渦戦士エディー

真紅のアルティメット・クロス

 


(序)深夜の戦い

空には何もない。

厚い雲が濁流のように流れているのが、本来ならば金色の光を放つ満月があるであろうあたりの微かな光によって伺えるのみだ。

闇にうごめく者どもが闇にまぎれて悪事を働くにはもってこいの夜である。

闇の一部が動いた?

ん、気のせいか?

いや、やはり何かが動く気配を感じる。だが目で追っても判然とはしない。ただ幾重にも重なり合う濃い暗闇がすべてを覆い隠しているのみだ。

ギョエ。

闇が鳴いた?

そんなはずはない。やはりそこに何かがいるのだ。

目が少しずつ闇に慣れてくると、そこに人型の闇がわずかなグラデーションによって浮かび上がってくる。

人型の闇はなにやら黒い箱のようなものを抱えている。大切なものなのか、胸の前でしっかりと抱えている。

「ナニ、サマ」

何様?誰だと訊いたのか。ならばそこにはもうひとり?

いや、ひとりではない。

荷物を持つ者の正面に立ちはだかる人影がふたつ、ある。

その時、偶然天空を流れる雲の切れ間から満月が顔を出した。

日の光とは違う透き通る金色の光があたりの風景とともにそこにいる者たちを浮び上がらせた。

銀色のマスクに黒いゴーグルアイ、額には青いひし形のエンブレム。胸の中央にある玉石のごときコアと同じ色の光を湛えている。

「通りすがりの渦戦士さ」

渦戦士エディー。徳島を人ならぬ悪しき存在から守る正義の人。底知れぬ鳴門の渦をパワーの源とするローカルヒーローだ。

そして闇にまぎれてコソコソと動き回るヤツは。。。黒いタイツに全身を包んでいる。顔の真ん中にグレーの二重丸が描かれている。目か?口か?それ以外はまったくの黒一色。胸や肩にはそれなりに筋肉の盛り上がりが見える。ある程度の力仕事はこなせるということだろう。たとえば重い荷物を運んだり、あるいは人間を襲ったり、とか。

「夜陰にまぎれて良からぬことをしようとしてたんでしょうけど、そうはいかないわよ」

エディーの背後から別の声がした。若い女性の声だ。

顔中二重丸の怪しい男が声のほうへ顔を向けた。やはりこの二重丸は目の役目をしているようだ。そこにはエディーと同じ青いひし形のエンブレムを額にいただく青い髪の女性が立っている。エディーの頼れる相棒エリスだ。

さらにその足元には子犬がいる。だが尋常な子犬ではない。彼らと同じゴーグルアイにいくつかの小さなライトが明滅している。エリスが造ったロボ犬ピピ。毒性物質の探査とその中和能力を持つ高性能ロボットだ。

「あなた、何か変なもの持ってるでしょう。何かの毒性物質とか?」

「ダレニモ。。。イウナヨ」

「人間はごまかせてもピピの高性能センサーはごまかせないわ」

近所迷惑ゆえに音声モニターはオフにしてあるが、強い毒性物質を検知したピピは謎の顔面二重丸男を睨みつけている。いや、その二重丸顔が抱いている箱を。

「お前、ヨーゴス軍団の戦闘員じゃないな。どこの者だ?」

「ダレニモ。。。イウナヨ」

二重丸顔の謎の男はくり返した。こやつの言語能力は限定されたもののようだ。

「あなた、ナニ持っているの?その箱、見せなさい」

エリスが詰め寄ると、謎の二重丸男はいっそう強く黒い箱を抱きしめて後ずさった。

「ゼッタイ。。。ナクスナヨ」

こやつを支配する黒幕に、そう言われてきたのだろう。

「チカラ・・・ヅク。ジャマモノ。。。チカラ。。。ヅク」

謎の男の顔面の二重丸がにわかに赤い光を帯びた。

ヴウウウウン。

どうやらこの謎の男、戦闘モードに入ったようだ。

「エディー」

エリスが剣呑な気配を察してピピと共に後ろへ下がる。

「ふん、そっちの方が手っ取り早くて助かる」

エディーが拳を回しながらズイと前へ出た。

ギョエエエエ!

謎の顔面二重丸男が黒い箱を抱えたままエディーにとびかかった。

ドガァン!!

再び雲が月を隠し、あたりはまた闇に呑まれてしまった。

 

(一)新サービス「悪人天国」

「ほい、ご苦労さん」

訪ねてきた配達員から荷物を受け取り伝票にサインをする。

伝票を受け取った配達員は軽く会釈して立ち去った。

よくある光景である。何もおかしなところはあるまい。

ただ、その場所が薄暗いヨーゴス軍団のアジトで、荷物の配達員がコウモリ頭の怪人で、受取人がシャレコウベヅラのタレナガースであることを除けば。

「なんじゃ、誰か来ておったのかや?」

暗闇の奥から大きな目を開いた異様な魔女が現れた。ショッキングピンクに染めたマントをまとったヨーゴス・クイーンだ。ピンクの毛皮、ピンクのマント、黒いロングブーツという奇天烈な格好だが、これが彼女のお気に入りなのだ。

ヨーゴス・クイーンが興味を持ったのも無理からぬこと。ここは人里はなれた山中に穴を穿ってこしらえた秘密のアジトである。ましてその入り口には常人には見破れぬカモフラージュの結界呪をかけてある。軍団員以外の者が訪れることなどないはずなのだから。

「ん、宅急便?タレ様はナニを買うたのじゃ?そのようなものを買えば我らがアジトの場所が人間どもに明らかになってしまうではないか」

「ふぇっふぇっふぇ。案ずるなクイーンよ。これはただの宅急便ではない。見よ」

詰め寄るヨーゴス・クイーンをなだめてタレナガースは手にした伝票の控えと品物を彼女に見せた。

「あく。。。てん?」

伝票を眺める魔女が首をかしげた。

「うむ。悪人天国、通称『悪天』というらしい。我らのような悪の秘密組織同士で、その持てる知識や技能の共有を図らんとする画期的かつ女々しきネットワークじゃ。余もこのたび加盟してみたのじゃ「活性毒素の基礎知識」という余が長年積み重ねてきた素晴らしき技術のほんの入り口を紹介するというふれこみでの」

「ふうん、せっかくタレ様が独自に開発してきた研究を易々と他の者どもにくれてやるというのはちょっと惜しい気もするが」

「ふぇっふぇっふぇ。どこの組織も提供しておるのは初級のそのまた初級の知識のみ。悪の組織を結束させるなどというふれこみじゃが、どこも即戦力となるような技能の提供などしておらぬ。もちろん、余も同様じゃ」

「なんじゃ。それでは役に立たぬ出はないか」

「そうでもない。大切なのは発想よ。余のごとき稀代の大天才ともなれば、初級のドアを開いただけで、そのはるか向こうにある素晴らしき新発明の姿が既に見えておる。要はいかに教わるかじゃな」

いっぱしの教育者のようなことを言う。

「そういうものかの」

ヨーゴス・クイーンはアジトの片隅に積まれた大きな弁当箱の如き箱に目をやった。今回タレナガースが悪天に出品した品物である。

―――活性毒素の基礎知識。キミも人造生命を産み出せる!活性毒素「イブルX」サンプル付き。。。か。イブルXと言えばタレ様が明治時代に開発した最初の活性毒素じゃ。これで小さなイモムシを造って喜んでおった。こんな昔の品、まだ持っておったのか。

クイーンはクスッと笑った。

「で、今回タレ様が受け取ったその荷物はどのような品なのじゃ?」

「これか?とある秘密結社が出品しておったものでの。『カンタン入門・空気を自在に操る』という書物じゃ。要は空気を圧縮させて弾丸にし、撃ち出すという兵器の基礎理論であるな。発想としては面白いが、これではエディーめは倒せまい。ふぇっふぇっふぇ」

「なんじゃ、そのようなもの、なぜ求めたのじゃ?」

「さきほども言うたであろう、要はひらめきなのじゃ。この理論をどう使うか?何をこしらえるか?ポンポンと空気の弾を撃つしか思いつかぬ愚か者どもと余をいっしょにしてはならぬぞ、クイーンよ」

「ほう!ならばタレ様はどのような悪事を企んでおられるのじゃ?」

身を乗り出すクイーンの問いにタレナガースはニヤリと笑った。人間が見たら背筋が凍って昏倒しそうなその不気味な笑みが、ヨーゴス・クイーンは大好きだった。

「まぁ見ておれ」

 

(二)謎の出来事

<続く深夜のいたずら。またしてもビルの窓ガラス割られる>

徳島新聞の1面の中ほどに載せられた記事にドクが興味を持ったのは、この事件が発生してから数日経ってからだった。

もうすぐお昼だ。いつもの喫茶店くるくるは人気のサービスランチを求めて客が集まり始めていた。昭和の香りを色濃く漂わせる店内はシックな色合いで長居するにはもってこいだ。ヒロとドクが奥のテーブルに陣取ってかれこれ2時間。コーヒーはすっかり冷めてしまった。

「てっきり不良たちのいたずらだと思っていたのだけど、この事件なんだか変だわ」

テーブルいっぱいに広げた徳島新聞を食い入るように読んでいたドクはボソリとつぶやいた。別の記事を読んでいたヒロが顔を近づけてきてその記事を覗き込む。

「ああ、これ。夜中に学校の校舎やら病院やらあちこちのビルの窓ガラスが割られてたって話。犯人はまだ捕まっていないの?」

「ええ。もう5日連続でおこっているわ。警察も警戒を強めて夜間のパトロールを増員しているの。なのに犯人の影すら見ていないなんて、さすがに変よ。それに窓ガラスの破片はほとんど屋内に散らばっていてどう考えても外から割られているというのに、石ころひとつ見つかっていないのよ。おかしくない?」

ドクはヒロの顔を覗き込んだ。

「ううむ。犯人も凶器もなにも見つかっていないのか」

「ネットでは都市伝説や妖怪のしわざだなんていう話も出始めているわ」

ドクはいすの背もたれに体を預けて背骨を反らせた。前屈みで新聞を読み続けていて体が固まってしまったようだ。

「増員された警備の網の目をくぐって犯行を重ね、進入した形跡もなく凶器も不明。そして取り沙汰される不思議な都市伝説。理屈で検証できない場合、ことの本質は案外こういう無責任な妖怪譚みたいな中にあるものなのよ」

「それはつまり。。。」

「ええ。ヤツらよ」

言いながらエリスは臍を噛んでいた。最初はただのいたずらか何かだろうと思っていた。しかしこれがヨーゴス軍団のしわざだとしたら、この数日放置していたのは痛い。

「あのタレナガースがただ窓ガラスを割って喜んでいるわけはないな。新しい兵器の実験かもしれない。くそ、気づくのが遅れてしまったようだ」

ヒロの言うとおりだ。しかし気づいたからにはこれ以上のことはさせない。決して!

