空想特撮シリーズ

ウルトラマンアミス

 4章 樹海、そして雲海 〜グラゴ星人出現〜


 駿河湾清水沖。午前四時十五分。

 遠征釣り船「猛虎丸」は既に清水港を出船し、漁場へ向かっていた。

「イサキ、ヒラマサ、カンパチにキンメちゃん。みんな待っててね〜」

 頬からアゴまで不精ひげを伸ばした男が、船べりでにぎり飯をほおばりながら海に向かって歌うように叫んだ。

 猛虎丸の常連客でマツさんと呼ばれている。五十歳くらいであろう。釣れても釣れなくても陽気なマツさんは釣り仲間たちに好かれていた。

「大将、今年はタイガースも調子いいじゃないか。毎晩酒がうまいんじゃないの」

 マツさんの釣り仲間、カズオが舵を取る船頭に声をかけた。

 船頭のトビタは既に七十歳をこえたベテランである。

 淡路島の漁村で生まれたトビタは、中学を卒業してすぐ父親の漁船に乗り込み漁を手伝い始めた。もう六十年近く、トビタは海の上で生きてきた。

 マツさんとともに「猛虎丸」をひいきにしているカズオは、トビタがまだ若い頃、関西でとてつもなく大きな震災に遭い、一家で清水へ逃げてきたらしいという噂を聞いたことがある。しかし本人は詳しいことを何ひとつ語ろうとはしなかった。

 トビタは操舵室からひょいと顔を出した。白髪頭にはちまきを絞め、酒と潮で焼けた赤い顔をシワだらけにして笑っていた。

「昨日もサヨナラ勝ちや。今日はとっておきの漁場へ釣れてったるさかいな。特別サービスや。みんなじゃんじゃん釣ってや」

 聞きなれた景気の良い関西弁に、釣り客から歓声があがった。

 水平線からは朝日が顔を見せ、マツさんは「頼んます」と、にぎり飯を右手に持ったまま朝日に向かってぺこりとおじぎをした。

 それなら俺は、と背後の富士山を拝もうと振り返ったカズオは声を失って船べりにぺたんと尻餅をついた。

 宙を見上げ、半ば開いた口からは火をつけたばかりの煙草がぽろりと落ちた。

「どうした、カズオ?」

「あ、あれ、あれよ」

 わなわなと震える指をマツさんの頭の上へ突き出した。いぶかしげに振りかえった松さんも「ひぃ!」と息を呑み、目をむいたままよろよろと後ずさりした。食べかけのにぎり飯が力を失った手から離れ甲板にころがった。

「な、何だありゃあ?」

 朝焼けの空に照らされて悠然と浮かび上がる富士山のすぐ脇から、幾すじもの奇妙な物体が天を貫くように直立しているのだ。

「ふ、富士山が噴火するんだ」

 マツさんもカズオの横にへなへなと座りこんでしまった。

 それはオレンジ色に染まった景色の中で、白くらせん状の渦を巻き、まるで竜巻のようにうねうねとくねりながら、大地から雲の中へと吸い込まれるように昇りつめていた。

 乗り合わせた他の釣り客たちもその異様な現象に気づき、船上は大騒ぎとなった。

「竜巻だぞ」

「いや、竜巻にしちゃあちっとも動かねぇ」

「雲だろ」

「馬鹿野郎、あんなに真直ぐおっ起ってる雲があるもんか」

「ほかの雲は飛ぶように流れてるぜ。なぜあれだけじっとしてるんだよぅ?」

「大地震や」

「えっ?」

「どえらい地震がおこるで」

 うわごとのように繰り返すトビタの表情は恐怖にひきつっていた。いつもは顔の皺と見紛う細い目がカッと見開かれて充血している。

「トビタの大将、あれが何だか知ってるのかい?」

「教えてよ大将。でかい地震の予兆なのか?」

 揺れる釣り船の上で、釣り客たちがトビタの周りに集まり始めた。教祖の託宣を求める信者さながらである。

「ありゃあ雲や。地震雲やで。昔ワシがまだ若い頃、神戸でとんでもない大地震がおこったんや。そんときもワシは明石の沖であれと同じ雲を見たんや。忘れよう思ても忘れられん…」

「大地震…」

 猛虎丸に乗り合わせた客たちは、近い将来起こるかも知れぬ大災害に思いをはせて凍りついた。

 

 闇。

 時間や距離などという概念とはまったく無縁の漆黒の世界に音は無く、ひと筋の光りもまた無い。

 いや、何か…ある。この闇の最も深いところに何やら気配がある。光?そう、赤い光。このうえなく禍禍しき気配をまとった深紅の光だ。それは次第にこちらへ近づいて来る。

 その赤い光は音を伴っていた。

 音源がどこにあるかは定かではないが、確かに何か聞こえる。遠く、低く、怨めしい。そんな音であった。

 モーターの回る音?いや大勢の僧侶たちが一斉に経を読む声のようでもある。その音もまた次第に大きくなってくる。

 光はまっしぐらにこちらへ向かって来る。

 その光は獣の顔を持っていた。犬のようだが、定かではない。魂に澱む悪意を見透かすような大きな目がこちらをじっと見据えている。肉食獣に特有の大きくせり出した鼻面には、怒りと憎しみの深い皺が刻みこまれている。鋭い牙をむき出した口からもれる息は、この世のものならぬ邪気をはらんでこちらに噴きつけてきた。

 露骨な敵意をふりかざした猛々しい光の獣は、明らかにこちらを攻撃しようとしている。

―いけない、逃げなくては。

 来た。来た。来た。

 逃げなければやられる。

 とりまく音は拡声器から流れる呪文のように渦巻き、聞く者の神経を逆撫でる。

 怖い。竦みそうになる気持ちを奮い立たせ、迫る赤い光から必死で距離を取ろうと試みる。

 恐怖で目がそらせない。そらせたら最後、背後から狂気の光に食いちぎられそうに思う。

 もはや雷鳴の如き唸り声をあげながら、赤い光の猛獣は目の前まで迫ってきた。

 速くて逃げ切れない。追いつかれてしまう。追いつかれたなら自分はばらばらに食いちぎられてしまうだろう。

 食いちぎられる!

