渦戦士エディー

エリスの多忙な一日

 

 <<エリス公認>>


やっぱり徳島はワタシがいないとね♪(序)

 ひと月ほど前。

 ドクは馴染みの書店を訪れていた。ここの専門書コーナーは結構充実していて楽しい。その日も2時間ほど科学書の立ち読みをしてさて帰ろうとした時、雑誌コーナーに積まれている科学雑誌の表紙が目にとまった。そこには銀色のロボット犬がチョコンとお座りしている写真が大きく掲載されていた。

『付録:あなたの友だちロボワンコ 〜誰でもカンタン組み立てキット〜』

―――わっ、可愛い。

 以前からこうした愛玩用のロボット犬が発売されていて高い人気を誇っていることはテレビのニュースなどで取り上げられていたが、このような雑誌の付録として提供されるほど手軽に入手できるようになっていたとは知らなかった。

「いいなぁコレ、買おうかしら」

 だがどうせならただの愛玩用ではなく、もっと実用性の高い・・・たとえばタレナガースが垂れ流す毒性物質を嗅ぎわけたり中和させたりできるような、エリスの頼もしいサポートロボットが欲しいところである。

―――いや、私の中和キットを内蔵させればできないことはないわ。

「よーし、造っちゃおうか」

 思い立ったら即行動。ドクはロボット犬としての基本的なしくみを知るためにその科学雑誌を購入し、その日からロボ犬製作に没頭した。

 

(一)

 夜明け前の産業道路。

 なにやら忙しげに動き回る人影がある。しかし、道路の保全作業などではなさそうだ。安全のための工事灯などは設置されておらず、なによりもあたりを伺いながらコソコソと動き回るその立ち居振る舞いは紛れもなく不審人物のそれである。タンクトップに迷彩色のミリタリーパンツ。暗闇だというのに濃いサングラスをかけている。

<用意はよいか、ダミーネーター?>

「はい、タレナガース様。これよりトロリンチョを散布します」

 やはりヨーゴス軍団であったか。

 片道3車線の広い産業道路の中央分離帯に巨大な噴霧タンクを背負って立つは悪のサイボーグ、ダミーネーターである。

 ハンズフリーのヘッドセット型無線機でひとりごとのように話している。どうやら相手はボスのタレナガースであるらしい。

<ちょっと待てダミーよ。貴様いまなんと言うた?その薬品はトロリンチョなどという黒糖蜜をたっぷり使った独特のコクと甘みで食後のいっぱいに最適なおいしい梅酒のような名前ではないぞえ。余みずからが調合した極悪性パラフィン、名づけて『ツルリンチョ』なのじゃ。奥深い名であろう>

「はい、タレナガース様」

 口をへの字に堅く結んだまま、ダミーネーターは夜の闇を見据えて無感動に応えた。

 無線機からタレナガースのため息が聞こえた。

<まったく、余の芸術的センスを解する者はおらぬかのう。まあよい。さっさと作業を始めよ。余は今出張中じゃから、しばし徳島は貴様に任せる。あ、それからツルリンチョはその名の通りこのうえなくよく滑るから気をつけよ。ブツッ>

 あるじの声が途絶えるや、ダミーネーターは噴霧器のトリガーをひいてツルリンチョを路面いっぱいに散布し始めた。

 パラフィンは石蝋とも言い潤滑油などの原料である。食用はじめ非常に多用途であるが、タレナガースはこれを変性させ、揮発性と可燃性を飛躍的にあげた。この液体ワックスの上を、化学薬品を満載した大型タンクローリーなどが走りぬけようとすれば転倒して大事故をおこすに違いない。ヘタをすれば積載薬品に引火して大火災をおこすか、道路と平行して流れる用水に薬品が流れ込んで深刻な環境汚染をひきおこすことにもなりかねない。

 背の巨大タンクは内容物とあわせて約150kgはあろうか。東の空が白んでくる中、盛り上がる人口筋肉を上下させてダミーネーターは噴霧器のノズルを右に左に振りながら悪魔の液体を撒き続けた・・・そして時々滑って転んだ。

 