「今夜から私達もパトロールに参加しましょう」

そうと決まれば。。。

「すみません、ピザトーストふたつ!」

 

 だがその日を境に窓ガラスの割られる事件はピタリと収まった。

 

ピィピィピィ―――。

車がバックする警告音だ。

ゆっくり丁寧に後退して、青い軽自動車は所定の駐車スペースの中央にきれいに収まってゆく。

と――-?

ガガガガガ!

激しい異音とともに軽自動車はまるで何かに追突したかのように激しく振動した。

運転席のドアが開き、ハンドルを握っていた若い男性が慌てて車の後方を確認した。

しかし車の後ろには何もない。ミラーに移らぬ低い石か何かが置かれていたのかと車体の下まで覗き込んだがやはり何もない。

ただ、車の後部ボディにはまるで硬い金やすりか何かでこすられたような線状の細かい傷が無数に刻まれている。

「なんなんだよ、いったい。。。?」

若い男性は愛車の奇妙な傷を見ながらしばらくその場に立ち尽くしていた。

 

「いまのところ全部で8件。ニュースになったのは6件目から、か」

喫茶店くるくるは開店直後でヒロとドク以外にまだ客はいない。

注文したモーニングセットのトーストもサラダもコーヒーも、無遠慮に広げられた新聞の下に埋もれている。

今日の朝刊には、何もないところで乗り物が原因不明の急停車をしたという奇妙な事故が報じられていた。しかも何も無いのに車体には明らかに何かに激突したような傷がかなり広範囲に残されていると言う。トラックは車体のみならず、積荷が崩れて被害は大きいようだ。保険もおりず、途方にくれる気の毒な運転手の嘆きが伝わってくる。

「県警に問い合わせて似たような事件は一応ぜんぶチェックしてあるわ。最初の軽自動車から始まって普通乗用車、トラック、バス、トレーラー。そして昨日はとうとう列車だ」

「だんだん乗り物が大きくなっているね。これは偶然かい?それとも」

「いいえ、絶対に偶然なんかじゃない。試しているのよ、何かを。そしてそれは、悔しいけれどたぶん成功している」

ドクは忌々しそうに拳を握った。

「あれ以降、窓ガラスの事件はなりをひそめていて、おれ達の心配も的外れだったかと期待していたんだけどな。今度はこれだ」

「しかも昨日の列車事故ではとうとうけが人が出てしまった」

「事故じゃない。ヒロ、これはれっきとした事件だわ。ヨーゴス軍団の悪事による事件」

ドクはご機嫌斜め、いや斜めどころかもう真横だ。ここしばらくヒロとドクは完全にヨーゴス軍団にしてやられている。彼らの犯行だと目星をつけてはいても、まったく尻尾が掴めないのだ。

「それでもおれ達にできることはただひとつだ」

「そうね。くじけずにパトロールを続けましょう」

「よし。そうと決まれば」

ふたりは互いの目を見て頷きあった。

「「すみません、朝カレーセットふたつ!」」

 

(三)阿波おどり空港の激闘

キュキュキュキュッ

白煙を上げて車輪が滑走路に着いた。

東京からの旅客機が今徳島阿波おどり空港に到着した。300tの巨体が天空から舞い降りてわずか2,500mの滑走路内で見事に静止する。精密を極めたそのメカニズムと操縦者の技量は驚嘆に値する。

そしてゆっくりとターミナルビルへと近づいてゆく。

「ん?」

機長は目をこすった。機が向かう前方の空間が歪んで見えたのだ。

―――疲れているのか?

航空を超スピードで飛ぶ旅客機を操るパイロットにとって目の衰えは致命的だ。

だが、何度目を凝らしてみてもやはり向こうの空港ビルが歪んで見える。これは目の錯覚ではない。

「空気が。。。渦巻いている」

機の真正面に円形の空気の歪みが浮かんでいる。それはたとえば荒削りのレンズのような、異世界につながる次元の渦巻きのような。

機長の中で赤がはじけた。うまく表現できないが、危険の赤が頭の中に充満したような感じなのだ。

「い、いかん!」

咄嗟に機の方向を変えて前方の奇妙な歪みを避けようと試みたが、驚いたことに機体の方向転換に合わせてその空気の歪みも移動するではないか。

―――避けられない!

機長が言いしれぬ恐怖に襲われた。

ぎょおおおおおん!

さらに、移動する機体の正面に異様な姿のバケモノが現れた。

「モ、モンスターだ!?」

身長3メートル以上はあろうかという巨体だが、最も異様なのはその頭が山の形をしていることだ。どこかで見覚えのある山。徳島市民なら誰もが知っているその姿は眉山そのものだ。

「あれは、ビザーン」

機長の隣で身を乗り出している副機長がうめくように言った。彼は徳島に巣食う悪の組織について新聞で読んだことがあった。その悪党の一味に、こともあろうに徳島市民が仰ぎ見るふるさとの象徴たる眉山をあしらったモンスターがいることもそこに書かれていた。

ぎょんぎょんぎょおおお!

ビザーンが幾重にも盛り上がる鏡餅のようなちからこぶを盛り上げて両腕を振り上げて吼えた。旅客機に襲いかかろうとしている。

バチン!

バチィン!

そのモンスターの巨体に青い鎌状の光が続けさまに命中した。その威力でモンスターは苦悶の声をあげて数歩後ずさった。同時に正体不明の大気の渦も消滅している。

何がどうなっているのか状況はまったく把握できないが、とにかくこれは好機に違いない。

「機長、今のうちに」

副機長に促され我に返った機長は再び操縦桿を握りなおしてボーディングブリッジめがけて機を移動させた。とにかく一刻も早く乗客を無事に降ろさなければ。

旅客機は所定のスポットへと向かうが、この速度ではモンスターにすぐ追いつかれてしまうだろう。機長は祈るような気持だった。

だが、機の左後方にいるモンスターはそこから近づいてこようとしない。

―――なんだ?どうなっている?

機長はふと思いついて機体下部の外部カメラのスイッチを入れた。

「おい、機体の下に誰かいるぞ。誰だ、あれは?」

その人物はまるで銀色の鎧を身にまとっているようだった。カメラに背を向けてビザーンと対峙している。右手には両刃の剣が握られている。

してみると先ほどから謎の空気の歪みを打ち消したり、ビザーンの攻撃を再三妨げて旅客機を守ってくれたのは彼だったのか。

「エディー、そうだエディーだ。渦戦士エディー」

副機長が歓声を上げた。徳島には悪事を企む秘密組織から県民を守ってくれる超人もいると記事に書かれていた。その名は確か渦戦士エディー。

「機長、彼は我々の味方です。大丈夫です。機をスポットへ」

「う、うむ」

機長はエディーの存在を知らなかったため、副機長の言葉をにわかには信じられなかったが、あの人物の後ろ姿は確かに安心感を与えてくれるような気がした。

旅客機は所定のスポットに停止し、可動式のボーディングブリッジが接続された。

 

ぎょんがあああああ!

ビザーンは怒り狂っていた。

突然の邪魔者の闖入によって眼前の獲物をみすみす逃がしてしまった。こうなったらこの邪魔者を倒さずにはおかぬ。飛びかかって首ねっこをへし折ってやろうか。頭上に持ち上げて数十メートルも投げ飛ばしてやろうか。

だが、飛びかろうにもビザーンは動けずにいた。その邪魔者の全身から吹きつけてくる圧に押されているためだ。闘気の圧だ。

「とうとうしっぽを捕まえたぞ、ヨーゴス軍団め。コソコソ隠れて何を企んでいるのか知らないが、こうしてオレが見つけた以上もう諦めて降参しろ」

精悍な黒いボディとゴーグルアイ。頭部や肩には銀色のアーマ。逞しく盛り上がる胸の中央には一点のにごりも無い青く輝くコア。

副機長が察したとおり、彼こそが徳島の平和を守る渦戦士エディーだ。

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

猛るエディーをあざ笑うかのような奇妙な声がエプロンに響いた。

「そのふざけた笑い声はタレナガース」

エディーは不意の攻撃に備えるべく構えた。

「ご明察」

巨漢ビザーンの背後からいきなり闇の塊が現れた。まるで空間から染み出したかのような現れ方だ。いったいどこに潜んでいたものか?

その闇はみるみる人の形になり、しゃれこうべヅラの魔人を生み出した。人かケモノか判然としない不気味なしゃれこうべの下あごからは一対の鋭いキバが突き上げるようにはえている。細かく編み上げたドレッドヘアの銀色の頭髪。胸から腹にかけて、モンスターとおそろいの大きなドクロの鎧を身に着けている。下半身は迷彩色のアーミーパンツに編み上げブーツ。海から吹く風にひるがえるケモノのマント。

ヨーゴス軍団首領タレナガースだ。

「ようやく我らヨーゴス軍団に追いついてきたか、ノロマめ」

「ふん、日陰をコソコソと這いずり回わる奴らはなかなか目に入らなくてな」

「何を申す。コソコソなどしておらぬよ。それアーマード・ビザーンMkUよ、今月の軍団スローガンを聞かせてやれ」

ギョンゴルギョレギョレギョギョギョンゲー。

「その通りじゃ。よう言えた」

「わかるか、そんな。。。」

「なにが『悪事は胸張って堂々と!』よ。ふざけたスローガン作ってるんじゃないわよ」

エディーの背後からの大きな声は腕組みして肩をいからせているエリスのものだ。毒素探知能力を持つロボット犬ピピも彼女の足元で特殊合金製のキバをむいて臨戦態勢だ。

「エ、エリス。。。今のがわかったのか?」

エディーは目を見開いて怒れる相棒を眺めた。この人はまったく、底知れぬ能力を持っているな。

「ナニごちゃごちゃ言ってるのよエディー、早くこのイカレモンスターをやっつけちゃって!」

「は、はい!」

エディーの背筋がピンと伸び、ついでにエディー・コアが青い輝きを一層強めた。

「そ、そういうことだから、いくぞアーマード・ビザーンMkU!」

エディー愛用の諸刃の大剣がうなりをあげてモンスターのボディーを襲った。

ギン!ガキン!

