渦戦士エディー

地獄から来た石

 


(1)凍った火事

 今夜は月が見えない。

街灯ひとつない人里はなれた森の中ともなれば、あたりは真の闇だ。

そこに粗末な山小屋が建っている。人が出入りしなくなって何年経つのだろう。汚れはてて朽ちかけている。

 その小屋から光と声が漏れてくる。不思議だ。こんな遅い時間、こんな深い森の中に人などいるはずもないというのに。

ひょっひょっひょっひょ。

 奇妙な笑い声だ。

バチッ!バチバチ!

 そして眩い光だ。

 何かの金属を溶接でもしているのだろうか。木の壁の隙間から漏れてくる光の鋭さと激しく明滅するようすは照明の灯りなどとは決定的に違う。

ドオン!

 突如重々しい爆発音がおこり、小屋の壁の一部が吹き飛んだ。その穴からチロチロと小さな炎があがるや、それはボンというふたつめの爆発音とともに小屋の大半を一気に包みこんで炎の柱を周囲の大木ほどにまで立ち上げた。

どしええええええ!

さきほどまでの笑い声は悲鳴に変わり、ひとりの人影が小屋から飛び出してきた。その人は全身から白煙を噴き上げ、狂ったように両腕を振り回しながら踊るようにそのまま木々の向こうの暗闇へと姿を消した。

 

翌朝、その場所には多くの消防隊員や警官たちが集まっていた。それ以外にも報道関係の人々がそこここにいる。たいへんな賑わいだ。

現場検証中の消防隊員の顔の前にマイクを突き出して話を聞き出そうとするテレビリポーターを警官が押し戻したりしている。

あわただしく動き回る彼らのようすを離れたところからじっと見つめる目が四つ。昼なお暗い森の木陰に赤い光がふたつずつ、ボゥと浮かび上がっている。

「爆発したのじゃな?」

 木影からぬぅと現れたのはシャレコウベの顔だ。

目玉の無い眼窩の奥には、見る者の心胆を寒からしめる怨嗟の炎が灯っている。銀色の頭髪はドレッドに編まれて後頭部へ流れている。何より異様なのは下あごからニョッキリと突き上げるようにのびる1対のキバだ。相変わらず不気味なツラだぞ、タレナガース!

「そうじゃ。突然炎が噴きあがって、わらわはあやうく火達磨になるところであった」

 巨木をはさんでタレナガースの反対側からもうひとり。

 顔の3分の1ほどもある大きな目が赤く光って、まるで血に染まっているようだ。瞬きをしない不気味な目だ。ピンクに染めた頭髪はケモノの体毛でこしらえたご自慢のエクステだ。おしゃれのつもりかもしれないが、やはり不気味だぞ、ヨーゴス・クイーン!

 してみると、昨夜この小屋で珍妙なる実験を行なって火事をおこした不審人物はこのヨーゴス・クイーンであったか。

 よっつの不気味な眼が件の小屋を凝視している。

「それがなにゆえあのように凍りついておるのじゃ?!」

 タレナガースが素っ頓狂な声を上げた。

 そう。昨夜クイーンが火事にしてしまった小屋は、まるごと凍りついてまるで札幌の雪まつりに展示された氷の彫刻のようになっていたのだ。

 山火事発生!の一報はただちに消防隊に伝えられ、消防車と消防防災ヘリが緊急発進していた。ところがいざ現場に到着してみると、火事どころか巨大な氷のオブジェがあるだけだ。近づけば氷の冷たさが周囲の気温を下げて、それこそ焚き火でもしたい気分であったという。

 さらに氷をすかして内部を見た隊員たちは皆一様に驚きの声を上げた。

「中に焼けた小屋があるぞ?!」

 なかば焼け焦げて倒壊しかかっている小屋が、まるでビデオを一時停止させているかのような状態でまるごと凍っている。天井から炭となって落ちてきた木材が氷の中で空中で止まっている。

「悪い冗談を見ているようだな」

 百戦錬磨の消防隊長もこの奇妙な状況に頭を抱えてしまった。

 そうこうしているうち地元や在阪テレビ局のリポーターたちが集まってきてこの騒ぎとなったのだ。

「せっかくタレ様が見つけてくれたアジトなのに惜しいことをしたわい」

 木の陰から忌々しい人間たちのようすを見つめながら、ヨーゴス・クイーンが呻くように言った。

「ダミーネーターと戦闘隊長が指揮をとって、もうすぐ新しい本格的な地下アジトが完成するじゃによって、別に構わぬよ。それにしても、一体ナニをしたら一瞬で小屋ひとつ丸焼けにできるのじゃ?」

「う。。。うむ、ジンジョーサイビョー。。。コウショクジョー。。。」

「人造細胞高速増殖装置じゃな。じゃが繋いだのはそれだけではあるまい」

「あと、えと、カッシェードクショ。。。コウ。。。シェータイ。。。」

「活性毒素強制対流システム。ほかには?」

「リュータイドクショスンキャンシェーケーキ。言えた」

「言えとらん!流体毒素瞬間成形器。以上か?」

「ほかにあとふたつじゃ。名前はよう覚えとらん」

「全部でいつつも!要はモンスターを造りたかったわけじゃな。それにしてもこれらの機械はモンスターの造成プロセスに応じて順に使うのであって、一度につないでも役には立たぬぞよ。まったく、いったいどれほどの負荷をかけたのじゃ?」

「さぁのぅ」

「で、肝心の活性毒素は何を使った?ネオトキシンか?グロトキシンか?」

「知らぬ。入れ物にはなんとかバツと書いてあったわさ」

「バツ?はて。。。う。。。まさかおぬし、テリブルXを使うたのか?あれは勢いが良すぎてまだ制御できぬゆえ手を出すなと申したであろう。アレに電極を突っ込んだとなればさぞかしとんでもない爆発であったろうに。そちはよく無事であったことじゃ」

 魔界の呪術にも法則というものがある。だがヨーゴス・クイーンにかかればそのようなものは取るに足らぬもののようだ。

「しかしタレ様よ。一旦火を噴いたものがなんであのように凍りつかねばねらぬのじゃ?」

「余に訊くでない。現場におったおぬしにわからぬものが余にわかるはずないではないか。まぁ、人間どもが引き揚げた後でゆっくりと現場検証してみるとしようぞ」

 

 その夜。

 タレナガースとヨーゴス・クイーン、ふたりの魔人は氷の小屋に近づいた。ふたりがまとうケモノのマントとピンクのマントがひらひらと風に舞う。

日中は日差しが強くかなり温度も上がったのだが、氷はいっこうに溶ける気配が無い。触れると痛いほどに冷たい。

 タレナガースはひとりの配下を呼び寄せていた。全身を筋肉の鎧で武装したその巨漢こそは戦闘サイボーグ、ダミーネーターだ。褐色の肌に黒いタンクトップが貼りついている。下半身は首領と同じ迷彩パンツに編み上げのコンバットブーツといういでたちだ。短く刈り揃えられた頭髪や大き目の濃いサングラスが非情なる戦士のイメージを醸し出しているが、なにより頑丈そうな下あごとへの字に結んだ口が、その内に蓄えたはかりしれないパワーを思わせる。

 

 タレナガースはダミーネーターに巨大な鉄の槌を持たせると、小屋を覆う氷を砕くよう命じた。もとの小屋すら一撃で粉砕できそうな巨大で重い鉄槌だ。

ぐおおおおおお!

 強化マッスルを誇る怪力サイボーグが唸りをあげて振るうモンスターハンマーがガシッ!ガシッ!と氷を抉る。だが、削り落とされる氷は驚くほど僅かだ。

 ダンプカーでも吹っ飛ばせそうな重い衝撃が何度も何度も氷の小屋を襲うが、その一撃で削られるのはカキ氷にもならない程度の細かな氷の欠片だ。しかも驚いたことに地面に落ちた氷の欠片もまた、いつまでも溶けずにそこにある。もはや尋常な事態ではない。

「ホレ!もっと気張らぬかダミーネーター!」

 だが、タレナガースの檄にもかかわらず、氷の小屋の内部へ足を踏み入れるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

「クイーンよ、アレじゃ」

 業を煮やしたタレナガースが背後のヨーゴス・クイーンに合図すると、心得たクイーンは「ほい」と言うなり直径10センチはありそうなブッとい注射器をダミーネーターのお尻にズブリと突き刺し、内部の薬液を一気に押し込んだ。

「わひっ!」

 針を刺された瞬間尻たぶをキュッと引き締めて硬直していたダミーネーターは、薬液が全身をかけめぐるに至ってブルブルと痙攣し始めた。やがて全身の筋肉が波打ちながらさらに膨張し始めたではないか。胸板、肩、腕、まるで皮膚の下にアメフトの防具をまとったようだ。

「余の特製筋肉暴走剤じゃ。よう効く効く。ふぇっふぇっふぇ」

うがああああああ!

 筋肉が限界を突き破って膨張したことによって、ダミーネーターは狂ったように巨大な鉄槌を振るい始めた。戦闘員が4人で引きずってきたもうひとつのモンスターハンマーを左手に持ち、ふたつの槌を氷の小屋に高速で叩きつける。これを平和利用すればトンネルのひとつやふたつ、十日もあれば貫通させられるかもしれぬ。

 2時間後。

 タレナガースは大きく穿たれた氷の穴の中、つまりは半焼して崩れかけた小屋の内部にいた。入り口の傍らにはひからびてヘナヘナになってしまったダミーネーターが横たわっている。筋肉暴走剤の効果が切れて、薬剤の副作用が出ているのだ。まるで空気の抜けたビニール人形のように薄っぺらになってしまった。突風でも吹けばどこかへ飛ばされてしまうだろう。だが、ふたりの幹部はそんなことはお構いなしだ。

 日中、現場検証に訪れた消防隊員たちもここにはまだ足を踏み入れていない。はたして魔人の目はこの異常事態の原因となるものを発見できるのであろうか。

 小屋の中にしゃがみこんで十数分。タレナガースはようよう重い口を開いた。

「モンスター製造のためのマシンを五つ。新たに開発した活性猛毒テリブルXを30リットル。これらをすべて犠牲にして得たものがコレか」

 タレナガースのいびつに伸びた鋭いツメが、大人のこぶし大の黒い石をつまみあげた。全体に小さなトゲトゲが無数に生えている。

「わ、悪かったのう。タレ様。。。」

 しゃがみこんだままの首領の背に、ヨーゴス・クイーンが恐る恐る声をかけた。さぞ怒っているに違いない。

「いや。。。」

 ゆっくりと立ち上がったタレナガースはクイーンを振り返るとニヤリと嗤った。

 相棒のヨーゴス・クイーンの背筋に冷たいものが走り、ピンクの頭髪がぞくりと逆立つような恐ろしい笑みだ。

 ツメでつまんだ黒い石をクイーンの眼前に差し出して呟いた。

「悪くない」

 

