渦戦士エディー

 フカの目村

 

<一>鱶(ふか)の目村

「見えるか?」
ガサガサ
「音を立てないでくださいオチさん。気づかれますよぉ」
バキッ
「馬鹿!お前こそ音を立てるなって。。。」
「シッ、来たわよ」
カササ。。。
藪から覗く6つの目玉が見つめる先には小ぶりの神輿とそれを取り囲む水法被に締込み姿の4人の若者達がいた。
「さぁ本尊が出てくるぞ。瞬きなんかするんじゃねぇぞ」
ひときわ胸板の厚い若者が一礼すると本殿に入りやがて両手に何かを持って出てきた。
「来た」
「コジ、撮れ撮れ撮れ」
藪の中に潜む者たちはどうやら神輿出立の儀式を盗撮しているらしい。
「見てアレ。フカの目よ」
その声に皆が身を乗り出した。
本殿から現われた若者は左右の掌に一対の白く丸い玉のようなものを乗せている。
掌に乗せられたソフトボール大のその玉は、少しくすんだ白で、表面に乾燥して出来た皺のようなものが浮いているのが見える。
その白い玉は神輿の中にそっと収められた。
シャン。
どこからか神楽鈴の音が聞こえた。
シャン。
誰が鳴らしているのか、視線を巡らせてみたがわからない。そうこうしているうちに神輿が担ぎ上げられた。
若者たちは無言で鳥居をくぐって境内を出てゆく。
その神社は山の中腹にあり、すぐ目の下に海がある。
斜面に立てられた瓦屋根の質素な家を縫うように神輿は海へと下って行く。
藪の中から3つの人影が現われた。
女性がひとりに男性がふたりだ。
「行っちゃいましたね」
丸顔で長髪の若い男が遠ざかってゆく神輿を見ながら小声で言った。手にハンディタイプのビデオカメラを持っている。
「おう。神輿の中にフカの目を入れた。確かにこの目で見た」
ひょろりと背の高い中年の男が興奮気味にまくしたてた。
「あのお神輿は毎年そのまま海に流されるのよ。なのにあのふたつのフカの目はいつの間にかまた本殿に帰ってくるという噂なの。コジ君、ちょっと本殿の中を確かめてみて」
髪の長い女性に促され、丸顔の若者が本殿の戸をあけて中を覗いた。
「ない。ありませんよ、座布団だけが残されています」
それを聞いて他の二人は満足げに頷いた。
「大きなフカの目玉をご神体にいただく神社のあるフカの目村。海に流しても流してもそのご神体は無くならない。それは海で死んだこの村の先祖達がここにその目を返しにくるからだと言われている。それを見た人なんていないし、決して見てはいけないとも。。。」
「ショウコちゃん、神輿が海に入るよ」
鳥居の辺りからは海がよく見える。
フカの目村は漁村である。港の近くには漁協の細長い屋根が見えている。
係留されている数隻の漁船の脇には船を引き揚げる船台が造られており水法被の若者たちは神輿を担いだままその斜面からしぶきを上げて海へと入っていった。
村人達も港に集まっているようだ。
「静かなお祭りね」
「うん。祭りと言うよりは儀式だな」
年長のオチの言葉に若いコジとショウコは無言で頷いた。
やがて神輿は海へと浮かべられた。
木と藁と紙でこしらえられた簡素な神輿は軽く、担ぎ棒をフロートがわりにして軽がると海面に浮かんだ。
若者達に押し出された神輿は潮に乗ってみるみる入江から外海へと流れていった。
「もういいんじゃないか?」
「そうね」
「よし。確めよう」
3人は振り返って本殿を見た。
コジは右手にビデオカメラを構えている。
まるで獲物の鼠を取り囲んだ腹ペコ猫のように、動かぬ本殿を取り囲んでジリジリと詰め寄った。
―――
いいか?
3人は互いに目で合図すると一気に本殿の正面扉を引きあけた。
そこには紫の座布団に乗せられた白いふたつの玉があった。
「こ、これは。。。?」
息を呑む3人はすぐに気づいた。
その玉がふらふらと宙に舞い始めたのだ。
「え?」
その時3人は妙な息苦しさを覚えた。
うまく呼吸ができない。。。
「なに?これ。。。」
酸素を求めてショウコが口を大きく開けてもがいている。
「う。。。ごぼ。。。あれは。。。あれは。。。ごぼ」
オチが指差した。
宙に浮くふたつの白い玉、それはフカの本体にはめこまれていた。
「フ、フカ!?」
マイクロバスよりも大きな1尾のフカが本殿の中を泳いでいる。
ふたつの白い目が3人を見据えている。
そこで3人は気づいた。
「こ、ここは。。。」
「海の中!?」
「フカの目村は、海に沈んだ村だったのか?」
ご神体のフカの目玉は本物のフカだったのだ。
いつの間にか3人は海の中に放り出されていた。
―――
ば、ばかな!?
呼吸ができない!
オチの眼の前を1台のビデオカメラがゆっくりと沈んでゆく。
ふと見上げると、コジが浮いていた。
コジの胸から上だけが!
白濁したコジの目がこちらをじっと見つめている。
ゴボゴボゴボ。
―――
そうだ、ショウコは?
ショウコは死に物狂いで海面に向って泳いでいる。
慌ててオチも彼女の後に続く。
その眼の前を巨大な何かが横切った。
渦が巻いてオチは一瞬上下の感覚を失った。が、かすかにが差す方を認めると再び泳ぎ出した。
―――
待ってくれショウコ!
目の前を泳いでいたショウコの姿が無い。
だがもう息が限界を迎えていたオチは構わず手足を動かした。
そして気づいた。
もう自分は二度と海面には顔を出せないと悟った。
手が届きそうな所にあのフカの目があった。
そして血が流れ出す大きな口と妙に美しい無数の歯も。
口の端には何かが挟まってゆらゆらと揺れている。
それがあのショウコの長い髪だとわかった途端、グイと前へせり出したフカの歯が、自分の体のほとんどを持って行ってしまった。
ぎゃああああああ!

