渦戦士エディー

ニンジャ・ゲッコーを追え!

<序章>
ピッピキッキキー
キュピキュピキュ〜
森の木陰から奇声があがっている。
そろりそろりと近寄ってみると、声の主たちは奇声に負けず劣らず奇妙ないでたちであった。
ドクロマークのヘルメットにガスマスク、迷彩色のミリタリースーツに身を包んでいる。
ヨーゴス軍団の戦闘員ではないか。
何をしているのかと思えば、1匹のヤモリと遊んでいるようだ。
ヤモリは戦闘員のヘルメットやらミリタリースーツの肩であったり脇の下であったりいろんなところを素早く這い回っている。
それが面白いのか、戦闘員たちはヤモリの後を目で追いながら指で突いたりしっぽをつまんでぶら下げたりして遊んでいる。
「なにやら楽しそうじゃのう」
戦闘員たちは突然背後からかけられた声に「ひっ!」と硬直した。
まるで地中の深いところから沸き上がったような声だ。
ヤモリが這うヘルメットを真上からむんずと掴むと戦闘員のガスマスクのすぐ横に顔を近づけてにまぁと笑った。
同じ軍団とはいえ、下級の戦闘員にとってもタレナガースは恐ろしい。
特に最近面相が変わったように思う。
後頭部で束ねた銀色の荒縄のような頭髪、戦闘員と同じ明細のコンバットスーツ、体の前面を覆うドクロの胸当てにケモノのマントなど、そのいでたちは変わらぬが、凶暴さが大幅に増しているように感じるのは気のせいだろうか?
タレナガースであることはわかるのだが、はて以前はこんな顔つきであったか?記憶容量の少ない戦闘員にはよくわからない。
両の目はあんなに吊り上がっていただろうか?額からはあんなに太く湾曲したツノが伸びていただろうか?
わからない。
まぁいい。以前も今も怖いことに変わりはない。
「なんじゃ?ヤモリではないか。うぬらのペットか?」
キュピピピピッ!
気をつけしたまま戦闘員たちは首を左右に振る。
「さようか。まぁエディーめにやられ続けて情けないことこの上ない貴様らがペットを飼うご身分になぞなれるわけはないわのう」
プルプル震えている戦闘員たちの顔を恨みにねじくれたシャレコウベヅラが覗き込む。
「のう!」
きゅいぃぃぃ。
肉食獣の咆哮のごとき声が上がり、戦闘員たちは失神してその場に昏倒した1名を除き全員一目散に森の奥へと散り散りに逃げてしまった。
「ふん。いつまでも頼りない奴らじゃ。。。おや、ヤモリめはいずこへ行きおった?う、うやや。これ、そのような所に入ってはいかん!」
ヤモリははじめタレナガースの銀髪の中に潜り込んでいたが、モゾモゾと這い出てくるや今度は眼球のない眼窩へと逃げ込んだ。
「ええい、まったくどこにでもスイスイと潜りこみよる。。。ん?どこにでも。。。潜りこむ、か。なるほどのう」
―――
使えるかもしれぬ。
ふぇっふぇっふぇっと笑うタレナガースの左目からヤモリのシッポがチロチロと見えていた。

<一>謎の連続事件
「10時をすぎたか。。。今夜も遅くまで残業してしまった」
アラフィフの課長はブラインドの隙間から見える三日月を見上げてため息をついた。
腹は減ったし、長時間椅子に座り続けたおかげで背中も痛い。
でもなんとか資料は仕上った。今日はしんどい思いをしたけれど、おかげで明日は安心してプレゼンに臨めそうだ。
さぁ帰ってメシを食おう。
「その前にちょっとトイレトイレ」
真っ暗な廊下にトイレの明かりが漏れた。
用を足して手を洗っていると。。。
ギィコギィコギィィィ。
妙な音がした。
「うん?」
ハンカチで手を拭いていた課長は天井を見上げた。
―――
な、なんだ?
気味が悪くなった。気味は悪いがそういう時ほど正体を見極めたくなるというのはいかなる心理からなのだろう?
さっさと逃げればよいものを。
「なんにもないじゃないか。おどかしやがって」
自分を鼓舞するようにわざと口に出してふと手洗いの鏡を見た。
目が合った。
「ひっ!」
次の瞬間なにやら液体を顔に吹きかけられ、課長はその場に昏倒した。
翌朝一番にやってきたビルの掃除婦さんが倒れている課長を見つけたのは8時前。
デスクに置かれた課長のスマホには心配した家族からのラインが何十件と届いていた。

スィーーー。
コンビニの自動ドアが開いてお客が入店してきた。
大学生風の男性だ。
店内へ1歩、2歩入って足が止まった。
いや、全身が硬直している。
レジの前に人が倒れている。
サラリーマン風の中年の男が財布を握ったままうつ伏せに倒れているのだ。
ピクリとも動かない。
ーーーし、死んでいるのか?
店内を見渡したが店員の姿は無い。
「うわ!」
奥の雑誌売り場の前にも誰か倒れている。
こちらは背後の商品棚に背を預けたまま座り込むように床にお尻を落としている。首が真下に垂れている。
立ち読みでもしていて何かの災難に見舞われたのか、傍らには少年ヨンデーが落ちていた。
「おぉい、誰か。。。いないのか?」
店内には静寂が満ちて、大きな声を出すのがはばかられた。
汗がひと筋脇の下を流れた。
ギィコギィコギィィィ。
「わひっ!」
何の音だ?何かの泣き声のような?
ーーー何かいるのか?
まずい。ここは絶対にまずいぞ。
生まれてから今まで働かせたことのない動物的本能がそう告げている。
店の外までは2〜3歩の距離だ。だが今の彼には大河の向こう岸のように思えた。
息を止めてそろりそろりと後じさる。冷汗が今度は頬からあごへ流れる。
スィィィィ。
背後で自動ドアが開く気配がした。
ギイイイイイ。
同時にもう一度あの声が聞こえた。
真上だ!
途端、その客はエアポンプでジャンプするカエルのおもちゃのように店の外へ飛び出した。
そして空中で意識を失った。

