Go!剣戦隊

ファングレンジャー

episode 1


(序ノ一)光!

 其奴は唸っていた。

 唸るのをやめたら音が無くなるからだ。

 底知れぬ真の静寂は恐ろしかった。

 だから唸っているのだ。何年も何十年も何百年も、ただ己の唸り声だけを聞いてきた。

 恐ろしいものは他にもある。

 闇だ。

 闇だけは如何ともしがたい。

 闇は存在感を持ち、圧倒的な質量を感じさせた。まるで眩い光にも似て、祖奴の両目を押し潰してしまう。

 かつて自分は闇にいた。闇に巣食う悪しき存在であった。だが、あの時の闇は光の場所があってこその闇であった。

 光の存在を妬んでこその自分であった。

 しかしここには光が無い。ただ、闇だ。

 何を恨み、何を妬めばよいというのだ?

 これではまるで・・・自分が無いに等しいではないか。

 そうして其奴は何百年もの間、啼きながら唸り続けてきたのだった。

 侍が肩で風を切って往来を闊歩していた時代。其奴はひとふりの刀剣であった。優雅な姿のみならず、丈夫でよく切れる名刀であったらしい。

はじめのうちは位の高い立派な侍の腰に納められていたのだが、時代を経ていつしか野武士の手に渡り、夜盗のものになり、その間数え切れぬほどの人を斬り殺した。

 いくさ場で、夜の辻で、恐怖と絶望の中で命乞いする哀れな人間の肉を切り裂き、生暖かい生き血を浴びた。

来る日も来る日も己が身を真紅に染めるうち、其奴の内に自我が芽生えはじめた。魂が宿ったのである。

泣き叫ぶ人間の顔を面白いと思った。断末魔の叫びを心地よいと感じた。

持ち主がしばらく人を斬らぬと腹が立った。「斬れ、斬れ、人を斬れ」と主の心に語りかけると、主はふらふらと人を斬りに出かけるようになった。そしてまた凄惨な凶行が繰り返された。

そうこうしているうちに、其奴を手にした人間たちは皆精神を病んだ。其奴の邪なる魂が主の心にもどす黒い染みをつけるようになったのだ。中には己の首を切って其奴に血を振りかけ、満足そうに笑いながら息絶えた者もいたという。

 刀身を飾る美しい波紋はやがていびつに変形し、雲上の妖怪「鵺」を思わせた。いつしか其奴は妖刀「鵺飛」〜ぬえとび〜と呼ばれるようになった。

 毎日毎夜人を斬って暮らしていたある日、其奴の前にひとりの侍が現れた。

 剛剣士、牙の者と名乗ったその侍は、其奴と同じように魂を宿した剣の化身であった。しかも、妖刀である鵺飛とは対極の存在であると直感した。互いに決して相容れぬ存在。戦うことでしか交わることのできぬ存在であった。

牙の者は体の内から光の剣を出現させた。邪なる魂を宿した妖刀を滅ぼすために修行を積んだ剛剣士の中でも、最高位にある手だれにしか操れぬ至高の技。

しかし鵺飛は不敵に嗤った。

丁度よい。無抵抗な者ばかりを斬るのはもう飽きた。こやつは歯ごたえがある。面白いではないか。

鵺飛の心は躍った。負ける気などしなかったのだ。

だが、牙の者の剣技は尋常ではなかった。

持ち主の剣技もさることながら、撃ち込んでくる刀を受け止めるたびに、体の芯まで傷みが走った。

―折れる!

 手加減なしで何度も何度も撃ちこまれる凄まじい攻撃に、鵺飛はとうとう悲鳴を上げた。

そしてついに鵺飛の刀身は中ほどからポキリと叩き割られて地面に落ちた。

特に痛みは感じなかった。しかし、眼前にじわじわと広がってゆく深い闇を見たとき、鵺飛はこれから自分の身に起こる事態を理解し、恐怖にわなないた。

永劫の闇が、そこにあった。

 時の感覚が失せ、方向の感覚が失せ、己を保つという意識が失せて久しい。ところがある時、唐突にひと筋の光が射した。

 それは弱弱しい光だったが、闇が割れ、周囲の世界が再び闇と光に分かたれた。その瞬間、鵺飛の内から失われていたさまざまなものが鮮明に蘇った。

鵺飛はもがくようにあえぐように闇の中を泳いだ。死に物狂いで四肢を動かして闇をかいた。

カッと目をむいて光を睨み、口を開いて声を上げた。もはや呻き声ではない。必死の叫びであった。

アアアアアアアアア!

四肢には何の手ごたえも感じられなかったが、じたばたと暴れまわった甲斐があってか、鵺飛は少しずつ光へと近づいていった。

すこぉしずつ、だが確実に・・・。

アアアアアアアアアカカカカカカカ!

<届く!もうすぐ届くぞ!>

 叫びはいつしか笑い声に変わっていった。

 もはや光は眩いほどだ。何百年ぶりの光は其奴の目を容赦なくいたぶったが、その痛みすら鵺飛には嬉しかった。

 光の向こう側に何やら見える。人間だ。なにやら嗤っている人間の顔だ。

 鵺飛の内にふたたび懐かしい感情が湧き上がってきた。

甚振ってやりたい、切り刻んでやりたい。久しく忘れていたあの心持だ。

 そして・・・奴だ!

牙の者め!

恨みをこめた鵺飛の「前足」が光の向こう側の顔へ向かって伸びた。

(序ノ二)そこから出てきたモノ

 深夜の美術館は、昼間に無い慌しさに包まれていた。

 ショウケースは開放され、展示品のいくつかは十数人の作業員たちによってこちらからあちらへと移動されている。

「気をつけて、慎重にな」

 作業服の男たちに混じって、背広姿の男がひとり、にぎわしさの真ん中に陣取っている。

「さあさあ急いでくれたまえ。夜明けまでにはすべての模様替えを終えなければならんからな」

 美術館長の小島である。背広の左胸には安物の名札とともに「館長」と彫られた金属プレートが光っている。

 僧兵の装束をまとった大きな人形が3体、展示室に運び込まれてきた。担いでいる作業員がよろめいて人形の足が展示ケースに接触した。

「おいそこ!何やってる?大切な展示物に傷でもつけたら承知しないぞ!」

 小島の怒鳴り声は、博物館の隅々にまで響き渡っている。徹夜の作業につきあっていた割にはテンションが高い。眠気も疲れも感じていないようだ。

 今の彼を支えるエネルギー源は、駅前高層化計画の一環であるショッピングモールの建設予定地から出土したひと振りの日本刀にあった。

 工事現場の荒々しいパワーショベルが偶然すくいあげたのは、四隅に封印の札が貼られた古めかしい木箱であった。

 封印紙を丁寧にはがしてみると、中には鎌倉時代後半から室町時代のものと思しいひと振りの日本刀が納められていた。鞘には一面に雲に乗る不思議な獣が彫刻されている。

 その刀身は、ついさきほど研ぎ終えたかのような潤いと輝きに満ちて、見る者を妖しく魅了した。

「素晴らしい業物だ!」

 さすが美術館の館長を務めるだけあって、小島の鑑定眼は確かであった。

今までこれといった目玉商品の無かった地方の地味な美術館にとって、室町時代の日本刀は来訪者倍増の期待を抱かせるに十分なお宝となる。

 館長の胸中にあるのは、はたして純粋な文化的興奮か、それとも来館者倍増の皮算用なのか?

 本人も気づかぬうちに、普段はへの字に垂れている彼の口角は、にいいと持ち上がっている。

 その時、日本刀の鞘が異様な光を放った。

「な、何だ!?」

 不気味なその光さえ、小島にとっては幸運のきざしと思えたかもしれない。だが、光の中からぬぅと現れたのは、ひからびて黒ずんだ、醜いミイラの手であった。

(一)南無三宝!

