空想特撮シリーズ
3章 キャリアベース 〜新隊員誕生〜
大音響とともに、目の前の高層ビルがジグソーパズルのように砕け散った。 巻き起こる土煙の向こうから、凶悪な面相の巨大怪獣が現れた。 顔と言わず腕と言わず、体中に短く鋭い棘を持つ二足歩行の怪獣である。四散したビルに満足したか、そいつは胸を張り天を仰いで大きく吼えた。乱杭歯が唾液で不気味に光っている。 「貴様の好き勝手にはさせない」 シュンはメガパルサーを連射しながら怪獣に向かって走った。 平日の午前十時すぎ。都心にあるオフィス街に、地面を割って突如現れたその怪獣は、活気溢れる街並みを僅か十数分で瓦礫の荒野に変えていった。 崩れて間もないビルの残骸からは、まだもうもうと土煙があがり、シュンの赤い野戦ジャケットや黒いレザーパンツを白く汚した。 シュンは奇跡的に無傷で残っているビルの壁に背を預け、メガパルサーを撃ち続けた。ただ闇雲に撃つのではなく、怪獣の喉元を徹底的に狙った。 グラアァ! シュンの攻撃を嫌った怪獣が、突然シュンの方へ口を開くと真っ赤な火球を吐いた。 渦巻く超高温の炎の塊が飛来する。シュンはビルの地下駐車場へ頭からダイブした。 ゴオオオオオ。 その背後を通過した火球は、舗装された堅い道路を勢いよくえぐって消滅した。 「うあああ」 「きゃああああ」 悲鳴があがった。 「しまった。まだ避難が終わってなかったのか」 シュンは、通過した火球の熱で外壁がただれたように溶けたビルの中から飛び出し、悲鳴が起こった方へ駆け出した。 このエリア一帯にどれだけの人々が働いているのか、どれくらいの人たちが避難したのか、どこに何人残っているのか、まるでわからない。パニック状態だ。 「くそっ。最悪だ」 シュンは気が遠くなるほどの絶望感に苛まれながら瓦礫だらけの道を走った。 「おおい。そっちじゃない。こっちへ、こっちへ来い。しっかりしろ!」 諦めない。一人でも多く助けなければ。シュンは叫び続けた。 ある者は片足をひきずり、またある者は頭から血を流していた。ただ誰も皆一様に、崩れたビルの塵芥を全身に浴びて真っ白である。 「早く、早く!」 両手を振り、声を枯らして避難誘導を続けた。 散り散りに逃げ惑う人々の群れが、次第にまとまって列を形作り始めた。 グアーン。 怪獣が豪快に振った尻尾が、シュンたちのすぐ近くのビルを薙ぎ倒した。 直径三メートルほどのコンクリート塊が猛烈な勢いで落下してきた。シュンたちを直撃するコースだ。 シュンは反射的にメガパルサーを向けた。 光弾が命中したコンクリート塊は見事に四散し、拳ほどの大きさになって避難している人々の上に降り注いだ。 「危ない!」 シュンは、避難者の長い列の最後尾にいた二人の女性に、両腕を大きく広げて覆い被さった。 背にいくつかの破片が激突し、激しい衝撃と共にシュンの全身をしびれるような激痛が駆け巡った。 ガラガラガラと音をたてて転がるコンクリート片を避けながら、シュンはなんとか人々を危険地帯から脱出させ終えた。 仕切り直しとばかりに、シュンは再び怪獣の正面へ回り込み、光弾を撃ち始めた。 だが怪獣は相変わらず火球を吐きながら、低いビルは尻尾のひと振りで、高層ビルには頭からタックルをかけて、片っ端から壊してまわっていた。 何とかヤツの急所を突き止め、至近距離から攻撃しなければ。シュンがそう思った時、怪獣のすぐ足元に誰かが倒れていることに気づいた。 「あんなところに人が?」 避難しようとして火球にやられたのか、衣服から白い煙が立ち上っている。 「無事か」 シュンは怪獣を刺激して周囲の建物を壊させぬよう攻撃を控えながら、倒れている人影へ走った。息が切れるのも構わずとにかく駆けた。 倒れているのは背広姿の男性だった。肩のあたりがわずかに揺れ、頭が持ち上がった。 「生きている」 シュンの中に広がるどす黒い絶望の中に、一筋の光がさしたように思えて口元が緩んだ。 男は立ち上がろうとして、またすぐ力なく両ひざを地面についた。 シュンが男に声をかけようとした時、ボコッという奇妙な音がして、近くのビルの外壁がごっそり剥げ落ち始めた。六階まであるビルの壁材が、建物のひずみに耐えかねて剥離し始めたのだ。 壁から完全に剥げ落ちれば、路上に倒れている男の周囲は瓦礫の丘と化すだろう。この次あの男が誰かに発見されるまで二〜三日はかかるに違いない。 「いかん!逃げろ」 次第にビルから離れる外壁が男の頭上に影を落とし始め、やがてその全身を覆った。 落下まであと数秒。しかしシュンは躊躇せず男のもとに駆けより、腕を掴んで強引に引き起こすと「ごめんよ」と言うなり、足元に広がる死の影の外まで力いっぱい突き飛ばした。 男がか弱い悲鳴をあげ、幼子のように日の当たる路面へ倒れ込んだのを見届けた直後、シュンの上にビルの壁が音をたてて崩れ落ちてきた。シュンに出来ることは、悲鳴をこらえて目を閉じることと、頭を両手でかばってしゃがみこむことだけだった。 数秒間続いた静寂を破ったのは落ち着いた男の声だった。 「今君の上に落っこちてきたコンクリートと鉄骨は総重量約二十五トンだ。おめでとうソラガミ君、君は名誉の殉職を遂げた。今日より向こう三十年間、君の遺族には我々の財団より遺族恩給が支払われる」 声は怪獣に蹂躙された街のどこからか聞こえてくる。スピーカーを通した声特有の僅かな反響がある。 シュンは恐る恐る目を開けた。 自分と重なるようにドでかいコンクリートの壁が横たわっている。立ちあがると、まるで自分の上半身がコンクリートからにょっきり生えているように見えた。 「お疲れ様。テストはこれで終了する」 ヴゥゥゥン。 何かの電源が落ちる音がして、シュンの周囲のすべてが、ビルも道も瓦礫も人も、空や怪獣までもが消え去った。 シュンが着用していたBGAMのユニフォームは、ただの白いTシャツに変わっている。 今までシュンが見ていたのは、白兵戦テストのためのシミュレーション映像だったのだ。 シュンは小さな映画館程度の広さの、何もないベージュ一色のホールにいた。 疲労と死に直面したショックでシュンが消耗しきっているのは明らかだった。肩が大きく上下している。 「大丈夫かい?」 部屋の一角がポッカリと開き、白衣を着た男が現れた。眼鏡をかけ、髪は七三にきれいに分けられている。三十歳そこそこの若さだ。 「タニオ試験官」 シュンは男をちらりと見た。このシミュレーション試験の専属技師タニオである。 「このシミュレーションはただの擬似映像じゃない。君が五感で得た情報は、すべて脳に実際の情報として伝えられるのさ。ダイレクトに脳へ刺激を送り込んで行うこのシミュレーションは、被験者の実際の行動を忠実にトレースするため、限られたスペースでの能力測定には最適だよ」 シュンはまだ少し震える手でヘルメットを脱ぐと、こめかみや首筋、手首など体の随所に装着されていたプラグをはずした。 「とは言え、こいつは一日に二度まで。それも六時間以上のインターミッションをおかなければならない。連続三日以上の使用も禁止されてる。脳に負担がかかりすぎるからね。痛みは痛みとして認知され、恐怖やストレスはダイレクトに君の肉体に影響を与える。死ぬかと思って今も心臓がドキドキしているんじゃないのかい?