渦戦士エディー

剣山SOS!

 (序章)去れ曲者!

テヤッ!

鋭い剣風とともに杉の大木が根元近くからまっぷたつに切り裂かれてゆっくりと倒れた。

ザザザザー。

ひいいいい!

横倒しになった杉の木の陰から紫色の人影が飛び出てきた。

「アッブネーーー!」

うわっ、なんて耳障りな声だ。

その影はひと跳びで十数メートルも離れたところへ着地した。

特撮映画で使うワイヤーアクションを見せられたようだ。およそ人間業ではない。

だが、人間業ではないのは巨木を一撃で倒したこちらもだ。

「次は貴様の首だ」

怒鳴っているわけでもないが、なぜか伝えたい相手の耳にははっきりと届く独特の発声法。低くシブい声の主は全身黒ずくめの剣士である。

先刻飛びずさった人影が木の陰からダミ声をはりあげた。

「ツルギのアホーーーーー!」

そう言うとそのままピョンピョンと木々の間を巧みに跳び去った。

片や黒き武人、ツルギは微動だにせずその後姿を見送った。

その気になれば容易く追いつけようが、戦意を喪失して逃げ去る者を敢えて追いはしない。

今は彼奴らに構っている暇はないのだ。

ツルギは静かに剣を鞘に納めた。

「ヨーゴス軍団をこのような深みにまで侵入させてしまうとは。しかし奴らいったい何を企んでいる?まさかとは思うが。。。」

なるほど先刻の曲者はヨーゴス軍団の手の者であったか。

ツルギの黒い目が不安の色をたたえている。剣をふるえば彼の右に出る者はいない。このつわものをして不安たらしめるものとはいったい?

ともあれ剣山の深い森の平和は今日も守られたのだ。

今日のところは。。。

 

(一)剣山の不思議

真の闇である。

前も後ろも、右も左もわからぬ。

鼻をつままれても頬をつねられても抗いようがない。

圧倒的な闇が、あたかも質量があるかのような錯覚を起こさせてプレッシャーを感じるほどだ。

加えて湿度が高い。

ひとことで言えば、我々普通の人間にとってこのうえなく居心地の悪い状態なのだ。

「で、どうであった?」

そのうえゾッとするような声が聞こえた。

もう嫌だ。こんな所にはいたくない!と叫び出したくなる。

「それが。。。もう一息というところであやつが現れてのう」

「フン、ツルギか。まぁ現れるわのう。それは想定内である。どこまで確信した?クイーンよ」

クイーン?

「間違いない」

ああ、嫌な声だ。悪魔がいやらしく舌なめずりする時のような。。。

「ほう」

ああ、嫌な声だ。悪魔が人をたぶらかして魂を手に入れた時のような。。。

「場所まではつきとめられなかったが、タレ様の読みは正しいはずじゃ」

タレ様?

もはや疑う余地はない。

ここは徳島にあだ為す秘密結社ヨーゴス軍団のアジトなのだ。

そしてタレ様とは首領タレナガース。

顔は人ともケモノとも判別できぬ奇妙なシャレコウベなのだ。眼球のない目の奥には決して消えぬ恨みの赤い炎が揺れている。

下あごから延びる1対の長いキバが耳にまで届いている。銀色の頭髪は束ねて後頭部へ流している。2mはある長身を迷彩色のコンバットスーツと編み上げ式のブーツに包み、手首から先にはコンクリートも削り取る巨熊のツメが備わっている。体の前面には大きなドクロの胸当てを付け、肩からは縞模様のケモノのマントを羽織っている。

もうひとりのクイーンとはヨーゴス軍団大幹部ヨーゴス・クイーン。

毒虫の化身にしてタレナガースの忠実な片腕である。黒いボディに紫色の体毛。ハチかカマキリか、獰猛な肉食昆虫を連想させる鋭く吊り上がった目。いつもは大きなキセルを愛用し、悪臭ただよう煙を楽しんでいる。残忍、非道、卑怯、無慈悲。タレナガースの片腕としてこれほど適した者はおるまい。

どちらも見えなくともわかるのだ。徳島県民なら誰でも一度は悪夢にうなされた姿なのだから。

「ツルギに遭遇する前からわらわの自慢の紫の体毛がゾワゾワと逆立ち始めた。気色が良いやら悪いやら。。。あのような感覚は初めてであった。タレ様、あれはいったい何なのじゃ?剣山の奥に何があると申されるのじゃ?」

「正直、余にもわからぬ。じゃがこの刺すような強き感じ。おそらく霊山剣山が霊山たる証しのようなもの、ではないかと余はふんでおる。例えるならば剣山の精神的コアとでも言うべきものであろうよ」

「なんと、そのような物が?」

「今まではおそらく眠っておったのじゃろう。それゆえ余も気づかなんだ。じゃが何かのはずみで目覚めたのじゃ。それのせいで今の剣山は高熱に浮かされておる。そやつの正体を突き止めて奪うのじゃ。徳島県民が誇る剣山を骨抜きにし、その力を我らのものとする」

「なるほど。剣山の霊的パワーを手中にすればエディーの渦のパワーなど恐るるに足りぬわ。じゃがツルギが黙っておるまいに」

「それよ。しかし今回そなたがそれほど剣山の奥にまで侵入できたということは、ツルギめ、かなり煮詰まっておるに違いない。コアの暴走を抑え込むのに忙殺されておるのか、それとも剣山と同じようにヤツ自身も熱に浮かされておるのか。とにかく千載一遇の好機であることは間違いあるまいて。ふぇっふぇっふぇ」

「なんやいまひとつようわからぬが、楽しそうじゃな、タレ様よ。ひょっひょっひょ」

ひょっひょっひょっひょっひょ。

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

気味の悪い声で笑うタレナガースの右目から突如ボワッと炎が大きく伸びあがった。

恨みの霊魂のごとき炎だ。

青白いシャレコウベの右目からゆらゆらと炎を立ち昇らせながら、タレナガースは不敵に牙を鳴らして号令をかけた。

「剣山を襲う!ヨーゴス軍団の総力を挙げて霊山の力の源を探し出して奪うのじゃ!皆、心してかかれ!」

 

ごおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ。

その地鳴りは2〜3分は続いたはずだ。

勘の鋭い人ならば足元の地面が微かに揺れていたことも察知したかもしれない。

剣山上のリフト乗り場にいた人たちは皆不安げにあたりを見渡した。

「まただ。。。」

「うん。今の地鳴りは大きかったな」

「だんだん大きく、長くなっている気がするんだ。こりゃ何か異変が起こっているのは間違いないぞ」

山の斜面に設けられた土砂崩れを食い止めるための木製の柵の隙間から、パラパラと小石が転がり落ちてくる。ほんの些細なことが今は人々の不安を妙に煽り立てた。

ーーー早く下山しよう。

皆、我先にリフトに腰を下ろした。

 

「おい、なんだこれは?」

地殻観測センター徳島支所の所長ホリタは、ゆったりと体を預けていた背もたれから勢いよく上半身を起こした。たった今、自身のパソコンに送られてきたいくつかの通称「朝イチレポート」のデータを食い入るように見ている。

何度も見返す。

ほかのデータと見比べる。

ふと思い立って地元新聞の最近の記事も検索してみる。

ーーーまさか。

ひとつひとつのデータや情報が次第に組み合わさって、ホリタの「まさか」を裏付ける。

「きわめて浅い深度での断続的なちいさな揺れ。今月に入ってから次第に頻繁になる地鳴り。湧き水の濁り。原因不明のプラズマ現象と珍しい雲の投稿写真。。。」

慌てて内線電話の受話器をとろうとしてホリタは動きを止めた。

「いや待て。そんな指示が出せるか。。。?」

それはそうだ。正気を疑われかねないだろう。

剣山の火山活動を検証せよ、などと。

火山のない四国において、地殻観測センターのおもな仕事は中央構造線の監視だ。ところが目の前の山が突然このような不審な動きを見せるとは。

しばらく眉間に深いしわを寄せて考え込んでいたホリタは、急いでレポートをまとめ、データを添付して松山にある統括センターへメールを送信した。

そしてその報告は、統括センターの緊急記者会見を通じてその日の昼のニュースで早々と報じられ、県民の耳目を集めることとなった。

 

『剣山に噴火の兆候!?』

『連日続く謎の地鳴り』

『県西部で頻繁に起こる携帯電話の電波状態の乱れ。原因不明』

『三好市のテレビの不調続出。メーカー<テレビに異常なし>』

『剣山が火山活動?謎の頻発地震。震源は地表近く』

「。。。といったところだね」

いつものカフェのいつもの奥のテーブルにヒロとドクが向かい合って座っている。

地殻観測センターの衝撃的な報道から一夜明けて、徳島県下は火山でもない剣山の異常な活動の話題でもちきりだ。

「ほかには剣山にまつわる伝説とかも紹介されているし、小説の特集まで載っているよ」

ヒロはこの1週間で報じられた県西部の奇妙な現象を取り上げた新聞記事をくまなく調べ、その切り抜きをドクに見せた。

「で、どう思う?」

ドクは記事に目を通しながら眉間にしわを寄せている。

「うん。確かにとても不思議な事象だけど、これだけでヨーゴス軍団と結びつけるのはどうもね」

「そうだよね。オレも、これらの剣山の異常はタレナガースの仕業にしちゃなんだかスケールがデカすぎるような気がするよ」

「賛成。むしろこの兆候をタレナガースが何かの悪さに利用しないか、そっちの方が心配だわ」

マスターが大きめのマグカップに注がれたカフェラテを運んできた。空気を含んだ温かくふんわりしたミルクが乗っている。

だがふたりはカフェラテには見向きもせずに新聞記事を読んでいる。

―――温かいうちにどうぞ。

マスターは小さな小さな声でそう言うとカウンターの奥へ消えた。このふたりに関しては深入りをしない。ふたりだけの世界を作ってはいるがどうも甘い世界というわけでもなさそうだし、とにかくよくわからないふたりなのだ。

「この地鳴りや電波の乱れが何なのか、わからないまでも調べておく必要はあるかもしれないね」

「明日から県西部重点警備キャンペーンってわけね」

そうと決まれば。

「マスター、あんバタートースト追加!」

 

(二)ツルギの憂鬱

「今日はこれだけか」

ツルギは土で汚れた手に握られた石を見つめた。ゴツゴツしているがおおよその大きさはドッジボールくらいだ。

見れば漆黒の超武人は全身泥まみれではないか。

誇り高き霊山の守り人が、このありさまはいったい。。。?

ツルギはその石を大きな麻の袋に納めた。麻袋の中にはすでに石がいくつか入っていていびつにふくらんでいる。

「全然足りぬな。これでは間に合わぬ」

この武人が弱音を吐くとは。

―――精製して得られる高純度のツルギドサイトはこれの10分の1程度だろう。まだまだこれの20倍は必要だ。何とか私の体力が続く間に。。。

その時、ツルギの超感覚が、覚えのある気配を捉えた。

「来たか。。。いや、来てくれたと言うべきか。今回ばかりは頭を下げるしかあるまい」

そう呟くと、ツルギの姿は風に溶け込んで消えた。

 

「こっちだな。エリス足元に気をつけて」

エディーは後続のエリスの手を取って引いた。

道なき道とはこのことだ。

先に地殻観測センターが公表した震源地や謎の電磁波の発信元などから、あらかじめ調査すべきポイントを見定めてふたりは進んでいた。

地磁気の乱れのせいでコンパスが役に立たない。

太陽の位置などを手掛かりにしてエディーたちは慎重に歩を進めていた。

縦横に張り出した低木の枝をかいくぐり、崖から落ちないようつま先で地面を確かめつつ、一歩一歩だ。

その時。

ヒョオオ。

一陣の風とともにふたりの眼前に黒い影が現れた。

「うおおおっ。びっくりした」

ツルギだ。

剣山へ分け入る以上、この男が現れるであろうことは予測していたが、毎度のことながら現れる時も去る時も突然すぎる。

ツルギは登山者や修験者などの人間以外、エディーたちのような超パワーを持つ存在が入山することを嫌う。おそらく渦戦士の持つ渦のパワーのような特殊な力が剣山の霊力になんらかの影響を与えるためではないかとエリスは考えている。本来なら変身後の姿で来たくはなかったのだが、今回はそうも言っていられない。

「ツルギ、お久しぶり。今日は剣山で起こっているいくつかの異常現象について。。。」

エリスの説明を最後まで聞かず、ツルギはくるりと踵を返すとふたりに背を向けて無言で歩き始めた。

「ちょっ。。。ツルギ。。。?」

無言で森の中を進んでゆく。今エディーたちが向っている方角とは少し違う。

ーーー相変わらずウルトラ無愛想だな。

だが「帰れ」と言われないということは「ついて来い」ということなのだろう。エディーとエリスは顔を見合わせると、とにかくツルギの後を追うことにした。この剣山を最もよく知っているのはあの男なのだ。

 

置いてゆかれないよう無心にツルギの後を追うこと約20分。

ふたりは見晴らしの良い開けた場所へたどり着いた。

その中央に杉の巨木が1本立っている。

ツルギはひとことも語らぬままその杉の巨木に近づくと、そのままその中へ「入った」。

「えっ!?」

エディーとエリスは驚いてその手前で立ち止まったが、エディーは恐る恐る手を伸ばして杉の木を触ろうとしたが、伸ばした手は木の中へ吸い込まれるように見えなくなったではないか。

「うおっ!?」

中へ入れる。。。エディーは意を決してツルギを真似て「木の中」へ姿を消した。

「エ、エディー?」

ひとり残されたエリスはエディーの後を追おうとしてふんぎりがつかず杉の木の直前で足が止まってしまった。

「んん。。。何これ?どうするのよ?」

前に進まず足踏みしていると、杉の木の中から黒い腕がにゅっと伸びてきてエリスの喉を鷲掴みにして中に引きずり込んだ。

うぐえ!