―――同時刻、ドクの部屋では・・・。

天井に打ち込んだフックから鎖で吊り下げられた銀色の犬の頭部が、ゆっくりと同色のボディに挿しこまれてゆく。目の部分は四角く黒いゴーグル状になっており、小さな赤色パイロットランプがチカチカと点滅している。

 ドクが取り組んでいるバディロボット製造が今、いよいよ最終段階を迎えていたのだ。

カシャッ。

 何かと何かがしっかりとかみ合わさった音と手ごたえをドクに伝えて、その犬型ロボット製造はすべての工程を終えた。

「できたっ!」

 ついに完成したのだ。

 平均睡眠時間2時間。この1ヶ月間、文字通り寝食を忘れて取り組んだロボ犬造りであった。

Poison Invalidateing Puppy Imitation』

 略してPiPi〜ピピ〜という名に決めてある。

「声紋認識。あ〜あ〜、あたしはマッドサイエンティストじゃないよ〜だ」

 マイクを通じて自分の声をピピのメモリーに記憶させてエンターをクリックする。

バウッ。

 ピピがひと声ほえた。ドクの声を認識したあかしである。これで以後ピピはドク、つまりエリスの肉声による命令を音声入力として受け付けることになるのだ。

 最初はかわいい子犬として、座布団一枚くらいの全長にしたかったのだが、対ヨーゴス軍団用機能をあれこれと詰め込んでゆく中でとうとう中型犬ほどの大きさになってしまった。そしてその重量実に160キログラム。大型のマスチフ犬の倍ほどもある。

 しかしまぁ・・・。

「かわいい!」

 ドクは天井から吊り下げた鎖をはずし、ピピを床に下ろしながらその体をハグして頬ずりした。

「よろしくね、ピピ」

バフッ。

 ピピの反応に満足し、ドクは赤い目をこすりながら部屋のカーテンを開けた。東の空が白んでいる。いったい何日目の徹夜だろう。ああ、今夜からは思うさま眠れるのだわ。ドクは両腕を伸ばしてう〜んと背伸びした。

 何時かと目をやったスマホにメールが届いている。

―――ナニナニ『タレナガースが徳島を出た。ヤツを追う。後を頼む。エディー』ふ〜ん。徳島を出てどこへ行こうというのか、あのタヌキ親父は?まあいいわ。おかげで私はゆっくり眠れるというものよ。がんばってね、エディー。

 そう思った途端、急にピピが吠え始めた。

ワォ〜ンワンワン。ワォ〜ンワンワン。

「こ、こらピピ。うるさいわよ。ご近所迷惑じゃないの」

 ドクは慌ててピピの音声スイッチをオフにしようとして、思い出した。

「この吠え声パターン?」

 自分用の覚え書として作っておいたマニュアルのページをめくる。

第4項「ピピの吠え声パターン一覧表」

・・・・あった。

<ワォ〜ンワンワン:毒性物質探知>

 なんですって?

 ドクは驚いてマンションの窓を開け放った。しかし人間である彼女の鼻では異常は感じられない。

ワォ〜ンワンワン!ワォ〜ンワンワン!ワォ〜ンワンワン!ワォ〜ンワンワン!

 尻尾をピンと立てたピピの吠え声が一層早くけたたましくなる。これは決して誤作動なんかじゃない。ドクは確信した。

「行かなきゃ」

 エディー不在の今、徳島はエリスとピピを必要としている。

「出動よ!」

 言うなりドクはマンションの駐車場へ向かって走った。

―――シュツドウヨ。

バウ!

 コマンドが認識され、ピピもドクの後を追った。

 

(二)

