渦戦士エディー

<大地の記憶>

 

<一>必殺必中の呪い

タレナガースは長い呪文の詠唱に入ろうとしていた。

己が術を極めた高度な呪いである。

山の斜面をえぐってこしらえた暗いアジトの一番奥に動物の血で描いた丸い結界を設け、その中に何かのケモノの頭骨を五つ五芒星の頂点の位置に並べた。

ここでこれより呪いの発動を祈願するのだ。深く暗い地の底にてじっと地表のようすを窺う魔物どもに、ここから呼びかけるのだ。

しかし彼奴等は気まぐれにしてこのうえなく気難しい。

呪文の詠唱に間違いはもちろん、わずかな淀みでもあろうものならすぐにそっぽを向いてしまう。

ましてや録音した呪文などもってのほかだ。

遺漏なきよう祈祷の準備を整え、細心の注意を払って呪文を詠唱せねばならぬ。かなりの時間と集中力を費やす覚悟が必要だ。

だが。

一度発動させてしまえばこの呪いの効力は凄まじい。

強力にして広範囲である。

この地に住まう誰ひとりとしてこの呪いから逃れることはできない。

まさに必殺必中の呪いと言ってよい。

「ふぇっふぇっふぇ。徳島の全土を巻き込むこの呪術。たとえエディーめが動こうとどうにもならぬわ。徳島はかつてない失意のどん底に沈むことになるのじゃ」

タレナガースは青白いシャレコウベづらを歪ませて無気味に笑った。

「クイーンよ、余はこれより長い呪文の詠唱に入る。その間、何人にも邪魔をさせてはならぬぞ」

タレナガースの言いようはいつになく厳しいものであった。

「心得た。このヨーゴス・クイーンの名にかけてタレ様の偉業達成をお守り申し上げる」

ハチのような、あるいはクモのような、毒虫の化身ヨーゴス・クイーンは紫の体毛をそびやかせて胸を張った。

だが、それよりわずか30分ほど後。

「タレ様や、わらわは退屈じゃ」

アジトの外からタレナガースを呼ぶヨーゴス・クイーンの声が湧きあがった。

毎度、背筋に氷をひとかけら放り込まれたような、思わず身震いするような声だ。

ご機嫌は斜めのようだ。まなこがいびつに吊り上がっている。

呼ばれたタレ様。。。タレナガースはというと、洞窟の最奥部にしつらえた結界の中で一心に呪文を唱えていた。まだ始めたばかりである。

周囲に置いてあるケモノの頭骨の頭頂部から、謎の青い炎が揺れている。

「タレ様やぁ。なんぞ悪さをしに行こうぞ。なぁタレ様や」

タレナガースは聞こえぬふりをして呪文を続ける。

「わらわは退屈!わらわは退屈!わらわは退屈!わらわは退屈!タレ様!タレ様!タレ様!タレ様!タレ様!タレ様!」

「だあああああああ!うるさい!」

ついにタレナガースの堪忍袋の緒が切れた。

青白いシャレコウベの顔がいくらか赤みを帯びているのは頭骨の炎のせいか?怒りのせいか?

「余は大いなる呪いの発動をめざして長い呪文の詠唱にはいっておると申したであろう!?まったく邪魔者を近づけるなと言うた本人に邪魔をされておれば世話はない」

「そんなことを申されてももはや退屈の極みじゃ。この前モンスターを送り出したのはいつであったか忘れてしもうたわ。そろそろなんぞ悪さをせねば世間の皆様のご期待に背いてしまいますぞよ」

「ケッ、誰も期待なんぞしとらんわ」

タレナガースは大儀そうに立ち上がると、ケモノのマントを揺らしながら血で描いた円陣の結界を大股で越えた。

その瞬間、頭骨の上に灯っていた不気味な炎がフッと消えた。

タレナガースは入り口の前に立つヨーゴス・クイーンの傍らを通り過ぎてそのままアジトの外へプイと出て行った。

「なんじゃ、そんなに怒らんでもよかろうに」

ヨーゴス・クイーンは不貞腐れたが、タレナガースはすぐにアジトへ戻ってきた。背後に誰かを従えている。

「まぁ確かにヨーゴス軍団としての地道な活動も大事じゃ。クイーンよ、こやつを連れてひと暴れしてまいれ」

タレナガースの背後からひょっこり現れたのはサルのモンスターであった。

「俊敏な奴じゃ。うまく使ってエディーめを苦しめてまいれ」

「おお、そうでなくては。さっそくまいろうぞ、サル」

ヨーゴス・クイーンは喜色満面でアジトを後にした。

サルモンスターがそれに続く。

「やれやれやっと静かになった」

血の結界内へ戻ろうとして、タレナガースはふとヨーゴス・クイーンが飛び出していったアジトの入り口を振り返った。何やら思案顔だ。

「戦闘隊長、おるか?」

ボソリと言った。

すると首領のすぐ横に人影が現れた。

タレナガースほどではないが大柄である。

頭部は黒い卵のような硬質マスクに覆われている。

目も鼻も口も無く、ただ中央部に小さく赤いパイロットランプがみっつ逆三角形に並んでいる。

首から下はレンジャー部隊を思わせる迷彩色の戦闘服だ。

戦闘員を束ねる戦闘隊長である。

平戦闘員の数倍の戦闘力を誇るが、何より子ども程度の知能も備えており、これがバトルにおいて少なからずものをいう。

「貴様も行け。クイーンを補佐するのじゃ」

無言で頷くと、戦闘隊長も二人の後を追ってアジトから飛び出していった。

しばらく後、アジト内に再び呪文が流れ始めた。

 

<二>何かおかしい

いつものカフェの奥のテーブルで、ヒロとドクは向かい合わせに座って朝刊を読んでいた。

「そう言えばオレ、最近嫌な夢を見るんだ」

とヒロが言う。

ドクも寝覚めがスッキリしないのよと同調した。

枕が合っていないのだろうか?

もっといいマットレスを買おうか?

などと話しながら朝刊の見出しを眺めている。

地域欄の「牛の不思議な行動。同じ場所をぐるぐる回ると複数の酪農家からの報告」という記事を読んだドクはたいして気にも留めなかった。

同じ面の下段にある「県内各地の寺院で地蔵や祠にひび割れ。何者かの悪戯か?」という記事も読みはしたもののそのままスルーした。

いつものふたりなら見逃さぬ記事だと思うのだが。

何かがおかしい。

ふとテーブルに水もおしぼりも出されていないことに気づいたヒロがマスターに声をかけた。

「すみません、お水ください。それとおしぼりも」

返事がない。

「マスター?」

カウンターに近い側に座っているドクが立ち上がって奥の調理スペースを覗き込んだ。

店の奥、裏の勝手口に近い所にうずくまる影があった。

カフェのマスターだ。逆光だが見慣れた姿はすぐにわかる。

「マスター、どうかしました?体調悪いんですか?」

ドクの声に、マスターはゆっくりと頭をもたげた。

「ああ、ごめん。今行くよ」

ゆっくりと立ち上がってカウンターに近づき、店内の照明に全身をさらした。

「えっ!?」

「うっ、マスター」

奥の席で見ていたヒロも思わず立ち上がった。

「なんだかやつれていませんか?」

「そ、そうかな?」

「目の下もくまができていますよ」

ヒロに言われてマスターは鏡を覗き込んで「ホントだ」と呟いた。

それでもマスターはグラスに水を注いでふたりのテーブルに運んだ。

「いや、ここしばらく眠れなくてね。。。怖い夢を見たり息苦しくなって目が覚めたりするんだ」

「寝不足ですか?」

「無理しないでお店を休んだらどうですか?」

だがマスターはうんうんと頷きながらカウンターの向こう側へ回ってコーヒー豆を挽き始めた。

「そうだなぁ、最近お客さんもめっきり減ったし。今日は休もうかなぁ」

力なく笑って店内を見渡す。

確かにここ数日、お客も減った。

「なんだか街全体が元気をなくしているみたいね」

そして、ランチタイムが終わったら早じまいするというマスターにヒロとドクはモーニングセットを注文した。

約30分後。

カフェを出たふたりは渦戦士に変身すると定時パトロールの準備に取りかかった。

空には薄い紫色の靄がかかっている。

―――そういえばここしばらく青い空を見ていないなぁ。

変な天気だ、とエディーは思った。

変な天気。。。そうかもしれない。

何かおかしい。

そしてふたりは愛車ヴォルティカを発進させた。

 

「見てください。お地蔵さまがすべて割られてしまいました」

住職は訪れた巡査に泣くように訴えた。

境内の片隅に並んだ石造りの六地蔵すべてに亀裂が入っている。

亀裂は石像の中央に縦に走っている。

「一体、誰がこんな悪さをしたのかな?」

巡査も顔を近づけて地蔵の亀裂をまじまじと眺めた。

そういえば新聞で同じような事件の記事を読んだ。

この寺ではなかったはずだ。ということはあちらこちらでこんなことが起こっているのか。

「悪質ないたずらだな。愉快犯かもしれない」

「まったく罰当たりなヤツがいるものです」

住職は六地蔵の前にしゃがむと両手を合わせてこうべを垂れた。

巡査もそれに倣う。

「こんなことをして何が楽しいんだか、気が知れないな」

何かおかしい。

巡査は無線でことの次第を署へ報告した。

 

「あ、猫だ」

買い物帰りだろうか、母親に手を引かれた幼い男の子が屋根の上で寝そべる猫をみつけて指さした。

「アラほんと。可愛いわね」

見ると隣家の屋根にもいる。

坊やは辺りを見渡して歓声を上げた。

「猫。猫。あそこにも猫。いっぱい、いっぱい」

屋根の上、塀の上、車の上、木の上。

坊やが順番に指さす方を母親もつられて目で追った。

「だけどなんでみんなあんなに高い所にいるのかしら?」

野良犬でもいるのかしら?と思いつつふと沿道の家の庭に目をやると、庭に置かれた犬小屋の屋根の上で犬が丸くなっている。

「犬まで?」

不安げな目を地面に向けている。

「変なの」

何かおかしい。

薄気味が悪くなって母親は我が子を引く手に力を込めた。

 

「なんか動物みんな元気がないわね」

「うん。やっぱ夜行性だから昼は大人しいのかな?」

若い恋人連れが少しつまらなそうに話しながらグレーの作業着を着た恰幅の良い男性の傍らを通り過ぎた。

男性は苦々しい表情でその後ろ姿を見送った。

作業着の背中にはTOKUSHIMA CENTRAL ZOOと刺繍されている。

徳島中央動物園の園長だ。

―――夜とか昼とかの問題じゃないんだよなぁ。

そこへもうひとり、お揃いの作業着を着た細身の男性が近づいてきた。

「園長、このままだと本当にマズイことになります」

「先生、まだ原因はわかりませんか?」

先生。。。獣医はその問いにため息で応じた。

ここ数日、動物たちがエサを食べなくなった。

鳥や猿はそうでもないのだが、大型獣や爬虫類、馬やポニーといった動物たちにその傾向が顕著だ。

ライオンやトラは隅っこでしきりに鳴いているし、馬たちは柵の中をぐるぐると回り続けていて時折急に後ろ足で立ち上がったりしている。

何かの感染症だろうかと職員たちは皆不安を募らせた。

念のために動物園を3日間休園にして症状の表れている動物たちを検査したが異常は無かった。

考えられる原因はストレスであった。

ただ、今までと同じ環境にいる動物たちがどうしていきなり、それも申し合わせたかのようにエサを食べなくなったのか?

飼育員たちは口々に「怯えているようです」という。

何にだ?

何かいるのか?

「実は、県内の畜産農家でも似たような症状が出ているらしいのですよ」

「ええ?うちだけじゃないのか」

「はい。畜産センターでもいろいろ原因の究明に努めているそうですが、やはり何かのストレスに違いないということで」

「具体的な打開策は見つかっていないということか。。。」

「こんなことは初めてです」

何かおかしい。

園長はひときわ深いため息をつくと白い頭髪を搔きながら事務所へ向かって歩き始めた。

 

<三>モンスター襲来

「うわわぁ!」

警官隊の陣形が大きく乱れた。

平日お昼前の徳島駅前広場を急襲したのはヨーゴス軍団のモンスターだ。

「猿のモンスター!?」

全身をふさふさした体毛に覆われた大きな猿が走行する車に体当たりしたり通行人に向かって停めてある自転車を投げつけたりし始めた。

「うわっ!危ない」

「痛い。足を挫いたわ、誰か助けて」

「車が横倒しになっているぞ」

「運転手を助け出すんだ。手を貸してくれ」

ズガァン!