 来た!いやだ!いや!来ないで!

「きゃあああ」

 デラは救いを求めて虚空を掴んでいる自分の両手を見ていた。

―夢?

 心臓の鼓動が早い。通常の状態ではないことが、デラ自身にもよくわかった。

「私、自分の悲鳴で目が覚めたんだわ」

 ベッドで上半身を起こすと、着ていたTシャツの胸元や背中、脇の下と、ぐっしょり汗をかいていた。

「今のイメージは…グラゴ星人。私を狙ってきた?」

 グラゴ星人が直接自分を狙って殺意を飛ばしてきたことにデラは気づいた。

 悲鳴をあげ、目を覚まさなければ、恐らく命を失っていたことだろう。

 能登でグラゴ星人がドラガロンに指令を送った時、その思念に触れたデラを、グラゴ星人も警戒していたのだろう。

 キャリアベースへ移動した後も、デラは精神感応によるグラゴ星人捜索を続けてきた。自分の存在を暴く者として、グラゴ星人も彼女に対して既に敵意を抱いていたに違いない。

 今の夢は、グラゴ星人がデラを「意識体」として認識したうえでの攻撃であろう。もとの意識体であれば、「夢から覚める」という逃げ道はありえない。悲鳴をあげ、目を覚まさなければ、恐らく命を失っていたに違いない。デラにとって、既に地球人としての肉体を得ていたことは大きな幸運だった。

 そしてもうひとつ。この恐るべき精神攻撃は、仕留め損なえば自らの所在が相手に露見してしまうという諸刃の刃でもあったのだ。

 デラは、慌ただしく両手で寝起きの髪をとかしながらビジュアルフォンを手にした。

「フドウ隊長、グラゴ星人の居場所がわかりました」

 

 ズゥン、ズゥン、ズゥン

 未明の青木ヶ原樹海に、振動を伴う轟音がこだました。

 ウルトラマンアミスの足音である。

 日本一の霊峰富士は、巨大なアミスのさらにはるか頭上で知らぬ顔をしている。

 BGAMが誇る高機動戦闘機アルバトロス一号と、遂に実戦投入された二号機が、アミスを取り巻くように上空でホバリングしていた。

「ここにいるのか、グラゴ星人が」

「デラ隊員が断言したんだ。間違いあるまい」

 一号機にはフドウ、サキョウ、コヅカが搭乗していた。そして最新鋭二号機のコクピットにはセイラが、後部座席にはスルガが座っている。

「隊長、昨日の午前四時二〇分頃、この付近で竜巻に似た地震雲が観測されています」

〈地震雲?〉

「はい、竜巻状の雲で、恐らく地中の帯電ガスの異常増加と電離層の変動が起こすジェット現象だと思われます。過去、大地震の予兆としてしばしば観測されていましたが、今回の場合は恐らく…」

