渦戦士エディー
昆虫大バトル
(序)モンスター製造ライン
ガシャーン!
たくさんのガラスが盛大に割れる音がして「あああああ」という嘆きの声があがった。
灯りのひとつも無い真っ暗闇の中に誰かいる。
闇に目が慣れてくれば、その不気味な容姿が浮かび上がってくる。
肉の無い青白いシャレコウベの顔。
額からは悪魔の象徴の如きねじくれた一対のツノ。
眼球の無い赤い目。
首から肩、背中を覆うケモノのマント。
非情のまなざしで人間を見下ろす2m超の長身。
ヨーゴス軍団の首領、魔人タレナガースである。
その足元には、こやつが腹立ちまぎれに投げつけたガラス瓶やら実験道具やらが粉々になっている。
腐臭が漂う澱んだ空気と体にまとわりつくような湿気は地中に特有のものだ。
ここはヨーゴス軍団のアジトに違いあるまい。
「ああ面倒くさい!」
タレナガースが「ごお!」と吠えた。
地中に相応しい地を這うような不気味な声だ。
「なにゆえモンスターの製造はこうも工程が多いのじゃ。余は面倒くさいのはキライなのじゃ」
モンスターの製造はデリケートな作業らしい。
まず大元となる動物の死骸を用意しておく。その動物に基づいたモンスターの青写真をこしらえ、それに最適の活性毒素を大鍋で調合する。モンスターのフォルムをイメージしたモールドをこしらえておき調合された活性毒素を流し込んで流体素材を作成する。そこに秘伝のスパイスを加えて固まるまで中火で煮込み固形素材をこしらえる。その素材に用意した動物の死骸を混ぜ込んで呪文を詠唱し、特定の電気ショックを与えて急速活性させ、モンスターの素体が完成する。そのモンスターの脳にタレナガースの命令に絶対の服従を誓うためのヨーゴス脳を埋め込んでようやく完成するのである。
「余が冥界の超呪術によって編み出したるモンスター製造術。実に9工程14過程もの作業を丁寧にこなさねばならぬ」
なんとか手間を省く方法はないものか?
タレナガースは「ふぅむ」と腕組みをしながらさらに深い闇が巣食うアジトの奥へと姿を消した。
それから数日。
「さて、出来たぞよ」
今日のタレナガースはご機嫌である。
モンスターを製造する煩雑で繊細なたくさんの工程を簡素化するために考案されたモンスター製造ユニットがついに完成したのだ。
確かに悪の天才であることは認めるしかあるまい。
ひとつひとつの作業を別々に機械化してひとつのユニットとし、それらのユニットを連結させることにより全体でひとつのモンスター製造ラインとして確立させた。
魔界に企業があるとしたら立派な特許が取れるであろう発明だ。
「ただし活性毒素の調合と最後の工程のヨーゴス脳の移植だけは余みずからがこの繊細なる感覚を用いて行うしかない。これだけは機械化できぬ」
それでもこの自動ラインを用いれば、タレナガースは創り出すモンスターの完成予想図をもとに、調合済みの活性毒素をユニット1に流し込み、最後のマシン7で完成した素体モンスターに脳みそを埋め込んでファイナライズさせ、ヨーゴス軍団への忠誠を誓わせるだけでモンスターを世に送り出すことができる。
―――我ながら並の天才よりもワンランクもツーランクも上の超天才じゃ。
そしてその記念すべき第1号モンスターの素体がたった今完成した。
オオカマキリのモンスターになる予定である。恐ろしい肉食モンスターが生まれるに違いあるまい。
ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。
「おっと、その前に仕掛けたベノムロケットを発射させてしまわねば。せっかくこしらえたのじゃからのう」
タレナガースはスキップしながらアジトの外へ姿を消した。
(一)放たれたモンスター
「ベノムロケットが発射されました」
県警からの緊急連絡が入った。
ベノムロケットとは、ヨーゴス軍団の徳島攻撃兵器のひとつだ。
簡易ロケットの中に毒性物質を仕込んで天高く打ち上げ、空中で自爆することで中の毒性物質が地上に降り注ぐというものだ。
ヨーゴス軍団が過去何度も使用した兵器で、中の毒性物質は十数種類を数えるが、対応したエリスがその都度データを蓄積し、今では「ベノムロケット対応キット」として県内のすべての警察署に備えてある。
これを使えば撒かれた毒性物質の成分解析、解毒薬の作成まで短時間に行うことができる。
エディーとエリスは現場に到着後、キットを持参した警官隊と協力して毒性物質の付着場所を特定し、慣れた手つきで中和剤を生成して約2リットルの毒性物質を瞬く間に無害化させた。
「お疲れ様エリス」
黒いバトルスーツにシルバーのアーマとゴールドの強化アーマをまとう正義の超人、渦戦士エディー。
額のクリスタル、ゴーグルアイ、胸のコアは清浄なる渦のエナジーを湛えて煌めいている。
「そちらもね、エディー。警官隊の皆さんもご協力ありがとうございました」
周囲に会釈するエディーの相棒エリス。
渦エナジーの開発者にしてエディーの参謀でもある。
青いショートカットの髪が風になびいている。
ヨーゴス軍団が悪さをしかけてくる。それをエディーたちが迎え撃つ。
この図式が変わらぬ限り、こちらにできることはいかに効率よく対処するかである。
そして「お前たちの悪さなど取るに足らぬものだ」と示してやることだ。
今日も手を振る地元の人たちに会釈してエディーとエリスは帰っていった。
キッキキキー。
キキピッピー。
アジトの隅に集まってひそひそと話しているのは戦闘員と呼ばれるヨーゴス軍団の下級構成員だ。
ドクロマークのヘルメットにガスマスク。迷彩色の戦闘服に編み上げブーツ姿。
一見人間だが、その実はタレナガースの活性毒素で作られた人口生命体である。
「ナニナニ?今日はエディーたちが到着して12分で片がついたじゃと?新記録じゃと?」
戦闘員たちが振り返ると、タレナガースの顔がスグそこにあった。
ヒッ!
戦闘員たちは震えあがった。
「フン。で、貴様ら一体なにを喜んでおるのじゃ!?新記録達成がそんなに嬉しいのかや?」
目玉の無い眼窩から怒りの炎があがった。
これはヤバい。鬼より怖い首領様がおかんむりだ。
「くだらぬことを言っておらんで、他になんぞ面白き悪さを考えてこい!
ッキー!
キキピッピー!
うん?これは、なんと。
ひょっひょっひょ。
タレ様の新しい機械じゃのう。
おお、既にモンスターが出来かけておるではないか。
これを使えばわらわにもモンスターが作れるかもしれぬ。
にんまり笑うと、ヨーゴス・クイーンは傍らに置かれた昆虫の死骸を見て舌なめずりした。
「ありゃりゃ?確かモンスターの素体をひとつここに用意してあったはずじゃが。。。」
タレナガースはモンスター製造ユニットのマシン1から順にチェックしていった。
「む、やはり誰ぞが作動させた形跡がある。じゃがモンスターの姿が見当たらぬ。。。はっ、まさかクイーンめが勝手に使いおったか?」
モンスターが出来上がるのは別に構わないが、ヨーゴス・クイーンが関わるとろくなことがない。
「嫌な予感しかせぬが、まあよいわ。このラインを動かせばまた素体は創り出せる」
タレナガースはため息をつきながら「もう一度虫探しからやり直しじゃ」と呟きながら再びアジトから出て行った。
キッキキキー。
キキピッピピピキキ。
キキピィピィ。
暗いアジトに戦闘員たちの声がする。
タレナガースがいないのを確認してこっそりアジトに戻ってきたのだろう。
アジトでゴソゴソと動き回っている気配だ。
しばらくして、そのうちの1体が機械の横に置かれた昆虫の死骸をつまみあげた。
「また素体が無あああああああい!」
ごおおおお!
