空想特撮シリーズ

ウルトラマンアミス

 6章 東京ベイエリア 〜月下の最終血戦〜


「スルガ隊員」

 キャリアベースの居住区へ向かう通路で背後から呼びとめられたスルガは、眠そうな顔で振りかえった。ヘルメットを右手にぶら下げたシュンだった。

「やあ、ソラガミ隊員。今まで哨戒飛行だったんですね。お疲れ様でした。僕だけ作戦行動からはずしてもらってすみません」

「いえ、スルガ隊員こそ、装備改良の研究で連日徹夜だそうじゃないですか。体を壊さないでください」

「ははは、大したことありませんよ」

 笑うスルガの表情には確かに生気が欠けている。両目がおちこみ、眼の下には黒いくまができていた。明らかに極度の睡眠不足と過度のストレスに見まわれているのだ。

「僕の発明はまだまだ満足できるものじゃありませんから。パワー不足にスピード不足…怪獣や侵略星人との戦闘では、未だ決定的な成果をあげていないんです」

「そうでしょうか。隊長も僕たちも、スルガ隊員の開発した装備を信じて命がけの任務についているんです。開発者のあなたがそんな弱気にならないでください」

 語るシュンの顔には汗で濡れた髪の毛がはりついている。長時間、広範囲にわたるアルバトロスでの単独哨戒飛行は体力的にも苛烈を極めていた。

「君は新人だけど戦闘能力も高い。この任務はやはり実戦でどれだけ貢献できるかですよ。その点僕は…。セイラ隊員にもいつも邪魔者呼ばわりされていますからねぇ」

「僕たちの装備はどれも凄いですよ。この銃だって、アルバトロスだって、このキャリアベースだってね。今僕たちが望み得る最高のものがここにはあります」

「でもグラゴ星人には効かなかった。セイラ隊員があれだけルーク砲を撃ちこんだのに、ヤツは悠々と東京湾沖へ逃げ込んだ。僕の負けです」

 スルガは通路の丸い窓から、間もなく夜明けを迎えようとしている空を見上げて悔しそうに言った。

「ルーク砲が効いていたからこそグラゴ星人は海へ逃げたとも考えられます。もしあの攻撃がなければ、グラゴ星人は直接東京を襲撃していたかもしれませんよ」

「ありがとう、ソラガミ隊員。君にそう言ってもらえると何だか気持ちが楽になってきました」

 自分でもわかってはいるが、誰かにはっきりと言ってもらいたい。そういうことは誰にでもあるものだ。

「ちょっとなぁに?男同士で見つめ合っちゃって。気持ち悪ぅい」

 通路の向こうからセイラが歩いてくる。シュンと同じようにヘルメットを片手に下げている。

「セイラ隊員。これから哨戒飛行ですか」

「交代よ。シュン、タッチ!」

 シュンが広げた左の手の平をバチンと勢いよく叩き、「じゃぁね」とセイラはふたりの横を足早に通りすぎた。

 少し遅れてセイラの髪の香りが、かすかに甘くシュンの鼻をくすぐっていった。

「元気ですね、セイラ隊員は。少し分けてください」

 スルガが羨ましそうに言うと、セイラはふと立ち止まり振り向かずに応えた。

「あら、分けてあげるわよ。でも、あなたにじゃなく、デラ隊員にならね」

「デラ隊員、まだ海に出ているんですか?」

「ええ。シュンと潜った時に感じたグラゴ星人の感覚が鮮明なうちに捜索したいって。ずっとアクアラング背負って潜ってるわ」

「無茶だ。地球人の身体に慣れきっていないというのに。体調を崩してしまう」

「見かねた他のダイバーたちがフドウ隊長に連絡して、無理やり休憩を取らせたほどなのよ。いくらルパーツ星の使命だからって何だか変よ。焦りすぎだわ。シュンからも無理しないように言ってあげてね」

「うん。そうするよ」

 セイラが去ったあとでシュンはしみじみと言った。

「タフですね、彼女」

「本当に。『名は体をあらわす』ですよ」

「え?名は体をって、どういう意味です」

「彼女の苗字ですよ。勢いが良いと書いて勢 良(セイラ)、ね」

「なるほどピッタリですね」

「あ、でもこのことは内緒ですよ」

「わかってます」

 顔を見合わせて笑うふたりの横を、キャリアベースの女性スタッフが気味悪そうな顔をして通りすぎた。

 やがて日が昇り、海面がきらきらと輝き始めた。

「今日もいい天気になりそうだ。何事もない一日であって欲しいですね」

 しかし、スルガの願いはわずか数時間後、無残に踏みにじられることになる。

 

「うわぁ、すごい眺め」

「ほんと!ステキねぇ」

「ずーっと海!こんなのはじめてよ」

 展望デッキに上がってきた二十歳前後の女性グループは口々に驚嘆の声をあげた。

 東京湾を突っ切って川崎と木更津を結ぶ「東京湾アクアライン」。そのほぼ中ほどに造られた巨大なパーキングエリア「海ほたる」の最上階展望デッキからは、東京湾のすべてが見渡せて圧巻である。

「ねぇ、写真撮ろう、写真」

 売店でパノラマ用インスタントカメラを買った女性グループのひとりが大声で友人たちを召集した。

「並んで並んで。アイコもっと右寄って。ジュンちゃん中腰。ナミが写んないよ」

「いい、ヨッチ。みんな入ってる?」

 カメラを構えるヨッチはファインダーを覗きながら片手でOKサインを出して「いくよ〜」と合図した。

 他のメンバーはヨッチの指示どおりに列を作ってピースやらウィンクやら思い思いのポーズを決めている。

「あら?」

 シャッターをきりかけたヨッチが不意にファインダーから目をはずした。

「どしたの?ヨッチ」

「早く撮ってよ」

 催促する友人たちをよそに、ヨッチの視線ははるか沖合いに起こった異変へと向けられていた。

「何だろ、あれ?」

 ポーズをとっていた友人たちは、ヨッチが指差す方向へと振りかえった。

 つい今しがたまで晴れ渡る空の色を映して気持ちの良いオーシャンブルーだった海面が、みるみるどす黒く変わってゆく。まるで海の底から黒い煙が湧き上がるようである。しかもその黒い部分は沖から海ほたるの方へと移動してくる。

「やだ、真っ黒」

「気持ち悪い〜」

「こっち来るよ」

 騒ぎ出した彼女たち以外にも、展望デッキにいる大勢の人たちがその異変に気づき、海ほたるはちょっとした騒動になっていた。

 デッキから身を乗り出し、指をさす人たちはほどなく皆一様に眉をしかめて「臭い」と訴え始めた。

「ヘドロだ。あの黒く湧きあがってるものは海底に積もったヘドロなんだ」

 誰かが言い出した。

 黒いヘドロは見る間に海ほたるの真下までやって来ると、そのまわりを取り囲むように広がった。

 数秒後…。

ドドーン!