君は昨日、今日でもう三回目のテストだ。準備室で着替えたら自室でゆっくり休憩したまえ」 シュンはまだ少しよろめく足で、タニオとは反対側のドアの向こうへ姿を消した。 一人残ったタニオは、シュンが取り外したプラグを拾い集めると、もとの部屋へ戻った。 そこはシュミレーションテストのコントロールルームである。状況ごとに百三十パターンのシミュレーションを選択し、被験者の心拍数はじめフィジカルコンディションを監視して安全を確保するための部屋なのだ。 タニオは、試験終了と同時にプリントアウトされた採点表をファイルにはさむとため息をついた。 『タニオさん。入隊希望者がいるんだが、彼の戦闘能力を評価してみてください』 三日前、突然フドウ隊長から依頼されたこの仕事だった。 『勇敢な青年だが、こちらもおいそれと入隊を認めるわけにはいかない。悪いが彼には諦めてもらうしかないんです。そのための試験というわけです。ま、後味の悪い仕事になるだろうが、よろしく頼みます』 その後、各分野の教官から二日間みっちり教習を受け、昨日の夜そして今日と、ぶっつづけのシュミレーションテストとなった。 「タフなヤツだったな」 タニオはドアサイドのタッチパネルを指先でチョンとつついてドアロックを解除した。と、いきなり…。 「うああああ」 数人の男たちが、突然開いたドアの向こうから雪崩のように倒れ込んできた。 「い、痛い痛い」 「どいてくれ。重い」 「わわわ。俺の顔を踏むな」 六人がひとかたまりになってもがきうごめいている。 「こらっ。貴様達何してるんだ!」 突然のことにあっけにとられていたタニオが、我に帰って怒鳴った。 六人の男達は、皆それぞれにキャリアベースの乗務員だった。もがきながらも全員何とか立ちあがり、タニオに向かって敬礼した。 「す、すみません教官」 「こんな所でサボッてないで、さっさと持ち場へ戻れ!」 タニオは、自分を取り囲むように立つ六人の若者たちを相手に説教を始めた。 「いや、自分達は全員非番ですので」 「なら自室へ戻って休め。体を休めるのも立派な仕事だと習わなかったか?」 「はぁ、ですが」 「ですが何だ?」 「このキャリアベースは立ち入り禁止と極秘事項で出来ているような場所です。ビス一本だって極秘だ。そこへフドウ隊長が、二人も民間人を連れて帰ってきたんですよ」 「それがどうした」 「一人は若い女性で宇宙人かもしれないっていうじゃないですか。しかもえらい美人らしい。もう一人はこれまた若い男前…。独身の女性スタッフは仕事になっていません」 「その男性は、戦闘に関しちゃド素人だと聞きました。男どもの中には、フドウ隊長の気が知れないとさえ言う者もおります」 「ところが、昨日のシュミレーションテストでそのド素人がすごい高得点を出したらしいじゃないですか」 ふんふん、と聞いていたタニオの表情が急に険しくなった。 「貴様ら、そんな情報どこで仕入れた?」 あわわ、まずい。と男は口をふさいだ。 「おまえたち、ハッキングしたのか」 タニオは次第に本気で腹を立て始めた。 しかし、興味に惹かれた彼らの勢いはいっこうに衰えはしなかった。 皆それぞれに、各部署を代表して情報収集の特命をおびているのだろう。手ぶらで帰るわけにはゆかないようだ。 別の若者がさらに尋ねた。 「戦闘シミュレーションの初級とはいえ、一日、二日の教習でずぶの素人が高得点だなんて信じられません。タニオ教官、その男、何者なんです?」 「徳島で山岳警備隊員だったそうだ」 「山岳…って、じゃあなんですか?山岳警備隊員ってのは来る日も来る日もクマと格闘したり密猟者と銃撃戦やらかしたりしてるんですか?」 「うるさい!俺が知るか。おまえらいいかげんにしろよ。ハッキングの容疑で警備班に告発されたいか!さっさと部屋へ戻って寝なさい」 さすがにタニオの剣幕に押され、彼らは後ろ髪を引かれながらも退散していった。 まったくとんでもない連中だな、と思いつつタニオは右脇に抱えたファイルに目を落とした。 「ま、あいつらの気持ちもわからんではない。こいつは大変なことになった」 タニオはやれやれと首を左右に振りながら、フドウのいる作戦司令室へ歩き出した。
シュンと共にキャリアベースを訪れたデラは、彼女の自室として用意された個室に通された。 シンプルだが心地よさそうなベッドの脇にはオーディオセットとコーヒーメーカーがあり、部屋の中央にはノートパソコンを乗せた円形のテーブルが置かれている。 部屋の隅には、デラと同じくらいの背丈がある観葉植物ケンチャヤシが、モノトーン気味の室内に視覚的な潤いを与えていた。 ―寒い…。 空調が効き過ぎているのかと思ったが、そんな些細なことよりも急を要する事案がデラにはあった。 「こちらでしばらくお休みください。お疲れが癒えたらお話を伺いたいと、フドウ隊長が申しておりました」 デラを部屋へ案内した警備班員が敬礼して立ち去ろうとした。 「待ってください。私は大丈夫ですから会議を、グラゴ星人の対策会議を今すぐ開きましょう」 「は?い、いやしかし、私におっしゃられましても…」 「ではフドウ隊長に、私がそう言っていたと伝えてください。お願いします」 腕を掴まれ、警備班員は困惑した。やむを得ず彼は、デラの意向を今すぐフドウに伝えると約束させられた。
ブラインドを下ろして大きな窓からの日差しを遮り、照明も抑え気味にした飾り気の無い会議室に、キャリアベースの主要メンバーたちが集まっていた。彼らは皆、木目が美しく整った楕円形の木製テーブルを囲んでデラを迎えた。 デラが入室すると、入り口近くにいたスルガがすかさず彼女のために椅子を引いた。デラは軽く会釈して席についた。会議室内はエアコンによって快適な温度に保たれていたが、デラはここでもやはり寒さを感じていた。この寒さは時間とともに一層強くなってゆく。それは、デラが思ったような冷房の強さによるものなどではなさそうなのだが…。 議長席のソエダが笑顔で立ちあがった。 「デラさん。ようこそキャリアベースへ。私は艦長のソエダです。剣山と能登での怪獣出現に関するあなたの情報提供には、BGAMを代表して心から感謝します」 いえ、とデラは小さく首を振った。 「今回の一連の事件には、我々の理解と想像を絶するものがあります。グラゴ星人とかいう宇宙人の侵略行為に備えよ、とあなたはおっしゃった。しかしどうしても知っておきたい幾つかの疑問点が残ります。怪獣出現を我々に予告してみせたあなたなら答えていただけるのではないでしょうか。もしもこの後、その宇宙人による侵略行為が続くのなら…」 「続きます。グラゴ星人は一度始めた侵略と破壊を途中でやめることはありません。絶対に」 「そうであるのなら、より効果的な迎撃態勢を早急に整えるためにも、デラさんのご意見を伺いたい。よろしくお願いします」 「わかりました」 即座に承諾したデラに、ソエダはあらためて満足げに頷いた。 最初に口を開いたのはハルナだった。ご馳走を前にした子供のように目が輝いている。 「まず、あなたのことを聞きたいわ。ね、ルパーツ星ってどのあたりにあるの?どうやってこの地球へやって来たの?」 「地球の属する銀河系とは異なる銀河系、地球で言う外宇宙にルパーツ星はあります。