渦戦士エディー

神様救助指令 

 


(1)緒戦

グアアアアン!

24階建てスペリオールホテルの20階部分が火を噴いた。

砕かれた窓ガラスやグニャグニャに曲がった建材が、バラバラと雨のように路上に降り注ぐ。

ホテルの屋上に人影が現われた。

地上100メートル。鎌のような月を背に立つその人物は・・・?

銀色のマスクの額には青いローンバスのマーク。ボディの中央には夜の闇にあってなお青く輝くエナジーコア。

渦戦士エディーだ。

屋上の手すりから大きく上半身を外へ乗り出して、建材が落下したあたりを心配げに見下ろしている。

「エリス、下は大丈夫かい?」

「心配しないで。避難は完了しているから」

ホテルの正面入り口付近で相棒のエリスが応えた。

銀色のマスクの額にあるローンバスマークやエナジーコアなどはエディーと同様だが、炎が生む強烈な風にあおられる綺麗なブルーのロングヘアが印象的なスーパーヒロインである。

かなり離れていても、同種のエナジーを共有する者同志、一種の超能力のように会話することが可能なのだ。

「ヤツはどこだ?」

ヤツとは・・・?

「下よ!エディーの右下2時の方向。建物の壁面を這って下へ逃げているわ」

いた、モンスターだ。

体長約3メートル。全身緑色の人型だが、口も鼻もない顔面の大半を占めるアーチェリーの的を連想させる丸いレンズ眼が不気味で異様だ。全身に細かいイボ状の突起が無数にある。

そいつはエリスの指摘どおり四つん這いになってホテルの外壁にへばりつき、炎と共に湧き上がる黒煙に紛れて屋上のエディーから距離をとろうとしている。臀部からニョッキリと生えた太い尻尾がまっすぐ伸びて身体のバランスをとっている。

上昇気流と共に立ち上ってくる黒煙をすかして下を窺っていたエディーは「見つけたぞ」とつぶやくや、躊躇せず屋上から身を躍らせた。

這って降りるモンスターに対し、一気に身を躍らせて落下してくるエディー。その距離は見る見る縮まった。

猛スピードで落下しながらエディーはエディー・ソードを出現させた。コアに蓄積されたエナジーを両の掌に集結させ、大気中の特別なエレメントと練り合わせて剣の形に瞬間焼結させる。正義の心で揮えばすべての悪を一刀両断する。

ぎゅうううううん。

黒煙も炎も突き破って飛来するエディーを視界に捉えて逃げ切れぬと察したか、ひとつ目のモンスターは突如二本足で立ち上がり天空に向かって身構えた。

大きなレンズのひとつ目が赤く発光し、中心部からひとすじのビームが迫り来るエディーめがけて放たれた。

ビィィィィィィィィ!

赤い殺人ビームをエディー・ソードで弾きながら、それでもエディーは一直線にモンスターへ迫った。堅固な刀身でキン!と弾かれたビームがエディーのマスクの頬をジュッと焼いた。

頭からダイブしているエディーはソードの切っ先をホテルの外壁に浅く刺した。壁面を一直線に抉りながらモンスターに肉迫したエディーは、そいつと交差する瞬間ソードを気合と共に一気に跳ね上げた。

ていやあああああ!

ザシュッ!

その瞬間モンスターの体を光が奔り、身を硬くしたモンスターは体を縦に切り裂かれ、左右に分離してはじけとんだ。

一方のエディーは地面まで十数メートルのあたりまで落下するや、背のツバサを大きく展開させた。モンスターが跋扈する闇にあってなお、人々に清浄なる希望を与える白鷺のツバサだ。

地面に接する直前、エディーの体はふわりと宙に浮き、まるで目に見えないロープにでも吊るされているかのようにゆるやかに接地した。

「やったわね、エディー。お見事」

駆け寄ってくる相棒のやさしい声に、エディーは無言で頷いた。背のツバサは着地と共に消滅していた。

「ソードとウィングを一度に使用したのね。エナジー・シャワーよ、エディー」

「もうモンスターは斃した。そいつは必要ないさ」

「ダメよ。ひとつの戦いが終わったからといって悪人たちは待ってくれないわ。あなたは常に万全の態勢でいるべきなのよ。そのために私がいるのでしょう?」

そう言うと、エリスは自らのコアから青く輝くエナジーをエディーのコアへと注ぎはじめた。エリスのコアから迸り出たキラキラと輝くエナジーは、まるで意思を持つかのようにみずからエディーのコアへと入っていった。

十数秒後、エリスのエナジー・シャワーを受け終えたエディーは「ふぅ〜」と大きく息を吐いた。やはりかなり消耗していたのだろう、今は爽快感とともに力がみなぎっている。

「ねぇエディー。さっきのあのモンスター・・・?」

「ああ。新しいタイプのモンスターだったね。まったく、タレナガースもいろいろとやってくれる」

「だけど、私たちのタッグには勝てっこないわ。そうでしょ?」

「そうさ。ヤツがどんなモンスターを送り込んでこようが決して負けない。必ず勝つさ」

無限の渦エナジーを共有するふたりのヒーローは新たな闘志を燃やし、勝利を月に誓うのだった。

 

 

非常灯の赤い光の中にふたつの人影がある。

ヴゥゥンという自家発電装置の稼動音が低く流れている。その音の成果としての赤い光だ。

部屋の中央には大きなベッドがある。ただし安眠をもたらすための柔らかなベッドではなく、金属製の硬くてフラットな手術台だ。部屋の周囲には人の背丈ほどのガラス戸棚が並んでいる。汚れて曇ったガラスの向こうには何やらラベルらしきものを貼り付けられた茶色いガラス瓶がいくつか見える。動きを止めたままの壁の丸時計は長針を失って憐れだ。

ここは徳島市内のとある廃病院の地下手術室だ。この部屋で最後のオペが行われていったいどれくらいの時が経っただろう。今では待合室をたむろするのは野良猫だけだ。

となれば、この赤い光の下に集うのが尋常な人間であるはずはない。

一方はヨーゴス軍団首領タレナガース。

銀色狼を思わせるボサボサの頭髪に醜く歪んだシャレコウベの顔。頬をえぐるような鋭いキバがあらゆるものに対する強い敵愾心を象徴している。

対するはおなじく大幹部ヨーゴス・クイーン。

顔の大半を占める巨大な両目が瞬きひとつせずにタレナガースをじぃっと見つめている。頭には恨みと共に果てた獣の頭骨を被り、肩まで垂れたピンクのツインテールがひらひらと不気味に揺れている。

古い手術台をはさんで向かい合う2悪人だが、どうやら仲良く語り合っているわけではなさそうだ。

「最近、気を入れてモンスターを造っておるようじゃ。感心なことじゃなタレ様よ」

クイーンの言葉には、せりふとは裏腹の冷たい刃のような鋭さが含まれている。

「じゃがことごとく・・・しかも、いとも容易く斃されておる」

「そんなにカンタンに斃されてはおら・・・」

「こ・と・ご・と・く!斃された。のう、タレ様よ?」

クイーンは右手に持つ愛用の電撃ハリセンをギリギリと握り締めている。タレナガースは、いつこの凶悪な蛇腹兵器が振り回されることになるか気が気でないようすだ。気に入らぬことであれば首領であろうと容赦はしない。恐ろしい鬼女であることは誰よりも味方であるはずのタレナガースが一番良く知っている。

「まあそう申すなクイーンよ。いま余が産み出しておるモンスターは実験的な意味を持っておるのじゃ」

「わかっておるわえ。いろいろな兵器を搭載するための汎用ボディーを模索しておるのであろう。毒液、電撃、火球そしてレーザー。それはわかっておるがのう・・・やはりわらわは負けとうない!」

クイーンの大きな目が緑から怒りの赤に変色しはじめた。

―――まずい。

「わかったわかった。わかったからそう怒るでない。しばし我慢せよクイーン。もうすぐ戦闘員に替わるモンスター軍団をこしらえてエディーめにひと泡ふかせてくれるゆえな」

むずかる幼子の機嫌をとるようにタレナガースが猫なで声を出す。そのことがかえってクイーンの癇に障った。

「わらわに辛抱せよとな?このわらわに!我慢や辛抱が一番嫌いなことじゃと知っておりながら!」

とうとうクイーンが電撃ハリセンを振り上げた。

「わっ、ちょちょちょ・・・待て」

パシャーン!

カミナリが落ちたような鋭い音と共に、長年闇に包まれていた廃病院は眩い閃光に包まれた。

 

 

(2)パワースポット

いつものカフェでエスプレッソを楽しみながら、ドクは徳島のタウン誌に食いついていた。

〜疲れた現代人へ 大復活特集!〜

なかでも彼女の目を惹いたのは「現代人のガソリンスタンド パワースポット特集」だ。渦のパワーをコアに凝縮させるという隠れた大発明をやってのけたドクにとって、こうした<パワー>に関することがらは、たとえ都市伝説のたぐいであろうとも興味をそそられるものなのだ。まして、ドクはパワースポットと呼ばれる地点には解明こそされていないが、人体に作用する何かしらの科学的要因が実在するのではないかと考えている。以前から時間をたっぷりとって訪れてみたいと思っていたのだった。

―――どこも行って見たいけど、やっぱりココね。

徳島市郊外、吉野川北岸の町にある小さな神社の名は「由愛嘉納神社」(ゆめかのうじんじゃ)。祭神は由愛爾彦(ゆめみつるひこ)と殊都祁媛(ことつげひめ)。

拝殿にて殊都祁媛に願いを告げるとそれは主祭神である由愛爾彦に伝えられて願いは必ずや聞き届けられるという。

この言い伝えが大手の雑誌に掲載され、今では遠く県外から願掛けに訪れるものも多いという。

「素敵な名前ね。夢かなう神社・・・か」

パワースポットの謎を解くどころか、ドクもすっかり夢見る女の子になってしまっている。

宙を見つめてニヤニヤするドクの前で、エスプレッソはすっかり冷めてしまった。

 

 

深夜。

神社の境内で遊ぶ幼い子供がふたり。近くに住まう幼稚園児であろうか。水干と呼ばれる神職の衣装を纏っている。だが、珍しい衣装はともかく今は丑三つ時だ。未就学児童が出歩く時刻ではない。

月明かりの中で、ふたりの幼子たちは追いかけっこをしたり、境内の太い木の幹のまわりを手を繋いで回ったり、わらべ歌を唄いながら毬を蹴ったりして遊んでいた。

たっぷり3時間ほどもそうやって過ごしていたろうか。やがて新聞配達人がバイクでやって来た。バイクを降りて境内の玉砂利を歩く配達人の周囲を、ふたりの幼子たちは笑いながらぐるぐる回っている。時には正面にまわって配達人の顔を覗き込んだりしておどけているが、配達人は構わず歩を進めている。子供たちを追い払うでもなく、家へ戻るよう注意するでもない。やがて朝刊を社務所脇の新聞受けに放り込むときびすを返して再びバイクにまたがると次なる配達先を目指して走り去った。

配達人は子供たちに気づいていなかったのだ。

目の前にいるふたりの子供が見えていない・・・?

