空想特撮シリーズ

自走要塞危機一髪


(序) 〜いかづちの剣〜

 

ゴビ砂漠は真の闇に包まれていた。

 星も月も、分厚い黒雲に覆われて所在もわからない。

 轟轟と唸りながら、猛烈な風が無数の砂礫を吹き飛ばしている。

 常人なら、数秒と外にいられないはずだ。

 この夜のゴビ砂漠には、激しい怒りが満ちていた。

ヒュヒュン、ヒュンヒュウン。

 いくつかの光の玉が天に昇り、ゆるやかな放物線の尾を曳きながらゆっくりと落下しはじめた。

 照明弾だ。

 突如幕が上がったステージに浮かび上がったのは、巨大なピラミッドと1匹の怪獣であった。

 怪獣の体長は60メートル以上あろうか。砂漠に巣食う凶悪な肉食怪獣だ。

 怒りのパワーが全身から湯気となって立ち昇り、燃える双眸からは炎の如き紅の光が放たれている。

ごあああああ!

 怪獣の口から、咆哮と共に青白い火炎が迸り、対峙するピラミッドを直撃した。

バチバチバチバチ!

 岩をも溶かす超高熱に、ピラミッドはどろどろと崩れ始めるかと思いきや、表面から無数の火花があがり、怪獣の火炎を拡散、消滅させたではないか。

 よく見れば、そのピラミッドは特殊な金属装甲に覆われている。石のブロックのように見えるのは、一枚ずつが独立可動式のムーバルアーマである。攻撃の種類や飛来する角度によって、コンピュータ制御で微妙に角度を変え、あらゆるダメージを受け流して軽減させる最新鋭防御システムだ。

ドドドドドドドン。

 ピラミッドの左右からミサイルが発射された。不規則な軌道を描きながらも、撃ち出されたすべてのミサイルは、あらゆる方角から怪獣の全身に命中して砕けた。

ぎゃああああん。

 怪獣は、苦鳴をあげて身を震わせたが、今度は眼前の敵めがけて猛然と向かっていった。

ズズウウウン

 顎を引き、腰を落として、肩口からピラミッドに激突した。超怒級のタックルに、さしものハイテクピラミッドも無傷ではいられまい。底知れぬ破壊力だ。

一方のピラミッドにも、動きが見られた。

 高さ約120メートルほどもある巨大なピラミッドの頂上部から、スルスルとなにかがせり上がってきた。巨大な避雷針のようだ。

パリ、パリリ。

 ごつい肩と太い腕の筋肉に裏づけられた、鋭いツメの一撃を繰り出そうとしていた怪獣も、プラズマを纏う不気味な避雷針を上目づかいで睨んだ。

 獣の本能がヤバイと告げた。

 ピラミッドの頂上めがけて再び火炎を吐こうとしたその時―。

バチバチッ!

 ピラミッドの頂上が凄まじい閃光を放つや、照明弾の光をはるかに凌駕する眩い閃光とともに、人工の稲妻が怪獣めがけて奔った。

 火炎を武器とする怪獣の体が炎に包まれ、その瞬間、怪獣は立ったまま、声も無く絶命していた。

 恐るべき砂漠の王者を骨の髄まで焼き尽くしたピラミッドは、何事も無かったかのようにゆっくりとその場を去っていった。

 ステージを照らし出す役目を終えた照明弾は、どれも砂の上に落ち、再びゴビ砂漠を漆黒の闇が覆い隠してしまった。

 

(一)〜何かが来る〜

 

―――シュッ。

自動ドアが開き、長身の若者が入室してきた。黒く真っ直ぐな長い髪を後頭部で束ねている。

 地上約3万5千キロメートルの静止軌道上にある、BGAM防衛衛星ヴァン・ダム。彼はその初代隊長サキョウである。

 自室で休んでいた彼は、当直の部下によって観測室へと呼び出されたのだ。

 テニスコートが1面造れるほどの広さを持つ観測室は、ところ狭しと観測機材が詰め込まれているため、サキョウは迷路のような通路(隙間)を通って、奥のコンソールへと近づいた。

「どうした?ジェロム」

 観測機器を操作していた部下が椅子から立ち上がろうとするのを手で制して彼の背後に立つと、サキョウは居並ぶ計器やモニターへ素早く視線を走らせた。

「お呼び立てして申し訳ありません、隊長」

「構わん。それよりもさっきの話、もういちど詳しく頼む」

 サキョウは腕組みしてジェロムの説明に耳を傾けた。

 ヴァン・ダムには、何種類もの最新鋭索敵システムが実戦配備されている。たとえステルス型の宇宙船であろうとも、ヴァン・ダムの監視網をすり抜けることは不可能なのだ。

「メタ・プラズマレーダーがまた反応したのです。何らかのエネルギー体が地球に接近しているようです」

 また・・・というのは、超高感度メタ・プラズマレーダーは、時として超新星爆発による宇宙線にまで過敏に反応し、しばしば警報を発してしまうのだ。

「メタ・プラズマ以外のレーダー群は?」

「すべて沈黙しています。これがもし侵略者だとしたら、超高度なステルスタイプか、実体を持たないエネルギー生命体のたぐいだと思われます」

―――エネルギー生命体か・・・。だとしたら厄介だな。

 防衛衛星ヴァン・ダムは、侵略者を撃退するために、2種類の宇宙空間用ミサイルで武装している。宇宙船団など、大挙押し寄せる敵を撃破するためには、網の目状に発射される多弾頭ミサイル「ストローカー」が有効だし、隕石などの巨大で硬いターゲットを粉砕する場合には、ドリルミサイル「ラプター」がものを言う。

 しかし、こうしたエネルギー体に対して有効な宇宙空間用兵器は、ヴァン・ダムには実戦配備されていないのだ。

 宇宙防衛局にとっては想定外のケースなのである。

「全索敵システムによる総合解析結果は?」

「オールグリーンです。他のレーダー群は、今回のターゲットを宇宙線のたぐいだと判断したようです。恐らくその結果は、既にハンブルグでもモニターされていると思われますが」

 BGAMの最先端技術によって独自に開発された数種類のレーダー群は、それぞれの特性に従って宇宙の全方位を常時睨み続けている。そして、それらすべての索敵結果を総合的に解析し、地球に近づくモノがあれば、その正体を推定し、危険度までもが自動的にはじき出される。

 その解析結果は、ヴァン・ダムとハンブルグの宇宙防衛局本部がほぼ同時に把握できるしくみなのだ。

 サキョウは、メタ・プラズマレーダーのコンソールに設けられた丸いイメージモニターを見た。確かに中央の丸い部分―地球に向かって、緑色の光点が点滅しながら近づいてくる。

「だが君は、これがただの宇宙線ではないと言うのだな?」

「はい。最初は私の勘だったのですが、どうもこれが通常の宇宙線とは異なる気がしたのです。宇宙線ならもううんざりするほど観測していますから」

 ジェロムはひと呼吸おくと、端末のキーボードを叩き始めた。

「いろいろ調べてみて、ついさっき出た答がこれです」

 パチンとエンターキーをはじくと、正面の壁に埋め込まれた、縦2メートル、横3メートルもある大型ディスプレイに映像が映し出された。

 ふたつの線が描かれてゆく。一方は画面中央付近を左から右方向へゆるやかなカーブを描きながら進み、もう片方は右下から対角線のように斜め上へ向かってほぼ真っ直ぐに伸びている。横に走る曲線は地球の公転軌道。下からの直線は接近する謎のエネルギー体の軌道予測ラインだ。

「見ていてください」

 困惑と興奮が入り交じった表情のジェロムに対し、背後に立つサキョウはあくまでも無表情だ。

 しばらくの間、ふたつのラインは何事も無く伸びていったが・・・。

「ん?」

 サキョウの片方の眉がぴくりと動いた。

 エネルギー体の進行方向が、ほんのわずかだか変化したのだ。

「おわかりですか?ほら、また」

 ジェロムが映像を指差した。

 地球の動きに併せて、エネルギー体がその軌道を修正しているとしか思えない。観測当初のルートどおりなら、地球の公転軌道上に到達した頃には、地球はとうにそこを通り過ぎているはずなのだ。

 その後、無言でシミュレーションを見詰めるふたりの前で、ふたつのラインはついに交差した。

「この物体は明らかに意志を持って地球に接近しています」

 ジェロムが口にした結論は、サキョウに、かつて地上で参加した苛烈な戦闘を思い起こさせた。

「このシミュレーションの精度は?」

「私なりに12パターンの検証をしました。すべて同じ結果です」

 サキョウは初めて「ううむ」と小さく唸った。何かが地球に接近してくる。過去の観測データに前例の無い何かが・・・。

―――しかし・・・。

最新鋭の索敵システムは、このエネルギー体を安全だと既に結論づけている。ハンブルグの首脳陣がはたしてジェロムのシミュレーションを信用するだろうか?

「それにしてもよく気がついたな」

「隊長がいつもおっしゃっているじゃないですか。コンピュータの自動解析だけに頼るのは危険だ。最新鋭レーダーの解析結果より、俺はお前達の勘を信用するぞって。だからです」

 サキョウは頼もしい部下の肩にポンと手を置いた。

「で、地球到達予測時間は?」

「今から約72時間後です」

「落下予測地点は?」

  ジェロムはふたたびキーボードを叩き始めた。

「よし、出ます」

 ふたりの視線が正面のモニターに釘付けになった。

 瞬時に縮尺が修正され、宇宙の図がCGの地球儀に変わった。

 サキョウの視線は宇宙から伸びてきたラインとともにゆっくりと動き、最後は北半球で最も大きな陸地の一部分で止まった。

「ここは」

「バラージです」

―――バラージ・・・BGAM中央アジア支部の管轄か。

サキョウは即座に意を決した。

「まだ不確かな状況下だが、この事実を中央アジア支部に伝え、警戒態勢を取るように進言してみよう。とりあえず、今判明しているデータを報告用にまとめてくれ」

 地球へ近づいている物が何なのかすら定かでないのだ。どういう敵を想定して警戒態勢を敷けばよいのか具体的に教えられなければ、中央アジア支部とて手の打ちようもあるまい。だが、同じ最前線で戦う者同士、ストロングホールドのシエン隊長なら何とかしてくれるかもしれない。何とか・・・。

しかしその二日後。サキョウの祈りもむなしく、ついに異変は起きることになる。

 

「え〜中央アジアぁ?」

 素っ頓狂な合唱者は、スルガ、シュン、カナテの3人だ。彼らの視線は、セイラの満面の笑顔へと吸い込まれていた。

 防衛衛星ヴァン・ダムのメタ・プラズマレーダーが、地球へ向かって接近する謎のエネルギー体を捕捉する122時間前のことである。

 太平洋高知沖を北上するBGAM西太平洋支部の超巨大クルーザー型基地キャリアベース。その作戦司令室に、前線行動部隊の隊員たちが集合していた。

「そう。BGAM中央アジア支部への3か月間の出向だ」

 コヅカの説明にスルガが食いついた。

「そ、そ、それは、つまり・・・あれ、ですよね」

「スルガ隊員、何言ってるんスか?」

 カナテの言葉もスルガの耳には届いていない。あわ、あわ、と気ばかり焦って言葉がまるっきり出てこないありさまだ。

「ピラミッド型超巨大自走要塞SRF‐X。中央アジア一帯は、日本や地中海と並んで怪獣災害が頻発している要注意エリアです。この危険地帯を単独でパトロールしているのが、このキャリアベースと同じ移動式基地、通称ストロングホールドなんです・・・よね」

 シュンの説明に満足したのか、スルガは安堵したように何度も頷くと、ようやく落ち着いた。

「ただ移動するだけじゃねぇぞ。あれはとてつもない武装要塞なんだ」

 シュンの披露したうんちくに満足できないのか、武器オタクのコヅカが語り始めた。

「落雷のパワーを蓄積、精製、増幅して放つ主砲のシャリオンは、近距離戦じゃ絶大な威力を発揮するっていうぜ。中、長距離攻撃用の十二連バトラーミサイルや、ルート上の障害物を排除するための三連衝撃砲だって、一度は撃ってみてぇじゃねぇか。」

 なぁ、と言われてカナテが慌てて同意した。しないと後が恐い・・・。

「極めつけはその動力源ですよ。」

 負けずにスルガが割って入った。ここで何かひとこと語らなければ科学者の沽券にかかわるとでも言いたげなそぶりである。

「ロシアのツンドラ地帯に落下した隕石に含まれていた未知の宇宙鉱物をBGAMの科学スタッフが精製させた『デクスR9』。この石に特殊な電波をぶつけることで発生する膨大なエネルギーでストロングホールドは動いているのです」