大気を切り裂いて襲いかかるブレードを、アーマード・ビザーンMkUのグリズリーを彷彿させる鋭く巨大なツメが受け止める。エディーがふるえば巨木も一撃でなぎ倒すほどの威力を発揮する、渦パワーで錬成されたソードの攻撃を何度も防いでダメージをまったく受けていないとは、ヨーゴス軍団やはり恐るべし。

それでもエディーは攻撃を止めない。1回でダメなら2回、それでダメなら10回、いや何十回でも何百回でも撃ち続ける。その闘気と速さにさしものアーマード・ビザーンMKUも防戦一方だ。

「いいわよ〜押せ押せエディー!」

戦闘開始とともにエプロンの隅に退避しているエリスとピピの応援にも熱が入る。

下段の攻撃に頭の重いアーマード・ビザーンMkUの重心がグラリと前に傾いたわずかな瞬間、エディーはふわりと宙に舞い、最上段からエディー・ソードを振り下ろした。

ぶわっ!

あまりの速さに刀身が炎をまとった。

ズバン!ガチィィィン!

大気中の水分を蒸発させながら振り下ろされたエディー・ソードはしかし、空中に出現したなぞの大気の渦によって完璧に阻まれている。

―――なんだこれは!?

それは先ほど旅客機の前に出現したものと同じだ。

まるで空間に棒を突っ込んでそのままグルグルと何も無い宙をかき回したようだ。渦をすかしてみると向こう側のアーマード・ビザーンMkUがグニャグニャに見える。

おりゃ!

1度でダメなら2度!エディーはあきらめずに攻撃を続けた。

グァシャッ!グァシャン!

奇妙な手ごたえだ。まるで砕いたガラスの破片の中に剣を叩きつけているようだ。

「わかったわ、何も無いところに車や列車がぶつかってボディが傷ついていた一連の事件はこれが原因だったのね。空間を無理やり歪めて大気のパティションを作り出す」

エリスの脳裏に何度も読み返して頭に叩き込んだ新聞記事が次々と浮かんでは消えた。

歪められた空間のバリアはエディーの攻撃ポイントへコンマ何秒か速く先回りしてアーマード・ビザーンMkUを防護した。いかなるしくみで生まれるのか、どのような方法でコントロールしているのか。

剣にせよパンチにせよキックにせよ、あらゆる攻撃が相手にヒットする寸前で無効化される状況にエディーが少し焦り始めた時、エリスは得体の知れぬ胸騒ぎを覚えていた。あの歪んだ空間のバリアが新聞で読んだ謎の衝突事故の正体なのだとしたら、もうひとつ、あったのではなかったか。原因不明の不思議な事件が。。。

<原因不明の急停車>

<何も無いところに>

<車体に謎の傷>

。。。空間を歪めて。。。

<またしてもビルの窓ガラス割られる>

。。。空間、空気。。。

<見つからぬ凶器>

はっ!

突然エリスは胸騒ぎの正体に気づいた。

「空気よ!エディー気をつけて。そいつにはもうひとつ。。。」

だが次の瞬間、エリスの胸騒ぎは現実のものとなってエディーに「命中」した。

ドゥン!

ぐわっ!

至近距離から胸の真ん中に激しい衝撃を受け、エディーは後方へ吹っ飛んだ。

「しまった。遅かったわ」

エリスが悔しげな声を上げた。

滑走路の端に仰向けにひっくり返ったエディーは痛む胸を押さえて呻いた。

―――な、なんだ今のは?

歪空間バリアを打ち破ることに気をとられていたエディーを突如襲ったものは何だ?

「空気よ、エディー。空気の塊が砲弾みたいにあなたを襲ったの。例の窓ガラス粉砕事件を思い出して。あれはこのモンスターが圧縮された空気のつぶてを発射していたのよ」

あの一連の謎の事件は、今日この時のためにヨーゴス軍団が繰り返していた実験だったのだ。

凶器は空気。歪めて何も無い空間にバリアを作り出したり、凝縮して猛烈な勢いで撃ち出したりできる技。攻撃と防御が同時にできる恐るべきシステムだ。

「ヨーゴス軍団がこんな技術を会得していたなんて!」

エリスは戦慄した。今までの戦いの中で蓄積してきた対ヨーゴス軍団の対抗策が通用しない。

だが我らのエディーはひるまない。

再び立ち上がると、しらさぎの鉢金を取り出し額に装着した。

シュウウウウウン!

重なり合う額のひし形の渦のチャクラが活性化し、渦のパワーが猛烈な勢いで全身を駆け巡る。彼の黒いボディはみるみる光と共に青く変色し、渦パワーが体のあちこちに濃緑色の渦の紋様を描き出す。

「エディー・エボリューションフォーム発動!」

ノーマルフォームよりもパワー、スピードともに数段レベルアップしたエディーの究極の姿だ。

「そうよ、エボリューションフォームなら戦えるはずだわ」

エリスも相棒の頼もしい姿に期待の歓声を上げた。

とぉ!

気合と共にエディー・エボリューションがソードを振るう。

エディーはエボリューションフォームになった時、片手でソードをふるって幹周10メートルもある巨木を一撃で切り倒したことがある。しかも切った後も木はしばらく倒れず、そのまま立っていたほどの手練の早業であった。

いかな空間を歪曲させて発生させるバリアといえどもこの神業の一撃で!

ザムッ!

ガギィン!

―――ああっ!

キラキラと陽光を反射させてエディー・ソードの赤い切っ先が宙に舞った。

アーマード・ビザーンMkUをガードする渦巻く大気の歪空間バリアは、ソードの斬撃を受けた瞬間わずかにグニャリとその形を歪めたが、依然そこにある。

「エディー・ソードが。。。折れた?そんな!」

エリスが悲鳴を上げた。

エディー・エボリューションが繰り出す超高速の斬撃に刀身が耐え切れず折れてしまったのだ。

驚くエディー・エボリューションの手の中でエディー・ソードは再び渦パワーの粒子となって消滅した。

パシュッパシュッ!

そこへ渦巻く大気のバリアから空気砲弾が撃ち込まれた。半透明の硬い結晶化した空気の塊がエディー・エボリューションの上半身に命中した。

辛うじて倒れはしなかったものの、さすがのエディー・エボリューションもその場に片ひざをついた。そのようすに、タレナガースは勝利を予感した。

「ふぇっふぇっふぇ。エディー・エボリューション殿ご自慢の剣もアーマード・ビザーンMkUの操る歪空間バリアは貫けなかったようじゃ。いやいや気落ちするでないぞエディーよ。精進すればそのうち、ちょっとくらいはアーマード・ビザーンMkUに触れられるようになる。。。かも知れぬのう。ふぇっ」

タレナガースは愉快で愉快でしかたがないようすだ。

だがその勝ち誇った余裕の表情は、低く聞こえる不敵な声によってかき消された。

ふふふ。

「な、なんじゃ?」

ふふふふふ。

「なな、なんなのじゃ?気でも違うたか」

「精進ね。なるほどタレナガース殿のご高説はためになる。ではさっそくさせてもらうとしようか、その精進とやらを」

顔を上げたエディー・エボリューションはまったく気落ちなどしていない。金色に光る目は豊かな光を湛え、むしろ眼前の強敵にむかって闘志をみなぎらせている。腰を少し落として両腕を体の前で斜めにクロスさせて独特の構えをとる。そもそもエディー・ソードの攻撃が効かぬからといって落胆するようなやわなメンタルではこの徳島を守れやしない。

ヒュッ!ヒュン!

剣はなくともエディー・エボリューションにはその拳があり蹴りがある。神速の連続パンチがアーマード・ビザーンMkUに襲いかかる。

そのすべてを歪空間バリアが次々とガードしてゆく。だが。。。

「少しずつ、少しずつだけど大気のバリアが遅れ始めているわ。そうか、わかったわ。あの大気のバリアはアーマード・ビザーンMkUの視覚認識と連動しているのね。おそらくバリアの発生システムはヤツの頭の中に仕込まれていてモニターがそのままターゲットポイントになっているのよ」

エリスの言葉はそのままエディー・エボリューションへのアドバイスとなった。

「ならば、こいつの目で追えないほどのスピードで攻撃すれば」

ババババババババ!

エディー・エボリューションの連続パンチがさらに加速した。大気との摩擦で拳が赤く発光し始める。超速のパンチは残像を生み、アーマード・ビザーンMkUは完全にパンチを見失った。

ドガガーン!

ついにコンクリートも粉砕するエディー・エボリューションのパンチがアーマード・ビザーンMkUのボディにヒットした。歪空間バリアを突破したのだ!

ギョギョエエエ!

苦悶のうめきと共に山のモンスターは後方へ吹っ飛んで仰向けにひっくり返った。

「なんと!」

「よっしゃ!」

タレナガースの驚愕の声とエリスの歓声が重なった。

ビュビュビュン!

劣勢のモンスターが苦し紛れの空気砲を放つ。

パシパシッ!

エディー・エボリューションは、敵モンスターを殴り飛ばした自慢のパンチでそれら半透明の砲弾を迎え撃った。超高速の連続パンチで渦パワーが満ちている今の彼の拳ならば、邪悪な律によってこしらえられた歪んだ大気の塊にも負けはしない。

無様にひっくり返ったモンスターを冷ややかに見下ろすエディー・エボリューションは加熱した左右の手首から先を軽く振ると「ふう」と息をひとつ吐いた。

―――間もなく次の出発便の時間だ。その前にとどめだ。

エディー・エボリューションが決着をつけようと構えたとき。。。

わおーんわんわん!わおーんわんわん!

エリスとともに戦況を見ていたピピが突如吼えはじめた。

「ピピ、何?いったいどうしたっていうのよ急に。。。ハッまさか?」

エリスは周囲を見渡した。ピピの遠吠えは毒性物質感知の警報だ。ならばこの近くにヨーゴス軍団がしかけた毒物が隠されているはずなのだ。新兵器、歪空間バリアと空気砲弾に気を取られていた隙に、どこかで別の悪事が!?

わおーんわんわん!わおーんわんわん!

