空想特撮シリーズ

UMAを討て!


(序)〜闇にまぎれしもの〜

 

 月が出ていない日の深夜パトロールは嫌いだった。

 霞戸サファリランドの飼育係タイラは、天空にあるはずの巨大な光源を覆い隠す、ブ厚い黒雲を睨んで舌打ちした。

 闇の向こうからさまざまな獣たちの鳴き声が聞こえる。まるで酔っぱらいどもが何百人も集まって奇声をあげながら酒盛りでもしているみたいだ。

「ちっとは静かにできないもんかねぇ」

 タイラは園内パトロール用四駆車のエンジンを始動させ、ゆっくりとサファリエリアへ乗り入れた。

 動物特有の臭いが車内にたちこめてくる。

「何年やっても慣れないな、この臭さには」

 動物が好きで就いた仕事ではない。

 霞戸市が東京のリゾート開発会社と組み、第三セクター事業として巨大なサファリランドの建設を決めたのが三年前。テレビで市長の発表を聞いたタイラの両親は、定職にも就かずブラブラしていた息子を強引にサファリランドに就職させた。 山間の地味な街に突如ふってわいた都会の香りに触れるのも良いかと、彼自身も最初は乗り気だった。堅苦しいネクタイなど無用のラフなワークスタイルも悪くなかった。だが、どうにも我慢ならないものが二つある。

 エリア内をパトロールする彼をじっと見据える獣たちの目と、体の芯にまで染み込んでくるような悪臭だった。

 特に月の無い夜のやつらの目は、車のヘッドライトを反射して一層不気味に思えた。

 約三十分かけて草食動物エリアを通過し、タイラの四駆車はやがて肉食獣エリアへと進んだ。

 ヒョウ、チータ、トラそしてライオン。互いに傷つけあわぬよう種によってフェンスで仕切られている。

ギャギャギャ。

ガオオオ。

 肉食獣たちは本来夜行性であるため、訪れる客たちが見る昼間よりも動きが活発である。

――― それにしても今夜はちょっと変だぞ?

 活発というよりはそわそわして落ち着かぬように見える。飼育員としてはまだ見習いだが、三年も見つづけていれば様子くらいはわかる。タイラは車のウィンドウにはめ込まれたチタン合金製の強固な金網の隙間から目を凝らした。

 エサなら充分与えてある。エリアの中には天敵となる他の肉食獣はいない。一体何が原因なのだろう。フェンスで閉ざされたこの空間で、皆何かから逃げ出したがっているふうに見えた。

 タイラの四駆車はライオンエリアに入った。

 百獣の王ライオンのうろたえぶりは最も顕著だった。見事な筋肉が波打つ巨体に豊かなたてがみをたくわえたオスが、狂ったようにエリア内を駆けまわっている。

――― どうした、お前たち。何に怯えてる?

 狩ることはあっても決して狩られることのないライオンが一体どうして?

 目つきもいつもと違う。

 タイラを見る肉食獣たちの目はいつも底知れぬ冷たさを漂わせていた。まるで「いつかお前を噛み砕いてやるぞ」と言わんばかりだった。「そうやって鉄の箱の中から主人ヅラしていられるのも今のうちだ」と。

 しかし、今夜のやつらときたらまるですがるような目でタイラを見ている。

――― おかしすぎる。

 タイラは本部に連絡するため無線機のマイクに手を伸ばした。

 その時、激しい衝撃が後ろから車を襲った。

グァシャ!

 四駆車はそのまま左前方へ十メートル以上飛ばされ、まっすぐ高さ八メートルのフェンスへ激突した。あたりを一瞬真昼にもどすかのような火花が散り、フェンスに発生した異常を知らせる非常ベルが、パーク内全体に鳴り響きはじめた。

 四駆車は、フェンスの根元辺りにつきささるように静止していた。まるで巨大な網にからめとられた獲物のようだ。しかし約二トンもある四駆車の自重に耐えきれず、やがてフェンスはメキメキメキと嫌な音をたてながら外側へとかしいでいった。

 ドライバーのタイラは、最初の一撃ですでに気を失っていた。シートベルトで固定された人形のように首や両手をぶらぶらさせるタイラを乗せて、パトロール用四駆車は約十五メートルにわたってフェンスを押し倒した。一頭のオスライオンが四駆車のボンネットからルーフへ駆けあがり、一気にフェンスの向こう側へと体を躍らせた。ライオンの眼前には白塚山原生林が広がっている。サファリランド造成のため、かなりの面積が切り崩されたものの、まだまだこの辺りの緑は豊かで深い。

 鳴り響く非常ベルにぞくぞくと集結しはじめるヘッドライトを尻目に、ライオンは風のように夜の森へ姿を消した。

 

「おいミノル、コーヒーがはいったぞ」

「おお、サンキュー」

 小さな焚き火をはさんで向かい合うふたりの男が金属製のカップでコーヒーをすすりはじめた。

 アウトドア派を自称する趣味の仲間であった。

「結構いい所だろ、ミノル。ま、山の反対側から聞こえてくる動物のわめき声が余計だが、気にするな。じき慣れる」

「それなんだよシンジ。確かにアウトドアを気軽に楽しむにゃもってこいの山なんだが、実際あの声はさっきから神経に障ってたんだ。地元の連中は苦情を申し立てないのかね」

「馬鹿言いなさんな。あのサファリランドがあるおかげで観光客の数は以前の四倍に跳ねあがったらしい。この山の麓にある市営のひなびた温泉宿だって、議会で解体が決定してたのに今じゃ新館が建てられてバスがやって来たりしてんだ。文句なんか言う奴ぁいねえよ」

 シンジとミノルのふたりは、霞戸市のはずれにある白塚山の原生林で野宿を楽しんでいた。山の西側にはサファリランドがあるため、反対の東側で簡単なテントを張っていた。

「以前からここは野宿して星を眺めるには最高のポイントだったのさ。今いるここだって、へたすりゃ二〜三組のハイカーたちと鉢合わせたこともある。ま、知る人ぞ知るってポイントさ」

「へぇ、なるほど。だけどそれにしちゃ今夜は誰も来てねぇな」

「ああ、向こう側にサファリができたろ。ライオンやトラが逃げ出しやしないかって言い出した奴がいてな。怖くていつしか誰も来なくなった」

「ライオンやトラって…そりゃやばいじゃないか」

「馬鹿野郎。逃げ出しゃしないよ。つまんない心配してないでもう寝ようぜ」

「あ…ああ」

 ふたりは念入りに焚き火を消すとそれぞれの寝袋に入った。

――― ちくしょう、眠る前になって嫌な話を聞かされたもんだ。

 ミノルは急に神経が過敏になったか、風の起こすガサガサという音や小動物が走りまわる音にさえ上半身を起こしてあたりを見まわす有り様だった。

 やがて…。

バキバキバキ!

ズウウン。

 とんでもない音がして山全体が身震いしたように揺れた。

「ひいい。何だ?今のは」

 ミノルは寝袋から飛び出して身構えた。シンジは足元で寝息をたてている。

「おい、シンジ。おい、起きろよシンジ」

 目を森の奥に向けたまま両手でシンジの体を揺すった。

「ん…んん。何だ、ミノル。どうかしたか?」

「い、今すげえ音がしたんだ。地震みたいに山が揺れた。何が起こったんだろう?」

「ちぇ、どっかで朽木が倒れたんだろうよ。気にしねぇでさっさと寝ちまえ」

「お、おいシンジ…」

――― そうか。なるほど朽木か。

 シンジの言葉に納得しつつミノルが再び寝袋に入って仰向けになった時。

――― 空が無い?

 闇に慣れたミノルの目が見たものは、薄墨色の空を切り取ったように広がる更に濃い闇の色だった。

 突然その闇が頭上から降ってきた。

 自分たちの体の上に達する直前その闇が開き、中から無数の白い牙が現われた。

 最期の一瞬まで、ミノルは何も理解できず恐怖の表情さえも浮かべなかった。

(一)〜男たちの再会〜

 

 標高一三〇〇メートル以上の高山で眺める星々は平地から見るよりもひとまわりほど大きく、明るく見える。

 もちろん、人間が関わるレベルの尺度など遥かに及ばぬ彼方にある星が、たかだか一〜二キロメートルほど近づいたからといって違って見えるはずもないのだが、高山地帯のぴんと張りつめて澄んだ空気は、それを単なる錯覚だとは思わせぬ不思議な魔力を内包している。古来より数々の伝説の舞台となった霊峰剣山ともなればなおさらであろうか。

「宇宙へ行ったんだなぁ、サキョウさん」

 剣山系山岳警備隊主任警備員ソラガミ・シュンは、丸木で組まれた山小屋風中継基地の屋根に寝転がって、もうかれこれ三十分は夜空を見上げていた。

 この山小屋風中継基地は山岳警備隊が管理しており、同種の基地がテリトリー内の十五個所に建設されている。パトロールのため何日も山中をトレックする警備隊員たちの簡易宿泊施設兼各種装備の格納庫として使用されているほか、遭難者の緊急避難用としても効力を発揮する。爆発物やチェーンソーなども収納しているため、通常は電子ロックによって厳重に戸締りされているのだが、山中で遭難者が出た場合はリモートコントロールですべての基地のロックが一斉に解除され、偶然にせよ遭難者がこの中継基地を発見した場合、自由に出入りできるよう配慮されている。食糧、飲料水、医薬品などのほか、電熱内蔵シュラフやウイスキーまでが入り口脇の目立つ棚に並べられている。

 外見は素朴な丸太造りだが、火災や大型の獣の襲撃などにも耐える特殊金属板を内蔵しており、内部にも最先端技術を応用したさまざまな装備を満載している。

 かつてこの剣山中に昆虫怪獣ディーバーゴが突如現われた時、シュンはここと同種の中継基地の秘密格納庫に収納されていたダイナマイトを使用して巨大怪獣に単身戦いを挑んだ。そして、善戦むなしく命を落してしまったシュンは、大地に眠る守護神ウルトラマンアミスと合体したのだ。

――― あれから三年。

 かつて、凶悪な侵略宇宙人グラゴ星人に易々と地球侵入を許した反省から、人類は地球の衛星軌道上に侵略阻止の砦ともいうべき最新鋭防御衛星の打ち上げを決めた。

 そして四ヶ月前、ついに悲願の一号衛星『ヴァン・ダム』が打ち上げられた。そのロケットには、孤独な宇宙空間で長時間の激務に耐え得る鋼の精神を持つ六人の隊員たちが搭乗していた。中でもずば抜けて強靭な肉体と冷静沈着な精神を誇るBGAM西太平洋支部のサキョウが、ヴァン・ダム隊の隊長に抜擢された。

「サキョウさんなら寂しい宇宙でも大丈夫だな」

 まさに適材適所だ、とシュンは考えていた。

――― 宇宙か…。あんな所から僕たちを護ってくれてるんだなぁ。

ピピピピピ―。

――― ?