「うわああああああ!」
はぁはぁはぁ。
ポタリと汗がガラスのテーブルに落ちた。
堅く握り締めた拳を膝に押しつけたまま、ヒロは目を見開いていた。
そこらじゅうの空気が凍りついている。
テーブルをはさんで正面に座るドクも驚愕で目を見開いてヒロを見ている。
ヒロは肩で息をしながら目だけを動かして周囲を見渡した。
いつものカフェの奥の席。突然悲鳴をあげたヒロを、他の客もマスターも凝視している。
ヒロはそろそろと両手で自分の顔やら胸やらを撫でまわすと「ほおおお」と息を吐いた。
「ちょっとやめてよヒロ。何なのよ急に悲鳴なんかあげて。恥ずかしいじゃない」
でかい悲鳴をあげたヒロ本人よりも、むしろドクの方が顔が赤い。
「あのね、ドク。オレがその手の話に弱いの知ってるでしょう?なんでそんな怖いこと聞かせるのさ。オレは、オレはもう、心臓が止まるかと思ったよ」
ようやく表情が戻ってきたヒロはドクを睨みつけた。
「何言ってるのよ『鱶の目村』の映画のストーリーを聞かせろって言ったのはヒロじゃない」

そう言うと、くだんの映画の監督のインタビュー記事が載った週刊誌をヒロの眼の前に突き出した。「現代ホラー映画の旗手」という見出しが躍っている。
「だからって、そんなに真に迫る必要ないじゃないか。オレを怖がらせようと思ってわざとやったでしょう」
妙な間があく。。。
「ま、ともかくその怖い映画のロケがあったのよ、聡子の田舎でね」
聡子と言うのはドクがバイト先で知り合った女性で、店長の悪口で盛り上がり意気投合した友人である。一昨年、実家で漁師をしている兄にしつこく頼まれたとかでバイトを辞めアパートを解約して田舎の漁村へ帰っていった。そしてその村が昨年から今年にかけて全国で話題になったホラー映画の舞台に選ばれたというわけだ。
「だけどフカの目村って。。。聞かない名だなぁ」
エディーとして全県下をパトロールしてきたヒロだ。おおかたの町や村の名前は知っているつもりだったが。
「本当はフカの目じゃなくて富亀っていうのよ。富士山の富に鶴亀の亀。めっちゃおめでたい名前でしょう?怖くなんかないのよ」
「よく県南のそんな小さな村を見つけて映画の題材にしたものだね」
「全国をロケハンしてまわっているらしいわよ。富亀には3年前に監督さん自らやってきて、地元のお祭りを見学したらしいわ。いたくお気に召したらしくて、一気に脚本まで書き上げてめでたく昨年末に公開の運びになったってことなのよ」
「SNSでもすごい話題になったものね」
「全国からファンが聖地巡礼にやって来たものだから、大急ぎで道路を整備したりお土産を売り出したり、てんやわんやよ」
「お土産?」

「もっぱらチクワやカマボコとかの練り物だって。表面にフカの目村って焼印が入っているんですってよ」

「なるほど、逞しいねぇ」
ヒロはヤレヤレと首を振った。
「でね、そのお祭りがもうすぐなんだって。聡子が是非遊びにおいでよって誘ってくれているから、ヒロも行こうよ」
「ええ?ドクひとりで行っておいでよ。誘われたのはドクなんだから。知らない男がくっついていったらきっと迷惑だぜ」
「いいのよ。ビビリのヒロと違って聡子はそんなやわじゃないわ」
―――
やわってなんだよ。
時々ドクのこういう感覚がよくわからなくなる。
とにかく、これがヒロにとってこの村との出会いであった。

<二>呪われた祭り

「国道から外れて約1時間か。。。山ふたつは越えたな」
富亀村はヒロが思った以上に遠かった。
ずっとハンドルを握っていたドクは到着後しきりと自分の肩をもんだり首を回したりしていた。
「いらっしゃい!」
聡子はドクの車にヒロも乗っていることに驚いたが、すぐに笑顔を浮かべて会釈した。
映画のおかげですっかり全国メジャーになった富亀村だ。劇中でも紹介された祭の当日ともなれば訪れる人も多いに違いない。
聡子との再会を喜ぶドクと離れて、ヒロは村のようすを観察した。
「それにしても思った以上にシンプルな村だなぁ」
小さな漁村だ。
石造りの岸壁には何隻かの漁船が停泊しており、その背後には『富亀漁協』とペンキで書かれた木製の看板を掲げた細長いバラックがある。その前に軽トラックが1台停められている。
岸壁の端には漁船を陸へ引き揚げる船台と呼ばれる斜面が設けられている。
背後には山が迫っており、気に埋もれるように瓦屋根が見えていた。
山の斜面には人か自転車くらいしか通れぬような細い路地や坂の階段が通っている。
まもなく山の中腹にある『海玉神社』で儀式が執り行われ、神輿が担がれてここまで降りてくるはずだ。
村人も観光客も今頃は皆神社の境内に集まっている頃だろう。
その時、濃緑色だった海の色が一瞬黒く変化したように見えてヒロはじっと海を見つめた。
何かが水の中を通り過ぎて行ったような?
ヒロは何者かの視線を感じた。何か大きなものが水の中からこちらを伺っている。
ヒロは水際に近寄って湾内の海面を見渡した。
そのヒロを水中からもじっと見ているモノ。
それは音もなく岸へと近寄ってくる。
ゆらゆらと揺れながら逆さに映るヒロの姿がもうすぐそこに。
「にいちゃん」
その時、漁協の建物の方から声をかけられてヒロは振り返った。
頭にタオルの鉢巻を絞めた初老の男がバラックの戸を外している。
「そろそろ神輿が出るで。早よ神社へ行ってきな。これ見逃したら次は来年やぞ」
「はあ」
男は漁協のバラックの入り口を広く開放すると横長の会議机の上にいろいろな商品を並べ始めた。
臨時の土産物売り場というわけか。
ヒロは男に促されるままクルリと海に背を向けて神社へと続く細い石段を登って行った。
そして水の中のナニかは、ゆらゆらと遠ざかるその後姿をじっと見送っていた。