いつものカフェのいちばん奥の席。
ヒロとドクはテーブルの上に朝刊を広げて小声で話し合っている。
「何件目になるのかな?」
「今回のコンビニで5件目。もっとも警察は一連の事件としての発表はしていないけれど」
「だが被害者の容態はおおむね一致しているんだよな」
「おおむねってところが微妙なのよね。症状は一致しているけど肝心の毒が特定できていないから」
ふぅ。
ヒロは腕組みして天井を見上げた。
先週より原因不明の意識不明者が病院へ緊急搬送される事件が続いていた。
夜の事務所、公園の公衆トイレ、映画館、ロープウエイの箱の中。そして昨日のコンビニで5件目だ。
倒れていた人は全部で11人。全員ひどい外傷はなく、倒れた時に頭や肩を打った程度である。
ただ心拍数のわずかな乱れや皮膚の荒れ具合、眼球の色などから中毒症状の可能性が疑われるため、容態の急変に備えて万全の看護態勢が取られている。
「被害者は全員意識不明だから証言がひとつも得られないっていうのもつらいよなぁ」
「謎の毒。。。」
「とくれば。。。」
「タヌキ親父よね」
そういうことだ。根拠は無いがふたりは確信している。
「だけど不思議だよな。どんな検査をしても毒を接種した痕跡がないなんて」
「そう。毒を特定できなければ解毒方法もわからないわ。お手上げなのよ」
「ドクターも、毒そのものが体内のどこかに隠れてしまっているようだって言っていたよね」
「人の体の中を逃げ回って検査にひっかからない毒。。。」
「そんなのあるかよ」
ヒロは髪の毛をグシャグシャとかきむしった。
「この犯人、まだやるぜ」
「ええ。今のところ手の打ちようがないけれどとにかくパトロールよ。明日から手分けしましょう」
そうだ。打つ手がないなら基本に戻る。
「そうと決まれば腹ごしらえだ」
「マスター、たまごサンドセットふたつ!」

<二>パズルのピースを探せ!
ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ〜。
暗い洞穴に地獄からの地鳴りの如き笑い声があがった。
「人間どもめ、まだことの重大さに気づいておるまい」
「はて、重大さとは?」
別の声が湧いた。
暗闇にぬぅと浮かび上がった紫の悪魔。おぞましい毒虫の化身だ。
ヨーゴス・クイーン。
タレナガースに勝るとも劣らぬ悪辣なる魔女である。
「余が新しく開発した毒のことじゃ」
「ほう。それは強力なのかや?」
「モチロンじゃ。じゃがのう、今度の毒は。。。ひと味違う」
「どう違う?」
クイーンの問いにタレナガースはニヤリと笑みを浮かべた。
「まぁ見ておれ。人間どもが困り果てるようすを」
ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

さらに2日が経つも、新しい事実は見つからなかった。
5件目の現場であるコンビニエンスストアは事件発生の翌朝、エリスが店内をくまなく調べたが、毒の痕跡などは何も見つからなかった。
「お手上げだわ。こんなに手掛かりのない事件ははじめてよ」
今エリスはエディーと別行動をとっている。
妖術師に初代ヴォルティカを破壊されてエディーに新型の前二輪タイプの新しいスーパーバイク「新型ヴォルティカ1」が配備された後、エリスの元にも県警科学チームから新たに「ヴォルティカ2」が納車されていた。
ヴォルティカ1と同じ前二輪タイプの大型スクーターだ。
解毒キットなどを積んで移動することを想定し、車体各部に収納スペースをたくさん設けてある。初代ヴォルティカを少々持て余していたエリスもスクータータイプのヴォルティカ2にはすぐに馴染むことができた。
これにてふたりは手分けしてパトロールをすることができるようになり、より広範囲を警戒できるようになった。
今回の事件の手掛かりは被害者自身にあるはずだ。しかし今のところそこからは何の情報も得られず、まるで真っ白のパズルのピースばかりが手元にあるような気持ちだった。
「なんとかして絵の描かれたピースを手に入れなければ」
県警にも今後似たような患者が病院に運び込まれた場合はすぐに連絡をくれるよう依頼してある。
しかし、本当は被害者が出る前に防がねばならないのだ。
エディーもエリスも悔しかった。
そんな時、エリスの無線に県警から連絡が入った。
「R町の自宅で意識不明の少年が緊急搬送されました」
「この近くじゃない!?」
ヴォン!
ヴォルティカ2が咆哮をあげた。

「お邪魔します」
意識不明で病院へ搬送されたという少年の自宅で、エリスは母親に彼の部屋へと案内された。
「この部屋で倒れていたんですね」
「ええ。ベッドからずり落ちたような格好で仰向けに。。。呼んでも意識がなくってびっくりして。。。」
警官たちは既に帰った後で、今は少年の部屋にふたりきりだ。
「お母さんは息子さんが倒れているのをいつ見たんですか?息子さんはずっと家にいらしたんですか?」
エリスの問いに母親は首を横に振った。
「マキオは毎週楽しみにしている漫画の雑誌があって、今日はそれを買いに行っていました。戻って自室に入って、そうね、10分くらいしてご近所の方から東京のお土産にといただいたお菓子を持ってってあげたらそうなっていました。ああ、もう」
母親は焦燥していた。病院には勤め先からマキオ君の父親が向かったそうだが、自分も早く近くへ行ってあげたい気持ちなのだろう。
「マキオ君がうちに帰ってからお母さんがお菓子を持って入るまでの間に誰かが侵入したような気配はありませんか?」
「それはありません。うちはご覧の通り古い家なもんですから、どんなにそっと歩いてもギシギシいうし、あの子の部屋のドアも開け閉めする時は大きな音がするんです。そういうことがあれば絶対わかると思います」
ふうむ。長年住んでいる人だけに言っていることには信ぴょう性がある。だが相手は普通の人間ではないのだ。油断は出来ぬ。
エリスは母親をなだめて落ち着かせると少しだけひとりで部屋を調べる許可をもらった。
バタン!
母親が退室して大きな音と共にドアが閉まると、しんと静まり返った空間だけが残された。
4畳半。エリスはしばらく周囲の気配を伺ったが、室内に何者かが潜んでいるふうには思えなかった。
マキオ君を狙う理由でもない限りこの部屋にずっと潜んでいるっていうのは考えられないし、さりとていくらタレナガースがこしらえたモンスターといえども壁を抜けられるとも思えない。
―――
本当にここにモンスターがいたのかしら?
エリスの視線が床に落ちた少年誌に止まった。
少年ヨンデー。
これと同じような風景をどっかで見たような。。。
「あ」
あのコンビニだ。
立ち読みをしていて被害にあったと思われる客の傍らにも少年ヨンデーが落ちていた。
「うそ。。。まさか、マジ?。。。」
エリスはその少年誌を拾い上げると母親に持ち出しの許可をもらい、必ず突破口を見つけてマキオ君を元気に回復させるから安心して欲しいと告げてその家を辞した。