私たちルパーツ星人は皆さんの概念でいう肉体を持たない、意識のみの生命体なのです。その意識体で私達は惑星間を自由に行き来しています」 「じゃあ地球へもその意識体で?」 「いいえ。肉体に体力があるように、意識体にもある種の力があります。そして力にはおのずとその限界も。地球ほど遠くの惑星へ旅するには意識体の力だけでは無理なのです。私は特殊な生体金属で作られた惑星間航行カプセルを使ってこの星へ来ました」 「じゃあ今回の任務が終われば、そのカプセルでまたルパーツ星へ帰っちゃうのね」 セイラの質問に、デラは静かに首を横に振った。その表情は入室した当初と同じ、さざ波ひとつ立たぬ静かな湖面のように穏やかである。 「いえ、宇宙航行カプセルに使用された生体金属は、今は私の肉体を形成しています。ですからカプセルそのものはもうありません」 「カプセルがあなたの体に…それは一体どういうことですか?」 一同の疑問を代表した形でフドウが尋ねた。 「この星に到着した直後、意識体の私はそれまで乗ってきたカプセルと融合したのです。つまりその時点で肉体を得たわけです。カプセルの生体金属は、予めプログラムされていたとおり地球人と全く同じ肉体をDNAレベルから形成してゆきました。そうして今の私ができあがったのです。一度器を得た、つまり肉体を得た意識体は、もう二度とそれから離れることは叶いません」 「じゃあ、デラさんはどうなるんですか?」 「グラゴ星人の侵略を阻止した暁には、私はひとりの地球人としてこの星で暮らしてゆきたいと思います」 一同は息を呑んだ。 「そんな…ルパーツ星とはまったく関係の無い遠く離れた星のために、あなたは自らの故郷を捨て、本来あるべき姿までも捨ててしまったというのですか」 オヅがしぼり出した声は震えていた。 「関係ないなんて考えないでください。この星の種も互いに深い関係にあるでしょう?直接触れ合ったり、食べたりしない種でも、どこかで繋がっているものです。宇宙もそう。遠く離れていても、ルパーツ星と地球は決して無関係じゃありません。だからこそグラゴ星人のような侵略宇宙人は決して許すわけにはいかないのです」 おう、と拳を握っているのはコヅカである。 「それに、私ひとりが故郷と別れてきたわけじゃありませんわ。ルパーツ星人はこの宇宙のかなりのエリアを探査することができる科学技術力を有しています。その技術を持つ星には宇宙の監視役としての役割を担う責任があるのです。ルパーツ星人は皆、そのことに誇りを感じています。この地球にも、宇宙指令によって既にたくさんのルパーツ星人が来ています。みんな使命を果たして、普通の地球人として生活していることでしょう。私もこの美しい星に憧れてまいりました」 一同はウン、ウンとデラの話に頷いている。 「立派な覚悟だ。大いなる力を持つ者は大いなる責任を負わねばならぬ…か」 ソエダはデラの話に深く感銘を受けたようすである。 「それにしても、地球には既にそんなに大勢の宇宙人が潜入していたのか」 「副艦長、言葉が不適切だ。潜入だなどと、地球の恩人に対して失礼ではないか」 穏やかな口調ではあるものの、ソエダにたしなめられたオヅは慌てて口を押えた。 「や、これは。デラさん申し訳ありません」 「いえ、構いません。副艦長がおっしゃったことは事実です。地球はあまりにもたやすく潜入できてしまいますもの」 「ううむ、今後の緊急課題だな」 フドウが唸った。 「隊長」 フドウの隣でそれまでの話を黙って聞いていたサキョウが、フドウに小声で話しかけた。サキョウは長髪を後頭部で束ねているため、細面が強調されて精悍さが際立っている。 「彼女、ようすが変じゃないでしょうか」 フドウは、サキョウの指摘であらためてデラを見た。 そう言われてみれば顔が赤い。風呂上りのように火照っているのがわかる。 そのつもりでじっと観察すれば、呼吸が少し荒いのも見て取れた。 ―いかんな。 能登の海風に長時間さらされていたことが災いしたか。デラからの要請とはいえ、まず会議を開いたことをフドウは後悔した。 フドウはデラの症状がたまらなく心配になった。 「艦長、デラさんの厚意に甘えて会議を召集しましたが、今日はこのあたりで一旦終了し、また明日以降この続きを、と考えますが」 唐突なフドウからの申し出に、ソエダはじめ各参加者は驚いてフドウの顔を見つめたが、ソエダはその申し出に何やら含みがあることを察知し、即座に受け入れた。 「う、うむ。そうしよう」 「いえ、あの…」 デラが異を唱える前に、フドウは隊員たちに向かって素早く次なる指示を与えた。 「サキョウ、コヅカ両隊員には剣山、能登での戦闘を徹底的に再検討し、シュミレーションパターンとしてプロファイリングする作業にとりかかってもらおう。セイラ隊員はアルバトロス二号機の最終テストフライトを。スルガ隊員は引き続きルーク砲の破壊力アップに関する研究を続行。全員直ちにかかれ」 「了解!」 隊長の指示を受けた各隊員は、ソエダとオヅに会釈すると会議室を退出していった。 部下たちを追い出した後、フドウはデラに素早く近寄った。 「失礼」 フドウはデラの額に手のひらをそっと当てた。 ―この熱さは…ただごとじゃない。 「すごい熱です、デラさん。震えているじゃないですか。何故黙っていたんです?」 急激に容態が悪化しているのか、デラは歯の根が合わぬほどがちがちと震えはじめていた。 四十度を軽く越えている。ただの風邪とは到底思えなかった。インフルエンザか、脳炎か…。 体が震えるほどの高熱に苛まれていても、肉体を得て間もないルパーツ星人にはことの重大さや対処法がわからなかったのだろう。それとも我が身を省みている余裕などないほど、グラゴ星人の侵略は深刻な事態となっているのか。 フドウは片腕でデラを支えながら、もう片方の腕で会議室の内線電話の受話器を掴んだ。 「カヤマチーフドクターを頼む」
「高熱以外にこれといって異常はないわね」 医務室の外で心配げに結果を待つフドウの前に三十代半ばの女性が現われた。 羽織っている白衣の左胸には「KAYAMA」と書かれたプレートが付けられている。 情報処理班のハルナと同じく、BGAM西太平洋支部医療班を統括する女性班長であり、BGAM医学会にその人ありと言われる女性チーフドクターである。 その立ち居振舞いは颯爽としており、高い鼻に悠々と乗っかっている赤いフレームの眼鏡が近寄りがたい第一印象を与えるが、ハスキーな低い声で気さくに話し、よく笑う性格が人間味豊かなアンバランスさを感じさせ、皆に好かれていた。 「あなたらしくないわね、フドウ隊長」 カヤマの口調はいつになくとげとげしかった。 「すまない」 「謝って済む問題じゃないわ。宇宙から来たばかりで地球のウィルスにまったく免疫ができていないのよ。なぜ真っ先に医務室に連れて来なかったの?まして今まで肉体を持たなかった生命体なら、最初はいろいろな生理現象にどう対処したらいいかわからないはずよ。可哀相に、きっといろいろ大変だったでしょうに」 申し訳無い、とフドウは繰り返した。 「まぁいいわ。とりあえず解熱剤と睡眠薬を点滴して少し落ち着いているから会わせてあげる。