 愛知県、三ヶ根山上。

 まもなく夜が明ける。遠く三河湾の水平線が発熱したように光りだした。

「招きに応じて来てやったぞよ」

 木立の影から現われたのは、ボサボサの銀髪に凶悪なキバの生えたシャレコウベの顔である。

「あぁらタレナガース殿とお見受けするわ。ワタシがワルダーク軍団の作戦隊長ヒガミンコよ。オ・ミ・シ・リ・オ・キ」

 金色のカチューシャをつけた長い白髪に毒々しい厚化粧は地元幸田町を荒さんと暗躍するワルダーク軍団の大幹部ヒガミンコであった。

「面白い趣向を思いついたゆえに力を貸せということであったな。わざわざ夜を徹して愛知くんだりまで来たのじゃ。つまらぬことを申せば許さぬぞ。で、標的は?」

「あれに見える幸田町の工業団地よ。あれを汚染して工場としての機能を奪ってやるの。きっと大勢が職を失うわ。幸せな家庭とやらがいっぱい壊れるわ。そのために毒を扱う貴殿の類稀なる悪のセンスをぜひワタシたちに貸してもらいたいのよ」

「ふぇっふぇっふぇっ。なるほど面白そうな標的じゃな。ならば余が新しく開発したこのヴェノム・ロケットで、幸田町に毒の雨を降らせてくれようぞ」

 タレナガースの右手には、直径15センチ、全長1メートル50センチもありそうな携帯式対空ミサイル発射システムに似た金属筒が握られている。この金属筒の中には上空で破裂四散する毒液カプセルを内蔵したロケットが仕込まれているのだ。

「ステキィイイイイ」

 ヒガミンコが体をくねらせて恍惚の表情を見せた。

 ヨーゴスとワルダークふたつの悪の組織に狙われた幸田町の運命やいかに!?

 

 エリスのAWDワゴン車が産業道路の入口に到着した。

 ピピのセンサーは毒性物質がここにあると告げている。ワゴンのライトをあててみると、ここしばらくは雨など降っていないはずなのに路面全体がぐっしょり濡れているのがわかる。エリスはウインドウを下ろして目を凝らせた。

 風が車内に吹き込んでエリスのクリアブルーの髪をかき乱すと同時に、ピピが狂ったように吠えはじめた。

―――やはりここね。

 午前6時30分。本来ならば既に朝一番のトラックや早出の従業員たちの自家用車がやって来る時間である。この奥の埋め立て地には20もの地元企業が工場を構える一大工業団地があるのだ。

 しかし産業道路の異変を察知したエリスが工業団地管理組合のスタッフを調べて自宅に電話をいれ、事情を話してこのルートを一時封鎖してもらっていた。

「ピピ、初仕事よ。ここに撒かれている薬液の成分を分析して中和してちょうだいっ、キャッ!?」

 言いながら足を踏み出したエリスの視界が突然グルリと回転した。

ゴンッ!

 受身を取る間もなく、エリスはスッテンコロリンと絵にかいたように滑って転んで後頭部を路面に打ちつけた。

きゅい〜。

 一瞬目の前で火花が散って、ガクンと落とし穴に落ちたような感覚に見舞われ、次に高速エレベータで地下から屋上へ一気に放り上げられたような錯覚に包まれた。

―――空らわ・・・。

 朝の青空が渦潮のようにぐるぐる回っている・・・

バウッ。バウッ。

あははは・・・空が吠えてるぅ。

 やがてエリスの顔に冷たいものがふりかかった。

―――雨?こんらにいいお天気らのに?

 そして次第に意識が「あるべきところ」に戻ってきた。

 エリスの顔の真上に片足を上げたピピの「排泄口」があり、そこからピチャピチャと液体が彼女の顔めがけて降り注いでいる。

「ぎやああああああ」

 エリスは悲鳴を上げて跳ね起きた。

「ななっ!ピピあんたね、ナニしてくれちゃってんのよ!?」

 ペッペッと濡れた顔を手で拭きながらピピを睨むが、当のピピはそんなことにはお構いなしで黙々と何やら作業を行っている。

「あ?・・・そっか。これって・・・」

 エリスは顔にかかった液体の匂いをクンクンと嗅いでみた。無味無臭・・・真水である。

 ピピはダミーネーターによって撒かれた「ツルリンチョ」を舌型の吸入アタッチメントでチュ〜と吸い込んでは体内で解毒、中和させて後ろ足の間にあるノズルから真水に変えて排出していたのだ。