キャーーーー!
助けてください。
誰か!
ショッピングセンター2階の洋品売り場はパニックに陥った。
ギギギイイイイグイイ。
金属板をノコギリで引くような妙な音が天井から聞こえて、客や店員たちが視線を上げた途端、帽子コーナーにいた3人が突然その場に倒れた。
皆、何が起きているのかわからず呆然としていたが、今度は靴下コーナーの客が背後のマネキンを抱きかかえるように倒れた。
ガシャーーーン!
倒れたマネキンがほかのマネキンやら陳列棚を押し倒して大きな音があがった。
だが、その音よりも人々を恐怖に叩き込んだのものは。
「何か、何かいるわ!」
「化け物が何か吐きかけているぞ。みんな逃げろ」
何もいないはずの空間に一瞬不気味な顔が浮かび上がり、紫色の液体を客の顔に吐きかけた。
しかし改めてその辺を見ても何もいない。おかしい。絶対におかしい。
見えない敵に狙われている?
次は自分か!?
恐怖に駆られた人々は我先に階段へ殺到した。
エレベーターのボタンを連打している人もいる。
エスカレーターは駆け降りる人々の重みで波打った。
これでは二次被害がおきてしまう。
その時、逃げる人々をかき分けてやってくる人影があった。
「皆さん、大丈夫です。落ち着いて!」
よく通るその声は、逃げ惑う人々の間に秩序を取り戻させた。
渦戦士エディー。
徳島県をヨーゴス軍団の悪の企てから守るべく活動する渦のパワーのヒーローだ。
額にはエリス同様青く澄んだひし形のクリスタルが輝いている。
ヨーゴス軍団など邪悪な存在を一掃する正義のパワーがみなぎっている。

「やっぱりマメにパトロールはしておくものだな。こんな偶然があるなんて」

たまたま立ち寄ったパトロール先でモンスターの襲撃騒ぎに出くわすとは。
「見えない。。。いるの」
「。。。吐くのよ!紫の」
「。。。で。。。気持ち悪い。。。トカゲの。。。」
「目!目!」
「倒れてるから。。。」
逃げる人々がすれ違いざまエディーにいろいろなことを伝えてくる。
口々に語る断片的なことばをつなげると。
「見えない何かがいて紫色の何かを吐いている。気持ち悪いトカゲのような目が見えた。。。ってことかな?」
エディーの鋭いゴーグル・アイが2階を見上げた。
「上か」
エディーは停止しているエスカレーターを3歩で駆け上がると荒らされた2階を見渡した。
―――
つまりはステルス・タイプのモンスターってことだよな。
「どうした。姿を現せモンスター」
言ったところで現れるはずもないだろうが、エディーは大きな声で威嚇した。
間違いなくまだここにいるのだろうが、周囲を見渡してもわからない。
エディーは目を閉じた。
闇の中に我が身を置くことで、視覚以外のあらゆる感覚が研ぎ澄まされてゆく。
やがて真の闇がじわじわと明るさを増してゆく。
エディー特有の超感覚が売り場の隅々にまで行き渡ってゆくのがわかる。
闇は渦の超感覚に居場所を譲り、エディーの周囲は白い光を帯びてきた。
白い世界。
エディーは超感覚の世界で、どんなにちいさな動きも逃さぬ網を張ったのだ。
白い世界の中に小さなシミが浮き上がった。そのシミはユラユラと陽炎のように揺らめく曖昧なものだが、間違いなくそこに存在している。
そこから刺すような気配がこちらに飛ばされてくる。
モンスターの気配に違いあるまい。
―――
いる。しかも俺を狙っているな。
好都合だ。
ステルス・タイプのモンスターは大抵正面からは勝負を挑んでこない。見えないという利点を活かして不意打ちを仕掛けるか、あるいは逃げるかだ。
こいつは前者のタイプらしい。
少なくとも知らぬ間にコソコソと逃げられる可能性は少なそうだ。
意識の中にぼんやりと浮かび上がったシミが動き始めた。エディーよりも上にいる。おそらく天井を這っているのだろう。トカゲのようなモンスターならそうした能力を持っていても不思議はない。
時計回りににエディーの周りを半周している。用心しているのか。
―――
さぁ来い。俺に毒液を噴きかけてみろ。
渦のエナジーで構成されているエディーのバトルスーツは毒を通さない。
エディーに噴きかけられた毒液を採取できればエリスがその解毒剤を作ってくれるはずだ。

「やめよニンジャ・ゲッコー。今はその者を攻撃してはならぬ」
突如声が響いた。
ショッピングセンターの地下の、さらに深い所から響いてくるような無気味な声だ。
「タレナガース!」
エディーは閉じていた目を開けて身構えた。
mほど離れた女性の下着売り場にその魔人が立っていた。
かつての異形よりさらにおぞましい姿のタレナガース。いにしえの魔道書に描かれる悪魔の如き額の角が見るものの怖気を誘う。
「ふぇっ。貴様の考えておることなぞお見通しじゃ」
その左肩にカメレオンとイグアナを掛け合わせたような巨大なトカゲのモンスターが姿を現した。さながらタレナガースに甘えるペットのようだ。
「そいつが一連の事件の犯人か」
「そうじゃ。ニンジャ・ゲッコーと申す。見知りおけ」
タレナガースは右手で無気味なモンスターのゴツゴツした頭をツメの先で撫でると「今は引くぞよ」と言い残して、自らが吐き出したどす黒い瘴気の中へと姿を消した。
「一度も拳を交えることなく退散したか。。。くそっタレナガースめ、今回の騒動を裏で操っているだけあってすべてをきちんと理解していやがる」
エディーは悔しげに吐き捨てた。
やがて救急隊が到着し、毒液を浴びて倒れた人たちを病院へ搬送した。
そしてやはり全員の体内からは何の毒素も検出されなかった。

