渦戦士エディー
怨嗟の鎧
〜後編〜
「餓骨丸・・・ですか。なるほどね」 初老の男性は肩まで届く長髪をかきあげてニヤリと笑った。 徳島県在住の伝奇小説家、糸魚川一平だ。まだ四十代だが髪にかなり白いものが混じっているため実年齢よりも老けて見える。頬がこけてやつれた印象を与えることも原因のひとつだろう。剣山麓に庵を結び、質素な生活を送っているという。 エディーは徳島県立民俗博物館で超自然の不思議な出来事に詳しい人物として糸魚川を紹介してもらい、彼の住まいを訪ねたのだ。 今回おこった一連の事件のあらましを説明し、そのカギとなるタレナガースの怪しい鎧「餓骨丸」について尋ねたかった。攻撃しても一切のダメージを無にしてしまう不思議な力を打ち破らねば、今のエディーに勝機は訪れない。エディーは糸魚川が語るどんな些細な言葉も聞き逃すまいと彼の顔を見つめた。 「瘴気ねぇ」 「瘴気です」 「正気とちゃうな・・・なぁんてね」 「は?」 「ドームでしょ」 「ドームです」 「ドームすいません・・・ぶひっ」 エディーはため息をついた。一刻の猶予もない中すがるような思いでここまで来たが、時間の無駄だったか。糸魚川はただのダジャレおやじだった。 「失礼します」 会釈して立ち去ろうとしたエディーの足を糸魚川の声が引きとめた。 「実と虚がひとつになってしまいますよ。早くなんとかしなければ」 ナイフで切り裂いたような細い目がじぃっとエディーを見上げている。見つめられるとぞくりとする視線の鋭さが不意に消えて、またもとのだらしない笑みが目尻に無数のシワを浮き上がらせる。つかみどころの無い奇妙な男だ。 「いやぁ日ごろ俗世と隔絶した生活していると、たまに誰かと話すと妙にテンションあがっちゃってね。えへ。ごめんね。えへへ」 「いえ。で、さきほどのお話ですが、もっと詳しくお聞かせください」 糸魚川の表情がまたもやにわかに引き締まった。白い無精ひげが浮いた顎を人差し指と親指で撫でながらやおら立ち上がると、おびただしい数の書物が挟み込まれている書架に向かった。 糸魚川はなにやらブツブツ言いながら何冊かの書物を引っ張り出してはパラパラとめくり、またもとの書架に押し込んだ。そして・・・。 「おひょう!これだ!」 突然の大声と共に糸魚川が和綴の古びた書物を手にエディーの前に戻ってきた。粗雑に扱うと表紙の角やら綴じ紐やらが崩れてしまいそうな、かなりの年代物だ。墨で「阿波古狸大戦顛末控」と記されている。 「あわこりおおいくさてんまつひかえ。これにその餓骨丸が載っているよ」 「本当ですか?」 エディーは思わず身を乗り出した。糸魚川は表紙のほこりを右手ではらうと本を開いた。まるで本の内容をすべて覚えているかのように正確にそのページを開くと流れるような筆書きの書に目を通した。 「この鎧の持ち主は江戸時代に阿波ダヌキを力でまとめあげた大親分<ハミのカズラ>というヤツでね、これがまたかなり残忍かつ獰猛なタヌキだったらしいのさ」 糸魚川はここでひとつ大きく呼吸をした。 「こいつの怒りに触れて命を奪われたタヌキは数知れず。カズラは敵対する者であれ部下であれ、気に入らぬ者は容赦なくその命を奪った。ひとつ命を奪うたびにそのタヌキの骸から毛を抜いて紐を編み、流れた血を染料にして鎧の飾りを真紅に染めたのだそうだよ。あの餓骨丸はハミのカズラの象徴であり自慢の鎧、そして多くのタヌキどもの怨みのこもった怨嗟の鎧なんだよね。くわばらくわばら」 「怨嗟の、よろい」 なんという話だ。 「けどね、やがてハミのカズラも最期の時を迎える。力で押さえようと企てる者は力によって倒される。世の理ってやつかな。ナマンダブナマンダブ」 「別のタヌキに滅ぼされたと?」 「そ。こいつのやり方に反発した若いタヌキたちが一斉蜂起したんだよ。徳島じゅうのタヌキが真っ二つに割れてものすごいいくさになっちゃった。結局ハミのカズラは敗れて首を落とされ、ヤツの大事な餓骨丸は封印されてどこかに埋められたとされている。まさか、そんな恐ろしい鎧が平成の御世に現実に掘り出されるとはねぇ」 糸魚川はパタンと書物を閉じるとふぅと息を吐いた。かつてこの徳島で、それがたとえケモノであるとはいえ、そのような暴君が君臨した時代があったとは。 「でね。この鎧は魔物と交わることによってとてつもない妖力を発揮しちゃうのよ」 「妖力?それは例のタヌキの落武者の目撃例と関係があるのですか?」 「ピンポーン、あ、ごめん」 エディーは自分の忍耐力を自身でひそかに賞賛しながら糸魚川の言葉を待った。面倒くさいことこの上ないが、この男が今のところ唯一の手がかりを握っているのだから我慢するしかない。 「餓骨丸は化け物の身体を媒体にしてこの世とあの世を結んでしまうのよ。よって、餓骨丸をまとった化け物はあの世より無限のパワーを受け続けることができる。どのような攻撃を受けても決してくたばらないときた」 糸魚川はまるで自慢しているかのごとく気持ち良さそうに餓骨丸について語り続けた。だが、聞いているエディーにしてみればちっとも愉快な話ではない。 「だけど一番厄介なのは、つながったあの世から亡者どもがこちら側へなだれ込んで来るってことなのよね。今あちこちで目撃が報告されているタヌキの落武者どもは、かつての大いくさで討ち死にしたヤツらなんだね。本来はあの世で迷っている連中だから、今のところあちらさんもこちら側の人間の存在には気づいちゃいない。気味は悪いが実害はないのさ。だけど最近は落武者が目撃者を睨みつけたとかキバをむいて威嚇したとかいう報告が少しずつあがってきているでしょ」 「まさか・・・!」 「そう、そのまさかさ。あいつら、次第に実体化してきてるんだ。威嚇している連中も今は向こう側からこちらを見ているだけだが、そのうち実際に人間に危害を加え始めるよ」 糸魚川は両手のツメをたてるようなしぐさでエディーを上目遣いで睨んだ。糸魚川もエディーも、タヌキの襲撃を受けて負傷した深夜のコンビニ客たちのことはまだ知らなかった。糸魚川の危惧する実害はこの時既に発生していたのだ。 「・・・信じられません。本当にそんなことが・・・?」 エディーの疑問ももっともだ。簡単に信じられる話ではない。