺らいだ。
―――我ら、だと?
「狙うはあの渦の男ただひとり」
ロック・バイソンの声にわずかに感情がこもった。
「ふぇふぇ、左様か。ならば何も言うまい。存分に戦うがよい」
タレナガースは「ふっ」と鼻で笑うと霧の向こうの気配にくるりと背を向けた、が!
ヒュン!
ガリリ!
タレナガースは振り向きざま鋭いツメを霧の向こうの気配に打ち込んだ。堅い岩を削ったような嫌な音がして、その大きな気配がグイと退いた。
「んふふふふふ」
ロック・バイソンの謎めいた含み笑いが霧の彼方へと消え去ったのを確かめて、タレナガースは己の手に視線を落とした。
ひと薙ぎで巨木をも深々と切り裂くツメに、いく筋もの亀裂が走っていた。
ガラガラと音を立てて巨大な岩がいくつも山の斜面を転がり落ちてくる。
「危ない!」
エディーは咄嗟にヴォルティカのアクセルを開いて、崩れてくる岩の下を一気に駆け抜けた。
危機一髪。腹を揺さぶる地響きとガードレールが押しつぶされる金属音がすぐ背後で聞こえた。
県西部をパトロールしていたエディーだが、この時はたまたまエリスとは別行動だったためサイドカーは接続しておらず、その分身軽だったのが幸いしたようだ。
吉野川中流沿いの舗装道路上は土石で埋まっている。中でも直径が2メートル以上もある巨岩がいくつかあって道路を完全に堰き止めてしまった。さらにガードレールを突き破って数メートル下の川原にまでいくつかの岩が転がり落ちている。
エディーは20メートルほど離れたあたりでヴォルティカを停めて警察と消防に連絡を入れた。
しばらく山の様子を窺う。いつ第二波が来るかもしれないからだ。
耳を澄まし目を凝らしたが、これ以上山が動く気配はなかった。
エディーはヴォルティカを降りると崩れた路面の岩に近づいた。走行時の記憶を手繰り寄せる。
対向車は無かった。土手の下にも、吉野川の河原にも人影はなかったはずだ。しかしそれでも確かめなくてはならない。
「誰かいませんか?」
エディーは路上の岩の周辺と道路下に向かって何度も大声を上げた。だが応じる声はない。
エディーが河原へ降りようとへしゃげたガードレールをまたいだその時!
ガガアアアアン!
「うわっ!」
路面の岩のひとつが破裂した。破片がつぶてとなって四方に飛ぶ。エディーは上半身に何発か食らって潅木をへし折りながら河原へ転がり落ちた。
「痛っつうう」
今回もまた渦のエナジーで形成された堅固なアーマがエディーを守ってくれたのだ。
だが一体なにがおこったのだ?
河原で立ち上がったエディーは道路を見上げた。
そこには岩が。。。立ち上がっていた?
―――なんだ、あいつは?
桁外れの巨体だ。肩と背が岩で覆われていて、まるで巨岩から四肢がはえているみたいだ。人間が、筋肉をまとって己が肉体を強化するように、こいつは岩で身を固めているのか。
頭は水牛だ。頭髪はモヒカンスタイルで左右のこめかみから直角に曲がった太いフックのようなツノが生えている。無機質な岩の上半身で唯一この動物の頭が妙に生々しい。
白目が無い澱んだ青い目がエディーを見下ろしている。
―――モンスター?!今の山崩れは俺を待ち伏せしてやったことなのか?
エディーは驚いた。先日のハリネズミ怪人といいキメラバルチャーといい、明らかに自分を狙ってヨーゴス軍団以外のモンスターが次々と襲い掛かってくる。
「おまえは何者だ?なぜ俺を狙う?」
路上のモンスターを指差した。
「ロック・バイソン」
水牛の口が開いてくぐもった声がした。
「強い相手を求めて来た。さぁ戦え!」
―――それだけの理由なのか?戦いのための戦い。。。なんて無益な。だがまあいいだろう、来るなら来い。受けてたとうじゃないか!
所詮はモンスターだ。徳島であれよその土地であれ、人間に悪さをするのなら斃すのみだ。
ロック・バイソンが路面を蹴った。まるで砲弾が撃ち出されたかのような跳躍だ。ゆるやかに放物線を描いて、そのまま地響きを立ててエディーの眼前に着地した。
さあ戦闘開始だ。腕を頭上に掲げ、ゆっくりと回し、片足を持ち上げてそのまま腰を落とす。渦のエナジーを全身に行き渡らせるためのエディーのファイティング・アクションだ。
ロック・バイソンが無造作に歩を進めてエディーとの距離を縮める。初対面の敵を前にして何の警戒もしていない。自信の表れなのだろう。ズカズカとエディーの間合いに踏み込むと無造作に拳を振り上げた。
―――!
巨体から受けるイメージよりも格段に早い!
エディー自身が繰り出すパンチと同じ、シュッ!という空気の摩擦音を伴って飛来したその拳をよける間もなく、エディーは咄嗟に両腕をクロスさせてガードした。
ガツン!
両腕でガードしたというより、腕をぶん殴られたような衝撃だ。河原の砂利を跳ね上げながら、エディーの体がそのまま後方へ押される。
―――こいつ、とんでもないスピードとパワーを兼ね備えている。くそ、腕がしびれる。。。
エディーは一旦距離をとろうと3メートルほど後退した。
「ナニ?!」
後退したはずなのに、ロック・バイソンが目の前にいる!エディーの移動速度を上回る素早さで追撃してきたのだ。
ガッ!
水牛の頭突きがエディーの額の青いエンブレムに炸裂した。
きな臭いにおいと共にエディーの視界が一瞬光を失った。
ハッと目を開けた時、エディーの「正面」にロック・バイソンの姿があった。デカイ膝頭が天空から迫る。なかば本能だけでエディーは体を動かしてその膝頭をかわした。
ズン!
耳元で地響きが起こり、細かい砂利がエディーの横っ面を叩いた。
その痛みでエディーの意識が戻った。
―――俺は気絶していたのか。。。
ほんの1〜2秒だが、ロック・バイソンの頭突きをまともに喰らって後方にひっくり返ったエディーは気を失っていたのだ。気がつくのがあとコンマ何秒か遅かったら高高度からのニードロップで勝負はついていただろう。
こいつはとんでもないクラッシャーだ。
エディーは大きく後ろにジャンプしながら体の前面をガードする体勢をとった。
案の定ロック・バイソンはそのエディーを追って体当たりを食らわせてきた。エディーに態勢を整える隙を与えないつもりか。
まるでアメフト選手のような強烈な肩からのタックルを喰らって、エディーはまたも後方へ飛ばされた。敵の追撃を予測してガードしていたが、衝撃がアーマを貫いて背へ突き抜けたみたいだった。
エディーは宙を飛ばされつつも何とか片手を地面についてバランスをとり、足から着地した。
ロック・バイソンは眼前に迫っている。
―――芸が無いヤツだ。
エディーは渦パワーを両の掌に集め前へ突き出した。
パパッ!
エディーの掌から渦の青い閃光がフラッシュのように発せられてロック・バイソンの目を眩ませた。
ぐお!