 シュンは上半身を起こして耳をすませた。自然の中で聞ける音ではない。電子音だ。

ピピピピピ―。

「無線だ!」

 シュンは屋根の上で素早く立ち上がるとすごい勢いではしごを降りた。傾斜があって足場が悪い屋根の上であることなどおかまいなし。まるで猿を思わせる軽い身のこなしだ。

〈こちら山岳警備隊本部。C11103、ソラガミ主任、応答願います。ソラガミ主任、応答願います〉

 C11103とはこの中継基地の識別コードナンバーである。

「はいはいはいはい」

 小屋の内部に走り込んできたシュンは、大急ぎで無線のマイクをつかみ、赤く点滅している通話ボタンを押した。

「はい、こちらC11103ソラガミ。警備隊本部どうぞ」

〈あ、ソラガミ主任。パトロールご苦労さまです〉

 一昨年入隊した後輩の声である。

 シュンは無線機の横に置かれているデジタル時計を横目で見た。通信履歴を確認するくせが身にしみついているせいだろう。『PM〇九:〇六』と表示されていた。

「やあ、サワモト隊員。どうしたんだい、こんな時間に通信なんて」

〈はい、ソラガミ主任に急ぎお伝えすることがありましたので。『明朝十一時までに本部へ帰還せよ』エザキ隊長からの伝言です〉

「隊長からの?」

〈はい。残りのパトロールエリアは私が引き継ぐよう言われています〉

「明朝十一時、えらく急な用だな。何があったんだい?」

〈いえ、私も詳しいことは聞かされていません〉

「そう…了解した。明朝十一時までに本部へ帰還し、隊長室に出頭する。以上」

 パトロールは通常三〜四日間をかけて山間をバイクで駆け、草花や樹木の育ち具合や病気の有無、また動物たちの目撃データなどを収集する。山を知りぬいておかねばならぬ山岳警備隊にとって、地味だが重要な任務である。それを途中で帰って来いとは、極めて異例であった。

――― 家族に何かあったのかな。

 嫌な想像が脳裏をよぎったが、シュンはすぐに打ち消した。それならば『明朝十一時までに本部へ…』とは言うまい。あの言い方は任務に関することに違いなかった。

「ま、いいさ。本部へ戻ればわかることだ」

 シュンは考えを打ち切り、早朝の出発に備えて寝袋の用意をはじめた。

 

 午前十時三十五分。

 シュンは山岳警備隊本部の敷地内へバイクを乗り入れた。

 バイクを整備場に預け、ライフルと実弾を装備課に返納すると、シュンは大きなバッグを肩にかついで事務所に入室した。

 現在の山岳警備隊員は総勢十二名。大半の隊員はパトロールに出ていて不在だった。シュンは残っている隊員たちとあいさつを交わし、『隊長室』と描かれたドアを開いた。

「隊長、ソラガミです」

「お、シュン。ご苦労だったな。どうだ、山のほうは異常なかったか?」

 隊長のエザキは今年で四十四歳。頭髪にぽつぽつと白いものが見えはじめたどこにでもいるおやじだ。だが、山岳警備隊歴二十二年のベテランであり、遭難者捜索などの非常事態には隊長室を飛び出し、自ら装備を身につけて真っ先に山へ入ってゆく。そんな時のエザキはまったく年齢を感じさせない。

『いったいいつトレーニングしてるんだ?』

 若い隊員たちと互角、いやそれ以上にアグレッシブな捜索活動を繰り広げるエザキに皆、驚嘆の声をあげることになる。

「異常ありません。トレッキングにはもってこいの季節になりました」

「ははは、お前たちにかかっちゃパトロールもレジャーみたいなものだな」

「すみません。ところでエザキ隊長、今日は…?」

「ん、うむ…。そうだったな」

 エザキはほんの少しシュンから視線をそらせて話し続けた。

「君に面談者だ。第一会議室で待っているから会ってきたまえ」

「誰です?」

「行って、会いたまえ」

「会えばいいのですね」

「会って、話を聞き…決めるんだ。君が決めればよいのだ。さぁ」

 エザキは第一会議室がある方を指差してシュンを促した。なんとなく歯切れの悪い説明だったが、シュンは敬礼をして隊長室を辞した。

 第一会議室は、遭難者捜索などの折、捜索者全員を集めて一斉に指示を伝達したり、安否に関する報告をマスコミに対して行う時に使用する最も広い会議室である。

 シュンはドアをノックすると返事を待たず入室した。

 部屋の奥に誰かいる。灯りを落した薄暗い室内で唯一外光がさし込む窓を背にしているため、逆光で顔は見えない。闇に浮かび上がるシルエットは大柄な男性のものだ。

「失礼します」

 シュンはドアの近くにある照明のスイッチを入れた。室内が明々と照らされ、会議室内のすべてがくっきりと姿を現わした。そして…。

「あっ」

 シュンは大きく目を見開いてその来訪者を見た。逆光の中で不気味なシルエットを浮かべていた男は、やさしい笑顔でシュンを見つめていた。

「フドウ隊長!」

 シュンは心にまとっていた警戒心を一気に解き放つと、なつかしいかつての上司に近寄った。

 赤黒い野戦ブルゾンと黒い皮のパンツ。フドウはBGAMのユニフォーム姿である。

「しばらくだな、ソラガミ君。元気そうで何よりだよ」

「フドウ隊長もお変わりなく」

 フドウの笑顔にふと翳りがさした。

「ところでどうしたんですか。剣山でまたミッションが?」

「いや、そうじゃない。今日は君に会いに来たんだ」

「僕に?」

 フドウは相変わらずじっとシュンを見つめていた。多くを語らずただ注がれるその視線に、シュンも何かを感じ取っていた。フドウは、ただ懐かしさだけで山岳警備隊本部にシュンを訪ねたわけではないらしい。

「山岳警備隊のユニフォーム姿を見るのは二度目になるのかな。よく似合っているよ」

「はぁ、どうも」

「制服が似合っているというのは大切なことだ。その職務に生きがいを感じ、自らもまた必要とされている証拠だからね」

 シュンは、フドウが何を言わんとしているのかよく理解できなかった。

「実はね、ソラガミ君…そのユニフォームを…着替えてもらえないだろうか。この赤いユニフォームに」

 フドウは、自らが着用している野戦ブルゾンの胸のあたりを右手で掴んでみせた。

「隊長!まさか…僕を?」

「そうだ。もう一度君の力をBGAMで発揮してもらいたい。今日はそのことを頼みに来たのだよ」

 シュンは驚いた。かつてシュンがBGAMに臨時隊員として入隊した時、フドウは『剣山の自然を護ることこそが君の天職だ。一日も早く君を剣山へ返そうと思っている』とシュンに語ったことがあった。

 怪獣と死闘を繰り広げる毎日にシュンをまき込むのは、決してフドウの本意ではないはずであった。

「隊長、いったい何があったのですか?サキョウさんが宇宙へ行ったことと関係が?」

「いや、サキョウは関係ない。彼が宇宙へ行くことはもう二年以上も前から決まっていたからね。第一サキョウを隊長に推薦したのは私だよ。打ち上げの前夜は、皆笑顔で送り出したものさ」

「じゃあ、どうして今になって僕を?」

 フドウに問いただしはしたものの、正直シュンはフドウの誘いが嬉しくもあった。フドウの本心がどうであれ、BGAMが再び自分を必要としてくれたことに心が躍った。

 その時、フドウが椅子に座ったまま移動しはじめた。上半身はまったく動かしていないのに、フドウの巨体は音も無く滑るように動き出したのだ。長い会議用テーブルの向こう側にいたフドウの「全身」が、シュンの視界に入った。

 シュンは息を呑んだ。

 フドウが腰を下ろしているのは会議室のパイプ椅子ではなく、電動式の車椅子だったのだ。

「下半身不随…情けないことになってしまったよ」

 フドウはあらためてシュンの目を見て、寂しく笑った。

「い…一体どうして…?」

 かつてBGAM隊員たちの先頭に立って戦場を駆けた勇士が、車椅子の世話になっているなんて。

 フドウは成り行きを語り始めた。

 

 四ヶ月前―。それはサキョウが衛星ヴァン・ダムへ赴任したわずか四日後のことだった。

 札幌市の繁華街に突如、古代の巨大吸血植物ジュランが出現した。

 地中から発芽した巨大植物の茎は、十二階建ての雑居ビルを易々と貫き、屋上に妖しくも美しい花を咲かせると周囲に毒花粉を撒き散らした。大人の体よりもはるかに太い根が大地を割ってせり上がり、無数の棘を持つ吸血触手があたり一帯をのたうって触れるものすべてに巻きついた。

 出動したBGAM隊員たちは、温かい生き血を求めてうごめく触手を攻撃しながら、ビル内で逃げ遅れた人々を救出しはじめた。

〈隊長、この巨大植物ジュランは数十年前にも東京に出現し、都心部をパニックにおとしいれています〉

 現場で作戦指揮を取るフドウに、キャリアベースの情報処理班チーフハルナから連絡が入った。

〈最終的には炭酸ガス固定剤という薬品で枯死させたようです〉

「その炭酸ガス固定剤はすぐ用意できるのか?」

〈はい。現在東京のISLが急ピッチで精製中です。ジュランを完全に腐らせるだけの量を精製するには最短でも約一時間はかかるそうです〉

「わかった。ただちに隊員をアルバトロス二号でISLへ向かわせる。できる限り急いでもらってくれ」

 フドウは、クーガーの中で毒花粉の中和剤サンプルを製造していたスルガを呼び、ISLへジュラン撃退の切り札をピックアップしに行くよう命じた。

「スルガ隊員、ISLの場所、ちゃんとわかってる?」

 心配顔のセイラに、「失礼な」と言わんばかりにスルガは言い返した。

「およそまともな科学者なら、世界中で知らない者はいませんよ、一の谷科学研究所(ISL)を」

 ジュランに貫かれ崩壊寸前のビルから、全員の避難が終了したかと思われた頃、テナントのスナック店主がわめきながらフドウたちのもとへ走り寄った。

「い、いないんです。ウチの店員が。私が食材の仕入れに出かけてる間、店で電話番させてたんですが。避難した人たちの中に…いくら探しても…いません!」

 コヅカが、泣きながら路上に座り込んでしまった店長の肩を揺すぶった。

「落ち着いて!あなたのお店は何階ですか?店員の名前はなんていうんですか?」

「八階、八階。ねぇ、助けてやってください、ノブを!」

 聞くなりフドウがビルに向かって駆け出した。

「だめです!」

 反射的にコヅカがフドウの背に叫んだ。何やらものすごく嫌な予感に苛まれていた。

「隊長!ビルは崩壊寸前です。戻ってください」

「見殺しにはできんだろう」

「私が行きます。隊長はここで…」

 ビルの入り口で振りかえったフドウは笑っていた。

「お前たちは下がってろ。現場の指揮はコヅカ、お前に預ける」

 そしてフドウは細かい瓦礫が舞い落ちるビルの中へ消えた。

 ビルの中は恐ろしい異世界と化していた。

 もうもうと巻き上がる粉塵の中で巨大な吸血触手が何本も蠢いている。

 フドウは、目の前に迫る触手をかわしながら猛然と階段を駆け上がった。

 ノブは七階の踊り場でうずくまって泣いていた。腰が抜けている。フドウはノブを励ましながら彼のやせた体を担ぎ上げ、階段を降りはじめた。

 三階を過ぎた時、突如壁を突き破って触手がふたりに襲いかかった。

――― くっ、避けきれない。

 触手はフドウの右太もものあたりに勢いよくからみついた。いくつもの棘がフドウの足に食い込んで血液を貪りだした。

――― ぐあっ。

 激痛に襲われながら、フドウは肩に担いだノブを階段にそっと下ろすと「逃げろ!」と叫んだ。

 ノブは、鮮血が噴き出すフドウの右足を見て悲鳴をあげた。腰がぬけたまま、床にぺたりと座り込んでしまった。

 フドウは祈るような気持ちで怒鳴った。

「立て!立って走れ!ここにいたら絶対に死ぬぞ。外はもうすぐだ。さあ、立て!」

 ノブは悲鳴をあげるだけあげると突然立ちあがり、階下へ猛然と走り去った。

――― やればできるじゃないか。

 フドウはニヤリと笑うと、あらためて足に巻きつくおぞましい触手を見た。

――― コノヤロウ。

 ゆっくりと腰のメガパルサーを抜いて触手に銃口を密着させたその時、新たな触手が左手の壁を突き破って襲いかかってきた。今度はフドウの右肩から左脇腹にかけて巻きついた。

