渦戦士エディー

都市伝説を暴け!

<>導かれた者

「下がって。下がってください」

警官が大声で野次馬を下がらせている。

放っておくと張り巡らせたトラテープを押して前へ前へ来ようとする。

30分ほど前、徳島市市街地に突如モンスターが現れた。

緑色の、ゼリーを固めたようなブヨブヨしたモンスターは、体のあちこちから同色の体液をまき散らしながら町中を練り歩き始めた。

緑の体液は路面や建物に付着するとしゅうううと煙をあげ、何やら強力な酸のように思えたため、通行人たちは大慌てで逃げ惑った。

煙は風に乗って周囲に広がり、耐えがたい悪臭を吸い込んで気分を悪くする人も出始めた。

そこへ到着したのがエディーとエリス、ふたりの渦戦士たちだった。

エリスの機転でモンスターを青い渦エナジーの膜で覆うと、清浄な渦エナジーに拒絶反応を起こしたモンスターはブヨンブヨンと体を震わせはじめた。

そこへエディーがエディー・ソードで文字通り一刀両断に切り裂いたため、モンスターは水を満たした風船が裂けるようにパァン!と気持よい音と共に破裂した。

渦エナジーの膜のお陰でモンスターの体液は周囲に飛び散ることなく、緑色の汚水と化した。

そのようすをSNSに上げようと多くの野次馬がスマホを構えて集まってきた。

だが大気中を漂う有害な煙はまだそのエリアに漂っていたため、エリスが規制エリアを指示し、警察がトラテープを張り巡らせたというわけだ。

 

「だいたい除染は済んだわ。液体が付着した所は少し変色しているけど、次第に薄くなってゆくと思う」

「オッケー、お疲れ様。じゃあ後は警察の皆さんに任せておれたちは引き揚げるとしよう」

停めてあったマシン・ヴォルティカに跨りスターターを押しかけたエリスは「あら?」と動きを止めた。

野次馬の向こうでしきりに誰かが手を振っている。

感謝や労いの気持ちで手を振ってくれる人は多いが、あの振り方は少しようすが違う気がした。

エリスは自身の前三輪スクータータイプのヴォルティカUを降りると徒歩でそちらへ向かった。

トラテープをまたいで越える。

突然の主役の接近に驚いた野次馬たちがさぁっと左右に分かれて彼女に道を開けると、その正面にひとりの女子高生が立っていた。

振っていた右手を上げたまま、動きを止めてエリスを見ている。

何やら思い詰めている表情だ。

「なぁに?私たちになにか話があるの?」

柔らかいエリスの口調に女子高生の肩が少し下がった。

 

File.1)旧あじさいアパート2号棟

いつものカフェの一番奥の定位置に、今日もヒロとドクが座って地元紙を広げている。

何か怪しい事件は起こっていないか?

何気ない出来事の背後にヨーゴス軍団が暗躍している可能性はないか?

朝刊を手分けして隅から隅まで読む。

パトロール前のふたりの日課である。

「そういえば、昨日の件どう思う?」

ヒロの問いかけにドクが紙面から顔を上げた。

「あの廃アパート?」

「そう。今夜も引き続き探索してみるかい?」

昨日の件とは、あの女子高生がエリスに語った話である。

「もえこといいます」

と自己紹介して、その女子高生は結論から告げた。

「私の友人を助けて欲しいんです」

思い詰めた表情だった。

エディーとエリスは、その後語られた彼女の話に耳を傾けた。

要約するとこうだ。

 

もえこの友人のさとこ(中学は同じだったが、今は違う高校に通っているらしい)は放課後熱心に塾通いしているのだが、帰宅途中にとある廃アパートの前を通る。薄汚れていて昼でもちょっと気味が悪いのだが夜は街灯もなく、まるで心霊スポットのようなのだそうだ。

いつもはアパートの方を見ないようにして足早に通り過ぎるのだが、ある夜何かの気配がしてアパートを見ると、上の階の踊り場からじっとこちらを見つめる人と目が合った。

ぞくりとして立ち止まった。

こういう時、人は視線をそらせなくなるものらしい。じっと見返すとそれは髪が長くて女性のように見えた。両目がキツく吊り上っていて鬼のような形相だ。こちらを威嚇しているように見える。

逃げなくては!

そう思った時、その鬼女が髪を振り乱して踊り場の手すりに身を乗り出して「カッ!」と牙をむいた。

「ひぃい」

我知らず悲鳴が漏れ、さとこは一目散に家まで駆けたのだそうだ。

家の門を開け、合鍵で解錠して家の中に入る時が一番恐ろしくて、あの鬼女が今にも自分の肩を掴みはしないかと生きた心地がしなかったらしい。

毎日帰宅が遅い両親の声を聞くまで、さとこは自室のベッドで布団をかぶって震えていたという。

次の日とその次の日は恐ろしくて仮病を使って塾をずる休みした。

3日目の夜は無理やりクラブ帰りの中2の弟を塾まで呼び出して一緒に帰ってもらった。

だがその夜はアパートにあの鬼女はいなかった。

それからさらに何日か、あのアパート前は何事もなく通過した。

―――夢だったのかな?それとも誰かのいたずら?

そんなふうに思い始めた一昨日、その廃アパートでまたあの鬼女にでくわした。

今度はその鬼女は踊り場から飛び下りてこちらへ走ってきた。

全身の血が凍りつくとはこのことなのだろう。

「いやああああ!」

さとこは泣きながら走った。

後ろを振り返る勇気はなかったが、すぐ後ろにあいつがいるかもしれないと、何度も腕で背中を払いながら走った。

無事に家へ帰りついたものの、それからさとこは塾をやめて夜は一切家から出なくなったそうだ。

そんな鬼女が本当にいるとは思えないが、万一実在するのならやっつけて欲しい。

どうかその廃アパートをパトロールしてことの真実を突き止め、また安心して塾通いができるようにしてあげて欲しい。

ということだ。

 