だが糸魚川は揺るがぬ自信に満ちていた。 「かつての狸合戦、ハミのカズラ軍ははじめ圧倒的に劣勢だったそうだよ。実際人望が・・・いやタヌキ望?」 エディーは思わず拳を握ったが・・・こらえた。 「とりあえずそこは人望でよろしいかと」 「そだね、うん。もともと人望がなかったからね。有力な部下タヌキはほとんど敵側についちゃったんだよね」 「だけど戦局は何日にもわたって拮抗していたと聞きました」 「なんでだと思う?」 糸魚川がじろりとエディーを見た。エディーはあることに思い至った。 「起こったのですか、実と虚の混交が!?」 「当時ハミのカズラは生きながらにしてすでに魔物と化していたんだろうね。度重なる悪行の成せる業かなぁ?カズラ軍の兵は大半が亡者であったという記録もあるんだよ。実は勝った敵軍の将も、その亡者に斬られて結局は命を落としてしまったってことらしいよ」 あまりにも突拍子もない話だが、ことここに至っては信じるほかはない。 生きながらにして魔物と化したタヌキが率いる魔界の大軍勢を想像したエディーの背を、冷たいものがぞわりと走った。 「それで糸魚川先生。その鎧を討ち破るすべは?なにかヒントのようなものは書物に記されてはいませんか?」 エディーは重ねて尋ねた。そこからが一番知りたい点なのだから。 「あるよ」 なんとも軽い返事だが? 「災いをもたらすのがハミのカズラなら、それを打ち負かすのは・・・さてなんでしょう?」 なぞなぞを出すような糸魚川のなんとも楽しそうな顔・・・頼むよ! 「なんですか?敵方の武将のアイテムかなにかですか?」 エディーは苛立ち紛れに吐き捨てた。その途端、糸魚川の楽しげな表情がにわかに曇った。どうやら当たってしまったようだ。口がとんがっている。ああ面倒くさい。 「まぁね。大昔のことだからアイテムっていってもほとんど残ってないけど、唯一残されているはずだよ民俗博物館に。白鷺の鉢金」 しらさぎのはちがね・・・エディーは心に刻み込むようにその名を呟いた。はちがねとは鉢巻などに縫いつけて、もっぱら前頭部を保護する簡略なプロテクターの一種だ。 「ハミのカズラの宿敵、いや怨敵ともいうべきギンメのオダカが愛用していたとされる武具で、白鷺の羽を模した鉢飾りがついているのだそうだ。なにがどうなるかは知らないけれど、あの恐ろしい鎧に太刀打ちできるとしたら、もうこれしかないと思うよ」 その時エディーのスマホにエリスからの着信があった。 「エディー、すぐテレビを観て」 エディーは室内を見渡した。が・・・。 「あるかい、そんなモン」 糸魚川が胸を張った。その声がエリスにも聞こえたのだろう。 「タレナガースが現れたの。スダッチャーと交戦中よ」 エディーは臍を噛んだ。タレナガースが現れたのは糸魚川の庵から百数十キロも離れたエリアだ。しかし急行せねばならない。だがその前にもう一度民俗博物館だ。糸魚川の言う白鷺の鉢金を手に入れなければ。 エディーはバトル好きのスダッチャーの登場にわずかな期待を抱きつつ糸魚川に礼を述べて庵を出た。 急速に遠ざかってゆく高速バイクのエンジン音を聞きながら糸魚川は満足していた。久しぶりに自分の話を真剣に聞いてくれる人物が現れたからだ。しかもそれが渦戦士エディーであるからなおさら誇らしい気持ちだった。 「だけど・・・」 糸魚川は瘴気ドームに沈む空を振り仰いだ。 「ギンメのオダカは悪いヤツじゃないけど気難しいし面倒くさがりだからなぁ。いくらエディーでもおいそれとは腰をあげてはくれないよ。あ、これ言っといてあげればよかったかな?ひひひ」 そして糸魚川は再び隠遁生活に突入すべく、あなぐらのような庵に姿を消した。
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「タレナガースゥゥゥ!」 緑の光が天空から飛来した。 ガツン! 鈍い音と共に光はタレナガースの鬼の如きツノにはじかれて後方へ転げた。地面に着くやその光は人の形になった。 「鬱陶しいヤツが出てきたの、スダッチャーかよ」 そう。緑の光は唯我独尊のバトルフリーク、スダッチャーであった。 すだちのパワーがみなぎるグリーンのバトルスーツは戦いの期待に満ちて光沢を帯びている。正義も悪もない。ただ相手を叩きのめすことにのみ喜びを覚える危険な超人スダッチャー。赤いゴーグルアイがギラリと般若のツラを睨んだ。 「あ・・・あれ?てっきりタレナガースかと思ったら違うぞ・・・」 ズカズカとタレナガースの目の前まで歩み寄ると首をかしげて嫉妬に歪んだ般若のツラを覗き込んだ。 「人違いか・・・てっきりあのタレナガースだと・・・いや、ごめんなさい、間違えました」 スダッチャーが上体を90度に曲げて詫びた。 「い、いやいやいや。間違ってはおらぬぞ。ホレ余じゃ。そのタレナガース様じゃ」 タレナガースは己の顔を指差してスダッチャーに迫った。 「クイーンよ、そちからも言うてやれ。こやつ頭がどうかしておるぞ」 「タレ様よ、スダッチャーがわからぬのも無理からぬことじゃぞ。われらの面相はかなり変わってしもうたからのう。ひょっひょっひょ」 ふたりの会話を首をかしげて聞いていたスダッチャーは不意に空を指差して怒鳴った。 「でも、アレ。あんたたちがやったんだよね!アレ、やめろ。今すぐ」 今回のスダッチャーにはちゃんと戦う理由があるようだ。 「陽が射さないからみんな困っている。すだちの木も桜の木もみかんの木も、みんな。みぃんな困っている。だからアレ、すぐ消せ!」 スダッチャーはタレナガースとヨーゴス・クイーンの真正面で腕を組み仁王立ちして命令した。 そのようすをしばらくポカーンと見ていたタレナガースは「アホか」と言うなりスダッチャーの横っ面をブン殴った。 ベコッ! 嫌な音を立ててスダッチャーは十数メートル後方へ吹っ飛び、土煙の中へ消えた。 シュウウウウウウ。 「ううう、いてててて」 砂塵の中からスダッチャーのうめき声が漏れた。 が・・・! その砂塵を突き破ってスダッチャーが跳んだ。まるでロケットのような猛ダッシュでタレナガースに迫る。右の拳をひいてパンチを繰り出すと見せかけてヒザを、回し蹴りと見せかけて頭突きを。