渦戦士エディー

フルタンク・ビザーンを倒せ!

 

(一)忘れられていたモンスター

おおおおおおむ

おおおおおおおおむん

千年のカルスよ

万年のシャルディネスよ

我がスペリオにて目覚めよ

我の求めに応じよ

地の底アディス・プロフォンドゥムより湧き上がりしエネルゴンをこれなるスペシメールに与えよ

おおおおおおおむ

おおおおおおおおおむん

見えざるパゴヴノスをもて

見えざるズプラーをもて

しこうしてブラドールの果実を食らわん

セレーヌ・アクソメネーよ

天より下りて我に助力せよ

ラーヴァよ

地より登りて我に献身せよ

我らアスヒモスの眷属なり

集えミアズマよ

集いて灼熱のカタストロフィを呼ばん

 

はぁはぁはぁ。。。

苦しい。

誰か。。。誰か助けておくれ。

もうこれ以上は持たぬ。

ずっと、ずっと。

あの呪文で私の力を奪い続ける。

もうやめておくれ。

堪忍しておくれ。。。

ああ。ああ。

もう

枯れてしまう。。。

 

ドガガーーーーン!

「しぇえええええ!」

「うきゃーーーー!」

「な、なにごとじゃ!?」

里山の山腹が突如大音響とともに破裂し、土煙を盛大に噴き上げた。

その爆心地あたりからいくつかの人影が悲鳴を上げながら飛び出してきた。

皆、頭から土をかぶっている。

「なんじゃ!?何が起こったというのじゃ!?」

紫の体毛を揺らしながら飛び出してきたのは毒バチの化身ヨーゴス・クイーンだ。

普段はキツく吊り上がった細く鋭い目が驚きに大きく見開かれている。

「ものすごい爆発であったのお」

ヨーゴス・クイーンから少し遅れて陽光の下に現れたのは銀色の頭髪の巨漢である。

だがこちらもただの人間ではなかろう。

顔は肉も皮膚もない青白いシャレコウベ。眼球の無い眼窩はいびつに吊り上がって怒りに赤く燃えている。

額からはいびつにねじくれた一対のツノが伸びている。

炎も寄せつけぬケモノのマントが降り注ぐ土砂を払い飛ばしている。

ここにいる連中、ひと癖もふた癖もありそうな者どもを束ねる首領。

その名をタレナガースという。

徳島県民の悪夢の原因は大概この魔物が関わっているとさえ言われている厄介このうえない魔物である。

他の数人は皆ドクロマークのヘルメットにガスマスク、迷彩色のコンバットスーツに編み上げのアーミーブーツという共通のいでたちである。

先の二人に比べるとひと目で格下だとわかる。

戦闘員兼雑用係だ。

こやつら、ヨーゴス軍団。

徳島に仇為す魔物たちの秘密結社である。

それにしても今の爆発は一体。。。?

タレナガースは爆発した山の斜面を見上げた。

「あのあたりは。。。まさか?」

そう呟くと急な斜面をまるで重力を無視するかのような軽い足取りでスイスイ登ってゆく。

ヨーゴス・クイーンもその後に続く。

残された戦闘員どもは先の二人のようにはゆかず、四つん這いになって草や灌木を掴みながらヒィヒィ言いながら登っていった。

 

「やはり。。。そうであったか」

タレナガースは腕組みをして山腹にできた大きな穴をのぞき込んでいる。

大人がらくらく通り抜けられそうなほどの穴の向こうには何かの施設が見えている。

「あやや、我らのアジトが丸見えになっておるぞよ」

タレナガースの肩越しに覗き込んだヨーゴス・クイーンが素っ頓狂な声を上げた。

この山の地下にはヨーゴス軍団の秘密アジトが造られていたのだ。

「うむむ。ここはモンスター製造工場じゃのう。はっ、もしや!?」

タレナガースは長身をかがめて穴に潜り込むと中央に置かれたカプセルに近寄った。

リラクゼーションサロンに置かれた酸素カプセルに似た円筒形のカプセルだが、それには蓋が無い。おそらく先刻の爆発でどこかへ吹っ飛んでしまったのだろう。

中にはどう見てもバランスの悪そうな、大きな山の形をした頭を持つモンスターが横たわっている。

「なんじゃビザーンではないか」

徳島市のシンボル眉山を悪の化身に見立てた趣味の悪いヨーゴス軍団のモンスターのひとつである。

「そうか。そういうことであったか」

タレナガースはビザーンのすがたをまじまじと見つめてひとり納得したように何度も頷いた。そして説明を乞うまなざしのヨーゴス・クイーンに語り始めた。

「そもそも余がこの山にアジトをこしらえると言い出したのは、この山に不思議な強い力を感じたからじゃ」

「うむ。確かにそのようなことを言うておられたのう。突然アジトを引っ越すと申された時は面食らったものじゃ」

「恐らくこの山は太古の昔より『良き力』を発散してまいったのであろう。あたり一面我らの嫌いな清浄なる気に満ちておる」

「うむ。わらわはここに来てしばらくの間体調がすぐれなかった」

「じゃが、余はその清き力もて悪しきパワーの源にせんと呪術の限りを尽くしたのじゃ。そして会得したのが『仙地換悪鬼王の術』である」

「なんと、千人の痴漢があっけにとられる術とな!?」

「せ・ん・ち・か・ん・あっ・き・おう・の・じゅつ。正から邪へ。神聖なる土地の力を鬼のそれに変える術じゃ。これによって得たパワーをこれなるビザーンの体内に蓄積しておったのよ。じゃからして見よ、この逞しき肉体を」

確かに横たわるビザーンの体はみなぎる力でパンパンに膨れ上がっているように見えた。

「じゃがの、この術の呪文はややこしい上に長いのじゃ。しかも膨大なパワーを山から吸い上げて悪の力に変換させ、さらにビザーンの体内に蓄えるには何回も何回も唱えねばならぬ。やっておれぬ。そこで、コレじゃ」

タレナガースが、地面に転がっていた怪しい物体を拾い上げた。

「うん?なんじゃ生首ではないか」

そう、生首だ。

いつ頃斬首されたものかはわからぬが、顔色はまるで粘土だ。頭髪も抜け落ちて丸坊主。目も口も堅く閉ざされ、斬られた首からは無数のコードが伸びてビザーンが横たわるカプセルに繋がっている。

「うむ。闇のネット販売で見つけたのじゃ。自動呪文詠唱装置の「なまくびくん」じゃ。左のほっぺをつねると。。。ホレ」

タレナガースが粘土色の左の頬をツメの先でつねると、突然眼がカッと開かれて何やら得体の知れぬ呪文を唱え始めたではないか。

あらかじめタレナガースによってインプットされていた呪文なのであろう。

呪文の詠唱はタレナガースが右の頬をつねるまで続けられ、終了するとまた目を閉じて元の静かな生首に戻った。

「長くてややこしい呪文の反復詠唱にはもってこいの便利アイテムじゃ。じゃがひとつのなまくびくんに入力できる呪文はひとつだけじゃから、用が済んだら部屋の置物にでもするしかないのう」

そう言うとタレナガースはなまくびくんをヨーゴス・クイーンに「やるわ」と手渡した。

「とにかくこの装置をセットしておけば放っておいてもビザーンにこの山の力が注入され続ける。これでよしと思って。。。しばらく忘れておった」

「なんと」

「ところが、この山の力は余の想像をはるかに超えて強いものであったらしい。これほどまでにビザーンを満タン状態にするとは」

「つまり先刻の爆発は、エナジー満タン状態になったにもかかわらず山のパワーを更に注入し続けた結果のエナジー暴発というわけじゃな?」

「そういうことじゃ」

その会話の最中もタレナガースは爆風でひっくり返った機械やはずれてしまったコードなどを元の状態に戻していた。

「よし、ではビザーンを起動させるとしようぞ」

メインスイッチをONにすると、赤い光がビザーンに流れ込み、やがて山のモンスターが静かに上体を起こした。

 

(二)元気の村

ヨーゴス軍団のアジト爆発の数日前。

 

「ふぅぅぅ。いいお湯だったわ」

自前の入浴セットを抱えたドクが「女湯」と書かれた暖簾をくぐって出てきた。

正面の湯上りコーナーではひと足お先に風呂から上がっていたヒロが、頭からバスタオルをかぶって冷えたほうじ茶を飲んでいる。

「さっぱりしたね」

ほうじ茶は施設のサービスで、無料で飲める。ドクもゴクゴクと喉を鳴らして2杯飲んだ。

「みこと温泉か。。。こんな温泉施設が県内にあったとは知らなかったなぁ。自然石を積んだ露天風呂もあって癒されるよね」

「本当に。朝風呂を楽しんで、レストランでお昼も食べられて。日帰り休日の過ごし方としては最高じゃない?」

御琴町立みこと温泉。

小規模だが宿泊施設も併設する温泉は別名「元気温泉」とも呼ばれていて、入浴すれば元気になって帰れるというもっぱらの評判である。

もちろん日帰りくらいでは何も実感できるはずもないが、3泊4泊と長期間滞在すれば帰りにはなんだか元気になっている気がするというのだ。

これが口コミで少しずつ県内に広がり、ニュースでも特集されたことがある。

町長のアイデアで温泉施設の敷地内にネット環境を整えたワーケーション・コーナーを設け、湯治をしながらリモートワークで仕事も続けられるようにした。

大阪の企業が社員を定期的に派遣して仕事をしながら心と体を癒すための契約をしてくれた折に全国版のニュースにもなった。

こうして「元気の町」御琴町の財政は次第に潤っていったのだ。

ヒロが売店の壁に貼られた町の観光ポスターを指さした。

「ホラあの『特産品は<元気>です』ってコピー、よくできてるよね?」

畑で野良仕事に励む町のお年寄りたちの笑顔がいくつも並んでいる。

「そうね。実際この温泉だけじゃなくて町全体が元気の町って言われているから」

「お年寄りが多いのは御琴町に限ったことではないけれど、この町の皆さんは格別お元気なんだよね。こないだ夕方のニュースでインタビューされていた畑仕事のおじいさんなんて101歳だったぜ。びっくりだよ」

県南の小さな町、御琴町は人口約1800人。そのうち約7割が65歳以上である。

100歳以上の高齢者数も県内随一で、長寿の町としても今や徳島県を代表する自治体として県外にも紹介されている。

「お客様方はこちらへは初めてですか?」

湯上りコーナーのベンチで涼んでいるヒロとドクに声をかけてきたのは50歳くらいの男性だ。髪の毛はきれいに7:3に分けて、黒縁の眼鏡に白い半袖のワイシャツ。折り目のついた濃紺のズボンに施設名の入った緑色のビニールスリッパといういで立ち。おそらくこの温泉施設のスタッフだろう。