〜辻斬り現る〜

 新聞各紙の一面は、謎の連続猟奇殺人事件の記事で埋め尽くされていた。

 日本刀と思しき大型の刃物で斬り殺された死体が次々と発見されたのだ。

 その傷口はまさに一刀両断。信じがたいほどに鮮やかな一撃であった。

 恐怖にとらわれた人々は日没とともに家に閉じこもった。盛り場からは灯りが消え、普段は長蛇の列を作って客待ちをしているタクシーも姿を消した。

 それでも最初のうちは面白がって夜の街を徘徊する若者たちのグループもいたが、次の朝には皆無残な屍と化していたことが、人々の恐怖のボルテージをマックスにまで押し上げた。

 かつて魔物たちが跳梁跋扈していた頃のように、夜は再び無人の闇と静寂を取り戻していた。

 そんな夜の闇を疾走する人影があった。手にはひとふりの日本刀をさげている。してみるとこやつが辻切りの犯人であろうか?だが、その全身から発せられる気は清廉にして潔白。およそ人を傷つけるような悪意とはほど遠いものである。

 年のころは50歳。こけた頬から鋭いあごにかけて無精ひげが覆っている。真一文字に結ばれた薄い唇と、夜の闇においてなお輝く鋭い瞳が、何やら心のうちに秘めた決意を伺わせる。

 この男、名をシュウサクといい、剣道場「剛剣館」の館長である。かつてはさまざまな剣道大会において連戦連勝、現代の剣豪としての名声をほしいままにした男である。

 警察でも剣道を指南した縁で、辻切り退治の役をみずから買って出たのである。パトロール中の警官たちもシュウサクの姿を認めるや、皆敬礼して通り過ぎてゆく。

 シュウサク先生なら辻切り犯のひとりやふたり、叩き伏せるのは容易いこと。周囲の者は皆彼の剣技に大いに期待していた。だが、当のシュウサクはただならぬ緊迫感につつまれていた。彼は、彼だけは知っていたのだ。今ちまたを騒がせる辻切りが…人間の仕業ではないことを!

 そして、夜まわりを始めて4日目の寅の刻。シュウサクはある人影の前に立っていた。いつものように左手には愛刀「鬼おとし」をさげている。少し上目づかいに、じいっと相手を睨んでいる。

その相手は坊主だ。平安時代、その武力でもって時の朝廷までもを揺さぶったと言われる僧兵のいでたちだ。しかしこの平成の時代に、なんとも奇妙な・・・。

 だが、この僧兵こそシュウサクが夜を徹して捜し求めていた相手なのだ。双方とも全身から殺気が湯気となってゆらゆらと立ち上っている。

「邪魂奴、鵺飛のゲイカイボウだな」

 シュウサクが先に口を開いた。

「剛剣士か」

 僧兵姿のゲイカイボウとやらが応じた。

ガラガラガラガラ

 突然ゲイカイボウが嗤い出した。小さな異物が混入した時の内燃機関のような、乾いた耳障りな笑い声だ。

「探す手間が省けたわ。積年の恨み、今宵こそ返さねばならぬなあ」

 シュウサクは無言で刀を抜いた。愛刀鬼落とし。

「おい何だその刀は!?」

 シュウサクの持つ業物を見たゲイカイボウが詰め寄った。

「貴様、牙の者ではないのか?」

 その声には明らかに失望の色が含まれている。鬼落としは現在の名工の手になる名刀である。いったい何が不満なのか?

「やかましい。化け物の分際でデカい口を叩くな」

 シュウサクは声を荒げたが、それがかえってゲイカイボウの指摘を裏付ける証左となった。

「チッ、まあよいわ」

 小さく舌打ちすると、ゲイカイボウはヒョイと片腕を振った。と、そこに陽炎のごとく、質素な鎧兜をまとったいくさ支度の雑兵が10人ほども現れたではないか。

「牙の者でないのなら、まずはこやつらの相手をせい。いずれも名も無い刀の化身ども。わしはナマクラと呼んでおるが、そこそこ強いぞ」

 ナマクラどもは刀を構えてシュウサクに襲いかかった。

 たちまち夜の街に剣戟の音が響き渡った。

シュウサクは剣道場「剛剣館」の館長にして現代最高の剣士である。いかに「そこそこ強い」相手が10人でかかってこようとも、たちまち斬り伏せた・・・はずであった。

「ナニ!?」

 ところが、斬ったはずのナマクラどもは倒れない。倒れぬどころか、何事もなかったかのように、再びシュウサクに襲いかかってくるではないか。

「ガラガラガラガラ。そやつらは既に命無き者。ひと太刀浴びせたくらいでは斃せぬよ。ほれほれ、油断するなよ、剛剣士」

 ゲイカイボウは腕組をしてシュウサクの戦いを見物している。

「ふん、雑魚どもが30人ほどいると思えばよいだけのこと」

 シュウサクは鮮やかな太刀さばきで、ナマクラどもを2度、3度と斬った。正統な剣法を体得している者とそうでない者の差が如実に現れていた。

 3度目の深手を負ったナマクラは、さすがに地面に崩れ落ちるや、朧のごとく消滅した。

 そして約30分後、シュウサクはひとり立っていた。

 両肩が大きく上下している。雑魚を相手の立合いとはいえ、腕や背にはナマクラの刃を受けた後が幾筋もの赤い痕跡を残している。

ぱちぱちぱちぱち。

 ゲイカイボウが手を叩いた。

「さすがじゃ、ようやるわい」

「次は貴様だ!」

 シュウサクは、愛刀の切っ先をゲイカイボウの眉間に向けて吼えた。が、当のゲイカイボウは涼しい顔である。

「よいのか?見たところだいぶ消耗しておるではないか。何なら次の機会まで待ってやってもよいぞ」

「ふざけるな!」

 問答無用で斬りかかろうとするシュウサクの足がはたと止まった。

 ゲイカイボウの姿がわずかに歪むと、そのまま3つに分裂したではないか。まるで、良くできたCGでも見せられているかのようだ。

 だが、分かれたみっつの像は、同じ僧兵姿ではあっても、互いにまったく違う存在であることが見て取れた。

「コ、コクウンボウにイッカクボウ・・・貴様たちまで」

「残念だが、ひとり蘇れば残りの邪魂奴の封印を解くのは造作もないこと」

「どうする剛剣士よ。勝ち目はあるまい?」

 今やシュウサクの斃すべき相手は鵺飛のゲイカイボウのみにあらず。瘴気丸のイッカクボウと奈落斬のコクウンボウの3人。いずれも先刻のナマクラ百人に匹敵するつわものばかりである。

―トモエ。

 シュウサクの脳裏に、愛娘の顔がうかんだ。

―後は頼む。

 この厳しい戦いに娘を巻き込むことだけは避けたかった。自分の手で、この魔性の者どもを再び封じ込めて見せると意気込んでいたのだ。

 しかしこうなっては仕方が無い。せめてこの化け物どもの腕一本なりとも冥土への土産に持ち帰ってやる。

―南無三宝!

 シュウサクはギリリと奥歯をかみ締めるや、裂ぱくの気合ともども眼前に立つ妖刀の化身へと斬りこんだ。

 10人のナマクラどもをそれぞれ3回ずつ斬り倒した手練の剣技は、3人の化け物どもを楽しませるに十分であったようだ。シュウサクの繰り出す鋭い撃ちこみを、驚きと感嘆の入り混じった表情で、受け止め、はじき返し、あるいは体をかわしてやりすごした。

「おのおの方、間もなく夜が明ける」

「うむ。もう十分楽しませてもらったのう」

「ご苦労であったぞ、剛剣士よ」

ガギッ!

 コクウンボウが気合いをこめて奈落斬を振るうや、シュウサクの鬼落としは、なかほどから見事に真っ二つにされた。

「くっ!」

 根元から15センチほどになってしまった哀れな愛刀を握ったまま、シュウサクは立ち尽くした。

 その頭上から、容赦なくイッカウボウの瘴気丸が振り下ろされた。

ガキィィン!

「ぐ・・・むぅ」

 瘴気丸を鍔で受け止めたシュウサクは、折れて地面に突き立っている切っ先部分を素手で握るや、イッカクボウの左わき腹に突き立てた。

 イッカクボウのわき腹から流れ出した緑色の体液が、シュウサクの手のひらからあふれ出る鮮血と入り混じって地面にたまりを作った。

「見事」

 大して痛みも感じていないのか、イッカウボウは無表情にシュウサクを見下ろしている。

 と、突然イッカクボウの体からドス黒いオーラのような気が勢い良く噴き出された。

「くっ、瘴気か」

 まるで爆発したかのように噴出しいた瘴気は、生身のシュウサクの細胞を蝕んだ。ガクンと力なく片ひざをついたシュウサクに、瘴気丸の一撃が襲いかかった。

斬!