乗り場に入ってきた路線バスにも体当たりを喰らわして車体を大きくへこませた。

ヨーゴス軍団のモンスターにしては比較的小柄なため、人々に与える恐怖心はイノシシモンスターやクマモンスターに比べて小さかったが、その暴れっぷりはむしろこちらの方が激しい。

交番からの緊急通報で出動した警官隊は、手に手に警棒やさす又などの長尺のこん棒を構えてサルモンスターを取り囲んだ。

網こそ無いが、動物園から逃げ出した猿を追う時の要領だ。

だが、こちらはモンスターである。

通常のニホンザルの体格よりもひと回りもふた回りもデカい。

体長は1m以上あり一瞬ゴリラかと思わせるが、褐色の体毛、赤い顔、シッポの形などからニホンザルを巨大化させたモンスターに違いあるまい。

加えてその筋肉だ。恐らくは背に取り付けられたランドセル型タンクから全身の筋肉に活性毒素が注入され、超自然的な刺激を与えて無理矢理増強させてある。

猿の俊敏性にパワーが加わっている。

その陣形ではダメだ。

案の定、さす又をへし折られ、警棒を捻じ曲げられ、ターミナルに設置してある自販機を次々にぶん投げられ、警官隊は散り散りになった。

警官隊の隊長はここで初めて思い起こした。

あの名を。

なぜ呼ばなかったのだろう?相手はモンスターだとわかっていたのに。。。

「迷うな。すぐに呼べ」と定めたエディー・ホットラインたるEアラートのボタンの前にはいつの間にか書類のファイルが積まれていた。

―――たるんでいたのか、オレは?オレたちは?

モンスターとの戦闘に際して隊長は今さらながら反省した。

そして部下に命じた。

Eアラートだ!」

 

盾を前面に並べてスクラムを組んだ警官たちを正面からのタックルで吹っ飛ばしてサルモンスターは胸を反らせてキキー!と鳴いた。

猿本来の、いやそれに拍車をかけた敏捷性に、翻弄されていた。

駅前広場のバス乗り場にはもう10人からの警官たちが路上に転がって呻いている。

全員ヘルメットを被り、特製の耐衝撃ベストを着用している。

防護装備はモンスターのド級破壊力からギリギリ着用者の命を救ってくれる。

だが、二撃、三撃と食らえば話は違ってくる。

キキィィィィィ!

サルモンスターが大きくジャンプした。

仰向けに倒れている警官の真上だ。

「ひっ、ひぃ」

猿は両手を頭上で組んで着地と同時に振り下ろした。

致命的な一撃だ。

警官は目を固く閉じた。

ぶぅん!

シュン!ドガッ!

だが、警官の上に覆いかぶさるように落下していたサルモンスターは空中でほぼ90度横に吹っ飛んで停車していた路線バスの横っ腹に激突して呻いた。

ギギィ!?

何事かと見上げた先に、人影がひとつ。

逆光でよく見えない。サルモンスターはわずかに目を細めた。

そいつが言った。

「うっきっきー。悪いお猿は生き肝食っちゃうぞ」

その時、空を流れる雲が太陽を隠しそいつの全身が光の中から現れた。

「渦戦士エディー&エリス参上だぜ」

相手はふたり。

ふたりとも青いゴーグル・アイでこちらを睨んでいる。

黒いバトルスーツが精悍だ。

太陽は雲に隠れているのに金と銀のアーマが光っている。

そして、あれだ。

ああ嫌だ。

あの胸の煌めくクリスタル。

あれが噂のエディー・コア。

なんて嫌な輝きだ。

オレはこいつらが。。。このニンゲンたちが。。。

腹の底から大嫌いだ!

キキャアアアア!

サルモンスターは奇声を上げて飛び起きるや、エディーめがけて飛びかかった。

 

「遅い。エディーめ待ちくたびれたぞよ。まったくたるんどる」

駅前広場の一角にあるビルの屋上からそのようすを見降ろしているのは紫の鬼女ヨーゴス・クイーンだ。

「いつもより小型のモンスターじゃからと侮っておると痛い目を見るぞえ」

腕を組んで反り返り気味で相変わらずの上から目線だ。

眼下ではエディーとサルモンスターのバトルのゴングが鳴った。

 

シュッ!

空気を裂く音がしてサルモンスターがエディーの顔面めがけて跳んだ。

ジャジャッ!

「うわっ」

いきなり顔にしがみついてエディーの頭部にガリガリと嚙みついた。

慌てて引き剥がそうとするとその腕に爪を立てる。

がら空きになったボディーをつま先で蹴る。

「このぉ!」

エディーはサルモンスターの頭を両手で挟むように掴むと左右へ捻じ曲げて引き剥がそうと試みたがビクともしない。

やむなくエディーは掴んだ両手を通してサルモンスターの頭部へ渦エナジーを流し込んだ。

ギャッ!

サルモンスターは悲鳴を上げて数メートル飛びずさった。

距離を置いてエディーに歯を向いている。

ゴリラに近い体格を持ちながら、日本猿の俊敏性は損なっていない。

しかももの凄い腕力だ。

初撃でエディーのマスクとアーム・ガードは傷だらけになっていた。

「こいつ難敵だぞ」

「エディー、しっかり戦闘の準備をしなきゃ」

後方のエリスが声をかけた。

―――そうだ。相手はモンスターだぞ。当り前じゃないか。

エディーは呼吸を整え、ナックル・コアを両手に装着し、腰を落として構えを取った。

油断していると命取りだと自らに言い聞かせた。

サルモンスターが再びジャンプした。

キキッ!

サルモンスターは頭上の標識支柱を掴むとクルリと回転してバスターミナルの屋根に飛び移った。

屋根の下にいたエディーは敵の姿を見失った。

するとサルモンスターは駅前広場中央のヤシの木にしがみついている。

そちらへ走ろうとすると、頭上を越えて「ようこそ徳島へ」と書かれた塔に飛び移り、駐車している路線バスの屋根に飛び降りた。

「ええい、チョコマカと!」

エディーは焦れていた。

「エディー、今のは時代劇で斬られる役の人が言うセリフよ」

エリスの言葉は時に辛らつだがいつだって的を得ている。

「ハハハ」

思わず笑ってしまった。

エディーの体から余計な力がフッと抜けた。

ジャッ!

頭上を跳び回っていたサルモンスターが不意に襲いかかった。

口が通常よりも大きく開いて歯がグイと前へ向いている。

その顔面へエディーの正拳がめり込んだ。

バチッ!

ナックル・コアから迸る渦エナジーが打撃力を加速的にアップさせる。

もの凄い勢いで飛来したサルモンスターはそのままのスピードで路面に叩きつけられた。

ギャウ!

だがサルモンスターは間髪入れずにまた飛びかかってきた。

バシィ!

今度はエディーのまわし蹴りが側頭部に決まった。

ゴキッと奇妙な音がしてサルモンスターは今度はバスターミナルのコンクリート製の支柱に打ちつけられた。

しかしまたもやサルモンスターはエディーに襲いかかる。

まるで痛みを感じていないようだ。

エディーの手の甲でナックル・コアが光を帯びる。

「次で決めてやるぜ」

その瞬間、サルモンスターが右手を振り下ろした。

その手には警官が持っていた警棒が握られている。

ガッツ!

「痛ぅ!」

鈍い音と共にエディーの右手首にアルミ合金製の警棒が撃ち込まれた。

警官たちのように訓練された打ち込みではないが、見よう見まねの猿真似攻撃だ。

だがこの奇襲が決まった。

生身に食らっていれば骨が砕けただろう。

リストアーマのおかげで幸い骨には異常なさそうだが、しびれを伴う激痛でしばらく拳が握れなかった。

「モンスターが人間の道具を使うだなんて」

エリスも驚いている。

「エディー大丈夫?お猿さんに負けたら恥ずかしいわよ」

―――それは。。。嫌だな。

クマやイノシシのモンスターと戦った時は思いもしなかった妙なプレッシャーを感じた。

「頑張ります!」

エディーは右手首の痛みをこらえながら渦エナジーを整流させてソードを錬成した。

キキッ!

サルモンスターが再び手にした警棒をぶつけるように当ててきた。

しかし、無造作に振ったエディー・ソードが「カッ!」と乾いた音と共に堅い警棒を根元から真っ二つにした。

ギギギ。

気に入った玩具を壊されて頭にきたのか、サルモンスターは両手を振り上げてエディーに飛びかかってきた。

エディーは大上段に構えたソードをサルモンスターの頭頂へ狙いすませて振り下ろした。

―――もらった!

「!?」

エディー・ソードがサルモンスターの頭を断ち割らんとした寸前、エディーは何者かに背後から組み付かれ、そのままジャーマンスープレックスで後方へ投げられた。

ガシィ!

「ぐわ。。。」

高速で後頭部を路面に叩きつけられた。

激しい耳鳴りがして一瞬意識が遠のいたが、それでもすぐに立ち上がったのはエディーの闘争本能によるものだ。

エディー・ソードはエディーの意識混濁と同時に消滅している。無防備のボディーに打撃が入った。

ぐっ、ぐう。

そして側頭部にも。

ガシュッ!

「エディー、しっかり」

エリスの檄が飛ぶ。

再び路面に膝をついたエディーだが、今の側頭部への攻撃でかえって意識がはっきりと戻ってきた。

見上げる先に、黒い卵型のマスクを被った迷彩服の怪人が立っていた。

黒マスクの中央には赤く灯る小さなパイロットランプが逆三角形に配置されている。

見覚えがある。

「戦闘隊長か」

ヨーゴス軍団配下の実働部隊。戦闘員を束ねるリーダー的存在である。

当然、配下の戦闘員に比べて戦闘力は格段に高い。

サルモンスターの危機とエディーの背後に生まれたわずかな隙をついて最高のタイミングで戦闘に割り込んできた。

ドスッ!ガシッ!

膝立ちのエディーを戦闘隊長のパンチとキックが襲うが、いずれもエディーがガードする。

キィィィ!

戦闘隊長の背後からその頭上を飛び越えてサルモンスターが歯をむいて飛びかかった。

ガッ!

グエエエ!

