渦戦士エディー

4000年後の真実

 

(序)降って湧いた僥倖(?)

徳島は大いに盛り上がっていた。

間もなくやってくる全国巡回博覧会「古代エジプト博 〜数千年の過去から語りかける古代の声〜」の徳島大会に今回の目玉であるサスティヌス3世のミイラが合流するというのだ。

現在本国エジプトでは、老朽化したエジプト考古学博物館から新造の大エジプト博物館への移転に際して地下収蔵庫に眠っていたいくつかの宝物を初の海外展示へと送り出すことになった。そして日本もそのうちのひとつに選ばれたのだった。

今回日本へ運ばれる収蔵品リストの中で、一番の呼び物がサスティヌス3世のミイラだ。海外どころか、エジプト考古学博物館でもほとんど展示されたことがない秘宝中の秘宝である。このことが発表された時の日本考古学界の色めきたちようは凄まじかった。

しかし、どういう事情からかサスティヌス3世のミイラをはじめ、関連する品々のエジプト国外への持ち出しに思いのほか時間がかかり、結局函館、金沢と博覧会の開催期間は過ぎてしまった。ようやく国外への持ち出し準備が整って日本へ到着するのが徳島大会開催日の実に2日前。まるで徳島大会のためにはるばるやって来るようなものだ。

なにせ世界初の国外展示である。地元メディアのみならず全国、いや世界中から羨望のまなざしを注がれることとなった。

そのまなざしの熱さは、単に古代エジプト王朝のファラオのミイラというだけではなく、このサスティヌス3世という人物の神秘性にも由来する。

ファラオであることに間違いはないのだが、彼には「賢帝」と「暴君」のふたつの顔がある。

民の暮らしを常に心に留め、自らの富を分け与えたとされる人望篤い稀代の名君としてのエピソードと、夜な夜な子供をさらってはいたぶり、宮中に仕える女性を手当たり次第に凌辱したと言われる狂気の王としてのエピソード。

はたして彼は精神を病んでいたのか、それとも。。。?

およそ同一人物とは思えぬ二面性は、今も考古学者たちを悩ませ、興味を大いにそそり続けている。

 

この日、数々の展示品を積み込んだ輸送機がカイロ国際空港を飛び立った。

どんどん小さくなる機影を見送りながら、空港の駐車場でふたりの男たちがタバコをふかしている。

鼻の下からアゴにかけてヒゲを伸ばしている初老の男と、彼よりは10歳以上若そうなノッポの青年だ。地元の運送業者のユニフォームを着ている。傍らに停められたトレーラーのボディと同じデザインのマークが男たちのユニフォームの背に描かれている。

「やれやれ、ようやく行ったぜ」

「まったく気味の悪い、嫌な仕事でしたね」

博物館の地下保管庫から数十点の収蔵物を運び出すだけの仕事に、担当者が3回も交代している。ふたりの前の担当者は寝込んでしまって、いまだに職場に戻っていない。

―――あのミイラは生きているぞ。棺の蓋がガタガタ動くんだ。

―――この仕事はやめておけ。ファラオに呪われるぞ。

引継ぎの時も携帯電話の向こうで彼らは怯えきっているようだった。

「何を馬鹿な」

―――ひと晩で済ませられる仕事に何をぐずぐずしているんだ。

店の信用にかかわると、支店長はカンカンだった。自分たちもそう思っていた。

しかし。。。

「さぁ、帰ろうぜ」

仕事は終わったのだ。昨晩の不気味な出来事を脳裏から振り払うようにヒゲが明るく声をかけた。

相棒に言われてタバコを運転席の灰皿に押し付けたノッポはふとヒゲの顔をあらためて見た。

「先輩、痩せましたか?」

「いや」と首を横に振る相棒の顔は、痩せているというより明らかにやつれている。頬がこけ、相が変わっていた。

 

(一)     覚醒 その1

その日、いよいよサスティヌス3世のミイラを納めた黄金の棺が徳島考古学ミュージアムに運び込まれた。

棺にはあるじのシンボルと言われるサソリのマークがいたるところに彫り込まれている。

この棺が安置されていた石室の壁からは、冠をかぶった男の口や耳から無数のサソリが這い出して来る絵や、巨大なサソリに体をふたつに引き裂かれている男の絵などが見つかっており、彼がサソリの毒によって殺害されたという説の有力な資料となっている。おそらくは彼の死後、彼の命を奪ったこの毒虫をあの世への先達として見立て、家臣たちがシンボルとしたのであろう。

細心の注意をはらいつつ、サスティヌス3世の棺のほか、この謎のファラオにまつわる品々が徳島考古学ミュージアムのもっとも奥にあるメインフロアに運び込まれた。

その日の深夜。

無気味な影がひとつ、サスティヌス3世のミイラの棺の横に湧きあがった。

非常灯を残して照明を落とした暗いミュージアムの中でも、その影は一層深い闇を象っている。

影は棺の上でしばらく漂っていたが、やがてその傍らでむくむくと立体的に膨らみ始めた。影は次第にはっきりとした人の形を造り始めると、そこから殻を割るように本当に人が現われた。巨漢だ。

館内の非常灯に浮かび上がったのは、蒼白いシャレコウベの顔。

眼窩に瞳は無く、ただぽっかりと開いた丸い穴の奥に小さな炎がユラユラと灯っている。唇のない口からはいびつな乱杭歯が剥き出しになっていて、さらに口の端から飛び出した1対の鋭い牙が下あごから突き上げるように伸びている。

銀色の長い頭髪はすべて後頭部で編み上げられており、レゲエでよく見られるドレッドヘアのように束ねられている。

2メートルほどもある長身は無気味なケモノのマントで包み込まれている。シルエットだけなら黒いマントを体に巻きつけた吸血鬼のようだ。

魔人タレナガース。

人間を呪い、この世の美しいものを汚す。徳島に仇なす悪の秘密結社ヨーゴス軍団の首領である。

タレナガースは豪華な装飾が施された棺桶をポンポンと叩きながら満足げに嗤った。

「やはりのう。こやつ、くたばっておらぬわ。4000年もの間ご苦労なことじゃ。ふぇっふぇっふぇ」

 ファラオの呪いもかくやと思われる不気味な笑い声がホール内に響いた。

「徳島に災いをもたらすヨーゴスの長たるタレナガースの名において、そなたを解き放つ。さ、目覚めよ」

その呼びかけに応じてサスティヌス3世のミイラを収めた棺がブルンと身震いしたように見えたが、それは棺の周囲の空気のゆらぎによるものだ。陽炎のような空気の揺らめきが棺全体を包み込むまでに広がると、突然それを突き破ってむこう側から真っ黒な何かがもの凄い勢いで噴き出された。

まるで大気が嘔吐しているかのようだ。

ガサササササササ―――。

水のように流れ出たそれは展示ホールの床に広がった。細かく波立っている。いや、蠢いているのだ。

液体ではない。無数の。。。。。。サソリだ!

サスティヌス3世を冥界へいざなったと言われる不吉な黒い毒虫の群れはサスティヌス3世の棺の周囲を取り囲んだ。1対の大きな鋏角を左右に広げ、毒針のある尻尾を高々と持ち上げて攻撃態勢をとっている。

「愛いヤツらじゃ」

タレナガースが鋭いツメを群れに近づけると、サソリたちは嬉しそうに魔人に向って尻尾をクリクリと振った。

その時「ガシャ」と音がして展示室の奥にある鉄のドアが開いた。

ふた筋の懐中電灯の明かりが交差しながらこちらへ近づいてくる。

やがてサスティヌス3世の特別展示コーナーへふたつの人影が入ってきた。

ミュージアムの夜間警備員だ。世界が注目する展覧会の開催を2日後に控え、ミュージアム側も警備員を雇っていたのだ。

ミイラが展示されている夜のミュージアムなど、非常事態でなくとも素人にとっては無気味この上ない世界のはずなのだが、ふたりとも堂々としたものだ。格闘技の心得もあるのだろう。

警備員の持つ懐中電灯がサスティヌス3世の棺を照らし出した。そしてその横に立つのは!?

「ひっ!」

「タ、タ、タ、タ、タ」

曲者と鉢合わせてもひるむことなどない。ただし相手が人ならば、だ。

「タレナガース様じゃ。きちんと呼ばぬか」

タレナガースが言い終える前にサソリの群れが動いた。タレナガースの無気味な姿に思わず後ずさった警備員たちめがけて一斉に襲いかかる。

「長らく食事もしておるまい。食ってもよいぞ」

よく磨き上げられた床の上を流れる水のようにザザーと走るサソリの群れにシャレコウベ面が明るい声をかけた。

「く、食われる!」

「逃げるんだ!」

迫るサソリの群れは何千匹いや何万匹か。しかし襲われる側にとってはどちらでもよいことだ。腰を抜かしかけながらもベルトの警棒を抜いたのはさすが警備のプロだ。しかし警棒で何とかなる相手ではない。

逃げた!

それは正しい選択だった。今しがた通ってきた扉目指してひたすら駆けた。諦めたら、走る速度を落としたら、死ぬのだ。何万本もの毒針に刺されて、ハサミ状の鋏角に肉を剥ぎ取られて、自分たちの体は食い尽されるのだ。

走る警備員と扉の距離。

走る警備員と追うサソリの距離。

縮まる!

縮まる!!

恐怖のあまり目と口だけは大開きになったまま、それでも生きる本能が彼らの足を動かしている。

群れの先頭にいるサソリたちの鋭い鋏角が警備員の足首に食い込もうとした瞬間、ふたりは展示室の鉄の扉の向こうへ逃げ込むことに成功した。

ゴツイ体に似合わぬ甲高い悲鳴をあげながら重い扉を閉めて、すり抜けた群れの先頭の約20匹ほどのサソリをふたりで踏む!踏む!踏み潰す!

向ってくる最後の1匹を踏み潰し終えるまで、言葉にならない叫びをあげていたことも警備員たちは覚えていないだろう。

―――やったか?助かったのか?

