渦戦士エディー
すだまの森
(序章)清々しき場所
山深い忘れられた土地。
かつては知らず、今は人はおろか獣道さえも草に覆われて消されている。
うっそうと木が生い茂るそんな土地に、大きな池がひとつあった。
底には泥が溜まり、表面は枯れ草が覆い隠し、池と気づかずに足を踏み入れた人や獣を飲み込んだこともあったやもしれぬ。
時折、臭いガスの泡がポコリポコリと浮かび上がっている。
日も当たらず風も吹かず、暗く重い空気はやがて瘴気と化して池の周囲にわだかまった。
む・・・。
おや?今何かの気配が動いたようだ。
いや、気のせいであったか。。。?
何十年ぶりかの来訪者は木々の枝をへし折りながらけたたましい悲鳴を上げながらやって来た。
永く眠っていた木々も節穴の中や落ち葉の下に巣食う虫たちも飛び起きたに違いあるまい。
それは人ではなかった。
前を走る長身は青白いシャレコウベの顔だ。眼球のない眼窩とお飾りのような鼻の孔がぽっかり開いている。表情の無い作りかけの能面のようだが、下あごからは1対の鋭いキバが突き上げるように伸びている。
その後ろからついてくる者は紫色の体毛に覆われている。カマキリかスズメバチか毒グモか、いずれも獰猛な肉食昆虫を彷彿させる剣呑な気を発している。
タレナガースとヨーゴス・クイーンだ。
タレナガースは後頭部でまとめた銀色のドレッドヘアが、ヨーゴス・クイーンは自慢の紫の刈りあげヘアが、木の枝やら葉っぱやらで乱れに乱れている。
それでも身なりに構っている暇はないようだ。
その後を青い人影が追う。
額と胸に青いクリスタル状のコアを持つ。
エディー・エボリューション・フォームだ。
「ひいひい、タレ様、あやつ本気じゃ」
「わかっておる。毎回本気じゃ!」
言いながら逃げるふたりの背後から青い光の鎌が飛来して頭の毛をジョリリと削いでいった。
ぎやあああ!
おぞましい悲鳴を上げて逃げる速度を上げる。振り返って煙幕代わりの瘴気を大量に吐き散らかす。
そんなふたりの姿が不意に消えた?
「うん?やつらめどこへ消えた?」
エディー・エボリューションが追いついたが、肝心の敵の姿が見えぬ。
あたりにはどす黒い瘴気が漂っている。
用心しながらしばらく周囲に気を巡らせて様子を窺っていたがどうやら逃げられたようだ。
「クソッ」
今一歩というところまで追いつめたものを。残念だ。
エディー・エボリューションは諦めきれない様子だったが、ふと「薄気味の悪い場所だな」と言うと踵を返して今来た方へと姿を消した。
エディーが残した足跡のすぐ近くからプクプクプクと泡が浮き上がり、ザザッと何かが飛び出した。
ぷは〜。
タレナガースとヨーゴス・クイーンだ。逃げていて汚泥の池に落ち込んだようだ。真っ黒なヘドロをかぶって臭いやら汚いやら。
「なんじゃ沼であったか」
「気づかなんだが、おかげで逃げおうせたのうタレ様」
「うむ。しかし沈殿しておる泥の具合といい澱んだ空気といい、なかなか清々しい場所であるな」
「まことに。わらわも気に入った。いずれここに新たなアジトをこしらえましょうぞ」
そうしよう、そうしよう。
そうしよう、そうしよう。
頭のてっぺんからヌルヌルしたヘドロを垂らしながら、二体の魔物はまるでシャワーを浴びてスッキリしたかのように清々しげに周囲を見渡した。
「おや?タレ様これを見られよ」
何かを見つけたか、ヨーゴス・クイーンが近くの巨木の根っこのあたりを覗き込む。
そこには煙のような黒い気体がモゾモゾと蠢いている。気体ではあろうが、なにやら粘り気を含んで掌にそのまま乗せられそうな感じだ。
「ほほう、これは」
「。。。であろう?」
ふたりはそばにしゃがみこんでその黒いモゾモゾのようすを面白そうに見ている。それは子供たちがかわいらしいペットを見ているような。。。?
「すだまではないか」
「そうじゃ。すだまが生まれようとしておる」
すだま。。。つまりは魍魎のことである。
この森の不気味な気配に、おそらくはタレナガースの瘴気が加わって、新たな魍魎が生まれようとしているのだ。
「気に入った!」
「うむ。是非ここにアジトを!」
「そうと決まればさっそく。。。」
タレナガースは懐から何やら栄養ドリンクほどの小汚い瓶を取り出すとキャップを開けて中の液体をグビグビグビと口の中に流し込んだ。
「タレ様、それは?」
ヨーゴス・クイーンが興味深げに覗き込む。
「まぁ見ておれ」
そして十数秒。。。
「うむ。キタキタキター!」
そう言うや、まるで泥酔したオヤジが嘔吐するかのように「ゲーーー」っと真っ赤な瘴気を盛大に吐き出した。
「おおおお、タレ様、瘴気が真っ赤じゃ。どこぞ身体の具合でもお悪いのか?」
ヨーゴス・クイーンの表情は言葉とは裏腹に面白そうだ。
「ふぇっふぇっふぇ。この薬剤は余が特別に調合した劇薬でな。瘴気に特別な力を与えてくれるのじゃ」
「なんと!是非わらわにも、わらわにもひと口」
せがむヨーゴス・クイーンを「もうないわい」と片手で払いのけ、タレナガースはあたりの気配を窺った。
―――これでよかろう。
満足げに頷くとくるりと背を向けた。
「もうお帰りかや?」
「今日はここまでじゃ。今の赤い瘴気はアジト建設の手付金のようなものじゃ。ふぇっふぇっふぇ」
そう言うと今度は「まともな」黒い瘴気を吐きだしてクイーンとふたり、その中へと姿を消した。
後には魔物にかき回されたヘドロが沈殿し、濃密な瘴気が覆う池だけが残された。
(一)妖怪土蜘蛛
「おやぁ?」
道幅3メートルほどの山道を軽快に走ってきた軽トラが急ブレーキをかけて止まった。
ドアを開け、男が一人降りてきた。ランニングシャツ、首にはタオルを巻いている。野良作業の帰りであろう。
「おいおいおい、なんだこりゃ」
短く借り上げたゴマシオ頭を掻きながら呟いた。
目の前には巨大な蜘蛛の巣がかかっているのだ。
巨大というか、広大というか。。。まるで投網のようだ。
しかも1本1本の蜘蛛の糸が太い。何本もの糸をより合わせてロープのようになっている。こんな蜘蛛の巣は見たことがない。
男はあきれた顔でその蜘蛛の巣の全体を見渡した。少し後戻りする。
片側は高さ10メートルもありそうな高い木の上から張られており、反対側は山の林の中へ消えている。巣の中心がうまい具合に道路の真ん中に来ていてそれこそ自動車でも絡め捕られそうな塩梅だ。
ここで男は気づくべきだった。こんな蜘蛛の巣が一体何を捕まえるためのものであるのかを。。。
だがあまりに現実味が乏しい景色に、男は恐怖よりも先に興味を抱いてしまった。
「こんなデカい蜘蛛の巣を張る蜘蛛ってのはいったいどんな奴なんだろうなぁ?」
だが、この道を通らねば家へは帰れない。惜しい気もしたがこの蜘蛛の巣は取り払わねばならないと思いなおし、男は軽トラから真新しい鎌を取り出した
鈍く光る刃を巣の一部に当ててグイとひいたが、糸は切れるどころか傷ひとつつかない。
驚いた男は鎌の柄を両手で握ると、後ろへお尻を突き出すように体重をかけてもう一度鎌の刃を引いた。
バィン!
するとものすごい弾力の糸が、まるで男の手から奪い取るように鎌を跳ね上げて巣の真ん中あたりへくっつけてしまった。
「ありゃ!なんちゅう。。。」
買ったばかりの鎌だ。見捨てるには惜しい。かといってこの頑丈な蜘蛛の糸をどうやって排除すればよいものか?
「火をつけるわけにもいかねぇしなあ」
山火事でも起こしたら一大事だ。
やむなく男は背伸びしてくっついている鎌を取ろうとした。手をめいっぱい伸ばせば、鎌の柄になんとか指の先が届く。軽くくっついているだけだろうから指の先ででも弾いてやればポトリと落ちるに違いない。何度か試しているうちに、男のシャツが蜘蛛の巣にくっついてしまった。
「いかん。。。」
反射的に右足を蜘蛛の巣にかけて引きはがそうとしたら足もくっついてしまった。体を後ろに引いた反動でかえって前へ持っていかれて、とうとう顔まで蜘蛛の巣にくっついてしまった。
「こ、こりゃ。。。まずい」
ここに至って、初めて男は現状をしっかりと理解した。
「く、蜘蛛の巣に絡め捕られちまった!」
それはつまり蜘蛛の餌にされるということだ。
男は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「だ、誰か!」
スマホは軽トラの中だ。頭のすぐ上には鎌があるが、取ろうにも腕まで巣にくっついていてピクリとも動かせない。
進退窮まった!