変幻自在の連続攻撃がタレナガースを翻弄する。 本来エディーとタレナガースの攻撃特性を併せ持つといわれるスダッチャーは、エディーよりも重くタレナガースよりも素早い攻撃力を誇るファイターだ。スピードでは明らかにタレナガースを凌駕している。 スダッチャーが繰り出す攻撃はことごとくタレナガースに打ち込まれたが、いっこうに弱らぬタレナガースに比べて、タレナガースの攻撃によるダメージは着実にスダッチャーの内部に蓄積され、その動きを徐々に鈍らせていった。 ガン!バシッ!ビシュ!ブン! 互いに格闘技の流派などとは無縁の超人たちだ。だが桁外れの筋力と心肺能力に加え、ずば抜けた動体視力が、相手のわずかな隙をとらえ執拗に攻撃を繰り出させた。 仲のよい相手同士なら握手でも交わせそうな至近距離で、スダッチャーとタレナガースふたりの超人は闘い続けた。 手数ではわずかながらスダッチャーが押しているのは誰の目にも明らかだ。だが次第に疲弊し、体のあちこちにダメージを負い始めているのもまた明らかにスダッチャーだ。スダッチャーはわからなかった。 「なぜだ?おまえちっともダメージ受けていないだろ?ずるいぞ」 「ふぇっ!この鎧『餓骨丸』がある限り、黄泉の国からの無限の闇エナジーが余に注ぎ込まれるのじゃ。貴様の攻撃なぞ、受けた瞬間チャラになっとるわさ。ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ」 「なんだソレ。反則じゃないか。まあいいや。つまりはいつまでもバトルできるってことだよな?」 ことバトルに関して、スダッチャーはくじけるということを知らない。どんなに強敵であってもそこに相手がいる限り彼は喜んで闘うのだ。 「ふん。貴様は良くても余はそこまで暇ではないでの。貴様の相手はこやつらがするであろうよ」 般若のタレナガースはひょいと右腕を振った。その先端からいっそう黒い瘴気が噴出し、その中から何かが現れた。 「ほぉれ。あの世から舞い戻った余の頼もしい軍勢じゃ。何百匹とおるからたっぷり楽しめるぞ」 現れたのは恨みのオーラを全身にまとった何百というタヌキの落武者であった。ある者は脳天を断ち割られ、ある者は無数の矢を体に受け、あるいは鎧の真ん中に槍で刺された大穴をあけたまま、スダッチャーを取り囲んだ。 濃密な瘴気と死臭の渦の中心で、スダッチャーは闘気をみなぎらせて「うおおおおおお」と雄たけびを上げた!
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ゲゲゲエエエ! グエグエ! 斬り伏せても斬り伏せてもモンスターどもが向かってくる。どいつも徳島全県下を覆う瘴気に魅せられているのだろう。目の前に立ちはだかる無敵の剣士の存在など意に介していないようだ。 剣山中―――。 黒衣の剣士ツルギはかれこれ10時間以上闘い続けていた。瘴気の壁のはるか向こうでは、陽は既に傾きかけている。 銀色に輝く目の間、眉間には生命の樹を思わせる銀色のライン。左右に大きく張り出したショルダーアーマが戦闘的な印象を強く与える。 迫りくるモンスターどもを愛用の太刀で斬るたびに黒衣の裾が優雅にひるがえった。 モンスターどもは我先に剣山へ、というより徳島県のより中央部へと進んでくる。ツルギは一陣の風のごとくそいつらの間を擦り抜けながら太刀を振るった。 ギョオオオオ! ギャウ! ジェエエエエ! モンスターどもとてただやられているわけではない。そのキバで、ツメで、ツノで、或いは口からの火球や目からの怪光線でツルギを攻撃した。だがそれらのどの攻撃もツルギの体を掠めることすらできず、むなしく宙を切り裂くばかりだった。 ツルギはそれらの攻撃からの防御に太刀を使うこともなく、ただ体さばきだけでそれらをかわすと太刀のひと振りでモンスターの息の根を止めた。 ガ・・・ギ・・・ 袈裟懸けに上半身を切り裂かれたモンスターがツルギの黒衣の裾を掴んで絶命した。 ツルギはチラリとそれを見下ろすや、片手でパン!と裾をはたいて振り払った。 ボタリと地に落ちたモンスターの腕の周囲にはツルギのひと太刀で葬られたモンスターどもの骸が散らばっている。 ツルギはキッと東の彼方をにらんだ。そちらに新たなモンスターの一団が近づきつつある。神の山を護る防人の、それは直感であろう。ツルギは太刀を腰の鞘にパチンと収めるや風をまいて駆け出した。
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「これが『白鷺の鉢金』です」 県立民俗博物館の学芸員が、大切に抱えている白木の箱をエディーに手渡した。 その箱の中には古い一枚の金属板が収められていた。青いひし形の金属板の両側から3枚ずつの鋭利なカッターの刃のような金色の翼が伸びている。 「これはもともと鉢巻に縫い付けられていた鉢金でした。布製の鉢巻はとうに朽ち果ててしまい、今はこれだけが残されているのです」 「お借りしいてよいでしょうか?」 エディーの言葉に学芸員は頷いた。 「病院にいる館長からも、あなたに協力するように言われています。お役に立つのなら是非お使いください」 学芸員にお礼を述べ、エディーはその鉢金をそっと手に取った。これがはたしてどのような力を発揮するのか?そもそもどうすればその力を発現してくれるものなのか?エディーには何もわかっていない。試しにその鉢金を額にあてがってみた。偶然だが、エディーの額にも青いひし形のエンブレムがある。もしかしたら・・・と思ってのことだが、何もおこりはしなかった。 「白鷺の鉢金・・・ギンメのオダカよ。ヨーゴス軍団の首領タレナガースという魔物が今この徳島に仇をなさんとしています。この徳島で悪行の限りを尽くしてるのです。願わくばあなたの力を、やつの妖力を駆逐する力を私に貸してください」 静寂の中、エディーも学芸員も何が起こるのか固唾を呑んで鉢金を見守ったが、相変らず何も起こらない。糸魚川の説は的外れであったのか。失望が部屋を満たした。 <エディー、スダッチャーが苦戦しているの。加勢できるかしら?> エリスからの連絡が届いた。加勢・・・今エディーが戦闘に加わることがはたしてスダッチャーにとって加勢となり得るのか?エディーはギリリと歯噛みしたが、タレナガースが現れたというのならどうであれ現場へ急行せねばなるまい。 エディーは白鷺の鉢金を学芸員に返すとこれまでのいきさつをエリスに伝え、ただちに現場へ向かうと約束した。