「私、ここの支配人の綿貫と申します」

「ああ、どうも。ええ。初めてです。いいお風呂でしたよ」

「今日は日帰りですけど、なんなら今度は1泊してみたいです」

綿貫支配人はふたりの言葉に相好を崩した。

「ここの皆さんがお元気なのは、やはりこの温泉を使ってらっしゃるからですか?」

ドクの問いに綿貫支配人は笑顔で首を左右に振ると、窓の向こうに見える里山を指さした。

「ここに湧き出るお湯もそうなのですが、すべてはあのお山のおかげです。御琴山です。あのお山のご利益で住民は皆さん健康長寿でいられるのです」

―――自然崇拝か。

支配人が促すままに窓を通してドクも御琴山を見上げた。

だが綿貫支配人はなぜか急に浮かぬ顔つきになり、声を落としてポツリとつぶやいた。

「ところが。。。実は最近はそうでもなくてねぇ」

「え?」

思いがけぬ言葉にヒロとドクは顔を見合わせた。

「あ、いや。何でもありません。どうぞごゆっくり」

我に返ったように綿貫支配人は立ち上がって会釈すると足早に事務所の中へ姿を消した。

 

御琴町が元気の町として知られ始めたのはこの3〜4年である。

町のお年寄りたちだけがひっそりと利用していた粗末な温泉小屋を現町長が今のような立派な物にした。

それを契機に、遅ればせながらインターネットを活用して町の情報を発信し始めたのが転機となったのだ。

町の外からやって来る温泉客たちにはじめは戸惑いを隠せなかったお年寄りたちも次第に心を開いていった。

外から来た人たちとの触れ合いは楽しかったのだろう。

そのうちSNSで「御琴町に行くとなんだか体が軽くなる」「元気なお年寄りと話しているとこちらも元気をもらえる」などという好意的な書き込みが増えてきた。

町役場の職員たちも思い当たることがあった。

以前から、近隣の町からやって来た農協の職員や移動マーケットの人たちがよく「この町に来るとなんだか元気が湧いてくる」と言っていたのだ。

「これはもう御琴山のご利益に違いない」

町の住民たちは誰もが御琴山のことを「お山」と呼んで親しみ、崇めている。子供のころから祖父母や両親から毎朝起きたらまずお山に手を合わせてあいさつしなさいと言いつけられて育ってきた。

あのお山からは不思議な力が湧いていて、麓に住む私たちにその力を分け与えてくれている。

それはもはや信心などというレベルではなく、当たり前のこととして町民の心に在った。

「だから、生まれてからずっと住んでいる自分たちにはわからないが、御琴町には『元気』が満ちているのだ」

そうして生まれたのが「特産品は『元気』です」というキャッチコピーだった。

ところが。。。

 

そして数日後。

 

いつものカフェのいつもの奥の席。

今朝も開店と同時にやって来たヒロとドクが地元紙を隅から隅まで読んでいる。

普通のブレンドコーヒーのものより少し大きめのカフェラテのカップがテーブルの中央にくっついて置かれている。

何か小さな異変でも、背後にヨーゴス軍団の暗躍が潜んでいるかもしれない。

それを見抜いてパトロールする。

エディーとエリスとしての活動の根底にある大切な作業である。

「ドク、ほらこの記事」

ヒロが広げたままの新聞をテーブル越しにドクへ渡した。

「この間の御琴町の記事が載っているぜ。あんまり嬉しい内容じゃないけどね」

地域面の左下に小さく載せられた記事を指さしている。

ドクもその記事に目を通した。その表情が少し曇る。

「確かに、これは少し心配ね」

記事の見出しは

「『元気』を取り戻せ」

とある。

〜元気の町として今や全国的にその名が知られるようになった御琴町で、最近病院にかかる高齢者が急増しているらしい。

隣町の総合病院でも御琴町からの患者は非常に少なかったと言われているが、先月の御琴町からの患者数はその前月の1.8倍になった。

畑で働く高齢者の姿も確かに減っており、心配した役場の職員が家を訪れてようすを窺うと「腰が痛い」「血圧が高い」といった高齢者にとっては「当たり前の」答えが返ってきた。

だが、この当たり前の答えが御琴町では深刻な事態なのだ。なにせこの町は「元気の町」なのだから。

確かにこの町には「元気」が満ちていた。

ならばいったい何が変わってしまったのか?

この夏の異常な暑さのせいかもしれない。

最近は台風でさえルートを変えている。地球規模の異変と言っていい。

この山あいの小さな町に何かしら「異変」が起こったとて不思議ではないのかもしれない。

それでもあの「元気」を取り戻して欲しいものだ。

是非にも。〜

 

「そういえばあの時、支配人さんも何か言いたげだったわね。これを心配していたのかしら」

「どう思う?この異変、俺たちの出番かな?」

ヒロの考えていることはドクにもわかる。

「ヨーゴス軍団の影は見え。。。ないわね、今のところ」

ドクは首を傾げたままだ。

御琴町の異変は心配ではあるが、ヨーゴス軍団の仕業でないのならいかに渦戦士といえどもどう対処してよいかわからない。

「ただ」

「うん?」

ドクの反応にヒロは身を乗り出した。

こうしたドクの小さな疑問が闇に隠れた大きな陰謀を暴く手掛かりになることは今までにも何度かあったからだ。

「そもそも御琴町の元気の源が何なのかがわかっていないと、この問題の本質は決して見えてこないと思うの」

「確かに。。。じゃあ?」

「ええ。今日はためしに足を運んでみましょう。御琴山へ」

御琴町の人たちの心のよりどころ、御琴山。何かあるとすればやはりあそこだろう。

何にせよ現場に立ってからの判断だ。

そうと決まれば。

「マスター、シナモンロールセットふたつ。ゆで卵で!」

 

(三)御琴山の邂逅

エディーたちは2台の新型ヴォルティカを御琴山の近くにある個人商店前の駐車場に主人の許しを得て停車させた。

歩けば数分の距離だろう。

狭い町道をふたりは並んで歩いた。

その時―――。

ドガガーーーーン!

御琴山の山腹が突如爆発した。

いや、破裂したと言っていい。

「な!?」

「何事?」

ふたりは驚いて駆け出した。

元気が満ちていると言われた町からその元気が失せた。

その町の住民の心のよりどころ御琴山

その御琴山を調べようとした矢先、目の前でその山が爆発した。

「やはり何かある!」

エディーは並走するエリスに「先に行くぞ」と言い残すと全力疾走に移った。

 

「せっかく起動させたのじゃ。満タンエナジーの力のほどを見てみたいとは思わぬか?」

「是非にも。ここは田舎ゆえ大した物もないが、手始めにあの目立つ建物でも木っ端みじんにしてみてはいかがじゃ」

腕組みをして山の中腹からふもとの町を見下ろしているのはタレナガースとヨーゴス・クイーンである。

ヨーゴス・クイーンが指さした「目立つ建物」とはみこと温泉のことである。

「よかろう」

タレナガースはそう言うと鋭いツメをヒョイヒョイと振って背後にいる者を呼び寄せた。

木立の影から現れたのは長身のタレナガースをも凌ぐ巨漢である。

大きな頭は徳島市のシンボル眉山の形。頭頂にはご丁寧にアンテナやパゴダまでが乗っている。

だが驚くべきは首から下の肉体である。

斧を叩き込んでもはじき返しそうな太い首。

重機の下敷きになっても平然としているのではないかと思われる分厚い胸板。

樹齢何百年もの大木でも腕力だけで引っこ抜きそうなゴツい腕。

正面に立たれるだけで相手を後ずさりさせる威圧感を放っている。

「腕だめしじゃ、フルタンク・ビザーンよ。あれなる建物を破壊せ。。。」

「俺が相手だ!」

麓へ続く道から突如放たれた鋭い声が、そこにいる全員の視線を強引に引きつけた。

渦のごとき鋭い流れを体現する一対の触覚状の鍬形。戦国武将の兜の前立てのようだ。

額の中央には青く煌めくひし形の渦のクリスタル。

悪を貫く鋭いゴーグル・アイはクリスタルと同じ色だ。

黒いバトルスーツを幾重にもガードする金と銀のアーマ。

胸の中央には、これもクリスタルと同色のコアが埋め込まれていて、彼に無限のエナジーを供給している。

渦の戦士エディー。

徳島に仇為すヨーゴス軍団の対極にあって、清浄なるパワーと心で徳島を守るヒーローである。

「ふん、なぜここに?とは聞くまい。いつもいつも余のある所に貴様は来る。惚れとるのか?」

腕を組んだタレナガースが顎を突き出してエディーを挑発した。

「丁度よい。今目覚めたところじゃ。余のマスターピース、フルタンク・ビザーンがのう」

首領の紹介に気をよくしたか、ビザーンが喉を反らせ天に向かって吠えた。

ボオオオオオオオム!

「やはりここにアジトがあったのか。ヨーゴス軍団、この山で何をしていた?」

エディーの追及をタレナガースは鼻で笑った。

「フン、この山が垂れ流しておったエナジーをこれなるビザーンにもれなく注ぎ込んだだけじゃ。力の有効利用というヤツじゃな。おかげで見よ、この素晴らしき肉体を。こやつには勝てぬぞ、エディー」

堅いシャレコウベの顔がニヤリと笑った。

「なるほど、そういうことか」

いろいろな事象が今ひとつに繋がった。

エディーはわずかに腰を落とすと両腕を左右に広げた。その腕を、円を描くようにゆっくりと回す。自身の周囲の大気を撹拌して、体の内から発せられる清浄なる渦のエナジーとゆるやかに融合させる。

そして彼独特のファイティングポーズをとった。

その時、彼らだけに聞こえるゴングが打ち鳴らされた。

ズゥム。ズゥム。ズゥム。

フルタンク・ビザーンが地響きを立てて突進してきた。太い両腕でエディーを抱え込もうという作戦か。

パワーに絶対的自信を持つ相手は正面から来る。

左右から飛来する重機のクローのような腕を態勢を沈めてかわすと、エディーは渾身の右ストレートを鳩尾に打ち込んだ。

体重の乗せ方も拳を繰り出す軌道も申し分ない。

鈍い音と共にフルタンク・ビザーンの体が後方に吹っ飛ぶ。。。はずであった。

「ナニ!?」

だがエディーは背筋に鈍い痛みを覚えて眉間にしわを寄せた。

踏ん張ったはずの足がズルズルと30cmほど後退している。

打撃の衝撃がそっくりそのままエディー自身に返ってきた!?

―――なんて堅い筋肉だ。まるで鎧だぜ。

フルタンク・ビザーンはエディーのパンチをものともせず、そのまま体をぶつけてきた。

ドガン!

幾重にも積み重ねられたレンガの壁にぶち当たったような衝撃と共に、エディーは数メートル後方へ飛ばされた。

息が詰まる。

「くっ。攻撃したのはこっちなのに、俺が吹っ飛ばされるってどういうことだ?」

エディーはグルグルと右腕を回しながら立ち上がった。

「なんの。こちらにはスピードがある。パンチやキックをいくつも決めてゆくうちに必ず弱点が見えてくるはずだ。そこを一点集中攻撃で打ち抜く!」

今度はエディーが間合いを詰めた。

ドガッ!バキッ!ビシッ!

フルタンク・ビザーンの全身にエディーの高速攻撃が次々と決まる。

眉間にストレート。こめかみにフック。顎にアッパー。延髄に後ろ回し蹴り。脇と腰に回し蹴り。ひざにもアキレス腱にも。。。しかしどれも有効打にはならない。

フルタンク・ビザーンは微動だにせずそこに立っている。

「ふぇっふぇっふぇ。もうよいかな?ではこちらの番じゃ、さぁゆけフルタンク・ビザーンよ!」

タレナガースの鋭いツメがエディーを指すや、じっと攻撃を受けていたフルタンク・ビザーンが攻撃に転じた。

ドムッ!ドムッ!ドムッ!ドムドムドムドドドド!