その時、蜘蛛の巣の向こう側に人の気配がした。
「お前、何やってんだ?」
救いの神だ!
身動きとれない男は目だけを動かして声の主を見た。
「!?」
そいつは全身緑色だった。緑のアタマ、緑のスーツ。ただゴーグルのような目だけが赤く光っている。
普通の人間ではないことがわかる。放つオーラが「人ではない」のだ。
「あ、あなたは?」
「スダッチャー」
バトルが生きがいの危なっかしいヤツだ。だがこの状態からバトルに発展するとはどうしても思えない。さして面白くもないという顔でそいつは名乗った。
「スダッチさん。すみません、助けてください」
「スダッチャーだ!いやだね」
「ええ!?どうして?あ、スダッチャアーさんね。すいません。どうかこの蜘蛛の巣からはがしてください。そうだ、そっち側から押してみて。。。」
「いやだ!っつってんだろ」
緑の来訪者はこの上なくそっけない。
「そんな、どうしてですか?じゃあせめて警察に連絡だけでもお願いします」
絡め捕られた男は泣き出した。
そんな男の顔の前に己の顔をグイと近づけると、スダッチャーは巣に貼りついた男の頬っぺたをツンツンつつき始めた。
「あのな、よく聞けよおっさん。蜘蛛だって生きてるんだ。生きてるんなら餌食わなきゃならないだろう?せっかく張った巣にかかった餌を片っ端から逃がしてたら蜘蛛はどうなるんだよう?え?腹へるだろうよ」
「い、いやまぁそりゃそうですが、ですが今回だけ何とか。ね、このとおりですから」
「だめだ!こんだけデカい巣を張るのならよほどデカい蜘蛛にちがいねぇ。人間くらい食わなきゃもたねぇさ。ま、たぶん体の中身吸い取られるだけでバリバリ食われることはないと思うよ」
「ひゃああああ!」
その時、蜘蛛の巣全体が不気味に揺れた。まるで糸のすべてに電流が奔ったような。
「おお、おいでなすったぜ、この家のあるじ様が。。。」
そう言いながら背後を仰ぎ見たスダッチャーが不意に身構えた。
高い巨木の頂きあたりからこちらをじぃっと見ているのはスダッチャーが言った通り人よりも大きな蜘蛛だ。停めてある男の軽トラよりもデカい。だがその大きさよりももっと異様なのはそいつのアタマ。。。
八つのまん丸い目玉は蜘蛛本来の黒くツルリとしたビー玉のような単眼ではなく、白目と黒目がある人の目なのだ。そして鋏角と呼ばれる上あごではなく、縦に大きく割れる口の中からは無数の鋭いキバが覗いている。それに落ち武者の如きザンバラの長い髪。
ギチ。。。ギギギチギチ。。。
キバをこすり合わせる気色の悪い音を立てつつ、まばたきをしない八つの人の目がそれぞれあちらこちらをギョロリギョロリと睥睨している。
「おめぇは妖怪、土蜘蛛!」
スダッチャーの全身に闘気がみなぎり、戦うオーラが湯気となって立ち昇った。
「あれ、バリバリ食いそうですけど。。。」
情けない声の主を振り向きもせず、スダッチャーは足元に落ちていた小枝を拾うと小声でなにやら呪文を唱え、大きなひとふりの剣に変えた。
「おっさん、ありゃまともな蜘蛛じゃねぇ。妖怪だ。妖怪が相手となりゃオレも全力でバトルができるってもんだ。今回だけは助けてやるからさっさと逃げろ!」
言うなりスダッチャーは剣を振りかぶって巨大な蜘蛛の巣に叩きつけた。
バババババアーン!
スダッチャーの剣には大きなソフトボール大の緑色の丸い球が6つ串刺し状に並んでいて、それが爆発して相手に甚大なダメージを与える。斬るのではなく爆裂させる剣なのだ。
スダッチャーは蜘蛛の巣に張り付いた男の周囲の糸を一気に断ち切って、べそをかいている男を地面に転がした。
本体から切り離された蜘蛛の糸はみるみる茶色に変色して蒸発し、男はようやく体の自由を取り戻した。口から泡を吹きながら停めてあった軽トラに飛び乗ると、バックのままものすごい勢いで走り去った。
だが収まらぬのが樹上の土蜘蛛だ。
普通の蜘蛛と違ってこちらは人間の体を引き裂いてその肉を食らうのを愉しみとしている。その愉しみを奪われて黙っているわけにはゆかぬ。
地獄の責め具の如き鋭いキバが並んだ大きな口を左右に開くや、スダッチャーめがけて己が巣の上をスルスルと滑るように降りてくる。
「ふん!」
片やスダッチャーは慌てる風でもなく緑の球が並んだ剣を迫る土蜘蛛の口の中めがけて投擲した。
ガガーン!バーーーン!
飛来した剣の緑の球を本能的にガシリと噛んだせいで土蜘蛛のアタマは木っ端みじんに吹き飛んだ。
アタマを失った大きな蜘蛛の体はグラリと傾いてそのまま地響きを立ててスダッチャーの眼前に落下した。
シュウウウシュウウウウシュウウウ。。。
すると、今まで張り巡らされていた頑丈で大きな蜘蛛の巣も茶色に変色しつつ煙になって蒸発してしまった。
「ちぇっ、もう終わりかよ。あっけないねえ」
これならヨーゴス軍団のモンスターの方がまだましだと毒づきながらスダッチャーは立ち去ろうとした、その時!!
8本の長い足を抱え込むように仰向けに倒れていた土蜘蛛の腹が音もなく割れると、中から小型の土蜘蛛が無数に飛び出した。
頭には親蜘蛛と同じギョロリとした目がひとつ付いている。
ザザーーーーと地面を滑空するように走りより一斉にスダッチャーに飛びかかった。
「うわっ!なんだ?わっ痛てて!」
不意を突かれてスダッチャーは一瞬ひるんだ。
手提げ金庫ほどの子蜘蛛はギョロ目の下に親と同じ左右に開くキバだらけの口を持っていてスダッチャーの体中に噛みついた。
「この!この!」
飛び掛かる子蜘蛛どもを空中で叩き落とし、落下したヤツを踏んづける。ブチャっと潰れて動かなくなるが、それでもパンチやキックをかいくぐってスダッチャーのボディに到達するヤツの方が多い。
「痛い!痛たたたた!コラ噛むんじゃないって」
たまらずスダッチャーは地面に転がった。ゴロゴロと何度も転がって体に食らいつく子蜘蛛を振り払おうとするが、敵も八本の足でガッシリとホールドしていて簡単にははがれない。
スダッチャーの全身から緑色の体液がダラダラと流れ出した。
スダッチャーは毒づきながら噛みついている子蜘蛛を1匹ずつ力まかせに引きはがしては地面に叩きつけたが大したダメージは与えられていないようだ。むしろ無理やり引きはがすことで彼自身の肉体が噛みちぎられてダメージを大きくした。
「こ、こりゃちとマズイぞ」
スダッチャーは何とか立ち上がると近くの木の枝を1本手折り、再び爆裂剣を出現させた。
「ええい、ままよ!」
何を思ったかスダッチャーはその爆裂剣を子蜘蛛がたかる自分の体に力いっぱい叩きつけた。
ガガーーーーン!
