渦戦士エディー
土くれの魂
(一)ことの起こり
深夜。
「タレ様やぁい」
暗いアジトは秘密基地ごっこに集まった小学生数人がはしゃぎまわれる程度の広さだ。そんなに馬鹿デカイ声を張り上げる必要は無いだろうに。
しゃがれた怒鳴り声の主は紫蜂の魔女ヨーゴス・クイーンだ。
中にいた留守番役の4人の戦闘員たちを躊躇せずに突き飛ばしてズカズカとアジトの奥へ進む。
狭いアジトの奥にはドラム缶を半分に切ってこしらえた大釜や奇怪な形の燭台を乗せたデスクなどが置かれているが、身を隠す場所などはない。探すまでもなくタレナガースは不在だ。
「しばらく姿を現されぬゆえ、また何か新しい発明か怪人の研究をしているに違いない。今日ははかどり具合を見せていただこうと思うたのじゃが」
クイーンはアジトを見渡した。しかし彼女を満足させられるようなものは見当たらぬ。
クイーンは壁際でひとかたまりになって怯えている戦闘員たちを睨みつけて問うた。
「こりゃおまえたち。タレ様が最近何かをこしらえておられたのを知っておるな」
ヨーゴス軍団の女幹部はなにも人間だけに恐れられているわけではない。同じ軍団構成員たる戦闘員たちも、その残忍な上司に強い畏怖の念を抱いていた。
その時戦闘員たちの脳裏にはまったく同じ光景が浮かんでいた。
タレナガースの言いつけである。
<よいか戦闘員ども。余の新しい研究についてクイーンになんぞ訊かれても、決して応えてはならぬぞ。よいな。わかっておるな>
ジロリと睨みつけるタレナガースの迫力はクイーンに勝る。
戦闘員たちは「ピーピーピー」と鳴きながら一斉に首を左右に振った。
「。。。まことか?嘘はついて、お・ら・ぬ・な」
睨みつけられるだけで気の弱い人なら体が麻痺しそうな、クイーンの毒蜂の目が紫の光を帯びた。
戦闘員たちは震え上がってさらに力いっぱい首を振った。振りながら皆同じところに視線を送っている。
「うん?」
クイーンはその視線の先にゆっくりを己の視線を重ねた。岩をくりぬいてこしらえたアジトの壁の一部が何やら不自然なのに気づいた。
近寄ってみると、壁の岩の層がある一部だけ乱れているのが見て取れる。明らかにそこだけ異なった岩の塊が突っ込まれている。穴か何かを塞ぐ栓のようだ。
その岩の栓に手をかけて、クイーンはサッと背後の戦闘員たちを振り返った。
ピーピーピーピー!
右往左往している。
―――あからさまにキョドッておるな。
確信を得たクイーンがその岩の栓をグリっと引き抜くと、案の定そこは円形にくりぬかれた穴になっており、中にはひょうたんのような形のガラス瓶がひとつ納められていた。
クイーンの目が好奇の光を湛えている。取り出してみると、瓶にはコルクの栓が突っ込まれており見たことのない奇妙な絵文字を書いた封印紙が貼られている。中身は黒っぽい液体だ。入り口から差し込む月の光に透かして見ると、黒っぽい液体の中には更に黒い塊が沈んでいる。まるで液体のエキスが沈澱して一層濃いものを形成しているようだ。
「なんじゃコレは?」
クイーンはそのままアジトから出ると、その瓶を月光にかざしながらどこかへ姿を消した。
× × × ×
ひょうたん形の瓶を振りながらどれほど夜の散歩を楽しんだであろうか?天空の満月に何度か雲がかかっては消えた。
途中、ヨーゴス・クイーンは民家の外にあったゴミのポリバケツを気まぐれに蹴っ飛ばした。ポリバケツは道路の真ん中まで吹っ飛んで中の生ゴミを路面にぶちまけてころがった。
ヒョホッ!
そのさまが面白くてクイーンはしばらく近隣のポリバケツまで次々に蹴っ飛ばして遊んだ。
ようやくポリバケツサッカーに飽きたクイーンは、道路わきの畑に入り思い出したように再びあの瓶を取り出した。中の黒い塊は先ほどよりもほんの少し大きくなっているように思えた。
ポクン。。。
塊がヒクリと動いた。
「こやつ、生きておるのか?」
ますます興味がわいて、クイーンは瓶のコルク栓を封印の紙ごとむしり取った。
人差指を突っ込んで爪の先で液体の中の黒い塊をほじくり出そうとするがうまくゆかない。しばらくトライしていたが、数分もせぬうちクイーンの堪忍袋の緒がブチッと音を立ててひきちぎれた。
「ええい!」
言うやクイーンは中の黒い液体を畑の上に撒き散らし、ひょうたん形の瓶をバリンと握りつぶした。掌にはいくつかのガラス片と共にあの黒いブヨブヨした塊が残った。
ひきつったような吊り目を近づけると、黒い塊の中にはふたつの小さな赤い点が揺れている。
―――やはり生きておる。
ひょっひょっひょ。
ヨーゴス・クイーンはラムネ瓶からビー玉を取り出すのに成功した子供のように、満足げな笑みを浮かべて立ち去った。
× × × ×
「ありゃりゃ?」
アジトに戻ったタレナガースは例の隠し穴が暴かれていることに気づいた。
差し込む月の光が肉のないシャレコウベの顔を蒼白く照らしている。
「クイーンめ、気づきおったか。やはり戦闘員では隠しきれなんだようじゃな」
横目でジロリと留守番役の戦闘員たちを睨みつけたが、今となってはこやつらを折檻しても詮無い事だ。
タレナガースは煌々と輝く満月を見上げてつぶやいた。
「あと1日か2日で完成するところであったが。。。まぁ、十分楽しめるほどには熟成しておるはずじゃ。あとはクイーンよ。どうせすぐに飽きて捨ててしまうのじゃろうが、頼むからアスファルトなんぞに振り撒くではないぞ」
ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。
地の底から湧きあがるようなその笑い声はアジトのある山を吹きおろす風に乗って拡散され、麓の民家で眠る人々はその夜ぐっしょりと冷たい汗をかいたという。
(二)クラッド・モンスター出現
そいつはボコッと鈍い音と共に姿を現した。
土曜日の公園。幼い子らを連れた若い両親が、三輪車で走らせたりボール遊びに興じたりしている。そのど真ん中の地面から、そいつはまるで浮き上がるように盛り上がるように立ち上がった。
体のあちこちからボロボロと土をこぼしながら立ち上がったそいつはまるで直立したヒグマのようで、顔には赤い目と白いキバが光っている。
最初に気づいたのはヨチヨチ歩きの坊やだった。珍しさから訳もわからず近寄ろうとしたのを母親が気づいて大慌てで抱きとめた。
「怪物よー!」
「逃げろー!」
悲鳴にも似た叫びが湧き上がり、公園の誰もがそいつに気づいた。
大地が浮き出たように立ち上がったどす黒い土の塊のような怪物は、背中から立ち上がったためか、公園一面に広がる芝生を背中に生やしたままだ。
直立した「土のヒグマ」の体長は5メートルをゆうに超えている。逃げ惑う人々を見下ろして口元を歪めてキバをむいた。
動物が咆哮するかのように天に向かって喉を反らせた。
ガアアアアアアアアア!
キイイイイイイン!
途端、腹部を揺さぶる大音響の叫びとともに鼓膜をつんざく鋭い痛みが人々を襲った。
「わああ!」
「痛い!耳が!!」
親たちは、耳を押えて泣き叫ぶ子供たちを抱えて走った。
そして通報から約5分。
パトカーや救急車が続々と現場の公園に到着したが、その時には既に怪物の姿はなかった。
大型の熊にも似た巨獣がこの短時間のうちに雲を霞と姿を消してしまうなど考えられないが、どこに行ったかまったくわからない。
公園にいた人々は子供を抱えて逃げるのに必死で怪物の行方などにかまっていられなかったと言う。もっともな話だ。
公園には怪物の足跡も無く、公園の外へ出た形跡も無い。
「本当にここに怪物が?」
現場を見渡してエリスが呟いた。いつもどおりの、昼下りの陽がさす何の変哲も無い公園だ。
怪物の出現ということもあり、県警本部から現場の調査に立ち会ってもらいたいという依頼が届き、サイドカータイプのエディー専用高機動バイク・ヴォルティカが10分前に到着していた。
シルバーのマスクに刻まれた黒いゴーグル・アイが周囲を見渡して困惑している。
「地中にでも潜ったのかな?」
エディーの最初のひと言もエリス同様疑問の声だった。
エリスの傍らに歩み寄ったエディーは地面を足先で突っつきながらため息をついた。
「地面を掘り返したような後も無いしな。。。」
「足跡も無い。公園の外で目撃した人もいない。空に舞い上がったとしても、誰かひとりくらいは目撃者がいるものよね。いったいどこへ消えちゃったのかしら?」
エリスは顔にかかる青い髪をかきわけて済んだ空を見上げた。
現れたモンスターがこれっきりだなんてことがあるはずはない。来たるべき初顔合わせの時のためにひとつでも手がかりが欲しい。エディーのために。
「念のため土のサンプルを少し取って、今日のところは引きあげよう」
エディーの言葉にエリスも渋々頷いた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ。
地中を巨大な物体が移動する。
アスファルトの道路が行く手を寸断しようが家屋が立ちはだかろうが、地中はすべて土の世界だ。
ゆえにその物体は自在に移動した。
決して猛スピードというわけではないが、堅い地中であることを考えれば驚くほど滑らかな動きだ。
まるで土と一体化しているようだ。
いやむしろ。。。
土そのものか。
× × × ×
翌日、今度は春の花祭りを開催した植物園を怪物が急襲した。
いきなり地面が盛り上がり土色のヒグマのごとき巨獣が立ち上がったのだ。
ゴラアア!