〈グラゴ星人が地上へ現われるまえぶれだと?〉

「ええ」

 スルガの報告は、デラからのグラゴ星人発見の通報に新たな信憑性を加えた。

「しかし隊長、デラ隊員を地上に降ろして大丈夫でしょうか?」

「うむ、機内にいるよりも大地に足を着けている方が色々なことが見やすいとデラ隊員が言うものだから許可したが、確かに心配ではあるな」

〈あら大丈夫よ、コヅカ隊員。なんたってシュンが一緒なんだから〉

〈ウルトラマンアミスも来てくれましたしね〉

 BGAMが現場に到着した直後、やはりグラゴ星人の出現を超感覚で察知したものか、ウルトラマンアミスが突如姿を現わしたのだった。

 アミスは足先で何かを探るかのように慎重に歩を進めていた。

―慎重にね、アミス。攻撃をはずしたら富士山の噴火を誘発しかねないわ。

 樹海に降りたデラの言葉にアミスは頷いた。

 その足先が何かに触れたように不意に止まった。アミスの目がデラに問うた。

「そこよアミス、間違いないわ」

 デラの言葉に、アミスは右手の指先を揃えて気合とともに地面へ突き立てた。

 巻き上がる土煙にも構わず、地面に突き刺した右手に左手をクロスさせる。

シュアアア。

 地中深く、ごうごうと流れる溶岩流に潜む侵略者に向けて、ウルトラマンアミスは先制攻撃のテルミニード光線を放った。

ズズウウゥン。

 地下爆発の衝撃がデラの足元をすくい、彼女は近くの木にすがった。

「来るわ」

 索敵、情報処理に優れたアルバトロス一号でも地中の異変に気づいていた。

「隊長、地中から巨大な何かが急速に浮上して来ます。アミスの真下です」

 レーダーを見ていたサキョウが叫んだ。

 各隊員は息を呑んだ。

ゴゴゴゴゴオオオ。

 大地が鳴り、樹海の無数の木々が一斉に揺れ始めた。

 ウルトラマンアミスは咄嗟に後方へジャンプし、足元から来る敵を迎えた。

「出る!」

 サキョウが指差したあたりの地表から大量の土がゴウゴウと噴出した。

 それはまるで大地が嘔吐しているかのようであった。

 その土の中から黒く巨大な塊が回転しながら飛び出した。

 ウルトラマンアミスが反射的に腰を低くして戦闘ポーズをとる。

 黒い物体は高速回転から徐々にスピードを落としてゆき、ついに大地の上で静止した。

「グラゴ星人」

 デラが憎しみの念をこめて叫んだ。

 それは黒い岩のごとき鎧で全身を包み、不気味に赤く燃える目でアミスを睨みつけた。

「あれが…グラゴ星人」

 両耳がぴんと立ち、鼻が前へ長く突き出た猟犬のような顔。しかし身体は人に似た直立姿勢だ。

「夢の中で襲ってきた獣だわ」

 デラは、グラゴ星人からの精神攻撃を受けた時に見た、自分を襲おうとした赤く光る獣のイメージを思い起こした。

 BGAMの隊員たちは皆背筋に寒気を覚え、小さく身震いした。そして思い出そうとしていた。あの犬のような姿…あれはどこかで…。どんなに身体を鍛えても、精神修行を積み重ねても、人間である以上恐怖せざるを得ないもの。DNAに刻み込まれた天敵の記憶。

 最初に思い出したのはサキョウだった。

「アヌビスだ。やつはアヌビスの犬にそっくりだ」

「アヌビスの犬…」

 古代エジプトで、死者の心臓を食らうと言われた地獄の犬。

 グラゴ星人は地中に潜みながら、人類の心の奥底に恐怖の記憶として潜伏するアヌビスの犬の存在に着目し、自らの肉体のフォルムとして選んだのだろう。

 しかし眼前にいるグラゴ星人は壁画に描かれているようなシンプルな黒い犬ではなく、その犬歯はいびつな乱杭歯で目は血のように赤い。敵意に満ちた針のように鋭い視線をアミスに送っていた。

アアアアアアア。

 胸をそらせ天を仰いで遠吠えのような叫びをあげたグラゴ星人は、アミスに向かって駆け出した。

 繰り出した拳は、はちきれそうに盛り上がる腕の筋肉に裏打ちされて強烈な破壊力を内包していた。

 しかしアミスのヒートパンチもひけをとってはいない。

 ふたつの拳が交差し、互いの胸部に打ち込まれた。

 バァァン。というふたつの炸裂音がひとつに重なり、アミスとグラゴ星人はほぼ同時に後ろへよろめいた。

 挨拶代わりの一撃は一見互角に見えたが…。

「見ろ!グラゴ星人の胸部が破壊されてるぞ」

「さっきの先制攻撃がヒットしていたんだ」

「アミスの方が有利ね」

 アルバトロスから見守る隊員たちから歓声があがった。

 グラゴ星人の首から下は、肩から胸そして脛をカバーするように、ごつごつした岩が取り巻いていた。その岩のショルダーガードを、アミスが地中へ放った先制のテルミニード光線が打ち砕いていた。

 ところが、その破損部は見る見る修復され、傷ひとつ残さず元通りになってゆくではないか。

 一方アミスは、打撃を受けた左胸部からシュウシュウと煙を吹出している。結局残されたダメージは明らかにアミスの方が大きいようだ。

「破損部が修復されたぞ。スルガ隊員、あれは一体どうなってる?」

 コヅカが忌々しげに尋ねた。

〈ううむ。あのショルダーガードは溶岩でできてますね。ほら、あのきらきらと光っているのは輝石ですよ。恐らくやつは地中で溶岩のエネルギーをとり込むすべを会得したんでしょう。きっとグラゴ星人の体内には熱く燃えたぎる溶岩が流れているにちがいありません。多少の破損は内部から染み出した溶岩ですぐに修復してしまいますよ〉

 グラゴ星人の全身を血管のようにひび割れが走っており、その内側を赤く光る溶岩がゆっくりと巡っているのが窺える。

グアア。

 アミスは片膝をつき、苦しそうだったが、それでも気合とともに立ちあがると再びグラゴ星人に向かって走った。

 ふたつの巨大な影ががっぷりと組み合うと、アミスがひざをグラゴ星人のみぞおちに打ち込んだ。そのキレの良いニーアタックにグラゴ星人の巨体が宙に浮いた。

 かがみ込んだグラゴ星人の背に、今度はアミスの肘が振り下ろされた。

 しかしグラゴ星人は倒れざまアミスの両足首を押え、全身でアミスの腰のあたりへタックルした。バランスを失ったアミスは真後ろへ弾き飛ばされた。が、飛ばされた勢いを借り、後方回転して起き上がったアミスは、素早く両腕を十字に組み、必殺のテルミニード光線を放った。同時にグラゴ星人も、憎しみに燃える両目から赤黒い溶岩のビームを放射した。

 テルミニード光線と溶岩ビームは空中で激突し、直視できない眩い光を放って破裂した。

「おい、この戦い…」

 コヅカがサキョウに囁いた。

「ああ、互角だな」

 答えるサキョウのこめかみを冷たい汗が流れ落ちた。

 樹海に降りたデラは蒼い顔で唇をかんでいた。

「いえ、ここはアミスには不利だわ。ここは大地のエネルギーを感じることができない」

 大地の息吹を通さぬ堅い溶岩が地面を埋め尽くし、狂った磁場が生けるものすべての感覚を狂わせ麻痺させる。

 ここで邪悪なエネルギーを我が身にとりこみ、コア体を成長させてきたグラゴ星人にとってはホームグラウンドでも、アミスには…。

 デラの頭上を二機のアルバトロスが通過していった。

「アミス。負けないで!」

 二号機でセイラが絞り出すように叫んだ。

 アミスと対峙していたグラゴ星人の手の甲と両足のつま先が突然ニョキニョキと伸び始め、不気味な弧を描く鋭い鎌を形成した。

 それを見たアミスはジュワッと気合を込め、堅く拳を握り締めた両腕を斜めにクロスさせた。すると両腕から三日月の如き光の鎌が現われた。

「あれはゾンバーエッジ。アミスあなた、少しずつ能力を目覚めさせているのね」

 はるかなるいにしえより大地に眠りし勇者ウルトラマンアミスは、デラの推測どおり未だその能力のすべてをその手に取り戻しているわけではなかったのだ。しかし、恐るべき怪獣たちやグラゴ星人との戦いの中で、彼の超能力はひとつ、またひとつとアミスの中で蘇ってきている。