それもそのはず、ふたりの幼子たちは実はこの由愛嘉納神社の祭神、由愛爾彦と殊都祁媛の化身であったのだ。

常人の目には決して捉えられず、触れることも叶わぬ高貴なる存在。それが彼らであった。

夜通し戯れてさすがに疲れたのか、ふた柱の神たちは拝殿前の階段に腰掛けて話をし始めた。

「今夜もいっぱい遊んだね、彦」

「ああ、そうだね」

「もうすぐ日が昇る」

「本殿に戻ろうか、媛」

「また今日も人がいっぱい訪れるかなあ」

「願いを聞いてあげなければいけないね」

「そうだね」

その時鳥居をくぐって拝殿へやってくる人影がひとつ。早朝の参拝者であろうか。古来、参拝する姿を他人に見られたくないという参拝者は大勢いる。このように朝早い時間帯であってもなんらおかしくはない。

訪れた人はフードの付いた黒いポンチョを纏っている。フードを目深に被っているため顔も見えないが、長身かつ広い肩幅であることから男性であることが窺える。

ただ、ポンチョの下から覗いている迷彩色のミリタリーパンツに編み上げのアーミーブーツが、拝殿前の神聖なる空気に反応してどす黒い煙をあげている。

ふた柱の神たちは参拝者の近くへ歩み寄った。本殿からでなくとも参拝者の心願を聞き届けることはできる。こうして人の目をはばかって早朝訪れる参拝者の望みなら近くでさらによく聞いてあげようと思うものなのだろう。どうせ人には見えぬ姿であるのだから。

フードの人物は拝殿の正面に立つと両腕を胸前で組み、背を反らせてはっきりと告げた。

「にっくきエディーめを屠り、この地を余の魔毒で満たす日が一日も早く来ますよ〜〜〜〜に!」

言うなり参拝者は足元で耳を済ませる由愛爾彦の首根っこを引っ掴むや軽々と持ち上げた。神様をまるで犬の子でも持ち上げるかのように・・・なんという無礼!

だが、なによりこやつにはふた柱の神の姿が見えているのか!?

いったい何者?驚いて見上げる殊都祁媛の眼前でその無礼者はポンチョを剥ぎ取った。

ハリネズミを思わせる銀色の鋭い頭髪。人ともケモノともつかぬシャレコウベの面・・・早朝の参拝者はタレナガースだったのだ。

だが頭部の左半分には頭髪がなく、顔面の左側には深いヒビがこめかみから口元に向かってはしっている。実はこれらは先日ヨーゴス・クイーンの電撃ハリセンを喰らった傷跡なのだが、ふた柱の神はそのようなことを知る由もない。ただあまりにおぞましいその容貌に、恐れおののいて声も出ない。

徳島に仇なす邪悪な狐狸妖怪の全身からは絶え間なく黒い煙が立ち上っている。

「さて戻るとするかの、このような神聖なる場所に長居していてはこちらの命に関わるわい」

タレナガースは小脇に由愛爾彦を抱えて足早に鳥居へ向かった。

あっけにとられていた殊都祁媛が追いすがってタレナガースのミリタリーパンツをつかんだ。小さな可愛らしい手でギュッと。

「ああ〜ん?」

感情のこもらぬシャレコウベが殊都祁媛を見下ろした。その必死なまなざしを正面から受けて「はぁ〜」とため息をつくと、邪悪なるタレナガースはその顔をグイと媛に近づけて「かぁああああ」とどす黒い邪気を殊都祁媛に吐きかけた。

「きゃ」

小さく悲鳴を上げて殊都祁媛はタレナガースから手を離し玉砂利の上に仰向けにひっくり返った。

その哀れな姿を確かめもせず、タレナガースはさらに急ぎ足で社の鳥居へ向かった。

「ダミーネーター、おるかや?」

「はい、タレナガース様」

鳥居の“向こう側”に上半身裸で筋肉モリモリのサングラス男が現われた。タレナガース謹製の忠実なる人造人間ダミーネーターである。

「エナジーカプセルの準備はよいか?」

「はい、タレナガース様」

ダミーネーターの手には昇り始めた朝日を受けて輝く透明なカプセルが抱えられている。一見携帯用の魔法瓶に似ているそのカプセルの一端は大きく開かれていてタレナガースの方へ向けられている。

「ゆくぞ、タイミングを逃すな!」

由愛爾彦を抱えたタレナガースが走りながら叫んだ。苦しそうだ。全身から黒い煙が盛大に立ち昇っている。

もがくようにタレナガースが鳥居をくぐった瞬間、脇に抱えた由愛爾彦の姿が眩い光のカタマリに変じた。

「捉えよ!」

タレナガースの命によって、ダミーネーターが光のカタマリをカプセルの中へ導いた。そして素早く蓋を閉じる。

つい先刻まで由愛爾彦であった光のカタマリは、ダミーネーターが用意していた謎のカプセルに封じ込められて光っていた。

「でかした。ダミーネーターよ」

ダミーネーターから透明カプセルを受け取って、タレナガースは満足そうにうなづいた。カプセルを頭上にかかげて閉じ込められた光を眩しそうに眺めている。まるで虫かごに捉えた珍しいカブトムシを眺める子供のようだ。

「まったく。鳥居をくぐるなど、この邪悪なるタレナガース様にとっては自殺行為なのじゃぞ。この高貴なる命をかけた分、オマエには役に立ってもらう。おお、見よ!早くもエナジーカプセルのパワーゲージがマックスレベルじゃ。早う戻ってしかるべき処置をせねばカプセルが破裂してしまうわ。ふぇっふぇっふぇっふぇっ」

境内ではひとり取り残された殊都祁媛が上体を起こして去ってゆくタレナガースたちを悲しげな目で見送っていた。

 

 

―――二礼二拍手一礼・・・っと。

ドクはガイドブックに書かれていた通りの作法で願いを心に浮かべた。

参拝を終えたドクは車から大きなアルミケースを両手に下げて再び境内へ戻ってきた。ふたつのケースを境内の隅っこに置いてケースを開く。ぎっしりと詰め込まれた機器類のスイッチを入れ、コードを繋ぎ、レバーを操作して準備を整えた。

「さてさて、パワースポットの秘密、いただいちゃうわよ」

パワースポットは欧米では『ボルテックス』と呼ばれることがある。つまり大地から渦巻くようにエネルギーが噴出している場所という意味だ。これをエリスが捨て置くわけがない。

地脈、地下水脈、地磁気脈など、数値化できるありとあらゆるデータを観測し、記録し分析して評価する。それが今後のエディ・コア改良に必ず役立つはずだ。

だが・・・?

「???なによこれ。通常の数値をほんのちょっと上回っている程度だわ。エディー・コアに応用できるレベルのものじゃないわね」

もともと神社や仏閣が建立された場所というのは、なにか特別な「気」が集まっていたり、強い磁気を帯びていたりして、昔の人々がそこに「神」の存在を感じ取った場所であるケースが多い。それゆえドクがここで観測したデータも街中のそれよりも多少は高い数値を示してはいる。が、特筆すべきものでもない。計測結果はドクが期待したものとはまったく異なる凡庸なデータであった。

「あちゃあ。名前負けしちゃったのかなぁ。それともただのウケ狙いなの?」

ドクは早々に検知作業をやめ、器材を片付け始めた。これほどの精密機械ともなれば電力代もバカにならない。ドクはあきらかに落胆の表情を浮かべて由愛嘉納神社を後にした。

 

 

「助けて・・・」

「え?ナニ?」

「助けて・・・」

「誰?どこにいるの?ナニを助けろと?」

どこからかかけられた声にドクは困惑していた。

ドクは濃いもやの中を歩いていた。あまりにも濃いもやのせいで足元もうまく見えない。いったい誰がどこから自分に声をかけているのだろう?

「助けて・・・エリス・・・渦の人・・・」

―――まただわ。え?エリス?今わたしのことエリスって呼んだ?

ドクは自分の身体を見た。いつの間にかエリスに変身しているではないか。

「うそ!?私ってばいつの間にエリスに変身したのかしら?」

まったく身に覚えがないうえに、事情がさっぱり飲み込めない。そうこうしているうちにもやの向こうからなにやら光る物体が近づいてくるではないか。

「え?ナニナニナニナニナニ?あれナニよ?」

光る物体は濃いもやの壁を突き抜けながらエリスの眼前に飛来した。それは光のカタマリだった。まるで芯があるかのような濃密で渦巻く光の球だ。

「助けてください。私をあなたの中に入れてください」

―――わわわ私の中にってあなた、ひええええ〜!聞いてないわよっと!!

エリスは後退りした。光が近づく。エリスが下がる。光が追う。エリスが逃げる。さすがに光の方もじれたのか、最後は一気にエリスに飛びかかってきた。

―――うわっ!

エリスのコアに熱いものが入ってくる。静かに、しかし着実に侵入してくるのがわかる。エリスは声も失ってただ背を反らせてその感覚に身を任せるしかなかった。

光が身体に満ちてくる。もやが飛ばされ、視界を光が占拠している。光が・・・眩い光が!

「わあああああああ!」

目が覚めたとき、ドクは両腕を身体の前で振り回していた。

ハァハァハァ。

―――なんだ夢か。ああびっくりした。

息が荒く、全身汗びっしょりだ。

暑い。汗の量がハンパない。タオルを手にとって汗を拭こうと寝巻き用のTシャツをめくりあげ・・・めくって・・・あれ?・・・あら?