 辛うじて体をかわして急所を守ったものの、右肩に深手を負ってシュウサクは声も無く倒れた。仰向けに倒れた彼が見ていたのは、鎌のように優雅なアールを描く三日月と、満点の星であった。不思議と痛みはあまりなかったが、体が凍りついたように冷たい。

―これまでか。

 ゲイカイボウ、イッカクボウ、コクウンボウの3人が取り囲むように覗き込んでいる。もうすぐやつらの忌々しい妖刀が自分の体を貫くのだ。

「父さまぁ!」

 はじめは幻聴かと思った。が、頭上の3人もまた、その声の出所をさぐっているようだ。ならば・・・?

「ト、トモエ・・・か?」

 来るな!とシュウサクは叫ぼうとした。しかし、もはやその力すら残っていない。

「父さま!」

 シュウサクの娘トモエは、オレンジ色の街灯に照らし出される無人の国道を駆けてくる。

父親を守らんとする必死の表情には、まだ成人していない若者に特有のあどけなさと、過酷な定めに生きることへの決然とした覚悟が同居している。

道場の稽古着をひるがえして一目散に走ってくる姿がシュウサクの目にも映った。

「貴様の娘か。泣かせるのう。よい孝行娘を持ったものだ」

「我ら邪魂奴がもっとも斬りたき者ではある」

「うむ、是非斬ろう」

 や、やめろ。シュウサクは声にならぬ叫びをあげた。ゲイカイボウたちの興味は完全にトモエに向けられている。シュウサクに止めを刺すことも忘れているようだ。

 異変はその時起こった。

 走りながらまっすぐ前に伸ばされたトモエの右腕から、光が迸って剣を形作ってゆくではないか。

「おお!あれは!?」

 光の剣は見る見るひとふりの日本刀に変化し、トモエは躊躇なくその鞘を払った。

「烈光破!」

 気合とともに日本刀を左右になぎ払うや、巨大な三日月状の光弾がゲイカイボウたちめがけて飛んだ。

「むぅ!」

 邪魂奴の3人は、それぞれの得物を垂直に地面に突きたてて盾にした。

バチィィィン!

 トモエの放った烈光破が、鵺飛、瘴気丸、奈落斬の3本に直撃し、眩い閃光となって霧散した。

シュウウウウウウウウ。

 閃光はしばらく邪魂衆たちの目を奪っていたが、闇と静寂がふたたび夜の街を支配し終えた時には、トモエとシュウサクの姿は既にどこにも無かった。

「油断したのう」

「だが間違いない。あの業物、夢三日月であった」

「あの小娘、まさしく牙の者。親父をはるかに凌駕する使い手に違いない。惜しいことをした」

「まあよい。機会はまだめぐって来よう」

「まことに、楽しみなことだわい」

 僧兵姿の3人は、何やら感慨深げに黙考していたが、やがてその巨体は水に溶ける砂糖のように消えてなくなった。

 東のかなたからやってくる巨大な光源が、高層ビルのシルエットを少しずつ天空に浮かび上がらせ始めた。

 卯の刻。

 シュウサクは、とある病院の一室で目を覚ました。

目だけを動かして殺風景な病室を見まわし、恐る恐る手足の指先を動かし、手首足首を動かし、肩を動かそうとして激痛に見舞われた。そうして彼は数分かけて自分が生きていることを自覚した。

 おそらくここは幼馴染の経営する医院だろう。院長には昔からそれとなく己の使命を伝えてある。もしもの時には何もいわずに力を貸してくれると約束してくれた。

 ドアの外には娘トモエの気配があった。

ト・・・モエ。

 シュウサクは、蚊の鳴くような声で娘を呼んだ。間髪いれずに病室のドアが開き、日本刀「夢三日月」をさげたトモエが入ってきた。

「父さま。気がついたのね、よかった」

―おま・・・えは・・・怪我・・・?

「私なら大丈夫。それよりも・・・!」

 シュウサクは小さく頷いた。幾重にも包帯が巻かれた右肩と両の掌・・・旧友の診断を聞くまでもなく、自分にはわかる。もう刀を持つことはできまいと。

 だが、そんなことはどうでもいい。問題は、あの化け物3匹をどうやって斃すかだ。

「さ・・・がせ。剛剣士・・・き・・・ばの・・・者を」

 トモエの腕にすがりつくように必死に訴える父親の姿を映したトモエの瞳からは、大粒の涙があふれ出た。泣いている場合ではないのに。泣いてよい場合ではないのに。

「わかったわ父さま。必ず探し出します」

 探し出す、と言っても何の手がかりも無い。名も顔も出自も、まったくわからない人たちなのだ。容易なことではない。いやむしろ…。

しかし、傷の熱にうなされながら訴える父を前にしては、そう約束するしかないではないか。

 トモエの言葉を聞き安心したのか、シュウサクは視線を夢三日月に移した。刀身に光を宿し、邪を祓い正義なる者に癒しをもたらすと言われる宝剣「夢三日月」。漆で丁寧に仕上げられた美しい鞘には、この太刀の銘に由来する金色の三日月が描かれている。

 包帯に巻かれた震える指でその鞘に触れると、シュウサクは再び深い眠りに落ちた。

トモエは心が押しつぶされそうなほどの不安を覚えながらも、決然とその顔を上げた。仲間の剛剣士が現れようが現れまいが、自分のやるべきことは決まっている。真一文字に結んだ口の端が、若い彼女の苛烈な決意を物語っている。

 夜はすっかり明けて、見上げる高窓の外では小鳥のさえずりが軽やかに流れていた。

(二)推参!

 

 最初の犠牲者は声もなくくず折れたため、惨劇の幕を切って落としたのは、二番目の犠牲者の断末魔であった。

 休日の巨大ショッピングモールには、一千人近い買い物客が訪れていた。女性服売り場に並べられた色とりどりの洋服が突然四方へ跳ね飛ばされ、そこにゆらりと出現した異様な大男。時代劇などで見た僧兵のようないでたちは、あまりに突飛すぎて周囲の人たちは皆、何かのイベントの扮装だろうとタカをくくった。

 だがその僧兵は、鵺飛という名のとびきりよく斬れる日本刀をひっさげていた。スラリと抜かれた白刃はそれからしばらくの間、おびただしい人間の生血を吸い続けることになる。

 同じような僧兵姿の大男がさらにふたり出現し、続いて数十人の鎧武者たちが続々と「空間」から出現して買い物客たちを次々に襲撃し始めた。

 阿鼻叫喚の地獄であった。

「人殺しだあ!」

「逃げろお!刀を持ってるぞ!」

ぎゃああああ!

うわああああ!