グァシャーーーーン!
不意打ちであったにもかかわらず出現時に怪我人が出なかったのは、現れたのがたまたま駐車場であったためだ。しかし数台の乗用車がもの凄い勢いでひっくり返されて大破し、防犯アラームがあちらこちらでわめき始めた。
植物園のスタッフがこの騒動に気づき客達を反対側の出口から避難させて警察に通報した。そして渦の戦士にもその報はもたらされた。
待つこと10秒。
渦戦士エディーとエリスが現着した。
彼らは昨日の公園近くを重点的にパトロールしていた。この植物園は公園に隣接しているため彼らはすぐ近くにいたのだ。
「今日は見つけたぞモンスター!」
エディーは意気込んだが、ヴォルティカが駐車場に進入するや、モンスターから攻撃がしかけられた。
ゴオオン!
巨大な拳が頭上から降ってきて、間一髪かわしたヴォルティカのすぐ傍らの地面を叩いた。震動でサイドカーが浮き上がり、エリスが「キャッ」と悲鳴をあげた。
「俺たちを見るなり攻撃してきたぞ。なんて凶暴なやつなんだ」
「質問です!」
「はい、エリスさん」
モンスターは2撃目、3撃目を繰り出してくる。エディーは小回りがききにくいヴォルティカのサイドカーを巧みに操りながらエリスの問いかけに応えた。闘いにおいて、彼女の話は聴いておいて損は無い。
「この地面を思いっきりブッ叩いて、あんなふうに地面をへこませて更に周囲にくもの巣みたいなひび割れを走らせることはできますか?」
モンスターが拳を打ち込んだ地面は拳の形に窪んでその周囲に放射状のひび割れができている。もの凄い破壊力だ。
「え。。。えっと、今のオレ、ノーマルフォームでは無理だ。エボリューション・フォームでなら地面をへこませることくらいはできるだろうが、地割れまでおこすとなるとやっぱりアルティメット・クロスの力が必要だろうな」
ドガッ!
今度の拳はサイドカーのエリスをかすめるほど近くに襲いかかった。細かく堅い土の塊がいくつも飛来してエリスの青い髪を乱した。
「つまり、あなたのよりも数倍以上大きなアルティメット・クロスの拳が私たちめがけて振り下ろされてるってわけね。よけたほうがいいと思うわよ」
「だからよけてるでしょう。さっきから死に物狂いでさ!」
「破壊力はハンパないけど動きそのものは見てのとおりそんなに早くないから、つけこむならそこね。スピードで翻弄する!」
「了解!」
エディーは急ハンドルをきってヴォルティカを方向転換させると、モンスターめがけてアクセルをふかした。
ブロオオン!
後輪が盛大に土煙をあげ大排気量の「青いオオカミ」は猛ダッシュしてモンスターの脇の下を走り抜けて背後に回った。
後ろを取ったエディーは愛車を停止させるが早いか、大きくジャンプして土製モンスターの肩甲骨(そんなものがあるのなら、だが)のあたりに強烈なキックを叩き込んだ。
まさに矢のような神速のキックだ。
ドガッ!
ガアアアアア!
一瞬敵の姿を見失って立ち往生していたモンスターの右肩の部分がキックの破壊力で砕けて飛んだ。バラバラと大量の土が周囲に落ちてくる。
先制点をあげて快哉をあげたエリスも大量の土砂の洗礼を受けた。
「きゃああ。なによこの土?あのモンスターってばまるで土だけで出来てるみたいだわ。もしかして骨格も何も無いんじゃないかしら?」
―――土だけでできているって。。。そんなモンスターがいるものなのか?
エディーは半信半疑だったが、確かに破壊された傷口には土以外の何もない。何かの植物の根っこまで見えている。
だがそんなことは後回しだ。今はとにかくこのモンスターの息の根を止める!
エディーはすぅと腰を落として構えると呼吸を整えて一気に跳んだ。
その姿は青い光の尾をひいて回転しながら土のモンスターに向かって奔った。
「激渦烈風迅!」〜げきかれっぷうじん〜
ドガガガガ!
高速回転から繰り出されるエディーの強烈なハイジャンプ・ソバットがモンスターの胸部に次々とヒットし、巨獣は土を盛大にふりまきながら仰向けにひっくり返った。連続キックがヒットしたあたりは抉り取ったようにへしゃげている。
「よっしゃ!コレいけるんじゃない?」
エリスが歓声を上げた。土のモンスターはまるでひっくり返された亀のようにもがいている。
「とどめだ!」
エディーの右足が青く光り始めた。渦のエナジーが集中している証しだ。これで高角度かかと落としを打ち込めば、モンスターの頭部は粉々に粉砕されるだろう。
どうやら大きな人的被害も出ないうちに早期解決できそうだ。。。と思った時、エディーとエリスが同時に驚きの声を上げた。
「ええ!?」
「嘘だろう!?」
地面でのたうつモンスターの欠損した右肩と胸部がみるみる復元されてゆく。体を構成する土が内部から盛り上がるように傷口を塞いでゆく。
「復元するってことは。。。やはりヨーゴス軍団の?」
「ええ多分ね。だけどタレナガースお得意の活性毒素による肉体復元とは何か違う感じがするわ。エディー、気をつけて」
戦闘前の体をすっかり取り戻したモンスターはゆっくりと立ち上がるとあらためて赤い目でエディーとエリスを睥睨した。
モンスターがグイと胸を反らせた。まるで大きく息を吸い込んでいるようだ。もっとも、この土の塊の怪物の胸部に肺という臓器があるとは思えないが。。。
カッ!
モンスターが反らせた上半身を反動でグイと前へ突き出して、エディーに向けて口を大きく開いた。
ガアアアアアアアアアア!
キィィィィィィィィィン!
本能的に危険を察知して防御の構えを取るエディーだったが、解放された喉の奥から放出されたのは轟音だけだった。だが数瞬遅れてエディーとエリスは得体の知れない激痛に見舞われた。まるで頭だけがもの凄い水圧の深海に漬けられたような、耳から鋭利な何かを突っ込まれたかのような暴力的な痛みだ。
「わあああ!」
「きゃああ!」
ふたりは両耳を押さえて悶絶した。
モンスターの開かれた口からは叫び声以外の何かが迸り出ている。一瞬で聴力を奪われて何も聞き取れないが、エディーは渦エナジーの粒子で構成されたゴーグルを通してはっきりと見た。モンスターの口から目に見えない何かが放出されて、まるで陽炎が立つかのように向こう側の景色がゆらゆらと揺れていた。
―――大気が揺れている。。。これは超振動による音波兵器だ!
エディーの足がふらついた。
昨日の公園でも、モンスターが天に向かって吼えた時、公園にいた人たちは皆一様に耳に激しい痛みを覚えたそうだ。幼い子供たちはまだ入院している。だが昨日はその音波は幸い天に向かって放射されたため、大事には至らなかったのだろう。恐らく指向性の強い兵器なのだ。エディーとエリスのような渦エナジーで構成されたマスクやボディアーマが無ければ脳にまで致命傷を受けていたかもしれぬ。
それでも耳の痛みは頭全体にまで広がって、顔が破裂しそうだ。
そもそも土の怪物なのだ。どうやって声を出しているのかすらわからないが、肺もなく従って呼吸をしない以上、放っておいたらこいつは破壊音波を1日中でも放射し続けられるのだろう。
―――これ以上この音波をくらったらさすがにヤバイぜ。
エディーは痛みに耐えつつパワーを両手に集中させ、手の中に青い両刃の剣を練成させた。。。が、刀身がブレている。
―――集中しろ!痛みを感覚から切り離せ!
エディーの全身から青い闘気が立ち昇る。刀身のブレが消え、エディーは愛刀をしっかりと握り締めた。
「本調子ではないが、やるしかない!」
エディー・ソードを頭上に振りかぶりながら大地を蹴ってダッシュする。土のモンスターにはそのスピードに対処することはできない。エディーがふるうソードはモンスターの左太もものあたりを切り裂いた。人間ならば大出血で致命傷になる傷だが、いかんせんこのモンスターの体は土で出来ている。どこをどう斬れば致命傷になるものなのかわからない。
だが、モンスターの巨体がグラリとゆらいだ。片足を切られてバランスを崩して横倒しに倒れたのだ。
ドオオン!ガシャアン!