ドクはベッドの上でエリスに変身していた。

 

 

(3)神を宿すものたち

「エナジーカプセルを装着せい。ゆっくりじゃぞ、ゆ〜っくりじゃ」

タレナガースの指示に従って、マニピュレーターを操作していたヨーゴス・クイーンがそろりそろりとカプセルを移動させてゆく。

「あ〜。わらわにこのような繊細な作業をさせおってからに!きゃっきゃがくるわえ!」

「そう申すでない。こんな仕事をあの筋肉まみれのダミーネーターにさせられるはずもなかろうに」

う〜と唸りながらクイーンは作業を続けている。

カプセルとは、今朝タレナガースが由愛嘉納神社からさらってきた由愛爾彦が封じられたあの透明なエナジーカプセルのことだ。カプセルには外付けの出力制御装置が取り付けられており、さらに幾本もの生体コードが延びている。これを移動させる目的地は・・・体長3mほどもあるモンスターの体内だ。

頭部は白亜紀の恐竜を思わせる。鼻先に1本、側頭部から2本。太いツノが前方へ向けて伸びている。爬虫類を思わせる黄色い目。1本1本がナイフの切っ先のような鋭いキバ。ヨロイのような硬い体表は銃弾をも弾き返すであろう。それはタレナガースが開発した活性毒素でできている堅固な猛毒のボディだ。だが・・・。

「こやつ、ちと華奢じゃのう」

クイーンが指摘したとおり、全身のシルエットはモンスターにしてはスマートすぎる。しかしタレナガースはしたり顔だ。

「それよ、それ。それこそがミソじゃ」

「ミソは嫌いじゃ!」

タレナガースはため息をついてクイーンに作業を促した。やがてモンスターの体内にカプセルは埋め込まれ、神を封じたエナジーカプセルは静かに起動した。

待つこと数分・・・ふたりの魔人が見守る中、モンスターに異変が生じ始めた。

ヴウウウウウン。

「おお?うおっほほほっ?」

異変を目撃したクイーンが奇声を発した。それまで華奢だったモンスターのボディーがみるみる膨れ上がってゆくではないか?僧帽筋、大胸筋、三角筋が膨張し腹直筋が浮き出て見事な上半身が形成された。続いて太ももの内外広筋ができあがる。エナジーカプセル装着後十数分で、細身だった爬虫類型モンスターは完璧なパワーファイタータイプに変貌していた。

「余の誇る魔毒の肉体に神の力を加えた。神と悪魔、光と闇の融合じゃ。かつて誰も成し得なかった画期的なモンスター、デス・ゴイルの誕生じゃ!」

「いける!これならばエディーめに勝てる。こやつのパワーならばエディーめの渦のパワーを必ずや凌駕するであろうのう」

タレナガースとヨーゴス・クイーンはうっとりと眼前の新生モンスター、デス・ゴイルを見上げている。

ふぇ〜っふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

ひょ〜っひょっひょっひょっひょっひょ。

デス・ゴイルの全身に繋がれた幾本もの生体コードがパチパチと火花をあげてはじけ飛び、神の力を得た悪魔の怪物は今、あらゆる戒めから解き放たれた。

 

 

「それで、その格好でここまで来たってわけかい?」

ヒロは笑いながらエリスを見た。

「そうよ。ちょっと、笑いごとじゃありませんからね」

ここはエディーの秘密格納庫だ。専用バイク『ヴォルティカ』はじめスーパーマシンがここで整備されている。

自室で謎の光と接触して以降、エリスはドクに戻れずにいた。そして人目をはばかりながら車をとばしてついさっきここへたどりついたのだ。その間、エリスは光の正体とコミュニケーションを続けた。それは初めて経験する「テレパシー」だった。

光のカタマリは、昨日エリスが参拝した由愛嘉納神社の祭神、殊都祁媛であるらしい。殊都祁媛は自分たちの身に降りかかった災難の一部始終を“胸のうち”からエリスに語りかけた。そしてさらわれた由愛爾彦の救出を依頼したのだ。

―――だけど、どうして私にそれを?

エリスは“自問”した。

―――あなたの本質が渦だから。光だから。輝き渦巻く力の源を宿す存在・・・それがあなただからです。それは現代の人々にパワースポットと呼ばれるわたくしたちの力の本質とよく似ています。彦とわたくしの危機を救えるのはあなただけなのではないかと存じます。

殊都祁媛は“自答”した。

「なるほどね。たしかにパワースポットには何らかの特別な力場が存在していて、人間に精神的高揚をもたらすこともあると言われている。君の着目点は正鵠を得ていたのかもしれないね。だけど君が由愛嘉納神社のパワー・スポット・データを観測したとき大した数値が得られなかった理由もこれでわかったな。そこには神様はいなかったのだから、そりゃ無理もない」

ヒロがウンチクを披露した時、エリスのコアが再び光り始めた。

「えっ?また・・・ナニ?今度はなんで?」

エリスのコアからまるで意思を持った生き物のように長く尾をひきながら光のカタマリが出現し、傍らのヒロへゆっくりと移動し始めたではないか。

「ナ、ナニ?オレか?今度はオレの中に来るっていうのか?」

ヒロは慌てた。が、本能的に拒もうとした心を開いてその光を敢えて受け入れた。少なくともヒロにはその光の考えがわかっていたからだ。

この光は今度は自分を頼ろうとしている。

光のカタマリはヒロの胸の中に入ると心を繋いだ。ヒロの全身が光を放ち、彼はエディーへ変身した。しかも背には白鷺の羽が大きく開いている。額のローンバスもオパールのような遊色効果を伴って発光している。こんなことはエディー・コア開発者であるエリス自身も見たことがなかった。

「なんか・・・すごいパワーが身体にみなぎっている感じがする。これも神の力なのか?」

エディーは拳をニギニギしている。今ならどんな相手と戦っても負ける気がしない。

その時、エディーとエリスは五感を超越した不思議な力で直感した。

ヨーゴス軍団が街に出現したことを。

 

 

(4)デス・ゴイル

そいつはモンスターというよりは怪獣と呼んだほうが相応しい。鋭いツノを持つ白亜紀の恐竜を連想させる容貌に加え、何よりデカイ。体長は優に5メートルはあるだろう。その好戦的で凶悪な容貌にくわえて、胸部から肩にかけてまとっている金属製のヨロイや肘から突き出る槍のような棘が露骨な悪意を象徴している。

平日の繁華街、そのモンスターは雑居ビルを内側から突き破るように突如出現した。コンクリート塊やガラス片が飛散して、あたりは爆撃を受けたかのような惨状となった。

ごあああああああああああああ!

天に向かって喉から迸らせた雄たけびは、逃げ惑う人々の鼓膜を突き破った。肩から背にかけての隆々たる筋肉に裏打ちされた凄まじい破壊力を秘めた拳が周囲の建物の壁面に次々と打ち込まれ、惨状はさらに痛々しさを増してゆく。

建物の3階で働いていた人たちは、窓の外を移動してゆく禍々しく巨大なツノの先端を見て恐怖にすくんだ。

ヨーゴス軍団の今までのモンスターは街を汚染し、人間の健康的な生活を脅かすタイプのものだったが、こいつはダイレクトに街を破壊している。

「ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。良きかな良きかな。さあ手当たり次第に壊せ、デス・ゴイルよ!」

モンスター「デス・ゴイル」の派手な暴れっぷりにタレナガースもヨーゴス・クイーンもご満悦だ。クイーンにいたっては喜びすぎて「コワセ、コワセ」と唄いながら阿波踊りを踊っている。

だが、タレナガースにはわかっていた。自分たちが喜んでいると必ずや現われていちいち邪魔をする憎っくきアイツがもうすぐやってくるであろうことを。

はたして―――。

グアアアアン!

巨大な三日月形の光が飛来して、眼前のビルにむけて拳を振り上げたデス・ゴイルの胸のヨロイを直撃した。

バチバチッと火花が散ってデス・ゴイルの巨体が仰向けにひっくり返った。

「むっ、これはタイダル・ストーム!来おったな」

光弾が飛来した方を向いてタレナガースはカアアと瘴気を吐いた。

「エディーめえええ!」

デス・ゴイルの前方約200メートル。エディー・ソードを振り下ろした格好で立つはヨーゴス軍団の仇敵にして徳島の守護神、渦戦士エディーだ。

「悪事はそこまでだ、ヨーゴス軍団!」

ぐるるるるるるるるる。

だがデス・ゴイルはまだやられていなかった。ゆっくりと上体を起こす。怒りに燃える金色の目が前方のターゲットを捉えた。

「タイダル・ストームをまともに喰らってすぐ立ち上がれるというのか?」

エディーは驚いた。

「ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。貴様の必殺光線も余の新しいモンスター、デス・ゴイルには通じぬようじゃの」

「エディー」

エディーの背後にエリスがやって来た。

「あのモンスターさあ・・・」

初見でヤツの弱点を見つけたか?さすがエリス、頼もしい。エディーは相棒を振り返った。

「何だ、エリス?」

「・・・・めっちゃ強そう」

―――そ、それだけ?

エディーは落胆の表情でしばらくエリスの顔を見つめていたが、大きく深呼吸をすると気を取り直してエリスを後方へ退去させた。

「ま、確かに強そうだな。だが今のオレには神様の力が宿っているから負ける気がしないぜ。そうだろ?」

エディーは胸の中の殊都祁媛に同意を求めた。しかし頼りの神の答えは期待はずれなものであった。

「さあ、わかりません」

エリスといい殊都祁媛といい、嘘でもいいからもうちょっと励ますような、気の利いた言葉をかけられないものか。

そんな会話をしている間にもデス・ゴイルはエディーに襲い掛かってきた。

ゴオオ!

