渦戦士エディー
宇宙(そら)からの敵
<序>やって来たモノ 深夜。。。鳴門海峡の海面を突如眩い光が照らした。 おびただしい光の洪水だ。とびきり濃いサングラスを通さねばとても正視できるものではない。あまりに眩しすぎてその中心にあるものの姿などはまったく視認できない。 それははるかな天空からゆっくりと降下して来て、ほんの数秒海面に浮遊していたがやがて意を決したかのように、そのままドボンと鳴門海峡の潮の流れに姿を消した。 その出来事は誰にも気づかれず、よってどのメディアでも報道されることはなかった。
その日の夕刻。 鳴門海峡を一望できる展望台の上空に突如ふた筋の光が現れた。 どちらも人のようだが、なにやらユラユラしていて形が定まっていない。浮遊しながらやがて地上に降り立つと、光が消えてその姿があらわになった。 奇妙な生命体だ。。。身の丈は2メートルほど。濃い緑色の植物のようだ。身体のあちこちに小さな葉のようなものが無数に生えている。人間のように四肢が判然としない。腕の役目をすると思しき枝に似た触手があるが、足のようなものは見受けられない。どうやって移動しているのかわからぬが、土の上を滑るように移動する。 ―――ブブブブルゥ ―――ビュビュルルル 泡が沸くような音を発してなにやら会話しているようだ。 ―――ビョリュリャリャ <ココデ、マチガイナイノカ?> ―――リャ <ウム> ―――ヒュウブルルヒョビュララビョレレレリャンリョ <コノウミデ、カツドウニヒツヨウナ、エナジーヲタクワエテカラ、レイノモノヲ、トリニユコウ> ―――リュン <ワカッタ> 片方の植物生命体が長い触手を足元の地面に伸ばした。 ―――ピャッピョピュリュリャリャブブリャ <コノツチヲミロ。コノツチヲ、ナガイアイダモトメテイタ> もう一方の植物生命体は触手を広げて天を仰いでいる。 ―――ビョピャビョピョピュブルルビュロ <ソシテ、コノヒカリ。ワレラニヒツヨウナモノガ、コノホシニハ、スベテソナワッテイル> ―――ビョルビョルピュピャピュポポ <ナガイ、ウチュウノ、ヒョウリュウノカイガ、アッタトイウモノダ> 二体の植物生命体は体を細かく震わせた。喜びの反応のようだ。 ―――ブジュルブビュルビュルピャピョプ <ダガ、フヨウナモノモ、タクサンアル> ―――ピャアピュウブリュリュブビャビャビョ <ソレヲジョキョスルタメニ、ヒツヨウナモノヲ、トリニユカネバナ> ―――ベッピュビャッピュピョピョリョンリョンブビュリャリョプ <ソノマエニ、コノホシノ、チテキセイメイタイカラ、チシキヲ、コピースルトシヨウ> ひとりの男性が展望台の手すりから海峡を眺めている。 片方の植物生命体がユラユラ揺れながら、男の背後から音もなく忍び寄り、腕のような触手を伸ばしてその後頭部をわしづかみにした。 「ひょっ!ふひゃひゃはやむにゅふぉいふぉい」 標的にされた男性は妙な声をあげながら、電気に触れたようにヒクヒクと小刻みに痙攣していたが、その触手が離れるとまた何事もなかったかのように展望台を歩き始めた。 ―――ビャブリュロロロリュリュリュピャピュッピョビャンビュビュリュ <アノコタイノ、キオクソウチカラ、データヲコピーシタ。リンクシテ、カイセキ、インストールヲカイシスル> ―――リュンリャ <リョウカイシタ> ふたつの植物生命体はすぅと近寄ると、身体を少し傾けて頭部にあたる部分を重ね合わせた。重なり合った部分の内部が光を発し、しばらく明滅を繰り返していたが、やがておさまり、彼らはまたふたつに分かれた。 「実装完了じゃ」 はじめて音声を発した。 なにやら人工的な音声のようだが、紛れもなく植物生命体の内部から発せられる音声だ。 「。。。これで全部かえ?」 「ほうみたいじゃなぁ」 なぜだかわからぬが、かなりキツめでディープな阿波弁を喋りだしたではないか。 「なんなこのデータは?生活やらなんやらで情報を分類してみたけんど、ファイルが5つ6つしかないでないか。普通どこの星のやつでも最低でも20くらいはあるでよ。『釣り』『酒』『ボートレース』『鳴門金時』。。。なんなこれ?」 「ほれに『戦闘』に関するデータがほとんどないってどういうことな?かなり古いデータがちょこっとだけあるけんど『逃げる』とか『隠れる』しかデータがないじょ」 「まあええわ。いっぺん戻ろか」 二体の植物生命体は己が肉体を再び眩い光に包みこむとフワリと宙に浮きあがり、そのまま鳴門海峡の渦の中へ吸い込まれるように姿を消した。展望台には、さきほど彼の植物生命体に脳内の記憶をコピーされた男性がひとり残されていた。 「あ、いたいた。おじいちゃん、ひとりでふらふら歩き回らないでよね。海にでも落っこちたらどうするの」 駐車場のほうから小走りにやって来た女性に荒々しく腕をとられ、その男性は引きずられるように展望台から退場した。 「いくら元気だって言ったってもう90歳越えてるんですから気をつけてくださいな!」
「これじゃ」 「ほうじゃな」 ふたつの奇妙な物体がゆらゆらと移動してくる。鳴門海峡に現われた、あの謎の植物生命体だ。 闇夜に、彼らの濃緑色はよくなじむ。 剣山、宝剣神社。 四国有数の霊峰に建つ社殿は質素ながらも威厳がある。二体の植物生命体は音も無く社殿の前に止まった。しかし、まさかこやつらが参拝に来たわけではあるまい。 白木でこしらえられた高さ2mほどの小さな本殿に奇妙な植物の触手がチョンと触れるや、いかなる力の為せる業か、白木の本殿は眩い光を放ってパァンと砕けて弾けとんだ。 後にはちゃぶ台状の丸い石に突き刺すように安置された1本の剣が残されている。 いかなる力によってこのような硬い石の塊に刃を刺し込んだものか?すき間もなく突き刺されているその剣は、人間の手では到底引き抜けそうにない。 人よりも細く頼りないその触手が剣の柄をからめとると、やにわにブゥンと細かく振動しはじめた。すると驚いたことに剣はすぅと石の台から滑るように抜き去られたではないか。植物生命体はその剣を自らの頭部とおぼしきあたりへ掲げた。 刀身は約40センチほど。日本刀などの片刃と違って、両刃の剣だ。しかも実戦用の無骨な造りではなく古代の祭儀用に見られる細かい装飾が随所に施されている。 しかしほんのりと赤みを帯びた刀身は、まるで今朝鍛え上げられたものの如く自ら光を発しており、錆はおろか一点の曇りもない。 「ヒヒイロカネの剣。これじゃな」 「まちがいないわ」 二体の植物生命体は満足げに細い身体をくねらせると闇の奥へと姿を消した。