その話を聞いた夜、すぐにふたりはそのアパートを訪れた。

旧あじさいアパート。

昭和後期に建てられた4階建てのアパートで、今は誰も住んでいない。

1号棟と2号棟があるが、もえこの話から問題の建物は手前に建つ2号棟だろう。

夜8時。

さとこが塾を終えて帰宅する時間だ。

「入ってみよう」

エディーひとりが敷地に入り、バリケードを越えて上階への階段を上がる。

3階に来たが何もない。誰もいない。

道路から見上げるエリスに右手を振って異変がないことを伝えた。

その前の部屋301号室のドアは鍵がかかっていなかったので室内にも入ってみた。

人が住まなくなって十何年も経っているせいか、室内はカビ臭く、壊れた座卓やほこりを被った食器などが雑然と床に散らばっていた。

夜の廃墟は確かに不気味だが、特に異常は認められない。

さとこがもえこに語った内容からして階段の踊り場に誰かいたのは確かなのだろうが。。。

「やっぱり誰かのいたずらなんじゃないか?」

たちの悪い動画配信者もいると聞く。

それならそれで厳しく注意しておきたい。

だが、結局その夜の廃墟に動く者は何もなかった。

 

「さとこさんも毎夜毎夜その鬼女に出くわしたわけじゃないでしょう?あと何回か立ち寄ってみましょうよ」

ドクの言葉にヒロも頷いた。

そしてその夜、次の夜と何事もなくパトロールは終わった。

木曜日の夜、県西部と県南部に分かれてパトロールしていたエディーとエリスは徳島市内に帰るとあじさいアパートの前で合流した。

間もなく8時だ。

「今夜いなかったら一度もえこさんに結果の報告を。。。」

「シッ!」

話しているエリスをエディーが手で制した。

「誰かいるぞ。3階の踊り場だ」

小声で伝えながら身を低くする。

エリスも確認した。

3階の踊り場に立って通りを見ている。

さとこを待っているのだろうか?

いたずらに人を脅かして面白がっているヤツだと思うとエディーは腹が立ってきた。

エリスがヴォルティカUのトランクから強力ライトを持ってきた。

遠距離照射型のスグレモノだ。

対象の人物が踊り場の手すりからグイと上半身を乗り出した瞬間。

「今だ!」

パチッ。

エリスがライトを照らすと同時にエディーが走った。

車のヘッドライト並に明るい光は、眩さに視力を奪われて驚くそいつの上半身をきれいに浮かび上がらせた。

「ヨーゴス・クイーン!」

その姿を見るや、エディーが風を巻いてダッシュした。

慌てたクイーンは301号室に逃げ込んだ。

追う者と追われる者、立場が逆転した。

―――追われる恐ろしさを思い知るがいい。

クイーンが301号室に姿を消した数秒後、エディーもドアノブに手をかけた。

「む」

中から施錠されている。やむなくエディーは2歩下がると強烈なキックをドアロックのあたりに叩き込んだ。

ガン!

重く頑丈な金属のドアも一撃で壊されて勢いよく内側に開いた。

室内へ駆け込むがクイーンの姿はない。

「どこへ消えた?」

クローゼットや流し台の下を覗いたがいない。

うん?

床に落ちている埃がこすれてキレイになっている所を見つけたエディーはそこに置かれている箪笥を押した。

するとその背後の壁に大きな穴があけられており、隣室へ移れるようになっていた。

「くそ。ここから逃げられたか」

 

5分後、エディーはことの顛末をエリスに聞かせた。

状況を理解したエリスはアパートの周囲をじっと見まわした。

―――クイーンのことだから、まだこの辺に潜んでいて私たちをじっと見ているに違いないわ。

うん、と頷くとアパートに向かって大きな声をあげた。

「エディー、小型カメラを仕掛けておきましょう。ここと、そこ。あとこの敷地の周辺に10か所ね。クイーンが現れたら一斉にライトを当ててどこへ逃げてゆくか自動で追跡できるわ。今度見つけたらとっ捕まえてあの紫の毛を全部引きむしってやるんだから!」

そう言うと、エリスは何食わぬ顔でヴォルティカUに戻り「帰りましょう」とエディーに言った。

何が何だかわからぬエディーはエリスに遅れぬよう慌ててヴォルティカに跨るとエンジンをスタートさせた。

「ねぇエリス。そんな高性能なカメラ持ってるのかい?自動追跡って?」

エリスはチラリとエディーを見て「ハッタリよ」と笑った。

 

「おのれエディーめ。おのれエリスめ。わらわのささやかな夜の楽しみを邪魔しおって。たまには夜の散歩くらいしてもよいであろうに。居心地の良いボロアパートの壁に穴を開けてわらわ専用のお散歩ルートをこしらえてもよいであろうに。行きがけの駄賃でたまたま通りかかった人間めを驚かしてやってもよいであろうに」

エリスめが何やら恐ろし気なカメラをたくさん設置すると言う。捕まえたらこの美しき紫の毛を引きむしるなどと言う。

忌々しいがもうこのアパートには近づかぬ方が良さそうだ。

忌々しいかぎりだが。。。

 

File.2)木暮総合病院裏の自動販売機

「ねぇヒロ、これ見てよ」

カフェの奥の席の壁側に座るドクが、愛用のタブレットをテーブル越しにヒロに手渡した。

「うん?なになに『徳島の都市伝説』だって?なんだか気味の悪いサイトだなあ」

オカルトとかホラーが苦手なヒロは顔をしかめた。

「徳島県の都市伝説がズラリと載っているのよ。けっこうたくさんあるものね」

「うわ本当だ。こんなにたくさん怪しいスポットがあるのかい?それにしてもよくこんなに集めたね」

「ほとんどが投稿によるものみたいよ。ちょっと心霊スポットとゴッチャになっている節もあるけれど」

ヒロは「ふううん」と言いながら目次をスクロールしてゆく。

「あれ?この『午後8時の鬼女』って?」

ヒロがドクを見ると、彼女は無言で頷いた。

「そう。ヨーゴス・クイーンのことね。さとこさん以外にも怖がらされた人がいたってことだわ。気の毒に」

だが、渦戦士がお灸をすえたのでこの都市伝説は更新されることなくやがて忘れ去られることだろう。

「あ、これ、俺んちの近くだ。。。」

ヒロが「ホラこれ」と指さしながらタブレットをドクに返した。

『自販機に消えた人』というタイトルだ。

場所は『木暮総合病院の裏口近く』だそうだ。

木暮総合病院の裏口を出て左へ30mくらい歩いたところに自販機が1台設置されているのだが、時々ここの自販機前で蹲る人影を見かけるそうだ。飲物を補充している人かと思ったが、その人影が忽然と消えてしまうらしい。

