渦戦士エディー

『沈む王国』

<侵略を止めろ!深海編>

(序)最終章より

国王は王妃の手を固く握ったまま石舞台の先端まで進んだ。

ここは王国の中心部にある「謁見の広場」を見渡すことができる高台に造られた半円形の舞台だ。

かつてはこの石舞台から多くの国民に手を振った。戴冠式の日も王子が生まれた日もここで国民の熱烈なる祝福を受けた。

だが、今や王国など無い。国王と王妃は渦巻く大海原の真っ只中にいた。

慈しむべき国民も守るべき国土もすべてこの海の下だ。最後に残った「領土」たるこの石舞台も、ほどなく海に飲み込まれるだろう。もしくは四方八方の海から石舞台に這い上がろうとしている深海からの「使い」たちによって食われるのだろう。

この日に備えて兵士達を鍛え上げた。この日に備えて堅固な堤防を築いた。だがすべては徒労に終わったのだ。

民を守るべき国王がすべての民を喪い、最期のふたりになってしまった。何と皮肉なことか。

最愛の王妃は既に気がふれている。

―――それでよい。

正気を失ったおかげで王妃はさして恐怖も感じてはいないようだ。だがつないだ手を離そうとはしない。国王の掌にくっきりと爪の痕が残るほどに強くその手を握っていた。

今生きていることの唯一の証しであるその痛みが愛おしく、それを与えてくれている王妃に感謝した。

「アリュシグルマイノス。。。アリュシグルマイノス。。。」

さきほどから王妃は王国に伝わる全能の神の名を唱え続けている。子供の頃、現役の国王であった祖父から教えられたその神の名を国王もことあるごとに唱えてきた。

だが全能の神などいなかったのだ。

背後に生臭い何かの気配が迫っている。

不意に星空が何かに覆われた。

見上げると、頭上には横にいくつも並んだカニの目と山を切断できそうなハサミと水平線の向こうにまで届きそうな長く太いイカの足を持つバケモノがこちらを見下ろしていた。

「貴様が母なる邪神か」

国王は腰につけた宝石を埋め込んだ短剣を抜いて天に向かって突き上げた。

だが次の瞬間、それは盛り上がって王国のすべてを呑みこんだ海によるものであったのか、鋭い乱杭歯を突き出して襲いかかった深海からの「使い」によるものであったのか、振り下ろされた母なる邪神の巨大な足のひとつによるものであったのかはわからないが、唐突に―――

終わりが訪れた。

 

(一)開けられた玉手箱

北緯335☆分 東経1345☆分。紀伊水道の海中をゆっくりと進む黄色の機体があった。

うずしお大学所属の無人海底探査艇「おとひめ」。最大深度1,200mまで潜ることができるスグレマシンだ。操縦は海上の母船で行なっている。

「水深880m。間もなく海底が見えてきます」

操縦者の女性研究員ハマサカ サクラはコンソールのジョイスティックを慎重に操作しながらモニターを凝視していた。

サクラはうずしお大学の人間ではない。弱冠24歳。国の研究機関「深海調査開発機構」〜Deepsea Investigation & Development Organization〜通称 D.I.D.O.(ディドー)に所属する研究員だ。若き深海のエキスパートである。未知の深度にまで潜る今回の海底探査に際して、うずしお大学が彼女を招聘したのだ。

彼女の左眼がピンク色の光を湛えている。彼女は左右の瞳の色が異なる、いわゆるオッドアイである。しかも左の瞳の色が世界的に珍しいピンクときている。

無数のマリンスノーがモニターを横切ってゆく。生物らしきものがモニターに映るのは稀だ。やがて海底が見えてきた。堆積物に覆われてモニターには白く見えている。たまに深海に棲む小さなエビがおとひめの放つ光に驚いて逃げてゆく。

海底付近の調査を開始して約15分。ソナーが何かを感知した。

「何でしょう?」

操縦者のサクラが背後のうずしお大学教授ネモチ クラノスケに話しかけた。

「海底に何か埋まっているのかもしれないな。正確な場所はわかるかね?」

ネモチ教授の指示に無言で頷き、サクラはソナーの感度を確かめながらおとひめを旋回させた。

ピン。。。ピン。。ピンピン。ピピピン。。

探知音の間隔が短くなってきた。

―――ここだわ。

サクラの左目がソナーよりも早く何かの存在を知らせた。

海底に近づいた探査艇のプロペラが堆積物を巻き上げた。海洋に生息する微小生物の遺骸などが積もり積もって軟泥となった堆積物が一斉に巻き上げられてモニターの中は一瞬にして白濁してしまった。

それが収まるまで十数分の時間を要したが、やがて海底に体の9割以上を埋没させた何かが顔を出していた。

「あれか!?」

ネモチ教授がグイとモニターの正面に顔をねじ込んできてサクラは顔をしかめた。だが重大な発見ならば大学の名誉と同時に自分自身の名声も跳ね上がる。期待に頬を紅潮させるのは無理もないことだろう。

探査艇は今度はプロペラを止めたまま自重でゆっくりと海底に再接近した。

埋まっているのは明らかに人工物だ。石盤の一部のように見える。モニターの解析度を最大にして目を凝らすと、何やら文字のようなものが刻まれているのがわかる。

「マ、マミュパレーターだ、サクラさん!」

―――言えてないし。

ま、言いたいことはわかる。サクラは握っていた操縦用ジョイスティックから手を離し、金属で造られたグローブ状のものに手をさしこんだ。手の動きやかかった圧力の方向を敏感に察知して船外のマニピュレーターが稼動し始めた。腕の2箇所にある関節が滑らかに稼動して先端のハンドを石盤に向けて伸ばしてゆく。

―――掴んだ。

金属製の指が石盤の上端を掴んでゆっくりゆっくり引き出してゆく。全体の大きさがわからないので迂闊に引き揚げると割れてしまうかもしれない。まずは根気よく横へ引き出す感じで石盤を堆積物から抜き出すことだ。

「思いのほか大きいですね」

「ううむ。座布団4〜5枚分ってとこか?とにかく慎重にな」

探査艇のマニピュレーターは1本だけだ。水や海底の砂などを少量採取するのが目的であって、あまり重いものを保持することは想定していない。

「持てるでしょうか?一度浮上してもっと大型の探査艇で回収したほうが確実ではありませんか?」

「そんな予算があるわけないだろう。なんとか持ち上げるんだ。なんとか。。。」

ネモチ教授は無意識に唇を舐めている。サクラはまた顔をしかめた。

石盤が海底の堆積物から引き出されて全体の姿がモニターに映し出された。やはり何かの文字がびっしりと掘り込まれている。かなり古いものであることは間違いあるまい。

サクラはマニピュレーターを巧みに操作して石盤の一辺のほぼ中央を掴みなおすと探査艇を浮上させた。白い堆積物が石盤に絡みつき、まるで海底を離れようとするそれを逃すまいとしているふうに見えた。

しかしそれもむなしく石盤はついに海底を離れた。

「うまいぞ!」

ネモチ教授が快哉をあげたその時!

周囲の白い堆積物が一瞬で消滅した。

モニターを通してそれを見ていたサクラたちには何が起こったのかすぐにはわからなかった。だが彼女の周囲に設置されている計器類は一斉に異常を訴えはじめた。

ピィピィピィピィピィ―――

コンソールのあちらこちらで赤い警告ランプが点滅し警告音がわめきたてた。

「ななな何だ?何が起こっている?」

「これは。。。海底が!海の底が抜けた!?」

サクラは自分の見ているものが信じられなかった。今の今まで目の前にあった白い堆積物を湛えた海底がいきなり消滅して更に深い海がぽっかりと口を開けたのだ。モニターには果てしない暗闇が映っている。まるで風呂の栓を抜いたときのように、海底の砂泥や小さな生物たちもろとも、大量の海水がぽっかりと開いた更なる深海へと吸い込まれていった。

その奈落へと向かう激流に、探査艇おとひめも巻き込まれた。

「艇のバランスがとれません。深海に向けて激しい潮流が発生していて浮上できません」

「深度は!?」

「現在の深度1070m。一気に200m近く引きずり込まれました。更に下がります」

「石盤は?」

「掴んでいます。でも石盤が重石になっていて艇首が上がらないんです。いよいよの時には石盤を放棄して探査艇だけでも生還させます」

「うう。。。ううう。。。やむを得ないが、しかし。。。しかしねぇ。。。」

「わかっています。最後の最後まで努力はしますから!」

「しかしまもなく潜航艇の限界深度を越えるぞ!どうすんだ?」

「ちょっと黙っててください!」

サクラはモーターが焼ききれる寸前まで全速後進を続けた。その甲斐あってか、一時は限界深度を越える所まで沈んだおとひめは約20分後、ようやく激しい下降潮流から逃れることに成功し浮上を開始した。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

うずしお大学が所有する桟橋に戻った母船の中でただちに会見が開かれ、本来の目的であった海底の地形調査などの報告に続いて例の石盤を紹介した。これはセンセーショナルなニュースとしてあらゆるメディアで取上げられることとなり、翌朝には全国紙でもデカデカと取り上げられていた。

<深海から謎の石盤 古代文字による碑文の解読に注目>

「これはしかし、ものすごい出来事よね」

「ああ。世界的な発見だよ」

いつもの喫茶店の奥の席でヒロとドクは今日も地元紙を広げて隅から隅まで読んでいる。だが今日の話題は何と言っても無人海底探査艇おとひめが紀伊水道の海底から持ち帰った謎の石盤に尽きる。喫茶店内でもその話をしているお客があちらこちらにいる。

ふたりのテーブルにコーヒーを届けてくれたマスターも、広げられた新聞をチラリと見て「これ、スゴいですよね」と声をかけていった。

「いつ頃の物なのかしら?」

「詳しい分析はこれからみたいだよ。でも記事によるとかなり古いことは間違いないみたいだなぁ。分析の結果が楽しみだよね」

ヒロもドクも目が輝いている。

「だけどこの碑文の文字は過去にあったどの文字とも体系が違うらしくて解読するのも大変らしいわ」

新聞には石盤の全体写真が掲載されているが、小さすぎて文字まではよく見えない。もしかしたら人間の文化が確立される以前の古い時代のものかもしれない。いったい誰が何を伝えようとしてこのようなものを造ったのか?なぜ紀伊水道の海の底深くに沈んでいたのか?謎の石盤は記事を読む者すべての心にロマンをかきたてた。

こうしてこの日のコーヒーはすっかり冷めてしまった。

 

(二)気づいた者たち

―――探査艇母船内の一室。

調査員ハマサカ サクラがパソコンで先日の石盤回収の一部始終を見返していた。

大学に研究室を持たない彼女は母船内に彼女専用の部屋を借りているのだ。

サクラには気になることがあった。

紀伊水道の海底であの石盤を回収した時、海の底が抜けたように新たな海溝が口を開いた。今までに観測されていなかった海溝だ。これをもとにこの海域の海底地図が描き変えられることになるだろう。それを新たな発見だと喜ぶのは結構なのだが、はたしてそんなことがあり得るものだろうか?

それにもうひとつ。。。

パソコンに映し出された不気味な海溝の画像。真っ暗な海の底の画像に彼女の視線は釘付けになった。

―――やっぱり何かがいるわ。しかもたくさん。。。

この暗い画像を拡大するにしても限界がある。肉眼で見て何かがわかるというものでもない。

だがサクラには見えていた。彼女の不思議な左目がボゥと淡いピンクの光を帯びている。

彼女の左目は単に色が珍しいだけではなく、普通の人間に見えないモノを見ることが出来る不思議な能力を持っているのだ。

「こっちへ来る。大変だわ」

そう呟くと、サクラは大急ぎで部屋を飛び出すと船のタラップを駆け下りた。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

ここは眉山の中腹。

山腹をくりぬいて造られた暗い横穴にいくつかの気配が蠢いている。闇にふさわしい者どもの気配だ。

ここにいる者どもには光など無用なのであろうか、真の闇だ。ゆえに姿は見えぬが、人ではない何かがゴソゴソと動いているのだけはわかる。

ババッ!

入口を隠す為に垂らしてあったのであろう布のような物がいきなり荒々しく跳ね上げられた。そこからなだれ込んだ光の洪水が横穴を隅々まで照らし出す。すると今度はその光をかき分けるように大きな影が押し入ってきた。

闇を駆逐する光。その光を亡き者にする影。

タレナガースだ。

2メートル以上ある巨躯を迷彩色のコンバット・スーツに包み、編み上げ式のコンバットブーツを履いている。胸には巨大なドクロの胸当てを付け、手には毛皮のグローブをはめている。10本の指先は分厚い毛皮を突き破って刃物のようなツメが伸びている。銀色の頭髪はすべて後頭部へ流し絡めあって束にしたドレッドスタイルだ。肩からは縞模様のケモノのマントを羽織っている。

だがこやつがもっとも不気味なのは何よりもその顔だ。

肉がついていない。

皮膚も目玉も無い。

のっぺりとしたシャレコウベヅラなのだ。人としての、いや生き物としての柔らかな部分が、温かみを感じさせる部分が何ひとつ無いのだ。

ぽっかり空いた虚ろな眼窩の奥には恨みの赤い炎が灯っている。息をしない鼻腔の下には乱杭歯が剥き出しになった口がある。左右の口の端からは頬を切り裂くように1対のキバがそそり立っている。

魔物タレナガース。徳島に仇を為す悪の秘密結社ヨーゴス軍団の首領である。つまりこの横穴はヨーゴス軍団のアジトのひとつというわけだ。

「待ちかねた、タレ様」

タレナガースを迎えたのはやはりヨーゴス軍団において全県民から恐れられる大幹部ヨーゴス・クイーンだ。

獰猛なキラービーを思わせる吊り上がった複眼を持ちけばけばしい紫のマントをまとう姿はまさに毒婦である。愛用の太いキセルは岩をも砕く。

ヨーゴス・クイーンの背後にはドクロマークのヘルメットを被った下級戦闘員たちが控えている。皆なにやらそわそわしているのは何故だろう?

