ウルトラQ 〜Another Story

恐怖の外来種


(序)

今年も梅の花が咲いた。

水ぬるむ3月はじめの土曜日ということもあって、全国の梅園では大勢の梅見客が紅梅や白梅の可憐な花びらに目を奪われていた。

そんな麗らかな週末の午前10時に行われた宇宙開拓センター(SFC)の緊急会見の内容は、ただちにニュース速報として全国に伝えられ、日本全土に衝撃を走らせた。

<直径約20mの流星地球に接近!約2週間後日本列島を直撃か!?>

 

「イマージェス」という名が与えられたこの流星は、SFCによるその後の調査で内部のほとんどが液体であることが判明し、外郭が比較的やわな石質であることと併せて、大気圏突入時に内部の液体もろとも蒸発してしまうであろうとの公式見解が発表された。

この発表に日本全国民は胸をなでおろしたのだった。

そして最初の緊急発表から13日後の未明・・・。

BABABAAAAAAN!

北緯34度、東経134度。淡路島諭鶴羽山のほぼ真上、地上約100キロメートルの高空でついにイマージェスは地球の大気圏に突入し、SFCの予測どおりまばゆい閃光を残してあっけなく消滅した。

 

(一)

「“大気の壁に阻まれた宇宙のロマンス”こいつは傑作だね」

手にしていた毎朝新聞の記事原稿を机に放り投げると、一の谷博士は大笑いした。

都内某所、一の谷研究所の2階にある博士の書斎にいつもの顔が揃っていた。

白衣姿の一の谷博士は愛用のチェアに上体を預け、足を組み、パイプを持つ左手を肘掛の上に休ませている。彼がリラックスしている時に特有の姿勢だ。

毎日新報記者の江戸川由利子を左右にはさむように、星川航空のベテランパイロット万城目淳と見習いの戸川一平は壁際のファブリックソファに収まっている。

机の原稿から顔をあげた博士は視線を由利子に移した。

「由利ちゃんらしくて私は好きだね。で、この記事は採用されたの?」

「お察しの通り、ボツです」

由利子は窓の外に広がる真っ青な空を見上げてむくれている。

「あ〜あ、うちのデスク、アタマ堅いのよね」

 ボリボリと頭をかきながら嘆く。

「それにしても由利ちゃん。宇宙のロマンスってどういう意味?どうしてあんな人騒がせな流星がロマンスなの?」

一平が上体をひねって由利子の顔をのぞきこむように言った。

「やめてよ一平君、デスクとおんなじこと言うのは。つまりね・・・なんていうか・・・」

 由利子は苛立ちを押さえられないようすでソファから立ち上がると口を尖らせて窓際に立った。

「地球とイマージェス、共通項は水だね」

脳裏にあることをうまく言葉にできず、眉間にしわを寄せていた由利子は、一の谷博士の助け舟に手をポンとうった。

「そう!そうなのよ。水をたたえた流星イマージェスは、母なる水の星地球をめざしてはるばる飛んできたのよ」

「なのに、その母親の懐に飛び込もうとした瞬間、分厚い大気の壁に阻まれてあわれ一巻の終わりってわけだ。だけど母親とロマンスをごっちゃにするあたりが由利ちゃんの雑なところなんだよね。ははは」

茶化す万条目をじろりと睨むや、由利子はプイと三人に背を向けて窓の外へ顔を向けた。

雲ひとつない、抜けるような青空であった。

 

(二)

異変は静かに起こっていた。

鳴門海峡でまったく魚が釣れなくなったという記事が地元新聞に小さく掲載されたのは、流星騒ぎが収まって1週間ほど経った頃のことであった。

真鯛をはじめ、カレイ、メバル、チヌ、スズキ、カサゴなど、遠く関東からも釣り客が後を絶たない海釣りのメッカ鳴門近海で、まったく魚が揚がらなくなったのだ。

 

「鳴門の海はただのでっかい水溜りだぜ。魚なんて一匹もいやしない・・・」

魚の気配すらなくなってしまった海を、釣り人たちは恨めしげにながめた。

そのとき、ザザーンと海面を割るように巨大な何かがいきなり姿を現した。

「なんだ?」

「沈んでいたボートか何かが浮き上がってきたのかな」

「死体があるんじゃないだろうな」

 付近の釣り客たちはおっかなびっくりボートを近づけた。

「お、おい。こりゃあ・・・」

「う、うわああああ」

浮き上がったものの正体を確認した釣り人たちは、驚愕に目を見開いて仰向けにひっくり返った。

 