 赤黒い溶岩の鎌対眩い破壊光の鎌。

「第二ラウンドだ」

 フドウの乾いた声を合図にしたかのように再び両者は激突した。

 ガシッ、バシッ、と鈍い剣戟の音が富士の裾野にこだました。

 グラゴ星人の蹴りが下方からアミスの喉元をえぐりに来る。辛うじてアミスは光の鎌で凶器の切っ先を食いとめたが、すかさずグラゴ星人の腕の鎌が繰り出された。

ブゥン。

 間一髪、スウェイしたアミスの頬を鎌の切っ先がかすめて走った。

 わずかに後方へバランスを崩したアミスに、態勢を立て直す機会を与えまいと、グラゴ星人の腕とつま先の鎌が次々と容赦なく襲いかかった。かろうじて両腕の光の鎌で打ち返してはいるが、このままでは致命的な一撃を受けるのは時間の問題のように思えた。

バシイイイ!

グゥウアア。

 そしてついにグラゴ星人の蹴りがアミスのみぞおちを捕らえた。火花が散り、鎌の切っ先に突き上げられた銀の巨体が樹海の森に仰向けに倒れた。

キィン、キィン、キィン。

 その時、アミスの胸のカラータイマーが青から赤へと変わり、警告音を発し始めた。

 グラゴ星人のとどめの一撃が、苦しむアミスの喉元めがけて振り下ろされようとした。

「アミス危ない」

 アルバトロスのルーク砲がグラゴ星人の背に命中し、攻撃態勢にあったグラゴ星人は「ガアアア」と苦悶のうめき声をあげてその動きを止めた。

「ざまあ見ろ。俺たちはただの傍観者じゃないんだぞ」

 コヅカが拳を突き上げて叫んだ。

 その隙にアミスはグラゴ星人から距離を取り、戦闘態勢を整えた。

 カラータイマーの警告音は僅かながらもそのリズムを早めてゆく。

 明かにアミスは焦っていた。戦いに決着をつけるべく渾身の力を込めた大技にうって出た。

シュアアア。

 空中高くジャンプし、あたかも重力の掟から解き放たれたかのように巨体を回転させ、その落下に更に勢いをつけるとグラゴ星人の後頭部めがけて右足のかかとを振り下ろした。

 超高空からの音速のかかと落としだ。

 だが、アミスのかかとが命中する寸前、グラゴ星人は振り向きざまアミスに向けて両腕を大きく広げた。

 その途端、アミスの身体は見事なかかと落としの態勢を保持したまま、何かにはじかれたように後方へ跳ばされた。

 激しい地響きをたてて大地に叩きつけられたアミスは苦痛に背をのけぞらせた。降下の勢いが凄まじかった分、その身に受けたダメージは甚大だったのだ。

「うわっ」

「一体どうなってるんだ?」

 隊員たちは、手品を見せられたようにあっけにとられた。

 グラゴ星人から離れた場所で、アミスはまるで見えない糸に繋がれたマリオネットのようにぶざまにひっくり返され、放り投げられて大地にはいつくばった。

 立ちあがろうとしても、グラゴ星人の怪しげな手の動きに合わせて、何度も何度も同じ結末を迎える。

「グラゴ星人のサイコキネシスです。隊長、アミスを援護して下さい」

 デラは襟の無線機に叫んだ。

〈了解〉

〈了解〉

 フドウの指示を待たず、コヅカとセイラが応えた。

 アルバトロスのルーク砲が再び猛然と吼えた。

 デラも腰のメガパルサーを抜き、果敢に援護射撃を開始した。

 いくつもの火柱がグラゴ星人の身体を包んだが、アミスを絡めとる見えない呪縛は消えはしなかった。

 グラゴ星人の精神感応攻撃は、ついにアミスを大地に釘付けにした。

 立ちあがろうにも、アミスの巨体は恐ろしい力で大地に押しつけられてどうにもならない。ぐいぐいと次第に地面に沈みこんでいった。

 このままカラータイマーの消滅までアミスをはりつけにしておくつもりなのか、それとも彼の体重の何倍もの重力で押し潰すつもりなのか。

 デラは、もがくアミスの体が巻き起こす土煙を全身に浴びるほど近寄ると、精神を集中させるために硬くまぶたを閉じた。

 そして数秒。

 かっと見開かれた彼女の瞳は、再びあの青い光を放っていた。

 その神秘の光は、グラゴ星人のおぞましい姿をじっと捉えている。

 すべての感情をその青い光に吸い取られてしまったかのように、デラはまばたきひとつせずグラゴ星人の体の隅々を探った。

 その光が瞳から突然消えた時、入れ替わりに人間らしい表情が彼女に戻った。

「首の後ろ!みんな、グラゴ星人のサイコキネシスを発現させる第四脳は首の後ろにあります。首の後ろの第四脳を狙ってください」

 デラの通信に応えて二機のアルバトロスはグラゴ星人の後ろを取ろうと試みていたが、素早いグラゴ星人の動きに阻まれ思うような攻撃ポジションがとれない。

「もう、じれったいわね」

 辛抱しきれず二号機のセイラが強引に突っ込んだ。

〈無茶するな、セイラ隊員!〉