エリスは頭から杉の木の中へ姿を消した。

 

「ほええええ」

エリスは周囲を見渡して感嘆の声を上げた。

そこは真っ白な石造りの部屋だ。いや部屋というよりホールだ。豪勢な披露宴が開けるほどの広さがある。エリスは振り返ってみたがそこには杉の木はおろか出入り口すらない。何もかもが不思議だ。

「オレたち、剣山にいるはずだよな」

「ええ。。。こんな場所があったなんて」

よく見れば周囲の石壁にはぎっしりと小さな絵文字のようなものが彫られている。ノミのようなもので削ったあとがついている。これをすべて人の手で削ったのか?

「いつ、誰が、どうやってここをこしらえたのか。私にもわからない」

ツルギが初めて口を開いた。エディーたちの疑問を察してのことだろう。

「この文字みたいなのは?何が書かれているのかしら?」

ツルギはあらためて周囲を見渡すと、ゆっくりと語り始めた。

それははじまりの物語だ。

 

「人間が農業というものをようやく体系的に行なうようになり、質素な土器をこしらえながら細々と、しかし活き活きと暮らしていた頃だ」

 

歴史の授業では弥生時代と呼ばれていた時代。

その年は多くの流星群が地球の周辺へ飛来した。

そのうちのひとつが大気圏へ突入してきた。ひと抱えほどの隕石は大気の摩擦で削られながらふたつに割れ、掌に乗る程度の大きさになって剣山に落下し、盛大に土煙を巻き上げて山中へと姿を消した。

それ以来剣山では異常なカミナリ現象が頻発した。山の頂から幾筋もの稲妻が奔り、麓の村は雷撃によって破壊され、蓄えていた稲は焼かれた。

これ以来、人間は剣山を荒神の棲む山として畏れ敬った。

霊山剣山の誕生である。

恐ろしい雷撃はその後百年もの間まったく衰えることなく続いた。

やがて人間は山に棲む怒れる神を鎮めるために生贄を差し出すことを思いついた。

毎年ひとり、若い女性が選ばれて山に連れて行かれた。

それらの女性がどうなったのか定かではないが、怒れる神に食われたのだと皆考えていた。

ある年も例年通りひとりの若い女性が父親と兄に付き添われて泣く泣く山に分け入った。

バリバリバリ!

ごく近くで稲妻が走り、一行は腰を抜かして地面にはいつくばった。

だめだ。生贄の娘ごと、家族3人ここで神に食われるのだ。

皆が諦めたとき、いずこからか現われたひとりの女性が大きな丸い石を盾代わりにして一行の前に立ち、放たれたカミナリを受け止めたではないか。

上半身をすっぽり覆うことができるほどの大きな石の盾だ。お山からのカミナリの直撃を受けて平然としているではないか。

驚いて声も出ないようすの一行を振り返ったのは、一昨年村を出て生贄として山に入った娘であった。4人は互いに顔見知りだ。

話を聞いてみると、生贄の娘たちはひとつところで暮らしているという。中には山の獣に襲われたり病にかかったりして何人かは亡くなったそうだが、皆元気にしているらしい。

もとより生贄などだれも望んではいない。今年の生贄の娘の父親と兄もそれを聞いて大いに喜んだ。

そして案内されて山中の村へと来てみると、そこには先刻一行を助けた娘が持っていたものによく似た薄い石板が日が登る方に向けて壁のように幾枚も立てられていた。

娘たちによれば、その石はお山の怒りを退けるという。

山で雷に撃たれそうになった時、たまたま身を隠した岩がその雷撃をはじき返したのを見たひとりの娘がそれと同質の石を少しずつ集めたのがはじまりであったという。翌年、そのまた翌年にやってきた娘にも声をかけて人手を増やしながらお山の怒りから身を守る手段として石の盾をこしらえたのだ。

今年の生贄の父親に説得されて、娘たちは皆懐かしい故郷の村へと帰ることになった。

お山の神様の怒りを退けた娘たち。。。彼女たちは山へ送られた時とは違って、村人達の尊敬を一身に集めたという。

石の盾を手に入れた村人たちは、山の幸や獣の肉を求めてたびたび剣山へ分け入るようになった。何人かで周囲に気を配ってゆけば大丈夫なのだから。

そうするうちに、村人たちはお山のどのあたりから雷が放たれているか次第に目星をつけ始めた。それによって、村を石の盾で守るよりも雷の出どころそのものを石の壁で封じ込めようとする意見が村人から出始めた。

村人たちは協力して雷の出どころを探ったところ、ついに土に埋まったふたつの小さな石がその原因であることを突き止める。村人達は知る由もなかったが、それらはかつて宇宙から飛来した隕石だ。

これらふたつの石は血を分けた兄弟なのだと考えた村人達は、それらを石の盾を削ってこしらえた箱に納め、祠を設けて奉った。

それ以降、剣山からの頻発する雷撃はぴたりと止まり、麓の村々に災厄は起こらなくなったという。

ただひときわ敏感な者は依然不思議な力を感じていたようで、剣山は霊力の宿る山としてその後も長く崇められるようになったのである。

その後、かつて生贄となった石の盾を操る女性のうち、特に勘の鋭い娘は神の使い、巫女として村で崇められ政治的にも発言力を強めていったと言われるが、なぜかいずれも短命であったと言われる。

娘たちはやはり神に見込まれて召されたのだろうと皆噂しあった。そうした儚さもあって、お山の怒りを封じた石の箱は神聖なものとして祀られ、娘たち自身もまた神格化されるようになっていった。

 

「ということが書かれている」

ほおおおお。

エディーたちはツルギの話にすっかり聞き入っていた。

まさか剣山の霊山としての成り立ちをこのカタブツの武人の口から聞かされることになろうとは。

「こちらへ」

ツルギはふたりをいざなって巨大な石室の奥へ進んだ。

膨大な石の質量からか、エディーとエリスは言葉にならない圧迫感を覚えていた。

石室の最奥部には細い通路への入り口が開いていて更に奥の部屋へと通じている。3人は一列になって暗い奥の部屋へ進んだ。

暗い部屋の中でツルギがじっとふたりを見ていた。傍らになにやら祭壇のようなものがある。渦戦士たちはその祭壇に近づくにつれてビリビリする感覚を覚えた。

祭壇には箱が置かれている。石で出来ているようだ。してみると、これが例のカミナリを封じ込めた石。。。

祭壇の前に来たエディーとエリスに見せるようにツルギは石箱の上蓋を持ち上げた。

「これが先の碑文に書かれていた石、つまり隕石だ。御山全体に不思議なパワーを与えている源というわけだ。だが問題はこの隕石ではなくこちらのほうなのだ」

そう言うとツルギは手に持っている石箱の蓋をふたりに見せた。

「2000年もの間、この石の箱がふたつの隕石の暴走を食い止めてきた。宇宙から飛来した謎の超鉱石の暴走を封じ込める唯一の方法がこれなのだ。だが、石の箱の効力がついに切れ始めた。隕石の影響を箱の中に留めきれなくなってきたのだ」

その時エリスは、ツルギの声に濃い疲労の翳を感じ取った。

「ね、ツルギ。あなた大丈夫なの?」

だが、それには答えず、ツルギは祭壇の傍らに置かれている麻袋から石をひとつ取り出した。

「これがこの箱の材料となる石だ。専門家たちの間ではツルギドサイトという名で知られているらしい。珍しい石で、その名の通りもっぱら剣山で採れる石だそうだ」

「ふうううん」

なるほど、これが大昔、隕石の雷撃から人々の身を守ったと言われる石か。。。エディーとエリスは顔を近づけてツルギの手の上の黒い石をしげしげと見た。

「放射性金属を含む鉱物なのだ」

げげっ!

ふたりは思わずのけぞった。

「何を恐れている。お前たちのアーマなら肉体には何の影響も及ぼさない。生身の人間でも短時間なら健康被害が出たりはしない」

ツルギは石を麻袋にしまうとあらためて二人を見た。

「この石の採取に力を貸してもらえないか?」

誇り高きこの超武人が頭を下げた!?

ふたりは仰天した。

「い、いや。ツルギ頭を上げてくれないか。君には窮地でたびたび力を貸してもらった。オレたちなら喜んで協力するからさ」

「そうよ。今日だってそのためにここへ来たのだから」

「人間たちも剣山の不可解なようすに既に気づいているはずだ。この小さなふたつの石がこの御山全体に影響を及ぼしているせいなのだ。そしてそれはこの私にも。。。よって今の私は普段のように動くことができない。侵入者を感知する能力も著しく弱まっている。だが集めたツルギドサイトを錬成してこのような箱にするのは私にしか出来ぬ。それに、いくら軽微だといっても放射性鉱物の採取を山の民たちにさせるわけにもゆかないのでな。かつて御山から下山した娘たちが短命であったのも、もしかしたら常に身に着けていたこの放射性鉱石のせいかもしれぬ。もはやお前たちに頼むしかない」

剣山の危機に際して自らが思うように動けないツルギの心中はいかばかりか。

「この箱の材料となるツルギドサイトを集めて、新しくこしらえた箱にふたたび隕石を封じ込める。これが今回のミッションね。じゃあさっそくこの石の探知機をこしらえてみるわ」

エリスは話が早い。しかし。。。

「それだけではない。先日来、タレナガースが剣山で暗躍しているふしがある」

エディーとエリスは顔を見合わせてため息をついた。

やっぱりか。

「じゃあそちらは僕が力を貸そう。今日から剣山をパトロールだ」

 

エディーとエリスは再び広い石室を通って先の杉の巨木の元へと出た。

風が心地よい。

「ツルギ、なんだか苦しそうだったね」

「ええ。超感覚も鈍っているみたい。それにしてもエディー、この広い剣山を守り切れるの?」

エリスのこの心配は、まもなく現実のものとなった。

 

(三)雷撃の魔人

「者どもかかれ!」

戦闘隊長の号令のもと、木陰からわらわらと現われたのはヨーゴス軍団の戦闘員たちだ。

ドクロマークのヘルメット、顔全体を覆うガスマスク。迷彩色のツナギに編み上げ式のコンバットブーツ。

20人はいる。

剣山リフトの見ノ越乗り場にいた十数人の登山客たちは、突然悪者達に囲まれてパニックに陥った。

「ひいいい!」

「おた、おた、お助け。。。」

戦闘員たちは慌てふためく人々を追まわし、せっかく買ったお土産の紙袋を取り上げ引き破って中身を路面に撒き散らし、帽子を取り上げて投げ捨てたりと、野生の猿並みの暴れ方をみせた。

そのうち売店に停めてあった自転車を頭上に持ち上げて投げ捨てたり、ゴミバケツに溜まったゴミを駐車場にばら撒いたりし始めた。

「よし、仕上げだ!」

戦闘隊長の合図で戦闘員たちは真っ黒なタンクと、そこから伸びたホースに接続された小銃型のノズルを2人1組で持ち出した。

タンクには「タレ様印の合成瘴気」と黄色い文字で書かれている。

「放射せよ!」

ブシュウウウウ。

10基の合成瘴気放射器から一斉にどす黒い煙幕のような気体が噴出してあたりを闇に包んだ。しかもこの合成瘴気とやらは大気に触れると粘着性の毒性物質に変化し、路面や車や建物などに付着するやシュウシュウと白煙を上げた。車の塗装や建物の外装が溶け始めている。これが直接人の肌に触れたら大ごとだ!