「山奥の小屋、謎の出火と凍結。ですって?」

 いつもの喫茶店。

 ヒロとドクはコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。こうして地元新聞の記事に目を通すことでヨーゴス軍団の動きをいち早く察知することができるかもしれないからだ。エディーとエリスに変身して町を偵察する以外にも、こうした地味な活動も大切なパトロールなのだ。

 ヒロは最近お気に入りの真っ白なスウェットジャンプスーツで決めている。

 一方ドクは数日前から着はじめた濃いブラウンにピンクのラインの入ったサウナスーツ姿だ。「ダイエットかい?」と尋ねかけた時に向けられたドクの鋭い視線にただならぬ殺気を感じたヒロは、それ以降このサウナスーツの訳は尋ねないことにしている。

 さて、ドクが目を留めたのは昨夜の山火事と凍結の記事だ。

「ええとナニナニ。。。火事そのものは不審火の可能性が強い、か。ひと気の無い森の中の小屋で異常なほどの過電流によるブレイカー破損が原因のもよう?」

 ドクは声に出して記事を読むとひと口コーヒーをすすった。

「ところが燃え上がった小屋が、消防隊が到着した頃には厚い氷に覆われていた。氷は日中の日差しにも容易に溶けず、内部の状況がわからないため詳しいことはいまだ不明、ね」

ドクは新聞をテーブルに置くとヒロを見た。彼のほうも何かを感じてドクを見ている。こんなわけのわからない事件が普通に起こるはずも無い。

確信とともに、ふたりはこの奇怪な火事凍結事件の背後にいる者の存在に思い至った。

はああ。。。やれやれ。

 長いため息が新たな戦闘の幕開けを告げていた。

 

(2)鬼の石

 新しいヨーゴス軍団のアジトが完成した。

 首領タレナガース、大幹部ヨーゴス・クイーン、戦闘隊長、戦闘員4名が出席して落成式が執り行われた。厳密にはダミーネーターも出席していたのだが、まだヘナヘナのままなのでアジトの隅にまるめて置かれている。

 新しいとはいえ、そこはやはり薄暗く、湿気の多い、なにやら異臭が漂う穴倉のごときスペースだ。

「ひょっひょっひょ。やはり新しいアジトは気持ちが良いのう」

「そういうことよ。ほどよく暗く、湿気はじっとりと絡みつく。かび臭さが心地よいではないか。これに余のさまざまな毒液の香りが混ざれば更に芳しき異臭が漂うようになるぞよ」

 こやつらの望む心地よさというものは常人にとって吐き気をもようす不快きわまりない状態なのであろう。

「それはそうとタレ様。例の黒い石は実のところどういうものなのじゃ?えらく気に入っておられるようじゃが」

 ヨーゴス・クイーンが切り出した。あの奇怪な冷凍焼失小屋で見つけたこぶし大の黒い石。ヨーゴス軍団が誇る虎の子の器材一式を失ってしまっても、あの石ころひとつを得たことでタレナガース自身は得心しているようだ。首領の叱責を受けなかったことに胸をなでおろしながらも、例の黒い石の正体について興味津々なのであった。

「ふぇっふぇっふぇ。これか。これは鬼界石じゃよ」

 タレナガースが懐から例の黒い石を取り出した。野球のボールを黒く塗って全体に小さな突起をたくさんつけたようなものだ。

「キカイセキ?地獄の鬼が腰に下げておるアレか?」

「左様。そういえばおぬしも昔、地獄で焼かれたことがあったのう?」

 その言葉にヨーゴス・クイーンは身震いして己が体を抱きしめた。

「ひぃいいい。あの頃の事は思い出したくないのじゃ!毎日毎日来る日も来る日も焼かれ続けて。。。皮膚はただれて、肉も骨も炭になり灰になって、崩れたと思ったらいつのまにやらまたもとにもどって始めから焼かれて、皮膚がただれて炭になって際限なく。。。辛い日々であった」

「うむ。その炎から抜け出そうとすると鬼どもが槍やらトゲのついた金棒やらで突いたり殴ったり。まことに酷い世界じゃ。で、クイーンの言うとおりその地獄の鬼どもが皆、腰の巾着に入れておったのがこの石じゃ」

「鬼どもはこの石のおかげで地獄の業火の高温からわが身を護っておると聞いたことがある。まことか?」

「そのとおり。この鬼界石は外部から刺激を受けることで一定の時間、周囲に超低温の結界を張る特性を持っておる。亀をつついたら頭や手足を甲羅の中に引っ込めるのに似ておるのう。鬼どもは手にした金棒で亡者どもをいたぶりながら、結界の効力が薄れて暑くなってきたら巾着の中の石をコツンと叩いてまた自分の周囲にあらたな超低温結界を生み出しておったのじゃ」

「奇妙な石じゃ。では燃えかかったあの小屋を瞬時に凍らせたのはこの石の超低温結界のしわざであったのかや?」

「そうとしか考えられぬ。おそらくあの小屋の内部は、我らヨーゴス軍団のアジトとして使用されておるうちにこの世とあの世の時空の壁が脆くなっておったのであろう。余がモンスターや活性毒素を生み出すにあたって、この世のものならぬさまざまな呪法を用いておったから、それらが現世の空間構築の理にかなり悪影響を及ぼしておった可能性はある。そこへおぬしの無茶な実験による爆発がとどめを刺したのじゃ。この世とあの世の境界に亀裂が入り、あの世からこの鬼界石が弾き飛ばされてきた。あれほどの爆発でクイーンが火傷ひとつ負わなんだのは、幸いにして爆発の衝撃やら炎やらが亀裂の向こう、つまりあの世へ向かって吸い込まれたためであろう。そして、その衝撃をもろに受けたこの石が思いっきり超低温結界をあの小屋の中ではりおった結果、燃えておる小屋は一瞬で凍結してしもうたのじゃ。地獄の業火に比べれば、この世の火など、ぬるま湯のようなものじゃからのう。それにしても、偶然とはいえとんでもない代物を手に入れたものよ。ふぇ〜っふぇっふぇっふぇ」

「ふうううん」

 クイーンは大きな目でタレナガースの手にある鬼界石を見つめている。大きな黒い金平糖のような石をつめの先でチョイチョイとつついてみる。

「じゃが、わらわが知っておる鬼界石は緑色であったと記憶しておるがのう?」

「うむ。今この鬼界石は眠っておる」

「なんと」

「つまり、自閉モードにはいっておるのじゃ。この石とて、滅多にないような大きな刺激を受けたのじゃからかなり驚いたことであろうよ。今こやつを叩いても、超低温結界は産まれぬ。あれから既に何度か試してみたがなんの変化もおきなんだ」

「では使えぬのか。あれほどの大事をおこしておきながら、なんとも情けないヤツめ」

「大事をおこしたのはおぬしではないか。それに、眠っておるのなら起こせばよいだけのこと。もちろん、ただ叩けばよいというわけにはゆかぬであろうが。それについては余に考えがある。まあ任せよ」

 タレナガースはふたたび鬼界石を懐に仕舞うとアジトの闇の奥へ姿を消した。

 

(3)月下の襲撃

 剣山中。

驚くほど赤く大きな満月が頭上に浮かんでいる。

 山深い森の中にはもちろん街灯などはないが、天空の巨大な光源が人の形をした黒い影を浮かび上がらせていた。

 剣山系の山々にあってその平穏を護る黒衣の超武人ツルギだ。額に浮かぶ銀の模様は生命の樹を思わせる。月光を受けて輝く金色の目は何を見つめているのか?その体は微動だにしない。

 風の無い湖の鏡の如き水面を思わせるツルギの気配がざわりと動いた。首だけを少し後方にめぐらせて武人は言葉を発した。

「何しに来た?」

 その視線と低く鋭い言葉が向かった先にもうひとり、何者かが巨木の陰にいる。ツルギとは対照的に邪悪な気配を盛大にふり撒いている。

「ふぇっふぇっふぇ。久しぶりだのうツルギよ。余じゃ。タレナガースじゃ」

 月の光を嫌ってか、その不気味な声は文字通り闇の奥から漂うが如くツルギの耳に届いた。

 青白いシャレコウベづらの不気味さは、普通の人間ならばチラリと見ただけで気を失わせるほどだ。だが相対するはこの霊峰の守り神ツルギだ。まったくの平常を保っている。ケタはずれの超人同士の邂逅である。

「貴様がこの御山に足を踏み入れたときから気づいていた。私の方からも貴様に気を送ってやったから、迷わずまっすぐ来られたであろう」

「フン。ご親切なことじゃ」

「で、私に何用だ?」

 ツルギはゆっくりと体をタレナガースの方へ向けた。答えなど聞くまでもない。

「しれたことよ。邪魔な存在を消しに来たまで」

「出来るかな?貴様に」

 ツルギの全身から殺気が噴出した。

「ふぇっふぇっふぇ。怖いのう。怖いからこちらはピンチヒッターでゆくわさ。構わぬであろう?」

 タレナガースが禍々しいツメが伸びた人差し指をヒョイと振った。その合図に合わせて周囲の木々の向こうから巨大な影がぬぅと現れた。

 山のような形の頭部を持つ奇怪な怪物。ヨーゴス軍団の最強モンスター、ビザーンだ。

「タレ様、筋肉暴走剤を注入したあのビザーン、なにやらちょっと肥満体のように見えるのう」

 いつの間にやらタレナガースの背後に影のように寄り添う異様な影が。暗闇に赤く燃える大きな瞳がふたつ。ピンクの魔女ヨーゴス・クイーンだ。

 クイーンが言うとおり、現れたビザーンは筋肉隆々というよりは丸々と太っていてとても戦闘に向いているとは思えない。

「また奇怪な化け物を連れて来たものだな。哀れなほどに肥満体ゆえ、少し体を動かしてもらうことにしようか」

「これこれ、クイーンもツルギも余の配下を肥満肥満と失礼ではないか。このボディには意味があるのじゃ。紹介しておこう。こやつの名は。。。」

 タレナガースは自慢げに胸を反らすと声を張り上げた。

「ヒマーン・ビザ。。。あ、いや違った。クローン・ビザーンじゃ。生命維持に必要な余計な要素はすべて省いてあるゆえどうせ1日しか生きられぬが、そのぶん強いぞよ」

 再びタレナガースがヒョイと指を振った。

 戦闘開始だ。

オオオオン!

