空想特撮シリーズ
2章 能登 〜水際の攻防〜
そいつは頭痛に苛まれて機嫌が悪かった。 宇宙から密かに飛来した未知の金属体の正体こそ、ルパーツ星人デラが警告した侵略宇宙人グラゴであった。 グラゴ星人は今、地中深くのマグマのゆるやかな流れに身を浸していた。 この赤くて熱い溶岩は、小さなコア体になって遥かな宇宙の旅を続け、エネルギーを消耗しきった彼の体に非常に効率良く活力を与えてくれる。 グラゴ星人は侵略の手始めとして、この星に眠る、自分と同じ「匂い」を持つ生物を脳波でコントロールし、暴れさせてみた。 始めはうまい具合に操れたのだが、その生物が不意に「消えて」しまったのだ。恐らく他の生物から何らかの攻撃を受け、「終わった」のだろう。強い念を送っていた分、より大きな反動がグラゴ星人の脳にダメージを与えた。大きな魚を釣り上げようとしていきなり糸を切られてしまったようなものだった。 ぐおおおおおおお。 ―第四脳ビレタリア域の一部が損傷したようだ。ええい畜生め!憶えておれ。この頭の痛みが癒されるまで地上には出られまい。いまいましい下等生物めが。だがまあいい。同じ種の生物をもうひとつ見つけてある。要は時間の問題だ。グラゴ星人に潜入された星の命運は尽きたも同然なのだから。 グラゴ星人は、赤い光の世界で思うさま身体を伸ばした。
深夜の日本海。闇の中を疾るひときわ色濃い巨大な影。 BGAM西太平洋支部が誇るキャリアベースである。 頻発する怪獣災害は世界中に深い爪痕を残し、その猛威はもはや一国で対処でき得る問題ではなくなっていた。 国連会議でも繰り返し動議が発動され、その結果組織されたのが「怪獣に対する国境無き警備団」である。 地中海、中央アジア、西太平洋、カリブなど、過去において怪獣が頻繁に出現したエリアに支部を設置し、怪獣の早期撃退によってその被害を最小限に押さえることを急務に掲げた。 特に日本を中心とする西太平洋エリアでの怪獣出現回数は他の群を抜いており、選りすぐりの高度な技術力が投入され、まさにBGAMの主力とも言える精鋭部隊が編成されたのだ。 その象徴とも言うべきものが、超巨大クルーザー型基地キャリアベースである。 全長三百m。基準排水量は七万トン。一見すると超豪華客船と見紛う優雅さを漂わせるが、洋上を最大四十五ノットの高速で駆け巡り、新型SASミサイル「ブロッサム」と艦砲レーザー「ギャリソン」で、洋上または沿岸地域での怪獣との直接対決も可能である。 また、艦後部にはキャリア(空母)の名の由来となった航空機発着用デッキが設けられており、内部の格納庫では災害救助用ヘリの他に、剣山中で昆虫怪獣ディーバーゴと死闘を繰り広げた高機動戦闘機アルバトロスも羽根を休めている。 乗員は総勢千二百名。艦内はこれらすべての乗員が快適に、そして効率良く活動するための施設が完備されている。例えば、科学研究開発室、メカドック、作戦司令室、戦闘シュミレーション室などの他、ホテル並みの居住区にはレストランや理髪店、果ては整骨院や映画館まで備わっている。 剣山へ出動したあの勇敢な五名のBGAM隊員たちは、これら千二百名のあらゆる分野の専門家のバックアップを受けて最前線へ赴く作戦行動部隊なのである。 隊員たちの作戦指令室は、後部フライトデッキを見下ろせるコマンダーズデッキと呼ばれる高層階にある。 作戦指令室は三方を分厚い強化ガラスによって囲まれている。防音も完璧で、眼下のフライトデッキからアルバトロスが離着陸する場合でも、室内は静寂に満ちている。 シンプルな室内には馬蹄型のコンピュータ内蔵テーブルが据えられている。ゴテゴテした機械類はできる限り排除されており、あらゆる情報処理がこのテーブルに向かうことで解決する。 その超ハイテクテーブルから、人の声が流れ出た。 『私の名はデラ。ルパーツ星人です。地球に凶悪な侵略宇宙人グラゴが潜入しました。直ちに迎撃態勢を整えてください。グラゴ星人は手始めに、地球に眠る怪獣ディーバーゴを目覚めさせ、暴れさせようと企んでいます。急いでください。場所は四国、剣山』 「結局、この謎の通信は嘘じゃなかった」 BGAM西太平洋支部隊長フドウが隊員ひとりひとりの顔を見渡しながら、かみしめるように語った。 「そして今度はこれだ」 長い髪を後頭部で束ねているサキョウがスルガに目で合図した。 頷いたスルガが、テーブルに内蔵されたコンソールの液晶タッチパネルを指先ではじいた。 「まるで我々がキャリアベースに帰還するのを待っていたかのように送られてきた通信です」 『私の名はデラ。侵略星人グラゴは次なる地球怪獣による侵攻を画策しています。能登へ向かってください。海龍ドラガロンが目覚める前に。そして戦ってください。…ウルトラマンアミスと共に…』 先の通信と明らかに同一人物と思われる若い女性の声が再生された。 もう何度も聞いた録音だが、隊員たちはあらためて真剣に聞き入った。 「また出るんですか」 「今度は、えと、ドラ…ドラガン…ドロラガ…?」 「ドラガロンですよ。ちゃんと覚えてくださいね」 セイラとスルガが眉間に皺をよせてこっそり「イ〜」をやりあった。 コヅカはほんの少し明るさを増した東の空をじっと見ている。 「能登。山の次は海か」 また激しい戦いになるのだろう、と思った。 「ところで隊長、このルパーツ星人について何かわかりましたか?」 「うむ、情報処理班に調査を依頼してある。もうすぐ何らかの報告が得られるはずだ」 サキョウとフドウのやりとりにセイラが割り込んできた。 「でも隊長、前の通信が正しかったからと言って次も信用していいのですか?一度目は信用させておいて次は罠っていう可能性も…」 「確かにありますよ。第一グラゴ星人ってヤツはまだ現われていません。案外怪獣を操っている侵略宇宙人というのは、ルパーツ星人と名乗るこいつの方かもしれません」 「多分、それはないわね」 ドアが開き、フドウらの野戦ジャケットと同じ渋い赤のブレザーを着た女性が作戦室に入ってきた。 「ハルナ班長」 彼女こそフドウが謎の通信に関して調査、分析を依頼していた情報処理班の若きチーフである。 ハルナはデータファイルを抱えたまま窓に背をもたせかけ、グレーのタイトスカートから伸びた形の良い足を軽く交叉させた。 少し挑むように、顎を上に向けて相手を見る癖がある。二十九歳の彼女にとって、自分より年上の情報処理班員を相手にチーフの役目を果たさねばならないという重圧が、彼女自身も気づかぬうちにそうさせるのかもしれない。 「何かわかったんですね?班長」 尋ねるフドウに小さく微笑むと、手にしたファイルを開いた。長い髪が顔の前に垂れ、ハルナは左手でかき上げた。 「結論から申しますと、ルパーツ星なる惑星の存在を裏付ける材料は何一つ見つけられませんでした。現在人類が有する最高水準の天文技術を持ってしてもルパーツ星と思しき惑星は発見されなかったのです」 颯爽と作戦室に登場した、情報処理チーム五十人のトップに立つこの才女に少なからず期待していた隊員たちは「はぁ」とため息をついて肩を落とした。 「ただひとつ、五十年以上前の航空防衛隊のスクランブル記録に興味深いものを見つけました」 「興味深いもの?」 コヅカが身を乗り出した。 「ええ。