 それでも二号機は高空で二〜三度きりもみ回転すると一気にグラゴ星人の頭頂部めがけて急降下した。

 後部座席のスルガの目と口が限界まで開かれ、喉の奥から悲鳴が発せられる直前、セイラが放ったルーク砲がグラゴ星人の首の後ろ、付け根のあたりを直撃した。

ガアアアアア。

「やったわ」

〈だめ、まだ浅い。上からの攻撃じゃ効果が少ないわ〉

 喜ぶセイラに、デラはさらに厳しい注文を出した。

 しかしルーク光弾命中の瞬間、苦鳴をあげるグラゴ星人の背後で、アミスは我が身の自由を僅かに取り戻していた。

 地面すれすれで急上昇に転じ、一気に高度を取り始めた二号機の背後をグラゴ星人の赤い両目が狙っていた。

 急所のひとつを攻撃されて怒りを爆発させたグラゴ星人は、攻撃の標的を一時的にアミスから二号機へと変えたのだ。

 急降下と急上昇による一撃離脱攻撃には、離脱時に機体の背後が隙だらけになってしまう欠点がある。

「グラゴ星人が狙ってるぞ。回避しろセイラ隊員!」

 フドウが叫んだ。

 しかしグラゴ星人は不気味に光る犬歯をむき出してニヤリと笑うと容赦なく溶岩ビームを放った。

 アヌビスの呪いが具現化したかのような地獄の業火が溶岩ビームとなって、急旋回して逃げる二号機の機体へ迫る。

「だめだ、やられる」

 コヅカが悲痛な声を上げた時、横合いから超高速で回転しながら飛来した光の円盤が二号機を粉砕するべく忍び寄った溶岩ビームを空中で弾き飛ばした。

「何だ?」

 BGAM隊員たちとグラゴ星人が揃って見たものは、尽きかけた二号機の命運をぎりぎりで救った光の円盤の主であった。

 グラゴ星人の注意がそれたことによって呪縛から解き放たれたウルトラマンアミスが、片膝を大地につき、二本の腕を空手の正拳突きのように真直ぐ突き出していた。

「アミス!」

「二号機を救ってくれたのか」

 飛来した円盤状の物体は、アミスの腕から出現した光の鎌、ゾンバーエッジであった。グラゴ星人の念力がわずかに弱まった隙をついて、アミスは素早く体を起こし、両腕から再びゾンバーエッジを発現させるや、超高速で空中高く撃ち出したのである。まるでブーメランのように高速回転する光の鎌は、あたかも真円の如き残像を描きながらグラゴ星人の溶岩ビームと相討ちとなって果てた。

 背後からの思わぬ邪魔に獲物を逃したグラゴ星人は全身を震わせて怒りの咆哮をあげた。

―まあいい、ならば貴様をもう一度思うさまいたぶるとしよう。

 アミスへ戻された残虐な視線はまさしくそう語っているのだろう。

―もう一度、いや何度でも投げ飛ばし、地面にはいつくばらせてやる。その胸のうるさい点滅が永遠に消えるまで。

「ああ、またアミスが狙われる」

 セイラは、援護したつもりのアミスに逆に命を救われ、そのことによってふたたびアミスが標的となったことに自らの無力を感じた。

ヴゥン!

「え?」

 その二号機の脇を、天空から何かが高速で通過していった。

 地上では勝ち誇ったグラゴ星人が、再びサイコキネシスを発動させようとしている。

 その時、高空へ避難している二号機の更にはるかな天空より高速回転しながらアミスのもうひとつのゾンバーエッジが飛来し、グラゴ星人の首の付け根、第四脳にグサリと突き刺さり爆発した。

ギャアアアアア!

 体をえびのように反らせ、凍りついたように天を仰いだグラゴ星人は、そのまま大地に突っ伏した。

 先刻、グラゴ星人の隙をついて射出したゾンバーエッジはふたつ。一方は逃げるアルバトロスを救うため、そしてもう片方はグラゴ星人の念力攻撃を封じるためのものであった。

「やったわ!グラゴ星人の第四脳が破壊された。もうサイコキネシスは使えないはずよ」

 デラの報告に、無線機から各隊員からの歓声が聞こえた。

 それでもグラゴ星人はふらふらと立ち上がった。片やウルトラマンアミスも、もはや二本の足で立っているのがやっとというありさまである。

 壮絶な死闘は明らかに最終ラウンドを迎えようとしていた。

 グラゴ星人はゴウ!とひと声吼えると両の拳をアミスにむけて突き出した。

ズドドドドド!

 グラゴ星人のふたつの拳から真っ赤な炎とともに無数の黒い物体が凄まじい勢いでアミスに命中した。

グワアアア。

 アミスは、着弾の勢いで跳ね飛ばされ大地に転がると身体をくの字に折り曲げてもがいた。

「アミス!」

「スルガ隊員、今のは?」

〈おそらく溶岩弾です。ほら、火山が噴火した時に地下の深くから溶岩と一緒に噴出される岩石ですよ。そいつをグラゴ星人は体内で精製し、もの凄いスピードで撃ち出したんです。だけどもうアミスには、避けることさえできないのでしょうか〉