またもや大気を震わせる大きな炸裂音と短い炎が上がり、スダッチャーの体は吹き飛ばされて山道の側道に落ち込んだ。
そして周辺には無数の子蜘蛛の死体が転がっていた。体が破壊されて中身が飛び出していたり、体に火がついているものもある。スダッチャーは爆裂剣の玉6個分の爆発で群がる子蜘蛛どもを一気に退治したのだ。
「う。。。ああ痛てぇ。。。」
側溝からよろよろと這い出したスダッチャーの体はズタボロになっていた。子蜘蛛どもに食いつかれてできた傷が今の爆発で大きくはぜている。自慢のバトルスーツは流れ出した体液の上からくっついた泥で、もはや何色なのかすらわからない。
「畜生、油断したぜ、土蜘蛛の野郎。親のケンカに子が出てくるなんざ聞いたこともねぇ」
ブツブツ言いながらスダッチャーはまだヒクヒク動いている子蜘蛛を1匹1匹ひねり潰した。
大きな親の土蜘蛛の体はすでに透明になっており、もうあと数分もせぬ間に風化してなくなるだろう。やがては子蜘蛛もその後を追う運命だ。
「どこぞの木の中で少し休ませてもらうとするか。。。ああ、楽しかった」
痛みに顔をしかめながらスダッチャーは林の中へと姿を消した。
(二)妖怪河坊主
今年の梅雨明けは思いのほか早かった。
子供たちは夏休みを待ちきれず週末になると近くの川へ泳ぎに来た。
県西部には澄んだ流れの川が多い。そんな川は子供たちの絶好の遊び場だ。
ヨウイチは今年の春に県外から転校してきた。徳島の夏は初めてだ。
クラスの友達から一緒に地元の川に泳ぎに行こうと誘われて目を輝かせた。
前に住んでいた所では川で泳ぐなんてとても考えられなかったが、ここの川は底まで透けて見えるしキラキラしていて奇麗だと思った。
「気をつけてね」という母親の声を背中で聞きながら、ヨウイチはタンスから引っ張り出した海パンに古い上履きを履いてみんなが待つ潜水橋へと走った。
「ちゃんと靴を履いて来いよ、濡れてもいいヤツな」
ヨウイチが都会からの転校生であるため、親切な友達は川で遊ぶためのいくつかの大切なルールも教えてくれた。
潜水橋ではすでにクラスの友達が数人ヨウイチを待っていて新しい友達を笑顔で迎えた。
「ここで何をするの?」
尋ねるヨウイチに友達は顔を見合わせて「へっへっへ〜」と笑うと一斉に「オリャッ!」と掛け声とともに橋から川へとダイブした。
「うわ!?」
驚くヨウイチが欄干の無い潜水橋の端まで来て下を見ると、友達の頭が水面からプカプカと浮いている。
「ヨウイチも来いよ」
「気持ちええぞ」
「ここを飛べんかったら男やないで!」
手招きしながら口々にヨウイチを呼ぶ。
―――そういうことか。
この潜水橋からのダイブはある意味地元のガキンチョどもの仲間入りの儀式のようなものなのだ。
よし一丁やってやるか、とはいえ橋から川面までは3メートルくらいはある。2階から飛び降りるようなものだ。やはり足がすくむ。
「がんばってぇ」
「いけいけヨウイチくん」
声の方を見るとクラスの女子たちが3人川岸の砂利の上に腰を下ろしてこちらを見ている。もはや後戻りはできない。
潜水橋の端っこまで進んだヨウイチは、真っ青な空を見上げてそのまま目をつぶり、前へピョンと跳んだ。
鋭い風がひょう!と耳元で鳴り、足の裏から川に突入した。
ゴボゴボゴボという異次元に叩き込まれたような錯覚の後、頭がボッコリと川から飛び出した。
「よっしゃあ!」
「ええぞヨウイチ」
「やるでぇか!」
友達の満面の笑みが周囲を取り囲んだ。仰ぎ見るとさっきまで立っていた潜水橋の裏側が見えている。
―――あそこから飛んだ!
誇らしい気持ちが胸いっぱいに湧いてきた。
それから1時間ほど川で遊び、やがて友達が「川流れやるか」と言い出した。
それはライフジャケットを着けて浮いたまま川の流れに身を任せて漂う遊びだ。
ライフジャケットを持っていないヨウイチの分は友達の一人が用意してくれていた。ひとつ下の弟の物らしい。小柄なヨウイチには丁度よかった。
ヨウイチを含む6人の河童たちは清流に身を任せて漂い始めた。
川遊びで少し疲れた体にはもってこいの遊びだ。
「おおい!よどみまで行くなよ」
さきほどの潜水橋の上から大人が叫んだ。メンバーのひとりが片手をあげて了解の合図をしたのが視界に入った。
潜水橋を越えてしばらく流れてゆくと急に水温が下がってきたのを感じた。
流れる速度もかなり緩やかだ。
「この先はよどみやけん、戻るぞ。みんな岸に上がれ」
ひとりがそう言うと、ほかの連中もそれに従って数メートル先の岸に向かって泳ぎ始めた。
行くなと言われる「よどみ」とはどんな所なのだろう?
相変わらず流されながらヨウイチは好奇心から首を伸ばしてその先を見た。
そこは流れが止まっていて川の色がとても濃い一角だった。
「深そうだ。。。」
首をもたげたヨウイチの体が川面から垂直となり、わずかに顔が川の中に潜ったその時!
ヨウイチは深いよどみの底の方でじっとこちらを見ているモノと目が合った。
「!」
ゴボゴボガガ。。。
何だあれは!?
水の底に何か変なものがいる。魚じゃない。人のようだが人でもない。
化け物だ!
みんな、助けて!あれ、みんなはどこに行ったの?
その時友達は川の流れを横切るように真横へ向かって泳ぎ、次々と岸に上がっていた。だが混乱したヨウイチひとりが流れに逆らって上流へともがくように泳いでいた。
「進まない!進まない!」
まるで悪夢のようだ。さっきの変なものは間違いなく自分を見ていた。こっちへ来るに違いない。
必死で泳ぐヨウイチの真下に突然そいつが現れた!
今度は間近でつぶさに見た。いや、恐怖で目がそらせなかったのだ。
ヌルリとした灰色のアタマの左右に魚のような大きな丸い目がついている。首のあたりにはエラのような筋が幾重にも並んでいてパクパクと閉じたり開いたりしている。
くわあ。
水のなかにいるのに鳴き声がはっきりと聞こえた。
「うわ。。。ごぼ」
悲鳴をあげた瞬間ヨウイチは水を飲んでむせた。
水中の化け物がヌルヌルした粘土のような灰色の腕を伸ばしてヨウイチの体を掴もうとした。
―――引きずり込まれる!?
その腕を振り払おうと手足をバタつかせたその時。
「動かないで!」
背後から女性の声がした。
反射的に動きを止めたヨウイチのライフジャケットの背が誰かに掴まれてそのまま川からひきはがされた。
「!?」
強い力に空中へ持ち上げられ、ヨウイチは一瞬水上を疾駆するシラサギの背に乗せられたような錯覚を覚えた。だがそれは高速で走る水上バイクのシートだとすぐに気づいた。
「大丈夫だった?」
眼の前で水上バイクを操る澄んだ青いショートヘアの女性が声をかけた。黒いボディの上に銀色のアーマをまとっている。
間一髪であの化け物の縛りから解き放って自分をここへ引き上げてくれたのはたぶんこの人だ。
「あ、あのう。。。」
「しっかり摑まってなさい、来るわよ!」
いろいろ尋ねたかったが、どうやらそんな暇はなさそうだ。青い髪の女性はグイとアクセルをふかし、水上バイクは急加速してヨウイチは首がもげそうになった。
―――来るって。。。まさか!?
振り落とされぬよう青い髪の女性にしがみつきながらヨウイチが振り返ると!?
「うわっ!?」
ザザッ!
魚雷が走るような三角形の波が水上バイクをもの凄い速度で追尾してくる。
ザンッ!
そいつが跳ねた。ついさっき川の中からヨウイチを抱え込んで深みへと引き込もうとしたあの化け物だ。
水の中で見たよりも大きい。頭から足まで灰色一色でヌメヌメと濡れ光っている。背や不自然に長い二の腕や脇の下に茶色い水かきのようなものが付いている。追いすがるように突き出した両手には鋭いツメが光っていた。顔の両側面についた目がじっとヨウイチを見ている。
ゴクリと唾をのむ。
「妖怪河坊主よ。で、私はエリス」
透き通るような青い髪の女性は前を向いたまま自己紹介した。
そうしている間にも両者の距離は確実に縮まっている。
河坊主が一段と高くジャンプした。
「わっ、だめだ!」
「だいじょう。。。。ぶッ!」
タイミングをはかりつつ、水上バイクは高速のままスピンして岸へと方向転換した。
魚が腐ったような強烈な臭いに吐き気を覚えた刹那、頭上を一陣の風が通過した。
ガツン!と硬いものがぶつかりあう音がしてザブン!と水の中に落ちた。
振り返ると、河坊主とは別の黒い足が大きな水紋の中に没したのが見えた。
―――今のは?
水中で化け物と対峙しているのは額の中央に青い菱形のクリスタルをいただく超人だ。
銀色のマスクには悪を見据える鋭いゴーグル・アイと、風の流れを象るかのような金色のライン。
精悍なその姿には水中にいるという焦りなどは微塵も感じられない。
徳島の守護神、渦戦士エディー。
片や河坊主は川のよどみなどに潜んで人を深みへと引きずりこむ化け物だ。
ホームグラウンドで戦う余裕を見せつつも、すぐには襲いかかってこない。いつもの獲物とはどこか違うと感じているのだろうか?