ハァハァと肩で息をしながら同僚と頷きあった警備員は、潰れたサソリの黄色い体液の溜まった床に力なく座り込んだ。

頑丈な防火扉一枚を隔てて、獲物を取り損ねたサソリの大群は毒針の尻尾を振り上げて唸りをあげ、死の崖っぷちを覗き込んだ警備員は心臓が飛び出しそうな口を両手で押さえてうずくまっていた。

せっかくの獲物を取り逃がして悔し紛れに鉄の扉を這い上がろうともがきながらその表面を鋭い鋏角でガリガリと引っ搔いている黒いサソリどもを背後で眺めながら、魔人タレナガースは小さく笑った。

「ふぇっふぇっふぇ。さぁ、お膳立ては整った。早よう参れ、エディーよ」

 

(二)覚醒 その2

夜のうちに警備員から緊急連絡を受けた県警は、ただちに重装備の警官隊を徳島考古学ミュージアムの周囲に派遣していた。

瀟洒な3階建ての建物の周囲を警官隊がぐるりと取り囲んでいる。

ミュージアムの前は県道。背後には標高50メートルほどの里山が控えている。警備員が報告してきたサソリどもが山にでも入ったら厄介だ。

館内にいる職員や警備員の安全確保はもちろん最優先事項だが、世界初としてはるかエジプトから運ばれてきたサスティヌス3世のミイラや展示品にもしものことがあっては大ごとだと、泣きそうな顔で自宅から駆けつけた館長も警官隊に交じってようすを伺っている。

 

東の空が赤みを帯びてきた。

物音ひとつしない、誰一人身じろぎもしない警戒エリアを、県道に沿って吹く風に押された1本の木の枝が転がるように走り去った。

その時、警官隊が立てているシールドの壁を割ってふたつの人影が前に出た。

銀のマスクとボディアーマに身を包んだ超人、渦戦士エディーだ。

額にはひし形の青いシンボルが、胸には同じ色の真円のコアが朝日を浴びて輝いている。黒いゴーグルアイが見つめるのは前方のミュージアムの中にいるはずの宿敵であろうか。

その傍らに立つのは頼りになる相棒エリスだ。

エディーと同じ、額の青いシンボルと輝く胸のコアを持つ渦のヒロイン。ふたりの全身をめぐる渦エナジーの開発者でもある。そのエナジーの影響でクリアブルーに染められた長い髪が折からの突風にあおられてなびく。

「エディーさん、エリスさん、どうかお気をつけて」

背後から警官隊の隊長が声をかけた。

「はい。それよりも館内にはタレナガースとサソリ以外にどんな伏兵が潜んでいるかわかりません。皆さんは万一に備えて周囲を固めておいてください」

エディーはそう言うとエリスと目で合図を交わし、ミュージアムへ歩き出した。

 

1階エントランスロビー。

開館前の静けさの中で、エディーとエリスは宿敵と対峙していた。

「あいかわらずきしょい。。。」

エリスがぼそりと呟いた。

「ようよう来おったかエディー、待ちかねておったぞよ」

シャレコウベの白い顔がヘラヘラ笑っている。仮面のようだが、これがヤツの本当の顔なのだ。

「タレナガース!貴様また性懲りもなく」

エディーは魔人を睨みつけた。吹きつける闘気が魔人を直撃する。

「エディー、明日の展示会のために宿直していた3名の職員と警備員2名がたてこもっているスタッフルームは右奥にある扉の向こうよ」

視線だけはタレナガースからはずさず、エリスが情報をエディーに与えた。館長からミュージアムのことは部屋の間取りから電子ロックの解除ナンバーにいたるまですべて聞き出してある。

「なるほど。いつまでもここでこいつと睨み合っていてもしかたがないってわけか」

ならば現状を打破するまでだ。

エディーが前へ出ようとしたその時、タレナガースの背後、明日からの一大博覧会の目玉となるサスティヌス3世展示コーナーから不気味な音が聞こえてきた。

カサカサカサカサカサカサカサカサカサ―――。

これは?。。。ただならぬ気配だ。

「例のサソリか!?」

「来るわ!」

ふたりは館内の床を注視したが。。。

「はっ!?」

不意にエリスは気づいた。

「エディー!天井よ!」

急上昇したエディーの視線の先、展示ホールの天井を黒い影が埋め尽くしている。サスティヌス3世の棺から時空を越えて飛び出した無数のサソリだ。

「まず貴様と戦うのは余ではなくこやつらじゃ。愛らしいであろう?4000年もの間亡き王の棺にしばられておったのじゃ。哀れと思うて遊んでやってくれ、ホレ」

タレナガースがひょいと指を振ると、ミュージアムの天井を黒く覆っていたサソリの群れが一斉にエディーとエリスの頭上に降ってきた。

キャーキャーわめくエリスと微動だにしないエディーは、みるみる黒い毒虫に全身を包み込まれてまたたく間に黒いオブジェと化した。

「ふぇっふぇっふぇ。毒とハサミでボロボロにされるがよい」

期待で胸ときめかせたタレナガースがピョンピョン飛び跳ねる。

そもそもサソリはごく一部の種を除いて毒針のひと刺しで人間や大型の動物を斃せるような猛毒は持っていないし、鋏角で人の皮膚や肉を切り裂いて獲物を短時間で理科室の骨格標本のようにしてしまう攻撃力も持っていない。だが相手は4000年の歳月をくぐり抜けてきた化け物どもの群れだ。もしかしたらふたりの渦戦士の骨格標本がこのミュージアムに展示されることになってしまうのだろうか?

その時、もぞもぞ動く人型のサソリの群れの内側から青い光が漏れてきた。きっと内部にはかなり強烈な青い光があるのだろう。するとエディーとエリスにたかっているサソリがポトリ、ポトリと床に落ち始めた。まるで磁力を失った磁石から鉄くずが剥がれ落ちるようだ。

そしてそこにはついさっきと同じ格好でエディーとエリスが立っていた。

先刻の青い光はふたりのコアから発せられた渦エナジーによるものだったのだ。その清浄なる光を至近距離で浴びた魔性の毒虫たちはみんな目を回してしまった。

「むむむ」

平然としているふたりの姿にタレナガースはいたくご不満のようだ。

生身の人間が相手ならばホラー映画などでよく観られるようにあっという間に食い尽くしてしまうのだろうが、いかな齢4000年の毒虫の群れとはいえ堅固な渦のアーマには髪の毛ほどの傷すらつけることはできなかった。

「もう!痛くも痒くもないけど、気持ち悪いからやめてよね」

エリスが文句を言う。青い髪の毛にひっかっかっていたサソリを小さな悲鳴と共に振り払う。

「ふん、忌々しさで貴様どもの右に出るものはおらぬのう」

小さく首を振ると、タレナガースはオーケストラの指揮者のように両手をひょひょいと振った。すると渦のエナジーにあてられて床に落ちているサソリどもが再びモソモソと動き始めた。

カササササササササササ―――。

今度はエディーたちから少し距離をとると、1箇所に集合し始めた。集まる、というよりは重なり合う。そしてそれはひとつになっていった。

「サソリが。。。合体した!?」

「デカいな、今度は」

どういう呪術によるものか、無数のサソリはひとつ所に集まるや、盛り上がって1匹の巨大なサソリに変貌した。

ガチガチガチガチ。

プロレスラーが四つんばいになったほどもある大サソリが毒針のある尻尾を高々ともたげ、鋭い鋏角を左右に広げてあからさまな攻撃態勢をとっている。

さっきまでの小さなサソリの群れとは違い、こちらは1匹だが見た目も申し分ないモンスターだ。

ポタリ。。。と尻尾の先端から毒液が1滴床に滴り落ちた。

ジュウウウ。

白煙を上げて磨き上げられた床材が溶かされ、丸い穴があいた。

「もうわかったであろう。異界の力を存分に発揮できる巨大な体躯は伊達ではないぞ。心してかかれ。ふぇっふぇっふぇ」

タレナガースは腕組みしてふたりと大サソリを眺めている。余裕をブッこいた態度がエリスの癇に障った。

「しつっこさとタチの悪さと見た目の無気味さではあんたの右に出るものはいないわ!」

「そう褒めるでない。こそばゆいわさ」

タレナガースが全身をクネクネとよじり、エリスが「おええ」と口元を押えたのが戦闘開始の合図となった。

カサササ―――。

大きな体に似合わず動きが俊敏だ。

先に仕掛けたのは大サソリだ。左右から鋏角で挟もうとエディーに掴みかかる。今度のハサミは巨木ですら切断できそうだ。こんなもので腕でも挟まれようものなら四肢をバラバラに千切られてしまう。

―――こちらも武器が要るな。

エディーは意識を集中させて、体内をめぐる渦のエナジーを両手に集めた。向かい合わされた左右の掌の間に青い光の玉が出現し、それは見る間に長く伸びてひとふりの剣に変じた。青い光の剣だ。

「エディー・ソード!」

ガチガチ!

エディーがソードを構える隙も与えず、一気に距離を詰めた大サソリの悪魔のようなハサミがエディーの喉を狙ってきた。

キン!カキン!

初撃をソードで弾くも、左右の鋏角が間髪入れずに襲い来る。巨大なハサミを止めるだけでもソードを持つ手がしびれる。わずかな隙を突いて頭部へ打ち込むが、大サソリも素早く後退してソードに空を斬らせる。

巨体のくせにまるで床の上をホバリングしているみたいに滑らかな動きだ。

鋏角にばかり気をとられていると頭上から毒針の尻尾が襲いかかってくるのも厄介だ。

ブゥン。ギィン!

大サソリの背後からうなりをあげて伸びてくる尻尾をソードで受ける。受けたものの、衝撃でエディーの体が床の上を滑って後退する。

だがエディーも押し返す。

ガギ!ギリリ!

どす黒い毒液を滴らせる毒針と青い光の剣が互いを押し破らんとせめぎあう。

ジュウウウウウウ。

その時、大サソリの毒液がエディーソードの刀身を溶かし始めたではないか!?