中へいらっしゃい」 自分をいざなって医務室内へ入ろうとするカヤマをフドウが呼びとめた。フドウには、デラに関して、彼女の健康状態以外にもうひとつ気にかかることがあった。 「カヤマチーフドクター、私は彼女を宇宙人ではなく、あくまでひとりの人間として扱いたいのです。できれば…その…」 「わかってるわ。余計な騒動が起きないよう、今後彼女の診察や治療はすべて私が直接行います」 「よかった。感謝します、チーフドクター」 優秀とはいえ、ドクターたちの中にはデラを格好の研究対象としてしか見られない者もいるだろう。フドウとしては、地球のためにやって来てくれた彼女に辛い思いをさせるわけには絶対にゆかない。チーフドクター、カヤマの担当にしておけば、誰もうかつに手を出すわけにはゆくまい。 深々と頭を下げるフドウに、カヤマははじめて微笑んだ。 「あなたのそういう所に免じて今回のことはもう許してあげる。そうでなければ、いくら隊長でも未来永劫医務室には立ち入り禁止にしてるところよ」 医務室とはいえ、ここの設備には世界中のあらゆる最先端技術が導入されている。現在配属されている十人の医師たちは、その気になりさえすれば今すぐにでも世界中のあらゆる総合病院からスカウトが飛んで来るだろう。 また、BGAMの各支部に配属されている医療関係者たちは独自の学会を形成しており、定期的に医療技術や知識の交換を行っていた。そこで発表された論文は、世界の医学会の注目の的となる。 「?」 自動ドアをくぐり医務室に足を踏み入れたふたりは、室内の異様な状況に立ちすくんだ。 「ドクター。これは一体…?」 「何なのこの光は。何が起こってるというの?」 眠っているデラのために灯りを落してあったはずの医務室内には、原因不明の青い光が満ちていた。 広範囲に照射される青いレーザー光線のように、透明度の高い鮮やかな光が、揺れながら医務室全体を照らしている。 「ドクター、彼女が!」 フドウは眠っているデラの体を指差した。 デラは点滴のチューブを左腕につけてベッドに横たわっている。その体が青く発光しているのだ。 フドウとカヤマは、妖しく発光する人体の異様な光景に驚愕しながらも、恐る恐るベッドに近づいた。 落ち着いて観察すると、その青い光はデラの体の中をゆっくり移動しているのがわかる。青い光が揺れているように見えるのは、光源が動いているためだった。 「隊長、あれを見て」 「光が体内を移動している。どういうことでしょう?」 「何かを…スキャンしているようだわ」 「スキャン?精密検査でよくやる…あのスキャンですか?」 「ええ。そのスキャンを自らが行っていると考えてよさそうね。もしかしたら治癒能力をも兼ね備えているのかもしれないわ」 「自分の体を検査しながら、悪いところがあれば同時に治療していると?」 青い光の源は、下半身から上半身へとゆっくり移動し、喉元を過ぎ頭部へと昇って行った。 「もし私の想像どおりなら、もうすぐよ」 カヤマの言葉が何を意味するのかわからぬまま、フドウはその青い光を凝視していた。 やがて頭頂部をひときわ濃い青の光が包んだ時、突然デラの頭部、頭髪の部分だけが、まるで妨害電波を受けたテレビ映像のように細かく振動した。 ほんの数秒のできごとだったが、二重三重に揺れながらダブって見えたデラの頭部を見て、カヤマは「やっぱりね」と呟いた。 さっぱり事情が飲み込めぬフドウがカヤマに説明を求めようとした時、デラが目覚めた。 「あ、隊長…ドクター」 「気分はどう?」 カヤマはそっとデラの額に手を置き、驚きの声をあげた。 「すっかり熱が下がってるわ。頭痛はおさまった?」 「はい、すっかり。もう大丈夫です」 「ちょ、ちょっと待ってください。熱が下がった、もう大丈夫って…さっきまで四十度以上あった高熱がもう治ったと言うのですか?」 「そういうことね。デラさん、あなた今自分で治療してたわよね」 「ええ、治療というのは少し違いますが」 「そうね…調整と言うべきかしら。脳よね」 カヤマの言葉に今度はデラが目を丸くした。 「さすがですね、カヤマチーフドクター。私の頭痛のことまでご存知でしたの?」 「ちょっとした推理よ。医学とはあんまり関係ないわ。第一、宇宙人に私たちが持ってる地球の医学知識なんて何の役にもたたないもの」 「つまり、どういうことです?」 ひとり取り残されてしまったフドウのためにカヤマが説明を始めた 「彼女たちルパーツ星人は、人体のしくみを完璧に理解している。でなきゃ、まったく違う形態をしていた生体金属をこれほど見事な人間に作り上げることなど不可能よ。でも、そこにこそ問題の根っこがあった」 カヤマの視線を受けたデラが黙って頷いた。 「作られた人体は地球人として完璧だったわ。でも問題はその『器』に入る意識体の方にあったのよ。元来肉体を持たないルパーツ星人は、私たちみたいに物を持ち運んだり触ったりできないかわりに、私たちが言うところの超能力―サイコキネシスやテレパシーみたいな―が発達してるんじゃないかって想像したわけ。しかもグラゴ星人の侵略計画をだしぬいてBGAMに協力するためには、彼女は肉体を得た後も本来人間には使えるはずのないそういった超能力を使い続けなければならなかったのでしょうね。それは彼女の脳にとって、それも直感などをつかさどる右脳にとっては耐えがたい負担となっていたはずだわ。酷使された彼女の脳は悲鳴をあげ続けていたに違いない。頭痛が続いた挙句高熱を発したのは、パンク寸前の脳が死にもの狂いで送った警告だったのね。さっきの青い光は高熱と頭痛の原因を探るためのもの。そして異常の原因が脳にあるとわかって右脳の脳細胞を大幅に活性化させた。つまりそれが『調整』ってことよね」 カヤマとしては初心者向けの説明をうまくしたつもりだったのだが、フドウには今ひとつしっくり来なかった。 ―コンピュータのメモリーを増設したようなものなのか? 「精神感応を駆使するため、あらかじめ脳の許容量に若干の余裕を持たせておくべきでした。そのわずかな誤差がこれほど肉体に影響するとは思いもよりませんでした。肉体とはこれほどデリケートなものなのですね」 「そうよ。これからその体とは長いつきあいになるんだから、些細なことも見逃さずちゃんと治療しなさい。人間の体を持ってる以上私の守備範囲だわ。たった今から私があなたの主治医になるから、何かあったらいつでも相談に来なさい。いいわね」 「はい。有難うございます」 優秀なドクターが親身になってくれることに、デラは大いなる安堵感を抱いたようだった。 十五分後、フドウは、再び眠りについたデラをカヤマに任せ、医務室を後にした。 ―計り知れないな、宇宙人ってのは…。 頭では理解しているつもりでも、外見に惑わされてデラが宇宙人だということをつい忘れてしまいがちだ。しかし、やはり彼女は自分たちとは本質的に異質の生命体なのだ。 そして、そのデラがあれほど恐れるグラゴ星人とは、一体どれほどの強敵なのか…。はたしてBGAMの装備で太刀打ちできるのだろうか…。 ―いかん、いかん。俺が弱気になってどうする。 打ち消しては浮かび、浮かんでは打ち消す。デラの頭痛がまるで自分の脳に乗り移ったかのような、憂鬱な気分のフドウだった。