「この、はらわたがゾワゾワとする妙な気分の原因は掴めましたかや?」

「ギ・・・ギギギ・ギ」

一昨日よりヨーゴス軍団のメンバーは突如奇妙な感覚に苛まれていた。身のうちがゾワゾワして何やら落ち着かぬ。宿敵エディーの渦エナジーに近づいた時も激しいめまいや吐き気に見舞われたが、どうもそれとは違う。このような感覚は初めてだった。不安で心細かった。

誰かひとりの感覚ではない。軍団の皆が同じような症状を訴えた。タレナガースも例外ではなく、今朝からアジトを出て原因を探っていたのだ。

「やはりエディーめの青い光に起因することであろうか?」

クイーンのすがるような問いにタレナガースは無言で首を振った。

「原因はコレじゃ」

懐から今朝の地元紙をつかみ出すとクイーンの目の前で広げた。探査艇おとひめが海底から回収した石盤の写真が載っている1面だ。その写真を見たクイーンのハチの目が限界まで開かれた。驚いているのではない。恐れているのだ。この魔人が。。。?

「人間どもめ、玉手箱の蓋を開けおったわ。中身が何かも知らずに。。。」

ヨーゴス・クイーンは今一度朝刊に顔を近づけ石盤を凝視すると、アジトの床にペタリと尻を落とした。

「終わった。。。無知な人間どものせいで何もかも終わりじゃ。。。」

首領タレナガースは力なく呟く大幹部の前に立つと、その胸ぐらを引っ掴んでグイと引き上げ無理やりに立たせた。

「しっかりせぬかクイーンよ。それでも我がヨーゴス軍団が誇る大幹部か!」

タレナガースはクイーンの目の前で朝刊を千千に引き裂くとアジトにいる配下の全員に号令した。

「よいか。こたびの敵は大軍ぞ!我らヨーゴス軍団も総力を上げて戦わねばならぬ。クイーンよ、戦闘隊長に命じてすべての戦闘員をひき連れ、海岸線を固めるのじゃ。ダミーネーターにもビザーンにも命じよ。直ちにかかれ!」

「じゃが、このいくさ勝てようか?相手はあの。。。」

「勝つのじゃ!勝ってみせねば我らは何の為にあの地獄から蘇ったのじゃ!!」

タレナガースは吼えた。それは配下の者たちのみならずみずからを鼓舞するためであったかもしれない。

「で、タレ様はどうなされるのじゃ?」

ヨーゴス・クイーンの心細げな問いを背中で受けて、タレナガースはアジトの出口へと向かった。

「ちと、やることがある」

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

ピ〜ンポ〜ンパ〜ンポ〜ン。

「本日の授業はここまで。みんな今日ボクが紹介した『地獄の刀鍛冶』すごく面白いファンタジーだからぜひ読んでね」

三々五々席を立って教室を出てゆく生徒達を見送って講師のイトイガワもマイクのスイッチをオフにした。教壇にこうして立っていなければ、誰も彼を大学の講師だなどとは思うまい。

とある女子学生曰く「オタク100人を大鍋で煮つめてとれたエキスを人型に流し込んで造った」ような男なのだそうだ。肩まで垂らした天然パーマの長髪に手の油で曇った丸い縁なし眼鏡をはさみこんでいる。服装は白衣を羽織ったウォーリーだと思ってもらえばよい。

さまざまな阿波の伝承やわらべ歌などから、忘れ去られた文化や風俗を読み解く徳島民俗学の第一人者としてイトイガワは昨年からこの阿波短期大学の講師として迎えられた。だが彼の名を一躍全県下に知らしめたのはヨーゴス軍団の企みを阻止する渦戦士エディーの活躍に何度か力を貸したことが大きい。

阿波の地にいにしえより生きる市井の人々の息吹を現代の若者に伝えることを目的とした彼の講義はなかなかに人気が高い。阿波どころか日本からも逸脱して世界のファンタジーやら未確認生物やらの話にまで脱線してしまうバラエティ豊かな彼の話は、アニメや小説好きな学生たちにも受けが良かった。

「。。。んせい」

教室を出たところで、彼は遠慮がちな声に呼び止められて振り返った。そこには彼の受講生である女子学生が立っていた。手に新聞を持っている。

グレーのTシャツ、ジーンズにスニーカーというカジュアルないでたちにキャンバス地の大きなリュックを背負っている。

「君は確か2回生の。。。ええと」

「4回生のタカミ マリコです」

「コホン。そうだった。で、何か用かな?」

イトイガワが尋ねると、マリコはちょっと恥ずかしそうに手に持った新聞を差し出した。

―――今朝の新聞?そういえば今日は新聞読んでなかったな。。。で?

「今日の新聞がどうかした。。。ん?。。。これは?」

手に取ったイトイガワの目に最初に入ったのはもちろん一面トップの無人探査艇の記事だ。彼の視線は自然と探査艇の写真に吸い込まれ、続いてその下に掲載されているあの石盤の写真へと移った。途端、イトイガワの目がまるで空気を吹き込んだ風船のように広がった。

マリコが小さい声で『沈む王国』と呟いた。内気な性格なのか消え入るような声だったが、イトイガワは「うん。うん」と何度も頷きながら記事を読んだ。その学生の言いたいことはイトイガワにはよく理解できた。『沈む王国』というのは以前彼の授業で彼自身が学生たちに紹介した19世紀末に発表されたファンタジー小説の古典だ。ラブクラフトに先駆けて、逃れようのないバッドエンドの恐怖を描いた知る人ぞ知る名作なのだ。ファンタジー小説として当時はそこそこ読まれたようだが、小説とは思えないリアルな描写がノンフィクションのようだと話題にもなった。

記事を読み進めるにつれ、イトイガワの体は小刻みに震えだした。読みながら徳島のウォーリーはあらためて悔いた。これからは毎日しっかりと朝刊を読もうと固く心に決めた。

「あの。。。回収されたこの石盤は『沈む王国』に描かれているものにすごく似ています。ふとしたことから海の底にあった石盤を引き上げてしまってすべてが始まります。つまりその。。。130年前に記されたとおりのことが今起こったんですよね、この徳島で?」

マリコは不安でいても立ってもいられないのか、小柄な体を硬くしている。

確かにこの石盤は、似ている。。。いや、まさにそのものだ。

「先生、徳島が。。。」

「言うな!その先は言っちゃいけない」

イトイガワは自分の授業に真摯に向き合ってきたであろうこの小柄な女子学生の目をじっと見て言った。空気を読まない、が特技とも言えるこの男がなんとか彼女を元気づけてやらねばと思った。

「小説の中の王国と今の徳島が決定的に違うことがひとつある。わかるかい?」

マリコはしばらく考えていたが悲しそうに首を横に振った。

イトイガワは自分自身の不安な心を奮い立たせるかのように明るく言った。

「ボクたちにはエディーとエリスがいる。ふたりの渦の戦士たちが」

 

(三)上がって来たか

月夜。

夜釣りには良い夜だ。

岸壁には等間隔に釣り人が並んでいて竿を垂らしている。

びたん。びたん。びたん。びたん。

舗装された道路の上を聞きなれない足音が釣り人たちに近づいてくる。濡れた布を勢いをつけて路面に叩きつけたような音だ。

黒い「人」がそこに立っていた。真っ黒な顔にはへの字に結んだ口だけがある。眉間のあたりから二本の細長い触手が伸びていて、左右の首の横にはエラがパクパクと開いている。手足の指の間には薄い水かきがあって全身が月明かりを受けてヌメヌメと光っている。

やがて二本の触手はスルスルと眉間に吸い込まれて消え、その近くにパクッと1対の目が開いた。首筋のエラはまるで蓋を閉じるかのように無くなって顔の中央に逆V字の穴が開き、すぅぱぁすぅぱぁと呼吸をし始めた。手足の水かきも体に吸収されるかのように消えていた。

総じて言えば、水中仕様から地上仕様へと変貌したのだ。

最も近くにいた釣り人がその足音に気づいて振り返った。新たな釣り人がやって来たかと思って会釈した。。。が!

そこに立っている真っ黒い「人」が不意に口を開いた。その口からは赤白い歯茎が前へニュッと押し出されその歯茎から地獄の拷問具を思わせるような尖った乱杭歯が飛び出した。

―――ひっ!怪物だ!?

足がもつれて後ろにひっくり返り、隣にいた仲間の釣り人にぶつかった。

黒い怪物は鋭い歯が飛び出た口をあんぐりと開けて釣り人たちに歩み寄った。

「く。。。喰われる!」

「お。。。おた、おた、おたたたたた」

ああああん、と黒い怪物が限界まで口を開いた時、腰が抜けた釣り人達がもうだめだと諦めた時、怪物と釣り人たちの間に立つ影がひとつ!

―――もしや!?

―――助かった!?

期待を込めて仰ぎ見たその姿は、青い。。。いや、のっぺりと白いシャレコウベの魔人だった。

「タ、タタタタタタ。。。。」

「タレナガース様じゃ。きちんと言わぬか」

「ひええええ!助かってないぃ!」

悲鳴をあげる釣り人を蹴っ飛ばして後方へ押しやるとタレナガースは牙をむく謎の怪物に向き直った。

「もう上がってきたか。生臭い妖気を撒き散らしおって。マーキングでもしておるつもりかしらぬが、ここは。。。」

動かぬはずのシャレコウベの顔に凄みが加わり、その背からゆらりと闘気が立ち昇った。

「余の庭じゃ!」

恐らくは水から上がったばかりで初めて出遭った陸の生き物から一喝され、怪物はひるんだ。

「野良犬は、いや。。。雑魚はとっとと暗い海の底へいねぃ!」

タレナガースは背にまとったケモノのマントを両腕に絡めてバッ!と広げた。するとまるで手品でも見せられているかのようにそやつの左右の脇の下あたりから2体ずつ、4体の戦闘員が現れた。

全身を迷彩色のミリタリースーツで包み、ドクロのマークのヘルメットの下にはガスマスクの顔がある。

タレナガースがクイとアゴで合図するや、戦闘員たちは無言のまま一斉に黒い怪物に飛びかかった。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

県西部をはしる徳島自動車道を1台の青いサイドカーが疾走している。

徳島の守護者、渦戦士エディーの専用バイク、ヴォルティカだ。サイドカーには彼のサイドキック、エリスが青い髪をなびかせている。

その自動車道に突如黒い霧が流れ込んでヴォルティカの行く手を阻んだ。

キキッとタイヤを鳴らして急停止したヴォルティカからエディーとエリスは用心しながら下車した。直ちにエリスが後続車に異変を知らせるために走る。

黒い霧はみるみるエディーのいる場所も包み込んでしまった。

―――おかしい。この霧は普通じゃないぞ。

まるで空気中に黒い絵の具を流したようだ。エディーの視力をもってしても数メートル先はまったく見えない。異様な霧の中でエディーは周囲に気を配りながら戦闘態勢をとった。この異常な状況下で自分に無言で近づいて来る者は十中八九敵だ。

霧の中からひとつの気配が浮かび上がった。エディーがうんざりするほど知っている気配だ。

「その間違えようのない気色の悪い気配は貴様だな。姿を見せろタレナガース」

黒い霧がゆらめくと、そこだけ人の形に切り取ったかのようにボッコリと浮き出た。浮き出た黒霧はダラダラと溶けるように消えて徳島県民が最も出会いたくないそいつが姿を現した。

「ふん。貴様とてその胸糞の悪い渦のエナジーは何とかならぬのか?迷惑千万じゃ」

「言ってろ。さぁ、やるか!」

「待って」

エディーが仕掛けようとした時、黒い霧のステージに不似合いな若い女性の声がそれを制止した。驚くエディーの目の前に右手を振って霧を払いながらその女性は現れた。

この霧にかなり苦しんでいるようだが?

「待って。ゴホッ、ちょっと待ってください、ゴホゴホ」

黒いゴーグルアイでなければ、エディーの目玉が飛び出そうになっているのが見られただろう。

ハマサカ サクラだ。だがエディーは彼女を知らない。

「え。。。えと、君は。。。人だよね?」

「人です!見てわかんないですか?!それとあなたもいい加減この霧やめてもらえません?!」

前にいるエディーを怒鳴りつけ、背後にいるタレナガースも怒鳴りつける。エディーはともかく、全徳島県民が忌み嫌う魔人を前にして平然としている胆力はすでに常人離れしている。

「あなただってエディーに会いに来たんでしょう?」

ふん、とタレナガースが渋々ご自慢の霧を消した時、エディーの背後から後方の安全を確保したエリスが駆けてきた。

「あ!あなたってばあの探査艇の。サクラさんでしょう?」

先日の新聞を興味深く読み込んでいたエリスは、探査艇を操縦していた若き海底のエキスパートに興味を持ちいろいろと調べていたのだ。

「あら、私のこと知ってくれてるの?」

「もちろんよ」

「うれしい。有難う」

たったこれだけの会話でサクラのご機嫌は一気に良くなったようだ。初対面にもかかわらず、今の短い会話だけで早くもうちとけあってぴょんぴょん跳ねている。このへんの心理はエディーにはわからない。

「で、なんでタレナガースのクソ親父がここにいるわけ?」

この声のトーンの素早い上下もエディーには真似できない。

「私と同じ用件みたい」

「えっ?!!」

今度はエディーとエリスが同時に声を上げた。

「あと、もう1人いるんだけどね」

サクラはガードレールのほうを指さした。

そこには白衣を羽織った男が地べたに座り込んでいる。

ボサボサの天然パーマの長髪に丸い縁なし眼鏡。ガードレールにもたれかかっている。

「さっきの黒い霧にやられちゃったみたい」

「イトイガワ先生!?」

エリスが駆け寄って「大丈夫ですか?」と声をかけながら顔見知りの民俗学者に肩を貸した。

「ああ。。。あ、エリス。来てくれたんら。。。あはは。もうらいじょうぶだね」

「ふぇっふぇっふぇ。余の霧でラリっておるわ」

エリスはタレナガースを睨みつけながらイトイガワを支えている。

サクラにしてみれば唯一彼女の警告に耳を貸してくれた「人間」がこのイトイガワだ。少々頼りないが。。。

「この先生も同じよ。今、この徳島に迫る危機に気づいているのは私たち3人だけ」

情けない状態のイトイガワを横目でジロリと睨むとサクラはエディーに向き直った。

深海調査で目覚しい活躍をした時の人。

不思議な伝承や言い伝えに精通した民俗学者。

そしてエディーとエリスの宿敵。

どこをどうすればこの3人が結びつくというのだ?