<三>ピースをはめろ!
「さぁ見つけてやるわよ」
エリスは意識不明になって倒れた少年宅から持ち帰ったマンガ雑誌を慎重につまみあげると自室にこしらえた解析用デスク(中古家具店で1,200円)に腰を下ろした。
デスクに置かれた自作の「毒素検知器」のスイッチを入れると赤いパイロットランプが点灯する。デスクに置かれた検体に何らかの毒が潜んでいるという証だ。
「やっぱりね。この雑誌のどこかに謎の毒がしみ込んでいるはず」
エリスの推理はこうだ。
これはコンビニで倒れていた客の傍らに落ちていた雑誌に違いない。
つまり立ち読みをしていた客がいきなり毒液を吹きかけられて気を失った。その時、手に持っていたこの雑誌にも毒の一部がかかったのだ。
そうとも知らず少年が、ラックに戻されたこの漫画雑誌を買った。自室で読んでいて、毒が染みた部分に指が触れて偶然被害にあってしまった。
被害者の体内から毒が検出されなくとも、この雑誌からわずかなシミ程度の毒が発見できればしめたものだ。
どのページのどの部分に毒が染みているかわからないため、自室でもエリスの変身は解除していない。
そっとそっとページをめくる。
「あ、ボラドン・ゴールの読み切りだ」
。。。。。。
「い、いけない、いけない!マンガ読んでる場合じゃないわ」
ふたたび雑誌の紙そのものに意識を集中させる。
どこかにシミはないか?変色している部分はないか?
「電動ノコギリ男、連載再開してんじゃん」
。。。。。。
「だあああああ!違う!違ぁう!マンガぢゃないのよ今は!集中しなさいエリス。集中よ」
呼吸を整えて作業を再開する。
「ワンワン・ピース、まだ続いてるのね」
。。。。。。
「いっかい読も」
エリスは解析用デスクに頬づえをついてマンガを読み始めた。

エディーは目を閉じていた。
今度の敵は見えないモンスターだ。
次に会った時もまた視覚を捨てて超感覚の世界で戦うことになるのだろう。
だがヤツの気配は捉えた。今度出会えば逃さない。
それでも視力に頼らぬ戦いは難しいバトルになるだろう。
―――
ヤツの武器は何だ?
紫色の毒液を吐くことはわかっている。
だがそれだけではないかもしれぬ。
大型のトカゲの仲間には毒で獲物を弱らせて捕食するものもいると聞いたことがある。
姿を消すというステルス能力もまた、体色を変化させるカメレオンに通ずる部分があるようだ。
ならば、トカゲには他にどんな特徴がある?どんな点に注意すべきなのか?
ツメか?キバか?全身から突然トゲトゲが突き出してくるかもしれない。
何よりエディーが気配を追っていたことをタレナガースに知られた以上、毒以外の何かしらの武器を備えてくるのは間違いあるまい。
油断は禁物だ。
エディーはショッピングセンターで感じたあの気配をもう一度脳裏に蘇らせていた。
超感覚の精度をあげるのだ。
敵の姿をもっと鮮明に捉えられるくらいにならなければ。
その時、エディーの超感覚の間合いに複数の気配がズケズケと入ってきた。
エディーは目を閉じたままだ。彼は感じ取った気配の色味で味方か敵かをある程度判断する。
彼にとって清清しい好感を与える色か、反対に嫌な印象の色か、だ。
これは紛れも無く敵の気配だ。
黒が混じった毒々しい赤の気配。その背後にグレーの気配が続く。
―――
ヨーゴス軍団のモンスターと戦闘員か。だが先日のトカゲ野郎ではないな。別のモンスター。。。
エディーはそれでも目を閉じたままその気配をじっと『見つめて』いた。
侮れぬ相手だと直感した。
だが好都合だ。今回の本命と戦う前の腕試しに丁度良い。
ステルスタイプではない分気配の現れ方もあからさまだ。
なんとなくだが全身の輪郭が見える。
エディーは無防備に近づいてくるモンスターに向って身構えた。

モンスターの気配が襲いかかってくる。
頭の中で無音の警告ブザーが鳴る!
―――
打撃か!?
エディーは左から回り込んでくる腕と思しきものを咄嗟に払い神速の拳を肩のあたりに打ち込んだ。
それでもモンスターはひるまず前へ踏み出しながら左右から殴りかかる。(繰り出してくる相手の攻撃の高さから拳だとわかる)
相手が前へ来る分、受けるエディーは少しずつ後退した。
そんなに早い攻撃ではないが、体全体から受ける圧がすごい。目を閉じて気配だけで戦っている今のエディーには余計それが強く感じられるのかもしれない。
「ええい、調子に乗るなよ」
右からくる何撃目かの拳を両手で強く払って空いた胸板へ腰を入れたストレートを叩き込む。
じいいいん。
相手の拳を払った腕も叩き込んだ拳もしびれている。
―――
なんて頑丈なヤツだ。
拳はやめてエディーはその場でクルリと回転すると左の後ろ蹴りを相手の右肩のあたりに打ち込んだ。蹴ると同時に後方へ跳ぶ。
モンスターの気配は後方のグレーの気配に激突してふたつの気配は絡み合うように後方へ転がった。
エディーと真正面から相対したふたつの戦闘員の気配に向けて左右のパンチを交互に叩き込み、竜巻のような連続回し蹴りで瞬殺する。
赤黒いモンスターの気配が立ち上がって再び近づいてきた。
今度はゆっくりと近づいてくるのがわかる。エディーも慎重に相手の出方を待つ。
不意にモンスターの気配が乱れた。陽炎に揺らめくような感覚。
そして、まるで。。。嘔吐するかのような苦しさと快感が入り混じった気配。