それでも水の妖怪は長い両腕を前へ突き出すと真っ直ぐエディーに向ってきた。
微動だにせぬエディーを見てもはや観念したと思ったのか、その体に長い腕を巻きつけると河坊主は自分の真下に渦を作った。
ギュルギュルギュル。
水中の渦は河坊主ごとエディーの体を深みへと吸い込んでゆく。この妖怪はこうしてよどみに迷い込んだ人や動物を溺れさせるのだろう。こやつの必勝パターンだ。
だが生憎渦の戦士にその戦法は通用しなかった。渦に巻かれてぐるぐる回りながら、今度はエディーが河坊主の首根っこを掴んだ。
「なかなか結構な渦巻きだが、お前さん鳴門の大渦を知ってるかい?」
河坊主のヌメヌメした顔にはじめて驚きの表情が浮かんだ。
なんと今度はエディーが自分の周囲に渦を作った。河坊主のものより格段に早くて大きな渦だ。
河坊主の引きずりこむ渦と違ってエディーの大渦はターゲットの動きを封じた。
「どうだいオレの渦は?ついでに渦のエナジーでお前さんを綺麗に浄化してやるよ」
エディーの胸の青いコアからパアアッ!と光が放たれた。
その頃川の上ではエリスが水上バイクを川岸に着けるとヨウイチの手を引いて土手を登り、道路で待つ友達の下へと導いていた。
ヨウイチは己が身の安全よりも先刻、おそらくは自分を庇って河坊主と共に川に飛び込んだ人物の安否が気になっていた。相手は水の妖怪なのだ。水の中であの化け物に敵うわけはないと思った。
だが自分を助けてくれたエリスという人はその人のことを心配しているふうではない。
「あの、エリスさん」
「彼が心配なの?キミはやさしいんだね。でもエディーなら大丈夫。ホラ、そろそろ決着がつきそうよ」
エリスが指さす方を見ると、川に大きな渦が巻いているではないか。そして渦の内側が青く光っている。
その光はなんだかエリスの額に輝くクリスタルの色に似ている気がしたが、河坊主とエディーのどちらが優勢なのかはわからない。
やがて水中でボムッ!というくぐもった破裂音がして水面に水しぶきがあがり、渦はおさまった。
2〜3分後、川の中から誰かが出てくるのがうかがえた。泳ぐのではない。歩いて出てくる。
自分の鼓動の音が聞こえてきそうな思いでヨウイチはその姿が川から現れるのを待った。
その人は黒いスーツの上にシルバーのアーマをまとっていた。
戦いの後、まだ厳しい光を放つゴーグル・アイと彼の底知れぬパワーを表している額の青いクリスタルがヨウイチの視線を吸い寄せた。
ザザッ。
川から上がったその超人は固唾を呑んで見守るヨウイチにクィと親指を立てて見せた。
「終わったのねエディー」
エリスが駆け寄って彼をねぎらった。
「人間にとっては本当に恐ろしい妖怪だったよ、ヤツは」
そしてヨウイチの濡れた髪をやさしくなでたエディーのゴーグル・アイはなぜだかとても優しい印象を与えた。
「みんな、ここの妖怪はやっつけたけど、これからも川で遊ぶときは気をつけるんだよ」
6人が同時に「ハイ!」と元気いっぱいの返事を返した。
転校したばかりのヨウイチはこのふたりを知らなかったが、友達は皆彼らをよく知っているらしい。
渦の戦士、この人たちは徳島のいたる所でこうして人々を助けているのだろうか?
―――凄い。
ヨウイチは先刻の水上バイクを路上に引き揚げ、AWD車のリヤカーに載せているその人の背をまぶしそうに見つめていた。
「さすがだわエディー。水の妖怪も渦のヒーローには敵わなかったわね」
エリスがエディーの作業を手伝いながら声をかけた。
「いや、今回は君のファインプレーだよ。よくウェイバーを持って来ることを考えたよね」
「ふふ。虫の知らせってヤツ?今年の夏の県西部はなんか嫌な予感がしたのよね」
「ふうん」
ふたりの渦戦士の会話の最中も子供たちは大いに盛り上がっていた。妖怪河坊主に襲われたヨウイチも笑いながらその輪の中にいる。
「やっぱヒーローはカッコイイよなぁ」
「おうヨウイチ、エリスの後ろに乗せてもらって最高やったな」
エリスはクラスメートの憧れでもあるようだ。
「やっぱり人を助けるってかっこいいよな」
「おう。ボクもそう思う。将来そんな仕事がしたいぜ」
その言葉に触発されて、ヨウイチは思わず声を上げていた。
「ライフセイバー」
「ライフセイバーか!」
「ええなヨウイチ!」
「オレらもみんなで困ってる人を助けられる人になろう!」
みんな眼の前で繰り広げられた渦戦士たちの活躍に刺激を受けたようだ。
そんな会話を嬉しく聞きながら、ふたりの渦戦士は車に乗り込んだ。
「じゃあな。いつかまた!」
走り去るAWD車に子供たちも大きく両腕を振って応じた。
「サンキュー!ヒーロー!」
誰かのその叫びにエディーは心の中で応えた。
―――その気持ちを忘れないでくれ。本当のヒーローは君たちだぜ。
(三)いざ、すだまの森へ
馴染みのカフェ。
開店と同時にやって来たヒロとドクは迷わず奥の席に陣取った。
今日のパトロールの道筋や重点項目について打ち合わせをするためだ。
ドクがテーブル脇のメニューに手を伸ばす。
「まずは聞かせてもらえるかな?」
開口一番投げかけられたヒロの言葉に、ドクは「え?」とメニューから目を上げた。
「昨日、君が県西部へのパトロールにウェイバーを引っ張ってゆこうと提案した訳だよ。昨日は虫の知らせだなんて言ってたけど、そんなことで山間部へ水上バイクなんて持っていかないよね?普通」
河坊主を撃退した翌日の朝だ。
科学者であるせいか、ドクはまず仮説を立てて後からそれを証明するという手法をよく取る。彼女の目を川へ向けさせた『虫』の言い分とやらをヒロは是非とも聞いてみたかった。そうすれば次の現場を予測することもできるのではいかと密かに期待もしていた。
「まずはこれを見て」
ドクはバッグの中から折りたたまれた地図を取り出した。等高線が細かく書き込まれている。
その地図には赤いマジックで×マークが3つ書き込まれていた。
「これは?」
ヒロの当然の問いになぜかドクはううんと首をかしげた。彼女にしては歯切れが悪い。
「まずここ」
ドクは意を決したように説明を始めた。ほぼ縦に並んだ3つの×の真ん中のマークを指差した。山の中腹あたりだ。
「これは地元の人がでっかいクモに遭遇したっていう例の場所なのよ」
「ああ。報告は受けたけど、被害者は無事に帰宅したんだろう?」
「ええ。それもあって警察ではあんまりまともに取り合ってないみたいなの。でももしそれが本当の話だとしたら無視できないでしょう?」
「それがここなんだね。ということはこの川の×が昨日のよどみだよね。つまりドクはこのふたつの化け物騒動にはなんらかのつながりがあると?」
「そう。山の斜面に添って何かが下ってきたんじゃないかと」
ドクの言葉を聞きながら、ヒロはその地図を斜めにしたり反対にしたりとくるくる回しながらじっと眺めている。
「でもふたつの × マーク、ちょっとズレてないかい?その何かってヤツは山の斜面に添って真っ直ぐに降りてきてはいないよね」
「それなのよ。。。これは私の想像で根拠はないのだけど、この川のよどみを目指して移動したんじゃないかしら?」
ヒロは「え?」と動きを止めて視線を地図からドクへと移した。
「それは。。。その何かは、ただ山の斜面を転がり落ちてきたわけじゃなく、意思を持って自分で移動しているってことかい?」
「そんな気がしてならないのよ。風の吹き溜まりに落ち葉が集まるように、川の流れがよどんでいろいろなモノを集めてしまう場所。もしかしたらその昔、川で亡くなってご遺体もあがっていない方のお骨の一部なんかも沈んでいるかもしれない。そんな場所をたまたま山の上から降りてきた『悪しき何か』が感知して目指した可能性ってない?」
「ううむ。確かに河坊主っていうのは川のよどみの深いところに集まったいろんな動物の死骸や何かが産み出した妖怪らしいからね」
「その悪しき何かが山や川の陰の部分に積もり積もったものに取り憑いてそこに妖怪を産み出した。。。」
ドクは自分自身に言い聞かせるかのようにゆっくりと言葉を繋いだ。
「地図を見ていて山の斜面があの川で寸断されているのを見たとき、どうにも川が戦いの場になるような気がしてしかたなかったの」
「なるほど。キミがウェイバーを持っていくと主張した根拠はそれか。確かに考えられなくもないな」
「でもホントのホントに確証は無かったのよ。だからうまく説明できなくて、もう強引に押し切るしかないと思ったから」
ヒロは目をつぶって考えた。どす黒い何かがクモの死骸や川底の魚の死骸などと合体して、そこから妖怪がムックリと体を起こすイメージを脳裏に浮かべた。が、突然目を開けてテーブルの上に身を乗り出した。
「ちょい待ち!ということは、アレかい?その何かっていうのは少なくとも2ついたってことになるのかな。大きなクモの化け物と今回の河坊主。もしそうなら。。。」
「ええ。まだいる可能性もある」
「次から次へと山の上から転がり落ちてくるっていうのかい?」
「転がり落ちなくても、そのまま山中の森に留まっているかもしれないし山の反対側へ移動している可能性だってある。。。」
ヒロはじっとドクの目を見つめて頷いた。
「。。。なんてこった。それじゃ放っとけば妖怪はまだまだ現われるってことじゃないか」
「その何かが産まれ出てくる源を潰しておく必要があると思わない?」
「もちろんだ。どこだいそれは。。。そうか、それがこの三つめの × マーク!」
ヒロは山の一番上に描かれた最後の × マークを指さした。
「ねぇヒロはこの場所、心当たりない?」
「うん?」
逆に問われてヒロはう〜んと唸りながら考えた。
「先週タレナガースたちを追撃してあと一歩ってところで姿を見失った場所がここなのよ」
「ああ、あれか。エボリューション・フォームに強化変身までしておきながら逃げられた。。。」
ヒロも思い出して悔しげに拳を自分のひざに打ちつけた。
あそこは確かに気味の悪い森だった。
「じゃあドクの言う何か良からぬモノっていうのはあの森で生まれていると考えているんだね?」
「そ。タレナガースのヤツ、逃げながら無茶苦茶に瘴気を吐きまくっていたでしょう。ああいうものが森の陰の気配に大きな影響を与えたんじゃないかしら」
「だとしたら、どうしてももう一度行かなきゃならないね、あの森へ。何か手がかりがつかめるに違いない」
「決まったわね、今日の課題」
そうだ。今日はタレナガースとヨーゴス・クイーンを今一歩のところで取り逃がしたあの森へ行ってみる。地元の人々の安全を脅かす悪しき妖怪をこれ以上出現させてなるものか。
そうと決まれば。
「マスター、焼きおにぎりモーニングふたつっ!」
「鮭で!」
「おかかで!」
「確かここじゃったな」
藪をかき分けてやって来たのは長身銀髪のシャレコウベづらと紫の体毛をなびかせたカマキリづらだ。
森の静寂を文字通り土足で踏み荒らしながら、あの沼のほとりで足を止めた。
「うむ。良からぬものが集まり積って醸し出すどんよりとよどんだ清々しさ。よく覚えておるわ」
ヨーゴス軍団の首領タレナガースと大幹部ヨーゴス・クイーンである。
ふたりして新居の土地選びにでも来たかのような気楽さである。
先日エディー・エボリューションに追撃されあわやというところで枯葉や倒木で隠れていた沼にはまり、それが幸いしてエディーの追跡をまくことができた。
沼の底はヘドロが沈殿し底なし沼と化している。
沼の周囲も落ち葉や小動物の死骸が堆積して腐臭が漂っている。見上げても人の手の全く入っていない巨木の枝が重なって一筋の陽光も差し込まぬ。昼なお暗い人跡未踏の森である。
古来、このような場所にはなにか得体のしれぬ気味の悪いものが潜むと言われている。そこへ先日エディー・エボリューションに追われたタレナガースが苦し紛れに瘴気を吐き散らかしたものだから、陰気な気配がいっそう活気づいてしまった。
「?タレ様。。。」
「気づいたか、クイーンよ。これがあの折に余が吐いた赤い瘴気の産物よ」
なんのことを言っているのだろうか?