ピピが吼えているのは空港ビルの方向だ。

「いた!エディー、屋上よ!空港ビルの屋上!」

エリスが指差す先、空港ビルの屋上にいるのは間違いなくヨーゴス・クイーンだ。タレナガースとともに、ヨーゴス軍団の悪の双璧を成すピンクの魔女だ。

「ふぇっ。今さら気づいても遅いわ。まもなくヨーゴス・クイーンがあそこからベノムロケットを発射するであろう。高度400メートルになれば破裂して中に仕込んだ新しい毒液<アゴニーX>が撒き散らされるのじゃ。愚かな県民どもが苦しむさまを見ておれ。ふぇ〜っふぇっふぇっふぇ」

胸をそらせて笑うタレナガースを尻目にエディー・エボリューションは迷うことなく駆け出した。

さきほど着陸した旅客機とつながったままの可動式ボーディングブリッジの上まで一気にジャンプするとデッキの屋根を駆け出した。

風をまいて空港ビル屋上のヨーゴス・クイーンをめざすエディー・エボリューションの後姿を見ながらタレナガースは倒れているアーマード・ビザーンMkUに手を貸して立たせた。

「ふん、今度ばかりはクイーンの勝手なお遊びに助けられたのう、ビザーンよ」

ギョイ。。。

なるほど、どうやら屋上に現れたヨーゴス・クイーンの行動はタレナガースの指示によるものではなかったようだ。だが、首領の指示を受けずとも団の有する兵器を勝手に持ち出してしまう大幹部の存在は、ヨーゴス軍団の強さの要因のひとつと言えなくもあるまい。

「じゃが。。。」

タレナガースは改めて空港ビルの屋上でベノム・ロケットの設定にあくせくしているクイーンとそこを目指して駆けてゆく仇敵の姿を見た。

「このままではクイーンが危うい」

タレナガースはアーマード・ビザーンMkUに「貴様はアジトへ戻っておれ」と言い残すと、猛然とエディー・エボリューションの後を追った。

 

「ううううむ、どうなっておるのじゃこのスイッチは?」

空港ビルの屋上ではヨーゴス・クイーンがベノムロケットの発射に悪戦苦闘していた。

大量の毒液を搭載したベノムロケットは、高空まで上昇して炸裂し内部の毒液を眼下の町に降り注がせるという悪意に満ちた無差別攻撃型兵器だ。その効果を最大限に発揮させるためには、発射前に風向きや風速、炸裂させる高度など細かい情報をすべてインプットしなければならない。だがヨーゴス・クイーンは、この兵器のバーンと打ち上げられてババーンと破裂するところが気に入っているわけで、こんな細かい設定などはどうでもよい。

「なんでもよいゆえさっさと飛べ!こりゃ飛ばぬか!わらわの言うことをきけぇ!」

発射スイッチをもう何十回も押し続けているが「データ未入力」によるエラーメッセージが表示されるばかりだ。しまいには空へ向けて両手で放り投げてみたりする。

そこへ―――。

「やめろヨーゴス・クイーン。そこまでだ」

エディー・エボリューションが空港ビルの屋上に到着した。

「うぎえ!エディー!?」

背後から突然かけられた声に、ヨーゴス・クイーンはのけぞった。

振り返るとそこには、さわやかな涼風や抜けるような青い空や清らかに澄んだ川の水よりも何倍も何十倍も何百倍も大嫌いなヒーロー気取りのヒーローが立っていた。

「エエエディイイイイ。顔の半分もある瞬きをしない大きな目がみるみる赤く染まってゆく。凄みのある憎しみの表情だ。

一瞬身構えたエディー・レボリューションだが、次の瞬間ヨーゴス・クイーンはその胸にベノムロケットをしっかりと抱いたままくるりと背を向け一目散に逃げ出した。

「待て!それをよこすんだ」

「いやじゃあ。ひいい」

逃げるクイーンだが、スピードではエディ・エボリューションのほうが勝っている。何度も前へ回られては「きええええ」とか「ぎょほおお」などと悲鳴を上げた。

これでは埒が明かぬとエディー・エボリューションがヨーゴス・クイーンを捕まえようと手を伸ばしたとき!

ビュビュン!

ヨーゴス・クイーンの電撃ハリセンがフルパワーでそれを阻止した。

エディー・エボリューションの眼前で稲妻が走り、彼は手に鋭い痛みを感じた。

「くっ!」

油断したか?エディー・エボリューションは半歩引いて体勢を整えた。ヨーゴス・クイーンは相変わらずベノムロケットのスイッチを押しまくっている。

エディー・エボリューションは今度は電撃ハリセンの奇襲に用心しながらヨーゴス・クイーンの前に回った。

「同じ手は食わない。さぁ、もう終わりだ。そのロケットをこちらへ渡せ。。。?」

その瞬間ヨーゴス・クイーンが両手で持ったベノムロケットをグイと前へ、ちょうどエディー・エボリューションの胸の真ん中あたりへ押しつけた。

―――?

やみくもにスイッチを押しまくられたベノムロケットのデジタルカウンターはいつのまにか「STAND−BY」と赤く表示されていた。

「こっち来んなバカー!」

叫ぶなりヨーゴス・クイーンは黄色い「GO」と書かれたスイッチを押した。

バシュ!ゴオオオオ!

ヨーゴス・クイーンの手の中のベノムロケットは、後部から閃光と共に赤い炎を噴き上げた。

少しの間ベノムロケットとエディー・エボリューションの力比べが続いたが、やがてエディー・エボリューションは依然猛烈な噴射を続けるベノムロケットを自らの胸に抱え込んだ。

グァシャン!

「ぐっ、ぐああ!」

ガラスが割れたような音とエディー・エボリューションの苦鳴が混じり、エディー・エボリューションは噴射を続けるベノムロケットをその胸に抱えたまま空港ビルの屋上から落下した。

「アツ、アツ、アツいい!ひええええん!」

後にはベノムロケットの猛烈なジェット噴射を全身に浴びて泣き喚くヨーゴス・クイーンひとりが残されていた。体中から炎があがっている。

「熱いよお!熱いよお!熱いよお!」

その時、空港ビルの屋上にタレナガースが姿を現した。

タレナガースは、ピンクの衣装から炎と黒煙をあげながら飛び跳ねるヨーゴス・クイーンのもとへ駆け寄ると、ケモノのマントを肩からはずしてブウォッと女大幹部の周囲にはためかせた。すると炎も煙も瞬時に消え、あとには燃えて真っ黒になった哀れな魔女が放心したようにペタンとしりもちをついていた。タレナガースは焼け爛れた相棒を癒してやるかのようにその周囲に大量のどす黒い瘴気を吐くと、ひっさらうようにその体を小脇に抱え、黒い霧の向こうへ姿を消した。

 

エディーはベノムロケットを両手で抱えたまま空港ビル脇の植え込みの中に仰向けに倒れていた。

エボリューション・フォームは解除されている。

胸のエディー・コアが衝撃で破壊され、ロケットから流れ出した真っ黒な毒液アゴニーXがコアの中に流れ込んでいる。澄んだ海の青い輝きを湛えていたエディー・コアは濃いタールのような毒液の中に沈んでしまった。

ぴくりとも動かぬエディーのもとに駆けつけたエリスは、彼のようすをひと目見てその重篤さに気づいて蒼白となった。

「エディー。。。エディー。。。」

おそるおそる彼の体に触れると消え入るような声で呼びかけた。しかしエディーはまったく反応しない。

「エディー。。。ねぇエディーったら。。。う、うっ」

呼びかける声は次第に泣き声に変わった。

 

(四)瀕死の重傷

渦戦士の変身を解除したヒロは徳島市内の総合病院に緊急入院した。エディーとタレナガースの戦いのとばっちりで、新型毒性物質アゴニーXを全身に浴びてしまった不運な被害者として運び込まれたのだ。

エリスはあえて渦戦士の姿のままでヒロに付き添った。そのほうがこの後渦パワーをヒロの治療に役立てるのに都合が良いと考えたからだ。

「先生、どうですかヒロさんの容態は?」

「ううむ。良くありません。とにもかくにも体内に入った毒素の除去が急務なのですが、ご存知の通りやつらの毒素はひと筋縄ではゆきません。洗浄もうまく進みません。我々には手の施しようがないというのが正直なところです。ここはひとつエリスさんのお力添えをお願いしたいのです」

現代の最新医療技術をもってしても、ヨーゴス軍団の悪意に満ちた毒性物質は謎だらけで治療の道筋が立っていない。今までの被害者完治の功績はエリスが提供した毒素解析の化学式のおかげだった。

しかし、今回はまったく新しい混合タイプの毒性物質であることと、体内に流入した毒があまりにも大量であることが問題を深刻化させていた。従来の、洗浄と中和を柱とした治療では時間がかかりすぎる。ヒロの肉体がもたないだろう。よほど劇的な効果がある治療を施さなければ治癒は望めそうにない。

「馬鹿。ほんとに、馬鹿なんだから」

エリスはベッドに横たわるヒロに語りかけた。

エディーはコアに直撃を受けるとわかっていながら、最後までベノムロケットをしっかりと両手で抱え込んでいた。

いくら至近距離からの打撃とはいえ、ヨーゴス・クイーンの気まぐれで偶然発射したようなロケットなど、エディーなら点火した時点でかわせたはずだ。

恐らくはこのロケットによる被害を出さぬよう自分の胸の中であえて破裂させたのだ。

「正義の味方も。。。楽じゃないよね。。。」

誰もいなくなった病室で生体情報モニターの光とエリスの嗚咽がもれていた。

 

それから数日の間、徳島県下のあらゆる場所で神出鬼没のタレナガースとアーマード・ビザーンMkUは空間をねじ曲げていびつなバリアをこさえては往来を妨げ、空気の塊をつぶてに変えては建物や車を壊してまわっていた。

ドクはいつもの喫茶店で新聞を広げて、それらの被害を報じる記事を読んでいた。新聞紙を顔の前に広げているから回りの客たちはドクの顔が見えない。

ドクは血がにじむほど強く唇を噛んでいた。

<暴れまわるヨーゴス軍団>

<瘴気と共に現れ消える>

<どうしてエディーは来てくれないのか?住民の悲鳴届かず>

―――悔しい!

住民達の悲鳴は届いている。この耳に!この胸に!!

いまだ意識の戻らぬヒロとてそれは同じはずなのだ。

怒りに震える拳がテーブルの上のコーヒーカップをカタカタと揺らした。

今回ヨーゴス軍団は得意の毒による攻撃をしかけていない。徳島空港でのヨーゴス・クイーンのベノムロケット攻撃はおそらくクイーンの勝手な単独行動だ。ヨーゴス軍団は新しく手に入れた空間と大気を操る兵器を試している、いや面白がって遊んでいるのだ。まるで新しいオモチャを手に入れた子供のように。だがいずれこの兵器を最も効果的に操る大規模な攻撃を仕掛けてくるに違いない。近いうち、必ずだ。

「ほい、コーヒーおかわりだろ?」

マスターが空のコーヒーカップにコーヒーを注いでくれた。芳しい香りの湯気が立ち昇る。

ドクは慌てて作り笑顔を浮かべ、小声で「どうも」と応じた。

「今日は相棒のにいちゃんどうした?」

このふたりときたら、長居はするし周囲のテーブルを占拠して新聞を広げるしまったく迷惑な客なのだが、今日はなんだかようすが変だ。ひとりだし、ちらりとしか見ていないが、さっきは泣いているふうでもあった。ああ気になってしかたがない。それで頼まれてもいないコーヒーのおかわりを持っていってやることにしたのだ。

「病気か何かか?まぁ元気出せや。治ったらまたふたりでおいでよ」

「うん。ありがと」

ズズズズ。

それはコーヒーをすする音だったのか、それとも鼻をすする音だったのか。。。

 

(五)あきらめるな!