刹那、エディーは真横に跳んだ。
渦のバトルスーツを焦がすような熱気が奔り、エディーは「ぐぅぅ」と苦悶の唸り声をあげた。
超高熱の何かがモンスターから迸りエディーの体をかすめていったのだ。
渦のバトルスーツを通して火箸を近づけられたかのような鋭い痛みがわき腹を襲った。
―――
やはりヨーゴス軍団のモンスターは油断できないな。
エディーは目を開けて戦いたい衝動をこらえて再び超感覚に集中した。
モンスターの気配は数メートル先にある。
素早い動きで幻惑させるタイプではなさそうだ。
となれば正面から戦えるパワーと今のような強烈な武器を持っているということだ。
さきほどよりも敵の気配の輪郭がさらにはっきりしてきた気がする。
エディーを上回る巨体の持ち主だ。
―――
練習相手は有り難いが戦いを長引かせるのは得策ではないな。
先刻のような高熱系の攻撃がある以上、周囲に及ぼす悪影響は計り知れない。
エディーは全身をめぐる渦のパワーを左右の手のひらに集中させて青い両刃の剣を錬成させた。
エディー・ソードで切り裂く。
この青き光の剛剣は岩をも断ち切るのだ。
再びモンスターの気配が揺れ始めた。
―――
来るか!?
あの超高熱の飛び道具だ。
エディーはダッシュしてモンスターの間合いに飛び込むと同時に敵の左側へ回りこみながらエディー・ソードを水平に振った。
一閃瞬殺!
ガリリッ!
岩を削るこの上なく肌触りの悪い感触が伝わり、モンスターの気配が消滅した。
ガラガラガラガラガラ。
ダンプカーが荷台を傾けて大量の岩石を地面に落としたような轟音が戦いの終焉を告げたようだ。
エディーは初めて目を開けた。
眼の前には幼児が這い登って遊べそうな石ころの山があり、背後には赤黒く盛り上がった冷めた溶岩の塊がまだ少し煙をたてていた。
戦っていた時はどのような姿であったのか、こうなってしまってはもはやわからない。
エディーは崩れたモンスターの残骸をつま先でコツンと蹴った。
「直接オレを狙ってきたのは褒めてやる」
まぁおかげで気配だけを頼りに戦うよい練習が出来た。
ただコイツは正面から向って来る分戦い易かったと言えよう。
ステル・スタイプのトカゲモンスター、ニンジャ・ゲッコーとか言ったか?アイツはそうもゆくまい。
まぁ、何にせよ次に会ったときが百年目だ。
エディーは必殺の思いを胸に秘めてその場を立ち去った。

ピコン。ピコン。ピコン―――
「え!?」
マンガに集中していたエリスは突然の警告音に我に返った。
エリスが装着した渦のスーツに毒が触れたことを告げる警告音だ。
原因不明で意識を失った少年の家から借り受けてきたマンガ雑誌のどこかに必ずモンスターの毒が染みついていると予測したエリスだったが、なかなか発見できないでいた。
自室に拵えた解析デスクの「毒素検知器」のパイロットランプはずっと赤く点灯したままだ。それは「ここ」に毒があることを示している。
それが突然警告音を発し始めたのだ。
「かかった!」
エリスは自分の指先を見た。
右の親指の先端に紫色のスライム状のものが付着している。
「見つけたっ!」
その瞬間その紫スライムはスルスルと指を離れて再び本の紙へと移動した。
「え、逃げた!?」
エリスは驚いて声を上げたが咄嗟にそのページをビリッと破いた。
まだ他のページへと移動してはいまい。
破ったページを指でつまんで高く掲げ、光に透かして見る。
いる。
コミックスの新刊の告知ページの中を紫色のシミが不安げにウロウロしている。
「何コイツ、動くの?しかも私が気づいたら急に逃げ出して」
そういえば先刻もじっと探している間は見つからなかったが、エリスがマンガに集中している時に姿を現した。
渦のエナジーで構成されたスーツに阻まれて彼女の体内には入れなかったが、コイツは。。。
「こちらの意識を察知して隠れてしまうのね。だから体内に潜り込んだ毒素を検知しようとすると体の中を逃げ回って見つからないんだわ」
逃げ回る毒液。
タレナガースはまた厄介なものを発明したものだ。
「だけど、こうしてサンプルを捕まえたからにはもうこっちのものよ。観念なさい」
フッフッフと笑うエリスに毒液がいくぶん震え上がったように見えたのは気のせいか?

<四>反撃の糸口
それ以降も見えないトカゲモンスターによる被害は増え続けていた。
県下の病院で治療を受け続けている意識不明の患者は総勢28人。
エディーとエリスはそれぞれ手掛かりをつかんでいながら次の一手が打てずにいた。

「要はモンスターと出会うのが先決なんだよな」
ヒロが抑えた声でドクにつぶやく。
ふたりの目の前にはカフェラテが注がれた大ぶりのカップが置かれている。
平日の朝10時。
馴染みのカフェには他にお客はいない。
「戦わなければ倒せない。倒せなければ被害者が増える」
ヒロはその表情にも焦りの色を浮かべていた。
「毒素の成分そのものはもうわかっているのよ。病院にも解毒剤の成分は伝えてあるわ。だけどね。。。」
凶器として使用された毒液の成分を分析し終えていたドクは、解毒剤の作製にも成功していた。
しかしその解毒剤が被害者の体内でうまく作用するかどうかわからない。毒の方で逃げてしまうからだ。
こんなことは初めてだ。
「体内を逃げ回る毒素をどうやって解毒するのか?まさか逃げる毒素を追いかける解毒薬など作れるわけもないし」
ドクは天井を仰いだ。こうした点において、タレナガースの呪法のレベルの高さには今さらながら舌を巻く。
「となると、とにかく患者の体の隅々にまで解毒剤を巡らせて敵の逃げ場をなくすしかないんじゃないかい?」
エディーの言葉にドクは天を見上げたまま頷いた。何度も自問したことだ。
「だけどそんなに大量に投与して副作用は無いのかしら?通常は使用された毒液に合わせた分量を投与するものだから」
解き明かさねばならない疑問と解決しなければならない課題はまだまだ残されている。
結局、それらの謎を一気に解く手掛かりは、肝心のニンジャ・ゲッコーにあるのではいかと思われた。
ヤツを倒してそこから回答を得る。
ヒロとドクの見解は一致していた。
「ようし、今日から研究はひとまず休止よ」
「ああ、徹底的に探し出してモンスターを叩く!エディー&エリス戦闘モードだ」
そうと決まれば。。。
「マスター、ラクレット・トーストふたつ!」