ぐ、ぐわっ!

驚いたことにエディーが繰り出した攻撃に匹敵する高速のパンチが今度はエディーを襲った。

一撃一撃が全身の筋肉に裏付けられた凄まじい破壊力を秘めている。

しかもすべての攻撃がエディーの顔面を狙ってくる。

咄嗟に両腕をクロスして何とか直撃は防いだが、ガードの上からダメージがじわじわと伝わってくる。手首に、肩に、脳に!

スピードとパワー、いずれもエディーを凌駕している!?

後方へ跳んで間合いを取ろうと思うが、連続攻撃を受けているため本能的に足を踏ん張っていてジャンプができない。

釘付けだ。

「くっ、攻撃に転じられない!拳をよけられない!」

バキッ!ガシャーン!

ついに手首のアーマが砕け散り、なんと直撃を受けていないはずの肩のアーマまでが衝撃で割れた。

次第に腕のガードが下がってゆく。

「ま、まずい。。。」

グァシャ!

ついにエディーはフルタンク・ビザーンのパンチをもろに顎に受けてしまった。

まるでクレーンで振り回す鉄球が直撃したみたいだ。

頭の中で四尺玉の花火がさく裂して、上下の感覚を失ったエディーは「立ったまま地面に頬をつけた」。

膝に力が入らない。

そびえ立つモンスターの向こうでタレナガースが胸を反らせて笑っているのが見えた。

―――何がそんなにおかしいんだよ?

エディーの耳にヤツの声が届いた。

「ふぇっふぇっふぇ。勝てぬと言うておろうが。渦のパワーか何か知らぬが、貴様の相手はこの大きな山なのじゃぞ」

その背後ではヨーゴス・クイーンもこちらを指さして笑っていた。

手を伸ばして掴んでやろうとしたが、体が言うことをきかない。

そして照明がパチンと消されるように、意識を失った。

 

エディーがもの凄い速さで駆け出して、後れを取ったエリスも全力で駆けていた。

エディーの気配はわかる。そしてその先にとてつもなく嫌な気配があるのも感じている。

ただごとではない。

「急ごう」

そう思った時。。。

「た、す。。。けて」

山に踏み入って間もなく、か細い声が耳に届いた。

「え!?」

エリスは思わず足を止めた。

見ると、エディーが駆け抜けたはずの道から細い道が枝分かれしている。

「誰?今私を呼んだ?」

エリスは恐る恐る声をかけ、灌木の向こうを覗いてみたが木に阻まれて奥までは見通せない。

エディーのことが気になったが、今の声は何やら差し迫った状況にあるように思えた。

意を決して脇道へ足を踏み入れる。

道の左右はふくらはぎから腰あたりまで伸びる灌木や草で覆われているが、この道は誰かが通っているのではないかと思った。

ゆるいS字をしばらく歩くと少し開けた場所が見えてきた。

鳥居がある。

「あ!」

エリスは声を上げた。

駆け出す。

小ぶりな社殿の前、草がきれいに刈り取られた4畳半程度の空き地に、女性がうずくまっている。

苦しそうに肩で息をしているではないか。

「大丈夫ですか?しっかりして」

エリスは両手を女性の肩に添えて顔をのぞき込んだ。

白い肌の少女だ。中学生くらいか?

その肌は透き通るようだ。。。いや。。。

―――透き通っている!?

うずくまる彼女を上から見ると、足元の地面が薄く透けて見えているではないか。

真っすぐな黒髪は肩のあたりまで垂れていて、神様に捧げるための白い衣服、神御衣(かんみそ)を着ている。

その面立ちはまるでAIで描いたように美しく整っている。

「この世のものとは思えぬ美しさ」と表現されるのはこういう容貌なのかもしれない。

だが、その綺麗な顔は苦悶の表情を浮かべている。

両膝を地面につけて本当に辛そうだ。

この神社の巫女さんであろうか?社務所のような建物は見えないが?

「あ、あの。。。」

エリスはおそるおそる声をかけた。

「お助けください」

再びか細い声が発せられ、白く弱弱しい手を自分の肩に置かれたエリスの手の上に重ねた。

その手の奥にエリスの手がやはり透けて見えている。

「立てますか?病院は隣町なんだけど、私おぶって行きますね」

エリスの言葉に女性は下を向いたまま首を左右に振った。

「私は。。。人ではありません」

顔を上げてエリスを正面から見つめてそう言った。

「あっそうなんだ。。。え。。。えええ!?」

エリスは驚いて尻もちをつきそうになった。

―――まぁ、人間の体がこんなに透けちゃうこともないよね。

「私の名は琴。この山に祀られた神です」

もはやエリスはマスクの中で口をぽかんと開いたまま彼女を見ていた。

「詳しい話は後ほど。さっきたまたま通りかかったあなたを、清浄なる力の持ち主と見込んでお呼びしました」

「清浄なる力?ああ、渦エナジーのことね」

エリスは自らの胸のコアをのぞき込んだ。

「少し、少しで結構ですからお力を分けていただけませんか?」

琴はエリスを見上げて両の手を合わせた。

お安い御用だ。エリスのパウチには予備のエナジー・コアが入れられている。

どれほどのエナジーを必要としているのかわからないが、困っている人の頼みを断る理由などない。いや、それ以前に神様に手を合わされては断れるわけもない。

エリスはコアを取り出して琴の眼前にし差し出した。

「私の力の源となるものです。使っていただけるものならどうぞ」

「ありがとう、存じます」

琴はそろそろと青く煌めくコアに右手のひらを置いた。

シュウウウウウウウウウ。

その手から蒸気のような白いオーラが立ち昇り、手から腕、上半身そして琴の全身を、まるで導火線を奔る炎のようになぞって、消えた。

琴はすぅと立ち上がってエリスを見下ろした。

「おかげで元気が出ました」

苦悶の表情が消えて平常に戻ったその面立ちは、たしかに神々しい何かが宿っていてエリスはしばし心を奪われた。

「珍しい力をお持ちなのですね。とても清らかな。ですがその容れ物にあった力をすべて頂戴してしまいました。よろしかったのですか?」

まだ本調子ではなさそうだが、先刻よりはかなり回復しているのがわかる。

何より体が透けていない。そして立体感がある。

「もちろん構いません。これは私たちの力の源なのです。私のパートナーが悪い連中と戦うときの予備の力として常備しているものです」

「パートナー?あなたより先に、凄い勢いで同じ道を駆け上っていった人のことですか?」

「そう。エディーといいます。今頃はヨーゴス軍団のモンスターをやっつけて。。。」

「いけない!その人は私から神力を奪い取った者どもにたった今倒されましたよ」

「なんですって!?」

そんな馬鹿な!あのエディーが!?

悲鳴と共に駆け出そうとするエリスの腕を琴は咄嗟に掴んだ。

「行っても間に合いません」

 

「さぁとどめを刺せフルタンク・ビザーンよ」

「ひょーっひょっひょっひょ。長きにわたるエディーとの腐れ縁も今日で終わりじゃ」

タレナガースもヨーゴス・クイーンもエディーの最後の瞬間を見逃すまいと目を輝かせている。

フルタンク・ビザーンは地面に突っ伏しているエディーの体をまたぐように立つと、両の拳にググっと力を込めて全身に山の力をみなぎらせた。

むき出しの上半身の筋肉が限界まで膨れ上がる。

地面に頭をつけているエディーを全力で殴りつければとどめを刺すに十分な一撃となろう。

フルタンク・ビザーンが両腕を頭上へ振り上げた。

その時、大地からにじみ出るように青い光が沸き上がった。

「ん?」

タレナガースのシャレコウベづらに浮かぶ歓喜の表情がわずかに曇った。

青い光はエディーの全身だけをまるで青い透明のビニールで包装するように覆った。

「なんじゃこれは?面妖な光じゃ。うっ」

顔を近づけたヨーゴス・クイーンが突然口を押えて数歩後退した。

「いかがしたクイーンよ、むっ?」

タレナガースも突然の吐き気に顔をしかめた。

「この山、まだこのような力を残しておったのか。それにしてもこの光。。。この嫌な清々しさには覚えがある」

山全体を怒りの赤い目でねめつけた。

―――渦のエナジー。

エディーの体を包む青い光は次第にその範囲を広げ、タレナガースたちの方へ近づいてくる。

「そういえばエリスの姿が見えぬな。渦の小娘め、またなんぞ余計な真似をしおったに違いあるまい」

「ああ胸くそが悪い。タレ様や、この光このまま山全体を包んでしまうのではありませぬかや?」

そうなればこの山にこしらえたアジトにもゆっくりと身を隠してはおけなくなる。ヨーゴス・クイーンは既に及び腰だ。

「やむを得ぬ。この山からは撤退する。眉山へ戻るぞよ」

「ええい、今日こそエディーをあの世に送ってくれると思ぅたに」

「焦るでない。どうせ次に戦ぅても結果は同じじゃて」

青い光に包まれて倒れているエディーに歯を向くヨーゴス・クイーンを押さえつつ、タレナガースは口から吐き出した大量の瘴気の中に姿を消した。

 

(四)フルタンク・モンスターvsアルティメット・クロス

その日エリスは琴を伴って自宅へ戻っていた。

琴本来の神力はわずかずつでも自然に回復するらしいが、姿が透けてしまうほどに衰弱した体を取り急ぎ癒すためにはコアひとつ分の渦エナジーでは到底足りなかった。

思案の結果、自室の渦エナジーシステムにダイレクトに彼女を接続するのがいちばんの得策だと考えたからだ。

相手が神様なら正体を隠したところで無意味だろうと、エリスは琴の眼前で変身を解除した。

「この姿の時はドクって呼んでください」

あの時、琴はエリスから分けてもらった渦のエナジーを使って倒れているエディーの体をバリヤーで包み込み、ヨーゴス軍団の攻撃から守ったのだ。

この世に善を為す者とそうでない者の存在を琴は瞬時に見分けていた。

おかげでエディーは命拾いをし、ヒロは先刻病院のベッドで意識を取り戻した。そして見舞いに来たドクからその後のいきさつをすべて聞かせてもらった。

御琴山の祭神である琴との出会いも。

敗れたエディーがどうやって助かったかも。

 

琴は渦エナジーの青い光に全身を浸して心地よさそうに目を閉じていたが、やがてドクのもの問いたげな視線を感じ取ったのか、自らエナジーシステムから離れると居間のソファに腰を下ろした。

そしてドクを手招きして隣に座らせると自分自身について話し始めた。

 

「私はいにしえより御琴山に宿る山の神です」

「山の。。。神様」

「まぁ昔は人に仇為すような妖怪や荒神も等しく神と崇め恐れられていました。御琴山は里山ゆえ剣山のような強い霊力を持つ神ではありませんが、村人たちは空を崇め、水を崇め、山を崇めていました。里山である私にも皆手を合わせてくれました。そうした村人たちの思いの中で、私の内にも彼らを慈しむ気持ちが芽生えたのです。そしてその暮らしを日々静かに見守っておりました」