毒性を体内の装置で分析していることを示すゴーグルアイの黄色いパイロットランプが点滅を続けている。そのパイロットランプがピーと緑に変わるや、ピピはメタリックのボディをブルルと振るわせて片足をヒョイとあげ、真水を排泄・・・いや排出する。転倒したエリスが気を失っている間もピピはエリスが命じた「薬液の中和」というコマンドを忠実に実行していたのだ。

「ピピ!あなた偉いね。ごめんね、わたし頭打っちゃったからちょっとの間ワケわかんなくなっちゃって」

 両手を合わせて詫びるエリスの心情を知ってか知らずか、ちょっとだけ彼女の方を向いてバウと短く応えた。

 さらに中和が完了したようだ。ピピはやおら右後ろ足をあげるや、ぴゅ〜と透明の液体を排出し始めた。

 その液体を検査器でチェックしてみる。自分で設計しておいて申し訳ないが、排出する際の体勢が体勢だけにちょっと不安になったのだ。

―――疑ってるわけじゃないんだからね。

 デジタルph測定器が出した答えは7。まぎれもなく真水である。

「よし、いいわよピピ」

 エリスが頭をなでるとピピは嬉しそうに尻尾を振った。だが・・・。

「さすがにこのペースじゃ、ここに撒かれた薬液すべてを中和させるには時間がかかりすぎるわね」

 一刻も早く道路の封鎖を解かねば工場を再開することができない。稼働効率が命の企業にとっては、1分1秒たりとも無駄にはできないのだ。

 エリスは車からタブレットPCを持ち出してケーブルをピピの首の後ろにあるインターフェースに取り付けた。

「あなたの分析データと真水に変換させるプロセスのログを取らせてね」

 この薬液はパラフィンをもとに改造されたもので、恐ろしいほどに滑りやすい。車はもちろん、人が歩いても足元をすくわれて転倒することは彼女自身が実証済みである。そのうえ毒性が強く燃えやすい性質を持っている。揮発性も高く、これを長時間吸い込めば健康を害する可能性が高い。渦エナジーが形成するマスクとアーマに守られたエリスでなければ、この場所でこうも平然とはしていられないはずだ。

「この悪意に満ちた薬品の改悪ぶりは絶対にタレナガースのやり口だわ。もう許さないんだから」

 エリスはピピから送られたデータをもとに中和剤の精製にとりかかった。

 

(三)

「さぁて始めるわよ」

 工業団地内に工場を構えるD工業の倉庫前に集結したワルダーク軍団は大幹部ヒガミンコと10名ほどの戦闘員である。

 真昼間、工場が稼動している最中に破壊行動を起こそうというのか。大胆不敵な悪党どもである。

「さあ今回はタレナガース閣下も私たちに力を貸してくださるわ」

 ヒガミンコが指差す先、フォークリフトの陰からキバのはえたシャレコウベが、狐狸妖怪のマントをひるがえしながら悠然と現われた。

「さぁ、ものども大船に乗った気持ちでここにある製品を全部破壊してやりなさぁい。名付けて在庫一掃作戦、はじめ!」

「待て!」

「そうはさせんっ!」

「ナニ?」

 その声はまるで天から降りそそいだかのように思えた。

 ある予感を抱きながら周囲に視線を走らせるワルダーク軍団は、やがてある意味見慣れた3人組を発見した。

バトルスーツに輝くKのマーク。

「ツバキレッド!」

「アジサイブルー!」

「サクラピンク!」

「我ら幸戦隊コウタレンジャー!」

 そしてもうひとり。渦をあらわす額のブルーと即頭部のしらさぎの羽。胸に輝くは正義の力のみなもとエディー・コア。

「タレナガースの悪事あるところ必ず正義の光あり!渦戦士エディー」

 悪の軍団が結束した今、正義のチームもまた地域を越えて合体した。額田郡幸田町をワルダークの悪巧みから守り続ける正義のローカルヒーロー・コウタレンジャーと徳島の正義の象徴渦戦士エディーがスクラムを組んだのだ。

「いくぞ!」

「やってしまえぇぇぇ!」

 ふくれあがった殺気が沸点を迎え、戦闘の火蓋がきって落とされた。

 