エリスはヒロの病室の隅にある小さなデスクに向かって自前のタブレットPCを立ち上げた。いろいろあってしばらく起動させていない。未読メールもたまっているかもしれない。

―――あっ。

思わぬ人物からのメールが届いていた。

「ツバキレッド!?それにアカギレッドからも!?」

愛知県幸田町で活躍する幸戦隊コウタレンジャーのリーダー、ツバキレッドと群馬県の平和を守る超速戦士G−FIVEのリーダー、アカギレッド。活躍の場こそ違えど、エディー&エリスのかけがえのない仲間達だ。

<どうしているエリス?キミの助けが必要だ。返信を待っている>

<ヨーゴス軍団の攻撃に何か変わったところはないか?全国の悪の組織が横のつながりを持った気配がある。兵器と知識の共有が行われている。気をつけろ!>

そのほかにもエリスの毒に対する専門知識によるアドバイスを求めるメールが何件か届いている。皆、各地で悪と戦うローカルヒーローたちだ。

―――悪の組織が横のつながりを?

あのどうしようもないオレ様キャラの悪党どもが連携をとり始めたというのか?

エリスは「ハッ」と思いこした。何週間か前の夜、エディーとやっつけたあの顔面二重丸男のことだ。人間ではなかった。かといってヨーゴス軍団の人工生命戦闘員でもなかった。

あの時はわからないままエディーがやっつけたが、するとあの顔面二重丸男は他県からヨーゴス軍団の毒性兵器を引き取りにやってきた使いであったのか。

してみると、タレナガースも同じようによそで暗躍する悪の秘密結社からあの大気と空間を操る技術を手に入れたということなのか。

ヨーゴス軍団からベノムロケットなどの毒性兵器を入手したヤツらと戦うヒーローたちはさぞ自分たちのように苦戦しているに違いない。

―――いけない、私ったら。一刻も早くみんなに毒素中和のデータを送ってあげなきゃ。

エリスは問い合わせのメールひとつひとつに、化学式による解説を添えて丁寧に返信を送った。

しばらくしてアカギレッドから再びメールが届いた。

<エリス、返信を待っていたよ。よかった。しばらく音信不通だったから心配していたんだ>

<ごめんなさい、心配かけて。ヨーゴス軍団の悪影響が日本全国に飛び火してしまって、本当に申し訳ない気持だわ>

<いや、それは我々も同じだよ。悪党どもめ『悪天』などというふざけたネットワークをこしらえて情報交換を始めやがった。今こそ我々も連携して対抗しよう>

<はい>

<そうだ、エリス。九州の仲間からこんな連絡が入っているんだ。転送するから読んでみてくれ。キミの興味を引きそうな内容だよ>

―――私の興味を?何かしら。。。

<ところで、エディーはどうしている?ヨーゴス軍団の新兵器に手を焼いているんじゃないのかい?>

<え。。。ええ。ちょっと、苦しいかな?>

歯切れの悪い返信にアカギレッドは何かを感じ取ったようだ。

<オレは日本中の仲間たちを信じている。もちろん君たちもだよ。苦戦していても、たとえどんな状況にあっても、エディーはまた立ち上がって勝利する。あきらめなければね!そうだろ?>

 

 2分ほど後、新たなメールが受信ボックスに届けられた。その本文を読み始めて間もなく、エリスの貧乏ゆすりが始まった。彼女が何かをひらめいた時の、本人はまったく気づいていない、いつもの癖の貧乏ゆすりが。

 

九州のとあるローカルヒーローからのそのメールの内容を要約するとこういうことだ。

〜ヨーゴス軍団が送った毒性物質は化学と呪術の融合による極めて特殊なもので、エリスのようなひらめきと経験がなければどうにも対処に困ってしまう。どうしても毒性をゼロにして中和できないからと、なかばやけくそで、ほかの毒性物質とかけ合せることでその毒性を打ち消してしまえないか?と考えた。そしてこれが存外うまくはまった。

毒性が消えるどころか効果がプラスに転じて、そのヒーローのパワーアップに繋がったというのだ。

マイナスかけるマイナスはプラス。毒をもって毒を制す。災い転じて福となす。まったく偶然の産物であったのだが、何かの参考になるかもしれないからそのデータを一度検証してみてもらいたい。うまくすれば他の仲間たちにも朗報となる。〜

たしかに薬理作用からすれば、毒と薬は紙一重だ。

―――いけるかもしれない。いけるかもしれない。

このメールを読み終えたエリスはタブレットPCを抱えて病室を飛び出した。

 

うわああ!

数人の警官が宙を舞って舗装道路に叩きつけられた。運の良い者は道路脇の植え込みに落下してもがいている。

ぎょるああああん

10人ほどの警官隊がぐるりを包囲しているその中心部から獣の如き咆哮があがった。

ヨーゴス軍団のモンスター、アーマード・ビザーンMkUだ。徳島空港でエディーを退けて以降、対警官隊においては連戦連勝だ。

今日も徳島市内に突如現れては商店のウインドウや街灯、車などを手当たり次第に破壊し始めた。

グルルルルルギュウウン!

大気をひとつかみむしり取ると、まるでだんごをこねるように丸めて勢い良く弾き飛ばす。たかが空気の塊とはいえ、それは驚くような破壊力を内包しており、つぶてに触れるやまるで火薬に火かついたように砕けて散った。

「やめろ!」

「おとなしくしないか!」

ヘルメットをかぶり防護ベストを身に着けた警官隊は、盾を前に押し出してわが身よりふたまわりも大きなモンスターに決死の戦いを挑んでいた。

が、後方や側面から飛びかかろうとした警官たちは奇怪な渦巻く大気のバリアに弾き飛ばされ、正面から押し出した警官たちは空気のつぶてに打ち伏せられた。

グニャリと歪められた空間のバリアに弾かれたポリカーボネイト製の盾は、その表面がまるでクシャクシャにしたティッシュペーパーのようにひん曲がっているし、防刃効果もある隊員達の防護ベストがビリビリに引き裂かれたように破れている。いったいどれほどの衝撃が加わったのだろう?

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

「見よやクイーン、あの人間どもの無様な姿を」

「まことに。敵わぬとわかっておりながらかかってくるとは阿呆よのう」

ひょっひょっひょっひょっひょ。

打撲や裂傷に呻く十数人の警官隊が倒れている中を、悪の権化たちは悠々と立ち去った。

 

エリスはヒロが入院している病院から帰宅するとただちに変身を解除した。

エディーの体内に流れ込んだ毒性物質アゴニーXの中和パターンはおおよそ見当がついている。だが生命の源たるエディー・コアを破壊され、そこから毒性物質を体内へと侵入させてしまったエディーの肉体を元に戻すには、いや元に戻せずとも、最低限生命の危機から脱出させるには、ただ毒を中和させるだけでは駄目だ。

すでにあれから何日か経ち、アゴニーXは渦エナジーと融合してまったく別の、未知の物質に化学変化し始めている。

今までは毒素が人体を侵食した場合のデータしか取れていないが、今回は渦パワーと結びついてしまった。その結果ヒロの体内で合成されつつあるのはエリスにしても初めて見るような、複雑怪奇な物質だ。

そもそもはたしてこれを毒と呼ぶべきなのか?

たしかに毒性は極めて強く、うかつに触れればエリス自身の体にも悪影響を及ぼすであろう。今現在も凄まじい力でヒロの生命を奈落へ引き込もうとしている。毒としてならどうしようもなく恐ろしいものなのだが、もしもこの負の力をなんとか正に転じることができれば。。。

エリスはエディーのさまざまな能力チェックをする際の数値的基準として、通常の健康な成人男性のパワーレシオ20に対して、通常フォームのエディーのパワーレシオを1600。エボリューションフォームなら9600と設定している。

だが現状のヒロの状態はマイナス120だ。常人なら生きていられる数値ではない。

渦パワーだけが彼の体を保たせているのだ。

毒素に冒されながらも渦パワーは死に物狂いであるじの生命を維持しようとしている。しかしあれから数日が経ち、その効力も消えかかっている。

仲間達からのヒントのおかげでエディー復活の糸口は得られた。

ここから先は時間との勝負だ。

自宅の研究室に閉じこもったドクは、今まで蓄積してきた膨大な量の毒素解析パターンをかけあわせ、その都度ヒロのパワーレシオの数値をチェックし始めた。

ぶつぶつぶつぶつぶつ。。。

なにやら独り言を延々とつぶやきながら、ドクはシミュレーションを続けている。ふたつの毒素をかけあわせればよいのか、みっつなのか。。。その組み合わせパターンは数え切れないほどもある。

PCによってはじき出された混合率にしたがって生成された毒性物質と渦パワーを自動的にミックスさせて、エディー・コアに注ぎ込むためのアッセンブリーユニットはすでに組み上げてある。

ただし、九州からの報告のようにエイヤー!で偶然に頼っていてはいつ解決の見込みがたつかわったものではない。ドクはすべての毒性物質を性質や化学式などを手がかりに大きく8つに分けた。そのうちのひとつに山を張って作業を進めているのだ。これらの作業ひとつひとつの根拠は彼女の勘だ。

だが今はそれを信じよう。

己の思うこと感じることのすべてを信じよう。きっとヒロだって。

―――信じてくれるよね、ヒロ。

1時間が経ち2時間が過ぎ、窓の外がオレンジ色に染まり、真っ暗になり、そして再び明るさを増してきた。

すずめの声が次第に大きくなってきた頃。。。

「うわっ!」

ドクがのけぞった。

「な、何よこの数値!?」

タブレットを接続したノートPCのモニターを凝視している。

「いけない、いけない。どこかで入力を間違えたみたいね。こんなあり得ない数値、まったく」

硬くなった肩をもみほぐしながら設定をリセットしようとしたその時、彼女のスマホが鳴った。ヒロの病院からだ。

「あ、エリスさんですか?ヒロくんが。ヒロくんの容態が急変しました。すぐに何らかの手をうたなければ危ない!」

主治医の切迫した声が聞こえた。

勢い良く立ち上がったドクのイスがガタリと後方へひっくり返った。―――いけない。もう時間がない!