この自販機が置かれている裏道は道幅が1mくらいしかなく、そもそもこんな所で飲み物を買う人なんているのだろうか?と書かれている。

道というより病院のフェンスと向かいの駐車場のフェンスにはさまれてできた長い長い空き地という表現の方がしっくりくる。

ずっと歩いてゆくとやがて商店街の横っ腹に突き当たるのだが、とにかく人がひとり歩くのが精いっぱいで歩行者同士が行き交うにも体を少し斜めにしないといけないほどだ。

その途中に自動販売機が1台置かれている。ここで飲み物を買いたいという気持ちになどならないとは思うが、そこそこ売れているのか、撤去されずにずっと置かれている。

飲物の補充で前扉を開いたらほぼ完全に道を塞いでしまう。

その開かれた扉が閉まると、まるでその機械の中に吸い込まれてしまったかのように人影も消えていた。というのだ。

どこの自販機なのか?

不可解なことにその自販機の前まで行って確かめた者がいないのだそうだ。

自販機に近づくにつれて何やら気分が悪くなり引き返したり、自販機の手前ですごく大柄な男の人が向こうからやって来て交差しにくそうだったので諦めて引き返したりしたそうだ。

中には相撲取りがやって来た、とか野球のユニフォームを着た一団がランニングして来たとか、さまざまな理由で自販機までたどり着けず引き返しているのだ。

「変なの」

先のあじさいアパートの件とは異なり、誰かに実害が出ているわけではないから深刻には思えないが、木暮総合病院の前はヒロもよく通る道なのですごく気になる話であった。

 

「というわけで来ちゃいました」

ヒロとドクは病院の裏口からくだんの細い裏道へ出た。

商店街の方へ向かって歩く。

並んで歩けないため、ヒロの後ろをドクがついてゆく。

「本当に狭い道だね。病院の裏にこんな道があることすら知らなかったよ」

「通る人なんているのかしら?見渡す限り誰もいないけど」

「そもそもこんな道に自販機なんて。。。あるよ!?」

ヒロが指さす先に白い自販機が置かれている。

右側面しか見えていないが、何も書かれてはいない。

「それにしてもこんな細い道で誰かに出くわしたら交差するのは確かに難しいね」

「イノシシが突進してきたりして。どうする?よけられないわよ」

「来るわけないでしょ、そんなもの。ハハハ」

振り返って笑うヒロの眼前で、ドクの顔色がみるみる失せてゆく。

「ヒ、ヒ、ヒロ。あれあれあれ」

指さす背後を振り返ったヒロが見たものは、この細い道をまっすぐこちらへ走って来る丸々太ったイノシシだ!

スタンプのような鼻の左右には見事なキバが伸びている。

「うそだろ!?やべぇ。逃げろドク!」

「駄目よ、追いつかれちゃう!」

「フェンスだ。フェンスに登れ。急げ!」

ガシャンガシャン。

ふたりそろって駐車場側の金網フェンスに足をかけて死に物狂いで体を持ち上げる。

ブフィイ!

間一髪、イノシシはふたりがいた所を猛スピードで駆け抜けた。

「ふぅ」

やれやれ、フェンスのてっぺんに跨ってヒロとドクは緊張を解いた。

だが。

「いけない!」

この道の反対側は病院前の大通りにつながっている。

ふたりはフェンスから飛び下りるとイノシシの後を追った。

「まずいぞ。大通りは大騒ぎだ」

「けが人が出ていないといいのだけど」

息を切らせて大通りに飛び出したが、そこにはなにごともないいつもの風景が広がっているだけだった。

視線をめぐらせてイノシシの行方を探るが、どこにも気配がない。

あんな大きな野生動物が現れればパニックが起こるはずなのに。

「どういうことだ?俺たち、幻覚でも見せられたのかな」

ヒロのつぶやきに、ドクがはっと顔を上げた。

 

「幻覚だった?あのイノシシが?」

カフェに戻ったヒロはドクの説明に目を丸くした。

「そう、幻覚。だって考えてみてよ。私が『イノシシが出る』って言った途端に出るなんて変すぎるでしょ。例のサイトではお相撲さんや野球部のランニングの一団とか、あの細い道にそぐわない人たちがバラエティ豊かに報告されているわ」

「それはつまり、その時歩いていた人が想像したモノが現れたってことかい?」

「そうよ。お相撲さんを見た人は、その時『こんな細い道でお相撲さんにでも出くわしたらどうしよう?』とか考えたのよ、きっと」

なるほど。そう考えるといろいろ辻褄が合う。

「確かヨーゴス軍団が過去に使用した毒ガス系薬物の中にも幻覚を見せるものがあったはずよね。」

ヒロは頷いた。

この都市伝説の裏側が見えてきたような気がする。

「だけどあのサイトに紹介されていたのはそういうことじゃなくて、自販機の前で人が消えるってことだよね」

ドクも無言で頷いた。

自販機で消える人間と、周囲に起こる奇妙な幻覚作用。

今回もヨーゴス軍団の影が見え隠れし始めたではないか。

謎の都市伝説に挑まねばならぬ。次は渦のスーツを着て。

 

「さて、今度は何に来て欲しい?」

病院の裏道に立ってエディーはエリスに尋ねた。

「トリケラトプス」

「いいねぇ」

不敵に笑うとふたりの渦戦士はあの細い道を再び自販機めがけて歩き始めた。

この姿で来る以上、ヨーゴス軍団の仕掛けから逃げたりはしない。

徹底的になぞを暴いてみせる。そのためにはやはり人の少ない深夜がいい。

「おいでなすったぜ」

真正面から道の幅ぴったりのサイズのトリケラトプスが走って来る。

鼻先の太いツノを前に突き出して鼻息も荒く走って来た。

幻覚だと確信していても後ずさりしたくなる迫力だが、グッとこらえる。

トリケラトプスはふたりの体を素通りすると、その背後でCG画像のように消滅した。

「消えた。。。」

ふぅ。思わずエディーとエリスは顔を見合わせた。

「さぁ、外堀は渡ったぜ。これからいよいよ本丸だ」

ふたりは問題の自動販売機の前に立った。

飲物のサンプルはよくある炭酸飲料やコーヒー飲料の缶が並んでいる。

エディーが前扉に手をかけてみると「ガチャッ」と開いた。

そのまま全開にしてみると、その中には通常の自販機の機械は無く、何かのボンベが逆さまに置かれていてそこから伸びた蛇腹のゴムチューブが廃熱口に伸びている。

「このボンベに幻覚を引き起こすガスが詰められているのね。ホラ、このセンサーで人が近づくのを感知したら廃熱口から自動的にガスが流される仕組みなのよ。まったく悪知恵だけは感心するほど働くヤツだわ」