「わああ、助けて!」

「逃げろ。黒い霧の外へ逃げろ」

「どっち?どっちなの?」

逃げ惑う人々は奪われた視界の中で右往左往していた。

ダメだ!

だがその時。

ブロオオオン!

爆音と共にリフトのケーブルの上を1台のバイクが走ってくる。

来てくれた!エディーだ!

額の菱形のクリスタルが陽光を受けて煌いている。

「そこまでだ。ヨーゴス軍団!」

エディーの愛車と言えばマシン・ヴォルティカだが、いつものレーサーレプリカではなくスリムなトレールバイクを駆っている。ライダーの超人的技能のなせる業だろう。1本の細いワイヤーの上を軽業のように駆け下りてくる。

ブゥォン!

大きくジャンプしたトレールバイクはリフト乗り場の屋根を越えて一気に駐車場へ着地した。

「来い!」

バイクを停めたエディーは人々をかばいながらヨーゴス軍団との戦闘をはじめた。

キキー!

キーキーキー!

いつもはエディーが登場するとあきらかに動揺する戦闘員たちだが、今回はまるでエディーの到着を待っていたかのようにわらわらと取り囲むと、手にした合成瘴気の噴射口を一斉に向けた。

ブシュウウウウウ!

たちまちエディーは全身に黒い合成瘴気を浴びせかけられた。

「わわっ。なんだよ汚いなあ」

渦のアーマに付着した粘着性の合成瘴気がシュウシュウと白煙を上げる。だがエディーはひるまない。

「おりゃ!」

ギエー。

神速のパンチが戦闘員を数メートルも弾き飛ばし、高角度で繰り出されるハイキックが合成瘴気の噴射ノズルを粉砕した。

たちまち数人の戦闘員を動けなくした。

「皆さん私の声のほうへ!さぁ早く」

真っ黒な瘴気の中でパニックに陥り、右へも左へも行けなくなってしまった人々はエディーの声のする方へと少しずつ移動し始めた。

そんなエディーに、戦闘員たちはひたすら合成瘴気を吹きかけた。

「そんなふざけた毒液なんかまったく効かないが。。。」

エディーは足場を固めるとわずかに腰を落として体をねじりながら構えた。

「。。。いい加減にしろ!」

ダッ!と地面を蹴ると空中に舞いながら連続回転蹴りを繰り出した。

ドガッ!

ズガッ!

ガキッ!

バキッ!

エディーを取り囲んでいた戦闘員たちは皆側頭部に痛烈な蹴りを食らって昏倒した。

 

<真っ黒な粘着性の液体で、白煙と悪臭を伴う腐食性毒液ね>

エリスは今、ツルギからの要請に応えるべく徳島市内の自室でツルギドサイトを採集するための探知機を作成しているところだ。よって、現場での活動はエディーひとりに任せている。

エディーから被害の連絡を受けたエリスは毒性物質の特徴を詳細に尋ね、送られてきた画像と併せて直ちに解毒液の処方にとりかかった。その処方箋を県警の科学センターに送り、解毒液を大量に生成してもらう。

<毒液自体は渦のアーマで防げるから心配はないけれど、念のためにエディーも後で解毒液をかけてもらうといいわ>

エリスは戦闘員たちが執拗に合成瘴気をエディーに吹きかけたことが少しひっかかっていたのだ。

「わかった。サンキュー、エリス。今回はヨーゴス軍団も気合が入っていたよ。戦闘員が20人も襲ってきた」

<まぁ。で、タレナガースは?>

「いなかった」

<じゃあ、モンスターは?>

「いないよ。戦闘員だけだった」

エリスはしばし沈黙した。何かを考えているようだ。

<なんだか入っているようで入っていない気合ね。。。そう思わない?>

「うん。。。確かに言われてみれば。。。もしかして、陽動?」

<その可能性はあるわ。用心して、エディー>

まさにその時、エディーに緊急連絡が入った。

<モンスターが現われました!道の駅です!>

ーーーやっぱりここは陽動だったのか!?

エディーは横転しているトレールバイクを引き起こすと再びエンジンをたたき起こした。

<道の駅ですって?>

「そうらしい。そこに何があるんだろう?」

<今はロビーで『阿波の青石展』をやっているみたいだけど、何か関係があるのかしら?>

「石か。。。ともかく行ってみるよ。モンスターが出現したんだ。放っておけない」

エディーは道の駅めがけて山道を風のように駆け下りた。

 

剣山のリフト乗り場から道の駅まで通常車で約1時間。ヴォルティカほどではないが、県警からレンタルしている市販のノーマルトレールバイクで、エディーは20分で現場に到着した。

道の駅は先刻のリフト乗り場同様合成瘴気でどこもかしこも真っ黒にされていた。腐食による白煙は吉野川の川風に流されたが、ヨーゴス軍団に蹂躙されたことがうかがえる。

そのモンスターは上空にいた。

「お前か!?ゴキブリ・モンスター」

まるでエディーの到着を待っていたかのように道の駅の建物の上空を旋回している。

エディーの到着を見届けるや、ゴキブリ・モンスターは急降下してきた。体当たり攻撃か!?

「来い!」

バイクを降りて戦闘態勢をとるや、エディーは飛来するゴキブリ・モンスターの頭部へ拳を打ち込んだ。

ブゥン!

だが敵もさるもの、エディーの動きを察知してか直前に急旋回して頭へのパンチの直撃を避けつつ、肩でエディーにぶつかってきた。

うっ!

重量級の体当たりで一瞬息がつまる。

だが、それよりもエディーは体にある異変を感じていた。

ーーー体の動きが鈍い?思うように戦えないぞ。なんだか渦のアーマが固まっているみたいだ。

その感覚は次第に強くなってゆく。

ーーーハッ!まさかあの合成瘴気のせいなのか?

リフト乗り場での戦いで、戦闘員たちに集中的に合成瘴気を浴びせられた。特に肩から胸と膝のあたりには大気に触れて粘着性を増した合成瘴気がべっとりと付いている。

ブウウウン。

二撃目が来た。

ドカッ!

「かわせない!?うわっ!」

普段なら難なくよけられるはずの攻撃なのに、エディーは体の正面でヘビー級ゴキブリ・モンスターの急降下アタックを食らってしまった。

ステップでかわそうにも膝が動かない。ガードしようにも腕が上がらない。

エディーは道の駅の建物の前から駐車場にまで吹っ飛ばされ、ゴロゴロと転がって駐車している乗用車に激突して呻いた。

「くそっ。シャレにならねぇ!」

これは間違いなく合成瘴気によるものだ。もしかしたら自分に向けられたものにだけ硬化剤のようなものが混ぜられていたのかもしれない。エリスの不安は的中していたのだ。

ブウウウンと嫌な羽音が背後から近づいてくると、シュウウウと再びエディーの全身にあの合成瘴気が吐きかけられた。

既に付着していた粘着性毒物の上からまた重ね塗りする形でエディーのボディを黒く染めてゆく。

新たに付着した毒性物質は先のものと結合してエディーの動きを更に封じてしまった。

今やなんとか動かせるのは手首から先、ベルトで覆われた腰と膝から下といったところか?エディーご自慢のフットワークを活かしたスピーディーな戦い方ができない。

「つまりさっきの戦闘員もこのゴキブリ野郎も、端からオレを狙っていたって訳だ。やってくれるぜ!」

見上げるとゴキブリ・モンスターはエディーの真上にいた。クルリと硬い頭部を真下に向けると真っ逆さまに落下してきた。

垂直落下式ヘッドバット。こいつを食らえばエディーの体はアスファルトの舗装を突き破って地面にめり込んでしまうだろう。

くっそおお!

エディーは唯一あまり瘴気を浴びていない膝から下を力いっぱい振って勢いをつけるとイモムシが跳ねるようにわずかに体を移動させた。

ドガーーーン!

ぐうう!

しかし完全にはよけきれず、エディーは右肩に硬いゴキブリ・モンスターの攻撃を受けて体が跳ね上がった。背にしていたあたりのアスファルトが衝撃で割れている。右肩のアーマは粉々だ。

それでもエディーは肩の激痛をこらえつつ落下したゴキブリ・モンスターの胴を両足で挟むと力の限り締めつけた。

ブブブブ。

思わぬ反撃に驚いたモンスターは逃れようと足をバタつかせた。

だがエディーは左右の足首をからめて逃すまいと更に絞める。

ブババッ!

ゴキブリ・モンスターの口から真っ黒な合成瘴気が噴出した。

ブウウウン。

苦し紛れにゴキブリ・モンスターは羽を広げてエディーごと宙に浮いた。

アーマをまとったエディーをぶら下げたまま宙に舞い上がるとは、侮れない飛翔能力だ。

ーーー高空からオレを落とすつもりか。だがそうはいかんぞ。

エディーは空中で腰をくの字に曲げて上半身を持ち上げると辛うじて動く手でゴキブリ・モンスターの触角を掴んだ。

ーーーよしっ!

エディーの両腕が青い光を帯びる。渦エナジーを放出し始めたのだ。

いつもはこの要領で両手に集めた渦エナジーを練成してエディー・ソードを出現させる。だが今回はそのまま渦エナジーを触角からゴキブリ・モンスターの体内へと送り込んだ。

ぐええええええ。

ゴキブリ・モンスターは悶絶して高度を上げながら空中で体を滅茶苦茶に回転させた。エディーを振り落とそうと滅茶苦茶に飛び回る。

だが、両足と両手でガッチリと体を密着させたエディーは落とせない。

「どうだ?そっちが合成瘴気をふりまくのならこっちは渦のパワーを注入してやる。どっちがより大きなダメージを食らうか試してみようじゃないか」

エディーはさらに盛大に渦エナジーを掌から放出した。

「特別大サービスだ。遠慮せずに受け取れ!」

ついにゴキブリ・モンスターの目がグルリと白目になり、高度10数メートルの空中からエディーもろとも地上へ落下した。

ドサッ!

もつれあってアスファルトに落下したエディーとゴキブリ・モンスター。よろよろと立ち上がったのは。。。エディーだ!

地面に落下したとき下にいたのはゴキブリ・モンスターだった。しかもエディーは地面に激突する瞬間自分の肘をゴキブリ・モンスターの頭部に当ててモンスターのアタマを粉砕していた。

アスファルトに頭部をめり込ませて動かなくなった強敵を見下ろすエディーは背中に冷たい汗を感じていた。

「オレより体重が重い分、こいつが下敷きになったか。。。体の自由を奪われていたとはいえ、危ないところだった」

約20分後、エリスからの処方箋をもとに製造されたヨーゴス軍団の合成瘴気解毒液が県警のヘリで剣山のリフト乗り場へ届けられ、道の駅で待機するエディーのもとへも運ばれてきた。

地上で解毒液を噴霧する警官に自分もかけてもらい、ようやく体の自由を取り戻したエディーはあらためて道の駅のロビーに展示されている青石を調べた。

いにしえより徳島県では多く産出されるこの青石は、特に剣山山系に多く見られる。今回の剣山の異常事態と何か関係があるのだろうか?