 肥満ビザーンは。。。

「クローン・ビザーンじゃぞ!」

 。。。クローン・ビザーンは木陰から月光のもとに勢いよく身を躍らせてツルギに襲いかかった。

 ツルギは左腰にさげた剣をスラリと抜くと、クローン・ビザーンのグローブよりも大きな手が自分の体に届く前に、モンスターのボディを袈裟懸けに切り裂いた。

ぎょげええええ!

 痛みを感じる機能などは無い。ただ体をかけめぐる怒りと破壊衝動だけがモンスターを突き動かしていた。耳を覆いたくなるような悲鳴をあげてのけぞりながら、それでもクローン・ビザーンはオリジナルよりもひとまわり以上太い、巨木のごとき腕を振り回して拳をツルギめがけて打ち込んだ。

ガンッ!

 間一髪両腕でブロックしたものの、ツルギの体はそのまま数メートルも後方へ飛ばされた。

「ぐう。肥満体だが馬鹿力だけは本物以上だな」

「ふぇっふぇっふぇ。パワーばかりではないぞよ。この肉厚。貴様の一撃なぞ致命傷にはなり得ぬ。ほおれ、もう傷がふさがってきよる。斬っても斬っても貴様の剣はクローン・ビザーンの根源素体には届かぬのじゃ。さぁてどうするかの?黒衣の武人よ」

 タレナガース自慢の活性毒素による高速治癒能力を有する再生ボディがガッチリとモンスターの急所を護っている。さすがのツルギも苦戦は必至だ。

 だが黒衣の超武人は少しも慌てず陣羽織を思わせる衣の裾をひるがえして笑った。

「ふふ。ここをどこだと思っている?神のおわす霊峰にある限り、私は決してひるまぬし、決して力尽きぬ。一撃で斃せぬならば斃すまで何度でも斬る!」

 両腕を突き出して迫りくるクローン・ビザーンの前で不敵に胸を張った。

ガシン!

ビシュッ!

ガガン!

 超人対魔物。

 霊峰剣山は、凄まじい修羅の戦場と化した。

 夜行性の動物たちも、この闘いの異様な殺気を感じてか、動きを止めて息をひそめている。山全体が身をすくめている。

ヒュヒュン!

 月光を反射させてツルギの白刃が舞う。二度。三度。いやそう思った間に実はもう十数度も必殺の斬撃がモンスターを返り討ちにしている。しかし活性毒素による脅威の再生能力を誇るクローン・ビザーンもじりじりと間合いを詰める。そしてついにクローン・ビザーンがツルギの左肩を掴んだ。

ごあああああ!

ツルギの体を力任せに振り回して巨木の幹にぶち当てる。メキッと嫌な音を立てたのは木か?ツルギの体か?

ぎょおおおおん!

土煙があがり、クローン・ビザーンは猛烈なスピードでダッシュした。筋肉暴走剤によってぶよぶよに膨れた肉体に大きな頭部がバランス悪そうに見せるが、その動きには意外と無駄が無い。

ブゥン。シュッ。バシッ。

バキッ!グシャッ!ガィィン!

 回し蹴り、ハンマーパンチ、ひじうち、アッパー、前蹴りと、まるでモンスターの肉体にあらかじめプログラムされていたかのような流れる攻撃を繰り出した。かたやツルギも神速の体さばきで間一髪それらの攻撃をかわしてみせる。その都度、空を切るモンスターのパンチやキックが山の木々を粉砕してゆく。ツルギの周囲数メートルの木々は無残に幹が抉り取られたり、枝がへし折られたりした哀れな姿になってしまった。

―――御山が荒らされてゆく。

ツルギの心が痛んだ。闘いが長引くことへの焦りがツルギからいつもの冷静さを奪っていたかもしれない。

 クローン・ビザーンに正面から肉迫したツルギは銀光を煌かせて剣をふるった。

シャシャッ!

 クローン・ビザーンは脛を切り裂かれて地面にヒザをついた。巨体を誇るモンスターは下半身にダメージを食らうと戦闘力が半減する。そのことをツルギは本能的に知っているのだ。だが脛の傷口はみるみる塞がってゆく。

ツルギの神速の剣技がそれを許さず同じ箇所を再び切り裂く。立ち上がろうとしていたクローン・ビザーンは再び膝をついた。しかし同時にグローブの如き大きな手がツルギの咽元へと伸ばされた。

「ぐう」

ものすごい握力でツルギの咽が絞られた。並の人間なら頚動脈を握りつぶされて命はあるまい。片ヒザをついたまま下方からツルギの咽を絞り上げるクローン・ビザーンがグオオオオと吼えた。

このまま咽を潰されでもすればさすがの超武人も無事では済まぬ。だが自分の敗北はこの霊峰を汚すことになる。ツルギの闘いは決して負けられぬ闘いなのだ。

視界が霞む中でツルギは剣をクローン・ビザーンの手首に当てると渾身の気合とともにその手首を斬り落した。

手首から先を失ったクローン・ビザーンはついにバランスを崩して傍らのヒノキの幹に倒れこんだ。

その巨体を、咽の戒めから解放されたツルギの剣が深々と突き刺した。

 ツルギの剣の切っ先は、クローン・ビザーンの根源素体を貫いて背から突き抜けている。この分厚い活性毒素のカタマリを一撃で貫くとは、タレナガースも目を見張る神技とも言うべき剣さばきであった。

 ドサリと横倒しになったクローン・ビザーンはもはや虫の息だ。

「ええい踏ん張れ!余が命を与えたるは何のためぞ!易々と冥界に戻ることは許さぬぞ。クイーンよ、例の物を!」

 タレナガースの指図を受けて、ヨーゴス・クイーンが黒いトゲだらけの石を取り出して両手で前へ捧げた。

「モンスターを再生させる力を持つ魔界の石よ。われらがビザーンに復活の力を与えたまえ」

 クイーンが妙にしおらしい声でなにやら唱えると、両手に持った石をうやうやしく頭上に掲げた。

「モンスターを復活させる、魔界の石だと?」

 その声はツルギの耳にも届いていた。まるでわざと聞かせようとしたかのようにも聞こえなくもないが、ツルギは一陣の黒きつむじ風と化してクイーンめがけてダッシュした。

ギュウウウン。

ひええっ!

 突風にあおられてクイーンは仰向けに引っくり返り、彼女の手にあった黒い石は易々とツルギの手に移っていた。

「ああっ。余の大切な魔界の石が!」

「絶対取られては困る魔界の石が!」

「「取られたっ!」」

 タレナガースとヨーゴス・クイーンがまるで打ち合わせていたかのように揃って悲鳴をあげた。

 ふたりのようすを目の端に捕らえながらツルギは黒い石を足元の地面に置いた。

「面倒な代物をまたこの世に持ち込んだようだな。お前たちに悪用される前に私がその石を砕いてくれる」

 そう言うと剣を振り上げた。

「や、やめれ〜!」

 妙に抑揚のない制止の声を無視してツルギの愛剣は勢いよく振り下ろされ、鋭い刃が黒い石を叩いた。

キィィィィン!

「なに!?」

「よっしゃ!」

 ツルギの困惑の声とタレナガースの歓喜の声が交差した。

キィインィイィィィイン!

 剣が石を叩いた途端、黒かった石は濃い緑色の光を発した。

コオオオオオオオ!

「おお!鬼界石が目覚めた!!」

「その一撃が欲しかったのじゃ!」

 タレナガースとヨーゴス・クイーンが小躍りしている。

「タレ様の読み通りじゃ」

 発光した石は、灼熱地獄にいるわけでもないのに周囲の温度を急激に下げ始めた。

 地面が凍り、空気が凍り、樹木が凍り、石を目覚めさせてしまったツルギの体も急速に凍りついていった。

「こ、これは一体?」

 突然の異変にツルギも驚愕した。氷は体の表面にただ張りついているのではなく、体組織の芯から氷に変貌してゆくのがわかる。鈍い痛みが襲い、すぐに麻痺した。

「貴様ら、たばかったな」

 パキパキと音を立てながら氷漬けになってゆく己が体を見下ろしながら何とか逃れようと体をよじったり反り返ったりするのだが、既に動かせる部分はほとんどなくなってしまった。それに、力任せに脱出しようとすると体そのものが崩れてしまいそうで恐ろしかった。

―――ふ、不覚。

 そしてついにツルギは生きた氷の彫像と化してしまった。

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

ひょっひょっひょっひょっひょ。

 タレナガースとヨーゴス・クイーンは高笑いをしながら凍りついたツルギに歩み寄った。思うとおりにことが運んだことが嬉しくてたまらないらしい。

「ものの見事に我らの策にはまってくれおったわ、石頭の堅物剣士め」

 ヨーゴス・クイーンは笑いながら長く伸びたツメの先で氷の彫像をコツコツと突っついた。

「ひとたび眠りについて自閉モードになった鬼界石を目覚めさせるにはただ叩いたり突いたりするだけでは駄目なのじゃ。そこで思いついたのがツルギの持つ剣よ。いつも自慢しておるではないか『神から授かった剣』じゃとな。地獄の石には神の剣。さぞや最高の刺激を与えてくれるであろうと思うたが、期待以上の反応であったわ」

 タレナガースは、本来の緑の光を取り戻した鬼界石を拾い上げて大事に両手で包んだ。

「鬼界石は覚醒するわ、憎きツルギは凍りついて動けぬわ。まさに一石二鳥じゃ。それにしてもクイーン、おぬしは芝居がヘタクソよのう。余はツルギに感づかれはせぬかとヒヤヒヤしたぞよ」

「なんと、それはわらわのセリフじゃ。タレ様ときたら緊張してセリフが上ずっておったではないか」

「まぁの」

ふぇ〜っふぇっふぇっふぇ。

ひょ〜っひょっひょっひょ。

 夜の剣山にふたりの不気味な笑い声が響き渡った。

 