翌日、昼過ぎから開かれた会議には復調したデラも出席していた。 だが昨日の会議の後、デラの肉体に異常が発生したことも、驚くべきメカニズムで自らを治癒させたことも、フドウ以外は誰も知らなかった。 「今日はグラゴ星人に議題を移そう。我々にとってはまだ見ぬ敵だ。ひとつでも多くグラゴ星人に関する情報を入手しておきたいものだな」 ソエダの発言で会議はスタートした。 「何故そいつは地球を狙っているのですか?この星を征服してどうしようというのでしょう」 最初の質問はサキョウからのものだった。 「グラゴ星人が地球に来たのは単なる偶然です」 デラの短い返答は一同に衝撃を与えた。 「偶然…」 「たまたまやって来たというのですか?たまたまやって来てこの星を滅ぼそうとしていると?」 「その通りです」 デラは平然と答えた。会議は冒頭から異様な雰囲気に包まれた。 「そんな無茶苦茶な!」 コヅカが大きな手のひらをバン!とテーブルに叩きつけた。卓上に置かれた皆のミネラルウォーターがグラスの中でチャプンと波うった。 「コヅカ隊員、落ち着きたまえ」 フドウが一喝し、コヅカは「はい」と素直に従ったが、腹の虫はまだ収まっていないようである。 「驚かれるのも無理はありません。しかし、グラゴ星人は本能的に侵略するものだ、としか言いようがないのです。彼らは広い宇宙空間を自在に飛び回り、知的生命体の存在を察知するやその星へ侵入し、破壊もしくは殲滅する。やり遂げるまで彼らの侵略活動は永遠に繰り返されるでしょう」 「まるで宇宙の癌細胞ですね」 スルガの声は興奮のあまり裏返っている。 「やはりルパーツ星人のように意識体で宇宙を航行するのですか?」 ショックを隠しきれない面々の中で、ただ一人いつもながら冷静なサキョウだった。 「いえ、彼らはコア体という肉体の最小形態で宇宙を航行しています。皆さんにわかりやすく申し上げれば、脳だけで宇宙飛行をするというニュアンスでしょうか」 これにはスルガが驚いた。 「脳だけで!じゃ心臓は必要ないのかな」 「脳に心臓が入ってるんじゃないの?」 右隣のセイラがスルガの耳元で囁いた。 「ええ?」 スルガは目をまん丸にしてセイラの顔を見た。 「いいえ、私の勘じゃあ考える心臓ってところね」 今度は左隣のハルナである。 「ええええ?」 スルガはパニックに陥った。 「その表現はかなり的を射ていると思います。グラゴ星人は体内に四つの脳を持っています。それぞれが独立した働きをしていますが、例えば今回のように怪獣を操る精神感応は四番目の脳によるものです」 「そういえば、グラゴ星人は地球に眠る怪獣なんかを目覚めさせていったいどうするつもりだったのかしら?」 セイラが出席者たちを見渡した。 「今までのグラゴ星人の侵略プロセスは、まずその星において最も重要な場所を一番最初に攻めるという点において共通しています。今回地球へ侵入した際、恐らくグラゴ星人は極めて多くの地球人が集う東京こそがこの星の『都』であることに勘づいたのでしょう。コア体から地球上での完全体へと成長する間、自分に代わって東京を攻めさせるために、二体の怪獣を覚醒させ操作したに違いありません」 「自分が動けない間も侵略の魔の手を伸ばしていたわけですか…」 「ちぇっ、仕事熱心なヤツだぜ」 スルガとコヅカが顔を見合わせ頷きあった。 「ちょっと待て。グラゴ星人の最終目的地が東京だとすると、あの怪獣たちも東京を目指していたということになりはしないか。隊長、剣山でディーバーゴが襲おうとしていたのはあのヒュッテではなく…」 サキョウの問いかけにフドウも唸った。 「どういうことですか?」 スルガにはサキョウとフドウの言わんとすることがよく飲み込めないようである。 「馬鹿ね。デラさんの情報が無かったら、つまりあなたたちの到着がもう少し遅れていたら、ディーバーゴは東京へ飛来していたってことよ」 ハルナにぺたぺたとおでこを叩かれながら、初めてスルガも事の重大さに気がついた。 「そうか!そう言われればウルトラマンアミスに倒される直前、ディーバーゴは羽根を広げて飛び立とうとしましたよね。あれはアミスから逃げようとしたのではなく、あの方角、つまり東京を目指して飛ぼうとしていたんですね」 「恐らくその通りでしょう。本来好戦的な怪獣であるディーバーゴが戦闘よりも東を目指そうとしたのも、グラゴ星人に操られていた証拠だと思います」 「能登沖でキャリアベースから突然ドラガロンが遠ざかってしまったのも、その後いくら挑発しても一心に陸を目指していた理由も、これでわかったよ」 「ところで、そのグラゴ星人はどんな姿なんですか?」 デラの表情がこの時初めてわずかに曇った。 「その質問にお答えするのはとても…難しいです」 「わからないの?あなた、グラゴ星人を見たことがないの?」 ハルナのストレートな物言いに、ソエダは今にもデラが機嫌をそこねやしないかと内心ひやひやしていた。 「わからない、というよりは予測がつかないと言ったほうが適切だと思います」 デラは席を立つと、あらかじめテーブルにセットされていたプロジェクターの前に移動した。プロジェクター本体の上に右手をかざし静かにまぶたを閉じた。 数秒後、かざした右手がボゥと青く光を放つと、一同から「おお」と声があがった。 電源すら入れられていないプロジェクターは、自らの意思を宿したかのようにデラの思考を投影し始めた。しかも壁のスクリーンにではなく会議室のほぼ中央、テーブルの上二十センチほどの中空に立体映像を浮かび上がらせたのだ。 映し出されたのは、身体中に無数の針状の突起を持つ銀色の怪獣であった。 「こ、これは?」 オヅが長身を乗りだし、両手で投影された像に触れようと試みたが徒労に終わった。 「ホログラフィだ」 驚く一同を前にデラが目を開いた。 「E61星雲、リュド星を滅ぼした時のグラゴ星人です。そして、同じく侵略宇宙人として悪名を馳せていたキール星人を絶滅させた時の姿がこれです」 「うえっ」スルガが眉間にシワを寄せた。 ホログラフィは、新たな異形の者を浮かび上がらせた。いくつもの足を持つ、一見蜘蛛のような姿だが、口元からのぞく不気味な牙と全身を覆う蛇の鱗状の体表が見るものの怖気を誘った。 「どちらもグラゴ星人か…。しかし全く違う姿だ」 ソエダがホログラフィをしげしげと眺めて眉をしかめた。 「私たちが把握しているだけでもグラゴ星人は二十七の異なった姿を見せています」 そう言いながら、デラは更に何種類かのグラゴ星人の姿を皆の前に映し出してみせた。 「グラゴ星人には外見上定まった姿というものがないのです。私達と同じように、行き着いた惑星によって姿が違います。ただ、訪れる星に混乱を生じさせないために先住生命体を事前に分析し、自らをその生命体へと変化させる私達ルパーツ星人と違い、グラゴ星人はその星の先住種が最も恐怖する姿、その星の環境下において最も破壊活動に効率的な姿を本能的に決定するのです。その上、グラゴ星人が自らのコア体を成長させるために吸収する栄養源は、その星に元来備わっているあらゆる資源なのです。だから、地球でのグラゴ星人の姿は私にもまだわかりません。