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ひと気のないとある里山のふもと。 街灯がひとつ立てられているがたいして役には立っていない。この頃になると天空を覆う濃密な瘴気が徐々に下界へ舞い降りてきており、こうした街灯の光はおろか車のヘッドライトすら遮られてしまう。 薄暗い中に「阿波狸総大将」の白いのぼりがたくさんたてられている。構えは小さいが由緒ある神社のようだ。 オダカ大明神。 木造の質素な鳥居の前に立つ者がある。 エリスだ。 エディーが最後の望みを託した白鷺の鉢金が期待はずれに終わったと聞き、彼女は瘴気の毒性解析と解毒作業のすべてを中断してここにやって来たのだ。 渦パワーの発現によるエリスのマスクとアーマを着用し続けてはいるものの、瘴気によるダメージは着実に彼女の肉体をも蝕み続けている。彼女の足取りがおぼつかないのもそのせいに違いない。 ところがエリスは鳥居の前で突如マスクを解除した。この濃密な瘴気の漂う中でこれは自殺行為と言わざるを得ない。実際エリスは素顔を外気にさらした瞬間「うっ」とむせ返り、猛烈な吐き気に襲われて口を押さえた。 それでも背筋を伸ばして一礼すると、ゆっくりと鳥居をくぐって本殿の前へ進んだ。 手に持ったバッグから財布を取り出すと中のお金をひとつかみ賽銭箱へ放り込むと拍手をうって手を合わせた。 乱れる呼吸で懸命に願いを口にした。 「阿波狸の総大将ギンメのオダカ様。どうか・・・どうかお力添えを・・・エディーに・・・徳島を助けて・・・くだ・・・」 マスクを剥いで瘴気の毒素が一気に体中にまわってしまったのだろう。彼女を襲う激しいめまいと耳鳴りや吐き気は我慢の限界を超えた。 手を合わせたままエリスは賽銭箱にもたれかかるように倒れてしまった。このまま、徳島の地は誰一人外に出ることも適わぬ瘴気に犯され、亡者が支配する魔境になりはててしまうのか。 閉ざされたエリスの目から涙がひと筋流れた。
エリスは眩しくて目を覚ました。 「何だろう?すごく明るいわ。ここしばらく瘴気ドームの中にいたからこんなに明るいのは久しぶり。だけど・・・?」 太陽光の明るさとは少し違う。不自然なほどに金色の光なのだ。驚きに大きく見開かれたエリスの瞳から唐突に涙がぼろぼろと溢れ出した。 「うえ〜ん。私とうとう死んじゃったんだ。ヨーゴス軍団に負けちゃうなんて悔しい!うぇっうぇっ。それにスペリオルホテルのディナー割引券も使っていないし、阿波っこ屋のスタンプカードはあと2個でいっぱいになるし、ぐずっ。チュルポンゼリーの新発売イチゴ味は冷蔵庫に入れたまんまだし、イッパツチャンス宝くじの当選発表も見ていないし・・・」 「もういい、わかった。そんなに一度に言われても困る」 突然太く低い声が頭上から降ってきてエリスは驚いた。 「うえっ。神様ですか?私、ちゃんと天国いけますよね?下方向じゃありませんよね?アッププリーズ」 エリスは頭の上で両手をこすり合わせた。 「お前さん、さっきとえらくキャラが違うなぁ。まあいい、顔をお上げ」 穏やかな声にうながされてエリスはそろそろと目を開けて顔を上げた。天空から彼女を見下ろしているのは観音様・・・ではなく天を突くような巨大なタヌキだった。 「銀色の目、綺麗だわ。あ、あなたはもしや」 「そう。この妙な色の目のせいでギンメのオダカと呼ばれている」 大たぬきは筋肉で盛り上がる肩をいからせて腕組みした。どうやらその通り名が嫌いではないらしい。 「で、渦の者よ。わしにどうしろと言う?お前さんに似た力を持つ先刻の男も言うておったが、タレナガースとかいうやつを倒すのにまことわしが出張らねばならぬのか?」 「はい。タレナガースは今、餓骨丸という怪しい鎧をまとっていて・・・」 「なんと餓骨丸と言うたか!むむうハミのカズラめ。あの世で見かけぬと思うたらまだ現世とのはざまでウロウロと迷っておったのか」 「その鎧をまとったタレナガースはいつも以上の力を発揮して、徳島全土を黒い瘴気で包んでしまったのです。そのせいでみんな体調を崩してしまうし」 「なるほどのぅ。彼奴め、瘴気で阿波を包んで亡者を現世に呼び出すつもりか。あの鎧は恨み深いからのう。この世の力のみで滅ぼせはしまいよ」 「ですから、あなたの力を是非!」 ギンメのオダカはバツの悪そうな顔をして笑った。 「それ、さっきも頼まれたのじゃよ。お前さんと似た力を持つ男にな」 「エディーだわ。民俗博物館でエディーが白鷺の鉢金にお祈りをしたって言っていたから。で、オダカさんはどうしてエディーをシカトしたわけ?」 「シカト・・・いや、あれはまぁ・・・たぬき寝入りじゃw」 エリスのこめかみがピクリとひきつった。 「はぁ?たぬき何ですって?」 詰め寄るエリスに気圧されながらギンメのオダカは「まぁまぁ」と彼女をなだめようとしたが、民俗博物館で懸命の祈りを無視されたエディーの気持ちを思うエリスは益々腹立たしさがつのった。 「なに楽しげにwなんかつけてんのよバカ!」 「そう怒るな。わしらが争ったのはもう大昔じゃ。お互いに命を失い霊魂となった今、あやつへの恨みなどもはやない。あやつが妙な色気を持っていようがタレナガースとやらがあやつに操られて何をしようが、関わりたいとは思わぬ。じゃが、うむ・・・まぁ久々に賽銭を3万円以上もいただいたからのう」 ギンメのオダカは目を細めた。 「え・・・賽銭にさんまん・・・え・・・まさか?」 エリスは慌てて財布の中身を確認した。つい先日貰ったばかりの1週間分のアルバイト料がごっそり無くなっているではないか!そういえばさっきオダカ神社の賽銭箱に・・・意識が朦朧としていて・・・しまった!エリスが最大級の危機を告げる悲鳴をあげようとした寸前、ギンメのオダカの大きくて鋭いツメがエリスの胸のエディーコアをちょこんと突いた。 シュウウウウウウアアアアアア 途端、エリスの体内から瘴気の毒素が消えてなくなり、彼女のパワーはフルゲージに達していた。