エディーとエリスはそれぞれの専用バイクで手分けしてパトロールに出ていた。
エディーは県北部、エリスは県中央部へ向かっていた。
「こうして走っていても例のモンスターに出くわす可能性は少ないなぁ。。。第一、すれ違ったとしても気づかないんじゃどうしようもないわ」
エリスは道の駅で休憩しながらため息をついた。
ふと思いたってラゲッジケースを開いて中から球形のプラスチックケースを取り出した。
中には紫色の物体がモゾモゾとうごめいている。
エリスがガチャガチャのケースを流用して作った特殊サンプルケースである。中にはマンガ雑誌から捕獲したあの「逃げる毒液」が入っている。
カプセルは特殊なコーティングを施してあるため逃げだすことはできない。それでもパトロールに出る間無人の自室に放置しておくのもなんだか不安であったため、こうして持って出てきたのだ。
「いろいろと分析させてもらったからひと頃のような元気はないけれど、万一逃げ出してまた悪さをされては困るものね。あなたにもパトロールにつき合ってもらうわよ」
透明のボール型ケースを手のひらに持ったまま周囲を見渡した。
モンスターはこうした人の集まる所を狙う。まさかとは思うが、立ち寄った先々をよく確認しなければなるまい。
ヴォルティカ2を降りたエリスは、彼女を見つけた利用客が手を振ってくれるのに応えながら道の駅の敷地内をしばらく歩いてみる。
自然と体の向きが変わる。。。北を向き、ツツー。。。東を向き、ツツー。。。南を向く、ツツー。。。
―――
うん?
エリスは手に持ったボール型カプセルに視線を落とした。
そのまま同じようにもう一度動いてみる。
北を向く、ツツー。。。東を、南を。。。
エリスはマスクに取り付けたマイクのスイッチを入れた。
「エディー、すぐこっちに来て!」

10分ほどでエディーが到着した。
「どうした?何か手掛かりが見つかったかい?」
エリスのスクータータイプのヴォルティカ2の横に新型ヴォルティカ1を停めたエディーは降車しながら尋ねた。
分析力では絶対の信頼を置くエリスからの緊急招集だ。期待もしよう。
「ね、これ見て」
エリスは掌に乗せた球形の透明なカプセルをエディーの目の前に差し出した。中には例の毒液が入っている。もちろんエディーも既に知っている。
「いい?いくわよ、ついて来て」
エリスはそれを掌に乗せたまま道の駅の敷地を歩き始めた。
「???」
わけもわからずエディーもその後を追う。
エリスが掌のカプセルを「これを見ろ」というふうに差し出す。
エリスはそのまま売店の前を通過し、トイレの前を過ぎ、喫茶コーナーの前でUターンした。
そこでエディーも気がついた。
「あれ?」
エリスが立ち止まってエディーを正面から見た。
「そう!そうなのよ」

2台の高速バイクが奔る。
前にエリスのヴォルティカ2号。その後をエディーの1号が続く。
エリスの2号にはスピードメーターの隣に例の毒液を収めた透明の球形カプセルが固定されている。
道路がゆっくりと右へカーブすると、カプセルの中の紫色の毒液は左側へ移動する。
やがて左へ向くと、マシンの動きに沿って再び正面へ移動してゆく。
この毒液は確実に母体であるモンスターがいる方向へ向かおうとしているのだ。
エリスの自室にいた時はこんな動きはしなかった。つまり、モンスターと一定の距離以内に入った時に見せる動きだと考えられる。
「こっちで間違いないわね。しっかり誘導してよモンスター方位磁石ちゃん」
思わぬ特性に気づいた渦戦士たちはモンスターとの距離を急速に縮めていった。

<五>決着の場所へ
「うわあああ!」
「きゃあああ!」
今日は土曜日だ。
県西部随一のショッピングセンターは大勢の買い物客で賑わっていた。
コインを投入して楽しむ幼児用の乗り物コーナーもあって家族連れが圧倒的に多い。
そこを襲われた!
ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。
最初にタレナガースが姿を現した。
広大な駐車場と隣接する中央入り口のアーチの上に姿を現した魔人は仁王立ちしたまま天を向いて笑った。
子供たちの手を引いて笑顔で入店しようとしていた家族連れたちは腰を抜かさんばかりに驚いて、逃げた。その場に座り込んで立てなくなった母親は我が子に覆いかぶさって守ろうとした。
本来ならステルスモンスター、ニンジャ・ゲッコーに不意打ちさせて買い物客たちに毒液を浴びせかける戦法を取るのだが、いざ今回の襲撃ポイントに来てみると思った以上に人手が多い。
タレナガースは、この人たちがパニックに陥るところをどうしても見たくて我慢ができなくなり、一番目立つ所に姿を現したのだ。
目立ちたがり屋め!
だがそれが幸いした。
ヴォオオオオオン!
大排気量バイクのエンジン音がしてあのふたりが到着した。
ここでの被害者はまだ出ていない。
「そこまでだタレナガース!」
「いい加減にしなさいよ、この罰当たりタヌキ親父」
バイクを降りるやタレナガースが立つ中央ゲートに駆け寄る。
「エリス、こいつは俺が相手をする。君はそいつでモンスターの居場所を特定してくれ」
「了解」
エディーは音もなく青い光の剣を現出させた。
エディー・ソードにさらにエナジーを送り込むと、その刀身がまばゆく輝きを放った。
「むぅ、嫌な光じゃ」
一瞬タレナガースが目を背けた隙に、球形カプセルを持ったエリスは姿を消していた。