倒れた巨体の下には並んで駐車していた3台のマイクロバスがあった。とんでもない重量がかかってドミノのように倒れかけたが、それぞれが隣のバスの車体に支えられる形で傾いて止まった。そのせいで片足のモンスターはバス3台をわき腹の下に敷いたまま宙に浮く羽目になった。
落とされた片足は崩れて土に戻ってしまった。
エディーはモンスターの真上へジャンプすると、中空で体をひねって回転すると体勢を整えて落下し始めた。と、右足を真っ直ぐ伸ばしたまま自らの上半身にぴたりと密着させた。
反動で振り下ろした右足が大気との摩擦で発熱し赤く染まる。赤く熱した大鉈と化した右足を、もがくモンスターのどてっぱらに気合と共に叩き込んだ。
うおりゃあああ!
ズガアアン!
渾身のかかと落としがモンスターのみぞおちを砕いてまっぷたつにした。
おかげで分断されたモンスターの巨体はバスのあちらとこちらに落ちて土煙をあげた。
「よっしゃあああ!」
エリスがガッツポーズを決める。だが耳の痛みはまだ続いている。まるで深い海の中にいるような感覚だ。
ふたつに割られたモンスターの体は上半身、下半身それぞれがもぞもぞと動いて土の上をのたうっている。
「しぶといやつだ。まだ仕留められていないのか」
エディーが次の攻撃を繰り出そうと構えに入った時、モンスターの体はじわじわと土の中へと消えていった。いや、地面と一体化していったと言っていいだろう。
怪物が地面に沈みこんでゆくようでもあるし、地面が盛り上がってその巨体を迎え入れているようでもある。
「モンスターが地面と同化してゆくわ。どうなっているの!?」
ふたりの目の前でモンスターの姿はすっかり無くなってしまった。しんと静まり返った植物園の駐車場は何もなかったかのようだ。ただ、ひっくり返され投げられた乗用車だけが異変を物語っている。
用心しながらモンスターが消えたあたりに立ったエディーとエリスは手で土を掘り返してみたが、何の手がかりも得られなかった。
(三)耕
「じいさん、鍬をどこに置いた?」
ばあさんが農具を納める小屋の中から声を張り上げた。
朝の農作業を終えて母屋に帰ってきたが鍬が見当たらぬ。
「ありゃ、畑に置いてきてしもうたかいな?」
ひと足先に母屋に入り手を洗っていた作造じいさんは再び靴をはいて外に出た。
「取ってくるわ」
畑は母屋の前を流れる小川の向こう側だ。丸太を縦に割って平たい面をふたつ並べただけの簡素な橋を慣れた足取りで渡って畑に向かった。
「腹が減ったなあ」
作造じいさんは早く鍬を取って帰ろうと小走りになり、不意に止まった。
足が凍りついた!
畑の真ん中の土がいびつに盛り上がって、黒っぽい人のようなものが上体を起こしている。そいつは次第に体のすべてを土の中から露出させてゆき、見る間に完全な人の形になって立ち上がった。
―――ひっ!つ、土のモンスター!?
公園で地面から怪物が現れて多くの親子連れが逃げ惑ったというニュースは新聞で読んだ。あの怪物がまさか自分の畑にも現れるとは!
そいつはゆっくりと畑の中をこちらへ歩いてくる。記事にあったとおり全身が土色で顔には耳や鼻はなく、ただ赤く小さな目と口のような切れ目が開けられているだけだ。どう見たって尋常な生き物ではない。作造じいさんはパニックに陥った。頭の中で「逃げなければ!」と何度も脳が指令を出しているのに足が動かない。
ついに怪物は爺さんの前までやってきた。
―――あかん。。。わしはやられる。
目をつぶった。体のどこにどんな痛みが走るのだろう。ああ、こんなふうに自分の人生が終わるとは思わなかった。
だが。。。何もおこらない。痛みを感じる間もなく一瞬で死んでしまったのか?いろいろ考えながら作造じいさんは薄目を開けた。
自分の畑がある。少し冷ややかな風を感じる。それに。。。腹も減っている。
―――まだ生きとるぞ?
じいさんは思い切って目を開けた。あの怪物はしゃがんでじいさんの鍬を眺めている。
「じいさん、なんしよんで?」
背後から珠代ばあさんが近寄ってくる。作造じいさんは慌てて振り返ると「シー」と人差指を口に当てた。
畑の異変に気づいた珠代ばあさんも、作造じいさんの背中越しにその黒い怪物を見て「ひえ」と小さな悲鳴をあげた。
その怪物は鍬を持ってゆっくりと立ち上がると、あらためて作造じいさんを見た。
珠代ばあさんが来たことで少し落ち着きを取り戻した作造じいさんは腹をくくった。
「ほれは、ワシの鍬じゃ」
少し力を込めて言ってみた。
「もどせ」
鍬を指さしてもう一度。
黒っぽい土の怪物は作造じいさんの顔と手にした鍬を何度か繰り返し眺めると、無言で鍬を作造じいさんに差し出した。
―――ほぉ?
意外に素直な行動に作造じいさんと珠代ばあさんは少し安堵した。そうなるといろんなことに気がついた。
まず、新聞記事ではその怪物は立ち上がったヒグマのごとき、見上げるほどの巨体だったという。しかし目の前のこいつは166センチの作造じいさんと大して変わらぬ身長だ。
公園に現われたモンスターは黒土の怪物で、全身墨を混ぜたような漆黒の体色であったそうだが、こいつは同じ墨でも薄墨色だ。黒と言うよりは灰色に近い。
別の怪物なのかもしれぬ。
はじめのうちは触らぬ神に祟りなしと、取り返した鍬を持って家に戻ろうとしたのだが、ふと振りかえって見ると畑の横で所在無げにぽつんと立っているその怪物がなにやら可哀相で放っておけない気持ちになった。
作造じいさんと珠代ばあさんは目で頷きあうと怪物に声をかけた。
「行く所が無うて困っとるんならうちへ来んか」
ばあさんが手を振って招くと、怪物はそろそろとふたりの後をついてきた。
× × × ×
「どうするんだよぉ。ドクぅ」
いつもの喫茶店。ヒロとドクはお決まりの奥の席に陣取っていた。入店してかれこれ1時間。飲み干されたコーヒーカップは乾き始めている。
頬づえをついたヒロがふてくされたように愚痴った。
「シー!声がでかいってさっきから言ってるでしょうヒロ」
はすむかいに座っているドクが人差指を口の前に置いてヒロを睨みつけた。
クラッド・モンスターの音のない音波攻撃をくらってふたりとも聴力がおかしくなってしまった。植物園の客になりすまして耳鼻科へ行き治療と投薬を受けて少しはましになったが、まだまだ耳が遠いぶん話すとどうしても声が大きくなってしまう。
クラッド・モンスターというのは地元メディアがつけたあの怪物の呼び名だ。昨夜のテレビニュースでは既にその名で呼ばれていたし、今朝の朝刊にもそう書かれていた。文字通り土塊(クラッド)の怪物というわけだ。
他の客やマスターが時々ヒロたちをチラチラ見ているのはどうやら話し声が普通じゃないほど大きいからに違いないとドクもついさっき気づいた。幸いそれまでは新聞記事に関する話題について語り合っていたため不都合は無かったはずだが、クラッド・モンスターに関する話題となると注意せねばならない。戦ったエディーやエリスにしかわからないような詳しい話を大声でしてはマズかろう。
ヒロもハッと気づいて首をすくめた。
あらためてマスクを着用し、テーブルに設けられたアクリルのパティションに少し顔を近づけて、声を抑えてゆっくりと話し出した。
「イキナリ土の中から出てきてさぁ。例によって殴っても蹴っても崩れた体はすぐ元にもどっちゃうし。それでも根気よく攻撃を続けてようやく体を破壊できるか?って時にすぅぅって土の中に逃げちまう。何なのアレ?土と同化する。。。いや違うなありゃ。地面そのものと同化してるって感じ?手に負えないよな」
「確かにヨーゴス軍団お得意のリカバリー・ボディを持つモンスターではあるけど、活性毒素による肉体の修復とはなんか違うのよね」
「なんかさぁ、まるで地面の土を吸い上げて体の欠けた部分を補填してるみたいじゃなかった?」
ヒロの言葉にドクがポンと手をうった。
「それよ!あのモンスターを見ていてなんか違和感があったのだけど、今わかったわ。クラッド・モンスターって常に足が地面に少し埋っていたのよ。着いているっていうよりめり込んでいる感じ。私たち人間と違ってまったく足を浮かせないから動きが気持ち悪かったんだわ」
ヒロはふむふむと頷いている。
「それは攻撃で受けたダメージを消す為に地面から常に土の供給を受けなければならないからに違いない。だからエディーの攻撃でバスの上にひっくり返された時は地面と体の間に車体があって体の修復ができずにいたんだわ。地面と、土と接していないとヤツは体を補修できないのよ。欠損した体を構築する材料となる土を取り込めないんだわ」
「ということは。。。土じゃない場所で戦えばヤツは再生能力を使えないってことだな。アスファルトの道路とか、コンクリート敷きの場所とか」
ヒロの表情が急に明るくなった。
「そういうことね。でも、クラッド・モンスター自身がそのことを認識しているとしたら、土の地面の外へ誘い出すのは容易じゃないわよ」
うむむ、確かにそうだ。ヒロは再び考え込んだ。どこに現われるかもわからない以上事前に罠をしかけることも難しい。
「それともうひとつ。。。」
「うん。これな」
ヒロは左右の人差指で耳を指さした。
不意打ちのように繰り出されるあの音波攻撃だ。聴力にダメージを受けることがあれほど攻撃に影響するとは思わなかった。拳ひとつ繰り出すにしてもバランスが悪い。心技体とはよく言ったものだとエディーはあらためて痛感していた。
「なんで土のモンスターが音波攻撃なんか出来るんだろう?」
「そんなのわからない。だけどたぶん。。。たぶんだけど、地面にはもの凄い量の振動が常に伝わっているでしょう。車とか工事とか。人の歩く振動だって積み重なれば凄いボリュームになるんじゃないかしら?それが力の源だと思うのよね」
「まったくタレナガースのヤツ、厄介なところに目をつけたものだな」
ヒロが眉間に皺を寄せた。
「あのタヌキ親父が厄介なのは今に始まったことじゃないけどね」
「何か対策はあるかい、ドク?」
「うん。ひとつ考えていることはあるんだけど、名案とは言えないかもしれないなぁ」
ドクのことだから相手の特徴のことごとくを観察して、いつも何かしらの対策を用意してくれているはずだ。ヒロの期待通り、やはり音波対策を考えてくれているようだ。だが、名案とは言えないとは?
