渦戦士エディー

超恐竜時空界の戦慄

 

1)放り出された者たち

ズズズ。。。ズズ。。。

「キキィ」

「キィキィ」

 何か重いものを引きずる音に交じってコウモリが鳴くような奇妙な声が聞こえてくる。

分厚い雲が月を覆い隠している。掛け値なしの闇夜である。

 無数のすすきが風に揺れているのがササーという波のような音からうかがえる。

 何かが柔らかい地面をえぐりながら進んだ跡が、そのすすき野原を真っ二つに裂くようにつけられている。

 えぐれた跡は、すぐ近くにある里山の、横っ腹をえぐるように穿たれた洞穴の中へと続いていた。

キキキ。。。

「ホラ、しっかりおやり!」

ビシッ!

ピキキピー

 鋭く叱責するような女の声とムチで叩くような鋭い音が何度かして、そのたびに悲鳴のような声があがる。さきほどのコウモリのような声と同質の悲鳴だ。叩かれて泣いているのだろうか?

 ならば、あの鋭い女の声はいったい?

 誰かがその声を聞いても、おそらく声の主を確かめたいとは思うまい。いやむしろ一刻も早くそこから遠ざかりたいという衝動に駆られるはずだ。

 それほど不気味で恐ろしい声なのだ。

「ちがう!その機械はここに置くのじゃと申したであろう。まったく使えぬ者どもじゃ!」

 そしてまた。。。

ビシッ!ビシッ!

ピピーー!

ピピィ。。。ピピピピ

「文句を言うでない。戦闘員の分際で!」

ビシッ!

―――戦闘員?

 その時、気まぐれな風が天空で雲を流し月が顔を見せた。

 月明かりに浮かび上がったのは、何本もの細い皮ひもを編みこんで造られたムチを手にした紫色の魔女の姿だ。いびつに吊り上がった目と、首から胸を覆う紫の羽毛はまるで異界から飛来した猛毒のハチを連想させる。

 ヨーゴス軍団大幹部ヨーゴス・クイーンだ。

 紫の魔女はムチを巧みに使いながら戦闘員たちを使役して何やら大きくて重そうな機械をいくつも洞穴の中へと運び込もうとしているのだ。

 しかし機械音痴のヨーゴス・クイーンがこれほどたくさんの複雑な機械をうまく操作できるものなのか。。。?

 数十分後、ろうそくの炎に照らされた狭い洞穴の中には全部で4つの機械が並べられていた。いずれも事務机ほどの大きさだが、冷蔵庫を横倒しにしたような物もある。

 一見最新機器のようだが、ある部分には透明の筒の中に何かの動物の肉や骨がぎっしりと詰め込まれているし、別の部分には血液のような赤い液体が満たされたガラスの容器が差し込まれていたりもする。

 それらの機械からぶら下がった幾本ものコードを無造作に引っ掴むと、ヨーゴス・クイーンは4つの機械をつなぎ始めた。つなぎ目の形状などお構いなしだ。力任せに無理やり押し込もうとして「バリッ」と何かが折れたり曲がったりする音がしている。

 文句を言いながら、それでもすべてのコードで機械をひとつにつなぎ終えたとき、洞穴の入り口から別の声がした。

「何をしておる!?」

 地底深くから聞こえる地鳴りのような声だ。戦闘員たちは皆飛び上がらんばかりに怯え始めたが、ひとり紫の魔女だけは平然と入り口を振り返った。

「タレ様かや。もう嗅ぎつけて来られたか。。。よう効く鼻じゃこと」

 入り口で腕組みをしているのはドクロの仮面をつけた長身の男だ。2メートルを超えている。

 いや、よく見るとそれは仮面ではない。それに人間のドクロでもない。

 人でもほかのどんな動物の頭骨でもない。不気味なシャレコウベだ。鋭いキバがあるから肉食動物のものであろうが、まるで恨みにねじれ、憎しみによじれた苦悶の表情を浮かべているように見える。すべすべした骨の表面が月の光を受けて一層不気味だ。

 豊かな銀色の頭髪はすべてロープ状に編み込まれて後頭部へと垂らしている。

 迷彩色のミリタリースーツに身を包み、体の前面には巨大なドクロの鎧、編み上げ式のコンバットブーツを履き、肩からは縞模様のケモノのマントを垂らしている。

 ヨーゴス軍団首領、タレナガースのお出ましである。

「ふん。それだけ大騒ぎしておれば効かぬ鼻でも何ごとかとのぞきにも来よう。いったい何をしておるのじゃ?土地の者にも感づかれるぞよ」

 タレナガースはチラリと洞穴の外に目をやりながら奥へ進んだ。

 すでにひとつながりとなっている奇妙な機械群を見渡して「はぁ」とため息をついた。

「いずれも余の呪術マシンではないか。またクイーンの実験ごっこが始まったか」

「ごっことは何じゃ!わらわはちゃんとした確信に基づいて用意しておるというのに」

 食ってかかる大幹部を横目で見ながら、タレナガースは機械群の傍らへ歩み寄った。

「これを見よ。活性毒素精製器をなにゆえ死肉強制復活装置につないでおるのじゃ?これを稼働させるには付属装置が必要なのじゃ。なんとこちらは長呪文自動詠唱機に洗脳式結界発生装置を繋いでおるのか?なんの関係があるというのじゃ?これで一体何の確信があるというのじゃ!?」

「ええい、うるさいのう。何がおこるかわからぬという確信じゃ!理屈を並べ立てるタレ様には想像もつかぬ恐ろしいことが起きるかもしれぬという確信なのじゃ!現に以前の実験では地獄から鬼の石が飛んできたではないか」

 胸を反らせて反論するクイーンにタレナガースがわずかに押されている。根拠が無い自信ほど突き崩しにくい代物はない。

―――うぅむ。確かにクイーンの無茶苦茶な実験は時としてとんでもないことを引き起こすからのう。。。

「いやいやいや!」

 納得しかかってタレナガースは強く首を振った。

 結果オーライでは困る。ヨーゴス軍団の首領の沽券に関わる。しかし、確かに面白そうではある。

「ええい、何をウジウジ考えておられるのじゃ!もうよい。この起動スイッチをわらわが押すゆえ見ておられい」

 シャレコウベの魔人を押しのけて赤く大きなボタンを押そうとするヨーゴス・クイーン。それを慌てて魔人が背後から羽交い絞めにする。

「これ!待たぬか!どうせならそのスイッチは余が発動させる。これらは余が発明した機械じゃ。余に権利があるのじゃ」

「何を今さら。タレ様は反対なのじゃろうて。どいておられよ!」

「いやいやいや。そのほうには押させぬ」

「いやじゃ。押す!」

「ダメだ!押させないぞ」

「そうじゃ押させぬわ」

「押しちゃダメだって言ってるでしょ!」

「そうじゃ。タレ様は押してはなら。。。ぬ。。。うん?」

 いつの間にか割って入った声に振り返った首領と大幹部の眼の前には、イヤと言うほど見慣れたふたりが立っていた。

 額のブルーロンバスは果てることのない渦のパワーを象徴する。黒いゴーグルアイは悪を見逃すことのない鋭い視線を投げかけている。

 胸のコアにはそのすべてを支え形成する渦のパワーがみなぎっている。たよりない月明かりの闇夜にあって、彼らは清浄なる青きオーラをまとって輝いている。

「ゲッ!エディー」

「うげげ!エリス」

徳島に仇なさんとするヨーゴス軍団の企みをことごとく打ち砕いてきたふたり。徳島の守護神、渦戦士エディーとエリスだ。

「な、なぜじゃ!?なぜここに?」

「バカじゃないの?それだけ大声で騒いでいたら誰かの耳に届いちゃうわよ」

「しっかり通報されてオレたちに出動要請が来たのさ」

入り口に立ち塞がっているふたりからはヨーゴス軍団どもを圧倒する闘気が吹きつけてくる。

「なな、なんじゃ。貴様らには断じてこのスイッチは押させてやらぬぞ!」

タレナガースとヨーゴス・クイーンがメインスイッチのある機械の前に立ちはだかる。それを睨みつけてエリスが一歩前へ出た。

「押さないわよ、このアンポンタン!お・す・な!っつってんの。そこをどきなさい。物騒な機械は撤去、没収します」

狭い洞穴の中でエディー、エリス組VSタレナガース、ヨーゴス・クイーン組による戦い、ならぬ押し問答が始まった。

キキー!キキキキ!

そこへ数人の戦闘員たちもタレナガース組に加勢し、押し合いへし合いとなった。

普段は物の数ではない戦闘員だが、狭い穴の中ではそれなりに障害物となってエディーたちの動きを妨げる。

「ええい。お前ら邪魔だ!」

エディーは殴りかかる戦闘員のゆるいパンチを片手で払い、襟首やらドクロマークのヘルメットやらを掴んで片っ端から洞穴の外へ放り投げた。

かたやタレナガースは奇妙な機械群のメインスイッチの前に仁王立ちして宿敵を睨みつけている。

「タレナガース!」

「エディー!」

互いに接近し拳を交差させた。

ビシュッ!

右、左、右。互いの拳が交差するたび空中に火花が散りやがて煙があがった。

極端に狭くて暗いこの場所では破壊力の大きな大技は使えない。鋭いパンチの応酬が続いた。

「あなたも外へ出なさい」

エリスがヨーゴス・クイーンの肩を掴んだ。

「ええい、気安く触るでない、小娘めが!」

ヨーゴス・クイーンが牙をむいた。

「触りたくって触っているんじゃないわよ!このバイキン女!」

「今さら褒めても無駄じゃ!」

「褒めてないわよっ!」

キイイイ!

えええい!

エリスとヨーゴス・クイーンの戦いは掴みあいだ。

エリスがクイーンの紫の頭髪を掴むと、負けじと相手もエリスの青いロングヘアーに指を絡めた。

互いに引っ張り合っては闇雲にグーパンチを繰り出している。

振り回されたヨーゴス・クイーンのお尻がタレナガースにぶつかって、よろけたタレナガースの横っ面にエディーのフックが決まる。

今度はよろけたエリスがエディーにぶつかり、タレナガースの頭突きがエディーの顔面にヒットした。

もうしっちゃかめっちゃかだ。

その時、洞穴の外へ放り出されていた戦闘員が背後からエディーに組み付いた。

キキイイイ!

「戦闘員は引っ込んでいろ!」

エディーは眼前のタレナガースに意識を集中させたまま片手で真後ろにいる戦闘員の首根っこを掴むとオーバースローで力任せに投げ捨てた。

エディーの頭上を越えて飛来する配下の戦闘員を、タレナガースはまるで風で飛んできた新聞紙を払うかのように太い腕で叩き落とした。

フン!

バシッ!

ドサッ!

ハエのように叩き落とされた戦闘員は、タレナガースの傍らに置かれている機械のメインスイッチの上にうつぶせに落ちて呻いた。そして。。。

ポチッ!

「え?」

「ぽち?」

ウィィィィィン。

戦闘員の腹の下で何かが起動する音がして繋がれた4つの機械群が一斉に目を覚ました。

バチバチッ!

機械の接続部で尋常ならざる火花があがった。

バババーーーーーン!

