渦戦士エディー

龍脈の大地

 


(序)震える大気

 東の空に太陽が顔をのぞかせた。

 今の今まで世界を支配していた夜の闇を無理やり脇へ押しやる強烈な光が、山の向こうから侵攻してくる。

 それによって、闇に紛れていたものたちの存在が文字通り白日の下にさらされた。

 小高い丘の頂上に浮かび上がるふたつのシルエット。生まれたばかりの強烈な陽光を背後に従えているため、逆光によってその容姿までは認められないが、体つきから大柄の男であろうと思われる。

ひとりは硬い頭髪がハリネズミのように天へ伸びている。怒髪という形容が相応しい。長身だ。時折吹く強い風にひるがえっているように見えるのはマントであろうか。

 もうひとりは巨漢だ。並みのプロレスラーよりひとまわりもふたまわりも大きい。遠目にも人並みはずれた体躯の持ち主であることがわかる。

巨漢はなにやら大きな棒状のものを抱えている。全長は3メートル以上あろうか。東海地方の一部で見られる手筒花火の竹筒のようにも見えるが、人が抱える勇壮な噴き上げ花火の手筒でさえ1メートルほどであろうが、こちらは桁外れに巨大だ。

 マントの男が地面を指差している。なにやら巨漢に指図しているようだ。あ、蹴っ飛ばした。。。

 おしりのあたりを蹴られた巨漢は、指し示されたあたりへ移動し肩に担いだ大きな荷物を、あたかも工事現場の杭打ち機のごとく大地へ垂直に打ちつけた。

どおおおおん!

 一瞬大気が身震いした。

 それは音というよりは、人の第六感を振るわせるような振動であった。不可視のエナジーが放射線状に奔り、空を行く雲をうろこ状に掻き乱す。

 途端、バサバサバサとカラスの群れが空へ飛び立ち、眠っていた犬や猫たちは飛び起きて身構えた。

 ただ人だけが、今朝の残り少ない眠りを楽しんでいた。

 

(一)ヨーゴス軍団襲来

 重なり合ういくつもの鋭いクラクションとともに幾台もの路線バスが急発進した。いずれも本来の走行ルートから大きく外れている。

きゃああああ!

うわぁ!

逃げろ!早く逃げろ!

 徳島駅前のバスターミナルから悲鳴や助けを求める叫び声があがっている。バスを待っていた利用客や、安全第一をもって旨とする路線バスの運転手たちをパニックに陥れた原因は。。。

ガアアアアアアア!

 モンスターだ!

 二本足で立つサメだ。全身はダークグレー。頭部はシュモクザメのように左右に割れており、その先端に目がある。頭頂部は建物の2階に届くほどだ。サメとは言うものの、ヒレではなく四肢が備わっている。しかも肩やふともものあたりはボディビルダーを思わせる隆々とした筋肉がついていてパワーファイターであることを強烈に印象づける。もっとも奇怪なのは、ぬっぺりとした顔面には縦に裂けるような口があり、地獄の拷問具のごとき鋭いキバが左右にびっしりと並んでいることだ。燃えるような赤い口が左右に開き、耳を覆いたくなるような叫び声が搾り出された。

ガアアアアアアアン!

 駅前のホテル建設工事現場からいきなり飛び出してきたそのモンスターは、近くに停車していた高速バスにしがみつくと、全長12mもあるその大型バスをブンと振り回して十数メートルも放り投げた。

 駅前は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。バスの乗客にけが人が出ているらしくあちらこちらでうめき声があがっていた。

「た。。。助けてくれ」

 その声に導かれるように現われる青い影がふたつ。

「そこまでだ。モンスター!」

 徳島県の鳥しらさぎの羽が随所にあしらわれた銀のアーマに黒いゴーグル。額には渦を表す大きなひし形のシンボルマークが。そして胸の中央には尽きることない正義の心を約束する青いエディー・コアが輝いている。

「渦戦士エディー参上!」

 そしてエディーと同じ額のシンボルマークとピュアな心の象徴たるエディー・コアを持つエディーの頼もしいパートナー。

「渦のヒロイン、エリス。同じく参上」

 クリアブルーのロングヘアが風に舞う。

「エリス、君は逃げ遅れた人たちを安全な場所まで誘導してくれ」

 モンスターに視線を固定したまま、エディーは背後のエリスに指示を出す。

「オッケー。任せて」

 エリスは崩れかけた高速バス待合室に取り残された人たちや負傷して路上に座り込んだままの人たちに手を差し伸べて避難させていった。これでエディーも心置きなく闘える。

「さて。平和な街を混乱に陥れるヨーゴス軍団のモンスターはこのエディーが退治する!」

 モンスターがパワーファイターならばエディーは神速のスピードファイターだ。ぶぅんとうなりをあげて飛来するモンスターのこぶしを軽快なステップでかわす。だが空気を切り裂く衝撃波がエディーのマスクを震わせてゆく。数発目に繰り出されたパンチを巧みにかいくぐって懐に飛び込むや、エディーはモンスターの背に回って腰に両腕をからめ「うおおおお!」と気合もろとも巨大な敵を持ち上げて頭越しに背後へ投げ捨てた。怪力を誇る腕に捕まれば、いかに堅固な渦アーマをまとっていてもただでは済むまい。まさに捨て身の投げっぱなしジャーマンだ。

ズウウウン。

 コンクリート片を盛大に撒き散らしてモンスターは頭部を地面にめり込ませた。投げ技をくらえば自重の大きさが命取りになる。敵の虚を突いたエディーの頭脳作戦だ。

「いいぞエディー。その調子だ!」

 戦況を遠巻きに見ている市民たちから歓声があがった。

―――たのむ、エディー。悪者をやっつけてくれ!

ごわあああ。

 脳天から舗装道路に突き刺さっていたモンスターはなんとか地面から頭を引き抜くとユラリと立ちあがった。シュモクザメのように左右に張り出した目の片方が今の衝撃で潰れていた。

 大きく裂けた口を左右いっぱいに広げてガアアアア!と叫ぶや、モンスターは近くに倒れていた大型バイクを片手で掴むとエディーめがけて力任せに投げつけた。

ヒュン。

グアアアン!

 飛来した大型バイクは難なくかわしたエディーのすぐ傍らを通り過ぎて背後のコーヒーショップに飛び込んで爆発炎上した。

ごあららああ!

 片目を失った怒りで我を忘れたか、モンスターは無茶苦茶に暴れ始めた。

 続いてスクーターを投げ、破壊されて転がっている直径1メートルほどもあるコンクリート塊を蹴飛ばし、ついには横転していた軽自動車を持ち上げた。

「なんて馬鹿力だ」

 ヤツが投げたり蹴ったりするものをこのまま避けていても周囲に被害が広がるばかりだ。エディーは素早く路面を回転して、軽自動車を持ち上げたモンスターの足元へ飛び込むと軸足と思われる右のひざへ強烈なローキックを撃ち込んだ。

 ぐらりとバランスを崩したモンスターは頭上の軽自動車を支えきれずあおむけにひっくり返った。

「エディー、みんなの避難は完了したわ。決めちゃっていいわよ」

 エリスの声に頷いたエディーは渦エナジーを両手に集結させ、パワーを練成してエディー・ソードを出現させた。

 ソードを構えたまま大きくジャンプすると空中で大上段に振りかぶり、落下の勢いもろともモンスターの頭上へ斬りつけた。

ガキン!

「ナニ?」

 なんと、真っ二つに切り裂かれると思われたモンスターの頭部でエディー・ソードは受け止められていた。

ギリギリギリ。

 モンスターは縦に割れた大きな口でソードの刃に噛みついていたのだ。鋭いキバがソードの刀身に食い込んでいる。

「なんてヤツなの?エディー、ソードが噛み砕かれるわ」

 エリスが叫んだ。

「大丈夫だ、エリス。見ていろ、オレの底力を!」

 エディーは動ぜず、エディー・ソードのグリップを握る両手に渦パワーを流し込んだ。

「うおおおおおお!食らえ正義のパワーを!!」

 胸のエディー・コアから流れ出した渦パワーが左右の手のひらからソードに伝わり、刀身が青く輝き始めた。

ぐ。。。ぐえええおおおお!

 ソードの攻撃をキバで受け止めているモンスターが苦しみ始めた。

 ヨーゴス軍団のモンスターは独自の活性毒素で構成されている。その主成分はエディーやエリスの持つ渦のエナジーに激しい拒否反応を示すのだ。

 口から体内に流れ込む渦エナジーにモンスターの体組織が崩れ始めている。かといって今キバをソードから離せば鋭い刃によって真っ二つに切り裂かれてしまうだろう。

 モンスターは進退窮まった。

ぐ。。。ぎゃあああああ!

ドオオオオン!

 耳を覆いたくなるような断末魔と破裂音を残してシュモクザメのモンスターは砕け散った。

徳島駅前にいつも以上の静けさが訪れた。エディーは勝どきを上げるように右手で高々とエディー・ソードを掲げた。

「どうだ、タレナガース。貴様の送り込んだモンスターはやっつけたぞ。ヨーゴス軍団がどんな怪物を造ろうと、オレは必ず勝つ。貴様の悪だくみが成功することはないんだ。あきらめて降参しろ!」

 その高らかなる宣言に、事態を遠巻きに見ていた市民から拍手と歓声がまきおこった。

「エリス、モンスターの破片が飛び散ったこのあたりを除染しておいてくれ」

「了解。さぁピピ、モンスターの破片を残さず探知するのよ」

ばう。

 エリスが造ったロボット犬ピピがしっぽをピンとたてて駆け出した。

 

だが、すべての傍観者たちがエディーの味方というわけではないようだ。

「けっ!あいかわらずけたくそ悪いヤツじゃのう」

 しゃがれた女の声だ。

 モンスターが現われた工事現場の最上部に立ってエディーとモンスターの戦闘を眺めていたのだ。シャレコウベを頭に被ったギョロ目の不気味な顔だち。ピンクのマントに黒のレザースーツのアンバランスが怪しさを際立たせている。

 ヨーゴス軍団の女幹部ヨーゴス・クイーンだ。

 傍らにはキバ・ドクロのマークを額に白く浮かび上がらせた全身黒ずくめの戦闘隊長が控えている。クイーンのボディ・ガード役としてタレナガースが同行を命じたものだ。

「タレ様はわらわにあのモンスターを託していずこへ行かれたものか。。。しかし、恐ろしげな見た目のわりにあっさりやられてしもうたのう」

 どうやら今回の襲撃はヨーゴス・クイーンが指揮官役を任されていたようだ。勝てないまでももう少し暴れてタレナガースに自慢してやろうと考えていたクイーンの目論見はエディーの活躍であっさりと潰えてしまった。ご機嫌はかなり悪いにちがいない。

「帰るぞよ」

 愛用のピンクのうちわをせわしげに振りながらヨーゴス・クイーンは足早にその場から退散した。

「ふん、預かったモンスターはまだいくつもあるのじゃ」

 

 徳島駅前でヨーゴス・クイーンが言い残したことばは単なる負け惜しみではなかった。彼女の言うとおり、その後もヨーゴス軍団が放ったモンスターは県内のあちらこちらに現われて町や自然に被害をおよぼした。

 

 旬の時期を迎えようとしているスダチの畑に出現した新たなモンスターは、猛毒のボディを見せつけるかのような漆黒の体色をした四足の獣であった。北海道の野生の覇者グリズリーを思わせる巨躯は活性毒素がドロドロと対流しており、手で触れればその毒液をすくい取れそうだ。

ごぼぼぼぼ。

 白いキバが不規則に並ぶ大きな口をあけて咆哮するが、咽の奥の毒液がからまって泡のような妙な音が発せられるばかりだ。

がっ!がはっ!ごほっ!