 パニックの輪は津波のごときスピードでショッピングモール全体を包み込んだ。

 なにせ70センチほどもある日本刀を、数十人ものいくさ支度の侍たちが振り回しているのだ。瞬く間にショッピングモールのあらゆる売り場は血の海と化した。

 通報を受けた警官隊が放った銃弾を受けても倒れない。中でも首謀格と思しき僧兵姿の3人は圧倒的な破壊力を秘めていた。日本刀のひと振りで、人間の体はおろかコンクリートの壁までも粉みじんに吹き飛ばした。

「どうじゃコクウンボウ。久々の血、堪能しておるか?」

「うむ。良きかな、良きかな。なかなかの甘露じゃて」

「見よ、ナマクラどももはしゃいでおる」

 イッカクボウは空を見上げた。

 高空には通報を受けたマスコミの報道ヘリが数機、爆音とともに浮かんでいる。

「無粋な蟲め。耳障りじゃ!」

 イッカクボウは瘴気丸を空へ向けてひと振りした。無造作なその素振りから発せられた衝撃波は、周囲の大気を巻き込みながらうねるように報道ヘリに命中した。空中で大破したヘリは炎を吹き上げながら逃げ惑う買い物客と警官隊の上に落下した。

 

「これは・・・」

 惨劇のショッピングモールをビルの屋上から見下ろすふたつの人影があった。シュウサクとトモエである。

 シュウサクと邪魂奴の死闘からわずか2日。まだシュウサクは車椅子から離れられず、点滴の管を腕に射したままだ。トモエの介助なしには出歩くことすらできないありさまである。

「惨いことを・・・邪魂奴め」

 父の肩の震えが、トモエの体に伝わってくる。自分たちが討ち損じたがために、何も知らないこの街の人々が異界の化け物どもに無残に殺されてゆく。

 親娘は、眼下に広がる地獄絵図を前に声もなく立ち尽くしていた。

「父さま、行きます」

 トモエが静かに言った。

雑兵のナマクラといえども、銃弾ですら倒せぬ化け物だ。あれだけの数を相手にトモエひとりで勝てるとは到底思えぬ戦いである。だが行かねばならぬ。行くしかないのだ。

「牙の者たちさえいてくれれば・・・」

 シュウサクは天を仰いで唇を噛んだ。しかし、いない者を今更悔やんでも詮無いことだ。いざとなればトモエひとりを逝かせはしない。シュウサクがそう決意した時、眼下で何かが動いた。

「何かしら?」

 トモエもその変化に気づいたらしい。

 物体が動いた、というわけではない。しいて言えば「気」が動いたのだ。逃げまわる人たちの恐怖と絶望の気は変わらぬ。ただ、殺戮者の狂喜の気が消えた。一瞬で消え去ったのだ。いったい何が起こったのだ?

「父さま!あれを?」

 トモエが指差すものを、既にシュウサクも見ていた。

 ショッピングモール3号棟から転げるように飛び出してきたのは、買い物客ではなくナマクラの一団であった。まるで何かに追い立てられているようだ。

その一団の後から悠然と姿を現したのは、長身の若者であった。右手には同じくひと振りの日本刀を下げている。

 遠目でも細身と思えるその若者は、重厚な存在感でナマクラどもを圧倒していた。

ガシャーン!

 今度は南隣の4号棟の大きなショウウィンドウが割れて、数人のナマクラが通りへと吹っ飛んできた。路上に転がったナマクラどもは、ビクビクと痙攣すると風化して消えた。

 ガシャガシャとガラスの破片を踏みながら現れたのは、やはり日本刀を持った若い男であった。

 同田貫のように長く太い刀身を担ぐように肩に置いている。

 遠目ゆえに風貌まではわからぬが、最初の男が黒く短い髪型なのに比べ、後から出てきた男は、少し茶色い髪の色で、肩まで伸びた長髪が風になびいている。

「何?あの人たち」

―まるでイワシの群れを追い立てるシャチのようだわ。

彼らの強い闘気がトモエの気に共鳴して、ぶるっと背筋が震えた。

「・・・牙の者」

「え?」

 思わぬ父の言葉にトモエは耳を疑った。

「牙の者だ。あの刀、まさしく“大天馬”と“宝珠丸”」

 これほど離れていても、シュウサクには彼らの刀が手に取るように見えているようだ。

 それにしても、トモエには俄かに信じられなかった。たったひとりで死地に向かおうとしていた自分の目の前に、捜し求めていた同志が突然現れたのだ。それもふたり!

 牙の者とおぼしき若者たちは、鮮やかな剣さばきで次々とナマクラどもを葬ってゆく。シュウサクが一撃で斃せず、警官隊の弾幕にも斃れなかった化け物どもが、バタバタと倒れては消滅してゆく。まるでさきほどの買い物客との立場が逆転したかのようだ。

 周囲から歓声があがった。物陰に隠れている買い物客や、彼らを庇っている警官たちである。

 現代においてまったくあり得ない日本刀での戦い。その理不尽さよりも、今は何より化け物どもを切り倒してゆく眼前の若者ふたりに声援を送ることしかできない彼らであった。

「強い。このうえなく・・・」

 トモエは己の使命も忘れてしばし彼らふたりの戦いに見とれていた。

 が・・・。

「父さま、私も行きます」

 毅然と宣言するや、己が愛刀「夢三日月」を握り締めた。

 その時、はるか百数十メートルはなれたショッピングモールの中央広場で死闘を繰り広げているふたりの剣士が、不意にトモエを見た。あたかもそこに彼女がいることをはなから知っていたかのように。

 そして彼女に向かって確かに・・・笑った。

 トモエの全身に震えが走った。嫌な感じではない。武者震いのような、むしろ心躍る疼きのような震えだ。

 シュウサクが彼女の背をやさしくポンと叩いた。刹那、何かのスイッチが入ったかのようにトモエは無言で駆け出した。

 

ドシュッ!

 光の残像が縦に走り、体を引き裂かれたナマクラは声も無く地面に崩れて消滅した。

「この数は確かに難儀だな、ジュウベエ」

 たった今ナマクラを葬った長髪の若者が小さく舌打ちした。切れ長の瞳が野性的な印象を与える。

「へばったか、シンパチ?」

 短髪の若者―ジュウベエがひやかした。太い眉と頑丈そうな頬骨が目をひく。わずかに微笑むと、右ほほにえくぼが現れた。

「ご冗談を。24時間戦えますよ〜だ。それにホレ」

 背後から斬りかかったナマクラを軽くいなして斬り倒しながら、シンパチと呼ばれた長髪の若者は、ジュウベエの背後を太刀の切っ先で指し示した。

「来たぜ、頼もしい援軍が」

 とうに気づいていると言いたげな目で振り返ったジュウベエの背後から、真っ直ぐこちらへ駆けてくる人がある。

トモエであった。

ハァァァァァ!

 夢三日月を構えて敵陣へ単身躍り込むトモエの全身から青い闘気が立ち昇る。廃墟と化したショッピングモールを占拠する無数のアンデッド剣士たちの群れめがけて斬りこんだ。

 頭上から振り下ろされる無数の白刃を、トモエは滑らかなステップで次々とかいくぐってゆく。まるでひと筋の青い川が流れてゆくようだ。青い流れが駆け抜けた後には、聖剣夢三日月によって邪魂を討ち祓われたナマクラどもの骸だけが残されていた。

相手の足さばき、振り下ろされる剣の角度や早さ。そして放たれる気から伺える技量。それらすべてを瞬時に読み取り次なる一撃を予測してかわす。と同時に、獲物を見失って態勢を崩した敵に刃を撃ち込む攻守一体の見事な剣技である。

「綺麗な太刀筋だ。やるねえ、お嬢さん」

「剛剣流超技“風切” 〜ごうけんりゅうちょうぎ“かぜきり”〜。見事だ」

 トモエの戦いぶりは、たったふたりで何十人ものナマクラを屠ったつわものたちをも感嘆させた。

 負けじとふたりも闘気を立ち昇らせる。

 赤いジュウベエの闘気は全身から炎が発せられたようだ。一方のシンパチの全身からは黄色い闘気がいかづちのごとく放たれている。

 まずシンパチが奔った。

 大太刀「宝珠丸」を豪快に振る。ヴゥンと唸りをあげて飛来する刃をナマクラどもは慌てて自らの邪剣で受けた。

ギン!ギリリ!ギィィン!