「まずは話を聞いて」

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

紀伊水道の深海から戻ったサクラたちは引き上げた石盤の分析に取り掛かっていた。

まだメディアで発表できるほどの成果は得られていないが、彼女の興味は別のところにあった。海底の底が抜けるように新たに出現した更なる深みに奇妙な気配を感じたのだ。ひとつやふたつではない。無数の気配だった。その気配の主たちが揃いも揃って皆、こちらをじっと見つめていた。見えたわけではない。記録画像にも写っていない。だが間違いなくあの深海から何かがやって来ようとしている。

それを思い起こすたび彼女の背に冷たいものが走るのだ。なぜなら、そこから感じるものは無限の悪意であったからだ。

サクラは徳島に警鐘を鳴らすべく徳島県警へ駆け込んだ。テレビや新聞で見た「時の人」のいきなりの来訪に沸いた県警本部だったが、彼女の話は突飛すぎて彼らにうまく伝わらなかった。

『画像には写っていないが、邪悪な何かが海の底にいて徳島にやって来るみたいだから何とかして欲しい』

と言われたところで、警察に何ができようか?

多くの警察官が本気で耳を貸そうとしない中で、それでもサクラは未曾有の危機が迫っていると訴え続けた。

そこへ飛び込んできたのがイトイガワだった。

イトイガワもまた県警では有名人だ。常識では到底信じられないような事件をいくつも予見している。以前は一風変わった好事家扱いであったが、今や歴とした大学講師である。肩書きが付けば人は扱われ方も違ってくるものだ。

「これは先生。今日はどのような?」

「この本に書かれたことが実際に起きるかもしれません。この徳島で!沈む!沈んじゃうんです!えらいことです!何とかしなきゃ!」

なにごとかと聞いてみれば、今度は『根拠はないがこのファンタジー小説に書かれたことが徳島でも起こりそうだから何とかしろ』と言う。もはや警察の本来の業務内容を完全に逸脱した訴えだ。

だが、別々にやってきた女性と男性が口々に訴える内容のところどころが、例えば「深海から」だとか「侵略してくる」だとか「石盤が」などという言葉がぴったり符合していることに、まずサクラ自身が気づいた。

彼女は話すのをやめ、後からやって来た冴えない学者風の男の話に耳を傾けた。

「。。。この小説にははっきり記されているんです。海底から引き上げた石盤のはるか下層の海から獰猛な深海の住人達が昇って来るんだ!そいつらは地上の人間達を蹂躙し、最後には巨大な邪神がやって来る。そいつがやって来たら最後、その大地は海の中に引きずり込まれる!大地が沈むんじゃないぞ。海のほうが盛り上がって。。。ギャッ!」

サクラは身振り手振りで話し続けるその男の白衣の胸ぐらをいきなりひっ掴むと、有無を言わさず県警本部の外へ引きずり出した。

「あなた何者?」

胸ぐらを締め上げられて無理やり自己紹介させられたイトイガワにサクラも名乗った。

ふたりは互いが同じ懸念を抱いて県警本部にやって来たことを確認しあい、そこに至るまでの根拠を説明しあった。

「これはやっぱりエディーだな。。。」

ふと漏らしたイトイガワのつぶやきにサクラが食いついた。彼女は徳島の人間ではないため渦戦士エディーを知らない。

エディーって誰?強いの?どこで会えるの?矢継ぎ早の質問にイトイガワはひとつひとつ丁寧に応えた。彼自身がヨーゴス軍団の企みを事前に察知しエディーに情報を提供したことも忘れずつけ加えた。エディーの英雄的戦いは彼の目に焼きついている。

その話を聞いていたサクラはニヤリと笑って頷いた。

翌朝、彼女はイトイガワと共に徳島自動車道脇の山林に潜んでいた。海は得意だが山は苦手だ。ここへたどり着くまでに足はくじくわ枝でひっかけて服は破くわで大変な思いをした。

―――昨日県警で教えてもらったエディーのパトロールスケジュールが正しければ、そろそろ来る頃だわ。

首を伸ばして自動車道のようすを伺っていた時、サクラは突然背後に邪悪な気配を感じてすくみあがった。

まさかあの深海のヤツらがもう上陸したのか!?と青い顔で振り返った彼女の前にいたのは、シャレコウベづらの魔物だった。

「そのほうら、ここで何をしておる?」

魔物の全身から音もなく立ち昇る黒い霧とともに地の底から響いてくるような声がふたりの耳に届いた。

強烈な悪寒とめまいと吐き気がふたりを襲った。

イトイガワはへなへなとその場に崩れ落ちたが、サクラは必死で持ちこたえた。自身も激しい潮流の中を何度もダイブした経験を持つ彼女は、身長170センチの長身に加え体力も精神力も並外れている。エディーが来るまではうかうか気絶などしてはいられない。対応が1日遅れればそれだけ危機がこの地に近づいてくる。しかも調査という名目とはいえ自分がしでかしたことによってだ。

「エディーという戦士を待っているの」

「ふふん」

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

エディーとタレナガースの双方から放たれる刺すような殺気の間でサクラは困惑していた。

「いい加減にして!お願いだから今だけは普通に話を聞いてよ」

舗装された自動車道の路面をバンバン踏みつけて怒鳴るサクラにエディーは気圧された。

「ご。。。ごめんなさい」

こうなると渦の戦士も形無しだ。タレナガースはあさっての方を向いている。

「話はイトイガワさんからしてもらいます」

イトイガワはまだふらつく足をなんとか踏ん張って話を始めた。

あの石盤が、実は深海に棲む半分魚で半分獰猛な獣つまり半魚獣たち深海の住人どもを封印していた一種の要石であること。探査艇を操縦してサクラがあれを所定の場所から持ち上げちゃったせいでさらにその下にある半魚獣の世界をオープンにしてしまったこと。半魚獣たちはうじゃうじゃいて、じっと『上の世界』を見つめ続けていること。そしてそいつらが今、一斉にここ徳島を目指して上がってこようとしていること。そして征服した地に彼らは祭壇をこしらえて海の底から彼らの「大いなる母神」を呼び寄せること。母神が着たら最後、その地は海に飲み込まれてしまうこと。。。などを手短に話した。

「すべてこの『沈む王国』に書かれていることなのです」

イトイガワはまるで本のセールスマンのように『沈む王国』を皆に見せた。

その時、タレナガースがイトイガワの背後から話しに割り込んだ。

「本のことなどは知らぬ。じゃが海の底のさらにその底に、決して関わってはならぬ者どもがおることは余も承知しておった。やっかいな者どもじゃ。心してかからねば、この徳島もその本の題材になって物語の中だけにしか存在せぬ幻の地になってしまうぞよ」

「にわかには信じがたい話だな」

「で、もう一度聞くけど、タレナガース。なんであんたがしれっとここにいるのよ?ヨーゴス軍団はやつらの侵攻を防ぐ方に回るの?それとも」

エディーもエリスはさきほどから緊張を解いていない。

タレナガースはじろりと忌々しい宿敵を睨んだ。

「ケッ!余は徳島に災いをもたらさんとする存在じゃ。この地が焼け野原になろうと泥にまみれた汚泥の地になろうと一向に構わぬ。なんならこの自動車道を余のこしらえた毒で満たした黒き川に変えてやっても良い」

エディーとエリスがシャレコウベ魔人を睨みつけている。

「じゃが半魚獣どもは正とか邪とかいった概念を超越した存在じゃ。やつらの侵略を許せば、徳島そのものが消滅する。なくなってしもうては我らヨーゴス軍団も何の為に存在しておるのかわかぬようになる。けったくそ悪いが今だけは余の力を貸して進ぜる。恩にきよ!」

胸を張って見下すような目で4人を睥睨するタレナガースに何か言ってやりたい気持ちをエディーたちはグッと押し殺した。

「ところで半魚獣ってどんなヤツなの?強いの?」

エリスの問いにタレナガースがニヤリと笑うと、どこに隠し持っていたのか黒い大きな物体を「ホレ」と皆の前に放り投げた。

ドシャッ。

「うえっ!」

グロテスクな姿にサクラが顔をしかめた。あたりに異臭が漂った。まさに腐った魚の臭いだ。

「これが半魚獣じゃ」

それは昨夜釣り人を襲おうとした謎の怪物であった。死んでいるようだ。

「タレナガース、お前もう一戦交えたのか?」

「これは斥候じゃな。余の戦闘員4体でかからせて仕留めたが、こちらも2体を失った」

「臭いな」

「もとが魚じゃからのう」

イトイガワがタレナガースたちをかきわけると、悪臭に顔をしかめながらも興味深げに覗きこんだ。

「すべて本に書かれているとおりだ。深海の水圧に耐えられるよう体表は硬く、本来目は無くエラ呼吸なのですが、陸に上がったら目が生まれ、エラは消えて鼻から呼吸するように変わるんです。こいつはどんな環境にも瞬時に対応できるハイブリッドな生物というわけです。しかしお話の中では、こいつらは陽光にさらされると水になって流れてしまうはずなんですが。。。?」

「余が特別な薬液を注入して保存してあるゆえのう。あと2日はもつはずじゃ」

胸を反らせるタレナガースを無視してエディーも不気味な死骸を覗きこむ。今はもう目も鼻もエラも判別できない。イトイガワが木の枝で半魚獣の下あごをグイと押えて口を開けると、まるでオモチャのギミックのように歯茎と鋭い乱杭歯がニョキッと飛び出してエディーは思わず顔を遠ざけた。

「こんなやつらが大軍で押し寄せてくるのね、あの海の底から。。。」

サクラの声は少し震えている。

「ふぇ〜っふぇっふぇっふぇっふぇ。こやつらだけではないぞよ。やつらが上陸した後には深海の底より『大いなる母神』がやってくるのじゃ」

「大いなる。。。」

「。。。母神?」

一般的に言われる母神、地母神とは多産、豊饒をもたらす大地の母という意味で使われることが多いが、小説「沈む王国」によると深海の母神は半魚獣たちを生み出す巨大な邪神として描かれている。

「大いなる母神に上陸された地は海に沈むのです」

イトイガワが沈鬱な顔で話を引き継いだ。

「なんですって!?」

エリスが詰め寄った。

「母神は陸上から海を呼ぶのです。その呼びかけに従って海がせり上がってくる。そうなれば、この徳島では剣山の上の方だけが島となって残るのが関の山でしょう」

「大変だ。。。」

エディーの喉がゴクリと音を立てた。

「半魚獣は獰猛にして貪欲じゃでな。徳島の人間なんぞ3日もあれば食い尽くされようぞ。ふぇっふぇっふぇ」

「タレナガースあなた、なんでそんなに詳しいのよ?あんたが小説読むわけないし、まさか深海の半魚獣ってあんたの差し金じゃないでしょうね?」

エリスはあいかわらずタレナガースを警戒している。

「たわけ!そのようなことは魔界の常識じゃ。余もクイーンも存じておるわ。ふぇっふぇっふぇ」

「ヘラヘラ笑うな!そんなやつらオレが全部まとめて返り討ちにしてやるさ!」

「そのためには一刻も早く迎撃態勢を取らなきゃ。県警にも応援を要請する?」

エリスの問いにエディーは腕組みをして考え込んだ。

「肉体構造まではわからないが、この体表の堅さなら拳銃弾でも1発や2発じゃ斃せないだろうな。装弾中に襲われたら防ぎようがない。そうなればパニックになるぞ」

「警官にも被害が出るわね、きっと」

エディーは意を決したようにエリスを見た。互いの目を見て無言で頷く。

「これは、俺たちだけでやろう」

「しかし、やらなければならないことがもうひとつあります」

サクラは厳しい戦いに思いをはせて拳を固めるエディーに言った。

イトイガワが頷いた。

「あの石盤を一刻も早くもとの位置に戻す、ですよね。母神の襲来を阻止するにはそれしかありません。ある意味、戦いよりもこちらの方が重要です」

「でもうずしお大学の皆さん、きっと目の色を変えて石盤を研究しているのでしょう?そう簡単にあれを手放してくれるかしら。。。?」

エリスの心配をタレナガースが一蹴した。

「ふん。いざとなれば余がぶん獲ってきてやるわさ」

「やめて。その時は私たちがお願いに行くわ」

タレナガースにやらせるとほかに被害が出そうで恐ろしい。言葉と誠意を尽くしてお願いするしかないとエディーとエリスは考えた。

「ふぇっ!好きにするがよい。ともかく我らヨーゴス軍団は彼奴らが上陸する場所を見極めて海を見張っておるからの」

「そんなの、どうやって見極めるっていうのよ?!」

「ふぇっ。貴様らにはわからなくとも余にはわかるのじゃ」

タレナガースはエリスの鋭い言葉を背中で受けるとそのまま瘴気の向こうへ姿を消した。

サクラはあらためて残ったふたりを見渡した。

「ふたりには憎い敵なんでしょうけど、今度ばかりはタレナガースを信じましょう。渦の戦士とヨーゴス軍団の共同戦線よ」

 

(四)徳島アベンジャーズ結成

「石盤を元に戻せ!?」

ネモチ教授の声は一旦天井に当たってはねかえった。

覗いていた顕微鏡から弾かれるように跳び上がって背後のサクラを振り返った。目がまん丸になっている。

「どういうことですか?何を言ってるんですか?」

この石盤の存在は既に全国的に報道されている。掘り込まれてある文字の解読や造られた年代の解明は今や徳島県民のみならず全国民によって注目されるところであり、彼の明るい未来への約束された一本道なのだ。それを今になって手放せというのか?