「うわぁ!」

「きゃあ!」

 激しい衝撃が海ほたる全体を襲い、人々は悲鳴とともに皆宙に浮き上がった。

 悲鳴と怒号、地鳴りと激しい縦揺れが人々の正常な感覚を奪い取った。

 売店に並ぶ商品が飛び散り、ガラスが粉々に砕けて散った。

 足元が割れて崩れた。

「助けてくれー!」

 虚空を掴みながら、展望デッキにいた人たちは次々と最下層へ落ちていった。

 コンクリートとガラスに囲まれて落ちてゆく人々は、意識がとぎれる直前見た。

 海底十五メートルを走るアクアラインのトンネルを踏み潰し、海ほたるをまっぷたつに分断しながら進むけた外れに巨大な三角形の背ビレを。

 

「ついにグラゴ星人は東京湾の最深部へ侵入したわけだ」

 作戦司令室でフドウの声は重かった。

 海ほたるの惨劇における被害の大きさもさることながら、総力を注ぎこんだ追撃を振りきられ遂にグラゴ星人を「東京」へ侵入させてしまったことが、BGAM隊員たちにとってはとてつもなく大きな敗北感を漂わせる要因となっていた。

「私の責任です。ずっと海で警戒していたのに…。結局グラゴ星人の動きを予測できなかった。私は何の役にも立ちませんでした」

 デラの表情からは強い悲壮感が見てとれた。

「そんなこと言うなよ。デラ隊員がどれだけ死にもの狂いでがんばってたか、みんな知ってるぜ。俺なんか正隊員として恥ずかしいぜ」

「でも」

「コヅカ隊員の言うとおりよ。今まであなたの能力のおかげでどれだけの被害を未然に防げたかしれないわ。あなたは私たちの恩人よ。役に立たないなんて言わないで」

「だって」

「ルパーツ星人として使命を果たそうとするデラ隊員の責任感には感服する。しかし今の君はBGAMの一員であり、我々の仲間だ。戦っているのは君ひとりじゃないんだ」

「ですがサキョウ隊員…」

「勝利も敗北も、挫折も栄光も、みんなで分かち合いましょうよ、デラ隊員」

「たまにはいいこと言うじゃん、スルガ隊員」

 セイラに冷やかされ、スルガは真っ赤になった。

 デラは、やさしく自分を見つめるサキョウたち隊員に黙って頷いた。

 シュンがデラのそばに歩み寄ってそっと肩に手を置いた。温かく、力のこもった手だった。

「第一、まだ負けと決まったわけじゃない。僕たちにはまだチャンスがある。次の戦いが待ってるんだ」

「そうだな。だがそいつは最後のチャンスだ。今度グラゴ星人とあいまみえる時こそが最後の戦いになるだろう。スルガ隊員、ルーク砲の改良は進んでいるか?」

 スルガは、よく聞いてくれましたとばかりに説明を始めた。

「ルーク光弾が発生する化学反応式などは皆さんにも秘密なのですが、この光弾にある特定の荷電粒子をぶつけると、光弾自体が高速で回転し始めるという特性を発見したんです。その回転する光弾を射出すると命中率や射程距離が従来よりも飛躍的にアップします。その結果、ターゲットに着弾したときに与えるダメージが更に大きくなりました」

「なるほど、こう、ねじりこむって感じか」

 コヅカが大きな右の拳をねじるように回しながら左の手のひらに押しつけた。

「ええ。そんな感じです。ちょうど拳銃の銃身内に彫られた溝に沿って、弾丸が回転しながら飛ぶ理屈と同じです。ルーク砲自体の出力も上げ、全体としてかなりバージョンアップさせることに成功しました」

「おお、やったじゃねぇか、スルガ隊員」

 コヅカがバンとスルガの背を叩いて祝福した。もっともスルガはこの手の祝福が実は大嫌いなのだが。

「で、具体的にはどのくらいパワーアップしたのかな。もう少しわかりやすく…そうだな、数字か何かで言い表せないか?」

「はい、隊長。以前のルーク砲に比べ破壊力指数において九.三七パーセントのバージョンアップです」

「九.三七パーセント?なんかしょぼいわね」

「な、なんてこと言うんですか、セイラ隊員。九.三七パーセントのアップだって相当なものなんですよ。実際に撃てば違いがわかりますよ」

「もっと一気に五十パーセントアップくらいのこと、できないのぉ?」

「無茶言わないでください。もちろん理論上は限りなくバージョンアップさせられますが、そんなに光弾だけを強力にしたら撃ち出す前に砲身が破壊されてしまいます」

「じゃあ砲身をもっともっとでっかくブ厚く堅くすればいいじゃない」

「飛べませんよ!それじゃあ」

「スルガ隊員が『撃てばわかる』と言ってるんだ。それで充分じゃないか」

 サキョウ隊員の冷静なひと言がこの論争に決着をつけた。フドウを除けば最も戦いに精通しているこのクールガイこそが、もしかしたらスルガの一番の信奉者なのかもしれない。

「そういうことだ。本来ルーク砲の威力は従来の兵器など比べ物にならないほどに強力だ。これをわずかでも更にバージョンアップさせる技術というのは大変なものだろう。スルガ隊員、ご苦労だった」

 フドウのねぎらいにスルガは「はっ」と敬礼した。

「よし、我々は引き続きアルバトロスでの哨戒活動を続行する。この次敵は、恐らく東京都内のいずこかにに出現するだろう。だが政治経済を含むあらゆる首都機能を放棄して全都民を避難させるわけにはいかない。被害を覚悟の上で、その被害を最小限に押さえることが我々の使命だ。命がけの任務になるが、みんな頼むぞ」

「はっ」

 一同が解散しようとした時、デラがフドウに歩み寄った。

「隊長、私にクーガーを貸してください」

「クーガーを?」

「デラ隊員、君はまだひとりで…」

「違うの、サキョウ隊員。チームのひとりとして、私にできる最高の仕事をしたいのよ。クーガーには金属センサーや赤外線センサー、振動センサーはじめ対地対空レーダーなどあらゆる精密メカが搭載されているわ。それらの装置と私の意識体としての能力をコラボレートさせれば、一分一秒でも早くグラゴ星人の出現地点を割り出せるかもしれない」

「チームの一員として?」

「ええ。グラゴ星人の動きをわずかでも感じたら、すぐに応援を要請するわ」

 フドウは頑丈そうなあごをしきりになでている。

「よかろう。デラ隊員にはクーガーによる索敵任務に就いてもらおう。我々がグラゴ星人に一歩でも先んずるためには、どのみち君の力を借りるほかないからな。しかしくれぐれも無理はしてくれるなよ」

「わかりました」

 見よう見まねで覚えた敬礼をすると、デラは自分用のヘルメットを小脇にかかえ作戦司令室を後にした。

 デラの後姿がドアの向こうに消えたのを見はからって、シュンがフドウに目配せした。

「隊長」

「うむ。たのむ」

「はい」

 短い会話ですべてを理解し、シュンもまたヘルメットを掴むとデラの後を追って作戦司令室を出て行った。

 フドウは艦内電話の受話器を取ると格納庫の番号をプッシュした。

「こちらフドウだ。クーガーをシャトルボートに搭載して発進のスタンバイを頼む」

 

 シャトルボートは、無残に破壊された海ほたるのすぐ脇を通過して川崎港GX埠頭へ着岸した。

 エンジンが目を覚まし、クーガーは森を行く野獣のようにゆっくりと埠頭へ上陸した。

 ゼブラと並ぶBGAMの陸上戦闘メカ、クーガー。ベースとなっているのは七人乗りの家族向け国産四輪駆動車である。BGAM科学開発スタッフはこのファミリーカーを徹底的に改造し尽くした。

 超広角地対空防衛レーダー、三次元波状型地対地索敵レーダー、超遠距離赤外線探知センサーをはじめ、あらゆる異常を探り当て、闇に潜む敵の存在を暴き出す超精密メカが所狭しと押し込められている。加えてボディには対地雷、対プラズマなどの防御システムが採用され、まさに走る電子の要塞と言えるスーパービークルである。