青く輝くソードが黒く蝕まれてゆく。

「なにぃ!?」

大サソリの毒は渦エナジーをも凌駕するというのか?だが渦エナジーはエディーの絶大な信頼を決して裏切ったことはない。

「負けるかっ!」

エディーは体内を駆け巡る渦パワーを更にソードへと注ぎ込み、そのパワーで黒色化して欠けてゆくソードの刀身をみるみる補修してゆく。

「んんんんん!」

エディーの集中力と気合が尻尾の先の針から滴る大サソリの毒の侵蝕を押し返してゆく。エディー・ソードの刀身の上で、聖なる青と邪なる黒の陣取り合戦が繰り広げられた。

だがエディーから注ぎ込まれる青き渦のパワーが大サソリの毒の侵蝕を少しずつ押し返し始めた。

再び青い輝きを取り戻したソードが大サソリの尻尾を跳ね上げ、更に左右の後方から再び掴みに来る鋏角をキックでけん制し、エディーはソードを大上段に振りかぶって一気に斬りつけた。

あと数ミリ!その一撃はまたも空を斬ったが、凄まじい剣圧を恐れて大サソリはススーっとエディー・ソードの間合いの外へ後退した。

サスティヌス3世のミイラを収めた棺をはさんでエディーと大サソリはにらみ合った。

 

「皆さん大丈夫ですか?サソリはエディーが相手しています。さぁ今のうちにここから出ましょう」

「エリスさん」

「助かった」

監視カメラに向って手を振るエリスの姿を確認した職員たちからは歓声が上がった。

エディーは大サソリとのバトルを始める直前、エリスに職員達のもとへ向うようこっそり指示していたのだ。彼らと合流してミュージアムの外へ無事に連れ出す。これがエリスに与えられた極秘ミッションだ。

堅く閉ざしていた鉄の防火扉を突破していつ大サソリが躍り込んでくるかと生きた心地がしなかった彼らは、ようやく極度の緊張状態から解放された。

大サソリはエディーが相手をしている。タレナガースもそれを面白そうに見物していた。しかし他のヨーゴス軍団の連中がどこかに潜んでいるかもしれない。エリスは警備員の協力を得てミュージアム職員たちを囲むように慎重に館外へ向った。

「サスティヌス3世という人はサソリに何か縁があるのですか?」

情報は得られるうちに得ておくものだ。エリスの問いにミュージアム職員の飯島が答えた。

「サスティスヌ3世という人は本当に謎の多いファラオで、慈悲深く民を慈しんだというエピソードと、残虐で面白半分に人を殺したなどという恐ろしいエピソードの両方があるのです。サソリの紋章は彼のいわばトレードマークみたいなもので、彼の死後黄泉の国へ彼の魂を送り、再びこの世へ連れ帰る、その先達を任されている存在ではないかと考えられています」

「なるほど。あの大サソリはサスティヌス3世の守り神というわけね」

「しかし何度も言うようですが、サスティヌス3世についてはまだまだ想像の域を出ないことがたくさんあるのです」

エリスは職員と警備員を無事に外の警官隊の所まで送り届けると、再びミュージアムへと踵を返した。

 

カサカサカサカサカサ。

大サソリが展示フロアを走る。それに応じてエディーも走る。

幸いなことに大サソリは展示された品々を無暗に破損させることをせず、その周囲を丁寧に移動している。それらがファラオであり冥界でのあるじたるサスティヌス3世にまつわる物だと理解してのことであろうか。

不意に大サソリが体を低くした。

エディーの位置からはその姿が見えなくなった。

不意打ちを狙っているのか?エディーは邪悪な気配を感じ取ろうと意識を研ぎ澄ませた。

カサ。。。

巨体が動いている。それは常人には聞き取れない微かな音だが、エディーの超感覚は捉えていた。

カササ。。。

―――違う?

エディーは目を閉じた。視覚を捨てることで彼自身の体内センサーは感度を格段に上げた。

サソリがたてる微かな音は。。。本体ではない。

ヤツは合体したサソリを何匹か分離させてわざと音を出させている。エディーの気をそらそうとしているのだ。

音と気配。

エディーの中で、二つの手がかりが異なった場所を教えている。

不意にそのうちのひとつが消えた?

いや、跳んだ!!

その気配に向って目を閉じたままエディーも跳んだ。

暗闇の中で赤いイメージが浮かぶ。危険を告げるイメージだ。

赤い光の点は3つあって、ゆっくりとスローモーションでこちらに向って来る。

体をひねってそれらを避けつつ、エディーは空中でソードを構えて一気に振り上げた!

ヒュン!

ザシュッ!

イメージの中で青い光跡と赤い光が交錯して片方が消えた。

エディーは目を開き、静かに正確に着地した。背後のドシャリ!という音を振動と共に捉えながら。

ホール中央に安置されたサスティヌス3世の棺を挟んでエディーと反対側の床で大サソリは悶絶していた。

大きな体のほぼ中央をエディー・ソードに切り裂かれて黄色い体液の中でもがいている。

ギ。。。ギエ。。。ギ、ギイイ。。。

なんとか攻撃態勢を取ろうと8本の足が踏ん張るが、ついにガクリと力が抜けて、まるで糸の切れたマリオネットのように大サソリはミュージアムの床に崩れ落ちて動かなくなった。

 

(三)覚醒 その3

「エディー、勝ったのね」

館内に戻ったエリスが嬉しそうにエディーのもとへ駈け寄った。

「ふうう。何とかね。紙一重ってところだったけど」

エディーはまだ息が荒かった。

「館内に残っていた人たちは全員外の警官隊に保護されたわ。もう何の心配もないわよ」

「よかった。これで後はあのクソ魔人だけだな」

エリスは先刻仕入れた知識を早速披露しはじめた。

「サソリはサスティヌス3世の守り神、この世とあの世をつないで導く先達のような存在らしいわ。だからサソリを倒せばもうタレナガースもミイラを使って悪さはできないはずよ」

その時、サスティヌス3世展示コーナーの奥から「ふ。。。ふふふ。。。ふっふっふ」という含み笑いが聞こえてきた。

黒い影が展示物の陰から現われた。もはやその正体を確かめる必要すらあるまい。胸から腹を覆う大きなドクロのヨロイを抱えるように体をくの字に曲げている。

「。。。ぷふぇーっふぇっふぇっふぇ!」

いきなり爆発したように天井を向いて盛大に笑い始めた。

タレナガースを睨みつけているエディーとエリスも体を震わせて大笑いする姿にあっけにとられてしまった。

「何がそんなに可笑しいのよ」

不機嫌この上ないエリスをチラリと見て、タレナガースはまた一層大きな声で笑い始めた。

「ふぇふぇふぇふぇふぇっふぇ。。。はぁはぁ。。。ふぇっふぇっふぇ。。。ああ腹が痛い」

呼吸もしていないくせに苦しそうなフリをしている。エディーとエリスを小馬鹿にしているのか。

「まさかこのように余を笑い死にさせる戦法に出るとは思わなんだわ。まったく油断も隙もないとはこのことじゃ」

そう言うとタレナガースは一枚の金属プレートをふたりの前へ放ってよこした。

カラン。。。

エディーの足元に飛んできたそのプレートは、ミュージアムが用意してサスティヌス3世の棺の脇に置いてあった来館者のための説明書きだ。そこには先刻エリスがミュージアムの飯島から聞かされたことがさらに詳しく書かれていた。

タレナガースは既にそれを読んだとみえる。

「あの大サソリがサスティヌス3世を導く役目を負っているじゃと?バカも休み休み申さぬか」

「バカって何よ。違うって言うの?考古学の専門家たちが人生をかけて一生懸命調査した結果なのよ。この小さなプレート1枚の内容に、いったいどれほどの人たちの努力が詰まっていると思っているの!?」

「じゃからして人間は阿呆だと申しておるのじゃ。ホレ、その目でよっく確かめよ」

タレナガースが左右の人差指と中指を立てて口の前で十字を作り何やら呪文を唱え始めた。

地の底を這うようなその声はタレナガースの口から放たれるや幾筋かの黒い煙と化して傍らの棺へと導かれてゆく。それらは空中で、まるで糸をより合わせるように絡まり合い太い1本の煙になると、這うようにゆっくりと棺に到達した。

すると、棺の本体と蓋の境目に貼られた数枚の封印の紙が力を失ったように次々とはがれていった。

ガコン!

その直後、棺の重い蓋がわずかに震えると内側からゆっくりと持ち上げられた。

「うそっ!棺が!?」

「まさか。。。」

ゴゴゴゴゴ。

ガアアン。

静かなミュージアムに重い石がこすれる音が響き渡り、ついにミイラを封印していた蓋が床に落ちた。

「ふぇっふぇっふぇ。ほぉれ来るぞよ来るぞよ」

「蘇るのか、サスティヌス3世が?」

エディーとエリスもただあっけにとられてそのようすを見ている。

パパッ!パッ!

ガッ!