ドクはPCのエンターキーを叩いて今のシミュレーション結果をアッセンブリーユニットに伝えた。ふたつのガラス管に蓄えられたどす黒い毒性物質がどろりと蠢いて青く光るエディー・コアに流れ込む。

本来忌むべきヨーゴス軍団の兵器をこうしてエディー・コアに融合させているのを見るのは何やら変な気分だった。

数分後、処置を終了したエディー・コアは澄んだ海の青からドク自身も予想だにしなかった真紅の光を放っていた。

「こんな。。。こんな色のコアは初めてだわ。本当に大丈夫なのかしら?」

だが考えている時間は無い。病院のヒロが危篤状態なのだ。

一か八かだ。ドクは赤く光るエディー・コアをアッセンブリーユニットから取り外すとアルミ製のアタッシュケースに入れて部屋をとび出した。

 

ピーーー。

何の抑揚もない電子音がさびしい病室に鳴り響いている。

ヒロのベッドサイドに置かれていた臨床モニタは心電図の平坦なラインを表示していた。もはや彼の肉体からは心拍も脳波も、何の動きも伝わってこない。

エリスが持参した赤く輝くエディー・コアは、ヒロの胸部にアタッチメントと共に固定されてその体内へエナジーを供給している。だが肝心のヒロの体はもう。。。

「そんな。。。遅かった?間に合わなかったの?私はエディーを救えなかったってこと?」

エリスはへなへなとその場に座り込んでしまった。

 

(六)真紅の男

ぎょおおおんんげええええ!

アーマード・ビザーンMkUの遠吠えが国道にこだました。

空間に突如現れた謎の渦巻状の壁が国道の4車線を完全に遮断している。まるで空気中に鳴門海峡の渦巻が突如として出現したかのようだ。

いままで以上に大きな大気の渦だ。ヨーゴス軍団はいよいよアーマード・ビザーンMkUのこの能力で本気の攻勢に出たのかもしれない。

ドガン!

グァシャアン!

うわああ!

きゃあああ!

国道を走行していた車が大気の渦に激突した。歪んだ空間は物体の直進を決して許さない。車体が潰れるけたたましい音と金属が擦れるすえた臭い、そして乗車していた人たちの悲鳴と苦鳴。。。わずか数分の間に、国道は事故車とけが人でいっぱいの地獄のようなありさまになってしまった。

間もなく救急車が何台も到着し、大勢の警官たちがアーマード・ビザーンMkUを取り囲んだ。

ぎょぎょぎょおおん!

「ふぇっふぇっふぇ。大勢お出ましだのう。じゃが余のかわいいアーマード・ビザーンMkUを止めるにはその10倍、いや20倍の警官隊を動員せねばなるまいよ」

皮肉にも徳島市の象徴たる眉山を頭部にいただく巨漢のモンスターは、あるじタレナガースに褒められて上機嫌で胸を張った。

20人あまりの警官達にぐるりを取り囲まれながらヨーゴス軍団のふたりは不敵に笑う。

じりりと後ずさろうとする警官達の気配を察した隊長は、勇気を搾り出して前へ出た。

「ひるむな!我々全員でかかれば取り押さえられる。それ、確保だ!」

うおー!

警棒と盾を手に四方からわらわらと飛び掛った警官達だが、ぐにゅぐにゅにねじまがった空間の渦に触れるや、まるで接近させた同じ磁極のようにぽおんとはじかれてあらぬ方向へ飛ばされた。

ふぇ〜っふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

ひょ〜っひょっひょっひょっひょっひょ。

やれ楽しやとモンスターの傍らで腹を抱えて笑うタレナガースとヨーゴス・クイーン。クイーンは狂ったように阿波踊りを踊っている。

「おのれら人間が何人何十人束になってかかっても、このあアアまアアド・びザアアンまアアクとぅ!には敵わぬよ」

調子に乗っているのか、タレナガースのいびつなシャレコウベづらも心なしか艶が良いように見える。

「やめろ!おとなしく投降しなければ撃つ!」

警官隊の隊長がついに拳銃を抜いた。

街中での発砲はタブーだが、このままこのモンスターに暴れられたら被害は拡大する一方だし、警官隊にも負傷者が増える。背に腹はかえられぬと、意を決して銃をホルスターから抜いたのだ。

パン!

威嚇のために空へ向かって一発発射した。

「クイーンよ、今何か豆がはぜたようじゃが?」

「ほいほいわらわはエディーめをやっつけたヨーゴス・クイーンじゃが、格別何も聞こえなんだわえ」

「うむ。愚かな人間どもにとってこれ以上ないかのようにもったいぶって取り出すあの豆鉄砲がこの力強きあアアまアアド・びザアアンまアアクとぅ!に通用すると思うておるらしい。まこと愚かよのう」

「ほんに愚かよのう」

銃口を向けられてもいっこうに止まらぬ軽口に業を煮やした隊長が引き金に指をかけた、その時。。。

「撃ってはダメです!」

鋭く制止する声が響いた。

ハッとしてあたりを見回すヨーゴス軍団と警官たち。その声の持ち主は警官隊の後方に立っていた。

透き通るような青く長い髪が風に踊っている。ハート形の黒いゴーグルアイが怒りに光って悪を見据えていた。

「エリス」

「エリスだ」

「エリスが来てくれた」

その声には徳島を守るヒロインの登場に喜ぶ響きと、もうひとつ。。。

「エディーは?エディーはどこだ?」

「まさか、エリスだけなのか?」

「無理だ。いくらエリスでも、ひとりじゃあのモンスターは倒せないよ」

だがエリスは、警官隊の視線の中を躊躇無くアーマード・ビザーンMkUに向かって歩を進めた。

「ヤツらは空間を歪めて物質の直進を妨げています。これに触れた警官の皆さんが弾かれたようにあらぬ方向に飛ばされたのは、この空間の歪みのせいなのです。もし銃弾をこの歪んだ空間に撃ち込んだとしたら」

「銃弾は跳弾となってどこに跳んでゆくかわからないと?」

「ええ。そのとおりです」

エリスは皆の不安などおかまいなしで警官隊の最前列まで歩み出た。左右の腕を広げて手の平に意識を集中させる。同時に手の平が青く発光し始めた。彼女の意識に導かれるように渦パワーが左右のたなごころに集まったのだ。

光はやがて実体化し剣の形に結晶した。

「おおお!」

この驚きの声は警官隊からもヨーゴス軍団からも起こったものだ。エリスの怒りが具現化したかのような真っ青な一対の両刃の剣。エディー・ソードよりもふたまわりは小ぶりのダガータイプ、エリス・ダガーだ。

―――エディーはもういない。私が相手よ。

エリスは右手のダガーを胸の前にまっすぐ差し出すように構えた。

「人々の穏やかな暮らしを脅かし、妨げ、傷つける。何度言っても注意しても、あなたたちはいっこうに改心しようとしない。私は、私は猛烈に怒っているんだから!」

ブン!とエリス・ダガーを上段に振り上げた。

鬼気迫るエリスの迫力に、タレナガース、ヨーゴス・クイーンそしてアーマード・ビザーンMkUの3人は同じテンポでひょいと後ろへ退いた。

だがすぐにタレナガースはまたズイと前へ出て不気味なシャレコウベを突き出してうそぶいた。

「たいそうご立派な剣をお持ちですがお嬢さん。そんなモノでここなる最強モンスターに戦いを挑んでよいのでしょうかねえええ?」

ブン!

スカッ!

薄ら笑いのシャレコウベから突き上げるように伸びるキバの片方の先端が、エリス・ダガーの一振りで平らにカットされた。宙に舞ったキバの先端はクルクルと回ってクイーンの頭にコツンと当たった。

「むむっこやつめ。甘い顔をしておればいい気になりおって!それアーマード・ビザーンMkUよ、この渦の小娘をバリアで地平線のかなたまで放り投げてしまえ!」

自慢のキバを撥ねられてタレナガースは血の通わぬシャレコウベを赤らめて怒った。

ぎょろろおおおおん!

エリスとアーマード・ビザーンMkUの間の空間がぐにゃりと歪むと時計回りにいびつな渦を巻き始めた。ひときわ大きな歪空間バリアだ。

この大きさなら冗談ではなくエリスをかなりな距離まで弾き飛ばせるかもしれない。

だが恐れるふうでもなく、エリスはその渦巻くバリアの中心に無造作にエリス・ダガーを突き刺した。

バチン!

大きな歪空間バリアがキュッとすぼまりダガーの切っ先を受け止める。

たちまちエリスの手からダガーは弾き飛ばされた。だがエリスはすかさず左手のダガーをバリアに突き刺す。

バチン!

それも飛ばされる。

だがエリスは既に右手に新たなエリス・ダガーを生成させていた。今度はそれをバリアに突き刺す。いや、突き刺すというよりはねじ込むという感じだ。

バチン!バチン!バチン!

手にしたダガーを次々と歪空間バリアにねじ込む。弾かれても弾かれても、もう片方の手にダガーを生成させて次々にねじ込んだ。

「お、おい。エリスの気迫がすごいぞ」

「ああ。だが、いくらやってもあの剣じゃバリアは突破できないだろう」

「。。。いや、おい、見てみろ」

「エリスが少しずつモンスターに近づいているぞ!?」

そうだ。

エリス・ダガーがねじ込まれて弾かれるたびにバリアも弾けて消える。アーマード・ビザーンMkUはエリス・ダガーが繰り出されるたびに新たなバリアを素早く形成しているのだ。それでもエリスが渦パワーによってダガーを生成するスピードが、バリア再生よりもわずかに速ければ、その分彼女はモンスターに近づけるというわけだ。

「むむっ。小娘の考えそうなセコイ攻撃じゃのう」

ヨーゴス・クイーンが忌々しげに呻いた。確かにまどろっこしいが、それでもエリスは確実にアーマード・ビザーンMkUに迫っている。

「確かにセコイ。じゃがそれ以前に小娘のスタミナがもつかのう?」

「スタミナじゃと?」

「おおさ。ほれ、見てみよ。エリスめすでに息が上がってきておる。あのように連続かつ高速で渦パワーを消費しておって体力がもつ筈もない」

タレナガースが鼻で笑った。確かにエリスの息が荒くなってきている。肩が上下し始めた。渦パワーでソードを形成させるにはそれなりに精神の集中と体力の消費を伴う。それはエディーもそうだ。まして初めて剣を形成させたエリスにとって、この作戦は少々無謀ではないか。

―――はぁ、はぁ。負けないわよ、負けるもんですか。エディーはもっと辛くて苦しい戦いを繰り返してきたんだから。そしてこれからは私がやらなくちゃいけないんだから。だってエディーは。。。エディーはもう。。。!