「この短時間では音波攻撃を跳ね返したり無効にしたりなんてとてもじゃないけど無理だから。。。応急処置的にその場しのぎを考えてはいるんだけどね」
なんだか歯切れの悪い説明だが。。。ドクが考えてくれているなら大丈夫だろうとヒロは思うことにした。
なにはともあれ行き詰っていた戦い方に光明がさしたのは間違いない。あとは当たって砕けろだ!
となりゃまずは腹ごしらえだろう。ヒロとドクは同時に手を上げてオーダーを告げた。
「マスター!ナポリタンセットふたつぅ!」
その声はカウンターでコーヒーを煎れていたマスターの耳を貫き、換気のために少し開けてあった店の窓を突き抜けて、たまたま表を歩いていた人たちの足までも止めた。
× × × ×
「ばあさん、あいつおらんぞ」
作造じいさんの声に珠代ばあさんも母屋から姿を現した。
昨日畑の中に立っていた薄墨色の謎の怪物は、報道されていた巨大で獰猛な怪物とは別のものと思われ、自分たちに危害を加えるような気配も無かったため、連れ帰って農具などを収める小屋に泊めてやった。朝になってようすを見にきてみたら姿が無い。やはりこんな狭い所に押し込められるのは嫌だったのか、それとも人の近くに留まるのをよしとしなかったのか?
「まぁ出ていったんならしゃあない。あいつの好きにしたらええわ」
作造じいさんは無人の農具小屋をながめて呟いた。
珠代ばあさんと顔を見合わせて、さて朝めしでも食おうかと母屋に戻りかけた時珠代ばあさんがふと足を止めた。
「じいさん、あそこ」
珠代ばあさんが指さすその先に、あの怪物が立っていた。家の敷地のすぐ外にポツンと立っているではないか。
「何しよるんな?ほんなところで」
作造じいさんは薄墨色の怪物に近寄って声をかけた。
物言わぬ怪物の気持ちは推し量れないが、どうやらここから逃げ出したいわけでもなさそうだ。
作造じいさんは途方にくれてため息をついた。
「いっそ畑仕事でもしてみるか?」
なかばヤケクソで昨日この怪物から取り返した鍬を小屋から取り出して渡してみた。
「ホレ、こうするんじゃ。やってみぃ」
作造じいさんの動きをじっと見ていた怪物は、驚いたことに手にした鍬を振り始め、やがて本格的に土を耕し始めたではないか。
「ほほお。コイツ、筋がええ。土いじりが好きなんかもしれん」
作造じいさんは目を細めてその動きに見入っていた。
× × × ×
タレナガースはいつになくご機嫌だった。
白いシャレコウベの顔は表情を変えるはずもないのだが、確かにニヤリと笑っている。凄みのある不気味な笑みだ。
「ふぇっふぇっふぇ。クイーンめ、何かも知らずに持ち出しおったあの液体をうまく地面に溶けこませおったようじゃ。熟成しきってはおらぬが充分に暴れておるわ」
アジトを出て月を見上げている。
「余の手にかかれば土くれとても魔獣に変えられるのじゃ。エディーめ、さぞ苦戦しておろう。ふぇっふぇっふぇっふぇ」
(四)呼び合うモンスターたち
その翌日もクラッド・モンスターは出現した。
ヒロたちの予測どおり、現場は土の地面が露出している所だ。土と接していないと力が発揮できないのはどうやら間違いなさそうだ。だが単に「土の場所」というだけではさすがのエディーといえども守りようがない。偏った守りは穴を作り易いものだ。パトロールは県内をくまなく網羅するものでなくてはならない。
その襲撃時にエディーとエリスは40キロ以上離れた場所をパトロールしており、高速で移動したものの現場に到着したときにはクラッド・モンスターは既に一帯を荒らすだけ荒らしまわって姿を消していた。
そしてエリスが気づいた。
「ねぇ、ここって結局ヤツが最初に現われた公園やこないだの植物園に近いわよね」
「ああ、言われてみればそうだな。公園から車で7〜8分、植物園からなら車で5分。ヴォルティカなら2分以内に到着できる距離だ」
「まさか、あのモンスターってこの辺にだけ現われる?」
「地縛霊みたいに?」
「そのたとえイヤ」
「。。。ここに棲みついているみたいな?」
「そんな感じ。ただこれは私の勘だけど、あいつが出現するについては何かきっかけというかルールみたいなものがあるような気がするのよ。現われるタイミングとか、どこかに向かっているとか。。。言ってて自分でもよくわかんないけど」
エリスの困惑がエディーにも伝わってくる。モンスターが出現したと報告を受けてから現着しても逃げられてしまう公算が大だ。
だがその日からとにかくふたりは直近のモンスター出現現場を中心にパトロールすることにした。
そしてその日の午後。
「見つけたぞ!」
国道脇の土の更地から巨大な体が今まさに持ち上がってゆくのにエディーたちは出くわした。エリアを絞って集中的なパトロールを実施した成果だろう。
キキッ!
ヴォルティカを急停止させてエディーは身構えた。
「待ってエディー。これ、付けといて」
サイドカーのエリスが勇み立つエディーを呼び止めた。パウチから取り出したふたつのベーゴマのような器具をエディーに手渡した。
「これは?」
「大急ぎでこしらえた音波兵器対策よ。これを左右の側頭部にくっつけて」
エリスの指示に従ってエディーはその小さなふたつのパーツをこめかみの近くに貼りつけた。
「名づけてカウンター・ソニックよ。音波そのものを打ち消すことができない以上、その影響を受ける脳のほうを何とかするしかなかったから」
先の戦いで音波攻撃を受けたエディーたちは瞬時にして聴覚を奪われ、耳のみならず顔全体を激しい痛みに襲われて攻撃が鈍ってしまった。これを何とかしなければ高度の再生能力を誇る敵を駆逐することは難しい。そこでエリスが用意したのがこのカウンター・ソニックだった。
「あいつの超振動音波は光線みたいに一直線に飛んでくるからよけられれば一番いいんだけど、無理ならこれを使ってみてね。スタータースイッチはベルトの右腰のところに付けてあるから」
エリスの開発なら心強い。これで音波攻撃は恐れるに足らずだ。だが。。。
「だけど、あんまり長く使わないほうがいいと思うわよ」
「え、それはどういう。。。?」
ダッシュしかかったエディーの足が止まった。
「んんん。。。ま、使えばわかるわ」
ホレ、行った行った。とエリスに背を圧されエディーは首を傾げつつもクラッド・モンスターに向かった。
てぃやあああああ!
エディーは地表を高速でスライディングしてクラッド・モンスターの足首に蹴りを叩き込んだ。足を払うというより粉砕する気満々の蹴りだ。
グアアアン!