「え、石っスか?」

 カナテの驚きぶりは、スルガをさらに雄弁にさせた。期待以上の反応である。

「ええ。言わば鉱力発電です。現在ストロングホールドに搭載しているのは、直径20センチほどの結晶体なのですが、これひとつで、全長130メートルもの巨大要塞を無補給で100年以上も動かせるパワーを秘めているそうです。まさに怪獣災害に対する人類の牙城です」

「ところが、だ」

 コヅカが再び会話に割って入った。

「あまりの巨大さゆえにストロングホールドの移動速度はたかだか時速15キロ程度。広大な中央アジア全域をカバーするには、どう考えたって深刻な機動力不足だ。となれば、当然それを補う航空兵力が必要となる。ところがそいつが無い」

「ストロングホールドには、キャリアベースのような航空機発着システムは搭載されていないのですか?」

「いや、カタパルトはちゃんと作られているんだ、シュン」

 コヅカとスルガが互いの顔を見合わせてうなづきあった。

「問題は、環境なんですよ。環境」

「そういうこった。中央アジア支部が警備を担当する広いテリトリー内には、猛烈な砂嵐が荒れ狂う砂漠や地磁気の狂った高原地帯なんかも多くあるんだよ」

「特に、ココです」

 コンソールテーブルに投影された中央アジアの拡大地図の一部をスルガがさし示した。

「なになに、バラージ砂漠?」

 地図を覗きこんだシュンとカナテにとっては初めて耳にする地名であった。

「おふたりが知らないのも無理はありません。何もない砂漠地帯ですからね」

「でも、昔は東西交易で栄えた都があったのでしょう?」

 これから赴任するセイラも、少しは現地について勉強したようだ。

「はい。だけどその都は、砂漠化によって砂の下に姿を消したと言われています。今回の新型機のテストは、おもにそのバラージで行われることになるでしょう。そのエリアの砂漠化は今も進行していて、砂嵐や電磁波異常などが頻繁に観測されている航空機の難所です。あまりに苛烈な自然環境のためか、かつて砂漠には巨大な怪獣が潜んでいて、その怪獣が怪電波を出して航空機を襲い、バラージの街も滅ぼしてしまったという伝説まであるくらいです。セイラ隊員、じゅうぶん注意してくださいね」

「まっかせなさーい。そこをクリアすれば飛行メカとして合格ってわけね。腕がなるってもんよ」

 はははは、と心配顔のスルガの前で、セイラはテンションあがりっぱなしである。

「しかし、そんな気象状況下でアルバトロスほどの機動性とバランス性を併せ持つ航空機なんて本当に開発可能なのでしょうか?」

「シュンの疑問はもっともだ」

 今まで部下たちの会話を黙って聞いていたフドウが口を開いた。

「だが、ミュンヘンの航空開発局が先ごろついに試作機を完成させたんだよ。なかなかの出来ばえと聞くが、やはり最後は現地でのテスト飛行を繰り返して、詳細なデータを集めねばならん。そこで白羽の矢が立ったのが全BGAMでもエースパイロットの誉れ高い我が西太平洋支部のセイラ隊員というわけだ」

 ここでセイラの笑顔は最高潮に達した。

「ふうむ。セイラ隊員がねぇ・・・?」

「なによ。私じゃ不服だっての?」

「い、いえ。別に・・・不服だなんてそんなつもりじゃあ・・・」

 セイラに詰め寄られてカナテは言葉を濁した。

「まあ、我々の仲間からBGAMの代表選手が選ばれたわけだ。光栄なことじゃないか」

 フドウは電動車椅子を操作して隊員たちの間をすり抜け、セイラの傍らに寄った。

「航空戦力の整備は中央アジア支部の宿願だ。しっかりやってこい」

「はい、隊長」

 差し出されたフドウの手を、セイラは力強く握り返した。頬が紅潮している。

 セイラは、隊員たちの激励を受けながらひとりひとり握手をかわした。

 カナテが、傍らに立つシュンの耳元にそっと顔を寄せた。

「パイロットとしての腕はともかく、あのわがままでキツい性格だけはキャリアベースの外へは出したくないっスよね、ソラガミせんぱ…ぐぇ」

 耳打ちしたカナテの側頭部にセイラのパンチがめり込んだ。

「じゃ皆さん、私、荷造りとかしなきゃいけませんから、失礼しまぁす」

 うずくまるカナテを尻目に作戦司令室を後にしたセイラは、あくまでも満面に笑みをたたえていた。

 

(二) 〜宇宙鉱石強奪〜

 

サキョウの不安が現実のものとなる時が来た。

 大気圏内へ易々と侵入した謎のエネルギー体は、ジェロムの予測どおりバラージ上空へ飛来していた。

 宇宙では完全に姿を消していたそいつは、大気中の成分と反応し、淡いオレンジ色の光を放っている。顔を見せたばかりの日の光を受けてきらきらと煌めくオレンジ色の塊は、巨大な動くピラミッドにあわせてスピードを調節すると、その最上部に取りつけられた避雷針めがけてゆっくりと降下した。

 その避雷針こそ、巨大な怪獣さえも一撃で屠る必殺兵器シャリオンの発射マズルである。

パチッ!

 シャリオンの電撃に比べれば線香花火にも等しい小さな火花が散り、そのエネルギー体は銀色の発射マズルの中へ吸いこまれるように姿を消した。

 

「カナードの角度をもう少し大きく取ってみては?」

 コーヒーが注がれた紙製のカップを口に運びながらファイルに束ねられた分厚い資料をめくるのは、BGAM航空開発局所属のドイツ人設計技師ベルガーである。金色の頭髪をきれいに梳きつけて、丸い縁なし眼鏡をかけた上品な白人男性だ。

 今日は日本からやってきた女性パイロットによるテスト飛行初日であった。

 パイロットはよく笑う若い女性であった。若いスタッフたちとすぐ打ち解けて談笑している彼女を見て、ベルガーたち技術スタッフは失望した。彼らがイメージしていたのは、あくまでも無口でストイックな職人気質のテストパイロットだったからだ。

 ところが一旦試作機に乗ると、その女性パイロットは狼に変貌した。

 荒天下での超低空飛行、急旋回に急上昇。驚くべきデータが取れた。

―――彼女がいれば、すごい飛行メカが作れるぞ。

 技術陣は沸き立った。

 今も、自室へもどる時間を惜しんで、コーヒーコーナーのスタンドテーブルに同僚のアデナウアーをひっぱりこみ、明日の改良ポイントについて議論を始めたのだ。

「反対。これ以上スピードを犠牲にはできないわ。私たちが開発しているのはジェット戦闘機であって、攻撃ヘリではないのよ」

 アデナウアーはベルガーと同じ大学で学んだ女性技師だ。鋭角にとがった鼻と真紅の口紅をひいた薄い唇がきつい印象を与えるが、彼らは長年にわたって息の合ったパートナーである。

 安定性を重視するベルガーに対し、彼女が理想とする飛行メカは高速でキレの良い機動性を発揮するタイプのものなのだ。

「君の言うことはわかるよ、アデナウアー。だけどここで求められる戦闘機は普通じゃないのさ」

「どう普通じゃないの?」

「つまり、本来攻撃機に求められるいくつかの要素を思い切って切り捨てなきゃならないってことさ。たとえばステルス性や高々度飛行能力は必要ない。相手は怪獣であって敵レーダーではないからね。長い航続距離も不要だ。大陸をまたいで出撃してゆくことはないからさ。大事なのは、バラージの不安定な気候にいかに柔軟に対応できるか、そして常に高い安定性能を保てるか、なのさ」

 ベルガーは唇を尖らせて熱いコーヒーをすすった。

「なんだか、面白みのないメカになっちゃう感じ。私好みじゃないなぁ」

 アデナウアーは両手を振って抗議した。

「いくら怪獣が相手とはいえ、スピードを落とせば被弾する可能性も高くなるわ。対空砲火と同じよ」

 ふたりの戦闘機に対する概念はいつも同じ所で衝突する。スピードかバランスか。

アデナウアーは席を立つと、コーヒーのおかわりをするために電気ポットの置かれた棚へ近寄った。

「対有翼怪獣戦でのデータを見れば一目瞭然よ。速さと生存率はほぼ比例しているわ。怪獣相手だからこそ、敵を翻弄する圧倒的な機動力が必要なの」

 その時、ポットのプラグが差し込まれたコンセントから、カップを持つアデナウアーの左腕へ向けてオレンジ色の光が迸った。

ぴりり!

「あっ」

 小さな悲鳴をあげてアデナウアーは立ちすくんだ。

「どうした?」

 驚いたベルガーは、ファイルをスタンドテーブルに放り出して立ち上がった。

「感電したのか?」

 あわててアデナウアーに近づいた。手から離れたカップから熱いコーヒーがこぼれて彼女の白衣にシミをつくっている。アデナウアーは左手首を右手で押さえたまま硬直したように動かない。

「大丈夫か?」

 ベルガーは背後から回り込むようにアデナウアーの顔を覗き込んだ。

 じっと手首を見つめていたアデナウアーは、視線をベルガーに向けるとにやりと笑った。

「ええ。だいじょうぶよ」

 何やらぞっとするような表情で笑う彼女の両目は、オレンジ色に発光していた。

 

コツッ、コツッ、コツッ、コツッ。

 暗がりの中から、乾いた足音が聞こえてくる。

 こちらへ来る。

 ふたりいる。

 足音は『鉱力エンジンブロック・関係者以外立入禁止』と蛍光塗料で表示されたゲートをくぐった。

「止まれ!」

 鋭い制止とともに、小銃を肩づけに構えた四人の男たちが通路に立ちはだかった。

 黒いキャップを被り、予備弾奏やナイフを修めるためのパウチがついたコンバット用ベストを着用している。目を覆う特殊ゴーグルのオレンジ色のレンズが、なにやら人間離れした異様な雰囲気をかもし出している。

ストロングホールドの警備班員である。ベストの左胸とキャップには、ピラミッドと稲妻をあしらったエンブレムが縫いつけられていた。

 眼前の暗がりへ向けられた四つの銃口は微動だにしない。

ガタン。

 突然、暗がり部分の天井が反転し、内蔵された照明器具が一斉に光を放った。

 光の洪水は、先刻まで闇の底に潜んでいたすべての物を例外なく浮かび上がらせた。

 暗闇に慣れていた侵入者の目が眩み、一時的にその機能を失った隙をついて、特殊ゴーグルをつけた警備班員たちが、小銃による先制攻撃を加える、はずであった。

 事実、そこにいるふたりの人物は、両手で目を覆って立ちつくしていた。しかし、その姿を認めた警備班員たちは皆、一様に緊張を解き、小銃を降ろした。

 立っていたのは、白衣を着用した一組の顔見知りの男女、ベルガーとアデナウアーであった。

「あなた方でしたか」

「失礼しました」

 屈強そうな男たちは、光の中に立つ人物に敬礼をし、笑みさえ浮かべた。

「いやぁ驚きましたよ。いきなり大声で叱られたかと思ったら、急に眩しくなって何も見えなくなっちゃったものだから」

 愛敬のある顔で照れくさそうにはにかんでいる。

「このエリアに何かご用ですか?」

 小銃を片手でぶらさげたまま、警備班員が尋ねた。

「ええ。探している物があるのよ」

 アデナウアーが歩み出た。

「探し物?よかったらお手伝いしますよ」

 白衣のふたりは、警備班員の申し出にニッコリと嬉しそうな表情を見せた。

「ありがとう。しかし君たちの手をわずらわせるわけにはいかないよ」

「本当だわ。あなたたちは・・・」

 ふたりは互いに視線を合わせ「ふふふ」と小さく笑った。

「ここで休んでいてくれていいのよ」

 警備班員たちは、ふたりの光る眼を見た。それは何かの冗談だと思ったかもしれない。

 ふたりのオレンジ色に光る両の瞳から、突然緑色のビームが走った。

ビシュッ!