唸りを上げて巨大な拳が頭上から降ってきた。

エディーは間一髪でその一撃をかわしたが、二撃、三撃と拳が襲来する。大きな図体にもかかわらず流れるような動きだ。そしてエディーは徐々に追い詰められてゆき、ついにデス・ゴイルのパンチがエディーのボディを捉えた。

咄嗟に身体を丸め、両腕を胸前でクロスさせてガードしつつ自ら後方へ跳んでパンチのダメージを最小限に抑えたが、衝撃で息がつまってエディーは呻いた。

エディーは視界の端に笑っているタレナガースを見た。傍らで踊っているのはヨーゴス・クイーンだろう。

―――いつまでもお前たちを喜ばせるつもりはないぞ。

エディーは唇を噛んだ。吹っ飛ばされて路面を転がったエディーはすぐさま立ち上がりファイティングポーズをとった。ヨーゴス軍団の野望は完膚なきまでに叩き潰さねばならない。強敵だろうがひるんでなどいられようか

今度はエディーからしかけた。

路面を素早く回転しながらデス・ゴイルの懐に飛び込むや、体重を乗せた回し蹴りをわき腹に、空気摩擦で熱を発するような高速パンチを鳩尾にうちこんだ。しかしコイツの体表は異様に硬く、急所を護る特殊な金属製のヨロイはさらに堅固だ。パンチを当てたエディーの右腕全体がビリビリとしびれた。デス・ゴイルのゴツい拳がまた降ってきた。エディーが体をかわしてやりすごすと、その拳はアスファルトに手首までめりこんだ。

その太い腕を両腕で抱え、エディーは身体ごと回転させてねじあげると肩にかついだ。捨て身の一本背負いだ。約3tもの巨体が一回転した。エディーの驚くべき体技のなせる業だ。

すかさずマウントポジションを取ろうと目論んだエディーだが、デス・ゴイルは仰向けのまま巨木のような足を振りまわした。真横に蹴り飛ばされたエディーは道路に面したカフェの、小花をあしらった外壁に激突した。

「エディー!」

心配して駆け寄ろうとしたエリスを片手で制し、エディーはそれでも立ち上がった。

「なるほど。こりゃ苦戦しそうだ」

エディーは胸のコアに渦巻くエディーパワーを凝結させて再びエディー・ソードを出現させた。

「さぁこれならどうだ?」

言うなりエディーは勢いよく地面を蹴り、高速で錐揉みしながらデス・ゴイルの懐に飛び込んでソードを左胸のヨロイに突き立てた。エディーの人間ドリルだ!

ギィィィィィィィィィン!

エディー・ソードの切っ先がデス・ゴイルのヨロイを突き破らんとして猛烈な火花を飛ばす。ハガネとハガネのせめぎあいだ。

だが巨木のごとき太い両足をどっかと踏ん張ったデス・ゴイルがブルンと上半身を震わせると、左胸に突き立てられたエディー・ソードはあらぬ方向へ弾き飛ばされて消滅し、エディーは再び歩道に尻餅をついた。

必殺のエディー・ソードもデス・ゴイルに深手を負わせるには至らなかったのだ。

「くそ。なんて硬い装甲なんだ。あんなヨロイは見たことがない」

「それよりもエディー。私は今、由愛爾彦の気配を感じました。とても・・・弱いのだけれど・・・」

危機的状況にあって、至極冷静な殊都祁媛の声がした。

「え?どこだい、今すぐ助けよう。どこにいる?」

「はっきりとはわかりません。ですが、この気配はどうやらあのモンスターから漂っているようです。」

「そうか、あのモン・・・え?デス・ゴイルの中!?」

「はい。おそらくあのモンスターは彦を宿しています。彦の力を取り込んでいます。あなたが剣を刺した時、わたくしは彦を感じました。おそらく彦もわたくしを感じたと思います」

「どうりで強いはずだよ」

エディーが肩を落とした時、デス・ゴイルが小刻みに痙攣し始めた。

「ねえエディー、あいつなんか変よ」

エリスの指摘通り、あれほど滑らかだった動きが明らかにおかしい。まるで頻繁にフリーズしている動画を見ているようだ。

「彦です。私の存在を近くに感じた彦が助けを求めてあれの体内で暴れているのです。可哀相な彦・・・」

エディーの胸の中で殊都祁媛が嘆いた。

かたや戦況を見守っていたタレナガースもデス・ゴイルの不調に気づいて動いた。

「むっ、いかんの」

タレナガースの決断は早かった。

「今日はここまでじゃ。撤退するぞよデス・ゴイル」

タレナガースの感応波を受け取ったのか、デス・ゴイルはくるりとエディーに背を向けるや、出現したビルの真下に穿たれた巨大な穴の中へと姿を消した。

「魔毒の肉体に神のパワー。本来真逆の性質を持つもの同志をコラボさせたのじゃ。それなりに無理は起こるわさ。それにしても予想よりも早い拒絶反応じゃったが」

デス・ゴイル生みの親であるタレナガースも、デス・ゴイルの体内に封じた由愛爾彦が殊都祁媛の気を感じてカプセル内で暴走していることまでは気づいていなかったのだ。

そして狂ったように阿波踊りを踊るヨーゴス・クイーンの手を引いて「ほれ、帰るのじゃ」と言いつつモンスターの後を追って穴の中へダイブした。

後には凶宴の後の静けさだけが残された。

エディーは、デス・ゴイルにエディー・ソードを突き刺した時の衝撃で痺れる右手を振りながらただその後姿を見送った。

「エディー」

いつもと違う相棒の背に、エリスが恐る恐る声をかけた。

「敵も神様を宿していたのね。だったら仕方ないよね・・・ね?」

エリスのとりなしには応えず、エディーはボソリと言った。

「で、やっぱり殊都祁媛よりも由愛爾彦のほうが力は上なのかな?」

「はい。彦はお社の主祭神ですが、わたくしはしょせん配神です。その力量にはおのずと差があります」

「そいつはどうも」

エディーはくるりときびすを返すと惨状を呈する現場を無言で後にした。

 

 

(5)エリスの願い

ヒロとドクは由愛嘉納神社の境内にいた。

圧倒的戦闘力を誇るデス・ゴイルにいいように暴れられた後、どちらから言い出すでもなくふたりは由愛嘉納神社へ向かったのだった。

驚いたことに、由愛嘉納神社の鳥居をくぐった途端エディー&エリスは変身を自動解除してヒロとドクの姿に戻り、同時にエディーの身体から飛び出した光のカタマリは水干姿の幼女になった。

「あなたは・・・あなたが殊都祁媛なの?」

エリスの問いに幼女姿の殊都祁媛は無言で頷いた。

本殿の奥を見る目はどこか寂しげであった。

「すまない殊都祁媛。大切な由愛爾彦を助けることができずに・・・せっかく俺たちを見込んではるばる社の外にまでやって来たというのに」

エディーは膝をかがめて殊都祁媛に視線の高さを合わせた。

「いえ、仕方ありません。それにおふたりのお陰で彦の居場所がわかりましたから」

「あのモンスター、デス・ゴイルの中にいるのよね。やっぱりさっきのあなたみたいに光になっているのかしら?」

媛はふたたび頷いた。

「エディーのツルギがあの怪物をとらえた折に、彦を幽閉している入れ物に切っ先が触れたのです。それ以降、わたくしはわずかながらも彦の存在を感じることができるようになりました」

「じゃあ、今でも?」

「はい。ほんの少しですが、今もわたくしは彦とつながっています」

「そう。よかったわ」

エリスの声が弾んだが、殊都祁媛の表情はうかないままだ。

「彦・・・苦しそう。すごく辛そうです。人の体と魂が一体であるように、祭神にとって祀られているお社は体そのものなのです。そのお社から無理やり引き離され、異形の容れ物に閉じ込められている彦の苦しみはいかばかりか」

ヒロとドクは顔を見合わせた。一刻も早く何とかしてやりたい。しかし・・・。

「くそ!オレにもう少し力があれば。タレナガースのモンスターだけならいくら図体がデカくても負けやしないんだが」

ヒロが悔しさに拳を揮わせた。

ドクが拝殿への階段を駆け上り、小銭をチャラリと賽銭箱に放り込んだ。パンパンと盛大に拍手を打つと大きな声で

「神様!どうぞエディーにもっともっと強い力をお与えください。何なら私も一緒に戦います。エディーの力になりたいんです。どうかどうか!」

その姿を見てヒロは苦笑いした。

「ドク、そこには神様はいないよ。俺たちはその神様を救おうとしてるんじゃないか」

「あ・・・そっか」

ドクは肩を落として拝殿から降りた。

しかしふたりは忘れていた。この神社で最初に参拝者の祈りを聞き届ける神がここにいることを。そして気づいていなかった。ドクの祈りの言葉を聴いた殊都祁媛の瞳が淡い光を発していたことを。

エディーの攻撃が功を奏して、今や殊都祁媛と由愛爾彦は不完全ながらも精神感応しあっている。

エリスの願いは今、殊都祁媛によって聞き入れられ、デス・ゴイルの体内にいる由愛爾彦へと送られたのだ。

―――エディーに・・・力を・・・一緒に戦い・・・力に・・・どうか!

 

 

暗い川の底。

何かがうずくまっている。人の形をしてはいるが、このような水中で微動だにせず長時間留まっていられる人などいまい。

ニゴイが一尾、その周りを悠々と泳いでいる。

うずくまっているものを恐れるふうではない。よく見ればほかにも鯉や鮒などが近くを泳いでいる。そこにいるものを気に留めていないというよりは、むしろ頼っているふうに見える。

魚たちに気をつかってか彫像のように動かなかったそれが、微かに動いた。

―――誰だ?

そいつは、昇ったばかりの月あかりがゆらめく水面を見上げた。

誰かが遠くで自分を求めているのを感じた。知っている意識だ。

―――エリス?いや少し違うな。だが・・・オレを呼んでいる。助けを求めている。

それは静かに立ち上がった。

 

 

「ソニック・マイン・ライナー!」

バチバチバチ!