いつの間にかエリスのマスクが再び頭部を覆っている。まるでアンドロイドが使い古されたボディを脱ぎ捨てて完成したばかりの真新しいボディに乗り換えたかのようだ。 「ホラ、お前さんの苦しみは消してあげたよ。な、だからこれでお帰り」 おお!と小躍りしかけたエリスは「いやいやいや」と鋭い視線を頭上のオダカへ向けた。 「私ひとりが良くなったってダメなのよ。それじゃあかつてのハミのカズラとおんなじじゃん」 「なんと、ハミのカズラと同じじゃと?」 「そりゃそうでしょうよ。だって自分ひとりがいい思いばっかしていたからハミのカズラはみんなに嫌われたんでしょう?そんなのダメだから、みんなで一緒に幸せになりたかったから、あなたは立ち上がったのでしょう?そんなあなただからたくさんの味方ができたのでしょう?なのに今はもういいの?関係ない?興味ない?現代の徳島が瘴気の海に沈んでも知ったこっちゃない?」 エリスの話を腕組みしたまま聞いていたギンメのオダカは「うむ」と低く唸りながら考えごとをしていたが、やがて懐からしぶしぶひし形の金属板を取り出した。エディーのものと同じ青いローンバスマークに金色の白鷺の羽が左右に3枚ずつ飾られている。「白鷺の鉢金」だ。博物館に収められていた骨董品ではなく、今の今まで使われていたかのような新しい生命感に満ち満ちている。 「耳が痛いこっちゃ。さ、これをあの渦の男に渡してやれ。わが力を己がものとして闘うがよいとな。ほぅほぅほぅ」 ギンメのオダカがひょいと人差し指を振ると世界が再び濃い金色に満たされ、エリスは突如激しいめまいに襲われて目を閉じた。世界がグルンと回転し、どちらが上か下かがわからない。 そして次に目を開けたとき、エリスは地面の上にゴロリと放り出されていた。そのわき腹を誰かに思い切り蹴っ飛ばされてエリスは「ううっ」と呻いた。痛むわき腹を押さえて本能的に地面で体を丸めるエリスの上に誰かがドサリと倒れこんできた。 「ぐえ」 重さもさることながら硬いものがぶつかって痛いことこの上なかった。何かと思って目を開けると、鎧兜を身に着けた血まみれのタヌキだ。突如現れたエリスに躓いてひっくり返ったのだ。タヌキの方でも驚いているようだ。エリスと目が合ったタヌキの落武者は突然「がおー!」とキバを向きエリスめがけて刀を振り上げた。 「きゃー!」 恐ろしくなってエリスは足をバタつかせた。 ガパッ! あがっ! 見ると、振り回したエリスのつま先がタヌキの口の中に深々と突っ込まれており、そいつは白目をむいて今度こそ本当にひっくり返った。 「・・・エリス・・・キック・・・」 えへへ。と頭を掻くエリスに鋭い声が飛んだ。 「エリス!」 「エリスちゃん!」 「渦の小娘!」 ぐるるるるる 最後の「ぐるるる」はタヌキの亡者どもの反応である。 エリスが這いつくばっている場所は、タレナガース率いるタヌキ亡者軍団とエディー&スダッチャー連合チームの戦闘現場のど真ん中であった。 勝ち誇ったように余裕の笑みをうかべる般若ヅラのタレナガースに比べてエディーもスダッチャーも何百匹というタヌキの落武者どもと死闘を繰り広げて全身ボロボロだ。 「だめだよエリスちゃん、ここはアブナイよ」 「君は一体どこから現れたんだ?早くここから離脱するんだ、エリス」 四方八方から取り囲まれたエディーとスダッチャーはそれぞれエディー・ソード、スダチ・ソードを手に奮戦している。 後方から斬りつける敵の刃を背に回したソードで受け止めたエディーは、その勢いで前方の敵を唐竹割りに斬り伏せた。左の敵をキックで退け右からの槍のひと突きをジャンプでかわす。空中で繰り出した神速の烈風脚が数メートル先の敵も鎧ごと粉砕した。 正面から斬りつけた刀に肩をやられながらも、その白刃を素手で掴んだスダッチャーは渾身のパンチで刀身を叩き折るや、なりふり構わぬ頭突きを敵の兜に叩き込む。敵将はすさまじいダメージに口から泡を吹いて仰向けに倒れたが、さしものスダッチャーも片膝を地面についた。その頭上に振り下ろされる幾本もの刀をスダチ・ソードの爆裂剣で吹き飛ばし「うおおおお!」と気合もろとも群がるたぬき武者どもを蹴散らした。 「ふぇっふぇっふぇ。ふたりともやりおるのう。じゃが余のかわいい軍勢はまだまだたくさんた〜くさんおるでな。ほれほれ、もっときばらぬか。せっかく地獄から舞い戻ったのじゃ。もっと楽しませてやってくれぃ」 餓骨丸を身にまとい、左右のこめかみからは禍々しきツノを生やした般若の面のごときタレナガースは、胸を反らせて勝ち誇ったように豪語した。実際いかにエディーとスダッチャーがその超人的戦闘力を発揮して闘っても、これだけの死者の軍勢を相手では勝ち目は薄い。 エリスは地獄の落武者をかきわけてエディーのもとへ駆け寄った。 「エディー、これを!白鷺の鉢金を装着して。早く!」 エリスは周囲のタヌキ武者どもをかきわけるようにエディーのもとへ駆け寄るとギンメのオダカから託された最後の希望を手渡した。 「これは・・・しかしこれは民俗博物館で既に試したんだ。だけど駄目だった。何もおこらなかったよ」 「ううん、これは違うの。私がギンメのオダカさんから直接預かったものなのよ。大丈夫、これならきっとエディーに力を貸してくれるわ。信じて!」 「直接って。。。?」 エリスの懸命の説得に、エディーは半信半疑ながらも白鷺の鉢金を受け取って己が額にあてがった。 途端―――。 パパァン! 何かがはじけたような鋭い音とともに眩い光が噴出し、エディーの全身を包み込んだ。 「わああああああ!」 一番驚いたのはエディー自身であったかもしれぬ。エディーは鉢金を当てた眉間に「渦」を感じていた。溢れんばかりのエナジーが両目の間でグルグルと回転している。まさしく渦だ!そこを始点にしてエナジーが彼の全身をめぐってゆく。まるでエディー自身が巨大なエナジーの渦そのもののようだ。 全身をめぐるエナジーが彼の肉体を変えてゆく。それはまるでエディー・コアを体内に取り入れて初めてエディーに変身した時のようだ。いや、それ以上の熱い変貌がおきようとしている! ぐ・・・ぐおおおおおおお! 体が焼けつくように熱い。