「これならアジトの守りは盤石じゃな。ひょっひょっひょ」
「頃合いやよし。早速ダミーネーターに戦闘員どもを指揮させて、ここに新しきアジトを。。。」
「作るんじゃないぞ」
はにゃ?
思わぬ第三者の声にズッコケながらふたりが振り返ると、う〜んざりするアノふたりが仁王立ちしていた。
たび重なる激闘で傷つき、ときに倒れながらもその都度立ち上がってきた。徳島を守りぬくと自らに誓った不屈の闘志と県民達から寄せられる絶大な信頼と声援に支えられたエディーとエリスのマスクとアーマは、以前よりも進化して精悍さを増していた。
シルバーのアーマにはパワーアップを視覚化させるゴールドのラインが入り額のクリスタルはひとまわり大きくなった。
「なんとまあ、徹底的にうっとうしい奴らじゃ」
「エディー聞いた?私たちうざがられているみたいよ」
「それはよかった。オレ達の行動は間違っていなかったってことだな」
「ほざけ!我らの新居をこしらえるのに最適の土地を見つけたのじゃ。邪魔をせずにとっとと失せよ」
「それがそうもいかないのさ。お前たちが気に入る場所というのは人間にとっては難儀このうえない場所でな。今日はこの土地を色々と調べに来たのさ」
「こないだからこの山の中で大きなクモの化け物やら川で子供を引きずり込もうとする気味の悪い化け物やら、妖怪騒ぎが後を絶たないのよ。やっぱりここが元凶だったのね」
「ほほう、それはおそらく土蜘蛛に河坊主。。。もうそのような妖怪を生み出しておったのじゃな。益々良い場所じゃ」
喜ぶ悪人どもを怒鳴りつけようとしたエリスが彼奴等の足元に妙なものを見つけた。
「エディー、あれ。あれ見て」
エリスが指さす先にはなにやら黒い綿埃のようなものが蠢いている。
モゾモゾと動くその中にはじっとふたりを見つめる目がふたつ。。。
「気味が悪いな」
エディーの言葉に頷きながらエリスがそろりそろりと後ずさりする。
「ねぇ、もしかしたらあれが私たちが追ってきた『何か』かもしれないわよ」
エディーの肩越しに不気味な黒いカタマリを見つめるエリスが耳打ちした。
「なるほど。この土地が生み出す良からぬ何かっていうのがアレなわけだ」
「何をボソボソ言うておる。見よ、愛いであろう?まもなくあらたな妖怪が生まれるぞ。。。よ!?」
タレナガースたちが見ているその前で、エディーはいつの間にか出現させたエディー・ソードをそのカタマリに黙って突き刺した。
「あやややや!何をする!?」
シャレコウベづらの目をひんむいてタレナガースが悲鳴を上げた。
「何をって、諸悪の元凶を潰しているのさ」
突き刺されたエディー・ソードは青い輝きを強め、もぞもぞと蠢いていた黒い物体は皆の目の前で蒸発して消えた。
「あと少しで生まれるところだったのにぃ」
ヨーゴス・クイーンが腰をくねくね振ってすねたような声を上げた。
「子供か!?ここで発生した良からぬモノが山を下って罪もない自然の生き物を醜い妖怪に変えているのよ。これ以上生み出されてはかなわないわ!この森も地元に依頼して人の手を入れて明るい森に変えてもらうんだから」
「なんちゅうひどいことをするのじゃ」
「そうじゃ。罪もない良からぬモノを非情にも成敗しおって」
「罪があるから良かぬモノなんだよっ!お前たちも邪魔をするなら容赦しない。この間の続きを今ここでやるか?」
「へっ。構わぬぞ。じゃがおぬしら、余たち二人がこの土地にただ漫然と立っておったと思うてか?」
―――なに?
タレナガースとヨーゴス・クイーンは先刻より何やら楽しそうだ。それは新しいアジトをこしらえるに最適の場所を見つけて嬉しそうなのだと思っていたが、それだけではないのか?
―――そういえばここはおかしい。ただ暗いだけではない。ただ陰気なだけではない。ちいさなすだまがムクムクと生まれ出ている。。。だけでもない!
「余とクイーンはここに来た時から気づいておった。この森にはすでに途方もない大妖怪どもが生み出されておるのじゃ。ほぉれ見よ!」
かああああああ!
言うなりタレナガースは口から盛大に瘴気を吐いた。それを合図に沈黙していた森の気配が一変した。
「え?」
「何これ。。。この気配?」
おかしい。森がざわざわと色めき立っている。
「何か来るぞ!」
「エディー!」
渦戦士たちは身構えたが、相手がどの方向から来るのか定められない。
ざざざざざざざ―――。
森が波打つ。
ギギギギギチギチギチギチ
ゴゴゴゴグルルルルルルル
倒木が立ち上がった!?
ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。
メキメキメキメキ!
タレナガースの高笑いと同時に、生い茂る巨木の幹をへし折りながらふたつの影が立ち上がった!?
(四)激闘!巨大妖怪鵺蟲(ぬえむし)
「こ、こいつらは」
倒木と思っていた黒く大きなものは見上げるほど巨大な昆虫。。。いや蟲の化け物だ。
「新しきアジトをこしらえたあかつきには、こやつらが頼もしき番犬となってくれよう。どうじゃ渦戦士ども。これでは手が出せまい」
巨木を巻き込むように姿を現したのはカマキリの鎌を持つムカデだ。毒液をしたたらせた尻尾の毒針をもたげている。
そして落武者のようなざんばら髪を振り乱したクワガタが樹上から見下ろしている。いっぱいに広げた大あごの内側には地獄の責め具のごとき鋭いトゲがびっしりと並んでいる。
「どんな化け物を連れてこようと片っ端から退治してやるさ。先の河坊主のようにな」
「ふぇっ!やせ我慢をするでない。どこぞでこやつらの同類と闘ったか知らぬが、土蜘蛛や河坊主などせいぜいランク1か2じゃ。こやつらはレベチじゃぞ。心せよ渦戦士ども」
タレナガースが腕組みをして胸をそらせている。大妖怪の登場でテンション爆アガりのヨーゴス・クイーンは、その背後で電撃ハリセンを振ってなにやら踊っている。
「こいつら、キメラ化しているのか!?」
「まぁ広義においてはヤツらも鵺(ぬえ)の一種じゃな。ここで生まれたすだまどもが、腐敗する前の蟲どもの死骸をいくつか取り込んで合体妖怪と化したのじゃ。いずれもかわゆいであろう?いうならば妖怪鵺蟲じゃな」
ギエエエエ!
車でも挟んで潰してしまいそうな大あごを広げて落武者クワガタがエディーたちに突然襲いかかった。
「逃げろエリス!」
エリスを突き飛ばすとエディーは体のすれすれのところでハサミをやり過ごした。
黒く光る大あごはザクッと地面に突き刺さると地中の根や石を巻き上げて再び高く持ち上げられた。
落武者クワガタの背に生えたザンバラ髪がバサリと舞い、その中から青白い人の顔がポッコリと現れてエリスにニヤリと笑いかけた。エディーに突き飛ばされて地面に転がっていたエリスが「うえ!きしょい!」と不快感を露わにする。
落武者クワガタは羽を広げると空へ舞った。それを目で追っていると背後から異様な気配を感じた。
振り返ると、いつの間にか鎌ムカデがすぐ近くまで忍び寄っていた。濃い緑色をしたカマキリの鎌を振り下ろす。
肉食昆虫の化け物は思いのほか俊敏だ!