 からまった痰を吐き出すかのように口から濃緑色の毒液のかたまりを吐き出す。

じゅううう。

 吐き出された毒液を浴びたスダチの木は、豊かに実った緑の実もろとも白煙をあげてみるみる溶けてしまった。

「待て!これ以上徳島の特産スダチの木に被害は出させないぞ、モンスターめ」

 現場に到着した渦戦士エディーは四足モンスターとスダチ畑の間に割って入った。

 ごええっ!

 だがモンスターはエディーの登場など意に介してはいないようだ。あいかわらず咽の奥の痰を吐き出すのに夢中のようだ。苦しげに頭を振り、前足で地面をかきむしっている。

がはっ!

 今度吐き出したかたまりには濃緑色にすこし赤いものが混じっている。吐きかけられたスダチの木は白い煙の中に小さい炎を噴きながら、やはりみるみる姿を消してしまった。

「エディー、戦いが長引けば周囲に被害が拡大するわ。一気にカタをつけちゃって」

 エリスのアドバイスに「わかった」と頷いたエディーはエディー・ソードを出現させて躊躇なく敵に斬りつけた。

ザシュッ!

 鋭い刃が銀の光となってモンスターの黒いボディを切り裂いた。

 だが。。。

 一瞬開いた傷口はまたたく間に閉ざされ、モンスターは相変わらずキバの並んだ口を大きく開けてぐうううと苦しげなうめき声をあげている。そして再び毒液のかたまりを吐き出した。

じゅううううう。

 またもや見事に育ったスダチの木が一本、白い煙となって消えた。

「くそ!ヨーゴス軍団お得意の再生型トキシン・ボディか」

「エディー、ここは私に任せて」

 このタイプの再生ボディにはエディーたちも苦戦を強いられてきたため、エリスは独自に対抗策を模索していた。それを試す時がきたのだ。

「この手のリプレデュース・ボディは一見きちんと形成されているようでその本質は流動的なのよ。再生する、というよりは極度に型崩れしにくい、と言えばいいかしら」

 エリスは徳島に新しくオープンしたトイザマスで買った巨大ウォーター・バズーカを構えた。背中に背負った外付けタンクにはこの手の毒素の対流を鈍らせてボディを固定化させる特殊な薬液が詰められている。

―――特価って言ったって3,999円もしたんだからね、コレ。

 役に立ってもらわねば困る。

「いっけー!」

バシュッ!

 大量の薬液が銃身の中でひとかたまりにまとめられ、液体の弾丸となってモンスターに浴びせられた。

バシュッ!バシュッ!

 薬液を浴びたあたりのモンスターの体色が白っぽくなってゆき、そのあたりの身体が急速に硬くなってゆくのが見て取れる。まるでドロドロのコンクリートが固まってゆくかのようだ。

「いいぞ、エリス。効いているようだな」

「さぁエディー、今のモンスターならエディー・ソードで破壊できるはずよ」

「オッケー!」

シュン!

ドガアアン!

 ふたたびいく筋もの銀光が奔り、モンスターの巨大なボディを粉々に打ち砕いた。

 

「なんじゃ、またしてもやられてしもうたか。あのモンスターは結構気に入っておったのに」

 すだちの巨木の陰から、またしてもヨーゴス・クイーンの悔しげな声が漏れた。

 例によって砕かれたモンスターの破片をひとつひとつ無毒化させてゆくエリスとピピを赤く光る目で睨みながら「覚えておれ」と恨みの言葉を残してその姿は木々の影にかき消えた。

 

 現場の除染を終え撤収しようという時、エリスはモンスターの吐いた毒液で蒸発してしまったすだちの木を振りかえった。

―――おかしいなぁ。

 今回はモンスターによってすだちの木が何本もダメージを受けている。エリスは平穏をとりもどした緑のすだち畑全体を見渡した。

―――どうして現われなかったのよ、スダッチャー。

 

(二)不可解な汚染

 おなじみの喫茶店。

濃紺のジャージの上下を着たドクはコーヒーを飲みながら徳島新聞を広げていた。ヒロに「おっさんみたいな格好」とよく揶揄される。

ドクがこの喫茶店へひとりで来るときは大抵すっぴんである。髪の毛はくるりんぱで適当にまとめてある。ここへ辿り着くまで目深に被っている茶色い迷彩色のキャップは愛用のスマホと一緒にコーヒーカップの隣に置かれている。

ブレンドのカップを口元に運び、まず鼻で香りを楽しんでからひと口すすった。だが目だけは記事に釘付けになっている。

『ヨーゴス軍団の攻撃続くも渦戦士エディーあざやかに撃退』『襲撃もはや手詰まりか?』

 当初は1面に掲載されていたヨーゴス軍団のモンスター襲撃も、いまや29面の地方面に移されている。被害が無いわけではないが、エディーとエリスの迅速な対応とあざやかな攻撃でそれは最小限に抑えられている。新聞の記事から感じられる深刻さも次第に薄れてきたようだ。

「怒っているでしょうね、タレナガースもクイーンも」

 気持ち悪いシャレコウベ面が真っ赤になって地団駄踏むさまを想像してドクはくすっと笑った。だが、こうした状況にこそ気持ちを引き締めなければ、怒ってヤケクソになったタレナガースがとんでもないことをしでかすかもしれないとヒロは常々言っている。確かにそうかもしれない。

 まったく困ったタヌキオヤジだわ。

 ドクは広げた新聞をたたもうとして止めた。地方面の隅に書かれた小さな記事が目に留まったからだ。

―――水道水で下痢や嘔吐?水質に問題なし

「なに、これ?」

 ドクの目を引いたのは徳島市内でおこった食中毒騒ぎに関する記事だった。

 市内の特定地域で水道水を飲んだ住人が十数人、下痢や嘔吐を訴えて病院で治療を受けたと言う。しかし彼らが飲んだ水道水の水質にはなんら異常はなく、同じ浄水場からの水道水を飲んでいる他の地域ではそうした報告は一切あがっていないというのだ。

「変なの。。。」

 汚染、体調不良、原因不明。

 ドクははぁっとため息をついた。

「まんまヨーゴス軍団のキーワードばっかりじゃないのよ」

 放っておけないな、とつぶやきながらドクは折りたたんだ新聞を小脇に抱えて席を立った。キャップを目深に被ったジャージの後姿は。。。やはりおっさんだった。

 

 濃い闇というものは押しつぶされそうなほどの質量を感じさせるものだ。

 その闇をかきわけて何かがやってくる。赤い光がふたつ、闇に浮いている。

眼だ。血のように赤く光る眼が闇の中をこちらへと近づいてくる。

「タレ様や!」

 しゃがれた女の声が響いた。ヨーゴス・クイーンのものだ。

「タレ様はおらぬのかえ!?」

 なにやらご機嫌斜めのようだ。

「なんじゃ騒々しい。クイーンか、いかがした?」

 闇の中から男の声が応えた。姿は見えぬが、してみるとタレナガースであろうか。

 手元さえも見えない真の闇の中にいて不便を感じないのだろうか?それとも人外の魔物たちにとっては闇こそが心地よい空間なのであろうか?

ヨーゴス・クイーンの赤い眼が一層光を放った。

「イカがもタコがもあるものか。おまえ様がよこしたモンスターどもはことごとくエディーめに倒されてしもうたぞよ。口裂けシャークもトゲトゲカマキリもドロドロビーストもムキムキモンキーもみんなじゃ!」

「。。。ムキムキモンキー。。。そんなヤツおったかのう?」

「聞いておるのかや!!」

 怒りに燃えるクイーンはタレナガースに噛みつきかねない勢いだ。

「ようもわらわに立て続けに恥をかかせてくれたのう。しかも次第に人間どもはモンスターをあまり恐れぬようになってきおった。こんなことでは時間の無駄じゃ。ヨーゴス軍団の徳島侵略など夢のまた夢。ただいたずらに時が過ぎるのみじゃ!」

「まあ待てクイーンよ。それじゃ。それこそ大事なのじゃ。余には時間が必要であった。そなたがモンスターどもを使ってあのエディーめの相手をしてくれていたおかげで、余は貴重な時間稼ぎができたのじゃ。感謝しておるのじゃ」

「どういう意味なのじゃ。もっと詳しく聞かせてたもれ。わらわにモンスターを使わせておまえ様は一体ナニをしておられたのじゃ?」

「ふぇっふぇっふぇ。ちょうどよい頃合でもあるゆえ、そなたも連れて行って進ぜよう。そこで余の偉大なるたくらみを聞かせるであろうよ」

 タレナガースの得意気な含み笑いに、抑えていたクイーンの怒りにとうとう火がついた。

「なんじゃそのしたり顔は!ええい、やはり腹が立つ!」

 クイーンの手元でパリパリという音と共にみじかい火花がいくつも散った。

「わっ、ちょっ。。。ま。。。待て。。。」

ピシャーーーーーン

 ヨーゴス・クイーンがふるったフルパワーの電撃ハリセンによって、太く眩い稲妻が垂直に奔り、闇を一瞬で駆逐する閃光が、白目をむいてのけぞるタレナガースと、その背後にいる怯えた表情のダミーネーターをはっきり浮かび上がらせた。

 だが追い払われた闇はすぐまた圧し返してあたりを征服し、すべてを覆い隠してしまった。

 己が首領に対し致死の電撃を見舞っておきながら、クイーンは「ふんっ」という鼻息をひとつ残して悠々とその場を立ち去った。

 伏魔の闇はふたたびしんと静まりかえった。

 

「いかがですか?」

 家族3人が全員体調を崩した家の水道水を分析すると、消毒用の塩素やそれから生まれるトリハロメタン、古い水道管から溶け出した鉛なども検出されはしたもののそれらはごく微量で、カルシウムやナトリウムなどのミネラル分も十分に含まれており水道水としてはこれといった問題は見受けられない。むしろ徳島県民が昔から慣れ親しんだおいしい水道の水だと言っていい。

 心配げに検査のなりゆきを覗き込む住人に、エリスは「問題ありませんよ」と断言した。

「たぶん水質検査を行った水道局の方もおっしゃったと思いますが、お宅の水道水は水質基準を十分に満たしています。ご安心ください」

 エリスの言葉にようやく住人の顔に笑顔が戻った。

「だけど、そしたら私らの腹痛の原因はなんだったんでしょうね?」

 問題はそれだ。

 エリスは引き続き原因を調べてみると約束してその家を辞した。

 

「え?」

 誰かに呼び止められたような気がしてエリスは振りかえった。だが、今までお邪魔していた家の玄関戸は固く閉ざされ、家人も家の中にいるようだ。往来にも人影はない。

―――風の音だったのかな?