そんな御琴山を狩衣姿の数人の男たちが訪れたのだそうだ。

今から500年余り前のことである。

「都から来た陰陽師だと名乗りました」

間もなくこの地に尊きお方がお越しになる。そなたはこれより鎮守としてそのお方とこの地を守るのです。と陰陽師は琴に伝えたのだそうだ。

そしてやって来たのは足利の公方様であった。

たとえ都から遠く離れても、将軍の血筋を引く高貴な人物を霊的に守護せねばならない。当時の陰陽師たちは阿波に先乗りしてさまざまな地主神を訪ね歩いたのだそうだ。

そして麓の村と良き絆を築いていた女性の神である琴に白羽の矢を立てたのだ。

「そうして私はわが地に公方様をお迎えしました」

琴は遠くを見る目で懐かしそうに語った。

陰陽師たちは御琴山に小さいが凛とした佇まいの鎮守社を建立した。

琴が今のような少女の姿を得たのはその時である。

それ以降、琴は公方邸を見下ろす里山の社で、鎮守神としてこの地にその良き力を及ぼしてきたのだ。

琴が宿る御琴山の名はあらためて琴を祀る神社の名となり、やがて土地の名となった。

村人の方でも琴を崇め、仕事の無い日は御琴山の社に足を運んでは穀物や酒をお供えし、それ以外の日は朝目覚めてすぐ山に向かって頭を垂れるのだ。

何代にもわたる阿波公方や村人たちとの暮らしの中で、御琴山と御琴村の間には良き力のやりとりが続けられた。

そして歳月が流れ、公方一行が阿波を去った後も、琴は鎮守神として引き続きそこに住まう人たちの暮らしを見つめてきたのだ。

 

「その良き力に目をつけたのがタレナガースだったってわけね」

神と人との長きにわたる良き関係に水を差したのだ。

ドクは憤懣やるかたないようすだ。

「時にエディーの具合はどうなのですか?」

琴は御琴山でフルタンク・ビザーンに敗れたエディーの容態をことのほか気にかけていた。

自分も神力を奪われた被害者であるとはいえ、自分の力を悪事に使われてしまったことに罪悪感を覚えているようだ。

「ええ、今は私と同じように変身を解いた状態で治療を受けています。脳に強い衝撃を受けて意識を失っていたのだけれど、今はもう目を覚ましています。彼の窮地を救ってくれたのは琴さんですから、感謝しています」

だが琴の浮かない顔は単に罪悪感からだけのものではなさそうだ。

「ドクさん、この渦の力では私の神力を帯びたあの怪物には勝てません」

それでも。。。

「それでも私たちは戦うわ。ヨーゴス軍団の悪だくみを阻止するために。何度でも」

ドクは琴を正面から見据えて宣言した。

そして、エディーは負けない。

決して。

 

ズゥン。

ズゥン。

ズゥン。

地響きと共に木々を押し倒しながら巨体が姿を現した。

フルタンク・ビザーンが眉山を下りてきた。

いよいよ徳島市中心部で暴れてやろうということか。

登山道からはずれ住宅地に出ると、麓にあるスーパーの駐車場へと歩を進めた。

だが、その前に立ちはだかる赤い人影あり。

エディー・アルティメット・クロスだ。

渦戦士エディーの究極にして最強の形態である。

青く清らかな渦のエナジーを更に高めた時、そのコアは赤い光を発した。

全身をめぐる深紅のエナジーはエディーの全身とゴーグルアイを同色に染め上げた。

額の中央と胸には金色のクロスマークが輝いている。

「待ち構えておったか、赤いエディー」

またしてもタレナガースだ。

2mを超える長身のタレナガースだが、エナジーで膨れ上がったフルタンク・ビザーンの背後に回ると完全にその姿が隠れてしまう。

―――御琴山の力を解析して追跡しおったか。フルタンク・ビザーンでの奇襲は難しそうじゃのう。

「じゃが、戦えばこちらに分があることに違いはない。たとえ相手が赤いエディーでもじゃ。それフルタンク・ビザーンよ、もう一度力の差を思い出させてやれぃ」

ブォオオオオオオム!

首領の指示に従ってフルタンク・ビザーンが天に向かって吠えた。

大きな眉山型の頭が揺れる。

いつもなら大勢の買い物客で賑わうスーパーだが、敵がここにやって来るとわかった時点でスーパーの買い物客はひと足早くエリスが店員共々避難させてある。

広い無人の駐車場が第2ラウンドのバトルフィールドだ。

アルティメット・クロスとフルタンク・ビザーンの双方が間合いを詰める。

ゴォオオオフゥ!

てぃやっ!

同時に右の拳を突き出した。

ガシィィン!

空気を震わせて正面から激突した拳が空中で制止する。

ビキビキビキッ!

その瞬間、踏ん張った双方の足元のコンクリートに蜘蛛の巣状のひび割れが走った。

全身から闘気がオーラとなって噴き出している。

「互角!?」

「ふむ。さすがに赤いエディーじゃわい。そうでなくてはのう」

エリスは我が目を疑ったが、一方のタレナガースはニヤリと笑った。

「アルティメット・クロスと互角の打撃を?ヨーゴス軍団のモンスターはここまで強化されているの?」

エリスは我が目を疑った。これまで無敵を誇ったアルティメット・クロスなのに。

だが隣にいる琴は平然としている。タレナガース同様、この状況を予測していたのだろうか。

正直なところ、アルティメット・クロスを初めて見た時、琴は驚きを隠せなかった。

渦のエナジーのすべては熟知していると思っていたのだが、エリスがエディーに手渡した新たな赤いコアには琴の理解をはるかに上回るとてつもないエナジーが秘められていた。

アルティメット・クロスと言うのだと聞かされた。

その成分には邪悪なエナジーが混入されているため琴は使用できないが、毒を制して爆発的な化学反応を得ていた。

「これならあのモンスターとも十分戦えるはずでしょ」

エリスは自信に満ちていたが、それでも琴は勝利を確信できなかった。

そしてその心配は的中していた。

拳の打ち合いから始まったバトルは一気に激しさを増した。

ズドドドガガガガビシビシビシ!

バシバシバシズガガンゴッゴッ!

ババンドドドンガシガシビキッ!

激しい打撃音が機関銃のように聞こえてくるが、双方の攻撃が速すぎて目では追えない。

アルティメット・クロスとフルタンク・ビザーンは、握手ができるくらいの至近距離で打ち合っていた。

闘気は熱を帯び、二人の周囲の大気が赤く光り始めた。

熱は風を呼び、回りながら二人を包み込んだ。

攻撃は双方同じくらい繰り出している。

だが受けているダメージの差はどうだ?

踏ん張っているはずのアルティメット・クロスの両足が少し、ほんの少しだがズズズっと後方へ押されている。

そうしている間にもアルティメット・クロスのエナジーが消耗してゆくのがエリスにもわかる。

エディーがこの形態を獲得して以来、彼がこれほど苦戦する姿は見たことがなかった。

ザッ!

その時アルティメット・クロスが後方へ跳んで、数メートルの間合いを取った。

「アルテメット・クロスが自分から後ろへ!?」

「フッ」

エリスが驚きの声を上げ、タレナガースが片頬笑んだ。

二人を包んでいた熱い大気の螺旋の中を格闘技のリングに例えるなら、アルティメット・クロスは敢えてリング外へ逃避したと見られても仕方がない。

だがアルティメット・クロスは強力である反面限りあるエナジーを有効に使わねばならない。そして勝たねばならない。

埒が明かぬ打撃戦を続けているわけにはいかないのだ。

アルティメット・クロスは両腕を前へ伸ばすと開いた両掌に意識を集中させた。

左右の掌の間にエナジーが赤い光となって集結し始め、赤光は刃渡り1m以上ある大剣を模った。

アルティメット・ソード。

ツヴァイハンダー、つまり両手で保持して戦う大きな剣だ。

腰を落としてソードを脇に構えると、アルティメット・クロスはフルタンク・ビザーンを見た。

神が麓の住民たちに何百年もの間送り続けた善き力を悪の力の源に変えてしまった恐るべき魔人タレナガース。

ヤツが送り込んだ数多くのモンスターの中でもコイツは桁外れに強い。

油断はできない。

先刻までの超高速の打撃戦とうってかわってしばしの静寂が訪れた。

呼吸を整え斬りこむタイミングを計る。

「一撃で決める」

シュッ!

短く息を吐いて一気に間合いを詰めると剣を振り上げた。

ガシィィィン!

しかし頭上へと振り上げられたのはアルティメット・クロスの両腕だけだ!?

ソードはあるじの手を離れて、回転しながら頭上高く跳ね上げられた後、放物線を描きながら駐車場の一角にザックリと突き立った。

「うそよ!アルティメット・ソードがはじき返されただなんて」

エリスが叫び声をあげた。

アルティメット・クロスは信じられないといった表情で何も持っていない自分の両手を見上げている。

一方のフルタンク・ビザーンは黒い光に全身を包まれてただ立っている。

「バリヤー!あんな技が使えるの?」

「あれは私が御琴山でエディーを守ったものと同じ技です」

琴が御琴山でエディーをヨーゴス軍団から守った技は、大地から沸き上がった渦エナジーによって展開させたバリヤーであった。

今フルタンク・ビザーンは、それと同じ技を邪悪な神力をもって使ってみせたのだ。

違うのは聖なる渦のエナジーで展開した青いバリヤーに対し、邪悪に変換されたエナジーによるバリヤーが黒いこと。

それにしても、あらゆる邪悪な者どもを両断してきたアルティメット・ソードがあっけなくはじき返されてしまうとは。

「アルティメット・クロス、ここは一旦引きましょう」

琴が大声で撤退を促した。

しかし、ここでこちらが撤退すればこのままヨーゴス軍団に徳島市内を蹂躙されてしまう。

「いや、今は引けない。何としても押し返すんだ」

アルティメット・クロスはそれでもファイティングポーズを取る。

地面に刺さったアルティメット・ソードがあるじを失って大気の中へ蒸発してゆく。

「いくぞ。もう一度、いや何度でも」

どんな時もアルティメット・クロスを最後に支えるのは不屈の闘志だ。

ひゅうううん!

その時、西から一陣の黒い突風が吹いてそこにいる全員が一瞬目を伏せた。

ガガン!

ぐおおおおお!

黒い突風はフルタンク・ビザーンの分厚い胸板に正面から激突し、その巨体を後方へ2歩、3歩とよろめかせた。

これは。。。ただの風では断じてない。

「何者じゃ!?」

タレナガースの鋭い声に反応したのか、その突風は駐車場の一角に滞空すると次第に人の形に変じた。

「君は!」

「あなたは!」

「貴様は!」

そこに立つ黒衣の武人を見て、琴以外の皆が声を上げた。

「ツルギ!」

 

(五)霊山の使者

黒い突風の正体は、漆黒の衣服に銀色のアーマをまとった超武人ツルギであった。

徳島県の最高峰、剣山を守る者である。

左腰に大きく反った太刀を佩いている。

その剣技の鋭さと速さで彼の右に出る者はいない。

金色に輝く鋭い目、額にはアーマと同じ銀色の文様が象られている。それはあたかも自然界における生物の進化を示す系統樹のようにも見える。

アルティメット・クロスもエリスも、そしてヨーゴス軍団の面々もこの男をよく知っている。

かつてエディーとも互いの背中を預けて戦ったことがあるのだ。

だが、剣山山系に関わること以外で彼がみずから平野部に姿を現すことは滅多にない。

アルティメット・クロスでさえ思わぬ展開に驚いている。

「いったいどうして山を下りてきたの?」

「貴様なんぞに用はない。山奥へすっこんでおれ!」

エリスとタレナガースが同時に声をかけた。

ツルギほどの強力な超人がこの戦いに直接干渉すれば、戦局は大きく変わる。

だがツルギはいつもマイペースだ。何を考えているかを味方にも悟らせない。

どう動くつもりだ霊山の剣士?