「魚のカラ?」

 騒々しいローター音の中で一平が素っ頓狂な声をはりあげた。

そうなのだ。まったく魚が釣れなくなった鳴門の沖で今度は巨大な魚の抜け殻が発見されたという。今度はさすがにニュースとなったため、由利子は一の谷博士を誘って星川航空のヘリで四国へ向かっているのだ。

「魚にカラなんてありましたっけ、先輩?」

「バカ。セミやヘビじゃあるまいし、魚が脱皮するなんて話聞いたことがない」

 操縦桿を持つ万城目が吐き捨てるように応じた。

「いや、魚類の中にも脱皮するものはおるんじゃが、今回聞いた話ではまるで魚の形をしたプラスチックケースのようだと言うじゃないか。さすがにそんなものはのう・・・」

日本の頭脳とも言うべき博識な一の谷博士も首をひねった。

「とにかく行ってみれば何かわかるかもしれないわ」

そりゃそうだ・・・と万条目がため息をついた時、眼下に大鳴門橋が見えてきた。

 

それは徳島海上保安部で保管されていた。

全長約3mもある大きな魚の抜け殻だ。色合いといい硬さといい、確かに何かの樹脂製のように思える。背の部分が大きく割れて、更に大きくなった本体はここから殻の外へ出たのであろう。ここにあるものはまるで割ってひろげたモナカのようだ。

殻の形から察するに、本体の魚はピラニアに似たフォルムをしている。口が大きく、無数の穴はキバが生えていた跡だろう。エラが異様に大きく張り出している。

一の谷博士は顔を近づけて観察を始めた。愛用の高級ボールペンであちこち突っつきながらふむふむとつぶやいている。

「なるほど、これが・・・ですか」

「そうです。これが最初のものです。鳴門沖で漁師の網にひっかかったのです」

「最初の?それでは他にもあるのですか?」

 一の谷博士は身を乗り出した。

「はい。実は屋内には入れづらいので裏の倉庫に置いてあります」

「それは・・・それほど大きいということですか?」

 ここに置けないほど大きい?

「はい、ものすごく。ご覧になられますか?」

「是非お願いします」

 搾り出すような万条目の求めに応じて担当の保安官は部屋を出て、一行を庁舎裏の倉庫へと案内した。

 

「うわっ!」

まず一平が悲鳴を上げ、ほかの三人も皆絶句した。

先刻と同じ形状の抜け殻がブルーシートの上に置かれている。しかしこちらは全長10m以上はあるだろう。隣に停めてある海保の車よりもひとまわり以上大きい。

「マイクロバスくらいあるぞ・・・」

 一の谷博士の眉間のしわが深さを増している。

 こんな奇怪な魚がこの日本近海に何匹も生息しているとは考えづらい。ということは・・・?

「先刻の抜け殻とこの抜け殻が発見された間隔は何日くらいでしたか?」

 ええと・・・と保安官は手に持った書類に視線を落とした。

「第一発見者の釣り客から報告があったのは、さっきのアレが発見された8日後のことです」

 ならばコレは、ものすごいスピードで育っているということになる。

「じゃあ、やっぱりこいつが鳴門海峡の魚を根こそぎ食べちゃったのね」

 愛用のデジタルカメラを構えながら由利子が憎たらしそうに言った。

「畜生!人間様の大切な食料をひとり占めしやがって。魚を食い尽くしたら今度は何を食うつもりだい!」

 一平の言葉に万条目と由利子が顔を見合わせた。

・・・次に食うもの?

 一同は背筋に冷たいものが奔るのを感じた。

「一平くん、すぐ私の研究室に連絡してくれたまえ。これを詳しく調べたい」

「はい博士」

一平が買ったばかりのスマートフォンを取り出した。

 

「えっ、地球の生物ではない?」

「うむ。DNA鑑定の結果じゃ、見たまえ」

一の谷博士から手渡されたタブレットPCを受け取った万城目は息をのんだ。

「こんなDNAの立体構造は見たことがありません」

通常見られるDNAの二重らせん構造とはまったく異なるいびつなねじれかたをしている。

「魚類に限らず、地球上のどのような生物とも関わりがない、まったくの異種であると断言できるね」

「ということは・・・」

「まさか・・・」

3人は空を見上げてつぶやいた。

「宇宙から・・・」

謎の宇宙魚の存在は、一の谷研究所から直ちに関係省庁を通じて各自治体へ報告され、航行する船舶や沿岸住民の安全を考慮してすべての情報が公開された。

「急成長を続ける謎の宇宙生物は今後『外来種SS-02、バングラー』と呼称します」

 