反論の言葉がネモチの脳内で長蛇の列を成した時、もうひとつの声がドアのあたりから聞こえた。

「おっしゃりたいことはよくわかっています。ですが、その石盤はここにあってはいけないものなのです」

「エ、エディー。。。さん!?」

サクラの背後には徳島県民にはお染みのヒーロー、渦戦士エディーが立っていた。

あのエディーが大学にある自分の研究室にやって来るだなんて。一瞬喜んだネモチだったが、その用件はとても歓迎できるものではなかった。

「なんか、臭くないですか?」

研究室に漂う腐臭にネモチは顔をしかめた。

それはエディーが肩に担いでいる黒く大きなビニールバッグから臭ってくる。

「石盤を元の海底に戻さなければ、こいつらが大軍で襲ってくるんです」

そういうとエディーは黒いバッグをドサリと床に下ろした。

「そ、それは?」

ネモチはそのバッグが遺体収容袋だと気づいた。よく映画などで見るヤツだ。

エディーが閉じられたジッパーをジーと開くのを固唾を呑んで見つめている。最前列に座る恐怖映画の観客さながらだ。

その中から出てきたのは、ヨーゴス軍団が斃した半魚獣の死骸だ。もともと腐った魚の臭いを発しているのに加えてタレナガースが注入した保存薬の臭いが入り混じって凄まじい悪臭を放っている。

「う。。。うええ。何ですそれは?」

半魚獣を初めて見るネモチには少々刺激が強すぎたようだ。だが石盤の研究に固執するネモチの注目をこちらに向けるにはこれくらいの刺激が必要だったのかもしれぬ。ネモチはエディーの話を聞いている間も、まばたきすら忘れてその異界の生物を凝視していた。

しかもそれは信じがたい話だった。到底信じられないが、自分の目の前にはやはり到底信じられない物証が横たえられている。

エディーは根気よく説明し、ネモチはじっと耳を傾けた。エディーの誠意は少しずつネモチの心を動かし、今何をすべきなのかをネモチの脳は理解した。

だが頭が理解してもどうしても心が納得できぬ。ふんぎりがつかぬのだ。

せっかく手に入れた石盤なのだ。世界中の誰も手にしたことの無い研究材料なのだ。転がり込んだ千載一遇の幸運なのだ。それをなぜ手放さねばならぬ?

「お願いします。せっかくの研究材料でしょうが、それを一刻も早くもとの海の底に戻さねば徳島が危ないのです」

自分を説得している人物はほかならぬ渦戦士エディーだ。こんなことで冗談を言う人物ではあるまい。しかし、しかしだ。。。

「せめてこの碑文の解読だけでも。。。」

「『この石盤に触れるべからず。動かすべからず。そむいた者は家族を失い友を失い己が命を失い、ふるさとを失うであろう。海の底からやって来る者どもによって』解読は130年以上前に完了していて、この本に記されています」

サクラは目をむくネモチのデスクに『沈む王国』の復刻版文庫本を置いた。

「し、しかしそれを元に戻すには探査艇も母船も動かさなければならないからね。よしじゃあ今から行こうか、ってわけにはいかない。学部長や学長の許可も必要だし。第一そんな予算は。。。」

暗に『それは無理だよ』と言いたいのだろうが、それで済む問題ではない。

「わかっています。だからすぐに話を通しに行きましょう。さ、その本を持って今からすぐに」

サクラはすべてを予測していたようだ。大学と言う組織においてことを運ぶための面倒くさいいくつかの難関をクリアせねばならない。

「サクラさんは一緒に来ないのかい?」

ネモチは探査艇で紀伊水道に潜った時から何かと言えばサクラを頼りにしている。解析の結果を心待ちにしている学部長や学長たちのもとへ行くにしても彼女が一緒に来てくれないのは心細い。

「だからこそエディーがご一緒します。それと私たちの主張を裏づける特別臭いこのエビデンスも一緒に」

なかば無理やり研究の手を止めさせてネモチを椅子から立たせ、3人は研究室の外へ出た。ここは3階。学部長の部屋は5階にある。エレベーターホールの前でサクラはエディーに目配せした。

「エリスは大学の駐車場で待っています。お願いします」

サクラは「じゃ、そっちはよろしく」と言い残して階段を駆け下りていった。彼女にはまだ大切な仕事が残されている。

今回のことは彼女が考えているような海底探査チームの責任などではない。ましてやマニピュレーターを操作したからといって彼女に落ち度などまったくないのだ。なのにサクラは徳島を守ろうと精力的に動いてくれている。

―――八面六臂の大活躍だな。

エディーは彼女に自分達と同じヒーローの姿をダブらせていた。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

「スダッチャー!」

エリスの呼び声が周囲の山にこだました。神山町にある広大なスダチ園だ。

エリスの傍らではサクラが周囲を見渡している。あの不思議な左の瞳がピンクの光を放っている。

「サクラさん。スダッチャーは本当にここにいるの?」

問われたサクラは無言で頷いた。

うずしお大学の研究棟を出た後、サクラはエリスの車に乗って神山町へ急行した。サクラが『緑の強い力が見える』と言うからだ。彼女の左目は人の目には見えないモノを見ることが出来る。それは気配であったり、発散する力であったりとさまざまだ。エリスはサクラに導かれるままにハンドルをきり神山町へ来たのだった。

 

徳島自動車道で初めてサクラと対面し徳島が直面している大きな危機について聞かされた後、エリスはひとり思案していた。

深海からやってくる手ごわい侵略者軍団に対し、ヨーゴス軍団と共闘することについては今でも忸怩たるものが心にある。しかしそれでも多勢に無勢の感は否めない。

その時エリスの脳裏には同じ徳島に存在するふたりの超人の姿が浮かんでいた。彼らが参戦してくれれば心強いことこの上ないのだが、どこに行けば会えるものなのか皆目見当がつかなかった。手がかりもなく探すにはあまりに時間が少なすぎる。。。その時サクラがエリスの耳元でささやいた。

「ねぇ。徳島って緑色と真っ黒の、なんかスゴイ人いない?」

エリスは仰天した。サクラは知っているのか?スダッチャーとツルギのことを?!いや、そんなはずはない。

驚いて顔を凝視するエリスにサクラは西の空を指差して言った。

「あっちに見えるのよ。緑の気配と、もっと遠い所に黒い気配が。どっちもとても強いパワーを感じるわ」

 

「あそこ。あの木よ」

サクラの左目はついにスダッチャーが眠るスダチの大きな木を言い当てた。

エリスはその木の根元まで近寄ると、胸のコアに光る渦のエナジーをその木の中に注いだ。

「ううううん。気持ちのいい光だなあ」

青い渦の光に惹かれてお目当てのスダッチャーがスダチの木から姿を現した。

「スダッチャー、探したのよ」

緑の超人は赤いゴーグル・アイを興味深げに光らせて渦のヒロインを見た。

「あれぇ、エリスちゃんじゃないか。どうしたの?っうわわ!」

エリスは覗き込んだスダッチャーの頭を両手で引っ掴むと「アタタタ」ともがくのも構わずスダチの木から力任せに引っ張り出した。木の中から引きずり出されてペタリと地面にお尻をつけて座っているスダッチャーは、まるで居心地の良い貝殻から引っ張り出されたヤドカリのように心細げだ。状況がわからないのだから無理もなかろう。

そんな彼にエリスはまず傍らのサクラを紹介し、用件を手短かに聞かせて素直に助力を頼んだ。

不安げなスダッチャーの体にみるみる覇気がみなぎるのがエリスにもサクラにも感じられた。

「どう?力を貸してくれるかな?」

「ヤル―――――!やります。やらせて。しばらくバトルしてなかったんだよ。有難うエリスちゃん。サクラちゃん。オレ戦うぜ!」

たっぷりと休息をとったせいか、彼の胸のスダチ・コアは深く美しい緑色に輝いている。

わーい!わーい!と飛び跳ねてはしゃぐスダッチャーを見ながらサクラが肘でエリスをちょいちょいと突っついた。

「ねぇ、本当に大丈夫なの?あの人」

「え、ええ。強いわよ。。。ああ見えてもね」

 

そしてスダッチャーを加えた一行はエリスのAWD車で剣山へ向かった。

都合の良いことに今日は登山客もまばらだ。3人は山頂へ向かう途中で脇道に入り、低木が茂る道なき道をしばらく進んだ。その折もサクラの左目はピンク色に光っていた。

突然強い風が正面から吹きつけて一行の視線を足元に向けさせた。

「どうやら私に用がありそうだな」

目を上げるとそこに黒衣の男が立っていた。無感情な金色の目が先頭のサクラを見ている。

次なる尋ね人は向こうからやって来た。霊域剣山を守る黒衣の超武人ツルギ。風をまとう剣技は目で追うことすらかなわない。

―――そっか。私たちはもうツルギの領域に足を踏み入れていたんだわ。

剣山系の中の出来事はすべて彼の知るところとなる。

たとえ彼を探して足を踏み入れた者がいたとしても、本来なら姿を現すことなど決してない。だが一行3人のうち2人までもが彼と浅からぬ関わりを持つエリスとスダッチャーともなれば特別の計らいをしてやってもよいというわけか。

「ひっさしぶりだなぁ、ツルギよぉ。景気づけにバトルするかい?」

つっかかろうとするスダッチャーの耳をひねりあげて黙らせると、エリスは今回もサクラをツルギに紹介し、事情を話して助力を乞うた。

だがーーー。

「私の使命は御山を守ることだ。海から来る者どもをなぜ私が駆逐せねばならん」

―――やっぱりそうきたか。。。

エリスはこの後の展開に嫌な予感しかしない。

「いや、海だとか山だとかという問題ではなくて、徳島全域が海に呑みこまれてしまう危険があるの。剣山だって中腹あたりまで海に沈む可能性があるわ」

「ならば麓は私が守ろう」

エディーとエリスが徳島の平和を守ることに命を懸けているように、ツルギはこの山々を全存在をかけて守ろうとしている。この価値観の違いは如何ともし難いのかもしれない。しかし彼の力は是非とも借りたいところだ。エリスはすがるような目でツルギを見た。

その時サクラがズイとツルギの前に歩み出た。こっちも嫌な予感がする。。。

「ちょっとあなた。この山さえ無事なら徳島県が消滅してもいいって言うの?ここは神の山だと聞いたけれど、どうやら眉唾みたいね」

「なんだと?」

ツルギの全身が殺気だった。

―――いけない!

ツルギは女性だろうと容赦はしない。だがサクラは意に介せず言葉を続けた。

「それとも何?山の神様っていうのは自分だけ助かればいいって考えてるわけ?そんな了見の狭い神様って崇める価値あるの?」

「人間に崇められるだけが神ではない。そもそも神は人のためだけにおられるわけではないのだ。おまえたちにはわかるまいが」

―――うわ、ツルギがムキになってる。

滅多に感情を表に現さないツルギの珍しいようすを、エリスは状況も忘れて眺めた。

「ええ。到底わかりませんね。理解不能よ。この山に来たとき神秘的でとても綺麗だと思って感動したけど、とんだみかけ倒しだったようね」

ツルギの右手がピクリと動いた。

その右手が刀を抜けば、斬られた本人も気づかぬうちに命は絶たれているだろう。エリスは気が気ではなかった。これほど神を愚弄されて、ツルギ自身かなり我慢をしているはずだ。背後に控えるエリスに気を使っていることもあるのだろう。エリスにせよスダッチャーにせよ、かつて共に戦ったことがあるからだ。

「もう結構。エリスさん、帰りましょう。せっかくここまで来たけれど時間の無駄だったわ」

そう言うと、サクラはくるりと踵を返すとひとりスタスタと下山し始めた。

チラリとツルギを見て、あたふたとサクラの後を追うエリスとスダッチャーをツルギは黙って見送っていた。いつもは誰よりも先に風と共に姿を消す誇り高い超武人が、今日はなぜか3人の後姿を暫くの間見つめていた。

 

(五)死守せよ!

午後5時。まもなく日没だ。

「沈む王国」によると、海底から来る奴らは深海の高圧にも耐えられる堅い外皮を持ち、水中ではエラ呼吸、陸上では肺呼吸にスイッチできるハイブリッドな生き物として紹介されている。深海では無用の目も、水からあがって数秒で形成されるらしい。しかしさすがに昼の光の中では具合が悪いらしく、夜の闇に紛れて攻めてくるのだそうだ。それは先日斥候を迎え撃ったタレナガースの証言とも合致する。

その夜が来る。

斥候を送り込んできた以上、今宵は敵の本隊が攻め込んでくるとみてよい。

一刻も早く例の石盤をもとの海底に戻すべく、研究担当のネモチ教授を伴ったエディーがうずしお大学の学長に直談判した。唐突な申し出に戸惑い、顔色が変わるほどに不機嫌になった学長だったが、執拗に食い下がるエディーに根負けする形で無人潜航艇と母船の出航を承諾した。

それでも給油やクルーの招集など、準備をどんなに急いだとしても出航は明日の午後になるという。それまでに取れるだけの石盤のデータを取っておきたまえ、という学長直々の至上命令がネモチに下されたのは言うまでもない。

「今夜は間に合わない!」

エディーからの緊急連絡を受けたエリスとタレナガースは急ぎ考えられる海岸線に防衛ラインを敷いた。

念のために県警に依頼して海に近いエリアの住民を一時的に避難させ、避難所には警官隊を配備してもらった。ただし、決して戦わぬこと。警官隊の目的は住民の避難を助けることだとエディーは強く念を押した。

「住民を率いて、必ず一緒に逃げてください」

事情を知って県警は前線での協力を申し出てくれたが、警官といえどもひとりの怪我人も出したくはない。

そして県警の助力を断った以上、エディーたちは1体たりとも奴らを陸へあげるわけには行かない。徳島を守りぬいた瞬間に本来の敵へと翻るヨーゴス軍団とは違い、どこまでも徳島を守りぬかねばならぬエディーの覚悟は悲壮感さえ伴っていた。

 

「ふぇっふぇっふぇ。はよう来い、魚どもめ。余のツメで3枚におろしてくれる」

決戦の場は県南部、北の脇海水浴場。

季節はずれの夜の海水浴場は異界のバトルにはもってこいのフィールドだ。

押し寄せる大軍を前に、タレナガースだけはこの危機的状況を心の底から楽しんでいた。

サクラのような「見通す」力は無いにせよ、タレナガースやヨーゴス・クイーンには直感でわかっている。敵がこの砂浜に向かってやって来ていることを。

浜にはズラリと軍団の戦闘部隊が横一列に並んでいる。一番波打ち際に近いところに戦闘員たち。約50人はいようか。その背後にはビザーン、ビザーン・マークU、ブラック・ビザーンにゴキブリ怪人、ウミガメ怪人といったモンスター部隊が控えている。