アジトからタレナガースの叫び声があがった
(二)何が起こっている?
旧吉野川の中流。
釣り人が並んで糸を垂れている。
その前を水鳥たちが通り過ぎてゆく。
ザッバーーーーン!
「うわっ!?」
釣り人たちの眼前で、突如水中から黒く大きな何かが飛び出して水鳥に襲いかかり、頑丈な腕で抱え込むとそのまま川の中へ没した。
「な、何だ今のは?」
「サメか?」
「いや、足があったぞ。何か虫みたいな」
「虫だって?鳥を喰うほどでっかい虫がいるか?ははは。。。まさか」
その出来事は翌日の地元紙やニュースでも取り上げられたが、その日の朝の通勤通学時間、さらに衝撃的な事件が起こった。
徳島駅上空にヨーゴス軍団のものと思われるモンスターが現れたのだ。
ブゥゥゥゥゥ。
昆虫を思わせる巨大な翅が超高速で羽ばたいている。
ヘルメットのような丸く黄色い頭に相手を睨みつけるような大きな目。
特徴的な縞模様の大きな腹部はスズメバチのものだ。
飛来したモンスターは2度ほど駅前広場を旋回した後、腹部の先端から黒い針のようなものを出すと、そこから黒い液体を噴出させた。
「わあああ」
「きゃあ、汚い」
「毒の液体だ。どこかへ逃げ込め」
ヨーゴス軍団の毒液だ。
撒かれた黒い毒液は駅前の広場に雨のように降り注ぎ、あちらこちらから悲鳴がわきあがった。
バスターミナルの屋根の下に駆け込む人、駅ビルや駅前ホテルに逃げ込む人。
「ようこそ 歓迎徳島へ」と書かれたオブジェクトやシンボルツリーのワシントン椰子も真っ黒だ。
コンクリートが多いエリアであるため路面や屋根に溜まった液体はおりからの日差しに熱せられて蒸発し始めた。
ゲホゲホ。
ゴホゴホ。
屋外で避難している人々がせき込み始めた。
「ど、毒ガスに変わっているぞ!」
さらにオオスズメバチモンスターは超低空飛行に移るとお尻の先の針で通行人を刺そうとし始めた。
前足には人を思わせる5本の指があり、恐らくは獲物を掴めるようになっているのだろう。
外観は普通のオオスズメバチと大差ないが、そのスケールといい毒を噴射することといい、およそ自然界の生き物とは言い難い。
驚いた人たちは路上に尻もちをつきバスターミナルのベンチの陰にうずくまったり自動販売機の影に隠れたりと皆うろたえた。そして横断歩道が青に変わるや一目散に建物の中へと逃げ込んだ。
ガシッ!
針の一撃を食らった自動販売機は大穴が穿たれ大破した。
「みんな早く建物の奥へ逃げ込め!」
派出所の警官が両腕を振りながら人々を誘導した。
ブロロロロロ。
そこへ2台の逆3輪バイクが到着した。
渦戦士エディーとエリスだ。
見ると駅前は黒く光る液体で埋め尽くされている。
「これは毒液!?」
「それにしてもこの量は」
ベノムロケットの比ではない。
爆撃機でも飛ばしたか!?
だが既にモンスターの姿はどこにもなかった。
いずこかへ飛び去ったのだろう。
モンスターの姿が無い以上、今するべきことは毒の中和だ。
不意を突かれたため路上やバスだけではなく大勢の人たちが毒液をかぶってしまった。
「いそがなきゃ」
エリスはヴォルティカのボックスからベノムロケット対応キットを取り出した。
「このキットだけじゃ足りないわ。エディー、大至急県警に応援を要請して」
毒液が蒸発したガスを吸い込んだ人々は強い吐き気を催して蹲っている。
エディーとエリスは大急ぎで作業を始めた。
ふぇっふぇっふぇ。
ベノムロケットに対抗するしくみをこしらえて喜んでおったようじゃが、これほど大量の毒液散布には即応できまいて。
人間どもめ。どこに出現するかわからぬモンスターに恐怖しておるに違いない。
どこへ逃げても無駄じゃぞ。
なにせ余のオオスズメバチモンスターのハッチくんはいつでもどこへでも現れて、腹のタンクに貯め込んだ毒液を広範囲に撒き散らす。
そのうえ家畜は食い荒らすし建物などは針で貫通して粉々じゃ。
オールマイティの最強モンスターよ。
エディーめも敵わぬぞ。ぜっっっっったいに敵わぬ!
ふぇっふぇっふぇ。
(三)いったい何が起こっている?
「ねぇドク。このモンスター、どう思う?」
その日の昼過ぎ、いつものカフェでヒロはドクに尋ねた。
騒動はさっそくネットの動画にもアップされていた。
「ハチっぽいけれど」
「ええ。しかも獰猛なスズメバチよ。しかもこいつ、前肢に指がある。気持ち悪い」
ふたりは襲撃された後の駅前広場をくまなく見て回った。
「あの自販機、見たかい?」
「ええ。前から刺されて裏側まで貫かれていたわね。ああなるともう毒がどうこう言っているレベルじゃないわ」
「ああ。刺されたら最後、助からない。。。」
「吉野川のこの記事も気になるのだけれど」
ドクが広げた新聞のページをヒロに見せる。
「うん、釣りをしていた人たちの話を聞く限り尋常な動物の仕業とも思えないね」
どうしたものか?
「毒液の成分は現場で解析し終わっているけれど、あれだけの量の中和剤をこしらえるのには時間がかかるから今日は午後いっぱい、私はこっちにかかりっきりだわ」
「じゃあ俺は吉野川の流域を見て回ろう」
そうと決まれば。
「マスター、ロコモコ丼セットふたつ。カフェラテで」
「体長2m近いイノシシが県西部に現れました。山から降りてきたと見えて町の中を走り回った挙句近くの里山に姿を消しました。まだ発見できておりません。近隣の住民の皆さんは十分お気を付けください」
地元の放送局が大々的に報道した。
モンスター騒動に加えて今度はイノシシ騒ぎか。
けが人が出る前に何とかしなければ。
県警はてんてこ舞いだ。
野生の動物は人間の感覚よりもはるかに行動範囲が広くて早い。
近隣の町々で第二第三の目撃報告が寄せられ、県民は戦々恐々とした。
しかし4日後、この騒ぎは突然決着を見た。
巨大なイノシシは田んぼの真ん中で死体で見つかった。
体の大半が食いちぎられていて損傷が激しい。
現場に駆けつけた制服警官と役場の職員たちは死体を取り囲み、その傷口をのぞき込んで首をひねった。
「死んでからカラスやトンビにつつかれたか?」
「他の肉食獣にやられたのかも?」
「クマかもしれんな」
憶測が飛び交った。
その時、ギ、ギギギ、ギリギリ、ギギギ。
奇妙な鳴き声と共に里山の森から巨大な何かが姿を現した。
「モモモ、モンスター!」
「カマキリィィィ」
それは体長6m近くもある巨大なオオカマキリであった。
こんなデカいカマキリがいてたまるか!
逆おにぎり型の、体の割に小さな頭部からは旋盤の如き鋭い刃が突き出している。
カマキリの必殺武器である左右のノコギリ鎌はいびつに歪曲して悪魔の拷問具のようだ。
「イノシシ食ったのはこいつだ!」
人間の首などひと振りで切り落とせそうな大鎌を振り上げて人々の方へ向かって来た。
ザザザザザ。
獲物を襲う時の昆虫は素早い。
一気に距離を詰めてくる。
ひあああああ!