しかし苦鳴をあげたのはサルモンスターの方だった。

エディーは左腕で飛来するサルモンスターの喉をガッシリと掴み、そのまま締め上げた。

モンスターとはいえ喉は急所のひとつだ。

サルモンスターはエディーの手を振りほどこうともがいた。

それを助けようと近づく戦闘隊長の方へ左腕を動かして身動きの取れないサルモンスターを盾代わりにする。

そしてそのままゆっくりと立ち上がった。

「ふぅぅぅ」

ゆっくりと息を吐く。

エディーの闘気が渦エナジーを体内で激しく対流させ、全身から青いオーラがゆらゆらと立ち昇る。

「不意打ちの一撃でオレを倒せなかったことを後悔するんだな」

手首の痛みも消えている。

エディーはサルモンスターを左腕一本で戦闘隊長の足元へ投げ捨てると、ゆっくり構えを取った。

さぁ改めて1対2のバトルが始まろうとしている。

「今日の所はこのへんで勘弁してやろうかのう」

その時、耳障りな声と共にいきなり現れたのはヨーゴス・クイーンだ。

紫の体毛を風になびかせて、限界までふんぞり返っている。

「クイーン。この化け物サルを連れてきたのはお前か」

「タレナガースはどうしたのよ?」

エディーとエリスは首領タレナガースの姿を求めて周囲の気配を窺った。

「コラコラコラ。ヨーゴス軍団といえばいつでもタレ様がおると思うでない。わらわとてれっきとしたヨーゴス軍団の大幹部じゃ。今回はわらわが指揮官である。文句あるかえ?」

「いえ、別に」

ふん、とさらに反り返るヨーゴス・クイーンが後ろへ倒れそうになり、戦闘隊長がすかさず支える。

「さて、では帰るとするかのう」

「ええ!?出てきてすぐ帰っちゃうのかよ。戦えよ」

食い下がるエディーにヨーゴス・クイーンはお尻ぺんぺんをしながら吊り上がって目でアッカンベーをする。

この騒ぎを起こす直前、ヨーゴス・クイーンはタレナガースに呼び止められた。

『よいかクイーンよ。サルモンスターは俊敏なる動きで敵を翻弄するのが持ち味じゃが、それだけでエディーを倒せるものではない。こやつは人間どもを驚かせ、おちょくり、適当に痛めつけるためのモンスターゆえ、決してエディーと正面からやり合うでないぞ。補佐に戦闘隊長を付けておくが、もしもあやつらふたり揃ってエディーと対峙したなら迷わず撤退せよ。なんじゃその顔は。余の言うことを聞け。よいな、この空間移動用瘴気の携行タンクを預けるゆえ。くれぐれも言うておく。これは遊びじゃ。遊んでくるのじゃ』

向き合って構え合う今の状況こそがまさにタレナガースの指摘したものだ。

―――忌々しいが、やむを得ぬ。

ヨーゴス・クイーンは腰に吊った大きめの瓢箪の栓を抜くや口をエディーの方に向けてグルグルと振り回した。

すると中から遠心力でどす黒い煙が流れ出して、クイーンたちはその中に姿を消した。

「結局何だったんだ?」

「なんだか遊ばれたみたいね」

エディーは無言で頷きながら周囲を見渡した。

警官隊には幸い重篤な被害はなさそうだ。だが何人かは病院へ行かねばならぬだろう。

車や路線バスにも被害が出ている。

―――遊ばれたじゃあ済まないな。

「それにしてもタレナガースはどうして来なかったのかしら?」

エリスが宙に漂う瘴気の残滓を見つめながらつぶやいた。

「そうだね。自分がこしらえたモンスターの暴れっぷりにはいつもこだわっているくせに」

エディーも首をひねった。

何か引っかかる。

何か忘れているような。。。

「まぁいいか。とりあえずモンスターは退散したことだし」

ふたりはヴォルティカに跨るとエンジンをかけた。

 

<四>怒れる男、来る

その男は怒りに拳を震わせていた。

目の前には平たい岩の上に安置された白木の祠がある。

白木の祠は、土台の岩も含めて地面から約1m50cmくらいの高さにある。

その質素にして清らなる祠は、しかし中央に亀裂が一直線に走っていた。

男は祠の扉をそろそろと開いた。

中にはご神体として細長い石が収められていたが、その石もまた真っ二つに割れて左右の内壁にもたれかかっている。

男は扉を閉めると天を仰いだ。

頭上にはいつからか薄紫の靄が立ち込めている。

「下界で何が起こっている?」

鋭い目が銀色の光を帯びた。

「あいつらは何をしている?」

そう言うと、男は脛のあたりまである黒衣の裾を翻してその場を立ち去った。

後にはコメツツジの冬芽が風に揺れていた。

 

午前中の県北部パトロールを終えて鳴門市内の小さな公園にヴォルティカを止めたエディーとエリスは、すべり台の陰に回って通りから身を隠した。

すべり台の他にシーソーと鉄棒とブランコがある。今は平日のお昼すぎ。小学生もまだ学校であろう。人影は皆無だ。

「格別異常は認められなかったね」

「ええ。午後は予定通り西へ回りましょう」

タブレットに地図を表示させてルートを確認していたその時だ。

ヒュウウ。

突風が吹いて落ち葉がふたりの視界を一瞬遮った。

「うう。。。え?」

「あら!?」

誰もいないはずの公園にもうひとり、黒衣の男が現れていた。

黒衣の上、上半身に銀色のアーマー。

額には同じ銀色の系統樹の紋様の鉢金が浮き出ている。

腰には大きく反った太刀を下げている。

「ツルギじゃないか」

霊山・剣山を護る超武人ツルギであった。

シーソーの上がっている方の板の端にすっくと立っている。

まるで重力とは無縁のようだ。

「お久しぶり。いつ以来かしら?」

「挨拶はいい」

笑顔で語りかけるエディーたちに右の掌を向けてツルギは鋭く言い放った。

シーソーの大きく傾いた板の上をゆっくり歩いて下へ移動する。

板は微動だにしない。

地面に降りてふたりの前にきたツルギは少し息を吸って腹から声を出した。

「これは一体どうしたことだ!?」

静かだが怒っている。

エディーとエリスは驚いた。

「え、ええと。。。どうしたとは?」

「何か不都合でもあったかしら?」

そのようすに今度はツルギが驚いた。

「お前たち。。。まさか」

エディーも、彼のブレインたるエリスまでもがポカンとした表情で自分を見つめていることに愕然とした。

「気づいていないのか!?」

 

「いいか、始めるぞ」

実のところ、始めると言われても何をどう始めて何がどうなるのか、エディーにもエリスにもさっぱりわからない。

ただ、ツルギは「気づかせてやる」とだけ言うや、腰の太刀をスラリと抜いた。

ツルギはその刀身をゆっくりと動かして切っ先で∞を描き、峰を顔の中心に縦に置いて短い呪文を早口で唱えた。

そしてその切っ先でエディーとエリスの額のクリスタルを順に軽く触れた。

するとふたりのクリスタルの上にポゥと白く小さな光が宿った。まるで掌に乗るほどの白い小動物が丸まっているような可愛らしい光だ。

小さな光は少しの間そこに留まっていたが、やがて染み入るようにクリスタルの中へ消えた。

その途端、ふたりは「うっ」と小さく呻いて喉を反らせた。

しばし呆然とした表情で顔を見合わせていたが突如ふたりの脳裏に凄まじい量の情報が洪水のように流れ込んできた。

<悪夢が流行?睡眠不足解消に高級寝具の売れ行き好調も心療内科受診者も急増>

<県内畜産農家 家畜のストレス解消に苦心 畜舎内で暴れる牛・鶏も>

<県内企業の業績急激に悪化 目を覆う労働意欲の低下?経営者に具体策なし>

<寺社仏閣に心無いいたずら続く 地蔵や祠が次々破壊される被害に>

あのカフェで読んだ朝刊の記事が次々と脳裏によみがえってくる。

ふたりとも一瞬目まいを覚えてよろめいた。

「こ、これは!?」

いずれも記事を読んですぐ調査に向かったであろう謎を孕んだ事態ばかりだ。

「こんなにたくさんの兆候を見逃していたの?私たち」

いや、見逃したわけではない。

どれもこれも頭のどこかにひっかかっていた。だがそれを引っかかったままにして今日まで放置してしまったのだ。

「どうだ、目が覚めたか?」

ツルギは太刀を鞘に戻して二人の顔を交互に見た。

「あれにも気づいていなかったのか?」

そう言うとツルギは人差し指を空へ向けた。

それにつられてふたりも視線を頭上へ向ける。

そこには見渡す限り紫色の空が広がっていた。

「な、何この空の色!?」

「靄がかかっているのか?」

今さらながらふたりはしばらく空を見上げていた。

ツルギは「ふぅ」とため息をついた。

「お山では3日ほど前からこの靄がかかり始めた。このあたりなら恐らく1週間くらい経つのではないか」

「1週間。。。」

「もしこれがヨーゴス軍団のしわざなのだとしたら」

「うむ。その企み、かなり進行しているだろうな」

ツルギは平然と言い放った。

「どうしよう。。。」

エディーは困り果ててしまった。

「ともかく、過去5日間くらいの記事をおさらいして片っ端から現地調査しましょう。まずはそこからよ」

焦っても仕方がない。今できることから手を抜かずにやりましょうとエリスが気合を込めて言った。

「うん、そうだね」

やるべきことが具体的に決まればおのずとやる気が生れる。エディーも自分を奮い立たせることに成功したようだ。

「ところで、ねぇツルギ。。。」

「わかっている。霊山様からも渦の者たちに助力せよと命じられている」

その言葉にエリスは破顔した。

不愛想であってもツルギは律儀である。一度助力すると言ったからにはとことん手を貸してくれるはずだ。

それにタレナガースお得意の呪術に対するにはツルギの霊的な知識が必ず役に立つだろう。

子供の笑い声が聞えてきた。

小学校から下校した低学年の生徒たちであろう。数人がこの公園をめがけて走って来る。

気づけばツルギの姿は消えている。

エディーとエリスもヴォルティカに跨ってエンジンを始動させるとその場を後にした。

 

「今日中に問題の現場をできるだけたくさん見ておきましょう」

エリスの言葉に頷きながらエディーはヴォルティカのエンジンを始動した。

ツルギの不思議な力で「覚醒」したふたりは、夜までかかってここ1週間分の地元紙を隅々まで読み返し、気になる記事を切り抜いていった。

一夜明けて、いよいよ今日はその現場を見て回る。

見ておきたい現場は全部で6カ所。しかも全県下に散らばっている。

よほど効率よく回らなければ今日中に終らない。

既にヨーゴス軍団に大きく後れを取っているのだ。「次はまた明日」という訳にはいかない。

本来なら手分けして回りたいところだが、それでもエリスはふたりで見ておこうと主張した。

ブォォン!

ふたりの気合をヴォルティカのエキゾーストノートが代弁していた。

 

<五>大地の悲しみ

エディーとエリスは住職に許しを請うて問題の六地蔵の前に来た。

境内の隅に赤い前掛けをつけた愛らしいお地蔵様が横に六体並んで立っている。

見ると確かに6体すべて、台座もろともほぼ中央に縦に割れ目が走っている。

ふたりは1体1体丁寧に観察し始めた。

「あら?」

エリスが何かに気づいたようだ。

「このお地蔵様だけひび割れが途中で止まっているわ」

確かに6体のうちの1体だけ割れ目が額のあたりで止まっている。あと僅かというところで頭頂部まで届いていない。

それで気がついた。

「ねぇ、このお地蔵様。。。全部下から割られているわ」

「本当だ」

エディーがお地蔵様の前に膝をついて顔を寄せ、じぃっと観察し始めた。

「確かに台座の底から上へ向かって割られているよ。なんでそんな面倒なことをしたのかな?」

エリスは腕を組んでじっと考え込んでいた。

 

問題の寺を辞した後、県西部の畜産農家を訪ね、すっかり乳をださなくなった乳牛について話を聞いた。

「何かに怯えているようだが原因がわからない」と農家の人は首をかしげていた。

エディーとエリスが見ている前でも突然大きく鳴いて何度もジャンプし始める牛が何頭かいた。

異変は収まってはいないのだ。

 

午後になってふたりは県内の経営コンサルタントの事務所を訪ねた。

今期に入って県内企業の業績が急激に落ち込んでいるという。

工場でもちょっとした事故やミスが頻発していると聞いた。

全国でも指折りの優良企業においてでさえ工場のラインが止まったり出荷が遅れたりといった不手際が頻繁に起こっているらしい。

「たるんでいるとしか言いようがありません」

突然エディーとエリスの来訪を受けて驚いていたコンサルタント会社の責任者は、話しながら眉間にしわを寄せた。

気持ちを引き締め襟を正すための社員向けセミナーを経営者に提案したりもしたが、肝心のトップがどうもその気になってくれない。

看過できない状況に陥っている企業もあり、本来なら商売抜きで食い下がるところだ。しかし結局「まぁいいか」と諦めたのだそうだ。

「何のことはない。経営コンサルタントまでがやる気を削がれちゃっているわけね」

事務所を辞して外に出たエリスはビルの2階の窓に書かれたコンサルタントの文字を見上げてため息をついた。

「仕方がないよ。かく言うオレ達だってツルギに気づかせてもらうまでは何にもわかっていなかったのだから」

 

だいぶ日が西に傾いてきた。

この後は地元紙の取材を受けて『悪夢を見たと言って受診に来る患者が急に増えた』というコメントを出した心療内科を訪ねることになっている。

診察時間内は混み合っているので閉院後に話を聞かせてもらう約束になっていた。

「ねぇエディー」

マスクに内蔵されたインカムでエリスが先行するエディーに話しかけた。

今は住宅街を走行している。エディーはヴォルティカを路肩に停止させた。

「どうかした?」

続いて後ろに停車したエリスを振り返る。

エリスは上を向いて住宅の屋根を指さした。

「ねぇ、気づいてる?さっきから屋根の上に野良猫がいっぱいいるのよ」

エディーはエリスが指さす方へつられるように視線を移した。

確かにたくさんの猫が屋根の上で丸くなっている。

「ああ、そうだね。みんな屋根の上が居心地良いのかな?」

「そうなのかしら?道路には1匹もいないのに」

「まるで地面には降りたくないって感じだね」

エリスの脳内で何かが弾けた。今のエディーの何気ない言葉を反芻する。

地面に。。。降りたくない?