「そして問題の核心はこれじゃないかな?」

エディーは自販機の底部にある黒いマンホールの蓋のようなものを指した。

窪みに指をかけて持ち上げるとその奥には垂直に穴が穿たれていて地下に入れるようになっていた。

「これはもしかしたら。。。」

「ヨーゴス軍団のアジトかもね」

だとしたら是非見学させてもらいたい。

用心しながら下に降りてみると、そこはアパートの1DKほどの空間が広がっていた。

誰もいない。

崩落を防ぐために工事用のつっかえ棒が数本立てられている。

壁際には薬品棚が置かれており、中には謎の液体が入ったガラス瓶がぎっしりと並べられている。

棚の上には石の乳鉢と乳棒が置かれていて、こびりついた黄色い薬品のカスから異臭がただよってくる。

「幻覚ガスを作るのに使うのかな?」

「さあね。ただいくつかの薬品を混ぜ合わせるだけではあんな超常的は代物はこしらえられないと思うの。きっとタレナガースだけが知っているこの世の物ならぬおぞましい技術が加わっているのよ」

ふたりはその空間をじっくりと観察したが、アジトというにはあまりにもシンプルである。

「どちらかと言えば緊急のセーフハウスみたいな感じだね」

「それももっぱら戦闘員クラスの下っ端が使っているような、ね」

つまり、町中で悪さをした戦闘員どもが駆けつけたエディーや警官隊から一時的に身を隠すための避難場所として掘られたのがこの穴だ。

その存在を隠すために周囲に幻覚を見せるガスをまき、人間を自販機にまで来させないようにしていたというわけだ。

その後エディーとエリスは置かれていた薬品を棚ごと回収して警察に引き渡し、幻覚ガスのボンベや自販機もすべて撤去した。

 

「何もあんな自販機を置かなくても、もっと目立たないものでよかったんじゃないか?」

警察のトラックに横倒しに積まれて搬送される自販機を見送りながらエディーがポツリと呟いた。

「それだと戦闘員自身も入り口がわからなくなっちゃうからよ。タレナガースも苦労するわね」

エリスの言葉にエディーは「はぁ」とため息をついた。

―――そんなレベルの低い奴らを相手に頑張っているのか、俺たちは。。。

「まぁまぁ」

エリスになだめられながらマシン・ヴォルティカのエンジンをかけた。

地下隠れ家はやがてきれいに埋められるだろう。だが、あの規模のセーフハウスは県下にまだたくさんありそうだ。

それでもそのすべてを潰さねばならない。

「怪しげな都市伝説のサイトと見下していたけれど、おかげでヨーゴス軍団にたどり着いたね」

「本当よ。これからは新聞だけじゃなくてちょこちょここういうサイトにも目を通した方がいいみたいね」

都市伝説の中にこそ有益なヒントが隠されているかもしれない。

 

File.3)霜坂踏切 朝6時20分

この季節の朝6時はまだ暗い。日の出は7時前だろう。

だが次第に空が明るさを増し、天のキャンバスに雲が浮き上がってきた。

各駅停車の始発がやって来る。

高速で通り過ぎる列車の向こうにひとりの老人が立ってこちらをじっと見ている。

最後の車両が通り過ぎるとその老人の姿は忽然と消えている。

そしてその老人を見た者はその日必ず災難に遭うという。

「徳島の都市伝説」にラインナップされている<踏切の老人>である。

 

今日は明るくなってきた空に雲ひとつない。

「いい天気になりそうだわ」

白い息を吐きながらドクは腕時計を見た。

遮断機のポールに「霜坂踏切」と書かれたステッカーが貼られている。

「そろそろね」

カンカンカンカンカン。

踏切の警報が鳴り、何秒か遅れて遮断機が下りた。

上りの始発がやって来る。

ガコンガコンガコンガコン。

踏切に差し掛かる。

ふと気配を感じてドクは隣を見た。

いつの間にか白髪の老人が立っている。

頬からあごにかけての無精ひげも白い。

老人は眉間にしわを寄せて遠くをじっと睨んでいる。

だが各駅停車が通り過ぎる前に老人は踵を返して踏切脇の家へ向かった。

そこが老人の家なのだろう。

「あの、すみません」

ドクは思い切って老人の背に声をかけた。

引き戸を開けて家に入りかけた老人は振り返ってドクを見た。

 

「はっはっはっはっは」

老人は豪快に笑った。

「わしがそんな風にインターネットで紹介されとるんか。おもろいなぁ」

ドクはあの後、老人にこの踏切で何をしているのかと尋ねた。

さらに不審がる老人にあの都市伝説サイトを見せてわけを正直に説明したのだ。

老人は昔漁師だったそうだ。

朝起きて雨戸をあけた時の風の臭いで雨の気配を感じ取ることができるらしい。

それでも空が晴れていたら、一度外に出て空のようすを観察するのだそうだ。

「でもなんでそんなことするのですか?どこかにお出かけするんですか?」

ドクが問うと、老人のスマホが鳴った。

老人が笑顔で操作すると画面に小学生くらいの可愛らしい女の子が現れた。

「じぃじ、今日のお天気は?」

「おう、学校の帰りは雨がふるでよ。傘持っときなよ」

老人がそう言うと、女の子は「アリガトッ!」と言って通信を切った。

「毎朝ああやってわしに天気を聞いてくれるんじゃ。元漁師のわしの天気予報はテレビよりよう当たるっちゅうてな」

細い目が一層細くなる。

「あんたも傘持っとりなよ」

 

ドクは窓の外の雨音を聞きながら都市伝説サイトを閲覧していた。

会員登録をして、情報をより詳しく読み込んでみる。

災難に遭った人たちは皆、帰りに雨に降られてずぶ濡れになったのだそうだ。

 