不意をつかれてロック・バイソンの猛ダッシュが止まった。
一瞬の隙をついてさらに大きく後方へジャンプしたエディーは河原にある大きな岩の上に降り立ってようやく態勢を立て直した。
ロック・バイソンはさすがに追撃を中止して目を覆っている。渦のエナジーはヨーゴス軍団以外のモンスターにも効果があるようだ。
初顔合わせからここまで、パンチ、頭突き、急降下ニードロップに体当たりと攻撃をくらってばかりだ。まだ体内にダメージが残っている。
―――今のところはいいとこなしだが仕方がない。待ち伏せていたということは、敵はこちらを研究しているはずだ。ハンディーを与えていたと思えばいい。勝負はここからだ。
エディーはあらためて身構えた。もう目の眩みは収まったろう。もう一度来るか?!
だがロック・バイソンはその場を動いていなかった。
―――おかしいな、なぜ来ない?動けぬほどのダメージではないはずだ。
エディーはエリスが言っていたことを思い出していた。いつもの喫茶店でのことだ。
<訳があるのよ>
<訳?>
<そ。どんなものにも訳がある。それを突き止めることね>
<それがキミの洞察力の秘訣か。だけど戦闘の最中に突き止められるものかねえ?その訳ってヤツを>
<とりあえず些細なことでもいいからなにかひとつ敵の癖や傾向を見つけたら、それをもとに仮説をたててみるの。戦闘の最中だといちいち確かめてはいられないけれど、誰だって自分の弱点を見せないように動こうとするし、自分の得意技を繰り出すのに都合が良い条件を揃えようとするわ。エディーもそうでしょう?>
<うん。そういうものなのかねぇ。。。>
―――そうだ、考えろ。
あれほどのラッシュ・パワーを持ちながら、この攻め時に足を止めた。。。なぜだ?不意にエディーの脳裏に赤信号が灯った。
―――飛び道具か?!
エディーが立っている岩場からジャンプするのとほぼ同時にロック・バイソンの足元からこぶし大の石が銃弾のように飛来した。
ガッカカカガッ!
間一髪。石つぶては今の今までエディーが立っていた無人の岩場に全弾命中してはぜた。
エディーは川のすぐ近くに着地して体を低くした。やはりロック・バイソンは離れていても攻撃できる手段を隠し持っていた。
こちらを向いて立っているロック・バイソンの周囲の石が10個ほど音もなく宙に浮いた。
―――ヤバイ!
ヒュン!ヒュン!
ガガッ!ガツッ!
高速で飛来する石つぶてをさけてエディーは川の水が浸みている河原の上を何度も転がった。石のつぶてとは言ってもこれほどの高速で命中させられたらダメージは半端なものではないだろう。その証拠にぶつかりあった石同士はどれも粉々に砕け散っている。これはまるで石の散弾だ。
―――つまりヤツは石を操ることが出来るってことだな。
何度も石の銃撃を受けている間にエディーにも少しずつわかってきた。
一度に操れる石の数はだいたい10個程度。少し大きな石が混じっているときは数が減っているように思う。つまり数よりも操る石の質量に関係があるということなのではないか。エディーの周囲の石をいきなり当てることをしていないということは、自身の近くにある石しか支配下に置けないということだろう。
―――で、その情報をどう攻撃に活かせばいいんだ?
エディーが首をひねった時、石の散弾が胸と腹に命中した。
「ぐあっ!っっ痛。。。」
さすがのエディーも苦鳴をあげた。
「効くねぇ。。。考えごとをしながら戦うってのも楽じゃない。エリスのありがたみが今さらながら身に浸みるぜ」
だが石の散弾はヤツがもっとも頼みとする必殺技ではあるまい。何発か当てて敵の動きが鈍ったところをもう一度格闘戦でトドメを刺すつもりではないのか?そうとわかれば、これ以上この攻撃を喰らうわけにはいかない。
ヒュヒュン!
飛来した石の散弾をよけてエディーは大きく後方にジャンプし、空中で後方に1回転し足から川の中にダイブした。
ザン!
そこは上質の翡翠のような色をした淵だった。川の水は思いのほか冷たかったが、エディーは水深10メートル以上ありそうな深みに一旦身を沈めた。
水上ではロック・バイソンが川の流れに近寄ってエディーが飛び込んだあたりを見つめていたが、濃い緑色の水の塊が敵の姿を隠していた。だがそこから数メートルほど下流の川面が突然光を放ち始めた。川の緑よりもより透明度の高い青い光がロック・バイソンの目を惹きつけた。
強い光のなかで、何かが川の中から上がって来る。川から姿を現したのは青い超人だった。
敵を見据える鋭い目。額の菱形のエンブレムから広がる鋭いシラサギの羽。上半身を覆うひときわ大きなアーマ。それらは金色に輝いている。ボディーカラーは深い海のブルーだ。全身をめぐる渦エナジーが体の表面に渦の紋様を浮かび上がらせている。
エディー・エボリューションである。
エディーは水中でシラサギの鉢金を装着して強化変身したのだ。右手には青い光を刀身に湛えるエディー・ソードを握っている。
川から出たエディー・エボリューションは青い光のソードを体の正面に立てて構えると、柄を握っている手を開いた。だが握ることをやめても掌とソードは青い光で繫がっていて地に落ちはしない。ロック・バイソンが周囲の鉱石を意のままに操るなら、こちらは渦のエナジーで練成されたソードを自在に操って戦う。エディー・エボリューションは敵の戦法を己の反撃に応用させてもらうことにしたのだ。
エディー・エボリューションが意識をソードに集中させると、その刀身がゆっくりと回転し始めた。時計回りにグルグルと回る。そのスピードがみるみる増して、ソードはまるで青い光の盾と化した。
ロック・バイソンの念力によってまたもや石の散弾が超高速で飛来する。
ガガガガガガッ!
ガガガガガガッ!
ロック・バイソンは得意の遠隔攻撃を繰り返したが、エディー・ソードの光の盾にことごとく弾き返された。
エディー・エボリューションは機をみてソードを高速回転させながら敵めがけてダッシュした。一気に間合いを詰めるや、回転させていたソードを握りなおして敵の巨体を袈裟懸けに斬りおろした。
ガリリ!
岩を削る音と共にロック・バイソンの右肩に盛り上がる岩のアーマが砕け散った。右肩の岩が抉り取られて左右の体のバランスがおかしなことになっている。
それでもエディーを斃さんとする闘志は衰えていないとみえて、ロック・バイソンはエディー・エボリューションに向ってきた。もともと格闘戦ではノーマルバージョンのエディーを圧倒したほどのつわものだ。
無傷の左肩から突っ込んできた。強固な岩のショルダータックルだ。エディー・エボリューションは低い体勢で飛び込んでくるロック・バイソンの背に手を突いて、跳び箱の要領でその攻撃を後方へやり過ごした。
的を見失って前へつんのめる巨体を辛うじて踏みとどめたロック・バソンは周囲に転がる河原の石を吸い寄せると、エディー・ソードに抉られて大きく破損した右の肩の周囲に集めた。形や大きさの違うたくさんの石はロック・バイソンの岩の肩アーマに融合して元通りの新たなアーマを形成したではないか。河原はヤツにとって、守るにせよ攻めるにせよ好都合この上ないフィールドなのだ。
「まったく、俺は再生能力を持つ怪人は大嫌いなんだ」
エディー・エボリューションは舌打ちしながら再びソードを脇に構えてロック・バイソンに迫った。何度修復しようが攻撃の手を緩めることはない。ひるまずくじけず攻め続けるのだ。
今度はソードを下から振り上げた。エボリューション・フォームに強化変身したエディーの動きはノーマル・モード時より数倍速い。予想以上のスピードによる斬撃にロック・バイソンは上体をそらせてその斬撃をかわそうとしたがかわしきれず、今度は左のツノを根元近くから切り落とされた。
カッと乾いた音と共に直角に曲がったバイソンの片側のツノが河原に転がった。その途端、宙に浮かびかけていた石の散弾がカラカラと河原に落ちた。
―――そうか。ヤツのツノが石を操るアンテナみたいな役割を果たしていたんだな。こいつは思わぬボーナスポイントをゲットしたかもしれないぞ。
エディー・エボリューションはほくそ笑んだ。飛び道具が無いならコイツは格闘戦でくるしかない。ならばこちらも。
エディー・エボリューションは敢えてエディー・ソードを消滅させると拳を握り締めた。いよいよ最終局面だ。
ブモオオオオオ!