衆目の中、ツルギは腰の太刀をスラリと抜いた。

嵐に乱れる波のごとき刃文が走る赤い刀身を持つ日本刀である。

同じ赤でも輝きを放つアルティメット・ソードとは違い、少し黒が混じった鈍い赤をしている。

その切先を無言でフルタンク・ビザーンに向けた。

「やはりそう出るか。おのれツルギめ、貴様またしても」

タレナガースがギリリとキバを鳴らした。

「じゃが貴様とてフルタンク・ビザーンには勝てぬと知れ。それ、ヨーゴス軍団の力を見せてやれ!」

タレナガースが鋭いツメでツルギを指さした。

ぶぅおおおおむうう!

フルタンク・ビザーンは胸をそらせて吠えると新たな敵に襲いかかった。

アルティメット・ソードを退けた黒いバリヤーは展開したままだ。

巨木の幹のような腕がブゥンと音を立てて振りあげられた。

ツルギは格別構えもせず赤い太刀を手に提げて立っていたが、巨大な敵の拳が我が身に触れる寸前、クルリと体を躱すと風のごとくフルタンク・ビザーンのすぐ脇をすり抜けた。

パシュ!

ぶふううう。。。

肉を断つ鋭い音と同時に、ツルギの赤い剣はフルタンク・ビザーンの分厚い胸板を十字に切り裂いていた。

「一撃でふた筋の傷を!?」

さすがのアルティメット・クロスも舌を巻く妙技だ。

「なんと。フルタンク・ビザーンのバリヤーを突き破りおったか」

ツルギの剣はアルティメット・ソードをもはじき返したフルタンク・ビザーンの神力のバリヤーを突破してその肉体を切り裂いたのだ。

シュン!

ザシュッ!

ツルギは風だ。風は留まることをしない。

さらにフルタンク・ビザーンに斬りつける。

ブモオオオオ!

黒い血しぶきが上がってフルタンク・ビザーンの山型の頭部に傷がつけられた。

ボゥウオオオオオ!

太い腕が正面から来る。ビルの壁面でも貫くストレートだ。

もはや狙いはツルギだろうとアルティメット・クロスだろうとお構いなしだ。

アルティメット・クロスとツルギはサッと左右に分かれてその拳をかわす。

フルタンク・ビザーンは一瞬たたらを踏んだが、すぐにアルティメット・クロスを標的に定めると猛ダッシュした。

巨体に似合わぬ俊敏さで一気に距離を詰めてアルティメット・クロスの左肩を掴むや、グイと手繰り寄せて右肩にも手を置いて体重をかけて押さえつけた。

桁外れの握力によるアインクローでアルティメット・クロスの肩のアーマがミシミシと嫌な音を立てる。

その手を振り払おうとしたがびくともしない。まるで万力で締め上げられるようだ。

ザシュッ!

その時、ツルギの太刀が満月のごとき煌めきと共にフルタンク・ビザーンの右腕を切り裂いた。

ズルリ―――。

太い腕が肘のあたりで切断されてズレる。

フルタンク・ビザーンは左手で斬られた右腕を掴んで押さえると、アルティメット・クロスから距離を置いた。

見れば、先刻ツルギに斬られた体じゅうの傷が少しずつだが治りかけているのが分かる。

恐らくは切断された右腕もいずれ元どおりに修復されるのだろう。

「むう。相変わらず奇怪な体だ」

斬っても斬っても傷口が塞がってしまう。こうなるとツルギも為す術がない。

しかし、ツルギの援護のおかげでアルティメット・クロスはフルタンク・ビザーンの拘束から逃れることができた。驚いたことに堅固なショルダーアーマに細かいひびが入っている。

「サンキュー、ツルギ」

アルティメット・クロスは両腕をゆっくり回して肩をほぐした。

「ふぇっふぇっふぇ。よけてばかりでは勝てぬぞ、赤いエディー」

しかし、いかに再生する肉体を持つフルタンク・ビザーンといえども、ツルギの斬撃を少々受けすぎたようだ。

今のところは右腕もまだ完全に修復されていない。

今一度ふたりの敵に突進しようとするモンスターをタレナガースが制止した。

「神力のバリヤーを突き破れる者が現れるとは想定外じゃった。おのれツルギめ。。。じゃがまぁここは無理をする必要もあるまい。フルタンク・ビザーンよ、一旦引け」

タレナガースはそう言うと、またしてもキバの間から盛大にどす黒い瘴気を噴出させると、フルタンク・ビザーン共々その中に足を踏み入れた。

「あ、待て!」

アルティメット・クロスはタレナガースたちを追おうとしないツルギの脇を駆け抜けてケモノのマントを掴もうとしたが、わずかに遅かった。

ふたつの巨体は風に散る瘴気共々いずこかへ消え失せてしまった。

「ああん。せっかくツルギの攻撃が効いていたのに。残念」

「まぁでもツルギのおかげで周囲に大きな被害が出なかったのはよかったよ」

そう言うアルティメット・クロスとエリスの傍らで、ツルギは静かに太刀を鞘に収めた。そして真っすぐに琴の前へと進んだ。

「琴殿、私はあなたにお会いするためにここへまいりました」

琴はツルギを見上げて静かに頷いた。

自己紹介など無くとも、ツルギがどういう素性の者かは既に承知しているようだ。

「どうか速やかに御琴山へお帰り下さい」

「それは霊山様のお考えですか?」

「そうです。あなたには帰るべき場所があり、あなたを崇め慕う人々がおります」

その会話にエリスが割って入った。

「え?え?琴さん帰っちゃうの?」

その時初めてツルギがエリスに向き直った。

「おおよそのいきさつは承知している。御琴山でヨーゴス軍団に神力を奪い取られた琴殿の難儀を救ってくれたこと、山の神に仕える者として礼を言う」

ツルギは僅かだがエリスに向かって頭を垂れた。

この気位の高い武人が頭を下げるなど滅多にないことだ。エリスは恐縮して「いえいえ」と両掌を左右にひらひら振った。

「だが、神であるこの方をこのような所へ連れ回してよいわけではない」

急に厳しい口調に変わったツルギにエリスは「うう。。。ごめんなさい」と小さくなった。

―――お礼を言われた直後に思いっきり怒られちゃった。

「すまないツルギ。俺が不甲斐ないばかりに。琴さんの助力を当てにしてしまった」

横合いからエディーも頭を下げた。既にノーマルモードに戻っている。

「せっかくのお気遣いですが。。。」

琴が口を開いた。

「ツルギ殿、このたびの渦戦士たちの苦戦はすべて私の神力によるものです。あの怪物を倒すために私にできることがあるなら引き続きおふたりに助力したいと思います」

「琴殿に責任はありません。あのタレナガースという魔人は我らの予想を超える悪だくみをしかけてくるのです」

「それについては俺もツルギに賛成です。あなたに責任はまったくないと思います」

エディーも賛同した。琴は被害者なのだ。

確かに山の神たる琴がこのようにいつまでも人間界にいていいとは思えない。

御琴山の神社に戻れば、聖なる大地と人々の信仰によって徐々にもとの神力を取り戻すだろう。時間はかかるかもしれないが御琴町ももとの「元気な町」に戻るに違いない。

しばらく下を向いて黙考していた琴は顔を上げて3人を順に見た。

「いいえ。やはり私はおふたりと今しばらく行動を共にします。ツルギ殿、霊山様にお詫び申し上げてください」

「いや、しかし。。。」

ツルギは何か言おうとしたが、静かだがきっぱりとした琴の物言いに覚悟の強さを悟った。

―――しかたあるまい。

ツルギは無言で頷いた。

 

「攻撃力はアルティメット・クロスとほぼ互角。だけど問題はあのバリヤーよ。アルティメット・ソードの斬撃も通用しなかったのには驚いたわ」

「あんなに堅固なバリヤーは初めてだよ」

ヒロとドクはぼやいた。

いつものカフェのいつもの奥のテーブル。

隣のテーブルにもお客がいるため、顔を突き合わせて声を落としている。

そして今日はもうひとり、琴がヒロの隣のイスにチョコンと座って珍しそうにコーヒーを飲んでいる。

「ツルギは、バリヤーが強いとか剣の威力が弱いとかいう問題じゃないって言っていたよね」

「ええ。力の本質がどうとか。。。」

ヒロは眉間にしわを寄せて首を傾げた。

「何だよ、力の本質って?」

「まぁ早い話が私たち人間の力ではどんなに強力でも神の力には敵わないってことなんじゃない?」

「だから神々に連なるツルギの剣はバリヤーを斬れたってことか。。。」

ふぅ、と息を吐きながらヒロは体を椅子の背もたれに預けて天井を向いた。

「俺。。。がんばったんだけどなぁ」

「結構いい線いってたわよ、ヒロ」

「そうだろう。格闘戦では一歩もひけはとっていないと思うんだ」

「それにアルティメット・クロスの力では絶対に敵わないって言われちゃったし。ショックだわ。。。」

「じゃどうすればいいのさ?あれはダメこれはダメって散々言っといて結局どうすればいいか役に立つ情報は何もくれないんだ、ツルギは」

タレナガースたちが瘴気に紛れて姿を消した後、ツルギはエディーとエリスにこう言った。

「お前たちが相手にしているのは邪悪とはいえ元は神の力だ。どれほど強力であろうと人間の力とはその本質が違う。決して勝てない。特に渦のエナジーならともかく、アルティメット・クロスのエナジーはエリス、君が手を入れているな」

「ええ。あれは渦のエナジーにある種の化学反応を起こさせてこしらえたものよ」

「それではだめだ。神力には太刀打ちできない」

「え、じゃあアルティメット・クロスでは勝てないってことなの?」

アルティメット・クロスに絶対的信頼を置いているエリスは顔全体で不満を現した。

「そんな顔をされてもダメなものはダメなのだ」

それだけ言い残してツルギは風を巻いて姿を消した。

「もう。タレナガースといいツルギといい。言いたいこと言ったら勝手にホイホイいなくなるんだから」

ドクの口がとんがっている。

「結局何が言いたいのかさっぱりわからないままだったね」

「昔から話がまわりくどいのよ」

ふたりの話はいつの間にかツルギの悪口に変わっている。

珍しそうに厚切りトーストのバターの香りを嗅いでいた琴がそれを聞いてクスリと笑った。

琴がこんな風に笑顔を見せてくれるようになったことはヒロとドクにとってとても嬉しいことだった。

「もうひとつの姿で戦えばよいではないですか」

分厚いトーストの端っこにかわいらしい噛み跡がついている。

「え?」

「今なんて」

ヒロとドクは同時に琴を見た。

「もうひとつ、エディーの力には強い戦士の姿が見えています。心当たりはありませんか?それは恐らく神に連なる存在から与えられた力のように感じましたが」

「あ!」

「そうか!」

思わず大きな声を出してしまい、隣のテーブルでコーヒーを飲んでいたお客が驚いて椅子から少し腰を浮かせた。

真ん丸な目でこちらを見ている。

「あ、すいません。。。」

「えへへ、ごめんなさい」

愛想笑いを周囲に向けておいて、ふたりはまた顔を近づけた。

あった。忘れていた。

アルティメット・クロスの万能さに隠れていたもうひとつのバトル・フォームを。

「エディー・エボリューションか!」

「確かにあの力は今や大明神として祀られているタヌキの神様、ギンメのオダカから授かったものだわ」

ヒロとドクは美味しそうに厚切りトーストを食べる琴を驚きの目で見た。

エボリューション・フォームとは、エディーがギンメのオダカから授与された特殊アイテムを眉間にかざすことで渦エナジーを全身に激しく対流させ、体の各所に潜むチャクラを高速回転させることによって一気に戦闘力を向上させるものだ。