<一>一方的な敗北 「さあ、どうするのじゃエディーよ?」 編み上げのアーミーブーツを川原の砂利にねじ込んで仁王立ちしたタレナガースが勝ち誇ったように胸を張った。 灰色オオカミを思わせる頭髪が強い川風にあおられて天を突く怒髪のごとし。異様なケダモノのシャレコウベ面は表情こそ変わらぬが、強い憎しみのオーラを立ち上らせている。 「エディーソードも激渦烈風脚も、余のかわいいモンスター、アームド・ビザーンの装甲を撃ち破ることはできなかったのう」 鮎喰川河川敷緑地の川べりにまでエディーは追い詰められていた。タレナガースの言うとおり、彼の攻撃はことごとく弾き返されていたのだ。このアームド・ビザーンの堅固なる装甲によって。 「鮎喰川を汚濁による漆黒の流れに変えようとする我らがたくらみ、よくも邪魔してくれたの」 タレナガースの眼は怒りの炎を噴きあげていた。川原には体長50センチほどの金属製の魚が横たわっている。タレナガースが開発したロボット・フィッシュだ。ウロコの無い銀色のボディは、中ほどが深々と抉られて完全に破壊されている。エディーソードによるものだった。 このロボット・フィッシュは、口から入った川の水を体内の汚染フィルターに通すことによってどす黒い汚染水に変え、エラから排出させる恐るべき水質汚染システムを内蔵している。 エディーはタレナガースによるこの恐ろしい計画が実行される寸前、辛うじてこのロボット・フィッシュの破壊に成功したのだった。 腹の虫が収まらぬタレナガースはここで会ったが百年目とばかり、計画をエディー抹殺に切り替えて襲い掛かったのだ。 「さぁアームド・ビザーンよ。今日こそ憎きエディーめに引導を渡すのじゃ!」 徳島市のシンボル眉山を模った巨大な頭部を持つモンスターは両腕を天に掲げて雄叫びを上げた。 ぎょおおおおおおん その声は遠く徳島市中心部にまで届き、市民たちを震え上がらせた。 アームド・ビザーン。 眉山の、山の密度を持つ脅威のパワーを誇るエディーの宿敵は、タレナガースによってさらに強化改造されていた。 「まだまだ負けたわけじゃないさ!」 だが、たとえ劣勢にあろうとも彼こそは渦戦士エディーだ。徳島を護るためのファイティングスピリットは決して枯渇することはない。 エディーソードを背後に構えて、エディーは自分よりもひとまわり大きなモンスターに向かって何度目かの攻撃を仕掛けた。相手の間合いに飛び込みざま閃光の如く剣をふるって切り裂く。まったく同じアクションで右からでも左からでも背後のソードを繰り出せる変幻自在の剣技は、何者であろうと決して防ぎきれるものではない。 ザシュッ! グァシャッ! エディーソードの刃は狙いたがわずアームド・ビザーンの胸部をとらえた。 「ナニ?」 ぎょおおう! 懐深く斬り込んだエディーを、今度はアームド・ビザーンの太い右腕が襲った。 ガァァァン! 「うわっ」 アームド・ビザーンの超絶ラリアットがエディーの胸板にヒットし、エディーの体は後方へ十数メートルも吹き飛ばされ、飛沫を上げて鮎喰川の流れに仰向けに倒れた。 渦エナジーの超人はそれでも立ち上がってタレナガースを大いに驚かせたが、まるで山がブチ当たってきたかのような衝撃に視界が揺れて足がふらついている。 「な、なぜだ?今度こそ確かな手ごたえがあったのに?」 ふぇ〜っふぇっふぇっふぇ。 「効かぬと申すに、まだわからぬか。ホレ見るがよい」 いびつに歪んだタレナガースのツメが指す先で、たった今エディーソードによって粉々に砕かれたアームド・ビザーンの鎧が見る見る復元されてゆくではないか。 「強化改造ポイントその1。こやつを護っておるのはかつてダークエディーの肉体形成に使用した活性毒ネオトキシンを応用して精製したグロトキシンでこしらえた鎧じゃ。しかも余が綿密にプログラムした新たなる特性を加えてあるゆえ、鎧に亀裂や破損が生じてもこのとおり見る間に自動修復する。いわば形状記憶猛毒というわけじゃな。よって、何度攻撃しても貴様には打ち破れぬよ。ふぇっふぇっふぇ」 タレナガースのうんちくが終わるとアームドビザーンが一歩前に出た。拳を握った両腕をまっすぐエディーに向けて伸ばすと、左右の二の腕からカシャカシャとメカニカルな音と共に一対の銀色の円筒が現れた。 ぎょお! ひと声吼えるとモンスターはエディーめがけてダッシュした。 ガシッ!ガシッ!ガシュッ! 腰まで川の水に浸かっているエディーは咄嗟に拳をかわすこともかなわず、両腕をクロスさせてガードした。しかしエディーの倍はあろうかという太い腕から繰り出されるパンチは、エディーをそのガードもろとも後方へ押し込んでいった。 ―――なんて重いパンチなんだ! モロに食らえばダメージははかりしれない。エディーの注意がアームド・ビザーンの拳の動きに集中したその時、アームドビザーンの二の腕に出現した銀の円筒から金属製の杭が射出された。 バシュッ! ズガアアアン! 二本の杭はエディーの胸と腹部を同時にとらえ、エディーはうめき声を出す間もなく意識を失って今度こそ川の流れに没した。 「ふん。一方的であったの」 タレナガースはキラキラと陽光を照り返す川面を冷たい目で注意深く眺めていたが、もはや憎き宿敵の姿が現われないことを見届けるや誰にともなく胸を張った。 「強化改造ポイントその2。ヴェノム・ロケットを流用してこしらえた堅固なる発射筒にアンチエディー砲のエナジー弾を凝結させて形成したステイク弾をこめた、必殺のパイル・ストライカーじゃ。ヒーローの武器のような名前であろうが」 「かつてエディーにやられた装備ばかりじゃの」 タレナガースの傍らにはヨーゴス・クイーンだ。 「改良して組み合わせれば十分使えるのじゃ。現にホレ」 タレナガースは鋭いキバが光るアゴでエディーが姿を消した川の流れを指した。 「渦の力か何か知らぬが、そのようなものにいつまでもアグラをかいておるゆえこのような無様なことになるのじゃ。余を見よ。努力と研鑽を積んでおらばこその勝利である」 「使わなくなった兵器の棚卸しをしておって思わぬボタモチを見つけたようじゃの。棚からボタモチとはまさにこのことじゃ。ひょっひょっひょ」 「もうよい」 ボソリと語る声には深い恨みと殺気が満ちていた。 「おしゃべりはここまでじゃ。引きあげるぞよ、アームド・ビザーン」 命じられたタレナガースの忠実なるモンスターは、ご主人様と同様にくるりと踵を返して鮎喰川の流れから川原へと上がった。
<二>度重なる災い 鮎喰川がまもなく吉野川の大きな流れへと合流するあたり。 エディーは胸のコアにわずかに残る渦エナジーを総動員してなんとか岸へとたどりついた。 ―――完敗だ。 今までのヨーゴス軍団との戦いにおいて自らを勝利に導いてくれた必殺の攻撃技が、今度ばかりはアームド・ビザーンにはことごとく通用しなかった。 ―――どうすればいい? エリスは今回の戦闘には出動していなかった。 <ちょっと考えたいことがあるの> もしかしたらエリスはこうした状況を予見していたのかもしれない。彼女なら何か打開策を、次には勝つための新しい武器か何かを発明してくれるかもしれない。 「いやいや」 震える両足で川からあがったエディーは声に出して己の考えを否定した。そんな弱気でどうする。都合のよい期待などしていては厳しい闘いに勝利することなど到底叶わない。 エディーはとりあえずエリスにSOSを送り、川原に腰を下ろして濡れた身体を休めようとした。 刹那! 身の毛もよだつ殺気とともに鋭い銀光がエディーめがけて飛来した。 「!?」 咄嗟によけたエディーの頬をかすめた銀光は鮎喰川の流れを切り裂いて向こう岸へと飛び去った。 ―――タレナガースか?いや、しかし・・・? ヨーゴス軍団のものとは明らかに異質の攻撃。。。禍々しさとは無縁の清冽な一撃だ。頬に刻まれたひと筋の傷がそれをはっきりと感じ取っていた。 「誰だ?」 めぐらせる視線の先に黒い人影が。エディーには見覚えがあった。以前タレナガースが地獄から召還した亡者軍団を退けるために共に闘ったこともある。 「ツルギ!」 霊峰剣山の守護者、超武人ツルギだ。既に左腰の太刀を抜いて右手に携えている。 金色の目が冷たくエディーを見つめている。 全身を黒装束に包んだ長身。額には進化の樹を思わせるシルバ−の模様。胸から肩にかけてを同じシルバーのアーマが覆っている。全身からは研ぎ澄まされた刃の如き殺気が立ち昇っている。