まだBGAMはおろか、現在の防衛組織ができあがる以前の事件ですから、明確な資料が残されているわけではありませんが。西暦一九六六年、わが国の沿岸警備艇が謎の巨大水棲生物と…恐らく怪獣と思われますが、交戦状態に入り、最終的に航空防衛隊にスクランブル要請を出しています。出撃した防衛隊のミサイル攻撃で水棲生物は葬られたようですが、肝心なのは、その沿岸警備艇に複数の民間人が乗船していたということなのです」 「民間人?」 「そんな怪獣との戦いの場に」 「ええ。巨大水棲生物の存在を最初に報告したのがその民間人だったらしいのですが、そのうちの一人が…」 「ルパーツ星人!」 「ピンポーン」 セイラの、まるでクイズの答えを言いあてるようなしぐさにハルナも応じた。 「恐らく記録をつけた当時の防衛隊員も半信半疑だったのでしょう。ルパーツ星人という名前についてはたった一言クエスチョンマーク付きで書かれているだけだったわ。だけど、もしその時も宇宙のどこかから地球の平和を護るためにやって来てくれたのだとしたら」 サキョウは目を閉じ、腕組みしたままハルナの話に聞き入っている。逆に他の隊員は興味津々という顔つきでハルナをじっと見つめている。 「そんな昔からルパーツ星人は地球にやって来ていたのか」 「いえ、記録には無いけれど、恐らくもっともっと前からルパーツ星人はこの地球に来ていたのかもしれません」 「平和を愛する正義の宇宙人、ってか」 「ルパーツ星人の正体を探り、一連の謎の通信の信憑性のほどを見極める。でも残念ながらこれだけの資料では、フドウ隊長に自信を持って回答をさし上げることはできません。しかしルパーツ星人は味方です。私の勘がそう言っているわ」 勘、というおよそ情報処理の世界とはほど遠い言葉を、しかし隊員たちは誰も笑わなかった。 『情報処理の仕上げは勘』というのがハルナの口癖だった。そしてその勘がまたよく当たった。 「心強い味方はもう一人いるわ。あの巨人よ」 セイラが思い出したように言った。 「そう、そうですね。あの強さといったらなかったですよ」 スルガは謎の巨人の戦いぶりを思い返しうっとりとした表情で言った。強い者への憧れは、案外他の隊員たちよりも強いのかもしれない。 「ルパーツ星人の通信に出てくるアレ。『ウルトラマンアミスとともに』っていう」 「あ、じゃああの巨人がそのウルトラマンアミス?」 「恐らくね。ま、これも私の勘なんだけど」 ハルナはフフっと笑って肩をすくめて見せた。 だが、隊員の誰もが心の中で、あの銀色に輝く巨大な超人をウルトラマンアミスと名づけていた。 「それと、一番の問題は『侵略星人グラゴ』だ。あの通信ではどうやら諸悪の根源はそのグラゴ星人のようだし」 フドウがしきりにあごをなでている。考え事に集中し始めた証拠である。 「グラゴ星人に関する資料についても同様です。残念ながら今は何も…」 ハルナは手にしたファイルをせわしげにめくり、いくつかのデータを確認した。 「現在各方面に、宇宙からの飛来物に関するあらゆるデータの提供を依頼しています。何かわかれば、すぐご報告します」 フドウはあいかわらずあごをなでながら二つ三つ頷いた。 「まずは当面の課題をクリアせねばならん。いずれにしても、能登へ行けば謎の多くが解けるに違いあるまい」 フドウは自らに納得させるかのように議論を終わらせた。 東の空はかなり白んでいる。逆光の中に日本の陸地が浮き上がって見えていた。丹後半島だろうか。 隊員たちにとって眠れぬ夜が明けようとしていた。
北陸自動車道を金沢西インターチェンジで降り、能登自動車道を輪島市方面へ向けて北上中、デラの表情がにわかに険しくなったのをシュンは見逃さなかった。 「近いのか?」 シュンの問いに、デラは海を睨んだまま頷いた。 十五分後。 「うわぁ。気持ちいいや」 シュンは車から降りると、両手を空に突き上げて背伸びと深呼吸を一気にやった。 山がホームグラウンドのシュンにとって、日本海から吹きつける初夏の風は全く異質のものに感じられた。香りも、リズムも、重さも違う。 「海ってのも結構いいもんだなぁ。何だか楽しくなってきたよ」 「遊びに来たんじゃないのよ。もっと気持ちを引き締めて」 助手席からデラが文句を言った。 剣山からBGAMが撤退した後、シュンは大急ぎで能登へ向かう準備をした。 能登に何があるのか。誰に言われて能登へ行かねばならぬのか。何ひとつ記憶にないまま、ひたすら準備を急いだ。 翌日の朝一番に山岳警備隊本部へ強引に休暇届を提出し、自宅へ戻って着替えをスポーツバッグに詰め、長距離ドライブのための車の点検を終えた頃、シュンの前にデラが現われた。 「行くのね」 「ああ」 シュンにとっては初めて出会う女性だったが、互いに自己紹介をするでなく、挨拶をするでもなかった。 「その車に私も乗せてって」 シュンは黙ってその女性のために助手席のドアを開けた。 そして六時間後、二人は今、能登半島の付け根に近い千里浜に着いていた。 「デラも降りてみろよ。風が気持ちいいぜ。それに、好きなんだろ、海?」 ハイウェイから海が見えるたび、デラがシートから身を乗り出して、光るを食い入るように見つめていたことにシュンは気づいていた。 シュンに促され、デラは皮のサンダルを砂混じりの芝に置いた。 「あっ、痛」 海風に乗って耳に届いた短い悲鳴に、シュンが車の左側へ回り込むと、極端にお尻を突き出した格好でデラが地べたに座り込んでいた。 「あちこち…痛いわ」 デラの表情から察するに、かなり辛そうだ。 六時間もの間、デラは首を回すでもなく、肩を揉むでもなく、背もたれも倒さずじっとシートに座っていた。 恐らく地球人の姿は仮のものなのだろうが、まだまだ地球人の「形」に慣れていないのだろう。なぜお尻や腰が痛いのか、肩がバキバキと音を立てるのか、理解できないようである。 端正なデラのルックスとその格好があまりにも不釣合いで、シュンは思わず笑い出した。 「どうして笑うの?私、何かおかしいかしら」 「ごめん、ごめん」 手を差し出したシュンは、頬を膨らませてむくれているデラを見て、そのあまりに地球の女性らしいしぐさにまた笑ってしまった。 そしてさらに数分後、シュンとデラは千里浜の固い砂の上に並んで立っていた。 海風が二人の髪を同じリズムで躍らせる。 「BGAMもここに来るのかな」 シュンは、剣山で出会ったあの命知らずたちのことを思い浮かべていた。 特に印象深かったのはやはり隊長のフドウだった。シュンは今までにあれほどダイナミックな人物に会ったことがなかった。 ―また彼らに会ってみたい。 怪獣の出現はBGAMの出動を促す。シュンの胸に不謹慎な期待感が湧き上がってくる。 デラはそんなシュンをチラリと見ると、その視線を沖に戻して言った。 「彼らなら、もう来ているわ」