細胞の一つ一つが電子レンジの中でフツフツと加熱されているようだ! 黒いゴーグルアイは悪を見据える金色の目となり、精悍な黒のボディスーツは深い海の青に変わった。エナジーの流れはオーシャンブルーのボディに濃紺のラインを描き、特に強力なパワーを発現するエナジーのたまり場には渦のしるしを刻印した。 胸には以前よりも大きなエディー・コアが出現し、タレナガースに刻まれた傷は跡形もなく修復され、満たされた渦エナジーによって青く輝いている。肩と背にはくっきりと白鷺が羽を広げていてその機動力の格段のアップを体現しているではないか! 「重変身!エディー・ヴォルテック・エボリューション!!!」 ギンメのオダカの秘蔵アイテムは、ついに渦戦士エディーを最強進化形態へと重変身させたのだ。 「エディー・エボリューション見参!」 生まれ変わったエディーの傍らにスダッチャーが近寄った。 「スゲェな。次、オレにも貸してくれよ」 「駄目だ」 「ケチだなぁ、いいじゃないかよ。オレもなりたい、ヘボクッション」 「エボリューションだ。スダッチャーには無理なんだよ。これは渦パワーにのみ作用する進化現象だからね。エナジーの本質が君とは違うんだ」 ちぇっ、と舌打ちするスダッチャーを残してエディー・エボリューションはダッシュした。たぬきの落武者軍団は変わらず迫ってくる。エディー・エボリューションは渦エナジーを錬成してエボリューション・ソードを出現させるや猛然とダッシュした。 ビシュ! それはひと筋の水の流れのようであり、青色LEDのイルミネーションのようだ。対するたぬきどもは刀を交えることもかなわず、ただ斬り伏せられて消滅した。光が駆け抜けるたびその周囲に群がるたぬき武者どもがエボリューション・ソードの致命的な一撃をうけて呻きながら天を仰いで消えてゆく。せっかく蘇ったと言うのに、再びあの暗闇に落ちてゆくのか。その無念とともに消えてゆくのだろう。見る間に百数十匹が倒された。 「ほほう、少しは余を楽しませてくれそうじゃの。それでこそエディーじゃぞ」 配下の亡者どもを再び黄泉へと送り返されてもタレナガースはまだ余裕の笑みを浮かべている。 「どぉれ、ならば余が直々に相手をして進ぜよう」 タレナガースは右手を天高く掲げるや、天空に渦巻く瘴気を少しその掌中に呼び寄せて刀の形に練り上げた。通常の日本刀よりも身幅がかなり分厚い南蛮刀の如き太刀である。タレナガースはその蛮刀を軽々と片手で振り上げてエディー・エボリューションの頭上へ無造作に振り下ろした。たとえエディー・エボリューションが自慢のソードで受け止めようとも、そのエボリューション・ソードごとへし折って彼の脳天を叩き割ってやろうという腹づもりなのだろう。 ―――が。 ガキィイン。 ぎゃあああ! 悲鳴をあげて得物を取り落としたのは当のタレナガースのほうであった。 エボリューション・ソードは楽々とタレナガースの蛮刀を受け止めたばかりか、その衝撃から発せられた振動がタレナガースの手に激痛を与えたのだ。それはエディー・エボリューションとエボリューション・ソードを構成する渦パワーのなせる業なのだ。 タレナガースは己が右手を見た。皮膚が裂け五指があらぬ方向を向いている。想像以上の大打撃だ。 「おぉのぉれぇ!エディーめぇぇぇ!!」 タレナガースは地に落ちた蛮刀を蹴り飛ばすや握り締めた左拳を振り上げてエディー・エボリューションにとびかかった。 ひょいと首を傾けてその拳をかわしたエディー・エボリューションは容赦ないパンチを餓骨丸に叩き込んだ。 「愚かな。ダメージはまたすぐに・・・ガハッ」 エディー・エボリューションのパンチは、ハミのカズラ愛用の鎧餓骨丸のおかげで今までは受けた衝撃を直ちにリセットしていたタレナガースの無敵のボディにくっきりとダメージを刻み込んだ。 タレナガースは耳まで裂けた般若の口からごぼりと黒い体液を吐いた。その黒い体液を左手で受けて、信じられぬと言う風情で見つめている。その驚きの表情がやがて激怒のそれに変わった。 「うそじゃ。なぜじゃ。余の体は餓骨丸の妖力によって無限の修復パワーを得たはずじゃ。こやつごときの拳でやられるわけは、グエ!」 エディー・エボリューションは拳に続いてキックを、肘打ちを、膝蹴りを、立て続けにタレナガースのボディに打ち込んだ。 ドガッ!ガシッ!バシッ! それはあまりに一方的な攻撃だった。エディー・エボリューションのあらゆる攻撃はタレナガースのディフェンスをかいくぐってそのボディに撃ち込まれた。もはやディフェンスすることも叶わぬタレナガースは倒れる間もなくエディー・エボリューションの連続攻撃を受けてただのサンドバッグとなり下がっていた。 「ごふっ・・・そうか貴様、余と同じ力を得たのじゃな。誰じゃ?貴様に力を与えたのは誰・・・ま、まさか!?」 「そうさ。オレだよ」 エディー・エボリューションの背後から巨大なタヌキがぬぅと現れた。数メートルはあろうか。肩から腕、そして胸には隆々たる筋肉がついている。何より特徴的なのはその両目が銀色に光っている。ギンメのオダカだ。 「やはりな」 タレナガースの背後からも同様に身の丈数メートルはあろうかという巨大なタヌキが出現した。タレナガースの面相を般若面に変えたのも頷けるような恨みのこもった顔はハミのカズラだ。怨敵を前に、泡を噴く口元がひくひくと痙攣している。 「どこまでも余の邪魔をするか、ギンメ」 「ふん。死して百数十年も経とうかというのにまだ現世に未練を抱いておるか。貴様もたいがい往生際が悪いのう。ほっほっほ」 「やかましい!阿波を統べ、やがては四国の全タヌキを統べる余の計画、ようも邪魔立てしてくれた!何百年経とうともこの恨みは消えはせぬ。消えぬどころか益々深く、強くなってゆくわ!」 ハミのカズラは口を歪めて鋭いキバをむきだした。しかしギンメのオダカはまったく怯えてはおらぬようすだ。 「まぁ、貴様が頼みとするその魔物よりも我が力を与えたこの渦の男の方がなにかと勝っておるようだ。勝負はすでに見えておる。さ、わしと共にあの世へ帰ろうじゃないか」 ゴツい手を差し出すギンメのオダカだが、ハミのカズラのほうではそんな気は毛頭ない。