荒い鼻息と共に強烈な左フックがエディー・エボリューションのこめかみめがけて飛来する。それをエディー・エボリューションの右の掌がバシィン!と受け止める。盛り上がる岩の筋肉に裏づけられた暴走列車のような重い拳を自分よりも華奢な掌で難なく止められてロック・バイソンの目に初めて屈辱の色が浮かんだ。だが、それはすぐに驚愕の色に変わった。
ズン!
重い音と共にロック・バイソンの巨体は河原に転がった。
左の拳を受け止めたエディー・エボリューションの右手がお返しとばかりに今度はロック・バイソンの左わき腹を強打したのだ。腰の入った神速のボディーブローが巨体に深々とめり込んで、岩の水牛怪人はひっくり返って悶絶した。
オオオオオオオ!
長い舌を口の端から垂らして、それでもロック・バイソンは立ち上がった。両足を天に向けてひっくり返されたのは初めての経験だった。山々にこだまする雄たけびは苦悶の叫びではなく、プライドを踏みにじられた怒りから発せられたものだった。
ロック・バイソンは再びズカズカとエディー・エボリューションの間合いに入り込んできた。敵がどうであろうとこれがコイツの戦い方なのだろう。強いからといって、もしくは弱いからといってそれを変えるつもりはない。
無造作にパンチを放つ。
ゴッ!
―――!?
コンマ何秒かロック・バイソンの動きが停まったかに見えたが、モンスターは再びパンチを繰り出した。
正面から。
左から。
右から。再び正面から。
まるで大型エンジンのピストンのような速さと正確さと力強さだ。だが、それらの1発としてエディー・エボリューションの体には届きはしなかった。エディー・エボリューションは自分に向かって繰り出されるすべての拳を自らのパンチで殴り返していたのだ。
真上から手の甲を殴り、横から手首を、あるいは真正面から敵の拳を拳で迎え撃った。
ガッ!ゴッ!ガンッ!ゴリッ!
骨と骨がぶつかり合う鈍い音が何度もした。そして次に両者が距離をとって対峙した時、ロック・バイソンの左右の拳は完全に粉砕されていた。
手首は砕かれ、手の甲も指も己の意思ではピクリとも動かせなくなっている。超高速の殴り合いは完全にエディー・エボリューションに軍配があがったのだ。ロック・バイソンは両手をだらしなく垂らしたまま呆然と立っていた。
勝負はついていた。初めて目にしたエボリューション・フォームの圧倒的強さの前にロック・バイソンは敗れ去った。石の散弾にせよ重戦車並みの格闘能力にせよ、己の持つ戦闘力のことごとくを撃破されてしまった。しかし真に強い相手を求めてここへ来たというのなら、これはこれで本望だったのかもしれない。
ロック・バイソンはエディー・エボリューションに背を向けると、ゆっくりと川の中へとその大きな姿を消した。
しばらくの後。。。
ボム!
水中でくぐもった破裂音がして川面がぷっくりと盛り上がり、そして静かになった。
ただ川の水が流れる音だけがエディー・エボリューションの耳に届いていた。
【四番勝負】三つ巴の戦い
眉山中腹某所に秘密結社ヨーゴス軍団のアジトがある。万一人が前を通ったとしても入り口には気づかぬよう結界が張り巡らされている。
内部は松明の炎がひとつ。暗いアジトの内部をぼんやりと浮かび上がらせている。岩をくりぬいて造った穴ぐらには粗末なベッドがひとつ置かれていて、いくつかの奇妙な物体が並べられている。
「情けない姿になりおって!」
「青いエディーにやられて自爆したそうじゃのう。ひ弱なヤツじゃ」
ベッドの左右に立って並べられた物体を見下ろしているのは、タレナガースとヨーゴス・クイーンである。
松明の明かりはふたりの顔だけを暗闇の中に浮かび上がらせていた。まるで百物語の最後に現れる魔物の風情だ。
炎の灯りで赤みを帯びたシャレコウベヅラはタレナガースだ。両目には眼球が無く、鼻の穴は息をしてはいない。左右の口の端からは下あごから突き上げるように伸びた鋭い牙が光っている。
もうひとつ、急角度で吊り上がった目はヨーゴス・クイーンのものだ。毒蜂を思わせる紫色の鋭い目はその視線だけで人間を病にしてしまいそうだ。
ベッドの上に並べられているのはエディーとの戦いに敗れて爆死したロック・バイソンの体のパーツであった。片方のツノが無い水牛の頭部は顔の大部分が爆発で無残に焼けただれている。左肩と思しき部位にはすこしだけ岩石が残っていて、そうしたわずかな特徴から辛うじてもとの姿を想像できなくもないが、どれも無残に爆発四散したものばかりだ。
タレナガースたちはエディー・エボリューションに完敗し自ら吉野川に没して自爆したロック・バイソンの「残骸」を拾ってきていたのだ。ふたりの背後ではまだずぶ濡れの戦闘員たちが震えている。
「強い相手を求めて来たと言うたそうではないか?それでこのザマかや?」
ヨーゴス・クイーンが負け犬を見るような目で大きな頭部を見下ろしている。
「エディーを甘く見たのう。道楽で斃せる相手なら苦労はせぬ」
「で、こやつの残骸なぞ拾ってきてタレ様はどうなさるおつもりじゃ?これほど痛んでおっては再生も難しいであろうに」
クイーンの疑問ももっともだ。頭部には人間の脳にあたる組織も残ってはいるだろうが、それだけではどうにもなるまい。まして脳そのものも冷たい川の中で組織が崩壊しかかっている。
「脳に残されたデータを解析すれば、情報伝達ネットワークのキャッシュが残っておるやもしれぬ。そいつがわかればボディー構築の青写真くらいは見えてくるであろう。じゃが、そもそも元通りに修復してやる義理などないでのう。余は余のやりたいように再生するわさ」
「なるほど。こやつの体を踏み台にして我らヨーゴス軍団らしいオリジナルモンスターをこさえると仰るのじゃな」
「まあ、そういうことじゃ」
「じゃが、オリジナルで勝てなかったものが再生モンスターにどうにかできるものかえ?」
「そのままでは無理であろう。ゆえにひと手間かけてちょいとスパイスを用意しておくわさ」
「スパイスとな?」
「うむ。激辛スパイスじゃ。辛いぞよ、泣くほどにのう」
ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。
ひょっひょっひょっひょっひょ。
薄暗いアジトに不気味な笑い声のハーモニーが流れた。
「ようやくひと段落したわ」
ドクは愛用のタブレットをヒロに手渡した。
お馴染みの喫茶店はそろそろランチ目当ての客が来店し始めている。ふたりがいつもの奥の席に陣取って30分。コーヒーカップはもうとっくに空っぽだ。