地面に突き刺した手刀から衝撃波が奔り、大地を伝って眼前に迫り来るゾルド戦闘員たちを一気に葬った。

脳に埋め込まれた悪の回路を焼き切られた兵士たちはその場に昏倒した。目が覚めたときには皆、もとの善良な住人に戻っているだろう。

メタリックアーマに身を包んだ巨漢は大きく深呼吸した。

「ふぅ終わった終わった。さてそれじゃあハンバーガーでも食いに行こうかな」

きびすを返したその時、銀の大男は不意に動きを止めた。

「何だ、この感じ・・・?誰かがオレにSOSを発信しているぞ」

耳を澄まして何かを聞いているふうだ。そして「よっしゃ」と言うなり、銀の大男は駆け出した。

「ハンバーガーは後回しだぁい!」

 

 

(6)決戦

新町川の川面がどす黒く濁り始めた。なにかとてつもなく汚いモノが水中を移動しているに違いない。

汚濁した水が黒い帯のように伸び、魚の死体が次々と浮かび上がってゆく。吐き気を催す悪臭が流域を漂った。

「くさっ!なんなこの臭い?」

「うげ!吐きそうじゃ」

新町川のボードウォークを行き交う人たちも次々と口と鼻をおさえてしゃがみこんだ。

「なんかおる。川の中になんかおるぞ」

ボードウォーク沿いに店を構える喫茶店のマスターが新町川の中ほどあたりを指差して叫んだ。確かにそこには何か巨大なモノがいる。潜望鏡のように突き出した巨大なアフリカ象のキバに似た太いツノが3本、河口をめざして進んで行くではないか。

「でかいな・・・オエ、気持ち悪い・・・」

川を汚染する真っ黒な物体はあの巨大なモノから流出しているようだ。そこからたちのぼる悪臭を嗅いだだけで人々は耐え難い悪寒に苛まれた。

「ここにいてはダメ!みんな早く川から離れるのよ!!」

鋭い声が人々の目耳をひきつけた。

「エリス!」

「エリスだ。エリスが来てくれた」

「エリス、この毒を消してくれ。みんなの新町川をもとに戻して」

川沿いのあちこちから苦悶の声が上がった。

 

―――エリス。頼む!!!

 

「オッケー。任せて」

言うなりエリスは川の黒い水をひしゃくで汲み上げると傍らに連れている毒素中和システム搭載の愛犬ロボ、ピピに吸引させた。

「さぁピピ。この毒素を・・・アララ?」

毒素を体内に取りこんだピピが突然コテっと倒れてしまった。

「きゃっ。ピピ!?」

エリスは慌てたが、ピピは四肢をヒクッとひきつらせると、股間の排出ノズルからぽたりと一滴真水を垂らし、すぐまたひょっこりと立ち上がった。

―――たったこれだけ?すごい濃度の毒液だわ。

思案したエリスは急いで愛車まで戻ると後部ハッチを勢いよくバンと開け放った。そこには彼女が誇る最新鋭の毒素中和システムの器材がぎっしりと積み込まれている。

「おおっ」

遠巻きに見ていた群集から感嘆の声があがった。

―――ごっつい器材じゃ。

―――なんかわからんけんど、あれなら絶対イケるんちゃうか。

「ふっふっふ」

腰に手をあててエリスは自信たっぷりに自らの器材を眺めた。眺めて・・・そして・・・不意に振り返って周囲の人々に向かって叫んだ!

「すいませーん!この器材下ろすの手伝ってくれませんかぁ?」

 

 

河口付近でそいつは浮上してきた。水面が盛り上がり巨大な爬虫類が姿を現した。白亜紀の恐竜をモチーフにしたタレナガース謹製モンスター、デス・ゴイルだ。

ごああああああああ!

天にむかって恨みの咆哮をあげるとデス・ゴイルは黒いしずくを盛大に撒き散らしながら陸に揚がった。

そこは港湾荷役会社の資材置き場兼駐車場として使用されているスペースだ。

デス・ゴイルが傍らに駐車してあった乗用車を無造作に蹴り飛ばす。空中でボン!と発火した乗用車は海に飛び込んだ。海面が赤く発光して、やがて消えた。

いずこからかデス・ゴイルの暴れっぷりにやんやの歓声が湧いた。

頭上を渡る徳島東環状線末広大橋の高架道路のへりに腰をかけて愉快そうにデス・ゴイルの「活躍」を見下ろしているシャレコウベ面の狐狸妖怪コンビ、タレナガースとヨーゴス・クイーンだ。

「今回デス・ゴイルのボディは濃厚な魔毒を増量して強化してあるでの。神のパワーに対する拒絶反応を示し始めるまでのタイムリミットもグンと伸びておるはずじゃ」

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

ひょっひょっひょっひょっひょ。

荒らされてゆく下界を見下ろしてご満悦である。しかし徳島にはそれを許さぬ正義の戦士がいる。

「いい加減にしろ!」

渦戦士エディーの登場だ。積み上げてあった材木を持ち上げて放り投げようとしているデス・ゴイルの正面に立ちはだかった。

「おお、エディーが来おったぞよ。毎度毎度ご苦労なことじゃ。おっほっほ、余らを睨んでおってもデス・ゴイルは止められぬぞよ。ホレ、貴様の相手はあちらじゃ」

「早よう戦え、敵わぬまでもな」

ふぇ〜っふぇっふぇっふぇっふぇ。

ひょ〜っひょっひょっひょっひょ。

前回の圧勝によほど気を良くしているのか、ふたりとも文字通りエディーを見下してからかっている。

エディーは悔しさに唇を噛んだが、現状ではタレナガースたちの言うとおりだ。ここはまずデス・ゴイルを撃破することが先決だ。そして一刻も早く由愛爾彦をあのモンスターの体内から解放せねば。

―――いくぞ殊都祁媛。もう一度力を貸してくれ。

エディーは、今日も光となって胸の内に宿る殊都祁媛に語りかけるや体長5メートルの巨大な魔毒の“壁”に向かって駆けた。

前回の戦いから何も変わってはいない。勝算があるわけでもない。だがここは徳島だ。彼が心から愛する街なのだ。エディーは何度でも立ち向かう。何度でも!

「勝つまでだっっっ!」

投げつけられた材木をかわし高速のパンチをデス・ゴイルのボディに打ち込む。

「一発で効かないなら二発だ。それでだめなら何十発でもくれてやるぞ!」

拳を繰り出すエディーの両腕が赤く発熱し始めた。まるでエンジンを回転させるピストンのようだ。

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

デス・ゴイルが一歩後退した。もう一歩・・・!

「ば、馬鹿な!デス・ゴイルが圧されておるというのか?わらわのデス・ゴイルが?!」

ヨーゴス・クイーンから余裕の薄ら笑いが消えた。

「案ずるでない!少しばかり後ずさりしたからというて大事無い。余のデス・ゴイルはやられたりせぬよ。ふぇ!」

だが、一見がむしゃらにパンチを打ち続けているように見えて、エディーはある一点を狙っていたのだ。デス・ゴイルの左胸に微かに見られる傷跡・・・先日エディーがソードを使った人間ドリルでつけた傷跡だ。その奥には由愛爾彦を封じ込めたタレナガースのカプセルが埋め込まれている。もう一度あそこを突いてカプセルを破壊すれば、由愛爾彦を救出できるはずだ。神の力を奪えば必ず勝機が訪れる。殊都祁媛も固唾を呑んで成り行きを見守っていた。

同じ場所への何十発というパンチに、さすがのデス・ゴイルも「がぁぁ」と苦悶の声をあげた。

―――今だ!

エディーはエディー・ソードを出現させ、己が身体ごとぶつけるようにゼロ距離からデス・ゴイルの左胸へその切っ先を打ち込んだ。

―――?ナニ???

「ソードが押し返される?!!!」

やはりエディー・ソードはデス・ゴイルの装甲を撃破できないのか。

たじろいだエディーに産まれたわずかな隙をついて、デス・ゴイルの巨大な拳がエディーのボディを捉えた。

ドン!という鈍い音と共にエディーの身体は10数メートルも吹っ飛ばされ、地面に激突して盛大な土煙を上げた。

すべてのパワーと意識を攻撃につぎ込んでいたエディーはデス・ゴイルの殺人的パンチのダメージをもろに受けてしまった。あれだけの高速パンチを打ち込みながら、たった一発の反撃で攻守は完全にところを変えた。しかし肉体的ダメージよりもエディーは精神的により大きな衝撃を受けていた。

「な・・・なぜだ?オレのソードがこれほどまでに跳ね返されるとは?由愛爾彦は変わらずあのヨロイの向こう側にいるんだな、殊都祁媛?」

「はい。間違いありません。しかしあのヨロイは前よりも強度を増しているように思えます」

ふぇ〜っふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

その時、頭上から再びタレナガースの声がした。愉快極まりないといった声だ。

「前の戦いでカプセルに亀裂が走っておったでの。今度は念入りに修繕してあるのじゃ。狙ってくる場所がこれほどはっきりわかっておれば、護る側はやり易いというものよ」

タレナガースは膝を叩いて面白がった。

「それに前回は神のパワーに対する拒絶反応が思いのほか早く顕れたでのう。カプセルの性能を上げてそちらの心配もなくしてあるわさ。ふぇっふぇっふぇ今のデス・ゴイルに死角はなしじゃ!」

肩で息をしながらエディーは臍を噛んだ。どうも今回はやられっぱなしだ。

「エディー、大丈夫?」

その時、新町川からエリスの声が届いた。

「デス・ゴイルが垂れ流した魔毒は全部中和したわ、安心してね」

エリスはひょうたん島周遊船を借りてやってくる。彼女は新町川を覆う黒い魔毒の水を自慢の中和システムで見事に消し去ってみせたのだ。彼女が調製した還元剤の散布によって、墨のように黒く濁っていた新町川の水はすっかりもとどおりになっていた。

「そうか、よかった。有難うエリス」

―――これでヨーゴス軍団に一矢報いたぞ。

何にせよヨーゴス軍団の企みや悪さは食い止めなければならない。直接バトルせずとも、エリスのこうした働きは心強く有難い。

それだけにエリスの存在は、高架道路の上から戦況を見下ろしているふたりの極悪人にとってはエディー同様このうえなく煩わしいものであろう。

振り返って、陽光をキラキラと反射させる美しい川面を周遊船でやって来るエリスの姿を忌々しげに睨みつけた。

「まったく不愉快な小娘じゃ」

「ほんに。エディーの陰に隠れてコソコソと余計なことばかり・・・弱いくせに」

タレナガースはひょひょいと指を動かして忠実な手下ダミーネーターを呼び寄せると、アゴをしゃくってなにやら指示を出した。その指示を把握したのか、ダミーネーターはへの字に結んだ口をわずかに動かして「了解」と頷くと、大きな黒い金属製の筒を取り出した。

携帯式地対地ミサイルだ。ダミーネーターはサングラスの電子照準システムを稼働させた。黒いサングラスに小さな赤い光が明滅し、ターゲットスコープが浮かび上がる。サイボーグマッチョ戦士が狙う先には、エリスが乗ったボートがいた。

「や、やめろ!戦いの相手はオレだろう?エリスを狙うなんて卑怯だぞタレナガース!」

高架道路を見上げて今何が行われようとしているかを察したエディーは焦った。

「エリス、ダミーネーターが君を狙っているぞ。逃げろ!ボートを転進させるんだ。早く!」

バシュッ。

不快な音と共についにミサイルが発射された。悪魔の弾頭はしゅるしゅるしゅるという音と白い煙を残して獲物に襲いかかった。

ドガァン!