 梅雨に入ったものの、予報ではこの週末は、行楽に申し分のない天気だそうだ。

 小松島港に設けられたウッドデッキは市民の憩いの場として親しまれている。朝の木漏れ日を見上げながらふたりの老人が釣竿をかついでやって来た。

 今日はサビキで小アジをたんと釣って帰ろうという魂胆だ。

「さぁて、今日はクーラーボックスを満タンにして帰るけんな」

「悪いけんど、ワシのほうが1匹ようけ釣ったるんじゃ」

 つまらぬ軽口をたたきながら互いにワハハハと大声で笑っている。気の置けぬ友人同士なのであろう。

 テキパキとサビキ籠にオキアミを詰めると、ふたりはせぇのでデッキの手すり越しに糸を放り投げた。

 カチャリ。

「あ?」

「なんじゃ?」

 聞きなれぬ音がした海面をあらためて覗き込んだふたりは腰を抜かした。

「なななななな、何じゃああああ!?」

「どどどど、どないなっとんじゃ!?」

 そこには湾一面を覆い尽くす銀色に輝く分厚い氷が張りつめているではないか。

ロシアのアムール川から流れ出て真冬の網走港を埋め尽くす流氷と見紛うありさまだ。

「お、おい。今って7月だよな?」

「ここは、徳島だよな?」

 ふたりの老人は互いに顔を見交わし、もう一度そろそろと手すりから顔を出して、キラキラと陽光を反射させているはずの海面を見た。

 そこには氷の上で中身の赤いオキアミを巻き散らかして横たわるサビキ籠が悲しげにふたつ横たわっていた。

 

「小松島港 氷結!?」

 その日の夕刊は、目を疑う見出しが一面を飾っていた。

 赤石から小松島、末広、沖洲に至る小松島港湾エリア全体が厚い氷に覆われてしまったのだ。

 港湾エリアのうち津田、金磯エリアは、徳島県の地場産業である木材の輸入拠点である。また赤石地区は四国最大級のガントリークレーンを保有する「徳島小松島港コンテナターミナル」が2011年より稼動しており、1万5千トン級のコンテナ船の寄港に対応する国際コンテナ物流拠点となっている。

 この氷によって船が入港できないとなれば、これらの機能が完全に麻痺してしまい、四国を代表する国際貿易港としての役割をまったく果たせない。徳島県の経済にとっては絶体絶命のピンチだ。

 海を覆う奇怪な氷は厚さ約3メートルにもおよび、溶解、除去、いずれも困難との調査結果が出た。関係者は皆いちように頭を抱えてしまった。

 

 赤石の岸壁から凍りついてしまった海を眺めるふたつの人影。

「ついに動き出したな」

「ええ。しかも早速どえらいことをやらかしてくれたものね」

 われらが渦戦士のふたりは独自の調査に乗り出した。

 

(4)敗走

 新緑の季節は気持ちがよい。

 どの木の中にいてもゆっくりと手足を伸ばして休むことが出来る。

「ふぁあああ。バトルする相手もいないし、昼寝でもするかな」

 四肢を思いっきり伸ばして欠伸をするのは緑の超人スダッチャーだ。

 木の幹の表面を通して明るい日差しがスダッチャーの全身を暖かく包む。

 こういう暖かい日はヒノキの木が良い。肌触りといい香りといい申し分ない。ホームグラウンドのすだちの木も良いがヒノキの居心地の良さはクセになる。

 スダッチャーは目を閉じてヒノキの国の揺りかごに身をゆだねて目を閉じた。

ふううううう。

―――スダッチャー。

 ごろりと寝返りを打つ。

―――スダッチャー。

ああ。。。ああ。。。もう一度、ごろり。

―――来い。

ううううう、まったく、本当に。

―――スダッチャー、来い。

あああああ!

「何だってんだ!まったく!!」

 ガバと体を起こしてスダッチャーは苛立たしげに地団駄を踏んだ。

「人がせっかく気持ちよく昼寝しようとしているのに、誰ださっきからオレを呼ぶのは?」

 怒りに任せて大声で叫ぶとあたりを見回した。だが、誰もいない。いないのだが。。。

―――スダッチャー、来い。。。。スダッチャー。。。。。。

弱弱しい声だが、繰り返して自分を呼ぶ声がどこからかするのだ。しかもこの声には聞き覚えがある。この声は。。。

「そうだ、ツルギ!おまえツルギだな!そうだろ!?」

―――来い。バトルだ。

 このことばにスダッチャーが反応した。

「バトル?おい、今バトルと言ったのか?言ったよな?オレは一度オマエとバトルしてみたかったんだよ」

 そう言うなりスダッチャーはねぐらにするつもりだったヒノキから飛び出して西の空を見た。

「よぉし、今行くから待ってろよツルギ。オレの実力を見せてやるぜ」

 

「タレ様や、こんどのターゲットはお山かえ?」

 頭にピンクのネッカチーフを巻いたヨーゴス・クイーンが楽しげに尋ねた。手には双眼鏡を持っている。ちょっとした行楽気分のようだ。

 県西部の山間の農村にヤツらはいた。

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

 背後から現れたのはタレナガースだ。さらにその後ろには首領よりもふたまわり以上大きな男が控えている。ダミーネーターだ。筋肉暴走剤の副作用がようやく収まり、もとの身体に戻ったようだ。

 ダミーネーターは手に黒光りする巨大なマシンを抱えている。ゴツゴツした四角い鉄の塊というイメージだが、全体の形は大型のライフルに似ている。銃の後方と中ほどをつなぐゴムチューブのようなエナジーパイプが3本。銃口は少し横に広がっていて掃除機のノズルを連想させる。真ん中あたりには弁当箱状の大きな箱が据えつけられている。無骨な鉄の塊はかなり重そうだが、ダミーネーターが持てば子どものおもちゃのようにも見えてしまう。

 中央の弁当箱が緑色に発光している。どうやらここには件の鬼界石が収められているらしい。光の具合から察するにバリバリ活性中のようだ。

 鬼界石の特殊能力を最大限発揮するためにタレナガースが開発した超冷凍銃『スーパー・フリーズ・ガン』だ。タレナガースもヨーゴス・クイーンも完成してしばらくは「スーパー・フリーズ・ガン」とフルネームで呼んでいたのだが、しばらくして飽きてきたせいか、今はふたりともSFガンと呼ぶようになった。

「さぁてダミーネーターよ。こんどはこのクソ忌々しいのどかで平和な風景を寒々しい氷の世界に変えてやるのじゃ」

ほげ!

 ダミーネーターがSFガンのトリガーをひくと、中央の弁当箱内に収められた鬼界石を撃針が叩き、刺激を受けたバリバリ活性鬼界石の発する超冷気が銃口から発射される。

シャアアアアアアアアアア。

 周囲の大気を氷の粒に変えながら、キラキラと煌く白い冷気が30メートルほども真っ直ぐに発射され、木々も、田畑も、川も、そして里山までもがみるみる厚い氷に閉ざされていった。

「ふぇっふぇっふぇ。そうじゃ、もっとやれ!もっと広く!ホレ奥の方まで冷気を浴びせるのじゃ」

「愉快じゃ。タレ様、わらわは愉快でたまらぬわ」

 傍らのヨーゴス・クイーンも双眼鏡を覗きながら大喜びだ。小さな動物や花をつけた植物などが問答無用で凍りついてゆくのが面白くてたまらないのだろう。

―――その時。

「む?いかん!」

ヒュン

 一陣の青い風がいずこからか舞い降りて悪党どもに襲いかかり、

ビュウン!

 間一髪、体をかわしたタレナガースたちの傍らを奔り抜けた。

ガシイイン!

 眩い火花が散って、

ザシュッ!

青い風はタレナガースたちの目の前に着地した。

その風の正体は―――?

 額に煌く青きひし形は正義のエンブレム。徳島を傷つけようとする悪だくみのすべてを映し出す黒きゴーグルアイ。しらさぎの白き羽のアーマ。そして胸の中央には彼のパワーの源である青きエディー・コアが渦を巻いていた。

「青き清浄なる渦のパワーを身に纏い、徳島に仇なすあらゆる悪を討ち滅ぼす。我が名はエディー。渦戦士エディー!参上!」

そこにヨーゴス軍団がいる限り、エディーは必ず現れる。

「ふん。やはり来おったかエディー。不意打ちとは、少しは戦い方がわかってきたようじゃの。ふぇっふぇっふぇ」

 SFガンを持つダミーネーターを後ろに下がらせ、ケモノのマントを纏ったタレナガースが胸を張った。

「じゃが、せっかくの不意打ちも、そのようにあからさまに殺気を放っておるとすぐ気づかれてしまうぞ。この未熟者め」

「黙れ、タレナガース。また懲りずにひどいことをしているようだな。だが、私が来た以上ここまでだ。もう悪事は許さない!」

「そうよ、こんなにのどかで平和な村を氷漬けにしてしまうなんて、一体ナニを考えているの?この悪党!」

 そしてもうひとり、おなじく額の青いエンブレムと透き通るような青いロングヘアをなびかせて現われたのは、エディーの相棒にしてヨーゴス軍団の毒をことごとく中和させる能力を持つ渦のヒロイン、エリスだ。

「エディー、気をつけて。小松島港の惨状からして、今回のヤツらの武器は超低温ガスかなにかよ。それともあのタヌキ親父のことだから、低俗ガスかしら?ふふふっ」

「そんなガスがあるかっ!ふん。やっぱり小娘もおったのか。あいかわらず気づかんでよいことにばっかりよう気がつく女じゃ。うっとうしい」

 エリスの姿を見たタレナガースがうんざりした顔で毒づいた。

「ふぇ。たとえ気づいておっても余には勝てぬわさ。それダミーよ、村の氷詰めは後回しじゃ。このエディーとエリスも等身大の氷フィギュアにしてやれぃ!」

ほげ!

 ダミーネーターがSFガンの銃口をエディーに向けて構えた。

シャアアアアアアアアア!