 ビームは、四人の警備班員たちの体を瞬時に貫いていた。

 警備班員たちは、自分の身に何がおこったのかすらわからぬまま床にくずおれて動かなくなった。

「そうそう、そうしていてくれたまえ」

「みんな素直ね」

 人なつっこい笑みを浮かべたまま、軽やかに四つの遺体をまたいで、白衣のふたりは鉱力エンジンブロックのさらに奥へと進んでいった。

 

 巨大な怪鳥が両翼を広げてゆっくりと舞い降りてくる。

 太陽を背にした逆光の中、悠々と降下する漆黒のシルエットは、バラージ砂漠を洗う強烈な砂嵐を切り裂いた。

ごおおおおお。

 耳をつんざく突風の音は凄まじいジェットエンジンの轟音に変わり、巨大な怪鳥の正体が特殊金属で覆われた戦闘機であることが見て取れた。

中央アジア支部の新型試作戦闘機「トライアル・ワン」。

後部水平尾翼を廃し、鋭いカナード(先尾翼)と翼面積の広いデルタウイングを持つ単座式小型攻撃機である。

機首は鎌首を持ち上げた蛇のように本体から持ち上げられており、コクピットの広い視野を確保するとともに、機首下部にマルチウェポンベイを設けてさまざまな兵器の搭載、換装を容易にしている。

また、低空域での正確な攻撃性能を確保するための必要条件として、アルバトロスなどの従来の攻撃機よりも垂直バーナーの出力を大幅にアップさせてあるうえに、パイロットの細かな操縦と風力などのデータをコンピュータが瞬時に解析し、微妙な出力調整を自動で行ってくれる。高出力かつフレキシブルな操縦を可能にした画期的なメカである。

トライアル・ワンは、ストロングホールド上部に開かれた発着デッキへと正確に着地した。

操縦桿を握るのは、西太平洋支部からテストパイロットとして中央アジア支部へ招聘されたセイラである。

〈お疲れ様。ひどい砂嵐だったからうまく着艦できるか心配だったけど、さすがだねセイラ〉

 ヘルメット内蔵の無線機からの声に、セイラは頭上の管制室へと手を振った。

 シートベルトをはずし、ヘルメットを取り、咽をそらせて深呼吸をひとつ。フライトミッションを終えた彼女のお決まりの行動である。

セイラはシートを立つ前に、操縦桿脇に設置された銀色のボックスから手のひらほどのディスクを取り出して腰のパウチに収めた。

 不安定な天候のもとで、低空でのホバリングや急上昇、急旋回を何度も繰り返し、レスポンスの数値や機体の各所が受ける影響など、さまざまなデータを採取してこのディスクに記録してある。このディスクに詰まったデータをもとに、航空機開発のエキスパートたちがこのトライアル・ワンを更に完成度の高い戦闘機へと改良してゆくのだ。

〈体調はどう?異常はないかい?〉

「オッケーよ。少しお腹がすいたかも」

〈ハハハ。早く降りておいで。テスト飛行初日の昨日だけで君のファンが1ダースはできちゃったからね。その中から適当に選んでお昼をおごらせればいい〉

 セイラの明るくさばけた性格は、ストロングホールドの男たちにすぐさま受け入れられた。彼女のまわりにはいつも数人の隊員たちがいて、何かしら話しかけている。すっかりストロングホールドのアイドルになってしまった。

 今も、タラップを降りるセイラを三人の整備士が待ち構えていた。

―――あら?

ある違和感を覚えたセイラは、発着デッキに降り立つや、あれこれと話しかけてくる整備士たちに尋ねた。

「ねぇ、今日はどうしてこんなに暗くしているの?」

 トライアル・ワンが着艦すると同時に発着デッキ全体が照明を落とし、今はオレンジ色の非常灯に切り替えられている。これから整備士たちがトライアル・ワンの機体整備を始めようという時に、一体どういうことなのだろう?

「セイラ隊員」

 尋ねられた整備士が答える前に、セイラはストロングホールドの情報担当士官から声をかけられた。

「何?」

「シエン隊長が先ほどからお待ちです。直ちに作戦司令室へお越しください」

―――作戦司令室?

あれれ、隊長まで私のファンになっちゃったかな?などと言いながら、名残惜しそうな整備士たちにヘルメットとディスクを渡すと、セイラは薄暗い発着デッキをさっさと後にした。

 

「何ですって?」

 セイラの大きな声が作戦司令室に響いた。

「デクスR9が強奪された?」

 ストロングホールドの最高指揮官シエンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

元中国特殊部隊の伝説的英雄だ。髪を短く刈っている精悍なイメージはフドウとよく似ている。

「本日未明、鉱力エンジンブロックが何者かに襲撃された」

「それであちこち節電していたのね」

「うむ。君も知ってのとおり、デクスR9は鉱力発電ユニットのエネルギー供給源だ。現在ストロングホールドは停止させてあるが、このままでは遠からずすべての装置が電力不足で沈黙してしまうだろう。もしも、密閉されたこの要塞内で酸素供給システムが停止したら、我々は対怪獣の牙城たるこの砦を放棄しなければならなくなる」

 奥歯を噛みしめたシエンの頑丈そうなあぎとがギリリと音をたてた。

「で、犯人はまだ特定できていないの?」

 セイラの問いに答えは返ってこなかった。

「それにしても犯人はどうやって鉱力エンジンブロックまで入りこめたのかしら?」

 当然の疑問だ。鉱力エンジンブロックへの通路は、さまざまな監視システムや警備員によって常時マークされており、関係者以外は足を踏み入れること自体容易ではない。

「鉱力エンジンブロックを警備していた隊員四名は、全員殺害されていたわ」

 女性副隊長ジーナが悔しそうに呻いた。ドレスで正装すれば、まさに麗人という表現がぴったりあてはまる端正な容姿の持ち主だが、総合格闘技の元欧州チャンピオンという異色の経歴の持ち主だ。ストロングホールドの荒くれ男たちですら一目置いている。

「信じられないわ・・・」

 これにはさしものセイラも絶句した。

「それと」

 ジーナが沈痛な面持ちで続けた。

「ベルガー博士とアデナウアー博士も遺体で見つかったわ、セイラ」

「そんな!」

 セイラは、出かかった悲鳴を喉の奥に押し戻すように両手で口を覆った。

 今回の飛行メカ開発については、ミュンヘンの航空開発局から五名の専門家がストロングホールドに派遣されている。ベルガーとアデナウアーはその中心的存在であった。

ストロングホールドに着任してまだ間もないセイラだが、ふたりとも、より完成度の高い試作機の設計に命をかけていたことはよくわかっていた。立派な科学者たちだった。それを・・・。

「それにしても敵は一体どこから侵入したのでしょう?」

女性副隊長ジーナがうつむいたまま独り言のように言った。ゆるやかにウェーブした美しい金髪が、左右から端正な顔を覆い隠している。

モンゴル高原を轟轟とゆくストロングホールドは、その名の通り人類の平和と正義のシンボルである。その牙城が、こうも簡単に機能停止に陥ってしまったことに、シエンもジーナも大きなショックを受けていた。

「エネルギー体?」

 シエンがぽつりと言った。

「隊長、何か心当たりがあるのですか?」

 ジーナが顔を上げ、シエンの顔を見た。

「うむ。一昨日のことだ。防衛衛星ヴァン・ダムが突然私専用のホットラインにコンタクトしてきた。従来のレーダーでは感知できない謎のエネルギー体がこちらへ向かっているから、要塞内外のパトロールを至急強化せよ、と言うんだ。実体を持たず通常のレーダーでは捉えられない相手らしい」

―――ヴァン・ダム・・・サキョウさんが?

 セイラは、シエンが口にした思わぬ名前に耳をそばだてた。

「実体がなく、レーダーにも映らない。そんなの警戒のしようがないわ」

 ジーナが独り言のように呟いた。

「鉄壁のストロングホールドに侵入できるやつなどいるはずがない。しかし実体がなく、分厚い装甲もするりと通り抜けられるとしたら・・・。今にして思えば、今度の犯人はその謎のエネルギー体とやらのような気がする」

 への字に曲げた口の端にシエンの悔しさがにじんでいる。

「わけがわからないまま、とりあえず警備を通常の倍に増やしてみたのだが、結局俺はヴァン・ダムからの助言をフイにしてしまったようだな」

「何が起こるかも知らされず、ただパトロールを強化しろじゃあ、事件の防ぎようはありません。隊長の落ち度ではありませんわ」

 ジーナが語気を強めてシエンを擁護した。彼女にとって、シエンは心から尊敬できる男なのだろう。

「だけど“見えない敵”なんて探しようがないわ。ヴァン・ダムだって手が出せなかったのでしょう?一体どうするのよ」

 セイラがいまいましげに床を踏み鳴らした。

「それなら何とかなると思うよ」

 シュッ。と短い音がして作戦司令室の自動ドアが開いた。

 入室してきたのは、セイラと同い年くらいの男性隊員である。手には金属製の物体を大事そうに抱えている。

「早かったな、グローニン」

 シエンの表情がにわかに明るくなった。

「急ごしらえですが、ご期待にはそえると思いますよ」

「グローニン、何かいい案が浮かんだの?」

 ジーナの声も先ほどよりはずんでいる。困ったときに何とかしてくれる。そういう信頼を得ている男のようだ。

「僕の案ではなく、事件が発覚してすぐシエン隊長に依頼されていたことなのです」

 グローニンは、抱えていた物体を作戦司令室中央のメインテーブルの上に置いた。

「サバーカαと呼んでください」

「・・・バーカ?」

「サバーカ!ロシアの言葉で犬のことさ」

「ふうん。でもこれ、本当にただの犬のおもちゃじゃない。役に立つの?」

セイラが光沢のある銀色のボディを人差し指で突っついた。

「もちろん。もとはご覧の通り、かわいいワンちゃんロボットさ。日本のおもちゃ屋でも売っているだろ。だけど市販のヤツとは中身がひと味もふた味も違うんだよ」

「ふうん、どう違うの?」

 グローニンは突っつきまわるセイラの指を迷惑そうにはらうと話し始めた。

「デクスR9からは、ごく微量ながら、内包するエネルギーが一定リズムのウェーブを形成しながら常に流出しています。このサバーカαは、その特殊なエネルギー波だけを自動追尾する探知機になっているのです」

「そうか!敵は見えないうえに壁を通り抜けられる可能性がある。だけどデクスR9なら!」

 ジーナがぽんと手を叩いた。

「そういうことです。もし敵の狙いがデクスR9の奪取にあるとしたら、決して手放しはしないでしょう。実体のあるあの宇宙鉱物を持っている以上、敵も壁を通り抜けてこの要塞から脱出することはできないわけです。それにこのサバーカαなら要塞内のあらゆる段差はもちろん、高い所や狭い隙間も逃さず追尾します。どんな敵だろうとこの猟犬からは逃れられませんよ。デクスR9を手放さない限りはね」

 グローニンは光るロボット犬の背を誇らしげに撫でた。

「犯人はどこかのゲートから外へ出るしかないってことね。私たちと同じように」

―――戦える。

ジーナは、見えてきた希望の光に俄然ファイトをかきたてられた。

「同型のものがあと4体スタンバイしています。このサバーカαが、必ずやデクスR9の所へ我々を導いてくれます」

「そしてそこに、敵もいる」

 感心して改造犬型ロボットを覗きこむジーナの肩をポンと叩いてシエンがにやりと笑った。根が軍人のこの男、標的を狩ることに喜びを覚えるタイプの人間らしい。

「ちなみに、事件発生時から現在に至るまで、開閉履歴のあるすべてのゲートでデクスR9の残留エネルギーを追ってみました。大丈夫。デクスR9は、まだストロングホールドにあります」

「敵もこの要塞内にいるというわけね」

「ようし。ターゲットさえ見定まればこっちのものだ」

  シエンたちの闘志に火がともった。

「敵の正体はいまだ不明だが、実体を持たぬエネルギー体として移動可能であること。そして恐るべき殺傷能力を有していることが予測される」

 シエンの声は、聞く者の胸に響く、よく通る声である。

「敵はどのようなものを媒介して移動するかわからない。よって別命あるまで外部とのあらゆる交信、交流を一切禁止する。いいか、敵はココで倒すぞ!」

「了解!」

 隊員たち全員が胸をはってシエンの指令を受け止めた。

「で、作戦完了までの暫定的エネルギー確保の件はどうなった?」

 シエンがグローニンに尋ねた。

 グローニンは無言で頷くと、メインテーブルにはめ込まれたキーボードを叩き始めた。

「メインモニターを見てください」

 60インチのメインモニターに何かの図面が映し出された。

「現状から言えば、むしろこっちの問題のほうが深刻です」

 グローニンに促され、一同はモニターの前へと移動した。

 図面は、工場のラインを描いたもののようだった。青と赤の2色のラインが何箇所かで交差しながら循環している。

「これは、鉱力発電ユニットを中心としたストロングホールド内におけるエネルギーの流れを表したチャートです」

「何だかもうプランは出来上がってるって感じじゃない?」

 このこの、とセイラがひじでグローニンのわき腹をつっついた。

 グローニンはわずかに身をよじらせてセイラのひじをかわすと、コホンと咳払いをして再び話し始めた。

「青いラインがデクスR9による本来のエネルギーフロー。そして、赤がシャリオン砲の雷エネルギー蓄積から精製、発射に至るまでの流れです」

 一同はふむふむと興味津々である。

「ここに来て間もないセイラももう知っていると思うけど、このストロングホールドは、高空で発生する雷雲から雷のエネルギーをとり込み、これを精製することで対怪獣用の必殺兵器シャリオン砲を撃つことができる。天候が荒れやすいこの地域の自然環境を逆手に取った、画期的な兵器だ。この雷エネルギーを一時的にストロングホールドの運航システム、および生命維持システムの動力源へと転換させるというプランなのさ」