堅い大地の延長とも言うべきクラッド・モンスターの防御力は並々ならぬものだ。初撃では粉砕こそ出来なかったが、エディーのスライディング・ローキックはクラッド・モンスターのくるぶしに太い割れ目を刻み込んだ。
クラッド・モンスターの巨体がグラリと傾く。エディーはすかさず渦エナジーを練成させてエディー・ソードを出現させた。狙うはもう一方の足だ。自分より圧倒的に大きな体躯を持つ相手に対して、エディーは足元を攻撃することに徹していた。
ソードをふるうエディーにクラッド・モンスターも反撃に出る。一撃でエディーの上半身を大地にめり込ませられそうな拳が頭上から振り下ろされる。
ドガッ!ズガン!
クラッド・モンスターの攻撃がエディーのすぐ傍らに「着弾」する。細かい土砂や小石が散弾のように降りかかる。
なかなか目指すもう一方の足首にたどりつけない。苛立ったエディーは頭の真上へ振り下ろされる拳に斬りつけた。
ガガッ!ザシュッ!
クラッド・モンスターの拳の甲が大きく斬り裂かれたが、衝撃でエディーもバランスを崩して地面に膝と手をついた。一段と堅い部分を斬りつけたせいか、エディー・ソードを持つ手がビリビリとしびれている。
「エディー、焦らないで」
エリスが声をかける。だがエディーが考えていることは彼女にもよくわかっていた。
確かにエディーは攻撃を急いでいた。時間をかければクラッド・モンスターはまた地面に沈むだろう。その前になんとしても決着をつけねばならない。まるで大海原で海面に浮き上がる白鯨を狙うエイハブ船長のようだ。
それでもソードを巧みにふるい何度かクラッド・モンスターの巨躯を大きく傾かせることに成功した。しかし息の根を止める前に敵は大地からの供給を受けて回復する。今一歩なのだが追い詰められない。
エディーが懇親の渦エナジーをソードに集中させ始めた。必殺のタイダル・ストームを放つ構えだ。
エディーが腰を落として足を踏ん張ったとき、クラッド・モンスターの頭がエディーへ向けられた。
カッ!
口が大きく開かれて口とエディーの間の空間が大きく歪んだ。
「うわっ!来た!」
クラッド・モンスターの音波攻撃は予備動作がまったく無いため、喰らう方は不意打ち同然だ。
エディーは激痛に耐えかねて両耳を押さえてよろめいた。エディー・ソードの輝きが急速に失せてゆく。これではタイダル・ストームを放つことは叶わないだろう。
「エディー。カウンター・ソニックのスイッチを!」
エリスの叫びに、エディーは右手で腰の辺りをまさぐり、エリスが取り付けたスイッチを押し込んだ。
ヴウウウウン。
途端、エディーのこめかみあたりに取りつけた器具が振動し始め、エディーの頭の中で100万匹の羽虫が飛ぶ音が充満した。
「う、うわ何だこれ?脳が揺れてるみたいだ。。。気持ち悪い。。。」
だが、クラッド・モンスターの音波攻撃があまり苦にならない。気持ちは悪いが顔の中から何百本もの針で突きまくられるような痛みよりは100倍マシだ。
―――戦える!
エディーはあらためてソードに力を込めるとクラッド・モンスターに斬りかかった。
ザシュッ!ガシュッ!
大地を斬る堅い手ごたえがエディーの手を痛めつけたが構わず二度、三度と剣をふるった。
クラッド・モンスターの左ふくらはぎが断ち切られ、右腕が落ちた。切断面がズレて巨体がグラリと傾くが、同時に大地から土を取り込んで倒れる前に復元が始まる。
だが!
風のごとく舞うエディーの攻撃がそれを許さない。斬った所へひと呼吸おいて蹴りを叩き込み、傷口を崩してゆく。こうすることで、クラッド・モンスターはダメージの修復により時間を要することになるのだ。その機を逃さず第二、第三の斬撃を繰り出す。
ズウウウン!
ついにエディーの眼前でヒグマの如きクラッド・モンスターが横倒しとなった。
「やった!いけるわエディー」
エリスが快哉をあげた。
―――とどめだ。粉々に砕けて大地に還れ!
エディーが腰を落として身構えた。必殺の激渦烈風脚のスタンバイ・ポーズだ。
ふたりの渦戦士が勝利を確信した時、構えたエディーの体勢がぐらりと揺らいだ。
「あれ?」
酔っ払いのように左へ2、3歩よろけるとガクリと膝をついた。
「ええ?エディーいったいどうしちゃったの?」
エリスも驚いている。
再び立ち上がろうとするが、足元がふらついてどうにもならない。体の中心をどこかへ置き忘れてきたみたいだ。
「あれれ、ろうしちゃっらのから? 〜どうしちゃったのかな?〜」
ろれつもまわっていない?
そうしている間にもクラッド・モンスターは徐々に体の傷を修復してゆく。
両手と両膝を地面についているエディーと再び上体を起こしたクラッド・モンスター。形勢は完全に逆転してしまった。
その時エリスが気づいた。
「ハッ、いけない!エディー、カウンター・ソニックのスイッチを切って!」
「りょうらい 〜了解〜 」
エディーは既に意のままにならなくなった腕をなんとか動かしてベルトをまさぐり、頭の中で暴れまわる唸り声の元を断った。
クラッド・モンスターの音波攻撃がいつ来るかわからぬため常にスイッチをオンにしてあったが、どうやらこれが悪かったようだ。
―――カウンター・ソニックっていうのはひと言で説明すると脳に痛みの変わりに不快感を与えるものなのよね。脳を揺らして感覚を鈍らせる原理なのだけど、急性のパンチドランカーみたいになっちゃったのね。
エリスの嫌な予感はこれのことだったのだ。
「エディー、ヤバイわよ。早く立って!クラッド・モンスターが復活するわ!」
現にクラッド・モンスターはエディーの攻撃を受ける前の状態に復元している。エディーに覆いかぶさるように立ち上がり、両腕を振り上げた。
エディーはといえば。。。相変わらず膝をガクガクさせている。
「らからかうろけらいらあ 〜なかなか動けないなあ〜 」
―――ダメだ!
エディーがやられる!エリスが両手で目を覆った。
だが、クラッド・モンスターからの攻撃が来ない。エリスが指の間からそろりと覗いてみると、クラッド・モンスターはエディーではなくあらぬ方向をじっと見ている。
エリスはその隙にエディーのもとへ走った。
「エディー。今のうちに撤退するわよ」
エリスはエディーに肩を貸すとなんとかヴォルティカまでたどり着くと、サイドカーに押し込めた。
ヴォルティカのエンジンをかけて発進する時、エリスはクラッド・モンスターの視線を追った。国道のずっと向こう側、はるか西方をじっと見ている。そしてズブズブと地面の中に大きな体を沈めていった。
× × × ×
「耕よ、少し休憩するか?」
作造じいさんが腰に手を当てて背筋を伸ばしながら声をかけた。
畑の真ん中あたりで黙々と鍬をふるっていた薄墨色のモンスターがその声で手を止めた。
作造じいさんたちはこのモンスターに「耕」という名をつけていた。
耕は朝早くから夜遅くまで食事も摂らず休憩もせず、黙々と畑を耕していたため、鍬の入れ方も自然とさまになってきた。
―――機械こそ使えんが、もういっぱしの農家じゃなあ。
作造じいさんは薄墨色の背を見ながら目を細めた。
その時、振り上げた鍬が耕の足元にボトリと落ちた。
―――ん?