File.4)ワニガメマークの引越しセンター

いつものカフェの奥のテーブル。

常連であるヒロとドクの定位置だ。

ヒロがあんバタートーストをかじっている間に、ドクはタブレットで例の「徳島の都市伝説」サイトを閲覧していた。

ラインナップの中で、目撃件数は非常に少ないがドクの目を引いた都市伝説があった。

<ワニガメマークの引越センター>というタイトルだ。

ひと言で言えば、引越センターのトラックが人を引きずって走っていたというものだ。

交通事故なら新聞やテレビで報道されるだろうが、該当するものは見当たらない。

しかも引きずられる人はなにやらピンピンしており、容姿が普通ではないのだそうだ。

見ると投稿のうちのひとつに画像が添付されている。

リンクを開いてみると、確かに「ワニガメマークの引越センター」と書かれてトラックが誰かを引きずっている。

「まじ。。。?」

ドクは画像を拡大し、ノイズを除去して可能な限り高画質化してみた。

「戦闘員!?」

思わず声が出た。

それは黒いヘルメットに顔にはゴーグルとガスマスク。首から下は緑の迷彩服に編み上げのアーミーブーツという、お馴染みのいでたちのヨーゴス軍団戦闘員であった。

ヒロが腰を浮かせてタブレットを覗き込む。

「あ、こいつ。。。あの時の」

ヒロには思い当たる節があった。

2ヶ月ほど前、とあるビルの屋上からヨーゴス軍団の戦闘員が何かの廃液をまき散らそうとしていたのをエディーが阻止したことがあった。

廃液の入った一斗缶を奪い取ろうとしたのだが、戦闘員がどうしても手放さぬためエディーがキックをお見舞いした。

後方へ飛ばされて勢い余った戦闘員の体が屋上の手すりを越えて、たまたま真下に停車していたトラックの荷台の上にドスンと落ちた。

その直後、何も知らない運転手が戻り、戦闘員を屋根に乗せたままトラックを発進させたのだ。

戦闘員は屋根の上でこちらに向かってアッカンベーをしていたが、トラックが角を曲がった時大きくバランスを崩した。

角を曲がったあと、その戦闘員がどうなったかはわからずじまいだが、あのようすだと恐らくトラックから落ちたにちがいあるまい。

それでもエディーから逃げたい一心で、よせばいいのにバンパーにしがみついて走るトラックに引きずられていったのだろう。

そういえばあのトラック、確かにワニガメマークの日越しセンターの車だった。

「しようがないヤツだなぁ。こんなに目撃されて、写真まで撮られて。タレナガースに知れたらこっぴどく怒られるぜ」

ヒロは再び椅子にお尻を落とすと、あんバタートーストをかじりだした。

やれやれ。

ドクはパタンとタブレットをテーブルに置くと背後の壁に後頭部をくっつけて目を閉じた。

「疲れるわ。。。」

それにしてもこのサイト、益々侮れないと思うドクであった。

 

File.5)深見川のネッシーほか

松ヶ枝橋のたもと。

エディーとエリスはヴォルティカを並べて停め、深見川の流れを眺めていた。

県南部を流れる全長約6キロの二級河川である。

ここにしばしば大きな水棲生物が現れるというのだ。

その姿を見た者はいない。橋の上から見下ろした時、水面近くを2メートルほどの大きな影が泳いでいるのを偶然見かけたらしい。

謎の水棲生物というところから深見川のネッシーとも呼ばれている。

「流木か何かじゃないか?」

腕組みしたエディーが呟いた。

深見川に架けられた橋は4つ。

もっとも下流にある松ヶ枝橋からの目撃件数が最も多くて4件だ。

「まぁ、ただ水の中を漂っているだけなら大した問題にもならないでしょうけどね」

エリスは目の上に手をかざしてキラキラ光る水面を透かして見ている。

「先にこっちを調べてみましょうか」

エリスがタブレットをエディーに見せた。

<寺の境内で宴会する落ち武者の亡霊たち>

タイトルを見ただけでちょっとやる気が失せそうになる。

「それ、夜中でしょ?真昼間から行っても何にもないんじゃないかなあ?」

「そんなに遠くないし。まぁ一応、見るだけ見ときましょ」

「はいはい」

2台のヴォルティカは松ヶ枝橋を渡って通りの向こうへ消えた。

その橋の下をどす黒い何かがゆらゆらと河口へ向けて泳ぎ去った。

 

「どうもお騒がせしました」

エディーとエリスは応対してくれた寺の副住職に会釈して寺務所を辞した。

まだ20代だろうか。住職の次男だという副住職は「いえいえ、こちらこそお騒がせして。。。」と頭を撫でた。

「それにしても見事な肩透かしだったなぁ」

境内を歩きながらエディーがぼそりと言った。

寺の墓地で落ち武者の亡霊が騒いでいるという投稿は、そのまんま落ち武者に扮した動画投稿グループの夜の配信イベントだった。

先ほどの副住職が配信グループのひとりと友人という縁で頼み込まれ、断りきれずに場所を貸し出したらしいが、墓地はさすがにまずいだろうということで、寺の境内のすみっこを使わせていたのだそうだ。

フォロワーを増やすために何か奇抜なことをやろうと落ち武者姿で配信した所思わぬ高評価を得られたということで、すでに数回、毎週木曜日の夜に生配信をしていたらしい。

事情を知らぬ通行人が薄明りの中でクネクネとうごめく落ち武者を見てびっくりしたらしい。

「でもまぁ全部こんなものなら言うことはないじゃない」

その時、警察からの緊急連絡が入った。

「深見川から怪物が現れました」

 

ヴォルティカを高速で走らせながらエディーはほぞをかんだ。

「くそ!アタリはこっちだったか」

もう少し粘り強く川の周辺を調べてみればよかった。

緊急連絡から数分。

エディーとエリスは松ヶ枝橋のたもとへ戻った。

「あいつか!?」

モンスターは橋の上にいた。

通りかかった車を襲撃している。

「やめろモンスター、そこまでだ!」

エディーは全力で橋の中央付近まで駆けると大きくジャンプし、頓挫している車を飛び越えてモンスターにキックをお見舞いした。

ぐえ!