シンパチの撃ちこみはどれもナマクラの体には届いていない。一見杜撰な攻撃に見えるが、シンパチは構わず宝珠丸をすごい勢いで振るっている。

 と、宝珠丸の一撃を受け止めたナマクラどもの動きがおかしい。体を斬られたわけでもないのに、邪剣を構えたまま苦しげにもがいている。虚空を睨んで全身を小刻みに震わせている。

「へへ、俺と宝珠丸の波動の味はどうよ?刀で受け止めたっておまえたちの全身に正義の波動が行き渡る。よこしまなおまえらを、骨の髄から清めてやるぜ!」

 シンパチと刃を交えたナマクラたちはついに地面に崩れ落ち、体の内部から弾けて消えた。

「剛剣流超技“無限響”〜ごうけんりゅうちょうぎ“むげんきょう”〜

 シンパチの技を見届けたジュウベエの闘気が更に濃く、高く立ち昇った。

 炎を纏って立つジュウベエの周囲に、邪剣を構えてナマクラどもが四方からじりじりと間合いをつめてくる。そして最前列のナマクラが、今まさに兇悪な一撃をジュウベエめがけて振り下ろさんとした時・・・。

「いぇぇぇええいい!」

 裂ぱくの気合とともにジュウベエが愛刀大天馬を抜き、自らを円心として360度薙いだ。大天馬が走った軌道は赤い真円の残像となって宙空に残されていたが、驚いたことにその円の半径は、大天馬の刀身よりもはるかに長く10メートル近くもあるではないか。その円の内側にいたナマクラどもは、やはり体を震わせてもがいている。その胴には、皆一様に赤い斬り筋が一本深々と刻まれていた。物理的な斬撃のみならず、ジュウベエと大天馬が放つ正義の気が刃のように研ぎ澄まされて、離れたナマクラどもにまで致命的なダメージを与えていたのだ。

「剛剣流超技“斬月”〜ごうけんりゅうちょうぎ“ざんげつ”〜。よかったな、邪剣の呪縛からようやく解放される」

 剛剣流の凄まじい超技を見せつけられ、ナマクラどもは皆たじろいだ。

 申し合わせたかのように、3人の若者たちは互いの背を合わせるように一箇所に集まった。三方に気を配りながら、彼らはそこで互いの温みを初めて感じあった。

「屋上にいたお嬢さんだよな」

「気づいていたの?あんなに離れていたのに」

 シンパチの言葉にトモエは驚きを隠せなかった。

「誰でもってわけじゃないさ」

「同じ剛剣士、我ら牙の者同士なればこそだ。オレはジュウベエ。大天馬のジュウベエだ」

 トモエの右後方の若者が名乗った。短く刈られた黒髪から、汗がひと筋端正な顔を流れてゆく。

「そいでもってオレがシンパチ。宝珠丸のシンパチね、よろしく」

 トモエの左後方では、長い髪の若者が、前を向いたまま微笑んでいた。ブラウンの髪の毛はゆるやかなウェーブがかかっていて、細面の彼にはよく似合っている。古風な顔立ちでまじめそうな印象のジュウベエに比べて、シンパチはどこかバタ臭い感じがした。

 彼らの得物は大天馬と宝珠丸。なるほどシュウサクの言ったとおりだ。

「私はトモエ。夢三日月の・・・トモエです」

 トモエは同じ作法で名乗った。180センチを優に越す長身の男性ふたりにはさまれて、168センチのトモエひとりが子供のようではある。

 ともあれ、シュウサク父娘が探そうとしていた牙の者がふたり、今こうしてトモエの背後を護っている。

「これで3人揃ったわけだ」

「うむ。これ以上ナマクラどもを斬っても仕方あるまい。そろそろボスが出てくる頃だが?」

 ジュウベエの言葉通り、部下どもが壊しまくった建物の残骸を踏み越えて3人の僧兵が姿を現わした。

「ほうほう、牙の者どももお揃いのようだな」

「おや、真ん中のお嬢さんは先日の・・・。ふふ、会いたいと思っておったぞ」

「このように散らかしおって。破壊するにも作法があるというのに、ナマクラどもときたらまったく・・・品が無い」

 ニヤニヤと笑いながらスラリと各々の得物を鞘から抜いた。その刀身にまとうものは、千数百年の永きに渡って封印の闇に囚われし憎しみのみ。

「牙の者どもめ。積年の恨み今こそ!」

 鵺飛、瘴気丸、奈落斬。三振りの闇の日本刀に宿る憎しみは、互いに絡み合い、重なり合い、融合して、渦巻くブラックホールの如き強大な結界を創り出した。分厚い黒雲がみるみる天空を埋め尽くし、昼間だというのにあたりは闇に覆われた。それは、かつて妖怪どもが跋扈していたいにしえの夜と同じ闇であった。

「こ、これは?」

 トモエが空を見上げて嘆きの声を上げた。

「落ち着けトモエ」

―ト、トモエって・・・初対面で呼び捨てなの?

 トモエの場違いな不満などお構いなしで、ジュウベエとシンパチは愛刀を鞘に収めると両手を絡めて印を結んだ。

「何をしているの?」

 トモエが怪訝な顔をしている。

「九字だよ。なんだい知らないのか?」

「シンパチ、急に言っても無理だ」

 じれて詰め寄るシンパチをジュウベエが押しとどめた。

「トモエ、聞いたことはないか?ここ一番、大事な時に唱える九つの文字のこと」

 ジュウベエはトモエの肩に手を置いて静かに尋ねた。シンパチが言う九字というものを、どうやらトモエも知っているはずのようである。

 そう。トモエは思い出していた。幼い頃、父シュウサクがよくトモエのために唱えてくれた「幸運のおまじない」のことを。

 運動会の日、私立中学校の受験の日、剣道大会の日・・・いつも家を出る前に唱えてくれた言葉がある。意味は知らず、字数も知らず、ただその言葉を聞くだけで自らの内に不思議な力が湧き上がってきたものであった。

 言葉とともに父が結んだ印も、トモエは覚えている。

瞳を閉じ、父の慈愛に満ちた姿を思い描いて眉間のあたりに置いた。その両手は、自然とあの印を結んでいた。

 ジュウベエ、トモエ、シンパチ。邪魂奴を退治するべき運命のもとに生まれし三人の若者たち。その心は今ひとつに重なり合っている。

 三人の唇が同じ形に開いた。

招・善・光・来・聖・魂・在・剣・破

 それぞれの言葉にはそれぞれの印が決められている。九つめの言葉とともに、左右の人差し指を重ねて槍の穂先を象った印を、真っ直ぐ前へと突き出した。

 刹那!

「なな、なんと!」

「おおお!これは?」

 3人の剛剣士の体から先ほどの闘気と同じ赤、青、黄色の閃光が放たれ、邪魂奴どもの汚れた瞳を貫いた。

「な、何事?」

 全身に痛みを感じるほどの眩しさに手をかざしている闇の僧兵の前に立っているのは…?

 顔面に漆黒のゴーグルを配したソリッドフェイスと、ボディにフィットした未来的な戦闘スーツに身を包んだ3人の戦士。そのボディカラーは光と同じ赤、青、黄の3色だ。胸にはクロスする3本の太刀を描いたエンブレムが!

「ううむ、九字による変化の術か!?」

「小癪な」

 コクウンボウどもは、3色の戦士たちの威光に押されてわずかに後退さった。

 猛禽が羽を広げて襲いかかるかのようなゴーグルの形を持つ赤いスーツの戦士が一歩前へ歩み出た。

「猛る闘魂。赤き炎のキバ! ファングレッド、大天馬のジュウベエ」

 勇ましく名乗りを上げた。

「ホレ、次ブルー。やって」

 戸惑うトモエの脇をシンパチが肘でつついた。さっきからいろいろとやらされているトモエは、もはややけくそで声を張り上げた。

「逆巻く大波。青きわだつみのキバ!ファングブルー、夢三日月のトモエ」

「おおおいいねえ、かっこいい」

 横で喜んでいるシンパチに、今度はトモエが文句を言った。

「恥ずかしいから早くやってよ、次はあなたでしょう?」

 おお、と勇んでシンパチが前のふたりに並び立った。

「恐れ知らぬ勇気。黄色き大地のキバ!ファングイエロー、宝寿丸のシンパチ」

「太刀に宿りし正義の魂 光となりて悪を斬る!一騎当千、ファングレンジャー」

 最後は3人揃っての大見栄である。すると、頭上にかざされた三振りの太刀がにわかに共鳴し、そこから清冽なる3色の光が天空に立ち昇った。

 放たれた3色の閃光は、互いに絡まりあい、糾われた縄のごとき一条の光となって頭上を覆う黒雲の厚い壁に突き刺さった。

 それぞれの色の光は、まるで命あるもののように無数の光の粒子を内包していて、ゆるやかに渦を巻きながら分厚い黒雲を巻き取るように消し去ってゆくではないか。

「おのれファングレンジャーとやら。この時代にあってもなお、いらぬ邪魔だてを!」

 もとどおりに広がってゆく青空を忌々しげに睨んで、ゲイカイボウがギリリと歯噛みして呻いた。

「邪魂奴ども。時代がいくら移り変わろうとも、貴様らの悪事が許されることなどあり得ない!もう一度底なしの闇に沈めてやるぞ」

 ファングレッドの挑発に、イッカクボウがええい、と踏んだ地団駄が大地を揺るがせた。それを合図に正邪6人の剣士は一斉に剣をかざして駆け寄り、おのおの愛刀を振り下ろした。

キィン!