「ふぅ〜なんとか片付いたわね」

 エリスは一面真水で濡れた路面を眺めて満足そうにつぶやいた。

 毒性感知システムを内蔵するピピも、もはや反応を示さない。

 結局3時間ほども費やしたが、何とか事故無く事態を収拾できたのは幸いだった。エリスは協力してくれた工業団地組合の担当者に連絡をいれ、事件解決を伝えた。

 これでようやくベッドに潜り込めそうだ。

「ようし、こうなったらあさってまで寝てやるわ」

 エリスが高らかに宣言した時・・・。

ズズウウウン。

 突如、足元をすくわれそうな地響きがおこった。

「ナニ?地震?」

 ちがう。この揺れはあきらかに人為的なものだ。それはたとえば・・・。

「爆発?」

 エリスは産業道路の対岸にあるコンビナートから吹き上がる黒煙を見た。なにかの化学爆発がおこったに違いない。そしてその黒煙に混じる緑色のプラズマは・・・?

「あれは、まさか」

 ものすごく嫌な予感がエリスの胸をよぎった。とにかく居心地の良いベッドは確実に遠のいた。

「ピピ、行くわよ」

ガウッ。

 ふたり・・・いやひとりと一匹はAWDワゴンに乗り込むや、黒煙の湧き上がる現場へむけて急発進した。

 

(四)

 戦いの勝敗は15分で決した。

「あいたたた。まったくいつもいつも小憎らしいコウタレンジャーめ」

 おぼえてらっしゃい、と捨て台詞を吐いて、ヒガミンコたちはタレナガースの口から吐かれたどす黒い瘴気に紛れて姿を消した。

「逃げたか・・・」

 逃げ足の良さだけは日々進歩しているような気がする。

「わざわざ来てくれて感謝するよ、エディー」

 コウタレンジャーはエディーに握手を求めた。

「そうね、タレナガースは未知の敵だったから本当に助かったわ」

 ブルー、ピンクと握手を交わしながら、しかしエディーはなんだか浮かない表情だ。

「どうかしたかい?エディー」

 レッドがそのようすに気づいて尋ねた。毎回の戦いには勝利しても、悪の軍団を壊滅させるにはなかなか至らない。ヒーローの苦悩なら十分理解できる。

「タレナガースは徳島の怪人だから、君たちが愛する幸田町に迷惑をかけるわけにはいかないからね。それに・・・」

「それに?」

「いや、取り越し苦労だとは思うんだけど・・・ここまで出張ってきたわりにはタレナガースの引き際が妙にあっさりしていたような」

 これで本当に終わったのか?エディーはタレナガースの勝負に対する執着をよく知っているだけに、このままこの地を立ち去りがたい気がしてならなかったのだ。

「大丈夫さ、何かあってもあとは俺たち3人で何とかする」

「そうだよエディー。君は心置きなく徳島の守りについてくれ」

―――その時。

ドンッ!シュルルルルルルルル。

 重い爆発音と共に三ヶ根山上から何かが打ち上げられた。何事か理解できず、4人の視線が真昼の黒い光跡を追う。

「花火?」

 その言葉通り、それは真っ黒な光の尾をひきながら上空高く舞い上がるや、ドンと黒い花火となって破裂した。

「黒い花火だ?!」

「まさか・・・あれは!?」

 エディーの心配は的中していたのだ。タレナガースがああもあっさりと戦いから離脱したウラには、この仕掛けがあった為なのだろう。

ふぇ〜っふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

 どこからかタレナガースの声が響いた。

「余はひと足お先に徳島へ帰るがの、最後に余が打ち上げたヴェノム・ロケットの祝砲はいかがであった?どす黒く美しい花火であったじゃろう?散ったのは強粘性の毒性物質ゆえ、これに触れた人間はゆっくりゆっくりと毒の醍醐味を味わえるわさ。ではさらばじゃ」