キン、キン、キン、キン。

 胸のカラータイマーは、戦闘の即時中断を激しく訴えている。

「だめなの?アミスでも」

 セイラは涙声になっている。

「引き続きアミスを援護する。各機攻撃を再開せよ」

 フドウの指令で二機のアルバトロスはルーク砲を連射し始めた。

「熱くなるな。樹海の森林資源に被害を与えてはならん」

 フドウの目はあくまでも冷静に、眼前でおこるすべてのことを観察している。

 ウルトラマンアミスに更に追い討ちをかけようとするグラゴ星人だったが、二機の戦闘機の執拗な牽制と攻撃に阻まれていた。

ゴアアア。

 苛立ったグラゴ星人は目でアルバトロスを追いながら溶岩ビームを浴びせかけた。

 サキョウもセイラも間一髪で溶岩ビームをかわしながら機体をたてなおし、攻撃に転じた。

 虎の子の航空戦力を簡単に落すわけにはいかぬ。サキョウもセイラも持てる技量のすべてを発揮しての操縦だった。

 アミスは震える両腕で身体を支え、なんとか上半身を起こした。もはや視界は霞み、カラータイマーの音が耳鳴りのように頭の中で響いている。

 グラゴ星人は再び手の甲から鎌を伸ばした。しかも先刻のものよりも大きく禍禍しい鎌だ。

 ここを勝負どころと見たのか、グラゴ星人はアルバトロスからの攻撃に目もくれず、鎌を振り上げてアミスめがけて走った。

「アミス、来るわ。後ろよ!」

 デラが叫んだ。

 日の光を受けて鈍く光るグラゴ星人の鎌が振り下ろされる寸前、アミスは振り向きざまテルミニード光線を放った。残り少ないエネルギーのありったけをクロスさせた両腕に集め、一気に放射した。

ギャアアアア。

 敵の体に見事にヒットした必殺のテルミニード光線は、消えかかるアミスのエネルギー不足ゆえか充分な破壊力を持っていなかったが、それでも迫り来るグラゴ星人の巨体を一気に後方へ吹き飛ばした。

 一キロメートル以上にわたって吹き飛ばされたグラゴ星人の堅固な溶岩の鎧は、炎をあげて燃え始めた。

「いいぞ、アミス」

「やったわ」

 グラゴ星人は大地に仰向けに倒れ、動かない。

 起死回生の一撃が決まり、一度は喜んだデラは、すぐに表情を一変させてアミスを見た。

「アミス、グラゴ星人はまだ死んでないわ」

 デラの言葉どおり、まもなくグラゴ星人はおぼつかない足取りで立ち上がろうとし始めた。

「なんてタフな野郎だ」

 コヅカがあきれ顔で言った。

 溶岩の鎧は破壊され、光線の熱でどろどろと溶け落ちていた。もはや使い物にはならぬであろう。

ゴアアアア。

 グラゴ星人は天を仰いで怒りの遠吠えを上げた。その瞬間、身体を覆っていた鎧は、ガラガラと音をたててグラゴ星人の身体から剥がれ落ちた。むきだしになった黒いボディには、血管の如き赤い筋が網の目のように取り巻いている。その中はぐつぐつと煮えたぎる溶岩が、グラゴ星人に底知れぬエネルギーを与えるべく駆け巡っているにちがいない。

「グラゴ星人が…」

「鎧を捨てた」

「うぇ。気持ち悪いわ。理科室の人体標本みたい」

 身にまとっていた重い鎧を脱ぎ捨ててスリムな体になったグラゴ星人はアミスをちらりと見たが、この場でのこれ以上の戦闘を嫌ってか、不意に空へ舞い上がった。

「飛んだぞ!」

「逃がすな。追尾しろ」

 グラゴ星人の後を追って二機のアルバトロスも北東の空へ高速で飛び去った。

 アミスはグラゴ星人を追おうとしたが、もはやカラータイマーはその色をほとんど失い、エネルギーの枯渇を訴えていた。

 悔しそうに拳を握ると、アミスは大地から迸る金色の光にその身を融合させ、視界から消えた。

 アミスが消えた場所へと息をきらせて駆けつけたデラの前に、BGAMの隊員服を着たシュンが現われた。

「アミス、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。心配な…い…」

 駆け寄るデラに、精一杯の笑顔を見せはしたものの、シュンの顔色は青白く、膝は小刻みに震えてブナの木にもたれて立っているのがやっとだった。

「すまない…。グラゴ星人を…逃がして…しまったよ」

 意識が薄れてずるずると沈み込むシュンの体を、デラは必死で抱き止めた。

「いいのよアミス。さあ、ここを出ましょう。ここは磁気が乱れている。大地のエネルギーが感じられないわ」

 デラはよろめく足でなんとか長身のシュンを支えながら、樹海の中へ姿を消した。

 

「雲の上へ出ます」

 ぶ厚い真綿を、白い糸を通した縫い針が貫くように、二機のアルバトロスは細い雲を曳きながら夏特有の積雲を突っ切った。

「グラゴ星人の進路は?」

「真直ぐ東京へ…東京へ向かっています」

 侵略者としての本能がなせる業か、グラゴ星人はアミスとの戦いから逃れて高空へ舞い上がるや、正確に東京のある方角へと飛行し始めた。

「冗談じゃないぞ。いくら鎧を脱ぎ捨てたとはいえ、今やつに東京を急襲されたらとんでもないことになっちまう」

「止めるんだ。何としても」

 ふたつのコクピットに異様な緊張が走った。

〈こちらデラ。隊長〉

「フドウだ。デラ隊員、君大丈夫か?君たちの安否を確かめぬままグラゴ星人の追尾に移ったので気になっていたんだ」

〈私は大丈夫です。ソラガミ隊員が負傷しましたが、命に別状ありません。それより隊長、今グラゴ星人はアミスとの戦いで大きなダメージを受けています。この機会にグラゴ星人を攻撃してください。今がチャンスです〉