ドンドドンドンドドンドン―――
その時前方から太鼓の音が聞こえた。
足元を確かめながら石段を登っていたヒロは顔を上げた。
この先にある神社には幟が立ち、先ほどの港とは違って人がざわめく気配が伝わって来た。

狭い境内には数十人もの人々が集まっていた。
本殿の扉は開け放たれており、太鼓の音はその奥から聞こえてくる。神楽鈴を持った巫女が太鼓のリズムに合せてシャンシャンと手首のスナップで鈴を鳴らしているのが見えた。
「ちょっとヒロってば、どこに行ってたの?」
人混みの中を体を横にしながら近づいてきたドクが文句を言った。
「ごめんごめん。あ、出発するのかな」
本殿の奥から神輿が担ぎ出されてきた。
4人の若者が前後に2人ずつ、2本の担ぎ棒を肩に置いている。いずれも髪を短く刈り、水法被に締め込みという精悍な姿だ。
境内にいる人々は大半が観光客なのか、神輿が現れると皆一斉にスマホを構えた。
神輿はゆっくりと鳥居をくぐると、さっきヒロが登って来た石段を下り始めた。
それに付き従うかのように観衆も移動を始める。

神輿は十数分かけてゆっくりとゆっくりと石段を下り、港までやって来た。
村人たちは港に集まって神輿を待っていた。
ドクが背後に手を振っている。見ると聡子が漁協の臨時売店にいて、笑顔で手を振り返している。
石段を下り終えた神輿は、船台の斜面を使って海に入ってゆく。
掛け声も水しぶきも上げず、粛々と海に入ってゆく若者たちの姿は、かえって勇ましさを醸し出していた。
腰まで海に入った若者たちは神輿をそっと海に浮かべた。
二本の担ぎ棒をフロート代わりにした神輿はゆらゆらと海面を漂い始めた。
「へぇ、水に浮くんだね」
「そう。このまま海に流すからお神輿の材料は木と藁と和紙なんだって。だから案外軽いみたいよ」
ドクは視線を神輿に向けたままヒロに説明した。
やがて神輿は潮に乗って富亀の入り江から外海へと流れ始めた。
こうしてこのまま沖に姿を消したらこの祭は終わりだ。
映画の設定とは違い、実際の神輿の中には穀物や果物など陸の幸が収められている。
海の神に感謝を捧げ、海で亡くなった先祖の魂を慰める。
派手さはないがしめやかな儀式なのだ。

「おかしいな」
最初に異変を口にしたのは漁協の組合長だ。
潮は確かに入江の外へと流れてゆくのに、神輿は堤防の手前で止まっている。
ゆらりゆらりと左右に揺れてはいるが、ピタリと動かなくなった。
まるで錨を降ろした船のように潮の流れに逆らっている。
「不吉な。。。」
村の年配者たちがささやきはじめたその時。
ブワッ!
神輿が突然炎を吹き上げた!
「うわあ!」
「きゃ!」
観光客のみならず、村人たちからも驚きの声が上がった。
―――
何なの?観光客を喜ばせるための演出?
あらかじめ聞いていた段取りとは違うため、ドクは振り返って聡子を見た。だが聡子もドクを見て首を左右に振っている。明らかに驚いている表情だ。
「ヒロ、これは緊急事態かも」
「そうだな」
だが、こんなところで渦戦士に変身するわけにはいかない。たとえ隠れて変身しても、そもそもこんな所にいきなりエディーが登場したのでは不自然すぎる。観光客の中に紛れていたとしか思えない。
炎は勢いよく火柱を天に吹き上げ、岸で見ていた人たちの顔を熱風が叩いたものだから皆慌てて後ずさりし、押された何人かがドミノのように倒れた。
―――
いけない!
「皆さん落ち着いて。真後ろに人がいます。後方の人からゆっくりと下がってください」
「炎までは距離があります。大丈夫ですから慌てないで」
ヒロとドクは声を上げて観光客たちを誘導し始めた。
「みんな慌てず少しずつ下がるんだ」
「あの火を消せ。事務所から消火器を持ってこい」
神輿を担いでいた水法被姿の若者たちも加わって岸に集まっていた人たちを何とか漁協の建物にまで後退させることに成功した。
吹きあがった炎は勢いが強く、消火器が来た頃には神輿の大半が燃えて水中に没してしまった。
転んで擦り傷を作ってしまった人たちを漁協の事務所に招いてドクや聡子たちで手当てした。
漁協の組合長は、せっかく有名になった村の祭りで不祥事を起こしてしまったとひどく落ち込んでいるが、実は後日これがまた評判を呼ぶことになる。
映画でのおどろおどろしさは無く、大人しい祭りであったためちょっとがっかりしていた観光客やホラー映画好きたちがこの事態に大喜びしたのだ。
この日以降さまざまな憶測が飛び交うのだが、どうやら村の演出ではないようだということになってその興奮は度合いを増した。
「村人も仰天!まさかの神輿炎上」
「やっぱり呪われていた!?フカの目村の怪しい儀式」
「海に上がる火柱の中に悪魔の笑顔を見た!?」
などと尾ひれに背びれに胸びれまで付いたタイトルで動画がたくさんアップされ、いずれも閲覧数を伸ばした。
漁協前に並べたチクワもカマボコも映画のタイトルをプリントしたTシャツも連日完売する盛況ぶりを見せることになる。
しかしまもなくそんな騒ぎになるとはつゆ知らず、その日の村人たちは皆険しい表情だ。
これでは海の神にもご先祖様の御霊にも顔向けができない。
「こんなことは初めてやな」
「何か悪いことが起きるかもしれん」
「こんなふうに祭りを見世物にしてしもうたから神様が怒らっしゃったんじゃ」
村人たちは口々にささやきながら三々五々自分の家へと帰っていった。
「お神輿、沈んじゃったね」
「うん。。。」
ドクと聡子は誰もいなくなった漁協の事務所でパイプ椅子に腰かけていた。
本来はもっと沖でゆっくりと沈んでもらわねばならないものだが、富亀の湾内に焼け焦げて沈んでしまった。
「協力してもらって有難うな」
スポーツ刈りの精悍な若者がヒロの傍らに歩み寄った。
グレーのパーカーに着替えているが、さきほど水法被姿で神輿を担いでいたひとりだ。
「聡子のお客さんなんだって?おかげで大けがする人を出さなくて済んだよ」
その若者は聡子の兄で宗之といった。漁協の青年部長を任されている。漁で鍛えているせいか見事な体格だ。
目が聡子に似ている。
「なんだか大変なことになりましたね」
「うん。原因はおいおい調べるさ。とにかくもうすぐ日が落ちるから君たちも気をつけて帰ってくれよな」