(三)

 鳴門海峡といえば渦潮である。

 播磨灘と紀伊水道をつなぐわずか1.9キロの狭い海峡において最大1.5mにもおよぶ潮位の差が生み出す猛烈な潮の流れが、複雑な海底の地形とあいまって産み出す大渦は、海の難所である反面素晴らしい観光名所でもある。

 今日も有名な渦潮を間近で見ようと観潮船が出港していた。

「あっ、ほらあそこ」

「巻いてる巻いてる」

「おお、大きいぞ」

 観潮船のデッキでは観光客の歓声があがっている。

 渦が巻きやすい大潮の時間である。

 船長はこの道25年のベテランで、渦潮が発生しそうなポイントを巧みに察知して船をまわしている。経験を積んだ者だけができる操船技術である。

 出港して約15分、観潮船は大鳴門橋の真下近くまで来ていた。渦潮の迫力が最も楽しめるポイントである。

ガガン!

 突然大きな衝撃が船を揺らした。

 船底が何かに叩かれたようだ。

「船長、今のは?」

 助手の顔が蒼ざめている。

「まさか、座礁したのか?」

 そんなはずはない。このあたりは水深90mはある。

 それなら一体・・・?

きゃああああ。

 デッキの女性客が悲鳴を上げた。

 何事かと振り返った者たちは皆、恐怖ですくんだ。

 電柱ほどもある巨大なトゲのようなものが何本も真っ直ぐに並んで観光船の真横を通り過ぎてゆく。

 強力なエネルギーを内包する渦潮をものともせず、その真ん中をゆうゆうと泳ぎ去って海中に姿を消した。

「あ・・・あれは魚の背びれだったぞ」

「背びれ?あれが背びれだとすると、本体はどんだけデカいヤツだよ」

 乗客たちの震える声を聞いていた船長は、呻くようにつぶやいた。

「バ、バングラーだ」

「早く港へ戻ろう」

 先刻の衝撃でかなり出力が落ちてはいたが、それでも手負いの観潮船はなんとか船首を港へ向けた。

 ようやく無事に帰港した観潮船の横っ腹には、まるで熊のツメにえぐられた樹木のごとき線状の深い傷が幾筋も走っていた。

そして鳴門海峡は恐怖の海と化した。

 

「早く退治しなければ大変なことになる」

一の谷博士が呻く様に言った。

これは明らかに地球の魚類ではない。そうであるならば、位置的時期的にみてあの流星イマージェスで運ばれてきた宇宙の種と考えるのが妥当だろう。

「外来種が在来種を食う。今ではこの日本でも頻繁に見られることだが、今回の場合はそれが宇宙レベルでおこっているのだ」

流星とともに飛来したとすればかれこれ3週間は過ぎている。あのふたつのカラの発見時期と大きさの違いからして、バングラーの本体はすでに体長30m以上になっているはずだ。

 一の谷研究所の警告に応じて神戸の第五管区海上保安本部は、徳島海上保安部ならびに淡路島の大阪湾海上交通センターに特別警戒態勢を敷くよう命じた。

 

「一の谷博士、これを見てください」

 研究所員の本多が一の谷博士を呼び止めた。

「うん?これは熱探知システムのデータじゃな。ほう、これは面白い!」

 本多所員の端末ディスプレイには、鳴門海峡の海底図と、不規則に記録された赤い幾筋ものラインが描かれている。

「キャビテーションが起こっているようじゃな」

「おっしゃる通りです」

 一を聞いて十を知る。年齢を重ねてなお一の谷の頭脳は冴え渡っている。本多は満足そうに頷いた。水中の物体が高速で移動すると、その周辺の気圧が局部的に低下する。気圧の低下は沸点の低下を伴いまとわりつく海水を沸騰させて気泡を生むのだ。これをキャビテーション現象という。モニター上の赤いラインは周囲の海水を沸騰させながら高速で移動するバングラーの軌跡なのだ。