近寄るものは何びとたりとも真っ二つに切り裂かんとする危険なオーラだ。 「これは何の真似だ、ツルギ?」 エディーは立っているのがやっとだが、それでもツルギに向かって身構えた。ツルギは抜き身を手にしている。この状況では眼前の武人が味方であるとは到底思えないからだ。 「何の真似だと?それはこちらのセリフだ。渦の男よ」 低く落ち着いた声だ。 「どういうことだ?」 「とぼけるな。貴様、剣山のお社を破壊して宝剣を奪ったであろう。返せ!」 「ナニ!?剣山の宝剣を?バカな。オレはそんなこと・・・」 「しらばっくれるな、エディー!」 ススーっと流れるように間合いを詰めるや、ツルギは手にした太刀をエディーめがけて振るった。 辛うじて体をかわし白刃をやりすごしたエディーだが、ツルギの攻撃は流れる冷水の如く静かで容赦ない。神速の連続攻撃がエディーを襲う。 咄嗟にエディーソードを手にしてその太刀を受けるが、残り少ない渦エナジーではソードに十分な剛性を与えることもできず、一撃でエディーソードは弾けて消滅してエディー自身も再び川の流れに倒れこんだ。 「君が何より大切にしているものをオレが。。。オレが本当に壊して奪ったと思っているのか、ツルギ?オレを信じてくれ。オレは。。。」 「信じていたとも。その信頼を貴様は踏みにじったのだ。破壊されたお社には海のエナジーが残留していた。貴様がその体に秘めている渦のパワーだ。証拠はあるのだ。言い逃れはできまい」 「そ、そんな馬鹿な」 エディーは混乱していた。 もはや語るべきことなど何もないとばかり、ツルギは太刀を振り上げた。眼前で川の流れに両膝をつくエディーの衰弱は誰の目にも明らかだ。 その太刀がエディーの頭上に振り下ろされようとした時! 「待って、ツルギ!」 背後の川原から声が飛んだ。視線をめぐらせずとも、ツルギにはその声の主が誰だかわかっていた。 「邪魔をするな。エリス」 ツルギの背後には渦のヒロイン、エリスがいた。エディーのSOSを受けて彼の元へ急行したのだろう。肩で息をしている。クリアブルーの長い髪が風にあおられてマスクにはりついていた。 「いくらおまえの頼みでも今度ばかりはきけぬ。エディーは決して許されぬ禁を犯したのだ」 「バカ言わないで!その人を誰だと思っているの?徳島の平和を。。。平和だけを願って命がけで闘ってきたヒーローなのよ」 エリスは躊躇なくツルギの剣の間合いへと歩を進めた。まっすぐにツルギの目を見ている。 「見損なわないでっ!」 何か言おうとしたツルギをエリスは気迫で制した。そのままツルギの傍らを通り過ぎると、うずくまるエディーの前に両手を広げて立ちはだかった。 「どけ、エリス。私はなんとしても宝剣を取り戻さねばならぬ。邪魔をするならお前でも容赦しない」 脅しではあるまい。だが、エリスはツルギを睨んだまま退こうとはしない。 「そうか。ならばエディーとともに斬る」 ツルギは言うが早いか、太刀をエリスの首筋に振り下ろした。 時が止まったかのようだ。 風は止まり、雲も動かず、ただ鮎喰川の水だけが知らぬ顔で流れてゆく。。。 ツルギが放った刃はエリスの首筋で止まっていた。髪の毛一本分の隙間を残して。 「見事な覚悟だ、エリス」 ツルギは静かに太刀を左腰の鞘に収めた。 「いいだろう、エリス。お前の覚悟に免じてエディーの命をしばし預ける。ただし二日だ。二日後、宝剣を必ず私に差し出すのだ。仮に他の誰かが奪ったというのなら、その間にそれを証明してみせろ」 それだけ言うと、ツルギは漆黒の陣羽織を思わせる長い衣装の裾をひらめかせてくるりと踵を返した。しばらくすると川原に濃い霧がたちはじめ、歩み去る黒い後姿をみるみる覆い隠してしまった。折からの川風が霧を吹き払った時、既に武人の姿はなかった。
<三>異星人のたくらみ 「具合はどうだ?」 病室の重い引き戸をあけて白衣の男性が入ってきた。 「あ、園田先生。お世話になります」 ドクはベッドサイドの椅子から素早く立ち上がって深々と頭を下げた。 「おかげさまでだいぶ落ち着きました。今は眠っています」 ベッドにはヒロが横たわっている。右腕には点滴のチューブがつながれていた。 「毎度毎度無茶しやがって、このアホンダラは」 園田はボソリと呟いた。 園田医院は内科と外科、整形外科、リハビリテーション科を併設している。その2代目院長園田は、ヒロの学生時代からの親友であり、ヒロとドクの正体を知る数少ない協力者のひとりである。 「すみません、先生。また。。。嫌な思いをさせてしまって」 ドクは眠り続けるヒロを見ながら詫びた。ヒロやドクがヨーゴス軍団との戦いで受けたダメージのせいでここに運び込まれたのは今回が初めてではない。 「親友のこんな姿を見て心穏やかでいられるわけはない」 かつてドクは園田の言葉を聞いていた。拳を握り締めてそう言ったのだ。今回もまた、彼に辛い思いをさせてしまうことになってしまった。それが申し訳ない。 「ふっ、もう慣れたよ。それよりも君たちが抱えている問題のひとつが解決したようだよ」 「えっ?」 正体を隠して世話になる条件として、園田には闘いのいきさつをすべて話すことになっていた。彼は剣山の宝剣を探さねば再びツルギに命を狙われる羽目になることを承知している。しかし当のエディーは闘うどころかベッドから起き上がることもできないありさまだ。ツルギが定めた刻限は明日だというのに。 「JRTニュース観てみろ。ホレ」 園田はリモコンを掴むとテレビをつけた。レポーターの女性が緊迫した状況を伝えている。 「。。。いったいあの物体は何なのでしょう?誰が何の目的であのようなものを眉山の山頂に置いたのか、いまのところまったく不明です。県警は眉山一帯を立ち入り禁止にして状況を注視しています」 ドクは画面を観て驚いた。 直径が数メートル以上もありそうな銀色の球体が山頂のロープウエイ駅近くに置かれている。そしてそのてっぺんのあたりに鈍く光るものは。。。 「宝剣!?」
JRTニュースのレポーターが眉山山頂に到着する少し前。。。 「何者じゃそのほうら?」 「人様のアジトの真上でいったいぜんたいナニをしておる?」 腕組みをして胸をはるふたり。 ヨーゴス軍団首領タレナガースと大幹部ヨーゴス・クイーンだ。 ふたりの全身から発せられる異様な負のオーラに反応したか、銀の球体からふたつの光が染み出すように現われ、タレナガースたちの前にふわりと着地した。 光がすぅと消えた後には、二体の植物の如き謎の生命体がうねうねと揺れていた。 「ほう、なんとブサイクなる生き物じゃ。余の研究材料にしたいものであるなあ。ふぇっふぇっふぇ」 「まことにブサイクじゃ。ひょっひょっひょ」 ヨーゴス軍団のふたりが肩をゆすって笑った。 「ブサイクて言うやつがブサイクぢゃ、ボケ」 「ほうぢゃ。お前らがブサイクぢゃ。ブサイク、ブサイク」 植物生命体の身体が上下に伸び縮みした。文句を言っている時の動きなのかもしれぬ。 「タレ様、えらいクラシックな口げんかになっておるのう」 「ふん。いずれにしても余の前に無断で立つとはよい度胸じゃ。名のれ」 タレナガースがいびつに歪んだツメで植物生命体を指した。 「わしはドビトル」 「わしはヒンケトル」 。。。数瞬の沈黙。 「タレ様、この状況で誠にすまぬが、わらわはナニやらなごんでしもうた」 「うむ、この緊迫した雰囲気を一撃で粉々にするおそるべき破壊力を持つ名であるな。で、貴様らどこから来た?