 グローニンは、シャリオン砲の原理を確立させた科学者グループのひとりである。白系ロシア人と中央アジアの少数民族の血をひく彼は、自身を「中央アジア人」と呼んでいる。国境や人種にこだわらず、中央アジア全体の平和を護るBGAMの仕事は、彼にとって天職といえるかもしれない。

 本来はまったく異なるエネルギーラインにある鉱力エンジンとシャリオン砲だが、グローニンは自信に満ちていた。

「君自身が発案したプランだ。実現に支障はあるまいが、時間的にもあまり余裕は無い。早急に頼むぞ、グローニン」

 シエンからの注文に、グローニンは、キャラメル色のなめらかな前髪をかきあげながら平然と応えた。

「ふたつのエネルギーフローを無理なくひとつに繋げる図式のイメージは、既に私の頭の中にあります」

「へぇ。さすがね、天才ボーイ」

「ゴホン・・・ですが隊長。これから先、もしもデクスR9の奪還が長引けば、主砲のシャリオンはエネルギー不足で発射できなくなります」

「構わん。苦しい選択だが、まずはストロングホールドの動力エネルギー確保を最優先課題とする。プランの実行を迷わず進めてくれ」

「了解しました」

「じゃあ、エネルギーの方は頼んだわよ」

 ジーナが右の拳をバチンと左の掌に打ちつけた。

「あとは私たち次第ってわけね」

「しかし、セイラ隊員には本当に申し訳ない。せっかく我々のためにはるばる日本から来てくれたのに、こんな事件に巻き込んでしまって」

「何を言ってるんですか、隊長。私だってキャリアベースへ帰ればれっきとした前線行動部隊のメンバーなんですからね。デクスR9奪還作戦、きっちり参加させてもらいます!」

「セイラなら力を貸してくれると思っていたわ」

 ジーナが差し出した右手をセイラががっちりと握り返した。

「当然。まっかせなさい!」

BGAM最強の女性タッグの誕生だ。

「よし。全員ただちに行動開始だ。ただし慎重にな。特にデクスR9奪還にあたる両名は注意してくれ。エネルギー体の宇宙人が相手だという予測はしていても、実のところ敵の正体はまださっぱりわからないんだ。無理は禁物だ」

「了解」

 信頼に満ちたシエンの視線を背に受けながら、セイラたち三人の隊員たちは、我先に作戦司令室を飛び出していった。

 

 ストロングホールドの食堂には数十人分の話し声や笑い声が満ちていた。

メインエンジン停止という非常事態ではあったが、隊長のシエンが「何も心配することはない」と全隊員に笑って通達したこともあり、ほとんどの一般隊員に悲壮感は見られない。やはり食事のひとときは業務の緊張から開放されるとみえ、誰の表情も穏やかだ。

「聞いたか、おい?」

「ん、例のアレか?ぼぉっと出る?」 

 食事を終えたふたりの一般隊員が、並んで食堂から出てきた。ひとりは見事な口ひげを蓄えていて、もうひとりはもじゃもじゃのモミアゲ男だ。

「例のアレ」とは、今ストロングホールドのあちこちでとりざたされている「幽霊」のことである。今も食堂ではその話題でもちきりであった。

「オレンジ色の光がすぅ〜っと飛んだらしいぜ」

「俺が聞いたのは木の化け物だったぞ」

「木の・・・?」

「ああ。ひょろりと背の高い枯れ木のような影が通路に写っていたらしい」

「なんだ。実際に見たわけじゃないのか」

「まぁな。だけど枝のような長い指先がぐにょぐにょ動いていたってよ。そう言うおまえは見たのか、その火の玉を」

「火の玉じゃねぇ。光だ。オレンジ色の。ぼぉ〜って。聞いた話だけどよ」

「なんだ、おまえもか。だけどまぁ、幽霊騒ぎってのは案外そんなものかもしれないな」

 笑いながら持ち場へと向かう二人の歩みが、不意に凍りついた。

 直径数十センチほどのオレンジ色の光が、彼らの眼前を音もなく横切ってゆく。

 床から2メートルほどの中空。節電のため照度を落としてある要塞内の壁面を、赤く照らしながら浮遊する光の塊だ。

 大きく開かれたよっつのまなこは、まばたきも忘れて謎の光を追った。目とともに、口も開いている。

 ふたりの視線を受けた謎の光る物体はゆっくりと宙を漂いながら、行き止まりの壁まで来ると、躊躇なくすぅっとその壁の中へと姿を消した。

「お・・・おい」

「あ・・・ああ」

 とんでもないものを見てしまったと思ったとき、モミアゲ男の上半身が小刻みにぶるると震えた。

―――気味が悪い。

 一刻も早くこの場を立ち去ろう。

「い、行こうぜ」

 隣の相棒を見た。

 白目をむいていた。

 トレードマークの豊かな口ひげが白く縮れていた。

 そのままストンと床に崩れ落ちた。

―――?

 うつ伏せに倒れている相棒の両耳から、白く細い煙がゆらゆらと立ち昇っている。

「おい、どうした?」

倒れている同僚の体に触れたモミアゲ男は「熱ッ」と反射的に手を引っ込めた。

―――まるで体の中が燃えているようだ。

 そして、ふと振り返った。

 もうひとつの幽霊は、噂どおり「木の化け物」であった。2メートルほどの人型の朽木の中に、黄色い目がふたつ光っている。表面は、樹液で覆われたようにぬめぬめと湿っていて、ダークグリーンの体表がこのうえなく不気味だ。

 「取り残された」モミアゲ男の表情が恐怖に歪み、あごがはずれるほど開いた口の奥から最期の悲鳴が迸る寸前、30センチ近くもある3本の指が男の顔をわし掴みにして、それを遮った。

 

(三) 〜とっておきの秘策〜

 

「駄目ですサキョウ隊長。やはりストロングホールドとの通信は不能です」

  ヴァン・ダム通信担当のイリヤは、ヘッドフォンをはぎとると苛立ちをあらわにした。

「バラージ砂漠は天候や地磁気が荒れることで有名だ。今回も強力な磁気嵐に見舞われているのではないのか?」

  腕組みをしたサキョウは、若い通信士とは対照的に泰然としている。眉間にしわを刻んだ部下の肩を二度、軽く叩いてやった。

「いえ、磁気嵐などではありません。どうもストロングホールドの方で無線装置をオフにしているようです。通常あり得ないことですが」

―――無線封鎖しているだと?

  要塞が外部との交渉を自ら断ち孤立することを選んだ、ということは・・・。

ストロングホールドは既に何らかの戦闘状態に突入していると見るべきだろう。

―――くそ。役に立てなかったか、俺は!

  事前に異変を察知できる最新機器を備えていながら、むざむざ味方の基地を危機に陥れてしまった。

サキョウは己の無力を悔いたが、今すべきことはそれではない。

「西太平洋支部とのホットラインを繋いでくれ。至急キャリアベースと話がしたい」

 

 キャリアベースは日本の最北端、宗谷岬の沖を、いきり立つ三角波を切り裂いて高速で航行していた。

「隊長、サキョウさんの言ったとおり、ストロングホールドが無線封鎖しているのは間違いないと思われます」

 スルガの報告に、フドウは「うむ」と唸った。

「でも、一体何のために無線封鎖なんてしなくちゃならないんスか?」

「い、いや・・・それは・・・」

「それは?」

 カナテの問いに、スルガは口ごもってしまった。そんなことは自分に聞かれても困る、とでも言いたげな表情だ。

「考えられる答はひとつだよ、カナテ隊員」

 シュンの言葉にフドウも頷いた。

「つまり、今現在何者かがストロングホールドを侵略しようとしている。そして逆に、その侵略者を迎え撃つために、ストロングホールドは敢えて外部とのあらゆる接触を断っているのさ」

「助けを求めるのではなく、あくまで自分たちだけで敵を倒すために?凄い人たちですね」

 カナテの喉がごくりと鳴った。辺境の戦闘集団の凄まじい覚悟のほどを見せつけられた思いだ。

「だけど、隊長・・・」

「うむ。知った以上、このまま放ってはおけないな」

 フドウは、シュンの瞳の奥に並々ならぬ強い決意を感じていた。恐らく他の隊員たちも同じ思いであろう。ストロングホールドにはセイラがいるのだから。

 1時間後。

キャリアベースの艦長室では、艦長のソエダ、副艦長のオヅ、そしてフドウとコヅカの4人によって、ストロングホールドをバックアップするための秘密会議が開かれていた。

―――何としてもバラージへ行かなければ。

 ひとりシュンはアルバトロス格納庫脇のデッキにたたずんで、強風に荒れる海原を見つめていた。

 ストロングホールドでのテストパイロットに指名されてはしゃいでいたセイラの姿が目に浮かんだ。

 彼女のことだ。きっと無事でいるだろう。だが、そう思えば思うだけ、反対の不吉な思いも強くなる。

―――無事でいてくれ、セイラ隊員。

 デッキの手すりを握る手に自然と力がこめられた。

 だがシュンの前には、克服せねばならぬ問題が大きな障壁となって横たわっている。

―――何とかしなければ・・・何とか!

 シュンは、思いっきり五指を開いて手すりの向こうへ右手を伸ばした。

 どす黒い海の中からひと筋の光が立ち昇り、開いた手のひらの真ん中へ、グラスパーが現れた。

 長さは約20センチ。その形は、人の心が持つ煩悩を払うという密教法具「独鈷杵」を連想させるが、見ようによっては自然の造形物のようでもある。

ソラガミ・シュンの心身をウルトラマンアミスへと変身させる神秘のアイテムである。

―――これを掴めば、アミスになって今すぐにでもバラージへ飛べる。国境も何もかも一瞬に飛び越えて。しかし・・・。

 そう、アミスでいられる時間はわずか3分間だ。敵の正体もわからぬ今、仮にストロングホールドへ到着したところで、たちまち時間切れをむかえてアミスはシュンの姿に戻らねばならなくなるだろう。その時、シュンはセイラにどう説明すればいいのだろうか。バラージにいる理由をなんと言えば?

 グラスパーは、海中から立ち昇る光の中でただよいながらシュンを待っている。

「構うものか!」

 シュンの指が動きかけた時、彼の耳元に突然声が届いた。

「ここにいたの、ソラガミ隊員」

驚いて振り返ると、デッキの入り口の鉄製ドアから、情報処理班の女性チーフハルナが強風に怯えるようにわずかに顔をのぞかせていた。

―――グラスパーを見られた?