突如大爆発が起こり、光と爆風が暗い洞穴の中で荒れ狂った。誰もが自分の最期を予感した瞬間、すべての景色がグニャリと大きく歪んだ。

「まずい!」

真っ先にタレナガースが地面に身を伏せた。ケモノのマントがその身を覆う。

「な、何だ!?」

「きゃあ!」

「ほえええ」

吹き飛ばされて宙に浮いていたエディー、エリスとヨーゴス・クイーンの姿も大きくS字に曲がると、次の瞬間まるで渦の中心に吸い込まれるようにシュボッと音を立てて消滅した。

 

十数秒後、しんと静まり返った洞穴の中でタレナガースがケモノのマントをめくりながらひょっこりと首を伸ばした。

洞穴はさきほどと同様、闇が支配している。

「ううむ。。。何が起こったのじゃ?」

人の気配がない。そこにはただ、一瞬で真っ黒こげとなって沈黙している4つの呪術マシンがあるだけだ。

―――むう、凄まじい爆発であったが、クイーンめ、エディーらと共に吹き飛んで塵になったか?それともやはり尋常ならざる事態が起こったのか。。。?

 

2)ヨーゴス・クイーンという魔物

「まずい、まずい、まずい、まずい、まずい。。。」

 小声で延々とそう呟きながらヨーゴス・クイーンが歩いている。少し背を丸め、明らかに怯えた視線を周囲にめぐらせている。

「あの実験でまたなんぞ面白きモノがどこぞから跳んで来るかと思うたが、まさかこちらが跳ばされることになろうとは!」

 あたりはゴツゴツとした岩だらけで、いたる所からシュウシュウと白煙が立ち上っている。さしずめ硫黄を吹き出す地獄谷といった様相だ。しかし、毒のガスが吹き上がるくらいでこやつが怯えるものだろうか?毒の魔女の異名を持つヨーゴス・クイーンである。

 しかし、いびつに吊り上がった毒バチの目は明らかに見るからに恐怖を色濃く湛えている。

「嫌なところじゃ。どことなくあの場所に似ておる。忘れとうても忘れられぬ。。。あの場所。。。奈落迦!地獄!!」

 ついさきほどまで自分はヨーゴス軍団のアジトのひとつにいた。タレナガース秘蔵の呪術マシンをいくつか適当に運び込んで適当につなぎ、エディーどもの乱入騒ぎがあったものの、なんやかんやでスイッチが入り、所期の目的を達した。その挙句がこれだ。

 ぶるる。怖気から背すじが凍った。

「いやじゃ。このような所からは一刻も早よう抜け出さねば」

 その時、背後から地響きと共に重い足音が聞こえてきた。

ズゥン。ズゥン。

 一定のリズムでクイーンのいる方へ近づいてくるのが感じ取れる。

 ヨーゴス・クイーンは吊り上がった目を恐怖で見開くと反射的に近くの岩陰へ身を隠した。すぐ足元から激しい毒ガスが吹き上がり、うまい具合に紫の全身を隠してくれた。

白煙に身を潜めるヨーゴス・クイーンの脳裏に「あの時」の記憶が鮮明に蘇った。絶対に思い出したくない記憶だが、この状況ゆえか、記憶の奥の更に深いところからプッカリと浮かび上がってきた。

 

はぁはぁはぁ。

肩で息をしながらも、その女は白い有毒ガスの中を駆け続けている。

亡者だ。

薄絹一枚まとっていない。

 振り乱した長い髪と血のように赤い唇が女であろうと思わせるが、恐怖からか憎しみからか、目は吊り上がり口は頬まで裂けている。生前の面影などは微塵もない。

 この女亡者が人であった時、稀代の毒婦、殺人狂、などと呼ばれていたとしてもこれほどの凶相ではなかったであろう。

「おのれ!このようなところ必ず抜け出してくれる。何が悔い改めて転生せよじゃ!聞けば何千年もかかるというではないか。その間来る日も来る日も焼かれたり食われたり引き裂かれたり。。。あほらしい。そのような目に遭わされておとなしゅう反省などするものか!地獄など今すぐ抜け出して、わらわを貶めた者どもに復讐してやるのじゃ」

 怒りで噛み締めたキバが唇を突き破り血を噴いた。

 その時不意に背筋に冷たいものが走った。ただならぬ気配に振り返った亡者の眼前に天を突くような巨大な鬼が立っていた。

 亡者の皮でこしらえたボロボロの腰布1枚をまとった半裸ながら、鎧を身に着けているかと見紛う分厚い筋肉が全身を守っている。

 何より憤怒の形相ではるか上方から自分を見下ろす冷酷な視線に、その女亡者はこの鬼に歯向かうこと、この場から逃げることの無意味を悟った。

 それでも女亡者は猛然とダッシュした。意味が有ろうと無かろうと、この場で諦めておとなしくこの鬼に捕まるのは嫌だ!亡者となった無残な体であろうと肉が裂かれ、焼け焦げる痛みは同じだ。最後の最後まであがいてやる!諦めるものか!現世でのうのうと生きている人間どもに今一度ひと泡吹かせてやるまでは!

 巨木のような腕が伸びて女亡者の首を掴んだ。

ボキボキボキ!

ぐえ。

 首の骨が一瞬で握りつぶされて女亡者の口から盛大に血が噴き出した。

恨みに燃える目が一瞬白目になり、すぐまた元に戻った。

 意識は戻ったものの、鬼が握ったままの首の骨は砕かれたままだ。再び口から血を吐いて女亡者はまたこと切れた。

 これが地獄の恐ろしさなのだ。

 身を千々に引き裂かれ、焼かれて灰になってもすぐにまた蘇生する。しかし決して許されることなく無限に刑罰が続く。途絶えることのない苦痛に延々と苛まれるのだ。

 喉を潰され、うめき声も出せぬ女亡者は鬼の太い腕をかきむしったが、岩のように固い体表には髪の毛ほどの傷もつけられぬ。

 が、不意に鬼が女亡者の首を手放した。

「???」

 ごつごつした地面に転がされながら女亡者は鬼を仰ぎ見た。そこにはもうひとりの「魔人」がいて、鬼の右腕をひねりあげているではないか。

 やはり地獄の業火で焼かれたのか、顔には肉が付いていない。青白いドクロだ。見たこともない縞模様の毛皮のマントを身にまとっている。

 大柄だ。だがそれでも魔人の顔は鬼の胸のあたりだ。鬼の方がはるかに大きい。その鬼の右腕を左手1本でねじっているのだ。

―――何と、あの無敵と思われた鬼めをいとも容易く抑え込んでおる!

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

 その魔人は奇妙な声で笑った。

 そこで我に返った女亡者は四つん這いになって走り出した。

 あの魔人が何者であろうと、鬼がどうなろうと、そのようなことはどうでもよい。再び解き放たれたこの僥倖を逃してたまるか。

 駆ける!

 走る!

 逃げる!

 どこまでも逃げて逃げて逃げおおして蘇ってやる。悪事を働くために!

「その意気や良し!」

 突然頭上から声が降ってきて、女亡者は腰を抜かした。

ひっ!?

 見上げた先にいたのは先ほどの魔人だ。ひときわ大きな岩の上に立ってこちらを見下ろしている。

 女亡者は無意識に身構えた。

「た。。。たれぞ?」

 女亡者の声は何度も喉を握りつぶされたせいでしゃがれている。

 正面から見上げたドクロの顔には眉も目玉も鼻も唇もない。

 ただ、何もない眼窩の奥にはなにやら小さな炎が宿っているように見えた。

―――恨みじゃ。この魔人の目の奥に灯っておるのはまさしく恨みの炎。この魔人はわらわと同じ恨みでできておる。

 先刻の鬼とは違って女亡者はこの魔人に対して興味がわいた。

「問う。その方現世に蘇って余と共に悪事の限りを尽くすか!?いかなる苦痛も屈辱も呑み込み、己が力に変えて未来永劫余と共に魔物の道に精進するか!?」

 何者かも名乗らず頭上の魔人は問うてきた。

―――そうじゃ。それがわらわの望みじゃ。したい。そのようにしたい!

 女亡者は無意識のうちに首を何度も縦に振っていた。

「ならばこれを食え」

魔人が何かを投げてよこした。

どさり。

ひっ!

女亡者は後ずさって足元を見た。

そこには腕が落ちていた。

赤い腕だ。肘から下の辺りでスッパリときれいに切断されている。五指の先からはかみそりの如き鋭いツメが伸びている。

―――先刻の鬼の腕だ。

女亡者にはすぐ理解できた。この腕は魔人がひねりあげていた鬼のものに違いない。何かしらとてつもない呪力で切断されている。そうでなければこの堅固な筋肉の鎧は刃物では切れやしない。あの魔人の仕業なのか?

女亡者はあらためて頭上の魔人を見上げた。

「ここを抜け出して現世における修羅畜生道を往く覚悟ならば、その獄卒の腕を食らえ!食らい尽くすのじゃ!」

「現世に戻って、永劫の修羅畜生道を往く。。。」

女亡者はその腕を拾い上げて口に近づけた。ムンと異臭が鼻を突く。だが構わず親指の付け根に歯を立てて肉を食い破った。 

こみあげる嘔吐感をこらえながら次々と肉を噛みちぎり咀嚼する。骨すらも噛み砕いて飲み込んだ。鋭い骨の先端が喉を傷つけても無理やり飲み下した。

知らぬ間に女亡者は泣いていた。人ではない亡者の姿がひと口ごとにさらに変貌する。

鬼の肉に込められた呪のせいか、女亡者の体は獣の様相を呈してきた。やせこけた体にみるみる肉がつき、どぎついピンクの体毛が伸びた。

その姿はもはや亡者ではなく、全身から毒のオーラを立ち昇らせる魔物だ。

ゆっくりと立ち上がるその傍らへシャレコウベ顔の魔人が歩み寄った。

「気分はどうじゃ?」

「ふうう。よい気分じゃ。わらわは生まれ変わった。そなた様によって新たな存在としてここに生まれ変わったのじゃ」

「我が名はタレナガース。悪の秘密結社ヨーゴス軍団の首領である。そなたはヨーゴス軍団の大幹部、クイーンとなれ。そしてヨーゴス・クイーンと名乗るがよい」

「ヨーゴス・クイーン。。。これよりわらわはタレナガース様と共に災いの化身となることを誓いまする」

 

やがて重い足音と共に姿を現したのは体長10メートルほどもある巨大な恐竜だ。頭頂部からはねじくれたドリルの如き角が垂直に伸びている。爬虫類独特の冷たい目。全身を覆う刃物の如きウロコ。ヨーゴス・クイーンなどひとくちで丸吞みしてしまいそうな大きな口と地獄の責め具の如きキバ。

白い有毒の蒸気の中でヨーゴス・クイーンは己が口を両手でふさいで息を潜めた。

その甲斐あってか、巨大な恐竜はクイーンに気づかぬままそのまま歩き去った。その後にはボタボタと振り撒かれた粘り気のある液体が落ちている。ヤツのヨダレだ。あれほどの巨体を維持するにはかなりの獲物を食らわねばならぬはずだ。おそらく四六時中空腹なのだろう。

―――なんじゃあのけったいな恐竜は?

用心しいしいヨーゴス・クイーンはガスの中から出た。

地獄にはあのような奇怪な怪物はいない。

ならばここは。。。?