 エリスは愛車に向かって歩き始めた。

 

 下痢と嘔吐の患者を出した家を中心に、エリスは水道水を徹底的に調べてまわった。浄水場にも足を運び、担当者に聞き取り調査を行った。

 エリスがこの事件を知ってから4日がすぎた。いろいろと調査した結果わかったことは、徳島の水道水はやはりおいしい水だということだけだった。

「なんだったんだろう?私、余計なことに首を突っ込んじゃったのかなぁ」

 ひょっとしたらヨーゴス軍団のしわざかもしれないと思ったのだが、どうやら取り越し苦労だったようだ。

 まぁそれならそれで良しとしよう。

 エリスは助手席にピピを乗せ、愛用のAWD車で家路についた。

―――?

 とある小学校の前で、エリスは不意に車を停めた。

―――今、確か。。。?

 エリスは車を降り「関係者以外立ち入り禁止」というプレートがかけられた正門の隙間から校庭をのぞいてみた。

「あ」

 やっぱりだ。

 校庭の端っこに造られた花壇の前に女の子がひとりしゃがんでいる。泣いているようだ。

今は午後4時を少し回ったところ。初夏の太陽はまだまだ勢いがあって明るいが、下校時間はとうに過ぎているはずだ。

エリスは「ちょいとごめんなすって」と小声で断りを入れながら鉄製の重い門をよじ登って越えた。

 小学生低学年だろう。抱えた両膝に顔をうずめるようにして小さい肩を震わせている。頭の左右で結わえた髪の毛が顔の横で揺れている。

「こんにちは」

 エリスは女の子にそっと声をかけた。

 だが、突然かけられた声に驚いて、女の子は勢いよく立ち上がってエリスを見た。赤いフレームのめがねをかけている。

「驚かせてごめんなさい。私、エリスっていうの。よろしくね」

 女の子は黙って頷いた。小花模様のブラウスがよく似合っている。

どうやらエリスのことは知っているようだ。突然目の前に渦のヒロインが現われたせいだろう、レンズの向こうのはれぼったい目がまん丸になっている。

「お名前は?」

「のぞみ」

 小さい声だ。エリスに泣いているところを見られて少しばつが悪いのかもしれない。

「のぞみちゃんか。ね、こんなところでどうしたの?」

 エリスの問いにのぞみは再び表情を曇らせた。エリスはのぞみの前の花壇を見た。

―――あ。

 花壇の花がみんな枯れてしまっている。マリゴールド、ジニア、アプリコット、トレニア、ニチニチソウにマツバボタン。夏の花壇はさぞ彩り鮮やかであっただろう。しかし、それらすべてがしおれて花びらを落としている。

「お花係りで。。。それで、ちゃんとお世話したんだけど。。。」

 のぞみはエリスに訴えるように語った。

―――なるほど、そういうことか。

 エリスは状況を察した。お花係りになってのぞみは毎日欠かさず花に水を与え、世話をしたのだろう。だがその甲斐もなく花はすべて枯れてしまった。見たところ他の場所にある花壇の花は元気に咲いている。枯れてしまったのはこの花壇だけのようだ。もしかしたらこのことでクラスメートたちから何か言われたかもしれない。

一生懸命やったことがまるで実らない悔しさはエリスにも覚えがある。

そもそもここに植えられている花はどれも比較的育てやすい品種だ。特にトレニアやマツバボタンなどは丈夫で夏の暑さにも強いことで知られている。それなのに花壇ひとつまるごと枯れてしまうとは。

「残念だったね。だけどのぞみちゃんが一生懸命お世話したのは私にはよくわかるよ。きっと何か他に原因があるのよ」

 エリスの言うことが本当ならどんなにか救われるだろう。のぞみはエリスを見上げた。

「うん。絶対ちゃんと調べるからね」

 エリスは約束して彼女を家へ帰した。

―――さて、土が悪いのかしら?

 エリスは職員室へ出向いて宿直の教師に事情を伝え、許可を得て校庭の土壌を検査した。だがやはり問題は認められない。花が元気に咲いている花壇の土となんら違いはなかったのだ。そもそも車に残したピピがうんともすんとも言わない。

「もう、何なのよ!」

 エリスはひとりで文句を言った。

 水道水といいこの土といい、汚染されてもいないのにどうして人体や植物に悪影響を与えるのだろう。

 だがことここに至ってエリスは確信した。これはやはりヨーゴス軍団の悪だくみが原因に違いないと。これという証拠はないが、ヤツらの恐るべき魔の手がこの平和な町のどこかにきっと隠れているはずだ。

この空か?大気か?それとも地中か?とにかく、目に見えぬ侵攻は始まっている。

何度もヨーゴス軍団と死闘を繰り広げてきたエリスの、それは直感であった。

 

―――エリス。。。

「なに?」

 小学校前に停車してあった車の前まで戻ったエリスは、足を止めて周囲を見渡した。

 まただ。

 聞き間違いなどではない。今彼女は、誰かが自分の名を呼ぶ声をはっきりと聞いた。

「私を呼ぶのは誰?どこにいるの?」

 エリスはいずこからか呼ぶ声の主を求めて声を上げた。

 しかし遠くから応じたのは犬の鳴き声のみで、夕方の住宅街はただただ静かである。

 車内では、音声モニターを作動させたピピがキョトンとした顔で主を見ていた。

 

(三)もだえる龍

ごおおおん。

またあの音だ。

県西部剣山麓に住む初老の伝奇小説家であり郷土史研究家でもある糸魚川一平は、書架に並ぶ古い史料を整理する手を止めて耳を済ませた。

世間との煩わしいしがらみをぶった切って粗末な庵を結び、隠遁生活を始めて久しい。かなりの変わり者だが、かつてタレナガースがハミのカズラの怨念のこもった鎧「餓骨丸」を身にまとって徳島に魔物の軍団を復活させようとしたとき、餓骨丸に対抗できる武具ギンメのオダカが愛用した「白鷺の鉢金」の存在を教えた功労者でもある。

耳や首筋を覆うボサボサの頭髪にはかなり白いものが混じり、同じ色の無精ひげが頬からあごにかけてを覆っている。濃紺のTシャツも茶色い荷役作業用のカーゴパンツも一体いつから身に着けているものやら。

ごごごごおおおん。

同じような音はここ2〜3週間でもう数回聞いた。だが。。。

「今日のはでかい」

地鳴りだ。

はじめは大きな地震の前触れかとも思ったが、何かが違う。

そうした際の地鳴りのように、鋭く押し出してくるような音ではない。もっと広範囲で、もっと奥深く、大地の震えが大気を通して天までも揺さぶるかのような地鳴りなのだ。

糸魚川は崩れ落ちそうな粗末な庵を飛び出すと裏の井戸へと走った。かかとを潰してつっかけた赤いスニーカーはところどころ穴があいている。

それは彼独自の調査で掘り当てた清らかなる水脈に通ずる秘密の井戸だ。

井戸に被せてある木の丸いフタを投げるように取り払い、縁から上体を乗り出して井戸の中を覗き込んだ。

「う。。。?うあ。。。うわあああ!」

薄暗い井戸のなかがボウッと光り、井戸水がグルグルと渦巻きながら盛り上っている。まるで透明な水の大蛇が鎌首をもたげて糸魚川を睨んでいるようだ。

ひいっと悲鳴を上げて井戸から離れ、そのまま地面に尻餅をついた。

―――な、なんだこれは?なんだこれは?なんだこれは?

 さまざまな文献から得た知識が大量にインプットされた糸魚川の脳がフル稼働し、これらの事象から導かれる仮説がいくつもいくつも浮かんでは消えた。そして、ただひとつ残された答えは?

―――まさか?

糸魚川は突然体を起こすと庵の背後の山の中へと一目散に駆け出した。

山菜などを取る際に彼が歩くけもの道のごとき細い道だ。潅木の枝が行く手を邪魔するが手で払いのけながら駆け抜ける。

「まさか。。。まさか。。。」

枝の先端や小さなトゲが彼の頬や手のひらにいくつもの赤い筋を描いてゆくがまったく意に介していない。何かに取り憑かれたように走った。

やがて糸魚川は庵の屋根がほぼ真下に見下ろせる高みにある巨大な岩の上によじ登っていた。山の斜面から大きく張り出すように出ている軽自動車なら駐車できそうなくらい大きな岩だ。普段なら怖くて上がれないその岩の上で、糸魚川は四つんばいになって下界を見た。

井戸の中を覗いてからずっと、彼の両目は大きく見開かれたままだ。まばたきすらしていなかったかもしれない。その目で、糸魚川は遠くに開ける町を凝視した。

町。。。そして空。。。国道の向こうに見える吉野川の流れ。。。そして、自分が今いる背後の山。

おかしい!なにがどうとは言えないが、どこがどうとは言えないが、長年郷土史の裏に潜む闇のできごとを調べてきた糸魚川には感じられる。肌がざわつくこの不吉さ?