ガキン!

ギャン!

 いまや廃墟となり果てたショッピングモールに再び剣戟の音が響いた。

 空気を切り裂きうなりをあげる6本の刃。

 ナマクラが相手をしていたつい今しがたまでの戦いとは数段以上レベルが違う斬り合いが繰り広げられた。

 妖剣鵺飛を操るゲイカイボウは大天馬のジュウベエと、魔剣奈落斬を使うコクウンボウは宝寿丸のシンパチと、そして百鬼剣瘴気丸を振るうイッカクボウは夢三日月のトモエと、それぞれ切り結んでいた。

 剣技はほぼ互角か。いや、それでもファングレンジャーはわずかに押されていた。

 邪魂奴の剣技は闇の剣。振るった刀からはどす黒い瘴気が湧き上がり、刃を交えるジュウベエたちの体を少しずつ侵していったからである。

「くっ、だんだん体の動きが鈍くなってくる。体に浸みこんだ瘴気のせいか?」

「ガラガラガラ。どうだ、永劫の闇に落ちた我らが、千数百年の長きにわたって内に蓄えし怨念の気じゃ。ゆるりと味わうがよい」

 頭上に振り下ろされた刃を己が剣で受け止めるたびに、刀身から噴き出した瘴気がファングレンジャーたちの顔に吹きつけられた。

「形勢を逆転させる。いいか、シンパチ?」

「おう!」

 ふたりは邪魂奴から距離を置くと刃を正眼に構えて腰をわずかに落とした。黒いゴーグルが一瞬光を帯び、強烈なエネルギーの発動を予見させる。

「業炎弾!」

「撃竜衝!」

 正眼から頭上へと振りかぶった太刀をジュウベエが一気に振り下ろすや、刀身が灼熱の光を放ち、切っ先から岩をも溶かす超高熱火炎の塊がゲイカイボウを襲った。

 その傍らでは、正眼の太刀をくるりと逆手に持ちかえたシンパチが、気合いもろともコンクリートの地面に突き立てるや、地中を走る竜のごとく大音響とともに衝撃波が走り、コクウンボウを足もとから襲った。

 ともにファングレッド、ファングイエローが操る必殺奥儀である。

「おおう!」

「むうん!」

 愛刀から放つ瘴気を火炎と衝撃波でけし飛ばされ、自らもダメージを受けたふたりの邪魂奴は数メートルほども飛ばされて地面にはいつくばった。

「トモエ!」

 ジュウベエが、ファングブルーとして奮戦しているトモエにも同様の攻撃を促した。

「はい!」

 トモエも夢三日月を正眼に構え、その切っ先を体の側面へと回してエネルギーを発動させた。海原を悠々と行くマンタを模ったゴーグルが光を帯びるや、気合一閃、愛刀は真横へ払われた。

「烈光破!」

 真一文字に薙いだ切っ先の残像が光の鎌となってイッカクボウに襲いかかった。

「一度見た技は効かぬ!」

 イッカクボウは瘴鬼丸を体の正面に置いてその一撃を受け止めようと構えた。

ガシュッ!

 だが、怪しい僧兵姿の巨体は、鈍い音とともにやはり後方へ大きく吹っ飛んだ。僧衣の左わき腹のあたりが大きく切り裂かれて、緑色の体液がドクドクと溢れ出している。

「やった!」

 シンパチが歓声をあげる。

「馬鹿め!今の彼奴等の力、変身前よりも数段凄まじいことに気づかなんだか」

「油断したな、イッカクボウ。未熟じゃ!」

 仲間に罵倒され反論したくとも、イッカクボウは声も出せずただ苦悶している。

 ざまぁみろと小躍りするシンパチの傍らで、ジュウベエはもがくイッカクボウの傷口を凝視していた。

―――同じように俺たち3人の奥儀を受けていながら、なぜイッカクボウだけがあれほどのダメージを?

 確かに油断したとはいえ、やつはちゃんと防御の構えを取っていた。ファングブルーの力は確かに素晴らしいが、ゲイカイボウ、コクウンボウのダメージとは比べ物にならぬ重傷を負ったのは何故だ?

「お父様のおかげよ」

 ジュウベエの疑問を察知したか、トモエは父シュウサクが単身彼らと戦った時に、愛刀鬼おとしの切っ先をイッカクボウの脇腹に突き立てていたことを話した。

「なるほど、さすがはシュウサク先生だ」

「え?」

 トモエは、ジュウベエたちの父を知っているふうな口ぶりに驚いた。しかもその呼び方には、明らかに深い尊敬の気持ちが込められている。

「いくぞトモエ。この機を逃さず、まずやつを葬る!」

「シュウサク先生の捨て身の一撃、無駄にはしねぇ!」

 ふたりの若者は、完全に狙いをイッカクボウひとりに絞ったようだ。よろめきながら成り行きを見守るあとのふたりにはかまわず、愛刀を振りかざしてイッカウボウへ斬りこんだ。

 慌てたイッカクボウは、十数人のナマクラを呼び出して己の盾にしようとしたが、レッドとイエローの戦士にみるみる斬り倒されていった。

「やつめ、終わりだのう。どうする、助けるか?ゲイカイボウよ」

「ふん、愚か者は捨ておけばよい。我らは出直しとしよう」

 ゲイカイボウとコクウンボウは、手をのばして助けを求める仲間にくるりと背を向けて歩き出した。

「待て!」

 ひとりトモエが夢三日月を構えて追撃したが、数歩も歩かぬうちに、ふたりの姿は陽炎のようにゆらいで消えた。

 目の前で敵を逃した悔しさに歯噛みしながらトモエが振り返ると、父の仇敵イッカクボウは、ジュウベエとシンパチによって左右からの鋭い斬撃を受け、緑の体液を盛大に噴き上げて立ち尽くしていた。

「トモエ、とどめだ!」

 ジュウベエの呼びかけに無言で頷いたトモエは、ジュウベエ、シンパチの傍らに駆け寄った。

「俺たちの最高の一撃。キバの力を合わせて放つぞ」

 真ん中に立つジュウベエの言葉に左右のふたりが頷き、独特の構えに入った。

 大天馬の切っ先を天に向けて上段に構えるジュウベエ。業炎弾は岩をも溶かす。

 脇をしめて夢三日月を真横に構えるトモエ。光の鎌の如き烈光破に断ち切れぬものは無い。

 切っ先を大地に向けて深く腰を落として構えるシンパチ。地中を走って敵を粉砕する撃竜衝から逃れるすべは無い。

各々が持つ愛刀の力を最大限まで高めて撃ちだす必殺の一撃。その破壊力を練り上げて渾然一体とすれば、パワーは格段に膨れ上がる。それこそがファングレンジャーの最大必殺奥義!

「覇王羅刹弾!」

 三つの剛弾は回転しながら互いに絡み合い、やがてひとつの新しい光弾と化してターゲットへと奔った。

 ギュウーンとうなりをあげて奔る光球からは巨大な日本刀の姿が浮かび上がった。あらゆる邪を祓う、強力な羅刹の刃だ。

どおおおおおおおん!!!!

ぐああああああああ!!!!

 着弾と同時に激しい爆発がおこり、イッカクボウの全身が一瞬炎に包まれた。高熱が巻き起こす突風がその炎をかき消した時、爆心地には焼け焦げた衣をまとって棒立ちになったイッカクボウがいた。

 邪剣にとりつかれた冥界の化物…肉を失ったはずの眼窩で恨みの炎をたたえていた両目がぐるりと反転し、白目をむいたままイッカクボウはゆっくりと背後へ傾いた。

「ゲット!どんなもんだい」

 勝利を確信したかのように、シンパチが派手なガッツポーズを決めた。

 2メートル以上ある巨体がずしぃんと地響きを立てて大の字に倒れ、ピクリとも動かなく・・・いや?まだだ!