 デラの通信からは、非常に切迫したようすが各隊員に伝わってきた。

〈こちらセイラ。まかせておいて、デラ隊員。あなたはシュンをお願いね〉

「聞いてのとおりだ。各機、グラゴ星人を攻撃、撃墜せよ。やつに東京見物をさせてやるわけにはいかん。最悪でも進路を変えさせて海上へ誘導する」

〈了解〉

 アルバトロスは、グラゴ星人の左側へ大きく回り込むと、がむしゃらにルーク砲を撃ち始めた。

オオオオオオ。

 おびただしい光弾の直撃を受け、さすがのグラゴ星人も苦しそうなうめき声をあげた。上下左右に回避行動をとりながら、しつこくまとわりつくアルバトロスにあの溶岩ビームを放った。

「危ない!反撃してきたぞ」

「ひるむな。デラ隊員が言うように、今のグラゴ星人は弱っている。ルーク砲でも充分倒せるはずだ」

 ルーク砲の集中砲火を全身に浴び、東京への直線距離上を飛行していたグラゴ星人は、少しずつ逃げるようにその飛行進路を変えていった。

「目標、わずかに進路を東へ転じました」

「約七十秒後に横浜市上空です」

「よし。このまま行けば海に出る」

 それでもフドウたちBGAM隊員の目の前には、両手を水平に広げて飛ぶ、まるで巨大な十字架のようなグラゴ星人の姿が依然としてあった。

 プロペラもエンジンも無いただの物体が、まるで地球の重力をあざ笑うかのように飛んでいる。しかも音速を越えて。

 眼下には、触れればこの上なく肌触りの良さそうな雲の海が広がっていた。強烈なジェット気流にあおられ僅かに左右に揺れながら飛ぶアルバトロスは、音の無い深海を行く二匹のマンタのようにも見えた。

「それにしても気持ち良さそうに飛んでやがる。なんだか冗談みたいだ」

 コヅカの気持ちがフドウにもわかるような気がした。

「冗談ならどんなに嬉しいかねぇ。横浜を突っ切ってこのまま海上へ追い出す。絶対に東京まで行かせてはならん」

 アルバトロスは速度を上げ、グラゴ星人の左側へ回り込むと、再び盛大にルーク光弾を発射し始めた。

「はずすなよコヅカ隊員。下は市街地だ」

「まかせなさい」

 鎧を取ったとはいえ、グラゴ星人もしぶとく溶岩ビームを撃ち返してくる。

 純白の雲海と真っ青な空の間で、幾筋もの光線や光弾が交叉し火花と爆炎が湧きあがった。音速を超える三次元の戦いは凄絶な美しさを放っていた。

 

「機長、これを見て下さい」

「どうした」

 成田を発ちシンガポールへ向かっていたウィンダム航空二〇六便の機長は、副機長が指差すレーダーを覗き込んだ。

 巨大な影の周囲に小さな影が二つ。

「何だろう、真ん中のはかなりでかいな」

「このジャンボ機よりも巨大です。そのうえ物凄いスピードだ。戦闘機並みの速度でこちらへ向かってきます。機長、回避しましょう」

「高度は?」

「現在八千メートル。なお上昇中です。このままでは約二十秒後にニアミスか、悪くすると…」

「よし、緊急回避だ。高度を六千五百まで下げるぞ」

 機長は客室にシートベルト着用の指示を出すとすべての客室乗務員をも着席させ、一気に高度を落とし始めた。

「うひえぇ」

 トイレから席へ戻ろうとしていた乗客が足元をすくわれて尻餅をついた。

「見えた。機長、二時の方角です」

 雲海を滑るように斜め前方から二〇六便めがけて飛来したものは、身の毛もよだつ地獄の番犬の如き頭部を持つ不気味な黒い巨人、グラゴ星人であった。

「ば、化け物だ!」

「間に合わん。ぶ、ぶつかる!」

 交差!

 その瞬間、機長も副機長も思わず目を閉じた。その距離二百メートル足らず。ぎりぎりで衝突だけはまぬがれたものの、超音速で飛行するグラゴ星人が起こす衝撃波に激しく機体を叩かれ、二〇六便は風に舞う落ち葉のように翻弄された。

 グラゴ星人は突然目の前に現われた二〇六便とすれ違いざま、両目から溶岩ビームを放った。民間機と戦闘機の違いなど、グラゴ星人に判別できるはずもない。

「わああああああ」

 二〇六便はコクピットも客室も、悲鳴で満ち溢れた。

 

ビュビュン。

ババーン。

 二〇六便を襲った溶岩ビームは間一髪、アルバトロス一号が発射したルーク砲によってはじかれ、ひときわ眩い爆炎を吹き上げて消滅した。

 二〇六便は大きく揺れながらも無事戦闘空域からの離脱に成功した。

「ふう。とりあえず無事すれ違いましたね、隊長」

 神業の射撃でジャンボ機を溶岩ビームから護ったコヅカが、後部コクピットのフドウを笑顔で振り返った。

「うむ、ご苦労。だが機内でケガ人が出ていなければいいが」

〈まずいですよ、隊長。我々は民間航空機の航路に侵入しています。この辺りは特に成田、羽田の発着便が集中するエリアです〉

「そうか。スルガ隊員、大至急中央航空管制センターに連絡し、我々の戦闘空域を通過するあらゆる航空機の発着を見合わせるよう要請。なお、既に飛行中の便については、BGAMからの安全宣言が発令されるまで戦闘空域外にて旋回待機するか、最寄の空港へ緊急着陸させるように」

〈了解〉

バシィン!