棺の内部で原因不明の緑の発光が起こり、ボロボロになった包帯が巻きつけられた手が左右の棺のへりをつかんだ。

エリスが思わずエディーの腕にすがる。

やがて棺の中からゆっくりと上体を起こしたのは、乾燥した皮膚とわずかな肉が骨格にへばりついたホラー映画そのもののミイラであった。

エリスがエディーの背後へ回って肩から目だけを出している。

ミイラはゆっくりと棺から上体を起こして今や立ち上がろうとしている。その体はどこまでが肉体でどこからが包帯なのか、互いに癒着していて判然としない。

「なぜなの?この世からあの世へ。あの世からこの世へ。サスティヌ3世の魂を導く大サソリは斃したのに、どうしてサスティヌ3世がこの世に蘇ることが出来るわけ?」

「それよ」

疑問を投げかけるエリスを指さしてタレナガースが諭すように語り始めた。

コホン、と咳払いをするともったいぶった態度で二人の前に歩み出た。

「よいか。そもそもサスティヌス3世の人物分析からして間違うておる。ちなみに大サソリはこやつの先達などではない。むしろこやつが現生に蘇らぬよう死後にかけられた呪いの封印であったのじゃ。それを貴様らが解いてくれたというわけじゃ。やれうれしや。ふぇっふぇっふぇ」

エディーとエリスは顔を見合わせた。人類の長年にわたるサスティヌス3世の研究は大きく間違っていたというのか。

タレナガース先生の講義のお時間だ。

「人間どもはサスティヌス3世の人物像を、穏やかな人格者であると同時に残虐な殺戮者であるとも評しておる。そしてそれが大いなる謎であると。ならば何故そこに異なるふたりの人物の存在を想定せぬ!?どうしても説明がつかぬなら、素直に説明がつく仮説を探るべきではないのか?」

タレナガースがもっともなことを言っている。

「しかし、あらゆる調度品や彼専用の祭事の道具などはすべてひとり分しか見つかっていないそうじゃないか。このプレートにもそう書いてあるぞ」

「そうよ。同時期に同じ名のファラオがふたり存在するなんてあり得な。。。はっ!?」

精一杯の反論の中からある仮説がエリスの脳裡に浮かんだ。それは長年の研究の積み重ねなど無縁な彼女ならではの柔軟な発想だ。

「まさか。。。双子?」

「左様。サスティヌス3世は一卵性双生児であったのじゃ。うりふたつのふたりのファラオが同じ時期に存在しておったのじゃ」

「同じ時期に。。。」

「ふたりのファラオ。。。」

「兄のサスティヌス3世は幼き頃より殺傷を好まぬ穏やかな跡継ぎであったそうじゃ。つまらぬヤツじゃ。しかしその間弟は不吉な子として忌み嫌われ、名前も与えられず暗い石牢で家畜のように生かされておったという。兄に何かあった時の予備というわけじゃ」

「予備って。。。」

「そんな、ひどい」

エディーもエリスもすっかりタレナガース先生の講義に聞き入ってしまっている。

「恐らく兄のほうは弟の存在すら知らされておらなかったのであろうよ。じゃが、いずれ兄が無事即位すれば己は間違いなく抹殺されるであろうことを予感しておった弟は、金と権力に貪欲な牢番や兄の側近を少しずつたらしこんで己が味方とし、ついに兄の毒殺に成功した。もともとファラオになるのはひとりだけ。もう片方は闇から闇へと葬られる定めじゃ。弟は兄の亡骸を処分するとまんまとサスティヌス3世を名乗り、見事ファラオの座に就いたというわけじゃ。兄に比べてなかなかに見どころのあるヤツじゃとは思わぬか?ふぇっふぇっふぇ」

まるで自分のことのように自慢するタレナガースが肩をそびやかした。

「幼き頃より存在さえも隠され、兄の予備としてただ生かされ、兄が即位しためでたき暁にはゴミ同然に捨てられる定めにあった男が、晴れやかなる場に立った途端それまでの復讐としてまわりの者どもを殺しまくったというのもようわかる話じゃ。最初に兄を裏切りこやつを牢から密かに脱獄させた牢番やら欲に目が眩んだ兄の側近やらは、いの一番にあの世へ送ってやったそうじゃ。愉快愉快!」

「貴様、なんでそこまで詳しいんだ?信用できるのか、その話は!?」

「おうよ。昨晩余が直接サッちゃんから聞いた話ゆえ、信じてよいぞ」

「サ、サッちゃんて。。。」

「何やら気が合うてのう。長々と話し込んだわ。さぁサッちゃん、余の思惑通り彼奴らがあの忌々しい大サソリを倒してくれたゆえ、もう何の心配もいらぬ。思う存分暴れるがよい」

オオオオオオオオオ!

包帯だらけの胸を反らせてあげたミイラの雄たけびが、無人のミュージアムの隅々にまで響いた。声帯などの器官が機能しているとは思えない。それはサスティヌス3世の魂の叫びだ。

4000年の間棺の中で朽ち果てていた肉体とは思えぬ筋肉のうねりが見て取れる。

「なんだあの分厚い胸板や包帯がはちきれそうな力こぶは。。。あいつ、本当にミイラだったのかよ?」

エディーも信じられぬといった風情だ。

「ふぇっふぇっふぇ。そこはそれ、余にぬかりはないぞよ」

エディーの驚きを察知してか、タレナガースが愉快そうに懐から空の小瓶をつまみ出してエディーたちに振ってみせた。

「むっ、貴様また余計なことを!何だよそれは!?」

「何と言われても、ただの筋肉繊維高速増殖剤じゃが、何か?」

「きんにくせん。。。いこうしょくじょう。。。そくじゃい。。。恐ろしい」

「きちんと言わぬか!開発者に対して失礼であろう。貴様もクイーンとおんなじじゃな!」

「なんでもいい。その生い立ちには限りなく同情するが、タレナガースのモンスターに成り下がってしまったのなら倒すしかない。いくぞミイラモンスター!」

相手が元ファラオであれ世界遺産に匹敵するお宝ミイラであれ、徳島に仇をなし人々を襲うとなれば容赦も遠慮もなくブッ倒す!倒さねばならないのだ。

両者が一気に間を詰める。

シュッ。

短い息とともにエディーのパンチが続けさまに飛ぶ。

正面から左右から下から、敵を翻弄する変幻自在の拳がミイラモンスターに襲いかかる。

パシ。パパパパ。パシィ。

だが、エディーの高速パンチはことごとくミイラモンスターの手の平に吸い込まれる。乾いてしおれた掌が岩をも砕く拳を平然と受け止める。一呼吸で10発以上も繰り出された神速のパンチがまったくヒットしない。

「こいつ、まるでイージスシステムでも備えているみたいだ」

パシィッ!

十数発目のパンチを下方へはじき落とされ、わずかに体のバランスを崩したエディーに今度はミイラモンスターのパンチが襲いかかった。

ズドドドドオオ!

速い!

「うわああ!」

狙いすましたパンチがエディーのガードを弾き飛ばし、あるいはかいくぐってエディーのボディーにさく裂した。ロックオンしたミサイルが次々命中したようだ。

「くっ、ぐうう」

膝を床につきそうになる足に力を込めて踏ん張るエディーに、今度は踏んづけるようなキックが斜め上からエディーの太ももに決まった。

「痛ゥ!」

さすがのエディーも踏みつけられた側の膝を固い床に落とした。その頭を両手で押さえつけるや「ああああん」と大きく口を開けてエディーの左肩に嚙みついた。歯はほとんど残っていないが、タレナガースが注いだ筋肉繊維高速増殖剤のせいで噛む力も格段にアップしている。

バキッ!

堅固なエディーのショルダーアーマが万力のように強靭なアゴにかみ砕かれて破片をまき散らした。

「ぐあああ」

メリメリ。。。

アーマを砕いてなおエディーの体にアゴが食い込む。

「ふぇっふぇっふぇ。さぁサッちゃん、積もり積もった4000年の恨みをはらすチャンスじゃぞえ。まずはそのエディーめの肉を食いちぎってやるがよい!そぉれそれそれ」

上下合わせて数本しか残っていない歯だが、アーマをかみ砕いてボディースーツに深く食い込んでいる。薄いようでも渦のパワーで形成されたスーツは死に物狂いでエディーを守っているが、破られるのも時間の問題かもしれない。激痛でエディーは悶絶している。

ガシッ!ガシッ!ガシッ!

なんとか引き剥がそうと、食らいついたミイラの顔面にパンチを叩き込むエディーだが効き目がない。死んで4000年。痛みなどという感覚はとうに失ってしまったのだろう。こいつを倒すには今の体を徹底的に破壊し粉砕するしかないのだろうか?

だが厄介なことにタレナガースがこの腐敗した体に与えた奇妙奇天烈な薬剤は今のところ絶大な効力を発揮している。

―――このままではヤバイ!

「エディー、強化変身よ」

痛みに支配されたエディーの耳にはエリスの叫び声もはるか遠くからの声のように聞こえる。それでもエディーは懐からシラサギの鉢金を取り出すと自らの額の青いひし形のエンブレムに重ねた。

パアアアアアア!

途端、おびただしい渦のエナジーが額から迸り、その青く透明な光は意思を持っているかのようにエディーの全身を包み込んだ。さらにすべての展示品を飲み込んで展示ホールの隅々までを青く照らしてゆく。

「あええええ!」

エディーの左肩に歯をたてていたサスティヌス3世のミイラは耳を覆いたくなるようなうめき声をあげてのけぞった。

目玉があるわけではない。臭いをかぐ器官があるわけでもない。だが、あきらかに渦のエナジーが放つ清浄なる青い光を嫌っての行動だ。

やはりタレナガースと気が合うだけのことはある。こいつは間違いなく邪悪なる存在なのだ。

眩い光の中から現れたのは全身に深い海の青をまとったエディー・エボリューションだ。体内を駆け巡る渦エナジーは密度を増し、そのパワーは数倍にも増幅されている。

噛みつかれた左肩はまだ痛むが、渦エナジーのおかげでかなり軽減された。タレナガースが与えた闇の筋肉繊維増強剤かエリスが開発した清浄なる渦エナジーか。さぁ試合再開だ。

うおりゃ!

エディー・エボリューションが渾身のパンチを打ち込む。

ドム!

包帯まみれの両腕をクロスさせたブロックごと弾き飛ばされミイラモンスターは数メートルも吹っ飛んで磨き上げられた床の上に転がった。しかしそれだけだ。ミイラモンスターと化したサスティヌス3世は、まるで朝目覚めた者が起き上がるかのように体を起こすと再びエディーに向ってきた。

「何度でも転がしてやるさ」

ズドン!

エディーの体を掴もうと差し出される両腕をかいくぐって体を回転させ、低い位置から相手の胸板を蹴り上げる。凄まじい衝撃はミイラの体を突き抜けて背後の陳列棚の強化ガラスを震わせた。

ミイラは天を仰ぎ口を開いたまま放り投げられた人形のように吹っ飛んで再び床に転がったが、やはり何事もなかったかのように体を起こした。

さらに3度目も、4度目も。。。

それはまるで無限に巻かれたゼンマイ仕掛けのおもちゃであるかのような機械的な動きだ。だがそれがかえって見る者の恐怖を煽る。

ヤツの内にはただ眼の前に立つ者を滅ぼす、その衝動と殺戮の渇望だけがあるのだ。

「なるほどな。じゃあ、どこまで耐えられるか、試してやるよ」

エディー・エボリューションはミイラモンスターに対して半身に構えると、両足を開いてわずかに腰を落とした。

―――さあ、出るわよ。エディー・エボリューションの伝家の宝刀が。

エリスが数歩下がって体勢を低くした。アレが決まった時の衝撃は凄まじいのだ。

タッ!