「バングラーは鳴門海峡から離れようとしていませんね」

 確かに今のところバングラーによる漁業や船舶への被害は鳴門海峡の近辺に限定されている。実際このモニターに示されたバングラーの行動範囲は鳴門の渦潮を中心に示されている。

「おそらくヤツは鳴門海峡の激しい潮流を好むのじゃろう。他の穏やかな海域では、あの巨大なエラで呼吸するために常時高速で移動していなければならぬ。ここはバングラーにとって快適な海というわけじゃ。ともあれバングラーの追尾は思いのほか容易というわけじゃな・・・ならば、このキャビテーション現象を逆手に取ってみるのもひとつの手かもしれぬ」

 しばらく自慢の白い口ヒゲをなでていた一の谷は数人の研究所員を呼び集めると何やら指図をし始めた。

「ことは急を要する。大急ぎで取りかかってくれたまえ」

 一の谷博士の命を受けた研究所員たちは駆け足でそれぞれの持ち場へと戻って行った。

 

(四)

ザバーン!

巨大な物体が海中からジャンプした。

ギョギョオオオオオ

「きゃあ!」

 そのおぞましい姿と鳴き声にデジカメを構えていた由利子が悲鳴を上げて万城目の腕にすがりついた。

巨大魚の体長は一の谷博士の予想通り30数mはあろう。海面から空高く舞い上がったのは、怪魚というよりはもはや明らかに怪獣である。

 何段にも大きく開く口はプレジャーボートくらいなら苦もなく丸呑みにしてしまうだろう。しかもその上下には地獄の拷問具のごとき鋭い乱杭歯がびっしりとはえている。いかな巨大貨物船といえども、この顎に襲われればまるでウェハースのように船体を食いちぎられてしまうにちがいない。ボディを覆う無数の鱗は一枚一枚がまるでナイフのごとく鋭利だ。

 左右に大きく展開したエラ部分からは、体内に溜め込んだ大量の海水を猛烈な勢いで噴射して空へ舞い上がっている。

 異様に大きく黒い目らしきものには、この星の生物はどのように映っているのだろう。

「見たか一平。あの化け物のジャンプ力を・・・大鳴門橋の路面よりも高く飛び上がったぞ!」

 万条目の指摘どおり、バングラーの跳躍は明らかに大鳴門橋の高さを凌駕している。何とかしなければ橋に体当たりでもされれば大惨事になる。

 船影のかけらも見えぬ無人の鳴門海峡を我が物顔で泳ぐ宇宙からの怪獣バングラーの姿を、人々は陸から忌々しげに眺めていた。しかしそれももうしばらくの辛抱だ。

 一の谷研究所がモンスター撃退の新兵器を発明し、間もなく海上保安庁の巡視船に搭載してこの海へやってくる手筈になっている。それまではあらゆる海上航行が禁止されているのだ。

 さすがに巡視船への乗船を禁じられた由利子たち一行は、鳴門海峡が一望できる鳴門公園千畳敷展望台に陣取っていた。

 

「あっ巡視船が来たぞ!」

 一平が海の一角を指さして歓声をあげた。

 確かにブルーのラインが描かれた白い船が紀伊水道を北上してくる。貨物船などに比べて精悍なフォルムであることが見て取れる。海上保安庁が誇る最新鋭高速巡視船だ。

 ほぼ同時に、関西空港から飛び立ったヘリコプターも作戦海域に到着した。熱探知ソナーで上空からバングラーの動向を逐一巡視船に伝える役目を帯びている。

「勝てますかねぇ、先輩」

 一平が不安げな声をあげた。

「あの巡視船には一の谷博士の対怪物兵器が搭載されている。きっと勝つさ」

 万城目の声からも緊張感が伝わってくる。

 巡視船が高速で奔りながらバングラーを挑発し、ひきつけて、新兵器でヤツを退治するという寸法だ。だがスピードも攻撃力もバングラーのほうが上回っている。言うは易いが、この荒れる海域での作戦を成功させるには熟練の操艦技術が要求される。ひとつ間違えば巡視船の乗務員たちの命はない。

「あっバングラーよ」

 由利子が指さす先には波間から天を威嚇するかのような鋭い背びれが見え隠れしていた。

 