シュンたちの車が北陸自動車道に入ったばかりの頃、洋上ではBGAMが既に作戦行動を開始していた。 キャリアベースの航行、戦闘に無縁の一般職員たちは、既にシャトルボートで福井県敦賀港へ退避していた。キャリアベースと海洋性怪獣との直接対決が想定させる状況であるため、フドウが下した決断だった。 「我々にある手がかりはデラと名乗るルパーツ星人からの通信だけだ。その通信の言う能登の海を徹底的に索敵する」 フドウは能登半島を取り囲むすべての対象エリアにアルバトロスからおびただしい数のソノブイを海面へ投下させた。 すべての戦闘態勢を整え、五感を研ぎ澄ませて深海からの招かれざる客を待ちうけるという寸法だ。 「顔色が悪いぞ、スルガ隊員」 あいかわらず仏頂面のサキョウである。 アルバトロスの格納庫。サキョウは、出撃を前にせわしなく補給、点検を続ける整備班の仕事ぶりを黙って見守っていた。こうしていながらもサキョウの目は、すべての整備班員の作業の進み具合を把握している。そして、点検用コンピュータのキーボードを叩くスルガの顔色さえも。 「そんなことありませんよ。モニターの光のせいでしょう」 額の汗を傍らのタオルでぬぐい、スルガはサキョウの指摘を言下に否定した。 「そうか」 サキョウもそれ以上はつっこもうとしない。だが、出撃前のこうした点検時間が、スルガの一番嫌いな緊迫したひとときであることをサキョウはよく承知していた。 そして、アルバトロスのメインパイロットであるサキョウは、毎回その点検作業に立ち会った。いつも決まってスルガの背後に陣取り、決して途中で立ち去ろうとはしなかった。スルガが「異常ありませんね」と言うまでは。 かつてスルガがアメリカの「世界科学開発アカデミー」に在籍していた頃、その抜群のひらめきを称えて他の発明家や科学者たちが彼を「ビヨンド(=超越した者)」と呼び始めた。その賛辞を込めた愛称が決して大げさではないことを、BGAMの各隊員たちはよく理解しており、特にメカに関しては絶対的な信頼を置いている。 やがてスルガが「ふうう」と長く息を吐き、 「OKです。異常ありません」 と言うや、 「サンキュー、ビヨンド」 サキョウは踵を返し、まだ大勢の整備班が働く格納庫を後にした。
日本海は少々ご機嫌ななめだった。 突風にあおられた海面が唐突に立ち上がり、巨大な三角波を作る。 アルバトロスはその三角波に底部を突き上げられ激しく揺れた。 「くっ」 操縦桿を握るセイラは慌てて高度を取った。ソノブイを指定ポイントに正確に投下するために、彼女はアルバトロスをわざと海面すれすれに飛ばしていたのだ。 ―これだけ揺れたらスルガ隊員ならわぁわぁうるさいだろうな。それに比べて…。 後部席には、「たまには替われ」とセイラに強引に操縦席を奪われたサキョウが、仏頂面でサイドコンソールパネルに向かっていた。 「投下」 サキョウの指示で、セイラは次々とソノブイをばら撒いていった。レーダーモニターに無数の赤い光が点滅を始めた。 「さあ出てらっしゃい。私たちが相手をしてあげるわ」 白波を立てる海面に向かって、セイラは挑むように吐き捨てた。
〈ソナーに反応あり!エリア08、ポイントA3〉 「怪獣か?」 アルバトロスからの通信に、目を充血させたキャリアベース艦長ソエダが食いつくように尋ねた。 間髪入れずフドウが、当直の情報処理班員にも確認を促した。コマンダーズデッキに緊迫した空気が張り詰めた。 「全長約八十メートル、移動速度…約六十ノット!南南東へ向けて高速移動中。金属反応、スクリュー音ともに検知されません。隊長、こいつは潜水艦などではありません」 息を呑む艦長に代わって、フドウが質問を重ねた。 「このまま進めばいつ、どこへ上陸する?」 「…上陸は八十分後。場所は石川県羽咋市、千里浜」 「千里浜…近いな」 フドウは、BGAM西太平洋支部司令官の肩書きを持つソエダと向き合い背筋を伸ばした。 「移動中の物体は怪獣ドラガロンに間違いないでしょう。この後アルバトロスと本艦のレーダーで怪獣を徹底追尾するとともに、キャリアベースをドラガロンの進路上に展開。直接対決の上これを撃破します」 直接対決。その場に居合わせた乗組員たちは電気に触れたようにピクリと震えた。BGAMの一員としてあらゆる事態を平然と受け止める覚悟はできているはずだが、やはり重苦しい緊張感をどうすることもできなかった。 「よろしく頼む、フドウ隊長」 ソエダはフドウの目をじっと見つめながら丁寧に敬礼を行った。
まるで山が生まれたかのように海面が盛り上がり、虹色の鱗に覆われた龍の顔が、おびただしい水しぶきの中から現われた。 ギャギャオオオウウ。 忌まわしい深海からの来訪者は、口元をえぐるように伸びた凶悪なキバをむき出して、上空を追跡してきたアルバトロスに威嚇の咆哮をあげた。 「うっ」 伝説の世界から抜け出してきた龍の迫力に気圧され、充分な距離があると知りつつも、セイラは思わず機の高度を上げた。 再び全身を海中に沈めたドラガロンは、悠々と巨体をくねらせ、高速で水中を突き進んだ。 海面に映るどす黒い巨大な影が向かう先には、能登半島が長々と横たわっていた。
〈ドラガロンは海面下約八メートルを千里浜方面へ高速移動中。速度、方向ともに全く変わりありません〉 「くそ。気持ち良く海水浴ができるのも今のうちだぜ」 情報処理班からの通信に、コヅカが悔しげにうめいた。 「艦長、本艦は三分後に作戦海域に到着します」 副艦長オヅがソエダに歩み寄り静かに報告した。 オヅは身長一八八センチ、体重は九十五キロの巨漢である。もとは豊かな口ひげをたくわえていたのだが、身長一七〇センチ六十キロと痩身のソエダの副官となることが決まったとき、ヒゲを綺麗にそり落とした。 「うむ。いよいよだな」 ソエダがごくりと唾を飲んだ。 「ドラガロンが海面に身体を現す周期を情報処理班がはじき出してくれました。データが充分ではないため確立は約六十九パーセントですが」 スルガがハルナから預かったファイルを読み上げた。 「七割。難しいところだな」 「今のBGAMには海中の敵にダメージを与える戦力は無い。七割のデータがあるならそいつに賭けるしかあるまい」 嘆いていてもはじまらんぞ、という風にコヅカに諭すと、フドウはあらためて命令を発した。 「スルガ隊員はそのデータをもとにドラガロンが海面に浮上するポイントを算出。さらに逆算してブロッサム発射のタイミングを割り出せ。コヅカ隊員、君にブロッサムとギャリソンのトリガーを預ける」
キャリアベースの中央やや後部よりに左右一基ずつ据えられた大型ロケットランチャー。その形が植物の蕾に似ていることから、この対空ミサイルは「ブロッサム」と呼ばれている。 「これ、ほんとは対空用だから海面近くは苦手なのよね。スルガ隊員、出現地点の割り出し、間違えないでよ」 グィィィンという重い音を響かせて管制室からの遠隔操作で発射角度を変えてゆくランチャーを凝視しながら、セイラが野戦ジャケットの襟に仕込まれた無線用ピンマイクに怒鳴った。外は風の音がすごい。 〈わかってますよ。そんな大きな声出さないでください〉 セイラ、サキョウ両隊員は、ドラガロンの追跡をキャリアベースのレーダー室に任せて、ついさっき帰投したばかりだった。 フドウから、スルガに余計なプレッシャーをかけるなよ、と釘をさされていたセイラだったが、何にでも首をつっこみたがる性分はそう易々と直りそうにない。 彼女につづいて室外に出てきたコヅカが彼女の肩に右手を軽く置いて笑った。 「ま、信じていいんじゃないの?」