「じゃあね。今度来た時は泊っていってね」
「うん。有難う」
車のウインドウ越しに手を振りあってドクとヒロは聡子と別れた。
宗之の言う通り、日が落ちると街灯の無い山道は見通しが悪く運転しづらかった。
「なんとも大変な1日になったね」
「まったくだわ。原因を調べるって言っていたけど、どうやって調べるのかしら」
「ああ。神輿が海の上でいきなり燃えるだなんて理屈じゃあり得ないよ。。。」
「奇妙奇天烈だわね」
。。。ふたりの脳裏にこのうえなく嫌な連中の顔と名前が浮かんだ。

<三>徘徊する影

祭りで神輿が炎上して以来、村に1件だけある民宿は大繁盛であった。
3部屋しかない客室は連日予約で埋まっており、何も起こらなかったからもう1泊したいと言い出して居座ろうとする迷惑な客もいた。
それはそれで結構な話なのだが、少々厄介な出来事が起こり始めた。

ようやくブームもひと段落し始めたかと思われた頃、今度は深夜、不気味な影が村を徘徊しているという噂が立ち始めた。
またぞろSNSで面白半分のデマをとばすヤツが現れたかと村人たちも眉をしかめながら今度も騒動が1日も早く収まってくれるのを待っていた。
しかし、当の村人からも怪しい影の目撃談がいくつも出始めた。
バラバラの話をまとめると、爛爛と光る眼。2メートルを超す長身。月明りを照らす濡れた鋭い歯。ウロコのようなゴツゴツとした体表。。。といった具合だ。
「なんだまるでアマゾンの半魚人じゃねぇか」
見たと言い張る者。いるわけないとあざ笑う者。
人口100人足らずの村がまっぷたつに割れたが、ある夜、漁協の組合長がその化け物に襲われて大けがをしたという事件が起こるに至ってこれはヤバいと皆が確信した。

「いやぁ死ぬかと思いましたわ」
頭と左腕に包帯を巻いた組合長は差し出されたテレビ局のマイクを前にして熱く語った。
「魚もバケモンになると人を襲うんですなぁ。いや、やっぱり神輿が中途半端に沈んでしもたのが悪かったんやろと儂は思います」
「やはりお神輿が燃えたのは何かの祟りだとお考えですか?」
「うんんにゃあ、今の時代に祟りっちゅうのもナンやけど、ほかに何かありますか?あんなバケモン今まで見たことも聞いたこともありませんし。もうなにがなんやらようわかりませんわ。。。」
富亀漁協と書かれた手ぬぐいで汗を拭きながら組合長は「ほな、会議がありますんで」と右手を軽く振ると「鱶の目村」の黄色いTシャツを着た組合長は漁協の建物の中へ姿を消した。

キャスターは次のニュースを語り始めた。
「祟りって何だよ?あの村って何か祟られなきゃいけないことでもしたのかなぁ?」
いつものカフェの奥のテーブル。ヒロは首をかしげながらコーヒーをすすった。
「聡子さんは何か言ってきたかい?」
「ええ、今朝もLINEが来たわ。今はテレビ局のクルーや週刊誌の記者たちがたくさん来てるみたいよ。賑やかなのはいいけれどお土産売るわけにもいかないし、へたの出歩くとすぐマイクを向けられるもんだから家にこもっているそうよ」
ドクは眼の前のパンケーキにせっせと生クリームを乗っけている。
「それは気の毒だな。で、俺に見せたいものって何だい?」
ヒロの言葉に、ドクは「そうそう」とトートバッグから愛用のタブレットを取り出した。
画面をタップすると、何かの動画がスタンバイされている。ヒロはその動画をスタートさせた。
「私が撮影した動画よ」
それはくだんの祭りの問題のシーンだ。海に浮かべられた神輿が徐々に沖へと流れてゆくところから始まっていた。
「この辺まではよかったんだよね」
コーヒーを飲みながらヒロは動画を見ている。ドクはこの動画から何を伝えようとしているのか。
やがて沖へ流れてゆく神輿が次第に岸へと逆行しはじめた。
そして。。。
画像が突然スーパースローに変わる。
「発火するわよ。よく見て!」
ドクに促されてヒロはタブレットに覆いかぶさるように動画を注視する。
小さな炎がまるで蛇の舌のようにチロリと現れ、次第にゆっくりと大きくなる。
一瞬ハレーションを起こして何も見えなくなった後、再び画像に移ったのは既に全体が炎に包まれた神輿の姿だった。
「どう?何か気づかない?」
ヒロは目だけを動かして向かいのドクを見た。
「これ、神輿の内側から火が出ているね」
「ご明察。つまり神輿の中に何かしらの発火装置が仕組まれていた可能性があるってことね」
ヒロは「ふぅ」と息を吐いて椅子の背もたれに体重をかけた。
「調べるっきゃないか。。。」