高速巡視船には一の谷博士と本多も乗艦していた。

オレンジ色の救命胴衣を着用し、ヘリコプターも着艦できる船の後部デッキで搭載した新兵器「キャビテーションビーム放射装置」の最終調整を行っている。

「これでよし。急造だが私の理論が正しければあの化け物を葬ることはじゅうぶん可能なはずだ」

「大丈夫です。博士の理論は完璧です」

 本多の言葉にわずかにほほ笑んだ一の谷博士は、艦橋から見下ろす海上保安官に手を振って準備完了の合図を送った。いよいよ作戦開始だ。

「水中を高速で移動するヤツの周囲には圧力低下によって熱を帯びた気泡が無数に取り囲んでおる。これに非常に指向性が強く流速の異なる人工の特殊バブルパルスをぶつけると、膨大な破壊エネルギーを生むのじゃ。その破壊エネルギーは気泡のとりついたバングラーの体表組織をみるみる壊食させてしまうじゃろう」

 強い海風が博士の白髪と豊かな口ヒゲを弄る。

 巡視船の前方にはこちらを狙う化物の背びれが高速で接近していた。

 

ギャギャギャギャ!

久々の獲物を見つけたバングラーは嬉々として巡視船に襲いかかった。

鋭く天を衝くような背びれが巡視船左舷前方から急速接近する。

ブロロオオオオ!

 艦首の自動追尾式20mm機関砲が唸りを上げてモンスターを迎え撃つ。銃弾は狙いたがわずバングラーの巨体を捉えた。思わぬ反撃に驚いたか、バングラーはグルリと体をひねると水中に姿を消した。

「いやっほー!先輩、巡視船がバングラーを追っ払いましたよ」

 千畳敷展望台ではしゃぐ一平をじろりと睨むと万城目はかぶりを振った。

「いや、まだだ一平。やつは海底で態勢を整えているんだ。もう一度来るぞ!」

 その言葉どおり、バングラーは海底から勢いよく海面に浮上するや、そのまま天高くジャンプした。エラからのジェット噴射で舞いあがり、空中で態勢を変えるや、巡視船の右舷から対艦ミサイルのように飛びかかった。

「回避!」

 回避行動をとりながら、再び多銃身の機関砲が火を噴く。

 着弾した銃弾がバングラーの周囲で火花をあげた。それでも怪魚は大きく口を開けて巡視船めがけて飛来する。

「ああ!」

 由利子が両手で顔を覆った。

ZBAAAAAAN!

 巡視船を覆い隠すほどの水柱があがり、急速旋回していた巡視船の左舷をかすめてバングラーは着水した。正面からの20mm機関砲の攻撃を嫌ったバングラーが空中でわずかにバランスを崩したおかげで、体当たりの直撃を免れたのだ。

 それでも船内ではかなりの衝撃が走り、艦橋にいた一の谷博士と本多は同時に尻もちをついた。本多は肩を何かにしたたかぶつけたらしく、苦悶の表情を浮かべいている。

だが乗組員たちはまったくひるんだようすを見せない。地球外のモンスターを相手の戦いに臨んで、はなから無傷で帰港できるとは思っていないのかもしれない。堅く結んだ口元に決死の覚悟が読み取れた。

「あれだけのジャンプをした後ならバングラーは海中深くまで沈んでいるでしょう。船長、この隙に船を回頭させてください」

 一の谷博士の指示に「了解」と短く応え、船長は操舵手に回頭を命じた。

 キャビテーションビーム放射装置は船尾にとりつけられている。

「攻撃のチャンスは一度きり。ビームは至近距離から放射しなければなりませんぞ!」

「現在バングラーは本船の後方約12m。深度60。急速浮上してきます」

「キャビテーションビーム放射装置スタンバイじゃ」

 一の谷博士の指示で、本多が左肩の痛みをこらえながらコントローラーを操作しはじめた。タイミングを過てば、バングラーはするりと体をかわして逃げ去ってしまうだろう。責任の重さが痛みを忘れさせているのかもしれない。

ウィイイイイイン。

 船尾に取り付けられた装置が唸りを上げ始めた。全長3mほどもある、吸い込み口を海中に向けた大きな掃除機のようだ。

「バングラー、放射装置の有効射程エリアまであと5秒、4、3、2、1、ゼロッ!」

「放射!」

 本多がコントローラーの最上部に据えられた赤いトリガースイッチを力いっぱい押し込んだ。

BWOOOOOOOO!