振り上げた両手もそのままに、耕は不意に動きを止めてあらぬ方向を見つめている。鍬は足元にころがったまま、拾おうという気配は無い。
どうした?と声をかけようとした時、耕は歩き始めた。畑を横切り小川にかかる石の橋を渡り、土の地面を選びつつもほぼまっすぐ東を目指して歩き続けた。
「耕!おい耕。どこ行くんな?畑ほったらかしてどしたんな?」
慌てて作造じいさんも後を追った。
耕はゆるゆると歩いているように見えてなかなか追いつけない。他人の土地だろうと起伏のある所であろうとお構いなしに進んでゆくが、作造じいさんはそうはいかぬ。
ふたりの距離は次第に広がるいっぽうだ。追いかけるはずだが追いつけない。まるで悪い夢を見ているようで作造じいさんは我知らず声を張り上げた。
「おおおおい、耕。待ってくれ!待ってくれだぁ!」
それはまるで、祖父がひとり走り去る孫を必死で呼び止めているようだった。
耕は国道沿いにあるコンビニの駐車場の手前まで来ると、雑草がぼうぼうと生える荒地の土の中に静かに姿を消した。
(五)魂の行方
『モンスター現るっ!』
一報を受けるやエディーとエリスはヴォルティカで急行した。片側2車線の国道脇に出現したとのことだ。
今度の出現ポイントは警戒エリアより西にはずれている。それでもヴォルティカの機動力を駆使してふたりは約5分でそこに到着した。
「今度こそ倒して。。。やる。。。え?」
ふたりがそこで見たものは、人々に取り囲まれて棒で殴ったり蹴っ飛ばされたりしている小柄なモンスターだった。
「あれは。。。俺が闘ってきたあのクラッド・モンスターなのか?」
エディーは困惑してエリスを見た。相棒もまた状況を把握しかねているようだ。
深い所にある土を掘り返したようなどす黒い体色で、北海道に住む大型のヒグマのような巨体で、獰猛な性格だったはずのクラッド・モンスターが普通の人としても小柄な身長になっており、体色は薄い灰色だ。そしてなにより殴る蹴るの暴行を受けつつ、いっこうに反撃する様子が無い。
エディーたちは知る由もないが、それは作造じいさんの畑から突然姿を消したあの耕であった。
「この野郎!」
「やっつけろ!崩してやれ!」
「しぶといヤツだ。くらえっ!」
数人の男たちが手に木の棒を握りしめて耕を殴りつけている。中にはゴルフクラブを振り上げている人もいる。恐怖の反動によるものか、皆目が吊り上がっている。
車を止めてそれを見ている人、スマホで動画を撮っている人など人の輪は少しずつ膨れ上がっている。
クラッド・モンスターを実際に見てはいなくとも、その暴れっぷりは連日報道されており県民は皆その存在を恐怖とともに知っているはずだ。
初めて国道脇の畑に耕の姿を見たときは腰を抜かしただろうが、聞いていたよりもかなり小柄だ。初めに誰かが石を投げたがまったく反応せずただ歩いているだけだ。これならもしかしたらやっつけられるかもしれないと思い始めたのだろう。
小柄とはいえ耕も地面と繫がっている。それなりに堅さもあり、殴る人も手が痛いに違いない。肩が砕け、手首が折れたがしばらくすると次第に修復されるためきりがない。
とはいえこれではまるで。。。
―――リンチじゃないか。やめさせなければ。
近づくヴォルティカのエンジン音に気づいた人たちがエディーに道を開けた。皆、口々に小声で「エディーだ」「エディーがきた」と言っている。エディーが渦の力でこのモンスターを斃してくれることを期待しているようだ。
だがエディーは耕を背にして暴行を加える人たちに向き直った。
「皆さん、ちょっと待ってください。このモンスターはオレが闘ったクラッド・モンスターとは違うようです。見たところ皆さんに危害も加えていないようです。少しようすをみませんか?」
エリスも人の輪に加わった。
「モンスターを怖がる皆さんのお気持ちはわかりますが、このモンスターは今のところ何も悪いことはしていないように見えます。違いますか?」
ふたりの渦の戦士たちに制止され、耕を攻撃していた男達も振り上げていた得物を下ろした。
「キミ、言葉はわかるのかな?」
エディーが話しかけたとき、国道の上り車線を走ってきた1台の軽トラックが急停止した。
「おった!」
運転席のドアを蹴破る勢いで開くと、飛び出してきたのは耕と共に畑を耕していたあの作造じいさんと珠代ばあさんだった。
「耕!こんな所でなんしょんな!?」
「迎えに来たけん、一緒に帰ろう。な、帰ろう」
それまで殴られても蹴られてもエディーに声をかけられてもまったく無反応だった耕がはじめて反応した。
ずっと進行方向の東を向いていた頭を作造じいさんと珠代ばあさんの方へ向けたのだ。その時、目と口しかない土の顔に、なぜか表情を読み取ったのはエディーだけではなかった。
作造じいさんと珠代ばあさんは耕の傍らに歩み寄り、その肩を、腕を背をやさしく撫でた。
作造じいさんがエディーを振り返った。なにやら決然とした表情だ。
「これは悪いことはしません。どこから来たんか、何で出来とるんかはわかりませんが、ここ何日かずっと私ら夫婦と一緒に畑を耕しとったんですわ」
「世間の皆さんをお騒がせしたのはお詫びします。堪忍してください。堪忍です」
そう言ってふたりは四方に頭を下げた。棒やゴルフクラブを持っていた人たちはきまりが悪そうに得物を背後に隠して頭を下げた。中には耕にも頭を下げた人もいる。
「あなたがたと彼が知り合ったいきさつを聞かせていただけますか?」
エディーとエリスは作造じいさんの話に耳を傾けた。
「いったい彼は、耕くんはどういう『人』なのかしら?見たところ巨獣のクラッド・モンスターと似たような構造だから無関係とは思えないのだけれど?」
耕の体を形成する土のサンプルを少し採取してあのクラッド・モンスターのものと比較すれば何かわかるかもしれない。それよりも問題は耕をどうするかだ。
警察の監視下に置くか、もとのとおりこの老夫婦にまかせてよいものか?いや、それよりも耕はいったいどこを目指していたのか?
そしてエリスは不意に思い当たった。前回ここよりも東の地点に出現したクラッド・モンスターは、エディーとの戦いに勝利できる機会を得ながらはるか西を、こちらを見つめながら地中に姿を消した。
―――まさか!?
その時、国道を挟んだ東南の空き地にクラッド・モンスターが突如巨体を持ち上げた!
「うわぁ!出た!」
「コイツは本物だ!」
「ヤバイぞ。逃げなアカン!」
ゴアアアア!
出現は目の前だ。巨大モンスターをこれほど間近で見るのが初めての人々は一瞬でパニックに陥った。
「エディー、音波攻撃が来たらまわりの人たちを巻き込んでしまうわ。離れて!」
「わかった。さぁ来い、オレはこっちだ」
エリスの指示を受けたエディーはクラッド・モンスターの背後に回りこんだ。エディー・ソードで背に斬りつける。
「なに!?」
エディーの斬撃はクラッド・モンスターに浅からぬ傷を与えたが、敵はエディーなど眼中にないという風情で相変わらず逃げ惑う人々の方を向いている。
「くそ。あくまで人を襲うつもりなのか」
エディーはソードを振り上げて続けさまに斬りつけたが、クラッド・モンスターの興味はもはやエディーにはないようだ。
「待ってエディー。クラッド・モンスターは耕くんを見ているのよ」
エリスが叫んだ。
エリスは、前回の戦いにおいてクラッド・モンスターが戦闘を途中で放り出し、西の方を見つめながら静かに姿を消したその理由をずっと考えていた。答えは出なかったが、今日この場で耕と出会って合点がいった。
―――このふたつの存在は引き合っていたんだわ。
その訳は依然不明だが、そう考えれば耕の不可解な行動にも説明がつく。互いの距離がある一定以内に縮まったことで相手の存在をはっきりと感知したのだろう。とすればこの二体のモンスターはやはり同じ存在ということになる。同じルーツを持つのか、ひとつのものがふたつに分かれたのか。。。いずれにしてもようすを見る限り敵対しているわけではないようだ。
エディーとエリスは用心しながら集まっていた人々を国道のさらに西へ移動させた。
「決して舗装道路から出ないで、できる限りここから離れていてください」
エディーは人々の避難を確認するとエディー・ソードを構えてクラッド・モンスターに向き直った。
だが相変わらずクラッド・モンスターはエディーをスルーして耕へ近寄ってゆく。耕のほうでもゆっくりとクラッド・モンスターに近寄ってゆく。国道を挟んで北側と南側、ともに土の地面から出て硬い国道に足を踏み入れたその時―――。
どす黒い煙が国道に流れ込んでふたつのモンスターを分断した。
「むっ、これはタレナガースの瘴気?」
エディーが身構えると同時に瘴気の渦の中から数体のヨーゴス軍団戦闘員が躍り出た。
ギィ!
ギギギ!
グギグギ!
戦闘員たちは全員手にブッシュナイフを持っており、エディーではなく、なんと耕に向かって襲いかかった。
ザシュッ!ガッガッ!バシュッ!
既にアスファルトで舗装した国道の上に歩を進めていた耕は戦闘員たちの攻撃をもろに受けて体を破壊されてゆく。
「やめろ!やめないか!」
エディーが耕を守ろうと横合いから飛びかかった。群がる戦闘員たちを殴りつけ蹴り飛ばし国道の上に次々と転がしてゆく。
突然エディーは背後に冷水を浴びせられたような感覚を覚えて振り返った。
ガツン!
エディーの目の前に不気味に光る鋭いツメがあった。すごい圧で押してくる!
「くっ!貴様、タレナガース!」
エディーの首筋を狙って撃ち込まれたのは、ヨーゴス軍団首領タレナガースの岩をも切り刻む野獣のツメだった。
蒼白いシャレコウベの顔には目玉の無い眼窩と下あごから突き上がる鋭いキバ。銀色の頭髪を後頭部でドレッドに束ねてある。
迷彩色のミリタリーウエアに同じく軍隊で使用されている頑丈な編み上げ式のブーツを履き、いかつい肩からケモノの毛皮でこしらえたマントを羽織っている。
両腕をクロスさせて間一髪その凶悪なツメを防いだエディーだが、それでもタレナガースは離れようとしない。上背を活かしてそのままエディーを押さえつける。
「戦闘員ども。余がエディーめを封じておるゆえ早ようそのカスを破壊せよ」
鬼より恐ろしい首領の命令で、エディーにひっくり返された戦闘員たちは再び跳ね起きると耕に襲いかかった。
グサッ!