「待て、タレナガース!くそっ卑怯者め」

 エディーは握った拳を天に突き上げたが、もはや悪行の張本人はここにはいなかった。

「アジサイブルー、サクラピンク、行くぞ。毒液は広範囲に飛び散っている。早く見つけて中和させなければ」

「待ってくれ。俺も手伝うよ」

 一緒に行こうとするエディーだったが、ツバキレッドはそれを制止した。

「いや、君はタレナガースを追って徳島へ帰ったほうがいい。あんな恐ろしいヤツを野放しにしておいたら、徳島は大変なことになるよ」

「いや、しかし・・・」

 地元の悪人をこんな所で暗躍させてしまった責任をエディーは痛感していたのだ。

「だけど、毒の中和といってもどうすれば・・・誰かその道のエキスパートがいればいいのだけれど」

 サクラピンクの言葉にエディーはすばやく反応した。

「いる!いるよ、最適のヒーローいやヒロインが」

 

 黒煙をあげているのは巨大なタンクローリーだった。

 タンク部分が大きくへこんでいる。何か強力なダメージを外部から与えられたのは明らかである。

「ひどい。けが人はいないの?」

 エリスは救急キットと携帯用酸素ボンベを抱えて車を降りると、黒煙の周辺をくまなく調べてまわった。幸いけが人は見当たらない。しかし・・・

「一体どうしてこんな?」

 その時エリスの耳に奇妙な声が聞こえた。

いぃやっほー!

 その声には聞き覚えがある。先刻見たあの緑のプラズマといい、こんな事故現場でのあの楽しげな嬌声といい・・・。

「またあいつね、スダッチャー!」

 

 そのコンビナートは完全にバトルフィールドと化していた。危なくてとても常人が近寄れる状況ではなく、黒煙をあげているタンクローリーに消火剤をかけたくとも無理なのだ。それは、とんでもないモンスター同士のバトルのせいであった。

ギョオオオオン!

「ビザーン!なんでこんなところにいるのよ」

 そこにいたのはタレナガースが産み出した人工生命体ビザーンである。頭部は徳島市の象徴眉山を象っており、ご丁寧に電波塔までが作りこまれている。両腕には凶悪な3本のブレードが不気味に光っていて、さらにボディはタレナガースのシャレコウベに似たドクロ型の鎧に護られている。攻撃と防御ともにかなり高いレベルを誇る厄介なモンスターである。

タレナガースはこやつを徳島の自然の怒りの象徴だとかうそぶいているが、このような残忍なモンスターをほったらかしにしてどこへ行ったというのか。

ギョオオオオン!

 ビザーンは完全に戦闘モードに入っている。いったい誰と?そうだスダッチャーはどこに?

 ビザーンは大きな頭をもたげて空を見上げている。エリスもつられて空を見た。そして見つけた、もう一方の問題児を。

 昇る太陽を背に、はるか上空にジャンプしたスダッチャーが拳を振り上げてビザーンめがけて落下してくる!

「くらえええええ!」

 猛スピードで落下する超人スダッチャーのパンチを食らえば、いかな凶悪モンスターのビザーンもただでは済むまい。

ヒュン!

 のけぞるように間一髪でそのパンチをよけると、空を切ったスダッチャーの拳はそのまま地面へと激突した。

ドウウウン!

 ふたたび大地が震え、打ち込まれた拳の周囲に幾筋もの地割れが走った。こんなことを繰り返して、もしも地中のガス管に亀裂でも入ったら、大惨事になることは間違いない。

「止めなきゃ」

 モンスターと超人の死闘に割って入らねばならない。怖くて仕方ないが、今はエディーから留守を頼むと言われているのだ。エリスは覚悟を決めた。

 

 スダッチャーの体技は目にもとまらぬ高速だ。エディーとタレナガース、ふたつの常軌を逸した強大なエナジーがバトルによって交じり合い、錬成されて産まれたのがスダッチャーだ。正義も悪もない、ただのバトルフリークであった。

 スダッチャーの拳が、肘が、膝が、空気を切り裂くように繰り出されてビザーンを襲う。ひとつひとつがコンクリートブロックくらいならば容易く粉砕するほどの破壊力を秘めながらも、残像を伴うほどの超高速だ。

 だがそれを受けるビザーンもまた只者ではない。スダッチャーの連続攻撃を浴びてはいても、そのボディは堅固そのものである。頭部は山の密度を誇り、ボディにはドクロの鎧。さしものスダッチャーもビザーンの体内にまで及ぶ甚大なダメージは与えられていない。しかもビザーンの3本ブレードによるカウンター攻撃は一撃でスダッチャーの体を切り裂くほどの鋭さを秘めている。スダッチャーが拳銃弾を高速でばら撒くサブマシンガンならば、ビザーンは猛獣の足をも止めるマグナム弾だ。

キエエエエエエエィ!