悲鳴が山々にこだました。
「逃げろ!」
皆一斉に走り出した。
足がもつれる。
田のゆるい土に足を取られる。
だが止まったら終わりだ。
走れっ!
ギギ、ギイイイイイイ。
食われる!
走りながら全員があきらめかけた時パンパンパン!と銃声がした。
警官が銃を抜いて発砲したのだ。
足を止めて両手で銃を保持している。
「止まらず走れ」
自分を犠牲にしても他の人たちは何としても逃がさねば。
覚悟の攻撃であった。
こいつはあのヨーゴス軍団のモンスターなのだろう。
渦戦士エディーでさえ苦戦するヤツらだ。
38口径の銃弾では倒せないであろうことはわかっている。
だが、せめて何秒かでも時間を稼がねば。
パンパン!
あっという間に5発を撃ちきった。
が、オオカマキリモンスターは複眼と口に命中した銃弾に驚いて一瞬身をすくめた。
「今だ」
警官は先行する人たちを追わずに敢えて横方向へ走った。
前方に幅3mほどの用水路が見えた。
流れが早く水面が陽光を反射してキラキラしている。
警官はまよわず用水路に飛び込むと全身を横たえ、制帽が流されるのも構わずオオカマキリ側の護岸にぴったりと身を寄せて水中で息を殺した。
オオカマキリモンスターの大きな影が真上に来た。
警官は息苦しさをこらえ、両手で口を強く抑えたまま目だけを動かして水の上を見た。
一瞬水に映ったモンスターの影が激しく乱れたかと思うとやがてその影は消えた。
息が続かなくなった警官が恐る恐る用水路の流れから頭を出した時には、周囲にはモンスターの姿はどこにもなかった。
朝、釣り堀の開店準備にやって来た大将(客たちは皆彼を大将と呼んでいる)は、フェンスの向こう側の池がやけに騒々しいのに気づいた。
バシャバシャバシャ!
魚が暴れている。それも1匹や2匹じゃない。
「何だ?何が起こっているんだ?」
しぶきがフェンスを越えて大将の頬にかかった。
「猫でも入ったか?」
大将は慌てて管理人室のドアを解錠し内部へ走り込んだ。
急いで窓から池を覗いた大将は口を半開きにしたまま地べたへ座り込んだ。
あ、あわあわあわ。。。
コイやフナが泳ぐ池の中には黒く大きな何かがいた。
昇ったばかりの朝日に照らされて黒光りしている。
一瞬ゴキブリの化け物かと思ったが、顔の両側から伸びている大きな鎌のような前足がギチギチときしんだ音をたてて動いている。
何か獲物を探しているのだろうか。
男は管理人室の窓から両目までを覗かせてその光景を見ていた。
「タ、タガメ?」
そうだ。見覚えがある。
田んぼで泳いでいた。
ドジョウを捕まえて食べていたのを見たこともある。
しかし目の前のタガメは5〜6メートルはある。
大きさだけではない。
頭部には無数のトゲトゲがあり、前足はよく研がれた本物の鎌のように光っている。
これがモンスターってやつか。。。
タガメのモンスターはバッと翅を広げるとブゥゥゥンという翅音と共に浮き上がるといずこかへ飛び去った。
もうここへは戻ってこないか、空を見上げながら恐る恐る管理人室から出てきた大将は池の中を覗き込んで池の傍にへなへなと座り込んだ。
「モンスターめ、池の魚を全部喰いやがったな!」
ちくしょおおおおおおおお!
大将の叫び声に、近くを歩く通勤の人たちがビクッとして足を止めた。
(四)昆虫バトルだ!その1
日曜日の市営グラウンドは子供たちの歓声で沸いていた。
少年野球の練習試合のようだ。
スタンドでは選手の親たちが子供たち以上に白熱した声援を送っている。
ブウウウウウウウウウウ。
最初に気づいたのは3塁側のスタンドに陣取った応援団だ。
「何の音だ?」
「え?」
「ほら、この音。。。何かの翅音のような」
はじめは小さく、声援にかき消されそうな音だったが次第に大きくなり、そこにいるすべての人たちの耳に届いた。
ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ。
「いったい何だ!?」
皆が空を見上げた瞬間、巨大な物体が高速でその頭上を横切った。
「うわー!」
「きゃああああ!」
スタンドに突風が巻き上がり、帽子やタオルなどが巻き上げられた。
野球場のど真ん中へ不躾に飛び込んできたものは体長数mもあるオオスズメバチの化け物だった。
「モンスターだ!」
誰だってスズメバチがどういう昆虫なのかは知っている。
それがこの大きさなのだ。
まして先日徳島駅前で毒を撒き散らした事件があったばかりだ。
子供たちが危ない!
「逃げろ!」
こういう時、親たちは自分の身の安全というものを完全に失念するようだ。
フェンスをよじ登ってグラウンドに飛び降りる父親。
フェンスにしがみついて声を限りに我が子の名を呼ぶ母親。
ベンチの監督やコーチたちもこの異変に機敏に反応した。
「早くベンチへ戻れ!頭を低くして走るんだ」
ベンチに遠い外野手たちはスタンドにいた観戦客たちがフェンス越しに引っ張り上げてくれた。
ブシュシュシュシュ!
逃げ惑う人たちに向けてオオスズメバチモンスターが毒液を撒いた。
お尻から突き出た針はノズルになっていて、くるくると回転しながら真っ黒な毒液をまるで空中のスプリンクラーのように撒いた。
黒いネバネバした液体がフィールドに飛び散った。
その時、バックネット下のアナウンス室のドアが荒々しく蹴り破られて長身の男がぬぅと現れた。
「かわれ」
場内アナウンスをしている女性が振り返ってその闖入者を見るや「ひっ」と小さく悲鳴を上げて椅子から転げ落ちて卒倒した。
卒倒するのも無理はない。
額からにょっきり伸びたツノを。
眼球の無いひきつった眼を。
肉の無い青白いシャレコウベの顔を。
ひるがえるケモノのマントを。
見てしまったからだ。しかも間近に。
そして瞬時に察したからだ。
こやつこそが徳島に仇為すヨーゴス軍団の首領タレナガースであると。
タレナガースは小さな椅子にお尻を置くとマイクをしげしげと見つめ、鋭く尖ったツメの先でスイッチを押すと地の底から湧いて出たような声で言った。
「1番、オオスズメバチモンスターのハッチくん。1番、最強モンスター、ハッチ」
オオスズメバチモンスターのハッチが我が物顔で旋回するグラウンド内にタレナガースの声が響き渡った。
「ふぇっふぇっふぇ。さぁハッチくん、逃げ惑う人間どもを怖がらせてやれぃ。人間どもが楽し気に集うこのような場所は軒並み台無しにしてやれぃ」
いかなエディーめもそう早くは来れるまい。今のうちに。。。
ブロロロロロ。
バイクのエンジン音と共にマシン・ヴォルティカUを駆ってエディーが到着した。
タレナガースの読みははずれたのだ。
少し遅れてエリスが運転する4WA車もやって来た。
「あやや!な、なぜこのように早く?」
目をむくタレナガースにエディーが笑って答えた。
「そのモンスターが眉山から飛び立つのを目撃したのでな。ここまでずっと追跡してきたのさ」
今朝早く、徳島市内でタガメのようなモンスターに荒らされたという釣り堀を現場検証していたエディーは、今の言葉通り眉山から飛翔するモンスターの姿を偶然見て、急いで追跡を始めたのだ。
「ご丁寧に国道の上空を飛ぶものだから追跡しやすかったぞ」
「不意を襲うならもう少し頭を使いなさいよね、馬鹿タヌキ!」
スタジアムの外ではエリスが解毒の応急処置を始めた。
「毒液がかかった人は急いで集まってください」
エリスが4WA車の後部ハッチを開けて叫んだ。
徳島駅前でもかつてない大量の毒液が撒かれたこともあり、こちらも大量の中和剤を積んでおいた方がよいだろうとバイクではなく今回はこの車で移動していたのだ。
その頃グラウンド内では野球の試合ではなくエディーVSオオスズメバチモンスターの戦いが始まろうとしていた。
オオスズメバチモンスターは空中でホバリングしながらお尻の針状ノズルをエディーの方へ向けて狙いを定めている。
上からの攻撃にいつでも対応できるよう、エディーは身をかがめて構えた。
ビュビュビュッ!