「しかしツルギは阿波の青石に関しては何も言っていなかったよな」

<成分とかいろいろ調べてみたけど、私にもつながりがあるようには思えないわ。。。>

ーーーどういうことだ?ヨーゴス軍団はあのゴキブリ・モンスターでいったい何をしようとして。。。

「あっ!」

エディーは不意に思い当たった。今回はまだタレナガースやヨーゴス・クイーンたちの姿を一度も見ていない。

「戦闘員もゴキブリ・モンスターもオレを狙ってきたふしがある。もしこの道の駅や青石も剣山の一件と何の関係もないのだとしたら」

<まさか、ここも陽動?エディーを剣山から遠ざけるための?>

「しまった!」

エディーは道の駅から飛び出して剣山の方向を見た。

「ツルギ、気をつけろ!」

しかしエディーの叫びは吉野川の川風にむなしくかき消されてしまった。

 

「このあたりじゃと思う」

「うむ。間違いあるまい。余もさきほどからビシバシ感じるわ。我ら魔物は体そのものがアンテナのようなものとなるらしい」

タレナガースとヨーゴス・クイーンだ。自分たちの感覚だけを頼りに剣山の山中を歩いてきたようだが、驚くべきことにこやつらはツルギがエディーたちを招き入れた杉の巨木のすぐ近くにまで来ていた。ヨーゴス軍団の本隊はついに攻め込むべき城の本丸にまで侵入していたというわけだ。

「うまい具合にツルギもエディーも現れませぬな、タレ様」

「ふぇっ。エディーめは今頃陽動作戦にひっかかってあっちへ行ったりこっちへ来たりと大忙しじゃろうて。ツルギはこのビシバシにやられて呆けておるのよ。恐れることはない」

タレナガースは周囲に目を凝らしながら歩を進める。何か必ず目印があるはずだ。

「いったいどのようなお宝が余を待っておるのかのう?」

目指すものの正体もわからぬままここまでやって来るタレナガースも酔狂なことだが、今回はヨーゴス軍団も本気のようだ。

「しかしわれらももうかれこれ半日以上も山中を彷徨っておるぞえ。何も見つからぬとはどういう。。。ひぇ!」

大きな杉の木にもたれようとしたヨーゴス・クイーンが悲鳴をあげてひっくり返って。。。消えた?

「む!クイーンよ。いかがした?姿が見えぬが?」

「こ、ここじゃタレ様」

杉の木からひょっこりとクイーンの紫のハチ頭が現われた。

「!でかしたクイーン」

タレナガースは目を輝かせて小躍りした。

「ツルギめ。このようなカムフラージュを施しておったか」

タレナガースも杉の木の中へと進みかけた時、シャレコウベ魔人の銀色のドレッドヘアをかき乱して一陣の風が吹いた。

「ふん、ようやく来おったか」

風と共に眼前に現われた黒ずくめの男を恐れる風でもなくタレナガースは不敵に笑った。

「もはや去れとは言うまい。ここで斬り捨てる」

ツルギが腰の刀に手をかけるや、タレナガースは鋭いキバの間から真っ黒な瘴気を盛大に吐き出した。

ブシュウウウウ!

「ぬう」

たちまちにして闇に包まれた中でツルギの刃が今の今までタレナガースがいた所を薙ぎ払った。が、闇が僅かに揺らいだだけだった。

ーーーふぇふぇっ。思った通りじゃ。ヤツの太刀筋は鈍っておるわ。

タレナガースは瘴気に己の気配を溶け込ませた。剣山中とはいえ、ここは既に魔人のホームグラウンドと化している。

一方ツルギは困惑しつつも意識を研ぎ澄ませていた。ほんの僅かでも闇に動きを感じればそこへ剣を走らせたが、いずれも手ごたえがない。

ツルギはギリリと歯噛みした。

心配していたことが現実となった。ヨーゴス軍団を本丸にまで侵入させてしまったのだ。既に自分の敗北であることは揺るぎない。

ーーーだがここから先へは。。。

その時、瘴気の一部が風で飛ばされて視界が晴れた。

今まさにタレナガースが杉の木にカムフラージュさせた入り口へ踏み入ろうとしている。

「させん!」

ツルギは剣を脇に構えると大きく踏み込んだ。

!!!

必殺の間合い、だがそこに地面は無かった。

 

「よし、出来あがり!」

ドクは椅子の背もたれに体を預けて両腕を伸ばして思いっきり伸びをした。

縮こまっていた背骨が数ミリくらいは伸びたような気持ちになる。

ツルギドサイト探知機がたった今完成したのだ。

剣山から持ち帰った小さなツルギドサイトの欠片が出している電磁波を解析してその波形をダウジング・ロッドで追跡するしくみだ。

これほど特徴的な電磁波を放っていれば広い剣山中でも目指す鉱石を掘り当てるのはそう困難ではあるまい。

これで剣山中を彷徨いながら石を探しているツルギの大いなる助けとなるはずだ。

何より一刻も早くあの隕石を封じ込めなければ。剣山が噴火するなどというデマもろとも封じ込めるのだ。

テーブルの上に置かれた家庭用ゲーム機ほどの大きさの機械を急いでリュックに詰め込む。機械からコードで繋がれた2本のL字型の金属棒も。

「さあツルギ。今行くわよ」

 

「剣を構えたまま落ちてゆきおった。。。」

タレナガースは切り立った崖の下を見下ろしてつぶやいた。

木々のてっぺんがぎっしりと並んでいてその下の地面までは見えない。

タレナガースが吐き出した瘴気の中に浮かび上がらせたホログラムめがけて斬りつけたツルギはそのまま崖の外へ踏み出してしまった。

「絵に描いたようなひっかかりぶりであったのう。ある意味見事であったわ」

タレナガースはポリポリと銀髪を掻きながらヨーゴス・クイーンの後を追って杉の木の中へと姿を消した。

 

「どうじゃ?なんぞ見つけたかや?」

大きな石室の最奥部にたたずむヨーゴス・クイーンは背後からかけられた声にも無反応だ。紫の体毛が逆立っている。

肩越しに覗き込んだタレナガースは息を呑んだ。

「これか。。。どうやらこの星の石ではないのう」

「ものすごいビシバシが出ておる」

「まさしく剣山のコアと呼ぶに相応しいパワーを感じるわい。おそらく赤いエディーの力にも匹敵するであろうほどに」

ふたりの前には質素な石造りの祭壇が設けられており、黒い石の箱の中に拳ほどの丸い石がひとつ収められている。

「まさか剣山の霊力の正体が不思議な力を秘めた隕石であったとは。。。」

「人間どもの中にもごく稀にこうした力を敏感に感じ取る者どもがおって、この山を『神が宿る山』だなどと吹聴したのであろうよ。幽霊の正体見たり枯れ尾花というわけじゃ。ふぇっ」

そう語りながら黒い石の箱の中に置かれた隕石をしばらく見ていたタレナガースは、不意にあたりを見渡した。

石室の隅に麻袋がひとつ無造作に置かれているのを認めるとその袋の口紐をほどき、中を覗き込んだ。石が詰め込まれているのを見て目を輝かせたが、すぐにチッと舌打ちをした。

―――妙な気を放ってはおるが、箱の中の丸い石とはまったく異質のこの星の石じゃな。

タレナガースは麻袋を放り投げると再び祭壇に近づいた。

「いかがなされた?」

「うむ。箱の大きさがのう。。。恐らくはこの丸い石を収めるために人がこしらえたものじゃが、サイズが合っておらぬ。箱が妙に大きいのじゃ。もしや同じ石がいまひとつあったのではと。。。むっ!」

背後から背に刺さったのは青い閃光だ。

タレナガースのケモノのマントが引きちぎられて祭壇に舞った。

飛来した青い閃光は石の床に着地するや人の形に変じた。

「その祭壇から離れろ、タレナガース」

「エディー!」

タレナガースが牙をむいて吠えた。

道の駅での陽動作戦にまんまと乗せられた渦戦士エディーは、トレールバイクを駆って道なき道を風となってここまで来た。

「早かったのう、エディーよ」

宿敵の登場に不敵に笑う魔人タレナガース。不意を狙ったエディーのキックを間一髪かわしてみせたのはさすがといえよう。しかしひるがえって逃げ遅れたケモノのマントは無残な姿となって肩から垂れ下がっている。

「よくもさんざん踊らせてくれたな。だがここまでだ」

「さぁて、どうかのう?」

エディーから吹きつける闘気を正面から受けて涼しい顔のタレナガースだ。

エディーは石室の内部を素早く見渡した。争った形跡は無い。

「ツルギはどうした?」

―――いくら超感覚が鈍っているとはいえむざむざタレナガースたちをここまで来させるはずもない。

「さぁてのう?」

不敵な笑みを浮かべるタレナガースにエディーの怒りは頂点に達した。

「ここから立ち去れ。なんならオレが力ずくで」

「黙れ!」

タレナガースが吼えた。

「これより余は宇宙のパワーを手に入れる。まさしく無敵の帝王となるのじゃ。キサマはそこで見ておれ!」

そう言うとタレナガースは箱の中の丸い石に手を伸ばした。

「させるか!」

箱の中身は先刻承知している。エディーはタレナガースの背でプラプラ揺れているマントの残骸を掴むと力まかせに引いた。

あわあわと後方へよろめくタレナガースの脇腹へ渾身の左フックを叩き込み、ローリングソバットをドクロの胸当てに打ち込んだ。

石室にタレナガースの呻き声が反響する。

さらにエディーはタレナガースの胸ぐらを掴むや腰を入れて背負い投げの態勢に入ろうとした。が、膝の裏側に激痛が走って両膝を床についてしまった。

「く、クイーン!」

ヨーゴス・クイーンの巨木をも抉る鉄のキセルの一撃だ。

「邪魔をせずにタレ様のなさることを大人しく見ておればよいのじゃ」

さらに鋭いピンヒールの一撃がエディーの肩に食い込む。そこは道の駅でゴキブリ・モンスターの体当たり攻撃でアーマを失っている箇所だ。

今度はエディーの苦鳴が石室に響く。

「よいぞクイーン、しばしエディーめを抑えておれ」

タレナガースはそう言うと再び奥の祭壇に近づき、石の箱を覗き込んだ。

「ふぇっふぇっふぇ。未知なる宇宙の力よ、余に力を貸せ!山ひとつ鳴動させるほどのその力、余さず悪しきパワーとして頂戴する!」

タレナガースは躊躇することなく丸い隕石を掴み取った。

「やめろタレナガース!その隕石に触れるなぁ!」

エディーは振り払っても振り払っても組み付いてくるヨーゴス・クイーンを肩越しに背後へ投げ飛ばし、タレナガースに飛び掛かった。

バリバリバリバリ!

うわあ!

眩い閃光と雷鳴が石室に満ちてエディーはタレナガースに触れることも叶わず後方へ飛ばされた。全身に痛みが走る。

「な、何が起きた。。。?」

光の洪水の中でエディーとヨーゴス・クイーンは両手を前にかざして光の中心を見ようと試みた。

パリッ!パリパリバリッ!

炎の中で木がはぜるような、あるいは電気がショートして火花を散らせるような鋭い音がする。

その光の海の中から悠然と姿を現したのは他ならぬタレナガースだ。

手には隕石を掴んでいる。

何かにとり憑かれたような恍惚の表情を浮かべるや、その隕石をシャレコウベづらの右のこめかみに当てた。

ズリ。。。ズリ。。。ズリ

驚くべきことに、隕石はタレナガースの頭の中へと潜り込んでゆく。

「隕石がタレナガースと同化してゆく」

エディーは驚愕の表情でそのさまを見ていた。

とてつもなく恐ろしいことが起こるという予感だけがエディーの胸に渦巻いている。

カッ!

シャレコウベの顔がびくっと痙攣すると、眼球が無く常に深い闇を湛えていた両の眼窩から短い稲妻が迸った。

エディーのキックで引きちぎられたケモノのマントが突如発火して炎のマントと化して背で翻っている。

「タレ様、そのお姿は。。。?」

ヨーゴス・クイーンはイカヅチと炎を纏う首領の姿を陶然と眺めている。

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

今や悪の首領タレナガースははるかな宇宙のパワーを体内に宿し、驚異のイカヅチ魔人となったのだ。

てぇえいい!

神速の連続キックがタレナガースを捉えた。

至近距離からのエディーの高速キックをガードしきれる者などいない。全弾タレナガースを捉えた、が!?