 車体後部にはウェポンラックが装備され、アッテスバルカン・アーティラリーカスタムと、田の字型にセットされた四連対空小型ミサイル「クィンビー」のランチャーが二基、銃口を天に向けて据えつけられている。このウェポンラックはいざ戦闘体勢となれば前方へ九十度回転しルーフへと移行した後、猛然と炎の雄叫びをあげることになるのだ。

「行こう」

 助手席のデラに声をかけると、シュンはクーガーのアクセルを踏み込んだ。

 

 第三湾岸バイパスを北上しながら、シュンとデラはグラゴ星人の行方を探り続けた。ハンドルを握るシュンの傍らで、デラはあらゆるセンサーをフル稼動させながら自らの意識をそれに同化させる作業を続けていた。センサーが本来持つ能力を超えて、意識をより遠くより深く、そしてよりリアルに感じ取るための作業である。

 川崎に上陸した後東京都に入り、いわゆるウォーターフロントと呼ばれる一帯をくまなく捜索し続けた。

「OK、エリアロジャーからエリアシュガーまでの調査を完了。オールクリアを確認」

 ヘッドフォンを装着し目を閉じていたデラがシュンに声をかけた。彼女はもう三時間以上ずっとこうしたままである。

 センサーと意識を同化させたまま長時間微動だにしないデラを見ていると、シュンは時々心配になる。もう二度と彼女の意識がもとの肉体に帰って来ないのではないかと。

 正直デラは心身ともにかなり消耗していた。

「少し休んだらどう」

「いいえ、休憩なら次の調査地域へ行ってからにしましょう」

「了解。じゃあエリアタイガーへ向かおう」

 クーガーはヘッドライトを点灯させると夕暮れの湾岸バイパスを北上し始めた。

 日が落ちて、道路脇の洒落たカフェやさまざまなショップにも色鮮やかな照明が灯り始めた。

 既に夏休みを迎えた学生たちや家族連れでおおいに賑わっている。

「しかし大都会ってのはすごいな。僕はずっと山の中にいたから、ここはまるで夢の中の世界みたいだよ」

 高さを競うかのようにそびえたつ高層ビル群の窓に映る月は全部で四つ。シュンの言うとおりここはまさに『異世界』なのであろうか。

「来てくれてありがとう、シュン」

 デラは少し小さな声で運転席のシュンに礼を言った。

「突然何を言い出すのさ、照れくさいな。高性能だけど曲者のクーガーを運転しながらデリケートなセンサーの操作をするなんて、ひとりじゃ大変だろう。ま、索敵以外のことなら運転から使い走りまで何でもやるから遠慮無く言ってよ」

「ええ」

 シュンの任務はあくまでもデラの護衛である。未遂に終わったとはいえ、一度はグラゴ星人の直接の標的にされたデラである。東京に出現した際、彼女をまっさきに襲う可能性がないとは言えない。

「じきにエリアタイガーへ入る」

「了解、じゃあ早速サーチを開始するわ」

「いや、その前に休憩だ。約束したろ」

「でもシュン」

「だめだ。緊急事態だってことはわかっているけど、これじゃあ君の体がもたないよ。センサーみたいな機械ともう何時間つながっていると思ってるのさ?」

 シュンは文句を言いながらポットを手に取り、デラのために熱いコーヒーをカップに注いだ。

 最近、デラはシュンのことを「アミス」と呼ばずに「シュン」と呼ぶことが多くなった。デラに自分の名前を呼ばれることが何だかくすぐったいような、ちょっとだけ嬉しいシュンであった。

 意味もなく愛想笑いを浮かべて、シュンはデラにコーヒーカップを差し出した。

 

 男は上機嫌であった。こぼれた水割りがシミを作った半袖のワイシャツはよれてシワだらけ、ネクタイはかろうじて襟元にひっかかっている。泥酔していた。左右の靴底をしっかりと地面につけず千鳥足で巧みに歩くのは、ある意味見事と言えようか。

「ういいねぇえおい。にゃにわらいおうええれぇ」

 今までどこで飲んでいたものやら、辺りはしんと静まりかえった倉庫街である。歓楽地よりも圧倒的に少ない街灯の光は、海面に映ってただゆらゆらと揺れていた。

メリメリメリメリ。

 何かをへし折るような低くこもった音が倉庫の奥で響いた。

メキメキメキ、パキッ、メリメリメリ。

 鋭くもう一度。

 酔った男は巨大な倉庫に隠れるように作られた小さな緑地帯とベンチを見つけると、意味不明な言葉を吐きつつそちらへ近寄った。

 そして転倒した。

「いれぇなぁこのぉお」

 天を向いて文句を言い続ける男の傍らの地面には、いつの間にか延々とひとすじの亀裂が走っている。

メキメキメキメキメキ。

 三たびあの不気味な音が響くや、仰向けの亀のごとき酔っ払いをその端に乗せた大地が、亀裂を境に数メートル一気に隆起した。

 

「おいしいわね、このコーヒー」

 デラは空になったカップをシュンに返しながら言った。

「うまいだろう?わかるんだね、デラにも」

「あら美味しい物くらい私にだってわかるわよ」

「おかわりかい?」

「うん」

 シュンは差し出されたカップに再びコーヒーを注ぎ始めた。デラはクーガーのドアを開き、ビルのミラーガラスに映る真円の月を眺めていた。

 その「感じ」は不意に来た。デラは手に持ったコーヒーカップに見向きもせず、身をすくめてあたりのようすを探った。

「どうした、デラ?ヤツの気配か」

「ええ。シュン、センサーをチェックして」

 シュンはセンサーに接続するモニターに飛びついた。だが…。

「反応は無いよ」

 戸惑うシュンを無言で制すと、デラは再びセンサーの網の目に自らの意識をリンクさせた。

「クーガーのセンサーはどれもこのうえなく高感度なの。だけどそれが災いして、このままでは自然な地殻の動きや波が岸壁に当たる振動、はては風になびく樹木の振動まで拾ってしまうの。だから予めそういった自然の動きは見逃すよう、ある種のフィルターをかけてあるのよ。だけどグラゴ星人が地殻と同化し、あたかも自然な地殻変動のように移動することができるとしたら」

「なるほど。その盲点を君の超感覚がバックアップするって寸法だね」

 閉じられていたデラの両目が不意に大きく開かれた。

「いたわ!エリアピーター。シュン、キャリアベースに連絡を!」

 

 キャリアベースの格納デッキでは、艦載メカ担当の整備員たちが二機のアルバトロスにとりついて点検作業を続けていた。

 アルバトロスは三角翼の根元近くから折りたたまれている。まるで両手で頭を抱え込んでいるようなユーモラスな格好だ。

「気を入れてやれ!最前線の隊員たちはお前たちの腕を信じてこの飛行機に乗るんだ。信頼されてることを忘れちゃならねぇ!」

 よく通るダミ声で怒鳴るのは五十四名の整備士たちの頂点に立つムカイチーフメカニックである。

 間もなく五十歳を迎えるベテラン整備士は、短く刈り上げた真四角の頭を赤ボールペンの尻でゴリゴリと掻きながら各班の進捗状況に目を光らせていた。

ジリリリリリリ。

 耳障りな内線電話の音に、ムカイが不機嫌な声で応じる。

「ムカイだ」

〈管制室です。フドウ隊長よりアルバトロス一号、二号の発艦スタンバイ要請です〉

「あいよ」

 無愛想に電話を切ると、ムカイはコントロールパネル最上部のコーヒー皿ほどもある黄色い円盤状のボタンをゲンコツでドンと打ち据えた。

ウィンウィンウィンウィン―。

 格納デッキの隅々まで響き渡るアラームと共に、いたる所で黄色のパトライトが回転し始めた。

 ムカイはマイクを引っつかんだ。

「出るぞー。全員引き上げろぉ!」

 全整備員は「おう」と応じると、作業を中断し壁際に整列した。

〈アルバトロス、ワンアンドツー、スタンバイ〉

 スピーカーから流される女性の人工音声が、アルバトロスの発進を繰り返し告げている。

 黄色い光が行き交う中、まもなく格納デッキにフドウ以下五名の隊員たちが現われた。フドウ、サキョウ、コヅカは一号機へ。セイラとスルガは二号機へと向かった。そして、デッキ隅に整列している整備班員たちに敬礼を送ると次々に搭乗していった。