ううっとその手を避けるかのように体をそらせた。 そのとき何を思ったか、ハミのカズラはタレナガースを見下ろしてニヤリと笑った。そしてまるで襲いかかるかのように大きな口をあけてタレナガースの頭頂部に姿を消した。 「む、いかん!」 ハミのカズラが何を企んだか、ギンメのオダカはすぐに気づいたようだ。初めてこの大タヌキの表情が翳った。 しゅるしゅるとその姿はエディー・エボリューションの中へと戻った。換わって今度はエディー・エボリューションが声を上げた。 「身体をのっとられるぞタレナガース。餓骨丸をはずせ!はずすんだ!」 しかしエディー・エボリューションの声はタレナガースには届いていないようだ。驚いたことにタレナガースの顔はいつの間にか元のシャレコウベづらに戻っている。だが何やらようすが変だ。 タレナガースは立ったまま四肢をひくひくと小刻みに痙攣させている。やがて胸の餓骨丸が怪しげな光を放ち始め、それとともにタレナガースの全身から煙が立ち始めたではないか。 「エディー。。。あれは?」 離れたところでようすを見ていたエリスがエディー・エボリューションの傍らに来ていた。タレナガースのようすが尋常ではないことに彼女も気づいていた。そしてもうひとり。 「タ、タレ様や。いかがなされた?タレ様!?」 ヨーゴス・クイーンだ。彼女も以前の容姿に戻っている。もはや彼らは鎧の妖力を失ってしまったのか? タレナガースの体が赤く光りだした。体内から激しく発熱しているらしい。いまにも炎を噴きあげそうな勢いではないか。それでもかまわずヨーゴス・クイーンはタレナガースにとりすがってその肩をゆすった。 当のタレナガースはハミのカズラに意識を乗っ取られてしまったようだ。みずからの体に起こっている異変も、クイーンやエディー・エボリューションの声もまったく認識してはおらぬ。 「鎧が・・・餓骨丸が・・・いやハミのカズラが、タレナガースを内側から食らおうとしているんだ」 エディー・エボリューションの言葉にエリスは絶句した。エディー・エボリューションにはわかるのだ。彼の中のギンメのオダカがそう告げている。 してみると、ハミのカズラがタレナガースの夢に現れたのは、はじめからこやつの肉体を乗っ取ることが目的であったか。 このままではタレナガースは己が肉体を鎧に食われ、かわってハミのカズラが新たにタレナガースの肉体の主として転生してくる。 ゴオ! ついにタレナガースの肉体が火を噴いた。まるでバーナーから噴き出されるかのような短くて鋭い炎がその全身から噴き出している。 「タレナガースの・・・最期だ」 同じく戦況を見つめていたスダッチャーのかすれた声がエリスの心に重く響いた。 「タレ様!タレ様!タレ様ぁ!タレナガース様よおおお!嫌じゃ。逝かんでくだされ!わらわをひとりにせんでくだされ!ひとりは嫌じゃ!逝くならわらわも連れていってえええ!」 燃えるタレナガースの体にしがみついたヨーゴス・クイーンの体にも炎が燃え移った。ひとつの炎の中でふたつの影が交わって動かない。 「エディー!」 エリスが叫んだ。なぜだかわからない。どうしたいのか自分でもわからない。宿敵の最期を目前に、エリスはただ叫んでいた。 「おう!」 エディー・エボリューションは愛刀を握る手に力を込めた。何をする気だ? 「放っておけよ。アイツ、敵なんだろ?」 スダッチャーが遮るように立ちはだかった。共に闘った者同士、彼にはエディー・エボリューションの心がわかっていたようだ。だがエディー・エボリューションにためらいはなかった。無言でスダッチャーを脇へ押しやるとわずかに腰を落として身構えた。 キェェェイ! 気合一閃!渾身の力でエボリューション・ソードを揮うと必殺のタイダル・ストームが銀色の三日月の如く奔り、燃えるタレナガースの胸の鎧をカッと真っ二つに切り裂いた。 ゴオオオオオオオオオ! 途端、餓骨丸から噴出して徳島全土の天空を覆っていたタレナガースの濃密かつ膨大な瘴気が、妖力を失った餓骨丸の切れ目の中へ音を立てて一気に流れ込み始めた。 まるで巨大な掃除機によって大気ごとこの世のなにもかもが鎧の切れ目の中へ吸い取られてしまうみたいだ。エディー・エボリューションたちも身を低くかがめて天空から嵐の如く吹き降りてくる瘴気から身を護っている。彼らの周囲で大きくしなる木々は、大魚を捕まえた釣竿のようだ。 ぬああああああ! 縦に裂けた鎧から、耳を覆いたくなる不気味な唸り声と共に再びハミのカズラの巨大な顔が出現した。なんとその顔もまた縦に裂けているではないか。この世における棲家である餓骨丸が断ち割られたために、なんとか今一度外界へ出ようともがいている。が、猛烈な勢いで餓骨丸へと逆流する瘴気の勢いに押されて思うように出てこられないでいる。 ゴボ・・・ごああ・・・ゲホ・・・ いかな強大な力を誇るハミのカズラといえども、エディー・エボリューションの攻撃を受けた今、自らが渾身のパワーで噴き上げた瘴気の激流には抗えない。ついに天空を覆っていたすべての瘴気が餓骨丸の中へと吸い込まれ、それとともにハミのカズラのおぞましい姿も鎧の中へと、まるでアリジゴクに落ちたアリのように消えてしまった。 コトリ。 タレナガースとヨーゴス・クイーンを包んでいた炎も消え、プスプスと煙をあげるタレナガースの足元に、あの朽ちて汚い発掘された時のままの鎧が真ん中から断ち割られてころがっていた。 その瞬間、瘴気の黒雲に遮られていた陽光が大地に燦燦と降り注いだ。 まぶしい陽の光だ。青い空だ。徳島県民は誰も皆久々の晴天を笑顔で仰ぎ見た。 「ダ・・・ダミーネーター・・・来よ・・・」 ヨーゴス・クイーンの蚊の鳴くような声がしもべを呼んだ。 今の今までどこで何をしていたか、筋肉隆々のサイボーグ兵士がどこからともなく駆け寄り、タレナガースとヨーゴス・クイーンを左右の脇にかかえるといずこかへ逃走した。 「待て・・・」 ダミーネーターの小脇でブラブラとぶらさがっているヨーゴス・クイーンが懐から何やら取り出すと背後のエディー・エボリューションたちにむけて投げつけた。そして再びダミーネーターを促すと今度こそヨーゴス軍団は姿を消した。 「バカだなぁおまえ。あのままにしとけばヨーゴス軍団を壊滅できたのに。なんで助けちゃったんだよ」 スダッチャーの言葉にエディー・エボリューションもエリスも答えることはできなかった。 エリスが、ヨーゴス・クイーンが去り際に投げたものを拾った。それはクシャクシャに丸められたメモだ。なかば焼け焦げて黒くなっているが書かれていることははっきり読める。エリスは驚いた。 「エディー、これって瘴気毒素の解毒式だわ!」