頭上から黒いシャワーが降り注ぐ。
エディーは横っ飛びにグラウンドを転がってそれを避ける。
立ち上がりざまエディー・ソードを錬成して両手でホールドし、気合と共に脇から斜め上へ振り上げた。
パシュッ!
空を切る光の刃からまるで分身のように鎌状の光が生まれ、それはオオスズメバチモンスターめがけて飛んだ。
光の弾、タイダルストームだ
命中すればモンスターにかなりの深手を負わせることが出来ようが、オオスズメバチモンスターはエディーへの攻撃態勢のままヒョイと左へ移動して難なくその攻撃を避けた。
「くそ、身軽な奴だ」
獲物を見る鋭い視線をエディーに向けたままゆっくりとエディーの頭上を旋回する。
ビュビュッ!
再び毒液が噴き出された。
今回もエディーは地を転がってよける。
が!
ビチャッ。
「あ、しまった」
いつの間にかエディーはオオスズメバチモンスターが先に撒いた毒の溜まりに移動させられていた。
その溜まりの上を転がったエディーの全身は黒く濡れそぼった。
一瞬の隙を狙ってオオスズメバチから毒液が発射され、ついにエディーは頭から濃厚な毒液を浴びてしまった。
折からの陽光に照らされ、周囲の毒液から蒸発したガスがあたりに立ち昇りはじめる。
「ふぇっふぇっふぇ。ハッチくんの毒は体に良いぞ。ささ、遠慮せず存分に浴びてゆけ」
タレナガースの声がスピーカーから流れる。
だがその時、全身真っ黒になって立つエディーの体から青い光が発せられ、毒液が解けた氷のように流れ落ちてゆく。
「毒液浴は遠慮しておくさ。そもそも渦のエナジーで構成されたこのバトルスーツに貴様の毒は通用しない。残念だったな」
十数秒ほどで渦エナジーの発散で毒液は消え、エディーの全身はすっかり元に戻った。
―――そうは言ったものの吐き気がする。。。この毒液は渦のスーツを通して中までダメージを及ぼしてくるぞ。
ヨーゴス軍団の毒液だ。水を浴びたようにはゆかぬだろうが、ここは虚勢のひとつも張らねばならぬ。
「けっ!ならばハッチくんよ。エディーめを噛み砕いてやれぃ」
タレナガースの鋭い爪が仇敵を指さすや、オオスズメバチモンスターは一気に急降下して鋭いキバをエディーに向けた。
ブウウウウウウ。
五指を持つ不気味な前肢がエディーの両肩を掴むとグイと引き寄せ、大きく開いた獰猛な肉食昆虫の口が眼前に迫った。
その直前にエディーがパンチを複眼の間に撃ちこむ。
ギョエエエイ!
思わぬ反撃にオオスズメバチモンスターは悲鳴を上げ、6本の足をジタバタさせて高空へ後退した。
うかうかと接近してはならない相手と悟ったか、一旦かなりの高度まで上昇すると腹部をグイと前へ突き出すとプシュっと針を突出させて再び急降下した。
咬むがだめなら突く。
エディーは素早くソードを錬成して襲撃に備えた。
ヒュン!
長く黒い針がエディーの喉めがけて来る。
ガキィィン!
ソードが針を弾く。
だがオオスズメバチモンスターは滞空したまま何度も針を突き出してくる。
エディーは大きく後ろへ跳ぶと、気合を込めてソードを上段から一気に振り下ろした。
ビュン!
しかし2撃目のタイダルストームもオオスズメバチモンスターはひょいとそのまま左へ移動した。光弾はかすりもしない。
「くそ。この広いフィールドでは宙を自在に飛ぶヤツの方が有利だな。。。」
ジャンプしてとびかかっても相手はかわすだろう。そうなれば落下する間、こちらは無防備だ。
エディーは攻めあぐねていた。
その時。
ビュイイイイイイイイイイ。
別の翅音がグラウンドに響いた。
(五)昆虫バトルだ!その2
「なんだ?」
その翅音はオオスズメバチモンスターのものとは音階が違う。まったく別のものだ。
「まさか?」
音の方向を見たエディーの眼前に緑の塊があった。
「!?」
それはエディーの脇をかすめて真っすぐオオスズメバチモンスターに突進した。
ズガアアアアン!
キキィー。
ギイイイイ。
「オオカマキリ!?」
ドシィィィン!
いずこからか飛来したオオカマキリモンスターはそのまま滞空するオオスズメバチモンスターに頭から激突した。
人を襲うオオスズメバチモンスターにオオカマキリモンスターが突っかかったのだ。
「これは。。。一体どうなっている?」
状況が読めず、エディーはとりあえずようすを見ることにした。
ギヤアアアアン!