 エンジンが目を覚まし、機内では隊員たちが手早く各計器を点検してゆく。

〈シーリングゲート、オープン。シーリングゲート、オープン〉

グォオン。

 天が割れるように頭上のゲートが開き、血が滲んだように赤く光る月が皆の頭上に現われた。二機のアルバトロスは発艦テーブルと共に艦上方の発着ポジションへと上昇を開始し、それと共に折りたたまれていた三角翼がゆっくりと水平位置に移動した。アルバトロスは本来の姿を取り戻した。

「オールシステム、グリーン」

「格納デッキ内、全員退避確認」

「上空および進路上に障害物なし」

〈アルバトロス、ワンアンドツー、テイクオフ〉

 黄色い光とアラーム、そして人工音声アナウンスの中で、二機のアルバトロスは離陸準備を整えた。

「発進」

 フドウの号令のもと、ふたつの巨大な怪鳥のごとき戦闘機は夜空へと垂直に浮かび上がった。

 

 いくつかの倉庫や商社ビルとともに大地が破裂した。山がひとつできようかというほどの土砂とともに地下水が大量に吹きだし、グラゴ星人がそのいびつな顔を見せた。

ジャアアアアアアア! 

 まるで憎き仇敵がそこにいるかのように、グラゴ星人は月に向かって吼えた。

 東京湾に大きく張り出した広大な埋立地、船舶ドックや倉庫、大型車両を保有する配送センターなどが建ち並ぶ人気の少ないエリアであることが幸運だったが、目を上げれば、有楽町の高層ビル群が、夜の闇の中で煌煌と輝く光の塔となってすぐそこにくっきりと浮かび上がっている。

 今や地中から全身を露出させたグラゴ星人はヒューマノイド型ではあるものの、富士の樹海で現われた時とはまったく違う容姿であった。大きくY字型に割れた頭部は明かに東京湾沖でシュンとデラが乗る小型潜航艇マナティと死闘を繰り広げた、あのグラゴ・シャークのものである。首の上にぱっくりと開いたへの字型の口からは、これから先確実に何度かシュンの悪夢に出てくるであろうあの乱杭歯が光っていた。

 両肩や胸部は丸く盛り上がり、人間で言えば筋肉隆々という風情ではあるが、その体内には地球で得た侵略のための資源がつまっているのであろう。はたしてそれは溶岩なのか、それとも…。

 グラゴ星人の頭部には目らしきものは見あたらないが、Y字頭部の右端と左端を結ぶ一本の赤いラインが異様な光を発しており、この器官で視覚を得ているようでもある。背には海ほたるを無残に切り裂いた巨大なサメの背ビレがひとつ、大きく屹立している。

 巨大な両足を大地に踏ん張ったグラゴ星人は有楽町の高層ビル群や東京タワーをひと睨みすると、両手を大きく広げてもう一度歯をむいて吼えた。

 ついに攻めこむべき敵陣の最深部まで侵攻してやったぞ。そう言いたげであった。

ドドーン。

 誇らしげなグラゴ星人の腹部からオレンジ色の火柱があがった。

 不意打ちをかけたつもりだったグラゴ星人は、思わぬ攻撃に少なからず驚いて身構えた。

 その細長く赤い目が見たものは…。

 十数ブロック離れた産業道路を、明々とヘッドライトを灯した一台の戦闘車両が猛スピードで疾走してくる。

 クーガーだった。

 車体後部で天を睨んでいたはずのアッテスバルカンアーティラリーカスタムと対空ミサイルポッドは、今やルーフ上で前方のグラゴ星人へと向けられている。

ピュンピュン!

 唸りをあげて回転する多銃身のアッテスバルカンが吼え、光弾を撃ち出した。高速で連射される光弾はあたかも紡がれた荒縄のように連なってグラゴ星人に次々と着弾した。

「うおおおおお」

 珍しくシュンが咆えた。

 シュンは高速でクーガーを走らせながら、同時にグラゴ星人に照準をあわせトリガーを引いていた。一見簡単に見えるそれら一連の操作は、実のところ神業に等しい超人的技量のなせる業と言えた。

「そこから先へは行かさん」

 デラは助手席に座り、初めて見るシュンの激しい表情を驚きと頼もしさの入り混じった表情で見ていた。

シャシャシャシャシャ!

 攻撃による苦痛で、というよりはしつこくつきまとわれるうっとうしさから、グラゴ星人は溶岩ビームをクーガーにむけて放った。よく狙って撃つのではなく、なぎ払うようなビームの放ちかたにグラゴ星人の苛立ちが見て取れる。

 それでもわずか十メートル先にビームが着弾することもあり、猛烈な爆風やおびただしいコンクリート片などがクーガーを容赦なく襲った。シュンは何度も急ハンドルをきり、倉庫街の裏通りや積み上げられたコンテナの細い隙間などを走りぬけてグラゴ星人の攻撃を次々にかわしていった。

 シュンがアッテスバルカンを撃つと同時に助手席でナビをチェックしたデラが回避ルートを教える。

「そこを左へ!」

 停めてあったフォークリフトの列に溶岩ビームが命中し、十数台のフォークリフトが一斉に宙に舞うと、その数秒後にはドシャドシャと音を立てながらクーガーの周囲に降ってきた。

「くっ。やばいぞ、これは」

 小さな緑地帯を突っ切って反対側の道路へ抜けた時、シュンとデラはルートの選択を誤ったことに気づいた。

 片側二車線の広い産業道路、少なくともクーガーのナビにはそう表示されている道路は、ふたりの目の前約十メートルのあたりで途切れていた。

 グラゴ星人出現の際にひびわれて歪んだ地面が大きく割れて、道路の真中で数メートルほども隆起しているのだ。埋め立てられた人工の地層が恥ずかしそうにクーガーの行く手を阻んでいる。

「しまった」

 背後ではグラゴ星人が獲物を追い詰めていた。口元がニヤリと不気味に歪み、溶岩ビームを放とうと身構えた。デラが堅く目を閉じた。

ドドーン。

 その時炎を吹き上げたのはグラゴ星人の右側頭部だった。

 グラゴ星人の巨体は大きく左へと傾いた。

〈シュン、大丈夫?〉

「セイラ隊員」

キィィィィィン!