GUWOOOO!

「な、なんだ!?」

 倒れたイッカクボウの様子を確かめに近づいていたシンパチが驚いて尻餅をついた。

 まるで、体の中で何かが破裂して暴走しているかのようだった。

 全身をビクビク痙攣させながら、イッカクボウの体は見る見る巨大化し、全長数十メートルほどにも膨張した。

 両のまなこは依然白目をむいたまま、どうやら本来の意識は失われたままのようだ。してみると、これはまさしく「暴走」状態ということか?

「どこまで厄介なやつなんだ!」

 普段は冷静なジュウベエも、少々うんざり顔である。

「あの・・・どうするんですか?アレ」

 トモエは何がなんだかわけがわからなくなっている。もはやあのデカいアレを倒すのは自分の仕事とは思えない。

「自衛隊、呼びましょう」

 もはや考えが普通の女の子にもどっている。

「あのね、そんなトコ電話しても、すぐに戦車とか来てくれないよ」

「じゃあどうすればぁ?」

 ソリッドフェイスで表情はうかがえないが、トモエはベソをかいているようだ。

 シンパチとトモエのやりとりにジュウベエが割って入った。

「大きくなっても邪魂奴は邪魂奴だ。斃すのは俺たちファングレンジャーだろ?」

 大天馬を逆手に持ち替え体の後ろに回し、ジュウベエは片ひざを地面につけた。

「ハガネ獣召喚。ソードラプター!」

 召喚の声と共に立ち上がり、大天馬を高々と天に向けて突き上げる。すると、ジュウベエの声に反応したかのように、剣から巨大な何かが出現した。それは大きく翼を広げた猛禽を象って天空に舞い上がった。動物のようでもあり、無機質な機械のようでもある。ただ本能に任せるように翼をゆっくりと動かして高層ビルの上に浮かんでいる。

 巨大な相棒を見上げて「先に行く」と言い残し、ジュウベエの姿はソードラプターの中へと吸い込まれるように消えた。

 その途端、ソードラプターの全身は赤く染まり、生命の息吹とともに大きくひと声ケェェンと鳴いた。

 驚きで固まるトモエの傍らに近寄ったシンパチは、落ち着いた口調で説明を始めた。

「ハガネ獣は俺たちの刀に宿る魂の具現化で、邪を討ち祓うための凄いパワーを秘めた相棒なんだ」

「相棒・・・あれは鷹か鷲のようね」

「ああ、猛禽を象ったものだ。それはジュウベエが天空のキバを象徴するファングレンジャーだからさ。俺には俺の、君には君の象徴的なハガネ獣がいるんだぜ」

「私の・・・私にもあんな大きなハガネ獣が?」

「そうとも!さぁ行こうぜ、ジュウベエが空で待っている」

「ええ」

 シンパチは宝珠丸を逆手に持って背後に構え、片ひざをついた。

「ハガネ獣召喚。ソードベア!」

 そしてトモエがそれに続いた。“相棒”のイメージは既に脳裏にはっきりとある。

「ハガネ獣召喚。ソードオルカ!」

 同時に掲げられた宝珠丸と夢三日月から、白い影が出現し、それぞれ巨大な獣の形に変化してゆく。一方は二足で立つ熊、もう一方は美しい流線型のシャチだ。その巨影の中へ、ファングブルー・トモエとファングイエロー・シンパチの姿が、シュッと吸い込まれた。

 途端、シャチは鮮やかな海を思わせるブルーに、熊は力強く輝くイエローに染まってゆく。

屹立する背ビレと、哺乳類特有の左右に開いた尾ビレが鋭い刃になっている青いシャチは、地上約10メートルの空中に浮かんでいる。全長30メートルほどもある巨大なボディをゆるやかにくねらせ、まるで宙を泳いでいるようだ。

太い猪首と盛り上がる肩の筋肉が、圧倒的なボリュームの上半身を演出しいている黄色いヒグマは、宿敵を前にみなぎる闘志を抑えきれぬようすで、凄まじい怒りの熱量が、水蒸気となって大気を揺らしていた。

ゴアアア!

 ソードベアの雄たけびが戦闘開始の合図となった。

 空と地に並び立つ3匹のハガネ獣は呼吸を合わせるや、眼前の暴走イッカクボウめがけて襲い掛かった。

ギョオアアアアア!

 片や迎え撃つ暴走イッカクボウも、不気味な叫び声をあげて瘴気丸を振り上げ、建物を破壊しながら突進を始めた。

 双方から吹きつける闘気がぶつかりビル群のガラスが紙クズのように吹き飛んだ。

 まず、スピードで勝るソードラプターが激突した。正面からぶつかると見せて敵の眼前で急旋回し、真上から振り下ろされた瘴気丸を間一髪でかわすと、頭部トサカ型の刃と、左翼の刃で、続けざまにイッカクボウの体にダメージを与え、高速で後方へ飛び去った。

 のけぞった暴走イッカクボウの体から眩い火花が飛び散る。しかしまだ致命傷にはなりえていない。生前の記憶からか、暴走イッカクボウは悶絶しながらも瘴気丸を構え直した。

 続いて、ビルとビルの間を縫うように地面すれすれの超低空で近づいたソードオルカが、暴走イッカクボウの足元に近寄るや、大きく尾ビレをうねらせて一気にジャンプして、鋭利な背ビレと尾ビレで斬りつけた。

 再びあがる盛大な火花。

 次々と深手を受けて、後方へよろめく暴走イッカクボウを、最後にやってきたソードベアが正面から捕まえると、気合もろとも力任せに頭上へ持ち上げ、大きな弧を描くように地面へと叩きつけた。

ズウウウウウン!

 足元をすくうような地響きとともに、暴走イッカクボウの体は、アスファルトを割って半ばまで地中に埋まった。

グウウウアアア。

 苦悶の呻きをあげて手足を痙攣させる暴走イッカクボウの動きはほとんど停止している。

「思い知ったか」

 ソードベアの“中”では、融合したファングイエロー・シンパチが小躍りしていた。

「油断するな!相手は邪魂奴だぞ」

 天空に舞うソードラプターの目を通して、暴走イッカクボウのようすをじっと観察しているファングレッド・ジュウベエは、はしゃぐシンパチをたしなめた。こんなに簡単に倒せる相手ではないはずなのだ。

 はたして、暴走イッカクボウは突然上体を起こすや、真っ直ぐに突き出した瘴気丸の切っ先からどす黒い瘴気の塊を、まるで大砲の弾のように撃ち出した。

ドンドンドン!

 たてつづけに放たれた瘴気の弾丸は、狙いたがわず3体のハガネ獣を直撃した。

「うわっ!」

「きゃあ!」

 人間の心身を衰弱させ、死に至らしめる邪悪な気の砲弾は、ハガネ獣の体を蝕み、一時的に飛行能力を失ったソードラプターとソードオルカは、関節部から黒煙を噴きながら墜落し、平衡感覚を損傷したソードベアはビルとビルの隙間へ横倒しとなった。

ズズゥゥゥン

ぐ…くくっ!

 落下や転倒の衝撃もさることながら、ハガネ獣が被ったダメージは、同化しているファングレンジャーにも直接的な苦痛となって襲いかかるため、3人は悶絶していた。ファングレンジャーとしての戦闘スーツを着用していなければ命を落としていたに違いない。それでも濃密な瘴気に包まれた彼らは、激しい頭痛や吐き気、めまいに苛まれていた。

ギョアアアアア!