 またしてもキラキラと輝く恐怖の白い冷気が発射され、今度はエディーを正面から襲った。広範囲に広がりながら噴霧された冷凍ガスからはさすがのエディーも逃げ切れるものではない。

「ああ、エディー!」

 エリスの悲鳴にも似た声が氷の世界に反響した。

「エディー・ソード!」

 だが、エディーは平然とエディー・ソードを出現させるや、まるでバトントワリングのようにクルクルと回転させ始めた。

ギュウウウウン。

 回転するソードはどんどん加速し、もはや肉眼では一枚の丸い鉄板のように見える。すごいスピードだ。

 すると高速回転するエディー・ソードは噴きつけられる鬼界石の冷気を風圧で押し返し始めたではないか。

ギュウウウウウン。

「すごいエディー。いつのまにそんなスゴイ剣さばきを身につけたの?」

 ヨーゴス軍団の新しい兵器を前にいきなり優位に立つエディーに、エリスは歓声をあげた。

「剣さばきじゃないさ、エリス。エディー・ソードは渦パワーを練り上げて造った武器だから、渦パワーをコントロールすることで回転させているのさ。念動力みたいなものだよ」

 エディーの言うとおり、ファンのように高速で回転するソードはエディーの手からわずかに離れている。まるで軸から離れた扇風機のファンが空中で回っているかのようだ。

「ふぇふぇっ。ナニ余裕ブッこいて説明なぞしておる。よいのか?ホレホレ」

 タレナガースが指差す先を見てエディーは青ざめた。

「ナニ?」

 高速で回転しながら冷気を圧し返していたエディー・ソードの刀身が徐々に凍りついてゆくではないか!

「そんなバカな?エディー・ソードの超高速回転なら冷凍ガスを吹き飛ばすに十分な風圧がある筈なのに」

「エディー、余裕ブッこいて説明している場合じゃないわよ!」

「わかってるってば、エリス」

「ふぇっふぇっふぇ。愚か者め。これをただの冷気と思うなかれ。これは地獄の炎の高熱すら打ち消す魔界の冷気じゃ。貴様の剣が少々回転したくらいで退けられるようなやわなガスではないのじゃよ。この冷気に触れればもう凍結地獄の魔の手から逃れることは叶わぬのよ!」

「じ、地獄の炎の高熱を消す、だと?」

エディーは焦り始めていた。そうこうしているうちにもソードはさらに氷を纏いどんどん太く重くなってゆく。渦パワーをコントロールしているエディーの掌にも冷気による疼痛が及び始めていた。

「エディー、ダメ!ソードを棄てて。早く棄てるのよ!」

 エリスの叫びに応じてエディーは愛刀を放棄した。

グァラン。

 重い響きとともに凍結したエディー・ソードが地面に落ちた。今の今まで渦パワーという名の生命を与えられて高速回転していたソードだったが、今やその命を失って分厚い氷に包まれた剣は、本来の用途すら果たせなくなってしまっていた。

―――くそっ。

 愛刀を手離さねばならなかったエディーにとって、これはあきらかな屈辱だ。

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

 勝ち誇ったかのようなタレナガースのいやらしい笑い声が氷の世界の中でこだました。

「いかに渦戦士といえども所詮この世の者の力では地獄の力に太刀打ちできぬわい、あきらめよエディー」

「馬鹿な!オレがあきらめたら徳島はどうなる?」

「なるようになるわさ。それ、戦闘員ども!」

ぐえぐえぐえ。

ぎひぎひぎひ。

 タレナガースによって産み出された人工生命体、迷彩色の戦闘服に身を包んだ戦闘員たちがわらわらとエディーを取り囲んだ。

 だがエディーは平然と迎え撃った。ソードだけが彼の武器ではない。残像を残すかと思われるほどの高速攻撃が彼本来の持ち味だ。

ズドドド!

ガシッ!

ズバン!

 十数発のパンチが、キックが、戦闘員たちに次々とヒットして、群がる敵兵をあっという間に悶絶させた。

 その時!

シュアアアアアアアアア!

 ダミーネーターがSFガンを乱射したのだ。キラキラ輝く氷結のツブを含む白い霧状の冷気が周囲にばら撒かれた。

「危ない!」

 エディーは咄嗟に組んでいた戦闘員を盾にして冷凍ガスの直撃を防ぐと、エリスを抱きかかえるや、しらさぎの羽を展開させて大きく跳んだ。

「逃がすな。エディーを狙え!」

ふがが!

 ダミーネーターが重いSFガンの銃口を空へ向けた。

カチン!

カチン!

ふげ?

「どうしたのじゃ、ダミーネーター。ぐずぐずしておるとエディーが逃げてしまうではないか。。。ああ、ほれ。もうどこぞへ逃げ去ってしもうた」

 ヨーゴス・クイーンが、エディーとエリスが飛び去ったほうを悔しげに眺めながら地団駄を踏んだ。

「よい。ちょうどこちらも潮時のようじゃ」

 タレナガースがはやるクイーンを押し留めた。見るとタレナガースの抱えるSFガンから光が消えている。鬼界石が小休止モードにはいったようだ。次の活性まで、しばらくSFガンは使えないというわけだ。

「むむ、無念じゃ。まぁ村はある程度カチンコチンに凍らしてやったから最初の目的は果たせたというところじゃが」

 田植えを目前に控えた山間の静かな村は、分厚い氷の層の下に呑み込まれてしまった。

「考えてもみよ。あのエディーがこの氷漬けの村を見捨て、我らに背を向けて一目散に逃げたのじゃ」

「うむ。わらわに尻を向けて逃げたのう。あの小娘を担いで逃げたのう」

「勝ったのじゃ。余は、ヨーゴス軍団はエディーに勝ったのじゃ」

「ついに勝った。わらわが勝った!」

ふぇ〜っふぇ〜っふぇ〜っふぇっふぇっふぇ。

ひょ〜っひょ〜っひょ〜っひょっひょっひょ。

 ふたりの大幹部は勝利の喜びに体を震わせて笑った。

 立ち去り際、奇妙な形で凍りついている戦闘員の氷像を蹴り砕きながら、タレナガースは天に向かってごおおおおと野獣の如く吼えた。その全身から噴き出すどす黒い瘴気の中へふたりは意気揚々と姿を消した。

 

(5)SOS

「なんだぁコレはぁぁ!?」

スダッチャーの大声に驚いた山鳥たちがバサバサと一斉に木から飛び出した。

 ツルギの、挑戦状ともとれる謎の声に導かれて剣山へ急行したスダッチャーが見たものは。。。?

 陽光を受けながらキラキラ光る3メートル近い氷柱だ。その中には黒い人影が閉じ込められている。それこそスダッチャーが捜し求めている相手。

「ツルギじゃねぇか!」

 スダッチャーは痛いほど冷たい氷の表面に顔と両手のひらをぴったりとくっつけて中の人物に呼びかけた。

「なにしてんだよオメェ!早く出て来いよ。オレとバトルするんだろう?だからオレは超特急でやって来たんだぜ。オイ、ツルギ」

 手のひらで氷の柱をパンパン叩きながら中のツルギにまで届くように大きな声で語りかけた。

「・・・て・・・れ・・・」

「え、なんだって?」

 スダッチャーの耳に声が届いた。弱弱しくか細い声だ。スダッチャーは冷たい氷柱に耳を押し当ててその声に意識を集中させた。

「ツルギか?ツルギだな。オマエ一体どうしちゃったんだよ。誰かにやられたのか?大丈夫なのか?出てこられないのか?」

 矢継ぎばやに質問を重ねるが、思うように答えは返らない。スダッチャーは苛立ちを募らせて氷柱を拳で叩いた。

「・・・こから出してく・・出たら・・バトルを・・・」

「出たいんだな。出たらオレとバトルするんだな!」

 スダッチャーは氷柱から身体を離して思案しはじめた。驚いたことに、超低温の氷に身体を密着させていたため、彼の緑のスーツが黄色く変色してしまっている。まるで季節はずれのスダチみたいだ。

 この氷が尋常なものではないことをスダッチャーも感づいていた。陽の光をこれだけ浴びながらしずくのひと筋も流れていない。ツルギの身体はまるで透明の鋼鉄ケースに閉じ込められているかのようだ。

 いっそスダチ・ソードで一気に氷を砕くか?だがもしも中のツルギまで粉々にしてしまったらどうなる?もとに戻せるのか?

「いやいや、ダメだダメだ」

 スダッチャーはかぶりを振った。氷の強度がはっきりしない以上、スダチ・ソードの爆裂アタックは危険すぎて使えない。

―――それならコイツで。

 スダッチャーは両拳を胸の前でクロスさせてギュッと握った。

ジャキッ!

 硬く握り締めた左右の拳から4本ずつの鋭い棘がジャックナイフのように飛び出した。

「サイカチのトゲ!」

 マメ科の高木サイカチのトゲは、天然の有刺鉄線と言われるほどで、植物最強のトゲと言ってよい。スダッチャーは先ごろそのサイカチの木から、トゲの使用を許されていた。バトルには使わぬこと。誰かの役に立つように使うこと。そのふたつを条件にこの能力を授かったのだ。

 ツルギを氷の中から救い出すためだ。スダッチャーは硬いサイカチのトゲをさらに硬い氷の塊に打ちつけた。

ガシュッ!ガシュッ!ガシュッ!

 何度も何度も拳をふるった。スダッチャーが使えば岩でも砕く強力な武器となる棘だ。だが、この氷には傷一つつけられない。むしろサイカチの棘のほうがダメージを受け始めたではないか。

「い。。。ってえ」

 生身が触れれば皮膚も肉も瞬時に裂かれるような鋭い棘の先端は潰れ、樹液がしたたっている。本当に鉄の塊を殴りつけているようだ。

 陽光にも溶けず、棘で削っても傷ひとつつけられない。

「くそ。どうしたらいい?」

 スダッチャーは途方にくれた。ボディースーツはほとんど黄色になっている。自覚はないが、超低温の影響で彼自身もかなりのエナジーを消失してしまっているのだ。

「ちくしょう、これじゃあツルギとバトルできるのはいつになるやら。。。」

 スダッチャーはなんだか悲しくなってきた。

「誰か、手伝ってくれよ。誰かさぁ」

 ベソをかきながらスダッチャーは空を見上げた。高い木々に囲まれて空が小さく見えるのも心細さを増幅させた。

「う。。。うう。。。」

 スダッチャーはある人物の顔を思い浮かべていた。青い髪の心やさしいヒロインだ。

「たすけてよぉ、エリスちゃあああああん!」

 

「エディー大丈夫?」

 エリスは霜が付着したエディーの右手首を何度もやさしくさすった。

 県西部の山村においてヨーゴス軍団の超冷凍銃の前に一敗地にまみれたエディーたちは徳島市内まで退却していた。

 小さな公園の木々の陰に身を潜めて、ふたりは息を整えていた。

「あの冷凍銃の冷気はただごとではない。地獄の炎も効かぬとか言っていたが、あれはどういう意味なのかな?」

「さぁ、ものの例えじゃないかしら?それにしてもエディー・ソードが凍りついちゃったわね」

 エディーとエリスは声を潜めて話していた。ヨーゴス軍団が追ってきているとは思えないが、用心するにこしたことはない。

「エディー・ソードはその都度オレの渦パワーを練り上げて造りだす物だからまたいくらでも使えるさ。だが、このままヤツらと再戦しても残念ながら勝てる見込みがない」

「そうね。。。だけど何とかしなくちゃ。私たちは必ず勝たなくちゃいけないんだもの」

 その時、周囲の木々がにわかにザワザワと揺れた。木の葉が小刻みに震えている。

「え、何かしら。この感じ?」

 エディーとエリスの周囲の空気までがそれにあわせて振動し始めたではないか。そして。。。!