 突然アルバトロス一号の機体後部で何かを叩き割ったような音が起こり、一号機はガクンと速度を落した。

 一号機の機体はガタガタと細かく揺れ始め、言うことをきこうとしなくなった操縦桿を、サキョウが強引にねじ伏せようと悪戦苦闘している。

 ガナー席からは、コヅカが心配そうな視線をサキョウに向けた。

「どうした、サキョウ隊員?」

「やられた。ほんのわずかだが左翼の一部をえぐられた。これ以上超音速での追尾は一号機には無理だ」

 ここ一番という局面での被弾に、冷静なサキョウもさすがに悔しそうだ。

「現在の速度は?」

「現在マッハ〇.八、更に減速中です。機のバランスを保つには少なくとも亜音速以下にまで落とさねばなりません」

「やむを得ん。我々は二号機のバックアップにまわる。サキョウ隊員、高度を維持し速度をマッハ〇.二まで減速。距離を置いてグラゴ星人追尾を続行せよ」

「了解」

「二号機。一号機は被弾し、これ以上の近接攻撃は不可能となった。君たちの機が最後の希望だ。無理をするな、と言いたいところだが、二号機の性能をフルに活かして必ずヤツの東京侵攻を防いでくれ」

〈了解〉

「隊長、前方に海。東京湾です」

 サキョウの言葉どおり、途切れた雲海の間からきらきらと光る海面が見え始めた。

 最終ゴールはもう目前である。二号機のセイラは汗ばむ拳に更に力を加えた。

「スルガ隊員、しっかりつかまっててよ」

「はひいいグェ」

 悲鳴混じりの返答は、急加速のGによって押し潰された。

 セイラの狙いは、アミスのゾンバーエッジによって深手を負ったグラゴ星人の首だった。

 銃口を標的に向けたまま、超音速で飛ぶ機体を横滑りさせて左右に振り子運動を繰り返し、効率よく攻撃を加える。高機動戦闘機の持つ能力を極限まで引き出した高度な戦法である。

 グラゴ星人の背後で見事な弧を描きながら追尾するアルバトロス二号機は、ルーク砲を寸分たがわず首の後ろ、第四脳の傷口へと撃ちこんだ。

ギョギョオオオゴオアア。

 不気味な声を発した巨大な十字架は、大きくバランスを崩した。西から叩きつけてくるジェット気流に抗う力を失ったか、更に東へと押し出されるように転進した。

 効果有りと見るや、セイラは高機動攻撃を何度も繰り返した。ルーク光弾の直撃を何度も食らった首の後ろの傷口からは、まるで血煙のごとき赤黒い霧状の液体が噴き出した。

 しかしアルバトロスの開発責任者でもあるスルガがこの攻撃に激しく異を唱えた。

「セイラ隊員、もうやめて下さい」

「なぜよ?効いてるわ。見てなかったの」

「それはわかっています。しかし、前方への推進に反する高機動運動は、本来機体にかなりの負担をかけています。ましてこれだけの高速飛行中に行えば、我々の想像を絶する負荷が二号機を襲っているはずです。これ以上続ければ機体がばらばらになってしまいますよ」

「この機体なら大丈夫よ。私にはわかるわ」

「何が大丈夫ですか?根拠も無いくせに」

「何よ、自分が作った機体に自信が持てないんなら科学者なんてやめちゃいなさい!」

 そう言い放つとセイラはマッハ二でグラゴ星人の背後へ突っ込み、巧みにラダーを操り豪快に高機動攻撃を展開した。

 だが、セイラとて世界的天才科学者スルガの言葉を頭から無視しているわけではない。

〈せっかくの最新鋭機だけど、今はこの機体のことを気遣っている場合じゃないわ。ごめんね、スルガ隊員〉

メキッ。ビシッ。

 時折機体がきしむ嫌な音がしたが、セイラは構わずルーク砲を連射した。今や彼女の五感のすべては、ターゲットとそれに重なる照準、そしてトリガーのみっつに集中していた。

ギギ…。

 ついにグラゴ星人の巨体は急速に高度を落し始めた。

 首の後ろから赤黒い霧を盛大に噴き出しながら左肩をやや上にした体勢で、グラゴ星人は雲を抜け時計回りに弧を描きながら落下していった。

「よし。落ちるわ!」

〈東京湾か?〉

 狭くて浅い東京湾へ落下されたら、その衝撃で工業地帯を含む沿岸部の大半は高波に呑まれるであろう。甚大な被害が想定される事態だ。はるか後方で標的をモニターしている一号機からも心配そうな声が頻繁に届いた。

「いえ、僅かに南へずれます。三浦半島、観音崎付近です」

〈陸か?海か?〉

「まだわかりません。きわどい所です!」

 今から避難勧告を出しても間に合うはずがない。陸地に墜落されたら大惨事に直結する。

「海へ落ちろ!」

 グラゴ星人の体は観音崎灯台の僅かに上空を越え、猛スピードで東京湾の入り口付近へと突っ込んだ。

「よかった、海に落ちましたよ」

 巨大な渦を上空から見下ろしながらスルガ隊員は興奮していた。

「やりましたよ、隊長。セイラ隊員がグラゴ星人を撃墜しました」

〈喜ぶのはまだ早いぞ、スルガ隊員。恐らくヤツはまだ死んじゃいない。キャリアベースに連絡を取って、現場海域へ急行させた後、沿岸地域の救助活動支援と、グラゴ星人の探索を開始する〉

 何とか東京への侵入は防いだものの、落下地点は東京の目と鼻の先である。このまま水中を移動されたなら、現在のBGAMにはそれを阻止する有効な手段は無い。

〈一号機もそろそろ限界だ。全員一旦キャリアベースへ帰投せよ。体勢と作戦を立て直す〉

 アルバトロスを追って既に伊豆半島沖を北上中だったキャリアベースは、フドウからの通信をキャッチするや、東京湾を目指して更に速度を上げた。

 5章「観音崎沖」→