ガシュッ!
ただクラッド・モンスターのもとへと歩いていた耕は防御も攻撃もしないため戦闘員たちの攻撃をまともに受けてみるみる体を崩されていった。
「さがれ耕くん、土の上に戻るんだ!」
タレナガースをひきはがせないもどかしさからエディーは声を荒げた。土の上にいれば再生できるはずだ。
しかし耕はただただ「相棒」をめざして国道のセンターラインまで進んだ。
戦闘員たちの攻撃は容赦ない。ついにひとりのブッシュナイフが耕の胸板を貫いた。
コ。。。フ。。。
はじめてその口からため息のような声を漏らして、耕の体は形を失い粉々になって路面にばら撒かれた。
「ひどい!」
エリスが背後から悲鳴をあげた。それでも彼女は「耕!耕!」と叫びながら駈け寄ろうとする作造じいさんと珠代ばあさんを必死で押し留めている。
無抵抗の者をいたぶることなど許せない。エディーはこみ上げる怒りをパワーに変えて押さえつけているタレナガースを押し返した。タレナガースも耕を破壊するという目的を果たしたためかすんなりと引いた。
エディーは怒りの矛先を戦闘員たちに移し、耕の仇討ちとばかりに反撃に出ようとした。
その時!
エディーは凄まじい殺気を感じて反射的に国道に這いつくばるように伏せた。タレナガースが放つ殺気とは異質のものだ。
エディーの体の上スレスレを巨大な影が走った。クラッド・モンスターの巨木のような腕だ。
グゲェ!
ギャギャ!
不気味な悲鳴をあげて戦闘員たちが吹っ飛び、国道脇の田んぼに転がって動かなくなった。
見上げるとクラッド・モンスターが腕のひとふりで戦闘員たちを跳ね飛ばしたのだ。文字通り必殺のラリアットだ。
どうやらエディーが手を下す必要はなかったようだ。クラッド・モンスターは捜し求めていた耕を目の前で破壊されて怒り心頭に発したのだ。
怒りの収まらぬクラッド・モンスターは残りの戦闘員2体に向って大きく口を開いた。
ゴオオオオオオオオ!
凄まじい叫び声とともに殺人音波が奔った。
おそらくはエディーと闘った時よりもはるかにボルテージの高い音波が発せられて戦闘員たちを直撃した。その凄まじい衝撃波を食らった戦闘員の体は突風にさらされた砂糖菓子のように一瞬で木っ端微塵となって風に舞った。
―――す、すごい出力だ。。。
エディーは寒気を覚えた。今のヤツの攻撃だとエリスが用意したカウンター・ソニックも役には立つまい。
「ふぇっふぇっふぇ。やれば出来るではないか。重畳、重畳」
ご機嫌な声のタレナガースだが、クラッド・モンスターの怒りはこの魔人にも向けられた。
土の塊の大きな拳がシャレコウベの魔人に向けて放たれた。しかしタレナガースはケモノのマントをひるがえしてヒラリとその攻撃をかわした。
「フン。格闘戦はまだまだじゃな。ぬるいぬるい」
ブゥン。
唸りをあげて飛来する拳をタレナガースは何度も何度もかわしてみせた。
「我がヨーゴス軍団が産み出せしモンスターよ。貴様をより完璧なモンスターにするために貴様の弱みとなるカスを始末してやったのじゃ。さぁ見せてみよ、貴様の本気を!暴れまわれ!壊しまくれ!!ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ」
目玉の無い眼窩の奥に悪意の赤い炎が灯っている。
「ちょっと待てタレナガース。カスとは何のことだ?」
エディーが背後から問いかけた。
「フン、しれたこと。今貴様らの目の前で戦闘員に砕かれたもうひとつのチビモンスターのことじゃ。このモンスターとアレはもともと同じ精製ボトルの中でこしらえられたものでのう。何日か熟成させて、悪意と凶暴性のカタマリとそれ以外の従順さやら大人しい性格のもととなる不純物とに分離させてこしらえるのじゃ。いわば彼奴らは同じ薬液から生まれた双子の兄弟というわけじゃ。本来不純物のほうは搾り出した後に廃棄するつもりであったものを、クイーンめが完全に分離しきる前に両方とも土に解放してしもうたゆえ、生まれんでもよいモノまでが生まれてしもうた。おかげで本命のモンスターまでが『兄弟』を求めてここまでやって来たおったのじゃ。ゆえに中身が薄く小柄なカスの方をこちらで処分してやったというわけじゃ。アフターサービスじゃ」
ふぇっふぇっふぇと笑うタレナガースをエディーの視線が刺した。
「貴様というやつは。。。どこまで腐っている」
エディーの怒りが体内の渦エナジーに反応して青い闘気が全身を覆った。
「耕くんは静かに畑を耕して暮らしていたんだ。短い間だったけれど、彼はおじいさんたちと共に働き、心を通わせ、家族になったんだ。それを貴様は。。。カスだと?見ろ、貴様に破壊された耕くんの姿を見て泣いているあの人たちを。耕くんはカスなんかじゃない!人ではなくとも彼はこの世界で歓迎されるべき存在だったはずだ!」
「ふぇっ!わかったようなことをほざくでない。クラッド・モンスター精製の過程において、あやつは間違いなくカスなのじゃ。廃棄物なのじゃよ!」
「違う!断じて違うぞ!その証拠に当のクラッド・モンスターは今や貴様を攻撃しようとしている。大切な相棒を殺されて怒っているんだ。貴様は貴様が産み出したモンスターにすら憎まれているのさ」
タレナガースは炎のような怒気で自分を睨みつけているクラッド・モンスターを仰ぎ見た。
「ケッ!やはりカスの悪い影響が残っておるのかのう?ならばコレじゃ」
タレナガースは懐から何やら得体の知れない液体が入った小瓶を取り出した。
「ピリっとせぬヤツにはこの激辛スパイスで辛さマシマシじゃ。ほれ」
小瓶のコルク栓を抜くや、タレナガースはそれをクラッド・モンスターめがけて投げつけた。
カシャン
小瓶はクラッド・モンスターの肩の辺りに当たって砕け、中身の黄色い液体が上半身を濡らした。
「むっ?」
「ふぇっ」
エディーとタレナガースが見守る中で、クラッド・モンスターが胸をそらせて咆哮した。
ゴオオオオオアアアアアアア!
巨体が激しく震え、まるで筋肉が増強されたように更にひとまわり膨れ上がった。体表の土がパラパラと路面にばら撒かれる。
土の頭部に埋め込まれた赤い目がいっそう輝き、サーチライトの如き光を放った。
クラッド・モンスターの眉間から三角錐の鋭いツノが伸び、肩、肘、膝そして拳にも同様のトゲがニョキニョキとはえた。見るからに凶悪さが増している。
「貴様、何をした!?」
エディーがタレナガースを睨みつけた。
「しれたこと。余が調合した特製激辛スパイスをふりかけてやったのじゃ。辛いぞえ、泣くほどにのう。ふぇ〜っふぇっふぇっふぇっふぇ」
ゴオオオオ―――――!
グヮシャ!
奇妙な液体を振り掛けられたクラッド・モンスターは辛さならぬ凶暴さを増し、傍らの乗用車を片手の拳のひとふりでペシャンコにするとスクラップになった車を引っ掴んで放り投げた。その鉄塊はフロントから垂直に田んぼに落ちてボン!と火を噴いた。
「やめろ!せっかく耕くんと出会えて乱暴をやめていたのに。耕くんのためにももう暴れるのはやめてくれ!」
エディーは必死で呼びかけたが、暴走クラッド・モンスターはもはや聞く耳を持たなかった。むしろエディーに向き直って襲いかかった。
グラアアア――――!
路面スレスレにつま先が飛来した。サッカーボールならスタジアムから場外へ飛ばせるほどの強烈なキックだ。エディーは咄嗟に両腕をクロスしてボディーへの直撃を防いだが、凄まじい衝撃が胸から背へ突き抜けて悶絶した。
ぐううう!
だが攻撃は止まない。続けさまにエディーの頭より大きな左右の拳が襲い来る。真正面からストレート、左からフック、と攻撃もより多彩になった。
凶暴スパイスを受けてスピードもアップしたようだ。
左右の指を組み合わせて頭上に持ち上げるとエディーの頭上に振り下ろす。
ガガーーーン!
ドガッ!
綺麗に舗装された国道の路面がくもの巣状にひび割れた。
路面を転がりながら攻撃を避け、勢いをつけて跳ね起きたエディーは再度自身めがけて打ち下ろされたふた抱えもある腕にしがみつくや、全力でひねりあげた。だが骨格を持たぬ暴走クラッド・モンスターには逆関節は通用しない。逆に腕のひとふりでエディーは振り払われてしまった。
全身の痛みをこらえて立ち上がったエディーの手にはエディー・ソードが握られていた。
シェエエイ!