この地の者とは思えぬが」 問われてドビトルとヒンケトルは黙って触手を天に向けた。 「ほほう。宇宙から来たと申すか。ふぇっふぇっふぇ。まことに豪気よのう」 宇宙人。。。という存在をいきなり目の前にして、タレナガースもヨーゴス・クイーンも疑いもせねば驚きもせぬ。さすが異界の者同士ならばこその奇妙なやりとりだ。 ゴホンと咳払いをしてタレナガースたちは自らも名乗りを上げた。 「われらヨーゴス軍団。この徳島を汚染し、人間どもを苦しめ、やがてはこの地を我らの住みよい汚泥の都とする者なり。で、貴様らはナニを目論んでおる?」 「焼却」 「なんじゃと?」 「焼却じゃ」 「しょう。。。焼き払うと申すか、この徳島を」 「ほうじゃ」 「コンクリートいらんけん。土だけにする」 「ほうじゃ。土だけに戻す。人間が作ったもん、いらんけん」 ドビトルとヒンケトルと名乗るこれら植物生命体は、この地の大地と日の光だけを求めていたのだ。人間たちがこしらえたビルや舗装道路などは、彼らにとっては生きるために邪魔でしかなかった。そのためにすべての人工物を焼き払おうとしているのだった。人間ごと! 「ほなけんこの剣盗ったんじゃ」 「ほうじゃ。この剣で熱線増幅させるんじゃ」 ドビトルの触手が銀の球体に仕込まれた宝剣を指差した。 「おお、あれは!」 ヨーゴス・クイーンが目を丸くした。 「ううむ。ヒヒイロカネでこしらえた剣じゃな。しかもかなり純度が高いと見た。ヒヒイロカネの精製技術はとうに廃れておるゆえ、かなりの年代モノであろう。そのようなモノ、どこから見つけて来おった?」 タレナガースも目を見張った。 「なるほど。鉄や銅に比べてはるかに高い熱伝導率を誇るヒヒイロカネの剣を熱線の発射ノズルに使用すれば、とてつもない破壊力に増幅することが可能じゃ。通常の落雷程度の熱量でも一撃で徳島市全域を灰にするくらいはおやすい御用というわけじゃな!」 タレナガースはうれしそうにポンと手を打った。 汚すか、焼くか。いずれにしても人間どもは生きてはゆけまい。 「まぁそれも面白いがのう」 ふぇっふぇっふぇと嗤うと眼前の宇宙植物生命体を睨みつけた。 「じゃが、汚そうが焼こうが、それはわれらヨーゴス軍団が行うことぞ。よそ者はすっこんでおれ!」 しゃれこうべツラのタレナガースが吼えた。常人ならばその気迫に腰を抜かすであろう。かぁと瘴気を吐くと、あまりのおぞましさにさすがの植物生命体のドビトルとヒンケトルも思わず後ずさった。 突如目の前に現われた異形の者どもの存在をはかりかねていた宇宙からの侵略者たちは、今ここにいたって彼らをはっきり敵と認識した。 「来いアバサカル!」 ヒンケトルが二本の触手を天に伸ばして叫ぶと、今まで静止していた銀色の球体が突如ブゥゥゥンと唸り始めふわりと宙に浮き上がると、ドビトルとヒンケトルをスィィィとその中へと吸い込んだ。 生命体を内部に取り込んだためか、真球だったアバサカルはカシャカシャとせわしく立体ジグソーのごとく形を崩し、再びその形を整え始めた。 巨大な金平糖を思わせるトゲトゲの頭部と、鋭い笹の葉のごときショルダーガードの下から伸びた伸縮自在の触手の先端には高速回転する円錐螺旋状のドリルが唸りを上げている。球体だったボディは楕円形に伸びて全体のバランスを取っている。完成したのは全身銀色の重装ロボットだ。宇宙を漂流し、この地球へ到着して間がない宇宙人たちがいかにしてこのようなフォルムの戦闘形態をイメージし得るものかは謎であったが、敵に与えるビジュアルのプレッシャーはかなりのものだ。硬い金平糖状の額からは怪獣のツノを連想させるように例の宝剣が突き出している。 「ほほう。搭乗者のイメージで変幻自在に変化する流体金属製の宇宙船兼戦闘ポッドというわけじゃな。よくできておるのう」 アバサカルと呼ばれたヒューマノイド型戦闘ポッドは、身構えるタレナガースたちの上空をふわふわと漂うと、頭部の宝剣からビュンと鋭い音を発して赤い怪光線を放った。 バチッ! ヨーゴス・クイーンを標的に捉えていた怪光線を、タレナガースが長く鋭いツメではじき返した。クイーンを庇って前に出るタレナガースの左手のツメ3本はドロリと溶けてしまった。 「ふん。ふざけた名前の兵器にしてはなかなかやりおる」 タレナガースは大きく両手を広げると自らの身体を軸にしてくるくると回り始めた。高速で回転する魔人の竹とんぼは一気に宙に舞うとアバサカルのボディに溶けていない方のツメを激しく打ちつけた。 ガリガリガリ! 岩をも削る恐るべきツメは旋盤のようにアバサカルを何度も攻撃し眩い火花が散ったが、驚いたことにアバサカルのボディ表面には髪の毛ほどの傷も認められない。だが、タレナガースはもうひとつの事実に驚愕していた。 「貴様、その胸くその悪いパワー。。。覚えがあるぞ!どこでパワーを充填した?渦のパワーを!?」 アバサカルに触れた瞬間、タレナガースはアバサカルの動力源が宿敵エディーと同じ種類のものであることを看破していた。 「鳴門の海じゃ」 「渦の中じゃ」 アバサカルから声がした。ドビトルとヒンケトルの声だ。 「けっ!ああ気色が悪い。余はよくよく鳴門の海に呪われておるようじゃのう」 ビュ! ふたたび赤色の熱線がタレナガースに向けて発射された。タレナガースは風に乗った凧のようにスイイイイと滑空して大きく後退した。 徳島を焼き払う大仕事を控えて、タレナガースへの攻撃は出力を抑えているのだろうが、命中すれば易々とその身体に穴を穿つであろう。渦パワーに満ちたこの巨大なヒューマノイド型戦闘ポッドの相手をし続けるのはこの魔人にも荷が重そうだ。 「来よ、アームド・ビザァァーン!」 兵器には兵器。ヨーゴス軍団も強力な助っ人を呼んだ。 ギョオオオオオオオン! 耳を覆いたくなる雄叫びを上げて超攻撃型モンスター、アームド・ビザーンが眉山の茂みから姿を現した。 ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン ギョオオオオオオオ 宇宙からの超侵略兵器VS悪夢の無敵モンスター。 ドスン、ドスン、ドスン! 重い地響きとともに猛ダッシュしたヨーゴス軍団のモンスターは、その巨体に似合わぬすばしっこさで大きくジャンプすると勢いに任せてアバサカルのボディに自慢の拳を撃ち込んだ。 ドン!ドゥン!ドゥゥン! 隆々と盛り上がる肩の筋肉に裏づけられた重いパンチが一発、二発、三発と立て続けに銀色のボディを捉える。ビルの壁面などあたかも障子紙のごとく突き破る魔拳だ。一撃ごとに、その衝撃に驚いた山鳥たちがバサバサと一斉に空へ飛び立った。 だがパンチを受けたアバサカルは宙を滑るように後退してパンチの破壊力を受け流してしまう。まるで吊り下げた風船を殴っているようだ。 それでもアームド・ビザーンは拳を振り上げた。タレナガースは不敵な笑みを浮かべている。 アームド・ビザーンの何発目かの拳が銀のボディに炸裂しようとした直前、カシャカシャと腕のアタッチメントが展開し金属製のミサイルポッドに似た筒が出現した。鮎喰川の川原でエディーを退けたあのパイル・ストライカーだ。タレナガースの余裕の笑みはこれだったか? ズガアアアアン! 先端が鋭く尖った猛毒性の杭が高速で打ち込まれた。凄まじい破壊力の分だけアバサカルが大きく後方へ飛ぶ。 だがそれでもアバサカルのボディは無傷だ。何よりもタレナガースを失望させたのは、アバサカルの足元に転がっているパイル・ストライカーのステイク弾だ。