千里浜に立つシュンとデラは沖を見続けていた。 第一級避難命令が発令されているため、夏というのに浜には二人以外誰もいない。 「来た」 デラが沖の一点を指差した。 その指がさし示す先。浜から数キロ以上沖合いに突然怪獣の長い首が出現した。と同時に、飛来した四発のミサイルが次々に命中し、凄まじい火柱をあげた。 常人ならばとても肉眼では捕らえられないほど沖合いでの出来事なのだが、この二人はその一部始終を見て取った。 「優秀な組織だわ」 「ああ」 「でも…ドラガロンは強すぎる」 デラはつぶやくと、意味深げな視線をシュンに向けた。
〈第一波ミサイル全弾命中しました〉 「よし」 管制室にいるスルガからの無線報告に、ゲーム機のジョイスティックのようなトリガーを握ったコヅカがガッツポーズを見せた。 「ドラガロンの様子は?」 命中させることが目的ではない、というふうにフドウはうかれる部下を目で制しながらスルガに報告を求めた。 〈静止しています。動きを止めました〉 「仕留めたか」 〈わかりません…あ、移動し始めました。こちらへ、キャリアベースを目指しています〉 スルガの報告の後半は悲鳴まじりになっている。 「くそっ。ブロッサムの直撃を受けて倒れないなんて」 コヅカがギリッと奥歯を噛み締めた。 「いや、これでいい。怪獣の注意を陸からそらせることができた」 フドウは怪獣接近の報に、不適な笑みを浮かべた。彼もまた根っからの戦士なのだ。 「さあ、ここからが本当の戦いだ。スルガ隊員、ギャリソン発射スタンバイ。照準はブロッサムとリンクさせていつでも撃てるようにしておけ。サキョウ隊員、コヅカ隊員はアルバトロスで待機。代わってトリガーはセイラ隊員、君に任せる」 飛行メカの操縦も射撃も一流の腕前を持ちながら、いつもサキョウ、コヅカの陰に隠れた存在だったセイラだが、突然の大役を仰せつかり俄然ファイトを燃やした。 頬をやや紅潮させ、両手をこすりあわせるとトリガーを握った。 「おいおい、まだ撃つんじゃないぞ」 フドウが笑いながら彼女の肩の力を抜いてやった。 「スルガ隊員、ドラガロンとの接触まであとどれくらいだ?」 〈もうすぐ目視できます〉 フドウはそれを聞くや、キャリアベースで最も高いビスタデッキへと向かった。
ギャギャギャギャッ。 水棲生物特有の甲高い声をあげ、ドラガロンはキャリアベースから約三キロの海面に姿を現した。 ランチャーが火を噴き、正確にドラガロンの上半身に着弾させた。 鱗に覆われた長い首と、頭頂部や頬からはえた刃のような鋭いヒレがうねっている。 水かきのついた両手にはキャリアベースといえども真っ二つにできそうな鋭いツメが光っており、盛り上がる肩の筋肉がそれを最大限有効に使えるようバックアップしていた。 苦しい、というよりも攻撃されていることに怒り、ドラガロンは天を振り仰いで吼えた。 一見、圧倒的とも思えるミサイルの連射を受け、さすがに動きを封じられているのか、そこからの距離を一気に縮めるというわけにはいかないようだが、それでも徐々にキャリアベースへ近づいて来る。 「よし。食いついた」 フドウは、ブロッサムで攻撃しながらキャリアベースを後退させ、このままドラガロンを沖へ誘導するつもりなのだ。 そして…。 ―ギャリソンで仕留める。 一方、キャリアベースの乗組員たちは、生まれて初めて怪獣を目にして少なからずうろたえていた。ましてその怪獣が自分達の乗る船をまっすぐ追いかけて来る。艦長ソエダ、副艦長オヅ以下、肝のすわった猛者たちでさえ、乾く唇、震える拳をどうすることもできなかった。 「ギャリソン発射用意」 ビスタデッキで吹き荒れる風の中に仁王立ちしたフドウが無線に叫んだ。 「照準はヤツの頭!」 ターレットに乗るレーザー射出口が回頭し始めた。 その時、天を仰ぐドラガロンの喉元が白い光を放ちはじめた。 「あれは?」 とてつもなく嫌な予感を憶えながらフドウはその光をじっと見た。 それは明滅しながら徐々に怪獣の口へと向かって動いている。何かが怪獣の体内から吐き出されようとしているに違いない。 いかん!それはフドウの直感だった。 「ギャリソンを撃て!セイラ」 フドウの叫びはドラガロンが吐き出した青く光る破壊光線の音に重なった。 ビシュッ。 ほとんど同時にギャリソンの赤い光が走った。 バチッ! 二つの光が空中で激突し、空気さえも引き裂くかのような鋭い音がはじけた。 赤と青の合流点では、いかなる化学反応の仕業か、とても直視できない津波の如きおびただしい光の球が発生した。 光の球は、せめぎ合いの中でしばらく静止していたが、徐々にキャリアベースの方に近づいてきた。 「まずい、押されている」 ヘルメットのシールドを下ろしてそれを見ていたフドウは再び襟の無線に叫んだ。 「スルガ隊員、ギャリソンの出力を上げろ!」 〈え?駄目ですよ、隊長。ドラガロンの光線ですっごい負荷がかかってるんですから。これいじょ…〉 「いいから上げろ!」 フドウのもの凄い剣幕に、ひっ。とひと声ひきつるとスルガはギャリソンの出力レベルを一気にマキシマムまで引き上げた。 レッドゾーンを越えたギャリソンは光線合流点の光球をググっとほぼ半ばまで押し戻した。 その時。 ババーン! 臨界を越えたふたつの破壊光線が炸裂した。 凄まじい爆風がキャリアベースに襲いかかり、巨大な船体がグラリとゆらいだ。外に出ていたフドウは、デッキのドアにいやというほど全身を打ちつけて呻いた。 「う…うう」 彼はデッキの手すりにつかまりながら、ふらふらと立ちあがった。ヘルメットを着用していなければ恐らく立ち上がることすらできなかっただろう。 「皆、大丈夫か」 これだけ巨大な船になると滅多に揺れるということが無いだけに、乗組員へのダメージが心配される。 〈こちらは艦長はじめ全員無事です。隊長こそご無事ですか?〉 心配そうなセイラの声が返って来た。 「私はいい。それよりもスルガ隊員、もう一度ギャリソンを撃てるか?」 キバをむいてゆっくりとキャリアベースに近づいて来るドラガロンを横目で見ながら尋ねた。独特の呼吸法で精神を鎮め、痛みを感覚から切り離そうと試みる。 〈駄目です。無理な出力アップとドラガロンの光線によるエネルギーの逆流で…その、完全にイッちゃってます〉 「そいつはすまなかったな。で、ブロッサムなら撃てるのか?」 ドラガロンはキャリアベースから七〜八百メートルの距離まで接近してきた。 〈ギャリソンと照準システムをリンクさせていたため、こっちも管制システムがフリーズしています。何とか応急処置を施してみますが〉 つまりは丸腰か。ここでさっきの破壊光線をくらったらキャリアベースはひとたまりもあるまい。フドウはとりあえず怪獣と等間隔で沖へ向かうよう指示を出し運を天にまかせた。 管制室では、スルガが自前の小型モバイルコンピュータを武器管制システムに接続させ、指先で小さなキーボードを叩きまくっていた。武器管制システム専用のキーボードは、エネルギーの逆流によって黒く焼け焦げてしまっている。 一旦集中すると彼の耳は周囲の音を一切遮断してしまう能力があるらしい。もの凄い集中力である。隣で「早く、早く」とわめくセイラの声も今のスルガには全く届いていない。 突然「よし」と呟くと襟をぎゅっと掴んで叫んだ。 「隊長、ブロッサムの管制システムを思いきって初期化してみました。手動でならミサイルを撃てます」 ブロッサムの火力では力不足かもしれないが、やるしかあるまいとフドウは腹を決めた。 