タヌキの郵便局

 

ここ、蔦葉(つたは)村はもともと蔦這(つたはい)村と呼ばれていたらしい。

その名の通り里山の木々にはびっしりと蔦が自生し、近くの民家にもつるを伸ばしてくることも珍しくない。

丘陵地帯にある人口600人程度の小さな村である。

 

この村にひとつある蔦葉郵便局は平日の午前9時から午後7時まで郵便物を受け付けている

土日は休みなので、車で40分ほど離れた市の本局(村民はみなそう呼んでいる)まで行かねばならない。

 

だが、この郵便局にはもうひとつの営業時間が設けられている。

雨がしとしと降る夜更け。

蔦葉郵便局は人知れずオープンする。

不定期だ。

月夜は営業しない。土砂降りだったり雪が降っている夜も営業しない。

 

しかも利用者は人ではない。

タヌキだ。

葉っぱのはがきや木の皮でくるんだ小包を持ってやってくる。

受け付ける局員もタヌキだ。

「葉っぱのハガキを3枚くれろ。ポンポコポン」

「ほい。ポンポコポン」

「この荷物を和歌山の従妹に送ってくれろ。ポンポコポン」

「ほい。ポンポコポン」

「このハガキを速達で北海道までたのむよ。ポンポコポン」

「北海道か、遠いなあ。ポンポコポン」

「今年の春にエゾタヌキと交流会を持つのさ。わしが今回の幹事を任されとるんじゃよ。ポンポコポン」

「そりゃ大変ですね、ポンポコポン」

「おおい孫助どん、尻尾が見えとるぞ。ポンポコポン」

「ああ、こりゃいかん。ポンポコポン」

てな具合だ。

陽気なタヌキの郵便局。

 

しかし人は来ちゃいけない。

決して来ちゃいけない。

絶対に来ちゃいけないよ。

万が一人間が入ったら。。。

 

カランカラン。

郵便局のドアが開く。

「いやぁ、傘いらないかと思ったら結構濡れちゃったよ」

笑いながら入ってきた男は、手ぬぐいで顔や髪の毛を拭いた。

「それにしても最近は郵便局も24時間やってるんだな。知らなかったよ」

そう言うと脇に抱えた荷物をよっこらしょと小包コーナーのカウンターに置いた。

「早い便で頼むよ」

そこで初めて局員と目が合った。

「???タ。。。ヌキ」

何の冗談だ?

局員の制服は昼間のものと同じだ。名札にはポン九郎とある。

一瞬笑いかけて周囲を見た。

みんなが自分をじっと見ている。

みんな、タヌキだ。

客も。

局員も。

「あれれ、今夜は何かの仮装イベントですか?知らなかったよ、しまったなぁ」

目の前のポン九郎の他に、女性用の制服を着たタヌキの局員もいる。

首にタオルを巻いた農夫と思しきタヌキもいる。

葉っぱのハガキを買った婦人のタヌキは帰りかけた態勢のままこちらを振り返っている。

「な、なんだよ。知らないよ仮装イベントのことなんて。村の会報に載ってたか?」

男はさすがに妙な雰囲気を感じ取って少し後ずさりした。

とにかく小包を預けたらさっさとうちへ帰ろう。

「いくらですか?」

ポン九郎を振り返った時、男は「ひっ」と息をのんだ。

ポン九郎の両目が真っ赤に染まっている。

ぎいいいいいと歯ぎしりの音がして口元から鋭いキバがのぞいている。

「こいつ、変だ」

男は助けを求めようと他の「タヌキ」を見た。

しかし、そこにいる全員が赤い燃えるような目で自分を見ているではないか。

「い、いや。おい。ちょ、ちょっと。。。」

 

そぼ降る雨の音を遮って一瞬悲鳴のようなものが聞こえたが、すぐ静かになった。

タヌキは雑食で何でも食すのだそうだ。

 

しばらくして葉っぱのハガキを買い終えたタヌキが局員に手を振りながら郵便局から出てくると座布団ほどもある大きな葉っぱを頭に乗せて足早に里山の中へ姿を消した。

来た時には持っていなかった赤い何かが入った白いレジ袋を片手に下げていた。

<完>