先端がいびつに折れ曲がってひしゃげている。 ―――くっ、硬度が足りぬか! ケラケラケラケラ。 いやらしい笑い声がアバサカルから聞こえた。 「今度はこっちが攻撃する番ぢゃ」 「ほうじゃ。やってまえ」 宇宙人たちの声とともに、アバサカルの頭部に差し込まれた宝剣がボゥと赤く光った。 ビュビュビュッ! ギョギョオオオ! 赤く細い光線が宝剣の切っ先から迸り、灼熱の熱線はまっすぐに圧してくるアームド・ビザーンの硬いボディにいくつもの穴を穿った。巨大な眉山型の頭部や人造筋肉が盛り上がるボディのあちらこちらから熱線による炎とともに肉が焼ける嫌な臭いがたちのぼった。だがアームド・ビザーンも、エディーを退けた底なしのエナジーと、瞬時に再生する形状記憶猛毒グロ・トキシンの作用でたちまちダメージをリセットし、何度でも戦闘態勢を取る。 アームド・ビザーンの頭部の先端がパカッと開き、現われた小さなノズルからゴオオオと炎が噴き出した。 「ふぇっふぇっふぇ。アームド・ビザーンの強化改造ポイントその3。岩をも溶かす1000度の炎じゃ。ドロドロに溶けて流れよ!」 輝く黄色い炎が巨大な銀の甲冑兵士を包み込んだ。 だが十数秒後、笑みを浮かべていたタレナガースの表情がさすがに曇った。 アームド・ビザーンの超高熱火炎にさらされながらも、アバサカルはもとの輝きを失わず平然と宙に浮いていた。 「わしらこいつで大気圏突入しとるけんな。ほんな炎くらいではやられへんわい」 「ほうじゃ。やられへん、やられへん」 アバサカルからドビトルとヒンケトルの声がした。どうやら彼らはこの戦闘ポッドに搭乗している、というよりは同化しているようだ。 ヒヒイロカネから発射される熱線と岩をも溶かす炎。超高熱にも耐える宇宙流体金属と何度でも再生する形状記憶猛毒のボディ。宇宙戦闘ポッド対モンスターの戦いは拮抗していた。ここまでは。。。 突如アバサカルの高速回転するふたつのドリルが左右からアームド・ビザーンを襲撃した。 ギュルルルルルル! ズガッ!ザシュッ! ギョギョオオオン! 左右からわき腹を刺されたアームド・ビザーンが苦悶の叫びを上げた。そのまま力まかせにアームド・ビザーンを後方へと押しやる。いかなるパワーの発現か、ボディを宙に浮かせたまま力自慢のアームド・ビザーンをぐいぐい突き放すではないか。 ビュビュッ! ギュルルルルルル! ギョエエエエエ! 熱線とドリルの複合攻撃がアームド・ビザーンをさらに苦しめる。元来パワーファイターのアームド・ビザーンは接近戦に持ち込んでこそその強みを発揮できるのだが、熱線と触手のドリルに阻まれて相手の懐に入ることができない。全身からユラユラと闘気が湯気となって立ち昇る。好戦的なアームド・ビザーンはそれでも前へ前へ進もうとするのだが、次第に防戦一方になっていった。 「タレ様!なにやら敗色濃厚という気がしないでもないのじゃが、どうなっておるのじゃ?」 ヨーゴス・クイーンがタレナガースのケモノのマントを引っ張って文句を言い始めた。こうなると背後にも注意せねばキレたクイーンが何をし始めるかわかったものではない。 「負けはせぬ。ヤツの特性はわかったゆえ攻撃のしようもあるというものじゃが、それには手が足りぬ。アームド・ビザーンだけでは手が足りぬのじゃ」 あらためて策を練らねばならぬ。タレナガースはひとまずアジトへ退却することにした。仮にやつら宇宙人コンビが徳島を焼き払おうとも、最後の最後でヨーゴス軍団が勝てばよいのだ。焦ることはない。 タレナガースは暴れるクイーンの手を引き、アームド・ビザーンを盾にしながら眉山の藪の中へ姿を消した。
「。。。いったいあの物体は何なのでしょう?誰が何の目的であのようなものを眉山の山頂に置いたのか、いまのところまったく不明です。県警は眉山一帯を立ち入り禁止にし状況を注視しています」 レポーター一行は、無人となった眉山山頂のロープウエイ駅から少し離れたパゴダの陰に身を潜めながら放送を続けていた。 「あれは宇宙から来たのだそうじゃ」 「まぁ、そうなんですか?って。。。ギャ!タベコボース!」 「タレナガース様ぢゃ!余はクッチャクッチャと下品に食事なんぞせぬわい!」 なんといつも間にかレポーターの背後にはタレナガースとヨーゴス・クイーンが立っているではないか!女性レポーターは腰を抜かした。 「これ!しっかり立たぬか。県民の皆様が観ておるのじゃろうが。あれはの、宇宙を漂流してこの地球に辿り着いた宇宙人たちの乗り物なのじゃよ。この星の中でも、特にここ徳島の土がお気に召したらしい。余のたくらみに従ってさっさと毒気を垂れ流しておかぬからあのような綺麗好きの侵略者が宇宙からもやって来るのじゃ。反省せよ!」 「あの。。。言ってることムチャクチャですよ、タレナガースさん。でもよくご存知ですね」 「さっき一戦交えて退散したのじゃ。情けないハナシじゃ」 ヨーゴス・クイーンがレポーターのマイクを自分の顔の前にグイと引き付けて文句を言った。 「もう負けちゃったんですかぁ?」 レポーターがマイクをタレナガースのしゃれこうべヅラの前に差し出した。恐れは好奇心に変わっている。 「たわけ。負けたのではない。現に我がアームド・ビザーンはいまだ健在じゃし、ヤツらの戦いのクセも弱点も見切っておる。それに、もうすぐ別のヤツらが来るであろうよ、忌々しい渦のヤツらがの」 「おお、噂をすれば何とやらじゃ。見よ」 ヨーゴス・クイーンが指差す先に二つの影があった。
<四>ヒートバトル 「それはオレの友人がとても大切にしているものだ。返してもらおう」 ふたたび静止して真球体に戻っていたアバサカルに向かって叫んだのはエディーだ。一点の曇りも歪みもないピカピカの球体にエディー自身の姿がデフォルメされて映っている。 園田医院のベッドで目覚めたヒロはドクの制止を振り払って眉山を目指した。ツルギが恐ろしいからではない。エディーは知っていたのだ。あの日エディーを攻撃しながらツルギは心の中で泣いていたことを。友に刃を揮わねばならないことに、もしかしたらエディーよりも深く傷ついていたのかもしれない。 だからこそエディーはあの宝剣を取り戻さねばならなかった。 出動直前。どうしても行くのならこれを着装するようドクに命じられた。 新しいエディー・コアだ。 エディーが鮎喰川でアームド・ビザーンと戦っているときも、彼女はこの新しいコアの開発に取り組んでいたのだ。それがついに完成した。 コンパクトなボディに大容量のエナジー・パッケージを内蔵したハイエンドタイプのコアだ。 ―――これならいける。 園田医師の治療とドクのニューコアのおかげで、エディーは再び立ち上がったのだ。 エディーの呼びかけに再びドビトルとヒンケトルが姿を現した。 「なんな、もうじき熱線発射するんやけん邪魔するな」 「邪魔するな」 「熱線発射?まさかここから徳島の町を攻撃するつもりじゃないだろうな」 「そのまさかじゃ」 「ほらほうじゃ」 ドビトルとヒンケトルは濃緑色の細い身体をユラユラと揺らした。エディーを警戒しているようだ。 「なぜそんなことをする?君たちは何者なのだ?徳島を焼く目的は一体何なのだ?」 「わしはドビトル」 「わしはヒンケトル。わしら宇宙から来たんじゃ」 「あのアバサカルに乗って来たんじゃ」 ぷぷっ。 エディーの背後にいるエリスが口元を押さえている。肩が小刻みに震えている。 「どびとる?ひんけとる?