下から割られたお地蔵様。

怯えるように跳ねあがる牛たち。

屋根から降りようとしない野良猫たち。

エリスはゆっくりと足元を見た。

いろんな事象が繋がった気がした。

「元凶は地中にあるのかも?」

 

「じゃあ、やる気の出ない労働者や悪夢に悩む人たちも同じような災いを被っているということなのかな?」

馴染みのカフェはあれからずっと休業中だ。

やむなくふたりはヒロのアパートで会議を開いた。今日一日で得られたいくつかの手がかりを頼りに、今起こっていることをなんとかつきとめたい。

最も有力な意見は、移動の途中でエリスが気づいた「大地から何か良からぬものが出ているのではないか?」というものだ。

この点についてはヒロも同意している。

それはたとえばタレナガースが使う瘴気の類いであったり、とてつもなく強い悪意のようなものなのかもしれない。

それが石の地蔵を割り、動物を怯えさせ、人間の精神までも蝕んでいるのだとしたら?

「認めたくはないけれど、私たちも知らぬ間にやる気を削がれていたでしょう?」

「そしてとうとう剣山にある祠までダメージを受けて、ツルギが動き出すことになったわけだ」

「徳島県下の大地から何かしら呪いのようなものが滲みだして人や動物に悪影響を及ぼしている。これが今日一日調査して得られた結論ってことでいいわね」

ドクの問いかけにヒロは大きく頷いた。

「で、問題はそれがどんな呪いなのか?この後どんな影響が出るのか?そしてどうやればそれを止められるのか?だね」

ドクは頷きながら「はぁ」とため息をついて座椅子の背もたれに体を預けた。

「こればっかりはヨーゴス軍団の方で動いてくれないと対処のしようがないのよね」

今回、サルモンスターと戦闘隊長が徳島駅前広場で暴れたが、タレナガースは姿を現していない。

このうえなく嫌な予感がした。

壁の時計は夜の7時半を指している。

「腹が減ったね」

「ペコペコよ」

こんな時でも腹は減る。困ったものだ。

ふたりはここへ来る前に立ち寄ったコンビニで買いこんだ食べ物をレジ袋から取り出した。

「ヒロ、お湯沸かしてよ」

「オッケー」

ドクはから揚げをひとつパックからつまみ出して口に放り込むと、カップラーメンの上蓋をはがし始めた。

 

「なるほど大地から。言われてみればお山の祠も土台になっている岩の方が大きく割れていた」

ツルギは静かに頷いた。

「だけどどうやればこの呪いを止められるのかがわからないの」

「今回、タレナガースが一度も姿を見せていない。恐らくこの呪いの発動呪文をずっと唱え続けているのだろう」

「アイツも本気ってわけだ」

 

右手のカッコウの鳴き声が止まって数秒後、目の前の歩行者用信号が青になり、ピヨピヨというひな鳥の鳴き声が聞こえてきた。

向かいのビルに入るために横断歩道を渡ろうとして、スーツ姿の男はたたらを踏んだ。

反対側からこちらへ向かって異様な一団がやって来る。

「お、落ち武者!?」

皆、額から流れる血が顔の半分を赤黒く染めている。ざんばらの髪がその顔に張りついていた。

先頭を歩く者は糸が切れてブラブラと垂れている腹当てを気にも留めていない。

その後ろに。

ある者は片足を失って旗指物を杖代わりにしており、ある者は矢が十本も体に刺さっており、ある者は折れた槍が脇腹から飛び出していた。顔が無い者もいる。

「コスプレか?」

たまにそうしたイベントがあって、町中にアニメから飛び出してきたような人たちで溢れかえる時がある。

だが。。。違う。

違うぞ。

横断している人は誰も彼らを見ないし、スマホを向ける人もいない。

「見えていないんだ」

直感した。

落ち武者の一団は真っすぐ自分の方へ来る。

「う、うわ」

男は思わず脇へ避けようとして隣を歩く若い男性にぶつかった。

「痛い」

足を踏まれて、若い男性は「馬鹿野郎!」と毒づいて相手のスーツの襟をつかんで引き倒した。

若い男が何か喚いているが、路面に倒された男は怯えた目で落ち武者の一団が通り過ぎてゆくのを見送った。

異様なその一団が横断歩道の向こう側へすぅぅと消えてしまった後も、スーツの男は瞬きもせずに消えたあたりを見つめていた。

若い男はそのようすを見て気味が悪くなったのか「チッ」と舌打ちしてその場を後にした。

落ち武者には何の興味も示さなかった通行人たちが立ち止まってそのスーツの男を見ている。人の輪が出来ていた。

―――思い出せ。

「へっ?」

スーツの男の耳に低くくぐもった声が届いた。

―――思い出せ。

―――思い出せ。

繰り返し聞こえてくる。

誰だ?男は辺りの人たちを見渡したが、誰の声でもないことはすぐにわかった。

―――思い出せ。

ハッ。

下だ。

引き倒されて尻もちをついている地面の、そのずっと下からその声は聞こえてくる。

「ひっ!ひぃ!」

男は飛び上がった。

地面が何か言っている。怒っている。

両足を地面に着けているのがたまらなく嫌だった。恐ろしかった。

男はまるで狂って踊るようにピョンピョンと跳ねだした。

まるであの畜産農家の家畜のように。

やがて横断歩道のピヨピヨが止まった。

人の輪の中から親切な人がふたりスーツの男の元へ駆け寄って両方から抱えるように横断歩道を渡り切った。

 

「ついに人間にも見え始めたな」

今日、徳島市内の横断歩道で起こった不可解な出来事は録画した何人かのやじ馬によって動画サイトに上げられていた。

ドクのタブレットに映し出された動画からは泥酔した男が奇妙なステップを踏んででたらめに踊っているようにしか見えないが、それを見たツルギは「なるほど」と小さく頷いた。

四畳半の狭い和室にヒロ、ドクが体育すわりをしている。ブーツを脱げないツルギひとりが玄関に立っていた。土足でもいいから部屋へあがれと言うヒロに「ここでよい。構うな」と首を左右に振った。

ツルギなりに気を使っているのかもしれないが、なかなかシュールな状況である。

「こうなると騒ぎが大きくなるぞ」

タブレットをドクに返しながらツルギは独り言のように呟いた。

「この人は何かを見たの?」

「恐らくこの地で起こったいくさで命を落とした者たちの霊だろう」

「その霊たちは大地から湧きあがってきたものなの?」

ドクの問いにツルギは頷いた。

「霊感が強い者から見え始めている。今はまだ見えている者の方が少ないが、これからもっと多くの者たちが見ることになるだろう」

どうやらツルギにはずっと見えていたようだ。それで平然としていられたのか。

「結局ここでも地面か」

ドクが示した記事を読み終えたヒロは朝刊をローテーブルに置いてため息をついた。

「他にも公園の地面から虫が大量にぞろぞろ這い出してきたなんてこともあったみたい」

神仏に祟り、動物や人の精神を蝕んだ呪いが、ついに虫にまで影響を及ぼし始めたというのか。

ヒロが入れてくれたコーヒーを飲みながらドクはいつものカフェのコーヒーを恋しく思った。

やつれ方が尋常ではなかったために無理せず店を休めと言ったのは自分たちだったのだが、これほど長期間の休業になるとは。

馴染みのカフェを再開させるためにも、なんとか早く大地から立ち昇る見えない呪いとやらを祓わねばならない。

しかし。。。その手掛かりが今のところまったく掴めていない。

だが、それでも何か手を打たなければ。

「渦のエナジーで呪いを抑え込めないかな?」

かつてタレナガースの悪だくみによって徳島の地中から立ち昇ろうとした怒れる地の龍を鎮めるために渦のエナジーを使用したことがある。

「あの時使ったホームベース型の固定式渦エナジー拡散器が使えるんじゃないか?」

「そうね。やってみましょう」

何が効果的なのか今はわからない。

だがとにかくやるしかない。手をこまねいているわけにはいかないのだ。

 

<六>呪い封じ込め作戦

エリスはSUV車を寺の駐車場に侵入させた。

リアゲートを開いて青いホームベースそっくりの5角形の平たいクリスタルの板を取り出した。

車のトランクにはこれと同じホームベース型クリスタルがあと7基積んである。

「とりあえず目に見える被害が現れた場所から始めてみよう」

エディーの言葉に従って、ふたりは六地蔵が割られた寺にやって来たのだ。

剣山の奥にあるという祠から始めようというエディーたちの申し出をツルギは辞退した。

「下界が治まればおのずと霊山ももと通りになる」らしい。

寺の住職には先に事情を話して許可をもらってある。

「境内のどの辺に置けばいいかな?」

「やっぱ六地蔵さまの近くじゃない?」

根拠はないが本堂や釣鐘堂にはこれといった被害はなかった。

一番のポイントはやはり割れた六地蔵のあたりではないかと思えた。

エリスは六体並ぶ地蔵尊の真正面に渦エナジー・ベースを置いた。

ベースの裏側には小さなスパイクがあって地面に固定できる。そして中央部で青い煌めきを放つ五角形のクリスタルから染み出した渦エナジーがこのエリアの大地に溶け込んでゆくのだ。

呪いにかかった大地を清浄なものに戻すのだ。

或いは、地表に出ようとする呪いを押し留めるのだ。

それでもタレナガースの呪いは発動し続けているのだろう。これはあくまで対症療法だが、せめて状況の深刻化を遅らせることくらいはできるかもしれない。

 

中央動物園から県警本部を通じてエディーに連絡が入ったのは8基の渦エナジー・ベースをすべて設置し終えてから3日目の朝であった。

「おかげ様であの処置をしていただいて以降、動物たちが落ち着いてエサも食べるようになりました」

園長はヴォルティカを停めたエディーとエリスを駐車場まで出迎えて深々と頭を下げた。

渦エナジー・ベースは各ポイントで期待以上の効果を現しているようだ。

園長は監視カメラのモニターを見たいというふたりを管理室へ案内した。

園内には全部で6台の監視カメラが設置されている。そのうちの4台に怪しい人物が映っているという。

カメラの記録カードを挿したパソコンの前に3人が集まって再生画像を見た。

「ホラ、ここです」

園長が映像を止めた。

深夜の2時すぎ。

夜陰に紛れて侵入してきたのは?