床を蹴る軽やかな音と共にエディー・エボリューションの体は2メートルほど飛び上がり、体を軸にして高速で回転しつつ繰り出した踵でミイラモンスターの側頭部を何度も何度も打ち据えた。

「激渦旋風脚!」

ズガガガガガ!

ガガッグシャ!

高速で回る巨大な風車となったエディー・エボリューションの繰り出す連続キックがついにミイラモンスターの首を粉砕した。

目を見開いたままの首が真下に垂れて背中でブラブラしている。

カクリ、と両膝を床についた。

―――やったか?

エディー・エボリューションとエリスがガッツポーズをしかかった刹那、忌々しいミイラモンスターは無表情な首をプラプラさせたまま再び2本の足で立ち上がった。

腕をあり得ない角度に曲げて背中で揺れる首を掴むと、もう一度もとの位置に置いた。やはりミイラでも首があんなふうではマズイと思ったのだろうか?

するとへしゃげた首にみるみる筋肉がまとわりつき、再び何事もなかったかのように頭部を固定してしまった。

エディー・エボリューションはやれやれと首を左右に振った。

さすがにこれでは渦エナジーの無駄遣いだ。

それならばとエディー・エボリューションはもう一度ソードでの戦いに切り替えた。

 

(四)覚醒 その4

自らの左右の手で握手をするような手の動きの中から眩い光が迸り、両刃のエボリューション・ソードが出現する。ノーマルモードのソードよりも刀身も長く切れ味もひと味違うミラクル・ソードだ。

「こいつで微塵切りにしてやるぜ。そうすりゃいくらなんでも動けまい!」

エディー・エボリューションは刃渡りが1メートルほどもある大剣を肩に担いで構えると、標的を睨んだ。間合いに1歩でも入れば青い光の剣がものを言う。だが一方のミイラモンスターは恐れる風でもなくまっすぐにエディー・エボリューションに近づいた。

「これで終わりだ!」

エボリューション・ソードが消えた。いや、常人の目では追えないが、超高速で振るわれたソードがミイラモンスターの首筋へ打ち込まれたのだ。

ガギリリ。

「!?」

スパっと首をはねて向こう側へ走り抜けるはずのソードは、包帯ミイラ男の顔面で止まっているではないか!?

驚いたことにミイラモンスターは煌めく剣を歯並びの悪い口で受け止めている。黄ばんだ大きな前歯が光の剣を噛んで止めているのだ。歯が当たっているあたりの刀身からは青い火花がバチバチと放たれている。

「冗談キツイぜ。4000年も歯磨きしていないくせに、どれだけ丈夫な歯をしてんだよ」

さすがにエディー・エボリューションも呆れてしまった。

「そんな、ソードの攻撃も受けつけないなんて。。。これ以上の攻撃オプションは思い当たらないというのに」

―――さっきの大サソリの尻尾との攻防で渦エナジーを盛大に消費しちまったからなぁ。。。アルティメット・クロスに変身するにはもう少し時間が必要だ。

それはエリスにもわかっていた。

エディー・エボリューションの高い戦闘能力をもってすれば4000年の復讐に燃えるサスティヌス3世のミイラモンスターが相手でも決して負けることはないだろうが、攻撃面の決定打もまた無い。格闘戦もソードによる斬撃も効かないとなると。。。

「ふぇっふぇっふぇ。どうしたエディー、ここで食い止めねばサッちゃんがミュージアムの外へ出てしまうぞ。楽しい騒ぎになるであろうなぁ。ワクワク」

タレナガースは強化変身したエディーが攻めあぐんでいるのが愉快でたまらないようだ。

「うるさいタヌキ親父!あんたが妙な薬剤を注入して不必要に強靭にしちゃったんでしょう。まったくいつもいつもいつもいっっっつも余計なことばっかするんだから!」

エリスの怒りもタレナガースは斜め上を見上げて「ふふん」とやり過ごしている。

―――が!?

「むっ?」

今の今までヘラヘラしていたタレナガースが不意に身構えて背後を見た。

左右の指から延びる凶器のような鋭いツメを体の前に構えて身を低くしている。何かを警戒しているようだ。

―――何じゃ?何か来る!

「こ、これは?」

勘の鋭いエリスも何やらただならぬ気配を感じているようだ。

―――やだ。体中の毛穴がザワザワしてる。

やがて、周囲の展示ケースがカタカタと揺れ始めた。大きなガラス戸も小刻みに震えている

カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。

ミシミシミシミシミシミシ。

ピキピキピキピキピキピキキィィィィン。

館内にあるあらゆる物が振動を始めた。エディーとエリスの耳に異様な圧がかかって二人は顔をしかめた。マスクがなければ鼓膜をやられていたかもしれない。

その時展示品のひとつ、高さ10センチほどの玉座に座るサスティヌス3世の石造りの小さな座像が突然自ら光り始めたではないか。

「むう、これは。。。いかん!これはいかんぞ」

あたりを用心深く伺っていたタレナガースが思わずしり込みした。何にも動ずることのないこの魔人を後ずさりさせるものとは?

それだけではない。

ただただエディー・エボリューションめがけて襲いかかろうとしていたサスティヌス3世のミイラモンスターまでが攻撃をやめて、やはり不思議な光の方を見ている。目玉も無く見られるわけはなかろうが、それでもその気配を感じ取っているようだ。

小さな座像が放つ光はものすごい光度となりとても正視できない。だが、その中から何かがこちらへ歩いてくる気配だけはそこにいる誰もがはっきりと感じ取っていた。

あああああえええええええ!

ミイラモンスターが口を極限まで開いて吠えた。いや、声が出るわけはない。それはある種の精神感応のような現象であったのだろう。

光の洪水の中から人影が浮かび上がった。驚くべきことに、現れたのはひとりの美しい若者であった。褐色の肌をしている。年のころなら15〜6歳くらいであろうか?まだ完成していない骨格がかもし出す幼さをまとっている。

上半身は裸だが、腰には緑、黄色、青といった色とりどりの縞柄の腰布を巻き、太陽を思わせる金色の丸いプレートを下げている。頭には腰布と同じ縦縞模様の頭巾を被っておりその上に黄金の冠を載せている。冠の中央にはやはり黄金で形作られたサソリが載っている。

まだ大人の体つきになりきっていない上半身は少年に特有のなめらかな曲線を描き、ハツラツさと危うさを併せ持っていた。

古代エジプト時代の人のようだが、とても位が高い人だということは一目瞭然だ。

「ファラオ。。。?」

エリスがつぶやくと、その若者はエリスを見て微かに頷くと

「余はサスティヌス3世である」

と言った。

これにはエリスもエディーも腰を抜かしそうになった。

「しゃべった!?」

「しかも日本語を?」

驚くふたりにタレナガースが割り込んだ。

「たわけ。これは精神感応、つまりテレパシーというヤツじゃ。語っておる内容が貴様らのアタマの中の言語体系に則ってたまたま日本語として認識されておるだけじゃ」

「はぁ。。。こりゃどうも」

常にヨーゴス軍団と現実離れした戦いを繰り広げている渦戦士たちも、度を越してあまりにも非現実的な出来事に呆気にとられている。

「そなたが先刻の青き光の主であるか。よき光である。青き光が余の体に充ちておる間、こうして現世に立ち戻ることができるようじゃ」

エディーの強化変身の際の渦エナジーを浴びることによって、この若者は一時的に肉体を得たということなのか?実に4000年ぶりに。

「もうよいであろう、テトラアメンよ。棺に戻るのじゃ」

驚いたことに、エディー・エボリューションと対峙していた包帯まみれのミイラもまた、いつの間にか生身の少年の姿に変じていた。そう。彼もまたあの青き光を浴びていたのだ。サスティヌス3世の棺に安置されていたミイラの本当の名は、テトラアメンというらしい。

腰布と頭巾の縞模様の色合いがわずかに違うのと、冠の頂にある飾りがサソリではなくとぐろを巻くヘビである他は、顔かたちも容姿も光から現れた少年と瓜二つだ。

「あにじゃ。。。」

「現世に戻り、つかの間暴れられたのじゃ。もうよしとせよ。さぁ」

手を差し出して近寄るサスティヌス3世に、テトラアメンと呼ばれた少年は後ずさった。

「また我を闇に閉じ込める気か。性懲りもなく我を追って現世にまで姿を現しおって!」

テトラアメンは眉間に深いしわを寄せて声を荒げた。

「お前に殺されたとてもう遠い昔の話だ。もはや恨んでなどいない」

「嘘だ!ならばなぜ今日に至るまで兄者の大サソリは我を封印し続けたのじゃ!?こたびここなるタレナガースのはかりごとによってサソリを葬ることが叶ったが、さもなくば我はこれから先も兄者の呪いに苦しめられたであろうよ」

「サソリの呪いでお前を封じることは余の本意ではなかった。余の家臣たちが余を慕うあまりのことであったのじゃ。許せ」

サスティヌス3世のミイラとして長い間棺の中で眠っていた弟テトラアメンは、生前の美しい少年の姿となって実の兄、誠のサスティヌス3世と対峙している。その表情にあるのは怒りか、悲しみか。。。それとも歪んだ愛なのか?

泣き出しそうな表情の少年は、脳裏にこびりつくあらゆるものを振り払わんとするかのように激しく頭を振り、キッと兄を睨んだ。

「もう遅い!今さら何を言われてももはや取り返しはつかぬ!何千年経とうと兄者が蘇る限り我はまた兄者を斃す。何度でも何万回でも。我にはそれしかないのだ!」

うわああああ!