「エリスちゃあああああん!」

 一斉に木々が叫んだ。

「ひえええ!何なの?」

 突然すべての木々から大声で名を呼ばれ、エリスは飛び上がった。

「木が君を呼んだね。だけど、今の声には聞き覚えがある」

「ええ、私にもあるわ。あの声はスダッチャー!スダッチャーがどこかで私に助けを求めているのよ」

 エディーとエリスは互いの目を見つめあい、その覚悟を確かめると、声に導かれるまま駆け出した。

 

(6)エリスの心

エディーとエリスがスダッチャーの「声」に呼び出されてから3時間後、ふたりは剣山中でスダッチャーと合流し、変わり果てたツルギの姿を見て腰を抜かしたのだった。

あの強い超武人までがやられてしまうなんて。エリスは氷柱に触れた。そしてこの氷が小松島港を覆いつくした分厚い氷と同質のものだと直感した。

―――ここに置いたままではどうしようもないわ。

エリスの進言を受けたエディーは、ただちに県警や消防の協力を仰ぎ、ツルギの氷柱を県警本部所属の科学センターへと移送した。

 

ヨーゴス軍団による超冷凍攻撃は、小松島港のほか、山間の村3地区、河川2地区に及び、経済活動や日常生活に大きな支障をきたしていた。エディーの活躍に期待する県民の声は日を追うごとに大きくなっていった。

「氷についてなにかわかりましたか?」

 科学センターの若い職員と歩きながらエディーは尋ねた。

「ええ。運び込まれたあの氷柱をなんとか少し削り取って分析しました。成分は普通の氷と同じなのですが、分子のつながりが異様に強いのです」

「やはりただの氷とは違う、と?」

「はい。それについては、タレナガースがあなたに言った『地獄の炎の高熱すら打ち消す魔界の冷気』ということばをヒントにいろいろ調べてみました」

「で、なにか?」

「鬼界石です」

「鬼界石ですって?」

「はい。今はさまざまな古文書の内容がデータ化されて保管されていますからね。それが役に立ちました。県立民俗伝承館に収められている古文書の一節にヒットしたんです。鬼界石は地獄の鬼が持つ石とされ、この石が放つ冷気に守られた鬼たちは地獄の炎の中にいても高熱に苦しむことなく亡者たちをいたぶり続けることが出来たのだそうです」

「ものすごい話ですね。そんなに凄まじい威力の石の冷気で作られた氷じゃ、中のツルギを助け出すのは容易ではなさそうだ。第一、氷柱を保管してあるガレージは大丈夫なのですか?周囲の設備や職員の方たちにまで悪影響が?」

 ふたりは話しながら大きなガレージの前までやってきた。本来は警察の大型車両やヘリなどが修理のために格納される場所だが、今はここにツルギの氷柱が安置されている。

「それはどうやら大丈夫のようです」

 若い職員が6ケタの電子ロックを解錠してガレージのドアを開けながら言った。内部は真っ暗だ。わずかにひんやりした空気がふたりの頬をなでた。

「冷気そのものは確かに凄まじいのですが、なぜか氷柱の周囲約1メートルほどにしか届かないのです。つまり、少し離れていれば何と言うことはないのですよ。きっと鬼ひとりを冷気で包む程度の威力しか持っていないのでしょう」

パチン、パチン。

 話しながら職員がガレージ内の照明スイッチをオンにすると、ガランとしたガレージの中央に置かれた透明に輝く氷柱が現れた。中には黒い人影が閉じ込められているのが見て取れる。

 だが氷柱のすぐ傍らにもうひとりの人影が?

「エリス?!」

「え?ちょっとエリスさん、あなた何しているんですか!?」

 エディーと職員が驚いて氷柱に駆け寄った。

 しばらく姿が見えないと思ったら、彼女は氷柱にぴったりと身体をくっつけているではないか。氷の超冷気をモロに全身に浴びている。彼女の青い髪も銀色のマスクやアーマも、全身霜で真っ白だ。

 エディーが背後から腕を回して無理やりエリスを氷柱からひきはがした。

「バカ!なんて無茶をしているんだ。タレナガースの氷の恐ろしさは君も知ってるはずじゃないか」

 センター職員も驚くほどの剣幕だ。

「ごめんね、エディー。だけど話しかけていないとツルギが心細いんじゃないかと思って。。。」

 エリスは自分の身体が凍てつくのも厭わず、ツルギに話しかけていたのだ。彼を励ましていたのだった。

 エリスの全身を覆う霜を払いながら、エディーはため息をついた。しようがない。これがエリスなのだから。このやさしさがエリスの強さの源なのだから。わかってはいるのだが。

「で、この氷の強力な分子結合を崩す方法は見つからないのですか?」

 エディーがさきほどの話の続きを始めた。

「ええ。叩いたり熱したりといった外的刺激を与えると、何と言うか。。。こう。。。氷がむきになって、かえって分子結合を強くしてしまうんです。もちろんその分子結合力を上回る破壊力をもってすれば理論上は氷を砕くことも可能なのですが、そうなると中のツルギがどうなってしまうかわかりません。」

「氷が。。。むきになるんですか?」

 エディーに叱られてへこんでいたエリスも彼の話にくいついてきた。

「はい。鬼界石というのは、その能力を発揮するためには必ずなんらかの外的刺激を受けねばならないのです。鬼はこの石に冷気のバリヤを張らせるために、定期的に金棒で石をこづくのだそうです。まぁ石にとっては殴られながら嫌々働かされているのかもしれませんね」

 それを聞いたエリスはツルギを閉じ込めている氷柱に再び近づいた。制止するふたりの声を無視して氷柱の周囲に描かれた黄色い立ち入り禁止エリアへと進む。そして痛いほど冷たい氷の表面にそっと右の掌を重ねた。

「殴られて、無理やり。。。そんなのひどいよ。可哀想だよ」

 今度はエリスは中のツルギにではなく、氷に語りかけた。

 額の青いひし形のマークを氷につけて更に語りかける。

―――辛かったよね。もういいのよ、無理やり働かなくっても。

 すると、それまで陽の光を浴びてもまるで溶けなかった氷の表面に重ねたエリスの掌の間から、ツツーとはじめてひと雫の水が流れ落ちた。

 

(7)再戦

ドガーン!

 耳をつんざく破裂音と共に土煙が盛大にあがった。

しょえええええ!

 悲鳴を上げながら爆心から跳びはねながら散り散りに逃げる人影がふたつ。

 ひとりはタレナガース。ご自慢のケモノのマントが焼け焦げて煙を噴いている。シャレコウベ顔が恐怖に歪んでいる。

 そしてヨーゴス・クイーン。愛用の電撃ハリセンを放り出して逃げている。そのお尻からは炎が上がっている。やはり恐怖で目の玉が飛び出そうだ。

 ここは徳島中央公園、鷲の門広場。タレナガースはついにSFガンで徳島市の中心部を攻撃しようと企んだのだ。しかしこの超兵器をもって向かうところ敵なしと思われたヨーゴス軍団の前に思わぬ伏兵が立ちはだかった。

ゴオオオオオ。

 熱風がおこした一陣の風が、あたりに舞い上がった土煙をゆっくりと払いのけた。

そこにいたのは緑の超人スダッチャーだ。必殺の爆裂スダチソードを構えている。今の爆発は爆裂スダチソードをフルパワーでふるったものだろう。

新しく落成した地方裁判所をはじめ、徳島市中心部を急襲しようとしたヨーゴス軍団は、バトルの臭いを本能的に嗅ぎつけてやってきた緑の超人スダッチャーの待ち伏せを食らったのだ。

 だがスダッチャーの左半身は真っ白に氷りついている。しかも、左腕の肘から先が無い。恐らくは芯まで凍った状態で後先考えずに暴れまわったために砕けてしまったのだろう。

 見れば、中央公園の周囲は石垣や堀の一部までが厚い氷に覆われてしまっている。スダッチャーとヨーゴス軍団の戦闘のとばっちりを食ったに違いない。

ふううう。

 スダッチャーが大きく息を吐いた。

「おまえら全員覚悟しろよ。オレはなぁ、今ものすごく怒っているんだ」

 右手に持ったスダチソードの先端でタレナガースとクイーンを狙うように指しながらゆっくりと前へ進んだ。怒りのせいで左腕を失った痛みすら感じていないようだ。

「ツルギはオレとバトルするはずだったんだ。それをお前たちは。。。お前たちがあんな余計なことをしたばっかりに、オレは。。。オレはなぁ」

 心から楽しみにしていた強敵スダッチャーとのバトルを台無しにされたことにスダッチャーは我を忘れるほど怒り狂っていたのだ。

「ちょ、ちょっと待て」

「そうじゃ、少し落ち着けスダッチャー」

 まぁまぁとなだめるタレナガースたちだが、スダッチャーは聞く耳を持たない。

ちくしょおおおお!

 吼えるとスダッチャーはタレナガースめがけて突進した。

「食らえぇ!」

 スダチソードを振り上げてシャレコウベからはえているザンバラ髪の上へ叩きつけた。

「ひえっ!」

ドガーン!

 間一髪、またもやタレナガースは頭を抱えて地面を転がった。さすがの魔王もスダッチャーの剣幕にたじたじだ。もしくは片腕で襲いかかってくる異様な姿に気圧されたか。

 その時。

シュウウウウウウ!

 横合いから白い冷凍ガスが噴きつけられてスダッチャーを包んだ。スダッチャーは咄嗟にジャンプしてそれをかわしたが、ガスを浴びた右足がみるみる凍りついた。

グァシャ!