 大気を切り裂く爆音とともにアルバトロス二号機が満月の光の中から飛来した。

 よろめくグラゴ星人の眼前を音速で横切り、再び夜空の星の間へ消え去った。

 怒ったグラゴ星人が小さくなってゆくアフターバーナーめがけて溶岩ビームを放とうとした時、今度はその後頭部に再びルーク砲が命中しグラゴ星人はつんのめった。飛来したのは一号機だった。

〈いぃぃぃやっほう!〉

 コヅカの雄叫びがクーガーのスピーカーから流れてくる。一号機はくるくると回転しながら二号機よりもさらに低空を飛び去った。

「グラゴ星人め。地球に来たことを後悔させてやるぜ。心の底からな!」

 威勢のよいコヅカの声に、危機一髪だったシュンとデラの顔に笑みがこぼれた。

「騎兵隊の到着だ」

 シュンとデラはクーガーの窓から夜空を見上げた。

「デラ隊員、あれが本当にグラゴ星人なのか?」

 フドウは、自分が見ているものがにわかに信じられなかった。そしてそれは他の隊員たちも同様であった。

「富士山の時と全然違う姿だなぁ」

「こいつは…ソラガミ隊員とデラ隊員がマナティで遭遇したサメの化け物から進化したに違いありません」

「シュンたちの報告がなければ別の怪獣かと思っちゃうわね」

 二機のアルバトロスは、時には矢のように鋭く、時には蝶のようにひらひらとつかみどころの無い軌道を描きながらグラゴ星人の周囲を飛んだ。

 ルーク砲の輝く光弾が、高層ビルのネオンよりもさらに美しく夜空を彩りながら飛び交い、グラゴ星人の体にオレンジの炎をいくつも噴き上げた。

「九.三七パーセントアップ。気に入ったわ、スルガ隊員」

 セイラがトリガーを絞りながら後部座席のスルガにむけて賞賛の声をあげた。

〈まったくだ。撃ち込む手応えが前より数段いい。これならいけるぜ〉

 一号機のコヅカからも同様の賛辞が届いた。

 セイラのアグレッシブな操縦に蒼い顔をしていたスルガは、にわかに頬を紅潮させて喜びをかみしめていた。

 改良されたルーク砲の集中砲火を浴びて埋立地の倉庫街に足止めされていたグラゴ星人は、苛立ちをあらわに咆哮した。

ジャジャアアアアアア。

 その時、グラゴ星人の背ビレがバチバチッ、と音を立てて発光した。なにやら新たな力の気配がグラゴ星人を取り巻いていた。強力でよこしまな力の気配であった。

 一号機から放たれたルーク光弾が、グラゴ星人に命中するわずか手前ではじかれて散った。

「何?」

 コヅカは我が目を疑った。しかしそれ以後、二機のアルバトロスから撃ち出されるルーク砲はことごとくグラゴ星人のわずか手前で何かにはじきかえされてしまった。

「あれは一体?」

 一号機を操縦しながらサキョウが指差したものは、ルーク砲の着弾予想地点でゆらゆらと不気味に揺れる緑色の丸い物体である。

「バリヤーだ」

 スルガが悲壮な叫びをあげた。

 ルーク砲の威力が以前に増して強力になっていると知るや、グラゴ星人はわが身を守るためのシールドを空中に展開させたのだ。

「くそ。今度はそんな技を習得しやがったのか」

「スルガ隊員、あのバリヤーを突破する方法はないのか?」

 フドウに言われるまでもなく、スルガは突如現われた不思議なシールドの成分解析を始めていた。

「こ、これは」

 サイドコンソールパネルのキーボードを叩く手が止まり、スルガが驚きの声をあげた。

「わかったの?」

「海水です。あれは海水でできたバリヤーなんです」

〈海水だって?そんなものでルーク砲が遮られているというのか?〉

「ただの海水でできた水溜りというわけではありません。あれは深海一万メートルの海水の塊です」

「深海って言ったって海水は海水でしょう。そんなものさえ貫けないの?だめじゃん、ルーク砲」

 セイラが痛烈な非難を浴びせかけた。

「だから、ただの海水じゃないんですよ。深海一万メートル、つまり一千気圧の密度をもつとんでもない水の塊なんです。あの中に入ったが最後、地上のあらゆる物体は強烈な水圧に耐えきれず一瞬でぺちゃんこになってしまいます。ルーク砲は光弾ですからもともと水中の敵を攻撃するには向いていません。加えて信じがたい水圧の壁に阻まれては…悔しいけどお手上げです」

〈そうか、ヤツめウルトラマンアミスに追われて海の底へ逃げ込んだ時、水圧の利用法に気づいたんだ。海水を凝縮して高密度の水の壁を作り我が身を守る方法を〉

 改良型ルーク砲が効力を見せていただけに、冷静なサキョウも悔しさに歯噛みした。

 グラゴ星人は今や意気揚揚と都心の高層ビル群めがけて進撃を始めた。一歩進むごとに踏み潰された車両や破壊された家屋が火を噴き上げて夜空を照らした。

「あきらめては駄目です!」

 クーガーがアッテスバルカンを放ちながら、敵の前進を阻むように前へと回り込んだ。

「シュン!」

 機上の五人が一斉にその名を叫んだ。

「シュンの言う通りだ。ここであきらめちゃ今までの苦労が水の泡だぜ」

「そうよ。攻撃を続ければ何か策が見つかるかもしれないわ」

「どこかにヒントがあるはずだ。どんな小さなヒントでもいい。突破口をこじあけるんだ」

「見つけてみせますよ、絶対」

「よし。攻撃を続行する。まずはそれぞれ異なった方向からランダムにルーク砲を撃って敵の目をかく乱させバリヤーをかいくぐらせるんだ。シュンも地上から協力してくれ」

「了解」

 シュンはアッテスバルカンを撃ちながら、対空ミサイルクィンビーをグラゴ星人の頭部にロックオンし、わざと放物線を描く軌道で次々と発射した。

 地上と空中からの立体攻撃にさすがのグラゴ星人もバリヤーで覆いきれず、数発に一発程度はグラゴ星人の巨体に命中した。しかしそれによってグラゴ星人の都心部侵攻を食い止めるには、あまりにも力不足と言わざるを得ない。

 グラゴ星人の溶岩ビームが第三湾岸バイパスの高架を寸断し、その向こうにある造船工場を直撃した。溶鉱炉をしのぐ超高温の熱線が巨大なドックを一瞬で破壊してしまった。

「このままじゃだめだ。デラ、ヤツの急所を、コア体の位置を何とか探ってくれ」

「わかったわ」

 シュンのせわしないハンドリングで体を左右に振られながらも、デラは右手の人差し指と中指を真直ぐに揃えて眉間に当てると静かに目を閉じた。

―頼むぞ、デラ。

 シュンは祈るような気持ちで最後のクィンビーを発射した。

 猛烈な勢いで飛来するルーク砲をはじき返す海水のバリヤーは、着弾と同時に自らも弾けとび、その都度おびただしい量の海水があたりにドシャドシャと音をたてて降り注いだ。

 至近距離まで近づいて攻撃を続けるクーガーは、まるで豪雨の中にいるように濡れ、ワイパーがフロントガラスをぬぐい続けている。

〈シュン、あまり近づきすぎるな〉

「はい」

―そんなこと言ったって、遠くからじゃ効果はないよ。

 フドウの指示に返答はしたものの、シュンは降り注ぐ海水のエリアから離れようとはしなかった。

 グラゴ星人は巨大な下半身をぶつけるように十階建ての商社ビルを破壊すると、埋立地の北端を遮るように設けられた幅約五〇メートルほどの水路へと足を踏み入れた。

 膨大な容積を一度に受け入れた幅五十メートルほどの水路からは、あふれた海水が高波となって両岸の建物に襲いかかった。

 夜の闇の中、墨のように黒い海水が暴れている。係留してあったクルーザーや貨物船が凶器となって、ビルや高架道路をなぎ倒して行った。

「くそ。待ちやがれ」

 コヅカが背後からルーク砲を放つも、むなしく海水バリヤーの水圧にはじき返された。

 すぐ隣のお台場では、既に発令された緊急非難命令によって逃げ惑う人や車がレインボーブリッジの上で列を作って立ち往生していた。車を捨てて徒歩で逃げるようにという指示は、パニックに陥った行楽客の耳にはまったく届いていない。明々と灯されたヘッドライトや鳴り続けるクラクションが今にもグラゴ星人の注意を惹きそうで、BGAM隊員たちははらはらしていた。