「うわっ!」

石室の床に飛ばされてはいつくばったのはエディー自身だった。

すぐ立ち上がって攻撃を続けようとしたエディーの全身にまとわりついた無数のイカヅチがバチバチッとはじけてエディーを苦しめた。

「くっ!稲妻が。。。」

「どうした?ホレホレ。かかって来んか」

タレナガースが両腕を広げて胸を突き出し、エディーを挑発する。

「くそ!」

その胸の真ん中へ拳を打ち込む。本来ならタレナガースの堅固な胸当てなど一撃で粉砕する痛撃だ。

「ぐわっ!」

だが倒されたのはまたしてもエディーだ。今パンチを繰り出した腕は肩からもぎ取られそうな激痛に見舞われている。

―――いったい。。。なんだ?どうなっている?

攻撃を加えるこちらがダメージを受けてしまう。タレナガースはバチバチと稲妻を全身にまといながら平然と立っている。

―――イカヅチだ。あのイカヅチがタレナガースを守っているんだ。

「なんじゃなんじゃ?やる気あるのかキサマ」

へらへらと笑いながらエディーの肩を掴んで力任せに引き上げると、まだ足元がおぼつかぬエディーのボディーを空いている方の拳で何度も殴りつけた。

ガスッ!ドガッ!バリバリバリ!

その一撃一撃がイカヅチを伴ってエディーに深刻なダメージを与えた。

十発ほどの拳を打ち込んだのち、エディーの体を床に放り投げると、ようよう四つん這いになったエディーの腹部をタレナガースのつま先が蹴り上げた。

サッカーボールのように蹴り飛ばされたエディーは石の床の上で大の字に転がって動かなくなってしまった。

今やエディーの攻撃を寄せつけぬ魔人と化したタレナガースは余裕の表情だ。忌々しい宿敵をいたぶる喜びに打ち震えている。

「ふぇっふぇっふぇ。キサマとの腐れ縁も今日でしまいじゃ。あの世でツルギが待っておるゆえ道案内でもしてもらえ」

タレナガースが近寄ってくる気配は感じるが、どうにも体が言うことを聞かない。

―――これまでか。。。いや、諦めるな。諦めるな。オレは渦の戦士だ!

エディーは痛みをこらえて精神を集中させた。体内をめぐる渦のエナジーを練成してエディー・ソードを出現させる時の要領だ。

よし。

―――渦エナジー全開放。

しゅあああああああ。

エディーの胸のコアから青い光が迸り出た。その光は洪水となって広い石室を埋め尽くした。

「むむう。こしゃくな」

タレナガースの足が止まった。イカヅチと炎の雷撃魔人と化してもその本質までが変わったわけではない。清浄なる渦のパワーはやはりこの魔人に苦痛を与えるものなのだ。

「むむう。どこまでも忌々しき青い力よ。ここに来るまでにもエディーめは陽動部隊の連中と戦っておるはずじゃ。今も余からこれほどのダメージを受けながら、それでもまだこのように濃密なパワーを内包しておったとは。さすがヨーゴス軍団の宿敵じゃ。しかしながらこの光量、こやつ死ぬる気か?もしや命と引き換えに余と刺し違える存念か」

だが。

―――余は耐えられる!

ニヤリ。

光に照らされた蒼白いシャレコウベの顔がグニャリと歪んで笑った。

「エディーめが最後の力を振り絞ったところで隕石をこの身に宿した今の余には決定打とはなり得ぬわい」

―――勝った!

タレナガースは十指から伸びた鋭いツメを青き光にさらしてとどめの一撃を繰り出さんと構えた。

「む?」

奇妙なうめき声にタレナガースは振り返った。

く、くええええ。。。

そこにはエディー渾身の渦エナジー全開放によって苦しむヨーゴス・クイーンがいた。

全身をひくひく痙攣させながら両手で虚空を掴もうとしている。

「余には耐えられてもクイーンには無理か。。。かなりまいっておるのう」

ヨーゴス・クイーンの全身からは紫色の妖気が立ち昇り青い光の中へと溶けてゆく。精気が蒸発してゆくようだ。

「末期症状じゃ。これは待ったなしじゃな」

タレナガースは痙攣すらも弱弱しくなってゆくヨーゴス・クイーンと床に大の字になったまま動かぬエディーを見比べてチッと舌打ちした。

「まあよい。もはや余の圧倒的優位は動かぬ。その命、しばし預けておく」

そういい残すとタレナガースは全身から漆黒の瘴気を噴出させるや、片手でヨーゴス・クイーンを抱えあげて闇に消えた。

「ふぇっふぇっふぇツルギとエディー連続撃破じゃ」

声だけが最後に残って消えた。

 

(四)ヨーゴス軍団の快進撃

バリバリン!

午前10時、平日の徳島駅前。

快晴の空から轟音とともに落雷が襲った。

背の高いワシントン椰子が中ほどから炎を噴いて倒れた。

「うわああ!」

「きゃああ!」

「何だ!?」

道行く人々は皆道路に伏せた。いや、腰を抜かしたというべきか?

バリバリッ!ドカーン!

バリーン!ドシャーン!

そこへさらに落雷が襲う。

鉄柱に支えられた大時計が、信号機が、ビルの壁面の電光掲示板が、次々に雷の直撃を受けて火花と炎を噴いた。

「カミナリだ。なんで!?」

「こんなに晴れてるのに?」

空からの攻撃に、人々はどちらへ逃げればよいかわからずパニックに陥った。

あちこちで逃げる人同士がぶつかり合ってひっくり返っている。

「早く建物の中へ入れ!」

異変を感じて交番から飛び出してきた警官が叫んだ。こういう時に助けとなるのは冷静な誰かのひと言だ。

その声で、駅前広場をバラバラに動いていた人たちは皆一斉に最寄の建物へ向けて放射状に走った。

警官も腕を振って近くにいた通行人たちを交番の中へ招き入れる。

走りこんだ男性が「こんなカミナリなんてないぞ!」と悲鳴に似た叫びをあげた。

―――そうだ。確かにこれはおかしいぞ。

自分も交番に逃げ込もうとしていた警官は勇気を振り絞って立ち止まり、周囲を観察した。

バリバリン!ドシャン!

交番の前で停車していたバスが直撃を受けて炎を噴き上げながら宙に舞った。

「確かに今の稲妻の角度だと、空からというよりは。。。あっ!」

駅前の商業ビルの屋上に立つ人影が。遠目にもわかる。徳島県民なら誰にだってわかる。

「あれはタレナガース!」

そうだ。徳島に仇なすヨーゴス軍団の首領、魔人タレナガース。だがその姿はいつもと少し違っていた。

白いシャレコウベの顔にぽっかり空いた眼窩からはパリパリと常に短い稲妻が放たれている。背に纏うトレードマークのケモノのマントは炎を噴いている。当人は熱くないのだろうか?体にも、後頭部に束ねた銀髪にも燃え移らないところを見ると、ただの炎ではないのかもしれない。

してみるとこの雷撃はタレナガースの仕業であったか。

警官は応援を呼ぼうと本部との直通電話の受話器を上げた。

「もしもし、徳島駅前にタレナガースが現われました。至急応援を。。。え?」

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

「なに?」

受話器から聞こえてきたのは地の底から響いてくるような無気味な笑い声だった。

「ひっ」

警官は受話器をデスクの上に放り出した。だが、気色の悪い笑い声はまだ聞こえてくる。

「ふぇっふぇっふぇ。応援などどれだけ呼んでも無駄じゃ。おとなしゅう余の振る舞いを見ておれ」

タレナガースの声は徳島駅周辺にいるすべての人々の耳に届いていた。それは空から聞こえてくるようでもあり、自分のすぐ後ろから聞こえてくるようでもあった。

「そうじゃ。愚かなる人間どもはそうやって日陰で震えておればよい。どうせエディーもすぐには来ぬ。来たところで今の余には敵いはせぬ」

商業ビルの屋上から地上のようすを睥睨してタレナガースは大きなドクロの胸当てを突き出すように胸を反らせた。

 

エリスは音をたてぬようそっと病室のドアを閉めた。

エディーはずっと眠ったままだ。

剣山からだけ産する特殊な磁気を放つ鉱石ツルギサイトを掘り当てるための探知機を完成させたエリスは剣山へ急行した。

道の駅でゴキブリ・モンスターと戦った後、エディーと連絡が取れなくなっていた。嫌な予感しかしなかった。

ツルギも現れず、エディーの居場所もわからない状況で、エリスはやむなく先日ツルギに導かれて入ったあのカムフラージュされた石室へ向かった。

そこで仰向けに倒れているエディーを発見したのだ。

石室全体が青みがかっていたが、エディーの胸のコアは完全に色を失っていた。

―――エディーあなた、渦のエナジーをすべて放出したの?

無茶なことを!

意識はない。エナジーも完全に枯渇している。ただこの石室の隅々に渦のエナジーが満ち満ちていたことは感じ取れる。

ただ部屋に満ちた渦のエナジーが一種の培養液のような役割を果たしたのだろう。それがエディーを今まで生き永らえさせてきたのだ。

「はっ、隕石は!?」

エリスは石室の最奥部の祭壇まで行き、ツルギドサイト製の石箱の中をのぞいた。

―――ない。やっぱり盗られたんだわ。

唇をかみながらもエリスは祭壇の隅に置かれている麻袋の中を覗いた。今までにツルギが集めてきたツルギドサイトの原石が詰まっている麻袋だ。その中に手を突っ込んでガラガラと中の石を掘り返す。すると袋の奥の方からもうひとつの隕石が顔を出した。

「よかった。こっちは気づかれずに済んだのね」

エディーたちはタレナガースの強奪に備え、ふたつのうちのひとつをこの麻袋の中に隠しておいたのだ。

原石とはいえ、ツルギドサイトならある程度隕石の放つパワーを遮蔽してくれるだろうと期待したのだが、それが見事に図に当たった。

タレナガースは目の前の隕石ひとつだけを奪って去っていったのだ。ふたつとも奪われなかったのは不幸中の幸いと言えよう。

とはいえ、隕石を手に入れたタレナガースはとんでもない魔力を発揮するだろう。

「だけどまずはエディーだわ。もう猶予がない」

石室に満ちていたであろう渦のエナジーも、大気に溶けて消えかかっている。一刻を争う状況だ。

エリスは大急ぎでドクターヘリを要請し、エディーの体を麓まで降ろし、救急車で吉野川市の総合病院へと搬送した。

その病院は徳島県下でも数少ない渦戦士ふたりの正体を承知している病院なのだ。もちろん、院長や看護師長、事務長などひと握りの人たちだけだが。

驚くべきことにエディーが受けたダメージは渦のアーマを突き抜けて肉体にまで及んでいた。内臓もやられているようだ。

しかし今は渦戦士の変身を解除させるわけにはいかない。生身のヒロの身体に戻せば、その途端命を失ってしまう可能性すらあるからだ。

「エディーのまま、絶対安静です」

院長の眉間のしわの深さが彼の容態が重篤であることを物語っていた。

必要な応急手当てを施した後、エディーは特別個室へ移された。関係者以外は誰も入れない、ほとんどの職員もその存在すら知らない秘密の病室なのだ。

本来なら集中治療室で厳重に看護されなければならないところだが、この病室にはただ青い光が満ちているだけだ。

渦戦士エディーに必要な渦のエナジーを彼の身体に巡らせることが今は何より最重要課題ということだ。

ここで自分にできることはもうない。そう確信したエリスはリュックに詰められた鉱石探知機を背負って病院を後にした。

 

「あっ、反応だわ。見つけたっ!」

背中の探知機とコードでつながったダウジング・ロッドを軽く握って山中を歩いていたエリスは歓声を上げた。ツルギサイトを探し始めてまだ20分ほどだ。ロッドが急な動きを見せた。

「こっちだこっちだ、っと」

早速ロッドが示す方向へ進み始める。

―――こちらへ。。。

「え?」

エリスは不意に立ち止まった。

誰かが今。。。?