シュンは一瞬ひやりとしたが、その心配は無用であった。

彼女の声が耳元で聞こえたのは、無線を通して話しかけたからだった。この風の中では、ほんの少し離れただけで、人の声などかき消されて届きはしない。

グラスパーはシュンの体にさえぎられてハルナには見えていなかった。

ハルナは意を決したようにデッキへ出た。途端に自慢の長くまっすぐな髪が狂ったように暴れだし、ハルナは「うわぁ」と悲鳴をあげながら、両手で頭をかばった。

「考えていたのね、セイラ隊員のこと」

ハルナがシュンに並んでデッキの手すりまで来たとき、グラスパーは既にかき消えていた。

「いくら『怪獣に対する国境無き警備団』といえども、戦闘機で許可無く国境を越えることなど許されるわけがありません。第一、アルバトロスの航続距離ではストロングホールドまでたどり着くことさえできない。ハルナチーフ、何か良い方法はありませんか?こうしている間にもセイラ隊員がピンチに陥っているかもしれないというのに、僕たちはただここでこうしているしかないのでしょうか」

シュンは、もどかしい気持ちを一気にハルナにぶつけた。

ハルナは驚いた。こんなに焦っているシュンを見るのは初めてだからだ。

「方法は必ずあるわ、シュン。私たちは絶対にあきらめない」

ハルナはまっすぐシュンに向き合うと力強く断言した。

「今、艦長室でストロングホールド救援のための作戦会議が開かれているの。私たちの前に横たわる障害を突破してセイラ隊員のもとへ駆けつける。その秘策を見つけ出すために私も呼ばれているのよ。きっと役に立って見せるわ」

 「じゃね」と言ってハルナは、強風から逃れるようにデッキから走り去った。

「よろしくお願いします、ハルナチーフ!」

鉄製のドアの向こうに消える前、ハルナは小さく右手を振ってシュンに応えた。

―――本当にお願いします。

シュンはもう一度心の中で念を押した。

シュンが見上げた北の空は、分厚い黒雲に覆われていた。それはまるで、彼自身の陰鬱な心を映し出しているかのようであった。

 

(四) 〜争奪戦〜

 

暗い室内の一角に、ぼぅと灯りがともっている。

なにかの機械がところせましと並べられ、その機械群の間を縫うように、大小さまざまな配管が幾重にも複雑に絡まりながら走っている。この部屋の主は、人ではなく機械なのだ。灯りは「配管の森」の奥深い所から漏れてくる。

ジュルジュルジュルジュル―。

ぼんやりとした灯りとともに、何やら異様な音が聞こえてくる。耳障りだ。

それはまるで、暗い深海に棲む古代鮫の舌なめずりのような・・・そしてまるで、冷たく湿った土の中に蠢く蟲たちのすすり泣きのような音。

喉の奥に水が溜まっているかのようなその音は、やがて人語に変わった。

「ふふふ。うまくいったな」

「そうだな。ふふふふ」

一般隊員用の制服を着たふたりの男性が、冷たい金属の床に向かい合って座り込んでいる。ついさきほど、食堂の近くで襲われたふたりだ。何事もなく難を逃れることができたのか、それとも?

ふたりの目が発光していた。目だけではない。口、鼻腔、耳・・・ありとあらゆる穴の中から、眩い光がレーザー光のように放たれている。まるで、巨大な発光体を人型の容器に詰め込んだかのようだ。

尋常な人間ではあるまい。

白く縮れた口ひげをたくわえた男の五指が、子供の頭ほどの石をつまんでいる。その唇がにやりと横に広がり、表情の変化につれて、光が動いた。

「こんなに大きな結晶は見たことがない」

つまんだ石を顔の前にかざし、ふたりとも魅入られたようにそれを眺めている。彼らの内から放たれる光がわずかに赤みを増した。

「まったくだ。こんな辺境の惑星で、このような素晴しいエネルギー鉱石に出会えようとは。これほどの大きさがあれば、私たちの生命はあと千年以上維持できる」

彼らは先刻、この超巨大自走要塞の鉱力エンジンブロックを警備する隊員たちを皆殺しにし、この石を強奪してきたのだ。宇宙鉱物デクスR9を。

「エネルギー生命体である私たちスタッグ星人にとって、この鉱石が発するエネルギー波はこのうえない栄養源なる。まさしく命の石だ。この星の人類なんかに使わせておくのはもったいないさ」

「こんな鉄くずをただ走らせるためにこのデクスR9の貴重なパワーを浪費しおって。まったく許しがたい愚行だ!」

宇宙鉱物を手中にして興奮しているのか、ふたりは喜んだり怒ったりと、感情が不安定だ。そして内なる光はその都度色合いを変化させた。

「ああ、もう一度エネルギー体に戻るから、この石のエネルギーを思い切り吸収させてくれないか」

  モミアゲ男が目を細めて、べろりと舌なめずりした。

「まぁ待て。私もそうしたいが、そいつはここを出てからの楽しみに取っておこう。それにしても地球人の肉体は不格好なうえに動きにくいな」

「ああ。私たちにもオリジナルの体があるのだから、それを使えばもっとエネルギー消費を押さえられる。第一、エネルギー体になればこの要塞だって外壁を通り抜けて易々と出入りできるのだ。それなのに、このいまいましい器を乗っ取ったばかりに、エネルギーは浪費するわ、壁は抜けられないわ」

   モミアゲ男の顔が緑色の化け物の顔に変わりかけた。

「よせよせ。その器も使えなくなってしまうぞ。私たち本来の姿では、目立ちすぎてこの要塞内を容易に移動できないのだから仕方あるまい。」

「外へ出るまでの辛抱というわけか」

   口ひげ男にたしなめられて、もう一方のスタッグ星人は渋々もとのモミアゲ男の姿へもどった。

「だがこの肉体は思ったよりももろいぞ。早く脱出しなければ、この新しい肉体もすぐに燃え尽きて動かなくなってしまう」

「うむ。とにかくここから一番近い出口へ向かうとしよう」

「この姿なら誰も怪しむまい。きっとうまくいくさ。ふふふふ」

「ふふふふ」

 押し殺した笑い声は、再び喉の奥から泡が沸き立つような「じゅるじゅる」という、気味の悪い音へ変わった。

 

デクスR9探索のためにグローニンが5体の犬型ロボット「サバーカα」をストロングホールドのあちらこちらに放ってかれこれ3時間。シエンからは、持ち場にとどまるよう指示された必要最低限の隊員以外、全員に自室待機命令が出されている。

  静まり返った超巨大自走要塞の中を、セイラとジーナは手分けして捜査していた。

ふたりには、グローニンからサバーカαの動きを捉えてモニターに映し出してくれる携帯ビーコンが手渡されていた。機械の猟犬につけた見えない手綱というわけだ。

「セイラ、今どこにいるの?」

〈今、第五層の居住区よ〉

右手を腰の銃把に置き、意識を周囲の隅々に向けながら、ジーナは慎重に歩を進めていた。

 左手には携帯ビーコンを握り締めている。

ジーナのビーコンは、現在3機のサバーカαを捉えており、モニター上にはみっつのグリーンの光点として映し出されている。しかし3機とも、不規則な動きをするだけで、いまだ何かに導かれているようすはない。

「異常はない?」

〈・・・くさい〉

「え?」

  セイラの押し殺した声には怒気が混じっているように思えた。

〈くさいのよ。男くさい!〉

  セイラは男性隊員たちの居住区域に足を踏み入れていたのだ。

ストロングホールドは24時間戦闘体制と言っても過言ではない。この巨大要塞を支える男たちは、いつも油と汗にまみれて働いているのだ。セイラの悲鳴も当然といえば当然であろう。

  セイラの口から漏れたため息が無線を通してジーナの耳にも届いた。

「私は今第一層。衝撃砲の近くよ。こっちは機械油臭いわ」

〈いいじゃない。機械油の臭いのほうが絶対マシだって〉

「ふふ」

―――ひとりで緊張しているかと思えば。たいした胆力だわ。

セイラが所属する西太平洋支部が繰り広げてきた怪獣との激戦の数々は、中央アジア支部でも語り草となっている。

―――いったい彼女はどんな熾烈な戦いを経験してきたというの?どれほどの修羅場をくぐりぬければ、あんなに肝がすわるのかしら?

  ストロングホールド着任と同時に要塞内の若い男性隊員たちからちやほやされているセイラにジーナは心のどこかで反発していた。そしてそのことを認めようともしなかった。しかし今、ジーナはセイラを頼もしいと感じている。

本来ジーナは格闘家だ。飛行メカの扱いではセイラの足元にも及ぶまいが、白兵戦なら明らかに彼女のほうが上のはずなのである。当然この状況下でも、ジーナがイニシャチブを取るべきだろう。だが、不思議なことにセイラと一緒ならどんなピンチでも切り抜けられそうな気がする。

―――これが何度も死線を越えてきた戦士のオーラなのかしら・・・。

〈早く宇宙人を倒してデクスR9を奪い返さなきゃ、こっちの鼻が機能停止しちゃうわ〉

「みんなあなたのファンなのだから。くさいくさいって邪険にしちゃ可哀想・・・?」

ジーナの動きが不意に止まった。心臓のビートがにわかに早くなってゆくのがわかる。

〈どうかしたの?ジーナ〉

「そんなに男くさいのならこっちへいらっしゃい」

〈いいの?〉

「サバーカαが同じ方向へ動き始めたわ」

〈よっしゃ!〉

ぶつっ。と短いノイズと共に、無線が荒々しく切断された。

 

 3機のサバーカαは、とある鉄の扉の前に終結していた。

「物資搬入デッキだわ。ここに潜んでいるのね」

  同じフロアを探索していたジーナがひと足速くサバーカαに追いついていた。

「それにしても・・・」

  彼女は、足元の相棒たちに視線を落として、呆れ顔で呟いた。

3匹とも、金属製の尻尾を勢いよく振っている。嬉しくてしようがないといった風情だが、デクスR9のエネルギー波を感知すると尻尾を振るようグローニンが設計したのだろう。

「急いで作ったにしては芸が細かいこと」

 ジーナは丸いバルブを両手で握って回転させるとドアを細く開け、サバーカαたちをまず入室させた。

―――ひとつ、ふたつ、みっつ。

ドアの影で3秒待ち、メガパルサーの安全装置をはずすと、彼女自身も室内へと素早く体を滑り込ませた。

物資搬入デッキは、ストロングホールド内で必要な食糧や各種機材、郵便物などを運ぶ大型トラックやホバークラフトが車体ごと入港できるよう設計された広くフラットなスペースである。

車両の出入りは、高さ5メートル、幅8メートルもある巨大なゲートを通して行われるが、そのゲートも今はしっかりと閉じられており、ごく一部の隊員だけが知っている12桁の数字でのみ開くことができるようになっている。

 ジーナはメガパルサーを両手で保持したまま慎重に搬入デッキの奥へと進んだ。

 ゲートの少し手前、緑色のコンテナの向こうに人間の足が見えていた。

―――誰か倒れている。

ジーナは周囲の気配を探りながらコンテナの向こう側を覗き込んだ。

  ふたり倒れている。

ストロングホールドの一般隊員用制式ブルゾンを着用している。左肩口には擬人化された砲弾のエンブレムが縫い付けられている。ふたりとも衝撃砲担当のスタッフだ。

  ジーナは男の傍らにかがんで首筋に触れてみた。

―――生きている。

ジーナは男の耳元に顔を寄せ、小声で「しっかり。しっかりしなさい」と話しかけながら、力の抜けた肩をゆすった。

「う・・・うん」

  ロウのように白い男の顔に表情が戻った。

「敵を見たの?どこへ行ったの?」

  だが、ジーナの矢継ぎ早の質問に答える力はまだ戻っていないようすで、男はわずかに視線をゲートの方へ向けた。

「まさか・・・外へ?」

  シエンが言ったとおりのエネルギー体ならば、この分厚い装甲ゲートも易々とくぐり抜けられるのかもしれない。

―――追わなきゃ。

ジーナは男の体を床に置くと、ゲート脇の暗証番号入力パネルへと駆け寄った。

ピピピピピピピ・・・。

  人差し指がテンキーの上を走る。

ガコン。

とてつもなく重い留め金がはずれる音がしてゲートが動き始めた。

  ジーナがメガパルサーを両手でホールドし、ゲートが開ききるのを今や遅しと待ち構えている時、ようやくセイラが物資搬入デッキへと飛び込んできた。

ゲートは徐々に口を開いてゆき、砂漠を渡る砂まじりの風がデッキ内にも勢いよく吹き込んできた。

床に倒れているふたりの男もジーナも、広がってゆくバラージ砂漠の景色を凝視している。だが・・・。

―――?