テトラアメン少年は胸を反らせて叫んだ。それは怒りの遠吠えとも悲しみの絶叫とも聞こえる悲壮感に満ちた叫びだ。

その悲壮感を体にまとうかのようにテトラアメンはその姿を大きなヘビに変えたではないか。

虹色に輝くうろこが美しくも妖しい大蛇だ。

その変貌を見て、兄のサスティヌス3世は深い悲しみの皺を眉間に刻むと目を閉じた。すると先ほどエディー・エボリューションに体を切り裂かれて絶命していたはずの大サソリが再びムクリと起き上がるとカサカサとあるじの元へすり寄った。

ふたつはまるでスライドの写真が重なるようにひとつとなり、先ほどよりもさらにひとまわり巨大な大サソリへと変身した。サスティヌス3世の魂が宿ったせいか、それまでの黒と違って全身が美しい銀色に輝いている。虹色の大蛇の前へ躍り出る動きも段違いに速くなっている。

「これがあの大サソリ本来の姿なのか。。。」

あまりの予想外の展開に、エディーも驚きを隠せぬまま状況を見守っている。

「エディー、なんだかもの凄い兄弟げんかになっちゃったわね」

エリスも不安げだ。もはや事態は自分たちの手を離れてしまって、いったいどうなってしまうのか皆目見当がつかない。

「4000年ぶりの兄弟げんかだし、少しはやらせてあげたいけれど、世紀の博覧会を明日に控えているんだからこれ以上ミュージアムを滅茶苦茶にされてはたまらないわ。エディー、いざとなったらお願いね」

「ああ、わかっている。その時は力づくでも止めてみせるさ、この兄弟げんか」

シャアアア!

仕掛けたのは大蛇だ。人間など頭から丸呑みできそうな大きな口を開けて銀色の大サソリに襲いかかる。ボディーを狙うと思われたが至近距離で素早く方向を変えて前足に食らいつくと、思い切り頭を振って大サソリを宙に舞い上げた。

負けじと大サソリも大きな鋏角で大蛇のボディーを何度も殴りつける。堅い鋏角による打撃を嫌ってか、大蛇は空中で大サソリを解放し頭を引っ込めてとぐろを巻いた。

片や振り回された勢いで大サソリはミュージアムの壁に叩きつけられて仰向けに床へ落下する。足をバタつかせている大サソリを見て勝機と踏んだか、大蛇はとぐろを巻いていた体を伸ばして近寄るが、用心しているのか鎌首をもたげて威嚇を続ける。

ほどなく大サソリもクルリと元の体勢に戻ると左右の鋏角を振り上げて大蛇を威嚇する。

見合ったまま数秒、両者は再び跳びかかる。僅かに早く、大蛇は長い体をひねって大サソリのボディーに体を巻きつけた。長く太いヘビの体がうねり大サソリの全身を締めつける。

パキパキ!

何本かの足が妙な方向に折れ曲がり、大サソリの口から黄色い体液が迸った。凄まじいパワーで締められては大サソリに勝ち目はない。

勝負あったかと思われた時、大サソリの尻尾が伸び上がるや、尾節の突起が大蛇の頭部、両目の間に突き刺さった。

苦痛に大蛇の全身が波打つように痙攣し、それによって体を巻かれている大サソリからも体液がまた噴出した。

双方ともダメージを受けている。二体のモンスターは複雑に絡み合ったまま動きを止めた。

その戦いを傍観していたエリスは違和感を覚えた。

―――どちらもあとひと息、あともう少し力を加えれば相手を斃せるんじゃないの?なのにどうして。。。

サスティヌス3世が兄。

その兄を謀殺して王になりすましたテトラアメンが弟。

とはいえ一卵性双生児だ。容姿同様戦闘力も拮抗しているのだろう。

穏やかなファラオとして多くの国民に慕われたサスティヌス3世ではあったが、弟のテトラアメンもはじめからファラオになっていたなら案外兄のような善政をしいたかもしれない。弟であるがゆえに投獄され、日陰者の日々を送らざるを得なかった運命に翻弄された悲劇なのかもしれぬ。

兄のサスティヌス3世はそのことに気づいている。だからこそ自分を手にかけた弟に対する恨みを捨て去ったのだ。そして弟も心のどこかに兄を殺めた罪の意識を心のどこかにずっと隠してきたのだろう。

サソリとヘビ。変じた姿は違っていても、彼らはやはり似た兄弟なのだ。4000年経った今でも。

「エディー、もういいわ。もう止めて!あのふたり、ずっと泣きながらケンカしているんだもの」

見ていられないという風情でエリスが懇願し、エディー・エボリューションは無言で頷いた。

ヘビの体に全身を巻きつかれ、サソリの尻尾に頭を刺し貫かれ、互いに身動き取れない状況の兄弟のもとへエディー・エボリューションはゆっくりと歩み寄った。右手に下げていたソードが一歩ごとに短くなり、ついには右手の中に吸い込まれるように消滅した。

だがエディー・エボリューションの両手は渦エナジーの青い光を依然湛えている。

2匹の、いやふたりの傍らまで来たとき、エディー・エボリューションは光る両の掌を大サソリと大蛇に向けて広げた。

シュワアアアアア。

ソードを形作るはずの渦エナジーが放射状に放たれて絡み合った両者を包み込んだ。

4000年に及ぶ愛憎までも包み込むことはさすがに出来はしないが、それでも双方の攻撃がガンギマリ状態の兄弟を再び少年の姿に変えた。首にまわした腕をほどき、顔の真ん中に立てていた歯をはなす。

青い世界の中で、双子の兄弟は気まずそうな顔で並んで立った。

「おう、またこの光よ。何なのだ、この光は?」

「不思議な感じがする。だがこの気分、悪くない」

ふたりは再び浴びた渦のエナジーに少し戸惑っていたが、幸い戦う気は失せたようだ。

「どうやら落ち着いたようですね。よかった」

ふたりは視線を声の主へと巡らせた。

「お主は何者であるか?人には違いなさそうじゃが」

サスティヌス3世の問いにエディー・エボリューションは無言で首を振った。

「私の正体などどうでもいいじゃありませんか。それよりも、もうやめましょう。おふたりとも、先ほどからまったく相手を本気で斃そうとしていない。時間と体力の無駄ですよ」

「ふん。兄者がさっさと我にとどめをささぬからじゃ」

「それを申さばテトラアメンもではないか」

サスティヌス3世は初めて少し笑った。

「余はお前が不憫であった。余さえおらねばお前は何不自由なく育てられた。王にもなれた。実の兄を殺めなくともな」

「まことに我を。。。憎んでおらぬのか?」

弟の問いに兄は静かに頷いた。

「もうよい」

そう言うとサスティヌス3世は弟の額に右手をかざした。

かざした手の平と額の間の空気が陽炎のようにゆらぎ、テトラアメンの眉間から何やらどす黒い液体がゆっくりと流れ出てサスティヌス3世の手の平へと吸い込まれていった。それは先刻タレナガースがミイラであったテトラアメンにふりかけた筋肉増強剤だ。

サスティヌス3世はその手の平を背後に向けるとその先の展示ケースに隠れている影に声をかけた。

「もはやこれは無用である。返すぞ」

すると、たった今テトラアメンの額から抽出したどす黒い液体が、展示ケースをよけながらまるで意志を持っているかのようにその影に向って飛びかかった。

「うぇ!ぺっぺっ!?余の顔にひっかっかったではないか」

展示ケースの影からタレナガースがケモノのマントで顔を拭きながら現われた。

「タレナガース!」

「そんなところにいたの?いさかいの火種に油を注ぐようなマネをして。ホントにウザイんだから」

エディー・エボリューションとエリスが睨みつける。

「ふぇっふぇっふぇ。どうじゃ面白いショーであったろう。無粋な兄さえ現われねばもっと愉快であったにのう」

タレナガースがサスティヌス3世をねめつけたが少年ファラオはどこ吹く風だ。

「失せろ、若造!」

―――若造じゃと!?

タレナガースのシャレコウベから表情が消えた。恐らくこの世に転生してこれほどの侮辱を受けたことはあるまい。しかも目の前にいるのは魂とはいえまだ年端もゆかぬ少年なのだ。

しかし江戸時代後期からの魔物タレナガースが齢230年だとしても、相手は4000歳だ。どうあがいてもその迫力には太刀打ちできるはずもない。

「むむぅ。おぼえておれこのチンチクリンめが」

子どものような苦し紛れの捨て台詞を吐くタレナガースの足元から突如墨の如き瘴気が湧き上がり、ギリギリと歯軋りするシャレコウベ魔人の全身を包み込んで消えた。

「サソリの封印はもう要らぬな」

「兄者、では。。。?」

サスティヌス3世はエディー・エボリューションとエリスに視線を移すと静かに微笑んだ。その視線を追うようにテトラアメンもふたりをじっと見た。

「。。。とう」

小さい声はふたりの耳にははっきり捉えられなかったが、ふたりはその視線を笑顔で受け止めた。

兄弟は互いに視線を交わし頷くと、その姿はそのまま空気の中に溶けるように消えた。

 

(五)開幕

ミュージアムはようやく静けさを取り戻した。

エリスの合図で警官隊に守られつつ入館したミュージアムの職員たちは皆口々に嘆きの声を上げた。

展示ホールのドアは吹き飛ばされ、あちこちのガラス製の展示ケースは割れ、壁もところどころ破損している。

どう見ても明日のオープンまでに完全修復は無理だろう。

華々しく開催するはずだった博覧会はいったいどうなってしまうのか。。。職員たちは無言でほうきやモップを持ち出して清掃を始めた。

 

エディーとエリスは館長たち一部の幹部職員を呼んで事態の一部始終を説明した。癪に障るがタレナガースが語ったことも重要な証言となった。

ふんふんと聞いていた館長たちの表情が次第にこわばり、口が開き、目が見開かれた。

「まさか、そんな!信じられない」

「それが事実だとしたら、これは世界的発見だ!」

「サスティヌス3世の謎がすべて解けたぞ。ファラオは双子だったのか」

「この歴史的ニュースがここ徳島から、私たちの考古学ミュージアムから発信されるなんて!夢みたいだ!」

「ああ。しかも信ぴょう性は申し分ない。なにせ本人から。。。あ。。。」

ここまで話して、彼らはみな黙り込んでしまった。

今の話はすべてエディーとエリスから聞いたもので何の証拠もない。

もちろん渦戦士たちが偽りを語るはずもないことは皆がわかっている。しかしミイラになったサスティヌス3世本人が現れて語ったなどという話をいったい誰が信じるだろうか。たとえ館内の監視カメラにそのようすが写されていたとしても、誰もがトリック映像だと思うだろう。