 ついにキャビテーションビームが放射され、渦潮をも凌駕するような猛スピードで無数の気泡が噴射された。

「キャビテーションビーム出力70%。バングラーを完全に捉えました」

「少しずつ出力を上げてくれたまえ。少しずつじゃぞ」

「はい」

 本多の汗ばんだ手が、目盛りのついた出力ダイヤルを少しずつ右へと回してゆく。それにともなって泡のビームはさらに激しさを増していった。

ギョオオオオオオオオオン

苦しげな呻き声を上げながら、それでも目の前にある物体を攻撃せんと、バングラーはキバを正面に向けてさらに力を込めて泳ぎ続ける。そのエネルギーが猛烈なキャビテーション現象によってすべてヤツ自身の体表組織の崩壊につながってゆく。

次第にバングラーの体表を覆う刃物のようなウロコが腐食するように欠け、はがれ、次にはキバや背びれが、溶けるようにその形状を崩していった。

「バングラーの体組織が崩壊し始めました!」

 水測員が叫んだ。

「よし、出力最大じゃ」

 一の谷博士の指示によって本多は出力ダイヤルを右の端まで回しきった。

 バングラーの大きな丸い目が溶けてボコリと抜け落ちた。今やモンスターの体表組織のほとんどが壊死したようにはがれおちている。それでもしばらくは前へ前へと泳ごうとしていたのは恐るべき本能というべきか。しかし、ビーム放射後約20分でついにバングラーはただの肉塊となって鳴門海峡の最深部へと沈んでいった。

 鳴門海峡は再び平穏を取り戻したのだ。

 

(五)

 翌日の午後。

一の谷博士の書斎はコーヒーの香りで満ちていた。

「それにしても宇宙からの外来種だなんて・・・とんでもないヤツが来たものよね」

 由利子は鳴門海峡での宇宙怪魚撃滅作戦の一部始終を記事にし終えていた。

 コーヒーが満たされたカップを博士、万城目、一平の順で手渡し、自らもそろそろと口をつけて薫り高い液体をひとくち飲んだ。

「外来種による生態系の崩壊は我々人類にとって大きな問題のひとつなんだよ、由利ちゃん」

「本来いるはずのない種が、もともとそこに生息している種を滅ぼす。こんな不条理に関与しているのがこともあろうに我々人間なんだからなあ。今度の一件で絶滅危惧種の気持ちが少しだけわかったような気がするよ」

 万城目もいつになくしおらしい。

「だけど先輩、我々人間はあのバケモノに立派に討ち勝ちましたよ。一の谷博士の頭脳と海上保安庁の勇敢な行動でね」

 展望台で叫んでいただけの一平が誇らしげに胸を張るのがおかしくて由利子は吹き出しそうになった。

「今回は何とか撃退できたが一平君、次も勝てるとは限らんぞ。あんな魚のモンスターじゃなく、高度な知能を有するヒューマノイド型外来種が襲ってきたとしたら・・・また勝てるかな?」

 一の谷博士の言葉に一平はうつむいてしまった。

「淳ちゃん・・・」

 一平の不安が由利子にも伝播したようだ。こういう時はなんとなく万条目に「大丈夫さ」と太鼓判を押してもらいたくなる。

「ペットにしたい。釣りや猟を楽しみたい。害になる動物を駆除したい。自然の摂理において、こんなものはみんな人間の身勝手だ。我々は今度のことでもっと身近な問題をよく考え直す必要があるのかもしれませんね、博士」

 万条目の言葉は由利子が期待したような威勢の良いものではなかった。胸にわだかまる不安が益々大きくなるようで、由利子は憂鬱な顔を窓の外へ目を向けた。

おりしも窓から一陣の風が吹き込んで由利子の短くて真っ直ぐな黒髪を、まるでウィンドチャイムをかきならすように乱しながら室内へと奔り抜けた。

いずこからか運ばれてきた一枚の桜の花びらが由利子のブラウスの肩にちょこんと乗った。

―――アラ!

ピンクの小さくて可愛らしい来訪者に、暗く沈んでいた彼女の表情がにわかに明るくなった。

 

 〜この日も空には雲ひとつない抜けるような青空が広がっています。この空のはるかな彼方から、今度はとんでもない外来種がやってくるかもしれません。そのことに私たち人間ははたして文句を言う資格があるのでしょうか・・・?〜

 

(完)

 コーナートップ→