それであれがあばさかるって。。。ぷふふっ」 「気を緩めるなよ、エリス」 視線を眼前の敵からはずさぬままエディーが相棒をたしなめた。 「それで、その宇宙人がなぜ徳島を攻撃する?何が気に入らないのだ!」 「気にいったけん焼くんじょ」 「言っていることの意味がわからないぞ。気に入った町をなぜ焼かねばならない?」 つめよるエディーにドビトル、ヒンケトルは明らかに嫌悪の動きを見せた。もうさんざんタレナガースに説明したことだ。なぜ皆同じ事ばかりを聞く? 「ああもう、めんどくさい」 「もうええけん、ほっといてくれ」 苛立ちながら二体の植物生命体は再び銀の球体の中に消えた。 ブゥゥゥゥゥゥゥン。 カシャカシャカシャ。 完璧な球体であったアバサカルが一瞬立体ジグソーパズルのようにでたらめな形にズレて、先ほどアームド・ビザーンを退けた重装兵型戦闘形態へと見る間に変形した。金平糖のようなトゲトゲの頭部からは相変わらず前傾した形でツルギの宝剣が突き出している。 ギュイイイイイイイイイン。 左右の笹の葉型のショルダーガードの下で伸縮自在の触手アームにつながれた左右一対のドリルが高速で回転し始めた。岩であれコンクリートであれ、触れるものはすべて粉砕する恐るべき触手がエディーめがけて飛来した。 宝剣を奪取すべくアバサカルに接近したいエディーだったが、ふたつのドリルは片方が攻撃に、もう一方が防御にと、見事な連携でエディーの動きを封じていた。 加えて、エディーがドリルアームをはじき返す前後、絶妙のタイミングで宝剣から放たれた熱線がエディーを狙う。 ―――くそっ。これじゃあ埒が明かない。 エディーソードを出現させて飛来するドリルや熱線を辛うじてはじき返しながらも前進を試みるエディーだが、アバサカルの絶え間ない攻撃の勢いに、むしろソードがはじかれて後ずさりしてしまいそうだ。 「くらえっタイダル・ストーム!」 近づけないなら遠距離攻撃だとばかり、エディーはエディーソードを大上段から振り降ろし三日月状の衝撃波を放った。 ギュウウウン! ビシッ! タイダル・ストームはアバサカルの銀色のボディに命中したが着弾の瞬間、曲面のボディをクイと巧みにずらせることによって衝撃波はわずかに火花を散らせただけで後方へと飛び去ってしまった。 「くそ。タイダル・ストームを当てるにしても、もっと近づかなければダメだ」 エディーは唇をかんだ。 明らかなエディーの劣勢に、JRTの女性レポーターも心配そうだ。 「エディー、苦戦しています。前へ進もうにも進めずにいます」 「ふぇっふぇっふぇ。あれではアームド・ビザーンと同じありさまじゃ」 「第一、エディーは一度アームド・ビザーンに敗れておるからの。ヤツひとりではあのアバサカルには勝てぬ。ひょっひょっひょ」 タレナガースとヨーゴス・クイーンは陰からエディーの苦戦を見て笑っている。 「ええ?エディーが負けたんですか?」 「おお、そうじゃとも。まだダメージは完全に癒えておらぬはずじゃ。ほれ、ヤツの動きにはいまひとつキレがないであろう?」 タレナガースの解説にレポーターはふんふんと聞き入っている。 「でも、それじゃあエディーの苦戦はあなたたちのせいじゃないですか。何とかしてくださいよ」 くってかかるレポーターにタレナガースはそっぽを向いた。 「知らぬわい、そんなこと。エディーが弱いからいかんのだ。ホレ、やられるぞよ」 バシッ! ついにアバサカルのドリルがエディーの肩口を捉えた。火花とともにエディーは後方へ倒れた。 「ああ、エディーが!」 もう片方のドリルが真上から倒れたエディーを襲った。 「エディー!」 エリスとレポーターの悲鳴が重なったその時! キン! 涼やかな金属音がしてアバサカルのドリルが大きくはじき返された。 「あっ!」 「あれは?」 「誰なぁ?」 「来おったか」 エリスが、女性レポーターが、ドビトル&ヒンケトルが、タレナガースが声を上げた。 アバサカルの執拗な攻撃に体勢を崩して片ひざをついたエディーを庇って立つ黒い人影は。。。! 「ツルギ!」 腰の得物を手に両手を大きく広げてアバサカルに対峙している。 「今の一撃。。。まごうかたなき渦のパワーだ。こやつも鳴門の海から力を得ていたとみえる」 手のひらに残るドリルの手ごたえを噛みしめるように呟くと、背後で何か言いたげなエディーとエリスに少し顔を向け、ツルギはわずかに頭を下げた。愚直なほどに使命に忠実な、無口で無骨なこの超武人が、あるじ以外の者に己がこうべを垂れることなど初めてのことではないだろうか。 「すまないエディー。エリス。どうやら私は愚かな過ちをおかしてしまったようだ。エリスの言うとおり私の目は曇っていたらしい」 「いいのよツルギ。わかってくれて嬉しいわ」 「ヤツは熱線を放射して徳島を攻撃するつもりらしい。君の宝剣はどうやらそのための発射ノズルにされるみたいだ」 「なんと罰当たりな!私が来た以上決してそのようなことは許さぬぞ」 「力を合わせて宝剣を取り戻そう」 ついに徳島が誇る海と山の守護神が強力タッグを結成した。エディーより一歩前に出たツルギは片手で剣をクルクルとバトントワリングのように回転させて飛来するアバサカルの熱線をはじき返した。 エディーも負けじとソードでふたつのドリルを防ぐ。前へ後ろへ、右へ左へと体を入れ替えながら、エディーとツルギはじわじわとアバサカルへの距離をつめた。 「すごい!すごい連携です。われらの渦戦士エディーと超武人ツルギのふたりが力を合わせて宇宙からの侵略者に迫っています。タレナガースさん、彼らならやってくれそうですね?」 女性レポーターがマイクをタレナガースの口元へ持っていった。 「ふん。確かにアバサカルの攻撃をかわしながら闘うには複数の者によるチームプレイが必要じゃ。じゃがまだわからぬぞよ。一番大事な問題が残っておるからのう」 タレナガースはフンと鼻で笑った。 キンキンキンキン! ガシュッガシュッガシュ! アバサカルが繰り出す攻撃をはじき返すふたりの剣戟の音が眉山山頂に響く。宝剣によって威力を増した熱線はいかなエディー、ツルギといえどもそのボディを貫くであろうし、高速で回転するドリルは彼らの肉をえぐるであろう。すさまじい集中力でふたつの同時攻撃を退けながら、ふたりは一歩また一歩とめざす宝剣に近づいていった。 残りあと数メートル。。。そこでツルギはやおら剣を背後に回し片ひざをついて、まるで国王に謁見する騎士のごとくこうべを垂れた。 「何を?危ないツルギ!」 だが、彼を庇おうと慌てて前へ出かかったエディーを、ツルギは片手で制した。 「たかあまはらにかむづまります。かむろぎかむろみのみこともちて。すめみおやかむいざなぎのおおかみ。つくしのひむがのたちばなのをとのあわぎはらにみそぎはらへたまひしときにあれませるはらひとのおおかみたち。もろもろのまがごとつみけがれをはらひたまへきよめたまへともうすことのよしをあまつかみくにつかみ。やをよろづのかみたちともにきこしめせとかしこみかしこみまをす」 人差し指と中指をまっすぐ揃えて口元に寄せ、鋭い息を吐くように早くちで唱えたのは禊ぎの祝詞だ。穢れし者の手にゆだねられたる宝剣を今再び神の使徒たる己が手に取り戻さんとするツルギの祓い祝詞が終わるや、なんと宝剣がカタカタとゆれ始め、やがてアバサカルの金平糖アタマからシュッと飛び出してツルギの手にみずから戻ったではないか。 「よし」 不思議なツルギの能力に驚きながらも、宝剣が彼の手に戻ったことでエディーは安堵した。 「たわけっ!気を抜くでない!」