耳元でささやかれたようだ。

あたりを見回しても人影はない。

「なに?だれかいるの?私を呼んだ?」

まさかツキノワグマかと一瞬怖くなったが、ツキノワグマはしゃべらんだろうし。

空耳かと、再びロッドが示す方向へ歩き出した。

すると。

―――こちらへ参られよ。。。

今度ははっきり聞こえた。

「あのう、どなたでしょうか?もしかしてお怪我をなさっているのですか?」

今度はだいぶ大きな声を張り上げた。遭難者なら早く見つけてあげなければ。

―――こちらへ。こちらへ。

なんだかASMRを聞いているようだ。

ええい、こうなったらしかたがない。エリスは覚悟を決めて声のする方へと方向転換した。左右のロッドは右斜め後ろを指したままだが、万が一本当に誰か倒れているのなら最優先事項となる。

森の中は見通しが悪く、すねやら顔やらを枝ではたかれたが、渦のアーマのおかげで大して痛くはない。

「誰かいますか?誰か。。。ええ!?」

足元に人影が。やはり誰か倒れている。と、見ると。。。

「ツルギ!」

それはツルギだった。

「なんてこと。エディーだけじゃなくツルギまで」

ふたりともタレナガースにやられたというのか?

こちらも意識はない。

エリスは生い茂る木々の枝葉のはるか上方に見える高い崖の上を見上げた。

「あそこから落ちたの?」

ツルギの力の源は謎だが、応急処置として予備の渦のコアをツルギの胸の上に置き、彼の身体を調べた。

「外傷はなさそうね。ツルギは隕石の影響でかなり力を乱されていたようだから、そうだ」

エリスはツルギをそこへ残すとダウジング・ロッドの指す方向へ駆け出した。

 

あたりはすっかり暗くなっていた。

大地に横たわるツルギの体は大きな石に囲まれていた。

それは半日以上かけてエリスが剣山中から掘り起こし集めてきたツルギドサイトだった。

既にタレナガースによって隕石のひとつは持ち去られていたが、何故だかもうひとつの隕石が放つ謎のパワーはかえって強くなっているようだ。それが、弱りきっているツルギの体を回復させずにいた。

不純物も取り除いていない原石のままだったが、ツルギの体を苛む隕石の悪影響から少しでも守ってくれるはずだ。内部には青い渦のエナジーが満ちている即席の集中治療室だ。

その傍らにはヘトヘトに疲れ果てた泥まみれのエリスが座り込んでいた。彼女自身が開発したツルギドサイト探知機に接続されたダウジング・ロッドに導かれるまま、広大な剣山山中を徘徊し、反応があったあたりから石を掘り出しひとりでここまで引きずって運んだ。比較的軽い石だったことが幸いしたが、ツルギの全身が石で完全に覆われるまでそれを何度も繰り返したのだ。さすがに精も根も尽き果てた。

―――とにかくうまくいってくれることを祈るばかりだわ。

そしてそのまま寝息を立て始めた。

 

(五)剣山SOS!

徳島市内ではタレナガースの暴挙が続いていた。

吉野川大橋の上部アーチのてっぺんに現れたかと思えば眉山の鉄塔に姿を現したり、フェリー乗り場に出現したりとまさに神出鬼没だ。

バリバリン!ガガーン!

鉄橋のアーチに落雷し、火花が盛大に上がる。

その下を走行中の車は幸い橋を走り抜けたが、降り注ぐ火花を浴びた後続車のドライバーは悲鳴を上げた。

あわや大事故になりそうな瞬間であった。

 

眉山山頂から大きく両腕を広げて徳島市内を見下ろす。

両目からはパシュ!パシュ!と音を立てて電撃が迸り、背のマントの炎が一層勢いを増した。

「それそれ。余の雷撃を食らいたくなければモグラのように地に潜れ!暗い家の中で肩を寄せて震えておれ!ぐずぐずすると丸コゲになるぞよおおお!」

バリバリバリ!ドシャーーン!

たちまち数発の稲妻が徳島市内のあちこちを襲った。街路樹が火を噴き、ビルの避雷針が火柱をあげて崩れ落ちた。

間もなく徳島市内のあちこちで消防車のサイレンが鳴り響いた。

 

出動した警官隊も市街地での銃撃はできるだけ避けねばならず、かといってイカヅチを身にまとう魔人に警棒だけで挑むわけにもゆかず、対応に苦慮していた。とにかくできるだけ外出はしないことを徹底し、子供たちの登下校も複数の大人が同伴して周囲を警戒しつつ行われた。

白昼堂々我が物顔で徳島の街を闊歩するヨーゴス軍団に県民は怯えおののいた。

 

「ふうむ。余の雷撃の凄まじさは申し分ないが、撃ち出される稲妻の命中率がいまひとつじゃのう。。。街中ではあちらこちらに避雷針が立っておるし、高い木に落ちたりして思うところに着弾せぬ。まぁそれはそれで楽しいが。。。」

「タレ様、誠にそのチカラを楽しんでおられるようじゃな」

背でなびく炎のマントが邪魔で以前ほど近づけぬヨーゴス・クイーンが少し離れた所から声をかける。

「うむ。実に爽快である。エディーはおらぬ。ツルギもおらぬ。好きな時に好きな場所で悪さができる。悪さのバイキングレストランじゃ。ふぇっふぇっふぇ」

「そのうえなにやら剣山も不穏な動きを見せておるようじゃ。徳島に大災害でも起きるのかもしれぬわえ。楽しみじゃ。ひょっひょっひょ」

ふぇっふぇっふぇ。

ひょっひょっひょ。

 

悪人二人が楽しみにしているという剣山の不穏な動きは、今や全徳島県民のリアルな不安となっていた。

剣山に安置されていた二つの隕石が離れ離れになったことで互いを呼び合うように強いパワーを発揮しているのだが、地殻観測センターも気象庁もそんなことは知る由もない。

「ツルギ山系の地熱が急上昇している。このまま温度が上昇したら。。。」

「剣山は御神水に代表される名水のメッカです。帯水層が急激に熱せられたら!?」

「そんな、まさか。。。水蒸気爆発が?」

地殻観測センターの所員たちは色めきたった。

もとより剣山は火山ではない。マグマの上昇も無い現状でこれほど温度が急上昇したためしはない。剣山の地下を流れる豊かな地下水が気化して膨張し、地表を突き破って噴き出したら。県西部の被害は間違いなく甚大だ。

センターから発せられた警報は各メディアを通じて直ちに全県下へ伝えられた。

剣山中では局地的な強い地震が頻発し、リフトの運行が緊急停止された。

揺れによるがけ崩れも数か所で報告されている。

タレナガースの暴挙に呼応するかのような剣山のようすに県民たちは大きな衝撃を受けていた。

霊山剣山までが県民を見放したというのか?

剣山一帯から人の気配はすっかり消え去ってしまった。

徳島県全体は死人のようだった。

 

「まだ寝てなくちゃいかんよ君!」

院長が慌てて患者の前に立ちはだかった。

温厚な人柄だが、今のその表情からは驚きと強い意志が感じられる。

「先生。。。しかしそれでも行かなければ。タレナガースの奴め、やりたい放題に!」

ベッドから上半身を起こして今にも立ち上がろうとしているのは我らの渦戦士エディーだ。

絶対の秘匿案件である渦戦士の緊急入院に院長は全力で対応している。エディーがやられたなどと知れたらそれこそ徳島県はパニックの渦に呑まれてしまう。

第一、治療に専念することすら困難になるだろう。

エディーに対してもヨーゴス軍団の悪行の数々は耳に入れずにおきたかった。だがいくら病室のドアを堅く閉ざしてもすべての情報をシャットアウトすることはできない。

何らかの方法で情報を得たエディーは居ても立ってもいられない思いなのだろう。

だがそれでも院長はエディーの両肩にやさしく手を置くとゆっくりと彼をベッドの上に寝かせた。

「エリス君にも言われているんだよ。君はきっと無理をするだろうけれど、決して完治するまでここから出さないでくれとね」

エディーはギリリと歯を食いしばった。

―――完治だなんて。。。待てるものか!

タレナガースの不敵な笑みがエディーの耳には届いていた。

 

う。。。ううん。

朝の鋭い日差しでエリスは目を覚ました。

―――あ、私眠っちゃって。。。

クリアブルーのショートヘアが山の朝露に濡れている。渦のスーツを纏っていなければ確実に凍死していただろう。

上体を起こすと傍らに人の気配を感じた。

「ツルギ、よかった意識が戻ったのね」

ツルギは片膝をついて右の手の平を地面に当てて何かを感じているふうだ。

「何をしているの?具合はどう?無理しちゃだめよ」

矢継ぎ早に語り掛けるエリスを左の手の平で制してゆっくりと立ち上がった。いつものツルギの堂々とした立ち姿とはほど遠い。まだダメージが残っているのだろう。

「ごめんなさいツルギ。タレナガースに隕石のひとつを奪われてしまったの。阻止しようとしたエディーもやられちゃって」

「しかたあるまい。タレナガースが隕石のパワーを取り込んだとしたら、間違いなくかつてない強敵となっているはずだ。エディーは無事なのか?」

「ええ。今は治療を受けているから心配いらないと思う。それとね、幸いもう一個の隕石は獲られずに済んだのよ」

ツルギは無言で頷いた。

「それでも状況は芳しくない」

「そうよね。。。強くなったタレナガースを倒す方法をなんとか考えなきゃ」

「タレナガースだけではない。問題はひき離されたふたつの隕石だ」

エリスはにわかに理解できずキョトンとした。

「今、剣山からは特殊な電磁波が発せられている。祭壇にある隕石とタレナガースが持っている隕石が互いに電磁波を送りあっているのだ」

「え。。。それって、ふたつの石が互いを呼び合っているってこと?」

いかにもエリスらしい表現だが、ツルギは彼女に頷いた。

「私も知らなかった現象だ。人間の道具が発する電磁波はいやというほど感じるが、このような電磁波は感じたことがない。まぎれもなく宇宙のものだ。今の人間たちには探知できぬかもしれぬ。だがこれによって御山の地下を流れるご神水が急激に熱せられて膨張している。よくない兆候だ」

「電磁波で沸騰って。。。まるで電子レンジみたい。で、沸騰するとどうなるの?」

「爆発する」

えええええ!?

湧水がお湯になってコーヒー作るのにちょうどいいなどと一瞬思ったエリスは仰天した。そういえばマグマなどで熱せられた帯水層が爆発的に噴き出すことがあると聞いたことがある。

これは本当に大変だ。

すぐに関係各方面へ知らせなければ。しかし探知できない特殊な電磁波にどう対処すればよいというのか?

「つまるところ、タレナガースを倒して隕石をふたつ揃え、新しい石の箱に納める。これしかない」

「はじめに戻っちゃったわね」

「かたじけないエリス。お前ひとりでこれだけのツルギドサイトを探し当ててくれたのだな」

ツルギは自分の周囲に幾重にも配置されたツルギドサイトを見回した。

「これだけあれば新しい隕石の箱をこしらえることができよう。私は早速作業に入る。今は下界へ戻っていてくれ」

そう言うとツルギの周囲に突風が巻きおこり「わっ!」と目をつぶったエリスは気づけばリフト駅の脇に停めた自身の車の横にひとり立っていた。

―――大変な戦いになりそうだわ。

そんな時、いつもエディーの姿を思い浮かべてしまう自分を叱咤して、エリスは車を発進させた。

 

(六)立ちはだかる者たち

ごおおおおおああああああ!

腹の底から発せられるタレナガースの遠吠えが静まり返った剣山系の山々にこだました。

バサバサバサ!