クイーン自身、あの頃よりタレナガースの呪術によって幾度か体を強化改造した。阿波に伝わる山犬の一族の生き血も飲んだ。もはやあの時の大きな鬼にも引けは取らぬ筈だ。

だがこの見知らぬ世界で迂闊に戦うわけにはゆかぬ。

間違いなくあれと同じような怪物が他にもいるはずだ。闘っている間に他の怪物に見つかって取り囲まれたら勝ち目はない。やはりしばらくはやり過ごす手だ。

ヨーゴス・クイーンは赤みがかった不吉な空を見上げて「ううむ」と唸った。

 

3)邂逅

「変よ。絶対に変」

 エリスのこのセリフはもう何十回目だろうか?

 この奇怪な世界に来てからおそらく2〜3分に1度は言っている。

 エディーとエリスはかれこれもう1時間この同じ景色の中を歩いている。 

 雲も太陽もない赤みがかった空。地面は固まった溶岩のようにゴツゴツしていて今にも溶岩が噴き出しそうな熱気が伝わってくる。活火山の火口近くにでもいるのだろうか?

 あちらこちらに池がある。真っ赤な水面からは白い煙を盛大に立ち昇らせている。

 別府にある血の池地獄の赤をもっと濃厚にした感じといえばイメージできるだろうか。

 あちらは熱い酸化鉄やマグネシウムのせいで赤くなっているらしいが、ここの池の赤はどう見てもそれとは違う。思い当たるものがあるが、考えたくはない。

 エディーの体内にある警告ランプがさきほどから点滅し続けている。どうやら池の中へは入らぬ方が良いようだ。

 視線を上に向けると、遠くに岩山のようなものが微かに見えている。あそこへ登れば少しはこの世界の様子がわかるかもしれない。

 エディーはエリスを励ましながら歩き続けた。

―――しかし、エリスの言う通りこの世界は変だ。どう考えても変だ。

 エディーはヨーゴス軍団の洞穴での戦いからもう一度記憶を辿ってみた。

 後ろから襲いかかった戦闘員を前方のタレナガースめがけて力任せに投げつけて、そいつが機械の上に落ちて、すごい光が放たれて。。。そこで記憶がおかしくなっている。気がついたらこの世界で倒れていたのだ。

 すこし離れたところにはエリスも倒れていた。彼女の記憶を確かめたが、自分のものと大差なかった。

 その時、前方の池から叫び声が聞こえた。

ギャギャアア!

キキイイイイ!

 ふたりの渦戦士はすぐさま反応した。

「誰かいるのかしら?」

「行ってみよう」

 異なるふたつの叫び声はとても人間のものとは思えなかったが、万一同じようにこの世界に飛ばされた人がいるとしたら、見過ごせない。

 赤い池から立ち上る大量の白い煙のせいで視界が極端に悪いが、間もなく視界に何かの大きな影が認められた。

「気をつけろエリス」

「ええ。大きいわね、モンスターかしら?」

 用心しながら白煙をくぐりぬけると、思いもかけない景色がふたりの目に飛び込んできた。

「怪獣だ!」

「戦闘員?」

 巨大な龍が赤い池から首を出している。池と同じ真っ赤に燃える目が見据えているのは池のほとりにいる数人の人影だ。

 ドクロマークのヘルメットに顔全体を覆うガスマスク。迷彩色のコンバットスーツに身を包んでいる。ヨーゴス軍団の戦闘員たちである。

 4人いる。

ゴアアアアア!

 龍が戦闘員たちに襲いかかり逃げ遅れたひとりを口にくわえた。

キキイイイ!

 耳を覆いたくなるような悲鳴があがった。

 龍の鋭いキバと頑強なアゴが戦闘員の体を粉砕する。

 池の岸に残された3人の戦闘員たちは何とか助けたいのだろうがどうすることも出来ずにいる。

 龍の口の端から力なく垂れた腕と足が喉の奥へと消えてゆくのをただ見ている。次は自分たちが標的となるのに、だ。

 そのようすを呆然と見ていたエディーとエリスは同時に駆けだした。

「逃げろ戦闘員!」

「池から離れるのよ!」

 突然かけられた声に驚いて見れば宿敵の二人だ。さらに驚いた戦闘員たちは完全にパニックに陥った。

グロロロ。

 池の龍が次なる獲物の品定めをし始めた。

 エディーは手の平に意識を集中し、そこに青い光のソードを造り出した。

「エディー・ソード!」

 その光にいち早く反応したのはほかならぬ龍だ。ソードが放つこの世界とは異質のパワーを感じ取ったのだ。

グラアア。

 走りながらソードを下段に構え、エディーは龍に向けて一気に振り上げた。

「タイダル・ストーム!」

 空を切り裂いたソードは己が刀身に宿した渦パワーを光の鎌に変えて飛んだ。

シュウン!

 光の鎌は龍の鼻先をかすめてその背後へと飛び去った。エディーの一撃は威嚇のものだったのだ。

 だが思惑通り龍は突然の攻撃に驚いて巨大な首を後方へ引いた。

 その隙にエディーとエリスは戦闘員たちの腕やら首根っこやらを引っ掴んで白煙の中へ飛び込んだ。

 我に返った龍のキバがすぐ背後でガチン!と嫌な音をたてたが、5人は間一髪で白煙の向こうへと姿を消した。

 

「さあ、聞かせてもらおう。ここはどこなんだ!?」

キイキイ。

 先刻の赤い池から現れた巨大な化け物に食われようとしていた自分たちを助けたのはこともあろうに宿敵エディーとエリスだった。

 3人の戦闘員たちは完全にパニックに陥っている。

 助かったのか?更なる窮地に陥ったのか?

3人ともキィキィと鳴きながら心細げに肩を寄せ合っている。

「キイキイ言ってないできちんと説明しろ!」

キキー。

「お前な。。。」

「わからないってどういうことよ?」

―――え?

「あなたたちが襲ってこない限り、もう殴ったり蹴ったりしないから話してごらんなさい」

キキュキュキュキイ

「気がついたら全員ここにいたですって?それじゃあ私たちと一緒じゃないの」

「エ、エリスさん。。。?」

 何か問いたげなエディーを手の平で制してエリスは戦闘員との会話を続けた。

キッキッキ。

「ふたり、やられたのね」

キキイイイイイイキキキ。

 会話が軌道に乗ってきたようだ。戦闘員は身振り手振りで何かを懸命に訴え続けている。

「ええ。ひとりはさっきやられるところを見たわ」

キッキッキイイイイキキキィキィ。

「もうひとりは空からのヤツに?そう、掴んで連れていかれたのね」

はぁ。

 戦闘員からこの場所のヒントになりそうな情報は得られないようだ。エリスは肩を落とした。

 が、エディーは戦闘員のキーキーいう鳴き声と意思の疎通を成し遂げたエリスを驚愕と尊敬のまなざしで見つめている。

―――我が相棒ながら、底知れない能力の持ち主だな。

 エリスの態度に戦闘員たちは少し落ち着きを見せ始めたようだ。タレナガースもヨーゴス・クイーンもこんなふうに話を聞いてくれたことはない。

 エディーも今の戦闘員たちに戦闘の意志はなさそうだと感じていた。しかしそれでもこいつらはヨーゴス軍団なのだ。

「どうする?こいつら、一緒にいても大丈夫かな」

 同行者とするにはまだ信頼しきれぬ。心配げなエディーだが、エリスは腹を決めたようだ。

「大丈夫よ。ね、私たちと一緒に行きましょう」

キィ。。。

 申し訳なさそうに頷く戦闘員たちにエリスは笑顔を投げかけた。

「オッケー。じゃあまず名前を決めましょう」

「ええ!?」

キ!?

「驚かなくてもいいじゃない。名前が無いと不便だわ。まぁあのタレナガースたちのことだから、どうせ名前も付けてもらってないんでしょう?」

 エディーもエリスの突拍子もない提案にあきれている。

 エリスは3人をじっと見つめてポンと手を打った。

「あなたがパンピー、そしてプンピー、最後にあなたがポンピーね。わかった?」

 敵の手中に落ちた人質のごとく身を寄せている戦闘員たちひとりひとりを指さしてゆく。

「違いなんてまったくわからない3人に名前をつけたところで識別などできないじゃないか」

 エディーの戸惑いももっともだがエリスは驚いた表情だ。

「なんでわかんないのよ!?エディーってば観察力なさすぎ。ホラこの子がポンピー。で、この子が。。。」

「わかったわかった。それでいこう」

 観察力の話をされれば、そりゃエリスには勝てっこない。エディーは早々に白旗を揚げた。

ピッピピキー。

キキィポキィ。

キキキキパー。

 それから一行は白煙の向こうに見える岩山をめざして再び歩き始めた。

 3人の戦闘員たちは生まれて初めて授けられた名前に戸惑っているのか興奮しているのか、しきりに互いを呼び合っている。

 そうこうしているうちにどうやら血の池エリアを無事脱したようだ。

 途中、低空を飛行してくる巨大な昆虫型生物の襲撃を受けた。全身に小さな目を持つ奇怪なバッタの化け物だった。全長数メートルもある巨大な肉食昆虫は、顔の中心にあるバスケットボールのようなまん丸いひときわ大きな複眼の下にシュレッダーのような無気味な口がある。グルグル回る金属的な歯が恐怖を駆り立てたが、その時はいち早く気配を察した戦闘員たちが騒ぎ始めたため、一行はあたりに漂う白煙の中に身を伏せて事なきを得た。

 目指す岩山は目前だ。だが、岩山が近づくにつれて何か嫌な音が聞こえ始めていた。油の切れた大きな機械が唸っているような、大勢の人間たちが苦悶の声を発しているような。。。

 その時パンピー、プンピー、ポンピーが同時に足を止めた。皆同じ方向を見つめている。

「何?どうしたの?」

「何かいるのか?モンスターか!?」

 エディーも咄嗟に身構えて周囲の気配を窺う。

キッキキキィ!

 戦闘員たちが一斉に同じ声を上げた。

「なんですって、ヨーゴス・クイーンが?」

 

 ザラザラと足元が崩れる不安定な斜面を苦労して登りつめた一行が数十メートル先に見たものは。。。

「本当だわヨーゴス・クイーンよ!?」

 その岩場にいるのは紛れもなく紫の魔女ヨーゴス・クイーンだ。

「闘っているのか?相手は。。。?」

「いやだ。恐竜よ!」

 エディーたちは我が目を疑った。

確かに恐竜だ。3体に囲まれている。しかもどうやらただの恐竜ではない。眉間から、背中から、肘から、膝から、湾曲したナイフのようなトゲが無数に生えている。こんな恐竜がはたして実在したのだろうか?

 つい最近観たB級映画の「ジュラシック・ライオット」に出てくる殺人兵器に改造された太古の恐竜そっくりだ。

3体が等間隔にクイーンを取り囲んでいる。体長はざっと3メートル。人間にとっては最も厄介な大きさと言えるかもしれない。

 ヨーゴス・クイーンは愛用の電撃ハリセンをふるって3体の殺戮者どもと戦っている。

 敵は素早いが、ヨーゴス・クイーンもハチのように舞いながら電撃ハリセンを恐竜どもの腹や首に巧みに撃ち込む。

バチン!バリバリ!

ぎゃおおおお!