琴はエディーの中に潜むその存在に気づいていたのか。神様はやはり神様だ。何でもお見通しである。

「恐れ入ったね」

「本当に。だけど問題は。。。」

次にフルタンク・ビザーンと出会った時のバトルフォームはこれで決まった。

しかしエボリューション・フォームは戦闘力において最強形態であるアルティメット・クロスには及ばない。

ツルギが言う「力の本質」としては同じ土俵に立てるのかもしれないが、相手はアルティメット・クロスと同等の戦闘力を有している。

その差をどうしたものか。

ふたりはまた黙り込んでしまった。

ふと見ると、いつ持ってきたのか琴はカフェの書架に置いてあった少年誌「少年ホップ・ステップ」を読んでいる。

ヒロがのぞき込むと、意志を持つ破邪の剣ブレイカーが活躍する大人気のアクション・ファンタジー漫画を夢中で読んでいる。

トーストをかじりながら漫画に熱中しているさまは、見た目どおりの年頃の普通の女の子だ。

ヒロとドクはそのあどけない姿に微笑みを浮かべた。

琴はその漫画を読み終えると、少年誌を勢いよくパタンと閉じて、そのあと無言で厚切りトーストをかじり、コーヒーを飲んだ。何かを考えているふうに見える。

と、ふと顔を上げた。

「ヒロさん、ドクさん。私はやはり御琴山へ戻ります」

「え。。。そうなのかい?まぁ琴さんがそう言うなら俺は反対しないけど。。。」

「でもどうしたの、急にそんなこと言い出すなんて」

そうした方が何かと良いのだろうというのはわかる。

ツルギも安心するだろう。

だが、頭でわかっていても、今一つ腑に落ちない。

「寂しくなるなぁ。けど御琴町の人たちはきっと安心するね」

ドクの言葉に琴は小さく首を横に振った。

「また帰ってきます。近いうちに」

「え、そうなの?それはいつ頃?」

「それはわかりません。わかりませんが、きっと帰ってきます。だからその間なんとかあの怪物を抑えていてください」

それはつまり、打倒フルタンク・ビザーンの秘策をひっさげて帰ってきてくれるということなのだろうか。

そう言うと、琴はテーブルの端に立ててあるメニューを開いた。

「マスターさん、おしるこセットをひとつお願いします」

 

「琴殿、思いとどまってはいただけないのですか?」

ツルギは琴の背に向かって言った。

だが琴は返事をしない。

しつこい親父に反抗する娘のように、背後のツルギを無視して御琴神社の鳥居をくぐった。

「お願いした件、くれぐれもお忘れなきよう」

そう言い残すと質素な社殿の扉を開いてその中へ姿を消した。

 

(六)出撃準備完了

「タレ様や、何をしておられる?」

闇の中に声が湧き上がった。

常人ならば、その声の余りの不気味さゆえに一刻も早くこの場を離れたいと切望するであろう。

「クイーンか」

応じた声もまた尋常ならざる剣呑な響きを孕んでいる。

闇に少し目が慣れてくると、そこが足元も頭上も、右も左も土に囲まれている細長い空間であることがわかる。

何よりこの蒸し暑さはどうにも我慢がならない。

つまり、人が長居をする場所ではないというわけだ。

それはそうだろう。ここはヨーゴス軍団の秘密アジトなのだから。

山の腹を抉るように、大きな横穴を掘っただけの急ごしらえだ。

つい先日までアジトにしていた県南の御琴山が渦のエナジーで「汚染」されてしまったために、かつての本拠地であったここ眉山へ舞い戻ってきたというわけだ。

ふたりの前にはかつて御琴山のアジトに置かれていた円筒形のカプセルが移設されており、その中には二度にわたってエディー、アルティメット・クロスの攻撃を退けたフルタンク・ビザーンが横たわっている。

「フルタンク・ビザーンを改造しておられるのか?そのようなことをせずともこやつは既に無敵ではないか?」

初めの声。

紫の鬼女ヨーゴス・クイーンだ。

「ふむ。フルタンク・ビザーンの闇の神力によるバリヤーはあの赤いエディーでさえも傷ひとつ付けられなんだ。じゃがツルギの攻撃は止められなかった。おそらくはふたりの力の本質にかかわることであろう。フルタンク・ビザーンに流れる神力と同類の力を揮うツルギに対してはバリヤーとしての効力を発揮できぬのじゃ」

ふたつめの声。

ヨーゴス軍団の首領、魔人タレナガース。

「バリヤーがあるゆえフルタンク・ビザーンの肉体の復元能力にはそれほど力を注いでおらなんだ」

タレナガースはカプセルに何やらホースをつなぎ、そのホースのもう一方の端を傍らに置かれた別の機械につないだ。

「それは?」

「活性毒素強制対流装置じゃ。余の活性毒素をさらにパワーアップさせてフルタンク・ビザーンの肉体に注入しておけば、復元能力が飛躍的にアップする。バリヤーと活性毒素の二段構えでフルタンク・ビザーンは鉄壁の防御能力を誇ることになる。赤いエディーのソードもツルギの剣も恐るるに足らずじゃ。ふぇっふぇっふぇ」

「次なる戦いが楽しみじゃ。早う町を襲いに行こうぞ、タレ様」

「慌てるでない。活性毒素がこやつの全身を巡るまでしばし待て。何せこの巨体じゃ。時がかかる」

「ふぅむ。あとの楽しみかや。待ち遠しいことじゃ。ひょっひょっひょ」

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

ひょっひょっひょっひょっひょ。

 

ブゥオオオオオオムン!

徳島市の中心部を流れる新町川河畔にある公園。

ビルの壁に反響して道行く人々を氷づかせる叫びと共に、そいつらは姿を現した。

魔人タレナガース。

鬼女ヨーゴス・クイーン。

そして最強モンスター、フルタンク・ビザーン。

徳島に仇為す悪の秘密結社ヨーゴス軍団の主力メンバーだ。

「それにしても準備を整えるのに3日もかかってしまったぞよ。時間がかかるにもほどがあるわえ」

ヨーゴス・クイーンがタレナガースに顔を近づけて文句を言っている。

「だまれ!フルタンク・ビザーンにつないであった活性毒素のチューブを引きちぎってチュウチュウ吸うておったのはどこの誰じゃ?あれの修復と再注入で丸1日費やしたのじゃぞ」

「う、うぐ。。。」

不利とみるやヨーゴス・クイーンはプイとそっぽを向いた。

メキメキメキメキ!

ズズウウウン!

その時、公園の巨木が悲鳴をあげながら根元近くから引き倒された。

公園を訪れる人々の目を癒してくれる大きな木の命を無慈悲に奪ったのは怪力のフルタンク・ビザーンである。

首、肩、背中、腕、腰、太もも、ふくらはぎ。

全身を鎧のごとき筋肉が覆っている。

そしてそれを支えているのはかつて県南の小さな町御琴町で人々に崇め親しまれてきた神たる琴の善なる神力である。

その善なる神力を邪悪なる力に変換し、ビザーンの体の隅々にまで行き渡らせてこしらえたのがフルタンク・ビザーンだ。その名の通り悪の神力が体内に満ちている。

ぶぅん。

なんとフルタンク・ビザーンはへし折った巨木を脇に抱えると、片腕1本で振り回し始めたではないか。

ズガン!

ガシャーン!

バキバキ!

巨木は街灯のポストをくの字に曲げ、並べて停めてあった駐輪コーナーの自転車数台を跳ね飛ばし、他の木の枝を叩き折った。

「ふぇっふぇっふぇ。そうじゃ好きなだけ暴れてよいぞフルタンク・ビザーン。そなたを止められる者はおらぬゆえな」

「ひょっひょっひょ。壊せ壊せ壊せ。立っている物はへし折ってやれ。横になっている物は叩き割ってやれ。愉快愉快」

ヨーゴス・クイーンにいたっては嬉しさのあまりスキップでタレナガースの周囲を回り始めた。

 

「急げエリス」

「準備オッケーよ、行きましょう」

ヨーゴス軍団出現の報を受けた渦戦士ふたりが高機動バイク「ヴォルティカ」に跨った時、行く手を阻む黒い影が現れた。

「ツルギ?」

「どうしたの?こんな所に来るなんて」

ツルギが戦いの現場ではなく、渦戦士たちの秘密ガレージにやって来るなどかつてないことだ。

「どう戦うつもりだ?」

詰問するようなツルギの口調にエディーは何かを察してヴォルティカを降りた。

彼らは戦いにおいて常に勝利せねばならない。

ノーマルフォームでも最強形態でも勝てない相手に立ち向かう今、ツルギの問いはもっともなものだ。

ツルギと対峙したエディーは腰のパウチから青いひし形のクリスタルをはめ込んだアイテムを取り出して眉間にかざした。

かつてタヌキの大明神ギンメのオダカがエディーに授けた「シラサギのハチガネ」である。

眉間に触れるやシラサギのハチガネは中央のクリスタルの左右から金色の鋭い羽根をシュッと展開させ、エディーの前頭部に密着した。

するとハチガネのクリスタルを起点にエディーの体内にある渦エナジーが高速で対流し始めた。

ギュウウウウウウン!

渦のエナジーは対流することでさらに濃密となり体の隅々にまで行き渡った。

エディーの黒いバトルスーツが緑色に変じてゆく。それは深い深い海の緑だ。海が持つ深海の力の色だ。

額からほとばしり出た渦のエナジーはエディーの全身に活力を与えながら駆け巡り再び額へ帰る。その途中でエナジーの中心となるさまざまな部位において更に濃い渦の紋様を浮かび上がらせている。

胸の中央にはノーマルモードよりもひと回り大きな逆五角形のエディー・コアが緑色に煌めいている。

エディー・エボリューション。

渦戦士エディーの強化二段変身である。

「オレのもうひとつの姿、エボリューション・フォームで戦う」

その姿を見ているツルギが無言で頷いた。

「その力ならばよかろう」

そう言うと懐から何かを取り出した。

「緑のエディー、これを受け取れ」

それはひと振りの短刀であった。

「琴殿から預かってきた。エディーが邪悪な神力と渡り合える力を以てあのモンスターと戦う時が来れば渡してもらいたいとのことだ」

鞘や柄には細かい細工が施されている。彩色もされていたようだがかなりの年代物とみえて当時の美しさは伺えない。

「公方が阿波に下った折りに持参した守り刀だそうだ」

神社に奉納されていた宝物だというではないか。

エディー・エボリューションはその小さな刀を恭しく受け取ったものの、どう使えばよいか思案した。

「ねぇ、そんな由緒正しい刀なら銘はあるのかしら?」

エリスも物珍しそうにのぞき込んでいる。

ツルギは黙っている。

銘などないのか、それとも聞いていないのか。。。

「ブレイカー」

「え?」

「なんだって?」

エディー・エボリューションとエリスが聞き返した。

今、誰が答えた?