それよりも、皆さんがとても恐ろしい侵略宇宙人というものを想像してみて下さい」 デラに言われて、皆それぞれ考えられる限りの、このうえなくおぞましい侵略宇宙人の姿を思い浮かべた。そして皆ブルッと身震いした。 「それがグラゴ星人です。と、今は申し上げておきます」 そこまで言うと、デラはプロジェクターから手を離し、再び席に着いた。 会議室は再び重苦しい空気に包まれた。デラの説明を聞くほどに、グラゴ星人の謎めいた恐怖が色濃くなってゆく。 「グラゴ星人はそうやって強靭な肉体を身にまとい、異常に発達した脳によってさまざまな超能力を駆使するのです」 「あの怪獣たちを操ったように?」 「で、そいつは今どこにいますか?」 「能登でグラゴ星人の意識を感じました。千里浜から海に向かっていた時、ドラガロンに向けて放たれた意識は私の背後から飛来しました。振り返った時、ほぼ正面に朝の日差しがまぶしかったのを憶えています。朝日のわずかに南、南東の方角。高い山のイメージ。深い地中で燃える赤い光…」 デラは恐ろしかった。気が遠くなるほどの邪悪な思念。できれば目をそむけたいと願うものに、歯をくいしばって立ち向かっていた。 本来意識体であるデラにとって距離は意味を持たない。それに意識を向けることはすなわち、正面に立って向かい合い、言葉を交わし、触れ、そして戦うことと同じことなのだ。 「能登から南東方面…北アルプスをはじめ広大な山岳地帯が広がっている。高い山といわれてもなぁ」 スルガは雲をつかむような話に困惑した。 「位置を特定できませんか?」 「ディーバーゴもドラガロンも、邪悪な意識を強烈に発散させていました。だから私にもその存在を容易に感知できたのです。しかし今のグラゴ星人は深く静かに『その時』を待っているのでしょう。私には何も感じられません。残念ですが」 デラは申し訳なさそうにうつむいた。 「いや、デラさんは大いに役に立っていますよ」 「本当に。しかしあなたの話を聞き、グラゴ星人の撃退が容易ならざることがより実感できました。我々の作戦行動は熾烈を極めるでしょう。できれば一歩、いや半歩でもいいから先手を打ちたいと考えています」 フドウの眉間に刻まれた深い皺が、来るべき決闘にむけての並々ならぬ決意を物語っていた。 「大丈夫ですよ、隊長。私たちにはウルトラマンアミスがついています」 セイラが明るく言った。 「ウルトラマンアミス…か。確かに二度の怪獣出現に際し、危機一髪の状況下で現われて我々に力を貸してくれた。だが、彼は何者でどこから来るのか?何故我々に力を貸してくれるのか?何もわかっていない。次もまた彼の出現を期待してよいのかどうか?」 唐突に現われては、圧倒的なパワーで怪獣を撃破した銀色の超人。ボディを流れる鮮やかなグリーンのラインが印象的だった。 一同が再びデラを見た。ある意味ではウルトラマンアミスはグラゴ星人よりも興味深い対象であろう。 「彼は、はるかな昔より地球に眠るこの星の守護神です。アミスがどうやって誕生したのかは私たちにも謎ですが、地球にはウルトラマンアミスという超能力を持った巨人が眠っていることは、ルパーツ星でもわかっていました。今回私が地球に来た目的は先ほどお話ししたとおりですが、何とかしてアミスを覚醒させることが最も大きな課題のひとつでした」 「では、やはりあなたが彼を地中から呼び覚ましてくれたのですね」 「いえ。結局私にはアミス覚醒の方法はわかりませんでした。恐らく地球の守護者たるアミスを覚醒させるのは、宇宙人の私には不可能だったのではないでしょうか?」 「じゃあウルトラマンアミスは自ら覚醒したと?」 「はい。これは私の想像ですが、彼を目覚めさせるには、地球人であるあなたがたがこの星のために死に物狂いで戦う姿が不可欠だったのではないでしょうか。もうひとつは地脈、つまり大地の膨大なエネルギーの流れを偶然妨げていたディーバーゴが先に覚醒し移動したことで、邪魔者が排除されたエネルギーの流れが再びアミスに注ぎ込まれたということも考えられます」 デラは、この星の大自然を護ろうとして自らの命を散らせたソラガミ・シュンのことには触れようとしなかった。 「やはりなぁ。俺たちの戦いぶりを見た神様が救いの手を差し出してくれたんだ。これからもきっと助けてくれるさ」 コヅカのこの言葉に敏感に反応したのはフドウだった。 「安心して気を緩めると、守護神も我々を見放してしまうかもしれんぞ」 慢心や依存する心こそ、戦う者にとっての最も恐ろしい敵であることをフドウはいやというほど知っている。 ウルトラマンアミスの存在は確かに心強いが、フドウはあえてアミスの存在抜きで今後の作戦を立ててゆこうと決心した。 「ハルナ班長」 ソエダからの合図で、ハルナはブリーフケースから書類の束を取り出した。 「ウルトラマンアミスの二度の出現で知り得たデータをお知らせしておきます」 ハルナが取り出したのは、情報処理班としてまとめたアミスに関するレポートだった。 「体長四十八メートル。体重は推定で四万トン以上。両腕に蓄積された発熱するエネルギーを応用したパンチやチョップを繰り出し、更に両腕をクロスさせて放つ破壊光線、テルミニード光線と名づけましたが、これはアミスの必殺技と考えて間違いありません。能登でドラガロンを刺し貫いた光の槍、パイルスラッシュも形態を変えたテルミニード光線だと考えられます。光線や、彼が出現する時に放たれる渦を巻く光の柱の成分などは、残念ながらサンプリングできていないため、未だに判明しておりません」 「目覚めたばかりのアミスは、自らの超能力をまだ完全に使いこなせてはいないと思います」 デラの補足に頷くとハルナはレポートの先を読み上げた。 「不思議なことに、戦闘の開始当初見せていた圧倒的なパワーは、彼の出現後約二分過ぎから急激に失われてゆきます。アミスの攻撃が鈍ると同時に彼の胸のランプが赤く点滅を始め、彼は苦戦を強いられました。時間の経過とともにこの点滅は早くなり、緊迫の度を増しているかのように思われました。結局アミスは、二度とも出現後約三分で戦いを終わらせています。私たちはウルトラマンアミスの活動限界が約三分程度だという仮説を立てています。そしておそらくアミスは、時間の経過と体内エネルギーの消費を色と音で認識するために、あのタイマーを内蔵しているのです」 「ふぅん、カラータイマーってとこですか」 「最後にもうひとつ。ウルトラマンアミスが出現した剣山一帯には、古代巨石文明の遺跡がいたるところに存在しています。現代科学では解明不可能なストーンサークルやペトログラムなどは、一説では―少数意見ですが―邪馬台国を治めた女王卑弥呼と深く関わっているとも言われています。しかし古代の人々が、もしも大地に潜む巨大な守護神の存在に気づいていたとしたら…」 「邪馬台国の人々はアミスと交信する手段を持っていたかもしれないと?」 「はい。しかし、デラさんの話を聞いた今、ウルトラマンアミスと交信するために最も必要なものは、そういった形式的な器具ではなく、あくまでも国を愛し、大地や自然を敬う心。共にこの星を護ろうとする勇気なのではないかという気がします」 「うむ。古代の人々が内に秘めていたそういった気持ちを、長い歳月の中で私たちは失っていたのかもしれないなぁ」 ソエダは会議室の天井を見上げ、重々しく呟いた。 「ウルトラマンアミスとグラゴ星人…我々の及びもつかぬ超人同士の戦い。だがこの星の防衛はあくまでも我々人類の手で成し遂げなければならない」 「サキョウ隊員の言う通りだ。今後の作戦行動にアミスの出現を期待することはまだまだ危険だ。全員今までどおり腕を磨き覚悟を決めて、来たるべきグラゴ星人との決戦に備えるように!」 「了解!」