ギョオオオオオオン!

 ふたりの戦いは拮抗しており、長引くバトルは周囲への被害を拡大させる一途であった。

 そこへ・・・。

「良い子のみんなは真似しちゃダメだからねえええええええ!」

ゴィ〜〜〜ン!

 ものすごく嫌な音がしてビザーンが吹っ飛び、吹っ飛んだビザーンに跳ね飛ばされるようにスダッチャーが仰向けにひっくり返った。

「いっ痛うううう(泣)」

ギョンゲエエエエ(泣)

 スダッチャーとビザーンはともに頭を抱えてうずくまった。

 今まで両者が戦っていたところには、クレーンに吊られた巨大な鉄骨がブランブランと揺れている。

 クレーンの操縦室ではエリスがガッツポーズしている。彼女はあらかじめクレーンに繋がれてあった全長10mはあろうかという巨大なH形鋼を吊り上げるや、アームを巧みに操作してまるで釣鐘をつく要領でビザーンの後頭部にぶつけたのだ。

 さすがのビザーンもこれにはたまらず前方へはじき飛ばされ、眉山型の前頭部が対峙していたスダッチャーの顔面に激突したのだ。こうして玉突き的に両者はダメージを受け、戦闘は中断した。

「な、なんだよオマエ。いきなり頭突きはないだろうよ。イテテテ」

ギャオオ。ギョンギョンギョオオオ。

「ええ?後ろから・・・・?」

 会話が成り立っている。

 スダッチャーはビザーンの背後から歩み寄る人影を見た。

「あっ、エリスちゃんだ。お〜いエリスちゃん、来てたの?」

 立ち上がって手を振るスダッチャーを無視してエリスは拳を固めた。

「あっ、エリスちゃんだ・・・じゃないわよ!」

ゴン!

 エリスのかわいいパンチがスダッチャーの目と目の間に炸裂した。

「あいてっ。ナニするの」

「あいてっ。ナニするの・・・じゃないってのよ。周りを見なさい。いつもいつもバトルバトルって見境なくケンカして。どれだけみんなが迷惑しているか少しは考えなさい!」

 エリスの剣幕にさしものスダッチャーも圧されている。

ギョッホッホッホッホ。

「笑うなっ!」

 振り向きざまにビザーンにも怒鳴りつけた。

ギョヘッ・・・

 大きなアタマをさすりながらしゃがんでいるビザーンの前に仁王立ちしたエリスは、朝の陽光を背にモンスターを見降ろした。

「この馬鹿モンスター!いくらタレナガースに造られたからって悪いことしなきゃいけないってことないのよ。せっかくそんな強力なパワーを持っているのに、どうして世のため人のために使おうとしないのっ。この馬鹿モン!」

 逆光の中のエリスのシルエットが覆いかぶさってくる。こんなふうに怒られたことが前にもあった・・・ビザーンは思いだしていた。そうだ、あれは不様にエディーにやられた後でタレナガース様にこっぴどく叱られた時だった。コワイ・・・コワイ。

「とにかくふたりともバトルは中止!スダッチャーは今すぐタンクローリーを何とかしなさい!ビザーンはここの人たちにあやまってさっさと帰りなさい!」

 ひいいいいい。

 なぜだか今日のエリスはすごい迫力だ。

 スダッチャーは大急ぎで消火器を片手にタンクローリーの方へ駆けだした。

 ビザーンはあちこちにペコペコと大きな頭をさげていたが、ふと振り返ってエリスと目が合うと、のけぞって一目散に逃げ去った。

はぁぁぁぁぁ。

―――まったく、なんて日なの。

 疲れた・・・帰って眠りたい。

 しかし徳島を守るヒロインとしては中途半端なことはできない。

 キッと空を見上げた。空良し!