ひょうたん島周遊船は赤い炎と大量の黒煙を上げて吹き飛んだ。

「ああ!エリス!エリス!!」

デス・ゴイルとの戦いなど忘れてエディーは叫びながら水際まで走った。

強い海風で黒煙が掃い飛ばされたとき、周遊船の姿は既に影も形もなくなっていた。ただ、水中に没してなお燃える船体の赤い炎がかすかに見えるのみであった。

「・・・ウソだろ?エリス、エリス、聞こえるかい?聞こえているんだろ?返事をしてくれよ。エリス!」

いくら呼んでもエリスからの応答はない。エディーはガックリと両膝を地面についた。

「ふぇっふぇっふぇ。すっきりしたのう、クイーンよ」

「ほんに。エディーめもショックを受けておるようじゃ。直接殴りつけるより効いたかもしれぬぞえ。愉快愉快。そおれデス・ゴイルよ、今のうちにエディーめに引導を渡してやれぃ」

ふたりの嬌声がエディーの耳に届いた。その時エディーは体中の血液が逆流したような感覚に襲われた。

 

―――許さん。

エディーはヨロヨロと立ち上がった。変わらぬ正義のマスクの奥で、エディーの何かが弾けて飛んだ。

「許さん。許さん。くそ!許さないぞぉ!」

それは心に渦巻く怒りと悲しみを天に訴えかけるような叫びだった。

エディーの背後からはドスンドスンと地響きをたてながらデス・ゴイルが牙をむき爪を光らせて迫りくる。

エディーは体の奥底から突き上げてくる怒りにまかせて持てる力のすべてを解放した。限界まで背をそらせ、両腕を大きく左右に広げる。その両手の中に赤い光が奔り、見る見る実体化してゆく。エディー・ソードだ。しかも・・・?

「ナニ?エディー・ソードが2本じゃと?」

怒りのパワーがエディー・コアをフル稼働させ、エディーはかつて経験したことのないダブルソードを手にした。それはまるで血にまみれたような赤いソードだ。

「だめよエディー。その二本のツルギはあなたのパワーを過剰に消費してしまうわ」

胸の内にいる殊都祁媛の制止もきかず、エディーは二本の赤い剣を全力で揮った。

うるぁあああああ!

グアアアン!

それはまるで飛び散る鮮血のごとき衝撃波だ。

振り返りざま遮二無二ふるったダブルエディー・ソードから放たれたタイダル・ストームは十字架のように重なり合い、強烈なカウンターパンチとなって、襲い来るデス・ゴイルの巨体を後方へ跳ね飛ばした。神の力を宿したさすがの巨獣デス・ゴイルも仰向けに倒れて悶絶している。エリスを失った怒りと悲しみのダブルタイダル・ストームには通常の数倍もの破壊力が凝縮されているのだ。だが同時に、放ったエディー自身の肉体も激しく酷使されていた。全身がきしみ、激痛がはしったが、怒りに我をわすれたエディーはその痛みさえ自覚していないようだ。動けなくなったデス・ゴイルに向けてすかさず二撃目を放つ態勢に入った。

「やめてくださいエディー!今のような攻撃を続ければあなたといえども肉体がバラバラに壊れてしまうわ」

それでもエディーは二本のエディー・ソードを構えて身を低くした。復讐の鬼と化したエディーには殊都祁媛の声も届いてはいない。

しかし、もうひとつの声が・・・今エディーに最も必要な人の声が、すんでのところで彼を押しとどめた。

「だめ、落ち着いてエディー。私はここにいるわ」

―――!!!

驚いたエディーはタイダル・ストームの構えを解いて声の主を探した。そして見つけた。河口付近から立ち上る眩い光の中心に立っている人影を。

「そこにいるのは誰だ?!」

「なんじゃあやつは?」

エディーとタレナガースが同時に声を上げた。

直視できないほどの眩い光の中から人影が歩み出た。堅固な緑のアーマに護られたボディに赤い目。頭頂部は川の水をたたえて輝いている。背の甲羅に黄色い口ばしは、伝説の河童を思わせる。

「マツバライザーK!」

そして、佐賀県松原川を護るヒーローマツバライザーKに抱きかかえられているクリアブルーの美しい長い髪のヒロイン・・・。

「エリス!無事だったんだね」

エディーの声がはずんだ。二本のエディー・ソードは知らぬ間に消滅している。

頼もしい緑のヒーローに「立てるかい?」とやさしく尋ねられ「ええ」と頷いたエリスは、ゆっくりとその傍らに立った。

「ミサイルが着弾する寸前にマツバライザーKが助けてくれたの。心配させちゃってごめんね、エディー」

―――よかった。本当によかった!

「オレの大切なパートナーを助けてくれて有難う、マツバライザーK。心からお礼を言うよ。だけどどうして君が徳島に?」

「呼ばれたのさ、エリスに。正確に言えばエリスの願いを聞き届けた誰かの声に。オレも、彼もね」

「彼―――?」

マツバライザーKが指すほうへ目をやったエディーとエリスは再び歓声をあげた。

「よう!来たぜ」

軽く片手をあげて応えたのは陽光を反射して輝くシルバー・メタリック・アーマ<デルタユニット>を装着した巨漢だ。

「ジオブレード!君も来てくれたのか」

東京都足立区をホームグラウンドにして活躍する超装甲戦士だ。

「こらぁそこのカッパやらロボコップやら!なにをしゃしゃり出ておるのじゃ。よそ者はすっこんでおれ!」

タレナガースが高架上から怒鳴った。まるで球場で野次る酔っ払いのオヤジさながらだ。

「ふん、徳島だろうと佐賀だろうと、川を汚すヤツをオレは許せないんだよ」

「人の幸せを叶えてくれる神様の力を悪事に使うなんて、タレナガースって野郎は悪党の中でも最悪の部類だな」

「それに・・・」

エディー、マツバライザーK、ジオブレード・・・三人の思いは同じだ。

「エリスをいじめるヤツは絶対に許さない!」

三大ヒーローズ共通の怒りはひとつになって強風のごとくタレナガースとヨーゴス・クイーンのしゃれこうべヅラを叩いた。

ジオ・ブレードはそんなヤツらをフン、と鼻で笑った。魔毒を撒き散らす狐狸妖怪どもを屁とも思わぬ豪胆な男である。

「詳しいことはエリスに訊いてわかっている。あの醜いトカゲのバケモノをやっつけて体内に閉じ込められた神様の魂を救い出すんだね」

「おふたりとも、よろしくお願いします」

エリスの言葉に三大ヒーローズは一斉に親指を立てて見せた。今やエディーはこれ以上ない心強い味方を得たのだ。さあ戦闘再開だ。

 

 

閃光が奔った。

マツバライザーKが投擲したサラスライサーだ。超高速で回転する大型手裏剣は狙いたがわずデス・ゴイルの左胸に見えるカプセルヘッドへ飛んだ。

ガツッッッ!

しかし必殺のサラスライサーはデス・ゴイルの太い両腕によってガードされ、標的には届かなかった。サラスライサーの鋭い刃はデス・ゴイルの左の二の腕を抉ったが、致命傷にはなり得ない。

「こいつ、見た目以上に反応が素早いな」

「それならオレが」

ジオブレードが手刀を大地に刺し「オリャ!」と気合もろとも放電した。

「ジオ・サンダー!」

バリバリバリ!

まるで地中を爆竹が走ったかのような爆裂音とともに高電圧の弾丸がデス・ゴイルに命中した。

ごああああ!

デス・ゴイルが苦悶の呻き声をあげた。が、神の力を宿す悪魔の巨漢はまるで不沈艦だ。身に纏う電撃を振り払うように身をよじりながら眼前のジオブレードに襲い掛かった。

巨木を振り回したようなパンチが左右から飛来し、ジオブレードはそれらを「ふんっ!」と両腕で受け止めた。デルタユニットの胸のパイロットランプが超エネルギーの発動によってピピピピピと激しく明滅している。

激甚な衝撃がジオブレードの身体を突き抜けて大地にくもの巣状の亀裂を走らせた。

「離すなよ!」

デス・ゴイルの両腕を止めているジオブレードの背後から矢のように飛び出したふたすじの影・・・エディー&マツバライザーKだ。

空気摩擦で炎を噴くかのような跳び蹴りがデス・ゴイルの左胸めがけて放たれた。が、わずかにデス・ゴイルが上体をよじったために蹴りはヤツの左肩あたりに炸裂した。

「くっ、すまん」

さすがのジオブレードも両拳だけでデス・ゴイルの巨体を封じ続けることは叶わなかったのだ。

「ドンマイ!」

エディーよりも遠くに着地したマツバライザーKは振り向きざま妖刀ハガクレ丸を抜いて風のようにエディーの横をすり抜けて行った。これぞ水中を高速で移動できるマツバライザーKのスピード力なのだ。

振り返るとそこには、見上げるような巨大なモンスターの突進を正面から止めたジオブレードと風のような瞬発力で攻撃を続けるマツバライザーKがいる。

「スゴイな、こいつら」

エディーはニヤリと笑うと再度エディー・ソードを出現させた。

デス・ゴイルは熊でもフッ飛ばしそうなパンチをジオブレードに繰り出しながら、象でも絞め殺せそうな太い尻尾でマツバライザーKの残像を追っている。単体で三大ヒーローズと渡り合う実力は間違いなく過去最高のものだろう。だが、それは体内に封じ込めた由愛爾彦の神パワーあってのことだ。

エディーは愛剣を一閃させてデス・ゴイルの膝を切り裂いた。

ガクリとバランスを崩して膝を突くデス・ゴイルの隙を突いてマツバライザーKが気合一閃、ハガクレ丸のひと振りでデス・ゴイルの3本のツノのうち2本を一気に切り落とした。

ぐああああああ!