3匹のサバーカαだけが、尻尾を振りながら違う方を向いていた。

床に倒れているもじゃもじゃのモミアゲ男のほうを。

「ちがう!ジーナ、敵は後ろよ!」

  はっと振り返ったジーナを、背後のふたり・・・モミアゲ男と口ひげ男がじぃっと見つめている。

  その目がオレンジ色に発光していた。

「あ、あなたたち・・・まさか!」

  ジーナは驚いたようすでメガパルサーの銃口をふたりの砲撃班員へと向け、セイラのいる入口の方へと後ずさりした。

「ふふふふ。気づきおったか」

  言うなりその男は、両目から発した緑色のビームで足元に群がる3体のサバーカαを薙ぎ払った。

「あっ」

 黒焦げの金属塊となったサバーカαが、驚くセイラの足元まで転がってきた。

「やれやれ、デクスR9を宿しておっては、来た時のように自在に動けんのだよ」

「我々が乗っ取ったこの地球人どもの脳には、ゲートを開く番号のデータがなかったのでな。貴様に開けさせようともくろんだのさ。おかげでこのいまいましいガラクタからようやく出られるわい」

不気味に笑いながら、ふたりはゆっくりと立ち上がった。

「何者なの?」

「正体をあらわしなさい!」

 ふたりの男は、セイラとジーナの鋭い視線を平然と受け流して薄笑いをうかべている。両目の異様な発光がなければ、どこからどう見ても普通の人間だ。だがその光は、やがて口からも鼻腔からも耳からも漏れ始め、ついには彼らの全身を包むと、外界から差し込む陽光を押しのけてデッキの中を怪しく照らした。

「我々はスタッグ星人。宇宙を渡るエネルギー生命体だ」

「お前たちが持っていたあの宇宙鉱物は我々にとっても貴重な品なのだ。宇宙の辺境で閉鎖的に生きる貴様たち地球人など、この鉱物の本当の素晴らしさをまるでわかっておるまい。このようなガラクタを動かすのに使ってよいものではないのだ」

「よって、我々が頂戴する」

  全身を包む光が一段と光度を増した。

「我々の本質はエネルギー生命体ゆえ、さまざまな生物の体を乗っ取って操ることができる。だが、この星の炭素系生命体はあまりにも脆すぎる。これほど頻繁に器を取り替えねばならぬ脆弱な体も珍しい」

「どれ、我々本来の『肉体』を見せてやろうか」

  全身を光の衣に包んだようなふたりの男は、やがて緑色の異形の化け物へと姿を変えた。

体表はぬめぬめと光っている。朽木を思わせる奇妙なシルエットには、目も口も鼻も無い。ただ、触手を思わせる枝のような手と床の上を巧みに移動するための根の如き数本の足だけが、地球上の生物にかろうじて共通する点であろうか。

ジュルジュルジュルルル―。

人間の姿を捨てたスタッグ星人は、もはや人語を発する機能をも失い、彼ら独特の怪しげな音を発するのみである。

  2体の異星人は、その外観からは想像できないような素早い身のこなしで開いたハッチへ向けて走った。

「逃がさない!」

ジュリュルル!

  セイラとジーナがメガパルサーを撃つのと同時に、スタッグ星人も彼女たちに向けて緑色のビームを放った。

バチッ!

ボン!

  決闘は、一瞬で終わった。

 セイラの放った光弾とひとすじのビームは空中で激突して火花とともに消滅した。ジーナの光弾は先に脱出しようとしていたスタッグ星人のぬめったボディを粉砕し、交差したもう一方のビームはジーナの左肩を貫いた。

相討ちだ。

スタッグ星人の体の下部3分の2ほどはどす黒い体液を飛び散らせて消滅し、物言わぬ頭部だけがごろりと転がった。

そして、ジーナの体もグラリと揺らいだ。

「ジーナ!」

   気丈にメガパルサーを構えながらも、無言でその場にくずおれるジーナの身体を、セイラは慌てて後ろから抱きかかえた。

 銃創は貫通していて、頑丈な耐熱ブルゾンが紙のように焼け焦げている。重傷だ。

「しっかりして!ジーナ!」

  耳元で叫ぶセイラに、ジーナはただ「デクス・・・デクス・・・」と繰り返すだけだ。言いたいことはわかる。スタッグ星人をしとめてデクスR9を奪回しろということだ。

生き残ったスタッグ星人は仲間の死に驚いているようすだったが、我に返ったように再びゲートへ向けて駆け出した。

セイラは背後からジーナを抱きしめたままメガパルサーを撃った。

その光弾はスタッグ星人の体をかすめ、傷口からはどす黒い体液が幾筋も糸をひいたが、それでもスタッグ星人は、大きく開いたゲートから外へ身を躍らせると、再びオレンジ色のエネルギー体に戻ってついに要塞からの脱出をはたした。

「ジーナ。少しの間我慢してね。すぐ救護班が来てくれるわ。私はちょっと行ってデクスR9を取り返してくるから」

セイラはそう言うと、意識を失ったジーナの体をそっと床に横たえた。

 

(五) 〜援軍到着〜

 

ピピピピピピ。

   グローブをはめた人差し指が、コンソールパネルに並ぶ小さなスイッチを次々と弾いてゆく。それと同時に緑色のパイロットランプが点灯し、あちらこちらでモーター音が沸き上がってくる。

   左下を向いて停止していた無数のメーターの針が一斉にぴくりと跳ねると、リズミカルに上下し始めた。

「テイクオフ、スタンバイOK」

   フライトヘルメットを被り、黒いゴーグルを降ろしたパイロットの声はセイラのものだ。ジーナに重傷を負わせ、まんまとストロングホールドから逃げ出したスタッグ星人を追撃するため、整備員を蹴散らして試作戦闘機トライアル・ワンのコクピットに飛び乗ったのだ。

膝の上にはレーダー替わりにデクスR9のエネルギー波を追跡するためのザバーカαがちょこんと乗っている。だが、早くしなければ、敵がザバーカαの探知能力圏外へ出てしまう。ぐずぐずしてはいられない。

   エンジンの回転数を示すパイロットランプが黄色から青に変わった。

「行くわよ!」

〈モーメント!セイラ、火器管制システムの稼動チェックにあと25秒くれないか〉

「ノーニード!」

   言うやいなや、セイラは一気に垂直噴射口から強烈なバーナーを吹き出させ、機体を強引に浮上させた。

〈セイラ、無茶だ。まだ機体をテイクオフポイントへ移動させていないのに!〉

「う・る・さ・いぃぃぃ」

   機のエンジンよりも先に、セイラの怒りはレッドゾーンに達していた。

歯を食いしばって全力でグイと操縦桿を引くと、ぐらつきながら浮き上がっていたトライアル・ワンは、まるで巨大なびっくり箱から飛び出した模型のようにストロングホールドから急上昇していった。

 

   オレンジ色の発光体が砂漠の上空を飛んで行く。たった今ストロングホールドからデクスR9とともに脱出してきたスタッグ星人である。

スタッグ星人の放つ光が不安定にゆらめいている。こちらもまた、脆弱な地球人に仲間を撃ち殺されたことに怒っているのだ。

「宇宙鉱物さえ手に入れば後はどうでもいいと思っていたが・・・許さんぞ地球人め!」

   スタッグ星人の光の中から、明らかに異種と思われる白い光が分岐して飛び出し、今来た方角へと飛び去った。

「こんな時のためにあいつを捕獲しておいてよかった」

   白い光は見る見る巨大化すると、異形の巨獣へと姿を変えた。

二本足で立つトカゲを思わせる風貌。頭部からは、燃え立つ炎のような歪んだ角がいくつもそそり立っている。すべてを憎み、すべてを食らう。そんな目、そんな牙だ。

   スタッグ星人がエネルギー体に変えて他の惑星から連れてきた宇宙怪獣である。

「行け、バンギルス!そのガラクタごと地球人を皆殺しにしてしまえ!」

グラアアアアアアアア。

   喉をそらせ、天に向かってあげた咆哮は、バラージ砂漠に憩うすべての野生生物たちを凍りつかせた。

 

   突然機体の真正面に現れた怪獣を避けるため、セイラは思いっきり操縦桿を倒してトライアル・ワンを急旋回させた。

「びっっっくりした!何よイキナリ」

   セイラは怪獣の周囲を大きく旋回しながら毒づいた。

   無線封鎖はしているものの、恐らくストロングホールドでも怪獣出現を探知しているはずだ。だが、セイラは迷った。

   このままデクスR9を追うべきか、それともストロングホールドを守って怪獣と戦うべきか。

「ああん、もう。どうしたらいいのよ!」

〈君はここでストロングホールドを守れ。デクスR9は僕が追う〉

   突然無線から聞こえてきた声は、セイラにとって聞き覚えのある、しかしあり得ない人物のものだった。

 

「シエン隊長。8時の方向に怪獣が出現しました。こちらへ向かってきます」

   レーダー要員の報告に、シエンは内心「しまった」とほぞをかんだ。

   電力確保を最優先するため、必殺兵器シャリオン砲を封印した賭けが裏目に出たのだ。

   シエンは内線電話の受話器を取ると、エネルギーライン変換作業中のグローニンを呼び出した。

「グローニン、緊急事態だ。ストロングホールドの至近距離に怪獣が出現した。すまないが、移送中の全エネルギーを大至急もういちどシャリオン砲へフィードバックしてくれ」

〈了解。しかし隊長、シャリオン砲が最低限の破壊力を取り戻すには、それなりのエネルギー充填率が求められます。一度特定の方向へ流れ出したエネルギーはそう簡単に戻すことはできませんので、あとは時間との戦いになるでしょう〉

「その充填率とやらに達するには、どれくらいの時間が必要なのだ?」

〈わかりません。とにかく1分1秒でも時間を稼いでください。私の予測では少なく見積もっても70パーセント以上のエネルギー充填が必要になると思われます〉

「む・・・わかった。とにかく大至急頼む」

   シエンは「すまん」と繰り返し、通信を終えた。

デクスR9を強奪した敵宇宙人がここで怪獣を出現させるとは予測していなかった。すべては自分の判断ミスが招いた事態だ。

―――これで、たとえ怪獣を倒してもデクスR9が戻らなければ、我々はストロングホールドを放棄しなければならなくなるな。

   作戦司令室で、ひとりシエンは拳を握り締めた。

「高空から猛スピードで接近する物体あり」

「何?敵か!」

「わかりません。我々の戦闘機よりはるかに大きな機影です。西から来ます」

   敵か、援軍か?作戦司令室のレーダー要員たちは、すがるような目でシエンをみつめていたが、事態はすでにシエンの理解をはるかに越えて進展していた。

 

〈間に合ってよかった。無事だったんだね、セイラ隊員〉

    トライアル・ワンの左翼側に並んだのは、はるかに巨大なシルエットを持つ大型戦闘機であった。三角翼のボディ側面には、セイラの左肩に縫いつけられたエンブレムと同じBGAMのマークが描かれている。

「アルバトロス!やだ、シュン。ほんとにシュンなの?」

〈そうだよ〉

「何で?どうしてここにいるの?どうやって来たの?私のことを心配して?」

〈戦闘中に気が散っちゃまずいだろう。詳しい事情は後で話すよ。とにかくここでの戦闘はアルバトロスよりもそっちの飛行メカの方が有利だろ。僕はさっき飛んでいったエネルギー体を追うよ〉

   じゃあ、後で。と言い残し、アルバトロスは大きく進路を変えて飛び去った。

「シュン。やっぱり来てくれたのね」

―――え?

  自分の言葉にセイラは驚いた。

 「やっぱり」ということは、心のどこかでシュンが来てくれることを望んでいたのか、いや、来てくれると信じていたのか。

  平静を装ってはいても、ストロングホールドの危機に際してどこかで仲間の助けを期待していたのかもしれない。

   セイラは目を閉じて大きく深呼吸をした。

『航空戦力の整備は中央アジア支部の宿願だ。しっかりやれ』

作戦司令室でのフドウの言葉が彼女の脳裏に蘇った。

『西太平洋支部の看板背負っているつもりでガンバってこいや』

   キャリアベースを発つ時にコヅカから言われたセリフも浮かんできた。

テストパイロットに選ばれた栄光とプレッシャーが、いつのまにか自分をがんじがらめにしていたのだ。

―――もう、みんなでガンバレガンバレって言うもんだから。

   しかしシュンの声を聞いた今、自分の心をからめとっていた枷が全部はずれたような気がする。

「ま、いいや。みんなには内緒にしとこ」

ドンドンドンドンドンドン。

   ストロングホールドがバンギルスに攻撃をくわえ始めた。

轟音とともに巨大なピラミッドの側面から発射された12発のミサイル群は、不規則でゆるやかな弧を描きながら高空へ舞いあがり、獲物を見定めるや、次々とバンギルスに襲いかかり、着弾した。

「やるもんね」

   トライアル・ワンのコクピットから全弾命中を目視したセイラの、生来の負けじ魂に火がついた。

 

(六)〜荒野の超人バトル〜 

 

「見つけた!あれだ」

   シュンはついにオレンジ色の光球となって飛ぶスタッグ星人を発見した。

さすがに飛ぶとなれば戦闘機の方が格段に速い。追いつかれたことに気づいたスタッグ星人のほうもジグザグ飛行を始めたが、振り切れないと悟ったのか、ゆっくりと赤茶けた大地に降下した。

―――観念したのかな?