「まさか!そんな、まさか!未曾有の大災害がおきるぞ。徳島は再起不能になる!」

 我知らず糸魚川は巨岩の上で叫んでいた。口の端から泡をふいている。

「地の龍が起き上がるのか!」

 

その時、糸魚川がはいつくばっている岩のはるか上、山の中腹にそびえ立つ巨木の枝に立って同じように下界を眺める人影があった。糸魚川とは対照的に、腕を組み無言でふもとの町並みをじっと見ている。

全身を覆う黒装束が風にひるがえっていた。

 

逢魔が時。

徳島市内、やまももスタヂアム。

天然芝を敷きつめた軟式野球場である。両翼91m、センター115m。内野スタンドには約2300名の収容能力がある。ナイター照明設備も完備された、学生や社会人の公式試合が行われる立派な球場だ。

そのマウンドに立つ人影がみっつ。

中央に立つ長身は生白いしゃれこうべの顔だ。下あごから突き上げるようなキバは己の頬を傷つけそうなほどに長く鋭い。銀色の長髪を後頭部に垂らしている。

タレナガースだ。

胸には堅固なドクロの鎧、下半身は迷彩色のミリタリーパンツに編み上げの軍用ブーツ。全身を覆うケモノの毛皮のマントが折からの強い風にひるがえっている。

ただ、シャレコウベの面の中央には縦一直線に割れ目が入っており、それを留めるためにそやつのツラはガムテープで顔の中央付近がグルグル巻きにされていた。おそらくは先日のヨーゴス・クイーンの容赦なき一撃のせいであろう。

その張本人ヨーゴス・クイーンもタレナガースの傍らに立っている。だが、繰り出すモンスターどもをことごとくエディーに撃退されて怒り心頭であったあの勢いは鳴りを潜めている。なにやらそわそわしている風に見えるのだが。

「ここがその場所なのかえ、タレ様?」

「そうじゃ。さてクイーンよ、ここに立ってそちはどうじゃ?」

 顔全体を横に巻くガムテープのせいで声が聞き取りにくい。

「ど、どうと申されても、わらわは何やら落ち着かぬのじゃ。まるで大きな大きなケモノの口の中にでもおるような。。。今にも鋭いキバでガリガリと噛み砕かれるのではないかというような。。。恐ろしい気持ちなのじゃ。何なのじゃここは?なぜわらわをこのような場所に連れてきたのじゃ?」

ふぇっふぇっふぇ。

「この野球場で行われる試合はなぜだか打撃戦になることが多いのじゃそうな。ホームランもよう出ると聞く。派手な撃ち合いになると当然観客も盛り上る。応援合戦も自然と熱が入り派手なものになるというわけじゃ。さて、古来神々というものはそういうバカ騒ぎを好む傾向があってのう」

 そこまで言ってタレナガースは足元を見た。マウンドには周囲と違って黒い土が盛られている。

「龍もまた神に連なる存在じゃからのう」

ボソリと語ったタレナガースの言葉にヨーゴス・クイーンは戦慄した。

「龍。。。龍じゃと?龍がおるのかえ、ここに?してみるとここは。。。?」

「そうじゃ。ここは龍脈の真上なのじゃ」

「ひっ」

 ヨーゴス・クイーンは恐ろしげに己が足元の大地を見た。

 龍脈。または地の龍と呼ばれることもある。つまりは地中を走る巨大なる気の流れである。

「人間どもが俗に言う龍脈というのは、往々にして活断層に沿って存在すると思われておるようじゃが、実際はそのようなものに関わりなく存在する。地中の気があたかも湧き水のごとく噴出するポイントを龍穴といい、人体で言うツボにあたるものじゃ。余はこの何日か、そちがモンスターどもを使ってエディーめらの注意を惹きつけていてくれていた間に、この地の龍の龍穴を探し出してそこに猛毒の杭を次々と打ち込み続けておったのじゃよ」

 タレナガースとヨーゴス・クイーンは背後に控えるマッスルサイボーグ、ダミーネーターを振り返った。全長3メートル以上もある電信柱のごとき巨大な筒を抱えて無言で立っている。それはタレナガースが今言った「猛毒の杭」を打ち出すための機械だ。

「パイル・ストライカー・タイタンじゃ。原理はアームド・ビザーンの腕に装着してあったものと同じじゃ。スケールは圧倒的に違うがの。ふぇっふぇっふぇ。このパイル・ストライカー・タイタンによって撃ち込まれる猛毒ジオ・トキシン製のステイク弾は地中でじわじわと、48時間かけて龍の体を蝕んでゆくのじゃ」

「じゃが地の龍とは本来その上に住むものどもを守護し繁栄の手助けをするものではなかったかえ?それゆえにわらわたちのごとき魔性の存在はこのように真上に立つとまさしく龍のアギトによって瞬時に滅ぼされると。。。」

「左様。じゃが現に龍は余たちに何も手出ししてこぬであろう?それは余が龍に打ち続けた猛毒の杭のせいじゃ。地の龍は既にかなり猛毒に冒されておって、われらを良からぬ存在と知っていながらどうすることもできぬのよ。もはや体が言うことをきかぬのじゃな。今やこの地脈に関わる大地は人間どもの反目に回っておる。ふぇ」

「まことか」

「余は既にこの龍脈の龍穴に5本の毒杭を打ち込んでおるでの。この大地はかなり悪意に満ちておるはずじゃ。わけもなく体調を崩す者もあろう。木々や草花は枯れ始めたであろう。それでもこの事態に気づいておる者などおるまいて」

 だが気づいていないのはタレナガースも同様であった。この異常事態を不審に思う者がふたり、いる。そしてそのふたりはその情報をもっとも正しい人物に伝えていたのだ。

 

「エリスちゃん。ここだよ」

 エリスはかたひざをついて地面に右手のひらをあててその声に意識を集中させた。

「聞こえるわ。やっぱりあなたね、スダッチャー」

「そう。オレだよ。よかった、ようやくわかってくれたんだね」

 何日か前からまるで空耳のようにエリスの耳をかすめていたかすかな声は、スダッチャーのものであった。先日、ヨーゴス軍団のモンスターによってスダチの木が被害にあった時もついに姿を見せなかった。あれほどバトルが大好きなスダッチャーがなぜ参戦しなかったのかエリスは不思議に思っていたのだ。

「待ってて」

 エリスは大急ぎで愛車に戻ると、大きなダンボール箱を抱えて戻ってきた。その箱を地面に置き中からある機械を取り出した。野球のホームベースほどの平たい機会で、中央にエディーやエリスの胸にあるのに似た巨大なエディー・コアのような青く輝く物体が埋め込まれている。底面からは二本の太い針状の突起が出ている。

「さぁスダッチャー、これはできあがったばかりの渦パワー拡散器よ。これから地面に渦パワーを流し込むから使ってみて」

 しゃがんだエリスが底の突起を地中に差し込むように渦パワー拡散器を置いて稼動スイッチを押すと、上面中央の大きなコアが眩く輝き出し、その機械の半径約2メートルの地面も青い光を浮き上がらせた。

「おお、感じる感じる。いいねえ渦パワー。。。では、よっこらしょっと」

 その青い光がある一点に集中すると、そこの地面からムクリと人の上半身が起き上がったではないか。

「スダッチャー。よかったわ、お久しぶりね。だけど。。。あはは、なんだか変なの」

 エリスの言うとおり、地面から起き上がったスダッチャーの上半身は渦パワーの影響か青く透き通っていた。

「だけどちゃんと実体化してるよ。握手だってできるぜ、ほら」

「わ、ほんとだ。面白い」

 スダッチャーが差し出した右手をエリスも握り返した。

「ああ、久しぶりに体が戻ったよ。上半分だけどこうして動けるのは嬉しいな。有難うエリスちゃん」

 スダッチャーは首を左右に振ったり両腕をグルグル回したり体の感触を楽しんでいるようだ。

「そんなことよりスダッチャー、一体何があったの?どうしてこんなことに?」

 エリスは青く透けているスダッチャーの頭や体をなでまわしながら尋ねた。

「うん。。。これはね」

 スダッチャーは「やめてよ」というふうにエリスの手を払いながら語りだした。

「あの日。。。ボクが格別居心地のいいスダチの木の中でうたた寝していた時だった。イキナリ。。。」

「イキナリ?」

「うん。イキナリさ、ドカーンときてカクーンとなっちゃんだ」

「なるほどそうだったのね。。。って、わかるか〜い!もっときちんと話してよ。ドカーンってなによ?カクーンってなんなのよ?」

「う〜ん。あれはたぶん毒性の攻撃だったと思う。ボクがよくお昼寝に行くあのスダチの木はね、龍穴のすぐ近くにあるんだよ」

「龍穴?龍のケツ?」

「エリスちゃん、下品。龍の穴のことさ。地中にはすごく大きな龍がいるのさ。といっても本当にいるわけじゃなくって。。。ほら人間が言う風水ってやつ?気の流れとか。。。そういうものって実際にあるんだけど、その気のものすごい大きな川のような流れのことかな。で、龍穴っていうのはその大河のところどころで、まるで泉のように良い気が地表にあふれ出しているところのことさ。そのあたりでは作物はよく育つし人や家にも良い影響を与えてくれるものなのさ」

「へぇ。今度その場所教えてね」

「いいよ。だけどそこに誰かが毒を大量に流し込んだんじゃないかと思う。龍穴はとても大切なポイントだけど、それだけに地の龍の弱点でもあるんだよね。龍穴が悪い影響を受けると流れる気そのものの性質が変わってしまって、その流れの上にあるすべてのものにも悪い影響が及ぶのさ」

「すべてのもの?悪い影響?」

「うん。水も土も汚染されて人は病気になり植物は枯れ、地中に住む小さな虫たちも死に絶えてしまう。でも人間の科学では原因を突き止められないだろうね。で、ボクがいたスダチの木も強烈なダメージを受けてボクはそのまま元の体に戻れなくなっちゃったってわけ。よほど大量で強烈な猛毒を一気に龍穴に流し込まないとあんなことにはならないはずだけど、一体そんな芸当を誰がやったんだろう。。。?」

「馬鹿ね。そんなの決まってるじゃないの」

 首をひねるスダッチャーにエリスが言い放った。

「タレナガースのクソ親父よ!」

 なるほど。水道水による原因不明の健康被害もあの小学校の花壇で一斉に枯れてしまった花々も原因はこれだったのだ。あの花壇の前で泣いていたのぞみの涙は忘れられない。

エリスは憤然と立ち上がった。

 