 周囲を見渡す。地上良し!

 コンビナートの向こうに広がる入江を見る。海良し!

 そして・・・ピピは・・・吠えるでなく、その辺をプラプラ散歩している。ピピ良し!

 さぁ今度こそ帰ろう!・・・と思ったその時、彼女のスマホがエディーからの着信を高らかに告げた。

 

(五)

<エリス、幸田町が大変なんだ。君の力を借りたい。すぐ来てくれ>

「え・・・すぐって言ったって?」

<俺の新しいスーパーバイク『ヴォルティカ』を使っていい。こんな時のためにきちんと整備はできている>

「ヴォ・・・ヴォルティカってあの?」

 SSRC−Xヴォルティカは、エディーコアを動力源に持つ排気量2000cc最高時速320キロというとんでもないマシンだ。あれに乗れと・・・?

<心配はない。ルート上の各県警には連絡を入れてあるからぶっ飛ばしても大丈夫だ。>

 いや、そこじゃないでしょ?

<タレナガースが徳島に向かっているんだ。俺は『ウェイバー』で海からヤツを追う。頼んだぜ。ブッ>

 SWC−01ウェイバー。それはエディー専用の高速水上バイクである。波を切り、風を切り、水上を矢のように奔る竜のごときマシンだ。

 それにしても・・・どうしてヒーローってあんなにさわやかに無茶を言うのだろう。

 エリスは渋々エディーの秘密格納庫へ車を走らせた。

―――そして150分後。

 本来はエリスのために用意されていたサイドカーをとりつけたヴォルティカで、エリスとピピはエディーと入れ替わりに幸田町に到着していた。

 ピピはサイドカーに積んだあと充電を兼ねて電源をオフにしてあったため元気いっぱいだが、エリスはヴォルティカのパワーに圧倒されてちょっと涙目になっている。膝だってまだガクガクしているありさまだ。

「わざわざ来てくれて有難う、エリス」

「い、いえ。ここへ来る途中、エディーからだいたいのことは聞きました。挨拶は後。とにかく一刻も早く飛び散った毒液を探し出しましょう。コウタレンジャーの皆さんもお手伝いください」

 エリスはピピの毒性探知感度を最大レベルにあげた。

ワォ〜ンワンワン。ワォ〜ンワンワン。ワォ〜ンワンワン。ワォ〜ンワンワン。

 あちらこちらに毒性物質を感知したピピは吠えっぱなしだ。

 直接肌に毒液を浴びた住民もいて、既に病院で治療を受けているという連絡が入った。エリスは毒素の成分と中和パターンを町内のすべての病院に伝え、民家の屋根や庭、洗濯物のほか用水路などを中心に毒液が落下した現場を精力的にまわってピピとともに真水に変えていった。

ピュ〜。

「やだぁ、この犬ひとんちでおしっこしてる」

「あ、いやこれは真水で・・・」

「いやああああああ」

「すみませ〜ん」

 

 発見した毒液落下現場60数箇所。ようやくピピの吠え声が収まったのはもうとっぷりと日が暮れた頃だった。エリスのエディー・コアがなんだか色褪せて見えるのは、はたして日差しが弱くなったせいだろうか?

 

(六)

 コウタレンジャーに見送られて愛知県を後にしたエリスは、ふたたびヴォルティカを運転して徳島まで帰ってきた。帰りは法定速度順守だ。マンションに着いたのは夜の11時すぎ。もうすぐ日付が変わる。

 結局今日はなんという1日だったのだろう。

 途中エディーから連絡が入った記憶があるのだが、うわのそらで受け答えしたので内容はよく覚えていない。

 変身を解除したドクは自室のベッドにどっかと腰をおろしてそのまま仰向けにひっくり返った。

ぐぅううう〜。

 お腹がなった。そうだ、そういえば今日は何も口にしていない。

「まっいいか」

 ドクは頭をもたげてマンションの窓から外を見た。星がきれいな夜だ。静かなやさしい空気が徳島の街に満ちている。

―――この夜を迎えられたことに感謝だわ。

 ドクはそのまま寝息をたてはじめた。

 

サンキュー、エリス。

(完)