富亀の湾内は比較的浅いため水中にいても岸から見つけられる可能性が高い。
今夜は満月が出ている。目の良い漁師ならなおさら要注意だ。
これだけの騒ぎになっているうえに組合長がケガを負わされたのだから、エディー&エリスとして堂々と村をパトロールしても良かったのだが、この騒ぎの中で渦戦士の姿を見せたら余計な憶測を生んで、いたずらに騒動を大きくしてしまうかもしれない。
ふたりは隠密行動をとることにした。
―――
とは言ってももう何日も経っているからなぁ。海の底を調べても潮に流されているかもしれない。
それでも根気よく海底を探してゆくうちに湾の出口、堤防の根元あたりでエディーは小さなタイマーを見つけた。100円ショップなどでも買える小さくて軽いタイマーだ。
―――
決定的な証拠とは言えないが、これも何かの手掛かりになるかもしれない。
その時、海面からの月の光が一瞬何者かに遮られた。
―――
うん?
エディーは反射的に頭上を仰いだが何もない。
気のせいかと、再びタイマーが落ちていたあたりを探り始めた。
その時!?
エディーの超感覚が鋭い警告を発した。エディーは素早く背後を振り返った。しかしやはり何もない。
いや、何かいる。ずっと狙われている。
危険を感じたエディーは調査を打ち切って堤防に上がった。
<エディー、何かみつかった?>
相棒の姿を認めたエリスからの連絡だ。
「ああ。タイマーを見つけた。それよりエリス、水には近づくんじゃないぞ。何か嫌な予感がするんだ」
<。。。わかった。エディーも早く戻って>

「このタイマーが神輿の中で時限発火装置に使われたものなのかしら?」
「さぁ、わからない」
エディーは困惑していた。
長時間海に沈んでいた品だ。専門家に調べてもらわなければ詳しいことはわからない。
だが、そうしたほうが良いのだろうか?
このタイマーを調べることは何か大切なことに背くことになりはしないのだろうか?
しかしエディーの悩みは間もなく解決した。いや、悩む必要が無くなった。

「今朝、富亀村の診療所に勤める医師が、組合長の頭の怪我は怪物に襲われたものではないと地元紙の記者に告白しました」
夕方のテレビで流されたそのニュースは翌日にはネットニュースのヘッドラインでも大きく報じられた。
海の上で突如燃え始めたあの神輿も、深夜徘徊して人を襲う化け物も呪いなどではなかった。すべては村人による演出だったのだ。
正確には富亀漁協の組合長が思いつき、診療所の医師を無理やり抱きこんでのことだったらしい。
ニュース映像は全国で繰り返し放映され、動画でも配信された。
富亀診療所の医師は赴任して今年で5年。世間を騙した罪の意識に耐え切れず地元紙に勤める友人に告白したということだ。カメラに向って頭を下げ、裏切ってしまった組合長にも頭を下げる若い医師。前に向って、傍らに向って何度も何度も下げている。
その若者の肩を抱いて慰める還暦間近の組合長。
ふたりとも泣いていた。
「映画のブームもだんだんと下火になって観光客が減ってゆくのがたまらなく寂しかったんです。朝、観光客の笑い声で目が覚めるなんちゅうことは今までの人生で経験したことが無かった。嬉しかったんですわ。けどまた田舎の、見捨てられたような漁村に戻るんかと思ったら、なんやしらん、いてもたってもおれなんだんです。ほんまにすんません」
組合長が医師の前に出て深々と頭を下げた。
首謀者は儂です、と。この若い医師はいやいや加わらされたんです、と。
皮肉なことにあの映画が公開されて以降、これほど頻繁に富亀村がメディアに取り上げられたことはかつて無かった。

<四>影の正体

はぁ。
ドクはイスの背にもたれてため息をついた。
「結局はこういうことだったのね」
富亀村は全国から白い目で見られはしないだろうか?
聡子は大丈夫だろうか?
しかしヒロはずっと何か考えているようだ。
―――
もし一連のすべての出来事が漁協の組合長と診療所の医師のしわざだとして、あの時感じたヤバい感覚は何だったのか?
ヒロとしてのあやふやな虫の知らせなどというものではない。エディーに変身した時の超感覚によるものだ。断じて気のせいではない。
「ドク、頼みがあるんだ」

「組合長、気を落とされんでよ〜」 
「おお、ありがとうな」
村に1軒ある一杯飲み屋で開かれた組合長と診療所の先生を励ます会は午前2時にお開きとなった。
港に沿って帰る先生組4人と、神社の方へ階段を上る組合長組3人に分かれてそれぞれ帰途についた。
「先生、医師会からはなんぞ言われたんか?」
「キツく𠮟られました。まぁ事情をわかってくださったので厳重注意で済みましたけど。。。」
「よかったで!一発怒られたら済む話やな」
「ほうじゃ。ワイら小学校、中学校、高校から漁師になってもどんだけ怒られたかわからんもんな」
「ナニ自慢しよんなアホ」
ははははは。
こうした冗談も若い医者を慰めるためのものだ。
子供が熱を出した時、老母が転んで足をくじいた時、どれほど世話になったかしれない。
狭い道ゆえ4人が横並びでは歩けない。二人ずつ肩を組んで2列になって歩いていると、前方から誰か来る。
小さな村だ。皆が顔見知りである。暗闇を誰かが近づいて来たとて何も恐れはしない。。。が?
―――
デカいな。あんなヤツおったか?
どう見ても2メートル以上あるその「男」は目が懐中電灯のように発光している。
「誰や?」
呼びかけにも応えずやがて目の前にやってきたそいつは!?