2匹はもつれあったままグラウンドに落下してマウンドの上で土煙を巻き上げた。
ギャイギャイギャイ。
ギギギィギギギギィ。
もはやどの鳴き声がどちらのモンスターのものかなどわからない。
オオカマキリモンスターは大きなノコギリ鎌を振り上げてオオスズメバチモンスターの肉を裂こうとしている
そしてそのまま懐に抱え込んで動きを封じ、大アゴで獲物を食らおうというのだ。
本来なら逃げ惑う人間を襲うところだろうが、自然界のライバルとでもいうべきオオスズメバチに対して敵愾心を燃やしたものとみえる。
「おい、タレナガース。このカマキリは貴様のモンスターではないのか?」
エディーはわけがわからず1塁側ベンチ上に姿を現したタレナガースを振り返った。
モンスター同士が殺し合うなど前代未聞だ。
「む。。。まぁ、余のモンスターなのじゃが、余のモンスターではないのじゃ。。。」
「はっきりしない奴だな、ええかっこしぃのくせに」
まったくわけがわからない。
だが、事情はどうあれ凶悪なモンスター同士が争っているのは好都合なのかもしれない。
エディーは高みの見物を決め込むことにした。
「ええい、カマキリめ。こやつは恐らくクイーンめが勝手にこしらえたモンスターじゃ。あやつ、モンスター製造ユニットで形成されたモンスターをそのまま野に放ちおって。最後の最後にヨーゴス軍団に忠誠を誓うためのヨーゴス脳を移植してファイナライズせねばならぬのに、その工程を無視しおったものじゃからカマキリめ、本能に任せて味方のモンスターまで襲ってきおった」
タレナガースがギリリと歯噛みした。
そのようなタレナガースの胸中などお構いなしに、2匹のモンスターはくんずほぐれつの大バトルを繰り広げている。
オオスズメバチモンスターのほうは不意を食らった形でオオカマキリモンスターの下敷きになって仰向けに落下したが、すぐ持ち前の闘争心に火がついたようだ。
前足を突っ張って覆いかぶさるオオカマキリモンスターを押し返すとその胸部に頭を近づけると深々とキバを突き立てた。
メリメリ、と肉がむしられる嫌な音がしてオオスズメバチモンスターがオオカマキリモンスターの肉を喰う。
ザクッザクッ
オオカマキリモンスターは苦し紛れに大鎌を振り回してオオスズメバチモンスターの体に幾筋もの傷をつけた。
だがオオスズメバチモンスターは食らいついたキバを放さない。
グラウンドの中央でもみ合って転がる2体のモンスター同士の戦いは熾烈を極めている。自然界でもこの2種は昆虫界最強の座を競うライバル同士だ。
双方とも傷口から流れ出たどす黒い体液にまみれ、グラウンドに溜まっている毒液も混じって本来の体色などわからぬ。
遂にオオスズメバチモンスターの針がオオカマキリモンスターの腹部を刺し貫いた。
ジイイエエエエ。
ザクッザクッ
何度も何度も刺されてオオカマキリモンスターの動きが急激に鈍くなった。
勝負あった。
ついにドサリとオオカマキリモンスターの体が横倒しになると、オオスズメバチモンスターはしばらくその体を貪っていたが、やがてその肉にも飽きたのか翅を広げると耳障りな翅音と共にいずこかへ飛び去った。
野球場は2体のモンスターのバトルで散々に荒らされていた。スタンドのフェンスはあちこち破壊され、マウンド付近は土が大きくえぐられていている。
ただ食いちぎられて絶命している巨大なオオカマキリモンスターが横たわっている。
エディーはグラウンドを見回した。
「ひどいな。。。せっかくの試合が台無しだ」
それにしてもオオスズメバチモンスターは強敵だ。
「エディー、大丈夫なの?」
スタジアムの外の駐車場で治療にあたっていたエリスがグラウンド内にやってきた。
「ああ、大丈夫。毒を浴びてしまった人たちはどう?」
「ええ、とりあえず解毒の応急処置は済んだわ。あとは最寄りの病院で精密検査をしてもらうことになってる。ところで変じゃない?」
エリスが倒れているオオカマキリモンスターを指さして首を傾げた。
「ヨーゴス軍団のモンスターって、生命活動が停止すると活性毒素が停滞してボディが崩れて風化するはずなのに。。。?」
「はっ!」
エディーの脳内で危険信号が点滅した。
「さがれエリス!」
その言葉と同時にオオカマキリモンスターが息を吹き返した。
キエエエエエ。
奇声を発しながら片方しかない大鎌を動かし始めた。
オオスズメバチモンスターに体のあちらこちらを咬みちぎられてボロボロの状態ながら、ゆっくりと体を起こすとエディーとエリスをギロリと見下ろした。
「やだ、死んでなかったの!?」
オオカマキリモンスターは左の大鎌と右の後ろ脚を失っていて体の何カ所かも食いちぎられてえぐれている。
まるで陶器でできたカマキリの置物を落として割ってしまったようなありさまだ。
それでもエディーに向かってくるその目には、タレナガースやヨーゴス・クイーンのような恨みや憎しみの色はない。
ただ目の前にいる獲物を狩るという本能に突き動かされているのだ。
この凄まじい生命力は野生のものか?それとも活性毒素のなせる業なのか?
右の大鎌が振り下ろされ、同時に鋭いキバがグイと前へ出る。
「おっと」
エディーは後方へ跳び退った。
間一髪だ。瀕死の状態でもこのスピードは侮れない。
ジィィィジィィィ。
だがどんなに素早く動いても今のオオカマキリモンスターは攻撃オプションがキバと片方の大鎌に限られている。この状況ではエディーに有利なのは間違いない。
「今、楽にしてやるぞ」
エディーは再びエディー・ソードを出現させた。
振り下ろされた大鎌をかわして懐に飛び込むと、地を蹴って真上へジャンプし、クリクリとよく動く小さな頭を下から斬り上げて切断した。
ザシュッ!
ゴロリ。
まるでおとぎ話のおにぎりのようにオオカマキリモンスターの頭部がグラウンドに落ちると、コロコロと転がってまだ除染されていない黒い毒液にまみれて止まった。
動きを止めたオオカマキリモンスターの頭と体は数秒で水に落ちた角砂糖のように形を失って消滅した。
(六)昆虫バトルだ!その3
「誰じゃ勝手にカマキリのモンスターなんぞこしらえたのは!?というてクイーンしかおらぬわな」
薄暗いアジトにタレナガースの怒号が響いた。
普段は軽口をたたいているヨーゴス・クイーンもこういうときの首領には口答えできぬ。
「知識もなく勝手にモンスターをこしらえてはならぬと普段から言うておろうに」
怒っているタレナガースを置いて紫の毒バチ魔女はそろりそろりとアジトの奥の闇に姿を消した。
それでも怒りが収まらぬタレナガースの恨み節は続いた。
「百歩譲って、モンスターをこしらえるのはまだよい。じゃが最後にきちんと我らヨーゴス軍団のために働くべく脳みそをアレンジせなんだのはまずい。あのモンスター製造ユニットでは脳アレンジまではできぬ。それを勝手に作って勝手に放ちおって。あれではただの野良モンスターじゃ!こともあろうに余のオオスズメバチモンスターに戦いを吹っかけおった。あの2体で力を合わせてエディーめに戦いを挑んでおれば勝てたかもしれぬというのに!」
「あの2体が力を合わせて向かってきたら勝てなかったかもしれない」
いつものカフェの定位置で、ヒロはタレナガースと同じことを言っていた。
「結局あのカマキリはなんでハチを攻撃したのだろう?」
「わからないわよ、ヨーゴス軍団の都合なんて」
吐き捨てるようなドクの言葉にヒロは「そうだねえ」と生返事をした。
「そうだヒロ、もう吐き気は収まったの?渦のアーマ越しにダメージが来るなんて初めてだわ」
「なぁに、もう大丈夫。スーツを除染してもらったらすぐ治ったよ。でもほかの人たちはどうだい?」
「ええ。幸い除染が早かったから何とかね。いくら私でも内服薬まで作るわけにはいかないから、症状が残るようなら早めに病院へ行くよう念を押しといた」
その後あのオオスズメバチモンスターの行方はわかっていない。
それに、釣り堀を荒らしたというタガメのこともある。
「これから、警戒を厳とせよ。だね」
「ええ。それにしても昆虫の移動速度って馬鹿にならないわね」
「まったくだよ、それに行動範囲もね。何の手掛かりもない状況で全県下をカバーする警戒態勢はとれないよね」
どうしても県警に助力を求めざるを得ない。
報告を受けたらいつでも急行できるようマシン・ヴォルティカをよく整備しておく必要がありそうだ。
ドクも毒液を除染する薬剤を大量に生成しておかねばならない。
迎撃態勢を整えるのだ。
そしてパトロールに出かけなければ。
一刻の猶予もない。
なので。。。
「マスター、日替わりランチセット、カレードリアで」
晴天の日曜日。
今日は徳島市内でイベントが催されている。
新町川河畔の公園にはキッチンカーがたくさん出店して賑わっている。
エディーとエリスはそのイベントにヤマを張った。
タレナガースのことだ。この賑わいを見逃すはずはない。
しかも先日オオスズメバチモンスターが飛び立った眉山は目と鼻の先だ。
ただし急襲されれば避難する時間が無い。
渦戦士たちはこうした事情をイベント主催者と県警にあらかじめ話を通しておき、いざという時の避難誘導について十分検討、準備してもらっている。
「来るかしら、ヨーゴス軍団」
「ああ。その可能性は高いと睨んでいるんだが、もしはずされたらヤバいことになるな。。。」
間違いはないと思いながらも万が一を考えると不安になる。
イベントは10時に開幕し、主催者や来賓のあいさつの後、歌やヒーローショーなどが繰り広げられた。
このヒーローショーにはヒロやドクたちのチームに出演依頼があったのだが、今回の状況を鑑みて先約があるからと出演を辞退してある。
楽しい出し物のスケジュールは滞りなく進み、まもなく昼だ。
イベント会場に足を運ぶ人はさらに増え、キッチンカーの前には列が出来始めた。
バキバキバキ。
ブウウウウウウ。
エディーとエリスの耳に木々が押し倒される音と耳障りな昆虫の翅音が届いた。
「来たか!」
眉山を見上げる。
中腹にロープウエイのゴンドラよりもはるかに大きな物体が宙に浮いている。
「オオスズメバチだ。エリス、避難誘導を始めてくれ」
「オッケー」
エリスがイベント本部席へ駆けた。
ほどなくしてオオスズメバチモンスターもこちらへ移動を始めた。
「奴ははじめのうち俺の攻撃が届かない高度から腹部のタンクに貯め込んだ毒液を散布するはずだ。それさえ防げばみんなを避難させるチャンスはある。俺にとってはむしろ毒液を撒き尽くした後の格闘戦にこそ勝機がある。まずは毒液を防ぐんだ」
ブウウウウウウウウウ。
翅音がより大きくなり、イベントに来ている人たちの耳にも届いた。
ババッ!