「ぐああああ」

 さすがのフドウも、喉の奥から突き上げる苦鳴を止める術はなかった。体全体がしびれて力が抜け、右手に持ったメガパルサーも床に落してしまった。

――― こりゃ、ちとまずいな。

 薄れゆく意識の中でフドウが最後に見たものは、ゆっくりとコマ送りのように崩れ落ちる天井のイメージだった。

 結局ジュランは、スルガがISLから受け取った炭酸ガス固定剤によって完全に葬り去られた。

 BGAM隊員たちは狂ったように崩壊したビルの瓦礫を掻き分け、約四十分後、幾重にも触手に巻きつかれたフドウを発見した。

 誰もが助からぬと思った状況で、フドウは生きていた。皮肉にも体に巻きついた触手が崩落するビルからフドウを護ったのだ。しかしフドウの脊椎は重大なダメージを負ってしまった。

 隊員たちが大声でフドウの名を呼びつづけた甲斐あって、フドウはわずかに唇を動かした。フドウの口元に耳を近づけたコヅカに聞こえた言葉は…。

「う…る…さ…い…」

 そしてまたフドウは意識を失った。

 

「目が覚めたら病院だった。下半身は叩いてもつねっても痛くもなんともない。崩落したビルの鉄骨に背骨をやられたのがまずかったらしい。ま、生きてただけでもめっけもんだがな、ははは」

 シュンはただフドウの話に聞き入っていた。自分を誘いに来てくれたことを無邪気に喜んでいた自分が恥ずかしく、憎らしかった。

「おいおい、そんな顔で見ないでくれないか。私はまだあきらめたわけじゃあないんだぜ。リハビリだってやってるんだ」

 フドウは自分のものではなくなってしまった両足を見ながら笑った。

「いつか、この怠け者に活を入れてやる。もう一度自分の足で立ってみせるよ」

「まだ望みはあるんですね」

 シュンは絶望の中に一条の光を見出したような気持ちでフドウに問うた。

「おう。一パーセントな」

「一パーセント…たったの」

 わずかな光も闇の中にかき消されてしまったようだ。

「確かにきびしい確率だよな。だが、これからの人生を自分の足で歩けるかどうか。みすみす見捨ててしまうには惜しい数字だと私は思うがな」

 フドウは不敵に笑った。

「だがな、サキョウが去り、私がこのありさまじゃあ戦力の低下は補いきれない。実はサキョウが抜けて間もなく、訓練生を一名正隊員に昇格させたんだ。訓練生の中ではずば抜けた成績を修めていた。優秀な男だ。だが、いかんせん経験不足だ。くそ度胸がすわったサキョウの足元にも及ばないさ。現場ではいつも私の近くに置いてフォローするつもりだった。しかし私はもう現場には行けない。足手まといだからね。その分コヅカたちの負担が大きくなってしまったんだ」

「もう訓練生は昇格させないのですか?」

「うむ。昇格させた新隊員の他はまだ誰も実戦投入できるレベルにはない。無理して昇格させれば誰かが命を落す」

『命を落す』という言葉にシュンはどきりとした。

「本人か、そいつをカバーしようとした他の誰かが死ぬ。実戦とはそういうものだ。それにな、我々のようにチームプレイで戦う組織にとって、パートナーが信頼できないというのは致命的なんだ。むやみに新人を投入して人数を揃えても良いことなんてひとつもないのさ」

 フドウは車椅子の背に体重をあずけて会議室の天井に視線を移した。

「この三年間、多くの怪獣や怪物が出現した。そしてその都度我々は激しい戦いを繰り広げてきた」

 シュンは無言でうなづいた。BGAMの激闘はシュンも新聞などで知っていた。

「しかしウルトラマンアミスは一度も現われてはくれなかったよ」

「えっ」

 シュンは、フドウが自分に対して文句を言ったのかと思って驚いた。しかしフドウは顔を少し上に向けて目を閉じていた。

「たぶんウルトラマンアミスは、お前たちの問題はお前たちで解決してみせろと言いたかったんじゃないかな。いや、お前たちで解決できるだろうって言いたかったのかもしれないな。しかし、今のBGAMにそれをやり遂げる気力はない。チームのトップとそれに続くサブリーダー格のふたりが相次いで戦線を離脱した。口には出さなくとも、残された隊員たちの動揺は計り知れない。今、即戦力としての戦闘能力を備え、隊員たちからの信頼を得ることができる人物はただひとり。ソラガミ君、君だけなんだよ」

 昔を懐かしんで馬鹿みたいに喜んでいる場合ではない。シュンは言葉につまった。

 フドウは車椅子の上で上半身を折りたたむように頭を下げて言った。

「BGAMに復帰してくれないか」

 窓の外では昼の陽射しが豊かな緑に降り注いでいる。にょっきりと突き出した木の枝に、一羽のヤマセミがとまっていた。近くを流れる渓流で魚を獲っていたのだろうか。ヤマセミの食事は、水中へ高速ダイブを敢行して魚を獲るダイナミックなものである。何度も繰り返した後、しばし翼を休めにここへ来たのだろう。

 小さく小首をかしげるたびに頭部を優雅に飾る冠状の羽根がふるふると揺れた。

 ヤマセミは、ガラスの内側で頭を深々と下げる車椅子の大柄な男と、傍らに寄り添う若い男をじっと見つめていた。若い男は車椅子の男を見下ろして何か話していたが、やがて片ひざを床につけて車椅子の高さまで目線を下げると車椅子の男と互いの手を握り合った。

(二)〜新チーム始動〜

 

「霞戸?ああ、例のライオン騒ぎね。まだつかまらねぇのか?」

 スルガとセイラの世間話にコヅカが割って入った。

「はい」

「でも変よね、すごい人数で捜索してるんでしょ。ライオンが逃げてもう丸二日たつのよ」

「ええ、県警の機動隊を中心に、地元のハンター協会と消防団が常時二百人態勢で山狩りを行っていますからね。ライオンの姿くらいは見かけてもよさそうなものですが、未だに何の収穫も得ていないそうですよ」

「ま、今日中には見つかるだろうよ。で、麻酔弾でおねんねだ」

 コヅカはポットから注いだコーヒーの香りを楽しんでいる。

「いえ、そうはいかないでしょう」

 スルガは少しうかない表情で異を唱えた。

「どういうこと?」

「昨日、白塚山で大量の血痕が発見されました。人間のものだそうです」

「まさか…襲われたの?」

「おそらく。現場はサファリランドの反対側なのですが、白塚山は以前からキャンプなどアウトドアレジャーの人気スポットでしてね。テントを張って星でも眺めていたところを襲われたのでしょう。気の毒なことです」

「ううむ、死人が出たとなりゃ見つけ次第射殺か」

 

 捜索隊はかなり疲弊していた。白塚山は標高五百メートルほどの小さな山である。ライオンほど大型の肉食獣なら一日で見つかるだろうと誰もがたかをくくっていた。しかし二日が過ぎ、あろうことか被害者まで出てしまった。

 今や自治体の未来を託しているとも言えるサファリランドに消しがたい汚点をつけてしまったのだ。

 案じていたとおり、東京からマスコミがやって来て無神経な報道をはじめた。体力的な疲れに加え、精神的疲労がメンバーの体を蝕んでいた。

 ハンター協会のヤマガタとオンダも細い山道を重い足取りで登っていた。ふたりとも間もなく五十路を迎えるベテランハンターであり、協会内でも皆に一目置かれる重鎮である。さすがに最近は足腰が弱ってきたと噂されているものの、獲物を見つける天性の嗅覚は、衰えるどころか年と共に磨きがかかってきた。

 そのふたりが、獲物を持たず背を丸めて山道を歩いている。銃がこんなに重いと感じたのは初めてだ。

「畜生、ライオンのやつどこへ行きやがった」

「もう山から降りちまったのかなぁ」

「馬鹿言え!そんなことになったら一大事だ。第一、街へ降りて二日も人目につかねぇなんてことがあるもんか。やつはまだこの山のどこかにいるさ」

〈皆さん、もうすぐ日が暮れます。今日はここまでにしましょう〉

 その時、捜索本部から捜索隊全員に無線連絡が入った。

「今日も空振りかいな」

「早くなんとかしねぇと霞戸は日本中の笑い者だ」

 先ほどまでオレンジ色に染まっていた空は、店じまいをするかのようにネオンを消して漆黒のカーテンを広げようとしている。夜の闇は獣たちのホームグラウンドだ。ふたりは即座に下山をはじめた。

「オンちゃん、近道しようぜ」

 ヤマガタが、道とは異なる草むらを指差して言った。一見深そうな草むらの更に向こうには霞戸の街なみが見える。ちらほらと灯りが燈り始めている。ふたりとも今日はなぜか一刻も早く家へ帰りたい気分だった。

「おう、そうだな」

 深い草むらとはいえ、幼い頃からこの山を駆けまわったふたりには舗装道路を歩くに等しい。

「疲れたなぁ、ヤマちゃん」

「ああ、まったくだ。早く風呂に入って一杯やりたい…うわっ?

 突然ヤマガタは仰向けにひっくり返った。足もとの地面が消えてなくなったような…?

「ヤマちゃん!」

 少し後ろを歩いていたオンダが駆け寄った。さしのべられた手を掴もうと手をのばしたが届かない。足を踏ん張って立とうとしたがそれも叶わない。それどころかオンダの心配そうな顔がどんどん遠くなってゆくではないか。

 この時、はじめてヤマガタは自分の体が地面に吸い込まれてゆくのに気づいた。そこには直径十メートルほどの巨大な『大地の渦巻』ができていた。周囲の土やら草やら石ころやらが、自分と共に徐々にその渦の中心へと沈んでゆく。

――― 埋まっちまう。地面の下に…生きたまま土に押し潰される…。

 そう思った時、ヤマガタの正常な意識の回路がはじけ、絶叫という人格の故障を引き起こした。

「うわああああ!いやだ!オンちゃん、助けてくれ!埋まっちまうよおお」

「ヤマちゃん、落ち着いて!ロープを投げるから」

 オンダも初めて目にする巨大な蟻地獄のような逆円錐の穴に尻込みしたが、泣きながら救いを求める幼なじみを救出せんと、腰に巻いていたロープを構えた。

 絶妙のコントロールで投げられたロープは、ずるずると下降するヤマガタの右手にしっかりと握られ、彼の体はぎりぎりの所で「こちら側」にとどまった。

 約五分後、オンダがヤマガタの襟首を掴んで安全な場所に移動させるまでの間、ヤマガタは地中に引きずり込まれる恐怖に悲鳴を上げ続け、彼の両足は虚しく土を跳ね上げていた。

「はぁはぁはぁ、もう大丈夫だよヤマちゃん」

 オンダの声にヤマガタは反応しなかった。極度の緊張と、無意識のうちに何十回も地面をかいた両手両足の疲労で口もきけなかったのだ。しばらく呆然と大地に横たわっていたヤマガタはようよう口を開いた。