「うわー!」
「助けてぇ!」
自宅へ続く細い石段を登っていた組合長は港の方から聞こえた叫び声に足を止めた。
「あん?あれは。。。先生か?」
まさか酒に酔ってまたぞろ化け物が出たなどと騒いでいるのはあるまいな。組合長は眉をひそめた。
だが、あの先生に限ってそんな悪ふざけはするまい。それに、今の悲鳴は。。。真に迫っている!
近隣の家の灯りも点いた。ガラガラと戸が開く音もした。
顔を出した先輩の漁師が「お前また?」という顔でこちらを見た。
「いや、違う。あれは」
組合長は石段を駆け下りた。組合長のようすを察した何人かが後からついてくる。
その中には聡子と兄の宗之もいた。ふたりとも家着のジャージのままだ。
まさかとは思うが、化け物ではなくとも何かあったのか?酔った連中に何か?
さっき別れた辻を港の方へ一気に駆ける。
そして!?

「下がってください」
堤防の前に既に誰かがいた。
こちらを見向きもせずに片手で「来るな」と制したその男は。。。
目にするのは初めてだったがすぐにわかった。
「渦戦士エディー」

「皆さん、危ないです。さぁ離れて」
もう一人の渦戦士が診療所の先生に肩を貸してこちらへやって来た。
「先生!ケガしたのか!?」
「いえ、お怪我はしていません。どなたかお願いします」
額のクリスタルと同色の青いショートボブの髪の毛が風に乱れている。
先生は腰を抜かしているだけだった。宗之が先生の体に腕を回して抱きかかえた。
「危険ですから皆さんは離れてください」
身構える渦戦士エディーの前方に何かがいる。
村人たちはその気配の正体を見届けたいと目を凝らすが、夜の闇に紛れてその姿は判然としない。だがその存在を嫌でも感じてしまうのだ。
「あ、あれはいったい!?」
「ヨーゴス軍団です」

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。
不気味な笑い声に一同が闇に視線を巡らせた。
中空に青白いシャレコウベが浮かんでいる。
人の髑髏ではない。動物のものでもない。額からは悪魔アザゼルを思わせる一対のいびつな角が伸びている。
この世の者ならざる奇怪なシャレコウベだ。恨みにねじくれたその硬い骨の顔が笑っている。
「ひっ」
村人たちは一様に目を見開いて口を押えた。人は度を越えておぞましいものを見てしまうと、そこから視線をそらせなくなってしまうものらしい。
「いろいろと面白い茶番を見せてもろうたが、いよいよ真打ち登場じゃ」
ヨーゴス軍団首領タレナガース。
闇の中からゆっくりとその全身を現した。
ケモノの体毛を思わせる茶色い頭髪は後頭部へ流され、複雑に結ってある。
着用している迷彩色のコンバットスーツの肘から先、膝から下はまるで巨大なヒグマを思わせる毛皮のグラブとブーツだ。
いずれもその先端からは岩をも砕くツメが伸びている。
海風がケモノのマントを揺らしている。

「ひとつ教えて進ぜよう」
2メートルを優に超える巨漢が面白そうにおびえる村人たちを見下ろす。
「魔物を心に浮かべればそやつは必ずや現れるのじゃ」
じっと組合長を凝視しながらタレナガースは地の底から響くような声で言った。
「貴様、この騒動の中でいっそのことヨーゴス軍団でも来てくれないものかと密かに願うたであろう?じゃから来てやったのよ。魔物は律儀じゃでのう。ふぇっふぇっふぇ」
悪いのは全部お前なのだとその赤く光る恨みの目が言っていた。
「ひっ。。。ゆ、ゆ、許して」
確かにそんな思いが脳裏をかすめた。しかし本当に望んだわけではない。もういいから帰ってくれ。
「いちいち耳を貸してはいけませんよ組合長。言葉を弄して人の心を乱し、そこに生まれた気の迷いにつけこむのがあいつらの常套手段なのです」
女性の渦戦士がすぐ傍らでささやいた。
この女性戦士も知っている。
―――
エリス。
ニュース映像で見たことがある。エディーと共に戦う渦戦士。女性の身で大丈夫なのか?と心配したことがある。
しかし、すぐ傍らに立ってくれるだけでこの心強さはどうだ?
おかげで自分は闇に堕ちずに済んでいる。
「ありがとうございます」