付け根近くで平らになってしまったツノの切り口からジュゥゥゥゥとどす黒い煙が立ち昇った。

「ああああ、わらわのデス・ゴイルがやられてしもうた。タレ様や、早よぅなんとかしてやらねば・・・毒素のエナジーがツノから蒸発しておるではないか」

戦況を見下ろしていたヨーゴス・クイーンがにわかにオロオロし始めた。

しかしタレナガースはまだ余裕の表情を崩していない。

「まだじゃよ。まあ見ておりなさい」

デス・ゴイルは見る見る弱ってゆく。クイーンが嘆くとおり、立ち昇る黒い煙はヤツのボディを構成する毒素そのものであるらしい。

「今よ!やっちゃえ」

エリスの歓声があがる。

ここぞとばかり三大ヒーローズは次の手を繰り出す準備に入った。いずれも『必殺』レベルの攻撃だ。

エディーはエディー・ソードを、ジオブレードは腰のデルタブラスターを、マツバライザーKはハガクレ丸を構えた。3つの呼吸が重なり合ったとき・・・

「エディー・タイダル・ストーム!」

「デルタブラスター!」

「葉隠忍法眩幻 〜げんげん〜」

マツバライザーKの幻術で身体の動きを止められたデス・ゴイルの左胸にエディーとジオブレードが放つ光弾が次々と着弾した。

ご・・・が・・・ああ・・・

三大ヒーローズの必殺連携攻撃を受けたデス・ゴイルはついに天を仰いで倒れた。

「やったぜ!」

三大ヒーローズは拳を振り上げてガッツポーズした。

「あややややぁぁぁ!」

「騒ぐでない。ここからじゃ、よう見ておれ」

傍らで悲鳴をあげるヨーゴス・クイーンをタレナガースが制した。勝算我にあり、といった風情だ。

その勝算とは・・・?

仰向けに倒れたデス・ゴイルの左胸が突如光を放った。

「あれは?」

「デス・ゴイルになにが起こっている?」

「わからない、が、油断するなよ」

左胸の光は見る見るデス・ゴイルの全身を包み込んだ。

「ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。始まったぞよ。体内に宿した神の力を搾り出しておるのじゃ」

―――うわあああああああああああ!

「あっ彦!彦が!彦が・・・消えてしまう」

エディーの中にいる殊都祁媛が悲鳴を上げた。

「なんだって?」

「どういうことだ?神様よ」

ジオブレードとマツバライザーKにもその声は届いたようだ。

「私にも聞こえたわ殊都祁媛。それにデス・ゴイルの中から聞こえたあの悲鳴は・・・まさか由愛爾彦の?」

エリスも心配げに身を乗り出している。

「あの怪物が致命的なダメージを受けると、体内に封じられた彦から自動的に神の力を抽出して悪の生体パワーへと変換し、怪物が受けたダメージを癒しているのです。彦を封じているものは単に彦を閉じ込めているのみならず、そのパワーを搾取するシステムでもあるのです」

「そんな・・・じゃあ」

「俺たちがデス・ゴイルを攻撃すればするほど体内の由愛爾彦は力を奪われてしまうと?」

焦るエディーたちを見下ろしてタレナガースは手を叩いて喜んだ。

「ふぇ〜っふぇっふぇっふぇ。そうじゃ。そのとおりじゃ。戦えば戦うほどデス・ゴイル内の神は衰弱してゆくぞえ。そのかわりデス・ゴイルはすぐまた復活じゃ」

「ひょ〜っひょっひょっひょ。どうするどうする?そのほうらは街を救いたいのかえ?それとも神を救いたいのかえ?」

「くやし〜。エディー、どうすればいいの?」

いつまでもヨーゴス軍団どもが嬉しそうに笑っているのが勝気なエリスには我慢ならないのだ。

―――どうすれば・・・?

戦いに勝つだけでは問題は解決しない。こんなことは初めてだ。

「あの・・・そこの銀の人・・・」

エディーの中の殊都祁媛がジオブレードを呼んだ。

「銀の人、私をさきほどの電撃に乗せてあのモンスターに撃ち込んで下さい」

唐突な申し出に3人は唖然とした。

「あ、あんた、神様・・・かわいい声でスゴイこと言ったね、今」

言われた当のジオブレードが怯んだ。

「さきほどの皆さんの攻撃の中で、あのモンスターの体内までダメージを浸透させられたのは銀の人の電撃だけでした。私はその電撃と共にモンスターの体内へ侵入し、なんとか彦と合流したいと思います。あのモンスターに力を悪用され続けて嘆き苦しむ彦のもとへ参りたいのです」

「確かにオレの電撃は光を伴うから光体の神様が合流することは理論上可能だが、オレの電撃は光の粒子も破壊するんだ。神様、あんたただじゃ済まないぜ」

「ええ?!」

「ただじゃ済まないって、それはどういうことだ。まさか?」

エディーとマツバライザーKが考える最悪の状態・・・それを察してジオブレードは静かに頷いた。

「そのまさかさ。俺の電撃をむこうの神様に届かせようとすれば、それなりにハイボルテージの電撃を放つ必要があるからな。そうすればこっちの神様の光粒子が破壊されて、下手すりゃむこうの神様に届く前に消滅してしまう危険性だってある」

「そんな。消滅なんてしちゃったら元も子もないぜ」

マツバライザーKまでが不安げな声を上げた。

「構いません。このままでは彦があまりにも可哀想です。それにこのまま力を搾られ続けたらいずれ彦の意識は消えてしまい、ただ力を供給するだけの物質になってしまうでしょう。そうなってしまえば、本来彦と人とを繋ぐのが役目の私だけが存在しても意味がないのです。私は危険を冒してでも彦のもとにゆかねばならないのです」

「そうよ、行くべきだわ殊都祁媛」

「エリス?」

本来なら危険な賭けを嫌って真っ先に反対しそうなエリスが・・・エディーは驚いた。

「だけど、うまく媛が彦と出会えたとして、その後はどうなるのさ?」

エディーの問いにエリスは黙って三大ヒーローズを見渡した。

「まぁ、あなたたち次第ってとこかしら」

「じぇじぇじぇ〜」

エリスの眼差しは真剣そのものだ。彼女は本気なのだ。

―――いいだろう。エリスがそこまで本気なら・・・。

エディーはしばらく思案していたがジオブレードを見て強く頷いた。

その視線を受けたジオブレードは何も言わずエディーの傍らに寄ると、腕のデルタ・モーファーをエディー・コアの前にかざした。

すると輝きを増したエディー・コアからこぼれ出るように光の球と化した殊都祁媛が現われ、そのままジオブレードのデルタ・モーファーの中へとみずから姿を消した。準備完了だ。

一方、三大ヒーローズの連携攻撃でダメージを受けていたデス・ゴイルは由愛爾彦のパワーによってほぼ回復している。驚いたことに、ハガクレ丸で切り落とされたはずのツノも3本すべて元に戻っているではないか。

戦いは振り出しに戻った。

「さぁて、じゃあやるぜ」

どの程度の出力でどの程度内部へ媛を送ることができるのかわからない。ならば全力を出すしかない。

ごあああああああああ!

デス・ゴイルが復活の雄たけびを上げた。それは戦闘再開のサイレンだ。もう躊躇は許されない。

ジオブレードは再び手刀を大地にざっくりと刺すや「ふん!」と気合もろとも最大限の電撃を大地に放った。

「ジオ・サンダー!」

バリバリバリバリ!

イカズチをまとった大蛇が地中を走る。

「きゃあああああああ」

雷鳴とともに殊都祁媛の悲鳴が地中から届く。やがてその悲鳴はデス・ゴイルの中へ吸い込まれ、静かになった。

ごあらああああ!

先ほどと同じように、電撃に身を焼かれて一瞬動きを止めたデス・ゴイルだが、構わずジオブレードへ怒りの突進を見せた。

ジオブレードは今度はその突進を受け止めず、体をかわしてよけた。殊都祁媛の安否が気になっているのだ。

―――届いたのか?由愛爾彦に会えたのか?媛!?

 

 

暗い闇の世界だ。

このような場所へはかつて来たことがない。

殊都祁媛は己が体を見た。ぼやけている。ジオブレードの電撃によって身体の粒子の大半が破壊されてしまったのだろう。しかし、消失してはいない。たとえ身体のほとんどを失っても、意識体である媛は存在し続けることができるのだ。

「彦・・・」

殊都祁媛は声を出して由愛爾彦を呼んだ。か細い声だった。

「彦ぉ・・・いないのですか?彦、私です。殊都祁です。会いにまいりました。私を御許へいざなって下さい」

何も返ってはこない。心細さに殊都祁媛がべそをかきそうになったその時・・・。

「・・・め・・・・・ひ・・・め・・・」

途切れ途切れの無線のような音が、いや声が媛の心に届いた。

「彦!彦ですね?どちらです?私はここです」

「・・・こだ・・・ここだ・・・媛、私はここだ。ここにいる」

次第にはっきりと聞こえる。それとともに前方に小さな光点がぽつりと浮かび上がった。

「そちらですね!」

殊都祁媛は光のほうへ急いだ。手がかりも足がかりも無い闇の中をもがくように手足をバタつかせながら少しずつ進んだ。

小さな光点はやがて夜空に浮ぶ月のようにはっきりと見え始めた。デス・ゴイルに力を吸い尽くされて、由愛爾彦の意識体は媛の手のひらに乗るほどまでにやせ衰えていた。

殊都祁媛はその光体を両手ですくいあげるように包むと、そっと胸に抱いた。

「ようやく会えましたね、彦」

由愛爾彦は無言だったが、小さな光の球はほんの少し媛の胸に身体をすり寄せた。

 

 

「激渦烈風脚!」

エディーの連続回転蹴りがデス・ゴイルの側頭部を捉えた。

ぐるぅあああ!

エディーの必殺キックを喰らってもわずかに数歩よろめいただけで、デス・ゴイルはエディーに反撃のパンチをふるった。こうした一進一退をもうどれだけ続けているのだろう?

底なしのパワーを持つこのモンスターをもう一度倒すことはできるのか?倒してもまた由愛爾彦のパワーで復活してくるのだろうか?殊都祁媛は内部の由愛爾彦と出会えたのだろうか?彼らをどうすればもう一度デス・ゴイルの体外へ助けだせるのだろうか?