「避難誘導が遅れている。グラゴ星人の注意をこちらに惹きつけておくぞ」

 フドウの声にも焦りの気配がうかがえた。

 避難の立ち遅れはお台場のみに限ったことではなかった。グラゴ星人の進行方向にあたる浜松町、新橋、銀座方面でも、人と車のパニックはピークに達しており、高速都心環状線でもクラクションと怒鳴り声の中、車は渋滞の中で完全に頓挫していたのだ。

 グラゴ星人の溶岩ビームが約一キロ先にそびえる高層マンションに命中し、一瞬で木っ端微塵に打ち砕いた。

―全員非難していてくれ。

 アルバトロス一号のフドウが奥歯を噛み締めた。

「あった!」

 クーガーの助手席で瞑想状態にあったデラが突然目をあけて叫んだ。

「シュン、グラゴ星人のコア体を探り当てたわ。ノドの付け根。ここよ!」

 デラはクーガーのナビゲーションシステムに映るグラゴ星人の喉もとの一点を専用ペンで指すと、アルバトロスにもデータを送信した。

「みんな、ここにグラゴ星人のコア体があるわ。ここを貫けばあいつを倒せる!」

〈わかったわ〉

〈よっしゃ、まかせとけ〉

 二機のアルバトロスとシュンが駆るクーガーは体勢を立て直すと、三方からデラの示した一点をめがけて一斉に攻撃を再開した。

 しかし、着弾点が絞られればグラゴ星人にとっても防御しやすくなり、結局ルーク砲やアッテスバルカンはことごとくバリヤーによってはじき返されてしまった。

「急所がわかっても手の出しようが無い。どうすればいいんだ」

 あきらめるな、と言ったシュンもさすがに途方にくれた。

「シュン、クーガーを停めて」

「え?」

 デラの場違いなほどに静かな申し出に、シュンはクーガーを走らせながら左に座る彼女の顔を見た。

「停めるって言ったって…」

「いいから。少し集中したいの」

 自分には計り知れない理由があってのことなのか。シュンはわずかに逡巡した後、クーガーを水路にかかる橋のたもとに停車させた。

 グラゴ星人の背後を月明かりの中に睨みながら、デラは再び目を閉じると、今度は両手を胸の前で組み合わせ、神に祈るかのようなポーズで瞑想し始めた。

―デラ…。

 シュンは、今や得がたい同胞となった異星人をじっと見つめた。

 故郷を捨て、家族や友と別れ、はるかな宇宙空間をただ「平和」のためだけにやって来たデラ。意識生命体であるルパーツ星人にとっては生命そのものと言ってもよい精神力を、これまでにいったいどれほどすり減らしながら戦ってくれたことだろう。

 シュンは黙ってデラの端正な横顔を見つめていた。

 ヘルメットのシールドの下で、長い睫毛がかすかに震えている。

―今度は何をするつもりだ、デラ?

 これ以上無茶なことはして欲しくなかった。

 シュンが見守る前でデラの額から汗が流れ始めた。ヘルメットの内側から、鼻の頭から、汗が玉を結んで流れ落ち、顎の先端からしたたり落ちた。

 堅く結ばれた唇を割って、喉の奥からかすかだが苦悶の呻き声が聞こえ始めた。

「デ、デラ?」

 慌てるシュンの眼前で、デラの全身が緑色の光を放ち始めた。かつてデラがその超能力を発揮する際、瞳が緑色に発光したことはあったが、今や助手席に座る彼女の全身がまばゆい緑の光に包まれようとしていた。

「デラ、いったい何をするつもりなんだ。無理はよせ」

 必死に語りかけるシュンの声もまるで届いている気配はない。肉体を置いて彼女の意識は本来の意識生命体に戻って、どこかへ行ってしまったかのようだ。

 シュンが不安にかられて彼女の肩に触れようとした時、サキョウの声が無線から届いた。

〈グラゴ星人の様子が変だぞ〉

 ふと顔をあげたシュンが見たものは、背を丸め肩を震わせ、歩みを止めているグラゴ星人の後姿だった。

〈コア体だ。コア体に何か起こったんですよ。デラ隊員が教えてくれたあたりを押さえて苦しんでいるように見えるでしょう?〉

 スルガが指摘したとおり、グラゴ星人は明らかにコア体に異常をきたしている。

 シュンは、はっとしてデラを見た。

「デラ、君か」

 濃い緑の光が依然としてデラの全身を包んではいるが、彼女の表情には苦痛の色が更に濃く浮かんでおり、両肩が大きく上下している。

 デラはかつてないほど意識の力を結集させ、一種の念動力を発動させることにより、バリヤーと強固な表皮によって守られているグラゴ星人のコア体に、直接何らかの攻撃をしかけていたのだ。

ギギ……。

 己が喉元を抱きかかえるようなポーズで、ついにグラゴ星人は両膝を地面についた。

「デラ、無理をしないでくれ。意識の力で相手を攻撃するなんて、君本来の能力じゃないはずだ。人間の肉体を持った君に無理なくできる技じゃないはずだ!」

 シュンはこれ以上の念動力による攻撃をやめさせようとデラを説得し続けた。

 突然、デラを包む緑の光がめまぐるしく明滅し始め、デラは目を閉じたままがくりとダッシュボードへと突っ伏した。

「危ない」

 顔面をダッシュボードに打ちつける直前、シュンが素早くデラの上半身を抱きとめた。

 力尽き、失神している彼女の身体はずしりと重い。それがシュンにはたまらなく哀しかった。

「デラ、しっかりするんだ」

 デラを包む緑の光は急速に消滅し、彼女の能力が終焉を迎えたことを視覚的に認識することができた。

〈シュン、逃げろ!〉

 フドウの切迫した声にはっと我に返ったシュンは、コア体へのダメージから解放されたグラゴ星人が自分たちを睨んでいるのに気づいた。

 夜の闇に仁王立ちするグラゴ星人の細長い目が、赤く妖しく夜空に浮かび上がってクーガーを真直ぐに見下ろしている。

 急所への直接攻撃に、怒りは臨界点に達しているに違いない。

「しまった!」

 シュンは咄嗟にギアをバックに入れ、アクセルを限界まで一気に踏み込んだ。デラのようすに気を取られ、戦場にいて一瞬戦いを忘れた自分の未熟をなじりながら。

ギャギャギャッ。

 タイヤから耳障りな悲鳴をあげながら急発進するクーガーめがけて、グラゴ星人が報復の溶岩ビームを放った。

 先端技術の粋を集めてチューンナップされたクーガーの機動力によって直撃の危機こそ回避できたものの、僅か数メートル先に着弾した溶岩ビームの熱風と飛び散る瓦礫に車体を激しく叩かれ、クーガーはおもちゃのように十数メートルも吹き飛び、地面を転がった。