イベント会場で傘が開くような音が次々とした。
見ると運動会で使用されるような大きな集会用テントが会場のあちこちで展開され、会場のほとんどを覆い始めた。
キッチンカーは急いで店を畳み係員の誘導で会場から退避を始めた。
たくさん立てられた集会用テントは簡易トンネルのように一列に並べられ、大勢の人々を川沿い公園エリアの外へと非難させた。
ビュビュビュッ。
ほぼ会場の真上に飛来したオオスズメバチモンスターが尻尾の針から例の毒液を噴出し始めた。
針先のノズルをぐるぐる回しながら、会場のあちこちへ毒液を振り撒く。
バラバラバラバラ。
毒液は集会用テントの天幕に降り注いで跳ねた。覆い切れていない足元にビチャビチャと落ちてテントの周辺に溜まりを作ったが、それでも大した人的被害もなく皆徳島駅方面へ避難した。
道路を隔てた向かいのショッピングビルの1階が解放されて、毒液が衣服や靴についた人たちのケアをエリスが受け持っていた。
「全員の避難が終わるまで、俺が遊んでやるよ。さぁいくぞ」
エディーは青く光るエディー・ソードを大上段に構えて狙いを定め、一気に振り下ろした。
「タイダル・ストーム!」
青い光の剣から分身のような青い光の鎌が射出され、モンスターに高速で飛んだ。
ジャッ!
弾丸のように飛ぶ光弾だが、オオスズメバチモンスターはスィィと横へ飛んでかわした。
「ふぇっふぇっふぇ。そのようなひょろひょろ玉、当たらぬよ」
いつの間にかタレナガースが高さ8mの時計タワーのてっぺんに立って地上を睥睨している。
エディーは構わず第二、第三の光弾を発射し、オオスズメバチモンスターを無人となった川沿い公園の上空にくぎ付けにした。
「今はとりあえず避難の時間稼ぎだからこれでいいが、実際どう戦えばいい?」
エディーはどう戦うか、今に至って決めかねていた。何か足場にできるものがあればそこからジャンプできるのだが。。。しかし昆虫モンスターは鳥モンスターなどよりも数段素早く空中を移動する。攻撃をかわされて空中で無防備になったら着地した時にはどれほどのダメージを受けているかわからない。
「避難はあらかた完了したか。後は奴が毒液を出し尽くして格闘戦に移った時を待とう」
その時腹部のタンクをカラにしたオオスズメバチモンスターが急降下してきた。
感情などというものとは縁遠い無機質な目がただの獲物としてエディーを捉えている。
「よし!これを待っていた」
素早く腰を落としてエディー・ソードを脇に構える。
グイと前へ突き出された腹部からさらに黒く光る鋭い針が眼前に迫った時、青い光の剣が斜め上へ振り上げられた。
バシュッ!
ギイイイイイエエエエエ!
何とエディー・ソードはオオスズメバチモンスターの細くて鋭い針を縦に切り裂いていた。
オオスズメバチモンスターは悲鳴を上げて再び中空へ舞い上がった。
自慢の毒針は二つに割れてプランプランと腹部から力なく垂れ下がっている。
「うぬぅ、相変わらずエディーめの剣さばきは見事なものじゃ。じゃが我がヨーゴス軍団のモンスターはそれでは済まぬぞ」
嗤うタレナガースのシャレコウベ顔がいびつに歪む。
見るとエディーの頭上で滞空するオオスズメバチモンスターの斬られた針が根元から少しずつくっついてゆく。
十数秒ほどでオオスズメバチモンスターの傷は完治してしまった。
タレナガースは腕を組んでふんぞりかえっている。
「くそ。ダメージを与えても、その都度ああやって空に逃げられたんじゃ元の木阿弥だ」
エディーは思案に暮れた。
「となると。。。一撃で致命傷を与えるか、翅を狙うか、だな」
野球場で、オオカマキリモンスターは頭を切り落とせば絶命した。おそらくこのハチ野郎も同じだろう。
でなければ、ヤツを飛べなくする。最悪でも空中で素早く移動できなくするのだ。
―――だがどうやって?考えろ。チャンスを見逃すな、エディー。
オオスズメバチモンスターの針はすっかり復元していつでも戦える態勢のようだ。
(七)昆虫バトルだ!その4
ギギギイイイイ。
ヘルメットのような丸い頭をグリグリ動かしながら、鋭いキバが露出した口をガチガチと開閉している。
エディーは思い悩むのをやめて目の前の敵に意識を集中させた。
「さぁ来い」
ブウウウウウウウウウ。
翅音が一層大きくなってオオスズメバチモンスターが再び急降下してくる。
今度はキバを前に出して頭から突っ込んできた。
ガチガチ!ガチガチ!
ギリギリ!
ギン!ガギン!
エディーはソードでけん制しながら迫るオオスズメバチモンスターを押し返す。
前肢がエディーの両肩をガッチリと抑え込んで口元へと引き寄せた。これも凄い力だ。
やがて6本すべての脚がエディーの肩、脇、腰を捉えて抱え込んだ。
「まずいぞ。凄い力だ。このままだと身動きが取れない」
ソードによる格闘戦に持ち込みたいところだが、こう接近してしまうと剣を振るうこともできない。厄介だ。
エディーは右の拳を大きな複眼の真ん中、人で言う眉間のあたりに打ち込んだ。
腰が入っていない腕だけの攻撃になったが、一撃、二撃、三撃と立て続けに殴りつけているとオオスズメバチモンスターが嫌がって頭をわずかにのけぞらせた。
エディーの体を抱え込んで動きを封じていた脚の力がほんの少し抜けたのを見逃さず、エディーは右腕でオオスズメバチモンスターの左前肢を巻き込むように抱えると左手をそのつけ根に当ててグイと体重をかけた。
ボキッ!