わからない。わからないことだらけだ。

三大ヒーローズの攻撃に迷いが生じ始めた。

「いけないわ・・・このままでは」

エリスが不安な胸のうちを口にした時、デス・ゴイルの動きが止まった。

理由はわからぬが、明らかに何かしらの変調をきたしていることは間違いない。相変わらず闘志をむき出しにしてエディーたちに襲いかかろうとするのだが、体が言うことをきかぬといった風情だ。

「むっ、なんじゃ?どうしたデス・ゴイルよ。まさかまた拒絶反応が?いやそんなはずはない?」

殊都祁媛がジオブレードの電撃でデス・ゴイルの体内へ侵入したことに気づいていないタレナガースにとって、この異常は想定外の出来事だったようだ。

「エディー、あれを見ろ」

「神様達だ。きっとふたりは出会えたんだ。デス・ゴイルの中でオレ達の救助を待っているんだよ」

マツバライザーKとジオブレードの言葉にエデイーも頷いた。

―――そろそろだわ。

この異常を予測していたのか、エリスは苦しそうなデス・ゴイルのようすを冷静に見ていた。

ブシュー。

突然デス・ゴイルの左胸から大量の黒煙がまるでスプレーのように噴出し始めたではないか。

「な、何事じゃ?!」

デス・ゴイルの思わぬ異常事態に、タレナガースも今や気が気でないようすだ。

「エディー、これは千載一遇のチャンスだわ。おそらくデス・ゴイルの体内で結ばれた由愛爾彦と殊都祁媛が反撃に転じているのよ。この機を逃さず由愛爾彦と殊都祁媛を救い出して!」

「エリス、だけどどうやって救い出せばいい?」

「エディー・ソードよ。由愛嘉納神社を出るとき、なぜ殊都祁媛が私たちのコアを選んだと思う?媛の光体と渦パワーの本質が似ているからよ。だったら渦パワーを錬成して造るエディー・ソードならきっと神様を救い出せる!・・・はず」

エリスの言葉にエディーは大きく頷いた。

「なるほどね。さすがオレのサイドキックだ。まったく頼りになるゼ」

確かに今のデス・ゴイルなら、あの堅い装甲を突破できそうな気がする。

エディーはエディー・ソードを出現させると切っ先をデス・ゴイルに向けて両手で捧げ持った。今持てるすべての渦パワーをソードの切っ先にに凝縮させる。

キィィィィィィン

やがてエディー・ソードは光を帯びてかすかに振動し始めた。刀身には渦パワーが隅々にまで満ち満ちている。

―――いける!

エディーは気合もろともエディー・ソードをデス・ゴイルの左胸めがけて投擲した。

シュン!

それは光の矢となって宙を走るや、見事に黒煙を吹き上げるデス・ゴイルの左胸に命中し、カプセルの破片を周囲に撒き散らしながら魔毒のボディを貫いて背後へ抜けた。

ガアアアアアガハッ!

喉を反らせて悶絶するデス・ゴイルを尻目に空中で反転したエディー・ソードは再びあるじエディーの手に帰還した。

ジオブレードとマツバライザーKもエディー&エリスのもとへ駆け寄った。

ヒーローたちが見守る中、輝く刀身からぽっこりとふたつの光の球が現われ、ひとつはエディーのコアへ、もうひとつはエリスのそれへと滑り込んだ。

「・・・そうか、あなたが由愛爾彦・・・はじめましてオレはエディー」

「・・・おかえりなさい殊都祁媛・・・よくがんばったわ」

エディーのコアには由愛爾彦が、そしてエリスのコアには殊都祁媛がいた。

「やった!戻ったんだね」

「よかった。本当によかった」

助っ人のふたりも肩をたたき合って大喜びだ。

さぁ、残った仕事をやってしまおう。

「渦の戦士よ、心から感謝する。さあ、私の力を今こそ分け与えよう」

由愛爾彦から温かい力がエディーのコアいっぱいに満ちてゆく。長時間戦って色あせていたエディーのコアが、良質のオパールのように輝きを取り戻した。

「よっしゃ!サンキュー由愛爾彦」

エディーは空いた左手にもう一本のエディー・ソードを出現させた。

エリスがやられてしまったと勘違いして怒りにまかせて出現させたダブル・エディー・ソードだったが、今のエディーにならこれを無理なく使いこなすことができる。形勢は一気に逆転した。

―――見てろよ。神様の力を得た俺のとっておきを!

エディーはたった今出現させた二本のソードを頭上で重ね合わせた。すると二本のソードはまるで融けあうかのように合体して刀身が1.5m以上もある一本の大剣へと変じたではないか。

グレート・エディー・ソード。それはダブル・エディー・ソード以上にエナジーを大量に消費するであろう大剣だ。

エディーはそれを肩にかついで両手で豪快に振るった。

「くらえぇメイルストローム・クラッシャー!」

デス・ゴイルの頭上に巨大なコマのごとき光の渦巻きが出現し、逆三角形の先端が強烈に回転しながらデス・ゴイルを押しつぶしてゆく。

ギュルルルルルルルルルルルルル!

がああああああああ・・・・・があ・・・あ。

光の大渦はドリルとなってデス・ゴイルのツノを粉砕し、頭部を砕き、やがて魔毒をあたりにまきちらしながらみるみる凶悪なモンスターの全身を完全に破壊してしまった。

神の力を失ったデス・ゴイルにとって、フルパワープラスアルファのエディーの攻撃を食い止めることは到底叶わなかったのだ。

砕け散った魔毒の破片は、見る間に黒い煙となって霧散した。

「やったな」

「見事だった」

ジオブレードとマツバライザーKがエディーをねぎらった。

「やややややや、やられてしもうたではないか、わらわのデス・ゴイルが」

ヨーゴス・クイーンの肩が悔しさで震えている。こうなってしまうと、最後まで自信たっぷりであったタレナガースが急に憎たらしく思えてきた。

「う〜う〜う〜」

唸り声をあげながら、クイーンは電撃ハリセンのスイッチを入れた。

「ん?こ、これこれナニをしておるのじゃ?落ち着けクイーンよ・・・お、落ちつ・・・」

バリバリバリ!ドシャーン!!

末広大橋高架道の上で凄まじい落雷の火柱が上がった。

「おや?なんだい今のは?」

ジオブレードがふと高架道路を見上げたが、たいした興味も示さずに終わった。

 

 

鳥居をくぐると、由愛爾彦と殊都祁媛はたちまち水干姿の幼子に戻り、嬉しそうに拝殿へ駆け上がった。

由愛爾彦は、拝殿の奥でエディーたちをチラリと振り返ったが、すぐにさらに奥の本殿へと駆けていった。

「ようやく住み慣れた家に帰ることができたんだね」

「よかったわ」

エディー&エリスは心からそう思った。

「みなさんのご助力に感謝します」

殊都祁媛はそう言うと、由愛爾彦の後を追って拝殿の奥の暗がりに姿を消した。

「さて、せっかくここまで来たんだからお参りさせていただこうぜ。神様も戻られたことだしな」

エディーの言葉にエリス、ジオブレード、マツバライザーKは殊都祁媛が消えた拝殿に向かった。

「ねぇ・・・今なら何をお願いしても叶えてくださるかしら?」

エリスの脳裏に一瞬このうえなく生々しいいくつかの事柄が浮かんでは消えたが、三大ヒーローズに睨まれて、エリスは「てへっ」と苦笑いした。

4人の拍手が境内に響きわたり、4人のヒーローたちは同じひとつの願いを心に浮かべて神妙に頭を下げた。

 

 

(7)同じ願いのもとに

翌日。

馴染みのカフェでヒロとドクはエスプレッソを楽しんでいた。

「じゃあ、君はあの時デス・ゴイルの拒絶反応を誘発させるために殊都祁媛をヤツの体内へ行かせたのかい?」

ヒロは驚いて身を乗り出した。

昨日の戦闘の最中、自分をジオブレードの電撃に乗せてデス・ゴイルの中へ送り込めと言い出した殊都祁媛の申し出に躊躇していた3人と違って、唯一エリスだけは媛の策を推し進めた。結局それが功を奏したわけだが・・・。

「その前の戦いでデス・ゴイルは、エディーを圧倒していたにもかかわらず短時間で引き上げたわ。あれはたぶんエディー・ソードで彦を封印したカプセルを傷つけられた結果、彦と媛がかすかながら交信できるようになったからではなかったかと・・・思ったわけ。殊都祁媛が言っていたように、デス・ゴイルのカプセルは、由愛爾彦を封印すると同時に彦の神パワーを一定レベルに制御させるシステムでもあったわけでしょう。神様のパワーレベルが急激に変動した場合、システムのほうが追いつかなくなって、デス・ゴイルの動きに支障が出てしまうのではないかと・・・まぁこれも思ったわけ」

ドクの話をヒロはふんふんと聞いている。

「昨日の戦いではタレナガースもそこのところをうんと強化させてきたに違いなかった。でもあそこで殊都祁媛が体内に入って由愛爾彦と合流すれば、きっとカプセルの制御能力を超えるパワーの大波を起こすんじゃないかと・・・これもまたまた思ったわけ」

「なんだか根拠無く思ってばっかりだなぁ」

「いいじゃないよ。結局私の予測は的中したんだから」

「うん・・・まぁね」

「ところで、ジオブレードとマツバライザーKは?もう帰っちゃったの?」

これ以上突っ込まれると分が悪いとみたか、ドクは巧みに話題を変えた。

「いや、彼らはそれぞれ徳島を楽しんでいるはずだよ」

「ふ〜ん」

 

その頃マツバライザーKは美馬市の穴吹川で清流に浸っていた。

「いやぁいい!ここの水はいいなぁ!清浄にして清冽。冷たくってアタマの皿がキンキン鳴ってるゼ!」

 

一方ジオブレードは県南牟岐町でご当地バーガーに舌鼓を打っていた。

「うめぇ!いかカツバーガーいいね!歯ごたえサイコー。和風の味付けが気に入った。ハンバーガーにノリのミスマッチが成功しているよ!」

 

子供のように楽しんでいるふたりを想い、ヒロとドクもほほえましい気持ちになった。

ふたりのヒーローの助力でエディーは今度もまた徳島を救うことができた。しかしヨーゴス軍団はまたやって来るだろう。それは新たなモンスターかもしれない。見たこともない猛毒による汚染災害かもしれない。それでもエディー&エリスは決して負けはしない。

そしていつの日か必ずやって来るはずだ。あの日4人のヒーローたちが由愛嘉納神社で祈った同じ願い・・・徳島に恒久平和が訪れるその日が。

 

<完>