 ハリセンが1体の恐竜の目にヒットして眩い閃光と共にのけぞったその恐竜は首をガクリと垂らし、力なく横倒しになった。

「とどめじゃ!」

 ヨーゴス・クイーンが最大出力の電撃ハリセンを振り上げた時、横合いから他の2体の恐竜がキバとツメを光らせて飛びかかったため、クイーンは大きく後方へ跳んだ。

―――ちっ。

 そうしている間に倒れた恐竜も頭を振りながら再び立ち上がる。こいつらは間違いなく連携を取りながらチームプレーで戦っている。ヨーゴス・クイーンは敵を仕留めるための最後の一撃が打ち込めずにいた。

 さすがは軍団を率いる大幹部だけあって、ヨーゴス・クイーンも1対1なら殺戮型肉食恐竜にも引けは取るまい。だが1対3では。。。

「多勢に無勢だな」

 戦況を見ていたエディーとエリスは顔を見合わせた。

―――助けるべきか、否か?

「どうするの、エディー?」

 宿敵を助けるという選択肢が彼らの脳裏にあること自体驚くべきことではあるが、やはりふたりは迷っていた。

 助けたからといって恩に着る相手ではない。エディーの助力すらも我が身の幸運、つまりは己の力だと考えるやつなのだ。ましてや改心など万が一にもするはずがない。

 その時だ。

キキピー!

キキキッキー!

 雄叫びを上げて3人の戦闘員たちが駆け出した。武器などない。ただ拳を振り上げて走る。

「おい!?」

「あなたたち、待ちなさい」

 苦戦するヨーゴス・クイーンを助けるための躊躇ない行動だ。

 エディーとエリスは顔を見合わせた。

「。。。仕方ない」

 

「!?そのほうら、来ておったのか?」

キキーーー!

 電撃ハリセンを三方に振るいながらヨーゴス・クイーンは思わぬ増援に驚いた。

 3人の戦闘員たちは阿吽の呼吸で1体の恐竜に同時に飛びかかった。非力ではあるが、それでも首、腰、足にまとわりつかれたのでは恐竜のほうもさぞ動き辛かろう。

 怒りの唸り声を上げて振り払おうとするが、戦闘員も必死でしがみついている。

「隙ありぃ!」

バチイイイン!

 動きを封じられた恐竜の脳天に電撃ハリセンがクリーンヒットし、頭骨を粉砕して脳天からつま先までを稲妻が貫いた。

ぐ。。。ぐるる。

 白目をむき、直立したまま真後ろに倒れた恐竜はピクリとも動かない。

 そこへ残りの2体が左右から襲い掛かる。

「戦闘員ども!」

 ヨーゴス・クイーンの号令の元、2人と1人に分かれた戦闘員たちは左右の恐竜へ飛びかかった。

ガガッ!

ドン!

キィィィ。。。キュー。

 だがいずれも強靭な頭部のひとふりで弾き飛ばされてしまった。さきほどは背後からの不意打ちだったが、今回は正面から飛びかかった。1人であろうと2人であろうと、突進する恐竜のパワーを抑えることなど到底不可能だ。

キキーーー。

「ちっ、使えぬ者どもじゃ」

 舌打ちをしたヨーゴス・クイーンは飛びずさって距離をとる。

―――さっきと違って大きく左右に分かれたゆえかえって的が絞り難うなったわえ。

 わずかな躊躇がヨーゴス・クイーンに生じた。恐竜の巨体はスピードに乗って目前だ。

―――いかん、遅れた!?

ヒュウウン!

「む、なんじゃ!?」

 その時いずこからか飛来した青い光の鎌が回転しながら右から来る恐竜の側頭部に命中してパァン!と爆ぜた。猛スピードで襲いかかってきた分、恐竜のダメージは大きかったようで、2,3歩よろけるとストンと尻もちをついてしまった。意識が朦朧としているようだ。

おりゃああああ!

 そこへ気合と共に走りこんできたのは。。。

「ゲゲッ!エディー!?」

 今度こそヨーゴス・クイーンは腰を抜かした。

 エディーは大きくジャンプするや、最後の恐竜の胸板に電光のキックを打ち込んだ。

 青黒い胸がグシャリとへこんで、恐竜は後方へ飛ばされて動かなくなった。

「やったぜ。一撃必殺!」

 到着したエディーとエリスを睨みつけるヨーゴス・クイーンは身構えたままだ。クイーンにとっては凶暴な恐竜3人に囲まれたよりも悪い状況に違いない。

「それ戦闘員ども、かかれ!エディーとエリスを攻撃するのじゃ」

 キツイ口調で命じられ、戦闘員たちは皆一斉に「キキッキー!」と威勢よく声を上げるが、その場で駆け足をしているだけで一向に前へ進もうとしない。

「そのほうら、わらわをおちょくっておるのか?この電撃ハリセンで秒殺してくれようか!?さっさと攻撃せぬか」

 吊り上がったハチの目を更にキツくしてハリセンを振り上げるヨーゴス・クイーンの前へエリスが立ちはだかった。

「やめなさい。仮にもあなたの仲間でしょう?」

 ヨーゴス・クイーンはまたしても驚いた。

 自分の攻撃命令に戦闘員たちがためらいを見せ、そんな連中を敵であるエリスがかばっている。

―――何がどうなっておる?

「彼らとは途中で出会って、ここまで一緒に行動してきたんだ」

 エディーが状況を説明した。

「なな、なんと。おめおめと敵につき従うてきたというのか?情けなや。まこと万死に値する」

 ヨーゴス・クイーンの怒りが沸点に達した。

「落ち着きなさいよクイーン。さっきあなたが恐竜に囲まれて苦戦していた時、正直私もエディーも助太刀したものかどうか迷ったわ。でもこの子達はあなたのもとへ駆け出したのよ、武器も無く勝てる見込みもないのに、あなたを助けようと。。。」

「うるさい!!!」

 ヨーゴス・クイーンがエリスをねめつけた。

「戦闘員ならば我が身を挺して大幹部であるわらわを助けるのは当然のこと。恩着せがましくぬかすことではない!」

 ヨーゴス・クイーンはつかつかと戦闘員に近寄ると

「この!」

ガスッ!

「腰抜けの!」

ドカッ!

「役立たずめが!」

バシッ!

 罵りながら3人の尻に容赦ない蹴りを叩きこんだ。

 先端が尖った凶器のようなブーツによる強烈な蹴りが戦闘員たちのお尻を直撃し、おしりがへしゃげて彼らはうまく立っていられなくなってしまった。

「パンピー、プンピー、ポンピー、大丈夫?」

 エリスが慌てて駆け寄りお尻を撫でてやった。

「パパ。。。ポン。。。ピー?なんじゃそれは?」

「この子たちの名前よ。悪い?」

ひょっひょっひょっひょっひょ。

「名前じゃと?こやつらにそのようなものもったいないわ。どうせ何のことやら理解もできぬであろうに」

 再び戦闘員たちを足蹴にせんとするヨーゴス・クイーンの前に今度はエディーが立ちはだかった。

「よさないかクイーン。確かに知能も戦闘力も劣るが、彼らは仲間を庇いながらここの化け物と戦っていたし、今みたいなひどい目に遭わされてもお前を慕っているじゃないか。どうしてお前ひとりがそんななんだ」

 エリスほどは戦闘員に気持ちを許していないエディーだったが、それでもさすがに見ていられなくなった。

「庇う?慕う?ケッ!笑わせるでない。こやつらはタレ様によって、我らに絶対的忠誠を誓うようにプログラムされておるのじゃ。それだけのことじゃ。弱いゆえにひとりでは心細くていつも固まっておるだけじゃ。ただの捨て駒ぞ!」

「そう、わかったわ。やはりあなたとは1ミリもわかり合えないようね」

 どこまでも悪態をつくヨーゴス・クイーンにエリスも覚悟を決めたようだ。

「同じ軍団同士、ここでこの子たちをあなたに預けようかとも思ったけど、やめた。この子たちは私たちが連れてゆくから」

ピッピキピー?

 プンピーが奇声を上げて仲間二人を見た。

「ふん!好きにせよ。いらんわ、そのような腰抜けども」

キキピッピー!

 パンピーがヨーゴス・クイーンに何かを訴えたようだ。

「知るか!その代わり元の世に戻ったら覚悟いたせ。タレナガース様がおのれらをどうなさるかのう?ひょっひょっひょ」

ピッキキピッキキ!

 タレナガースの名を聞いてポンピーが震えあがった。

「いいのよ。あなたたちはもうヨーゴス軍団とは縁を切りなさい!私とエディーがちゃんと面倒みてあげるから」

「お。。。おう」

 エディーも頷いている。

「場所が場所ゆえ、とりあえずこの場は見逃してしんぜよう。じゃが次出会うたら覚悟せよ。戦闘員どももじゃ!」

 邪悪なまなざしで5人を順番にねめつけながらそう言うと、ヨーゴス・クイーンはクルリと背を向けて歩き出した。

「ふん!この地獄から抜け出す方法も知らぬくせに、偉そうに」

 エリスが「え?」と振り返った時にはヨーゴス・クイーンは足早に遠ざかって行った。

―――今、地獄って言った?

 

4)魔人の追跡

ゴッ。

「あてっ!」

 タレナガースは頭をさすった。

 暗いアジトの中で四つんばいになって這い回っていたタレナガースは頭を機械の角にぶつけてチェッと舌打ちした。

ふう。

 地べたにあぐらを組む。

 昨夜ヨーゴス・クイーンが企んだ無謀な実験と乱入したエディーたちのせいで起きた大爆発で連中は「消滅」した。

爆風によって粉々にされたかとも考えたが、それにしては衣服の切れ端ひとつ残っておらぬ。あまりにキレイな消えっぷりだ。

となれば。。。?

 

―――このような閉鎖空間であまりにも強烈な爆発が起こったため、時空なだれを起こしてどこか他の時空へ放り込まれたのじゃろう。そうに違いない。

 問題は、一体どこへ飛ばされたのか?ということだ。

 タレナガースはアジトの床に撒かれている砂を指先でつまんだ。赤みがかった粗い砂だ。タレナガースはこの赤い砂に見覚えがあった。手がかりとしては乏しいが、確信を得るには十分だ。

「超恐竜の世界。。。間違いあるまい。白亜紀末の恐竜どもが隕石衝突のショックで時空を超え、生き残った種が6千数百万年もの間に独自の進化を遂げた超弱肉強食のバトルワールドじゃ。これまた面倒な所に持っていかれたものよ。クイーンめ今頃超攻撃型に進化した恐竜どもに追いまくられ、腹立ちまぎれに戦闘員のケツでも蹴り飛ばしておるであろうよ。。。ふぇっふぇっふぇ」

 だが面白がってばかりもいられない。シャレコウベの魔人は思案した。

―――さてどうしたものか?エディーどもが他所へ飛ばされたのは好都合だ。それはよい。。。が、問題はクイーンじゃな。

 己が作り上げた軍団の大幹部である。余計なことをして話をややこしくすることもあるが、狡猾さと残虐さはピカイチだ。

 その昔、偶然地獄で出会った1匹の女亡者に、燃えるような憎悪と怒り、底知れぬ執念を感じて声をかけた。それから何百年もの間タレナガースとヨーゴス・クイーンは行動を共にしてきた。

 だからといって愛着などという想いは持ち合わせていない。利害が合致しない場合や己に危険が迫る場合などは躊躇なく見捨てる。だがそれはヨーゴス・クイーンのほうでも同じであろう。タレナガースの圧倒的な強さが万一弱体化すれば、たとえ首領であろうとも、いかに自分を地獄から救い出した恩人であろうとも、いつでも牙をむくに違いない。

 それでいい。

 それでなくてはヨーゴス軍団の大幹部など務まろうはずもない。

 しかしヨーゴス・クイーンは時空の壁を越えるすべなど知るまい。こちらから迎えに行かねば連中は未来永劫超恐竜の世界を彷徨うことになる。

 大幹部ヨーゴス・クイーンと宿敵たる渦戦士ふたり。天秤の針はどう振れる?