「よいか戦闘隊長。戦闘員どもをあまり近づけてはならぬ。互いに両腕を開いた程度の間隔を開けさせよ。ソーシャルディスタンスじゃ。出来る限り浜の広範囲をカバーさせ、突破した半魚獣をビザーン軍団やダミーネーターに始末させるのじゃ。わかったな」

さすがに肩を並べて立ちはしないものの、エディー、エリスもスダッチャーもこの浜のどこかにいるはずだ。憎むべき奴だが同じ魔物同士、タレナガースの勘に狂いはなかろうと考えていた。

「くそ。。。」

エディーがギリリと歯噛みした。憎むべきヨーゴス軍団だが、攻めあがってくる深海からの侵略者どもを前に、軍団の防衛ラインは頼もしく見えた。それがどうにも腹立たしいのだ。

上半分をナイフで切り取ったような月が天空に鎮座した頃、海がせり上がった。

―――来る。

エディーは意識を「前」に集中させた。

盛り上がった黒い海面から更に真っ黒なモノがいくつもいくつも浮かび上がった。いくつもいくつもだ。

それらは次第に浜へと進んでくる。そしてその後から更に同じような黒いモノが次々と現れる。まるで泡が浮かび上がってくるように浮かびあがっては砂浜を目指して進んでくる。

「ホッホー!来きやがったぜ!」

スダッチャーが砂を巻き上げて小躍りした。バトルできるならなんでもいい。いつもなら困り者のバトルフリークだが、今度ばかりは好きなだけ暴れまわってもらいたい。

エディーは既にアルティメットクロスに変身している。長く太い大剣エディー・ソードを構えている。刀身を肩に担いで敵の上陸を待ち構えている。

あたりは気持ちが悪いくらい静かだ。

そのしじまの中で、ピチャピチャといういくつもの小さな濡れた足音がした。

ついに半魚獣どもが水から出たのだ。グリン、グリンと目が開いて赤く光った。次のヤツも。その次のヤツも。北の脇海水浴場は赤い斑点のような光で埋め尽されてゆく。

沈黙は臨界に達し、ヨーゴス軍団がはじけたように雄叫びを上げた。

「ギョオオオエエエエ!」

とても応援したくはならない奇怪な鬨の声をあげて戦闘員数十体が波打ち際へ突っ込んだ。

タレナガースも、電撃ハリセンを両手にしたヨーゴス・クイーンも、戦闘隊長やモンスターたちも深海からの招かれざる客を迎え撃つ!

浜の反対側ではアルティメットクロスとスダッチャーが扱いなれた得物を手に波打ち際へ走った。

かたや海から上がり、初めて顔に「目」というものを持った半魚獣たちが最初に見たものは、自分たちに向かって駆けてくる「陸の生き物」だった。だが半魚獣どもに恐れの意識などはない。頭が半分に割れそうなほどに大きく開く口をあんぐりと開けると、そこから歯茎とともに鋭い乱杭歯を前へせり出させた。

広い砂浜に正と邪、あるいは邪と邪の闘気がもつれあって渦を巻き、ぶつかり合って破裂した。

 

戦闘隊長は正面の半魚獣の頭部を右手の鎌で引き裂きながら配下の戦いぶりを見た。

戦闘員たちは、今回タレナガースによって特別に手の甲に埋め込まれた鎌状の刃物で半魚獣に斬りつけている。だが体表を切り裂いても一撃では動きを止められず、鋭いキバの反撃を受けた。

タレナガースは戦闘員を量産するにあたって今まで封印していた強力な活性毒素を使用したらしい。従来の何倍も獰猛な性格になっているのがわかる。タレナガースからは「我を失って味方に襲いかかるかもしれぬゆえ注意せよ」と命じられているが、この乱戦では注意も何も無い。

眼前に限界まで口を開いた半魚獣が躍り出た。戦闘隊長は真下から右手の鎌を突き上げて下あごを貫いてやった。左手の半魚獣に容赦ないパンチを打ちこむと、眼球を破壊されて仰向けにひっくり返った。だが次の瞬間右肩に別の半魚獣が喰らいついて肉を抉り取られてしまった。

恐怖という感覚を持ち合わせない戦闘員たちも奮戦しているが、戦闘開始後十数分で無傷の者はいなくなった。タレナガースご自慢の活性毒素は傷口をみるみる塞いでいったが、完治する前に次から次へと襲いかかってくる。わかっていたことだが多勢に無勢だ。

ギョオオオオ!

遮二無二振り回す戦闘員の鎌が半魚獣の顔に、胸に幾筋もの切り傷をつける。一瞬ひるんだ半魚獣はそれでも戦闘員にキバを突き立てようとする。それでも数回も攻撃を受けた半魚獣はついにガクリと膝を折り砂浜に倒れこんだ。しかしその頃には戦闘員もかなりの深手を負っている。

戦闘員の防衛ラインをすり抜けた半魚獣をモンスター軍団が迎え撃った。

パワーが自慢のビザーンとその亜種たちは岩ほどもある大きな拳で一撃のもとに半魚獣の肉体を破壊していった。

やみくもに繰り出すパンチやキックでもその破壊力は凄まじく、まともにくらった半魚獣の体が波打ち際まで吹っ飛んだほどだ。だが巨体の弱点を本能的に察知したのか、半魚獣の群れはビザーンらの下半身にとりつき始め、足の肉を抉られた個体は苦悶の叫びとともに倒された。そしてその体の上にはみるみる半魚獣の山が出来上がった。

 

ドド―ン!

こちらの戦いはけたたましい。

スダッチャーは用意した木の枝に呪文をかけてスダチ・ソードに変えると上陸してきた半魚獣めがけて次々に振り下ろした。もとより防御態勢などとるつもりもなく攻撃一辺倒の半魚獣ゆえにスダチ・ソードは面白いようにヒットした。

ズド―ン!ズドド―ン!

斬るのではなく爆裂させるのがスダチ・ソードだ。半魚獣の堅い体表は爆発四散こそしなかったが、スダチ・ソードがクリーンヒットすれば頭部や腕は吹き飛んだ。四方八方から跳びかかる半魚獣を軽快なフットワークと重力無視のジャンプでかわしている。

「スダッチャー、体力を温存しろ。スタミナがきれたら終わりだぞ!」

歓声を上げて飛び跳ねているスダッチャーに注意を促しつつ、アルティメットクロスは大剣エディー・ソードで頭上から襲いかかる半魚獣3体を瞬時に真っ二つにした。

一緒に戦うと主張したエリスには後方にて浜全体の戦況を見極めつつ、必要に応じて警官隊へ効率的な撤退を促す役目を担ってもらっている。

「1体たりともここは通さん!」

 

ヴォオオオオオン!

ゴキゴキッ!

ブラック・ビザーンが左右の腕に絡めとってヘッドロックにきめた2体の半魚獣の首を怪力で絞め潰した。その脇をするりと抜けた半魚獣が内陸へ向けて一気に走ろうとした。エディーたちの目的が侵攻の阻止なら半魚獣の目的は当然侵略だ。そしてその先には彼らの領域、つまり海の拡大がある。半魚獣たちは1メートルでも内部へ進み、そこから大いなる母神を招聘するのだ。

ゴキュッ!

その首っ玉がいきなり背後から鷲掴みにされ、半魚獣は思わず虚空を掴んだ。

「いずこへ行こうとしておるのじゃ、ええ?」

半魚獣の肩越しに気色の悪い顔がにゅーっとのぞいた。半月の光を受けて蒼白く光るシャレコウベが、開いたばかりの半魚獣の目のすぐ前でニヤリと笑った。タレナガースだ。

深海からやって来た魚の顔に浮かんだ表情の揺らぎは、紛れもなく恐怖であった。ただし、本人も自覚できてはいないであろう。

半魚獣は己の首を掴む腕を振り払うべく鋭いヒレのはえた腕を振り回した。だが水よりも冷たいその腕はびくともしない。

「なんじゃ、急いでおるのかや?せっかく来たのじゃ。少し遊んでゆかぬか」

そう言うとタレナガースは捕虜にした半魚獣をまるでバスケットボールをパスするかのように後方へ放り投げた。

「クイーン!」

パスを受ける形となったヨーゴス・クイーンはその半魚獣をキャッチするかわりにフルパワーの電撃ハリセンで殴りつけた。

バチバチッ!

濡れた相手に電気は抜群に相性の良い武器となる。殴られた瞬間バッ!と眩い閃光が走り、獲物となった半魚獣は口と目から煙をあげて動かなくなった。

「これ!タレ様や、手抜きをせずにご自分で片付けられよ」

次なる獲物をハリセンで沈黙させたクイーンはタレナガースに文句を言った。

「ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。そなたにも楽しみを分けてやろうと思うてのう」

笑うタレナガースに向かって別の半魚獣が前へせり出した凶器のキバを突きたてようと迫った。だがそちらを見もしないタレナガースは、気配だけを察知して鋭いツメで脳天から真下へ一直線に引き裂いた。

グワアオオオオン!

タレナガースの傍らで悲鳴に似た叫びがあがった。

ビザーン3号が数体の半魚獣に食いつかれてもがいていた。まるで大きな短冊を付けた竿を振り回しているようだ。太い腕で頭の上に被さっている半魚獣を引っ掴むと背中のヒレを掴んで地面に叩きつけた。湿った土の上でバウンドした半魚獣は今度はビザーン3号の足首に喰らいついた。

―――初めの頃よりもだいぶ忙しくなってきたのう。

最前線の戦闘員の防御力が明らかに落ちてきている。いつまでもつだろう?

「気張らぬか!夜はまだまだ長いぞ。我らの夜ではないか!」

徳島に仇なすために今だけ徳島を守るタレナガースの檄が飛んだ。

 

「くそっ!討ちもらした!」

海からの侵略者を斬り続けるアルティメットクロスの剣をかいくぐって、数体の半魚獣が背後に走り去った。1体でも町ひとつ滅ぼしかねない凶悪なやつらだ。振り返って追跡しようとしたアルティメットクロスに浜からの新手が襲いかかる。

瞬間的に渦エナジーをバリアのように体の周囲に放射するとアルティメットクロスの体にキバをたてようとした連中が一瞬ひるんだ。その隙をついてアルティメットクロスの神速のパンチやキックが半魚獣たちの動きを止めた。だがアルティメットクロス自身もエディー・ソードをかいくぐって逃げた半魚獣を追撃させてもらえない。エリスたちが危ない!

その時、駆けて行く半魚獣たちの足が不意に止まった。

驚いて見つめるアルティメットクロスの視線の中で、半魚獣の姿は上半身が腰の辺りからずり落ちるように地面に転がった。

―――ナニ?

驚愕するアルティメットクロスの顔を一陣の風がかすめた。

アルティメットクロスの背後に迫る4体の半魚獣が体を切り裂かれて折り重なるように倒れた。

「ぐずぐずするな。剣が止まっているぞ」

夜の闇に溶け込みそうな黒装束の剣士がそこに立っていた。

「ツルギ!来てくれたのか。しかしどうして?」

ツルギとの交渉がうまくゆかなかったことはエリスから聞いている。

金色に光る目がアルティメットクロスをねめつけた。

「無駄口をきいている暇があるとは思えぬが」

そういうとツルギは赤い刀身の神剣を構えて波打ち際へ走った。

ツルギのひと呼吸で、横一列で攻め上ってくる半魚獣の群れがバタバタと倒れて砂浜に屍をさらした。

躍動する黒衣の後姿を眺めてアルティメットクロスは「ふふ」と笑った。

―――まったく素直じゃないなぁ、あいかわらず。

しかしツルギの参戦は何よりも心強い。アルティメットクロスはこのあたりをツルギに任せ、より手薄なエリアを求めて移動した。

 

水平線に赤みが差し始めた。間もなく夜明けだ。ひと晩続いた異界の戦闘も間もなく終了の刻限を迎える。イトイガワの説によれば深海からやって来た半魚獣たちは明るい日の光の下では活動しないとされている。

物言わぬ半魚獣ゆえに思いのほか静かな闘いではあったが、日が昇るにつれてその戦闘がいかに凄惨なものであったか、そのありさまが一望できた。

長い浜をびっしりと埋め尽くす半魚獣の死骸、死骸、死骸。足の踏み場どころか砂浜など見えもしない。丸い目を見開いて白い歯茎と乱杭歯を突き出した不気味な黒い人型の魚が折り重なるように倒れている。

徹夜の戦いを終えたアルティメットクロスはノーマルモードのエディーに戻っていた。渦エナジーはほとんど使い果たしていて胸のコアもすっかり色褪せている。

―――とりあえず戦い抜いたか。

エディーは東の海から登った眩い太陽を見上げた。

―――ヤツらを撃退したのは俺たちじゃなくてあの太陽だ。有難いけどちょっと癪だな。

そうだ。半魚獣たちはエディーたちに敗れ去ったのではなく、見慣れぬ陽光を忌避して撤退したのだ。

「ようエディー。なんとか生き残ったか。いやぁ楽しかったな。オールナイトパーティよぉ!」

スダッチャーがスキップしながらエディーに近寄ってきた。元気そうな言葉とは裏腹に、全身は傷だらけだ。あちこち半魚獣の鋭いキバで食いちぎられている。

「ところでさぁ、ツルギの旦那が来てたろう?昨日はめんどくさいこと言って断ってたくせに。やっぱあの旦那もバトルしたかったってことだよな」

スダッチャーはキョロキョロとあたりを見渡している。しかしツルギは半魚獣たちの撤退が始まった途端、風と共に姿を消していた。そうでなければスダッチャーはボロボロの体でツルギにもバトルを挑んでいたかもしれぬ。