いつまでもにらみ合いながら洋上を逃げ回っているわけにもいくまい。 「スルガ隊員、ソエダ艦長をすみやかにアルバトロスへお連れしろ」 〈了解。わっ、か、艦長?〉 無線の向こうでスルガが素っ頓狂な声を上げた。 〈フドウ君、何故私がアルバトロスに乗らねばならんのだ?〉 ソエダはスルガの襟の無線機に顔を寄せて、退艦を促すフドウに抗議した。 「艦長、キャリアベース最初で最後の戦いになるかもしれません。その場合、今後のBGAM西太平洋支部再建にはあなたのお力が絶対に必要となります。お気持ちはわかりますが、ここは一旦避難してください」 フドウも必死だった。ドラガロンはそこまで来ている。今は鼠を追い詰めた猫さながらゆっくりと近づいて来るが、この距離でミサイルを撃ち込み怪獣を刺激するのはまずい。至近距離からあの破壊光線を食らえば防ぎきれないだろう。一か八かの攻撃は、ソエダが離脱するまでは控えるべきだとフドウは判断したのだ。 〈船に最期が訪れる時、共に逝くのは艦長の義務であり特権なのだよ。どうであれ船と部下を残して責任者の私がさっさと逃げ出すわけにはいかん。絶対にだ。オヅ副艦長、君が代わりに行ってくれたまえ〉 〈お、お断りします。自分の居場所は最期まで艦長の隣だと決めております。いくら艦長のご命令でもそればかりは聞けません〉 無線をオフにしたフドウは天を仰いだ。
―ここへ来い!虫けらに構うな。さあ、来い。 地中深く、ゆるやかに流れる溶岩の中で鋭く光る一対の目がカッと開かれた。どす黒い思念が疾った。
「あっ」 千里浜でシュンと共に戦況をうかがっていたデラが、電気に触れたように体を震わせた。 反射的に振り返り、遥か南東の空を恐怖と憎しみの入り混じった瞳でにらんだ。 「そこにいるのね」
「隊長、ドラガロンがキャリアベースから離れてゆきます」 ソエダをアルバトロスで離脱させようと、自ら管制室に赴いていたフドウは背筋が凍りついた。 「何だと」 フドウは分厚い強化ガラスがはめられた窓に両手のひらをべたりとつけ、ドラガロンの様子を見た。 キャリアベースに背を向け、ドラガロンは悠然と遠くに霞む能登半島へ向けて泳ぎ始めていた。 「ふう、助かりましたね」 肩の力が抜け、やれやれというスルガの背をセイラがパン!と思いきり張り飛ばした。 「馬鹿。私たちが助かってどうするのよ。早くあいつを止めなきゃ」 「セイラ隊員、ヤツにブロッサムを撃て。もう一度注意をこちらへ向けるんだ」 「了解」 フドウの命令にセイラは瞬時に反応した。 自動照準システムを解除したため、セイラはモニターに写る怪獣の背中を慎重に狙ってトリガーをひいた。 部屋にいる者たちは皆、完全防音のガラス越しに、ミサイルの直撃を受けて炎を上げる怪獣の背を見つめている。 しかし、ドラガロンは着弾の痛みに身じろぎしながらもキャリアベースにはまったく興味を失ってしまったかのように、振り向こうともせず陸地めがけて泳ぎ去った。 「くそっ。何故反応しない?こっちを向け。俺たちと戦え!」 フドウはドン、と拳をガラスに撃ちつけるとセイラ、スルガ両隊員に「後を頼む」と言い残し小走りに管制室を出ていった。
「来たわ」 デラが沖を指差した。明かに表情がこわばっている。 「BGAMは?やられたのか」 シュンの問いにデラは首を横に振った。 「まだ決着はついていない。ドラガロンはグラゴ星人の強い念に引き寄せられているの」 ドラガロンはもの凄いスピードで見る見る浜へ近づくと、突然二本の後ろ足で立ちあがった。 ギャギャギャオン。 虹色に光る美しくスマートな体躯に似合わぬ凶悪な面相。自然界の摂理やバランスといった法則をことごとく打破した存在、それが怪獣なのであろうか。 キイイイン。 ドラガロンを追って遥か沖から大型戦闘機が飛来した。キャリアベースから発艦したアルバトロスだった。 「ここは戦場になる。危ないから僕たちも退避しよう」 「でも私は…あっ」 シュンは間近で戦況を見たがっているデラの手を強引に引っ張った。
〈隊長、間もなく降下ポイントです。準備よろしいですか?〉 「いつでもいいぞ」 乗用車一台を楽に収納できる広さの後部格納庫にフドウはいた。スーパートレールバイク「ゼブラ」に跨っている。 あらゆる路面を高速で走破する排気量一〇〇〇CCの大型バイクは、軽量化のために、今はライトなどのあらゆる保安部品を取り除いてある。露出した黒く光るフレームやエンジンが、無骨で冷淡なマシンのイメージを強調している。 ガコン。 コクピットからの操作で後部格納庫のハッチがゆっくり開き始めた。千里浜と羽咋市の景色が眼下に広がる。 「ゼブラ、降下する」 フドウは言うなりゼブラのアクセルを回し一気に地上五十メートルの空間へ飛び出した。 間髪を置かずパラシュートを開き、バイクごとフドウは浜をめがけて降下していった。 通常よりもかなり速い降下をしながら、巧みな体重移動で千里浜のレストハウス横にある観光用駐車場の真上まで来たフドウは、地面まで残り三メートルのところでパラシュートを切り離し、まず後輪そして前輪と、見事にアスファルトの駐車場に着地した。 フドウは上空のアルバトロスに向けて軽く手を振った。 「怪獣の正面から攻撃する。いいか、波打ち際が最終防衛ラインだ。絶対にヤツを陸に上げるんじゃないぞ」 「了解」 サキョウは、コクピットから小さく見えるフドウへ敬礼を送った。 「聞いたか、コヅカ隊員」 「ああ。文字通り水際作戦ってやつだ」 「行くぞ」 アルバトロスはドラガロンの真正面へ回り込んだ。 一方、フドウはゼブラを浜へ乗り入れていた。 堅い砂浜は乗用車や観光バスが乗り入れてもスタッグせず、波打ち際のドライブを楽しむことができる。 なぎさのドライブウエイとして知られるこの浜は、海水浴やデートの若いカップルなどで賑わう北陸有数の観光スポットである。 しかし今は、フドウ以外誰もいない。 「それもこれも貴様のせいだぞ」 フドウは正面に迫るドラガロンに文句を言いながら、背に括り付けてある円筒ケースを下ろし、中から太陽の光を反射して輝く銀色の金属パーツをいくつか取り出した。 「しかし、こんな重いものをよくもまあコヅカのやつは平気で振りまわすものだ」 カシャッ。カシャッ。と組み上げ「おりゃ」と気合を入れながら構えたものは、高速回転式多銃身を持つ光弾ガトリング砲アッテスバルカンである。 銃器の扱いはコヅカにもひけを取らぬフドウだが、さすがにアッテスバルカンの重さはフドウにもこたえる。疲労を押さえ、命中精度を高める手段として、ゼブラのフロントフォークから折りたたみ式のステーを延ばしアッテスバルカンを固定させた。 「サキョウ隊員、アルバトロスでドラガロンの周りを旋回してみてくれ。充分気をつけてな」 〈了解〉 アルバトロスは、ドラガロンの脇を何度か高速で通過したり、目の前でふっと静止したりして、ヤツの注意を惹こうと試みた。 その都度ドラガロンは、腕を振りまわしてアルバトロスを叩き落そうとする。指と指の間には水かきがあり、ブウンと不気味な音をたてて腕を振るたびに突風がアルバトロスの機体を叩いた。 「まるで巨大な団扇だぜ」 泣き言を言わぬサキョウが思わずうめいた。そのまま海面まで吹き飛ばされずに体勢を維持していられるのは、サキョウの卓越した技量あらばこそである。 