「戦闘員だわ」

3人いる。

ツヤ消しブラックのヘルメットに黒のガスマスク、濃紺の迷彩服に身を包んでいる。

タレナガースに言われたのか、身を低くしてコソコソと塀や柵伝いに一列縦隊で進んでいる。

しかし、監視カメラはバッチリその姿を捉えられている。

夜行性の猛獣の檻の前では威嚇されて尻もちをついた。

「やれやれ。。。」

とエディーが小声でつぶやいた。

それでも十数分後には園の中央にある大きなシンボルツリーの影に置かれていた青いホームベース状の板を見つけた。

ひとりがそのホームベースを抱えると出口の方向を見定めて一目散に駆け出したが、そこから数メートル離れた猿の山あたりでバタバタと皆倒れてしまった。

なんとか這ってでも脱出しようとしているが、まもなく全員動かなくなった。

ふぅ。

エディーとエリスは顔を見合わせた。

想定した通りの結果である。

渦エナジーがしっかりと浸透している地面の上に長時間いれば、活性毒素でできているヨーゴス軍団の戦闘員は行動不能に陥ることになる。

倒れることによってさらに地面に全身を密着させ渦エナジーを多く浴びることになるため、哀れ戦闘員たちは数分と持たずに体が崩れ始めた。

「次はどう出るかな?」

「モンスターかクイーンか。いずれにしてももっと強いのが来るはずよ」

渦エナジー・ベースを設置する目的は第一に大地にかけられた呪いを封じ込めることだが、もうひとつの目論見はタレナガースとヨーゴス・クイーンの幹部を引きずり出すことだった。

はたして翌日、動物園の園長から再び連絡があった。

「設置していただいたボードが壊されています」

動物園に行ってみると、前夜に戦闘員たちが持ち去ろうとしていたホームベース状の板が真っ二つに割られている。

「監視カメラは?」

「それが真っ黒で何も映っていないんです」

園長はうなだれている。

監視カメラの映像は確かに何も映っていない。

いや、映っていないのではない。真っ黒な何かが映っているのだ。

「タレナガースの瘴気でカモフラージュしたんだ」

「ええ。タレナガースかヨーゴス・クイーンが動いたに違いないわね」

「せっかく動物たちのためにお力を貸していただいたのですが、残念です」

動物たちはまたエサを食べなくなって怯え始めるのだろう。

落胆の色が隠せない園長にエディーは明るく言った。

「大丈夫です。奴らが壊したのは青く塗装したただのホームベースですから」

「現に、今も動物たちは落ち着いているでしょう?」

ふたりの言葉に園長は「言われてみれば。。。」と管理室の窓から動物たちの檻へ視線を移した。

「あれはニセモノだったのですか」

「園長にも黙っていてすみません。本物の渦エナジー・ベースは全然違う所に設置してあります」

「渦エナジーの効力は続いています」

ふたりは笑った。

「さて、ハズレくじを引いたタレナガースはどう出る?」

 

「タレ様や。あの忌々しき渦の力、早う何とかしてたもれ。戦闘員どもでは如何ともしがたいゆえ、昨夜はわらわが直々に出張って力の源を打ち砕いてくれたというに、状況はなんら変わっておらぬ」

鉄のやすり同士をこすり合わせるようなギイギイ声。

ヨーゴス・クイーンだ。最高に苛ついている。

闇の中で足を踏み鳴らす音がした。

地面が湿っているためか、ギチャギチャという泥をはねるような音だ。

「これ、落ち着かぬか。騒がしい」

闇の更に奥の方から声がした。

一度聴いてしまったら耳にこびりついて離れぬ不気味な声。

タレナガースの声だ。

「ふぇっ。渦の者どもめ。見当違いもよいところじゃ」

「見当違いじゃと?」

毎度毎度我が首領どのは言葉足らずにもほどがある。

「当然説明してくださるのじゃろうな」

ヨーゴス・クイーンは否とは言わせぬ圧を込めて言った。

闇の中からぬぅとシャレコウベが浮かび上がった。

「よかろう」

 

タレナガースが結界の内部で結跏趺坐して成就させた呪いは。。。

「土哭顕噴(どこくけんぷん)の術と申す」

それは大地に刻まれた記憶を呼び覚ます術。耐えがたい悲しい記憶を、抑えがたい怒りの記憶を、である。

いくさに明け暮れたあの時代に、おびただしき血を己が肉体から流したもののふどもの無念。和睦を持ちかけられて臨んだ酒宴にてだまし討ちにされた豪族主従の恨み。家を焼かれ田を踏み荒らされて逃げ惑う農民どものやり場のない怒り。何日も雨が降らず、一滴の水も無くひび割れた田にへたり込んでこぼした絶望の涙。

そうした、何百年もの間その地に貯め込まれた膨大な負のパワーが、この術にて一気に地上に噴き上げてくる。

人間どもは原因不明の倦怠感に襲われ、それはやがて絶望と恐怖に変わる。遠からず徳島からは笑顔も希望も消え失せるであろう。

それだけではない。

溶岩の如く大地より噴きあがった恨みの念は、やがて一点に集約されて落ち武者どもの無残な姿を借りて現世に具現化する。

それこそが呪いの成就。

「恐るべき魔像が顕現する」

 

<七>慟哭の魔像

その日、徳島を憎しみと悲しみの大波が襲った。

思い出せ。

思い出せ。

思い出せ。

徳島県の全エリアにおいて、多くの人々が奇妙な耳鳴りに襲われた。

手で耳を塞いでも聞こえる。

頭の中で声がする。

「やめてくれ!もうたくさんだ。この声を消してくれ」

そのようすを腕組みして楽し気に眺めている人影がひとつ。

青白いケモノのシャレコウベづら。眼球はない。口の端からは下あごから伸びた鋭いキバが伸びている。

肩から背を覆う縞模様のケモノのマントが風にひるがえって揺れている。

ヨーゴス軍団首領にしてこの騒動をしかけた張本人、魔人タレナガースである。

徳島駅前広場に現れたタレナガースのはるか頭上では薄紫の奇妙な靄が渦を巻いている。

この大地に長い間貯め込まれた深く濃い怨嗟の記憶が呪いとなって地表に噴き出し、その影響で青い空は薄紫の奇妙な靄に覆い隠されている。

タレナガースが引き寄せているのか、その靄がこやつの頭上でとぐろを巻き始めた。

とぐろは次第に大きくなり、もはや鳴門の大渦にも劣らぬ大規模なものになった。

その大渦の中心から突如ひと筋の稲光が地上に落ちた。

ピカッ!バシュッ!

鋭い閃光が奔り、落ちた地上の一点から炎が立ち上った。

そして炎が消えた時、そこに1体の石像が立っていた。

空から降って来たのか、それとも地から湧いて出たものか?

高さは約3m、差し渡しは約1m。

まるで巨大な魔物の人差し指のような、いびつにねじくれて先端が尖った円柱形の像である。

見ようによっては体をよじる人の姿にも思える。

いくさで討ち取られた侍のようであり、降らぬ雨を求めて天を仰ぐ農夫のようでもある。

何より不気味なのは、その表面に無数の顔が浮かび上がっていることだ。

泣いている顔、睨みつけている顔、絶叫している顔、噛みつこうと歯を向いている顔、魂が抜けて虚ろになってる顔。。。

さまざまな顔がびっしりと刻み込まれている。

総じて恨みの石像と言っていいだろう。

「ついに現世に顕現せり。慟哭魔像!」

タレナガースが天に両腕を伸ばして高らかに宣言した。

その慟哭魔像に刻まれた無数の顔がそれぞれに声なき声をあげた。

思い出せぇぇぇ。

おのれぇぇぇ。

悔しいぃぃぃ。

悲しいぃぃぃ。

恨めしいぃぃぃ。

凄まじい負の感情を乗せた波動が、慟哭魔像から発せられた。

「大地の悲しい記憶とそれに込められた怒りが沸点に達した時、呪いが魔像の姿となりて具現化する。つまり、これなるは呪いの最終形態なのじゃぁぁ!」

いつの間にか長身のタレナガースの背後で恐る恐るようすを見ていたヨーゴス・クイーンも興味津々のようだ。だが、近寄るとヤバそうだということは本能で察しているようだ。

おおおおおおん。

慟哭魔像が声なき声で哭いた。

するとその全身から赤黒いオーラが波のように四方へ奔り、その波に触れたものは皆とてつもない悲しみや怒りに苛まれた。

波動に飲まれた人々は皆泣きながら地面に崩れ落ちた。

「ふぇっふぇっふぇ。この負の波動を喰らった人間どもはやがて理性のたがが外れて泣き叫び、怒り狂って暴れ始めるであろうよ」

「それはよい。よいのう、タレ様や」

人間が苦しむのを見るのは大好きなヨーゴス・クイーンである。

「魔像よもっと哭け哭け。その妙な波動を垂れ流すのじゃ!」

ひょっひょっひょ。

ヤットサーヤットサー。

タレナガースの後ろで鬼女の阿波踊りが始まった。

だが!

ブロロロオオ!

その大型バイクのエンジン音に、クイーンの踊りがぴたりと止まった。

まさか。。。このタイミングでこのバイクの音。。。

そろりそろりと視線をむけると、そこにはヴォルティカに跨った渦戦士エディーとエリスがいた。

「やっぱりのう。。。」

タレナガースとヨーゴス・クイーンがうんざりした顔で同時に言った。

「タレナガース。一連の妙な呪術による迷惑行為。ここで止めてやるぞ」

ヴォルティカを降りたエディーがタレナガースを指さして決然と言い放った。

「ふぇっふぇっふぇ。余が精魂込めてかけたるこの呪い。ちょっとやそっとでは解けぬぞよ」

「うるさい!そんなことに精魂込めてないで、もっと徳島のためになることにその力を使いなさいよ」

エリスも怒り心頭に発している。怒りのやり場に困った挙句、右足でドスドスと地面を踏み鳴らしている。

しかしタレナガースは両腕を胸前で組んで反り返ったまま、ただニヤニヤと笑っている。

「こたびの貴様の相手はこの動かぬ石像じゃ。慟哭魔像と申す」

「慟哭。。。魔像?」

「じゃが、この魔像の力の源は人間の負の感情である」

「人間の負の感情とはどういう意味だ?」

タレナガースは渦巻く波動の渦中に立つ魔像を横目で見ながら「ふふん」と鼻で笑った。

「今、徳島を覆い包む呪いが大地から湧き出ておることは貴様も既に気づいておろう。これは大地に沁み込んだ人間どもの負の感情が溜まりに溜まって噴き出したものなのじゃ。まぁ噴き出させたのはほかならぬ余じゃがな」

エディーとエリスは黙って聞いている。

胸くそ悪いがこの呪いがどのようなものかについては知っておきたい。タレナガースは得意げに問わず語りでそういうことをよく話す癖がある。要はええかっこしいなのだ。

「呪いの元は人間どもの恨み、絶望、悲しみ、後悔、妬みといったありとあらゆる負の感情なのじゃ。貴様は、いわば何百年もの間この足元に澱んだ人間どもの醜き本性と戦うのじゃ。はたして勝てるかのう?」

余裕のタレナガースは勝負の行方は端から見えていると言わんばかりだ。

しかし、これは確かに。。。

「史上最大の難敵かもしれないわね」

エリスがボソリと呟いた。

「だからって、ここで突っ立っていても仕方ないさ」

そう言ってエディーが仕掛けた。

「一撃で粉々にしてやるさ」

風を巻いて慟哭魔像との距離を詰めるや神速のキックを放った。

スッ!

腰の入った見事な蹴りが慟哭魔像の中ほどを捉えた。が、その蹴りは綺麗な弧を描きながら何の手ごたえも得られぬまま反対側へ抜けた。

「当たらなかった!?」

はずしたのか、あの距離で?

なぜだ。

「ならばもう一度だ」

タレナガースが言った通り相手は動かぬ石像だ。慌てることはない。

エディーは今度は腰をひねって神速のストレートを石像に撃ち込んだ。

しかしエディーの拳は再び慟哭魔像の真ん中をむなしく抜けた。

「うそ!」

「パンチが通り抜けた。どういうことだ?」

まるで動かぬ石像相手にひとり相撲をしているようだ。

エディーは素早くステップバックして態勢を整えた。

エリスもわけがわからず慟哭魔像を見つめた。

すると慟哭魔像の表面に刻まれた無数の顔がああんと口を開いた。

石像全体がぶるると震えて、すべての口から「うううわあああんん」と哭いた。

無数の口から発せられたその泣き声は絡まり合うようにひとつとなって音の津波と化してエディーとエリスを飲み込んだ。

くううう。

言いようのない悲しみが、絶望が、どす黒い欲望が、ふたりを襲った。

ネガティブな感情が体の奥底からどうしようもなく湧き上がってくる。

否定しても否定しても、とめどなく溢れてくるのだ。

―――渦戦士として戦っても戦っても、ヨーゴス軍団は次の怪人を送り込んでくる。悪さを仕掛けてくる。この戦いに終わりはあるのか?意味はあるのか?

―――瞬時にタレナガース一味を焼き尽くしてやれるほどの強力な渦の殺人エナジーを開発しなければ。少しくらい周囲を巻き込んでも被害が広がってもやらなければヤツを倒せない。

押しつぶされそうな失意に、ふたりはがくりと膝をついた。

慟哭魔像の哭きの波動は今も続いている。

―――しっかりしろ。これが慟哭魔像の攻撃だ。

エディーのような物理攻撃ではないが、やつの攻撃は精神を蝕む。

わかっていてもどうしようもない。

どうしようも。。。ない。

戦意を喪失したエディーに5人の戦闘員たちがわらわらと群がった。そして、いつもいつも酷い目に遭わされている仇敵にパンチとキックを浴びせ始めた。

いつもは鬼のように強いのに、今日のコイツは反撃してこない。弱い者いじめが何よりも好きな戦闘員たちの胸にどす黒い炎が燃え上がっていた。

ガシッ!ガシッ!