「元は十分取れる。。。が」

 ボソリと呟いてアジトの外を見た。

 間もなく夜が明ける。

 タレナガースは再びアジトの中に視線を戻し、ヨーゴス・クイーンが無理やり接続させた4つの黒コゲ機械を眺めた。

「毎度毎度無茶しおって」

 ボソリとひと言残すと、ケモノのマントを体にきつく巻きつけて洞穴のアジトを後にした。

 

ゴラアアアアアア!

ひえええええええ!

 足元の堅い岩盤を割って巨大な怪物が頭をもたげた。

 首の周囲には放射状に伸びるツノを持ち、額からは2本のドリル状のツノが伸びて高速で回転している。鼻先がとがった全体的に円錐形の頭だ。顔の左右に細い目がついていてしっかりとヨーゴス・クイーンを睨んでいる。

「ち、地底から恐竜じゃと!?」

 盛大に岩石を弾き飛ばしながら地上へ這い上がる。全長は約20メートル。人間くらいの大きさの獲物ならペロリとひと呑みだ。

ひいいいいい。

 これほど巨大なヤツが相手となると電撃ハリセンも効果が無い。

―――マズイマズイマズイ。。。普段は地中におるような連中がわざわざ危険を冒して地上に出てくるからにはかなり腹を減らしておるに違いない。動くものは何でもひっ捕まえて頭からバリバリ食らう所存であろう。わらわは魔物じゃから食うてもまずいと言うても小石くらいの脳みそでは理解できまいのう。

 逃げるしかない!

「まったく何なのじゃこの世界は!?ツノがグルグル回転して穴を掘るような恐竜なんぞ聞いたことが無いわえ。無茶苦茶じゃ!」

 

「さて、必要な品物はこれで揃ったのう」

 タレナガースは平らな石のテーブルの上に並べられた物を眺めて笑みを浮かべた。

 何かの草の根、木の皮などもあれば爬虫類、虫や地中の小動物、小魚など動物の頭部、内臓など気味の悪いものもたくさんある。

 それらを薬研に放り込むと薬研車でゴリゴリとひき始めた。

 ひいては加え、またしばらくひく。やがて薬研の中には表現のできない色合いのドロドロした液体が溜まっていた。常人には耐え難い異臭がたちこめている。

 やがて熱湯を満たした大釜にそれらを流し込み、さらにいくつもの瓶からさまざまな液体を加える。ほんの数滴垂らしたものもあれば、ひと瓶まるごと流し込んだものもある。

 ぶくぶくと沸騰していた釜の液体はボコボコと泡立ち始め、次第にボコッボコッとはじけるような大きな気泡が湧き始めた。

 大きな木のしゃもじでゆっくりと釜の中身を混ぜながら、タレナガースは途切れることなく何かの呪文を唱え続けている。

 そんな作業を4時間あまり。

 大きな釜の内側には堅い粘土のような物体がこびり付いていた。

 タレナガースはそれをヘラでこそぎ取ると石のテーブルに出し、ひとつに集めて手で丁寧に練り始めた。そして少し柔らかさを増したその物体で何かの形をこしらえ出した。子供が粘土遊びをしているようにも見える。

 そしてさらに1時間後。

「出来たわい」

 石のテーブルの上にはペットボトルほどの細長い物が乗せられていた。よく見ると湾曲していて先端が尖っている。タレナガース自身の鋭いツメを象っているようだ。

 粘土のツメを手にとって、タレナガースは無気味にニヤリと笑みを浮かべた。

「タレナガース様特製『裂くちゃん』じゃ。時空を隔てる壁を裂く!魔のツメよ。さぁて、クイーンを迎えに行くとするか」

 

ギャアアアアアン!

ゴオオオアアアア!

 雷鳴のような叫び声とともに2匹の巨大肉食恐竜が争っている。片方は二足歩行、もう一方は四足歩行だ。上背で勝る二足歩行恐竜が上から押さえつけて首根っこに噛みつこうとしている。

 食わねば食われる。

 単に肉食恐竜が草食恐竜を襲っているのとはわけが違う。どちらも相手の肉を食らいたいのだ。

「きゃあ!いつまで争っているのよ。いい加減仲直りしなさいよぉ」

 エリスが岩陰で頭を抱えて文句を言う。

「残念ながらあいつらは喧嘩しているわけじゃなさそうだ。勝った方が負けた方をエサにする。食うか食われるかのせめぎ合いなんだぜ、きっと」

 エディー一行は相変わらず当てどなくこの世界を歩いていた。そして突如現れた2匹の巨大恐竜の戦いに巻き込まれてしまったのだ。

 強烈なケモノ臭に混じって、ツノとツノがぶつかり合う時のすえた臭いがエディーとエリスを包む。

四足歩行恐竜が近くの池に走りよって赤い水を飲み始めた。生きるか死ぬかの瀬戸際に水を飲んでいる余裕などあるのか?

案の定二足歩行恐竜が背後から襲いかかる。

その時、水を飲んでいた四足歩行の恐竜が振り返って口から炎を吐いた!

ゴーーーー!

ガアアアア!

「火を吐いたぞ!」

「そんな恐竜いる!?」

エディーたちは腰を抜かした。

浴びせられた炎に頭から突っ込んだ形の二足歩行恐竜は全身を焼かれ、やがて絶命した。

勝負あった。

勝ちを得た四足歩行恐竜は焦げ目のついた獲物の体に深々とキバを突き立ててその肉を食らいはじめた。

 勝った恐竜が空腹を満たしている間にエディーたちは身を隠していた岩陰から急いで脱出した。

「あの赤い水を飲むことで、体内でなんらかの化学変化を起こして炎を発生させているのかしら。。。?」

エリスは恐竜の必殺技に興味津々のようだ。

「それにしてもこの世界ってば、映画の恐竜ワールドそっくりね」

「うん。だけど少し違うのは、ジャングルがないこと。草食のおとなしい恐竜をぜんぜん見かけないこと。それに、あんな攻撃的な姿の恐竜は図鑑でも映画でも見たことが無いこと、かな」

 エディーの言うとおりだ。

 恐竜たちはどいつもこいつもトゲやらツノやらキバやらが大きく長く、やたらトゲトゲしているし、中には炎を吐くヤツまでいる。どこまでも攻撃に特化した超攻撃型生物ばかりだ。

「つまり、エサとなる草食恐竜を全部食い尽くして肉食恐竜だけが残っちゃって、今度は強い肉食恐竜を倒すためにより強く進化したってこと?」

「たぶんね、まぁ想像だけど」

 なるほど納得できる想像ではある。しかし進化とは。。。いったいこの世界は何なのだ?考えれば考えるほどに謎は深まる一方だ。

 先刻ヨーゴス・クイーンが言った「地獄」というのはこういうことなのか。

この世界は弱肉強食地獄だ。

 だがこの世界がどうであれ、エディーたち一行の課題はこれからどこへ向えばよいかということだ。いったいどこでどうすれば元の世界へ戻れるのか?渦のエナジーで形成されたスーツに身を包んでいる限り周囲の環境に左右されず空腹もほとんど感じない。

 しかしいつものカフェのピザトーストが食べたいなぁなどと考えるとなんだか悲しくなってきた。

キキ。。。キィキィ

 ポンピーが心配げにエリスを見た。ヨーゴス軍団の戦闘員がはじめて見せる気遣いにエリスは笑みを浮かべた。

「慰めてくれているの?やさしい子ね。ありがとう、私は大丈夫だから」

 エリスを囲んでキィキィ言う戦闘員たちを見てエディーもなんだか心が和んだ。悪の化身タレナガースが、活性毒素と闇の呪術を駆使してこしらえた呪われし人工生命体である戦闘員にも仲間を思いやる気持ちがちゃんと芽生えている。タレナガースと一緒にいれば悪に染まっても、そうでなければ彼らにも正しい心がちゃんとある。

―――見ているかタレナガース。どんなに悪事を企んでも、結局お前はことごとく敗れるんだ。

 その時前方からけたたましい轟音と共に何かが近づいてきた。

ガガガガガン!

ゴララララア!

ひええええい!

ドガドガドガ!

しえええええ!

「ナニナニナニ!?何か来るわ」

「恐竜か?」

 真正面から自分たちめがけて一直線に近づいてくる。今度は身を隠す岩場も洞穴もない。

「来た!みんな気をつけろデカイぞ!」

 首の周囲に放射状に伸びるツノを持つ重戦車の如き四足の恐竜が周囲の岩を砕き散らしながらエディーたちのほうへ走ってくる。

鼻先から突き出たねじくれた長いツノがドリルのように回転している。

「みんな下れ!」

エディーがエリスたちを庇って前に出る。

「やだ!なんでこっちへ来るのよ」

キキキッキキッキキッキキー!

「なんですって?」

 巨大恐竜の少し前を死に物狂いで走るのは。。。

「ヨーゴス・クイーン!?またあいつなの?」

 恐竜のお目当てはヨーゴス・クイーンだったのだ。

「岩陰へ走れ。早く!」

 エディーが大急ぎで練成させたエディー・ソードを上段に構える。

「タイダル・ストーム!」

 かけ声とともに一気にソードを振り下ろす。エディーの気合が刃に伝わり、刀身に満ちた渦のパワーが鋭い三日月の光弾となって発射された。

バアアアン!

 回転する鼻先のツノに命中した光弾がはじけて閃光を放った。

バッチイイイン!

渦の青い光弾はツノに命中したが、高速回転によって天空へ弾き飛ばされた。

「あれが効かないのか!?」

エディーは驚いた。今まで闘ったことのないような重量と突進力、加えて回転するツノなどというヨーゴス軍団並みに常識はずれの武器を持つ大型恐竜のタフネスさゆえだ。だが、まったく効いていないというわけでもない。

ぐ。。。ぐらあ。。。

鼻先の回転ツノに加えられた衝撃はそのまま脳に伝わったか?恐竜は突進の勢いを緩め、わずかに左右によろめいた。

ていやあああ!

その機を逃さずエディーは恐竜の真上へ大きくジャンプした。

高高度からの爆撃機型神速かかと落としだ。

ドスン!

鈍い音と共にエディーの右のかかとが恐竜の回転ツノのつけ根に食い込んだ。

ズズウウウン。

光弾の衝撃の直後に加えられた直接ダメージがとどめをさした。

巨大恐竜はグルリと白目をむいて唸り声ひとつ上げられずに倒れた。

 危機が去ったことを察したヨーゴス・クイーンは気を失っている恐竜のツノを力いっぱい蹴飛ばすと、エディーたちを睨みつけた。

「ふん、余計なことをしおる。わらわだけでも逃げ遂せたものを」

「はいはい。わかってますよ。ただ、どっかの誰かがドデかい恐竜を引き連れてわざわざこちらに逃げてくるものだから、その恐竜をやっつけるしかなかっただけだから。どっかの誰かを助けるつもりなんてこれっぽっちも無かったから」

フンッ!

その時ヨーゴス・クイーンの表情がにわかに引き締まった。

―――この気配は。。。タレ様!?

 

きええええい!

バシュ!