「食いつくか」 うまい具合にアルバトロスの挑発にのり後を追ってくれれば、そのまま再び沖へヤツを誘導できるのだが。フドウはいちるの希望を抱いて状況を見守った。 はたしてドラガロンの憎しみに燃える瞳は、自分を馬鹿にしたように飛びまわるアルバトロスを執拗に追っていた。相手になってやろうという気は充分あるようなのだが、それでもドラガロンはひたすら陸を目指して真直ぐ進み続けた。まるでよそ見をすると御者にムチを入れられ、渋々前をむく馬車馬といったところである。 ―だめか。 フドウは唇をかんだ。 「キャリアベースから遠ざかった時と同じだ。いったいヤツはどこへ行こうとしているんだ?」 フドウはもはや陽動作戦が何の効果もないことを思い知らされた。 「ならば…倒すしかない!」 アルバトロスとゼブラから一斉に光弾が発射され、直撃を受けたドラガロンは再び苦悶の咆哮をあげた。そして、自分の思いどおりに暴れられない憂さを晴らすかのように、カッと大きく開いた口から青い破壊光線を発射した。 青い光線の直撃を受けたレストハウスが一瞬宙に浮き上がったかのように見え、かき消えた。 ついさっきフドウが降下した辺りは、瞬時に吹き飛ばされて何もなくなってしまった。 〈分子崩壊ビームです。隊長、直撃を免れても分子崩壊に巻き込まれただけで肉体が消滅します。注意してください〉 「ご忠告、有難うよ」 サキョウからのアドバイスに苦虫を噛み潰したような顔で礼を言い、フドウはゼブラに固定したアッテスバルカンを放ち始めた。 鎖のように連なってドラガロンのボディへ突き進む破壊光弾を操りながら、フドウは焦りを隠せなかった。 「波打ち際まであと三百メートル…」
シュンとデラは、海がよく見える校舎の屋上にいた。さっきまでいた千里浜からは二百メートルほど内陸にある小学校だ。 飛来したBGAMの戦闘機が攻撃を始めると、怪獣も口から光線を吐いて暴れた。しかし、結局怪獣はどんどん陸へ向かってくる。このままではこの街は蹂躙され、破壊し尽くされてしまうだろう。 ―何とか食いとめてくれ。 シュンは祈るような気持ちで銀色の戦闘機を眺めた。 その時、怪獣が吐いた光線が小学校のすぐ近くに着弾し、街のひとブロックがまるごと、一瞬にして消滅してしまった。 家屋や道路、電信柱から草一本にいたるまで、ことごとくが異次元へと吹き飛ばされたかのようにかき消され、何も無いただの荒地となってしまったのだ。 「ここにいてはいけない。もっと安全な場所へ移ろう」 シュンは再びデラを連れて走った。
「コヅカ隊員、アルバトロス二号機はいつ頃完成するんだ?」 ドラガロンの振り下ろした巨大な鉤ツメをかすめながら、サキョウが右隣のコヅカに尋ねた。 「たしかあと三、四日で実戦配備のはずだ。スルガ隊員が言ってたぜ」 シューティング・スコープを覗き込んだままコヅカが答えた。 「そうか。なら、いいな」 その言葉にコヅカが顔を上げ、あらためてサキョウを見つめた。 その目をサキョウが無言で見返している。何かを示唆するかのように小さく頷くと、コヅカもすべてを察して頷いた。 「俺たちがいなくてもセイラ隊員がいる。彼女、いい腕してるぜ」 「ここからは絶対に退かん。この水際は死守してみせる」 「おう!」 アルバトロスは静かに怪獣の真正面へまわると高度五十メートルで静止した。 機の真下では波と砂が互いの領域を主張し合うかのように押しては押し返されていた。 ピュピュピュン。 三連射でルーク砲を撃ち続けながら、もはやアルバトロスはその位置から動こうとはしなかった。 「ん?あいつら一体」 砂浜でアッテスバルカンを撃ち続けていたフドウはアルバトロスの様子をいぶかった。 「サキョウ隊員、無理はするな。最後まで諦めはしないが、万一状況が変わればそれに応じて作戦をたてなおす。あまり怪獣に近づきすぎるんじゃない」 〈了解〉 いつもながらの無感情なサキョウの返答ではあったが、フドウは妙な胸騒ぎを覚えた。 次の作戦と言っても実はまだ何も考えてはいない。ただこの美しい砂浜にはドラガロンのおぞましい足跡は一つたりとも残させはしない。いよいよとなれば自分一人で波打ち際に最後の防衛線をひいてやろうと思っていた。 ―まさか、あいつら…。 馬鹿野郎。そいつは俺の仕事だ。フドウはアッテスバルカンを放りだし、砂浜を駆け出した。右手を大きく振りながらアロバトロスめがけて腹の底から叫んだ。 「サキョウ、下がれ。最終防衛線を後方へ三百メートル下げる。撤退しろ!命令だ!聞こえんのか!」 無線は沈黙したままだった。 もはやアルバトロスのフロントガラスは、怪獣しか見えなくなってしまった。
「やられる!」 再び千里浜の入り口までやって来たシュンとデラは、今にも浜へ上陸しようとする海竜ドラガロンと、その眼前でかたくなに攻撃を続けるBGAM戦闘機を見た。 「駄目、死ぬ気だわ。アミス!」 デラが悲鳴と共にシュンを見た。 シュンは右手をバッと水平に伸ばし、五本の指を力いっぱい大きく開いた。 その開かれた手のひらの真下の地面から、突然金色の強い光が垂直に迸った。 粒子がゆるやかならせん状に渦を巻く不思議な光は、まるで地面から天に向けて放たれたサーチライトのようで、シュンの手のひらの位置に円筒形の物体を浮かび上がらせた。 シュンの体内で眠る、大地の守護神に繋がる光の回路を目覚めさせる神秘のアイテム『グラスパー』。 シュンは、掌中に出現したグラスパーを素早く握りしめると天に向かって掲げた。
ギャギャッ。 ドラガロンの鉤ツメがアルバトロスの真上に振り下ろされた時…。 ディアッ。 怪獣の腕をがっしりと受け止めた銀色の巨大な腕。 「あれは!」 フドウが指差して叫んだ。 「ウルトラマンアミス」 ウルトラマンアミスは、ドラガロンの腕を掴んだまま、もう一方の肘を鋭く怪獣のみぞおちあたりへ打ち込んだ。 ドラガロンがダメージを受けた辺りを押さえて後方へよろめいた。 「助けられたのか、俺たち」 コヅカが、顎からしたたる汗を手の甲でぬぐいながら呟いた。 ウルトラマンアミスはアルバトロスのコクピットを振りかえると「下がれ」と目で合図した。 「そのようだな」 サキョウがウルトラマンに頷きながらアルバトロスを大きく旋回させ、怪獣から距離をとった。 ディア! ギャギャオウ! ウルトラマンアミス、ドラガロンともにファイティングポーズをとり、睨み合った。 両者同時に走り寄り、互いに拳を相手の胸板へ打ち込んだ。それは、ガードよりも攻撃に重点をおいたような壮絶な殴り合いの始まりだった。 アミスは鋭い鉤ツメの洗礼を受けたが、ドラガロンの長い首を支える分厚い胸板もまた、アミスの強烈な打撃技による火花を散らせた。 グエエエ。 ドラガロンは体表から炎を噴きあげてのけぞった。アミスはここぞとばかりにパンチ、キックをたてつづけにドラガロンに見舞った。 体内のエネルギーを拳や足先に集中させ、単なる打撃以上のダメージを相手に与えるヒートパンチ、ヒートキックである。この攻撃により、序盤戦は明かにアミスに軍配があがった。 左右の手刀を揃えて水平に打ちこんだヒートチョップは、アミスよりも大柄なドラガロンの巨体を後方へ大きくはじき飛ばした。 それを追って、水飛沫をあげながらアミスがダッシュした時、ドラガロンの口が青く発光した。 