ギィギィギィ(殴れ殴れ)

ドカッ!ビシッ!

ギュオギョギオ(動かないぞ)

バシッ!ガガッ!

ギャンギャンギィィ(ああ楽しい)

狂ったようにエディーに制裁を加える戦闘員を押しのけて今度は戦闘隊長が前へ出た。

俺にもやらせろとばかりに、蹲るエディーの背や頭部に拳を振り下ろし始めた。

平戦闘員よりも数段強烈な攻撃が無抵抗のエディーを襲う。

じっと耐えていたエディーだが、さすがに両膝をつき、ついには四つん這いになった。

片やエリスはただそのようすを黙って見ている。

「エディーがやられている。。。このままじゃダメだわ。だけど、だけど、どうにもできない」

本当にこのままでは。

「ふぇっふぇっふぇ。奴らは既に抗う気力すら失せておる。さぁ今までの仕返しじゃ。殴れ!蹴れ!エディーめの青く忌々しいコアを叩き割ってやれぃ!」

タレナガースの勝ち誇ったダミ声があがった時、ひゅうと鋭い一陣の風が吹いた。

風は土を巻き上げて戦闘隊長と戦闘員たちを覆った。

その瞬間、巻きあがる風を真横から別の風が切り裂いた。

バシュッ!

布を切り裂くような鋭い音がした。

土埃が再び地面に落ちて視界が開けた時、タレナガースとヨーゴス・クイーンはそこに黒き武人の姿を見た。

「ツルギ!」

霊山の使いとしてこの状況を打破せんと、エディーたちのもとへやって来た黒衣の超武人ツルギ。

わずかに腰を落とし太刀を構えたまま戦闘隊長たちの傍らを風に乗って通り過ぎた。

そして構えを解いて太刀を鞘にパチンと戻した時、エディーを取り囲んで殴る蹴るの暴行を加えていた戦闘員たちはバタバタと声もなく皆地面に崩れ落ちた。

戦闘隊長が背後を振り返って拳を振り上げたが、その腕が肩のつけ根からボトリと足元に落ちた。

そして、驚いて足元を見た戦闘隊長の首が、後を追うようにコロリと地面に転がった。

戦闘員と戦闘隊長あわせて6体。

ツルギは風に乗って横をすり抜けざま、瞬きするよりも早くその全員に致命的な斬撃を加えていた。

「なな、なんと」

眼球のない目を見開いて驚くタレナガースたちを尻目に、ツルギは再び太刀を八相に構えて慟哭魔像に対峙した。

シュッ。

その動きは風であり光だった。

陽光を反射する一条の光が風と共に慟哭魔像の体を斜めに走った。

しかし。

「む。。。?」

ツルギの神速の斬撃もエディーの攻撃同様、慟哭魔像の体をすり抜けてしまった。

ツルギは驚きの視線を数秒、魔像に送っていた。

「なるほど、そういうことか」

そう呟くと、黒衣を翻して間合いをはずし「引くぞ」と背後の渦戦士たちに指示した。

しかしふたりは動けない。

慟哭魔像の精神攻撃にまともに食らってしまったからだ。

うううおおおおおいいい。

その間にも慟哭魔人からは恨みの波動が発せられている。

エディーたちだけではない。この波動に飲まれた人々は皆、底知れぬ絶望の沼へと沈んでゆくのだ。

徳島は、全徳島県下の人たちは、今まさに存亡の危機にある。

「やむを得ぬ」

ツルギは手にした太刀を顔前に立てて何やら呪文のようなものを小さく早口で呟いた。

ツルギの口から発せられた呪文は小さな小さな文字となって次々と太刀の刀身にまとわりついていった。

まるで蟻の大群が獲物に群がるように、ツルギの呪文が太刀を覆ってゆく。

そしてその太刀を慟哭魔像のつけ根あたりに斜めに突き立てた。

「ふぇっふぇっふぇ、無駄だとわからぬか。刺し貫いたように見えてもその石像には触れもしておらぬというに」

タレナガースが小ばかにしたように鼻で笑った。

だが、もとよりツルギの狙いは慟哭魔像の石柱本体を破壊することではなかった。

太刀に憑りついていた小さな呪の文字が、今度は刀身からぞろぞろと這い出して慟哭魔像へ這いあがっていった。

拳や太刀が届かぬ魔像の本体に、ツルギの呪文の文字は次々と這い上がってゆく。

「なな、なんじゃあれは?」

ヨーゴス・クイーンがタレナガースの肩越しに指さして喚いた。

そして慟哭魔像の全体がびっしりと呪文に覆いつくされた時、発せられていた恨みの波動がピタリとやんだではないか。

奇妙なことに慟哭魔像自体は恨みの波動を出そうとしているようで、石柱全体が小刻みに震えている。

しかし、まるで何かに押さえつけられているかのように波動がピタリと止んだ。

「なんと!?ツルギめ奇天烈な術を使いおって」

ツルギは術の効果を確かめるや、エディーとエリスを両脇に抱きかかえると、太刀をそこに残したまま風と化して姿を消した。

後には追跡を許さぬ濃い土埃がただ舞っていた。

 

<八>次元を超える秘策

気がつけば闇の中だった。

何ひとつ光が無い。

だが、悪い心持ちではない。

なぜだかわからないがとても落ち着く。

ここにいれば安全だと本能的に感じる。

悲しみの海から助け上げられたような安堵感が胸に広がっている。

エディーはゆっくりと上体を起こした。

隣にエリスが横たわっている。

まったくの闇の中で周囲は何も見えないが、なぜだかエリスの姿だけは浮き上がっているようによく見える。

「エリス」

エディーの呼びかけでエリスは気がついたようだ。ゆっくりと顔をエディーの方へ向けた。

「エディー。。。ここはどこ?」

「わからない。オレもたった今目を覚ましたところなんだ」

暗くて見えないが、どうやらふたりは石造りの台の上に寝かされていたようだ。

「気がついたようだな」

声がした方を見るとツルギが立っていた。

闇の中に立つ黒衣の超武人だが、どういうわけか彼の姿もまたはっきりと視認できた。

「気分はどうだ?」

「楽になったよ。さっきまでは冗談じゃなくこの世の終わりって気がしていたんだけど」

「ツルギが手当てしてくれたの?本当にありがとう」

「手当などしてはいない。私はただお前たちをここへ連れてきただけだ。ここは剣山のとある場所で、お前たちは今、霊山さまにかなり近い所にいる。そのおかげで体内に溜まった慟哭魔像の負の気を払拭できたのだろう」

「剣山の聖域みたいなものなのね」

あの時、慟哭魔像の恨みの波動をまともに浴びたふたりは戦闘気力どころか立ち上がることすら出来なくなって、下っ端の戦闘員にまで好き放題殴られ蹴られてしまった。

それをツルギが救い出して剣山の深奥にある聖なる場所へ連れてきたのだった。

「ヨーゴス軍団の活性毒素と違って、慟哭魔像の恨みの波動は渦のスーツでは防げなかったわ」

エリスの言葉にエディーも無言で頷いた。

「ああ。至近距離から食らってしまったよ。体中から気力という気力が全部失せてしまった」

「ツルギはあそこにいて平気だったの?」

「私は常に霊山さまのご加護をいただいているからな」

「それより」とツルギは腕組みをした。

「あの魔像をどうやって破壊するか、だ」

そうなのだ。

打開策がない限り徳島は慟哭魔像の、ひいてはヨーゴス軍団の支配下に置かれてしまう。

「攻撃がまるで当たらないんだ。目の前にいるのに全部素通りしてしまって」

エディーが頭を抱えた。

「相手の波動は私たちに届くのに、どうしてエディーの攻撃は当たらないのかしら?」

「私の太刀も空を斬っただけだった」

ツルギも思案気に言った。

「向こうだけ攻撃できるなんて卑怯だわ。不公平よ」

エリスが頬をふくらませた。

「ヤツに刃を通してわかったことがある」

ツルギは既に慟哭魔像の秘密について何かしら手がかりを得たようだ。

「ひとことで言えば、ヤツはこの世にいるように見えてその実、この世にはいない」

エディーとエリスは顔を見合わせて首を傾げた。

「私の太刀は慟哭魔像の気配には触れた。が、ヤツの本体には触れられなかった」

「それはつまり?」

「慟哭魔像の気は『こちら側』にあるが、タレナガースの呪術で具現化した本体は次元の薄紙一枚隔てて『向こう側』にいるということだ」

「つまり異次元に存在している?」

「体は『向こう側』で、気だけは『こちら側』?」

ツルギは静かに頷いた。だがふたりは今ひとつ理解できていない。

「慟哭魔像の恨みの波動はヤツの気が発しているものだ。だからあの精神攻撃は我々に届くが、我々の打撃、斬撃といった物理攻撃は違う次元にあるヤツの本体には届かぬ」

そんなの理不尽だわ。。。エリスがため息交じりに呟いた。

「よくわからないがこうしちゃいられないよ。すぐに戻ってもう一度戦わないと、これ以上恨みの波動が県民に直接届いてしまったら大変なことになる」

「慌てるな。今は私が呪術封じの祝詞を、太刀を介してヤツの体へ送り込んである。現状、波動の発振は抑え込まれているはずだ。そう長くはもたぬがな」

「今のうちになんとかしなきゃってことね」

「でも、いったいどうすればいいんだ?」

「ねぇツルギ。何かいい方法はないの?」

エリスのすがるような問いにツルギは無言で首を左右に振った。

「慟哭魔像を『こちら側』へ引っ張り出さない限り戦いにはならぬだろう」

そんなことを言われても、触れられないモノをどうやって引っ張り出せばよいのか。

「なんとか対策を考えろ。ただしあまり時間はないぞ」

それだけ言うとツルギはクルリと背を向けて闇の中へ溶け込んでしまった。

その闇の奥から強い向かい風が吹いてきた。

冷たいがどこか爽やかな気に満ちた風がやんだ時、エディーとエリスはヴォルティカと共に剣山の登山口近くの駐車場に立っていた。

 

「タレ様や、こやつまったく波動を出さなくなりましたぞ」

恐らく斜めに突き刺さっているツルギの太刀による妨害工作なのだろう。

ヨーゴス・クイーンは機能しなくなった慟哭魔像の周りをグルグル回りながら睨みつける。

「おんや?」

吊り上がったクイーンの毒虫の目が奇妙なモノを認めた。

慟哭魔像の表面を蟻のような小さなモノが無数に這い回っている。

そのうちのひとつを目で追いながらそろそろと指の先で突いてみようとした時、タレナガースが大声でそれを制した。

「触れるでない!」

「ひっ」

タレナガースの声の大きさと鋭さに驚いて、触れる寸前ヨーゴス・クイーンは指を慌てて引っ込めた。

「なんじゃタレ様。驚いたではないか」

「その小さき虫の如きモノは霊山の祝詞じゃ。うかつに触れればとてつもなくめでたい祝福を受けてしまうぞ。ただでは済むまいよ。しばらくは慟哭魔像にもツルギの太刀にも触れてはならぬ」

「げげっ、祝福とな。ああ気色悪い」

ヨーゴス・クイーンは慌てて慟哭魔像から距離を取った。

「立ち去り際にツルギめ、この祝詞をヤツの太刀を媒体にして慟哭魔像に注ぎ込みおった。しばらくは霊的に拘束されて身動きとれぬ。恨みの波動も発せられぬわ」

「おのれおのれ。ツルギもエディー同様まことに忌々しきヤツじゃ」

―――まったくじゃ。

タレナガースは口の中で毒づいた。

この魔人が天才的呪術の使い手であるように、ツルギは剣山の神々の祝福を受けている。

力のベクトルはほぼ互角にして対極。

呪術で呼び出した呪いの権化がツルギの祝詞によって封じ込められるのも無理はない。

だが。

タレナガースは不気味に笑った。

こちらには圧倒的アドバンテージがある。

地面に立っていることだ。

タレナガースの呪いはそもそも大地の負の記憶から絞り出されたものだ。

そこに立っている限り、慟哭魔像は常に呪いを「充電」されている。太刀が本体を貫いているとはいえ祝詞の効力はやがて弱まる。そして消える。ほんのしばらくの辛抱だ。

慟哭魔像の無数の顔の上を這い回っている祝詞の文字のひとつが、今まさに力尽きてパチンと弾けて消えた。

 

「渦のエナジー・ベースは今も効力は発揮していたね」

ヒロは鼻の下に白いクリームのヒゲをつけたままウインナーコーヒーのカップをテーブルに置いた。

ヒロとドクはふたりで話し合ってカフェの近くにも渦エナジー・ベースをこっそり仕込んであった。マスターの家が店の裏にあるのも幸いした。

渦エナジー・ベースをセットしてまもなくマスターの「やる気」が少しずつ戻ってきた。

おかげでカフェは開店したが肝心の客足が戻っていないという、ひそひそ話にはもってこいの状況が出来上がっていた。

だが光熱費も水道代も馬鹿にならない。

「せいぜいお店を利用しなきゃね」

自分たちが陣取る奥のテーブル以外カラッポの店内を見渡してドクが呟いた。

ここでふたりが額を突き合わせている目的はただひとつ。

どうやって慟哭魔像を『こちら側』に引っ張り出すか?である。

でなければいつまで経っても戦いにすらならない。

あまりにも当たり前のこの第一歩がクリアできずにいた。

自分たちには何が出来るのか?自分たちにはどんな特性があるのか?