「館長。。。」

「うむ。何も証明するものがないな」

 

「ところで館長、展示品に問題はありませんか?戦いのせいとはいえエジプトから預かった世界の秘宝になにかあったら私たちも心苦しいのですが」

「展示ケースやこちらで用意したパネルとか以外に、特に展示品そのものが壊れたということはなさそうですが、サスティヌス3世の棺の封印紙がすべてはがれています。これは大きな問題です。もちろんエディーさん、エリスさんの責任ではありませんけれど。。。」

「しかし。。。」

「いえ。こうなればエジプトの仲介人に連絡して起こったことをすべてありのままに話そうと思います」

「大丈夫なのですか?」

エリスも心配げだ。

「大切な展示品に手が加わわってしまったことは世界中から非難を受けるでしょうが、たとえ信じてもらえなくとも嘘偽りを並べ立てるよりはましです。そもそも考古学とは真実の追究なのですから」

館長は自分自身に言い聞かせるかのようにそう言うと、自室へ向かった。重い足取りがエディーとエリスの胸を絞めつけた。

「まったく、タレナガースのバカが余計な真似をして騒ぎを大きくしたもんだから。。。館長さん、お気の毒だわ」

エディーとエリスはモップを借りて職員たちと一緒に散乱したガラス片の後片付けを始めた。

 

それから約1時間ほど経った頃。。。

「おおおおい!おおおおい!みんな」

館長が自室から飛び出して展示ホールへ駆けて来た。モップでピカピカに磨き上げたばかりの床に何度か滑りながら駆けて来る。

「どうしたんですか館長、そんなに慌てて」

「ま、まさか今回の一件で多額の損害賠償を?」

職員たちが心配げに集まってくる。掃除を手伝っていたエディーとエリスも気になって館長のもとへ近寄った。

館長は口を大きく開けて職員たちを見回すと何か言おうとするのだが、うまく言葉が出てこないようだ。よほどの大事が起こったことは間違いないようだが、やはりとんでもない損害賠償を?

「落ち着いてください館長。深呼吸です。深呼吸」

副館長に促されて「うんうん」と頷きながらゆっくりと息を吸い、吐く。もういちど。

「逆だよ」

ボソリと言った。

「え?」

全員が一斉に聞いた。

「逆なんだよ。損害賠償じゃない。すべてエジプト側の費用でここを改修してくれるそうだ」

「は?」

また全員が聞いた。

「どういうことですか?」

重ねて尋ねるエリスの顔を見て、館長はようやくことの次第を語り始めた。

「今回の騒動で徳島考古学ミュージアムが被った損害はすべてエジプト考古学博物館が弁償してくれる。それどころか、望むなら増築の費用も出してくれるらしいよ」

まだ誰も事態を把握できない。一同、首を傾げてフリーズしている。

「実はね、今回の海外出展に際してサスティヌス3世のミイラやファラオにまつわる品々の発送が遅れたのは、不思議で不気味な現象が後を絶たなかったからだそうだよ。いや、それ以前にサスティヌス3世がらみの品々が長い間展示されることなく地下の収蔵庫に封印されていたのは、棺の蓋がガタガタと揺れたり、王の座像が毎夜動いた跡があったり、警備員の健康が害されたりと不吉な現象が続いていたからなんだそうなんだよ」

「まさか。。。ではエジプトサイドは海外遠征先で今回のような不吉な事件が起きるかもしれないことを予測していたというのですか?」

エディーが身を乗り出した。だとしたらこの上なく迷惑な話だ。

「そうなんですよ。大エジプト博物館の建造中もおかしなことが何度か起こっていて、収蔵品の移設スケジュールにも遅れが出ていたらしい。だからこの際海外へ遠征させてその隙に新しい博物館の完成と他の収蔵品の移設をやりきってしまおうと。何もなければそれでよし。万一何かあれば十分以上の補償をすればよいと覚悟を決めていたそうです」

「ひどい!無責任だわ」

エリスは腹を立てたが、館長はまんざらでもないらしい。

「身を挺して戦ってくださったおふたりはお腹立ちでしょうが、しかしねエリスさん。今回のことで当館とエジプトの考古学博物館に1本の絆がうまれたのです。これは貴重な絆です!その証拠にさっそく当館の職員を何人か、新しい大エジプト博物館に客員研究員として招いてくださるそうなんだ」

「本当ですか!?」

職員から「おー!」と歓声があがった。

その顔ひとつひとつに笑顔で頷き返しながら館長は続けた。

「サスティヌス3世が双子であったことは全く新しい発見だ。しかも弟の名がテトラアメンだということも世界中の誰も突き止めていない新事実だ。しかし今すぐこれを公表することはできない。今の私たちには証拠が無いからだ。答えはわかっているが方程式が存在しないのだよ。我々がエジプトへ行ってこれを解明する。大変だよ!何年かかるかわからない。しかし考古学を志す者としてこれ以上の誉は無いと思わないかい」

職員は皆うんうんと何度も首を縦に振っている。

エリスはエディーに合図して、そっとその場を離れた。

館長を中心にしたその円陣は、その後もしばらく盛り上がっていた。

 

<〜本日『古代エジプト博』は予定の開会時間より4時間遅れ、午後2時に開幕しました。〜>

壁にかかったテレビから流される夕方のJRTニュースを見ながら、ドクとヒロはテーブル上のアクリル製パティションに額を寄せてヒソヒソ話に興じていた。

テーブルの上にはホイップクリームを浮かせたモカの大きなマグカップが置かれている。いつものカフェのいつもの奥の席。

昨日はミュージアムでの戦いの後、休むことなく夜遅くまでパトロールに回ったため、このカフェに来るのは2日ぶりとなる。

「吹っ飛んじゃったドアとかは開き直ってもうそのままにしといたみたいだね」

「でもさすがに割れちゃった展示ケースなんかは特注だったから間に合わなかったみたいよ。大急ぎで既製品を流用したらしいけど」

現場にいた者にしかわからぬ内容ゆえにどうしても声をひそめて話さねばならぬ。

―――まただ。また何か怪しい話をしている。。。

マスターがチラチラとこちらに視線を送っているのが気配でわかる。

「権威ある博覧会なのにミュージアムが完全ではない状態での開催になっちゃって、これはエジプトから派遣されてきた展示監督も間違いなくクレームをつけてくるだろうとみんなビクビクしていたらしいけど、終始ニコニコしていてすごく友好的だったって聞いたわ」

「そうそう。あれはたぶん本国から何かしらの指示を受けていたんだろうね。エジプトでは一連のサスティヌス3世にまつわるトラブルを解決してくれた徳島サイドにかなり感謝しているんじゃないかなあ」

パティションを挟んで二人はうんうんと頷き合った。サイフォンを木べらでゆっくりと混ぜながら、マスターがまた横目でこちらを見た。

「だけどあのタレナガースが尻尾を巻いて退散したのは痛快だったわ」

モカを飲んでいるためマスクをはずしているドクが口を押えてクククと笑った。

「そうだね、悔しそうだった。シャレコウベづらが歪んでいたもの」

そうそう、と二人でまたクスクス笑う。

「なにせ『若造!』だもの。まぁ江戸時代からこの世にはびこる魔人も古代エジプトに比べれば確かに若造よね」

「尻の青い、ね」

アッハッハッハッハ!

ここでとうとうふたりは椅子から反りかえって笑い出した。

今度こそマスターとカフェのお客全員のあからさまな視線を体中に感じて、ふたりは同時に首をすぼめた。

「ねぇヒロ、ここまで赤っ恥をかかされたタレナガースがこのままで済ませるわけないと思わない?」

「うん。。。確かにそうだ」

ヤツは必ず仕返しに来る。

「しばらくは博覧会場周辺を重点的に警戒しなきゃだな」

「そうね。そうと決まれば。。。」

ヒロとドクは一斉にカウンターの奥のマスターに向って大声を上げた。

「マスター、ヒレカツサンドふたつ!」

 

(六)夜明けの用心棒

古代エジプト博は午後7時の考古学ミュージアム閉館をもって10日間の会期を無事終了した。

ファラオの呪いやらサスティヌス3世の謎の一端がこの徳島で明らかにされたなどという噂がSNSで広がり、連日大盛況であった。

密を避けるために行なった入場制限がはがゆいほどであった。

閉館後、直ちに展示品の梱包作業が始まった。

徹夜ですべての品を厳重に梱包し、移送用のトレーラーに積み込み、夜明け前には次なる開催地の熊本へ向けて出発させねばならないのだ。

しかしエジプトで噂されていたような不気味な出来事などまったく無く、作業はすべて順調に進んだ。

「さぁ、準備万端整ったね」

館長の満足げな声にスタッフ一同大きく頷いた。

夜明け前。

トレーラーとマイクロバスのエンジンがかかり、2台の大型車はミュージアムの搬入口から外へ出た。

 

顔を出したばかりの朝日を背に徳島自動車道をトレーラーとマイクロバスが疾走する。

陸路で愛媛県へ渡り、フェリーで九州へ上陸するのだ。

県西部の山間を縫って走る2台を、道沿いの山の中腹からじっと見下ろす者あり。

強い朝日の光の中にあってそこだけ墨をこぼしたように暗い。影ではない。平坦なものではなく立体的だ。

その立体的な影の中に蠢くいくつかの気配がある。

「来おったわ」

闇がしゃべった?いやそんなはずはないが、そうとしか思えぬような無気味な声なのだ。

何かがズイと闇の中から姿を現した。そしてその後からさらに別の影が。

タレナガースだ。そしてタレナガースと同じくらいの背丈がある巨大な二足歩行のゴキブリ。

鋭い日の光を嫌ってか、いつもは背でなびいているケモノのマントを頭から頭巾のように被っている。だがその奥には眼窩の奥で赤く光る怒りの炎が覗えた。

「ようも余をコケにしてくれた。この恨みは決して忘れぬ!」

それは背後の配下に命じたものか、それとも自らに言い聞かせたのか。いずれにしても強い怨嗟の念がこもった言葉だ。

迸る妖気のせいで周囲の植物がみるみる枯れ落ちてゆく。凄まじい恨みの瘴気が大気を突き飛ばし、山の斜面を吹き降りてゆく。

「よいか。狙うはあの忌々しきファラオめのミイラじゃ。カサカサに乾ききったあの腐れた体を粉々にしてこの山中に散らすのじゃ!」

勢いよく斜面を駆け下りようとした2体の動きが突然「うっ」と止まった。

斜面の下方から凄まじい突風が吹き上げてくる!