「あ…りがと、オン…ちゃん」

 蚊の鳴くような声だったが、心身の状態が正常に戻ってきた証拠だった。

 オンダも笑顔を浮かべ、ヤマガタの衣服の泥をはたいてやった。

 とうに日は暮れてあたりは暗くなっている。この奇怪な穴は明日の調査に任せて、今夜のところは早く下山することだとオンダは考えていた。

「立てるかい、ヤマちゃん。早く家へ帰ろう」

 親になだめられた幼子のように頷くヤマガタはその時気づいた。かがんでいるオンダの背後、あの穴から何かが現われてこちらを見ているではないか。不気味な目のようなものが赤い光を放ってじいっとふたりのようすをうかがっている。

 突然、そいつは周囲に土砂をばらまきながら、地面から数メートル以上も垂直に屹立した。

 ヤマガタとオンダ、闇に慣れた四つの目が見たものは、全身から無数の棘を生やした巨大なムカデの化け物だった。頭部と思しき先端部には鬼の角を連想させる二本の湾曲した突起が生えている。

 すぐ山の下には街の明かりが見えている。下り坂を駆け続ければ、二十分足らずであの温かいともしびの中へ戻ることができるだろう。しかし、もうあそこへは帰れないと、ふたりは直感した。

ぶぅん。

 今まで彼らが山で見たどんな巨木よりも太い化け物の体が、ふたりの真上に倒れてきた。そして彼らを押し潰す寸前、化け物の体の一部が菱形にぱっくりと開き、美しいほどにおぞましい無数のキバがふたりを迎えた。

 

「いい話と悪い話だ。どっちから聞きたい?」

 司令室に入るなり、コヅカがいつもの大声で隊員たちに尋ねた。

「いい話だけ聞くぅ」

「そんなのだめでしょう、セイラ隊員」

 セイラの「い〜」にスルガも応戦する。

「自分は悪い話から聞きたいっすね」

 新人隊員のカナテが「はいはい」と右手を高々とさし上げて言った。

 訓練生あがりのカナテは二十三歳。切れ長の瞳、薄い唇、鋭さを持つ高い鼻と少しこけた頬。見るからに気が強く精悍なイメージを与える顔つきである。

 訓練センターのトップガン、カナテは、正隊員なみの戦闘能力を持つ男として将来を嘱望されていた。

 サキョウがヴァン・ダム隊の隊長として宇宙へ赴任したのを機に、念願の前線行動部隊正隊員となった。

「よし、新人君のたっての希望だ。まず嫌な話を二連発いくぞ」

 コヅカはカナテのストレートな性格が結構気に入っていた。女性らしい好き嫌いではっきりとものを言うセイラと違い、カナテは常に論理的である。自らの損得とは無関係に粛々と最善の策を選択し実行する。戦場に身を置く者としてとても重要な才能を持つ男だと感じている。

「その一。例の霞戸のライオン捜索隊から行方不明者が出た」

「え?」

 セイラとスルガが顔を見合わせた。

「連日の捜索で、皆へとへとになってたそうだ。昨夜は日没と共に早々と捜索を打ち切った。だが、その家族は徹夜の捜索を続けているのだと思っていたんだろう。今朝になっても帰って来ないので捜索隊本部に問い合わせて、行方不明が判明したんだ」

「またライオンにやられたんすか?」

「気の毒に。早く見つけなきゃもっと大変なことになるわよ」

「で、嫌な話その二。サファリランドの近くでまたまた大量の血痕が発見された」

「何ですって?」

「まだ他に被害者が?」

「ブブー。その血はなんと、逃げたライオンのものでした。」

――― ライオンの血…?

 それが何を意味するのか、セイラたちには俄かに理解できなかった。

「ねぇ、それって…もう事件は解決したってこと?」

 セイラの疑問にコヅカは「ノーノー」と大げさに首を左右に振った。

「そのライオンの血痕は以前見つかった人間の血痕よりもわずかに古いものらしい」

「つまり?」

「つまり、ライオンはサファリランドを脱出して間もなく死んだ。大量の血を流して死んだってことなのさ」

「ってことは?」

「ってことは、その後発見された犠牲者や行方不明者たちはライオンの被害によるものじゃねぇってことさ」

「わけわかんねぇ…」

 カナテが頭をかかえた。

「わからないことはもう一つあるわ。ライオンにせよ人にせよ、血は流れてるけど死体が無いっていうのはどういうことなのよ」

 セイラの問いを受けたコヅカが眉をひそめた。

「考えられることはひとつ…」

 はっ、とスルガが気づいた。

「食われたんですよ。まるごと…」

 司令室に沈黙が流れた。何かが人を食らった。それはライオンではない。ライオンもまた食われたのだ。何だ?白塚山にはいったい何が潜んでいるのだ?

「UMAだな」

「ゆーま?」

「UMA…謎の未確認生物のことさ」

「ヒマラヤの獣人イエティやカナダの巨大水棲生物オゴポゴなんかが有名ですよね」

「日本の河童やツチノコなんかも代表的なUMAだぜ」

 コヅカやスルガが熱心に語りはじめたことにセイラは眉をひそめた。

「なぁに、うちの男子は揃いも揃って妖怪好きなの?」

「おっとセイラ隊員。UMAは妖怪でもなければ空想の産物でもありませんよ。確かに謎は多いが、UMAはちゃんとした目撃例が報告されてますからね。実際に存在する可能性だってあるっす」

 むきになるカナテにすっかりしらけてしまったセイラは「ばーか」とまともにとりあうのをやめた。

「だけど、白塚山で起こってる事件は紛れもない現実だわ」

「どうやら、捜索隊を引き揚げさせたほうがよさそうですよ」

「そうね。すぐ県警本部に連絡を入れるわ。それと次の定時パトロールのコースに、霞戸市上空の哨戒飛行プランを加えてもらえるようソエダ艦長に申請してみましょう」

「おかしなことにならなきゃいいんだが」

――― おかしなこと…。

 セイラたちは、コヅカのセリフを心の中で復唱した。嫌な予感が黒雲のように胸中にひろがった。

「ところでコヅカ隊員、まだいい話のほうを聞いてませんけど」

「おお。いい話な。フドウ隊長が帰ってきた」

「え、本当ですか?」

「うん。今艦長室にいる。俺もまだ会ってねぇが、もうすぐ顔を見せるだろう」

「この三日間、いったいどこに行ってたんでしょうね?自分たちに何にも言わないで…不在中もしも怪獣が現われたら連絡も取れないじゃないすか」

「馬鹿言ってんじゃねェ。怪獣が現われりゃカナテ隊員が連絡しなくても隊長は現れるよ」

「はぁ」

「だけど行き先くらいは教えて欲しかったわ」

 フドウが珍しく出張扱いでキャリアベースを降りてから、セイラはフドウの身をずっと案じていた。艦内でもまだ車椅子の取り扱いに習熟しきっておらず、セイラはよくハラハラして見ていたものだった。

「カヤマチーフドクターが作ってくれたリハビリのメニューもほったらかして。よほど大切な用だったんでしょうね」

「大切って言ったって、自分の体以上に大切な用なんてあるの?ちゃんとリハビリしなきゃいつまでたっても自分の足で立つことなんて不可能よ。そうでしょ?」

 まるで勉強をさぼった息子を叱る母親のようなセイラの剣幕に、スルガはたじたじである。

「怖いねぇ。そう怒るなよセイラ隊員」

 コヅカがちょっとおどけた調子でなだめた。

「怒っちゃいません。心配なの!不自由な体で…まだ車椅子にも慣れていないのに。無茶するったら」

「そりゃすまなかったね」

 新たな声が四人の会話に加わった。低くて落ち着いた声だ。

「隊長」

「フドウ隊長」

 いつのまにか開いているオートドアの向こうで、電動車椅子の巨漢が照れくさそうにはにかんでいた。噂の主フドウである。

「よお」と軽く右手を上げて、作戦司令室内へと車椅子を進めた。彼の両足の障害を思い知らせる「ジー」というかすかなモーター音にも、隊員たちは次第に慣れてきた。

「フドウ隊長、私たちに何も言わないで今までどこに行ってたんですか?リハビリも休み、傷の検査もせず。みんな心配したんですよ」

 フドウの傍らに駆け寄るなりまくしたてるセイラにフドウは「まあまあ」と両手を広げて見せた。

「すまなかったな、セイラ隊員。明日からはまたちゃんとリハビリに専念する。約束するよ」

 かつて無敵の戦士と謳われた男は、傷ついた者の悲しみを心に纏って、かぎりなくやさしく微笑んでいた。

「それより皆に紹介したい男がいるんだ。今日から同じ隊員として我々と共に戦ってくれる。ソラガミ・シュン隊員だ」

 フドウが口にしたその名に、隊員たちはいっせいに視線を巡らせた。その名の主を求めて。

 フドウの招きに応じてひとりの若者が入室した。深い赤の野戦ジャケットに黒のレザーパンツ。BGAMの戦闘服に身をつつんだその若者…。

「あ!シュン」

「ほんとだ!おいシュン。シュンじゃないか!」

 コヅカ、セイラ、スルガの三人がシュンを取り囲んだ。

「皆さんお久しぶりです。今度は正隊員にしていただきました。また一緒に戦いましょう」

「おう。こちらこそだ!いやー、帰ってきたか。ついに」

 コヅカは、ばんばんとシュンの背を何度も叩いた。彼特有の手荒い歓迎である。

「いつかこんな日が来るんじゃないかと思ってました」

 スルガの言葉は、かつてグラゴ星人の地球襲撃に対して命を賭けて立ち向かった戦友として、シュンとBGAM隊員たちがどれほど深く、強く、精神的に結びついているかを如実に表していた。

 セイラは、嬉しさが極まって何と声をかけてよいかわからなかった。三年前の剣山での別れが、昨日のことのように脳裏に蘇った。

「おかえり、シュン」

 セイラたちにとって、シュンはBGAMにやって来たのではない。帰ってきたのだ。セイラのひとことは、それをシュンに教えてくれた。そのことが嬉しくて「ただいま」とは言わず、シュンはこう応えた。

「ありがとう」

 セイラの大きな目がまばたきもせずシュンを見つめていたが、それらは少しずつ潤みはじめた。シュンに悟られてはまずいと思ったのか、彼女は会話の矛先を咄嗟にフドウへと切り替えた。

「じゃあ、隊長はシュンを迎えに徳島へ?」

「ああ、そうだ」

「ありがとうございました。フドウ隊長」

 フドウは、セイラたちの嬉しそうな表情に満足していた。山岳警備隊本部でシュンに会う直前まで、彼をBGAMへスカウトすることに疑問を抱いていた。しかしこれで良かったのだと、今フドウは自らの迷いに終止符を打った。

「それからもうひとつ。コヅカ隊員を副隊長に任命する。最前線に立てない私に代わってチームの指揮をとってもらいたい」

「俺が…副隊長」

「わお!おめでとうございます、コヅカ副隊長」

「お手柔らかに頼みますよ、副隊長」

 突然の発表にコヅカは少なからずとまどったようだが、他のメンバーは、その決定を大いに歓迎しているふうである。

「副隊長なんて俺のガラじゃねぇが、ひとつやってみるか。皆もよろしく頼むぜ」

 シュンの加入とコヅカの副隊長昇格によって、サキョウの脱退とフドウの負傷で沈みがちだったチームの士気が一気に高まった。

 コヅカはフドウの傍らに寄ると、彼の耳元で囁いた。

「ありがとうございます、隊長。見て下さいよ連中を。あんなふうにはしゃいでる姿は本当に久しぶりです。隊長のおかげで、また一枚岩になれるような気がします」

「さて、はたしてそうかな?」

「え?」と訝しがるコヅカに、フドウは「ほれ、あれ」というふうにあごをしゃくった。

 シュンの真正面に新人のカナテが立ちはだかっていた。どう見ても普通に挨拶をかわしているのではない。カナテの全身から立ち上る闘気は、すごいプレッシャーとなってシュンの顔面を叩いていた。