キックの不意討ちを食らったモンスターは後方へ飛んで停車している軽トラックに激しく体を打ちつけた。

しかしゆっくりと体勢を立て直すとあらためてエディーと正対した。

エディーがモンスターをけん制している隙に、車の中で怯えている人たちをエリスが励ましながら避難させる。

「エディー、橋の上には私たち以外いないわよ」

「オッケー。それにしてもこいつ。。。」

エディーとエリスは眼前のモンスターを見て同時に声を上げた。

「タコじゃん!」

ひと言で言えば、首から上にデカいタコを乗せた人型モンスターだ。

肩の上では8本の太い足がウネウネと蠢いている。

その下の体はエビのようないくつもの体節を有しており、堅固な鎧状の甲殻類を思わせる。

ボディーはクラシックな映画に出てくる半魚人のようだ。

頭が魚で体が人間のダゴンという伝説のモンスターがいるが、こいつは頭がタコで体が人間だ。

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

エディーとエリスがうんざりした顔で声の方を見た。

「お約束だもんね」

「だよな」

「これこれ、何じゃそのやる気のない反応は!」

タレナガースだ。

青白いシャレコウベの顔は怒りと恨みにねじくれていびつなことこの上ない。額からニュッと伸びた一対の太いツノが魔界の存在であることを示している。

身体の前面には不気味なドクロの胸当て。ケモノの毛皮で作った縞模様のマントを川風にひるがえしている。

エディーたちがヴォルティカを停めた反対側の欄干の上を、牛若丸よろしくゆっくりと橋の中央へ歩いてくる。

「やっぱり都市伝説の背後にはヨーゴス軍団がいたのか。相変わらず迷惑千万なやつだ」

「このタヌキ親父。なんで川にタコなのよ。海でしょ!馬鹿じゃないの」

エリスが指をさして罵る。

「これ、人を指さすでない無礼者め。淡水でも活動可能なところがこやつの凄いところなのじゃ」

「いいから、さっさと紹介して消えろ。なんて名だ?タコチューか?」

胸を反らせていたタレナガースがエディーの言葉に「げっ」と驚くと、「フンっ!」と怒ったように踵を返すとそのまま姿を消してしまった。

「あれ?なんかふてくされて帰っちゃったぜ」

「もしかして図星を突いちゃった?名前。。。」

「おまえ、タコチューっていうのか?」

タッコチュウウウウウウン!

モンスターは天に向かって吠えた。

声がどこから出ているかわからぬが。

足が2本ビュウンと伸びて吸盤が手近に停まっている車の屋根を捉えると、そのままブゥンとエディーに投げつけた。

「うわっ」

ドシャアアン!

間一髪でよけたものの、車は橋の欄干に激突して大破した。

「なんか見た目以上にパワーがあるみたい。要注意よエディー」

「やめないか、このタコ野郎!」

エディーが素早く至近距離に飛び込んで拳を側頭部に叩き込む。

ぼよよん!

なんだか水枕をぶっ叩いたような感触だ。タコチューの頭部がボブルヘッドのようにブルンブルン左右に揺れている。

「うえ、気持ち悪い」

エリスが吐きそうなポーズをしている。

「なら、ボディーはどうだ」

間髪入れずエディーの左パンチがタコチューの右わき腹を捉えた。

ガギン!

わずかに体を折り曲げたものの、タコチューの甲殻類のボディーは堅固だ。

「くそ、ブヨブヨのアタマにカッチカチの体か。うっとうしい!」

その時、タコチューの口(らしきところ)からブシュッ!と黒い液体が噴き出された。

「うわっ」

エディーのゴーグルアイに付着して視界を奪われた。

「エディー、そいつタコだから墨とか吐くかもしれないわよ、気をつけて!」

離れて後方から戦況を見ているエリスはこの状況がわかっていないようだ。

「間違いなく吐きますね。。。」

エディーが手でゴーグルアイをぬぐっている時、今度はタコチューの頭部がグルグルと回転し始めた。

ギューン。

ポカポカポカポカポカ。

「いてててて」

回転によって振り回される8本の足がエディーの顔面を高速で殴る。

しかも足の先端が丸く膨らんでいて拳のようになっている。

墨で視界を奪っておいてこの攻撃か。

「うわぁ、これがホントのタコ殴りじゃん」

「エリスさん、うまいこと言ってる場合じゃありませんから。。。」

エディーは後方へ飛びずさって頬っぺたをさすった。

マスクを通しても衝撃が伝わってきて頬っぺたがヒリヒリする。

「何気に嫌な攻撃だな」

タコチューは回転を止めた足を背後にギュンと伸ばして、今度は大型トラックに吸盤をくっつけた。

投げつけられて爆発炎上でもしたら一大事だ。

「おい、それはヤバいだろ」

エディーは咄嗟にジャンプして空中から頭頂部にかかとを落とした。

ぼよおおん!

先刻と同じく頭部が大きくへこんで今度は上下に頭が振れた。

チュ?

ビュウン。

ドシャッ!

重量のあるトラックを今まさにぶん投げようと足を踏ん張っていたタコチューは、かかと落としの反動で体が浮き上がり、伸ばしていた足の張力に逆に引っ張られてトラックに猛スピードで体当たりしてしまった。

ぐえ。

堅固なボディを誇るタコチューも今の衝撃は効いたようだ。

すかさずエディーが間合いに入る。

―――狙うはボディ。

身体を低くして橋の上を滑るように走って蹴る。

下から放つスライディング・キックだ。

タコッ。

だが、エディーのキックがタコチューのボディに届く直前、真上から8本の足がエディーの全身を路面に圧しつけた。

「凄い力だ。動けない。。。」

自由な両腕を使って足を引きはがそうとするがびくともしない。

タコオオオンチュッ!

タコチューは雄たけびを上げると、エディーを押えつけた足を軸にして大きく真上にジャンプした。

「な、なにを?」

そのまま数メートルの高さから落下すると、硬い両ひざをエディーのボディーに叩きつけた。

ズゥン!

「ぐはっ!」

効いた!

思わず体を丸めようと足が持ち上がるが、首から腰にかけてガッチリと固められていてそれさえもままならない。

痛みと衝撃で息ができない。

タコオオオオンチュッ!

タコチューが再びジャンプした。今度はさっきよりも高い。

「もう一発これを食らえばやられる。。。タコにだけは負けたくない」

ビュウウン!

足の張力ではずみをつけたタコチューの膝が猛スピードで落下する。

「エディー!」

ザシュッ!