「全国のローカルヒーローたちが情報を共有して助け合わなきゃいけないっていうのに、せっかくの情報がまとまっていなかったなんてもったいない話だよなぁ」
受け取ったタブレットにはL・H・N(ローカルヒーローズ・ネットワーク)のトップページが表示されている。
「まだ開設されて間がなかったし、管理してくれていたのは現役ローカルヒーロー兼医療従事者だから、やたら忙しい人なのよ。今回は丁度よい機会だったからその管理人さんと私ともうひとり本業がシステムエンジニアやってるヒロインの3人で大幅に改善させたの。かなり見やすくなっているはずよ。アップロードされた情報も多角的に検索できるようになったし。ヒロも使ってみてね」
エディーが強敵ロック・バイソンと戦っていたとき、エリスはこのサイトのウェブデザインに取り組んでいたのだった。
「エディーとバッファロー怪人との戦闘も最新情報としてもうアップロードしてあるわ。確証はないけれど、その前のハゲワシとハリネズミの件とも一応関連づけてみた」
なるほどなるほど。これからもドクはこのサイトの管理補佐的役割を担ってゆくとのことだ。
「それでねヒロ。情報を整理していて気づいたんだけど、ハリネズミとハゲワシとバッファローを関連づけた場合、もう1体気になるヤツがいるのよね。なんかアッチチっぽいヤツが」
「なんだよ、アッチチって?火?」
「うんたぶんね。でもそれが。。。よくわからないのよ」
「なんで?戦闘データ残ってないの?」
「うん。まだ誰も戦っていないみたい。つまり、なんていうか。。。そこまで勝ち抜いた人がいないのよ、今のところ」
「それはつまり、そのアッチチ野郎は大将格ってことでいいのかな?」
「そういうことでしょうね。今のところ我々ローカルヒーローチームは副将戦を勝ち抜いて大将と戦った経験が無いのよ」
―――はぁ。
ヒロはため息をついた。全国のローカルヒーローの未到達地点まで最初にたどり着いた栄光への賞品は、今まで戦った誰よりも強力であろう未知の大将格との死闘参加権というわけだ。
「とにかく次は私もいっしょに戦うわ。取れるだけの情報を取って、そして勝とう!ね、エディー」
そういうとエリスはランチタイムメニューを真剣なまなざしで見つめ始めた。
毒液による被害が徳島県下で報告され始めたのはそれから間もなくだった。
川の水が真っ黒になり、山の木々が立ち枯れていた。
特に木々の被害は甚大であった。徳島の特産であるすだちやゆず、みかんなどの木が毒液によってダメージを被った。
エディーとエリスはすぐさま出動し、残留毒物を採取して分析した。幸か不幸か各地で採取された毒性物質は同じものだと判明した。
「どうだ、エリス?」
「今回は絵に書いたようなヨーゴス軍団型の犯行ね。採取した毒性物質も過去にヨーゴス軍団が使用したものに酷似しているわ」
「疑いの余地なしか。タレナガースめ、よそ者のモンスターに暴れられて焦ってしゃしゃり出てきたかな?」
「まったく、このややこしい時にあのガイコツオヤジは!」
エリスは分析した毒性物質の特性を検討し、過去のデータとも照らし合わせて中和剤をこしらえ、そのデータを県下の関係各方面に配布した。
とにかく被害が広範囲にわたるためエディーたちは警察と協力し、防犯カメラなどを駆使して警戒を強化するとともに不眠不休のパトロールを開始した。
そして2日後、ヴォルティカを駆るエディーは不思議な気配に呼ばれてエリスとともに県南のとある山間部の村へやって来た。
山の間に段々畑が広がるのどかな風景の中でエディーとエリスは頭骨がむき出しとなった不気味なシャレコウベ怪人と出会った。
「待ち伏せしていたの?!」
驚くエリスを後ろに下がらせてエディーはじっとその怪人を観察した。
むき出しの頭骨は横幅が広くティアドロップ形でアゴが先細っている。額に近い辺りの左右に丸く大きなふたつの眼窩が付いている。鼻柱が太い。明らかに人間のものとは違う。おそらくは巨大な水牛の頭骨だ。右の側頭部からは大きなフックのようなツノが延びているが、左のものは根元近くで失われている。
長身で2メートル以上あるが、全身を吸血鬼のような黒いマントで覆っている。首から足首まで、まったくボディーは見えていない。
「相変わらずタレナガースの悪趣味さが全身から滲み出ているわね」
「うん」
モンスターを前にして鼻息の荒いエリスに対し、エディーのほうはどうにも歯切れが悪い。
―――この気配。。。オレはこいつ知っているかもしれない?
エリスは待ち伏せされたと思っているらしいが、エディーは不思議な気配によってここへ導かれたような気がしてならない。
―――まあいい。なんであれモンスターなら戦って斃すのみだ。
エディーが腰を落として構えたその時。
「おい、こいつはオレにやらせろ」
エディーとエリスは声がしたスダチの木々へ視線を移した。そこには全身を緑のコンバットスーツに身を包んだひとりの男が立っていた。
「スダッチャー?!」
その緑の超人は大きなダンゴを串に刺したような爆裂剣スダチ・ソードを肩にかついでじっとシャレコウベ怪人を睨んでいる。
「こいつはスダチの木をずいぶんと痛めてくれたんだ。オレの仲間を泣かせてくれた礼をしなくちゃなぁ」
赤いゴーグルアイが強い光を放っている。これはかなり怒っているぞ。
「エディー、まずいわ。こんなところであの爆裂剣を振り回されたら怪人の毒液被害どころじゃ済まなくなりそう」
「そうだな。今のアイツは冷静さを欠いているようだ。すぐ近くには民家だってあるし、どんな被害が出るか知れやしない」
アタマに血がのぼったスダッチャーは手がつけられない。
「スダッチャー、落ち着け。ここはまずオレとエリスで。。。うわっ!」
「そこをどけぇ!」
制止しようとしたエディーを押しのけて、スダッチャーはまるで火薬が破裂したかのように土煙を上げてシャレコウベ怪人に向かってダッシュした。
スダチ・ソードを振り上げて正面から突っ込んだ。エディーに勝るとも劣らぬスピードを誇るスダッチャーだ。エディーに気をとられていた分シャレコウベ怪人のリアクションがわずかに遅れた。シャレコウベの横っ面がソードの先端の大きなスダチで思いっきりひっぱたかれた。
ドウン!
殴られただけでも痛そうだが、爆裂スダチ・ソードはヒットした瞬間爆発する。
シャレコウベ怪人はそのまま真横に吹っ飛んで畑の上に転がった。スダッチャーは間髪入れずに追撃し容赦ない2撃目を叩きこむ。
ズドン!