「銘はブレイカーだそうだ」

今度はツルギが言った。先ほども彼の声だったのか?

「ブ、ブレイカーって、あの漫画のタイトルじゃないか」

「公方様もハイカラな名前を付けたものね」

「詳しいことは知らん。それよりも長い間御琴神社の社殿の奥に奉納されていた刀だ。かなりの神力を秘めている。加えてこのたびの戦いに備えて琴殿が念をこめてくれた」

ツルギの説明に改めてエディー・エボリューションはその短刀「ブレイカー」に目を落とした。

―――この短刀にどんな力が込められているというんだ?

エディー・エボリューションはまだ少し懐疑的だったが、ツルギは冗談を言う男ではない。

「使いどころを誤るなよ」

意味深な言葉を残してツルギはくるりと踵を返した。

 

(七)覚悟の一撃

ブロオオオオオン!

大排気量のバイクのエンジン音が轟いた。

「ふん、やられに来おったか」

タレナガースがキバを光らせて不敵に笑った。

公園の入り口に2台のバイクが停まった。

前2輪の逆トライクは渦戦士専用の高機動バイク、ヴォルティカだ。

乗っているのはエリスと、エディー・エボリューション。徳島を守るふたりの渦戦士。

「やめないかヨーゴス軍団。ここは人々が憩う安らぎの場。お前たちが足を踏み入れてよい場所じゃない。さっさと山の洞穴へ帰れ!」

「とにかくその災害級のブサイクな姿を見せないでくれる?ああ気持ち悪い」

ふたりとも毎度毎度癪に障ることを言うが、今日ばかりはタレナガースは笑ってこらえることができた。

御琴山ではエディーを完全KOし、二度目のバトルでは最強形態のアルティメット・クロス相手に一歩も退かなかった。

唯一フルタンク・ビザーンの体に傷をつけたツルギ対策として、活性毒素による肉体復元力をアップさせてある。

もはや死角はない。戦えば間違いなく勝つという絶対の自信があったからだ。

ヴォルティカを下りた二人は公園の中央でフルタンク・ビザーンと対峙した。

「ほほう、珍しや緑のエディーか。じゃが、確か赤のエディーこそが貴様の最強フォームではなかったか?奇をてらった戦法なんぞ絶対的パワーの前では何の効果もない。もはや哀れぞエディー。ふぇっ!」

―――お前に言われなくたってわかっているさ。だが、勝負の行方は決まっちゃいないぜ。

エディー・エボリューションは腰をわずかに落としてファイティングポーズをとった。

さあ、3度目のバトルだ。

ぶぅん!

へし折った巨木を脇に抱えたフルタンク・ビザーンが上体を捻りながらその巨木を振り回した。

唸りを上げて飛来する巨木。当たれば公園の外にまで放り出されるだろうが、エディー・エボリューションはそれを難なくかわした。

空振りとなりわずかに巨木を振る勢いがそがれたとみるや、エディー・エボリューションはその巨木に飛び乗るとフルタンク・ビザーンめがけて幹の上を駆けた。

「おおっ」

神速の動きに、敵のタレナガースが思わず感嘆の声を上げた。

巨木を抱えるフルタンク・ビザーンの足は止まっている。その機を逃さず、エディー・エボリューションは助走をつけて巨木を蹴るや両手をクロスさせてフルタンク・ビザーンめがけて跳んだ。

ガガッ!グシャ!

嫌な音がして、フライング・クロスチョップの痛撃がフルタンク・ビザーンの胸板にヒットした。

スピードとバランスならアルティメット・クロスにも引けを取らない。活性化した渦エナジーのなせる技だ。

しかし神業のごとき攻撃も、超ヘビー級モンスターには大したダメージを与えられてはいないようだ。抱えていた巨木を後方へ投げ捨てるや、今度はこちらの番とばかり猛然とエディー・エボリューションに突っかかっていった。

頭上で両手を組み合わせて、エディー・エボリューションの頭部めがけて振り下ろす。

土砂崩れで勢いよく転がり落ちる巨石のごとき拳を咄嗟に両腕でカバーしたものの、エディー・エボリューションは物凄い衝撃を両腕から肩に感じて地面に両膝をついた。

いや、圧し潰されたと言っていい。

前かがみになっているボディへすかさず蹴りが来る。

ガシッ!

ぐはっ!

まるでラグビーのドロップキックのようだ。

2m近いエディー・エボリューションの体が1mあまり宙に浮いた。

その体が着地する寸前、今度はゴツいフックが真横から来た。

御琴山での初戦、ノーマルフォームだったエディーがあっけなくKOされたあの「鉄球フック」だ。

キックで息が詰まり、視界が暗転しそうになるのを必死でこらえてガードする。この威力はわかりすぎるほどわかっている。

ゴンッ!

鈍い音がして、エディー・エボリューションの体が空中で円盤のように横へ一回転してどさりと地面に落下した。

ノーマルモードのエディーならまたしても地面に這いつくばってしまったかもしれないが、エボリューション・フォームによる強化と先の一戦の経験が辛うじて彼を動かしている。

気合と共に四肢を踏ん張って後方へ跳ぶ。フルタンク・ビザーンの突進力を考えて更に後方へ、バク転で間合いを広げた。

ボオオオオオオオオオオムン!

「ふぇっふぇっふぇ。今の雄叫びはフルタンク・ビザーンの勝どきと知れ」

「ひょっひょっひょ。これはまた一方的なバトルになりそうじゃ。十分いたぶってから息の根を止めよフルタンク・ビザーン」

何を言われようと今は耐えるしかない。

「こうした攻撃に耐え抜くにはやはりアルティメット・クロスの力が必要か。だが、俺はこのままでいくぜ」

まだ少しフラフラする頭を振りながらエディー・エボリューションは態勢を整えた。

「まぁ素手の格闘戦で勝てるわきゃないか」

エディー・エボリューションは両腕を胸の前に突き出すと左右の掌を向かい合わせにして見えないボールを掴んでいるような形にした。

何もない掌の間にやがて緑色の光が灯り、見る見るバスケットボール大に膨らむと、今度はニュッと長く伸びて緑色の剣になった。

エボリューション・ソードだ。

エディー・ソードよりも長く、アルティメット・ソードよりも軽くて扱い易い。

そして、すこぶる切れる!

エディー・エボリューションが仕掛ける!

フルタンク・ビザーンは得物を手にした相手にわずかに構えを見せたが、黒い神力バリヤーを展開させると臆することなくエディー・エボリューションを迎え撃った。

ええええい!

気合と共にエディー・エボリューションは愛刀を真一文字に払った。

スパッ。

ヴォオオオオオオオン!

アルティメット・ソードでも斬り裂けなかった黒いバリヤーがエボリューション・ソードの斬撃で切り裂かれ、その切っ先は更にモンスターの盛り上がる胸の筋肉に食い込んだ。

モンスターは痛みを感じるのか?それともわが身を傷つけられたことに激怒しているのか?

フルタンク・ビザーンはひときわ大音響で咆哮するや怒りの目でエディー・エボリューションを睨みつけた。

「やったわ。バリヤーもろともモンスターの体を切り裂いた!」

エリスが快哉を上げる。

「むむ。あやつの剣、神力のバリヤーを貫きおったか。ツルギと同じような力を秘めておると見た。じゃがそこまでよ」

切り裂かれた胸の傷がみるみる修復されてゆく。

フルタンク・ビザーンは活性毒素の追加注入によって肉体の復元能力を向上させている。

「前回ツルギと戦った時よりも修復のスピードが格段に速い!?向こうも対策を講じてきたってわけね」

エリスが悔し気にこぶしを握る。

「もっと深々と、内部にダメージを与えられるほどの傷を与えられなければ倒すのは無理だわ」

だが、最前線に立つエディー・エボリューションは全身に闘気をみなぎらせている。

「ヤツの肉体にこの切っ先が届くだけでも御の字さ」

一撃で倒せなければ何度でも挑戦する。

「悩んでいる暇なんてないぜ」

エディー・エボリューションは速攻に出た。

ツルギばりに風を巻いてフルタンク・ビザーンに挑む。

風を感じた瞬間、そこは斬り裂かれている。

変幻自在の斬撃を繰り返してフルタンク・ビザーンに傷をつけてゆく。

―――こいつには前後のステップよりも左右の揺さぶりが効く。

横への体さばきは前へのダッシュほど早くないとエディー・エボリューションは見切っていた。

ザシュッ!

ドシュッ!

バシュッ!

背後に回って背中に、体を沈めて膝に、そのまま横へ回って脇腹に、また背後かと見せかけてジャンプして山型の頭部に、エディー・エボリューションは次々とソードで傷をつけた。

パックリと開いた傷口は高密度活性毒素の細かい触手がまるで手術で縫合に使う糸のように絡み合ってみるみる塞がってゆく。

だが正面からやり合わず体の周囲を回りながらの変則攻撃に、フルタンク・ビザーンはダメージよりも苛立ちを見せ始めていた。

そしてそれはタレナガースとヨーゴス・クイーンも同じである。

「ちょこまかと!フルタンク・ビザーンよ、緑のエディーを捕まえるのじゃ。動きを止めてその太い腕で首をへし折ってやるのじゃ」

「ほんにコバエのようじゃ。ええい、うっとうしい。叩き潰してしまえ」

だが、エディー・エボリューションのほうでも斬撃による傷口はみるみる塞がってしまい一向にダメージを与えられないというもどかしさがある。

「ここは我慢よエディー・エボリューション。焦った方が負ける」

エリスも緊迫の戦いを固唾を呑んで見ている。

だがエディー・エボリューションには戦いの最中でも気になることがあった。

腰に潜ませた例の短刀「ブレイカー」だ。

琴がツルギに託した室町時代の公方様が都から持参したという守り刀。

琴はいったいどのような力をこのブレイカーに封じ込めたのか?

「使いどころを誤るなよ」とツルギは言った。

―――使いどころ。。。?

その時!

「危ない!」

エリスの叫びとともにフルタンク・ビザーンの右肩がエディー・エボリューションの左胸に激突した。

グァシャッ!

「ぐわっ!」

エディー・エボリューションのむねのアーマが砕けた。

間一髪胸のコアは守ったものの、ショルダーアタックの痛撃を食らってエディー・エボリューションは後方へ吹っ飛んだ。

「ふぇ〜っふぇっふぇ!貴様、最強の敵と戦っておりながら今何を考えておった!? たわけめ!」

ノーマルモードなら今の一撃だけで勝負をつけられていたかもしれない。

今のはさすがにタレナガースの言うとおりだ。

―――いけない、集中集中。

ふううううう。

エディー・エボリューションは呼吸を整えるとソードを正眼に構え、切っ先を相手の山型の頭部に向けた。

エボリューション・ソードなら敵の黒いバリヤーを突き破って肉体に一撃を加えることもできる。

修復されようともダメージは与えられるのだ。

恐れずゆけ!