 着地した衝撃でスダッチャーの凍った右ひざから下が粉々に砕けた。

「くっ!」

 スダッチャーがガスの噴出した方角を睨みつけると、そこには、こちらも左半身が焼け爛れたダミーネーターがSFガンを構えていた。スダッチャーの爆裂スダチソードによる一撃をくらったのだろう。スダッチャーの左腕と引き換えの壮絶な相打ちだ。

「ふぇっふぇっふぇ。ダミーネーターようやった。これでスダッチャーも動けまい」

 こうなると形勢逆転だ。

 長く伸びた鋭いツメを光らせたタレナガースと、愛用の電撃ハリセンを拾ったヨーゴス・クイーンが前後からスダッチャーに迫る。絶体絶命のピンチだ。

 その時!

「待て、タレナガース!」

「ふん、来おったか」

 鋭い制止の声に驚くどころか、かえって不敵な笑みを浮かべて振り返るタレナガースの視線の先に、高速でやってくる1台のサイドマシンがあった。

 マシン・ヴォルティカ。サイドカーにはエリス。そしてステップに立ち上がって銀色に光るソードを構えているのは我等が渦戦士エディーだ。

「そこまでだタレナガース!」

「もう悪事はさせないわ!」

 スダッチャーがヨーゴス軍団と激しい戦闘を繰り広げているという情報を受けたふたりは現場へ急行したのだ。

 ヴォルティカを自動停止モードにしたエディーはソードを構えたまま大きくジャンプし、宙で二度、三度身体をひねり音も無くスダッチャーの傍らへ着地した。傷ついた盟友の肩をそっと支える。

「バカやろう、ひとりで無理しやがって」

 スダッチャーは何も言わずただタレナガースとヨーゴス・クイーンを睨みつけていたが、その肩が小さく震えている。その震えがエディーの手から胸の奥へとじんじん伝わった。

「あとは任せろ。エリス、スダッチャーを頼む」

 そう言うとエディーはゆっくりとヨーゴス軍団を見渡した。

 首領タレナガース。

 大幹部ヨーゴス・クイーン。

 戦闘サイボーグダミーネーター。

 どれも恨みに歪み憎しみに捻じ曲がった性根が顔つきに顕れている。

「お前たちはそうやって。。。」

 エディーは静かに口を開いた。

「ああん、何だって?」

 ヨーゴス・クイーンがおどけて耳をエディーの前に突き出した。正義に生きる存在など馬鹿にしてやる。

 だがエディーはそんなからかいは相手にしない。

「お前たちはいつもそうやって、慎ましやかに、平和に暮らしている人たちから笑顔を奪う。それがなぜ面白い?そんなことがお前たちの存在の糧になるとでもいうのか?」

 エディーの全身から青いオーラが立ち昇り始めた。全身にみなぎる渦パワーが彼の怒りに反応して活性化し、コアからオーバーフローしているのだ。

 青い陽炎に立つ彼の姿は、人びとには神々しく、ヨーゴス軍団にはこのうえなく恐ろしいものだった。

「ダミーネーター、やれ!SFガンで再びエディーに吠え面かかせてやるのじゃ!」

 エディーの迫力に気おされたタレナガースが叫んだ。闇の殺し屋に追い詰められた悪代官が家来に命じるお決まりの「者ども、であえ!」と同じだ。

ふがひ!

 ダミーネーターがSFガンをエディーに向けた。

 その時、不意に世界が青くなった。

「あん?」

 透き通る青い幕が徐々にあたりを覆ってゆく。まるで青く巨大な天蓋が空からかけられたかのようだ。

 クリアブルーのドームに周囲をすっかり覆いつくされたその一帯は、まるでどこまでも澄んだ南の海の底に移されたかのようだ。

 不審げにあたりを見回したタレナガースがコソコソと動き回るエリスをみとがめた。

「コリャ、そこの小娘。ナニをしておる?」

「へ?あっしですかい?旦那」

 エリスは頭をかきながらすっとぼけている。だが、この青いドームはエリスの美しいロングヘアとまったく同じ色だ。タレナガースでなくとも彼女が何かしていると思うだろう。

「エリス、うまくいったようだな」

 エディーが親指をたてて彼女に合図した。エリスのほうでもVサインで応えている。

 エリスは徳島城公園の四隅にこっそりと渦パワーの改良型コアベースを設置したのだ。

 かつて、タレナガースの猛毒で龍脈を突かれて暴走しかかった地の龍を鎮めることに成功した、大地に渦パワーを浸透させるコアベース。これを改良して一時的に空間へ渦パワーを放出させる装置を開発したのだ。野球のホームベース大のこのマシンを4基大地に置けば、互いに渦パワーを循環させて一種の渦パワードームを形成する。かつてタレナガースが怨嗟のこもった鎧「餓骨丸」をまとって徳島全域を瘴気のドームで包み込んだことが発想の源になっていた。あれほどの規模はないが、限られた空間を渦パワーで包み込み、人や自然に害を為す物質を鎮める効力を発揮する。今回は試作機の実践投入だが、効果は予想以上のようだ。

「ううう。。。タレ様や、この青い世界は気持ちが悪い。清らかすぎてわらわには辛い。。。」

「むむう、ひるむな!それダミーネーターよ、構わずSFガンを撃て。撃つのじゃ!」

ほんが!

  ・・・・・・シュウ・・・・・・

ほげ?

 銃口からは白い冷気が微かに漏れ出てくる程度で、とてもエディーを攻撃できるほどの勢いは無い。

「ナニをしておる馬鹿者!早うせんか」

 タレナガースがじれてダミーネーターの尻を蹴りあげた。だがダミーネーターはダミーネーターでSFガンの引き金を何度も引いている。どうも銃の調子が悪いようだ。

「ええい、一体どうなっておるのじゃ?ややや?」

 見るとSFガンに収めた鬼界石の輝きが小さくなっているではないか。今にも消え入りそうだ。この銃にとってはエネルギータンクとも言うべき鬼界石の働きが鈍っているために、引き金を引いてもあのおそるべき冷気が満足に放射されないのだ。

 エディーがそのSFガンを指差して言った。

「その鬼界石のことをいろいろと調べたのさ。その石は決して世界を凍りつかせるような悪事に加担したいとは思っちゃいないんだ。お前たちはそんな石を無理やり使役させている。だからこの渦パワーで石を癒してやったのさ。もう嫌な事はしなくてもいいんだよってね」

「そうよ。人であれ石であれ、殴って無理やり働かせようなんて許されることじゃないわ」

 エリスも怒っている。だが、そんなお説教で改心する相手ではない。

「ふぇっふぇっふぇ。石を?癒す?お前たち正気か?」

 タレナガースはダミーネーターからSFガンをひったくると、鬼界石収納ボックスを開いた。

 中には微かに緑色の光を帯びた地獄の石が収められている。青い渦パワーの影響を受けて光が消えそうだ。

「この光を失えば、もうこやつの存在価値は無くなるのじゃ。こやつはこうして使役されてこそ存在する意味を持つのじゃ。さぁ鬼界石よ、寝ぼけていないで目を覚ませ。これでどうじゃ!」

 タレナガースはそう言うと懐からどす黒い液体の入ったガラス瓶を取り出すと、詰めてあったコルク栓を引き抜いて中の液体を鬼界石の収納ボックスの中へドクドクと流し込んだ。

「あっ、何をしている?」

 驚くエディーの目の前で、鬼界石の収納ボックスはみるみる黒い液体で溢れ、ボタボタとこぼれ落ちてきた。

「ふぇっふぇっふぇ。これはテリブルXと言うてのう。余が心を込めて調合した、ちょっとえげつない毒薬なのじゃ。お肌にしみこむしみこむ。。。っちゅうての。ふぇ〜っふぇっふぇっふぇ」

「ちょっと、やめなさい!そんなものに漬けこんだらその石が!」

 エリスの悲鳴をよそに、タレナガースは毒液に浸かっている鬼界石をさらに鋭いツメでガリガリと引っ掻きはじめた。渦パワーで治まりかけていた鬼界石がふたたび濃緑色の光を放ち始めた。しかも先ほどよりも濃く強い光だ。あたりを覆う青い色を凌駕する緑の光。

「ああ、渦パワードームが打ち消されてしまう」

 形成されたドームの中央部で結合しあう渦パワーに強く干渉する鬼界石の緑の光によって、渦パワードームはバランスを崩して消滅してしまった。

「そうじゃ。怒れ怒れ!それでこそ地獄の石じゃ。それ、ダミーネーターよ、復活したこの鬼界石を使って今一度エディーめを攻撃せよ」

 タレナガースは満足げな笑みを不気味なシャレコウベに浮かべた。

ほんがぁ!

 タレナガースからSFガンを受け取ったダミーネーターはやる気満々でエディーを睨みつけた。石をなだめて効力を失わせる計画だったのだが、こうなればエディーも闘わざるを得ない。

シャアアアアアアア!

 白い霧状の冷気が勢いよく放射された。

「エディー、危ない!」

 エリスの悲鳴があがるが早いか、エディーは体勢を低くしてエディー・ソードを横一文字にふるった。

 胸のコアからソードの刀身に蓄えられた清冽なる渦パワーが迸り、三日月型の光の鎌となって飛んだ。必殺のタイダル・ストームだ。

 しかし噴射された冷気を切り裂いたタイダル・ストームは、ダミーネーターに届く前に白く凍りつき、カランと乾いた音を立てて地に落ちた。

「ふぇっふぇっふぇ。貴様のお得意の技も余のSFガンには効かぬようじゃの。残念残念」

 笑うタレナガースに見向きもせず、エディーはダッシュしてダミーネーターに迫った。狙うはSFガンだ。

「させぬ!」

 すかさずタレナガースがエディーの前にたちはだかった。直線で押してくるエディーの攻撃を、身体を回転させて変則的な動きで受け流す。ケモノのマントがひるがえってエディーの視界を幻惑させた。これでタレナガースもなかなかの闘い巧者なのだ。

 それでもエディーが高速で繰り出す連続パンチをいくらかは食らって後ずさるが、さすがに並みの戦闘員と違ってそれだけでは膝を地についたりはしない。

シャアアアアアアア!

 その隙を突いてダミーネーターがふたたびSFガンでエディーを狙う。

 かなり接近していたエディーだが、この攻撃は予測していた。大きくジャンプしてその冷気から巧みに逃れた。

 その時。。。

―――頭の上だ。

「え、何?」

―――タレナガースの頭の上を狙って撃て。

エディーの耳に突然どこからか届いたこの声は?