タレナガースの檄が飛ぶが早いか、宝剣が無くなった金平糖アタマのトゲトゲから熱線が一斉放射された。 ビビビビビビビビビ 「エナジーシャワー!」 間一髪、ふたりの背後からエリスが青く光る渦エナジーをスプレー状に放射した。 エナジーシャワーはキラキラときらめく無数の粒子とともにドーム状に拡散するとエディーとツルギを包み込んでいく筋もの熱線を寸前で食い止めた。 バチバチバチ! 「きゃっ」 いかなる化学反応か、赤い熱線と青い渦エナジー粒子が交わるや、眩い火花とともに渦エナジーのドームは飛び散るようにかき消え、その余波をくらったエリスもまた大きく後方へ弾き飛ばされた。 「エリス!」 エディーがかけよって仰向けに倒れたエリスを抱き起こし、ツルギがすばやくその前に立ってふたりを守らんと剣を構えた。 「私は大丈夫。エディー、気をつけて!」 ダメージを受けたがエリスはなんとか大丈夫そうだ。 「愚か者め。渦の小娘のほうがはるかに状況をよく見据えておる。宝剣を奪われたとは言え、アバサカルの熱線の破壊力はそもそも桁外れぢゃ。トロトロしておると丸焼きにされてしまうぞ」 「丸焼け。。。ひょっひょっひょエディーの丸焼け。。。ひょっひょっひょ」 レポーターに解説するタレナガースの背後でヨーゴス・クイーンが腹を抱えて笑い出した。
<五>最強のタッグ うおおおおおお! 裂ぱくの気合とともにふたたびアバサカルに立ち向かうエディー&ツルギは、ついにアバサカルに到達し、それぞれの刃を銀のボディーに撃ち込んだ。 ガキン! ギイン! だが、やはり彼らの剣もアバサカルの体表に傷ひとつつけられない。完ぺきな曲面で形成された堅固なボディを打ち破るには。。。? 「斬るのではなく、突くのじゃ。一点突破じゃ!」 「なるほど。。。って、ええっ?!」 エディーは自分の傍らでアバサカルに向かって構える「味方?」の姿を見て腰を抜かしそうになった。 「タ、タレナガース!」 「なぜおまえが?」 ツルギも驚きを隠せない。金色の瞳が自分とエデイーの間に立つ異形の者をまじまじと見ている。 「たわけどもっ!眼前の敵に集中せよ!貴様らの戦いぶりがあまりに歯がゆいため余が力を貸して進ぜようというのだ。モチロン此度だけじゃがな!さぁ今一度まいれ、アームド・ビザーン!」 ギョオオオオオオオン――― タレナガースの呼びかけに応じてふたたび林の中から眉山の頭部を持つ山のモンスターが姿を現した。こぶのように盛り上がる全身の筋肉が躍動する。同じ敵に立ち向かうべくエディー、ツルギと共に並び立つアームド・ビザーン。どうにも信じられぬスリーショットだが、味方につけてみるとこれほど頼りになる相棒もない。 「アバサカルを倒す方法はひとつじゃ。アームド・ビザーンに備え付けたパイル・ストライカーを超高速でひたすら撃ち続ける。じゃが問題がふたつ」 「アバサカルは引力に逆らって浮遊する能力があるから一方向からの攻撃では威力が半減するのよ」 エリスが割ってはいる。 「フフ、わかっておるではないか小娘よ。さすがは我らに散々煮え湯を飲ませてくれただけのことはある」 思いもかけず宿敵タレナガースから褒められて、エリスも複雑な表情だ。 「もうひとつは?」 「アームド・ビザーンのパイルストライカーのステイク弾はグロ・トキシンでできておるが、無念ながらこれではヤツのどてっぱらに穴は穿てぬ。硬度不足なのじゃ。そこで。。。」 「渦パワーね!」 ふたたびエリスだ。 「そうか。ヤツと同質の渦パワーをアームド・ビザーンに注入して形成した渦パワー弾をパイル・ストライカーから発射すれば!」 「アバサカルめを串刺しにしてやれるという寸法じゃ。ふぇっふぇっふぇ」 「で、最初の課題はツルギにお願いするわ。私たちとは反対方向からあなたの高速の剣技でアバサカルを攻撃し続けてほしいの。そうすればヤツはそれ以上後ろへ退けなくなるはずよ」 「そこへ渦パワー・パイル・ストライカーの連射を撃ち込めば」 「双方からの攻撃であやつは立ち往生というわけじゃ」 「いけるぞ!」 エディー、エリス、ツルギ、タレナガースそしてアームド・ビザーン。 5人はうなずき合うとそれぞれが各自の攻撃ポジションへ散った。阿吽の呼吸だ。 「どうなっているのでしょうか?」 状況がわからず首をかしげる女性レポーターが傍らのヨーゴス・クイーンに尋ねた。 ひょっひょっひょ。解説気取りでクイーンが胸を張った。 「見ておれ。今から徳島史上最強タッグの攻撃が始まるでの」
気配を消してアバサカルの背後に回ったツルギが仕掛けた。神速の剣は残像を残しながら、アバサカルの背に襲いかかった。常人の目にはツルギが数人いるように見えてしまう。いかなる巨木もひと太刀で切り倒すほどの斬撃が幾重にも繰り返され、宇宙流体金属のボディから盛大な火花が飛び散った。 「さぁ行けアームド・ビザーン。ツルギに遅れを取るでない!」 タレナガースの号令でアームド・ビザーンはギョオ!と啼くとズゥンズゥンとアバサカルに近寄り、その銀色のボディにがっしりと取り付いた。 さらにその背後には渦戦士エディーが待機してアームド・ビザーンの両肩に手を置いた。つい先日死闘を繰り広げたふたりが、今はこうして互いのパワーを融合させて合体攻撃をしようとしている。 「行くぜ、アームド・ビザーン!」 ギョイギョイギョイ。 エディーの合図でアームド・ビザーンはパイル・ストライカーの射出筒を展開させた。 ハッ! アームド・ビザーンの肩に置いたエディーの両手がにわかに青く発光しはじめ、無数の光の粒子が堰を切ったようにアームド・ビザーンの体内へと流れ込んでいった。 ギョホホホホホホホホホホ! アームド・ビザーンが身をよじりはじめた。どうやらグロ・トキシンの身体にエディーの渦エナジーはものすごくくすぐったいようだ。 ギョッホギョッホギョッホッホッホ! アバサカルを押さえつけている腕を放して己が両脇をガシガシと掻き始める。今度は痒いのだろうか? 「ええい、しゃんとせんか、アームド・ビザーン!」 タレナガースがアームド・ビザーンの尻を蹴り上げた。 ギョヘッ! 熱線よりも怖い首領タレナガースの檄に、アームド・ビザーンは再びアバサカルにしがみついた。 エディーの体に内蔵されたハイエンド・コアがフル稼働し、エディーからアームド・ビザーンに向けて流れ込む渦エナジーがギュウウウウンと唸りを上げはじめた。 そしてついに―――。 バシュッ! 青く光る杭状のステイク弾が発射された。 ガキン! その青い光の杭は僅かながらアバサカルの銀色のボディに真っ直ぐに突き立てられた。が、すぐにカキン!と乾いた音とともに砕けて四散した。 「まだだ、アームド・ビザーン。そのまま構えていろ!」 エディーは持てるすべてのエナジーをかつての仇敵の体内に送り込む覚悟で全神経を手のひらに集中させた。 ギュウウウウウン! いまやアームド・ビザーンの全身を青い光が包み込もうとしている。 だがアバサカルも反撃する。頭部のトゲから灼熱の熱線が放たれた。 真正面のアームド・ビザーンや後方で剣をふるうツルギの身体からジュウウと白煙が上がる。 「エナジーシャワー」 防御にまったく意識を置いていない彼らを守るべく駆け寄ったエリスが、素早く渦エナジーのバリヤを張って熱線を遮った。 バチバチバチ! 熱線と渦エナジー粒子が反応してスパークし、エリスの表情が苦痛に歪んだ。 