激しい疲労感がエリスの足元をふらつかせた。

「ふぇっふぇっふぇ。どうしたエリス。思いつきは良かったが、おのれの体力というものを考えておらぬとは、やはり戦闘においてはまだまだ初心者よのう」

―――うるさい。

負けるものか。エリスはタレナガースを睨みつけて闘志をかきたてると攻撃を再開した。

「ええい!」

バチン!

―――痛!

エリスの表情が歪んだ。

エリス・ダガーがバリアに弾かれるたび、エリスの手首がものすごい勢いで捻られていたのだ。見えない力によってあらぬ方向へねじ曲げられて悲鳴を上げている。

しかしエリスは足を止めない。渦パワーが枯渇しようが両の手首がへし折られようが、この戦いをやめるわけにはゆかぬ。

「えい!」

バチンッ!

ついにエリス・ダガーは弾き飛ばされずエリスの手の中で消えてしまった。そこにはただ奇妙な方向に捻られたエリスの手だけがあった。

その手の平がまた青い光を帯び始め何十本目かのエリス・ダガーがそこに握られたとき、エリスの渦パワーも手首も既に限界を迎えていた。

だが、それでもエリスは躊躇せず剣を持つ手を振り上げた。

心拍の停止を告げる病室の無機質な臨床モニタの音。不安げな人々の顔。笑うタレナガースのシャレコウベづら。モンスターに果敢に挑んでは倒された警官隊の姿。そして目を閉じたままのヒロ。エリスの脳裏にさまざまなものが去来した。

ええええい!

気合と共にエリスがエリス・ダガーを振り上げた、その時!

ブウウン!

ドガァン!

エリスの青い髪を乱して一陣の風が舞い、光が奔った。

巨大な鎌の形の光が突風を巻いてアーマード・ビザーンMkUが展開する歪空間バリアに命中して爆発したのだ。

謎の光は凄まじい威力を発揮してバリアを粉砕し、同時にアーマード・ビザーンMkUの巨体を後方へ吹き飛ばした。

「今だ、エリス!」

その声に応じてエリスが両手のエリス・ダガーをモンスターめがけて投擲した。なにやら息の合った攻撃だ。

ザシュッ!ズガンッ!

ぎょおええええ!

2本の青いダガーは正確にアーマード・ビザーンMkUを捉えた。起き上がりかけていたアーマード・ビザーンMkUは両肩にエリス・ダガーのクリーンヒットを喰らって再び地響きと共にダウンした。

今の今までへらへらと嗤っていたタレナガースの顔色が変わった。

「何ごとじゃ!?」

ぎょおおおん?

仰向けにひっくり返って痛みにもがくアーマード・ビザーンMkUとダガーを投げたエリスを交互に見るが状況が理解できない。

その場にいる全員が、何事が起きたのかと目を見開いている。

「そこまでだ、ヨーゴス軍団」

その声にみんなが振り返った。

知っている。

その声の持ち主を。

それは。

彼だ!

モンスターに破壊された街に巻き上がる砂塵の中からその男は悠然と姿を現した。

だが、そこに立っているのは見慣れたあのヒーローではなかった。

たくさんの視線が集まった先にいたのは赤いアーマを纏った見知らぬ男だ。

しらさぎの羽根を象った赤いゴーグルアイ。

胸とベルトの中央には丸く大きなコア。そのほか眉間、肩、二の腕、腰、脛にはエディー・コアに酷似した青く輝く小さなクリスタルが輝いている。それらのすべてに、底知れぬ青さを湛えて静かに対流するエナジーが見て取れた。

赤い瞳がエリスを見ている。ゆっくりと近づくと右腕をエリスの肩にまわしてふらつく体を支え、左手でエリスの手首にそっと触れた。

「あ、あなたは。。。?」

見上げるエリスの問いには応えず、赤い男はエリスの手首を見つめて呟いた。

「相変わらず、無茶をする」

その声でエリスは確信した。

「あ、あなたに。。。言われたくない」

「ふっ、そうだな。だがキミは見事に一矢報いた。よくやったよ。後はオレに任せてくれ」

赤い男は警官隊を後ろへ下がらせるとヨーゴス軍団に改めて対峙した。

「き、きさまは何者じゃ?名をなのれ無礼者!」

「ふん、もうろくしたなタレナガース。宿敵の名を忘れたのか?」

「な?では、まさか。。。いやそんな。。。しかしその姿は?」

赤い男の全身から真紅のオーラが湧き上がった。

「そのまさかさ。オレの名はエディー。渦戦士エディーだ!」

おおおお!

警官隊から歓声があがった。

エディーが帰ってきた。徳島の平和を守る渦の戦士、守護神エディーが。しかも見たこともない新しい姿になって。

深い青を湛えていたエボリューション・フォームよりも力強い姿。究極のアルティメット・フォームだ。

「アクション!」

エディーのかけ声と同時に胸のコアを金色のクロスガードがシャキン!と軽快な音を立てて覆った。ベノムロケットの直撃程度ではびくともしない堅固なガードだ。

赤いアルティメット・フォーム、胸に輝く金色のクロス。

誰知らず彼の名を口にした。

「エディー・アルティメット・クロス」

「むむむ、青かろうが赤かろうが関係ないわい。さぁ立てアーマード・ビザーンMkU!エディーめをやっつけるのじゃ。何度でも何度でも引導を渡してやれ!」

激昂したタレナガースがひっくり返っているアーマード・ビザーンMkUの横っ腹を蹴り飛ばした。

ぎょんげろろん!

蹴られた痛みよりもオカンムリの首領への恐怖から、アーマード・ビザーンMkUは跳ね起きた。

アーマード・ビザーンMkUは両のこぶしを胸の前に突き出した。

バシュッ!バシュッ!バシュッ!

高速で回転する空気の塊がこぶしから連続発射されたがアルティメット・クロスはそれらすべてを掌で受け止めた。まるで軽いキャッチボールでも楽しんでいるように見える。

「すごい」

エリスは圧倒的なアルティメット・クロスの力量に驚きを隠せなかった。

ハッ!

そして思い出した。

エリスが自宅で融合させたエディー・コアとヨーゴス軍団の毒性物質によるパワーレシオの数値が通常のエディーの80倍の128000になっていたことを。

―――あの時の数値は間違いじゃなかったんだわ。

ヒロの主治医から彼の危篤を知らされたエリスは、最後の望みをそのエディー・コアに賭けたのだ。だがエディー・コアを装着してもヒロの肉体は反応を示さず、結局脳死と判定されてしまった。

底知れぬ失望と、怒りと悲しみを胸に単身ヨーゴス軍団に立ち向かったエリスだったが、誰もいなくなった病室で、最強のエディー・コアはヒロの体を死の淵から救い上げたのみならず、今まで以上に強力無比な渦戦士へと変貌させたのだった。

空気の砲弾をすべて握りつぶしたアルティメット・クロスは、かかってこいとばかりに人差し指をクイクイと曲げてみせた。

「ああああ、あの上から目線はまさしくエディーじゃ。腹立つわ!イラつくわ!ムカつくわ!」

ヨーゴス・クイーンがピンクの頭髪をかきむしった。

「ふん、案ずるなクイーンよ。それでもエディーめはアーマード・ビザーンMkUには指一本触れられぬのじゃ。空港ではヤツの高速パンチにセンサーが追いつかず一発喰ろうたが、あれ以降こちらもセンサーの感度をグンと上げておる。もはやあの攻撃は通用せぬぞ。さあアーマード・ビザーンMkUよ、飛び道具なんぞに頼らず、その怪力でエディーめをいたぶってやれい!ふぇっふぇっふぇ」

ぎょおおおんんげえええ!

アーマード・ビザーンMkUは胸をそらせ天に向かって吼えると、新しい姿となった仇敵エディーにむかっていった。

大気を操る新兵器を使わずともこのモンスターの腕力は決して侮れない。腕の筋肉はまるで何本もの蔓が複雑に絡まりあってできあがった巨木のようだ。この腕のラリアットを喰らって無事でいられる者がいるとは思えない。

アルティメット・クロスは振り回されたブッとい腕の下をかいくぐり、アーマード・ビザーンMkUの背後から高速のローリングソバットを繰り出した。

バチッ!

「おっと?」

アルティメット・クロスの回転キックがモンスターの後頭部にヒットする寸前、歪空間バリアが展開されてその攻撃を妨げた。

なるほど、タレナガースが自慢するだけあってモンスターの防御力は格段にアップしているようだ。

タレナガースの不気味なシャレコウベづらのいやらしい口がニヤリと左右に広がって耳元まで裂けた。

互いに戦闘力をアップさせての再会。はたしてアルティメット・クロスはどのように戦うのか?

赤いエディーはエリスに近づくとやさしく彼女の手を取った。

「キミの剣を借りるよ」

と言うなり、彼女の体に渦パワーを一気に流し込んだ。

うわわっ!

エリス・ダガーの連続生成で消耗しきっていた彼女の体に渦パワーがみなぎると同時に、掌に青いエリス・ダガーが出現した。

ブルークリスタルの美しい短剣を手に取ると、アルティメット・クロスは満足げに頷くと敵モンスターに向けて無造作にブン!と振った。

エディーの必殺技タイダル・ストームだ。

高速で飛来する三日月型の青い光弾をアーマード・ビザーンMkUは予想通り歪空間バリアで迎え撃った。

ところがタイダル・ストームはバリアに弾かれるかと思いきや、歪んだ空間の渦の中にスゥと消えたではないか?そして数瞬後、バリアの反対側から飛び出すとアーマード・ビザーンMkUのどてっぱらにドガン!と命中した。

ぎゃああああん!

「ナニ!」

またしても後方へひっくり返った手下の姿に、タレナガースは驚きを隠せない。

「な、なぜじゃ!なぜこんなことが?」

アルティメット・クロスはエリス・ダガーの切っ先をタレナガースに向けて不敵に笑った。

「ふふ。オレの新しい能力『絶対標的(アブソリュート・ターゲット)』さ。どんなに空間をねじ曲げたって、その空間が連続している限りオレの光弾はその歪みに従って飛び、必ず標的に到達するのさ。こんなふうにな」

アルティメット・クロスはエリス・ダガーを大きく二度振った。

びゅううん!