シャレコウベ怪人は再び吹っ飛んでイノシシよけの柵をぶち抜いて林の中にまで吹っ飛んだ。
「よせスダッチャー。せっかくの畑がめちゃくちゃになってしまう」
「落ち着いて。ねぇスダッチャーってば」
だがスダッチャーは畑の土を跳ね上げて吹っ飛んだシャレコウベ怪人の後を追う。
その時、上半身をおこしたシャレコウベ怪人が口から黒い液体を吐き出した。
ビュビュビュッ。
スダッチャーは急停止すると今度は大きく後方へ跳んだ。
「うえっ!ぺっぺっぺ。なんだこれ?口に入ったじゃないか」
顔と胸には怪人が吐いた黒い液体がべっとりと付着している。県内各地で報告されている毒性薬物の被害はこの液体によるものだろう。
「ぐうう。。。体が熱い。。。オマエ、オレの仲間のスダチの木にもこの汚い液体を吐きかけたんだな。許さないぞぉ」
その時シャレコウベ怪人が首から下を覆い隠していたマントをバッと脱ぎ捨てた。
「ええ?!」
「何あれ?」
その怪人のボディには幾筋もの縫い痕が縦横に走っていて、数本のチューブが各部位を繋いでいる。何種類かの異なる動物の肉体を合体させ、それでも足りない部位を機械で補っているようだ。モンスターとは本来、自然の摂理を無視した理不尽な存在ではあるが、これはあまりにも。。。
「なんて哀れな姿なの」
エリスが搾り出すように言った。今まで多くのモンスターと戦ってきたふたりだが、これほど醜いモンスターは見たことがない。
エディーはシャレコウベ怪人の左肩に注目した。そこにはわずかだが、盛り上がる筋肉のように岩が付着している。これは。。。!
―――そうか。こいつはロック・バイソンだ!
なぜか覚えのある奇妙な気配の謎もこれで解けた。この醜いツギハギ怪人は、つい先日エディーと一戦交えた水牛の頭と岩石の上半身を持つ怪人ロック・バイソンの体をベースにしているのだ。シャレコウベもヤツのものなのだろう。エディーはそれをエリスにも告げた。
―――それにしても、ひどい姿になったものだ。
ロック・バイソンは戦いの緒戦においてノーマルモードのエディーを圧倒したものの、強化変身したエディー・エボリューションに完敗し、潔く吉野川の流れにその身を沈めて自爆した。おそらくタレナガースはその破片を引き上げて再生怪人として蘇らせたのだ。
ロック・バイソンはこのような姿で命を永らえることを果たして望んでいるのだろうか?瞳の無いシャレコウベがなにやら悲しげに見えてきた。
「おまえ、静かに眠らせて欲しくてオレをここへ呼んだのか。それ以上哀れな姿をさらしたくはないんじゃないのか」
エディーは拳を握った。モンスターは人間の天敵だが、やはりもっとも憎むべきはタレナガースだ。
その間、スダッチャーは近くの小川の流れに身を浸して黒い毒液を洗い流そうとしていた。しかし粘度の強い毒液はいっこうに洗い流せてはいない。そのうちスダッチャーのようすがおかしくなり始めた。
うううううう。。。ぐるううう。。。
スダッチャーの喉からくぐもった唸り声が聞こえてくる。体に付着した毒の成分が植物由来のスダッチャーの肉体に良からぬ作用を及ぼしているのかもしれない。
「スダッチャー、どうした?」
スダッチャーの全身がガタガタと震え始めた。エディーの呼びかけも耳には届いていないようだ。
―――そういや口に入ったとか言っていたな、あいつ。毒液を飲んじまったのか?
うううううおおおおおあああああ!
突然スダッチャーは胸をかきむしり、天に向かって雄たけびをあげた。炎を噴くような赤い目でギロリとシャレコウベ怪人を見る。
その視線に呼応するようにシャレコウベ怪人も動いた。素早く体を起こすとスダッチャーに向ってゆく。恐らくは戦闘に際して体が勝手に動いているのだろう。二度と自爆などできないようタレナガースに意識を支配されているのかもしれない。
スダッチャーも応じて走る。
ふたりは互いを睨んだまま近くの民家の庭先へ走りこんだ。
「いけない!」
「止めなきゃ!」
エディーとエリスはふたりを追ったが、農具などをしまってある小屋の前でスダッチャーとシャレコウベ怪人はバトルを始めてしまった。エリスが慌てて母屋の中へ飛び込んだ。住人がいないか確かめるためだ。シャレコウベ怪人の毒液、スダッチャーの爆裂剣、どちらも危険きわまりない。
振り下ろされた爆裂剣をかわしたシャレコウベ怪人の拳がスダッチャーの側頭部にヒットする。スダッチャーは構わず股間を蹴りあげる。シャレコウベ怪人も負けじと固い骨の額をスダッチャーの眉間に叩き込む。スダッチャーはソードの柄でシャレコウベ怪人の首を何度も突く。
両者ともまったく防御をとらずに相手の急所を容赦なく狙っている。スダッチャーが真横に振ったスダチ・ソードが小屋の壁に当たって爆発と共に吹き飛んだ。
「やめないか!」
ふたりの間にエディーが割って入った。戦うにしてもここはあまりにも場所が悪い。民家から姿を現したエリスが身振りで無人だとエディーに伝えたが、家財などにも被害を出すわけにはいかない。
「スダッチャー、スダチ農家に被害が。。。うわっ!」
止めに入ったエディーの鳩尾にスダッチャーの肘が当たった。
「スダッチャー、エディーの声が聞こえないの?お願いだからもう少し。。。きゃっ!」
背後から止めにはいったエリスの手を振り払い、彼女を後方へ力いっぱい突き飛ばした。
エリスは民家の庭に仰向けにひっくり返った。
ごああああ!
―――私のことがわかっていない?
スダッチャーは今まで何度か激怒して暴れまわったことはあったが、エリスに暴力をふるったことなど一度も無かった。
「注意しろエリス。スダッチャーはシャレコウベ怪人の吐いた毒液で正気を失っている」
樹木を見る見る枯らしてしまう強力な毒液は、超人スダッチャーをとことんまで凶暴化させているのだ。
「エリス。この毒液の中和剤をたくさん作ってきてくれないか。今すぐに!」
「オッケー、任せて」
エリスはそう言うとヴォルティカに走った。サイドカーの荷物入れには今回の毒液用の中和剤が積まれている。しかしスダッチャーのような超人の意識を即座にもとに戻せるだけの量には足りないだろう。大急ぎで追加生成しなければならない。スダッチャーが民家を破壊しつくしてしまう前に。
「もうスダッチャーのバカバカバカ!なんでいつもいっつも話をややこしくさせるのよ!」
正気に戻ったら絶対1発くらわせてやるんだから!エリスはかたく心に決めた。
一方エディーも腹を決めていた。こうなればひとりでシャレコウベ怪人とスダッチャーの両方を相手にしてやる。この民家からできるだけ引き離してケリをつけなければ。
しかし、過去何度も協力して戦ったことのあるスダッチャーと本気でやりあうわけにもいかない。とにかくこの怪人と1対1でやりあう間だけ大人しくしていてくれればいいのだが。。。
―――まったく、やりにくいなぁ。
エディーはスダッチャーの背後から忍び寄り、シャレコウベ怪人の脳天めがけて振り上げられたスダチ・ソードをひったくると小川の中へ放り投げた。だがスダッチャーは振り返りもせず素手でシャレコウベ怪人を遮二無二殴りつける。そのスダッチャーをエディーが羽交い絞めにすると、今度はこれ幸いとシャレコウベ怪人がスダッチャーに毒液を吐きかけた。エディーは毒液に苦しがるスダッチャーの背後からシャレコウベ怪人の胸板を蹴り上げて後方へ吹っ飛ばすと、羽交い絞めのまま上体を大きく反らせてスダッチャーを頭から地面へと突き刺した。プロレスでいうドラゴン・スープレックスだ。受身の取れない危険な技をくらい、じたばたと手足を振り回していたスダッチャーが一瞬静かになった。だが無防備となったエディーにシャレコウベ怪人が岩の盛り上がる左肩から体当たりを食らわせる。エディーの体はスダッチャーの上を飛んで再び民家の物置に飛び込んでしまった。頭が半分地面に埋まっていたスダッチャーが復活して素早く立ち上がると、目の前にいたシャレコウベ怪人に飛び掛り体重をかけて仰向けに倒すと馬乗りになって拳で殴り始めた。ゴッゴッゴッと硬いシャレコウベの顔面を殴りつける。シャレコウベ怪人はその胸ぐらを掴むと巴投げで後方へ放った。そして立ち上がった両者は再び正面から組み合った。
はあああ!