裂ぱくの気合とともに振り上げたソードから細い光の矢が跳ぶ!刀身に宿る渦のエナジーがあるじの気合に応じて光弾に変じたのだ。
ギュウウン!
ガキッ!
しかしエディーが放った光弾は暴走クラッド・モンスターの表面を削り取っただけだった。
ゴラアアアアア!
光弾の反撃は暴走クラッド・モンスターの怒りに火をつけた。
国道の端に立てられた標識を引き抜くと頭上で振り回しながらエディーに迫った。
ノーマル・モードの戦闘力ではドーピング強化された暴走クラッド・モンスターを倒すのは難しいようだ。
「やむをえないか」
悔しさをにじませつつ、エディーはベルトのパウチから赤い光を放つ三角形のコアを取り出して胸に装着した。
コアから迸る赤い光は意志を持つかのようにエディーの体を取り巻き包み込んでみる見る赤い眉を形成し、そして弾けた!
赤い光が飛び散った後に立つは、全身を赤いバトル・スーツに包んだ渦戦士エディー最強形態アルティメット・クロス。
金色に縁取られた赤いゴーグル・アイが湛えるは怒りか悲しみか。。。胸には最強のコアをガードする堅固なエックス型のメタリック・シンボルが。
「戦いを長引かせれば周囲に被害が拡大する。一気に決めるぜ」
ゴオオラアアア!
またしても繰り出された巨大な拳をアルティメット・クロスの拳が正面から迎え撃つ!
ゴッ!!
鈍い激突音がして、大きさにして数倍以上もある強化クラッド・モンスターの拳が砕けて落ちた。
「なっ!?大地の堅さを誇る我がモンスターのパンチが撃ち負けただと?」
タレナガースの眼窩の赤い炎が動揺に揺らいだ。
―――悪く思わないでくれ、クラッド・モンスター。。。
アルティメット・クロスはノーマルモードのものよりもひとまわりデカいソードを練成し、両腕でホールドして上段に構えた。両足を踏ん張り腰を少し落とす。
アルティメット・クロスの呼吸が整うにあわせてソードの赤い光が輝度を増してゆく。不敵な笑みを浮かべていた魔人タレナガースがじりりと後ずさりする。
「ハアアアア!タイダル・ストオオオオム!」
気合と共に全力で振り下ろしたエディー・ソードが空を切り裂き、刀身に充ちていた赤い渦のパワーが再び光弾となって発射された。
ドガガガガガガ!
直径2メートル。光の鎌となって暴走クラッド・モンスターの胸板に命中した巨大な渦の破壊光弾は堅固な土の体をみるみる抉り、胸のど真ん中にポッカリと穴を穿った。
強化されたとはいえ、アルティメット・クロスの破壊力には抗すべくもない。まして今はアスファルトの国道の上に立っている。体を補修できない暴走クラッド・モンスターはガクリと片ひざをついた。
タレナガースの強化液で形成した眉間のツノや肩のトゲトゲが乾いた音と共に路面に落ちた。
「い、いかん。モンスターよ、早よう土の地面へ戻るのじゃ」
焦るタレナガースのセリフは皮肉なことに先刻のエディーのそれと同じだ。だがクラッド・モンスターもまた土の大地へと戻る気配がない。
「今、土に戻してやるよ」
アルティメット・クロスは大きくジャンプすると空中で回転して勢いをつけてクラッド・モンスターの頭頂部にかかとを落とした。
ガガガガガガガガ!
天空から振り下ろされた鋭い斧と化したアルティメット・クロスの神速のかかと落しがクラッド・モンスターの頭頂から真下へ、その巨体を縦に引き裂いた。
大きな体を形成していた大量の土がバラバラと国道の上下4車線を覆った。
「くっ!おのれ、またしても」
タレナガースが唸った。
だが勝利したアルティメット・クロスにも喜びはない。倒す必要のない者を倒さねばならなかった慙愧の思いに苛まれていた。
―――こんな結末を望んでいたわけじゃない。助けたかったんだ。。。
「クラッド・モンスターは初めのうちこそ暴れていたが、耕くんの存在を知ってひとつになろうとしていたんだ。耕くんだって暴れるクラッド・モンスターとひとつになって彼の怒りを静めたかったに違いない。そんな彼らの心をタレナガース、貴様は踏みにじったんだ」
「心じゃと!?ひとつになりたいじゃと?まったく救い難いたわけ者じゃ。ふたつのモンスターを構成しておる要素の一部分が互いに引き合っておるだけじゃ。単なる化学反応じゃ。こやつらはただの土くれじゃぞ。。。ん?」
気配を感じて振り返ったタレナガースの目の前にエリスが、いた。
「黙りなさい!」
エリスは言うなり魔人の堅いシャレコウベの横っ面を拳でぶん殴った!
「くえっ!?」
徳島を恐怖のどん底に陥れんと画策する魔人が衝撃で数歩後ずさりした。破壊力のせいではない。エリスの放つ激しい怒気がこの魔人をして後ろへ下がらしめたのだ。
「こ、この無礼な小娘めが。。。」
「何が廃棄物よ!」
「ひっ?」
「何が単なる化学反応よ。たとえ邪悪なものであろうと、生命を産み出すような高等な技をものにしておきながら、アンタってほんっとに大ばか者ね。アンタが言うその土くれにだって魂がちゃんとあったのを見たはずよ」
エリスはタレナガースを睨みつけて前へ出る。それにつれてタレナガースは後ろへ下がる。
「まわりを見てごらんなさい。青い空には鳥が舞い、頬をそよ風が撫でてゆき、道端には可愛い花が咲いている。土にも魂が宿り、兄弟を慕い、家族を慕う。この素晴らしい世界は。。。あなたにはもったいない。出直してきなさい!」
エリスはもう片方の拳で再びタレナガースのシャレコウベヅラを殴った。
「わひっ!」
後退していたタレナガースは足をもつらせて仰向けにひっくり返った。
陽光を背にして仁王立ちするエリスを見上げて何やらモゴモゴと毒づくと、口から瘴気を噴出させてその闇に姿を消した。
ただ大量の土を撒き散らしただけの国道に、エディーとエリス、そして作造じいさん夫婦が立ち尽くしていた。
「こぶし、大丈夫かい?」
エディーがエリスの手を取って尋ねたが、彼女は無言のままだった。
「耕。。。壊れて土に戻ってしもうた。。。」
「可哀相なことになってしもたなあ」
「すみません。助けられなくて」
頭を下げるエディーに、作造じいさんと珠代ばあさんは微笑んで首を横に振った。
「3日ですわ。たった3日だったけんど、楽しかった」
「ほうやなあ。なんもしゃべらんしご飯も食べん子やったけど、一緒に畑を耕しとったらほんまに楽しいて。家族が増えたみたいやったなあ」
寂しそうな笑みに、エリスはかける言葉を失った。
作造じいさんたちは、せめて路面に撒かれた、かつて耕だった土を手でかき集め始めた。畑にまくのだという。エディーとエリスも無言でふたりを手伝った。
その時、少し色の違うふたつの小さな土の塊が音もなくくっつくと、溶け合うように融合した。それはまるで、そっと首をかしげて互いの頭をくっつけるかのようにわずかに角度を変えて。
(六)エリスのひとりごと
「私たちはいつか必ずタレナガースを倒して、ヨーゴス軍団を倒して、徳島を平和にするの。徳島のみんなが夜の町を怖がらずに歩けるようにするの。どこを歩いても戦闘員はいない。タレナガースのこしらえたモンスターも悪さをすることがない。だけど、私が一番倒したいのはやっぱりタレナガース。あいつを倒して地獄に送る。もちろん私は天国も地獄も知らないけれど、地獄っておっきな釜にグツグツの熱湯がいっぱいに沸いていて、罪を犯した亡者たちが延々と茹でられてるって聞いたことがあるの。果てしのない時間の中で何度も何度も焼け死んでは生き返ってまた茹でられる。そんな苦痛の連続の中で亡者たちは生前に自分が犯した罪の深さを思い知るんじゃないのかしら。そうして心の底から罪を悔い心を入れ替えた時、きっと許されてこの世に転生してくるんじゃないかなぁ。もしそうなら、その時こそタレナガースはこの世に歓迎されて生まれてくるのよ。この青く美しい空や心地よいそよ風や道に咲く小さな花の可憐さを感じられる人となって生まれ変わるんだわ。それがいつかはわからない。何年先か何十年、何百年先かもしれない。でもたとえその時私たちがいなくても、きっとその時代のこの世界に両手を広げて迎えてもらえる存在になっているはずよ。だから、私は一日も早く、タレナガースを倒さなきゃって思うのよね」
ここは土くれにも魂が宿る世界。
桜のつぼみはまだ固い。
どこまでも青い空に一本のひこうき雲がグングン伸びてゆく。
それを見上げるエリスの青く長い髪が風に煽られて揺れた。
(完)