   シュンがそう思った途端、オレンジ色の光球はみるみる巨大化していった。

「やっぱりそんな訳ないか」

   巨大化したスタッグ星人は、緑色の朽ち木を思わせる不気味な姿に実体化するや、飛来するアルバトロスにむけて電撃を放った。

「あいつめ、デクスR9のパワーで巨大化したのだな」

ジェララララララララ。

   デクスR9が内包する膨大なエネルギーを思うさま取り込んだスタッグ星人は、歓喜の雄叫びをあげた。ぬめぬめと照り光る巨大な体が小刻みに震えている。

   アルバトロスは立て続けに襲いくる電撃を巧みにかいくぐりながら態勢を整えると、ルーク砲を撃ちこんだ。

ピュンピュン。

   バラージの強風を切り裂いて必殺の光弾がスタッグ星人めがけて飛ぶ。

ドゥン!

ジュウウウウルルル。

 ルーク砲が命中し、スタッグ星人が苦悶の呻き声をあげた。だが、巧みな波状攻撃に苦しみながらも、スタッグ星人は弱まるどころか徐々に巨大化してゆくではないか。

「攻撃しても一瞬にしてダメージが回復してしまう。ルーク砲の破壊力よりもデクスR9からのエネルギー供給量の方が大きいということなのか」

   今のスタッグ星人を倒すには、さらに強大なパワーをもってヤツを一撃で撃ちぬくしかない。

   スタッグ星人が放つ電撃は、さらにパワーアップしていた。わずかでも機体にかすればアルバトロスの電装系は瞬時に破壊され、燃料に引火して大爆発するだろう。

「これ以上デクスR9のエネルギーを食わせるわけにはいかない」

   シュンは右手を真横へ真っ直ぐ差し出した。大きく開かれた五指の中心部に金色の光が浮かび上がり、虚空から変身アイテムグラスパーが出現した。

   シュンがそれを握り締めた瞬間、シュンの全身のみならず、アルバトロスまでが金色の光に包み込まれ、身長60メートルの巨人が光の中から浮かび上がった。

シュアッ。

頭部にきらめくブレード状のフィンが、吹きつける砂漠の風を切り裂き、その下に続く眩いシルバーのボディには、筋肉の隆起にそってゆるやかにカーブするグリーンのラインがはしっている。

   ウルトラマンアミスは、両手に持った無人のアルバトロスを大地にそっと置くと、しなやかな動きでファイティングポーズをとった。

    光と共に現れたアミスに驚いたスタッグ星人は枝のように生えている触手の先端から緑色のビームを放った。

ビシュ!

シュアア。

アミスが左右の掌を扇状に振ると、そこに光の壁が生まれ、襲い来るビームはその光る壁によって完璧に受け止められて消滅した。

    必殺光線テルミニードのエネルギーを掌から放出し、空中にエネルギーの障壁を作り出す。いかなる破壊ビームであろうと、このテルミニードバリアを貫くことはかなわないのだ。

   得意のビーム攻撃をいとも簡単にはね返されたスタッグ星人は、腹立ちまぎれに触手をしゃにむに振りまわした。

   緑色の触手はギュゥゥゥンと唸りを上げて何倍にも伸び、鞭のようにアミスのボディを打ちすえた。

グアアア。

   がむしゃらな攻撃が思わぬ成果をうんだことに気をよくしたか、スタッグ星人は何度も何度もアミスのボディを触手でいたぶった。

   体を切り裂かれるような激痛に耐えかねてアミスは悶絶し、片膝を大地についた。

シュアアア!

それでも、大地から伝わる限りないパワーを受けて立ち上がると、全身のエネルギーを両の拳に結集させたヒートパンチを敵のボディへマシンガンのように打ちこんだ。緑色の体表から眩い火花が飛び散り、今度はスタッグ星人が苦痛に身をよじった。

これらとて単なる打撃ではない。バリアと同じくテルミニード光線として撃ち放つ必殺パワーを込めた複合技である。

ヒートパンチが続けざまにスタッグ星人のボディを抉り、体組織を破壊する。

だが、やはり体内に取り込まれたデクスR9は、おぞましい侵略者が受けたダメージを、致命的なものになる一歩手前で食いとめていた。

広大なバラージ砂漠の風の中で、一進一退の攻防が続いた。

シュオオ!

アミスが巧みなフットワークで唸る触手をかいくぐり、スタッグ星人の懐に飛び込んだ。低い態勢からスタッグ星人の体を肩に乗せると、腕力にものをいわせて一気に頭上へとかつぎあげた。

スピーディな連続攻撃が得意なアミスには珍しい豪快な攻撃である。

とその時、スタッグ星人の触手がアミスの両腕に絡みつき、先端から緑色のビームが再び発射された。ゼロ距離から放たれたビームがアミスの全身に流れた。

アミスの銀色のボディは緑色のフレアに包まれた。

バチバチバチバチ!

グゥァァァァ。

    乾坤一擲。スタッグ星人の捨て身の攻撃で重大なダメージを受けたアミスはバランスを崩して大地に倒れこみ、かつぎあげられていたスタッグ星人もまた逆さ落としに落下した。

ズズウウウウン。

   大音響とともに、天まで届くかと思われるほどの砂煙が舞い上がった。

ダブルノックダウンだ!

しかし、最初に上体を起こしたのは、スタッグ星人のほうであった。

 

宇宙怪獣バンギルスは、もう目と鼻の先まで来ていた。作戦司令室のメインモニターには、顎をひいて頭上の角を前へ突き出したバンギルスの姿が大きく映し出されている。

「宇宙怪獣さらに接近。ストロングホールドまであと500メートルです」

   シエンは館内電話の受話器を取ると、鉱力エンジンルームに隣接するサブコントロールルームを呼び出した。

「グローニン、シャリオン砲へのエネルギー充填はまだ完了しないか?」

〈まだです。現在シャリオン砲へのエネルギー変換率62パーセント〉

「もう撃ちましょう、隊長!」

作戦司令室に詰めている砲撃班員がじれて叫んだ。このまま怪獣にストロングホールドを蹂躙されるくらいなら、せめて一矢むくいたい。その気持ちはシエンにも痛いほどわかる。

「だめだ。我々が放つ最初で最後のシャリオン砲・・・ぎりぎりまで我慢するんだ。今撃てる最高の一撃をお見舞いしてやる」

 シエンは目前に迫る宇宙怪獣の姿を睨みつけた。

「バトラーミサイルの残弾数は?」

「あと8発です」

「全弾発射だ!」

「了解!」

  砲撃班員がトリガーボタンを押すと、コンソールパネルの1から8までのパイロットランプが緑から赤に変わった。

ドドドドドドドドン。

  放たれたミサイル群は、高空でいったん散開した後、それぞれが意思を持っているかのようにバンギルスへ向かって急降下し、着弾した。

「左舷全対空砲門開け!弾幕を張って怪獣の侵攻を少しでも遅らせるんだ」

   シエンの号令とともにピラミッドの左側面から無数のビームが放たれ、針のようにバンギルスの全身を刺した。

   小口径兵器群は、巨大な怪獣に致命傷を与えられる破壊力を備えてはいないが、一斉掃射によってわずかにその歩みを鈍らせることに成功していた。

―――わずかでもいい。我々には時間がいるんだ。シャリオン砲をスタンバイさせるまでの時間が・・・。

   その時、メインモニターを高速で横切るものがあった。セイラが駆るトライアル・ワンだ。

   トライアル・ワンは怪獣の手前で地面すれすれまで降下すると一転急上昇し、怪獣の懐へ飛び込んだ。

   モニターを見ていた隊員達は皆、トライアル・ワンが怪獣に激突すると錯覚して「ああっ」と声をあげて身を乗り出した。

   前傾姿勢で、頭頂部の鋭い角を突き出す独特の攻撃ポーズをとるバンギルスは、突然目の前に急上昇してくるトライアル・ワンに驚いて一瞬体をのけぞらせた。そこに生まれる隙をついてアッテスバルカンが喉笛を突く!

   至近距離からの光弾攻撃に、バンギルスはのけぞった勢いで後方へ数歩よろめいた。背後へ飛び去って行くトライアル・ワンに向けて威嚇の雄叫びをあげ、口から真紅の火球を放ったが、もはや機影は雲にまで届こうとしていた。

「ヤッター」

「いいぞぉ!」

   小さな戦闘機が巨大な怪獣を翻弄している。その勇猛ぶりに、モニターの前の隊員たちは歓声をあげた。航空兵器を持たなかった彼らにとって、このような戦闘シーンは初めて目にするものだ。

  コクピットで操縦桿を握るセイラにとっても、小型機の機動性をとことんまで追求したトライアル・ワンのアグレッシヴな戦闘スタイルは初めての経験であった。さきほどの攻撃パターンなどは、アルバトロスのような大型機では不可能である。

―――見てる?この戦闘機、凄いわよ。

   セイラは心の中でベルガーとアデナウアーに語りかけた。

   スタッグ星人の最初の犠牲者となった彼らが、実戦で飛ぶこの飛行メカを見たらどれほど喜んだことか。

―――必ず倒す!この戦闘機で。

彼らの無念を思い、セイラはぎりりと歯を食いしばると、次の攻撃態勢に入った。

 

キィンキィンキィンキィンキィン―。

   仰向けに倒れているアミスのカラータイマーが青から赤に変わり、悲鳴をあげはじめた。アミスが地上に実体化して戦える時間はわずか3分間。もう残り時間はわずかだ!アミスはこのままバラージの大地に消えてしまうのだろうか?

カラータイマーの赤い明滅に伴ってエネルギーが体から流れ出てゆく。ビームに焼かれたダメージに加え、体が重くて動かない。

   その時、アミスの耳から音が途絶えた。

   上空を無数の雲が物凄いスピードで流れてゆく。

   眩い陽光の中で舞う野鳥のシルエットがゆるやかな弧を描いている。

   中央アジアを渡る風が、アミスを包み込む大地が、一斉に語りかけた。

―――立て!

   力なく開かれたアミスの指がぴくりと動いた。

―――ウルトラマンアミスよ、立ち上がれ!

動ける。まだ戦えるはずだ。

   アミスは震える足を大地に押し当て、立ちあがった。

   先に体を起こしたスタッグ星人は、体内に宿したデクスR9のおかげで、破壊された体組織をかなり回復させている。

ジュルルルルルルルルルルルル―

立ち上がったアミスにむけて緑のビームを放った。

同時にアミスも両腕を真っ直ぐ胸前であわせて伸ばし、光の槍パイルスラッシュを撃つ!

光の槍と緑のビームが両者の中間地点で交差した。

ビシュ!

一方の緑のビームは光の槍に弾かれて進路をわずかに変え、アミスの右肩をかすめて後方へ飛び去り、もう一方の光の槍は狙いたがわずスタッグ星人のボディを貫いた。

ジェェェェェェェェ!

ドオオォォォォォン!

   パイルスラッシュの直撃を受けたことで、体内に充満していたデクスR9のエネルギーが暴走を始め、スタッグ星人はあっけなく爆発消滅した。

 飛散するスタッグ星人の破片に、小さく光る物体が混じっていた。アミスは素早くそれを空中で掴むと、その手を開いて物体を確認した。

   幼児の頭ほどの大きさの鉱石からは、精製されていないとはいえ、高純度のエネルギーがこぼれ出ている。間違いなくデクスR9だ。

   驚くべきことに、アミスの掌から体内に染み込んでくるデクスR9のエネルギーは、明滅し続けるアミスのカラーターマーを青に戻したではないか。

シュアア!

   アミスはデクスR9を大切に握ると、風が舞うバラージの空へ飛んだ。

 

激しい対空砲火とセイラが操縦するトライアル・ワンによる攻撃を受けながらも、ついに宇宙怪獣バンギルスはストロングホールドまであと100メートルほどの所まで迫っていた。

グァラアアアアア!