「こいつら、河坊主に比べたら確かにレベチだぜ。だけど妖怪ってのはこんなに狂暴な連中なのか!?」
よけきれぬと察したエディーはソードを体の正面に構えて飛来する鎌を受けようとした。
その時!
「バトルだああああ!」
巨木のてっぺんあたりからけたたましい叫び声とともに緑色の何かが降ってきた。
ドガーーーン!
両腕で大きく振りかぶったソードを鎌ムカデの側頭部に力いっぱい打ちつけた。
「スダチャー!?」
炸裂剣スダチソードに並んだすべてのスダチが一斉に爆炎を上げ、凄まじい破壊のパワーが鎌ムカデに注がれた。
ゲッ!
ムカデはグルンと白目をむいて横倒しに昏倒した。
「おめぇら!オレをほったらかして楽しんでんじゃねぇぞ!」
「ななな!何をするのじゃこの果汁男め」
「おのれ、いつから正義の味方なんぞに成り下がったのじゃ!?」
緑の果汁。。。いや、スダッチャーは空中で一撃を加えた後、クルリと回転してザッ!とエリスの傍らに見事に着地した。
エリスに手を差し出して立たせると、タレナガースたちに向き直った。
「へん!正義の味方とかヨーゴス軍団とか、オレは興味ないね。バトルさせてくれりゃそれでいいのさ。それにな。。。」
タレナガースの前に歩み出るとグイと胸をそらせた。
「以前、子泣きじじいにのしかかられてひどい目にあったんだ。それ以来妖怪は大っ嫌いだ!ヘヘン」
「んなこと自慢気に言う話か!?」
「それよかタレナガース、お前この森の“気”に何か悪さしたろ?こんな妖怪見たことないぞ」
スダッチャーは傍らで目を回して倒れている鎌ムカデを一瞥して言った。
「フン、もともとここにあった陰の気配をちょいと増幅させてやっただけじゃ」
「なるほどな、やっぱりキサマが一枚かんでるってわけか」
「ホント、いつも余計なことばっかりして!」
エディーとエリスはふたりしてシャレコウベの魔人を睨みつけた。
「何にせよ助太刀感謝だ、スダッチャー」
しかし、デカい妖怪どもを前にしてテンションマックスのスダッチャーは、声をかけたエディーも無視して木々の間を軽快に旋回する落武者クワガタを見上げてニヤリと笑った。
「あいつもブッ倒す。手を出すなよエディー」
「ああ。任せるよ」
スダッチャーは傍らの巨木に歩み寄るとそのままスッと木の中へと姿を消した。
エリスが駆け寄って緑の背中が消えたあたりを撫でてみるが、何の変哲もない木の表面だ。
木と融合し、会話する。スダッチャー特有の能力なのだろう。
「不思議な力ね。いいなぁ。。。」
科学者であるエリスにとって、スダッチャーの超自然の能力は驚愕と羨望の的だ。
巨木の幹の中を緑の光が明滅しながら上昇してゆく。そして落武者クワガタがその横を通過した瞬間、木の中からスダッチャーが「オリャ!」と飛び出して真横から落武者クワガタの側頭部に痛烈なパンチを浴びせた。
ビイイイイイ!
耳障りな悲鳴を上げて失速する落武者クワガタをしり目にスダッチャーは他の木の幹へと再び姿を消した。
ようやくバランスを取り戻した落武者クワガタに、今度は斜め上からとびかかり再びパンチ!そうしてまた近くの木の幹に姿を消す。そんな攻撃を何度も繰り返した後、スダッチャーは落武者クワガタの背に飛び乗った。
落武者クワガタは驚いて急旋回したり背面飛行したりして背のスダッチャーを振り落とそうとしたが、スダッチャーもザンバラ髪をしっかりと掴んで離さない。
「食らえ!この野郎」
言うなり、大きく背を反らせると自分の額をクワガタの頭部、大あごの付け根の中心に力いっぱい打ちつけた。
ガツン!ガツン!
何度も繰り返し放たれる頭突きに落武者クワガタはたまらず落下し始めた。
「あわわわわ〜!」
当たり前だが落武者クワガタが落ちれば上に乗っているスダッチャーも一緒に落ちる。
両者は絡み合いながらドシーンと地面に激突した。
「イタタタタァ〜」
お尻をさすりながらスダッチャーが立ち上がった。
「バカ野郎!急に落ちると危ないだろうが!」
「スダッチャーが攻撃したから落ちたんじゃない。ホントに考え無しなんだから」
エリスに突っ込まれてスダッチャーは「えへへへ」と頭をかいた。
「スダッチャー、笑ってないでたたみかけるぞ」
立ち上がりかけている落武者クワガタの大アゴを脇に抱えると、エディーはスダッチャーに目配せした。
「よしきた」
バトルの最中のスダッチャーはさすがに勘が冴えている。もう片方の大アゴを同じように脇に抱えると、ふたり息を合わせて「おりゃあ!」と同時に持ち上げると頭上を越えて背後へ投げ捨てた。
ズズウウン!
背から地面に叩きつけられて落武者クワガタは悶絶した。
「どうだ!」
スダッチャーが胸をそらせてガッツポーズを決める。
エディーは仰向けになって動けぬ落武者クワガタの正面に立つと素早くエディー・ソードを振るった。青い残光を曳く光の剣は、もがく落武者クワガタの左右の大アゴを見事に斬りおとした。
そもそも妖怪などという連中は、不意を突いて相手を驚かせ圧倒的優位に立つことで所期の目的を達成させようとする。人を脅かすのが目的のヤツがいれば、何かをかすめ取るのが目的のヤツ。最悪なのは人を襲って食うのが目的のヤツだ。だがここまで反撃され、あまつさえ自慢の得物である大アゴまで斬りおとされてはもはや反撃などできまい。
「一丁上がりだ」
だが、まずいことに落武者クワガタをぶん投げた時の地響きが、今度は目を回していた鎌ムカデを目覚めさせてしまった。
「ありゃりゃ、これじゃきりがないな」
エディーは少々うんざり顔だが、スダッチャーは嬉しそうだ。
「バトル、ゴーズ・オン!」
ふたたびスダチ・ソードを構えると嬉々として鎌ムカデに飛び掛かっていった。
ビシュッ!
横から鎌が来ると見せかけて、頭上から巨大なフォークのような毒の尻尾が振り下ろされた。
ザグッ!
抜群の反射神経を誇るスダッチャーが跳び箱の開脚とびの要領でそれをかわすと、毒の針は鈍い音を立てて湿った地面に深く突き刺さった。
その尻尾の先端をエディーのソードが切り裂く。
黄色い体液をふりまいて、毒針を残したまま鎌ムカデの体が地面から切り離された。
うぉおおん!
無数の足を震わせて直立する。
妖怪が痛みを感じるかどうかはわからぬが、間違いなく怒っている。
上方へ跳んでいたスダッチャーは垂直に立ち上がった巨大ムカデの背の節々を足がかりにしながら猛然と駆け上がり、鎌ムカデの頭部へスダチソードを振り下ろした。
すると鎌ムカデの小さい頭がひょいと体の中へめり込むように引っ込んだではないか!?
「わわー」
力いっぱい空振りしたスダッチャーはバランスを崩して直立している鎌ムカデのてっぺんから真っ逆さまに落ちた。
ドシィン!
「いってぇ」
「もうスダッチャーったら、何回落っこちてるのよ。大丈夫?」
戦況を見ているエリスもあきれ顔だが、当のスダッチャーはそんなことはお構いなしだ。
「コノヤロー!」
今度は真正面から爆裂攻撃をしかける。だが今度は妖怪の方も巨大な鎌で防御する。引っ込んだ頭はまたもとに戻っている。もしかしたら亀の性質も持ち合わせているのかもしれない。
ドゥン!ドゥン!
連続で繰り出されるスダチソードの爆裂攻撃は鎌の表面に少しこげ跡を残したが、大きなダメージを与えるには至っていない。
巨木をも切り裂く凶器の鎌は堅固な防御壁でもあるわけだ。
―――厄介な!
エディーは迫る巨大妖怪を睨みつけた。
だが、どうであれやることは端から決まっている。
ダッと地を蹴って駆け出すと同時に「スダッチャー跳べ!」と叫ぶ。
即座にスダッチャーも「応!」と大地を蹴る。
垂直に跳ぶスダッチャーを挟み撃ちにするべく左右から鋭い大鎌の先端が来る。
敢えてガードをせず、スダッチャーは爆裂剣スダチソードを鎌ムカデのアタマめがけて投擲した。土蜘蛛を葬った捨て身の攻撃だ。
ドドーン!