1階の奥、食料品売り場でエリスは足を止めた。
カプセルの中の毒液が真上に貼りついている。
その場でゆっくりと天井を見上げる。
すぐにはわからないが、じっと見ていると照明の明かりがかすかに歪んで見える。
「エディー、見つけたわ。今ヤツの真下にいる」
エリスはゆっくりと移動する天井の「歪み」を見失わぬよう目で追いながらエディーを呼んだ。

キバをむくタレナガースを無視してエディーはショッピングセンターの中へ駆け込んだ。
エリスの気働きで、従業員も買い物客も既に全員退去していて、館内はしんと静まり返っていた。
食料品売り場は、化粧品売り場やファーストフード、スィーツショップなどが並ぶ1階プロムナードの一番奥だ。
エディーはエディー・ソードを背に隠すように持つや、風のように駆けた。

エリスは精肉売り場にいた。エディーを見つけてそっと頭上を指さす。
―――
そこにいるのか?
真下にいるエリスには見えているのか?だがエディーの角度からはまったくわからない。
エディーは目を閉じた。
真っ暗な世界に小さな交点が現れ、すこしずつ光の領域が広がってゆく。
エディーの心眼が開いてゆく。
やがて光も収まり、眼前には白い世界がどこまでもひろがってゆく。
その中に薄い墨を垂らしたようなシミがひとつ浮かび上がる。
―――
捉えた。
約3メートルの距離。角度からしてまだ天井に貼りついているのだろう。そのシミがゆっくりと降りてくる。
壁を伝ってエリスの方に向かっているのか。
おそらくエリスが手に持つ球形カプセルに閉じ込められた毒液に反応したのだろう。
我々にはわからぬ手段で感応し合っているのかもしれない。
エリスの渦のスーツはヤツの毒液は通さない。しかしモンスターの情報があまりにも少なすぎる。エリスに対してどう出るかわからない。
「危険だ」
そう判断したエディーはエディー・ソードを脇に構えてダッシュした。
「伏せろエリス!」
言うなりソードを振り上げる。
ガキッ!
一瞬目を開けたエディーはソードの青い刀身が無数に並ぶ鋭い歯によって受け止められているのを見た。
他者と交わったら、その部分だけが可視化されるのかもしれない。
ニンジャ・ゲッコーはこの歯エリスの腕を攻撃して捕らわれた己が分身を取り返そうとしていたのだ。
まったく危ないところだった。
ソードの柄から右手を離し、エディーは渾身のフックをニンジャ・ゲッコーの側頭部に叩き込んだ。
ゲェェ!
潰されたような嫌な鳴き声を上げてニンジャ・ゲッコーは売り場の床に転がった。
だがすぐにまた姿を消してシュシュシュッと食品棚の陰へと身を隠す。
「あ、しまった」
だが球形カプセルの毒液を見ていたエリスがすかさずアドバイスを出す。
「左へ回ったわ。下よ」
エディーは再び目を閉じて心眼を開こうとした。
「あぶない!」
エリスの警告で咄嗟にソードを体の前に立てて身構えたエディーだったが「ビシッ!」という鋭い音と共に側頭部に鋭い打撃を受けて倒れた。
「な、何が起こった!?」
脳震とうに加えて首にもダメージが残っている。凄まじい威力だった。
「一瞬見えたけど、今のはシッポの攻撃よ。鞭みたいに飛んでくるわ。気をつけて!」
エリスが心配そうだ。
やはりこいつの武器は毒液だけではなかったのだ。
ソードを正面から受け止めるキバといい一撃でエディーに膝をつかせるムチの一撃といい、打撃力も一級品だ。
一番厄介なのは、エディーに心眼を開く時間を与えぬことだ。
一旦目を開いて視力に頼ってしまったら、再び目を閉じて暗闇から徐々に気配をたぐるまでには時間を要する。
渦の超感覚を研ぎ澄ます訓練を重ねて、それでもわずか20秒ほどにまで短縮することができたが、それでもバトルの最中ともなれば命取りだ。
相手は、さすが検査の網の目をかいくぐって体内を逃げ回る毒液の親玉だけのことはある。エディーから気配を探る超感覚が発せられたとみるや急接近して打撃を繰り出してくる。
ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。
今一番聞きたくない笑い声が1階のフロア全体に響いた。店内放送用のマイクからだ。
「ナニ?どこからしゃべっているのよ。遊んでいないで出てきなさい!」
エリスも苛立ちを隠せない。
「もうわかったであろう?ニンジャ・ゲッコーはただコソコソと隠れまわって毒液を吐くだけのモンスターではないのじゃ。格闘戦でも貴様に引けは取らぬゆえじゅうぶんに気をつけよ」
ふぇ〜っふぇっふぇっふぇっふぇ。
ギィイイイ。
タレナガースが己を褒めてくれたとわかったのか、得意げな鳴き声をあげた。
そこへエディーが来た!
食品棚を飛び越えて床に伏せて潜む透明のモンスターの頭上へ体ごとダイブして両ひざを落とした。
グゲエエエエエ!
痛烈なダブルニードロップを食らって、ニンジャ・ゲッコーは紫色の体液を吐いて悶絶した。
「ななな、何とした!?」
マイクから流れるタレナガースの声も驚いて裏返っている。
「有難うよタレナガース。貴様が得意げに語ってくれちゃっている間にしっかりと心眼を開かせてもらったぜ」
「くぅ〜おのれぇ!」
悔しがっても遅い。エディーはいちいちタレナガースの講釈に耳など貸さず、目を閉じてニンジャ・ゲッコーの居場所を特定していたのだ。
そしてエディーが体の上に乗っているせいでその全身が姿を現している。
エディはトカゲ型モンスターに馬乗りになってその首を締めあげた。
モンスターにも骨格はあるのか。。。不自然に捻じ曲げられた首からゴッ、ゴゴキッ。という妙な音がしている。
ゲ。。。ゲエエエ。。。
「エディーそのままやっつけちゃえ!」
エリスが快哉を上げた。
その時!
「うわああ!」
今度は意外にもエディーの苦鳴がエリスの耳に届いた。
勝利目前、圧倒的有利に見えたエディーのまさかのうめき声にエリスは状況がよく把握できない。
だが。
「あ!」
今度はエリスが口を押えて絶句した。
ニンジャ・ゲッコーのシッポが背に乗っているエディーの肩に突き刺さっているではないか。
堅固な渦のスーツゆえ致命傷にはならぬであろうが、エディーの、いやヒロの肉体を確実に傷つけるほどの深傷だ。
肩へのダメージによって、首を絞めるエディーの腕力が急激に萎えた。それを見計ってニンジャ・ゲッコーはエディーを刺したシッポごと全身を大きく震わせてエディーを背中から振り落とした。
そしてまたもやスゥと姿を消す。
大きな音を立てて缶詰の棚に頭から突っ込んだエディーは、それでも必死に歯を食いしばって立ち上がった。
いつまでも倒れていてはあのキバやシッポの攻撃を食らってしまう。
しかし案の定シッポによるムチ打ち攻撃が来た。
ピシュッ!
ビシッ!
バシッ!
一撃目で胸を痛撃され、二撃目で刺しこまれた肩を、続いて後頭部にも一撃を食らって、エディーは一瞬意識を失って真下に崩れ落ちた。
―――
うう、まずいぞ。。。これは。。。
「エディー!立って!まだエディー・ソードを使えるはずよ。諦めちゃだめだからね!」
エリスの檄が飛ぶ。
「ああ。大丈夫。。。諦めたり。。。しないさ」
渦のエナジーよ、おれの全身を駆け巡れ。おれの戦う細胞を叩き起こしてくれ。
エディーは両手を伸ばして左右の掌を向かい合わせ、意識を集中させて渦のエナジーで両刃の剣を錬成させた。
「たのむぜエディー・ソード。最後の一撃はお前に任せた」
青く光る渦のエナジーの放射に慄いたか、その間ニンジャ・ゲッコーの攻撃はやんでいた。
だがもはや目を閉じて敵の気配を探る戦法は通用するまい。
こちらにそれほどのパワーも集中力も残されていないうえに、敵に気配による索敵を察知されれば即座に攻撃が来るだろう。
一撃で決める。
だがどうやって?
ヤツの位置が特定できればよいが。。。
「エディー、これを見て」
エリスが駆け寄る。手にはあの毒液サンプルを閉じ込めた透明の球形カプセルが握られている。
エリスがそのカプセルをパカッと開いた。
するとようやく解放された毒液のサンプルが中から飛び出した。
その毒液の小さな塊はソードを構えるエディーの頭上を越えて背後の食品棚の上の宙空にピタリと止まった。
「そこよ!」
おりゃああ!
ザシュッ!
毒液の動きを見ていたエディーは、肩にダメージを受けていない方の腕を伸ばしてソードを突き出した。
エディーとエリスをこのショッピングセンターにまで導いた小さな毒液の塊は、本能に導かれてずっと母体であるモンスターのもとへ戻ろうとしていたのだ。
最後の最後に、エリスの機転でカプセルを開放し、ニンジャ・ゲッコーがいる場所をエディーに知らせる結果となった。
ゲ。。。。グウウウエエエエエ。。。
つい全身を現したニンジャ・ゲッコーの喉元を青く光るエディー・ソードが貫いていた。
ドシャリ。と食品棚から落下したモンスターは、一瞬全身がドロドロと液体化したが、すぐにシュウウウと煙のように蒸発して大気中に消えた。
「やったか。。。」
ソードを握ったまま、エディーもその場に座り込んだ。
「エディー大丈夫?」
駆け寄るエリスに片手をあげて「大丈夫だ」と伝えるも、その消耗ぶりは激しかった。
「心配しなさんな。ただ、今日は店じまいといきたいね」
エリスに肩を借りて立ち上がりながら、エディーは散乱した缶詰を見下ろした。
「店長さんに謝ってこよう」
その時スピーカーから「ケッ!」という声が聞こえて、ふたりは顔を見合わせて笑った。