「あ…あの」

「はじめまして、ソラガミ先輩。新入隊員のカナテです。ヴァン・ダムのサキョウ隊長の後がまとして入隊して、まだ四ヶ月です。かつて艦長推薦で自分たち訓練生をさしおいていきなり隊員になった伝説の人と一緒に戦えるなんて光栄です。よろしくお願いしますよ、セ・ン・パ・イ」

 カナテの口元は笑っているのだが、目は冷たい光をたたえて真剣そのものだ。

「隊員といったって、あの時は臨時隊員だから…」

「ええ。知ってますよ。それでも自分たち訓練生が毎晩夢に見ていたこの赤の野戦ジャケットを一介の山岳警備隊員が着たんだ。大したものですよ」

 シュンに対するカナテの思わぬ反応に、他の隊員たちは驚いていた。普段は隊長や先輩たちに従順なこの若者が、シュンに対しては、まるで別人のように棘のある言葉をぶつけている。

「でもね先輩。スルガ隊員のおかげでBGAMの装備もこの三年でかなり性能がアップしていますから、昔のように使いこなせるかどうかわかりませんよ。今度はフドウ隊長直々のスカウトのようですが、即戦力として入隊したんならそれなりに活躍していただかないと、フドウ隊長にも立場ってものがあるでしょうから」

「もういい、カナテ隊員」

 見かねたコヅカがカナテの口を封じた。しかし、カナテはまだまだ気が済まないのか、じっとシュンを睨みつけたまま動こうとしない。口をへの字に結んで、上目遣いに二〜三センチ背が高いシュンをまばたきもせず見上げている。バチバチと電撃が放たれそうな気迫だ。

「よしなさいって言ってるでしょう。副隊長の言うことがきけないの?」

 今度はセイラがふたりの間に割って入った。さすがにカナテはシュンから視線をそらせると作戦指令室を無言で後にした。

「なんなのよ、いきりたっちゃって」

「いったいどうしちゃったんでしょうね、カナテ隊員?せっかく新しい結束ができあがったっていうのに」

 カナテが消えた出口を見ながら、スルガが困惑の表情で呟いた。

――― やれやれ、グラゴ星人戦の余波がこんなところに残っていやがった。

 当時フドウが危惧していたとおり、外部からの隊員招聘は、訓練生たちの間に大きな衝撃を巻き起こしていた。毎日血の滲むような訓練に明け暮れていた彼らにとって、戦力補強の際には真っ先に自分たちに声がかかるものと信じていたことは、至極当然と言えた。

 しかし、結局彼らは誰一人としてBGAMのユニフォームに袖を通す機会に恵まれなかった。それは彼らの負けん気を著しく刺激したが、同時に深い嫉妬心をも芽生えさせた。

 コヅカは前途多難な新チームの行く末を思ってため息をついたが、車椅子のフドウが、密かに満足そうな笑みを浮かべているのに気づき、何となく考えた。

――― ま、いいか。

(三)〜UMAの正体〜

 

――― UMA出現。

この報に、白塚山周辺は騒然としていた。

 サファリランドから逃げ出したライオンの捜索隊はBGAMからの緊急警告によって一人残らず下山し、替わってコヅカ副隊長率いるBGAM隊員たちがアルバトロス一号によって高空から白塚山全体をくまなくサーチしはじめた。

 その結果、地面にできた渦巻き状の奇妙な穴が三箇所で見つかった。

 ひとつはサファリランドの南約二キロの山中、ふたつめは東側の山腹、さらに山の北西、麓に近い斜面にも。それらは、地中から巨大な何かがもの凄い勢いで出現し、再び地中へと潜った跡だとスルガによって推測された。

 あらゆる状況証拠が、地中に潜むUMAの存在を示唆している。BGAMはこの謎の巨大生物を地上へと炙り出す作戦に出た。

〈スルガ隊員、特殊電極ミサイルのセット完了しました〉

 シュンからの無線をクーガーの車内で聞いていたスルガは「よしよし」と両手をこすり合わせた。

 アルバトロスの機体底部に据えつけた特設ミサイルポッドには、三本の黒い槍がさし込まれていた。全長五メートルの長大な金属製の槍は、スルガが開発した活性プラズマ「ギラン」を放射する電極の役割を果たすことになる。活性プラズマは、長時間浴びると肉体の代謝、循環機能に異常をきたす。特に地中で浴びると周囲の鉱物によってプラズマは乱反射し、空気中の約二十倍の影響を受けることになる。UMAといえども死に至らしめるに充分なボリュームである。

 発見された三箇所の渦巻き穴に、それぞれ特殊電極ミサイルを突き刺し「ギラン」を一斉に放射する。

これによって白塚山の地中に潜むUMAを地上へと追い出すのだ。

「特殊電極ミサイル、発射してください」

〈了解〉

バシュ。

 アルバトロスのカナテが、応答すると同時に、予めロックしてあった渦巻き穴へ特殊電極ミサイルを打ち込んだ。

「ちょっと、もう少し慎重にやってよ。撃ち損じたらどうするの?」

「撃ち損じ?そんなことあり得ません」

 先輩であるセイラの注意も、カナテは吐き捨てるように一蹴し、耳を貸そうとしなかった。シュンが入隊して以降、カナテは何かに憑かれたように任務に没頭していった。しかしそれは、かみそりの刃を握った拳で相手を殴りつけるような予測不可能な危なっかしさをもはらんでいた。

 それでもカナテの言うとおり、三本の特殊電極ミサイルは、次々と狙いたがわず渦巻き穴の中心へ垂直に突きたてられていった。

「シュン、用意はいい?」

「はい」

 電極ミサイルが間違いなく撃ちこまれた時点で、シュンが地上に降りる手はずになっていた。怪獣が出現した場合の攻撃や民間人の非難誘導、クーガーの援護など地上でのあらゆる支援活動をまかされていたのだ。

「カナテ隊員、作戦エリア「B」へ降下。ソラガミ隊員を地上へ降ろした後再び高度一〇〇まで上昇せよ」

「了解」

 カナテの声には感情を抑えた冷たいものが感じられた。地上での作戦行動のほとんどを任されたシュンは、チームの中で既に絶大な信頼を得ていた。セイラに代わってアルバトロスの操縦桿を握っていながらも、カナテはそのことが妬ましかった。

 アルバトロスは山間の狭小スポットに正確に着地した。

――― ふうん、言うだけあってうまいわね、カナテ隊員。

 セイラも密かに舌をまくほど、カナテの腕前は確かだった。

 シュンは白塚山エリア「B」に降り立つと、アルバトロスから急いで距離を取ろうとした。その時、アルバトロスがシュンの目の前で突然垂直バーニアを噴射して上昇を始めた。

――― うわっ!

 凄まじい風圧と無数の石つぶてがシュンの全身を叩いた。

「あ、だめ!まだシュンが真下にいるのよ」

「カナテ隊員、無茶をするな!」

 機内ではセイラとコヅカが慌てて上昇を制止しようとしたが、カナテは構わず予定高度まで機を上昇させた。

「地中にはUMAが潜んでいるんですよ。アルバトロスをいつまでも着陸させておくわけにはいきません。それにアカデミーではいつも今くらいのタイミングで離陸していましたがね」

 コヅカとセイラはあきれて顔を見合わせたが、セイラはすぐ無線でシュンに呼びかけた。

「シュン、大丈夫?ケガしなかった?」

〈大丈夫です。間もなくクーガーと合流します。副隊長、作戦を始めましょう〉

――― よかった。

 機上のふたりは胸をなでおろした。カナテだけは、「あたりまえだ」と言わんばかりに飄々と操縦桿を操っている。

――― こりゃあ、さっさと片づけちまったほうが良さそうだ。

「これより一二〇秒後にギラン放射を開始する。各自、特殊ラバーソールブーツを着用し、安全を確保せよ」

 セイラ、カナテら戦闘開始をはやる隊員たちを尻目に、コヅカは作戦のすべてを頭の中で反復した。

 隊員はじめ、白塚山のふもとで警備にあたっている警察隊には、スルガが用意した特殊ラバーソールのブーツを支給してある。地面から漏れるギランを完璧にシャットアウトし、肉体へのダメージを防いでくれるはずである。サファリランドの動物たちは、こちらも厚さ四〇ミリの特殊ラバーを敷いた檻の中へ一時的に避難させてある。

 さらに、特殊電極のギラン放射角度は、再三のシミュレーションによって完璧に調整し、万が一にも市街地へ向けて放射される懸念はなかった。

――― よし。

「作戦を開始する。スルガ隊員、ギラン放射!」

〈了解〉

 クーガーの車内でコヅカの宣告を受けたスルガが、簡易ラックに無理やり取りつけたギラン用コントロールボックスのダイヤルスイッチをギリリと回した。同時に、特殊電極から活性プラズマ・ギランが一斉に放射された。

ヴゥゥゥン

 耳の奥で、虫の羽音に似たかすかな振動音がしている。

 シュンもスルガも、アルバトロスの三人の隊員たちも、固唾を飲んで渦巻き状の三つの穴を見つめた。

「スルガ隊員、センサーにはまだ何の反応もありませんか?」

 ギランを放射すれば、すぐに怪獣が地中から飛び出して来るかと思っていたシュンは、少し拍子抜けした気分だった。

「何もありません。恐らく相手は地中の成分と同化しているのでしょう。じっとしていられればこちらのセンサーでは捉えられません。しかしこのギランにいつまでも耐えられるわけはないんです。必ず我慢できなくなって地上へ現われるはずですから。ソラガミ隊員、油断しないでくださいよ」

 スルガは乾く唇を乾いた舌でなめた。

 十五分後…。

ズズズズズ。

 大地が揺れ始めた。地面の小さな砂利が踊るように跳ねている。

「副隊長、大地が細かく振動しています」

 シュンは前後左右へふらつきながら、アルバトロスへ無線連絡を入れた。

「こちらスルガ。副隊長、センサーに巨大な影が現われました!UMAめ、我慢できなくなって地上へ出ようとしているんです!」

〈場所は?〉

「コードAの渦巻き穴です。クーガーで近くまで急行します」

〈こちらもすぐ向かう。地上班は充分気をつけてくれ〉

「了解。ソラガミ隊員、早く乗ってください」

 助手席に飛び込んだシュンを乗せるや、スルガは猛然とアクセルを踏み込んだ。クーガーは、リアに据えつけられていたアッテスバルカン砲とミサイルポッドをルーフへと持ち上げながら、山間の悪路を疾駆した。

 コードAは、狭いV字型の渓谷にできた穴であり、最もサファリランドに近い場所に位置していた。

 一足先に穴の上空へ到着したアルバトロスがホバリングに移った。

ヴォヴォヴォオオ

 突然、谷底から大量の土砂が勢いよく噴き出された。

「出るぞ!」

 アルバトロスのカナテがコクピットで叫んだ。冷静を装ってはいても、やはり未知の怪物との遭遇は彼にとってまだまだエキサイティングな出来事に違いない。無意識のうちに、彼のお尻がシートから浮き上がっている。

 そしてついに―。

ガラガラガラガラ。

 地中に眠っていた鉱石たちをあたりに撒き散らしてそいつは出現した。

 先端には鬼を思わせる、湾曲した二本の角状の突起をいただき、胴体はいくつもの節を刻み、白っぽくて平たい。角餅を連ねたようだ。

 スルガの放ったギランから逃れて、渦巻き状の穴から飛び出したのは、地面から約十五メートルはあるムカデの化け物だった。

「こいつか、騒動のもとは」

「UMAの正体っすね」

「カナテ隊員、ガナーシートへ移って。私が操縦するわ」

 アルバトロス一号は操縦者のパイロットシートと射手のガナーシートが別々に設けられている。戦闘態勢をとるため、後部席にいたセイラがパイロットシートへと移動し、カナテは攻撃に専念するために隣のガナーシートへと移った。

 かつてサキョウとコヅカのふたりが座ったこのシートに、今はセイラとカナテという、若く才能豊かな隊員が座っていた。副隊長となったコヅカは、後部座席からふたりの背中を頼もしげに見ていた。

〈こちらクーガー。ただいま現場に到着しました。いつでも撃てます〉

 シュンの声が届いた。

 コクピットからも、谷底に到着したクーガーの姿が確認できた。

 陸、空の攻撃態勢が整った。

「攻撃開始!」

 コヅカの指令とともに、BGAMの火器がいっせいに光弾を射出した。

 アルバトロスは、機首を怪物に向けたままゆっくりとその周囲を旋回し、ルーク砲を叩きこんだ。そして地上からは、クーガーのルーフに据えつけられたアッテスバルカンが無数の光弾をひとすじの縄のように連ねて放射した。

ドドーン!ズズーン!