だが、一瞬早くふたつの大鎌が頭部を覆い隠してガードしてしまった。
「くそ!」
この瞬間、空中で丸腰になったスダッチャーは無防備だ。鎌ムカデがキバを光らせてグイと前へ出たその時―――。
スダッチャーよりワンテンポ遅れてジャンプしたエディーがスダッチャーの背後から姿を見せた。落下を始めたスダッチャーの頭に足を置いてさらに高く跳んだ!エディーの神業的空中2段ジャンプだ。
タン!
「むぎゅ!」
空中でエディーの踏み台にされたスダッチャーはバランスを崩して落下し、片やエディーは鎌ムカデのはるか頭上まで一気に飛び上がった。
眼前で起こった戦う相手の交代劇に理解がついてゆかぬ鎌ムカデは一瞬攻撃すべき相手を見失った。
「ふんぎゃっ!」
「もらった!」
はるか下方でスダッチャーの悲鳴が聞こえたと同時に、左右の鎌の間合いを越えたエディーが、大上段に振りかぶったエディー・ソードが鎌ムカデの頭頂部に振り下ろされた。
危険を察知した鎌ムカデがヒョコッと頭を胴の中へひっこめる。
「無駄だ!」
青い光の剣は引っ込めた頭ごとその巨大な胴を縦に斬り裂いた。
ブシュー。
盛大に黄色い体液を迸らせて巨大妖怪は切り倒された巨木のように大地に突っ伏して動かなくなった。
「やったわねエディー。。。キャッ!」
ふわりと着地したエディーのもとへ駆け寄ろうとしたエリスの足を何者かがギュッと掴んだ。
「何よスダッチャー、びっくりするじゃない。放しなさいよ」
掴まれた足をブンブン振ってその手をふりほどこうとする。
「ひ。。。ひどいよ。オレを踏み台にするなんて。イテテテテ」
エディーの空中2段ジャンプの中継地点としてアタマを踏み台にされたスダッチャーはエディーのジャンプの勢いの分、加速をつけて大地に墜落した。
「すまんスダッチャー。毎度毎度君があんまり真正面から飛び掛かっていくものだから、そいつを利用させてもらったんだ。おかげでムカデ妖怪の虚を突いて倒すことができたよ。スダッチャーのお陰だな」
差し出されたエディーの手を握り返してフラフラと立ち上がったスダッチャーだが、ちょっとアタマが変な角度になっている。
「さて、タレナガース。貴様の瘴気で狂暴化した妖怪どもは退治したぜ。また今回も尻尾を巻いて退散するか?それともいっちょやるか?」
「やろうぜタレナガース。バトル、ゴーズ・オンだ」
「フフン!」
圧倒的に分が悪いと思えるタレナガースとヨーゴス・クイーンだが、まだなにやら余裕のありそうな素振りだ。
―――おかしい。。。こいつらまだ何か奥の手を隠しているようだ。。。?
エディーが周囲に気を巡らせたその時、今度は森の木々が一斉にゾワゾワと揺れ始めた。さきほどよりも激しく、しかも広範囲だ。
「え?何?なんだかこの森全体が私たちを敵視しているみたいだわ」
不安げなエリスの言葉にタレナガースが反応した。
「その通りじゃ。貴様ら忘れておらぬか?ここはすだまの森。妖怪どものホームグラウンドぞ!」
それを言い終わるか終わらぬうちに、渦戦士とスダッチャーの周囲に闇よりもなお濃い影が浮かび上がった。
いくつもいくつも、いくつもだ。
今しがた倒したものと同種の、鎌を持つムカデや落武者のザンバラ髪のクワガタもいれば、ギラギラした模様の大蛇のシッポを持つガマガエルやらクモの足が生えたミミズやら腹に人の顔が浮かぶ蟹やら、もはや何と何が合体したのか皆目わからぬようなキメラ妖怪にいたるまで無数に集まってきた。そいつらが幾重にもエディーたちを取り巻いている。しかもどいつもこいつもデカイ。
覆いかぶさるように迫り来る。
「おいおい、取り囲まれたぞ。。。」
「これもタレナガースのしわざなのか?妖怪ってヤツらはこんなふうに徒党を組んで人間に襲いかかるようなことはしないものだぜ」
スダッチャーは首をかしげた。
「皆、タレ様の赤い瘴気で凶暴化したのじゃ。ナイスじゃ」
ヨーゴス・クイーンが己の手柄のごとく胸を張った。
「赤い瘴気だと?妖怪どもをこんなふうに凶暴化させたのもその赤い瘴気とやらのせいなのか。この疫病神め」
エディーがタレナガースをなじる。だがタレナガースは益々胸を反らせるばかりだ。
「巨大化させたのもタレ様じゃ。ナイスじゃ」
「ふんっ!このタレナガース様にとってはたいしたことではないわい」
そうだ。とにかく今日の敵はどいつもこいつもスケールが違う。落武者クワガタにせよ鎌ムカデにせよ他のヤツらにせよ、ふたりの超人たちの攻撃力を以ってしても一撃で倒すのは容易ではなかった。
ましてやここは異様な瘴気が漂うすだまの森なのだ。
―――ヤツらのホームグラウンドだものねぇ。
思案するエリスはふとひらめいた。
「ねぇスダッチャー。ここの木たちって、どっちの味方なのかなぁ?
「え?どういう意味だいエリス?」
エディーは首をかしげたが、どうやらスダッチャーにはエリスの言わんとすることが通じたようだ。
「人間も木を切り倒すけれど、その後の森は日の光が当たっていい感じになる。だけど妖怪たちが巣食うと妖気で森全体が死んでしまう。人間の味方ってよりは妖怪の方が嫌いってとこかな。だからさっきもオレの攻撃に力を貸してくれたのさ」
「じゃあさじゃあさ、もう一度私たちに協力してもらえないかお願いしてみてよ」
エリスがエディーとスダッチャーになにやらヒソヒソと耳打ちをした。
「渦の小娘は何をコソコソとやっておるのじゃ?」
「ふん、どうせ虚をついて逃げ出す算段でもしておるのよ。ふぇっふぇっふぇ」
高見の見物のタレナガースとヨーゴス・クイーンは勝利を確信しているようだ。
「それっかかれ、鵺蟲ども!」
タレナガースの号令のもと、森の奥から現われた巨大キメラ妖怪どもが一斉に攻撃態勢に入った。
絶体絶命。だが、ふたりの渦戦士とスダッチャーは妖怪打破の秘策を語り合っていた。
「よし、わっかた」
「そいつは面白そうだな、エリスちゃん」
エリスとの打ち合わせが終わり、エディーとスダッチャーは互いに少し距離をとった。
スダッチャーが今度はひときわ大きくて立派な木の幹に顔を寄せて何やら話しているようだ。
やがてスダッチャーはその木の幹をやさしく撫でておでこをそっと当てると「ありがとな」と呟いた。
「エリスちゃん、準備オッケーだ!」
「はいよ!」
エリスは腰のパウチから青いクリスタルが埋め込まれた三角形のエディー・コアを取り出して、スダッチャーに手渡した。
「お願いね、スダッチャー」
「おう。任せとけ」
言うなりスダッチャーはエディー・コアを持ったままその木の幹の中へと姿を消した。
その間も、巨大な鎌ムカデや蜘蛛ミミズや落武者クワガタどもが我先に襲いかかろうと迫り来る。
一番前へ出た妖怪へ、エディーがソードを振るって渦の光弾を放つ。
「防御力が最大値にまで上がった巨大妖怪どもにそのような光弾の一撃だけでは致命傷を与えることなど叶わぬわ。ふぇっ」
「ナイスじゃ!ひょっひょっひょ」
タレナガースたちが馬鹿にしたように笑う。
―――わかっているさ。
それでもエディーは四方八方へ光の弾を撃つ。
中には光弾の直撃を受けて苦鳴をあげてのけぞるヤツもいるが、それで戦況が変わるわけではない。
蜘蛛の足を持つミミズが光弾をかいくぐって襲いかかる。
先端にはまん丸い口を持ち、その奥には幾重にも並んだ三角形のキバが無数に並んでいる。
あの中に放り込まれたら一瞬でミンチにされてしまうだろう。
はらへったああああ〜
太い声で啼いた。
人外の化け物が放つ人間の言葉はエディーとエリスの背筋をゾクリと冷やした。
エディーの眼前でぶわっとミミズの先端部が膨れ上がり、丸い口が広がってエディーの上に落ちてくる。丸吞みにする気か!?