裂ぱくの気合と共にタレナガースが「裂くちゃん」を振り下ろした。

何もない所で素振りの練習でもあるまい。タレナガースの右手には先刻形成し終わったばかりの「裂くちゃん」が握られている。

時空の壁を切り裂く「裂くちゃん」なのだ。その先端の鋭いツメが空間を切り裂き異なる時空への扉を開ける。。。はずであったが。

あやや?

何も無いはずの空間がパチパチと細かい火花を散らしている。ひと筋の細い光の裂け目ができているではないか。

しかしタレナガースの巨体がくぐり抜けるにはちと狭い。少し小柄なヨーゴス・クイーンでも頭を突っ込むのが精一杯だろう。とても大の大人がくぐれるほどの大きさの穴ではない。

しかもタレナガースに握られた、悪魔の手から切り取ったような指の先端があらぬ方向に折れ曲がっている。目に見えない時空の壁に傷をつけた際の衝撃によるものだろう。

裂くちゃんによる初撃は、時空の壁を充分斬り裂くには力不足だったようだ。

「むう、いまひとつ強度が足りぬか。。。こりゃ作り直すしかあるまいのう。まぁよい。材料はまだ残っておる」

タレナガースは折れた裂くちゃんをしげしげと眺めた。

だがまさにこの時、恐るべき時空に飛ばされたヨーゴス・クイーンだけはタレナガースの行動を察知していたのだ。

 

「ここ見て、ホラこの恐竜のツノのつけ根の筋肉」

エリスが指さすあたりを皆覗き込んだ。

恐竜はエディーのかかと落としで脳震盪をおこして昏倒しているが、時々ピクリと痙攣して戦闘員たちはヒッ!と飛びずさった。

「ツノのつけ根の筋肉が渦巻状に捻れているでしょう?この筋肉がずぅっと。。。」

エリスの人差指が、皆の視線を引き連れながら鼻先から眉間を通って首、そして背中へと移動してゆく。

「駆けている時の背中の筋肉や、頭を上下させる時の首の筋肉の動きがツノのつけ根に伝わって、この捻れた筋肉を動かし、焼き物のろくろに似た原理でツノを回転させているんだわ、きっと」

エディーとヨーゴス・クイーンが並んで「ふむふむ」と頷いている。

「じゃあ、一見突拍子もないドリルみたいなツノの回転も、ちゃんと理屈にかなったものなんだなぁ」

「そういうこと。あり得ないような恐竜たちの姿も決してヨーゴス軍団のモンスターみたいに悪意に満ちた改造を施されたものではないのよ。。。」

ヨーゴス・クイーンが「へんっ」とそっぽを向く。

「それじゃ、この世界はいったい。。。?」

疑問は何度も何度も始まりに戻っていった。

 

ふん!

へん!

―――まただ。

エディーはため息をついた。

巨大な回転ツノを持つエリマキの四足恐竜に追われてきたヨーゴス・クイーンは、その後エディー一行にズルズルと合流してしまった。

「たまたま行く方向が同じなだけじゃ」

「ほんとかしら?まぁここにいればいざという時エディーに守ってもらえるものねぇ。安心よねえぇ」

最後の「ねえぇ」はかなり粘度の高いひと言だった。

ふんっ!

へんっ!

だがエリスの指摘は図星だった。

―――さきほどの感覚。あれは紛れも無くタレ様の気配であった。もはやわらわをお見捨てかと思うておったが、どうやら時空を裂こうとしておられるようじゃ。

ヨーゴス・クイーンは悟られぬように横目でエディーとエリスを見た。

―――となれば、タレ様と合流するまではなんとしても無事でおらねば。ここは屈辱に耐えてもエディーの戦闘力の庇護の下におるがよかろう。戦闘員もいざとなればわらわの身代わりに恐竜のエサになってもらう。ひょっひょっひょ。皆それぞれに役に立つわい。

こうしてエディー、エリス、3人のヨーゴス軍団戦闘員パンピー、プンピー、ポンピーとヨーゴス・クイーンの奇妙な一行が出来上がった。

 

(5)謎の恐竜世界

ギャギャギャギャ!

大型の肉食恐竜が一行の前に現われた。

今度のヤツは映画で見たTレックスの全身に子供が喜びそうな派手なトゲやらツノやらをゴテゴテとくっつけてこしらえたB級怪獣のようだ。

大きく開いた口の中には鋭い三角錐の歯が2列に並んでいる。噛まれればミキサーに放り込まれたようにミンチにされることだろう。

弱肉強食の世界で勝ち残ればそれだけ獲物が減る。この世界の恐竜達は皆、とてつもなく強力でとてつもなく腹を減らしているに違いない。

自分以外の動くものは何としても腹に収めておかねば生きてはゆけぬ。

キャー!

キキッキキー!

ひょえええ!

エリスたちは恐竜の最初の吼え声を聞くや否や一目散に岩壁の洞穴へ向けて駆け出した。

だが1歩の幅が圧倒的に大きな恐竜が一気に距離を詰めてくる。

するとヨーゴス・クイーンが自分の前を走っている戦闘員の襟首を引っ捉まえると力任せに後方へ引き倒した。このままでは逃げ切れぬと悟って戦闘員の1人を犠牲にしようとしたのだ。

キッキ!?

「あっ!何をするの」

先頭を走っていたエリスが仰向けにひっくり返っている戦闘員の元へ駈け寄ろうとした。

それを制してエディーがその戦闘員と迫る恐竜の間に割って入った。

「キミたちは早く洞穴へ走れ!」

「お願いね、エディー」

エリスは仲間を気遣う戦闘員2人の手を引いて洞穴へ走った。

エディーはひっくり返った戦闘員を庇うように立つと頭上から襲いかかる地獄のようなキバに向ってエディー・ソードを円形に振った。

物理的な力ではさすがのエディーでもソードひとつで巨大恐竜の襲撃を止めることはできないが、咄嗟の判断でエディーがパラソル状に展開させた渦パワーのバリヤが恐竜の突進を止めるのに役立った。突如眼の前に現われた青い光に驚いた恐竜は急ブレーキをかけたのだが、超重量級の巨体を止めきれずつんのめって顔面から堅い岩場に突っ込んだ。

ズズウウウン。

地響きと砂煙に包まれたエディーは恐竜が四肢をバタつかせている隙に背後の戦闘員の手を取ると、起こす間もなくもの凄い勢いで引きずって逃げた。

先刻のエリスの「お願いね」は、戦闘員を助けてやってくれという意味ともうひとつ。。。恐竜たちはただ生きる為に一生懸命なだけだから必要以上に傷つけないでやってくれという願いも込められていた。

今は目を回させるだけで充分だ。

はぁはぁはぁ。

エディーと戦闘員がなんとか洞穴に飛び込んだ時、エリスとヨーゴス・クイーンが激しい口論の真っ最中だった。

「あなたってばなんてことするのよ!自分の部下ならもうちょっと大切にしなさいよね!」

「きさまは何度言えばわかるのじゃ!?こやつらはわらわを守る為に存在しておるのじゃ。わらわを庇いもせず前を逃げておる時点で失格じゃ。出来損ないじゃ!」

きいいい!

くわああ!

今にも掴み合いが始まりそうだが、そんなことをやっている場合ではない。それに価値観が根底から異なるふたりは永遠にわかり合えることはなかろう。

―――やれやれあの元気はいったいどこから湧いて出るんだろう?それにしてもこのオレがヨーゴス軍団の戦闘員を助けることになろうとはな、フフ。

しばらくして息を整えたエディーは用心しながら穴の外を窺った。先刻の恐竜はどこかへ立ち去ったのかもういない。一行は恐る恐る洞穴の外へ出た。

ひとりだけコンバットスーツがあちこち擦り切れている戦闘員にエディーが声をかけた。先刻クイーンに引き倒され、助けるためとはいえエディーに高速で引きずられた戦闘員だ。

「お前、大丈夫か?」

キキ。。。

「危なかった、プンピー」

何気なくかけられたエディーの言葉に戦闘員が凍りついたように立ち止まった。

ポンピー!ポンピー!ポンピー!

「え?ナニ?あ、キミはポンピーか。。。?」

プンピー!プンピー!プンピー!

「あ、キ、キミがプンピーね。そっか。。。」

もう1人のパンピーも加わって、名前を間違えたエディーを責めているようだ。

「エディー、ちゃんと謝ってあげて」

エリスも今は完全に戦闘員の味方だ。

「あ。。。なんか、ごめん。すみません」

キッキキキー!

キキキキキキ!

キキッキキキッキ!

「ひどいよね。機嫌直してね」

エリスと3人の戦闘員たちはプンスカ怒りながらエディーをおいてスタスタ歩き出した。

―――どこをどう見て区別すんだよ?ちぇっ、なんだよ命を助けてもらっといて。

エディーは口をとんがらせながら彼らの後に続いた。

そしてふと気づいた。

こちらのいさかいなどお構いなしでヨーゴス・クイーンがひとり先を進んでいる。

―――あいつ、足取りがやけにしっかりしている。まるでどこへ向うべきかわかっているみたいだ。

 

少しずつ上り坂を歩き続け、一行はやがて足場の悪い崖路に出た。

片側は谷だ。途中の岩場が屋根のように張り出していてよく見えないが、谷底までは十数メートルはあろうか。

「気をつけて。ゆっくり進むんだ。足元をよく見て」

エディーの注意を皆は忠実に守ったが、ひとりヨーゴス・クイーンだけは先を急いでいる風に見えた。

―――あいつ、いったい何を急いで。。。?

その時、とてつもない殺気が背後からエディーを襲った。

!?!

振り返ったエディーの眼前に体長約10メートルはある巨大なトンボの顔があった。

「危ない!伏せろ!」

エディーは警告と同時に前を行く3人の戦闘員たちを力づくで抑え込んだ。しかしさらに前を行くエリスとヨーゴス・クイーンにまでは手が届かなかった。

咄嗟に身をかがめたものの、巨大トンボの前足がエリスとヨーゴス・クイーンの肩を掴んだ。

「しまった!」

エディーは素早くエディー・ソードを錬成させて光弾を発射しようとしたが、それより早く巨大トンボの翼下で眩い光が奔った。

バチバチ!

ヨーゴス・クイーンが己が肩を掴んで飛ぶトンボの翅の付け根あたりを電撃ハリセンで攻撃したのだ。

痛みと驚愕で巨大トンボはふたりを放し、空中高く舞い上がった。

きゃあああ!

エリスとヨーゴス・クイーンは崖路から転がり出て急な斜面を滑落していった。

「エリス!」

―――くそっ!

エディーは手にあったエディー・ソードを持ち換えて柄を前にして崖下へ投げた。

「エリスを守ってくれ、ソード!」

 

ザザザザザ。。。。

ドスン!

あいたたたた。。。

幸い大きな岩などに頭や体をぶつけることも無く、エリスは崖の途中まで滑り落ちて、最後の数メートルきれいにお尻から落下した。

あちこち痛むが渦のアーマが守ってくれたのだろう。何とか立ち上がった。

少し離れたところではヨーゴス・クイーンが同じように体を起こそうとしている。

「ふうう。えらい目に遭うたわえ。こりゃ渦の小娘、わらわが電撃ハリセンで攻撃せねば貴様は今頃あのトンボめに食われておったに相違ない。感謝せい」

お尻の土を払いながらエリスにむけて胸を張った。

「ふん。あなただって何度エディーに助けられたのよ。一回もお礼なんて言ってないくせに、偉そうにしないでね」

「ケッ。相変わらず可愛げのないヤツじゃ」

ゲー。

ゲゲー。

その時、エリスとヨーゴス・クイーンの周囲に小さな二本足のトカゲがたくさん集まってきた。

体長は数十センチといったところか?