静寂を楽しんでいた山鳥たちが一斉に飛び立ち、獣たちは大樹の陰や巣穴へと身を隠した。土の上をモゾモゾと這う小さな虫たちまでもが落ち葉の下へと潜り込んだ。

「聞けえええい!この徳島にて生きとし生けるすべての者どもよ!余の名はタレナガース。この徳島を統べる悪の秘密結社ヨーゴス軍団の首領様である!」

そう叫ぶと、タレナガースはしばし周囲に注意を巡らせた。だが、物音ひとつ起こらない。

ニマリ。

タレナガースは満足げに笑った。

今の宣言に異を唱える者はいない。誰一人としていないのだ。自分こそが徳島で一番偉いのだ。

あの忌々しい渦戦士どもも今のタレナガースには敵いはしない。もはやこの徳島はヨーゴス軍団のもの、つまりはタレナガースひとりのものとなったのだ。

剣山中のひときわ高い尾根に陣取っている。

「ところでタレ様や、先ほどよりわらわのはらわたが何やらゾクゾクしておるのじゃが、この楽しげな予感はいったい。。。?」

背後に付き従うヨーゴス・クイーンが首領に声をかけた。

振り返りもせず、タレナガースはただニヤリと口元に不気味な笑みを浮かべた。

「ほほう、そちも感じるか?この刻一刻と大惨事が始まろうとする説明のつかぬワクワクゾクゾクを」

先刻よりタレナガースも何やら踊り出したいような心持ちであったのだ。

「なにゆえ今日はこの剣山の頂までわざわざ出張ってきたか、というとじゃな。。。」

タレナガースは両目から稲妻を走らせながらスキップしている。その視線は足元に向けられていた。

「なにやら地下から大きな災いがせり上がってくるような気がしてならぬからじゃ」

「大きな災いとな?」

首領を真似てスキップを始めたヨーゴス・クイーンともどもなにやら悪しき祈りの如き舞踏が始まった。

「来る。なにやらとてつもなくスケールの大きな災厄が迫っておる。余にはわかる。余には感じるのじゃ」

タレナガースはふと視線を遠くの森に向けた。尾根から下界を睥睨する魔王の視線がある1点で止まった。

―――そこか。

蒼白いシャレコウベがニヤリといやらしく歪んだ。

「卵の殻が硬いなら余が割って進ぜよう」

バリバリバリバリ!

タレナガースの両目から発せられていた短い稲妻が突如どこまでも伸びて森に着弾した。

ドガーーーン!

パキパキッ!

ガガーーーン!

落雷を受けたあたりの巨木が炎を噴き上げて根こそぎ倒れたが、それだけではなく根が掘り返された地面の穴がみるみるひび割れて、そこからひと筋の水柱が上がった。

ブシュウウウウウウウ!

それは水蒸気をまとって、高い場所にいるタレナガースとヨーゴス・クイーンにも降り注いだ。

アチッ!アチッ!

地下から噴出したのは熱湯だった。

ふぇ〜っふぇっふぇっふぇっふぇ。

熱い熱いと逃げ回るヨーゴス・クイーンを尻目に、熱湯を被りながらも胸をそらせて高笑いをするタレナガースの全身を高温の水蒸気が包み込んだ。イカヅチと炎を我が物とするタレナガースには熱湯など行水程度でしかないのだろう。

「なるほどのう。迫り来る災いとはこれであったか。この大地の下を流れる広大な水脈が今にも噴出そうとしておるのじゃ。しかも凄まじき勢いで」

カッ!

タレナガースは再び眼下に広がる森の一点を見据えると眼窩から稲妻を迸らせた。

バリバリン!

バキバキ!

ブシュウウウウウ!

今度も落雷を受けた巨木が倒れ、沸騰した地下水が噴水のごとく舞い上がった。

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

タレナガースはこの異常事態を心の底から楽しんでいるようだ。

「じゃが、まことの災厄はこのようなレベルではない。ここはまだ地下水脈の本流ではない。本当のお楽しみはこれからというわけじゃ!」

タレナガースとヨーゴス・クイーンは忌々しいほどに青い空を見上げて大災厄の到来を待ち焦がれた。

「剣山に異変などは起こらない」

ふいに背後からかけられたその声の主を確かめもせず、タレナガースは鋭い肉食獣のキバをむいて低いうなり声をあげた。

ぐるるるる。

来るべくしてやって来た宿敵。。。

「渦戦士エディー!」

だが、その名を叫びながら振り返った顔には余裕の笑みが浮かべられていた。

「ふぇっ!今さら来たところで貴様に出来ることなどもはや無い。悪いことは言わぬゆえ病院のベッドへ戻って休んでおれ」

あっちへ行けと手のひらをヒラヒラと振る。

そうだ。今度ばかりは確かに分が悪い。

先日、剣山中の隠された祭殿で隕石を体内に取り込んだタレナガースにコテンパンにやられた。その後何の策もなく再戦に挑んだのだ。

しかも体調はお世辞にも万全とは言えない。

―――帰ったら院長先生にこっぴどく叱られるな。

無事に帰られたなら。

エディーは雑念を振り払うかのように戦闘の構えを取った。

―――重要なのは俺が無事かどうかじゃないだろう。俺は。。。俺は!

徳島を守る!!!

気合とともに大地を蹴ったエディーの身体はタレナガースの巨体よりも高く跳んだ。

背後は切り立った崖。尾根の端に立つタレナガースに一瞬の躊躇が生まれた。

ガツッ!

胸板に高角度キックを食らった。

ごああああああ!

うわっ!?

本来ならここまでまともにエディーのキックを食らえば仰向けに吹っ飛ばされて崖下の森に落下するはずだが、タレナガースは雄叫びとともに全身に稲妻を巡らせてエディーを跳ね返したではないか。

もといた場所まではじき返されたエディーは片膝をついて呻いた。

破壊力が大きければ大きいほど、跳ね返された衝撃は凄まじいものとなってエディー自身に返ってきた。

「ぐ。。。やはりあの稲妻がタレナガースの身体を強化しているのか。とてつもない防御力だ」

「ふぇっふぇっふぇ。初手からそのようすでは戦いにならぬな。じゃが余の凄いところは防御力だけではないぞよ。攻撃力も桁外れじゃ。見たいか?さようか見たいのか。では。。。」

タレナガースは舌なめずりするとエディーに向けて両腕を伸ばした。

くらえ!

バリバリバリバリバリ!

ぐああああ!

眩い閃光とともに雷撃がエディーを直撃し、エディーは一瞬気を失った。

「かはっ!」

意識を取り戻すと同時大きく息を吸う。体のあらゆる機能が停止したかのような衝撃だ。

ツンと焦げ臭い匂いがエディーの鼻を突いた。

はあはあはあ。。。

―――これでは勝てない。どうするエディー?

このまま正面から突っ込んでも勝ち目はない。だが尻尾を巻いて逃げるわけにはゆかぬ。

進退窮まったその時、一陣の風がエディーを包んだ。

エディーの視界を一瞬黒い何かが覆う。だがそれが何かをエディーはすぐに察知した。

「ツルギ。君、大丈夫なのか?」

「他人の心配をしている状況でもなかろう」

ツルギはエディーと並んで雷撃魔人タレナガースと対峙した。

「そろそろ貴様の悪さも終わりにさせねばなるまいな」

鋭い眼光は衰えを見せない。

「ふぇっ。弱い者同士が二人揃ったからというて、それで勝てると思うてか?甘い甘い」

渦の戦士と超武人のふたりを前にしてもタレナガースは緊張感無く笑っている。圧倒的な戦闘力の差はさんざん見せつけた。今のこやつが最強なのは自他共に認めるところだ。

「確かに勝てまい。このままならばな。。。エリス!」

「はいは〜い」

ツルギの呼びかけに呼応して木陰からエリスが走り出た。

「ハイこれ」

エリスは胸に抱えていた黒く光る石の箱をツルギに差し出した。

それはエリスが苦心して掘り当てたツルギドサイトを使ってツルギがこしらえた新しい隕石封印の石箱であった。

ツルギは受け取った石箱の蓋を開け、中からもうひとつの隕石を取り出した。

「むむっあの石は?」

はじめてタレナガースの表情に緊張が走った。

―――やはり隕石はふたつあったのじゃな。うかつであった。。。

「ふん。余をたばかりおったな!」

稲妻を湛えた目が恨めしそうにツルギの手元を睨みつけていた。

その視線を平然と受けつつツルギはエディーの耳に少し顔を寄せると小さく、だがはっきりと言った。

「耐えろ」

言うなりツルギは手にした隕石をエディーコアに力いっぱい押しつけた。

パリパリパリパリ!

押しつけられた隕石はまるで命あるものが己の住処に潜り込むかのようにモゾモゾとコアの中へと姿を消した。

凄まじい閃光と稲妻が迸り、隕石を取り込んだエディーの全身を電撃が包み込んだ。

ぐああああああああ!

青く清浄なる渦のパワーに雷撃のパワーが取って代わる。

体の中のものがごっそりと入れ替わるような快感と苦痛。

エディーの視界が何者かに乗っ取られ眼の前の物とはまったく違う映像が映し出された。

宇宙だ。

幾千万の星々が眼の前をもの凄いスピードで通り過ぎてゆく。

パアッと違う映像に切り替わる。

また宇宙だ。

先ほどとは違う天体だが、同じように眼前に無数の星々が現われては強風に吹き飛ばされた砂粒のように消えてゆく。

次も。また次も。

そして宇宙の果ての果てからやって来た閃光がすべてを包んでしまった。

気づいたときエディーは天に向かって叫んでいた。

おおおおおおおおおおおおおおお!

とてつもなく大きな器から洪水のように水があふれるイメージとともに、この凄まじいパワーを存分に振るってみたい衝動。

相手は誰でもよい。対象は何でもよい。このパワーを発揮したい。見せつけてやりたい。畏れさせてやりたい!

エディーのゴーグル・アイからタレナガースと同じような短い稲妻が迸った。

「む、いかん!」

ツルギはエディーの内面に異変を感じ取ったか、エリスに素早く目配せした。

あらかじめ打ち合わせされていたものか、エリスは頷くとエディーのもとへ駈け寄った。

エディーは今、自分の中に渦巻いている力の大きさに翻弄されて我を失っている。

だが本質が悪であるタレナガースと唯一決定的に違うのは、彼の本質が正義であることだ。

決して失われることのない正義の心が、荒ぶる未知の力を受け入れられずに、その勢いに流されることを必死に抗っていた。

「エディー、わかる?私よ、エリス。エディー!自分を取り戻してエディー!あなたは徳島を守る渦戦士なのよ!エディー!」

―――エ、リス。。。う、ずの。。。オレはエディー。エディー。オレは。。。

突風に翻弄される意識が地に降りてゆく感覚。荒れ狂う嵐の中であてもなく天空を彷徨うような不安定で荒々しい気持ちが足元の一点に収束してゆく。

「オレは渦戦士、エディーだ」

そう口にした瞬間、エディーは正気に戻った。

「ふうう」

「エディーが!?」

「むむ、赤いエディーになりおったか」

エリスが歓声を上げ、タレナガースが唸る。

体中に満ちた異質なエナジーは、彼を一気にアルティメット・クロスへと強化変身させていた。

「あの凄まじいエナジーを受け入れるためには最強フォームになるしかあるまい」

その赤い全身を常に電撃が駆け巡っている。タレナガースと同じ現象がアルティメット・クロスにも起こっているのがわかる。

「タレ様、いかがなされた。彼奴らがどうであれタレ様は最強のはず。ひるむでない!」

クイーンのひと言が雷撃魔人の闘争本能に火をつけた。

「ひるむじゃと!?たわけを申すな!余がいかに無敵の存在であるか、それにて見ておれ!」

ゴオオ!

タレナガースは吼えるとアルティメット・クロスに挑んだ。

雷撃魔人VS電光超人。

仕掛けたのは魔人だ。

長いツメを真っ直ぐにそろえた地獄突きをかわされたと見るやその腕を曲げて肘を打ち込む。ほぼ同時に反対側の拳が飛来する。

腕の攻撃に気をとられているとアゴの真下に岩の塊のようなひざが迫り来る。

それら一連の攻撃が呼吸ひとつする間に繰り出された。

だがアルティメット・クロスは左右の掌を木の葉のように動かしながらそれらすべての攻撃を受けて、流した。

「エディー、どうして攻撃しないの?」

「見極めているのだ。自分がどれほど強くなったのか?タレナガースの攻撃が今の自分にとってどれほどのものなのか?」

タレナガースの回し蹴りを腕全体でパシッ!とガードするや、アルティメット・クロスはスイッと腰を落とした。

その一瞬の動きをツルギは見逃さなかった。

「さぁ始まるぞ。アルティメット・クロスの反撃が」

その言葉通りアルティメット・クロスが動いた。

バシッ!

ドカッ!

バキッ!

ガツッ!