ギイイイエエエエイイ。
オオスズメバチモンスターの左前肢が根元からへし折れた。
オオスズメバチモンスターは残りの足で抱え込もうとしていたエディーの体を懸命に突き放すとまたもや宙空へ舞い上がろうと羽ばたいた。
その時だ。
「エディー伏せて」
エリスだ。
エディーが反射的に体を屈めると同時にバシュッ!と音がして何かが頭上を飛んだ。
エリスはエディーの背後で大きな懐中電灯のような器具を両手で構えていた。
ビュウウビュビュビュウウウウ。
頭上のオオスズメバチモンスターの翅音が大きく乱れ始めた。
見上げると、オオスズメバチモンスターは特殊な強化繊維で形成された大きなネットに包まれている。
「ネットランチャーか」
それは犯罪者に向けてネットを発射し、体を包み込んで動きを封じる防犯グッズである。
本来は人間相手の防犯グッズであるため、巨大な昆虫モンスターを完全に包み込むには大きさが足りないが、それでも翅の動きを阻害するには十分だ。
「いい物持っているじゃないか」
「この間の野球場での戦いでもエディーは苦戦していたから、何とかモンスターを飛べなくする方法はないかずっと考えていたのよ。県警の備品をお借りしてきたの。効いてるみたいね」
さすがエリス。名参謀である。
オオスズメバチモンスターは鋭いキバで顔の前にかかったネットを咬み切ろうと躍起になっているが、翅の動きを止められてついに川の中へ墜落した。
バシャッバシャバシャン!
盛大にしぶきをあげてもがいている。
飛行モンスターにとって水中というのはある意味死地である。
なんとか飛び立とうともがいているが、体の半分ほどは水没している。
「こうなればこちらのものだ。ソードで頭を落としてやるぜ」
とどめを刺そうと川の堤防に足をかけた時、エディーはただならぬ気配に動きを止めた。
「何だ?何か来る!?」
「エディーあれ!上流から何か近づいてくるわ」
エリスが指さす方を見ると、川の上流の水面が不自然に盛り上がり、波をたてながらこちらへ向かって来る。
水面下に巨大な何かがいる!?
ソレはエディーではなく川の中央で翅にかかったネットをはずそうとしぶきをあげてもがくオオスズメバチモンスターめがけて一直線に向かっていった。水中で動けぬモンスターを獲物と認識したのだろう。
「ややや!あれはまさしくモンスター。。。しかもハッチくんを狙っておるではないか。まずい。非常にまずい」
慌てるタレナガースなどそっちのけで、水中のモンスターはオオスズメバチモンスターの手前でその姿を現した。
ジェエエエイイイイ。
水中からガバッと上体を起こすや、大きく開いたハサミのごとき前肢でオオスズメバチモンスターの胸部を挟み込んだ。
「あれは!」
「タガメだ!」
黄色いオオスズメバチモンスターに対してこちらは全身濃い茶色のいかにも獰猛そうな姿をしている。
「吉野川で目撃されたのはこいつか」
「釣り堀を襲ったのもね。大将さんの証言と一致するわ」
エディーとエリスは水中でもみ合う2体のモンスターを凝視している。
水中はタガメのホームグラウンドだ。ましてオオスズメバチモンスターは飛び立とうにも翅にネットがからまって思うようにはばたけない。
勝負は圧倒的にタガメモンスターが有利だ。
タガメは前肢で挟み込んだオオスズメバチモンスターを食らわんと頭のつけ根あたりにキバを立てた。
しかしオオスズメバチモンスターも昆虫界最強といわれるだけはあって、必死の反抗を試みている。わずかに自由になる頭部をさかんに動かしてタガメモンスターの中脚に噛みついて食い始めた。
その時、ブチッブチっと何かが切れて弾ける音がした。
「あっネットが切られるわ」
オオスズメバチモンスターに食らいつくタガメモンスターの鋭いキバは、エディーが放ったネットをも同時に食いちぎってゆくではないか。
「エディー、オオスズメバチモンスターが復活したら厄介よ!」
翅が解放されて宙に舞い上がってしまえば活性毒素の復元作用でやがてオオスズメバチモンスターは完全に回復するだろう。
エリスはタガメモンスターに襲われて身動きが取れない今のうちにオオスズメバチモンスターだけでも斃してしまえと言っているのだろう。
だがエディーは別のことを考えていた。
「一か八かやってみるか」
エディーは青く光るソードを握ったまま駆け出すと、コンクリート製の護岸を勢いよく蹴って大きくジャンプすると、ソードを逆手に持ち換えオオスズメバチモンスターではなくタガメモンスターの頭部に力いっぱい突き刺した。
ジェエエエエエエエィ!
タガメモンスターは大きな前肢をオオスズメバチモンスターから放し、頭上のエディーを掴もうと体を反り返らせて暴れた。
「振り落とそうったって離さないぞ」
エディー・ソードは刀身の半分ほどまでがタガメモンスターの頭部に刺さっている。
さらにエディーはソードを通して渦エナジーをタガメモンスターの体内へ注入している。
モンスターの苦しみようはただごとではない。
ジイイイイエエエイイイイイ!
バッサーーーン!
直立していたタガメモンスターが腹から川に倒れ込んだ。
タガメモンスターの体が水平となり足元が定まったエディーはソードを両手で握ったまま逆立ちをした。
ソードからエディーの体が真っすぐになると、体を高速で回転させ始めた。
ギュウウウウウン!
地面を垂直に掘り進む強力なドリルのように、エディー・ソードを体ごと高速回転させてタガメモンスターの頭部に穴を穿ってゆく。
黒い体液が飛び散って川の流れを濁したが、エディーは回転の速度を緩めない。
狂ったようにエディーを捕まえようと前肢をバタつかせていたタガメモンスターだったが、次第に動きが緩慢になり、やがて動かなくなった。
その時、すぐ近くでもがいていたオオスズメバチモンスターがついにネットから解放された。タガメモンスターが嚙み切っていた部分がちぎれてしまったためだ。
ブウウウウウウウウ。
再びあの翅音が響いてオオスズメバチモンスターが川から浮き上がった。
「逃がさない!」
タガメモンスターの頭部に乗ったまま、エディーがソードを縦一文字に振り下ろす。
その軌跡の中から青い光の鎌が撃ち出され一直線にオオスズメバチモンスターの翅に飛んだ。
シュパッ!
何度も放ってはかわされていた光弾タイダルストームは、大きく広げたモンスターの翅をついに中ほどから見事に切り裂いた。
再び大きな水しぶきを上げて川に落下したオオスズメバチモンスターを追ってエディーも水の中へダイブする。
タガメモンスターの頭部から流れ出した黒い体液で濁ってしまった水中は視界が悪く見通しが効かないが、そこにモンスターがいることは気配でわかった。
―――苦しんでいるな。とどめを刺してやる。
その時川底から別の気配が浮上してきた。
―――タガメモンスターか!?
エディーの捨て身の攻撃で一度は川に沈んだタガメモンスターだがエディーがオオスズメバチモンスターに攻撃している間にもう動けるまでに復活したのか。
視界の悪い黒い水からタガメモンスターの大きな前肢がエディーの眼前にぐわっと迫った。
エディーは咄嗟に身を沈めてそれをかわすと、タガメモンスターはそのまま傾いているオオスズメバチモンスターの胸部を真横から挟み込んだ。
ギリギリバキッ!
肉体が潰される嫌な音が水中を伝わって来る。
タガメモンスターはオオスズメバチモンスターを挟んだまま水中から飛び出した。
ズッバアアアン!
5m超級の巨体がもみ合って川から飛び出して公園内へ飛び出した。
「うわわっ!」
「さがれ早く」
ようすを窺いながらじりじりと川に近づいていた警官隊が驚いて一斉に後退する。
ジイイビイイジイイ。
ギャギャギャギャ。
双方ともバタンバタンと体をうねらせながら何とかマウントを取って相手に食らいつこうとする。
ジェェェェェェ。
ザッシュ!