エリスの悲鳴と何かが体を貫く鈍い音が重なった。

きれいに両ひざを揃えてエディーの真上にかぶさるように落下したタコチューの背中から何かが飛び出していた。

しゅううううう。

背中から煙があがっている。

青く光る三角形の物体は、エディー・ソードの切っ先であった。

タコチューの両ひざはエディー・コアの数センチ手前で停止していた。

両腕が自由に動かせたエディーはエディー・ソードを錬成させて、タコチューの鎧状に重なる甲殻の下からソードを刺しこむように突き上げたのだ。

渦のエナジーで形成された光の剣はモンスターの体を見事に貫いていた。

「お前は絶対に俺を下に潜らせちゃいけなかったんだよ」

タコオンンン。。。プヒュ。

全身から力が抜け落ちたタコチューはドシャっとエディーに覆いかぶさるように倒れこんだ。

その後、エディーは駆けつけた警官隊にも手伝ってもらって体中にへばりついたモンスターの吸盤をすべてはがし、自由の身になるのに30分以上かかった。

「ひどい目に遭ったよ」

「本当ね。ニードロップを食らったところは大丈夫?」

「まだ痛い。明日病院で診てもらうよ」

いてて、と言いながらエディーとエリスはヴォルティカに跨り、深見川を後にした。

 

File.6)旧奥ノ谷小学校校舎

いつものカフェ。

朝刊の隅々まで手分けして読み終えたヒロとドクは、今日のパトロールルートについて話し合っていた。

「ところでヒロ」

「ん?」

「さとこさんからお礼のメールが来たのよ」

旧あじさいアパートに出没していたヨーゴス・クイーンはしっかり脅しを効かせてある。それ以降、不審なことは起こっていないはずだ。

「へえ。嬉しいね」

ヒロはロードマップを睨みながら応えた。

「うん。そうなんだけどね」

ドクの浮かない口調にヒロは顔を上げて「どうしたの?」と尋ねた。

「お礼なら勇気を出して私たちにあなたのことを報せてくれたもえこさんに言ってあげてって返したの」

「そうだね。今回の一連の都市伝説騒ぎはすべてもえこさんの依頼から始まったから、さとこさんだけじゃなくて俺たちもお礼を言わなくちゃいけないね」

「うん。そうなんだけどね」

「何だよドク、煮え切らないな。君らしくないぜ」

「さとこさん、もえこさんなんて知らないって言うのよ。。。中学時代の友達にそういう名前の人は全然心当たりがないってさ」

ヒロもドクと同じような表情になった。

「忘れちゃったのかな?いや、身の心配をしてくれるほど親しい友人を2年や3年で忘れるわけなんてないよな」

「考えられるのはもえこさんの方で偽名を使ったか。。。?」

「うん。でもなんでだろう?」

「いやそれじゃあ、そもそももえこさんはどうしてさとこさんの問題を知ることができたんだろう?」

「かなり詳しく知っていたものね」

「確かにわけがわからないなあ。何か俺たちにはうかがい知れないような事情があるんだろうけど。。。」

釈然としないまま、ふたりはエディーとエリスに変身してパトロールに出発した。

 

県西部の山間の村。

サイトで取り上げられているめぼしい都市伝説はここが最後だ。

<宇宙と交信している小学校>

「なんだかスケールがデカいな」

廃校になって久しい山間の小学校で、夜になると時々校舎から天空に向かって青い光が一直線に伸びているという。

何者かが宇宙と交信しているんじゃないかと噂されていた。

 