<終章>
渦戦士たちは知らなかったのだが、エディーがニンジャ・ゲッコーを斃した頃、入院していた毒液による被害者たちが次々と意識を取り戻した。
あらかじめエリスが調合した解毒剤を点滴していたことが奏効したのだろう。
体内を逃げ回っていたニンジャ・ゲッコーの毒素が、母体の消失によって動きを止め、次々と解毒されていったようだ。

「ヒロ、肩の具合どう?」
アイスコーヒーをストロー吸いながらドクが聞いた。あれ以来顔を合わせば聞いてくる。
「昨日の夕方聞いてもらってから大して変化はないよ」
ヒロは笑って答えるが、ドクが心配してくれているのはよくわかる。
「それにしても今回はエリスがあのマンガ本から毒液のサンプルを抽出してくれたのが大きかったね」
「え、ま。。。まぁね」
必死でマンガを読んでいたらたまたま指に着いた、などとは到底言えない。
「だけどエディーも見えない相手によく戦ったわ。気配で探るって同じ渦戦士でも私には無理だなぁ」
「恐縮です。意識がなかった被害者の皆さんも全員元気になったそうで万々歳だよ」
「本当に。目を覚ました次の日にはもう退院したんだって。よかったわ」
こんな風に一件落着した後で飲むコーヒーはこたえられない。
半日くらいこうしていたいが、ひと休みしたらまたパトロールに行かねばならない。
タレナガースが悔しがっているからだ。
仕返ししてやろうと考えているからだ。
ヨーゴス軍団が徳島に存在する限り、渦戦士たちも決して気は抜かない。
パトロールの手は緩めてはならないのだ。
「マスター、厚切りバタートースト」
でもまぁ、少しくらいはよしとしましょう。。。
<完>