 バンギルスが火球を放った。

至近距離である。渦巻く炎の塊は、ストロングホールドの左側面中央に命中した。

表面を覆う独立可動式のムーバルアーマがせわしなく動いて、受けたダメージを最小限に留めようとしている。だが、バンギルスの火球はただの炎の塊ではなかった。命中と同時にパリパリと激しい放電現象を誘発し、大爆発をおこした。

既に同じ箇所に数発の火球を受けているためか、ムーバルアーマの何枚かは溶けて稼動しなくなっている。ストロングホールドの防御力が著しく低下していることは疑いの余地がない。この上、更なる火球攻撃や、頭頂部の角やツメによる打撃攻撃を受けたなら、 さしもの巨大要塞も完全に沈黙してしまうに違いない。

トライアル・ワンが、バンギルスとストロングホールドの間を高速で横切った。

「こっちよ!こっちを向きなさい」

   コクピットでセイラが叫んだ。

アッテスバルカンによる攻撃では、バンギルスに致命傷を与えることはできなかった。だが、せめてシャリオン砲がスタンバイできるまで怪獣の気をそらせ、その足を止めなければ。

〈セイラ隊員、無理をするな!〉

   シエンから無線が入った。

   シエンはじめ作戦司令室の隊員たちは皆、セイラの戦いぶりをモニターで見ていた。

   凄まじいと思った。

   はじめは歓声をあげ、拳を振り上げて見ていた隊員たちは、そのうち黙りこみ、手に汗を握り、そして蒼ざめた。今すぐセイラを帰還させるよう進言してくる者まで現れた。

このままではセイラがやられてしまう。超低空から急上昇して怪獣の鼻先をかすめたり、あるいは怪獣の目の高さでホバリングしてわざと火球を自分の方へ撃たせたり。あんな無茶な飛び方を続けていて無事で済むはずがない。

「セイラもういい!もういいから離脱してくれ!」

 しかし、隊員たちの心配をよそに、セイラの操縦は冴えわたっていた。海を越えてシュンが応援に駆けつけてくれたことで、セイラの張りつめていた心がほぐされ、小型機本来の高機動性能とあいまって、彼女の操縦テクニックはかつてないほどのハイレベルに達していたのだ。

キィィィィィィン。

   前足の近くをかすめて飛ぶトライアル・ワンめがけてバンギルスの口から続けさまに3発の火球が撃ち出された。

セイラの絶妙なコントロールでどれも直撃はまぬがれたものの、地面に着弾した3発目の爆風がトライアル・ワンのアフターバーナーを吹き消し、機体後部を強烈にあおった。

つんのめったように態勢を崩し失速したトライアル・ワンは、赤土の大地へ墜落し、巻き上げられた砂塵の中に姿を消した。

   作戦指令室で悲鳴が渦巻いた。

   セイラの卓越した操縦テクニックによって、接地の直前辛うじて機首を上げたトライアル・ワンは、爆発炎上こそ免れたものの、胴体着陸の激しい衝撃で機体底部の電装系をあちこち破損して完全に沈黙した。

ボン。

   セイラが無事であることを伝えるための信号弾が打ち上げられた。

―――その時。

〈隊長、シャリオン砲エネルギー充填率72パーセント。撃てます!〉

    グローニンから作戦司令室へ連絡が入った。

「シャリオン砲発射!」

    シエンが吠え、間髪入れずにストロングホールド最大の必殺兵器が轟音とともに閃光を発した。

バリバリバリバリバリ!

    最大出力の72パーセントとはいえ、バンギルスはまさにストロングホールドに角を突き立てんというほどに接近している。絶大な威力であった。

バキィィン!

    バンギルスの角が膨張して破裂した。

    火球を吐きつづけた口からは、ゆらゆらと煙が立ち昇っている。

グアアア・・・アア・・・アア

    バンギルスは2、3歩よろよろと後ずさりすると、地響きを立てて仰向けにひっくりかえった。

「やったぞ!」

   ストロングホールド中の隊員たちがあげた歓声がひとつになって轟音のように渦巻いた。

「直ちにセイラ隊員を救出に向かう」

   自ら駆け出そうとしたシエンを、モニター監視要員が制止した。

「待ってください隊長。怪獣が・・・また動き出しました」

   シエンは凍りついた。シャリオン砲の直撃をくらって生きているとは・・・。

「ばかな・・・」

   やはり72パーセントのエネルギーでは十分な威力を発揮できなかったか。

   モニターには、よろよろと上体を持ち上げた怪獣の姿が確かに映し出されていた。

かなりのダメージは与えたはずだが、とどめを刺せなければ意味が無い。

シャリオン砲の一撃がよほどこたえたのか、バンギルスはストロングホールドに背を向けて遠ざかってゆく。このままバンギルスを逃がしてしまえば、仮に今ストロングホールドが難をのがれたとしても、モンゴルで生活する多くの人々がこののち怪獣災害に見舞われることになりかねない。

「まずい。こうなったら地上から攻撃するしかない。攻撃班員を全員ホバークラフトデッキに集合させろ!」

   シエンはヘルメットを手に出撃しようとした。その時、モニター監視要員が再び彼を呼び止めた。

「隊長、あれ・・・あれを・・・」

―――今度は何事だ?

   振り返ってモニターを見たシエンも、さすがに口をぽかんと開けて、そこに映し出されているモノを見た。

   怪獣バンギルスの正面に、銀色の巨人が立ちはだかっている。ウルトラマンアミスだ。

グララララアア。

   そこをどけ!と言わんばかりに、バンギルスはやみくもに火球を吐いた。

シュアアア。

   アミスはヒートチョップで無造作に火球を叩き落した。デクスR9で全身にエネルギーが満ちているウルトラマンアミスに対して、バンギルスはシャリオン砲によるダメージを受けている。勝負のゆくえはすでに決していた。

   アミスは両手をクロスさせ、必殺のテルミニード光線をバンギルスに撃ちこんだ。

ドドーン!

   大音響と共に、バンギルスはあっけなく砕けて散った。

シュアアアアア。

   戦いを終えたアミスは、抜けるように青い空のかなたへと飛び去っていった。

   つい今しがたまでそこにいた邪悪な者による邪気を浄化するように、ただ風が静かに流れていた。

(七)        〜移動要塞ふたたび〜

 

キィィィィィィン。

   かなたからアルバトロスが飛来し、不時着したトライアル・ワンの近くへ着陸した。

「セイラ隊員!」

   キャノピーが開くや、シュンが飛び降りてトライアル・ワンへ駆け寄った。

「セイラ隊員、大丈夫か?」

   緊急用バルブを引いてトライアル・ワンのキャノピーを開くと、シートに体を沈めたままのセイラがシュンを見上げて力なく笑った。

「あ、シュン。えへへ、落っことしちゃったよ」

   ヘルメットの前が大きくへこんでいる。不時着時の衝撃がいかに凄まじいものであったかわかる。額からツツーと鮮血がひとすじ流れ落ちてきた。

「どこか痛い?」

   セイラのシートベルトをはずしてやりながら、シュンはセイラの全身に目をやった。額の流血以外、外傷は見られない。

「あちこち痛い。けど大丈夫だよ。ね、それより、やったの?」

「ああ。宇宙人はやっつけたよ」

「デクスR9は?」

   シュンは右手の親指で後方のアルバトロスを指差した。

「あるよ、あそこに」

「ああ、よかった」

   セイラは目を閉じてほぉっと息を吐いた。

   張り詰めていたものからようやく解放された安堵感をにじませた。

「歩けるかい?ストロングホールドへ帰ろう」

   セイラは両手をまっすぐシュンの方へ伸ばした。

「だっこ」

 

   ストロングホールドの鉱力エンジンが唸りをあげ始めた。

ゴォンゴォンゴォン。

   重々しい呼吸音と共に、懐かしい感触が隊員たちの足元から伝わってきた。

「動き出したぞ」

「生き返ったんだ。俺たちの要塞が!」

   移動要塞内部の全エリアに明々と灯りが燈り、仮死状態にあったストロングホールドはついに甦った。

「サポート、感謝します」

   シエンが差し出した右手をシュンは握り返した。

「デクスR9無くして、我々はこの要塞を維持してゆくことはできません。あなたのおかげで、我々はこの牙城を守りぬくことができました」

「いえ、間に合ってよかったです」

  シュンの前には、シエン、グローニン、セイラの三人が並んで立っている。ジーナはスタッグ星人との銃撃戦で重傷を負ったが、何とか一命をとりとめ、医療ブロックで今も治療を受けていた。

「それにしてもシュン、どうやって来たの?アルバトロスの航続距離じゃとてもここまで来られないでしょ」

「国際防衛軍がロシア領空で空中給油してくれたんだよ」

「なんですって?あのケチの国際防衛軍が空中給油?」

   シュンはゴホッと咳ばらいした。この要塞にも多くの国際防衛軍出身者が勤務しているはずだ。

「いや、まったくだ。第一、いくらBGAMの飛行メカとはいえ、中国もロシアも無断で領空内を飛ばれて黙ってはいないでしょうに。許可を取るだけでも至難の業なのに、その上給油までしてくれるなんて、キャリアベースの指揮官はいったいどんなマジックを使ったのですか?」

   グローニンが質問を重ねた。

「ええ・・・僕も詳しいことは聞かされていないのですが、何でも国際防衛軍のスミノフ将軍という方がひとはだ脱いでくれたとか」

「スミノフ将軍?あのご老体にまた大きな借りを作ってしまったのか・・・」

   シエンは苦笑いを浮かべた。

「隊長、存知なのですか?」

   グローニンの問いに、シエンは無言で頷いた。

「たぶんジーナも知っていると思うが、ロシア人のくせに、中国人の私をストロングホールドの隊長に推薦した変わり者さ」

「隊長はロシアの軍人に推挙されて私たちの隊長に就任されたのですか?」

「ああ。中央アジア支部はロシア、中国、そしてモンゴルと、いくつもの国々の領土を護らねばならない。多国籍の隊員たちを束ねる人材として、自国の人間を推したのでは、後々トラブルの種になりかねないと、わざわざ他国の軍人からヒマそうな奴を物色したらしい」

「とてもグローバルな視野を持った、良識ある方のようですね」

   シュンの言葉にシエンは頷いた。

「それでシュン、一体どうやってそんな人物に渡りをつけたの?」

「ソエダ艦長さ。BGAM設立時の参謀会議で、スミノフ将軍とは面識があるらしい。ハルナチーフがそれをつきとめて、フドウ隊長と 一緒に頼みこんでくれたんだよ。将軍は、シエン隊長がピンチだと聞いて、すぐ動いてくれた。ものすごい行動力だと言ってフドウ隊長も驚いていたよ」

「なるほどね。だけどそんなすごい方に見込まれた隊長も、やはりすごい方なのですよ」

   グローニンもやはりシエンの人柄にほれ込んでいるひとりのようだ。

「言ったろ、ヒマだったって」

「へ〜。それでこんな大きなおもちゃをもらってのんびり旅しているってわけね」

「セイラ隊員!」

   あいかわらず言いたい放題のセイラにシュンはどぎまぎさせられっぱなしだが、当のシエンは「その通り」と言って豪快に笑った。

 

(八)〜エピローグ〜 

 

ストロングホールドの最上層、通称「ウォッチマンズデッキ」にシュンとセイラは並んで立っていた。

ふたりの眼前には、広大なバラージの赤い大地がどこまでも続いている。

遠くに遊牧民たちの集落が見えた。小さく白い建物のようなものは彼らの簡易住宅ゲルであろうか。

「壮観だね」

   砂を巻いた風にあおられて、デッキの手すりを両手で握っていないと飛ばされそうな気がする。

「キャリアベースの周囲は一面海だけど、こっちは一面砂漠なの。ギャップがものすごいのよ」

   前を向いたままセイラが笑った。

「君はここで飛んでいるのか」

「ええ、そう」

―――大変そうだ。

   シュンは感心した。バラージ砂漠の砂は、強烈な風に巻き上げられ、わずかとはいえ遠く日本まで旅をすることもある。なるほど、BGAMのエースパイロットでなければ、ここでのテストパイロットは務まるまい。

「もう帰るの?」

   セイラが初めてシュンの方を向いた。

「ああ。ここでの任務は終わったからね」

「そう」

   少し、沈黙が訪れた。

「私はもう少しここに残らなきゃ」

「うん。わかっている」

   シュンは手すりから手を離すとセイラの方へ向き直った。

「しっかりね」

   シュンが差し出した手をセイラは力強く握り返した。

   それから40分後、シュンの乗るアルバトロスはストロングホールドから飛び立っていった。

 

3ヵ月後、中央アジア支部はついに宿願であった航空戦力を手に入れた。

ストロングホールドに2機配備された単座式小型戦闘機はコードネーム「レーヴェン」と名づけられ、バンギルス戦でのセイラの操縦データをもとに、強風による翼の振動を抑制するための新開発ウィングダンパーシステムを主翼下に持つ。

実戦を含む得がたいデータの集積と新開発システムの導入によって、ずば抜けた機動力と、強風の中でもバランスを崩さぬ粘り強さを兼ね備えた2機のレーヴェンは、怪獣災害に対する新たな正義の剣として大活躍することとなった。

(完)

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