課題が第一歩目のクリアであるなら、こちらも初歩に戻ってみてはどうかとドクは考えた。

あまりにも当たり前で考えがスルーしてしまっているようなこと。。。

「エディーとして戦ってみて何か気づいたことはない?」

「そうだなぁ。そういえば、よくわからなことがあるんだ」

ヒロは首を傾げた。

「慟哭魔像のあの恨みの波動はそれ以前に地面から湧きだしてきた呪いと同質なんだろう?呪いを収束させてビームみたいに前へ撃ち出す」

ドクは「ええ」と頷いた。

「渦エナジー・ベースは地面から湧きあがる呪いの力をある程度は抑えられた。動物園の園長さんも畜産農家の方々も、動物が落ち着いてエサを食べ始めたって言っていたし」

「でも同じ渦のエナジーで構築されたスーツは呪いの波動を止められなかったわ」

「そこなんだよ。ねぇドク、渦エナジー・ベースと渦のスーツ、どこがどう違うんだい?」

「そうよね。互いに同じ力で状態が異なるだけなのに、片一方は防げてもう一方は防げない。。。不思議ね、なぜかしら?」

ヒロもドクもそのあたりに問題を解決させる糸口があるような気がしてきた。

「ねぇ、あの時は使わなかったけれど、エディー・ソードはどうだろう?あの剣も渦エナジーを練成させて形成する剣だからもしかしたら効くかもしれないよ」

しかしドクは首を左右に振っている。

「きっと駄目ね。ツルギが言っていたでしょう。この世からは物理的攻撃は効かないって。エディーが手にすることが出来るエディー・ソードもやっぱり『こっち側』に存在する剣なのよ。慟哭魔像にダメージを与えられる剣はエディーが持てない剣なんだわ、きっと」

「何だよ持てない剣って?」

「剣も『向こう側』になきゃ斬れないってこと」

エディーが持てる剣ではヤツを斬ることが出来ない。

ヤツを斬ることができるのはエディーが持つことができない剣。

ヒロは「あああもう」と言って髪を掻きむしった。

「いっそオレごと『あっち側』に行けないものかねぇ」

悔し紛れに言ったヒロのひと言で、モカコーヒーの酸味がある香りをかいでいたドクは「ハッ」と顔をあげた。

―――エディーごと『あっち側』へ送り込む、ですって?

鍵は渦エナジーの状態。。。

エリスはじっとヒロの顔を見て「その手があるか」と呟いた。

ヒロは嫌な予感がした。

彼は知っているのだ。

ドクが片方の口角だけを上げて笑う時、忌まわしい何かが起こることを。

それを裏づけるかのように、ドクはカウンターの奥へ元気な声で追加の注文をした。

「マスター、チリドッグセットひとつ。スープはクラムチャウダーで」

 

「いい?エナジーというものは適度だといろいろ役に立つ反面、強すぎるとロクなことが無いのよ。火であれ水であれ電気であれ、ね」

誰もいない海の近くの空き地で、エリスはエディーにひとつのコアを手渡した。

いつものコアよりひとまわり大きく、いかにも渦エナジーがたっぷり込められている感じがして心なしかいつもよりもずっしりと重い。

「これは?」

「見ての通りエディー・コアよ。通常よりかなりキャパが大きいけれど。強いて言えば。。。渦エナジーの洪水、フラッド・コアって感じかな?」

「まさにロクなことにならないって感じのネーミングだね」

「いいから、ハイ、装着して」

エリスの強引な指示に従ってエディーはそのフラッド・コアを今装着しているエディー・コアに被せるように装着した。

「そのコアにはリミッターを解除して通常限界を大きく超えた大量の渦エナジーが注ぎ込まれているの」

「え?それってなんか、やっちゃいけないことのような気がするんだけど」

「めちゃくちゃヤバいわね。だから洪水なのよ」

見つめ合ったままのふたりの間に沈黙が訪れた。

「帰ってもいい?」

「ダメ」

数分後、エディーの全身には見知らぬ機械から伸びた10数本のコードが取り付けられていた。

「ええとエリスさん、ご説明願えますか?」

「聞かないほうがいいかもよ」

「いやいや、お医者様でも手術の前にはきちんと説明してくれるじゃないですか」

エディーはいつの間にか敬語で懇願している。

エリスは少し考えて「ま、いいか」と呟いた。

「渦エナジーを使ってヒロが渦戦士エディーという超人に変身するにあたって、人体と渦エナジーの融合に最も適したエナジー量はおのずと決まっているのよ」

「ふんふん」

「その適量よりも少ないと渦のスーツの強度が小さかったりソードが出せなかったりエナジー切れを起こしたりするし、多すぎるとエナジーがオーバーフローしてダダ洩れてしまうし最悪、中の人の肉体に変調をきたしちゃうわけね」

「中の人。。。もはや嫌な予感しかしないんですけど」

だがエリスは尻込みしているエディーのようすにはお構いなしで説明を続けた。

「でも、そこに目をつぶって」

「つぶるの!?」

「静かに!」

「はい。。。」

「そこに目をつぶって敢えて限界突破した特盛状態のコアを作って、それを既に渦戦士に変身した状態の肉体に注ぎ込む。しかもオーバーフローしないようにすべての渦エナジーを余すことなく体の内側に留めるのよ」

「すると、どうなりましょうか?」

「中の人の体内で渦エナジーが臨界点を超えるの」

「すす、するとどうなりましょうか?」

声がひっくり返った。

「肉体がエナジー粒子に支配されて」

ゴクリ。

「渦エナジーそのものになる」

「はい?」

「渦エナジーと同化するって言っているの。エディーが渦エナジーそのものになるのよ」

「なにゆえ。。。わたくしが渦エナジーに?あ、そうか」

「わかったようね?渦エナジーは『向こう側』の存在に干渉できるのよね」

「なるほど」

ポンと手を叩いたエディーにエリスは大きく頷いた。

「じゃあテストいくわよ」

そう言ってエリスはコードを繋いだ機械のスイッチに手をかけた。

「待って待って待って!肝心の説明がまだないよ。この実験の後、オレはキチンと元に戻れ。。。」

「スイッチオン」

パシュッ!

「はひっ」

途端コアの上に装着したフラッド・コアからものすごい勢いで渦エナジーが放出され、そのすべてがエディーの内部へ一気に流れ込み始めた。

「う、うわ。もういっぱいだ。溢れる。溺れる。破裂しそうだ!ヤバい!エリス、ヤバいよ!」

それはアルティメット・クロスに二段変身する時とはまったく異質な高揚感、何者かに胴上げされているような浮遊感、限界まで水を注ぎこまれたゴム風船が見上げるほどに大きくなってゆくような恐怖感、それらが入り混じり自分の体が自分の中から弾き出されてしまうような不安定な状態に陥った。

「。。。ディー?ねぇ私の。。。聞こえる?。。。丈夫なの?」

傍らにエリスがいて自分の顔を覗き込んでいるのがわかった。だが彼女の声はとても遠くから聞こえてくる。

「エリス、オレは、オレはいったいどうなっちゃったんだよ?」

自分の手を見た。

手の形をした青い粒子の塊が見えた。

「ソードを。。。ソードを出せる?」

少しずつ意識がはっきりしてきたのか、エリスの言うこともきちんと聞こえる。

「ソードを出せばいいのか?」

そう思った途端、その手にエディー・ソードが握られていた。

「早いな」

そうか。自分は今渦エナジーと同化しているのだ。だからソードもいちいち意識的に練成しなくとも瞬時に形成できるんだ。

これは便利だ。戦い易いぞ。

そう思った時、バチィン!と何かが自分の中で弾けた。

「う。。。うわ」

上下の感覚が希薄になり、エディーはガクリと膝をついた。

「エディー、どうしたの?しっかりして、エディー!」

「エ、エリス。。。ゴム風船が。。。弾けたみたい。。。だ」

エディーは薄れてゆく意識の中で胸のフラッド・コアに手をかけた。

 

<九>決戦

「ひょっひょ〜。慟哭魔像にまとわりついておったアリンコ呪文もかなり少のうなったわえ」

「うむ。もはや八分以上は消滅したはずじゃ。すべて打ち消されなくとも、間もなく恨みの波動を発せられるようになろうぞ。楽しみなことじゃ」

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

ひょっひょっひょっひょっひょ。

ツルギの太刀に本体を刺し通されたうえに剣山の祝詞を全身に浴び、慟哭魔像は一時的に動きを止められてしまった。

魔像は大地に沁み込んだ人間の恨みや絶望から生まれる深い負の怨嗟をその内に吸い上げて増幅し、波のように押し出す。

その波に捕らえられたら最後、深い悲しみや絶望、虚脱感に苛まれてしまう。

既に徳島県下には各方面に深刻な影響が出ている。

ツルギによる祝詞の封印が解けたら更に大変なことになる。

「エディーめもほうほうの体で退散しおったからのう。当分の間は怖がって現れぬじゃろうて」

ヨーゴス・クイーンは後ろへひっくり返りそうなくらい反り返って笑っている。

「そのように笑っておるとまたあのバイクの音がしてくるぞよ」

ブロロロロオオオ!

「そう、あんな感じ。って。。。ええ!?」

2台の前二輪トライクがヨーゴス軍団の前に停車した。

渦戦士たちが駆る高機動バイク・ヴォルティカである。

「本当に来おったわ」

「タレ様が余計なことを仰るからじゃ」

ボソボソと小声で話しながらまとわりつくような視線を送るタレナガースとヨーゴス・クイーンに「なんだよ」と毒づきながらエディーが対峙した。

「さぁ終わらせましょう、エディー」

「オッケー。やってやるぜ」

エディーは闘志をむき出している。

「慟哭魔像はただの石像だから、あちらの次元に入った時点で私たちの勝ちは確定的よ」

エリスは先の実験で使用したのと同じ大型のエディー・コア、フラッド・コアをパウチから取り出した。

限界を超えて渦エナジーを注入してある。

これで人体の臨界点を一気に超越して慟哭魔像との間に横たわる次元の薄紙とやらを一気に突破する。

「ただし。。。わかっているわね」

エリスが大型コアを受け取ったエディーに念を押すように言った。

エディーは小さく頷いた。

「30秒だな」

先の実験でエディーが意識を保っていられたのは約30秒だった。

2度目ということで少しは耐性がついたとしても良くてプラス数秒だろう。

あの時意識を失いかけたエディーは何とか胸のフラッド・コアをむしり取った。

事前にエリスに言われていたことだ。『こちら側』へ帰ってくるには自分自身がこのコアをはずさねばならないと。

万一何かのせいでコアを外せなくなった場合、エナジー体のまま次元の狭間を彷徨うことになるのだそうだ。

「まぁ、理論上の話だけどね」

エリスは冗談めかして言ったが目は笑ってはいなかった。

で、エディーは間一髪で『こちら側』に生還したという訳だ。

エディーは深呼吸をひとつした。

―――洪水みたいなコアねぇ。。。

やっぱり気が乗らないが、やるしかない。エディーは気合を入れなおした。

「さぁ行くぞ」

タレナガースたちはエディーの作戦を知らない。

相変わらず高みの見物を決め込むつもりだろう。

そこが狙い目だ。邪魔される前に『向こう側』へ跳ぶ。チャンスは一度きりだ。

エディーはフラッド・コアを胸のコアに重ねようとした。。。

その時!