山間部は日没が早い。

夕方5時半をまわるともう辺りは暗くなってきた。

本来学校への1本道だった町道は廃校後あまり手入れされていないようで草が生え放題だ。

ヴォルティカを徐行させながら進む。

「見えたぜ、奥ノ谷小学校だ」

前を行くエディーが指さした。

役場には今夜だけ特別にという許可をもらってある。

ふたりは錆びて蔓が巻きついている門扉を越えて敷地に入った。

昭和中期に建てられた木造3階建ての校舎と隣接する体育館は当時としては立派なものだっただろう。

しかし今は夜目にも朽ちて倒れそうだ。

渦の戦士でなければ、役場も絶対に立ち入りを許しはしなかっただろう。

もしここで何かが行われているとしたら明らかに不法侵入だ。

行程の真ん中に立って五感を研ぎ澄ましてみる。

何も聞こえない。動くものもない。

「帰ろうか?」

エリスのかけた言葉に、エディーは反応しなかった。

ただ、そこに立ったまま動こうとしない。

「どうしたの?何か。。。」

「いる」

「えっ?」

エディーの言葉に驚いてエリスは周囲を見回した。

エリスにはわからなかったが、今までも見えないモンスターと戦って勝利してきたエディーには何かわかるのかもしれない。

「いるぜ。3階。。。真ん中あたり」

エディーはゆっくりと指さした。

そして無言で歩き出した。

「ちょっ、待ってよエディー」

「来ない方がいいかもしれないぜ。なんならヴォルティカで待っててくれていい」

エディーがエリスに来るなと言うことなんて滅多にない。

だがこの時エディーはただならぬ気配を感じていた。

どう表現してよいかわからない。

不可解だ。

理解を越えた存在に対する不安がエディーを包んでいる。

「だからってひとりでこんな所に置いていかないでよ」

エリスもエディーがただならぬようすなのは感じ取っていた。

進むは怖い。留まるも怖い。

だったら相棒と一緒に進んだほうがましではないか。

ふたりは足首を隠すほど伸びた雑草の中を進み、校舎の正面入り口の引き戸に手をかけた。

ギ。。。ギイイ。

建物全体が傾いているためか、引き戸が開かない。

エディーは窓が壊れている1階の教室から校内に侵入した。

ふとエディーが上を見た。なにかに感応したようだ。

「どうやら向こうもこっちのことがわかっているみたいだ。ここからは堂々と行こうぜ」

そう言うとエディーはガタガタと大きな音を立てて教室の引き戸を力任せに開けると階段へ向かった。

ガタ、ガタガタ、ガタガタガタ。

建てつけの悪い戸を無理やり引いて教室に入ろうとしたエディーとエリスは教室の中を見て固まった。

「いらっしゃい。ヒーローとヒロインのお出ましね」

制服姿の女子高生がひとり、背に登山でもするような大きなリュックを担いで教室の真ん中に立っている。

教室には青い光が満ち溢れている。

渦のエナジーが放つ光よりももっと濃密で濃い青だ。

エディーたちは思い切って教室中へ足を踏み入れた。

「あ、あなた。。。もえこさん?」

エディーの背後から様子をうかがっていたエリスが驚いて声を上げた。

「お久しぶり、エリスさん。先日は私のお願いをきいてくれて有難う」

そう、青い光の中でほほ笑むその女子高生は、以前モンスターを倒して引き上げようとしていたエリスを呼び止めて、友人のさとこを助けてくれと依頼したもえこだ。

あの1件に関わったことで、ふたりは「徳島の都市伝説」というサイトの存在を知り、その投稿を調べることによってヨーゴス軍団の暗躍を阻止することができた。

「いえ、それはこちらこそだけど、さとこさんはあなたのことを知らないって。。。」

その言葉にもえこは少し寂しそうな表情を浮かべた。

「記憶を操作したから」

「記憶を。。。操作した?」

穏やかではなくなってきた。

「そもそも君はここでいったい何をしているのかな?」

エディーが尋ねた。

「交信しています。私のふるさとの星と」

「ふるさとの星!?」

「じゃああなたは、その。。。宇宙人?」

ふたりは声が裏返っている。

「面と向かって自分のことをそう言われるとちょっと戸惑いますけど、まぁそういうことです」

投稿者は冗談半分だったかもしれないが、この都市伝説は正鵠を射抜いていたのだ。

もえこは少し移動して教室の中央の床に置かれているモノをふたりに見せた。

「これは!?」

軽自動車のタイヤくらいの丸い機械が置かれていて、青い光はその中心部から滔滔と流れ出ている。すごい光量だ。かけ流しの温泉のお湯のようだ。

いくつもの小さな部品がタイヤ状の機械の周囲に取りつけられていてそれぞれがせわしなく明滅したりカチカチと動いたりしている。

「一種の通信デバイスです。皆さんが使っているような音声やデータを送るんじゃなくて、何と言うか『思念』を送信するんです」

「思念を。。。そんなことができるの?」

エリスがそろそろと機械に近寄った。科学者としての好奇心がムクムクと沸き上がっている。

「あんまり見ないでください。これは私の自作なのでいろいろ恥ずかしいです」

もえこはもじもじしているが、そもそも自分たちのかなり先を行く科学の結晶を前にして、いろいろ恥ずかしいと言われてもどう反応してよいかわかならい。

「で、あなたのふるさとの星ってどこなの?」

エリスの問いにもえこが天井を指さした。

「こことは違う太陽系です。星の名前を皆さんの言語でどう言えばよいかわかりません」

「イキナリ話がすごいことになってしまったな。。。君はどこからどう見たって普通の女子高生だし、話の内容とギャップがすごくて混乱しているよ。」

「この姿についても皆さんの視覚を操作してそう見せているからです。今『普通の女子高生』って言いましたよね。それです。あまり印象に残らない、特徴の少ない、例えて言うなら警察のモンタージュが作りにくい、そういう姿かたちを選んでいます。本当の姿を見せたらあなたのソードで斬りかかられちゃうかも」

カラカラともえこは笑った。

「で、そんな所から地球にやって来た目的は?」

「皆さんにわかり易く言えば『合宿』みたいなものです。他の天体のコミュニティに溶け込んで生活をする。価値観の多様性を宇宙規模で体感することはこれからの私たちにとってとても有益です。地球は人気の目的地で今までにもたくさんの同胞が訪れて勉強しました。今だって他の国に20人くらい来ています。そしてたぶん、これからもお世話になると思います」

「その中でさとこさんと知り合ったのね。彼女は覚えていないみたいだけど」

「私はこの星に4年滞在しました。中学の時に彼女と同じクラスになりました。あらゆる特徴を消していたため、いちいち記憶を操作しなくてもクラスが変わればみんな私のことを忘れてしまいます。だけどクラスが分かれた後でもさとこだけは私を覚えていました。偶然町で出会った時に声をかけてきて。。。驚きました。それから何度か一緒に買い物をしたり喫茶店に行ったりして。。。楽しかったなぁ。行動マニュアルには反することだけど、彼女の存在は私の地球での滞在をとても素敵なものにしてくれました。だから、記憶を操作して私との思い出を他の人との思い出に書き換えた時はちょっと泣いてしまいました」

「だからさとこさんがあのアパートで怖い思いをしているのを知ってなんとかしてあげたかったのね」

もえこは頷いた。

「でも、私がエリスさんにお願いした件がネットにも載っていて、めぐりめぐって自分自身の正体を暴かれることになるなんて。不思議ですね」

「ご縁ね。さとこさんのことも、私たちとのことも」

エリスの言葉にもえこの表情が明るくなった。

「このデバイスは物質も転送することができるんですよ。これ全部、地球のお土産なんです」

もえこは背中のリュックを指さした。

「これを持って、ちょうど地球とサヨナラするところなんです。お名残り惜しいけれど、最後の最後に素敵な言葉を教えていただきました。『ご縁』、胸に刻んで帰ります」

パパッ!

教室の中に漂うように広がっていた青い光が突然弾けたように煌めいて、エディーとエリスは思わず目を閉じて顔をそむけた。

 

「きれいな星空ね」

今は廃校となった小学校の校庭に立って、エディーとエリスは夜空を見上げていた。

「ああ。この辺まで来ると地上に明かりがないせいか、町中よりも夜空がくっきり見えるよ」

県西部にもパトロールでよく来るが、こうした山間部まではなかなか足を運ぶ機会がなかった。だがそういう場所にこそヨーゴス軍団は現れるものだ。

「とりあえずこの辺にも異常はないみたいでよかったわ」

「ああ、今日も1日何事もなく終われそうだね。じゃあ帰ろうか」

ふたりは閉ざされた校門のむこうに停めてあるヴォルティカに向かって歩き出した。

エリスがふと足を止めて校舎を振り返った。

「ん、どうかしたかい?」

エディーが尋ねるが、エリスは「ううん」と首を振ってまた歩き出した。

―――ご縁。

なぜかこの言葉がふと脳裏に浮かんだのだが、理由はわからなかった。

(完)