物置から飛び出してジャンプしたエディーが左右の腕でがっぷり四つに組んだふたりの首根っこを上から同時に抱え込んだ。
「ふたりともちょっとこっちに来なさい!」
ふたりの頭をヘッドロックにきめたままエディーは力任せに移動し始めた。無理やり民家のあるエリアから引き離すためにズルズルと引きずってゆく。頭を封じられたふたりは引きずられながらもエディーの背中や足を殴りつけてくる。だがエディーは放さない。すると今度は互いに拳をぶつけ合い始めた。とにかくジタバタしている。
ひきずる。殴る。ひきずる。蹴る。地味な小競り合いを続けながらエディーはシャレコウベ怪人とスダッチャーを民家から50メートルほど離れた林の前まで何とか連れ込んだ。
―――そろそろこの辺でいいか。
「もう、ええ加減に。。。せんか―――い!」
エディーは両腕に抱え込んでいるふたりを思いっきり振り回して目の前の林へ放り投げた。
ほんの数瞬呼吸を整えようとしたエディーは林の中でドオン!という爆発音を聞いた。
「しまった!」
エディーはふたりを追って林に飛び込んだ。
スダッチャーは新たなスダチ・ソードを振り上げてシャレコウベ怪人を巨木の幹に追い詰めている。シャレコウベ怪人はスダッチャーを近づけまいと毒液を周囲に撒いている。周囲の木々に被害が及ぶ。
スダッチャーは木の枝に呪文をかけてスダチ・ソードを生み出すことができる。林に投げ込んだのは失敗だったか。エディーはまずシャレコウベ怪人に向った。格闘戦のセンスは悪くないが、以前のロック・バイソンのパワーファイターぶりはなりをひそめている。毒液攻撃さえ封じれば押さえ込めるはずだ。
ビュビュッと吐き出された毒液をかわして神速のパンチを叩き込む。至近距離からだがその衝撃はシャレコウベ怪人の体を貫いて背後の巨木の幹を揺らした。
「来いロック・バイソン。決着をつけよう」
その言葉にシャレコウベ怪人が微かに頷いた。少なくともエディーにはそう見えた。だがその時、木々の間からスダッチャーが飛来してスダチ・ソードをエディーの背に叩きつけた。
ドオン!
ウワッ!
火花を散らせてエディーの体は林の中へ吹っ飛んだ。そのエディーには目もくれずスダッチャーはシャレコウベ怪人にソードによる攻撃を開始した。
ズドン!ズガン!
シャレコウベ怪人はその爆裂攻撃をかわそうともせず腕で受け止めた。当然ダメージは小さくないが、シャレコウベ怪人は構わず毒液を吐き続けた。度重なる毒液の攻撃でスダッチャーのボディはほとんど真っ黒だ。今や彼は暴走する破壊魔人と化している。
ぐうううええええ。
毒液は大きな苦痛を伴うようだ。スダッチャーの唸り声は抑えきれない闘争本能に加えて苦悶の声なのかもしれない。横にはらったスダチ・ソードが木の幹を次々と吹き飛ばしてゆく。この林の木々を全滅させるのはスダッチャーの爆裂剣か?シャレコウベ怪人の毒液か?いずれにしてもこのままでは山ひとつ丸坊主になるのは時間の問題だ。
「やめろおおお!」
今度はエディーが戦いに復帰した。背中はズキズキ痛むがそんなことは言っていられない。スダッチャーのソードをかわして延髄に蹴りを叩き込み、ふらつくボディーに体当たりを食らわせて仰向けにひっくり返す。しかし今度は背後からシャレコウベ怪人の毒液を浴びて焼けるような痛みにのけぞった。スダッチャーが再び立ち上がってエディーに迫る。
―――くそ!マズイな。これじゃキリが無い。
エディーの消耗が激しい。
その時!
「このアホンダラァァァ!」
バケツいっぱいの液体がスダッチャーの頭上からぶちまけられた。
「エリス!」
エリスの中和剤だ。間に合ったのか!
流水でも洗い流せなかったネバネバの毒液が今ぶっかけられた中和剤でかなり落ちた。
エリスはさらに腰のパウチから注射器を取り出すと逆手に握ってスダッチャーのお尻に思いっきり突き刺した。中の薬剤を一気に体内へ押し込む。
「ひっ」
毒液の影響で狂ったように暴れまわっていたスダッチャーが一瞬身を硬くさせ、全身を大きくぶるるっと震わせた。カクッと力が抜けたように傍らの木にもたれかかった。
それを尻目にエディーはシャレコウベ怪人と最後の戦いに臨んだ。もうこれ以上貴重な木々を台無しにさせるわけにはいかない。
繰り出される怪人のパンチ、キック、頭突き攻撃を先読みしていたかのようにかわしたエディーは僅かに腰を落として敵の動きを見た。タイミングをはかって。。。跳ぶ!
「激渦烈風脚!!!」
激しい渦のように体を回転させながら繰り出す連続回し蹴りが空気の層を切り裂いてシャレコウベ怪人の側頭部に次々とヒットする。
ピシッ。。。ビキッ!
硬いシャレコウベの頭骨に深いヒビが走りバキッと嫌な音がして側頭部が破損し、欠片が飛んだ。エディーの回転が止まったとき、シャレコウベ怪人の首は妙な角度で曲がり、頭部は無残に割れていた。棒立ちのままゆっくりと仰向けに倒れるとシャレコウベの眼窩や体の機械の継ぎ目からどす黒い有毒の体液がダラダラと流れ出して、それきり動かなくなった。
「ふああああ」
気の抜けた欠伸が聞こえエディーが振り返ると、スダッチャーが両手を頭上に上げて伸びをしている。
「なんかよく寝たなぁ。あれエディーじゃん。ナニしてんの?」
「なによアンタ。覚えてないの?!」
素っ頓狂な声にエディーもエリスもイラっとした。ヨーゴス軍団の再生シャレコウベ怪人だけが相手なら、恐らくこんなに苦労してはいないだろう。周囲に気を遣いながらふたりの敵を相手にせねばならなかったエディーは少なからずダメージを食らった。覚えていないじゃ済まされない気持ちだった。
それでも「まあまあ」とエリスをなだめつつ、エディーはスダッチャーを倒れているシャレコウベ怪人の傍らに呼んだ。その姿を見たスダッチャーは「あっ」と声を上げた。
「思い出した。コイツをぶん殴ってやらなきゃいけないんだった」
跳びかかろうとするスダッチャーをエディーが慌てて両腕で静止し、耳元でこの怪人はもう二度と起き上がらないことを告げた。
「ちぇっ。オレが斃したかったのになあ」
スダッチャーはスダチ・ソードを肩に担ぐとブツブツ文句を言いながら林の奥へと姿を消した。
「もう、なんだっていうのよ、まったく」
文句を言いたいのはこっちよ、とエリスがホッペを膨らませたとき、1台の軽トラックが道の向こうからこちらへ走ってくるのが見えた。さきほどバトルフィールドとなった民家の家人だろうか?