 二回、三回と転がって街灯の金属製ポストにルーフをぶつけたクーガーは、右側面を上にして止まった。ルーフ上の武装は吹き飛んで約二十メートル先の路上に転がっている。

〈ああ!〉

〈シュン!デラ隊員!〉

〈おい!大丈夫か?返事をしてくれ〉

 二機のアルバトロスから悲痛な叫びが無線に送り込まれたが、クーガーからの応答は無かった。

「セイラ隊員、もっと至近距離から攻撃しましょう」

 アルバトロス二号機の後部座席でスルガが叫んだ。

「一号機の攻撃とうまく連携させればバリヤーをだしぬくことができるかもしれません」

 いつもならセイラの過激な攻撃に、半泣き状態だったスルガの言葉とは思えなかった。

「許せません!よくもソラガミ隊員を。よくもデラ隊員を!」

 スルガは鬼の形相だった。

 もとよりセイラに異存のあるはずはない。シュンとデラをやられたことで彼女の腹の中も煮えくりかえっている。

「いくわよ」

「はい!」

 セイラはグラゴ星人の死角をついて急接近した。

 

 震える手が虚空をつかんでさまよっている。

 割れてガラスが無くなった右側のウインドウから現われたその手は、意外に力強くドアを掴むと、続いてシュンの上半がぬっと現われた。

 もの凄い衝撃で車全体のフレームが歪み、ドアが開かなくたってしまったため、窓から脱出するしかない。

 胸や肩を強打しているためか、狭い窓の隙間から這い出そうにも、いつものシュンの動きにくらべて格段に鈍い。身体をねじったりすると痛みが走り、時折端正な顔が辛そうに歪んだ。

 天を仰ぐクーガーの右ウインドウからドアの上によじ登り、何とか道路に降り立ったシュンは、ふたつみっつはぁはぁと荒い呼吸をした後、よろよろと車体の前方へと回り込んだ。

「デラ…デラ…」

 横転したクーガーの車内にひとり残されたデラの名をうわごとのように呼びながら、フロントガラスの中を覗きこむと、割れ残ったガラスをメガパルサーのグリップエンドで落し、車内に頭をつっこんだ。

 デラは失神し、ぐったりしていた。

 シュンは、彼女の華奢な身体をかろうじて支えているシートベルトを苦労してはずすと、彼女の両脇に腕をさし込み力を込めて引いた。

 狭く曲がりくねった穴の中から大切な宝物を抜き出すように、ゆっくりと少しずつデラの体を外へと移動させる。

「う、うう…」

 痛みがデラの意識を呼び覚ました。

「シュン…。私…」

「デラ、もう少しだ。頑張れ」

 焦りがシュンの力加減をわずかに狂わせた。

「ああああ!」

 全身を走る激痛にデラは悲鳴をあげてのけぞった。

 萎えそうになる気持ちを奮い立たせ、シュンはついにデラの全身をクーガーから引き出した。

 重傷だ。デラのヘルメットには大きな亀裂が入り頭部からの出血が顔の三分の一を赤く染めていた。口からも吐血しており、恐らく内臓にもかなりのダメージを受けていると思われた。対地雷の強化ボディや防弾ガラスが守っていなければ彼女は生きてはいなかっただろう。

 シュンは苦しがるデラを近くの建物の影まで移動させた。路面に血痕が、まるで前衛書道家の筆による文字のように赤い筋をひいていた。

「赤い血…私の…。私、地球人なのね」

 デラが弱々しく呟いた。

「デラ、待ってろ。今救急隊を呼ぶから」

 無線で助けを呼ぼうとするシュンの動きを、デラの冷たい手が制止した。

「私はいいの、シュン。それよりも…あなたの力を…今こそ」

「グラゴ星人は必ず倒す。それよりも救急隊を」

「それは後でいいのよ」

「手遅れになる」

「シュン!」

 思いがけぬ強い口調にシュンは驚いてデラを見た。彼女のどこにそんな力強さが残っていたのだろう。しかしデラは再び「ゴホ、ゴホ」と苦しそうに咳きこんだ。

「私は…グラゴ星人を倒すために地球へ来たのよ、シュン。この星の平和を守るために…来たの。今助けが必要なのは私じゃない。ね…今度グラゴ星人を逃したら、さらに進化して強くなったら、もうあなたでも…勝てないわ。行ってシュン。グラゴ星人を倒して!」

 シュンにすがりつくように訴えるデラは、言い終えるやゴボッと血を吐いた。それでもシュンの腕をつかんだ彼女の手の力だけは衰えてはいなかった。

 シュンは苦しげなデラの顔を見つめていたが、彼女の耳に顔を近づけ「すぐ帰ってくる」と囁くと彼女をそっと路面に横たえた。

 

バァン!

 接近戦を続けていた二号機の機体後部が火を噴いた。

 グラゴ星人の背後からすれ違いざまにルーク砲を撃ち込み、前方上空へ一気に駆け上る。セイラ得意の一撃離脱戦法だったのだが、離脱時にがら空きとなった背後を溶岩ビームで攻撃されてしまった。

「うわわわわわ」

 ガタガタと揺れる機内で、スルガがセイラのシートの背もたれにしがみついた。

〈二号機、大丈夫か?〉

 一号機からの通信にもセイラは応えない。

〈ふたりとも、今すぐ脱出しろ〉

 フドウの切羽詰った声が二号機の損傷がいかに大きいかを物語っている。

「セイラ隊員、離脱しましょう。早くしないと間に合わなくなります。セイラ隊員ってば!」

「黙ってて!今この機体を捨てたら市街地に墜落するわ。何とか機首を海に向けなきゃ。スルガ隊員、先に離脱しなさい」

「じょ、冗談じゃありません。パイロットがあきらめていない機体を設計者の私が見捨てるわけにはゆきません。ひいぃぃ」

 セイラはスルガの強がりに「ふふっ」と笑みを浮かべながらも、額に玉の汗を浮かべて操縦桿を操作した。渾身の力を込めて左へ旋回させる。

―まだ、まだよ。お願い、海までもって。

 やがて、グラゴ星人が出現した埋立地との間に横たわる細い運河がセイラの視界に入ってきた。

―許して、スルガ隊員。

 セイラは唇を噛むと、運河めがけて一気に操縦桿を押し込んだ。

 

 シュンの右手が大地と水平に勢いよく伸ばされた。

 大きく広げた掌の中に、蛍の如き金色の光の粒が浮かび上がると、それらは互いに合流し、大きさと光度を増していった。

「グラスパー!」

 シュンの呼びかけに応えるかのように、アミスの力を呼び覚ます神秘のアイテム、グラスパーがシュンの手の中に出現した。

 シュンはそれを掴むや天高く掲げた。刹那、眩い金色の光がシュンの足元から噴出し、光の螺旋階段のように大空へと立ち昇った。

 夜の闇を蹴散らして、月までも見失わせるほどの光は、市街地を避け、あえて海面へと機体を墜落させようと急降下していたアルバトロス二号機を、徐々にその中心部へと引き寄せ始めた。

「な、何この光?吸い込まれてゆくわ」

 小船がうず潮の中心へとひきずり込まれるように、アルバトロス二号機は、巨大な光の中へと姿を消した。 コクピットの中にまでなだれ込んだ光は、体温に似た温かさを伴ってセイラとスルガをやさしく包み込んだ。