「あぁ、疲れたわ」 ヘルメットを脇に抱えて、セイラが作戦司令室に帰ってきた。 隅々まで空調が効いた艦内にいても、セイラの額にはまだ汗が光っている。 「いよぅ、お疲れ様」 艦長室で重要会議中のフドウを除いた三人の男性隊員たちが彼女を迎えた。 「どうでした、アルバトロス二号機は?」 スルガは、自らも設計に深く関わった二号機のテスト飛行の印象を知りたがっていた。 「ちょっと待って、コーヒーが飲みたいの。みんなの分も入れるね」 セイラはヘルメットを置き、ジャケットを脱ぐと、作戦司令室の隅に据えられたコーヒーメーカーのスイッチを入れた。 その間スルガは、早く二号機の印象について聞きたがっていたが、サキョウだけはセイラの機嫌がやけにいいことから、二号機に好印象を持ったらしいと気づいていた。 「はい、どうぞ」 薫り高い湯気をたてるカップを三人の前に置き、自らもひとくちコーヒーを味わうと、彼女は胸の内に溜めておいたものを一気に吐き出した。 「スルガ隊員、やっぱりあなたは天才だわ。ビヨンドの名は伊達じゃない。二号機は最高の戦闘機よ。スピードの伸び、旋回の鋭さ、アタックシステムも簡素化されていて、パイロットとガナーを充分ひとりでこなせるわ。何から何まで私にぴったりよ」 「あなたのために設計したわけではありませんがね。ま、我々五人全員が搭乗でき、索敵と情報分析に優れた『空飛ぶ作戦司令室』といった感のある一号機を、追跡と攻撃に特化させるために、思いきって三人乗りにしてふたまわりほど小型化させましたからね」 「ねぇ、機首に私のイニシャル入れてもいい?」 「駄目ですよ。セイラ隊員の専用機じゃないんですから」 「いいじゃない」 「駄目!駄目ったら絶対駄目!」 「ケチ」 セイラはベぇっと舌を出して、自分のカップを口に運んだ。 二号機のテスト飛行の余韻を引きずっているためか、セイラはまだ興奮からさめていなかった。 「ところでサキョウ隊員、昨日今日の会議の感想はどうだ?」 飲み終えたカップをテーブルに置いたコヅカが、会議中あまり口を開かなかったサキョウに尋ねた。コヅカにとって、『サキョウの意見』というのは常に気になる代物であったからだ。 「デラさんの話は正直言って驚きの連続だった。なかでも、グラゴ星人が地球を特定して狙ってきたわけではなく、ただ近くを通りかかっただけの理由で襲撃してきたというのはあきれたな」 「まったくです。しかもヨーロッパでもアメリカでもなく、よりによって日本だなんて。ついてません」 「そうか、俺はついてると思うぜ」 「なぜですか?コヅカ隊員」 「俺がヤツを倒せるからさ」 コヅカが野性的な笑みを浮かべた。 「第一、君はアメリカやヨーロッパが襲撃されていたらそれで良かったのか?」 「い、いえ。そういうわけでは…」 サキョウの指摘に、スルガは返答に窮してしまった。 「けど、私には彼女の話、いまひとつ信じられないんだけどなァ」 セイラが、カップを見つめながらひとり言のようにつぶやいた。 「だってほら、いろんなことに詳しいようでいてグラゴ星人の姿形も知らないっていうし…それってやっぱり変よ。不自然だわ」 「でもそれは、コア体が地球の環境に合わせて変体してゆくからだって言ってたじゃないですか」 「でもでも…でもね、グラゴ星人の居場所もわかんないし。大事なことは何にもわからないなんてちょっと詐欺っぽくない?確かに怪獣はいたけれど、本当にグラゴ星人が地球に来てるっていう証拠は…いえ、そもそもグラゴ星人なんて本当に実在するのかしら?なんたって彼女、どこからどう見たって地球人だもの」 聞いていた三人は皆黙り込んだ。確かにセイラの反論を否定する確たる証拠は無い。確かにデラは二度の怪獣出現を予言してみせたが、グラゴ星人についてはすべてデラの話によるものである。 「彼女が八本足のタコ星人だったら信じたか?」 突然の太い声に、四人は一斉に振りかえった。 自動ドアのシュッと鋭い開閉音と共に、悠然と入室して来たのはフドウだった。 「隊長」 「腑に落ちぬなら、こんなところではなく、なぜ会議の席で質問しない。とことん話し合って理解を深め、互いの間に横たわる溝を埋めてゆく。それが実戦において我々のチームワークを一枚岩の如く強固なものにしてくれるんじゃないか。そのためには会議の席でぶつかり合うのも決して無駄なことじゃない」 困った奴らめ、と言いたげな仏頂面である。 ―陰口を聞かれた。 セイラは気まずさに下を向いた。かぁっと顔が熱くなった。隊長の言ったことは、自分たちは皆わかっているはずである。 「今までデラさんには、医療班のカヤマチーフドクターによる人間ドックに入ってもらっていた。これは極秘事項だが、皮膚組織、代謝機能、脳の一部などに、ごく僅かだが我々人類とは決定的に異なる部位が見られたそうだ。彼女が遠く離れた天体からこの星へやって来た宇宙人であることは間違いない」 「じゃあ、やっぱりデラさんの話はすべて本当だったんですね」 「喜んでいいのか、悲しむべきなのか…」 「グラゴ星人も、間違いなくこの地球に潜入してるってことか」 「隊長、あの、申し訳ありませんでした。つまらないことを…」 フドウの説明を聞くまでもなく、セイラは自らの不用意な発言を恥じていた。周囲の者たちに男勝りと呼ばれても、自分自身そのことを嫌だと思ったことはない。陰口をたたいたり未練がましいことを言うのは大嫌いだった…はずなのだが。 今になって考えてみれば、セイラは本気でデラの話を疑っていたわけではない。騒動の張本人グラゴ星人の正体がはっきりせぬことに苛立っていた?アルバトロス二号機のテスト飛行で興奮していた?フドウはじめ男性隊員たちの注目がすべてデラに注がれていたことに、いや、造られたというデラの美しい容姿に嫉妬した? 「まあ、いいさ」 フドウはひとつのことをいつまでも根に持つ男ではない。セイラもそのことはよく知っていた。しかしなぜか「いつものおまえらしくないぞ」と言われたような気がして、セイラは余計につらくなった。 トゥルルルル。 その時デスクの内線電話が鳴り、そばにいたサキョウが応じた。 「作戦司令室。はい、わかりました、お伝えします」 用件はフドウへのものだった。 「フドウ隊長、至急艦長室へお越し下さいとのことです」 「うむ」 「ここは頼むぞ」とサキョウに言い、フドウは足早に作戦司令室を出ていった。