路面に漂いでたタレナガースの黒い瘴気を一瞬で蹴散らし、駆け下りようとした大柄な魔人たちの足までも止めたのは、赤く清浄なる風。まるで同一方向に吹く竜巻の如き激風だ。

「うおっ!」

頭から被っていたケモノのマントが空へ舞い上がり、タレナガースの蒼白いシャレコウベづらが陽光の元にさらされた。後頭部でまとめている銀色のドレッドヘアが突風に乱されて跳ねる。

「こ、これは!?」

手をかざし目を細めて突風の向こうを見る。

山の斜面の一番下。整備された自動車道と山の雑草が茂る境を分かつガードレールの前に誰かいる。

全身を真紅のバトルスーツに包む超人。胸のコアを守る金色のエックス型ガードが朝日に輝いている。鋭い視線がタレナガースをねめつけている。

「貴様。。。赤いエディー、アルティメット・クロス」

「タレナガース、貴様がサスティヌス3世のミイラを襲うであろうことは想定内だ。世界の宝物を守るためにも、今や安らかな眠りにつくサスティヌス3世とテトラアメンの兄弟のためにも、このガードレールは越えさせないぜ」

アルティメット・クロスが両腕を真っ直ぐ広げて通せんぼのポーズをとる。彼が通さないと言ったら通さないのだ。絶対に!

「やかましい!押し通すぞよおお!」

アルティメット・クロスの闘気に一瞬気圧されたタレナガースだったが、再び全身から瘴気を迸らせて斜面を駆け下りた。

間合いも何も関係ない。両者の距離が一気に縮まり正邪の闘気が破裂する!

怒りがパワーと化してタレナガースの攻撃力を格段にアップさせている。岩をも裂く鋭いツメがアルティメット・クロスの顔面を正面から狙う。頭を振ってそれをかわそうとすると、そちらの方向からもう一方のツメが襲いかかる。間一髪で左右のツメを自らの手刀で弾き飛ばす。それによってアルティメット・クロスの両手が左右に分かれてた僅かな隙間に頭を突っ込んだタレナガースが己の額をアルティメット・クロスの眉間の青い菱形のエンブレムに叩き込んだ。

ガシッ!

鼻の奥で錆びた鉄の臭いがしてアルティメット・クロスの頭部が大きく後方へ傾いた。その体が僅かにグラリと揺れたが、アルティメット・クロスは左足を後ろに伸ばしてガッ!とガードレールに置いて踏ん張り、更に繰り出されたタレナガースの回し蹴りを腕全体でガードするやその足を上へ跳ね上げ、僅かにバランスを失ったタレナガースのわき腹へ渾身のフックを打ち込んだ。

手ごたえはあったが、タレナガースは構わず両腕のパンチを至近距離から打ち込む。パンチであったり、ツメであったり、受け方を間違えば受けるダメージは大きい。その一撃一撃を的確に受けつつアルティメット・クロスも少しずつ反撃に出る。

ズドドドドドド!

ドガガガガガ!

やがてふたりの繰り出す攻撃は常人の目では追いきれぬほどの速さとなり、腕の周囲の大気が発熱して赤く光り始めた。まるでそこだけ時間の進み方が違うみたいだ。

やがてエディー最強形態の実力が徐々に魔人タレナガースを凌駕してゆく。

ガッ!

「ぐはっ」

ドムッ!

「ぐえ」

側頭部に、腹部に痛烈な一撃を食らってタレナガースが徐々に後退する。

しかしヨーゴス軍団側にはまだ。。。

「行け!」

タレナガースが背後に合図した。

と同時にゴキブリモンスターが羽を広げて飛んだ。

格闘戦では明らかに劣るゴキブリモンスターを背後に控えさせ、隙を見て一気に飛翔させる作戦だったのか。

ブウウウウウウ。

ふたりの頭上を越えて一気に搬送トレーラーを襲う気だ。

アルティメット・クロスは体を回転させてタレナガースに上段の後ろ回し蹴りを繰り出す。と同時に足元の石ころを拾うと上空のゴキブリモンスターに投げつけた。

ピシュッ!

ザクッ!

ただの石ころはアルティメット・クロスの投擲で大口径の猟銃を凌ぐ威力を発揮した。

恐るべき石つぶてはゴキブリモンスターの小さな頭部を確実に貫いて空へ消えた。

ブブブ。。。

ガン!

失速したゴキブリモンスターは黄色い体液を撒き散らしながらガードレールの上に落下して悶絶した。が、その体液がかかったガードレールが溶けてみるみる形を失ってゆく。

―――これは。。。強力な酸か?

溶けるガードレールから白煙と共に異臭が立ち昇る。

そのようすをタレナガースが鬼の形相で見ている。

「うぬぬ、余のゴキブリモンスターを石ころひとつで。。。ならば奥の手じゃ」

ドウン!

いかなる仕掛けか、地面に落下してもがいていたゴキブリモンスターの体が突然破裂した!

「なっ?自爆したのか。うわ!」

粉々になったモンスターの黄色い体液が肉片と共に四方に飛び散ってアルティメット・クロスは全身に強酸を浴びた。

ジュウウウウ。

白煙を上げながら彼のマスクやショルダーアーマ、バトルスーツが焼けて溶けてゆく。そしてアルティメット・クロスは激しい痛みに襲われた。

「よいザマじゃ!」

すかさずタレナガースが襲いかかる。

ガツッ!

ぐええ。。。

だが痛烈な一撃を食らって仰向けにひっくり返ったのは当のタレナガースだった。ボディーの中心に重い衝撃が残っている。

「ぐうう、なにゆえ。。。?」

予想外の反撃に驚きながらタレナガースは上体を起こした。

そこには全身を腐食させ白煙を上げながらも両足を踏ん張って正拳を突き出したアルティメット・クロスが仁王立ちしていた。

「言っただろ、どうでもここは通さないって」

そう言うとアルティメット・クロスは一気に地を蹴って跳んだ。

にわかに竜巻が起こり、落ち葉が舞い上がる。凄まじい蹴撃の渦が魔人を襲った。

「激震竜渦弾!」

ドガガガガガガ!

常人をはるかに超えた渦戦士エディーの最強形態が全身のバネと筋力のすべてを込めてたたき出す連続キック!その全弾がタレナガースにクリーンヒットした。

シャレコウベの魔人はなすすべもなく斜面の一番上まで跳ね飛ばされて呻いた。

ピシッ!

タレナガースのシャレコウベの顔に大きなひび割れが走り、グラリと揺れた。

「うぬぬ!」

ふたつに割れそうな己が顔を両手で押さえて、タレナガースはふらつく足で黒い瘴気の壁の中へ逃げ込んだ。

「逃げたか。。。」

大気に溶けてゆく黒い瘴気の壁を眺めるアルティメット・クロスの視線が徳島自動車道に移った時、2台の大型運搬車が高速で西へ向けて走り去って行った。

 

(終)4000年後の絆

「徳島考古学ミュージアムスタッフ 大エジプト博物館より招聘」

心弾む見出しが地元紙に載せられたのはそれから3か月後のことだった。

「出発は来年早々になります。考古学に携わる者として、こんな名誉なことはありません」

朝刊の記事を読んだエディーたちはパトロールの途中で考古学ミュージアムへ立ち寄っていた。

ふたりの渦戦士の手を交互に握りながら語る館長の頬は紅潮していた。

今回招聘されたのは3名。館長は未来を託す意味で敢えて若い職員たちを選んだという。

「思いがけぬ事態に遭遇し、はからずも私たちは『答え』を知りました。あとはその答えを導き出すための方程式を探らねばなりません」

「何年くらい行かれるのですか?」

「とりあえずは5年」

「5年も。。。」

「いや、この世界での5年なんてロウソクの炎の瞬きほどの時間でしかありません。なにせ4、000年の時の流れに挑むのですから」

 

数分後、渦戦士エディーとエリスは館長に挨拶し、考古学ミュージアムを辞してパトロールに戻った。

「ねぇ、不思議よね。私たち4000年前の人と言葉を交わしたのよ」

 ヴォルティカのサイドカーでエリスが話しかけた。世紀の博覧会開催前日の不思議な体験をひとつひとつ思い出す。

「本当だね。しかも4000年前の兄弟の確執を解く手助けができたんだから光栄な話だよ」

「互いに手を取って棺に消えたふたりの姿、今もはっきりと覚えているわ。きっと忘れられない。いつまでもね」

「うん。それにしても君が開発した渦のパワーの素晴らしさには毎回驚かされるよ」

「ホッホッホー」

エリスがサイドカーでふんぞり返る。

ヒュウン!

「ひゃあ」

山から吹き降ろされた一陣の風がエリスのバランスを崩した。

「ハッハッハ。あんまりいい気になると落っこちるぜ」

「もう!意地悪なんだから!」

エリスのブーイングを横目で見ながらエディーは左手の親指を相棒に立てて見せた。

「心配いらないよ、キミの凄さは俺がしっかりわかっているから」

その姿を正面から見つめて、エリスは静かに頷いた。

「よーし!渦のパワーは凄いんだぞー!」

 突然大声を上げたエリスにエディーは驚いた。

「な、なんだよエリス。急にデカい声出すなよ」

「いいからエディーも大声で言いなさい。リピート アフター ミー。はい、渦のパワーは凄いんだぞおおおおお!」

 慌てたエディーがアクセルをふかしたせいで、その声はヴォルティカの爆音にかき消された。

まるで彼らの愛車が「それは秘密だよ」とたしなめているようだった。

(完)