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斬! 暗闇を切り裂いて一条の銀光が奔り、大蛇の如き舌をダラリと垂らした四本腕の化物が肩口からふたつに分かれてドサリと地面に崩れた。 その時、うごめく黒い影としか見えなかった化物の全身を突然光が照らして、そやつが濃い緑色の体色であることを文字通り白日のもとにさらした。 太陽の光だ。 徳島を覆う瘴気に惹かれてやってくるモンスターどもを剣山中で食い止めていた超剣士ツルギは、突如青さを取り戻した空を見上げた。 「間一髪で食い止めたか。ただならぬ敵であったろうが、よくぞ倒したものだ」 闇の中を進軍してくるモンスターたちは眩い陽光を嫌って一目散に逃げ出した。瘴気ドームを失ったこの地にはもはや何の魅力も感じない。どいつも皆、もといた場所へと帰ってゆくのだろう。逃げ遅れた何体かは陽光の直射を浴びてその場で消滅してしまった。 ツルギは揮い続けた太刀を腰に吊った鞘に戻すと、やはりクルリと踵を返してひとり山の奥深くへとその姿を消した。
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ガオオオオオ! 一体何匹目のモンスターだろう? 見事打ち倒したトライオーは闘気を込めた雄たけびをあげた。 「さぁ来いや!」 構えるトライオーに恐れをなしたか、続々とやって来るモンスターどもは突然やる気をなくしたようにクルリと彼に背を向けてとぼとぼと今来た方角へ帰ってゆく。 「あれ?おい、おまえらどこ行くねん?来いや」 モンスターどもを呼び止めながら、トライオーははたと気づいて徳島を振りかえった。 「おおお!黒いのが消えていくで。やったな、エディー。さすがや」 淡路島大鳴門橋のたもとでモンスターどもを単身食い止めていた浪速の戦士トライオーもまた、徳島が寸でのところで危機から生還したことを知った。 「もうけったいなモンスターも徳島目指して来たりせんやろ。オレもようやく大阪へ帰れるっちゅうわけや。ほなサイナラ」 彼方に見える鳴門の地にひょいと手を振って無敵の虎戦士は去っていった。
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あれから2日経った。今日は日曜日だ。 久しぶりに晴れた空の下、県民たちはこぞって陽光のもとへと出かけて気持ちの良い風の中で深呼吸した。 クイーンが残した解毒式のメモにはエリスがどうしてもあと一歩たどり着けなかった解毒への道すじの全容が記されていた。それをもって、入院していた患者たちの症状は一気に快方に向かった。 また驚いたことに瘴気ドームの消失とともに、瘴気の毒素によって体調を崩していた多くの県民たちもその後の精密検査でまったくの正常に戻っていることがわかった。 「ね、ヒロ。あいつらを助けたこと後悔していないの?」 ドクがヒロの顔を覗き込んだ。 ふたりもすっかり復調し、今日は徳島駅前にショッピングにやって来た。 「ん?まぁ・・・後悔していないと言ったらウソになるかな」 「だよね。スダッチャーが言うように私たち甘いのかなぁ」 「かもね。大バカなのかもね」 ヒロの言葉にドクもため息をついた。だが・・・。 「でも私は嫌だな。もしあのままタレナガースたちを見殺しにしていたらきっともっともっと後悔したと思うの」 「オレもだ。そうだよね。あの時ヨーゴス・クイーンはタレナガースにとりすがって炎の中で泣いていた。泣いていたのなら、やっぱり助けてやらなくちゃ。そうだろ?」 「ええ。その通りだわ。あれで良かったのよ。だけど、あれでヨーゴス軍団は悪事をやめてくれるかしら?」 ヒロとドクは互いの顔を見合わせ、大いに首を左右に振って同時に言った。 「んなわけないよね〜」 そうだヨーゴス軍団は傷を癒してまたやってくる。どこまでも徳島に仇なすために。奴らが反省も後悔もするものか。 「やってくるがいいさ。その時こそあらためてぶっ潰す!」 ヒロがガッツポーズでドクに宣言した。 「ところでヒロ、ギンメのオダカはまだあなたの中にいるの?」 「いや、たぶんもういない。何となくわかるんだ。おそらく自分のお社に戻ったんじゃないか。でもこれだけは残していってくれたよ」 ヒロは懐からひし形の金属板を取り出した。白鷺の鉢金だ。 「でもエボリューションフォームは解除した後がキツイんだ。エナジー使いすぎでヘトヘトになってさ。この重変身はよほどの時以外は使いたくないな」 「そうなんだ。でも今回は本当にこれのおかげだったね。私もギンメのオダカの神社にお参りしたときは・・・あら?・・・ああ!」 ドクの形相がにわかに変わった。 「なに?どしたの?」 「ヒロ!私オダカ神社のお賽銭箱に全財産入れちゃったのよ。どうしよう?ううううう。あんたのせいよ!」 「え?マジで?オレのせい?」 「そうよ。私のバイト代どうすんのよ。そうだヒロ、お金貸して。いやこの際カンパよ。あなたの重変身のために大枚はたいたんだから当然カンパしなさい。カンパ!」 ドクの勢いにヒロは逃げ腰だ。 「ド、ドク。顔が怖いよ。ハミのカズラに取り憑かれちゃったみたいだよ」 「うるへー!金出せ!金ぇ!」 「わー。よしなさい。そんなトコ引っ張っちゃいけません。コレ!」 駅前の商店街を大声で駆けてゆくふたりを、道行く人たちは怪訝な顔で振りかえった。 まさかそのふたりが徳島の危機を救った英雄たちであることも知らずに。 (完) 渦戦士エディーは徳島を守るヒーローだ。彼は胸のエディー・コアに込められた無限の渦パワーと熱くたぎる正義の心で、徳島に仇なすヨーゴス軍団の悪だくみを打ち砕く。さぁ今日も相棒のエリスとともに徳島の平和を守ってくれ!ゆけ!戦え!われらの渦戦士エディー! |