「ここにいたのか」 背後からかけられた声に振りかえったデラは、笑顔だった。 シュンである。 「アミス」 キャリアベースに来てから今日まで、二人が顔を合わせることは一度もなかった。 キャリアベース後方のデッキはデラのほかに人影も無く、一人たたずむ彼女のシルエットはひときわ寂しげに見えた。高速で海を疾走するキャリアベースが切り裂く風が、デラの全身を軽快に叩き続けている。 何も言わずデラの隣に並んで立つと、シュンの真直ぐな髪はデラの髪と同じリズムで踊り出した。 「ずっと海だけを見ていたのかい?」 「ええ、そうよ」 「君は本当に海が好きだなあ」 「海って素晴らしいのよ。きらきらしてとても綺麗。吸い込まれるようでちょっと怖いけど、それも魅力のひとつだわ。それに、時間がたつにつれて表情が変化するの。どれだけ見ていてもちっとも飽きないわ」 シュンも黙って海を見た。遠い外宇宙からたった一人でやって来てくれたこの女性のために、せめて同じ物を見、同じ気持ちになってあげたいと思ったのだ。 「ルパーツ星には海はないの。資料で地球の海のことを知った時は胸が高鳴ったわ。どんな物なのか早く見てみたかった」 西に傾いた日の光が水平線を赤く染め、デラの言う通り海はまた新しい表情を見せ始めた。 水面を照らす紅色の光りに染められたデラの端正な横顔を、シュンはじっと見つめた。 「あ!あれ」 突然デラが海面を勢い良く指差して叫んだ。その先には黒い三角形の背びれがいくつも、海面を跳ねるように移動して行く。 「あれは…イルカね。そうでしょう、アミス」 「ああ、そうだ」 何にでも興味を示すイルカたちは、巨大な艦のすぐそばまで近づいてきた。 山がホームグラウンドだったシュンにとっても、この美しい海の景色は確かに感動的なものだった。 「地球は美しいわ。絶対にグラゴ星人の好きにさせちゃ駄目よ」 シュンは黙って頷いた。 「ねぇ、入隊テストを受けてたんでしょう?」 「ああ。受かるかどうかわからないけれどね」 「あら、受かるわ。あなたにはアミスの力が宿っているんだもの」 「アミスの力…か」 それはシュンにとって複雑な言葉だった。 「そうだな。入隊できたとしても、それは僕ひとりの力じゃない。アミスの能力のおかげということなのか」 「深く考えることじゃないわ。あなたはそのアミスから信頼された人なのよ」 デラはシュンにやさしく微笑みかけた。 「ああ、そうだな」 遥かかなたの星から宇宙の平和のために地球へやってきたデラの前では、妙なこだわりやくだらないプライドなど何の意味も無いのだと教えられた気分だった。 それは、シュンの胸の内にわだかまっていたものを氷解させ、心を軽くしてくれた。 「こちらにおいででしたか」 再び背後から声をかけられ、二人は同時に振り返った。 BGAMの警備班員だった。 「フドウ隊長がお二人をお呼びです。直ちに艦長室へお越し下さい」 「艦長室へ…僕もですか?」 「はい、そのように言われています」 シュンは「行こう」とデラに目で合図した。
「みんな揃っているな」 フドウが作戦司令室に戻ってきた。 「入りたまえ」 フドウの指示で入室して来た二人の人物に、隊員たちは皆「あっ」と驚いた。 「デラさん」 「ソラガミ君」 入室してきたのはシュンとデラ。しかし何よりも隊員たちが驚いたのは、二人が自分たちと同じ深紅の隊員服を着ていることである。 「ふたりとも、その隊服は?」 「全員に通達する」 隊長として正式な指令を発する時だと悟り、隊員たちは皆素早く椅子から立ちあがると、ビッと背筋を伸ばした。 「新しく入隊したデラ隊員とソラガミ・シュン隊員だ。今日から臨時隊員として我々と行動を共にしてもらう。隊員としての資格および権限は、正隊員である君たちと全く同じ。ただしこの資格は、グラゴ星人撃退を目的とする一連の作戦行動終了をもって失効する。つまり今回限りの特別措置というわけだ。みんなよろしく頼む」 言い終わると同時に、隊員たちは「はっ」と一斉に敬礼をした。 「しかし隊長。BGAMには日夜厳しい特訓に励んでいる訓練生がいるから入隊は無理だとおっしゃったのは隊長ご自身だったはずでしょう。なぁサキョウ隊員」 「自分は隊長の決定に疑問も反論も持たん」 そんなことは隊長自身が一番よくわかっていることだ、と言わんばかりのサキョウだったが、コヅカはまだ腑に落ちない様子である。 「確かにな。だが、はるばるルパーツ星から我々人類のためにやって来てくれたデラ隊員の協力をより効果的に受け、また彼女自身もさまざまな制約を受けることなく私たちと行動を共にしてもらうためには、BGAM隊員の身分を取得してもらったほうが良いと判断した。彼女も快く引き受けてくれたよ」 「じゃあソラガミくん…隊員は?」 セイラも、いきなり隊員が二人も増えたことに驚いているようだ。 「ソラガミ隊員については、逆に当人からの強い入隊希望があった。だが、皆も知っての通り現状では外部からの隊員招へいは不可能に近い。実は私も、テストを受けるだけ受けてもらったら口実を設けて徳島へ帰そうと考えていたんだ」 この発言にはシュンが「え?」と驚いてフドウを見た。 「いや、すまん。我々の危険な任務に就かせるよりも、もとの山岳警備隊に戻した方が君のためにも良いと考えていたからね。だが、君の成績にはどうにも口実やいいがかりのつけようがなかったのさ。戦闘シミュレーションを含む全科目で、満点を取られてはね」 「満点!」 「うそ、私だってまだ取ったことないのに。サキョウ隊員は?」 「え、自分は…いや、自分もない」 急にセイラに名を呼ばれ、さすがのサキョウも焦った。 「訓練生はもちろん、現役隊員の君たちをも凌駕する好成績に、ソエダ艦長もソラガミ隊員を即戦力として注目された。艦長自らBGAM本部に彼の入隊許可を申請し、先ほど承認されたものだ」 「艦長推薦とはすごいな。それにデラ隊員の超能力まで借りられれば鬼に金棒だぜ」 「ああ、いずれにしても戦力アップには違いない」 隊員たちはそれぞれシュンとデラの周りに歩み寄り、二人に握手を求めた。 「満点ってことは、君もあのでっかいコンクリートの塊に身を投げ出したってわけだ。勇敢な男は大歓迎さ。コヅカだ、よろしくな」 「サキョウだ。君が勇敢な男だってことは剣山で見せてもらった。千里浜でデラ隊員が言ったとおり君は頼もしい戦力になりそうだが、艦長の顔にドロを塗らんよう頑張りたまえ」 「デラ隊員、実は…あなたの話、わたしにはまだすべてを信じられなくて。ずっと半信半疑だったの。ごめんなさいね。でも…」 「いいんですセイラ隊員。いっそグラゴ星人がこのまま現われなければ本当にいいと思います。けれどグラゴ星人はやがて私たちの前に姿を現わすでしょう。その時は、あなたの力を是非貸してください」 「もちろんよ。それからソラガミ隊員、近いうちお手並み拝見したいわ、よろしくね」 シュンは「はぁ」と照れくさそうに、差し出されたセイラの手を握った。 「あ、スルガです。開発のほうを受け持ってます。戦闘は苦手なんで、ソラガミ隊員よろしくお願いしますね」 「バーカ。自分の面倒くらい自分でみなさいよね」 バーンとセイラに背中を叩かれ、スルガはごほごほっとせきこんだ。 「イタ〜イ。何するんですかぁ」 落ち込んでいたセイラも、デラに心の中を打ち明けたことによっていつものペースを取り戻していた。 作戦司令室にスルガの悲鳴と隊員たちの笑い声が溢れた。 「早速だがソラガミ、デラ両隊員にも、明日からはグラゴ星人探索のパトロールに参加してもらう。しっかり頼むぞ」 「了解」 シュンとデラはフドウに対し揃って敬礼した。 |