「その節はご助力ありがとうございました。で、今日はまたオレになんのお話ですか?」

 はっきり言ってエディーは憂鬱だった。

 徳島県警本部よりホットラインで「すぐ来て欲しい」という緊急連絡が入ったために大急ぎで来てみると、そこで待っていたのはあの糸魚川一平だった。

 担当刑事の話ではなにやら龍がどうとか言っているらしいが、余計なダジャレが多くて最後まで話を聞く気にならないのだそうだ。

「糸魚川氏があなたに伝えたいことがあると。。。徳島の一大事に関わるということですので、まことに申し訳ないのですが、直接話を聞いてみていただけませんか」

 そうまで言われればエディーも出頭するしかない。だが、またあの仙人みたいなダジャレオヤジに付き合わねばならぬのかと思うと気が重い。

「エディー、来てくれたんだね。うれエディー(嬉しい)」

 さっそく一発かまされてまった。このオヤジのしょうもないダジャレを聞かされるとせっかくの渦パワーをムダに消費してしまいそうだ。

「あの、糸魚川先生、できれば本題に。。。」

「あ、メンゴメンゴ。ひゃははは」

 渦パワーが。。。

 だが、このあと糸魚川が語ったことはそんなお気楽な内容ではなかった。

 徳島の地下をはしる巨大な地脈。それは龍にたとえられるほど強力な力を持ち、地上で生きるあらゆる生物に影響を与えるものだという。その龍が何者かによって毒されているというのだ。その毒の苦しさによって今、地の龍がもだえ苦しんでいるらしい。その挙句。。。

「徳島の大地が割れる。。。って、そんなまさか?」

「信じられないかもしれないけどね、放っておくともうすぐ嫌でも信じざるを得なくなるよ。たぶん、もうすぐね。そうなれば地の龍の影響を受けた水の龍も穏やかでいられなくなって、吉野川の水が天に駆けのぼることになるかもしれない」

 吉野川が天に流れるというのか?傍らで聞いていた刑事たちは口を押さえて苦笑いした。それを横目で見ながら、糸魚川は声のトーンを押さえて告げた。

「ああやって嗤っていられるのも今のうちだよ。一刻も早く見つけ出すんだ。地の龍の頭をね。そしてそこを中心に龍を浄化しなければ、徳島は取り返しのつかない事態に陥るんだ。エディー、君はボクの言うことを信じるかい?それともやっぱり腹の中で嗤っているのかい?」

 糸魚川の表情は真剣そのものであった。エディーは正面から糸魚川の視線を受け止めた。

「信じます。あなたのアドバイスは以前もこの徳島を救ってくれました。今回もオレはあなたを信じますよ。ですからその、龍の浄化について詳しくご教示ください。よろしくお願いします」

 糸魚川は静かに頷いた。

「こちらこそ。浄化(どうか)よろしく」

 

「そしてこの野球場こそが残る最後の龍穴の場所なのじゃ」

 タレナガースは遊園地に連れてきてもらった子供のようにはしゃいだ。

「ここにジオ・トキシンのステイク弾を打ち込みさえすれば、地の龍はもだえ苦しみ、大地をうねらせてのたうちまわるであろう。そしてこのジオ・トキシンが大地に染み渡った二日後に地の龍のアタマに最後の一撃を撃ち込めば、もはや暴走する地の龍を止めることは誰にもできぬ。そして暴れ狂う地の龍は吉野川の水の龍をも刺激し、徳島は未曾有の大災害に見舞われるであろうな。もはやエディーひとりで納められる事態ではないというわけじゃ。愉快!痛快!」

 はしゃぐタレナガースは「さぁ」とダミーネーターに合図した。応じたダミーネーターは担いでいる巨大なパイル・ストライカー・タイタンをムン!と持ち上げてマウンドの中央へドスン!と突きたてた。肩から腕にかけての筋肉がぷくりと膨れ上がる。

「打て!」

「ふが!」

 あるじの命を受けた筋肉サイボーグがタイタンの一部に取り付けられているグリップの発射ボタンを引き絞った。

どううううううん!

 パイル・ストライカー・タイタンのてっぺんから白煙が盛大に吹き上がり、筒内に仕込まれた火薬の破裂の勢いで猛毒ジオ・トキシン製のステイク弾が地面深くへと射出された。

がああああああああおおおおおおおん。

 何かの叫び声が耳をつんざいた。

ごごごごごごごごご!

 大地が叫び、震えた。

「ひっ、な。。。なにがおこっておるのじゃ?タレ様、大丈夫なのかえ?」

 揺れる大地。叫ぶ大地。ヨーゴス・クイーンはもはや立っていられず、まるで逆転サヨナラをくらった投手のようにマウンドに膝をついている。タレナガースのケモノのマントの裾を必死の思いで掴んでいる。

 タレナガースは両手を天に向けふぇっふぇっふぇっふぇっふぇと高笑いをしている。

「さぁ、立ち上がれ地の龍よ!その怒りで徳島の大地を壊滅させるのじゃ!」

 やがて。

メキッ!バキッ!

 何かがへし折れるような音とともにグラウンドが裂け、天然芝を吹き飛ばしてまるで荒れる海の三角波のように盛り上った。

 

ずずうううううん!

 

「うわっ何だ!?」

 突然足元をすくわれるような振動にふらついたエディーは咄嗟に糸魚川の体を支えた。

「地震だ」

「いや違う。やられたんだ!最後の龍穴が敵の手に堕ちたんだ」

 糸魚川が県警本部の会議室の窓を開けて空を指差した。

「あれを見て!」

 

「地震雲だわ」

 エリスが指差す先にはオレンジ色の夕空を縦に裂くような幾筋もの波の如き雲があった。

「ああ。すごいプラズマの放出を感じるよ。だけどこれは地震じゃない」

 上半身だけの青いスダッチャーは大地を通じて今の振動の原因が何かをしっかりと感じ取っているようだ。

「わかるのスダッチャー?もしかしたらこれって。。。」

「ああ。最後の龍穴が攻撃された。間違いない、タレナガースだ」

「遅かったのね」

 エリスの声は悲鳴にも似ていた。

「いや、まだだ」

 スダッチャーは自らの上半身を構成する渦パワー拡散器をしげしげと眺めながらニヤリと笑った。

 

「ラストチャンス。一発逆転のラストチャンスが残っているのさ!」

 夕日に染まる会議室の窓を背に、糸魚川が叫んだ。

「龍穴はすべて毒に侵されてしまった。だけどこれで六つの龍穴の場所が判明する。これらのデータで龍の頭がどこなのかわかるはずだ」

 糸魚川は県警のパソコンを起動させた。

「お願いします。糸魚川先生。最終決戦の場所を一刻も早く突き止めてください!」

 糸魚川はパソコンから目を上げてエディーを見た。なにか。。。言いたげである。その意図がなぜだかエディーにはわかった。わかってしまった。

「じょ、浄化よろしく。。。」

 

「うわああ。何だあれは?いったい徳島はどうなっちまったんだ?」

 高度約300メートルを飛行する報道ヘリからJRTのリポーターは我を忘れて叫んでいた。

 カメラマンもドアの無い機体左側から身を乗り出してその様子を撮影している。

 突然の、しかも一瞬の激しい縦揺れに違和感を感じた報道部スタッフは徳島のようすを撮影するためにすぐヘリをスタンバイさせた。

 リポーターたちが想像していたのはせいぜい地割れか、建物の崩壊であったのだが、今眼下に見えるものは。。。

「龍だ!徳島の大地を龍がのたうっている!」

 地表はまるで嵐の海の三角波が立つかのように無数の亀裂がはいり、はじけたように盛り上っている。そのようすを高空から見ると、まるで龍のウロコのように長くつながっているのだ。大地の震動にともなって、あたかも巨大な地の龍がのたうっているかのように見える。

「オマエこんなの見たことあるか?」

「い。。。いや、ない」

 カメラマンも乾いた声で唸った。

「細かい地割れが延々と続いている。どこまで続いているんだ?」

「細かい地割れと言っても、地表では人間の背丈よりもかなり高い地面の盛り上がりになっているだろう。家屋も倒壊し、道路も寸断されている。被害は甚大だぞ!」

 カメラのファインダーに目を押しつけてこの恐るべき超自然現象を撮影しながら、カメラマンは絶句していた。

 そのときパイロットがインカムを通して語りかけてきた。

「本部から無線連絡です。大至急吉野川へ飛べ、と」

「吉野川?大地がこんな大変なありさまなのに、川なんか撮影してどうしろっていうんだ?」

 怒るレポーターを乗せた報道ヘリは、それでも本部からの指示に従って吉野川へ機首を向けた。

 

「おいおいおい、なんだこれは?」

 まもなくレポーター一行は本部の指示が的外れなものではなかったことを思い知らされた。こちらは人の背丈をはるかに凌ぐ巨大な白い三角波が川面を埋め尽くしてウロコのようだ。こちらもまるで。。。

「吉野川までが龍になっている!こっちは水の龍だ!」

「陸には地の龍がいて大地を割り、吉野川には水の龍がいて川の水が、川の水が、盛り上っているぞ!」

「危ない!川から離れろ!」

 吉野川の川水が白波をたてたまま盛り上がり、上空のヘリをも呑み込まんとする勢いだ。

 川にかかる橋は路面までが波にあらわれている。

「吉野川にかかるすべての橋を通行止めにするように連絡だ!」

 

 県警本部を辞した糸魚川一平は四国三郎橋のたもとで大渋滞に巻き込まれていた。送迎用パトカーの後部座席から渦を巻いて盛り上る川の水を見た。

―――地の龍が怒って水の龍に助けを求めている。

 もはや徳島の命運はあの男の手に委ねられている。

「エディー。君の出番だ」

 

(四)龍のアタマ争奪戦

 徳島市沖ノ洲町。未明。

吉野川の河口に近く太平洋を間近に望む砂交じりの広い空き地。

大地を割ってうねる地の龍や吉野川を立ち上げて暴れる水の龍の騒動がまだここまでは届いていない。

「さぁ急いで仕事にかかるのじゃ」

 暗闇の声は諸悪の根源タレナガースである。

「早ようせねば苦し紛れに暴れまわる地の龍の影響がまもなくここにも来るぞよ」

がう!

 口をへの字に結んだダミーネーターが、猛毒の杭を地中に打ち込む恐るべき兵器パイル・ストライカー・タイタンを大地に垂直に立てた。

 してみると、こここそが今徳島の大地を蹂躙している巨大な地の龍の「アタマ」なのか?