ゲーーー。

だが口は信じられないほど広く大きく開く。「耳まで裂けた」という表現があるが、こいつらの口は首まで裂けている。

口の中には無数の鋭い歯が散りばめられている。明らかに貪欲な肉食恐竜だ。

上背が無い分群れで狩りをするタイプなのだろう。こんなヤツらに一斉に噛みつかれでもしたら、数分後には肉体のすべてが食い尽くされて「消滅」してしまうに違いない。まさしく完全犯罪用恐竜だ。

ヨーゴス・クイーンは思案していた。

―――こやつらに渦の小娘を平らげてもらえれば万々歳じゃが、その後はわらわにキバをむくに違いなかろう。。。これは厄介じゃな。やむを得ぬ。

「小娘。。。」

「ええ。ここは共闘するしかないわね」

身構えるエリスの眼前に、音も無くエディー・ソードが降下してきた。

 

ギャン!

エリスに飛びかかった恐竜をエディー・ソードで叩く。エリスの場合は斬るというより叩く、弾き飛ばす、だ。

「これなら昔やったテニスの要領でいけるかも。ふふっ」

「こりゃエリス。まじめにやらぬか!」

かたや電撃ハリセンで恐竜に深刻なダメージを与えているヨーゴス・クイーンはそろそろ肩で息をし始めている。体力を消耗しきったら最期だ。

「あら、私はまじめよ。見てごらんなさい、みんな渦エナジーの光に恐れをなして後ずさりし始めたわ」

―――むむう、確かに。それにしてもこの青き光。。。わらわにとっても嫌な感じじゃのう。。。

先刻の小型肉食恐竜の群れは遠巻きにこちらを窺っている。エリスが手に持つエディー・ソードを本能的に嫌っているようだが、隙あらば再び一斉に飛び掛るつもりのようだ。

それがわかっているだけに、ヨーゴス・クイーンはエリスからあまり離れるわけにもゆかず、かといって近づきすぎてもならぬというストレスのかかる状況で進み続けた。

 

―――にしても、どこまで行っても岩ばっかだなぁ。

エディーとパンピー、プンピー、ポンピーの3戦闘員はエリスとヨーゴス・クイーンのふたりとはぐれて以降も同じ方向をめざして歩き続けていた。

エディーはぐるりを見渡した。そもそも全方位に意識を巡らせていないと、先ほどのように無音で滑空してくる肉食昆虫の不意打ちを食らうことになる。

ところどころに水場はあるものの、その水の色は赤く毒々しい。それにうかつに近づけば水中にナニが潜んでいるかわからぬ。

「まったく油断がならない世界だな」

エディーは自分に言い聞かせるように声に出した。

さっきエリスに投げたエディー・ソードにはかなりの渦エナジーを込めてある。その分エディー自身は少しばかり消耗していた。

「しかし油断がならないって言えば。。。」

エディーは背後に気を送った。

自身から20メートルもの距離を置いて3人の戦闘員たちが寄り添いながら付いて来る。

―――えらく嫌われたもんだ。名前を間違えたことをまだ怒ってるのかなぁ?そもそもまだオレに気を許していないんだろう。

やれやれ気疲れの多い異世界の道行きだぜ。

その時、エディーの気配にイキナリ赤信号が灯った。

―――何か来る!?

右後方からタンクローリー級のオオトカゲが近づいてくる。真っ赤な目がエディーたちを見据えている。

この状況ではエディーよりも近くにいる戦闘員たちが最初の餌食となる。

「逃げろ!こっちへ来い。早く!」

エディーの叫びに応じて3人は脱兎のごとく駆け出した。

それにあわせてオオトカゲもスピードをあげる。

キキー!

その時戦闘員のひとりが足をもつらせて派手に転んだ。

キイイイイ!

あっ!

「だからもっとオレの近くにいればよかったのに!」

エディーは臍を噛んだ。自分のもとへ駆け込んだ2人の戦闘員を岩陰へ引っ張り込んでエディーはまもなく繰り広げられるであろう惨劇から目を伏せた。

ーーーいや。違う。

「そうじゃないっ!」

その時エディーは不意に覚醒した。

あきらめるな。助けろ!

間に合うか!?間に合ってくれ!

エディーは岩陰から飛び出すと同時にエディー・ソードを練成させた。

渦のエナジーはもうかなり消耗している。通常のサイズよりかなり小さい剣だ。これでは光弾も撃てそうにない。

「伏せろ!ポンピー!」

エディーは叫ぶとソードを投げた。

全身全霊をこめた投擲だ。

ソードは大気を切り裂いて戦闘員を丸吞みしようと開いたオオトカゲの大きな口の中へ一直線に飛び込んだ。

ゲエエエエ!

間一髪!

岩をも断ち切る両刃のソードに喉を刺されてオオトカゲは悶絶した。

激しくえずきながら立ち去ってゆくオオトカゲを見送りながら、腰を抜かしている戦闘員に歩み寄ってエディーは手を差し出した。

「立てるかい、ポンピー」

ポンキキキ。

戦闘員は恐る恐るエディーの手を握り返して立ち上がった。

プンピーとパンピーが身を潜めていた岩陰から駆け出して死地から生還した仲間を迎えた。

そのようすを見ながら、エディーは自分自身に厳しく問いかけた。

―――俺は。。。一瞬この戦闘員を助けることを諦めた。彼がもし徳島県民だったらどうだったろう?彼がヨーゴス軍団の戦闘員だから諦めたのか。だとしたらオレはまだまだダメだ。それが誰であろうと救助を諦めちゃいけない。手を差し伸べることをためらっちゃいけないんだ。

3人の戦闘員たちは横一列に並んでキキキキ言っている。

「いいよ礼なんて」

オレもいい勉強をさせてもらった。

「あれ?」

その時エディーは気がついた。

戦闘員たちの言っていることがなんとなくわかる。3人の区別もなんとなくだがつくようになっている。

「おかしなものだな」

さて、一刻も早くエリスと合流しなければ。

エディーは3人を促して再び歩き始めた。

 

ヨーゴス・クイーンは気づいていた。

先刻より小型肉食恐竜どもの気配が消えている。恐らくヤツらのテリトリーを越えたのだろう。

エリスはクイーンの少し前を歩いている。

毒蜂の目がじっとりと湿った視線でその後姿を見た。

ーーーおのれ、二人きりになったこの機会に不意打ちをかけてやりたいが、あの忌々しいエディー・ソードが放つ光のせいでエリスめに近づけぬ。。。

ヨーゴス・クイーンにとってはエディーやエリスのやることなすこと何もかもが気に食わない。ただ己の視界の中にヤツらがいるだけでも叫び出したいくらい腹立たしいのだ。できることならあの青い光の中に飛び込んで電撃ハリセンをお見舞いしてやりたい。

しかし紫の魔女は本能的に悟っていた。タレナガースとの合流地点がもうそんなに遠くはないことを。

―――このままエディーどもより先にタレ様と出会えたなら、ふたりがかりでこの小娘をやっつけて元の世界へ戻ることができようほどに。さすれば徳島をヨーゴス軍団の思うままにいたぶれるというもの。

ひょっひょっひょ。。。こらえようとしても表情が緩む。

ヨーゴス・クイーンは剣呑な気を全身にまといながら楽しい想像をめぐらせていた。

 

「エリス!」

その時、崖の上から声がした。エリスの一番望んでいた、そしてヨーゴス・クイーンが最も嫌悪する声だ。

「エディー。ようやく合流できたわね」

崖の上と下が交わる地点にようやく来たようだ。

「よかった無事だったか。恐竜とかに遭遇しなかったかい?」

「それが囲まれちゃって大変だったのよ。でもこのソードのおかげで助かったわ。恐竜からも、他の危険からも。。。ね」

エリスがソードをエディーに返しながらチラリとヨーゴス・クイーンを見た。

「ふん、気づいておったか」

「あれだけあからさまに殺気を送られちゃ嫌でも気づくわよ」

ふたりだけに聞こえる小さな声で女同士の火花を散らせたが、エディーは気づいていなかった。それよりも、エリスから手渡されたエディー・ソードをエナジーに戻して体内に取り込むことで少しばかりパワーの回復を実感することができた。

 

あちょおおおおお!

奇怪な叫び声が轟くや、赤みがかった岩だらけの風景が突如カミソリで切り裂かれたかのように口を開けるや、その向こうに穏やかな田園地帯の風景が現れたではないか!?

しゅううううう。

裂け目からは異臭と共に白煙があがっている。

「ふうう。ようやくつながったわい」

そう言いながら開いたばかりの裂け目から「よっこらしょ」と呟きながら体をくぐらせてきたのは誰あろうヨーゴス軍団首領のタレナガースである。

「時空の壁を破ることもそうじゃが、うまくこの恐竜界との壁の位置を見極めねば、まったく異なる時空と繋げてしまえば話が益々ややこしゅうなるでのう。。。」

―――さて、クイーンめ。余の気配を感じておるか?はようここまで参れ。

 

(6)帰還

「あ!ちょっと、待ちなさいよ。急にどうしたのよ?」

突然猛烈な勢いで駆け出したヨーゴス・クイーンを追ってエディーたちも駆け出した。

仲間とは言えないが、それでも同行者には違いない。その同行者がいきなりダッシュすれば何事かと思うのは当然だ。

エリスの制止も聞かず、ヨーゴス・クイーンは駆ける。駆ける!

やがてその先に立つ黒い人影が皆の視界に入った。

ゴツゴツした上り坂のてっぺんに立っている。

大柄だ。しかも大振りなマントが翻っている。いうまでもなく、裂くちゃんで時空の壁を引き裂いてやってきた。。。

「タレ様ぁ!」

である。

「タレナガース」

見上げるエディーとエリスに緊張が走った。

魔人は胸を張り腕を組んで仁王立ちだ。

ふぇっふぇっふぇっふぇ。

「タレ様、わらわのために」

「クイーンよ久しいのう。何やら大勢金魚のフンを引き連れておるではないか」

「誰が金魚のフンよ!?」

「わらわの電撃ハリセンで守ってもらおうと皆あつかましくつきまとうのじゃ」

「ほう、さようか」

「嘘おっしゃい!」

エリスが目を吊り上げて食ってかかる。だがまぁ、そんなことはお構いなしのふたりではある。

「タレナガース。ここに来たということは、貴様はここが何か知っているのか?奇妙な恐竜が生息しているが、ヨーゴス軍団のモンスターとも思えない。あの恐竜たちはいったい?」

エディーに問われてタレナガースは「ふふん」と得意げに鼻を鳴らした。

「そもそも。。。」

したり顔のタレナガースにエリスが「チッ」と舌打ちする。

「この世には目には見えぬがいくつもの時空界が存在しておる。貴様や余が闘っておる元の世界もその時空界のひとつに過ぎぬ。そしてそれらの時空界を隔てる壁は堅固なれども、ある一定以上の外圧を受けるとこれが案外脆いのじゃ」