一瞬の判断ミスが命取りとなるバトルの最中、エディーはみずからの直感に従った。

エディー・ソードを大きく振りかぶると、渾身の一撃を放った。

「タイダル・ストーム!!」

ギュウウウン!

ふたたび奔る光の刃!だがそれは狙いをはずれてあらぬ方向へ飛び去ってゆく。

「ふぇっ。どこを狙っておる。偉そうなことを言っても、やはり焦っておるのであろう」

 3人の魔人どもが鼻で笑った刹那、ヨーゴス・クイーンの背後から黒い影が飛び出した。

「とおお!」

 黒い影は空中で煌く剣を抜いた。

「ナニ?」

「あやつは!?」

「「ツルギ!」」

 そうだ。ツルギだ!

シャッ!

キィィィン!

 ツルギは空中で剣をふるうと空へと飛び去るタイダル・ストームの光弾をはじき返した。そしてそれは狙いたがわずダミーネーターが抱えるSFガンに命中したではないか。

ガガーン。

ほげぇ。

 思わぬ方向から飛来したタイダル・ストームの光弾をよけきれず、ダミーネーターが抱えるSFガンは機関部の真ん中あたりを大きく破損してしまった。

「しまった!」

「おのれぇ、ツルギがなぜここに?どうやってあの氷から抜け出したのじゃ!?」

 タレナガースは地団太を踏んで悔しがったがもう遅い。頼みの兵器はエディーとツルギの連係プレイでもう使い物にならなくなってしまった。

 収納されていた鬼界石はタレナガースが流し込んだ毒液とともに銃から放り出されて地面に転がっている。表面を覆う無数のトゲトゲが以前よりも長く鋭くなっていた。

「おお、鬼界石が」

 どろりとした黒い液体に漬かった鬼界石を慌てて拾おうとするタレナガースに、そうはさせじとエディーが風のように襲いかかった。

「激渦烈風脚!」

 全身をコマの如く高速で回転させながらエディーが放つ連続蹴りが、タレナガースの側頭部にクリーンヒットした。

激!ドガッ!

渦!ガシッ!

烈!バシィン!

ぐええええ。。。

「おお、タレ様が」

 哀れなほど無様にひっくり返って呻くタレナガースをヨーゴス・クイーンが抱き起こした。鬼界石とSFガンを失い、エディーとツルギに挟まれて、タレナガースたちは完全に戦意を喪失してしまった。

かあああああああ。

 フラフラのタレナガースに代わってヨーゴス・クイーンが口からピンクの瘴気を吐き出した。色は華やかだが常人が吸い込めば2〜3日は伏せってしまうほど濃密な瘴気だ。ヨーゴス軍団の連中は皆そのピンク色の霧の向こうへと姿を消した。

 

 逃げるタレナガース一味をエディーはあえて追わなかった。ツルギの容態が心配だったからだ。スダッチャーも重傷だ。ヨーゴス軍団の悪だくみはなんとかくじいたものの、こちらのダメージもかなり大きい。

 ツルギは立っているのも辛そうだ。

「よく来てくれたね、ツルギ」

 戦いを終え、エディーはツルギに握手を求めた。

「なんとか間に合ってよかった」

 ツルギは差し出された手を握り返したが、その握力は並みの人間以下だ。エディーの必殺光弾を空中で弾いてターゲットに当てるなどという離れ業がよくできたものだ。ひとつ間違えばツルギ自身がタイダル・ストームの破壊力をモロに食らっていたかもしれないのに。エディーはツルギの超人的身体能力にあらためて舌を巻いた。

「エリスのおかげだ」

 ツルギはエリスを見た。

「氷に閉じ込められていた私に至近距離からずっと語りかけてくれていた。そのおかげで私はなんとか意識を保っていられたのだ。そしてなによりあの氷の中から救い出してくれた」

 そうなのだ。

 陽光にも溶けず、スダッチャーのトゲ攻撃にも傷ひとつつかなかったあの堅固な氷の柱は、エリスの尽力によって見事に氷釈したのだ。

 ごく近い周囲を超低温に凍らせるという鬼界石独自の能力は、叩かれたり何かにぶつけられたりという、いわゆる攻撃によって発揮されるのだった。自分のカラに頑なに引きこもるかのように発揮されるこの能力は、エリスの癒しといたわりの心によって一気に消滅した。おそらくは鬼界石自身にとっても初めての感覚であったのだろう。

―――もう大丈夫よ。怖がらなくてもいいの。こんなふうに硬い氷を張り巡らさなくてもいいから、ゆっくりお休みなさい。

 そして彼女の額の渦のエンブレムから流れ込んだ渦パワーによって、ツルギを閉じ込めていたあの氷柱はいともあっさりと形を失い、水になって、バシャッと音を立てて流れたのだった。

 戒めが解かれた瞬間、ツルギは崩れるように倒れたが、懸命に体を温めながら、一時的なエネルギーとして渦パワーを注入し続けたエリスの看護の甲斐あってか、黒衣の超武人は十数分後にはなんとか立ち上がって周囲の者たちを驚かせた。そしてエディーに加勢すべく、鷲の門広場へとやって来たのだ。

「そうか。今の君の身体には渦パワーが注入されているんだね。それでオレのタイダル・ストームを弾くことができたのか」

「ええ。タイダル・ストームは渦パワーを練り上げて放つ技だから、同じパワーを持つ者に危害はくわえないわ」

 エリスはツルギの正面に立って金色の澄んだ瞳を見上げた。

「でもまだ無理は禁物よ。早くあなたのホームグラウンドへ帰って、神様の御許でゆっくり休むといいわ」

「うむ。だが、私ひとりで帰るわけにはゆかぬ」

 ツルギはそう言うと、今しがた到着したばかりの救急車に歩み寄った。

 そこにはストレッチャーに乗せられたスダッチャーが横たわっていた。左腕と右足を半ばから失って、動けずにいる。瀕死の重傷だ。

「スダッチャー」

 ツルギが静かに語りかけた。

「。。。よう、大将。もとに。。。戻ったん。。だな」

 スダッチャーはかすかに目を開けた。

「うむ。お前のおかげだ。礼を言う」

 ツルギがわずかに頭を下げた。

「へへ、柄にもないこと。。。するんじゃないよ」

 スダッチャーの声には力がこもっていない。

「せっかく。。。お前がもとにもどった。。。のに。。。オレがこのざまじゃ、バトル。。。でき。。。ねぇな」

「バカ、スダッチャー。しっかりしなさい」

 傍らからエリスも声をかけた。動機はどうであれ、スダッチャーは徳島市の危機を救った功労者だ。エディーもエリスも心配していた。

「大丈夫だ。スダッチャーのことは私に任せてもらおう」

 ツルギがエリスに言った。

「スダッチャーを剣山へ連れてゆく。神様のおわす御山の深奥にある御神木の中で休ませれば、きっと傷は癒える」

「ほ、本当か?」

「うむ。少々時間はかかるだろうが、必ずもとの姿に戻れるはずだ」

「だったら。。。だったら、オレとバトルだぜ?」

 ツルギはふっと笑うとスダッチャーの右手を握り、風を呼んだ。

 クリアブルーの長い髪が逆立つような強い風にエリスが一瞬目を閉じた隙に、ツルギもスダッチャーも姿を消していた。

 風にあおられて無人のストレッチャーがカラカラと走り出すのを救急隊員が慌てて押さえた。

「大丈夫かしら、スダッチャー」

「ツルギが請け合ったんだ。大丈夫さ」

 風を見送ったエディーとエリスは西の空を見上げた。

 

(8)石の行き先

 鷲の門広場での決戦から1週間が過ぎた。

 徳島県内でヨーゴス軍団によって凍らされてしまったエリアは、エリスの指導のもと、県警や消防隊の活躍によってすべてもとどおりにされた。

 ここは大神子海岸。日峰山の麓近くにある紀伊水道に面した小さな海岸である。かつては海水浴場でもあり賑わったのだが、急深で水難事故が多発したため今は遊泳禁止となっている。

 誰もいない静かな海岸にエディーとエリスはたたずんでいた。

「この海に沈めるのかい、その石を?」

「ええ。そのつもり」

 エリスの手にはあの鬼界石が。

 タレナガースによってテリブルXに浸され、さんざん痛めつけられた石だったが、その後エリスの徹夜の研究によって新種の猛毒テリブルXは中和され、きれいに洗浄された鬼界石は落ち着きを取り戻していた。そのせいか、鬼界石の表面に無数にあったトゲトゲはほとんどなくなって、今はただの丸い石になっている。

「大丈夫なのかな?まだ緑色の光を少し放っているけれど」

 野球のボールほどの大きさの鬼界石は、まだ芯のあたりに緑色の光を宿している。まるで高熱を出して寝込んだ後、回復はしたもののまだ微熱が残っている、といった態である。いつまたあの恐るべき能力を発現させないとも限らない。

「まだ少し警戒しているのよ、この子」

―――この子、ねぇ。

 エリスの慈しみの心は相手が人であれ物であれ、このような石ころであれ、わけ隔てなく注がれる。まったく彼女ほどヒロインと呼ぶに相応しい女性はいまい。

 エリスはザブザブとふくらはぎが濡れるあたりまで海へ入ると両手のひらで包むように持っている鬼界石にそっと語りかけた。

「ここでお別れよ。静かな海の底で、誰にも邪魔されずにお眠りなさい」

 ボゥとエリスの手のひらが青い光を放った。渦のパワーだ。

 青い光の中でエリスの慈愛に触れ、鬼界石は最後に灯る緑の光をフッと消した。エリスは腰をかがめると鬼界石をそっと海水に浸し、ゆっくりとリリースした。

 鬼界石は大神子海岸の急な斜面の海底をコロコロと転がり落ちて、やがて見えなくなった。

 空を2羽の鳶が舞っている。

「もうすぐ梅雨も明けるね」

「ああ。今年も夏が来る。楽しい夏休みだ!」

 エディーとエリスは抜けるように青い空を見上げた。

「子どもたちが思いっきり楽しい夏休みを過ごせるように、さぁパトロールだ、エリス」

「オッケー、エディー。じゃあ早速行きましょう」

 ブォン!

 マシン・ヴォルティカの太いエキゾーストノートを残して、エディーとエリスはパトロールに出かけていった。

 タレナガースの野望を打ち砕き、徳島の街に再び平和が訪れるその日まで。

 戦え!!渦戦士エディー!!

(完)