「スダッチャー、近くで居心地の良い木を探して夜まで休め。ヤツらは今夜もまた来るぞ」

スダッチャーは「ホントか!?ホントだな!?」と何度も念を押しながら松林の中へ姿を消した。

「嘘になってくれれば嬉しいけどな。。。」

エディーはヨーゴス軍団が戦っていたあたりへ足を運んだ。タレナガースの身を案じているわけではないが、彼らとて防衛線を突破されれば大変なことになる。

北の脇海水浴場の南よりのあたり、昨夜ヨーゴス軍団が激闘を繰り広げたエリアでは黒い半魚獣の死骸の上にひときわどす黒い液体が大量に撒かれている。吊り上げられたイカが吐くスミに似て、あちらこちらにそれは認められた。

―――戦闘員たちがやられた痕だ。

彼らと何度も戦ったエディーだからこそわかる。いかに再生能力を持つ活性毒素の肉体といえども、次から次へと襲いかかる半魚獣の、文字通り波のような攻撃には再生も追いつかず次々と斃されたのだろう。

タレナガースたち幹部連中の姿はない。恐らくツルギ同様、日の出と同時に撤退したのだろう。

エディーは浜から出た。エリスと連絡を取らねば。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

「あんなに憂鬱な戦闘はなかったよ」

言うなりヒロは顔をクシャクシャにしながら大きなあくびをした。

いつもの喫茶店がオープンすると同時に来店したヒロとドクはモーニングセットを注文すると奥のテーブル席にへたりこんだ。

ふわあああああぃ。

「大きなあくびするから私にうつっちゃったじゃない」

ドクも目に溜まった涙をこすりながら文句を言う。

間もなくふたりの前にモーニングセットが運ばれてきた。

とにかくあれだけの大軍に攻め込まれて一般人にまったく被害が出なかったのは何よりだ。

避難所で待機していた警官隊は1発の銃弾も発射せずに済んだ。正邪合体の徳島アベンジャーズの戦闘力は驚異的と言っていいだろう。

「それでも夜通し次から次へと押し寄せる半魚獣にはうんざりだよ。夢に出てきそうだ。それにこちら側にタレナガースもいるんだぜ。いつ気が変わって攻撃してくるかと冷や冷やしたよ」

「お疲れ様。ホントによく頑張ったわ。ハイゆで卵あげる」

ドクが自分のゆで卵を指でつまんでヒロのプレートにポイと乗せた。

「で、うずしお大学の潜航艇は予定通り今日出航できるんだっけ?」

「ええ。何があってもあの石盤だけはもとの海底に安置してもらわなきゃ。多分日没には間に合わないだろうけど、グズグズしてたら大いなる母神に徳島を水没させられてしまうわ」

「うううう。。。。むぐむぐぐ」

ヒロが唸りながらドクがくれたゆでタマゴをまるごと口に押し込んだ。

それからふたりはしばらく沈黙した。

 

(六)海のリーシャ

イトイガワはいつものように大学への坂道をのんびりと歩いていた。右ドッグレッグのこの坂を上がりきれば目の前にいきなりモダンな白い学舎が見えてくる。彼が講義をする阿波短期大学だ。

いつもの白衣ではなく今日は学生時代に愛用していたグレーのジャンパーを羽織っている。肩からは同じく、当時通学に使っていた郵便配達用のショルダーバッグをかけている。フラップは固定されていなくて歩くたびにパクンパクンと跳ねている。

―――へぇ。とっくに無くしてしまったと思っていたけど、まだ残してあったんだ。

坂の途中からは徳島平野が一望できる。吉野川の流れが陽光を反射してキラキラと輝いている。

短大の正門をくぐろうとした時、突如背後で悲鳴があがった。驚いて振り返ると女子学生たちが死に物狂いで逃げてくる。その背後から全身真っ黒な怪物が追いかけてくるではないか。関節の堅そうな体で不器用に坂道を上がってくる。何十体もいるぞ!

「は、半魚獣だ!」

イトイガワは目をむいた。なぜだ?!もうこんな所まで上がってきたのか!

―――ダメだ!徳島は侵略されてしまった。。。

目を坂の下に向けると、今まさに海が徳島平野を飲み込もうとしているではないか。先ほどまでの平和な眺めは一転して地獄の様相を呈している。自分のアパートがあるあたりももうすっかり海の下だ。

「みんな早く校舎へ!屋上へ上がるんだ!」

叫びながらイトイガワ自身も目の前の学舎へ駆けた。だが歩きにくそうな半魚獣も、見る見るせり上がってくる海面も、イトイガワのすぐ近くまで迫ってきている。

駆けながら不意に思い出した。

―――ああ、そうだ。オレは足が遅かったんだ。

昔からそうだ。徒競走ではいつもビリを争っていたものだ。だが、まさかそれが自分の命に関わる欠点だとは思ってもみなかった。今の今まで!

ついに半魚獣の堅く冷たい手がイトイガワの喉を掴んで地面に引き倒した。

仰向けにひっくり返ったイトイガワが見たものは、ケラケラ笑う嬉しそうな半魚獣の顔と、そのはるか頭上から覆いかぶさろうとしている高層ビルのようなイカのバケモノだった。

巨木も薙ぎ払うほどの太く長い足が、無数の吸盤を付けた足が、何本もうねっている。

あれは?!大いなる母神だ!やられた!母神の侵略を許してしまった。エディーは負けたのか。オレたちは皆海の底に沈むのか。

―――やっぱり同じだ。「沈む王国」なのだ。何もかもあの小説に書かれているとおりだ。徳島も沈む王国の仲間入りをするのだ。

自分の説は正しかったことを確信し、泣き笑いの顔でイトイガワはその小説をいれてあるはずのバッグを開いた。

そこには奇妙な海水の塊が入っていて、イトイガワの顔にとびかかり頭全体を海水のボールで覆ってしまった。

―――ううう。。。ぶくぶく。。。た、たすけて。息ができない。。。息が。。。ぶくぶくぶく。

もうだめだ!

ガバ!と上半身を起こしたイトイガワはハァハァと肩で息をしていた。全身が冷や汗でグッショリだ。

暗い。海の底なのか?

その割には息ができる。

やがて暗闇に目が慣れてきた。

体の上には薄い毛布がかけられている。

―――オレの部屋?。。。今のは夢か。

イトイガワは枕もとの時計を見た。

午後4時15分。

今夜も深夜の戦いが繰り広げられるのだろう。伝奇を研究する者として、とても寝てなどいられまい。少し仮眠を取ろうと中途半端な時間に眠ったのが災いしたか、嫌な夢を見たものだ。

イトイガワはタオルで首筋を拭きながら水道の水を飲んだ。

 

ちょうどその頃―――。

うずしお大学が所有する無人探査艇母船は、クルーの到着遅れやら何やらで予定よりも約40分遅れて鳴門の専用桟橋から出航した。

―――もう日没が近いわ。

サクラは甲板から西の空を見て唇をかんだ。急がなければ今夜もエディーたちに徹夜の戦いを強いることになる。多勢に無勢だが、幸い徳島には強力なメンバーが揃っている。彼らが負けるとは思わない。思わないが、万が一海岸線の防衛ラインを突破されたら、日本地図から徳島が消える。もしかしたら今夜にも大いなる母神が陸を目指して浮上してくるかもしれないのだ。

サクラは海面を睨みつけた。こんな気持ちで海を見たことはかつてなかった。海に学び海に生きがいを求めてきたが、今の海は敵の本拠地だ。

海面はいつもよりもどす黒く、なにやらざわざわと細かく震えているように見えた。まるで悪しき細菌に冒されて発熱しているかのようだ。苦しんでいるようだ。

母船の後部クレーンが無人探査艇を吊り上げた。ゆっくりと船体を海に下ろしてゆく。

無人探査艇のコントロールユニット前にはサクラと同じディドーから派遣された彼女の1年後輩の男性研究員フジトモが座っている。腕は確かだから任せておいて大丈夫だろう。何よりサクラは甲板から海を眺めていたかった。

「不安なの?」

背後から声がかけられた。エリスだ。気まぐれな海風が彼女の長く青い髪をかき乱している。今日は波打ち際での戦闘をエディーたちに任せてサクラに同行した。無人潜航艇の操作にも興味があったが、何よりホームグラウンドの海に出たサクラの活躍を見てみたかった。

「いいえ。。。と言ったら嘘になるわね。だけど信じているわ。このミッションは必ずうまくゆくって」

ふたりが見守る中、無人の潜航艇はゆっくりとそのボディを水中に沈めた。

石盤が安置されていた場所は既に端末にインプットされている。海流などの不確定要素をうまく回避しさえすれば迷うことなくミッションを完遂することができよう。

だが、今もこの海の深いところには日の光を避けて多くの半魚獣どもが待ち構えているのだ。徳島へ向かって一直線に水中を進むであろう半魚獣の大群の背後から潜水する予定ではあるが、油断はできない。

サクラとエリスは甲板の手すりを強く握り締めて黒い海を凝視した。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

「さて、今日も陽が落ちるのう。余の夜がやって来るわい。ふぇっふぇっふぇ」

タレナガースの蒼白いシャレコウベ顔がにやりと歪んで笑った。

ここは昨夜と同じ北の脇海水浴場。半魚獣どもは一度上陸したこの遠浅の海がお気に召したと見える。

「阿呆どもはひとつ覚えでまたこの浜に上陸してくるようじゃ」

タレナガースにはわかっていた。魔物には魔物の動きが読めるとみえる。

日は既に背後の山の向こうに姿を消している。間もなく夜だ。

再び沖が一列に盛り上がり、小規模の津波のように浜へと押し寄せてきた。月明かりに目を凝らせば、それらが無数の頭であることがわかる。

陸に住むすべての命を海の中へ引きずり込む為に今夜もヤツらはやって来たのだ。

「これ、エディー!しっかりやらねば死ぬるぞよ!ふぇっふぇっふぇ」

浜の向こうにいる宿敵を冷やかすと、タレナガースは己の鋭い左右のツメをギイイとこすり合わせた。

遠くから聞こえてきた「うるせえ!」の声にいたくご満悦のようだ。

「さぁ参れ。サカナが陸に上がるなどという酔狂な話は、もう何億年も前に締め切っておるわ!陸はすべてこのヨーゴス軍団のものじゃ。それを思い知らせてくれる!」

最初に浜に立った半魚獣の口がカパッと開いて拷問具のごとき尖った歯がタレナガースに向けられた。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

<サクラさん。潜航艇に異常発生です!>

コントロール室からの緊迫した声が船内アナウンスで流された。

「どうしたの?」

現在の母船の位置からの潜航ならば半魚獣の群れと鉢合わせる気遣いはないはずだ。

<深海から強烈な海流が叩きつけてくるんです>

「深海からですって?」

<これ、何かおかしいですよ。まるで海の底からでっかい壁がせり上がってくるみたいな。。。海の水が全部海面へ向かって押し上げられてくるみたいな気がします。潜航艇の潜航速度が上がりません>

はっ!と何かに思いいたったのか、サクラは甲板の端に向かって走った。その全身がその名の通りの桜色に発光した。季節はずれの満開の桜のような光が夕闇を押しのけた。

光が去った後そこにあったのはさきほどまでのサクラではなく超人の姿だった。綺麗な卵形の顔にはやさしさと鋭さが同居する金色の目。その左目の中心にはサクラと同じピンクの光点が見える。白地にピンクのラインが走るボディーはドライスーツをまとったように女性特有の美しいラインに象られていて、頭頂部から後頭部、首の後ろから背中にかけて7色に光る短いヒレが海風に揺れている。

「サクラさん、あなたって。。。?」

思いがけないサクラの変身に、背後で見ていたエリスも驚きを隠せない。

「リーシャ。今の私は海のリーシャよ。私のもうひとつの姿がこれ。私が他の人と違うところは桜色のオッドアイだけじゃないの。一緒に戦うあなたたちにまで黙っていてゴメンね」

ううん。と首を振りながらエリスはリーシャに近づいた。

「行くの?深い海へ」

「ええ。どうやら潜航艇では目的のポイントへたどりつけそうにないから。でも私なら」

そう言うと勢いよく船の手すりを飛び越えようとした。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

「うおりゃああ!」

ドゴッ!

空気との摩擦で赤く発熱したアルティメットクロスのストレートが半魚獣の顔面にヒットして、せり出した鋭いキバを粉砕しつつ後方へ吹き飛ばした。

「くそ。俺のパンチでも倒すのに2〜3発は食らわせないとダメだ。こいつら昨日よりパワーアップしていないか?」

ドカ―――ン!

すぐ隣ではスダッチャーが爆裂スダチ・ソードを振るっている。盛大に爆炎を上げて水棲モンスターどもを屠っているが、やはり昨夜のように一撃で獲物を爆散させられず苦戦しているようだ。

「いいなぁ!おおいエディー、こいつら昨日より強いぞ。楽しいなあ!わっははは」

―――チッやはりか。

エディーは舌打ちしたが、スダッチャーにとっては強敵との遭遇こそ本懐なのだろう。

―――くじけないのはいいことだが、こいつはこの戦いの本来の目的を完全に忘れているんじゃないのか。。。?

アルティメットクロスは傍らを走りぬけようとした半魚獣の背びれを掴んで波打ち際へと放り投げながら、横目で緑の相棒を見た。

スダッチャーの顔面には大きくふた筋の傷。右の頬から口元にかけて抉られている。左の肩アーマは完全に粉砕され、ボディーには無数の歯のあとがついている。右のわき腹は食い破られていて今も体液が失われている。本来なら戦いどころか立っているだけでも大変な深手のはずだ。

バトルフリークの本領発揮ということか。しかしこのままひと晩戦い続けて、果たして彼の生命エナジーがもつかどうか。

その時、アルティメットクロスの右の太ももに激痛が走った。1匹の半魚獣が喰らいついている。乱杭歯が太ももに深々と食い込んでゆく。

「ぐうう。離れろ、この野郎!」

アルティメットクロスは渦エナジーを指先に集中させると、巨木をも貫く必殺の手刀で半魚獣の首筋を貫き絶命したそいつの歯を太ももから引き抜いた。

―――ふふ。スダッチャーのことは言えないな。俺もけっこうボロボロだ。

下半身から力が抜けてゆく。しかし膝を地面についている暇はない。

アルティメットクロスは左右の腕に2本のエディー・ソードを出現させた。

「さあ、渦戦士二刀流の奥義をたっぷりと見せてやるぜ!」

二本の赤いソードが華麗に舞い、押し寄せる半魚獣を次々と切り刻んだ。

 

黒衣の武人がふるう赤い刀身の剣は今日も冴えていた。ひと振りで正確に半魚獣の首をはねてゆく。

襲いかかる半魚獣のキバを、まるで風に吹かれる柳の枝のようにヒラリヒラリとかわしながらひたすら斬る。これを戦いと言って良いのだろうかとすら思える。殺意をむき出して迫る無数の化け物に対し、圧倒的な実力差でそれらを一方的に殺戮する孤高の超武人。はたしてどちらが無慈悲な存在なのだろうか?