 放たれた光弾は次々と怪物の細長い体に着弾し、さらに眩い閃光とともに火花を噴き上げた。

 怪物は声も無く身をよじると、頭頂部の角状の触角でアルバトロスを破壊しようと機体をわずかに追った。

「あの怪物、動きが鈍いな。スルガ隊員、アッテスバルカンのトリガーをお願いします。僕はもう少し近づいてメガパルサーで攻撃します」

 シュンはそう言い残すと、クーガーのドアを開け、渦巻き状の穴から屹立するムカデの怪物めがけて駆け出した。

「あ、は、はい。でもソラガミ隊員、気をつけてくださいよぉ」

 アルバトロス、クーガーそしてシュン。三方からの集中砲火が怪物の全身を炎で包んだ。

 攻撃に苦しんでいるのか、怪物はまるでジェスチャーをしているようにくねくねと身をよじった。顔らしきものが無く、鳴き声も呻き声もあげない巨大な謎の生物に、一体どれほどのダメージを与えているのだろうか。BGAM隊員たちは圧倒的な優勢に立ちながらも、次第に苛立ちを覚えはじめていた。

 実際、彼らの攻撃は怪物に苦痛を与えてはいるものの、致命的なダメージは与えられていなかった。

――― 嫌な膠着状態になっちまった。

 コヅカは腕組みをして考えこんだ。両腕の筋肉が膨れ上がって野戦ジャケットを内から張りつめさせた。

「ソラガミ隊員!」

 谷底で懸命に攻撃を続けるシュンの耳に、スルガの声が届いた。

 クーガーの窓から上半身を乗りだし、大きく手を振ってシュンにこっちへ来いと合図している。

 シュンは怪物の急な動きを警戒して、メガパルサーを構えたままクーガーの方へと移動した。

「スルガ隊員、どうかしましたか?」

「ソラガミ隊員、これを使ってみてください」

 スルガは、クーガーの後部に設けられた小さなラゲッジスペースから黒い合金製のカプセルを取り出した。表面には危険物を示すマークが印刷されている。

 スルガは慎重な手つきでカプセルを開き、中から円筒形をした銀色の物体を取り出した。

「これは?」

「昇竜弾です」

――― 昇竜弾。

 まだ入隊間もないシュンでも、その名には聞き覚えがあった。

「スルガ隊員がここ数ヶ月の間開発してきたという新型爆弾が…これですか」

 興味深く覗きこむシュンを上目遣いにちらりと見、スルガはゆっくりと頷いた。

「対怪獣専用の投擲式爆弾、つまり手榴弾ですね。これは実戦用として完成した最初の一発なのです」

 スルガは昇竜弾をシュンに手渡した。何も言わずとも、両手で恐る恐る差し出すしぐさが、その威力の凄まじさを物語っているようだ。

「通常の手榴弾だと、爆発のエネルギーが分散して怪獣そのものに大きなダメージを与えられません。それどころか、現場が市街地なら、周囲の建造物を破損してしまうのがおちです。しかしこの昇竜弾なら、爆発のエネルギーがすべてまっすぐ上へ走るのです。周囲の建造物を破壊せず、破壊のための攻撃エネルギーは怪獣の足元からボディにかけて走り、効率よく怪獣にダメージを与えることができます。あのムカデのような怪物を攻撃するには昇竜弾はもってこいだとは思いませんか?」

「なるほど、言われてみれば。しかし、そのためにはよほどうまく怪物の近くに投擲する必要がありますね」

「そうです。この重さの物体をコントロールよく投げることは私には無理です。でも、君なら」

―――  砂をいっぱいに詰めた大きめの魔法瓶というところか。この大きさ、重さなら、ある程度近づかなければ失敗するかもしれない。

 シュンは腹を決めるとスルガに目で合図し、昇竜弾を抱えて駆け出した。

「頼みましたよ、ソラガミ隊員!」

 シュンは、ギランに追いたてられた怪物が地中から現われた谷底の一番深いあたりまで降りていった。あいかわらず動きは鈍いが、目や触角らしきものが見当たらないのに、アルバトロスの動きを察知しているようにも見られる。わからないことが多すぎる怪物である。

 シュンは用心しながら、怪物からわずか数メートルの所まで近づいた。

 昇竜弾を投げようと、ほんの一瞬シュンの注意が足場に向けられた時、不意に怪物の体が音も無くシュンの真上に覆い被さってきた。

〈危ない!シュン!〉

 無線からセイラの叫び声が迸るのとほとんど同時に、シュンの体が動いた。

 牛の角を思わせる怪物の鋭い二本のキバが、二メートルほども横っ飛びに逃げたシュンの体をかすめた。数秒前までシュンがいたあたりの地面に、キバが深々と突きたてられていた。

 地面を転がりながら、再び十数メートルの距離を取ったシュンの背を、冷たい汗が幾筋も流れ落ちた。

――― ぼーっとしてるようで油断ならないやつだな。

〈シュン、こいつは俺の想像だが、ヤツは獲物が数メートル以内に近づいたら本能的に攻撃をしかける習性があるんじゃないのか?〉

〈私もそう思います。あの渦巻き状の穴は、まさしく獲物を捕らえるための罠です。あの怪物の行動原理は『捕食』なんですよ〉

 シュンは再び注意深く怪物に接近すると、昇竜弾の起爆スイッチをカチリと入れた。怪物の注意が自分に向く前に決着をつけなければならない。シュンは、伏せていた態勢から一気に立ち上がり、助走をつけて昇竜弾を投げた。

 昇竜弾は岩場でワンバウンドし、そのまま怪物の傍らまで転がった。

ババーン。バババーン。

 昇竜弾は破裂するや、二撃、三撃、四撃と、怪物の体を這うように上へ向かって次々に炸裂していった。

 その名のとおり、天へ昇る炎の竜は、凄まじい威力を隊員たちに見せつけた。

「うわっ」

「何?」

 アルバトロスのコクピットでセイラとカナテが度肝を抜かれていた。

「こいつは…昇竜弾!スルガ隊員のとっておきだぜ」

 コヅカの言う『とっておき』を食らった怪物は、全身からゆらゆらと煙を立ち上らせ、しばらく棒立ちになっていたが、やがてゆっくりと地面に崩れ落ちた。

〈よっしゃ!〉

〈やったぜ。スルガ隊員エライ!〉

〈いやぁ。それほどでも〉

――― やれやれ。

 喜ぶ隊員たちの声を聞きながら、シュンは目の前で倒れている怪物の巨大な頭部を眺めていた。

 

 キャリアベース高層部、コマンダーズデッキに位置する作戦司令室では、BGAM隊長フドウが、ただひとりで部下たちの無事な帰還を祈っていた。車椅子の生活を余儀なくされ、部下たちとともに現場へ出なくなって以来、こうしてじっと待つことがフドウの習慣となっていた。

 この体では部下たちの足手まといになるため出撃はひかえているが、万一彼らの身に何か起これば、いつでも命をかけて救助に向かう覚悟はできていた。

シュ。

 微かなドアの開閉音がフドウの耳に届いた。

「フドウ隊長」

 情報処理班の若き女性チーフ、ハルナの声だった。

 フドウは巧みに車椅子を操り、声の主へと体の向きを回転させた。

 BGAMのロゴが印刷された分厚いファイルを、濃い紅色のスーツの胸前で抱えるハルナの姿は、大企業を支えるやり手の女性経営者のようでもあり、まだあどけなさが残る女学生のようでもある。不思議な魅力の持ち主であった。

「フドウ隊長、アルバトロスから送られてきた白塚山のUMAに関するデータの分析が終了しました」

「うむ、ご苦労さん。で、何かわかったかい?」

「結論から申しますと、白塚山に現われた謎の怪物は、巨大怪獣の単なる体の一部だと思われます」

「怪獣の体の一部?」

「これをご覧下さい」

 ハルナは、テーブルの上に何枚かの大判写真を並べた。

「これらは、白塚山のUMAを異なったタイプのセンサーを通して写したものです」

 被写体は確かにどれも例の怪物なのだが、写し出されているのは、レントゲン写真のようなもの、赤や黄色の光をオーラのように体の周辺にまとったもの、緑色のワイヤーフレームで表されたものなど、さまざまである。

 ハルナは、怪物の体を透視した一枚を示した。体内の組織が一目瞭然である。

「あのUMAには骨格がなく、体を覆う堅い外殻の中には強固な筋肉が詰まっています。かなりな力自慢のはずですわ。しかし、食物を消化、排泄するための器官、いわゆる内臓と思しきものが何もありません」

「内臓が見当たらない…?しかしやつは人やライオンを襲って食べた。先端の二本のキバとキバの間には口らしきものも認められるじゃないか。口があれば、やはり何らかの捕食活動をとるんじゃないだろうか。消化器官がないなら…例えば、組織全体で吸収するとか」

「この図をご覧下さい」

 ハルナはファイルからさらに一枚のイラストを取り出してフドウに示した。そこには体長六〇メートルの巨大な肉食怪獣の全身図が描かれていた。

「これは?」

「古代怪獣、リドカロテウス。通称リカロスです。隊長、リカロスの尻尾を見て下さい」

「これは…白塚山のUMAだ!じゃあ、やはりあれは?」

 ハルナはフドウの目を見据えて静かに頷いた。

「リカロスの尾にある口は、食物を味わい、咀嚼し、次なる消化器官へ送りこむためのものというよりは、捉えた獲物を一時的に蓄えておくためのスペースと考えた方が妥当だと思われます」

「つまり、あれは古代怪獣の尾で、食物を本来の口へ運ぶための…手のような役割をしていると?」

「手というよりは、例えば象の鼻のような、もしくは触手のような…。いずれにしても、あのような組織の生物が単体で活動できるとは到底思えませんわ」

「ううむ。君の推測通りとすると大変なことになるぞ」

「隊長、ついさっき白塚山の隊員たちから、怪物を倒したという報告が入ったそうですね」

「その通りだ」

「だとしたら危険です。もしも彼らの不意をついてリカロスが現われ、暴れはじめたら」

 フドウは眉間に深い皺を一本刻み、ごついアゴを右手で何度か撫でていたが、作戦指令室のメインテーブルに内蔵されたタッチパネルに近寄り、『通信デバイス』の表示を指で弾いた。

「白塚山で作戦行動中のBGAM隊員に緊急連絡!」

(四)〜光より生まれし者〜

 

 アルバトロスは高度四〇メートルほどの低空でホバリングを続けていた。

「スルガ隊員、ギランを切ってくれ。ご苦労だった。シュンを回収したらクーガーで谷から引き上げだ」

〈了解しました〉

 スルガはギランのレベルダイヤルを0に戻し、ルーフの武装も車体後部の通常時用ラックへ戻した。

――― 帰投準備完了ですね。

 あとはシュンが戻ってくるだけだと思った時、スルガの視界の隅に緑色の光りがちらりと見えた。

――― おや?