 自我を失った巨大な暴走イッカクボウは、体の奥底から突き上げてくる破壊衝動によってのみ動いている。地面に倒れている3体のハガネ獣への攻撃を緩めようとはしなかった。ソードラプターとソードベアをターゲットに定めてふたたび瘴気の砲弾を撃ち出しながら、最も近い場所で呻いているソードオルカを巨大な足でガシンガシンと何度も踏みつけた。

「ジ、ジュウベエ…やばくないか、コレ?」

「む、確かに」

 ジュウベエもシンパチも、反撃の機会を伺っているのだが、瘴気に侵されている相棒たちは機敏に動くことができない。トモエのソードオルカにしても、暴走イッカクボウの左足によって強く地面におしつけられたまま弱弱しくもがいているだけだ。

「シンパチ、トモエ、別々の攻撃ではやつには敵わない。メガソードロボに合体するぞ」

「が、合体?俺やったことないぞ」

「私もよ」

 シンパチもトモエも不安げな声をあげている。

「心配するな、俺も初めてだ」

「そりゃ、まぁ・・・心強いことで」

「でも、どうやるのよ?方法、わかってるの?」

 トモエの問いに、ジュウベエは応えない。

「知らないんじゃねえかよ!」

「ああ。だが、すべては俺たちの刀に聞けばわかるはずだ」

 ジュウベエの言葉に、ふたりはハッと我に返った。

「刀に・・・」

「そうだ。俺の刀・・・宝珠丸はいつだって俺を正しい方へ導いてくれた」

「刀を通して俺たちの心をひとつに重ね合わせることができれば、あるいは!」

「あるいはって、ジュウベエおまえ・・・」

「やるわ。やるしかない!」

 トモエは切羽詰っていた。暴走イッカクボウの攻撃によって、ソードオルカのボディは悲鳴をあげている。もう限界だ。

 ハガネ獣の中の3人は、かざした愛刀に意識を集中し、その刃の向こう側にふたりの仲間の存在を意識した。

 ハガネ獣をとりまく瘴気が邪魔をする。激しい苦痛によって仲間の姿が霞んでしまう。しかし何度も何度もトライするうち、徐々に要領が掴めてきた。仲間たちふたりの姿がくっきりとしてくると同時に、向こうでも自分の姿を求めていることが感じられた。相手の気持ちが伝わってきた。

 そして!

「今だ、三剣合体!メガソードロボ!」

「三剣合体!メガソードロボ!」

 3人の掛け声と同時に3体のハガネ獣はいくつかのパーツに分裂し、バラバラに飛び交い始めた。

 不意に相手が消滅し、暴走イッカクボウはバランスを崩してつんのめった。

ランダムに飛び回っている3色のパーツはやがて正しい相手を見定めるや、カシン!カシン!と小気味良い金属音をたてながら徐々にある形に組み合わさってゆく。やがてそこには天をつくようなマシンの剣士が立っていた。

中ではジュウベエを中心に、トモエとシンパチが並んで立っている。互いを見交わして頷きあった。

「やったぜ、合体成功だ」

「これがメガソードロボ・・・」

「ああ、為せばなるだ。一気にやっつけよう!」

 3人の気合がひとつに重なった時、ハガネの巨人の両目に光が宿った。

ギュィィィン。ガシィン。

 精密なカラクリが体内で正確に稼動している。メガソードロボは力強く前進し始めた。

 暴走イッカクボウは瘴気丸から瘴気弾を放ってジュウベエたちを迎え撃った。どす黒い瘴気の弾丸は続けさまにメガソードロボに着弾し、その歩みを乱した。

「くそっ、ひるむな!」

「私に任せて」

 トモエが夢三日月の柄に力を込めた。

「ローリングウェーブ・インパクト!」

ビュンビュンビュン!

 メガソードロボが両腕を真っ直ぐに突き出すと、両の拳から青い光弾が続けさまに撃ち出された。

 青い光弾は瘴気弾を討ち払ってそのまま暴走イッカクボウに命中した。

ぐおおおおおお!

 着弾の衝撃よりも、光の弾丸に込められた聖なる気が暴走イッカクボウを苦しめた。

「闇は光には勝てないのよ!」

 トモエの力強い宣告に、シンパチが舌を巻いた。

「やるもんだねえ」

「油断するな、来るぞ」

 暴走イッカクボウが瘴気丸を振りかぶって襲ってきた。瘴気弾が効かぬと知って白兵戦に打って出た。頭上に振り下ろされた刃を、メガソードロボは両手で挟んで受け止めた。見事な真剣白刃取りである。そのまま腕を振って押さえた刀をひねると、暴走イッカクボウは瘴気丸を握ったままもんどりうって大地に転がった。

 メガソードロボは手の中に残された瘴気丸を左手で地面に垂直に突き立て、右手の手刀で真っ二つに叩き割った。

ぎゃあああああ!

 力の源である邪剣をへし折られ、暴走イッカクボウは悲鳴をあげた。

「喰らえ、メガショック・クェイサー!」

ドドドドドドドドド!

 メガソードロボの両拳が大地に打ちつけられるや、すさまじい衝撃波が地中を走り、足元から暴走イッカクボウに襲いかかった。

ぐ、ええええええ

 全身を引きちぎられるような激痛に、暴走イッカクボウは悲鳴をあげた。

「まだだ。ゆくぞ、ハイボルト・キャプチャーだ」

 メガソードロボの背に折りたたまれていたソード・ラプターの翼が左右に展開し、その翼面から電撃の雨が暴走イッカクボウを包み込んだ。

 邪剣の後ろ盾を失った化物の体は、なすすべもなくファングレンジャーの攻撃にさらされている。

「とどめだ!」

 ジュウベエの言葉に応じてふたりも頷いた。

 メガソードロボの手のひらに光が浮かび上がり、それは見る見る巨大な剣に変わった。メガソードロボの最大必殺兵器「大剛剣」だ。

「大剛剣、天空斬り!」

 メガソードロボは大剛剣を下段に構えるや、天空めがけて斬りあげた。

バシュッ!

 戦闘力のほとんどを失っていた暴走イッカクボウは、光の剛剣によって切り裂かれ、虚空を掴んだまま仰向けに倒れて爆発した。

「やったわ!」

「邪魂奴め思い知ったか!」

 ジュウベエの背後でトモエとシンパチがハイタッチした。初対面とは思えない見事な連携だ。

その時、ジュウベエが鋭い声でふたりを制した。

「あれを見ろ」

ジュウベエは、折れた瘴気丸を指さしている。

「ああ!」

「何、あれは?」

折れた瘴気丸の傷口から、不気味な闇が染み出していた。膿のような、反吐のような、触れるだけで気が狂いそうになる、瘴気丸の正体だ。

「あれがやつの本体だ。逃すな!」

 メガソードロボは両手で大剛剣を持ち、天空へ逃げようと漂う瘴気の固まりめがけて投げつけた。

ザクッ!

 大剛剣は、まるで形あるものに刺さったかのように、宙に浮かぶ闇の真ん中を刺し貫いた。

シュウシュウシュウシュウ。

 瘴気の闇は、一瞬身もだえたように思えたが、やがて水に落とされた角砂糖のように次第に大気に溶けて小さくなっていった。

 何百年もの間、数え切れない人々の血を吸い、持ち主の精神を狂わせてきた邪剣の魂が今、光の剛剣によって引導を渡されたのだ。

 闇のすべてを浄化し、消し去った大剛剣は、まるで嬉々として主のもとに帰ってくる忠実な猟犬のようにメガソードロボの手に戻った。

 

 もうもうと立ち込めた爆煙がようやく退いた頃、頭部のみ変身を解いた3人の若者が瓦礫の中に立っていた。右手には鞘に収められたそれぞれの愛刀がある。

「邪魂・・・封殺」

ジュウベエはとりあえずの終戦を告げた。

 トモエは、唇を少しすぼめてゆっくりと息を吐いた。全身にみなぎっていた闘志が、緊張感とともに体から抜けてゆく。

 それを見たジュウベエが彼女の右肩にやさしく左手を置いた。

「よく戦ったな。見事な初陣だった」

 トモエは少しはにかんだが、何も言わなかった。言うべき言葉が思い浮かばなかったし、何よりも今、言葉など必要ではなかったからだ。

「それにしてもしぶとい奴だったな」

 シンパチがう〜んと両手を伸ばして背を反らせながら言った。

「ああ。だが、やつは手負いだった。残りの2人はもっと手ごわいぞ」

 ジュウベエの言葉に、ふたりは無言で頷いた。その唇は固く結ばれていた。

                          <Episode1 終>

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