壮絶な殴り合いが始まった。一撃一撃が岩をも砕く凄まじい破壊力だ。

双方の全身から放たれる稲妻が宙に散り、連続して交差する打撃音はひとつに連なってまるで重機関銃の射撃音を思わせる。

「あの隕石がこれほどの力を秘めていたとは。。。もはや異次元の戦いだ」

今までエディーの戦いをその目で見届けてきたエリスも、これほどの戦闘を見たことはなかった。スピード、破壊力そして両者の全身から迸る闘気、どれをとっても確かにレベルが違いすぎる。自分の知っているアルティメット・クロスとは違う存在になってしまった気がして恐ろしくなった。

まれにふたりの拳が正面からぶつかり合うと、電気がショートしたように一層まばゆい閃光が奔ってエリスは小さく悲鳴を上げた。

剣山中の尾根が異界のバトルフィールドと化していったいどれくらいの時間が経ったのか?戦いに少しずつ異変が見え始めた。

わずかながらアルティメット・クロスの手数がタレナガースを上回り始めた。それに伴ってバトルの趨勢はアルティメット・クロス優位に動いてゆく。

相手のパンチやキックをガードしつつその間隙を縫ってこちらも攻撃する。そのリズムがタレナガース側において明らかに崩れ始めた。

ガガッ!

ズドッ!

アルティメット・クロスの繰り出す攻撃が連続してタレナガースにヒットし始め、与えるダメージと受けるダメージの差がみるみる開いてゆく。

ぐうううう。。。

やがてタレナガースは防戦一方となり、アルティメット・クロスの繰り出す攻撃を受けて体がくの字に曲がり、よろけ、のけぞった。

雷撃魔人として無敵を自認するタレナガースは、腹立たしさにキバをむき出してうなり声をあげるがこの状況をどうすることもできない。

電光超人と化したアルティメット・クロスの光速攻撃のことごとくがタレナガースにヒットする。

シュッ!

アルティメット・クロスが動きを止めた。ぐらりと揺らいだタレナガースの体がまたもとの直立姿勢に戻るのを見定めて、再び攻撃を開始する。

パンチとキックが雨のようにタレナガースの全身に降り注ぐ。

「一方的になったわ」

エリスがその攻撃の凄まじさに息をのんだ。

「今ふたりの体には同じ隕石が取り込まれている。隕石パワーの質と大きさが同じなら、本来のふたりの攻撃力がそのまま差となってあらわれる。もはやタレナガースに勝ち目はない」

「でも、あれだけ攻撃を受けているのに倒れないわね。効いていないのかしら?」

ツルギが無言で首を横に振った。

「効いていないのではない。効いていることを、隕石が宿主であるタレナガースに隠しているのだ。凄まじいダメージを受けながらヤツは気づいていない。自分が隕石のパワーだけで立っていることに。自分が不死身であると今も勘違いしているのだ」

「それってつまり。。。」

「そうだ。隕石が体内から摘出された瞬間に。。。」

アルティメット・クロスの渾身の右フックがタレナガースの左こめかみを捉えた。

ガツン!

「ヤツは体に蓄積されたとてつもないダメージを。。。」

タレナガースの左右の眼窩から放たれていた火花のごとき稲妻がその瞬間消滅し、反対側の右こめかみから隕石がバシュッと音を立てて飛び出した。

「一気に実感する!」

「ぐゎはっ!」

苦鳴とともにのけぞるタレナガースの脇を駆け抜け、ツルギはタレナガースの体内から飛び出した隕石を素早くキャッチした。

ぐあああああううううええええ!

アルティメット・クロスの神速の攻撃のダメージを一気に受けてタレナガースは己が体を抱きしめるようによろけた。

「タレ様!」

ヨーゴス・クイーンの叫びもその耳には届いていない。

あまりの苦痛に自らのツメを迷彩色のコンバットスーツの上から食い込ませている。

そして。。。

ガラッ。

尾根の端から足を踏み外してそのまま谷の底へ落ちていった。

「今度は私が貴様を見下ろす番だな」

無表情のツルギが谷底に向かって呟いた。

電撃をまとうアルティメット・クロスは残されたヨーゴス・クイーンをじろりと睨んだ。

「ひっ」

頼みのタレナガースが撃破され、ヨーゴス・クイーンは慌てて紫色の瘴気の中に姿を消した。

「勝ったわ、アルティメット・クロス。お疲れ様」

エリスが駆け寄るが、体にまとった電撃が怖くて近くには寄れない。

「ねえ、まだ全身がパチパチいってるけどエディーは大丈夫なの?いきなり隕石を押し込めちゃうなんて。。。」

案じるエリスに頷くと、ツルギはアルティメット・クロスに歩み寄った。彼自身、自分の体に何が起こったのかはっきりと理解はしていまい。

「目には目を。隕石には隕石を、だ。隕石の力で無敵の魔人となったタレナガースに対抗するにはこちらも隕石の力を得なければならぬ。これしか方法はなかったのだ。だが、途方もないパワーをいきなり体に流し込まれた者はその大きさに溺れてしまって狂人と化す。精神が壊れるか、持ちこたえたとしても第2のタレナガースを生み出してしまう恐れがあった」

「そんな!」

つめよるエリスにツルギはもう一度頷いた。今度は詫びの気持ちが込められていたのかもしれぬ。

「少しばかり荒っぽいやり方ではあったが。。。」

ツルギはアルティメット・クロスを振り返った。

「よく耐えたな。揺るがぬ正義の心を持つお前ならば絶対に大丈夫だと信じていた。そして、いざとなればエリスが大きな支えとなるだろうと」

ツルギはそう言うとアルティメット・クロスの胸に左右の掌をかざし、そこに意識を集中させた。

パチパチッ!

ひときわ激しく火花が散り、アルティメット・クロスの体がピクリと痙攣した。すると胸の十字のコア・ガードを貫いて、隕石がゆっくりと外へ出てきたではないか。

隕石がツルギの手に収まるや、アルティメット・クロスがまとっていた電撃は消滅し、彼自身もノーマルモードのエディーの姿に戻った。

途端、ものすごい疲労感に苛まれてエディーはガクリと片膝をついた。エリスが慌ててその上半身を支える。

「ふうう。なんだか凄いものを見せられたよ。あれは。。。そう、隕石の記憶なのかな?」

ツルギは手にしたふたつの隕石を新たにこしらえたツルギドサイト製の石箱に納めると、ピタリを蓋をした。

「これでこの騒動は落着したの?」

エディーに寄り添うエリスがツルギに問うた。

ツルギは無言でふたりを見つめ、今度は腰を折ってお辞儀をした。

「それにしても、剣山の霊力の源がまさか太古に宇宙から飛んできた隕石だっただなんて、想像もしなかったわ」

エリスの言葉に、石箱を大切そうに見つめていたツルギが不思議そうな表情でエリスを見た。

「何を言っている。この御山の霊力を司る御方はちゃんと別におられる。このような隕石などではないぞ」

「ええ!?その隕石じゃないのか?」

驚いてエディーも素っ頓狂な声を出した。

「馬鹿も休み休み言え。いくら強大な力を秘めていてもただの石ではないか。このような厄介な代物、できるならばどこかへ捨ててしまいたいくらいだ」

エディーとエリスはあらためて広大な剣山系を見渡した。

―――そっか。やっぱり剣山にはちゃんと神様が宿っているのね。

「はっ!」

エリスは不意に思い出した。

ツルギドサイト探知機を背負って剣山に来た時、倒れているツルギの方へと彼女を導いたあの声。。。

―――こちらへ。。。

あれはもしや。

彼女の脳裏に「神のご加護」という言葉が浮かんだ。

エリスは高い尾根からどこへともなく頭を下げた。

その姿をツルギは驚くほどやさしい眼差しで見つめていたが、ふたりは気づかなかった。

 

(終章1)加えられた都市伝説

剣山の物騒な鳴動はこの時を境にピタリと止んだ。

地殻観測センター徳島支所のホリタも地元紙のインタビューに「剣山は平常の状態に戻っている」とコメントし、県民は皆胸をなでおろした。

 

「それにしてもあれって一体何だったのかしらね?」

「観測機器の故障か何かだろう。剣山が噴火ってありえなくない?」

「でも登山客は実際に凄い地鳴りとかを聞いたって、ニュースで言ってたじゃん」

「そりゃ地震くらいならあるさ」

いつものカフェでも当分はこの話題で賑やかなことだろう。

ヒロとドクは顔を見合わせて小さく笑った。

「剣山の大蛇に続く不思議エピソードができちゃったわね」

「ああ。でも不思議エピソードで収まってよかったよ。ツルギとエリスの助けがなければ本当にヤバかったんだから。。。」

「ふふ。私たち、ツルギを助けに行ったんだか助けられに行ったんだか?」

ヒロは「まったくだよ」と呟きながら珍しく注文した苦いブラックコーヒーを口に運んだ。

隕石を体内に取り込んで以来、食べ物の好みが変わったようだ。

「しばらくは体に変調があるだろうが心配ない。2〜3か月もすれば元に戻るだろう」とツルギは言っていたが、どうなのだろう。

あの戦いの後、3人で隕石を収めた石箱を隠し祭壇に納めた。新しくこしらえたツルギドサイト製の石箱は、これからまた永い間隕石の力を抑え込んでくれるはずだ。

そして、やるべきことをすべてやり終えたエディーとエリスはタレナガースが落ちた崖下を覗き込んだ。

「死んだかな?」と呟くエリスに、ツルギは「ふん、このようなことで彼奴が死ぬはずもない」と平然と言っていた。

「はは、ですよね〜」苦笑いするふたりに「だが、エディーよりも長く隕石を体内に留めていた分、大きな反動に苦しんでいるだろう」と言ってクルリと谷底に背を向けた。

「あの時ツルギの言ったことが本当なら、今頃タレナガースってばうんうん苦しんでいるんじゃない?」

「ああ。いい気味だぜまったく」

「これはあれね、眉山あたりでどこからともなく聞こえるうめき声。。。なんてのが不思議エピソードに加わりそうね」

急にのけぞってケラケラ笑い出した奥の席の常連ふたりを上目遣いに睨みながら、マスターはサイフォンの中を木べらで丁寧にかき回していた。

 

「うああああううう。。。だ、だめじゃ。死ぬる。死ぬるわ。死んだかも。死んだわ。死んでしもうた。死んだ死んだ死んだ。。。」

「ええい、やかましい!死んだ死んだと生きてもおらぬ魔物がわめかれるでない。情けない!」

「やかましいとは何じゃ。隕石が抜けてからというもの、虚脱感がすさまじいうえに赤いエディーめにドツきまくられたところが痛うて痛うて。。。少しは労わらぬか。痛いよ痛いよお」

―――まったくつきあいきれぬわ。どこぞで悪さでもして気分転換するかや。

眉山の最も深く地中を掘り抜いたアジトで悶絶するタレナガースをほったらかして、ヨーゴス・クイーンは口笛を吹きながらひょいひょいと月のない夜の町へと消えた。

それからのひと月というもの、眉山周辺では昼夜を問わず無気味な泣き声がどこからともなく聞こえてきたという。

ヒロとドクの冗談が本当になったようだ。

 

(終章2) SNSより #いたいよいたいよ

<昨日の夜眉山のふもとを歩いていたら #いたいよいたいよ とかって声が聞こえてきてチビッた。(笑)>

<ヤバイヤバイ。眉山のロープウエイに乗ってたら #いたいよいたいよ って誰か泣いてんの。声が箱の中で反響しておっかねー!ロープウエイの中オレひとりなのに。。。もうね、逃げ場無くて七転八倒よ。>

<眉山山頂までドライブ。夜景サイコーなんだけど、ロープウエイで上がってきたヤツらみんな真っ青な顔で降りてきて草。まさかの乗り物酔いかと思ったら「怖い怖い」って震えてんの。なにがあった?>

<ツレと徒歩で眉山山頂へ。話題の #いたいよいたいよ 聞こえるかと思ったけど聞こえなかった。ボイレコ用意してたのに残念。>

<聞いた!マジ怖ぇえ!時々うめき声まで混じってて迫力あった。>

<みんな怖がらなくて大丈夫。変な声とか聞こえてもなにも起こらないから。心配ご無用!>

<まさかのエリスキター!>

<家が眉山の近くで苦しそうな泣き声よく聞こえてた。気持ち悪かったけどエリスのツイート読んでなんか安心したわ。>

(完)