更に大きな光の鎌が十字型にクロスしながら飛び、モンスターが再び展開させた歪空間バリアに飛び込んだ。

ドガガーン!

アルティメット・クロスの宣言通りバリアの反対側から飛び出した光弾はアーマード・ビザーンMkUのボディにまたも炸裂した。

ぐ。。。ぐえええ。。。

巨漢のモンスターはアルティメット・クロスの必殺光弾を喰らって喘いでいる。

新しい能力を身に着けたのは自分達だけではなかった。敵の驚くべき超攻撃力にタレナガースはおののいた。

「ひえっ!おた、おた、おたすけ!」

アルティメット・クロスのあまりの戦闘能力の高さに、ついさっきまで阿波踊りを踊っていたヨーゴス・クイーンははやくも逃げ腰だ。

「たわけ!ひるむでない」

タレナガースがクイーンの腕を取って引き止めるが、これはアーマード・ビザーンMkUに圧倒されていた警官隊隊長のセリフではなかったか?

「ならばアーマード・ビザーンMkUよ、今こそ貴様が持てるすべての力を解放するのじゃ。ほれ!」

タレナガースがアーマード・ビザーンMkUの側頭部にある赤い小さなスイッチを押した。

ガアアアアアアア!!!!

途端、アーマード・ビザーンMkUはブルブルと全身を震わせると狂ったような咆哮を上げた。先ほどまでとはまったく違う叫び声だ。

「むっ、何をしたタレナガース?」

「ふぇっふぇっふぇ。バーサーカーシステムを起動させたのじゃ。暴走モードに入ったこやつは誰にも止められぬ。もはや余の言うことさえもきかぬわ」

そう言うとタレナガースは口から大量の真っ黒な瘴気を噴き出し、悔し紛れの捨て台詞を残してヨーゴス・クイーンと共にその中に姿を消した。

「ふぇ〜っふぇっふぇっふぇ。後は野となれ山となれじゃ」

グゴアアアアア!

ドドドドドドド!

ひとり残されたアーマード・ビザーンMkUバーサーカーは天に向かって咆哮をあげながら圧縮空気のつぶてを四方へ撃ち出した。無差別で無茶苦茶な攻撃だ。

「うわっ!」

「危ない!皆伏せろ!」

遠巻きに戦況を見守っていた警官隊へも無差別に発射された空気砲弾が飛来した。

周囲の建物にも着弾して外壁を抉り窓ガラスを粉砕した。

「やめろ!と言ってもきかないか。まったく手に負えないな」

アルティメット・クロスは暴れまわるアーマード・ビザーンMkUに向かって大きくジャンプした。得意のハイジャンプ・キックだ。

だがキックが当たる直前、アーマード・ビザーンMkUは歪空間バリアを発生させてアルティメット・クロスを弾き返した。

「おっと」

どうやら暴走モードに入っていても、しっかりと防衛本能は働いているようだ。

「益々厄介だな。まぁだからこそのヨーゴス軍団か。ならば」

アルティメット・クロスの全身が一瞬赤く発光すると、その姿が。。。?

「ええ!?」

「き、消えた?」

そこにいる皆が驚く中、アルティメット・クロスの赤い体はまるで大気に溶け込むかのようにすぅと消えたのだ。

「エディー?え、どこ行っちゃったの?」

エリスもとまどいを隠せない。

次の瞬間。

ドガン!

ズドン!

ガガン!

歪空間バリアを張る間もなく、アーマード・ビザーンMkUのボディから青い光が弾け、その都度モンスターは巨体をのけぞらせ、あるいはうずくまり、そしてついに前のめりにズウウンと倒れた。

その巨体はピクリとも動かない。ただ深刻なダメージを受けたボディのあちこちからパチパチと火花が飛び散っていた。

「なななな、ナニがどうなっているの?エディーはどこ?」

驚くエリスの眼前にアルティメット・クロスは再びすぅとその真紅の姿をあわらした。

「どうだいエリス、オレのふたつめの新能力だ。『不可視態(ステルス・ステート)』という。渦パワーを体の周囲に展開させて光りの屈折率を操作し、近距離にいる者たちの視界から一時的に消えることができるのさ。驚いただろう?」

見えないとなればアーマード・ビザーンMkUのセンサーがいくら高性能であっても意味は無い。無敵のアルティメット・クロスの攻撃を為す術もなく受け続けたわけだ。

グ、グルグルグル。。。

重傷のアーマード・ビザーンMkUはそれでも立ち上がった。

制御されていた時はタレナガースの言うことをきき、その命に従って戦ってきた。だが、今のアーマード・ビザーンMkUは何もきかない。戦うわけでもない。

破壊するのだ。

それを止めるにはこやつを倒すしかない。造られた哀れな生命を根源から絶つしかないのだ。

アルティメット・クロスはすぅと腰を落とすとエリスの青いダガーを二度ぶぅんと振った。

青い光のクロスが飛ぶ!

同時にアルティメット・クロスの姿がふたたび消えた!

アーマード・ビザーンMkUの全身をいくもの歪空間バリアが取り囲んだ。体内にある制御装置が異常なのか、バリアの大きさはさまざまだ。

その中のひとつに十字型のタイダルストームが吸い込まれた。

そして反対側から射出された。

ズガーン!

さらに棒立ちとなったモンスターの頭頂部に突然青いダガーが突き刺さった。不可視態となったアルティメット・クロスが真上からモンスターの大きな頭部にとどめの攻撃を加えたのだ。

その一連の攻撃は重傷のアーマード・ビザーンMkUにはもはや耐えられぬ破壊力を有していた。

ずううん。

あらゆる重要な機能を頭部に埋め込んだ極端に頭でっかちのモンスターは直立したまま活動を停止し、そのまま地面に倒れこんだ。

 

アルティメット・クロスとエリスはしばらく無言で見つめあっていた。

もうこの世にはいないのだと思っていたエディーが思いがけず帰ってきた。しかも初めて見る姿かたちで。

喜びよりもなんだか不思議な気持でエリスは新しい相棒″を見上げた。

「助かったのね」

沈黙を破ったのはエリスの静かな声だ。

「ああ。キミのおかげだ」

「まったくだわ。本当に心配したんだから」

「すまない」

「いきなり現れて」

「だからすまないってば」

最強の赤い渦戦士は深々と頭を下げた。

「相変わらず無茶をする、ですって?」

「もう勘弁してくれよ」

ふぅ。

エリスは大きく深呼吸した。勘弁するもしないも、エディーはこうして蘇ったのだから。。。

―――まぁいいわ。

「帰ろ、エディー」

 

動かなくなったモンスターの巨体の周囲に恐る恐る警官隊が集まってきた。

「ご、ご苦労様です」

警官隊の隊長がアルティメット・クロスに敬礼した。どうやらエディーらしいが、初めて目にする姿だ。まだちょっと赤いアーマに対して緊張を隠せないでいる。

「お疲れ様です。お手数ですが後はお任せします」

アルティメット・クロスの召集によりオートドライブでそろそろと近づいてきたマシン・ボルティカに跨り、渦の戦士たちはその場を後にした。

 

(跋)後始末

カランコロン。

店のドアが開いてアタッシュケースを提げたビジネスマンが店に入ってきた。

外は木枯らしが吹いている。肩をすぼめて入店したその男は、店内の暖房に救われたような表情で背筋を伸ばし、空いている席へ腰掛けた。

新しい客のテーブルに水とおしぼりを届けたマスターはチラリと店の奥のテーブルを見た。しばらくは平和だったあのテーブル席が、また例の二人組みによって占拠されていた。なぜあんなに声を潜めて話さねばならないのだろう?いったい何の話をしているのやら。

「。。。ってことは、つまりアレかい?オレの体の中にはヨーゴス軍団の毒性物質が入っているってことかい?」

「ええ、そうよ」

「今も?」

「はいな」

「この体を駆け巡っているのかい?」

「脈々と」

ヒロは手にしていたコーヒーカップを荒々しくテーブルに置くと背もたれに体を預けて天井を見上げた。

助かったことは嬉しいに決まっているのだが、この体を生かしているのがあのヨーゴス軍団の悪行の産物であるというのはやはり忸怩たるものがある。

「それにしてもキミはよくそんな複雑な調合を思いついたものだ」

〜♪

その時ドクのスマホが鳴った。いや、これはエリス用のものだ。

「あ、病院からだわ。ハイもしもし。。。はい。。。はい。。。え。。。えええええ!?」

うろたえたドクの声は店中に轟き渡った。店の中にいる全員が一瞬凍りついたようにドクを見、そして何かいけないものを見てしまったかのようにすぐ目をそらせた

「。。。わかりました。いや、大丈夫だと思います。ハイ!ハイ!また連絡します。失礼します!」

再び声を殺して話し始めた。どうしたのか?と尋ねようとしたヒロにキッと向き直るとドクはまなじりを吊り上げて詰め寄った。

「あなた、あなたね。病院で目が覚めて、それからどうしたのよ?どうやって退院したのかちゃんと説明して御覧なさい」

「い、いや。目が覚めたら暗い地下の静かな部屋だったんだ。声をかけてみたけれど誰もいなくて。で、やっぱり急いでドクと合流したかったから近くの出口から外へ出てボルティカを呼んでキミのもとへ向かったんだよ」

「あなたそこ、遺体安置室だったのよ。病院じゃヒロの遺体が消えたって大騒ぎになっているみたいよ」

「ええ!?ど、どうしようドク」

「知らないわよバカ。さっさと病院行って正式な退院の手続きしてきなさい」

「いや、だけどオレ死んだことになってたんだろ?死人だけで退院の手続きしに行ったらマズくないか?一緒に行ってエリスとして口添えしてくれよ」

「もう、仕方がないわね。じゃ早く行きましょう」

ドクは立ち上がるとレシートをつかんだ。

「え、でもまだコーヒーが」

「死人がえらそうにコーヒー飲んでんじゃないわよ」

「そんなあああ」

手にしていたコーヒーカップをドクにむしり取られ、ヒロも泣く泣く席を立った。

ガランゴロン!

ドクにシャツの襟を掴まれたヒロは「早く来なさい」と叱られながら後ろ向きに店から姿を消した。

久しぶりにふたり揃ってやってきて、連れの兄ちゃんも元気になったようでよかったと思って見ていたら早速これだ。

やっぱり変な客だ。

コーヒーを淹れながらマスターの眉間には今日も深い皺が刻まれていた。

<完>