 センサーのどれかが誤作動しているのかと思い、スルガは緑の小さな光点の正体を探った。

「地中センサー?」

 反応を見せているのは震動感知式地中センサーである。怪物が倒れた衝撃で埋没していた巨大な岩が割れたのか、それとも地層の境目がずれたのか?

 スルガは点滅する緑の光点をじっと見つめた。光点は明らかに移動している。岩が割れたり地層が裂けたのとはまったく異なった反応である。

――― 変だ。これは…まるで巨大な何かが蠢いているみたいだ。怪物はもう倒したというのに?

 その時、キャリアベースのフドウから緊急連絡が入った。

〈白塚山の全隊員に告ぐ。君たちが倒した怪物は、残念ながら巨大怪獣リカロスの一部、尾か触手の類いでしかないと思われる。リカロス本体はまだ生きている。やつは非常に狂暴な肉食怪獣だ。戦闘態勢を解かず、警戒を続行せよ〉

――― やはりいるんだ。とてつもなくでかい怪獣が。

 緑の光点は、倒れている怪物の真下あたりからクーガーの方へ向かって移動している。

「こちらスルガ。クーガーのセンサーが地中を移動する巨大な物体を捉えています。その全長、約六〇メートル」

――― 目の前に来ている。

 スルガは、流れる汗で霞む視線を、センサーモニターからフロントガラスの向こうへと移した。クーガーが停車している谷底は、人の背丈よりも大きな岩がごろごろころがっている。V字に切れこんだ谷底の地面は、岩肌を露出させる切り立った崖へと繋がっていた。

 センサーによると、怪獣リカロスは、今ゆっくりとクーガーの前を横切って行く。もちろん地中をである。

 突然スルガの脳裏に巨大な赤信号が灯った。

――― 崖!…いけない!

「アルバトロス。敵は崖の中にいます。横から来ます!ただちに上昇してください!」

グアアアアン!

 その崖は、まるで紙で作ってあるようだった。

 崖の岩肌が爆発したように飛び散るや、中から巨大な怪獣がキバをむき出して現われた。

ごおおおおおお!

 限界まで開いた口を天空に向け、力の限りの咆哮をふり絞った。まるで高密度で結晶化した岩の塊に生命を吹きこんだような怪獣であった。ごつごつした体表を持つずんぐりした体躯の上には、前方へ鋭く突き出たドリルのような頭部が埋めこまれている。いにしえの石器を思わせるその鋭利な先端は、自然界のあらゆる物をたやすく貫き、自らの巨体を苦もなく地中へ送りこむことが可能なのだ。後頭部から首、肩そして胸にかけては槍のような細長い棘が無数に生えて、まるで蓑を着けているようだ。

 軽自動車ほどもある巨石が、まるで冗談のように軽々と飛びはね、クーガーのすぐ近くに着弾した。空中ではアルバトロスが無数のつぶてを機体中に浴びて見る見る傷だらけになっていた。

 地中の穏やかな暮しを乱すギランや、自らの分身とも言うべき触手に対する攻撃は、本来狂暴なリカロスを激怒のさらに頂点へと押し上げていた。小さく鋭い目は、炎を噴き上げんばかりに鋭い眼光を放っている。

――― しめた。まだアルバトロスやクーガーには気づいていないぞ。

 双方とも怪獣の至近距離にいるものの、地中から飛び出したばかりのリカロスは、まだBGAMの戦闘メカの存在に気づいてはいなかった。

 アルバトロスのコクピットではセイラが操縦桿を力まかせに引き倒し、アルバトロスを一気に後退させた。

 眼の端で動く物の気配を感じたか、リカロスはわずかに上を向き、再び大音響の叫びをあげた。

「ひっ」

 コクピットからはリカロスの頭部しか見えなくなっていた。けた外れの大音量の叫び声が、聴覚を麻痺させた。

 その瞬間カナテは、戦闘シミュレーションや戦場における行動マニュアルなどというものとはまったくかけ離れた命令系統に支配されてしまった。恐怖と本能である。咄嗟に万能迎撃ミサイル「スカイビーク」のトリガーを握っていた。

 光弾であるルーク砲に加え、アルバトロスに搭載された初の実体弾兵器「スカイビーク」は、機体底部に設置された水平四連ポッドから発射される対怪獣ミサイルである。ルーク砲を主兵装とするアルバトロスにおいては、あくまでも補助兵装であるが、四発同時に撃ち出す対地ミサイルの威力はあなどれない。特に高空から降下してルーク砲を撃ち込み、一気に再上昇する一撃離脱戦法を多く用いるBGAMにとって、離脱時に隙だらけとなる機体後部に怪獣の攻撃を受ける事例が少なからず報告されていた。その弱点を補うため「スカイビーク」の発射ポッドは、ガナーのムーバル・スコープに内蔵されたオートポインターによって三六〇度回転し、後方からの攻撃をも空中で迎撃可能となっていた。

 そのミサイルポッドが、素早くリカロスへ銃口を向けた。

「だめだ。まだ撃つな!」

 シュンの悲壮な叫びもむなしく「バシュッ」という不気味な四重奏に続き、ドドーンという着弾の破裂音が起こった。

ごあおおおう。

 横っ面に強烈なパンチをくらった形のリカロスはアルバトロスを完全に視界に捉えていた。

「セイラ隊員、離脱しろ。急げ!」

 コヅカの指令が飛んだ時には、危機は彼らの至近距離に迫っていた。

 先に隊員たちが倒したムカデ型の怪物は、ハルナチーフの分析どおりリカロスの尾であった。今や全身を地中から露出させた狂気の巨獣は、本体よりもはるかに長い約八十メートルはあろうかという尾を振り上げた。

 明らかな戦闘態勢だ。

 先端にぎらつく一対のキバをがちがちと噛み合わせながら、アルバトロスの機体を真上から打ちすえた。

 コクピットの計器から「ばちばち」と音をたてて火花がはじけ、飛び散ったコンソールパネルの破片が後部座席のコヅカの頬を切り裂いた。

「ああ!アルバトロスが」

 シュンは、エンジンから黒煙をあげながら左右に激しく揺れる僚機を見上げて叫んだ。

 このままでは燃料タンクに火がまわり爆発するか、高度を下げて崖か樹木に激突することになろう。

 敵に致命的なダメージを与えたものの、リカロスの腹の虫はおさまっていなかった。

 怒りにまかせて両腕を振りまわし、鋭い爪が崖の表面をクラッシュアイスのように削って飛ばした。

 小山をひとつ細かく砕いたほどの岩石や土砂がクーガーの周囲に降り注いだ。

「わあああああああ」

 途切れることのない悲鳴をあげながらも、スルガの体は自然に動いていた。ギアをローに入れると、アクセルを床まで一気に踏みこんだ。

ギャギャギャギャッ。

 リアを盛大に振りながら、クーガーは猛スピードで後退し、まるでその残像に襲いかかるかのように数トンはあろうかという巨岩が落下してきた。

 すんでのところで命拾いしたものの、クーガーはフルパワーで背後の岩に乗り上げ、大きくバウンドすると渓流の細かい砂利の中へ突っ込んで止まった。

 狭い車内で何度も全身を打ち据えて意識を失ったスルガは、ぐったりとシートに体を沈めていた。

「あっ。クーガーが」

「スルガ隊員!」

 コクピットに流れこんできた煙にむせながら、岩に叩かれるクーガーを上空から見下ろし、カナテとセイラが悲鳴をあげた。

――― みんな!

 シュンは足もとの地面をじっと見つめると、何かを求めるかのように右手を真直ぐ差し出した。

「来てくれ、アミス!」

 シュンの招きに応じるように、広げた手の平に全長二〇センチほどの円筒形の物体が現われた。

 大地に息づく無限のエネルギーをもって、彼を体長六〇メートルの超人に変身させる神秘のアイテム「グラスパー」だ。

 シュンの右手がグラスパーを力強く握りしめた。

 刹那―――。シュンの足元から光が湧きあがった。封印され、眠っていた体の器官が目を覚まし、猛烈な勢いで活動を再開した感覚。

 光は一気に天空まで駆け登った。

「あれは…?」

 炎が混じる煙を盛大に噴きながら斜めに降下してゆくアルバトロスの機内で、カナテが呆然と呟いた。

「まさか…まさか」

「ウルトラマン…アミス?」

 セイラは、そしてコヅカは、天を突く光の中で実体化してゆく者の正体を直感して胸を熱くときめかせた。搭乗する愛機が、もはや飛行能力の大半を失って墜落してゆこうというのに。

シュワァァァ!

 ウルトラマンアミスは、三年間の沈黙を破ってついに再びその勇姿を現わした。大地の限りなきパワーを全身にみなぎらせて。

 体長六〇メートルの銀色の巨人。風を切り裂く鋭いブレード状のフィンが中央を走るその顔には、怒りと悲しみと慈愛を滲ませた流線型の瞳が輝いている。胸や肩の逞しく充実した筋肉の隆起を、縦横に走る緑色のラインが美しくなぞり、官能的でさえある。

 胸の中央では「カラータイマー」が、上質のアクアマリンを思わせる澄んだブルーに輝いている。

 その姿は、かつて東京ベイエリアにおいてグラゴ星人との最終血戦に決着をつけた、あの覚醒モードであった。今のアミスにとってこの形態は、もはや通常の姿だと言わんばかりに。

 右手には火災をおこしているアルバトロスをしっかりと抱えている。

「これが…あの…ウルトラマンアミス」

 カナテは、かつて地球の危機を救ったヒーローの姿をまぶしそうに見上げた。

 セイラも、頬の流血に微塵も動ぜず、腕組みをしたまま後部座席で悠然と構えていたコヅカでさえも、身を乗り出してアミスの顔を見上げている。

 アミスはさらに左手で岩に埋まりかけているクーガーを素早くすくいあげると、ふたつのメカをそっと大地に降ろした。

 

〈フドウ隊長、白塚山にアミスが…ウルトラマンアミスが現われました!〉

 キャリアベース作戦司令室に、ハルナから内線連絡が入った。

「なに、ウルトラマンアミスが?」

 フドウはすごい勢いで車椅子から大きく身を乗り出した。傍らに誰かいたなら、そのまま立ちあがるのではないかと思ったであろう。

――― アミスが…。しかしなぜ今になって?