 パイル・ストライカー・タイタンのグリップを握り締め、両足をグッと踏ん張ったダミーネーターがそのトリガーを引こうとしたその時!

ギュウウウン!

ズウウウン!

 いずこからか銀色に輝く三日月状の光弾がパイル・ストライカー・タイタンを狙って飛来した。筋肉隆々でパワフルながら少々愚鈍な印象があるダミーネーターだが、タレナガースの地龍毒化計画の最終局面にあって神経が研ぎ澄まされているのか、光弾が着弾する寸前全長3メートル以上もある巨大な砲身を庇うようによけた。

間一髪ダミーネーターはパイル・ストライカー・タイタンを守ることに成功したが、バランスが崩れたF1マシン並みの重量がある巨大な砲身を支えきれず地響きを立てて大地に転がした。

「何者じゃ?」

 光弾が飛来した方向を睨むタレナガース!ヨーゴス・クイーン!ダミーネーター!

 この悪魔の計画に気づいている者などいるはずがない。

「ヨーゴス軍団が悪事を行う時、必ず立ちはだかる者さ」

 まだ太陽が昇る前の暗がりに立つ影あり。

「むむ、まさか貴様?」

「輝く渦のパワーで悪を討つ。オレは渦戦士エディー」

「おなじくエリス」

 そうだ。タレナガースたちが着々と悪魔のプロジェクトを進めている一方で、エディーは糸魚川一平の報告を受けて、エリスは独自の調査とスダッチャーの協力で、それぞれこの事件にたどりついていた。

「ケッ!また貴様ら二人か」

 毒づくタレナガースにエリスが声を上げた。

「ふたり、じゃないわ。ふたりと一匹よ。ねぇピピ」

バウ!

 エリスの足元では毒性物質探査能力を持つロボ犬ピピがしっぽをピンとたてて盛大に振っている。

「ふん、そのようなガラクタ、ものの数にはならぬ。貴様らの相手はこやつらがするから遊んでもらえ。ふぇっふぇっふぇ」

 タレナガースが禍々しいツメをひょいと振るや、あらたな影が四方から現われ、さらに巨大な影がひとつ、エディーたちの目の前の地面からボコリと出現した。

ぎょおおおおおん。

「ビ、ビザーン!」

「なんで地面からなの?」

 エディー&エリスは強敵の出現に身構えた。四方から現れた影はヨーゴス軍団の戦闘員たちだ。額にヨーゴス軍団の白いキバ・シャレコウベのマークを浮かび上がらせた戦闘隊長の下、10名の戦闘員たちがわらわらとエディーたちを取り囲んだ。壮大な計画の最終局面なのだ。ヨーゴス軍団も必死の総力戦を挑む。

「くそ。こいつらの相手をしている間にもタレナガースは最後の一撃を地の龍の眉間に撃ち込んでしまう。エリス、そのまえになんとか君が開発した渦パワー拡散器で地の龍を浄化するんだ。眉間には人間同様チャクラというものがあって、そこで得た気を全身に行き渡らせるのだそうだ。だから、そのポイントに渦パワーを撃ち込めば龍脈を通して体にまわった毒の作用を止めることができるはずなんだって」

「あのダジャレおじさんがそう言ったの?それって信用できるのかしら?」

 こうして渦パワー拡散器を持参したものの、エリスはどうも糸魚川を信頼しきれていない。

「今は信じるしかない。信じて実行するんだ。ビザーンと戦闘員たちはオレが蹴散らしてやる!」

 エディーは猛然と敵陣に突っ込んだ。眼前のビザーンに神速のとび蹴りを食らわすと、その勢いで向かってくる戦闘員にワンツーパンチを撃ち込んだ。

ぎょええええ。

 エディーの攻撃を食らったビザーンたちは仰向けにひっくり返ったが、そいつらには構わずエディーは走り続けた。エリスもそれに続く。目指すはタレナガース。目指すは地の龍の眉間。

「行かさん!」

 今度はエディーの前にヨーゴス軍団戦闘隊長が立ちはだかった。徳島に住む名のある格闘家の戦闘能力をコピーしてインプットしてあるだけに、他の戦闘員よりも数段強い。エディーの一撃目の拳、二撃目の左回し蹴りを見事にブロックしてみせた。が、次第に速度を増し残像を見せるほどに加速された三撃目の跳び膝蹴りをこめかみに食らって戦闘隊長もその場に昏倒した。

ぎょんぎょおおおお!

 だがそこへ起き上がったビザーンが再び襲い掛かる。破壊力ではエディーを上回る巨木の如き腕からのラリアットが風を巻いて飛来した。

ぶうん。

 思いっきり体を反らせてそれを交わしたエディーはビザーンに向き直って構えた。

「エリス、先に行け!」

「オッケー」

 その場を駆け抜けるエリスを庇ってエディーはビザーンに殴りかかった。

ガシッ!

バシュ!

ガツン!

 拳と拳が交差し、組み合う。上背で勝るビザーンがグイと力任せにエディーを押さえつけ、エディーは地面に片膝をついた。倒されぬまでも、時間を稼がれたらエディーの負けだ。エディーは自らモンスターの懐にもぐりこんで相手の巨体を背にかつぎ、気合もろとも後方へ放り投げた。

ずうううん。

 大地を覆う吉野川の砂が盛大に巻き上がった。自らの体重がそのままダメージとなってビザーンは悶絶している。

 エリスのあとを追おうとしたエディーを今度は再び戦闘員たちが取り囲んだ。跳びヒザを食らった戦闘隊長も復活している。

「くそっ。これじゃ埒が明かない」

 その時一陣の冷たい風が舞い、戦闘員が一度に3体、もがくように天を仰いで倒れた。

「むっ?」

 ただならぬ気配を戦闘隊長が振り返った。その冷たい風は、夏なお冷涼なる剣山の山頂から吹き降ろされる山おろしに似て、清清しくも峻烈なる気配を伴っていた。その気をエディーは知っている。

「来てくれたのか。ツルギ!」

 先日、糸魚川一平が庵において地の龍の異変に気づいた折、おなじく剣山の高みから下界の大事を憂いていた黒い影。それこそがこの超武人ツルギであった。

「神のお山に連なる地の龍に手をかけるとは不届き千万。お山の神々からの命を受け、ツルギここに推参!ヨーゴス軍団の悪巧み、きっと阻止してみせる」

 ツルギはエディーに「ここは任せろ」と視線で合図を送ると、愛刀を手に戦闘員たちの前に立ちはだかった。黒装束からゆらゆらと金色の闘気がオーラとなってたちのぼった。

「ありがたい。たのむぞツルギ」

 エディーは敵の本丸へと再び駆け出した。

 

「待ちや、渦の小娘」

 地の龍の眉間に向かって走るエリスの前に両手を広げてヨーゴス・クイーンが仁王立ちした。右手にはリミッターを解除した電撃ハリセンが握られている。オーバーフローした電力がパリパリと線香花火のように小さな稲妻となってハリセンから飛び散っている。

「どきなさいクイーン。あなたたち何をしでかしているかわかっているの?徳島の大地で穏やかに息づいていた地の龍を猛毒で苦しめて、その上で生きているあらゆる生き物の生命エナジーを台無しにしてしまうなんて。許さないわ!」

ひょっひょっひょっひょっひょ。

「許してなぞいらぬわい。さぁ、タレ様の最後の一撃によって地の龍がトチ狂うさまをそこで見ておれ」

「させない!」

 エリスはクイーンの電撃ハリセンに果敢に立ち向かった。いかな渦パワーの特殊スーツを身に纏っていても、フルパワーの直撃を受ければただでは済まぬ。命に関わるかもしれぬ。

ブゥン。ブゥゥン。

 振り下ろされるハリセンを間一髪でよけるエリスの青く透き通ったロングヘアが何本かジュッと焼かれて白煙をあげた。

「ええい、逃げるな!」

「ヤダ!」

 正面から振り下ろされた電撃ハリセンをよけきれぬと感じたエリスはクイーンの手首を掴んで思いっきりひねった。以前エディーに教えてもらった護身術のひとつだ。だがエディーが言うようにうまくはいかない。クイーンの右手はひじを少し上にむけただけでなんともなさそうだ。「それで?」というふうに首を傾げたクイーンがニヤリと嗤ったその時。。。

「おりゃあ!」

 ふたりの足元で声がしたかと思うと突然クイーンの体は宙に浮き、一回転して大地に叩きつけられた。思わぬ反撃に遭ってヨーゴス・クイーンは電撃ハリセンを握ったまま「グエ」と唸って白目をむいた。

「エリスちゃん、下手くそだねぇ」

「スダッチャー、来てくれたのね」

 エリスの足元で笑っているのは青く透明なスダッチャーの上半身だ。エリスの不器用な戦いぶりに業を煮やしたスダッチャーがヨーゴス・クイーンの軸足をすくい上げたおかげでエリスの真空投げっぽい投げ技が見事に決まったというわけだ。

「モチのロンさ。スダチの木を痛めつけてボクの体を奪った悪だくみを放ってはおけないからね。さぁボクが案内するから、その渦パワー拡散器を早く龍のおでこにセットしに行こう」

「ええ。お願いねスダッチャー」

 ヨーゴス軍団のジオ・トキシンという毒に侵されて苦しむ地の龍を落ち着かせるために地の龍の眉間に清めの力を与えよというのは糸魚川がエディーに語ったことだが、その清めの力に渦パワーが有効であることを示唆したのはスダッチャーであった。毒の脅威と渦パワーの有用性をともに体で知っているスダッチャーの主張に賭けてみようと、エリスも意を決したのだ。

 半身とはいえ心強い味方を得て勇気百倍となったエリスは元気いっぱいで駆け出した。

 

ゴゴゴゴゴ!

ゴゥンゴゴォォン!