エディー・エボリューションは用心しながら間合いを詰めた。

敵は活性毒素の自動修復能力に絶対的自信を持っている。さらにバリヤーとの組み合わせで、致命的な深手など負うはずもないと考えているのだ。

そこが付け目だ。

斬るよりも突く。懐に飛び込んでもっとも防御の弱い喉を貫いてやればどうだ。

だがそこまで近寄ればこちらもただでは済まない。キツい攻撃を食らうだろう。

―――腹をくくるしかないな。

こちらが恐る恐る近づいていてもこの戦局は覆せない。

一撃に賭けよう。

エディー・エボリューションがダッシュした。

繰り出されるフルタンク・ビザーンの左フックをかいくぐって懐に飛び込む。

次は鳩尾目がけて膝が突き上げられたが、これも間一髪体をひねってやり過ごす。

が、頭上の死角から叩き潰すようなゴツいパンチが落とされた。

ゴンッ!

気配だけで辛うじて頭部をよけたものの、左肩にもの凄い衝撃を受けて思わず片膝をついた。

背中に刺すような殺気を感じたが、その瞬間エディー・エボリューションの視線はフルタンク・ビザーンの喉を捉えていた。

「いける!」

エディー・エボリューションはパンチの衝撃でふらつく足に活を入れつつ体をぶつけるようにエボリューション・ソードを斜め上へ遮二無二突き上げた。

ガッシュッ!

手ごたえはあった。

「首尾は!?」

エディー・エボリューションの視線がフルタンク・ビザーンを見上げ、驚いたようにエディー・エボリューションを見下ろしているモンスターの視線と絡み合った。

「やったのか!」

だが、その目がゆっくりとニヤリと歪んだ。

フルタンク・ビザーンの両手がエボリューション・ソードの喉にかけられた。

「なに!」

エボリューション・ソードは咄嗟に喉をガードしたフルタンク・ビザーンの太い右腕に刺さっている。喉笛までには届いていなかった。

「ああ。。。」

エリスの落胆の声がエディー・エボリューションの背後で聞こえる。

フルタンク・ビザーンは岩をも握り潰す凄まじい握力でエディー・エボリューションの首を締めあげながら頭上に持ち上げた。

「ふぇっふぇっふぇ。狙いは良かったがのう。捨て身の一撃も今一歩届かなかったか。誠に惜しいことであった」

「ひょっひょっひょ。そぉれそのまま緑のエディーの喉を握りつぶしてしまえ!」

「うっぐ。。。」

フルタンク・ビザーンの十指にさらに力が込められた時、どこからか声がした。

「今よ」

意識が薄れかけていたエディー・エボリューションの体がピクンと反応した。

咄嗟に腰に差していたブレイカーを鞘払うと、眼の前にあるフルタンク・ビザーンの頭部の中央、山頂のアンテナに模した突起部分にザクッと突き立てた。

ウォオオオオオオオオオオムン!

次の瞬間フルタンクビザーンはネック・ハンギングで高く持ち上げていたエディー・エボリューションの体を腹立ちまぎれに地面へ放り投げた。

極限まで消耗していたエディー・エボリューションはうまく受け身も取れず、肩から落下して呻いた。

「エディー・エボリューション、しっかりして」

エリスが駆け寄って、立ち上がろうともがくエディー・エボリューションに肩を貸した。

「ふぇっふぇっふぇ。往生際が悪いとはこのことじゃ。そのような小さな刀をフルタンク・ビザーンに突き立てたところで蚊に刺されたほどにも感じぬわ」

エディー・エボリューションはよろよろと立ち上がった。

視界が霞む。

タレナガースの笑い声がはるか遠くで聞こえた。

満身創痍とはこのことだ。

もう拳のひとつも叩きつける力は残っていない。

しかし敵はまだ立っている。

ファイトだ!

気合を込めろ!

エナジーを対流させるんだ!

その時。

「ヴァラント・キューザス!」

どこからか声がした。

「見て!あそこよ」

最初に気づいたのはエリスだった。

彼女が指さしたところ、フルタンク・ビザーンの頭部に刺さったブレイカーが発光している。

光は次第に強くなり、直視できないほどになった。

びくん!

突如フルタンク・ビザーンの体が硬直したように伸びあがった。

眉山を象った頭部を天に向けるとブォオオオオオオム!と吠えた。

「むっ!いかがしたフルタンク・ビザーンよ」

巨体が動かない。

動けないのだ。

何かが、体の中の何かがおかしい。

フルタンク・ビザーンは激しく痙攣し始めた。

頭頂に刺さったブレイカーのあたりから、まるで噴水のように黒い物体がどろどろと流れ出してきた。

その黒い何かはまるで山の斜面を駆け下る泥流のようにフルタンク・ビザーンの頭部を流れ落ちるとその足元に黒い液溜まりを作った。

「な、あれは活性毒素!?活性毒素が全部体外へ流れ出てしもうた」

続いてその全身から黒い湯気のようなものが立ち上がり始めた。

「タレ様、あの黒いものは?フルタンク・ビザーンのバリヤーの色に似ておるが?」

ヨーゴス・クイーンの言葉にタレナガースはギリリと歯噛みした。

「フルタンク・ビザーンの邪悪なる神力が。。。浄化されてゆく!」

―――あの頭に刺さった短刀のせいか。

タレナガースは細かく激しく痙攣しているフルタンク・ビザーンに駆け寄ると頭頂部の短刀に手を伸ばした。

バチン!

タレナガースの手が触れるや、短刀から眩い火花が散って魔人を拒んだ。

「ぐぅぅ、これは」

痛む手をさすりながらタレナガースはその時初めて短刀の正体に気づいた。

「おのれ。いらぬことをしおって」

「どうなさったタレ様。フルタンク・ビザーンに何が起こったのじゃ?」

「ええい、話は後じゃ。フルタンク・ビザーンは放棄する」

タレナガースは忌々しそうにキバをむくと、おろおろしているヨーゴス・クイーンの体を引きずるように公園の外まで下がった。

いつもより一層盛大に瘴気を吐き出すとふたりしてその中に消えた。

「タレナガースたちが撤退したわ。エディー・エボリューション、モンスターはどうなっているの?」

刹那、危険を知らせるエディー・エボリューションの脳内アラームが鳴り響いた。

「エリス伏せろ!」

エディー・エボリューションが叫びながらエリスに覆いかぶさった。

同時に!

ドドーーーーーン!

直立していたフルタンク・ビザーンが大爆発を起こした。

凄まじい爆発だ。

もの凄い爆風がエディー・エボリューションとエリスを襲い、地面に伏せていたふたりを公園の外の県道にまで吹き飛ばした。

渦のバトルスーツが辛うじてふたりを守ってくれたが、変身前の姿だったら命にかかわっただろう。

一般人がひとりもいなかったことが何より幸いだ。

「いたぁい、ねぇ何が起こったの?どうしていきなり爆発を?」

「わからない。たぶんツルギから託されたあのブレイカーがカギを握っているはずだ。タレナガースもブレイカーに触れた瞬間ヨーゴス・クイーンを連れて逃げてしまったからな」

エディー・エボリューションはノーマルモードのエディーに戻った。戦っていない状況でのエボリューション・フォームはエナジーの浪費につながるからだ。ふたりはまだ痛む体をさすりながら公園を見渡した。樹木はすべて幹の中ほどでへし折れ、街灯は飴細工のように曲がっておじぎをしている。木製のベンチは粉々になってあたりに散乱している。

「ひどいな」

まだ土煙が立ち込めている。

「エディー、誰か倒れているわ!」

エリスが大声を上げた。

確かに土煙の向こうに誰か倒れている。

そんな馬鹿な!みんな避難してここには渦戦士とヨーゴス軍団しかいなかったはずだ。

だが、駆け寄ろうとしたエディーたちの眼前で倒れていた人影がむくりと起き上がった。

女性のようだ。

「大丈夫ですか?って、えええ!?」

「まぁ、あなたは」

駆け寄って手を貸そうとしたエディーとエリスは驚いてその女性を見た。

「琴さん!」

それは御琴山に帰ったはずの琴であった。

「あいたたた」

小柄な少女は両手で頭をさすっている。

「琴さん、あなたどうしてここにいるの?いつの間に。。。ハッ、まさか」

「君。。。君があのブレイカー?。。。なわけないよな。ああ、こんがらがってきたよ」

「あの怪物の中に頭から突っ込んでいました。刃物なのでもっとすんなりゆくと思ったのですが、思いのほか堅い頭皮でした。今もこの辺がズキズキしています。気持ち悪いし」

「じゃあ、やっぱり君がブレイカーだったのかい?」

「ええ」

琴は両手を頭上でクロスさせて嬉し気に言った。

「ヴァラント・キューザス!」

 

(終章)風が伝えたこと

いつものカフェの奥の席にヒロとドクと琴が座っている。

ここを出たら琴は御琴山へ帰ることになっている。

琴は短刀に格別な神力を込めたのではなかった。彼女自身が短刀に姿を変えていたのだ。

守り刀は本当にあるのだが、本物は今も御琴神社の社殿の奥に安置されているらしい。

ツルギひとりがその事実を知っていたのだが、琴から他言を強く禁じられていた。

カフェに入店した時はまだ頭のあたりが少し気持ち悪いと言っていた。彼女にしてみれば、邪悪なエナジーが満ち満ちた怪物の内部に頭から突っ込んだのだ。無理もあるまい。

しかしカフェで出された冷たいおしぼりでしばらく額を冷やしているうちだいぶ具合が良くなったようだ。

今はヒロの隣で好物のおしるこセットを食べている。ほどよい甘さがお気に召したようだ。

「邪悪に転換された神力をもとの清浄なる神力に再転換させたのです」

木のスプーンでおしるこをすくいながら、琴はフルタンク・ビザーンの最期について説明してくれた。

それは彼女がフルタンク・ビザーンの力の源の本来の持ち主であるがゆえに可能なことだった。琴にしかできない戦法だったのだ。

琴はこの店で読んだ剣の冒険ファンタジー漫画「ブレイカー」にヒントを得たらしい。

「体に満ちた邪悪なエナジーがすべて清浄なるエナジーに変わってしまったため、怪物の肉体が激しく拒絶反応をおこして爆発してしまいました」

「なるほど。凄まじいパワーを生んでいた体いっぱいのエナジーが仇になったってわけか」

「それにしても『ヴァラント・キューザス』って、剣にイカヅチを集めて敵にぶつける雷撃呪文の名前じゃなかったっけ?」

ヒロの問いに琴は顔を上げてニコリと笑った。

「言ってみたかったのです」

これにはヒロもドクもあきれてしまった。

「言葉の響きがとてもよかったものですから」

そういうと琴はまたおしるこをせっせと口に運んだ。

 

30分後、3人はカフェの外に出ていた。

「御琴町まで送ります、琴さん」

ドクの申し出に琴は笑顔で首を横に振った。

その時、通りを一陣の突風が走り、わずかに目を伏せた瞬間、琴の姿は掻き消えていた。

ヒロとドクは突風が過ぎてゆく瞬間、声を聴いた。

「ご苦労だった」

風は確かにそう言った。

<完>