ふむふむ。

エディーとエリスにヨーゴス・クイーンもタレナガースの講義に聞き入っている。

「あのアジトにおける大爆発。限られた狭い空間における自然界では考えられないような途方もないエネルギーの放出が時空の壁を突き破るトリガーとなり得るのじゃ」

「それでわらわたちはこの世界に放り込まれたのじゃな」

「で、この世界はいったいどのような時空なのよ?あの恐竜達は?」

「太古の昔、巨大なる隕石が地球に激突し、栄えておった恐竜どもを絶滅させたといわれておる。その時、とある山脈に横たわる広大な渓谷がまるごと時空の壁を突き破って飛んだ。浸食によって形成された谷の独特の形状と堅い岩石の地層が凄まじい衝撃波による爆発力を偶然にも外へ放出せず内部に抱え込んだことにより、時空の壁を瞬時に破壊したに相違ない。そして水場に集まっておった様々な種類の恐竜どもは6500万年もの間、閉鎖的な弱肉強食の世界で生き残る為に独自の進化をした。サルがヒトになったようにのう。さらに大気には宇宙から飛来した隕石の破片に含まれる未知の成分がまん延し、水は化学変化を起こして赤く変色した。つまりここは切り取られた白亜紀の恐竜世界の一部が宇宙からの外圧を受けて独自の進化を辿った超恐竜時空間なのじゃ!」

―――超恐竜。。。時空間。。。

「さぁ講義はここまでじゃ。戻るぞよヨーゴス・クイーン」

タレナガースが体をどかせると、その背後には大きくチャックを開いたような奇妙な空間が広がっている。

その向こうに見えるのは、懐かしい田園風景だ。

エディーとエリスも思わずその景色に視線を奪われてしまった。

その景色をタレナガースが再び遮った。

「貴様らは通さぬ。この超恐竜時空間で闘い続けるのじゃ。体中にトゲトゲつけてせいぜい強くなるがよい」

「ひょっひょっひょ。トゲトゲつけて。ひょっひょっひょ」

ヨーゴス・クイーンが腹を抱えて笑い始めた。

「さ、そなたらも帰してつかわす。こちらへまいれ」

タレナガースが戦闘員たちに声をかけた。

キ。。。キキッキ。。。

「ぐずぐずするでない!余がまいれと申したらスグまいれっ!!!」

ヒッ!

パンピー、プンピー、ポンピーが大慌てでタレナガースの元に走った。

「あっ、あなたたち」

エリスが止めようとしたが、やはり3人にとってタレナガースは絶対的恐怖支配の主なのだ。

「ふぇっふぇっふぇ。ではのう」

そう言うとヨーゴス軍団の面々は次々に時空の裂け目をくぐった。

「くそ」

この異様な世界に取り残されそうになってもどうしようもない。敵は高みに立っていて圧倒的に有利だ。突っかかっても勝算は薄い。

―――それでも行くべきか?

その時!

キキー。

戦闘員の声だ。

―――早く!

エディーもエリスも理解した。

見上げると時空の裂け目をくぐりかけた最後の戦闘員がエディーたちを振り返って手を伸ばしている。

「よせ!構わず行くんだ」

タレナガースの眼の前でそんなことをしたら自殺行為だぞ。

「たわけ!」

案の定、エディーの警告もむなしくその戦闘員は背後からタレナガースに蹴り飛ばされてエディーたちの足元まで転がり落ちてきた。プンピーだ。

キ。。。キイイイ。

まともに食らえばエディーでもダメージを受ける強烈なキックだ。プンピーは体の中枢を破壊されて呻いている。

「プンピー、バカね。私たちなんて放っておけばいいのに」

エリスはプンピーの体を抱えて、いびつにへこんだ腰のあたりをさすってやった。

「でも、やさしい子。。。有難う。。。ごめんね」

エディーとエリスがプンピーを介抱している間に、元の時空へ移動したタレナガースたちは例の裂くちゃんで今度は時空の裂け目を閉じてしまった。

「取り残されちゃったわね、私たち」

エリスの不安げな声がエディーの胸を締めつけた。

この過酷な世界で果たして生き延びられるのか。。。?

―――とりあえず少し落ち着こう。

3人は超恐竜の襲撃を避けるため、適当な岩陰を探して身を隠した。

ヨーゴス軍団の活性毒素で造られたプンピーのダメージはゆっくりとだが回復している。

30分ほどで何とか歩けるようになったプンピーを随え、一行はまた動き出した。当てはないが。

タレナガースたちが消えたあたりにはもはや何の痕跡も残されていない。時空の裂け目は完全に閉ざされてしまった。

―――さて、これからどこへ向って進んだものか。。。

タレナガースが立っていた坂のてっぺんから少し下ったあたりで不意にプンピーがキョロキョロし始めた。

「どうしたプンピー。落ち着かないな」

どうやらエディーの言葉も耳に届いていない。何か気になる物でもあるのだろうか?

キッ!

突然、少し離れたところにある赤い水の池の方へ向けて走り出した。

「どうしたのかしらあの子?」

走る後姿を見ながらエディーはすごく嫌な予感にさいなまれた。

「プンピー!水場に近づくな!」

エディーが注意するのとそいつが姿を現すのが同時だった。

カアアアアア!

周囲が20メートルほどの池の表面からは想像できないような巨大な水棲恐竜が飛び出すや、サメを連想させる口を開けてプンピーの体に噛みついた。

何本もの鋭く長いキバがプンピーの全身を貫いた。

ギ。。。イイ

きゃあああ!

プンピーの苦鳴をかき消すようにエリスの悲鳴があがった。

ガブッ!

水棲恐竜は躊躇せずプンピーの体を呑み込んで再び赤い水の中へ姿を消した。

一瞬の出来事だった。

「プンピー!」

水辺へ走り寄ろうとするエリスをエディーが制止した。

この世界に順応させるために何千年も独自の進化を続けてきた恐竜だ。水から出て水際の獲物を追跡したり、あるいは飛翔することだってあり得る。

だがしばらく水面を見つめていると赤い池に黒い液体が広がり、その中心にうつ伏せになったプンピーの体が浮かび上がってきたではないか。

「見て、プンピーだわ」

悲嘆にくれて岩陰に座っていたエリスが今度こそ水辺へ走った。エディーもソードを構えてその後ろにつく。

ザブザブと赤い水に腰まで浸かりながらかみ砕かれてズタズタになったプンピーの体を岩場まで引き上げた。

おそらくプンピーの体を構成する活性毒素を本能的に嫌って、水棲恐竜が吐き出したに違いない。

「プンピー。プンピー。しっかりして」

エリスが呼びかける。

プンピーの体はいかな活性毒素といえども復元不能なほどにダメージを負っていた。

彼らの渦エナジーは時に痛みや苦痛を和らげ、気持ちを穏やかにする効果も発揮するが、なにせプンピーの体は渦エナジーとは対極の活性毒素で出来ている。

渦エナジーの照射は逆効果になるだろう。ふたりに施せるすべは無い。

その時プンピーの意識が戻った。エリスの声が一時的に彼を呼び戻したのだろう。

キ。。。。キ。。。

プンピーは水辺のある場所を弱弱しく指さした。

「何?あそこに何かあるの?ねぇ、プンピー、しっかりしてちょうだい」

プンピーは次に己の胸を指さして、苦しい息の中で小さな声を出した。

「プ。。。ンピー。。。」

そう言うと体内の何かが壊れたのか、その体は黒い液体になって岩場に流れ出した。

彼のドクロマークのヘルメット、ガスマスク、コンバットスーツなどが抜け殻のように地面にコトリと落ちた。

「君に名前をつけてもらったことが本当に嬉しかったんだよ、きっと」

押し殺したエリスの泣き声が小さく聞こえていた。

 

「エリス、これを見てみろよ」

気持ちを奮い立たせて、死の間際にプンピーが指さしたあたりを見に来たエディーはエリスを手招きした。

エリスも近寄ってどれどれとエディーの背中越しに覗き込む。

「え?これって。。。」

「うん。もしかしたら時空の裂け目なのかもしれないな」

水辺の、少し大きな岩が地中から頭を出している所のすぐ脇に、何やら光のファスナーのような物がある。

唐突にというか、このうえなく不自然にというか、もう終わりかけの線香花火のような細かい火花をチロチロと放っているそれは、大きさも勢いも異なるが、先刻タレナガースたちがくぐって行った時空の裂け目に酷似している。

「プンピーはこれに気づいていたんだ」

「そうよ。これを私たちに教えようとして。。。」

今さらながら敵戦闘員だったプンピーの友情が心に沁みた。

「だけどこれじゃ向こう側へ行けないわね」

その裂け目は長さにして約2センチ程度だ。せいぜい向こう側を覗くのが精一杯だろう。それじゃまるで出歯亀だ。

「エディー、これ何だろう?」

エリスが赤い水の中に何か見つけた。

水の中からつまみあげた物は、どす黒くシワシワの太く長い指だ。それが途中の関節の辺りでへし折れてプランプランしている。

「キモッ!何か悪魔の指みたい。。。アッ、でもコレってさっきタレナガースが!?」

「そうだ。それとそっくりの物を使って裂け目を閉めてなかったかい?」

エディーとエリスは頷きあうとその奇妙な指を見つめた。

彼らは知る由もないが、エリスが拾い上げたものはタレナガースがこしらえた所謂「初代」裂くちゃんだったのだ。

そしてこの小さな裂け目こそタレナガースが出来上がったばかりの裂くちゃんを試した時、時空の壁につけた傷だった。少しずつ自己修復しながらこのサイズにまで縮んだのだろう。あともう少し気づくのが遅れたらこの裂け目も完全に消えてなくなっていたに違いない。

強度とパワーが不足していてほんの僅かしか切り裂けなかった初代裂くちゃんを「さて、どうしたものか?」と数秒思案したタレナガースは、時空の裂け目の向こうへ押し込んで捨てたのだった。

とにかく、プンピーが命を捨ててまで気づかせてくれたチャンスだ。

エディーはへし折れた指をそっとつまんでほんの僅か開いている時空の裂け目にそのツメをひっかけた。

 

昼下りの陽光が降り注ぐ。

県西部のとある農村。見慣れた風景だ。

エディーとエリスは草の香りが混じる懐かしい風を胸いっぱい吸い込んだ。

「エリス。。。おかえり」

「あなたもねエディー。。。おかえり」

「ただいま」

あの夜の爆発から30数時間経っていた。

ふたりは元の世界に戻ったのだ。

「パンピーとポンピーはどうしたかしら?」

この世界に戻ったらヨーゴス軍団から抜けさせて「人」として真っ当に暮らせるようにしてやりたかったのだが、結局タレナガースとヨーゴス・クイーンに連れて行かれてしまった。

「またヨーゴス軍団の活動に戻っているんだろうな」

「次に出会ったら、やっぱり戦うことになるのかしら?」

「たぶんね。でも諦めずにいよう」

「そうね。いつか、あの子達と一緒に笑える日がくると信じましょう」

その時、エリスのスマホが鳴った。

ヨーゴス軍団SOSの緊急回線だ。

<ヨーゴス軍団が現われました。おふたりとも大至急現場へ向ってください>

「戻ってくるなりもう暴れていやがる」

「私たちがいないと思って気持ちよく悪さしてるのよ」

「おれたちを見たら驚くぜ、きっと」

エディーの発する渦のエナジーを感知したマシン・ヴォルティカがオート・ドライブでゆっくりと傍らへやって来た。

エリスをサイドカーに乗せて「ヴォウン!」とエンジンに活を入れると、ふたりは風になって走り去った。

(完)