その時、腰に両手を置いて胸をそらせているタレナガースに向けて青い閃光が迸った。
「うほっ!?」
間一髪で体をかわしたタレナガースの自慢の長髪が切り裂かれて宙に舞った。
閃光はエディーが放った神速キックだった。
「なんじゃ、不意打ちか?貴様もようやく戦い方がわかってきたようじゃのう」
「ふん、真正面でふんぞり返っていて不意打ちも無いだろう。お前と一緒にするな」
エディーが身を低くして構える。
「待たぬか、せっかちなヤツじゃのう。貴様の相手は余ではない。こやつじゃ」
タレナガースがケモノのマントを片腕で真横に広げると、そこからにゅっと姿を現したのは。。。
「うつぼモンスターのうっちゃんじゃ。愛いであろう?遊んでやってくれ。ふぇっふぇっふぇ」
ボディビルダーかと見紛う筋肉隆々の体はギラギラと輝くうろこに包まれている。何より無気味なのは、盛り上がる僧帽筋の真ん中からうねうねと蠢くうつぼの長い首が乗っていることだ。感情を持たぬ丸い目と大きく裂けた口とそこにびっしりと並ぶ無数の三角形の歯が目を引く。
「うつぼ型モンスター!?」
やはりこの村にはモンスターが潜んでいたのだ。
先日ひそかにここの海中に潜ったとき、エディーが感じた危険な気配はこいつのものだったのだ。
くわっ!
うつぼモンスターが口を大きく開いてエディーに飛びかかった。
エディーは咄嗟に身をかがめてよけようとしたが、うつぼの首がさらにギュンと伸びてエディーの肩のアーマに食らいついた。
グァキッ!
アーマの破片が飛び散った。
「くそ!」
衝撃で態勢を崩しながらもエディーはうつぼモンスターの鳩尾に蹴りを叩き込んだ。
ぐえええ。
うつぼモンスターは伸ばした首を振って苦鳴をあげたが、強靭なうろこの鎧はエディーの攻撃によるダメージをかなり軽減させているようだ。
―――
堅いな。それに首が伸びて間合いが計りづらい。上からならどうだ?
エディーは真上へ跳ぶとモンスターの肩めがけてかかとを落とす。
くわっ!
すると今度は真上に向けて大きく開いた口がスルリと真横に動いて振り下ろされたエディーの足首から下をガブリと噛んだ。
「うわっ!痛ぅ!」
エディーがもう一方の足で長いうつぼの首を蹴ると僅かに口が開いて何とか噛まれた足を解放させることに成功した。
足首のアーマに無数の噛み跡がついている。
自在に動かせる首とその先の鋭い歯。そして堅固なうろこの体。厄介な防御力だ。
「エディー、素手じゃ不利よ」
エリスのアドバイスが飛ぶ。
確かにあの鋭い歯に素手で立ち向かうのは分が悪い。攻撃されれば受け止めることさえかなわない。
エディーは意識を集中して渦エナジーを両手に集めると一気に両刃の剣をその手のひらに出現させた。
岩をも両断するエディーソード。これさえあればうつぼモンスターの鋭い歯にも対抗できるはずだ。
くわああ!
再びうつぼモンスターが迫る。両腕でエディーの体を抑え込み、うつぼの鋭い歯と強靭なアゴの力でエディーの体をかみ砕こうという戦法だろう。
ワンパターンだが、こういう真正面から繰り返す波のように襲ってくるのは無気味だ。
だが冷静に対処すれば打つ手はある。
エディーは接近するうつぼモンスターをギリギリまで引きつけて一瞬後ろへ下がると見せかけ、敵の首がニュッと伸びた時点で素早く横へ飛んだ。
前へ長く伸びたうつぼの首が、斬ってくださいと言わんばかりに無防備でそこにある。
「一丁あがりだ」
エディーは青い光のソードを大上段から首のやや付け根のあたりに打ち込んだ。
しかし―――!?
「ナニ!?」
スパン!と気持ちよく切り落されるはずの首はソードが当たった所を起点にVの字に曲がったままだ。
「斬れない!」
まるで手応えが無い。
それならばと今度は青い円を描きながら下方から斬りあげる。しかし今度は逆さVの字に首が持ち上がって、結果は同じだ。
まるで刃を落とした包丁で太いゴムチューブを切ろうとしているみたいだ。
だがこちらの得物は巨岩をも寸断するエディー・ソードだ。もどかしい。
「ええい、面倒な奴だ」
一瞬攻撃の手が止まったエディーにうつぼモンスターがしがみついて来た。
「わっ、しまった」
左右の腕でエディーの肩をがっちりと押さえつけたまま、上から横から正面から、まるで技巧派投手の変化球のようにうつぼの歯が飛来する。
何とかソードで防いではいたが、太い腕でグイと引き寄せられ、ついに至近距離から食いつかれた。
ガキン!バリバリ!
ぐわあ!
今度は肩の肉に歯が食い込んだ。
激痛に一瞬意識が遠のく。
「エディーしっかり!渦のエナジーを全身に循環させて。意識をコアに集中させるのよ」
激痛をこらえて意識を額のコアに集中させる。
―――
痛みに惑わされるな。意識をコアに集中させてパワーの循環を活性化させるんだ。
エディーの額にあるひし形のコアが輝きを増した。よく見ればコアの内部で光の粒子がせわしなく対流しているのがわかる。
うつぼモンスターが噛みついている傷口が青い光に包まれ、歯を食い込ませていたうつぼモンスターが「ぎゃっ!」と悲鳴を上げてエディーから飛びのいた。
何とかうつぼモンスターと距離を取ることに成功したエディーだが、傷による戦闘力の低下は免れない。
「ええい、ビビるでない!」
タレナガースにお尻を蹴り飛ばされたうつぼモンスターが「がう!」と呻くと性懲りもなくエディーに向かってくる。
首が斬れぬならボディはどうだ?とエディーの斬撃がうつぼモンスターに襲いかかるが、こちらは硬いうろこのアーマがソードを遮る。
斬撃を受けたあたりのうろこは砕けて飛び散るが、タレナガース特製の活性毒素の働きでしばらくすればまた再生されて真新しい鎧に戻ってしまう。
うつぼモンスターは相変わらず腕を突き出してエディーを捕まえようと前へ前へと来る。
同時に大きく口を開いたうつぼの頭部が伸びてくる。
相変わらず電池で動くおもちゃのような単純な動きだが、一度摑まれたら間違いなく鋭い歯に攻撃されることがわかっているだけに、エディーは知らず知らずのうちに後ずさりしていた。
ギン!ガキン!
まるで飛んでくる矢を刀ではたき落とすような防戦が続く。
じりじりと後退させられたエディーは、陸から押し出されるように船台から次第に海に近づいてゆく。エディーソードで牽制しながらも、エディーはザブザブと海に入っていった。
渦の戦士にとって海は力の源でありホームグラウンドだ。しかし相手はうつぼ。水棲生物のモンスターだ。
海の中では戦いが更に不利になるかもしれない。
起死回生の手段はひとつ。
エディーは腰のパウチから三角形のコアを取り出して自分の胸のコアに重ねた。
青いコアの上に置かれた赤いコアから幾筋もの赤い光が放たれ、それらがエディーの全身を覆い包むように伸びた。
夜の闇をすべて払しょくするようなまばゆい赤光が迸り、うつぼモンスターとタレナガースは無様にも仰向けにひっくり返った。
エディー・アルティメットクロスへの二段変身だ。
ふくらはぎまで海に浸かっているアルティメット・クロスの足元から蒸発した海水が白い湯気となって立ち昇る。
変身につかった渦エナジーが渦戦士の全身を駆け巡って発熱しているのだ。
「さあ、仕切り直しだ」
更に刀身が伸びた赤いアルティメット・ソードを肩にかついで腰を落とす。
「俺の体にみなぎるこのパワー。これなら、いける!」
神速のダッシュとともに赤いソードが振られ、うつぼモンスターの首を襲う。
ザッ!
「む!?」
微妙な手応えだ。
赤い光を放つアルティメット・ソードはわずかにうつぼモンスターの皮一枚に食い込んではいるものの、やはり急角度に折れ曲がった首の柔軟さに阻まれて切り裂けないでいた。
「そんな。。。アルティメット・ソードでも斬れないなんて。。。」
エリスが失望の声を上げた。
「ふぇっふぇっふぇ。うっちゃんの防御力はアルティメットクラスじゃでのう」
体を反らせて笑うタレナガースを横目で睨むアルティメット・クロスの闘志はまったく衰えてはいない。
「まだ終わっちゃいないさ」
アルティメット・クロスはあっさりとソードを消滅させると再び素手でうつぼモンスターの間合いへ突っ込んだ。
「ふぇっ、自棄を起こしおったか」
だが次に驚きの唸り声をあげたのはタレナガースだった。
ひゅんひゅんと風切り音と共に突き出されるうつぼの拷問具のごとき口をアルティメット・クロスはことごとく避ける。
一流のボクサーがガードを下ろしたまま相手のパンチを避けるようだ。
うつぼモンスターのキバは、ただガチガチと歯噛みの音を立てながら赤い残像をむなしく嚙み続ける。
そして、ついにアルティメット・クロスが反撃に出た。
グヮシャ!
その気になれば走り来る大型車をも一撃で粉砕する重いパンチがグイと伸ばされたうつぼモンスターの側頭部にヒットした。
布に包まれたガラス製品が粉々に砕けるようなくぐもった音がして、うつぼモンスターは首を長く天に伸ばしたままフラフラと数歩後ずさりした。
がら空きになったボディーへアルティメット・クロスのローリング・ソバットがヒットする。
ガガン!
ガシャーン!
数メートル以上吹っ飛んだうつぼモンスターの体は堤防を越えて海にザバーンと落ちた。
「決まった!」
エリスや、戦況を固唾をのんで見守っていた聡子や組合長ら村の人々も歓声をあげた。
「さぁタレナガース、呼ばれた魔物は闇の中に叩き返されたみたいよ。アンタはどうするつもり?アルティメット・クロスに勝てるかしら?」
エリスの挑発にシャレコウベの魔人は憮然とした表情だ。
が!?深い闇を湛えた眼球の無い眼窩がじっと海を見ている。。。
―――
おかしい、このタヌキ親父は何を待っているの?ハッ!
「気をつけてアルティメット・クロス!」
ザバッ!
その叫びと同時に港の船台の斜面を伝って何かが飛び出した。
ギャギャーン!
破壊されたはずのうつぼモンスターが最後の力をふり絞ってアルティメット・クロスにとびかかった。
大きく開かれた口はもちろんのこと、なんと左右の掌もパックリと割れて鋭いトゲが飛び出している。
ザシュッ!
飛沫を上げるモンスターと赤い光が交差して止まった。
数瞬の後、濡れた重い何かがボトリと音を立てて地に落ちた
うつぼモンスターの首と左右の手首だ。
片やアルティメット・クロスは2本のアルティメット・ソードを手にしていた。
エリスの忠告で咄嗟にソードを出現させ、それを2本に分割するや襲いかかる首と腕をハサミでちょん切るように切り裂いたのだ。
片側から斬りつけただけでは切り落とせなかった首も、アルティメット・クロスが左右から同時に繰り出した光の速さの斬撃には耐えられなかったのだ。
ギリリ。。。
悔しさに乱杭歯を噛みしめながら、ヨーゴス軍団の首領タレナガースは己が噴出した瘴気を纏って闇に溶けて消えた。