だが、いかに神速の神業とはいえ、何十何百という半魚獣の、やむことのない波の如き侵攻に超武人は少しずつ後退していた。それは傍らでじっと見ていても気づかぬほどのわずかな後退であったが、神の使徒として戦う超武人のプライドに傷をつけるには十分であった。

ツルギは憤慨していた。普段は感情を露わにしない彼の心に湧いた怒りの感情はやがて焦りに変わり、焦りは剣さばきに揺らぎを生じさせた。

加えてツルギの周囲は既に半魚獣で取り囲まれていて、ほとんど身動き取れぬ状態となっていた。広い山中を自在に動いて敵を翻弄するツルギ特有の戦法は取れなくなっている。夜の闇の中で深海からの黒いモンスターの群れに埋もれて、黒衣の超武人は姿が見えなくなった。

「ぬおおおおおお!」

その時、静かな武人が吼えた!

赤い刀身が月の光を受けて一層赤く輝き、大きな真円を描くと、群がった半魚獣たちは赤い光の円の上と下に体を裂かれて皆音もなく倒れた。

その円の中心に、ゆらゆらと全身から闘気を立ち昇らせたツルギが立っていた。

 

ぶもおおおお!

耳を塞ぎたくなるような断末魔をあげてブラック・ビザーンが仰向けに倒れた。

昨夜の戦いを生き抜き、今夜も数十体もの半魚獣をその怪力で引き裂き、投げ飛ばし、粉砕した。が、投げ飛ばす時にも殴る時にも必ず他の半魚獣がそのボディにキバをたてていた。活性毒素による再生ボディのモンスターもその再生能力に少しずつ翳りが見え始め、ついに最期の時を迎えたのだ。

「ブラック・ビザーン。よう戦った!」

ヨーゴス・クイーンの電撃ハリセンが絶え間なく稲光を走らせている。

「ええい!次から次から湧いて出てきよる。ハリセンを叩いてばかりで手が痛うなってきたわえ。戦闘隊長!これ戦闘隊長!ちょっと代われ。わらわは休みたい」

だが戦闘隊長からの返事はなかった。あたりを見渡したクイーンにわずかな隙が生まれた。

かあああ!

口を全開にした数匹の半魚獣が紫の鬼女に襲いかかった。ハッとした時には時すでに遅く、クイーンはわらわらと群がる半魚獣たちによって押し倒されてしまった。

「ひいいい!どけ!どかぬか!」

ジタバタともがくクイーンはあと2〜3分もすれば噛み後だらけの無残な姿に成り果ててしまうだろう。

ザシュッ!ザシュッ!

だが肉を切り裂く音と共にクイーンに取りついていた半魚獣たちの体は次々とひっぺがされて四方へ投げ捨てられた。

仰向けにひっくり返っていたクイーンは腕を掴まれて強引に引っ張りあげられ、立たされた。

「一瞬の油断が命取りじゃ。誰が斃されようと己だけは生き残ってやるという強い思いなくして今宵は生き残れぬ」

「タレ様!」

間一髪ヨーゴス・クイーンを救ったのは首領タレナガースだった。

ヨーゴス軍団の屋台骨たるふたりは互いに背を預け合って再び戦闘を開始した。

「気をつけよ。こやつら昨夜よりも力をつけておる。恐らく大いなる母神がより近づいてきておるのじゃ。その大いなる妖力によってパワーアップしておるに違いない」

「まったく。サクラとかいう小娘は何をしておるのじゃ!?さっさとあの厄介な石盤を元に戻せばよいものを」

「ふぇっふぇっふぇ。あやつらはあやつらなりに苦戦しておるのであろう。それそれ、余計なことを考えておるとあの薄汚いキバで引き裂かれるぞよ!」

かああああああ!

闇の中でタレナガースは盛大に瘴気を吐いた。その瘴気の中では水中からの侵略者よりもヨーゴス軍団の魔の者たちが心地よく戦えるのだ。

「来い!魚ども!」

月の光さえも遮る暗い暗い瘴気の中で、タレナガースの長く鋭いツメだけが不気味に輝いていた。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

母船から海中に身を投じたリーシャは1本の矢となって深海へ突き進んでいた。まとうバトルスーツは水圧をものともしない堅固なドライスーツになっている。リーシャは変身前の状態でも素もぐりでも深度70メートル以上まで潜水することができるが、リーシャになった今ならその十数倍は潜水できる。

いかなる力が働いているものか、リーシャは腕も足もまったく水をかいていない。なのにそのスピードはイルカも遠く及ばぬほどの高速だ。

真っ暗な海の中でもリーシャの目はしっかりと機能していた。その正体であるサクラ特有の左目のピンクの光が、まるでサーチライトのように進路上を照らしている。

―――確かに海底からすごい圧が迫ってくるわ。海流も激しいけれどそれだけじゃない気がする。これは。。。?

間もなく無人潜航艇が視界に入った。2軸のスクリューは全力で回転しているが、見えない壁に突き当たっているかのようにまったく前進できていない。

リーシャは吹きつける暴風のような海流の中を滑らかに移動して潜航艇に近づくとカメラの前に出て手を振った。

―――ハ〜イ。

「うわっ!何だ???」

潜航艇のジョイスティックを握っていたサクラの後輩フジトモは、突如モニターに現れた謎の人物に度肝を抜かれてのけぞった。だが、不思議とその姿からは邪悪なものが感じられない。

「。。。女の人?」

モニター越しだが、伝わる雰囲気は明らかに女性のものだ。根拠はないがフジトモはそう確信した。

謎の女性はジェスチャーでマニピュレーターを指さし、両手で石盤の四角を形作って見せて自分の胸を指さした。

「。。。石盤を渡せと言っているのか?」

 

マニピュレーターのパイロットランプが短く瞬いて、金属フレームの腕が音もなく伸びて石盤をリーシャの前へ差し出した。

―――伝わったのね。有難うフジトモ君。

リーシャは差し出された石盤を丁寧に受け取ると両腕で胸にかき抱き、カメラに向かって投げキッスをすると再び深海へ向かって高速で移動を開始した。

「目的のポイントが見えてきたわ」

レーダーなど無くともリーシャの左目にはわかっている。

そこは直径200メートル以上にわたって更なる深海への入り口が、まるで冥界へのそれのように不気味な口を開いていた。そこから下はまったく違う世界なのだ。

覗き込んだリーシャは戦慄した。

暗闇に覆われてはいるが彼女には「見える」。

海上で待機している母船など一撃で粉砕できそうな巨大なハサミ。人の背丈ほどもある吸盤が一列に並んだ長い触手。そして闇をものともせず海上までを見通せそうな四つの丸い目。

―――大いなる母神!

巨大すぎてリーシャにもその全貌までは伺えないが、何十体もの半魚獣に守られながら着実に浮上してきている。

―――急がなきゃ。

リーシャは体をドリルのように回転させて噴き上げてくる海流に対抗しながら更に深みをめざして進んだ。

その時リーシャの頬を何かがかすめた。かすめたあたりが疼く。

ハッとして前方を見ると、槍の穂先に似た何かが彼女めがけて無数にやって来るではないか。

間一髪、リーシャはジグザグに回避した。母神を護衛する半魚獣たちが攻撃を開始したのだ。

ギュルルルルルと音を立てながら飛来するのは、海水をこよりのようにねじ上げてこしらえたらせん状の槍だ。ヤツらはそれを眉間のあたりで形成して手を使わずに発射している。恐らくは念力の一種によるものだろう。もしも当たれば。。。あまり考えたくはない。

ギュルルルル!

ギュルルルル!

次々に飛来するドリルの槍を避けるのに時間を費やしてなかなか前へ進めない。石盤の安置ポイントはもうすぐそこなのだが。リーシャは苛立った。

下からの潮圧も次第に強くなる。母神がすぐ近くまで浮上しているのだ。時を置けばそれだけ深みへ潜るのが困難になる。

真正面から十数本のドリルの槍が来る。さらにその後ろからとてつもなく巨大な何かが伸びてきた。

ひとつだけでリーシャを捕捉出来そうな馬鹿でかい吸盤が並んだイカの足だ。超巨大イカの足!太く、長い。このスケールならタンカー船でも巻きつけて海中に引きずり込めそうだ。

そんな化け物じみた足が1本、2本、3本。深海の闇の底から伸びてきてリーシャを捕えようとする。遂に大いなる母神の体の一部が異界の深淵から出てきてしまった。

いにしえの船乗りたちが恐れた化け物の言い伝えは本当であったのか。「沈む王国」の一節に描かれた海底の恐怖が今、現実のものになろうとしている。

高速で飛来するドリルの槍を避けつつ、間近で見上げれば高層ビルのごとき巨大イカの足をかいくぐらねばならぬ。それでもリーシャは石盤の安置ポイントへ向かうことを諦めはしなかった。

その時、体の前でしっかりと抱きしめていた石盤の端っこがコツ。。。とベルトのバックルに触れた。

シュアアア。

その瞬間、暗闇にクリアブルーの光が湧きあがった。

「これは!?」

リーシャは思い出した。

母船から海へとダイブしようとした時、背後からエリスが呼び止めたのを。

 

「これ、持ってって」

エリスはベルトのパウチから掌に包めるくらいの半球型の物体を取り出してリーシャに差し出した。

「。。。これは?」

「エディー・コアよ。渦のエナジーが込められているの。もしかしたら役に立つかもしれないわ。どんな状況でどう役に立つかはまるでわかんないけど。でももしかしたら、ね」

透き通る青い光を湛えるそのコアを、リーシャは掌に載せた。

「なんだか温かい。。。」

いいお守りになりそうだと感じて、リーシャは軽い気持ちでそのコアをベルトのバックルに取り付けると、甲板の手すりを飛び越えて海中にダイブした。

 

―――エリスがくれた渦のコア。

リーシャはバックルに取り付けられたコアに宿る青い光にそっと触れてみた。

シュアアアアアアアアア!

リーシャの指が触れた途端、コアから今度は大量の青いエナジーが溢れ出した。とめどなく溢れる。まるで黒い水の中で青い水をポンプで勢いよく押し出したみたいだ。

その青い光はリーシャをドーム状に包み込む。彼女を絡めとろうと伸びてきた母神の巨大なイカの足が光に触れるや、まるで毒針に刺された小魚のように痙攣しながらもとの暗い底へ引っ込んでしまった。

2本目の足も、3本目の足も、それぞれが独自の意志を持つ生命体であるかのようにリーシャめがけて襲いかかったが、いずれも青い光のドームを突破すること叶わず、棒で突かれたイソギンチャクのように闇の深淵へ姿を消してしまった。

―――今だ!

巨大な障害物が消えて、あとは半魚獣たちだけだ。有難いことに、半魚獣が発射する捻った海水ドリルの槍も青い渦エナジーに触れるや否や捻りがほどけて攻撃力を失い、もとの海水に戻ってしまった。

―――敵の攻撃がすべて無力化してゆく。これはすごいお守りをもらったものだわ!

半魚獣たちが遠巻きにする中、リーシャは抱えている石盤をもとの場所に差し出した。

今は何も無い海中だがもとはここが海底であった。

そこに石盤が置かれた途端、まるでまぼろしが浮かび上がるかのようにぼやっと地面が浮かび上がり、次第に色濃くはっきりと見えるようになってくる。それと同時にその存在自体も現実味を帯びてきて「海底」を形作っていった。

その下の深海にいる半魚獣や、それに守られて浮上してきている大いなる母神は忌々しそうにリーシャを睨みつけている。

おおおおおおん。

行く手を阻まれた大いなる母神が啼いた。

無念極まりないその声は、リーシャの耳ではなく脳内に直接響いた。恐らく一生忘れられない身の毛もよだつ恐ろしい声だ。

何体かの半魚獣が安置された石盤を取り除こうと接近して下から手を伸ばした。

バチバチッ!

光源不明の鋭い光が電撃のように半魚獣どもの体に走り、びくっと全身を震わせた半魚獣どもはその体を石盤に吸い込まれてしまった。石盤は再び封印のメカニズムを発動させたのだ。

「やったわ!」

やがて何事も無かったかのようにそこは紀伊水道の海底に戻って、小さなエビや異形の深海魚たちが再び姿を現した。

リーシャははるかな海面を見上げた。

―――こっちは終わったわ。エディー、そちらの戦いも終結したかしら?

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

ジャンプして左右の敵を同時に蹴り飛ばしつつ正面の敵2体を左右のソードで縦に切り裂いた。間髪いれず、振り下ろした両刃のソードを振り上げながら次に襲い来る敵の体を下から斬り上げた。

その屍を押しのけてキバを押し出してくる半魚獣の横っ面にソードを握ったままの拳を打ち込んでのけぞらせ、鳩尾を蹴り飛ばして後方へ飛ばし、ドミノのように仰向けにひっくり返った複数の半魚獣の体を長いソードで一気に貫いて仕留めた。

うおおおおお!

吼えた!

正義の赤。エディー・アルティメットクロスだ。

夜明けはまだ遠い。敵の半魚獣はまだまだ津波のように海から攻めあがってくる。

―――夜明けまでもつのか?