エディーは素早く前方へジャンプして蜘蛛ミミズの胴体の真下へ潜り込むとエディー・ソードでその腹を一気に斬り裂いた。
紫色の体液をまき散らした巨大合体妖怪は全身を激しく痙攣させた。
はらいたいいいいい〜
ずずううん。
地響きを立てて地面に突っ伏した。
すると大きな蟹の化け物ススススと近寄って、ミミズの体を食べ始めたではないか。
しかも蟹の腹にあるのは先刻の落武者クワガタと同様の血にまみれた人の顔だ。
大きさの違う左右のハサミを巧みに操ってミミズの胴体をちぎると口の中に放り込む。分厚い唇からのぞく黄色い歯がクチャクチャと音を立てて咀嚼している。
食われているミミズの妖怪はその間ずっと「いたぁいよおおお〜いたぁいよおおお〜」と啼きつづけている。
「こりゃ。。。カオスだな」
さすがのエディーもその様子に唖然としている。
「だけど、今はとにかく時間稼ぎをしなきゃな。1体でも多く倒してやるぜ」
「エディーどうしよう、いっぱいいっぱい来てるわよ。気をつけて」
木の陰に隠れながら戦況を見ているエリスが注意を促す。
その声を聞いたヘビの尻尾を持つガマカエルがエリスの方を見てニヤリと笑った。ダンプカーほどもある茶色いイボイボの体をひくひくさせている。
「うえ。。。」
気持ち悪さに口を押えて後ずさりするエリスに向けて大きく口を開くと、粘液でネバネバした長い舌をにゅうううと伸ばしてきた。
「きゃあああ」
エリスの悲鳴を聞いたエディーが横合いからジャンプしてカエルの顔面に飛び蹴りを食らわす。
蹴りの衝撃で長く伸びていたカエルの舌があらぬ方へ振られ、ほぼ真下にいたエリスは飛び散った大量の粘液を頭からかぶってしまった。
「うぎええええ。ぎもぢわるううういいい」
続いて攻撃を仕掛けるエディーだったが、カエルの背後から伸びてきたヘビの尻尾が空中でエディーを捉え、その体をグルリと巻いた。
「うわっ、ぐうう」
身動きできぬエディーを容赦なく締め上げる。
その周囲をさらに数体の大きな妖怪どもが取り囲んだ。
「ふぇっふぇっふぇっふぇ。思うように戦えまい。小さなすだまから生まれたとはいえ、こやつらは強いぞよ」
「まったく面倒くさいヤツらだぜ」
ふううう、とエディーは大きく深呼吸した。
エディーは全身に力をこめて、巻きついた尻尾を押し返す。相手もそれ以上に凄い力で締めつけてくるが、それでもかすかに自由を取り戻した腕でエディー・ソードを逆手に持ち太い尻尾に突き立てた。
ギエエエエエ!
悶絶するガマ妖怪の力が不意に抜けてエディーはようやく体の自由を取り戻した。だが依然として周囲は妖怪だらけだ。
エディーのマスクに妖怪どもの生臭い息がかかる。
エディーは眼前の妖怪の横っ面に渾身のフックを叩き込んだ。そいつは「えへへへ」と笑いながら吹っ飛んで視界から消えた。
すると今度は四方から黒いものが飛来してエディーの顔や体にペタペタと貼りついた。ずっしりと重い。
「うわっ、今度は何だ!?」
腕に貼りついているそれを見ると人の顔の右半分がじぃっとエディーを見上げている。
「山ヒルの妖怪か!?」
エディーの体のどこかには左半分の顔を持つ山ヒル妖怪が同じように貼りついているのだろうが、探している暇はない。山ヒル妖怪の顔が口をすぼめて「ちゅううう」と音を立てた。同時に体中の山ヒル妖怪が一斉に「ちゅうううう」と音を立てた。どれも恍惚の表情だ。
「こいつら、オレから血ではなく渦エナジーを吸っている?」
エディーは慌てて体中の山ヒル妖怪をむしり取って投げ捨てた。
ポトリポトリと地面に落ちた山ヒル妖怪を人面蟹がハサミで器用につまんで口に放り込んでゆく。
そうしている間にも妖怪どもの包囲網はさらに縮まり、エディーとエリスの足場すらも確保しづらくなった。
「エディー、もう立っていられないよぉ」
「スダッチャー、まだか!?」
エディーが苦しい叫びをあげたまさにその時!?
スダッチャーが潜り込んだ巨木が青く光り始めたではないか。
「見て、エディー」
「ようやく始まったみたいだな」
巨木全体が、まるで巨大な青いネオン管のように透き通った青い光に包まれてゆく。
スダッチャーが木の中でエディー・コアを起動させたのだ。その光は益々光度を増してついに飽和状態を迎えた。
その途端!
パパッ!
パシュッ!
青い光の巨木からはじけるように閃光が迸った。
堰を切った光の洪水のように四方八方へ奔る。
その青い光線は隣接する木々に当たってその木をまた青く輝かせた。そしてその木はまた光を放ち、その光を受けた木もまた。。。
みるみる間にエディーたちの頭上には1本1本の木々を中継点とした青い光のネットワークが形成されていった。
暗くて陰気なすだまの森は今や眩い青の光に包まれた。
「きれい」
「ああ。壮観だな」
ふたりは歓声を上げたが、一方の妖怪どもはそれどころではない。
青く清浄なる渦エナジーの光の網に絡め捕られてもがいている。
おおおおおおん!
ぎええええええ!
自分たちの周囲に突如張り巡らされた青い光の網に驚いたようだ。もとより光を嫌う闇の住人たちだ。眩い光の中に放り込まれてはたまらない。
なんとか光の網を断ち切ろうともがくのだが、渦エナジーの光線に触れるたびジュアアと白煙をあげてその身を焦がしてしまった。
そうこうしているうちに木々はさらに青い渦パワーの光線を放ち続け、網の目は次第に細かくなってゆく。
青い渦エナジーの光の線は鋭い刃となって大妖怪たちの体を貫いた。地を這うヤツらは体を焼かれて身悶えしながら倒れ、空中で網に絡め捕られていたヤツらは頭から地面に墜落した。妖怪たちの体に浮かぶ落武者の顔はどれも白目をむいて口から泡を吹いている。
(四)ひかりの森
「むむう。。。タレ様や、森全体がまるで渦エナジーのドームのようじゃ」
「忌まわしきは渦の力よ」
青い光に触れて体を浄化されて倒れた妖怪たちは次々とセミの抜け殻のような茶色く透けた体色に変わり、そして音もなく崩れていった。
あれほどひしめいていた巨大妖怪どもはことごとく風化して崩れ去り、まるで熱に浮かされたようにざわめき立っていた森の気配はようやく落ち着きを取り戻した。
タレナガースとヨーゴス・クイーンは青く光る森を見上げて恨めし気に後ずさりし、自らが吐き出した瘴気の中に姿を消した。
「妖気と瘴気に満ちていた妖怪たちのホームグラウンドが今や私たちのホームグラウンドに変わったって訳ね」
エリスが青く光る木々を撫でながら満足気に呟いた。
「スダッチャー、もういいぞ。おかげで妖怪たちは退治できた」
エディーの呼びかけに先ほどとは全く違う若い木の中からスダッチャーがヒョイと姿を現した。
同時に森に張り巡らされていた青い光の網は大気に吸い込まれるかのようにすぅぅと消滅した。
「へへっ!ざまぁみろ」
崩れて落ちた妖怪どもの成れの果てを一瞥して満足げに胸を張った。
「ありがとうスダッチャー、今回はあなたのおかげで一発大逆転できたわ」
「いいや、エリスちゃん。礼ならこの木たちに言ってくれ。あの長老の呼びかけでみんなが一斉に協力してくれたんだ。こんなことは滅多にないんだぜ」
スダッチャーが指さしたのは、エディーコアを持ったスダッチャーが最初に潜り込んだ巨木だ。
「樹齢2000年。。。だけどもうすぐ。。。」
言葉を詰まらせたスダッチャーの言わんとすることをエディーもエリスも理解した。
ふたりは老木の樹皮にそっと手を当てて感謝の気持ちを伝えた。
「渦のパワーは素晴らしいってさ。長い間この暗い森で暮らしてきて楽しいこともあんまりなかったけれど、最後に妖怪どもにひと泡吹かせてやれて楽しかったってさ」
そう言うとスダッチャーはエリスに託されていたエディー・コアを返した。三角形のクリスタルは色褪せている。持てるすべてのエナジーを放出してこの森を渦戦士たちのホームグラウンドに変えてくれたのだ。
「いろいろなモンスターと戦ってきたけれど、まさか妖怪と戦うことになろうとはね」
エディーは周囲の木々を見あげて呟いた。
「徳島にはまだまだ人の手が入っていない山や森が多いから、妖怪どもだってうじゃうじゃいるぜ。その青い渦の光も届かぬくらい深い深い森の奥にはね」
珍しくスダッチャーも森の奥を見つめて憂い顔だ。
「山だけじゃなくて、海や川にも妖怪はいるわ。河坊主みたいなのがね。暗い水の底からじっと水面を見上げているのよ」
「昔は人間と妖怪はきちんと棲み分けができていたんだよ。たまにその境界線を越えちまった人間は妖怪どもにひでぇ目に遭わされたらしいけどな。へへへ」
「人間であれ妖怪であれ、ヨーゴス軍団に悪さはさせないわ」
「そうさ。この森だってもう金輪際ヨーゴス軍団にアジトを造らせようなどと思わせない手入れされた森にしなければ」
エディーの言葉を受けて、エリスは樹齢2000年の老木に掌をそっと当てた。
「長い間ほったらかしにしちゃってごめんね。できるだけ早くこの町の人たちに呼びかけて日の当たる風の良く通る素敵な森に変えてもらうわ」
エリスの言葉に、巨木の枝がさららと揺れたようにエディーには見えた。
(完)