母屋は無事だが物置は破損し畑も荒らされてしまった。事情を説明しておかねばなるまいが、とにかく彼らが帰宅する前に状況が終了したのは幸いだった。
「タレ様が言うておられた激辛スパイスとはスダッチャーめのことであったか」
「ま、再生ツギハギ怪人ならあの程度じゃからのう」
「ふむ。しかしスダッチャーが乱入してくれたおかげで少しは楽しめたわえ」
ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。
ひょっひょっひょっひょっひょ。
林の奥から聞こえたふたつの怪しいその声は、エディーたちの耳にはまったく届いてはいなかった。
【五番勝負】対灼熱怪人
キイイイイイイイン!
エディー専用高機動バイク、ヴォルティカが風となって疾走する。
エディーとエリスは平時よりこの高速バイクで徳島県下をパトロールしているが、この走りはパトロール時のそれではない。
「急いで!熱源はこの先を移動しているわ」
「了解」
サイドカーでナビを務めるエリスの指示でエディーはヴォルティカのアクセルを更にふかせた。ふたりのターゲットは、エリスのタブレットに浮かび上がる緑の光点、地中を移動する謎の熱源だ。
徳島県下で局部的な高熱が観測されはじめたのは5日ほど前からだ。突然現れたその異常な高温は地中からの放熱であることがわかった。
その正体を探らんと地面の掘削準備にとりかかろうとしていた時、センサーで測ったところ熱源の温度は600℃を超えていることが判明した。すわ溶岩かと町は騒然となり、当然掘削も一旦中止となった。しかしさらに関係者を驚かせたのは、その翌日には熱源の場所が移動していたことだ。
その後熱源は真上の地上に陽炎をたてながら移動し続けた。
その報告を受けたエディーとエリスは顔を見合わせた。
「アッチチの怪人。とうとうヤツが来たんだ!」
ふたりは直ちにその熱源を追跡した。彼らにはわかっていた。その熱源はエディーたちを誘っているのだと。
―――どこへ連れて行こうというのだ?
「エディー。気をつけて」
エリスが指さす先に、円形公園が見えてきた。ソフトボールの試合が出来そうな広さを持つ県民の憩いの場だ。中央には涼しげな円形の東屋があり、広い木陰を作る木々が周囲を取り囲んでいる。
その光景が陽炎の向こうでユラユラと揺れている。どうやら敵はエディーとエリスをその円形公園へと誘導しようとしているらしい。
エディーとエリスはヴォルティカを降りると円形公園内に向かって進んだ。
「暑いな」
1歩踏み出すごとに高熱が物理的な圧となってふたりの行く手を阻む。渦のアーマをまとっていなければとっくに気を失っているだろう。
突如公園の中心に建てられた東屋がボンと音を立てて炎に包まれた。木製の東屋は一瞬にして炎の中に消えた。
大型のターボライターを地中に埋めてあるかのような、青みがかった勢いのある炎が地面から東屋を包み込んで空へ向けて真っ直ぐに立ち昇っている。
「ここへ来いってか?」
「私たちを誘っているのね。いいわ、行ってやりましょう」
毅然と胸を張って歩き出そうとするエリスをエディーは片手で制した。彼女の青く長い髪が高熱による突風にあおられて舞っている。
「エリス。君はまず関係各方面に連絡を入れてくれ。そして周囲に人がいないか確認を」
エリスの気持ちはわかっている。謎のモンスター群の大将格を相手に、自分も何かエディーの力になりたいと思っているのだ。しかしエディーの指示ももっともなものだ。エリスは無言で頷くと駆け出した。
それを見届けてエディーは円形公園内に足を踏み入れた。盛大に燃え上がる東屋へ臆せず歩み寄る。
「さぁ。やろうじゃないか」
歩きながらエディーは渦エナジーを両手に集めてエディー・ソードを練成させた。
謎のモンスターチームの大将格、高熱を発するモンスターの存在はローカルヒーローズ・ネットワークの情報からそれとなく耳にしていた。しかし目にするのはエディーが初めてとなる。どんなヤツが現れるのか?エディーは油断無く構えた。
しばらく見ていると、吹き上がる炎が枝分かれするように別の小さな炎の柱を生み出した。
新しい炎の柱は次第に赤みを増してゆき、おぼろげに人の形を取り始めたではないか?!
―――人型の炎?いや、炎の怪物。さしずめフレイム・モンスターというところか。
頭も胴体も四肢もすべてが炎だ。人型の炎はエディーの正面に立つと顔に当たる辺りにボツ、ボツと黒い点のような目が生まれ、その下に刃物で切り裂いたように口が開いた。その口がニヤリと不気味に横に伸びた。
それを合図にエディーが仕掛けた。
ソードを脇に構え、フレイム・モンスターとの距離を一気に詰めるとソードで敵のボディを真横に薙ぎ払った。
シュン!
フレイム・モンスターの体は確かに上下真っ二つになり一瞬背後の景色までが見えたが、すぐにまたひとつの炎の柱に戻った。
―――斬った手ごたえがまったく無い?
エディーはソードを見つめた。
―――ヤツには実体が無いのか?!
つまりこのモンスターは肉体が発火しているのではなく、炎そのものが体ということだ。炎を切り裂くことは出来てもそれによってダメージを与えることはできない。
フレイム・モンスターが不敵にニヤリと笑った。意思を持つ炎。。。いったいどうやって戦えばいいのか?
「1度で斬れなきゃ2度でも3度でもだ!」
エディーは気持ちを奮い立たせると高熱の大気の渦を突っ切って再び斬りこんだ。
てえええい!
シュッ!パシュッ!
実体のあるものならば一撃で真っぷたつに切り裂いたはずの斬撃は、むなしく赤い炎を揺るがせ続けたにすぎない。
フレイム・モンスターが両手をエディーに向けて伸ばした。途端!
ゴオ!
エディーの全身を炎が包んだ。
後ろへ下がりたい気持ちを堪えて、エディーはソードを回した。何かを考えてのことではない。無意識に回した。速く!さらに速く!
本来は青い光を放つエディー・ソードが真っ赤に染まっている。しかしエディーの両手の中で高速で回転するエディー・ソードは周囲の炎を絡め取るように巻いて炎の糸車と化した。その分エディーの周囲の温度はわずかに下がったが、この高熱エリアに長くとどまっていてはまずい。まして、このままではエディー自身も攻撃に転じることはできない。
やむなくエディーはソードを回転させて光のバリアを展開させたままじりじりと後退した。
その時、円形公園を取り囲むように植えられている外周の樹木が1本ずつ燃え始めた。
ボウ!ボン!ボシュッ!
まるで何かのセレモニーであるかのように炎は次々と隣の木に燃え移り、ついにはそこを丸い炎のコロッセオに変えてしまった。
巻き上がる炎による突風が公園内で渦を巻く。
―――オレをここから出さないつもりか。それならこちらも覚悟を決められるってもんだ。
エディーは真っ赤な世界の中でシラサギの鉢金を取り出して額のエンブレムにあてた。
ギュウウウウウウウン!
エディーの体の隅々にまで渦のパワーがみなぎって彼の体を更なる超人へと劇的変化させてゆく。
額のエンブレムから伸びた金色の鋭い羽が炎を照り返して輝いている。エディーはロック・バイソンを斃したエボリューションフォームへと強化変身した。
渦の強化アーマによって熱さが和らいだ。一気にたたみかける時だ。エディー・エボリューションは更なる剛剣と化したソードを大上段に持ち上げると、大地も裂けよとばかりに一気に振り下ろした。
「タイダル・ストーム!」
剣の斬撃が生み出す超振動波が光の刃となって敵に奔った。
ザシュッ!