 体のいたるところに猛毒のジオ・トキシン弾を撃ち込まれた地の龍は今ももだえ苦しんでいる。龍が体をよじったせいで割れた大地が幾重にも連なり、上空から見たらまるで大地に龍のウロコが浮き出ているように見える。地上では道路が割れ、家屋が倒壊し、裂けた水道管から盛大に水が噴出した。けが人も大勢いて市内のあちこちをパトカーや救急車のサイレンが行き交っている。だが裂けて盛り上った道路を思うように進めず、けが人の救出や搬送は遅々としてはかどらぬ。赤十字のバイク隊やドクターヘリまで総動員して緊急事態の収拾にあたっていた。

 そのようすを高空の報道ヘリから逐一カメラにおさめながら、JRTクルーは祈るように呻いた。

「エディー。。。助けてくれ」

 

「どけ!タレナガース!!!」

 エディーは一直線に仇敵タレナガースに戦いを挑んだ。

「ふん、こざかしい」

 ひるまずタレナガースはケモノのマントをひるがえして石をも切り裂く鋭いツメで応戦した。エディーと悪の首領との直接対決はもう何度目になるのだろう?互いに手の内を知っている者同士、けん制も計算もない。持てる全力でぶつかるのみだ。神速のパンチやキックと悪魔のツメの突きが交錯する。だが、互いのアーマに傷を刻みこそすれ、それでは決定打になり得ない。

 エディーはエディー・ソードを、タレナガースは背に吊っていた鉈のようなブッシュナイフを手にして再び戦いを始めた。

ガキン!

ギィン!

 刃物がぶつかり合う鈍い音と飛び散る火花がふたりの本気を表している。最後の毒杭を打ち込まねば!いや阻止せねば!清らかな渦パワーを大地に流し込まねば!いや阻止せねば!

 

ツルギはビザーンと激闘をくりひろげていた。エディーに勝るとも劣らぬ神技の剣さばきを誇るツルギはパワーファイター・ビザーンの堅固なるボディに幾筋もの深い傷を刻んだ。だがグロ・トキシン製の無限再生ボディはその傷を見る見る塞いでゆく。ただし根負けして油断でもしようものならたちまちビザーンの太い腕に抱え込まれて背骨を粉々に砕かれてしまうだろう。ツルギは思いのほか手こずっていた。

ツルギはすでに10人の戦闘員たちを斬り伏せていたが、ビザーンに意識を集中させた隙に戦闘隊長がエリスを追って駆け出した。

「待て」

ツルギが今度はわずかに戦闘隊長へ視線を送った瞬間、ビザーンの巨体がミサイルのように飛来した。

グァッ!

まるで大型ダンプに追突されたかのような衝撃でツルギは10メートルも吹き飛ばされた。いかなる体技によるものか、空中で体勢を立て直して見事に両足から着地したツルギだが、すさまじい体当たりのせいで両膝を地に着いて頭を振っている。やはり脳震盪をおこしているのか。

それでもツルギは戦闘隊長に追われたエリスの身を案じていた。エディーたちの助太刀にやって来た黒衣の超武人は、ヨーゴス軍団の強力モンスターによって逆に足止めされてしまっている。はじめて焦りという感情がツルギの心にシミのように広がった。ズカズカと間合いを詰めると遮二無二愛刀を振り下ろした。澱みない心でふるえば、いかなる巨木をも一刀のもとに断ち切るであろう一撃だが、キィンと澄んだ音とともにビザーンの二の腕に巻かれた超硬の手甲にはじかれてツルギの愛刀はなかほどから真っ二つに折れてしまった。

 

ゴゴゴゴゴゴ

 ついに不気味な地鳴りを伴って地の龍のうねりがこの決戦の地にまでやってきた。大地と大河、二匹の巨龍の乱行は天候にまで影響を及ぼしているのか、空には幾筋もの放射状の雲が延びていてまるで巨大なくもの巣に絡め取られてしまったような錯覚を覚える。

 さらに不規則な突風がでたらめに吹き始めた。まるで龍の眷属である風のオオカミが獲物を求めて駆けているかのようだ。

 突風のオオカミは戦う者たちの間を高速で疾走し、タレナガースのマントを水平になびかせ、エリスの青い髪をめちゃくちゃにかき乱し、砂塵を盛大に巻き上げてまわった。

 

折れた愛刀を捨てたツルギは既に平常心を取り戻していた。無謀な攻撃によって愛刀を失った後悔は既になく彼の全霊はふたたびビザーンとの戦いに向けられていた。

「呪われし肉体を持つモンスターよ。これ以上の悪行は無用だ。ヨーゴス軍団と縁を切って私とともに神の山へ来い」

 太い腕を左右に広げて向かってくるモンスターに身構えながらツルギは山の神々の慈悲の心を猛毒から生まれたモンスターに披露した。ビザーンもまた山をモチーフにして産み出されたえにしにあるものであるからだ。だがビザーンはツルギの申し出に耳を貸す様子もなくひたすら拳をふるい黒衣の武人を捕まえようと腕を伸ばした。

ぎょぎゃあああん!

「哀れな」

 ツルギは大地に片膝をつきこうべを垂れて何かをいただくかのように両手をささげた。すると一陣の風が彼の背後から吹いた。信じられぬことに木々の枝を揺らすことしかできぬであろうその風は、ツルギめがけて突き進む重戦車のごときビザーンの足を止めたではないか。そしていずこからか光が降り彼の黒い全身を金色に染めた。やがて光が失せたとき、ささげた彼の両手にはひとふりの剣が置かれていた。金属ではなく宝玉で形作られた緑色に輝く剣だ。高貴な者だけが手にすることを許されたいにしえの宝剣であろう。

 ツルギは立ち上がって宝剣の柄を握ると、人差し指と中指をそろえて口元に添え、短い呪文を唱えた。緑の玉剣は瞬時に光を放ち、ふたまわりほども大きな金色の大剣に変身した。

「宝珠剣、夢三日月。拝借つかまつる」

 ツルギは金色の大剣、夢三日月を構え、一陣の向かい風によってその足を止められていたビザーンにかけよるや、渾身の力で横一線に薙ぎ払った。

天魔調伏!

スパァァァァン!

 ビザーンの山の密度を誇る巨大な頭部が断ち切られて宙へ舞った。

ドシイイン。

 砂煙とともに地面に落ちたビザーンの頭部はうつろな目で空を見ていた。

 

 その空には巨大な水の龍が起ち上がっていた。

 地の龍の苦しみが水の龍までも覚醒させ、まるで突風を纏って鎌首をもたげる大蛇のように、河口においてその巨大な頭部を持ち上げていた。

 東の空から今まさに昇り始めた太陽の光を受けて、渦巻く水の龍はきらきらと美しくすらあった。

「このままじゃしらさぎ大橋が落ちるぞ!」

「逃げろ!空から津波が来る!」

 海からの津波ならば高いところへ避難すればよいかもしれぬ。だが空から襲ってくればどこへ逃げればよい?あちらこちらで狂ったように響く緊急自動車のサイレンの音が恐怖心に火をつけ、人々はパニックに陥っていた。

 そして地の龍は!?

 

タイダル・ストーム!

アンチ・エディー砲!

 エディーがソードをふるって必殺の衝撃波を放てば、タレナガースもどこに隠し持っていたものか、かつてエディーを瀕死の危機にまで追い込んだ強力兵器を持ち出した。

ズガン!

ガガン!

 エディーが放つ三日月光弾とタレナガースの渦状エナジー弾は空中で激突し、閃光を残して消えた。

えええい!

きえええ!

 そして再びエディーとタレナガースの常人をはるかに凌ぐスピードとパワーの格闘が始まった。

 

 なんとエリスはダミーネーターに背後からしがみついていた。力比べなら比較にならぬ屈強な敵に、華奢な渦のヒロインは遮二無二とりついてパイル・ストライカー・タイタンの発射を阻止しようと奮戦していた。

重量600キロの巨大な杭打ち装置を垂直に構えるにはダミーネーターとて両足を踏ん張り、両腕でしっかりとマシンのグリップを掴んで起こさねばならぬ。背後からおぶさるように抱えついて腕やら足やらに絡みつくエリスの妨害はそれなりに功を奏していた。

 マッスル・サイボーグは相変わらず口をへの字に結んで両肩を振り、鬱陶しい障害物を払いのけようと試みるがなかなかうまくゆかぬ。

がああああ!

 焦れたダミーネーターの叫び声を聞いたエディーと戦闘中のタレナガースが「ええい戦闘隊長よ、ダミーネーターに手を貸してやれ。早よう!」と声を荒げた。

「エリス、気をつけろ!」

 エディーも気が気ではなかったが、やはりタレナガースは強い。注意をそらせば深手を受けることになろう。

 ダミーネーターの背にしがみつくエリスに戦闘隊長の黒い手が伸びた。ツルギの必殺剣をかいくぐって、とうとうエリスに追いすがってきたのだ。エリスの足を掴んで引き剥がそうとする。

「わああん。やだやだやだ。はなしてよお」

 エリスは両腕をダミーネーターの首に回したまま駄々っ子のように足をバタつかせて喚いた。

「こいつめ、エリスちゃんを放せ!」

 その時地面から青いスダッチャーがむくりと上半身を表し、戦闘隊長の足を力任せに引っ張ったり、したたかに殴ったりした。

ダミーネーターの首にしがみつくエリスの足を引っ張る戦闘隊長の足をスダッチャーが力任せに引っ張るたび、おおもとのダミーネーターが「ぐええ」と呻いた。それが面白くてスダッチャーがケラケラと笑った。

「うろたえるなダミーネーター。まずはその小娘をひっ捕らえて退かせるのじゃ」

 タレナガースのアドバイスに、ダミーネーターは持ち上げかけたパイル・ストライカー・タイタンをいったん手放して、首にしがみつくエリスの手首を絞り上げた。

「いたたたたたた。痛いよお!」

「よせ!ひどいぞ」

 エリスの悲鳴とスダッチャーの怒号があがったが、ダミーネーターはまったくの無関心だ。

「くそ。こんな大事なときに戦えないなんて」

 スダッチャーは悔しそうに胸のあたりまである大地を両の拳で叩いた。そしてついにエリスはダミーネーターの首から引き剥がされ、戦闘隊長に羽交い絞めにされたまま龍の眉間から引き離されてしまった。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ。

ガキッ!

グワン!

 不気味な地響きがあたりに響きだした。

「む、龍脈の乱れがついにここまで来おったか。まずいのう」

 砂を巻き上げて割れた大地が三角並みのように隆起した。足元をすくうような衝撃に敵も味方もバランスを崩していた。

「地の龍がアタマをもたげるぞ!」

「いかん。地の龍が起てば水の龍と呼応してはかりしれない大惨事となる。地の龍を鎮めるのだ、エディー!」

 エディーの声にツルギが応じた。

 このまま放っておけば、タレナガースがとどめの猛毒杭を打ち込まずとも地の龍の乱心によって吉野川の水の龍をたたき起こして、やはり二匹の龍を止めることはできなくなるのだった。

 エディーチーム対ヨーゴス軍団。正邪の対決は圧倒的に邪が有利だ。

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

「ようやったがの、エディーよ。もはやあきらめよ」

 タレナガースは揺れる大地にのびているヨーゴス・クイーンを助け起こしながら高らかに勝利を宣言した。

 この時点でエディーもツルギもエリスも、地の龍の眉間のチャクラには到達できていない。もはや。。。?