次から次へ、うめき声ひとつたてず襲い来る半魚獣たちは不気味の極みだ。迫る顔と顔の間にもその後ろから来るヤツの顔があり、それが延々と波打ち際まで連なっている。

アルティメットクロスは渦エナジーを全身にみなぎらせて赤いオーラをまとった。

「前言撤回。絶対に夜明けまでもたせてみせるぜ。問題はどうやってもたせるかだけどな」

肉体であれ精神であれ、ほんの僅かな己の弱さが命取りになる。

「来い!」

再びソードに色濃い赤光が宿り、周囲の半魚獣の肉体が切り刻まれて四散した。

―――おや?

その時アルティメットクロスは敵の群れに異変を感じて周囲を見渡した。

 

「も、もうダメじゃタレ様。。。さすがにもう。。。」

ヨーゴス・クイーンが泣き声を上げた。

自慢の紫のマントはズタズタに切り裂かれ、髪の毛はザンバラに乱れている。両手に持っていた電撃ハリセンも1本になっている。

「弱音を吐くでない。死ぬるぞ。ここで死すれば即、灼熱地獄へまっさかさまじゃ!」

「ひいいいい。それだけはゴメンじゃ!」

タレナガースの言葉に恐れおののいて、ヨーゴス・クイーンのエンジンに再び火がついた。毒蜂の化身の姿を借りている悪の大幹部は並大抵のことでは斃されない。

タレナガースもそのことをわかっているのか、そんな盟友に手を貸そうともしない。ひたすら目の前に迫る半魚獣をツメで引き裂いている。

かあああああああ!

もう何度目かの瘴気を吐いた。それはタレナガースなりの軍団員への援護射撃だ。常人ならば吐き気とめまいを起こさせる闇の瘴気はヨーゴス軍団員にとっては何よりの活力になる。

「我らが防衛ラインを突破されたとあってはエディーめに笑われるぞよ。誇りにかけて1匹も通すでない!」

首領の檄が飛んだ。

その時。。。

「うん?」

タレナガースは押し寄せる半魚獣の群れに異変を感じた。

 

恐らくは海中を泳いでいるときと同じように半魚獣たちは海から波打ち際へ、砂浜へ、そして更に内陸へと侵略し続ける。

そんなヤツらの足並みが不意に乱れた。

前へ前へ進まんとする半魚獣たちの意思に反して、その体が言うことを聞かない。足が前に踏み出せぬ。もどかしさからか、皆腕を前へ突き出している。その腕が上がらなくなれば今度は首が前へ突き出された。

そして、その首がパキッと奇妙な音を立てて折れた。

この瞬間。はるかな深海で、海のリーシャがあの石盤をもとの位置に安置し、浮上しようとしていた大いなる母神を再び封じ込めたことを半魚獣たちは知るよしも無かった。

おびただしい数の半魚獣が海から砂浜にかけて立ち止まっている。つい今しがたまで波のように進んでいたものが、まるで電源を失った機械のように皆停まってしまった。

 

アルティメットクロスの傍らにスダッチャーとツルギが歩み寄った。

「これは。。。一体?」

「なんだよ、もうお開きか?もっとやろうぜ」

スダッチャーは足をやられたのかびっこをひいているが、口だけは威勢が良い。

彼らの周囲には何百体もの止まったままの半魚獣が立っている。まるでマネキン倉庫のようだ。

「スダッチャー、お前大丈夫か?」

アルティメットクロスの言葉に「ふん」と顔を背けつつ、スダッチャーは堤防の上に腰を下ろした。

ツルギは黙したまま、夜の海風に黒衣を翻しつつ沖を眺めていた。

―――エリス、サクラさん。。。やってくれたんだね。

アルティメットクロスは遥か沖にいるふたりに思いを馳せた。

 

「やりおったのか?あの左目の小娘が。。。」

「うむ」

ヨーゴス・クイーンは初めて頼れる首領の姿を見た。

―――タレ様、ぼろぼろになられて。。。お労しや。

タレナガースが、乱杭歯を突き出したまま動きを止めている最寄の半魚獣に顔を近づけて「ふん」と突き倒した。その後ろに並ぶ同族たちがボウリングのピンのようにバタバタとひっくり返った。

大いなる母神は再び霊的に封印され、母神からの霊力の補給を絶たれた半魚獣は動きを止めた。深海からの侵攻は止まったのだ。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

無人探査艇は無事母船へ回収された。

母船の甲板で、エリスは見事に役目を果たして帰還したリーシャを出迎えた。

「お疲れ様。あなたのおかげで徳島は救われたわ」

エリスの言葉にリーシャはゆっくりと首を左右に振った。

バックルから取り外した青いコアをエリスに差し出した。

「有難う。このコアと渦のエナジーに救われたわ」

エリスは微笑むとそれをもとのパウチに戻した。

「今回勝てたのは、徳島の超人たちの力を結集させたおかげよ。もっとも腹づもりはみんなバラバラだったみたいだけどね。フフ」

「そうね。まさか私たちがヨーゴス軍団と並んで戦うことになるとは思いもしなかったわ」

リーシャは明るくなってきた東の水平線を見た。

「もともと私がまいた種だったしね。本当に迷惑をかけたわ」

「そんな。学術研究者ならあの石盤採取は当然のことよ」

リーシャは振り返ってエリスを見つめると彼女の耳元に顔を寄せた。

「あなた、祖谷乃かづらでしょう?」

「えっ?」

エリスは驚いてリーシャから離れた。彼女の桜色の左目は秘密にしている自分の正体まで見通してしまうのか。

「フフフ。図星みたいね。私ね、昔あなたの論文を読んだことがあるのよ」

「論文?」

「もう何年も前のこと。確か3次元における球面波動を超越した新たな運動エナジーに関する論文だった。未完成で理論も粗かったけれどとても面白い理論だったわ。この研究が結実したらきっと凄いエナジーになるだろうなって思った。だからよく覚えているのよ」

リーシャはエリスの胸のコアを指差した。

「渦のパワー。思ったとおりもの凄いものを開発したわね。大いなる母神も手が出なかったくらいよ。論文で発表しないのがもったいないわ」

「リーシャ、このことはどうか内密に。。。」

「勿論わかっているわよ。絶対に口外はしないわ。私だって同じ立場だしね」

そう言うとリーシャはエリスの目の前で変身を解除して桜色の目でエリスにウインクした。

間もなく桟橋に着岸します、と船内アナウンスが響いた。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

夜の間いったいどこに潜んでいたものか、戦いが終わったと見るやイトイガワが浜に現れて動きを止めた半魚獣たちをつぶさに観察していた。

「これでボクは神話の目撃者だ!」

その目は潤んでいた。

やがて夜が明けると同時に、浜をうずめる半魚獣の「マネキン」たちはすべて水となって流れ去った。

 

「引き上げるのかや?」

鳴門の桟橋でエリスたちを出迎えようとしていたエディーに背後から声をかけたのはタレナガースであった。

エディーは振り返りもせず、無言で立ち止まった。背後にあからさまな殺気を送る。

それを察知したのか、タレナガースもニヤリと笑った。

「やるかえ?我がヨーゴス軍団はこのふた晩の戦いですべての戦闘員、モンスターを失うた。今は余とクイーンのふたりだけがヨーゴス軍団のすべてじゃ。もしかしたら軍団を壊滅させられるかもしれぬぞよ。ふぇっふぇっふぇ」

エディーは殺気をまとったまま微動だにしない。

「どうした?貴様の悲願であろう。この機を見逃す手はないぞえ」

タレナガースはしきりにエディーを挑発し続けた。確かに、今ならば。。。

秒針がどれくらい動いたか。。。エディーの全身から殺気がふっと消えた。

「お疲れ」

そのひとことをそこに置いて、エディーは戦場から去った。

後に残されたタレナガースはその後姿をしばらく見てたが「ふぇ」と短く鼻で笑った。

「思うた通りじゃ。いっときでも共に戦うた我らを、今回だけは見逃してやろうなどという甘っちょろい考えなのであろうよ。あやつのあの甘さがある限り我らヨーゴス軍団は安泰というものじゃ」

そしてくるりと背を向けると「帰るぞよ」とぼそりと言った。

すると木陰からヨーゴス・クイーンを筆頭に、ダミーネーター、ビザーン・マークUらがゾロゾロと現れた。

『今は余とクイーンのふたりだけがヨーゴス軍団のすべてじゃ』というのはやはりタレナガースお得意のハッタリであったのだ。もしもエディーが戦いを仕掛けていたら、こやつらが横合いから一斉に飛び掛っていたのであろう。

エディーらしさに、タレナガースはタレナガースらしさで応えたということか。

とにかく、徳島は今日も朝を迎えた。

 

(七)次なる戦いへ

北の脇海水浴場での総力戦から1ヶ月。

ドクのスマホにサクラからメールが届いた。

〜ハイ。元気してる?私は今D.I.D.O.のミッションで厳寒のオホーツク海にいます。この間贈ってくれたネモチ教授の石盤研究に関する本読んだわ。有難う。あの短時間に大学の3Dプリンターで石盤の精密レプリカを作っていたなんて、出世する人ってさすがに抜け目が無いわね。それにしても資料提供であのイトイガワ先生が出版に協力していたとは驚きだわ。とぼけた先生だったけど、こっちもなんだかんだでどんどん名前を売ってゆくわね。

そうそう、昨日知床半島を海から見ていたら海岸にヒグマの親子を見つけたのよ。すごいでしょう。日本は広いわ。海だって、繫がっているくせにいろいろな顔を持っていて飽きないのよ。

それから、あなたに教えてもらったローカルヒーローズ・ネットワークに私も登録したわよ。担当エリアはもちろん「海」。全国で活躍している仲間がこんなにも大勢いるなんて知らなかったから驚いちゃった。じゃ、またそっちの海に行ったら寄るわ。タレナガースのおじさんにもよろしく言っといて。。。って無理か。エディーに怒られちゃう(笑)〜

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

ヘックショイ!

暗闇にくしゃみの声が響いた。

「どうなされたタレ様や。風邪を召されたか?」

聞こえてきたのはヨーゴス・クイーンの声だ。してみると今のくしゃみはタレナガースのものであったか。

「フン。なにゆえ余が風邪なぞひかねばならぬ。誰ぞが余の噂をしておるのじゃろうて。ま、せいぜい褒め称えるがよかろう」

「ううむ。タレ様の噂話をする物好きはエディーめとあの小娘くらいであろう。褒め称えておるとは思えぬがのう。。。」

「フン。ではそなたが代わりに褒め称えるがよい。これを見よ」

タレナガースは黒い包みを取り出した。何やらバットのような細長いものを包んでいるようだ。タレナガースはその包みを丁寧に解いてクイーンの前に差し出した。彼らはこの暗闇の中でも支障なくものを見ることができるらしい。

「これは。。。あの半魚獣どもの?」

「足よ」

タレナガースがいたずらっぽい目でクイーンの反応を見た。

「日に当たって水になる前に黒い布にくるんで持ちかえったというわけかや。じゃがこのようなもの何に使うのじゃ?」

クイーンの問いに待ってましたとばかりタレナガースは雄弁に語りだした。

「そなたも戦うてようわかったであろう。こやつらの体表の堅さよ」

「おう。まことに厄介であった。特に2晩目は母神が近づいてきたせいか格別しぶとかったのう」

「それよ。その秘密を解明して新たな活性毒素の精製に応用してくれようと思ってサンプルを持ちかえったというわけじゃ」

「なるほど!さすがはわらわの首領どのじゃ。あの激しい戦いの中でも常に次の戦いを念頭においておられたとは」

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

タレナガースは胸をそらせて得意げに笑った。

「見ておれエディー。次の戦いはしんどいぞよ。泣くほどにのう。ふぇっふぇっふぇ」

「泣かせてやれ泣かせてやれ!ひょっひょっひょ」

暗闇の洞窟に不気味な笑い声がしばらく響き渡っていた。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×

「ドク、モーニング食べに喫茶店行こうぜ」

朝7時40分。ヒロがドクを誘いに来た。モーニングでお腹を満たした後で今日のエディー&エリスのパトロール計画を立てるのだ。

「ゴメン、ヒロ。今日はパトロールひとりでまわってくれない?ヴォルティカのサイドカーははずしてあるから」

ドクは奥の部屋で何かやっているみたいだ。

このパターンのドクは何かの開発に没頭している時だ。こうなると。。。

―――こりゃ無理だな。

満足できる結果が得られるまで絶対に外出しようとはしない。

「ねぇ。何か臭いけど、薬品か何かの研究をしているのかい?」

奥の部屋に向かって声をかけてみる。ようやくドクがドアを開けて姿を現した。途端にもの凄い悪臭がヒロに襲いかかった。手には奇妙なものを持っている。

「臭いの元はこれよ。こないだの半魚獣の体組織をこっそり持ち帰ったので、ちょっと分析しているの」

ドクはゴーグルとマスクを付けている。

「うええっ!臭せぇ。そんなものをマンションに持ちこんでいたのかい?君はよく平気でいられるな。ご近所から苦情が出ないのが不思議だよ」

「鼻はとっくに麻痺しちゃったわ。苦情は時間の問題でしょうね。でも、どうしても分析しておかないと。こいつの体表の堅さの秘密を」

―――そうか。確かにこいつらの防御力は半端なかったよな。

「タレナガースたちも当然この外殻の堅固さに目をつけたはずよ。対処法を研究しておかないと、次の戦いは苦労することになるかもしれないじゃない?」

さすがだ。徳島の存亡をかけた大一番の戦いに臨んで、エリスは当然エディーが勝利することを信じ、その上で更にその後に来るであろう厳しい闘いにまで考えをめぐらせていたのだ。

「まったく頼もしいよ、キミって人は」

ヒロの言葉にドクは最高の笑顔で応えた。

 

1時間後、渦戦士エディーの駆るスーパーマシン・ヴォルティカが国道11号線を北上していった。

徳島を守るため。徳島県民を守るため。胸に青いコアを煌かせたスーパー・ガーディアンは今日もパトロールに余念が無い。

深海から。天空から。地中から。あるいは異次元から。徳島を狙ってさまざまな敵がやって来る。そして徳島にもヨーゴス軍団という最凶最悪の敵がいる。しかし僕たちは大丈夫!

なぜなら徳島にはふたりの渦の戦士たちがいるからだ。

渦戦士エディーと渦のヒロイン・エリスが!

(完)