キャリアベースの必殺兵器ギャリソンレーザーと互角以上の威力を発揮した強力な分子崩壊ビームが、アミスの顔面を直撃した。 グアアア。 体組織の分子崩壊こそ免れたが、不覚にもアミスは戦闘不能に陥ってしまった。 両手で顔面を覆い悶絶するアミスに、ドラガロンは再び大振りのパンチを繰り出した。 一瞬にして形勢は逆転され、アミスは苦境に立たされた。分子崩壊ビームを受け、視力を一時的に失ってしまったのだ。 聴覚のみを頼りにドラガロンがいるあたりに拳を打ち出してみるが、空を切るばかりである。二十メートルはあろうかというドラガロンの尻尾が巧みに海面を叩いてアミスを翻弄し、自分のいる場所を容易に掴ませないのだ。 振るった拳に手応えを得られず体勢をくずすアミスに、更にドラガロンの容赦無いパンチや蹴りが繰り出された。 「ずる賢い野郎だ」 「アミス、やつはここだ。音でも光でもいい。わかってくれ!」 アルバトロスがドラガロンへ向けて急降下し、ルーク砲を真上から撃ち込んだ。 ドドーン。 激しい爆発音とともにドラガロンの肩のあたりから火柱が上がった。 片膝を海中に浸し、立ちあがれずうめいていたアミスがキッと顔を上げ、爆発音とかすかに見える火柱の光をめがけて体当たりをかけた。 不意をついた猛ダッシュをドラガロンはよけきれず、アミスもろとも後方へもんどりうって倒れ込んだ。 津波のような波が立ち上がり、無人の千里浜を飲み込んだ。 先に立ちあがったのはアミスだった。 手のひらで海水をすくうと視力を失った目にかけ、うっすらと見え始めた前方の景色に意識を集中させた。 ―見える。 アミスは海中に沈んでいるドラガロンに馬乗りになり、ヒートパンチを繰り出す。 だが…。 「駄目だ。効いてない」 上空から様子を見ているサキョウが首を横に振った。 海中ではヒートパンチの威力は大幅に削減されていた。何よりも海中にいる時の海竜ドラガロンに大きなダメージを与えるのは、至難の業なのかもしれない。 突如ドラガロンが首だけを海面に出し、再び分子崩壊ビームを吐いた。 ディアァ。 間一髪、アミスは馬乗りになったまま反射的にそれをかわした。光線は、よけたアミスの首から耳にかけてを、火花を散らしながらかすめていった。 その時、今まで青く輝いていた胸のカラータイマーがキィンキィンキィンと赤く点滅し始めた。 「またあの点滅だ」 フドウは、アミスのエネルギーが残り少ないことを直感で知った。 「あの姿で我々の前に現われること自体、彼には大きな負担なんだよ、きっと」 「ああ、何だか苦しそうだ」 アルバトロスのコクピットでも、サキョウ、コヅカ両隊員が心配そうに汗ばむ拳を握りしめた。 カラータイマーの点滅に一瞬気を取られたアミスの首に、背後から忍び寄ってきたドラガロンの尻尾が素早く巻きつき、アミスをそのまま波打ち際近くまで振り飛ばした。 シュアア。 うつ伏せで浅い海に突っ伏したアミスは、仰向けに回転しざま腕をクロスさせ、剣山でディーバーゴを葬った必殺のテルミニード光線を発射した。 「これだぜっ!」 コヅカが勝ち誇ったように歓声をあげた。 パシッ。ビシッ。 しかし、結果はコヅカが思い描いたものとはまったく異なるものとなった。 ドラガロンの体表を目に見えぬプラズマが取り囲み、テルミニード光線をはじいてしまったのだ。いや、はじいたと言うよりは四散させた、と言うべきか。 海のエネルギーを源とするドラガロンは、体内に一種の水力発電器官を備えていた。 強力な電気が起こす電磁波が、光の流れであるテルミニード光線をはじき飛ばしてしまったのだ。 「ヤツめ。あんなことができたのか!」 パワーだけではなく、戦いにおける駆け引きを知っている。そんな怪獣がいたとは…。 今の今まで切り札を温存してきたドラガロンのずる賢さに、フドウは舌を巻いた。自らの内に芽生えようとする怖気を振り払うかのように、再びアッテスバルカンのトリガーを絞った。 アルバトロスからも、援護射撃の光弾が撃ち込まれた。 ギャルルルル。 ドラガロンはひと声鳴くと、見えない鎧として体にまとっているプラズマを海面へ向けて一気に放った。 バチバチバチバチ! 海面が狂ったように波立ち、高圧電流が海を満たした。 くるぶしあたりまで海に入っていたアミスは、四肢を引き裂かれるかのような衝撃にびくん!と激しく体を振るわせると、声も無くその場に崩れ落ちた。 「アミス!立って!負けないで!」 浜辺の片隅で一人戦況を見守っていたデラが、海からの向かい風の中で声をからして叫んだ。 必殺技は封じられ、体内のエネルギーも枯渇寸前…。天を仰いで倒れたアミスには、もはや勝機は残されていないと思われた。 相手が動かぬと見るや、ドラガロンは再び陸への執着を取り戻し、能登から南東の方向へと進み始めた。 倒れているアミスの体を、もう人形に興味を示さなくなった子供さながら、無関心にまたいでゆく。 体長約六十メートル。尻尾の先までを計算に入れると約八十メートルはあろうかという巨大な竜の全身がついに海から上がった。 その時、不意にドラガロンの動きが止まった。 進めようとして進まぬ足元へ訝しげな視線をめぐらせたドラガロンが見たものは、自分の左足首を力いっぱい掴んでいるアミスの右手だった。 ―陸には上げぬ! アミスの流線型の光る目には、明かに強い意思が宿っている。 アミスは、悲鳴をあげる自らの肉体を無理やり叩き起こし、ドラガロンを背後から捕まえると、残り僅かな力のすべてを振り絞って再び海中へと引き倒した。 海面を乱しながら転がるドラガロンは、腹立ちまぎれにもう一度高圧電流を海へ放った。 しかし、僅かに早くアミスは海面を蹴って空へ舞い、プラズマで波立つ海から無事離脱していた。高空でバク転し、引力に逆らうようにふわりと砂浜に降り立った。 着地態勢のアミスめがけてドラガロンが青い分子崩壊ビームを放つ。 シャアッ! 気合一閃。アミスはヒートチョップで分子崩壊ビームをはじき返すと、再び両腕を十字に構えた。 「アミス、その技はもう…」 コヅカが絶望の叫びをあげた。 アミスの攻撃を察知したドラガロンは、海に放った高圧電流をもう一度体表にまとい直した。強力な電気のシールドである。 アミスは一旦クロスさせた両腕を、気合と共に指の先まで真直ぐそろえて前へ突き出した。 ビシュッ! 一度はプラズマにはじかれた光線は、鋭利な先端を煌かせてドリルのように走り、プラズマの鎧もろともドラガロンの体を貫いた。 「光の槍だっ」 フドウが叫んだ。 ドドーン! 自慢の分厚い胸板を貫かれたドラガロンは、口をだらりと開いたまま全身を硬直させていたが、制御がきかなくなって暴走を始めた体内発電器官がアミスの光線に反応してバチン、と破裂するや、それは全身を包むプラズマにも引火して大爆発を起こした。 「やった!」 サキョウが珍しく興奮した面持ちで隣のコヅカとハイタッチを交わした。 ドラガロンの体は上半身の大半が吹っ飛んで無くなり、残されたわずかな下半身もゆっくりと波の中へ横倒しになって消えた。 胸のカラータイマーがせわしなく鳴る中、アミスは両膝を砂浜につけたまま、大地から湧きあがった金色の光に包まれ、やすらかなる大地へと吸い込まれるように消えていった。