オオスズメバチモンスターが腹部を前へ突き出して黒い針でタガメモンスターの胸部を刺し貫いた。
オオカマキリモンスターをも倒した必殺の一撃だ。
鋭い針はタガメモンスターの腹側から入り背にまで突き抜けた。
だがタガメモンスターは後脚で立ち上がると己の体に針を刺したままのオオスズメモンスターを振り回した。
ガシーーン!
振り回されたオオスズメバチモンスターの体は鉄製の街路灯ポストに激突し口から黒い体液を盛大に吐いた。
エディーに抉られたタガメモンスターの頭部の傷はかなり小さくなっている。
「傷ついて力が拮抗した状態でモンスター2体を戦わせてみたが、ここらが潮時のようだ」
モンスターに続いて川から出て戦況を見つめているエディーがベルトのパウチから新たなエディー・コアを取り出して胸に当てた。
シュウウウウウウウ。
エディーの全身が赤く発光し渦のスーツの上から新たなバトルスーツとアーマがその身を包んだ。
胸のコアの前には金色に輝くクロスのコア・ガードが現れる。
最強フォームへの二段変身だ。
「アルティメット・クロス推参」
赤い超人アルティメット・クロスは、赤く光る刀身の長いアルティメット・ソードを出現させると右肩にかついで腰を落とした。
「一撃で決める」
アルティメット・クロスはソードを青眼から脇へ移すと呼吸をはかった。
もつれあうオオスズメバチモンスターとタガメモンスター。
その二つの頭がアルティメット・クロスの視線上でひとつに重なった瞬間。
「ていやぁ!」
気合と共にアルティメット・クロスが猛然とダッシュし、赤い光の剣を振り上げた。
ザッシュシュ!
アルティメット・クロスの位置がモンスターたちを挟んで先ほどと反対側に移っていた。瞬間移動したかのような超スピードだ。
2体のモンスターの動きが止まっている。
まるで動画がフリーズしたみたいに制止した2体のモンスターの頭だけが、ゆっくり傾くとそのまま体から離れてゴロリと地面に転がった。
ずぅぅぅん。
相手の体にからみあったまま、タガメモンスターとオオスズメモンスターの体が横倒しに倒れた。
「ふぅ」
勝負の行方を見極めたアルティメット・クロスは、深呼吸を一つするとノーマル・フォームのエディーに戻った。
歓声を上げながらエリスがエディーのもとに駆け寄った時には、モンスターの体はふたつとも細かく崩れて風にかき消されていた。
(終章)
「タガメのモンスターは誰がこしらえたのじゃ?強かったのう。凄いモンスターであったのう。誰の作じゃ?」
タレナガースが猫なで声で尋ねる。
これはこれで不気味この上ない。
「あのような強いモンスターをこしらえた者には褒美を出さねばなるまいのう」
「ホーピ?」
「キキコッコ?」
「ピピキッキ」
「キコキコピーピー」
褒美と聞いてアジトの隅っこで身を寄せ合っていた戦闘員たちが皆一斉に手を上げた。
「ほほう、そち達か」
タレナガースはゆっくりと戦闘員たちに近づくと真上から見下ろしてニヤリと笑った。
「ほぉれ、褒美じゃ」
と言うなり顔を近づけて「ごおおおお!」と吠えた。
「ギ。。。ヒッ!」
その恐怖で戦闘員たちは全員が瞬時で昏倒した。
先ほどまでの作り笑いはかき消えて、シャレコウベの眼窩から炎をあげるほどの怒りを露わにしている。
手を下さずともこの怒りの咆哮だけで相手を絶命させる迫力である。
折り重なるように倒れている配下の下級構成員を見下ろして、タレナガースは「ケッ!バカ者どもめ」と吐き捨てた。
「戦闘員の分際で恐れ多くも余の開発したマシンを勝手にいじくりまわした罪。きちんとした知識もなく余の活性毒素やら素材の動物やらを使ってマシンを操作した罪。出来上がったモンスターをきちんとヨーゴス軍団脳に設定もせず中途半端なままで外界へ放った罪。その野良モンスターめがこともあろうに余の作り上げた完璧なるモンスターに襲いかかり、結果エディーめに利することになった罪。万死に値する」
タレナガースはしばらくの間憤懣やるかたないといった風情で暗いアジトの中をただうろうろとクマのように歩いていたが、ふとモンスター製造ユニットに目をやった。
「じゃがしかし。。。確かにセキュリティーは強化しておかねばならぬな」
ヨーゴス・クイーンならまだしも、戦闘員たちでさえ勝手にモンスターをこしらえてしまうほどのスグレモノながら、今回はそれが裏目に出てしまった。
タレナガースは「うううむ」と唸りながら腕組みをしたままアジト奥の闇の中へ姿を消した。
「今回のモンスターは強敵だった。。。」
いつものカフェのいつもの奥の席で向かい合って座っているいつもの客。
ヒロはテーブルの上で頬杖をついて、ドクは椅子の背もたれにもたれかかるように座っている。
「ええ。肉食昆虫の獰猛さには恐れ入ったわ。それにタレナガースの活性毒素が加わって、驚くほどの生命力を発揮していたものね」
「自然界の虫たちはいつもいつもああした肉食昆虫の脅威にさらされているんだね」
「そうね。その弱肉強食の世界に人間が放り込まれたって感じがしたわ」
ドクの言葉に頷きながら、ヒロがカフェラテを口に運んだ。
「それにしてもわからないのはモンスター同士がどうして戦ったのかってことだね」
「それなのよ」
ドクが上体をグイとテーブルに乗り出した。
「3体とも間違いなくヨーゴス軍団のモンスターなのに、どうして力を合わせて向かってこなかったのかしら?不思議だわ」
「もしそれをやられていたらマジで危なかったよ」
勝てなかったとは言わないが、ヒロの胸の内にはその思いはある。
いくら考えてもモンスターの不可解な行動に対する合理的な答えは出ない。もういいや、結果オーライだという思いがふたりの頭に浮かび始めた。
「ただ、ヨーゴス軍団はもしかしたらモンスターを量産できる体制を整えたのかもしれないってことは頭に叩き込んでおいたほうがよさそうね」
「ああ。今回はうまく統制が取れていなかったみたいだが、いつかモンスター軍団が攻めてくるかもしれないね」
ふたりはしばし視線を合わせた。
覚悟は出来ているか?
もちろん出来ている。
互いに問いかけ、互いに無言で頷き合った。
ならば大丈夫だ。
だから。。。
「マスター、お抹茶セットふたつ。みたらし団子で!」
30分後、エディーとエリスはヴォルティカUでパトロールに出発した。
今日は通常パトロールBコース。県南方面を警備するルートだ。
2台の前2輪バイクが縦に並んで国道55号線を走る。
「ねぇエディー、道路わきの林の中から昆虫モンスターが出てきそうな気がしてなんか緊張する」
インカムからエリスの声が届く。
「ははは、今回は本当に大変なバトルだったからね」
考えてみればこの山々に住むすべての動物が、クマやイノシシのような大きな生き物から虫のような小さな生き物までが、ヨーゴス軍団のモンスターにされてしまう可能性があるということだ。
人間のためだけではない。
すべての生き物たちのためにも、ヨーゴス軍団は必ず壊滅しなければならない。
「さぁ、来るなら来い!」
新たな決意を胸に秘めた渦戦士たちが駆る2台の高機動バイクはワインディングロードの向こうへと姿を消した。
そのエンジン音は長く尾を引いて山々にこだました。
<完>