「大丈夫か、エリス?」 「っく!。。。平気よ。負けないわ」 「急いでくれ!私の超高速攻撃はそう長く続けられるものではない」 アバサカルの動きを止めるべく、ひとときも休まず神速の攻撃を続けているツルギもさすがにスピードが落ちかけていた。 「皆、いまひとときこらえよ!さぁ叩き込め!ヤツのどてっぱらに穴を穿つまで渦の杭を連続で撃て!」 タレナガースの言葉でギョオオオと叫び声をあげたアームド・ビザーンはパイル・ストライカーをマシンガンのように射出した。 その衝撃を緩和すべくアバサカルは本能的に後ろへ逃げようとするのだが、背後ではツルギがそうはさせじと剣を揮っている。 ギュウウウン。 苦し紛れに振り回すアバサカルのドリルがエディーたちを襲う。 ガキン!キン! 今度はタレナガースがその攻撃をはじき返してフォワードの3人を守る。岩をも削る悪魔のごときツメではじき、自慢のケモノのマントでドリルの行く手を阻んだ。ドリルをはじき返すたびに削られたツメの破片が跳びケモノのマントもあちこち引き裂かれて、タレナガースも満身創痍だ。 その間もエディー&アームド・ビザーンとツルギの攻撃は続く。 ズドドドドドドドドド! 耐え難い激烈な攻撃を同時に受け、前へも後ろへもゆけぬアバサカルは次第に動きを封じられて空中の一点で小刻みに痙攣し始めた。 「ぐわあああああ」 「や、やめえええ」 ドビトルとヒンケトルの悲鳴があがった。 グァシャアアン! ガラスが割れたような音とともに、ついにアバサカルのボディから破片が飛んだ。 鋭く尖った青いステイク弾がアバサカルのボディを貫いて反対側にまで突き抜けたのだ。 「ぐ。。。ぐああ」 ドド―――ン! 一瞬眉山頂上が銀一色に染まった。アバサカルが破裂し塵のように細かい破片があたりに飛び散ってキラキラと煌きながら蒸発した。 「きゃああ。やりました。やりましたね、クイーンさん!」 レポーターとヨーゴス・クイーンが互いに手を取り合ってはしゃいだ。そのようすをテレビカメラが映していることに気づいたクイーンは、つないだ手を振り払うとコホンとせきばらいしてカメラに背を向けた。 「やりました。徳島の皆さん、エディー、ツルギそしてヨーゴス軍団のモンスターが協力してあの侵略宇宙人のメカを粉砕しました。徳島は救われたのです!」
静けさを取り戻した眉山山頂に、闘いを終えたばかりの5人が並び立っていた。 「なんとか徳島への攻撃を阻止できたようだ」 「うむ。宝剣も取り返すことができた。感謝するぞ」 「ふぇっふぇっふぇ。礼には及ばぬ。。。よっ!」 シュッ! 言うが早いか、タレナガースの鋭い左手のツメが殺気とともにエディーの首筋を襲った。 「あっ!」 タレナガースの右手のツメはアバサカルの熱線に溶かされている。たまたまエディーの左側に立っていたためにタレナガースの動きにわずかなムダが生じ、そのおかげでエディーは間一髪でタレナガースの手刀をかわすことができた。 「何をする?!」 後方へ跳び構えるエディーをタレナガースが鼻で嗤った。 「けっ!何をするじゃと?阿呆め!余を誰と心得る。徳島を汚濁の底に沈めるべく暗躍するヨーゴス軍団が首領タレナガース様である。貴様、今ひと時共に闘こうただけで己の宿敵を忘れたか?これじゃから正義の味方というのは生ぬるい。敵の敵は味方とでも思うたか!うつけ!」 共通の敵ドビトルとヒンケトルを倒した今、彼らが共に手を携える理由などもはやない。タレナガースの言うことはもっともだ。 エディーもツルギも、アバサカル戦において持てるすべてのエナジーを使い果たしている。今タレナガースとアームド・ビザーンに戦いを挑まれては勝ち目などない。 ―――しまった。やつはここまで読んでいたのか。 狡猾なタレナガースの作戦を見抜けなかった。エディーが唇を噛んだその時。。。 バン!ババン! タレナガースの背後で突如何かが破裂する音がした。 見ると、ヨーゴス軍団のモンスター、アームド・ビザーンの巨体からパチパチと火花が散っている。 起動システムになにやら重大な不具合が生じたようだ。 「ややっ、いかがしたアームド・ビザーン?」 それを見たエリスがニヤリと笑った。 「ははぁん。。。エディーのフルパワーの渦エナジーを全身に浴びたためにアームド・ビザーンの身体を形成するグロ・トキシンとやらの対流システムがやられてしまったようね」 タレナガースはううっと言葉に詰まった。どうやらエリスに図星を突かれたようだ。 「大変だわ。早く処置しないと行動不能になってしまう。さ、私が診てあげるからこっちへいらっしゃい」 ギョギョ。。。ヘ? ポキポキと指を鳴らしながら近づく渦のヒロインに、アームド・ビザーンは思わず後ずさりした。 「こ、これ。やめぬか小娘。余計なお世話じゃ。こやつの面倒は余がみるからよい」 「あら。一緒に闘った仲じゃない。敵の敵は味方よ。遠慮することないわ。ふっふっふ。そうかそうか。渦エナジーに身体が拒否反応をおこしたのね。ああ可哀相」 「ええい、もうよい!今日のところは引き揚げじゃ。さ、アームド・ビザーン帰るぞよ。クイーンはどこへ行った?あやつめ、またフラフラといずこかへ!」 チッと舌打ちすると、タレナガースは冷たい視線をエディーとツルギに固定したままアームド・ビザーンを率いて後退し、やがて林の中へと姿を消した。 「命拾いしたなエディーよ。じゃがいずれあらためて貴様のそっ首いただきに参上する。覚えておれ」 林の中から忌々しげな声が聞こえ、彼らの気配は消え去った。 「エディー、大丈夫?」 エリスが心配そうにエディーを見た。 「ああ。君が機転をきかせてくれたおかげで助かったよ」 「まったく。油断もすきもないヤツよね、あいかわらず」 エディーは、己の首筋に手をやった。さきほどタレナガースの刃の如きツメが空を切ったあたりだ。今もヒヤリとした感触が残っている。ひとつ間違えば自分は今この地面に冷たくなって横たわっていたかもしれない。タレナガースの恐ろしさを再認識させられた。 エディー、エリス、そしてツルギは、マイクをむけるJRTの女性レポーターに手を振ると眉山から姿を消した。
<跋>後始末 先刻の闘いでアバサカルが破壊されたあたり。地面の上でなにやら小さなものが動いている。 体長2センチほど。虫メガネでつぶさに観察しなければよくわからないが、なにやら植物のような生き物だ。ふたついる。 うねうねとうごめきながら少しずつ近づくとごく小さな音声を発した。 ―――ピャンビュルルウ <イキテイルカ、ヒンケトル?> ―――ビャリャリャプップップ <ナントカナ。ドビトル> ―――ピャピャピチャプンポンピャ <アバサカルハ、ダメダ> ―――ピュリュピュルピャッピョ <オノレ、モウスコシノ、トコロダッタ、ノニ> ―――ピャピャポンピュリュリュピャンピャン <マッタクダ。サンニンガカリデ、クルナンテ、ズルイ> ―――ピョピュルリピュピュピャン <モウイチド、タイセイヲ、タテナオスゾ> ―――ビュップペピャピュリピャ。。。 <オウ。マズハコノダイチカラ、エナジーヲ。。。> パシィ!バリバリ! 突然スパークの火花が奔り、小さな植物生命体がいたあたりで何かが破裂した。 地面からひとすじの白煙がたちのぼった。 「ふん!気色の悪い蟲め。わらわは蟲は好かぬ!ひょっひょっひょ」 フルパワーにメモリをあわせた電撃ハリセンをヒラヒラと振りながら、ヨーゴス・クイーンが颯爽とアジトへ向かって去って行った。
<完> |