「さぁダミーネーターよ。今こそ地の龍にとどめの毒杭を打ち込むのじゃ!パイル・ストライカー・タイタンを構えよ!そしてヨーゴス軍団に完全勝利をもたらすのじゃ!」

 タレナガースが鋭いツメでダミーネーターを指差した。荒れる突風が銀色オオカミのごとき頭髪をかき乱しシャレコウベのマスクに貼りついていたガムテープの切れ端を吹き飛ばした。この割れる大地こそタレナガース一世一代の大舞台なのだ。

「。。。お願い。。。します」

 戦闘隊長のによって羽交い絞めにされたエリスの声が弱弱しく流れた。

「ああん?何じゃと?」

今まで自分たちに勝利し続けてきた正義の味方が自分たちに懇願している。やめてくれと。どうかお願いしますと。愉快だ!痛快だ!もっと大きな声で言わぬか。この轟音の中、上空の報道ヘリにまで届くような大きな声で叫ばぬか。タレナガースとヨーゴス・クイーンは肩をそびやかして笑った。

「。。。うか。。。お願いします」

「まだまだじゃ。よく聞こえぬぞ」

ゴオオオオオオオン。

 大地がまるで急な上り坂のように持ち上がり、巨大な龍がついにアタマを持ち上げ始めた。もはやその頭頂部まで駆け上るには登山用具なくしては不可能な傾斜角だ。

 パイル・ストライカー・タイタンを再び構えたダミーネーターもふらついて狙いがなかなか定まらぬようだ。

 エリスはすぅと息を吸ってあらんかぎりの大声を発した。

「浄化お願いしまぁぁぁす!」

ふぇ〜っふぇっふぇっふぇ。

ひょ〜っひょっひょっひょ。

「。。。じょうか?ナニ?」

 エリスの妙な言葉に首をかしげた戦闘隊長だけがその時見た。

 まばゆい朝日の中、首をもたげた地の龍の背を、急なのぼり坂をかけあがる小さな影を。

―――あれは?

 人ではない。犬だ!

バウワウ!

「なにぃ!?ロボ犬じゃとぉ?」

 戦闘隊長が指差す先を振り返ったタレナガースは背にリュックをくくりつけたロボット犬が地の龍の眉間めがけて駆け上がるのを見た。

「ものの数ではないですって?ピピは私たちの頼もしい戦力よ!」

 戦闘隊長にとりおさえられながらもエリスが叫んだ。

「しまったぁぁぁぁ!」

 ピピはエリスの発した「ジョウカオネガイシマス」という(わけのわからない)キーワードで一目散に奔るようあらかじめプログラムされていたのだ。青く光る上半身だけのスダッチャーをめがけて!

バウ!

 巧みにダミーネーターの股間を擦り抜けてピピが奔る!そして地の龍のちょうど両目の間、眉間のあたりには青く透けるスダッチャーが上半身を露わにして走り寄るピピを迎え入れた。

「よしよし、よく来たなオマエ」

 しきりにシッポを振るピピのアタマをなでると、スダッチャーは背のリュックから野球のホームベースを思わせる渦パワー拡散器を取り出した。使い方は何度もエリスから教えられている。

起動スイッチを3秒長押しするとヴヴヴヴヴという音とともに内蔵された基盤に電力が投入され、中央のコアが青く発光した。

「それ、大逆転のタッチダウンだっ!」

スダッチャーは両手で持った渦パワー拡散器を「おりゃ」と地の龍の眉間にあたる大地に叩きつけるように置いた。拡散器の下部にある突起が地中に刺さり、そこから清浄なる渦のエナジーが地中に、すなわち地の龍の胎内に流れ込み始めた。

おおおおおおおおおん。

おおおおおおおおおん。

 地の龍が啼き、それに応じて水の龍が啼いた。

おおおおおおおおおん。

おおおおおおおおおん。

ゴゴゴ。。。ゴウン。

ガ・ガ・ガガッ・ガッ。

 青く清浄なる渦パワーの効果は絶大であった。

 ググっとさらに盛り上りかけた龍の首はやがて小さく震えながら徐々にもとの場所へと降下し始めたではないか。天を突くかと思われた巨大なる地の龍の鎌首は、やがて平らな地面へと収まった。

 三角波のように割れて立ち上がっていたうろこ状の地面も、まるで巨大なドミノが超スローモーションで倒れるかのように、ここにいたる惨状の映像が巻き戻されてゆくかのように、少しずつもとの平らな地面へと戻ってゆく。

 地の龍の頭部はタレナガースが企んだとどめの一撃からも、体から遡るように浸透してくるジオ・トキシンの脅威からも間一髪で護られたのだ。

 地の龍の落ち着きを見届けたかのように、吉野川の水を巻き上げて起ちあがっていた水の龍も、一気に消滅した。

ザザ―――ン。

 まるで水のドームのように空に被さっていた川の水が、一気にもとの川の流れへと降り注いだ。吉野川にかかるたくさんの橋の上はまるで巨大な放水車で散水したあとのようにずぶ濡れになり、路上では多くの魚がビチビチとはねていた。

 徳島は、すんでのところで大惨事を免れたのだ。

 河口近くで戦っていたエディーたちにもまるで豪雨のように川の水のしぶきがふりかかった。

 全身をぐっしょりと濡らしながら、タレナガースはその場に仁王立ちしていた。ここでエディーの進撃を食い止めるべく必死で戦っていたのだ。だが作戦は失敗した。ヨーゴス軍団の、徳島を毒して滅ぼすという宿願はあと一歩で、いやあと半歩で達成されるところであった。だが入念に計画し少しずつ少しずつ進めてきた企みはまたもや失敗に終わった。エディーとエリスに、いや、ものの数にもならぬと馬鹿にしたロボ犬ピピと、満足に戦えもせぬ上半身だけのスダッチャーに覆されてしまった。

 悔しくて言葉もなかった。敗軍の首領はただ黙って踵を返すと、激しいしぶきの中に浮かび上がった巨大な虹の向こうへと姿を消した。ヨーゴス・クイーンも、ツルギにはねられたビザーンの頭部を抱えた戦闘隊長も、パイル・ストライカー・タイタンを抱えたダミーネーターも首領の後を追った。

 

「やったな、エディー」

 大勢の人たちとともに、次第にもとの流れにもどってゆく吉野川を見て、降り注ぐしぶきに全身を濡らしながら、糸魚川一平はひとり万歳を繰り返していた。

 

 それからの数日。

 エディーとエリスは、タレナガース一味が毒杭を打ち込んだ龍穴をひとつひとつ探し出して渦パワー拡散器を置いた。さすがにジオ・トキシンとやらの毒性はかなり強く、エリスは県警科学班の助けを借りて渦パワー拡散器を量産し、龍穴の周辺にいくつもセットせねばならなかった。しかしその甲斐あって、毒の猛威は次第に薄れ、頻繁に人々の耳を脅かしていた不気味な地鳴りや振動は治まっていった。

本来、渦のパワーは龍脈の乱れそのものを直接平癒させる力を持ってはいないが、流し込まれた猛毒の作用を鈍らせ、地の龍にやすらぎを与えるものであった。あとは平常を取り戻した地の龍の治癒力にゆだねればよかったのだ。

かくして徳島の豊かな大地と大いなる吉野の流れは渦戦士たちによって護られた。

 

(跋)正義の報酬

 眉山山頂の送信所近くに並んで立つ影がみっつ。静かに徳島平野を見下ろしている。

 青く輝くコアを胸に抱く渦戦士エディー、黒衣の超武人ツルギ、そして光沢を放つ緑の体を取り戻した超人スダッチャーだ。

 彼らの眼下に広がる今は穏やかなあの平野は、ヨーゴス軍団によって崩壊寸前にまで追い込まれた。それを彼らの果敢な戦いでなんとか未然に防いだのだ。

「山へ帰るのかい?」

 エディーは前を向いたまま静かに尋ねた。

「うむ。地の龍脈は平穏を取り戻した。もはや私の出番は終わった」

「そだね。オレもこうしてもとの体を取り戻せたし。ねたまし、ねたましだ」

「スダッチャー、それを言うならめでたし、めでたしだ」

 ふふ、という気配がした。ツルギが笑ったのか?だがエディーはそれを確かめることはできなかった。さわやかな山の風とともに黒衣の武人は姿を消していた。

「じゃあな。今度またバトルしようぜ」

 スダッチャーはそう言い残すと軽く右手を振って眉山の林の中へと姿を消した。

 

「はい、これでオッケー」

 エリスは渦パワー拡散器を花壇の真横に差し込んで言った。中央のコアからは既に青く清浄な光が発せられ、花壇や周囲の土にも徐々に浸透してゆくのが見てとれた。

 ここは先日エリスが浄水場を検査した帰りにふと立ち寄った小学校だ。今エリスはエディーを伴って再びこの校庭を訪れていた。ふたりの傍らには、あの日枯れてしまった草花を見て泣いていたお花係りののぞみが立ってエリスの作業をじっと見つめており、更にその背後には、担任の先生とクラスメイトたちが勢ぞろいしている。彼らは、自分たちのクラスの花壇の花々がすべて枯れてしまったのが、のぞみの怠慢によるものなどではないことを知っていた。そしてエリスが持ってきたこの装置によって、再びここに色とりどりの美しい花が咲くことを信じて目を輝かせている。

「この装置で土は少しずつもとに戻るわ。もとの、草花を育て小さな虫たちを慈しむやさしい土に戻るの」

「みんな、またこの校庭を綺麗な花で飾ってくれよな」

「はい、ありがとうエディー、ありがとうエリス」

 のぞみの笑顔は、厳しい戦いをくぐり抜けてきたエディーとエリスの苦労をねぎらってあまりあるものだ。

「見ているかタレナガース。お前たちがどんなに巧妙な作戦をたてたとしても、俺たちは何度でも必ずそれを阻止するぞ。この素晴らしい笑顔のためなら俺たちはどんな苦労も惜しまない。絶対に負けやしないんだ!」

 

 ヨーゴス軍団の野望を打ち砕き、徳島の街に再び真の平和が訪れるその日まで、戦え!渦戦士エディー!

 

<完>