フレイム・モンスターの表情が驚きに変わった。ボディが斜めに大きく引き裂かれ、炎を揺らしながら大きく傾いた。タイダル・ストームは炎を切り裂いたのみならず、その衝撃波で周囲の空気を震わせて切り口の炎を大きく消し飛ばしていった。
―――やったか!?
だが、30センチほども開いた上半身と下半身の空間に再びいくつもの小さな炎が生まれ、見る見る上下に切り離されたボディを繋ぎ始めた。
驚きの表情は再び気味の悪い笑い顔へと変わる。黒い点の目が二つと横に切り裂いたような口だけの顔が炎に浮かび上がる。その表情が突然怒りのそれに急変した。
声こそ出ないが、怒りの絶叫をあげているようだ。その途端、炎の温度が急激に上がった。
1000℃近くあろうか。周囲の石ころが溶けて赤く光っている。
―――くっ、まずい。これほどの超高熱に包まれていたらエボリューション・フォームでも5分が限界だ。
ごおおおおおお!
視力が極端に狭くなり、炎で巻き上がる風の音以外何も聞こえなくなってしまった。
再びエディー・ソードを高速回転させて渦エナジーのバリヤを前面に展開させて少しでも炎によるダメージを軽減させようとするが、ほとんど溶岩の中に身を投じているような熱さはエディー・エボリューションの生命力を急速に奪ってゆく。
ふと、エディー・エボリューションは炎人間の背後にエリスの姿を認めた。熱のドームに足を踏み入れて何かを必死に伝えようとしている。
―――駄目だ、エリス。ここに入っちゃいけない。公園から出ろ!炎のエリアから出るんだ!
両手を振ってエリスに退避を促すが、彼女は前屈みになって前へ前へ進もうとしている。青く長い髪から煙を吹いている。
「こ、このままでは負ける。。。エボリューション・フォームじゃ駄目だ」
エディー・エボリューションは片手でエディー・ソードを回転させながら腰のパウチから三角形の赤いコアを取り出した。渦戦士エディーの最強フォーム、アルティメット・クロスへのパスポートたるエディー・コアだ。だがソードによる斬撃をも受け付けない実体を持たない高熱モンスターに対し、果たしてアルティメット・クロスの能力が効果を得られるだろうか。。。?
思案するエディー・エボリューションの手からアルティメット・クロスのコアがポロリと滑り落ちた。
「しまった!」
足元に落ちたコアを拾おうにも、超高熱に包まれてうまく体が動かせない。意識が薄れ始めた。エリスはなおもこちらに近づこうと熱風の中でもがいている。
―――どうする?アルティメット・クロスの爆発的パワーアップに賭けるか。。。しかし。。。
その時、ある言葉がエディー・エボリューションの頭の中に、まるで燃えカスのように残った。
爆発。。。的。。。
もはや論理的思考はなりをひそめ、本能だけが彼の脳内を支配していた。赤い光の世界の中で超高熱に苛まれながらエディー・エボリューションはじっと足元のコアを見つめていた。堅固なアーマが溶け始めている。
熱気を遮るためのエディー・ソードのバリアもついに回転を止めた。エディー・エボリューションはがくりと片ひざを地面についた。ドロリと溶けた地面に膝が埋まる。
エリスが何か叫んでいる。
エディー・エボリューションは最後の力を振り絞ってソードの切先で落ちたエディー・コアを刺した!
その途端!
パアアアッ!
凄まじいボリュームのエナジーがコアの裂け目から迸った。
渦エナジーの奔流だ!
迸るエナジーが巻き起こす衝撃波がエディー・エボリューションを中心に周囲へ奔って暴れる炎を瞬時に蹴散らした。
地面に膝まづいたエディー・エボリューションを勝者の顔で見下ろしていたフレイム・モンスターの表情が今度こそ驚愕に変わり、その全身が吹き荒れる渦エナジーの噴出の中で蒸発した。
エディーを何者にも勝る最強フォームへと一瞬にして変身させる凄まじいエナジーの奔流が爆発となって円形公園のあらゆる炎を吹き飛ばして消した。
森林火災など広範囲の火災を一挙に消火するのに用いられる爆風消火の応用だ。
全身を包む超高熱の中で朦朧とした意識の彼が選択したものは、最強フォーム、アルティメット・クロスへの変身ではなく、コアを破壊することで巻き起こるエナジー爆発による消火だったのだ。
衝撃波が収まった時、そこにフレイム・モンスターの姿はなかった。
超高熱で焼かれ、炙られた円形公園内には何ひとつ残っていない。ただノーマルフォームに戻ったエディーと、溶岩と化して赤く光る無数の石ころだけだ。エリスは爆風で公園の外まで飛ばされて仰向けに倒れている。
エディーは周囲を見渡して状況を確認した。胸のエディー・コアはほとんど色を失っている。渦戦士でいられるのもあとわずかだろう。よろよろと公園を出てエリスのもとへむかった。
彼女は気を失っていたが、声をかけて肩を揺さぶるとうっすらと目を開けた。
「あっ、いたたた」
エリスは吹き飛ばされた時に全身を地面で強打したようで、立ち上がるのも辛そうだ。
「どうなったの?」
細い声でそう言いながら無人の円形公園内に入っていった。
「やっつけたのね。。。」
公園を見渡してポツリと呟くと、地面に落ちている三角形のコアの残骸を拾い上げた。
「アルティメット・コアのエナジーを体内に取り込まず外部に向けて放つだなんて。よくも思いついたものだわ」
「ほとんど無意識でやったことだけどね。うまくいってよかったよ」
ふたりはふううっと大きく深呼吸した。
敵の大将フレイム・モンスターは溶岩並みの超高熱で相手を焼き尽くす恐るべきやつだった。常識的な戦法では勝利は望めなかっただろう。
戦いの緊張感から開放されたエディーの耳にエリスの呟きが届いた。そっと耳を寄せて聞くと。。。
「アルティメット・コアの特製ケース、私のバイト代10ヶ月分。赤い渦エナジーの精製、私のバイト代半年分。一瞬で消えた。一瞬で飛んだ。一瞬でフイになった。コアの特製ケース、私のバイト代10ヶ月分。赤い渦エナジーの精製。。。。。。」
―――ギクッ!
エディーはそろりそろりと後ずさりしたが、気配を察したのかエリスは振り返ってエディーを見た。
「ひっ」
一瞬エディーは凍りついた。
彼女なりに大変な苦労を重ねて作り上げたアルティメット・クロスのためのコア。命がけの勝負とはいえ、それを一瞬で破壊してしまったことをエリスは怒っているに違いない。
しかし謝ろうとしたエディーにエリスは「お疲れ様」とひとこと言い残すと、お尻をさすりながら円形公園を後にした。
その後姿にエディーは深々と頭を下げた。
この戦いを境に、謎のモンスターによる急襲はなくなった。やはりエリスの予想通りあの炎の怪人は最後の刺客であったのだろう。
しかし全国にはまだ得体の知れないモンスターが大勢いる。そして徳島には宿敵ヨーゴス軍団もいる。
エディーとエリスの戦いの日々はまだまだ続きそうだ。だが徳島県民に危機が訪れたとき、エディーとエリスは必ずやってくる。
私たちを守る為に!
(完)