<五>富亀村へいらっしゃい

ヨーゴス軍団の騒動の後、富亀村はまたもや一躍注目の的となった。
SNSのトレンドワードにもその名が取り上げられた。
エディーとうつぼモンスターのバトルの一部始終を録画していたエリスからその動画が村に寄贈され、動画サイトに配信されたのだ。
渦戦士エディーの戦いをエリスが撮った動画である。
今度は間違いなく本物である。
「うつぼモンスター迫力ハンパねぇ」
「ヤバいエディーの二段変身初めて見た!」
「噂のエリスが写ってないの残念過ぎる」
「魔物を心に浮かべれば必ず現れる。タレナガースの名言キター!」
「赤いエディーの最後の斬撃コマ送りにしてもブレててわからない。信じられないスピード」
などと追いきれないほどのコメントが寄せられている。
それと同時に、富亀村のブームにみたび火がついた。
聡子からドクのスマホにラインが入った。
「村営のお土産屋さんができました。ワタシは看板娘で〜す。来てね
いずれこうなることを予測して、エリスがエディーのバトルを動画に残していたのだ。
苦戦を極めたためうつぼモンスターが優勢な場面では画面がブレている。エリスの気持ちが伝わってくるようだ。
今度は満面の笑顔でエディーとモンスターの闘いを語る組合長がテレビ画面に映っている。
「皆さん、富亀村へいらっしゃ〜い」
(完)