アルバトロスを浜に着陸させ、サキョウとコヅカがフドウのもとへ駆けて来た。 「この馬鹿どもめ。」 大きな声で二人の隊員を一喝し、フドウは両腕でそれぞれの隊員の肩をぎゅっと掴むと「ご苦労」と一言付け加えた。 部下が無事だったことを素直に喜ぶフドウだったが、一方の二人は表情が冴えなかった。 「またウルトラマンアミスに助けられましたね」 「自分たちだけではこの波打ち際を死守することはできませんでした」 命を賭した戦いを終えた二人の隊員は、自らの力不足を嘆いた。 「そんなことはありません」 背後から不意にかけられた女性の声に、三人は驚いて振りかえった。 古風な顔立ちの若い女性だった。海風にあおられる黄色いウインドブレーカーと、王冠の飾りが付いた珍しい皮のサンダルが印象的だ。BGAM隊員たちを真直ぐに見つめながら、堅い砂の上を歩いて来る。 デラである。しかし彼女の正体を、まだBGAMのメンバーは誰一人知らない。 「君は?この辺は第一級避難命令が出されている。怪獣はもう倒されたが、民間人はまだここにいちゃいけない」 フドウは、やさしいけれども有無を言わさぬ強さで諭した。 「あなたがたの戦いは決して無駄ではありません。あなたがたの命を賭した戦いがあってこそ、アミスも力を貸してくれるのですから」 三人の男たちは彼女の言葉に息を呑んだ。 「どうして…あの巨人の名を君が知ってるんだ?」 「まさか、君なのか?その…ルパーツ星人の」 恐る恐るコヅカが前へにじり寄って尋ねた。 「デラです」 「そうか、ではあなたがあの通信を我々に」 デラはフドウに小さく頷いた。 「自分はBGAMのフドウです。あなたの予告のおかげで、二度の怪獣出現に効率良く対処することができました。あれほどの怪獣が暴れたにもかかわらず、人的被害も出ていません。ご協力に心から感謝します」 「いえ、まだグラゴ星人の侵略は始まったばかりです。二匹の怪獣を操って暴れさせる作戦はことごとく失敗に終わりました。恐らくこの次はグラゴ星人が自ら行動を起こすと思われます。一刻も早く対策をたてなくてはなりません」 「うむ。ついては、二度の怪獣出現を予言してみせたあなたの…ルパーツ星人としての意見をうかがいたい。もしよければ、我々とともにキャリアベースまで同行していただき、一連の事件の状況説明をお願いしたいのですが。もちろん無理にとは言わないが…いかがでしょう」 「わかりました。ご一緒します」 フドウの依頼をデラは快く了承した。これ以降はグラゴ星人対策上、直接BGAMと行動を共にするほうが賢明だと彼女も判断したのだ。 「しかし君、いやまったく宇宙人には見えないな」 コヅカはさっきから興味津々のようだ。デラの端正な容姿にどうしても惑わされてしまう。 そんなコヅカを横目で見ながら、サキョウが尋ねた。 「デラさんはもともと能登にいたのですか?」 「いいえ、実はディーバーゴ出現の時、私も剣山中にいました」 「やはりそうでしたか。今回はどうやって能登へ?」 「彼に連れてきてもらいました」 デラが指差した先、今は静かな波打ち際にはシュンが立っていた。足首のあたりまで波に洗われている。 「君は、確かソラガミ・シュン君」 フドウは驚いたようにシュンを見た。 「剣山での一件の後、私が彼に頼んでここまで車で送ってもらいました」 「そうか。ソラガミ君、ご苦労だったね。彼女はこれから我々とキャリアベースへ同行してもらうことになった。君は徳島まで気をつけて帰りたまえ」 フドウはそう言うと他の三人を促して浜に駐機してあるアルバトロスへ向かって歩き出した。 去り際、コヅカがシュンを振り返り「じゃあな」と軽く手を振った。 ―何してるの?アミス。あなたも早くいらっしゃい。 「えっ?」 シュンは驚いてデラを見た。彼女はフドウと並んで歩きながら、振りかえってシュンを見つめている。何より人前で「アミス」と呼ばれたことにシュンは慌てた。だが、彼女の呼びかけは音声によるものではなく、またしてもテレパシーによる交信だった。 ―入隊したいんじゃなかったの?BGAMに。 ―お見通しだな。ああ、その通りだよ。でも…。 ―今しかないわよ。 シュンは、しばらく黙って彼らの後姿を見送っていた。デラもシュンに思念を送りながら、外見上は何事もなかったようにフドウたちと共に歩いて行く。 デラが指摘したとおり、シュンにはフドウにどうしても伝えたいことがあった。自分もBGAMの一員として共に戦いたい。怪獣や侵略星人がまきおこす災害に立ち向かいたい。剣山で初めてフドウに出会ってから、ずっと心に抱いていた気持ちである。 確かに今しかない。シュンは心を決めた。 「待ってください」 シュンは四人を追って駆け出した。 「待ってください。僕も…僕も一緒に連れてって下さい。皆さんの基地へ」 四人は同時に振りかえったが、驚いているのはコヅカだけで、他の三人は「やっぱり」という表情である。 フドウはため息をひとつつくと、シュンに語り始めた。 「来てどうする?君には剣山を護るという立派な仕事があるじゃないか。とても大切な仕事だ」 「僕もBGAMの一員になって怪獣災害に立ち向かいたいんです。確かに僕は剣山が好きで今の仕事に就きました。あの怪獣が剣山の自然を破壊してゆくのは許せなかったけど、剣山から危険が去ったからといって事態が終結したわけじゃありません。あなたがたに会って、剣山の自然だけが護られればそれでいいというわけではないと思い知らされました」 「なるほど。君の気持ちはよくわかった。君は確かに正義感と勇気に満ちた男だ。それは認めよう。しかしね、BGAMには正隊員になる日を夢見て厳しい訓練に明け暮れている訓練生たちがいる。皆、君と同じように正義感溢れる優秀な人材だ。彼らをさしおいて今すぐ君を我々の組織に迎え入れるわけにはいかんのだ」 「しかし…」 フドウに食い下がろうとするシュンにサキョウが割って入った。 「やめておきたまえソラガミ君。君が入隊したところで、残念ながら我々の戦力にはなり得ない」 コヅカが慰めるようにシュンの肩に手を置いた。 「戦力になりますよ、彼は」 突然会話に割り込んだデラの言葉に、フドウたちは驚いて互いの顔を見合わせた。 「彼が…我々の戦力になると?」 「はい」 フドウはしばらくデラの瞳を見つめていた。彼女の瞳も真直ぐにフドウを見返している。彼女には何らかの確信があるのだろうか。 フドウは戸惑ったが、自らを宇宙人と名乗るこの不思議な女性の言葉を、何ひとつとして軽んずるべきではないと考えていた。 何かを吹っ切ったように小さく微笑むと「ま、よかろう」と言い残して、一人さっさとアルバトロスへ乗り込んだ。 「隊長のお許しが出たぞ、ソラガミ君。よかったな。さあコヅカ隊員、早くキャリアベースへ帰ろう」 「え…何、許しが出たのか?サキョウ隊員。た、隊長、いいんですかぁ?」 驚くコヅカの背を、無表情のサキョウが押した。 おいおい、と言うコヅカをまあまあ、とサキョウが後ろから押し上げ、二人はアルバトロスのコクピットへと姿を消した。 ―よかったわね、アミス。 最後に残ったデラは、黙ってシュンの手を取りアルバトロスの機内へと導いた。 やがて、シュンたちを乗せたアルバトロスは周囲の砂を激しく巻き上げながら垂直に離陸し、沖に停泊しているキャリアベースへ向けて速度を上げた。 |