〈戦闘不能に陥っていたアルバトロスとクーガーが、アミスに救われたとのことです〉

「戦闘不能…で、隊員たちは無事か?」

〈コヅカ副隊長とスルガ隊員が負傷しているようですが、ふたりとも命に別状ないとの報告が入っています。ただ…〉

「ただ?」

 フドウの胸中に嫌な予感が広がった。

〈ソラガミ隊員の消息がつかめていないようです〉

「シュンの消息が…わからないと?」

〈はい。ソラガミ隊員は単独でリカロスの尾を攻撃していて、リカロスが現われた時には至近距離にいたそうです…でも、でも彼ならきっと大丈夫ですわ。私の勘がそう言っています〉

 ハルナの慰めに小さく「うん」と応え内線を切ったフドウは、拝むように両手を合わせて顔をうずめた。

――― アミスお願いだ。みんなを守ってくれ。

 

 アミスとリカロスは互いに攻撃をしかけた。

 アミスの鉄拳は体内のエネルギーを結集させてオレンジ色に輝いている。得意の打撃技ヒートパンチがリカロスの胸の中央にヒットした。

バチッ。

 単なる打撃以上のダメージを受け、リカロスはドリルのように尖った鼻面を天に向けてうめいた。

 ところが、ヒートパンチを放った当のアミスもグアアと苦悶の声をあげて後方へよろめいたではないか。

 アミスの右脇腹には、BGAM隊員たちがムカデの怪物と思って攻撃をかけた、リカロスの長い尾ががっちりと角を突き立てていた。

「怪獣の尾が…あの長い尾がアミスの死角をついて攻撃してくるぞ」

 アルバトロスから脱出したカナテが、地を這うようにアミスの背後にまわりこんだリカロスの長い尾を指して叫んだ。

 コヅカ、セイラ、カナテの三人は、アルバトロスから退避した後、クーガーの車内に取り残されていたスルガを救出して、渓谷を流れる渓流脇の巨大な岩の陰に身を潜めていた。

「あれじゃあ二匹の怪獣を相手にしているようなものだわ」

「アミスを援護しましょう、副隊長」

「よし、もう一丁いくか」

 威勢のよいコヅカの声に、カナテとセイラは待ってましたとばかりに腰のメガパルサーに手をかけた。

 アミスとリカロスは壮絶な格闘を繰りひろげた。

 アミスは密かに忍び寄る尾の動きを牽制しつつ、ヒートパンチやヒートキックをリカロスに叩きこんだ。だが、リカロスも負けてはいない。怪獣の武器は自らの体長よりも長い尾だけではなかった。

 アミスの注意がわずかでも背後の尾に注がれるや、堅い岩を研磨機で鋭利に削ったような頭部を思いきりアミスめがけて撃ちこんできた。前後に挟まれたアミスは次第に苦戦しはじめていた。

 リカロスの尾がアミスの真後ろから音も無く忍び寄った。その気配を察知したアミスはくるりと体を回転させ、素早くリカロスの懐に飛びこんだ。くびれのない太い首をヘッドロックにかためると、首投げをしかけた。

 リカロスの巨体は見事に回転したが、地面に叩きつけられる寸前、またもや尾の一突きが、がら空きになったアミスの背を直撃した。

 両者は地響きをあげて渓谷に倒れこんだ。その大音響は麓の町にまで轟き、白塚山のあらゆる生き物は恐怖に身をすくめた。

 アミスとリカロスは立ちあがり、再び対峙していた。

キィンキィンキィンキィン―。

 その時、アミスのカラータイマーが青から赤に変わり、警告音とともに点滅をはじめた。

 地上での活動限界、三分。

 その限界を、アミスはもう間もなく迎えようとしているのだ。

 アミスはリカロスの真正面から再度体当たりを敢行した。思いきった攻撃に転じて状況を打破しようとしたのだった。

 その時リカロスは、その長い尾の先端に光る一対のキバを勢いよく背後の地面に突き立てた。

 その先端を支点にしてふんばり、たわめた尾を力いっぱい突っ張ると、反動でリカロスの巨体は、なんと猛烈な勢いでアミスに向かって飛んだではないか。

ズドーン。

 先にダッシュしていたアミスの右肩付近に、飛来したリカロスの鋭利な頭部がカウンターでヒットした。

 打ちこまれたあたりから火花が飛び散り、アミスは後方へ大きく飛ばされた。勢いをつけてダッシュしていた分、アミスのダメージは甚大である。まるで暴れ牛に突き上げられたマタドールのようである。

グアアアア。

 アミスは右肩を押さえて渓谷を転げまわった。

 カラータイマーの点滅はさらに早まり、金属的な警告音は一層緊急の度を増していった。

ゴオオオオゥ。

 エネルギーの枯渇に苦しむアミスの状況を本能的に察知したリカロスは、胸を張り両腕を天に伸ばして勝利宣言の咆哮をあげた。

 震える両足を母なる大地に押しつけ、アミスは何とか立ちあがった。右肩は炎を噴き上げそうに熱い。

「アミス、ヤバくないっすか?」

 カナテの声は緊張にしゃがれ、唇はかさかさに乾いていた。

「あ、ああ。もう一発今のを食らったら…やられるかも…な」

――― やられる…ウルトラマンアミスが?

 スルガは泣きそうな顔をしている。セイラは何かを振り払うかのように叫んだ。

「アミス!負けちゃダメ!」

 ゆらりと立ちあがったアミスめがけ、リカロスはボディアタックの二撃目を狙っていた。

 地面に深々と打ちこんだ八十メートルもの尾は、本体よりも長く、手よりも器用で、太い足よりもパワフルなのだ。再びリカロスの巨体が尾一本に支えられて重力から解き放たれようとしていた。

 がら空きになっているアミスの喉元めがけ、鋭利な先端を光らせた巨大なミサイルと化し、リカロスが宙に舞った。

シュア。

 しかし、一見隙だらけに見えたアミスは、素早く迎撃に転じた。左腕を、宙をなぎ払うように振ると、「ヴン!」と唸りを生じて、光を放つ何かがその腕から飛んだ。

 その正体は、アミスの左腕から生じたと同時に腕を離れて高速で射出されたアミスの必殺技ゾンバーエッジである。

バスッ。

 破壊光線で形成された三日月型の鎌は、超高速で回転しながらリカロスの体を避けて飛び、まるで獲物を狙う猛禽のように、地面に刺さって巨体を支えるその尾を半ばからきれいに切断した。

 その途端、支えを失ったリカロスは、後頭部からもんどりうってひっくり返った。

 はねられた尾の先端は地上で戦うコヅカ、カナテ両隊員の目の前へ落下した。

「よっしゃ!」

「やったわ!やりましたよ、副隊長」

「おう!尻尾さえ切っちまえばこっちのもんだぜ」

 リカロスはよろよろと立ちあがった。頼みの尾を失ったショックか、それともバランスがとれないのか、立ちあがってからも二、三歩よろめいた。

 それでも、狂暴で好戦的な本能のなせる技なのか、アミスに狙いを定めると、巨獣は三たび突きかかってきた。

 アミスは両腕をめいっぱい左右に広げると、素早く体の正面で真直ぐに合わせた。美しく伸びた十本の指の先端から、眩くきらめく光の帯が噴出し、向かって来るリカロスの頭部と正面から激突した。

グワーン!

 アミスの超兵器、パイルスラッシュだ。

 美しき破壊光線は光の槍と化してリカロスの鋭利な頭部を粉々に打ち砕いた。

 意識が朦朧となり、再び地面へ崩れ落ちるリカロスに、両腕をクロスさせたアミスがとどめのテルミニード光線を浴びせた。

ババーン!

 パイルスラッシュに打ち砕かれた頭部の傷口に命中したテルミニード光線は、リカロスの巨体を内部から破裂させた。

 粉々になったリカロスの破片は、狭い谷底に飛び散った。

 死闘を終えたアミスはよろよろと立ちあがると、足元から照射された大地の光の中に姿を消した。

 

(五)そして始まりへ

 

「まったく。UMA、UMAって大騒ぎしちゃって。結局出てきたのは怪獣じゃない。くだらないったらないわ」

 霞戸での死闘を終え、BGAM隊員たちはキャリアベースへ帰投していた。

 今回の騒動に拍車をかけたUMA騒ぎが以前から気にくわなかったセイラは、ヘルメットを脱ぐなり文句を言った。

 スルガが異を唱えた。

「いやいや、怪獣だって立派なUMAですよ」

「まだ言ってる。私はね、被害者まで出ている今回のような事件に、UMAみたいな興味本位の話題を持ちこむのは不謹慎だって言ってるの」

「興味本位だけじゃないよ。UMAに関してはちゃんとしたフォーラムなんかも開かれてるしね」

「ま、シュンまで。どうしてそんなつまんないことにみんな夢中になるのかしら」

「ふうん。じゃあこの本は誰のだろ?」

 カナテは後ろ手に隠し持っていた雑誌をセイラの顔の前に突き出した。

「あ!そ…それ、私の本」

 驚いてカナテの手から雑誌を奪い取ろうとしたセイラを制して、コヅカが素早くそれをひったくった。

「月刊ミステリーアニマル?UMAの専門誌じゃねぇか」

「ひどい、カナテ隊員。私の本をどこで?」

 今度こそコヅカの手から雑誌を奪い取り、セイラはカナテを睨みつけた。

「出撃前、食堂でこの本読みながらチャンポン食ってませんでした?」

「あ…」

 食事中だったセイラは、出撃のコールに慌てて席を立ち、食べながら読んでいたこの雑誌をテーブルの上に置き忘れてきてしまったのだ。

「さっき食堂のおばちゃんが届けてくれましたよ」

 セイラは顔を真っ赤にして下をむいた。馬鹿にしてはいたが、他の隊員たちが熱心に語り合うUMAの知識を自分だけがまったく持っていないことが、彼女は悔しかった。それでこっそりと専門誌を取り寄せ、隠れて読んでいたのである。

「けど、そう考えるとウルトラマンアミスもUMAってことにならない?」

「え、アミスもですか?」

 シュンは驚いてセイラを見た。

「ええ。正義の超人とはいえ、彼は謎に包まれていますからね。セイラ隊員、さっそく勉強の成果が顕れてきましたね」

「からかわないでよ。でもウルトラマンアミスが再び私たちに力を貸してくれて本当によかったわ」

「まったくです。これで地球の平和は磐石ですね」

 スルガはセイラと顔を見合わせて頷いた。

「おいおい、馬鹿なことを言っちゃいかん。ウルトラマンアミスの力添えは確かに心強いが、アミスが現われようが現われまいが、俺たちが地球の平和を護るんだ」

 コーヒーをすすりながら隊員たちの会話を聞いていたフドウが口をはさんだ。隊員たちの間にウルトラマンアミスへの依存心が芽生えることを恐れたためだ。

「やれやれ、いつまでも頼りない連中だ。フドウ隊長、こんなメンバーでこれからもやっていけるんでしょうか?」

 コヅカがわざとらしく大げさに嘆いてみせた。

「ははは、その頼りない連中でなんとかするのがお前さんの仕事なのさ」

「こんなことなら俺も、サキョウと一緒に宇宙へ行かせてもらえばよかったよ」

「フンだ。副隊長が宇宙へ行ったらサキョウさんが泣くわ。宇宙が騒がしくなったって」

 セイラの反撃は皆を大笑いさせた。

「ところで隊長、霞戸のサファリランドも来月末には営業を再開するそうです」

「そうか。ま、被害が市街地に広がらなくてよかったよ。みんなよく頑張ってくれたな」

〈緊急連絡。エリアブラボー上空に不審なプラズマ現象をキャッチ。至急調査せよ〉

 作戦司令室に緊急指令が飛びこんだ。談笑していた隊員たちの間にもさっと緊張が走る。

「行きます」

「自分も」

 シュンとカナテがヘルメットを掴み、先を競うようにアルバトロス発着デッキへ駆け出した。

「カナテ隊員にも良いライバルができましたね、隊長」

「ああ、かつてセイラ隊員にお前さんやサキョウがいたようにな」

 二分後、キャリアベースを飛び立つアルバトロス二号機を作戦司令室の窓から見送りながら、フドウは満足げに呟いた。

――― 素晴らしいチームだよ、君たちは。

                          (完)

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