ウキキィー!

横合いから黒くて大きなモノが飛来した。

「サルモンスター!?」

「まだコイツがいたか!」

サルモンスターはエディーに飛びかかって右肩のアーマにガブリと噛みついた。

「うわっ」

突撃された衝撃でフラッド・コアを取り落としてしまった。

うぎぃ!

それを素早く拾ったサルモンスターは街灯のポストを駆け上って高所からエディーたちを見下ろしながらコアをガリリと噛んだ。

それはサルの本能であったかもしれないが、渦エナジーが限界以上注入されているコアのクリスタルをかじったものだからバチッ!と火花が散ってサルモンスターの全身に渦エナジーが電流のように走った。

ギャッ!

サルモンスターはコアを放り投げると街灯のてっぺんからドサリと落下した。

目が怒りに赤く燃えている。

「ああ、コアが」

エリスが投げ捨てられたコアへ走る。

今度はそのエリスめがけてサルモンスターが襲いかかった。

ガウガガッ!(今のはお前のせいか!)

キバとツメをむき出してエリスに覆いかぶさるやエリスのマスクに噛みついた。

それでもエリスは手にしたコアをエディーへ投げた。

「エディー、慟哭魔像を。。。壊して、早く」

「エリス!大丈夫か?」

エディーはモンスターに襲われているエリスを救い出そうと駆け寄った。

エナジー体になってしまったら、逆にサルモンスターを攻撃できない。

「慟哭魔像が先よ!私は大丈夫。持ち堪えるから」

そう言いながらも、サルモンスターのツメが食い込んだ渦のスーツからは青い火花が散っている。

「くそっ」

―――エリス、もう少し堪えてくれ。

苦しい選択を迫られたエディーは、それでも意を決してフラッド・コアを胸のコアに重ねた。

シュアアアアアアア!

それはまるで青い光の洪水だ。

大型のコアからいつもの何倍もの青いエナジーが流れ出てはエディーの体内へと消えてゆく。

やがてエディーの体は青く透き通ったように光の存在へと化した。

「ななな、何じゃ?エディーめに何が起こっておるのじゃ!?」

ヨーゴス・クイーンは、おびただしい渦エナジーの発生に吐き気を覚え、口を押えて尻込みした。

「む。。。エディーめ、思い切ったことを」

あまりにも清浄。あまりにも濃厚。

さすがのタレナガースも2歩3歩と後ずさりする。あの渦エナジーの間合いに入ってしまえば命とりにもなりかねない。

視線を慟哭魔像に移すが、まだツルギの祝詞の呪縛から抜けきっていない。

「あと僅かじゃと言うのに!」

エディーは肉体から解放されたような浮遊感を覚えた。

―――あの感覚だ。

自分がエナジー体に状態変化してゆくのを感じた。

肉体からの離脱による精神的不安定が襲ってきたが、エディーは構わずソードを手にした。

「とりゃあ!」

気魄一閃。エディー・ソードを真っすぐに慟哭魔像の胸に刺し込んだ。

今度こそ石を貫く確かな手応えが伝わってきた。

エディー・ソードを介して魔像の体内におびただしい渦エナジーを流し込む。

慟哭魔像の恨みの波動に対して、反撃の渦の波動が放たれたのだ。

むうおおおううううん!

突如エディーは大音響に包まれた。

耳をつんざくような慟哭魔像のうめき声がエディーの脳内に直接流れ込んできたのだ。

と同時に、石像の表面に刻まれたいくつもの恨めし気な顔や悲し気な顔が次々とエディーの前に浮かび上がった。

負け戦で無念の自死を遂げた侍たち。

だまし討ちにあって血まみれの手を仇敵にのばしたまま絶命した豪族主従。

飢えから来る栄養失調で動けなくなり、生気を失くした目で土間に横たわる農民たち。

恨みを抱く人たちの顔!顔!顔!

まるで石つぶてのように死に物狂いでエディーに向かってくる。

エディーは思わず両腕で顔をカバーした。

「うん?」

ところが、慟哭魔像の体内から歯をむいて飛んできた男の顔が、渦エナジーの青い光の中に来るや見る見る穏やかな表情に変わったではないか。

落ち着いてよく見れば、どの顔も同じだ。

ざんばら髪の落ち武者も、凶作で飢えた農夫の親子も、皆おなじように穏やかな顔に戻ってゆく。

―――そうか。

ふとエディーは気づいた。

「もしかしたら、この人たちはオレに伝えたいのかもしれない。自分の辛く苦しい胸の内を」

この人たちは恨みに任せてエディーに襲いかかってくるのではない。むしろこの怨嗟の縛りから解き放って欲しいと願っているのだ。

皆、次々と青い光の中へ飛び込んできては溶け込むように消えてゆく。

「渦のエナジーが癒しているのか、この人たちを」

「エディー、時間よ!戻って!」

どこかでエリスの声がした。

しかしエディーは戻ろうとしなかった。

「待ってくれ。オレはこの人たちを癒してあげたい。この人たちの恨みを、悲しみを、取り除いてあげたい」

エディーは遠のいてゆく意識の中でいつまでもそこに立っていた。

 

「タレ様や、何やら妙な塩梅ではないかや?慟哭魔像から毒気が抜けてゆくような。。。?」

ヨーゴス・クイーンが眉間に深い皺を寄せてエディーの戦いを見つめている。

タレナガースも先刻までの自信に満ちた顔つきではなくなっている。

「エディーめ、魔像の中に渦のエナジーを大量に流し込みおった。魔像の内部に貯め込んだ大地の負のパワーを浄化しておる。このままでは慟哭魔像ごと癒しきられてしまうぞよ」

「なな、なんとするのじゃタレ様!?」

ヨーゴス・クイーンの吊り上がった毒バチの目が極限まで見開かれている。

タレナガースは青白いシャレコウベづらを歪めて歯を向いた。

―――こうなってしまうと、慟哭魔像がなまじ『向こう側』におるだけにどうしようもないのう。恐るべし渦のエナジー。。。

「かくなるうえは」

「かくなるうえは?」

「ずらかる!」

タレナガースは口から盛大にどす黒い瘴気を吐き出すと無言でその中に姿を消した。

その後をヨーゴス・クイーンが何やら金切り声をあげながら追った。

 

誰かが横っ面をはたいている。

パンパンと容赦ない平手打ちが左右の頬に当たっている。

「。。。ディー、エディー、しっかりして。しっかりしなさい!」

パンパンパン。

「い、痛いです。エリスさん、イタタ。。。」

のそりと体を動かしたエディーを見て、エリスは「よかった!」と安堵の声を漏らした。

―――そうか。オレはエナジー体のまま気を失って。。。

ガバッと上体を起こして周囲を見回した。

慟哭魔像もタレナガースたちも姿はない。

「慟哭魔像はどうなった?」

「消えたわ。あなたのエディー・ソードのひと突きでね」

薄紙一枚隔てた異次元とはいえ、エディーの動きはエリスにもよく見えていた。

「恨みの波動と渦エナジーのせめぎ合いがあったみたいだけど、最後に勝ったのは私たちよ」

―――そうか。勝ったのか。

「そうだエリス、君は大丈夫なのかい?サルモンスターはどうなった?」

「私が片づけた」

声の方を見ると、少し離れた所にツルギが立っている。腰の鞘にはあの太刀が収められていた。

「ツルギ、来てくれたのか。エリスを助けてくれて有難う」

「エディーがエナジー体になって慟哭魔像にソードを突き刺した瞬間、ツルギが現れてね、魔像を封じていた太刀を抜いて一気にサルモンスターの首をチョーンって」

エリスが自分の掌を手刀に見立てて首のあたりで水平に振った。

サルモンスターもさすがに身の危険を感じて咄嗟に逃げようとしたが、いくら俊敏であっても風の速さには勝てなかった。

「所詮かりそめの命などあっけないものだ。首を落とされたら体が崩れて原形を留めぬほどに崩れてしまった」

活性毒素でこしらえられたヨーゴス軍団のモンスターの最期はいつも同じだ。

「手は貸したぞ」

そう言うとツルギは右手を空へ向けると、自分の胸へと何かを招くように振り下ろした。

それに応じるかのように一陣の突風が吹き、エディーとエリスの視界を一瞬塞いだ。そしてその隙にツルギは姿を消していた。

「結局サルモンスターも戦闘隊長もツルギが倒してくれたね」

「ええ。おかげで私たちは慟哭魔像に集中できたわ」

そもそもツルギが動かなければエディーもエリスも今回の事件に気づきもしなかっただろう。彼には大いに助けられた。

とにもかくにも大地に刻まれた忌まわしき記憶、恨みと悲しみの波動はこれで止まるに違いない。

エディーはそろそろと立ち上がった。

少しふらふらするが、ヨーゴス軍団の悪だくみを阻止することが出来た満足感が胸に残っていた。

 

<終章>

「そうか。。。あの魔像に込められていたいろんな人々の恨みを癒してあげられたのね」

ドクが特製BLTサンドを口に頬張りながら言った。

いつものカフェの席はすべて埋まっている。

やる気を失っていた反動からかマスターはいつになく張り切っている。

この特製BLTサンドセットも新メニューだ。

あの日慟哭魔像が渦エナジーの海に消滅して以来、おかしくなっていた徳島の歯車は完全に元に戻っていた。

「すべての恨みが消えたかどうかはわからない。ただあの魔像の表面に刻み込まれたおびただしい人々の泣いている顔や怒っている顔や恨みに歪んだ顔がエディー・ソードから注ぎ込まれた渦エナジーの中で。。。何て言うか。。。寒い日にあったかいお風呂に浸かったような、満たされた表情に変わっていったんだ」

「ふうん、なるほどね。それでタイムリミットを無視してひとりでも多くの人たちの表情を和らげたくってエナジー体のまま『向こう側』にい続けたってわけね」

ヒロは黙って頷いた。

実のところあの戦いの後、ドクには「人の気も知らないで」とこっぴどく叱られていた。

すぐ近くにいても手出しができない。見ているだけの立場もさぞ辛かっただろう。

下手をすればエディーはエネルギー体のまま二度と『こちら側』へ戻ってこられなかったかもしれないのだ。

「それにしてもエディーはどうやって戻ってきたのかしら?」

ドクは首を傾げた。じっとヒロの顔を見つめたがヒロは答えずただコーヒーを飲んでいる。

しかしヒロには心当たりがあった。

自分の意識も渦エナジーの中へ埋没してしまいそうになったあの時、慟哭魔像が自分を突き飛ばしたような気がしたのだ。

それで間一髪、次元の薄紙を破って『こちら側』へ戻ってこられたのではなかったのか?

だが確信はない。そもそも慟哭魔像には手も足もなく、そのようなことが出来たのかどうかすら定かではない。

ヒロは敢えてそのことをドクには言わなかった。

あの危なっかしいエナジー体の世界にこれ以上興味を持って欲しくはなかったからだ。

一方、ドクはドクで納得していた。

エディーは自分の窮地などお構いなしで人々を助けようとする。とうの昔に亡くなってしまった人たちでも、彼にとっては同じように助けなければならない相手なのだ。

エディーならばこそあの場に踏みとどまり、エディーならばこそ生還した。

そういうことなのだろうと思っている。

今回のヨーゴス軍団の呪いの攻撃には誰も気づいていない。

メディアにも取り上げられていないし県警もまったく気づいていない。

人知れず命を懸けて戦い、勝利し、生還した。

それが渦戦士エディーなのだ。

ドクはもうひと切れのぶ厚い特製BLTサンドにかぶりついた。

<完>