 奔放な光の粒子はやがて凝縮し、ふたりの目の前で徐々に「彼」の姿へと変化していった。

 目の前に在る物をひたすら破壊しながら前進し続けていたグラゴ星人は、おびただしいエネルギーの急激な収束を背後に感じて振り返った。

 そこには、黒煙を噴くアルバトロス二号機を両手で胸前に捧げ持つウルトラマンアミスが立っていた。

「ウルトラマンアミス!」

 セイラとスルガは、競い合うように二号機のキャノピーに頬を押しつけて、すぐそこにあるアミスの顔を見上げた。

 ウルトラマンアミスは二号機を足元にそっと置くと、あらためてグラゴ星人と対峙した。

 夜の闇の中でひときわ光る流線型の目は、見る者の位置や角度によって怒りや悲しみを、そして慈愛を感じさせる。

 ウルトラマンアミスはファイティングポーズをとると、気合一閃、グラゴ星人へ向けて駆け出した。

シュワァ。

ジャジャアア。

 応じてグラゴ星人もアミスめがけて走り出す。

 駆けよりざま、両者は拳を繰り出した。交差した互いの拳が相手の胸板を打ち据える。

グウオオ。

 苦悶のうめきをもらして後ずさりしたのはグラゴ星人だった。一方アミスは、その胸を更に前へ突き出すと、ダメージが全く無いことをグラゴ星人にアピールしてみせた。

「気に入った!いい根性してるぜアミス!」

 コヅカが吼えた。

ジャアアアアアア。

 グラゴ星人も吠えた。相手の力量を推し量るための小手調べとはいえ、力負けしたことが大いに不愉快だったようだ。

 がむしゃらに打ち込んでくるグラゴ星人の打点をことごとくかわし、アミスは再び拳をグラゴ星人に見舞った。続けてまわし蹴り、肘打ちから膝蹴りと、間髪入れぬ連続攻撃がグラゴ星人を完全に圧倒した。

 数歩後退し、態勢を立て直したグラゴ星人は、両腕から鋭い鎌を出現させた。

「あれは富士の樹海で見せた溶岩石の鎌だ!」

「やつめ、海洋性生物の特徴を持ちながら、以前の溶岩性体質をも併せ持っているぞ」

「一度体得した技はボディの特性にかかわらず自在に操れるってわけか」

 一号機の三人はあらためてグラゴ星人の恐るべき能力に驚愕の声をあげた。

 アミスもすかさず光の鎌、ゾンバーエッジを出現させ応戦態勢をとった。

 先手を打ったのはグラゴ星人だった。堅く鋭い溶岩石の鎌がブンと空気を切り裂いて何度も繰り出され、アミスはゾンバーエッジで辛うじて受け止めた。

 ふたつの鎌がぶつかりあうたび閃光が飛び散り、アミスは少しずつ後退していった。

ガキッ!

 四つの鎌が噛み合い、二種類の刃はぎりぎりと音を立ててせめぎあった。

 グラゴ星人はゾンバーエッジをへし折らんと、力まかせに押しまくる。

 相手の意識が鎌の先端に集中していると見るや、アミスはゾンバーエッジにこめた腕力を不意に緩め、勢いあまってわずかに態勢を崩したグラゴ星人の腹部に渾身のキックを見舞った。

ギュゴゴゴゴ。

 苦悶のうめきが尾をひいて、グラゴ星人は後方へ跳ばされた。

「よし!その調子よ、アミス」

 二号機を脱出したセイラが歓声をあげた。

 自らの腹部を抱え込むようにうずくまっていたグラゴ星人は、アミスのキックによってダメージを受けているかのようにも思えたが、不思議なことにそのままの格好でふわりと空中に浮かび上がった。そして…。

ごろん。

 グラゴ星人は唐突に空中で前転を見せた。

 地上約三十数メートルでの奇怪な前転を何度も何度も繰り返しながら、アミスの周囲を回り始めたのだ。

 最初は幼子が行うようなぎこちない回転だったものが、次第に速度を上げ、その体形もまるで巨大なボールのように見えるまでになった。

 しかしそれがただのボールと唯一異なるのは、グラゴ星人の背に生えている鋭いサメの背ビレである。

 海の上にそびえ建つ堅牢な要塞のごとき「海ほたる」を一瞬で寸断したあの巨大な背ビレが、ブンブンと空気を切り裂いてまるで丸ノコのようだ。

ババーン!

 グラゴ星人は唐突にアミスの背後から攻撃をしかけた。

グアアア。

 背を斬りつけられ、アミスは天を仰いでのけぞった。

 それをきっかけにグラゴ星人は超高速でアミスの周囲を旋回しながら胸へ、肩へ、背へと体当たりをかけるように斬りつけた。

 巨大な背ビレがアミスのボディを傷つけるたびに、真っ赤な火柱と胸を掻きむしるようなアミスの苦鳴があがった。

「あの超高速回転じゃあ、いつどこから攻撃をしかけてくるかアミスでもわからないぞ」

 フドウは困惑していた。援護射撃を行うにも、グラゴ星人の動きが激しすぎて狙いが定まらないのだ。

〈これじゃやられっぱなしですよぉ〉

 無線からはスルガの泣きそうな声が聞こえてきた。

「いや、そうでもないぜ」

 ただひとり、じっとアミスのようすをうかがっていたコヅカがぼそっと呟いた。

「アミスは見てる。グラゴ星人の回転と、攻撃をしかけてくるタイミングを。見えてるのさ。もうすぐ反撃に転じるはずだぜ。俺はそう思うね」

〈まさか、もう六発も食らってますよ〉

―いや、この男が言うのなら間違いない。きっと…。

 戦場におけるコヅカの洞察力とひらめきにはサキョウもいちもく置いている。サキョウは、この大男が予言したとおりのアミスの反撃をじっと待った。

 果たしてアミスは動いた。

 ギューンという風切音とともに正面から斬りつけてくる超高速回転のグラゴ星人をじっと見据えると、両腕のゾンバーエッジをきらめかせ、神速の一撃を振るった。

バシュ。

 ボールのように飛来したグラゴ星人と、両腕を前方へ真直ぐ突き出したアミスが交錯し、激しい光が迸った。回転していたグラゴ星人は、アミスのゾンバーエッジを受けてもんどりうって倒れた。回転の勢いがよかった分、地面に放り出された衝撃は大きく、グラゴ星人は蛙のように地面にはいつくばったままうめいた。

キィン、キィン、キィン、キィン。

 その時、ついにアミスのカラータイマーがエネルギーの枯渇を予告し始めた。残り時間は僅かである。

 アミスはゾンバーエッジを消滅させ、再び真っ向からファイティングポーズをとった。

 一方、ふらふらと立ちあがったグラゴ星人は、戦闘態勢を取ろうとしてようやく気づいた。腕が無いことに。

 やつの両腕は、まるで壊れた玩具のように地面に転がっていた。立ちあがったグラゴ星人は、両肩のつけ根から先をスッパリと切り落とされ、バランスが悪い滑稽な姿であった。

 アミスは球状になって高速回転するグラゴ星人と交錯した刹那、グラゴ星人の両腕をゾンバーエッジで正確に切断していたのだった。

「見ろ、やったぜ!」

〈本当だ。すごい、すごい〉

 アルバトロスではコヅカがガッツポーズを決め、地上ではセイラとスルガが手をとりあってはしゃいでいた。

 グラゴ星人は両肩の傷口からどろどろと黒く粘りのある体液をたれ流している。足元に大量に流れ出した体液の海をふらふらと二、三歩進むと、受けたダメージの大きさに耐えきれず、再びがっくりと両膝をついた。

「う、くっさーい。何?あの黒い液体」

 セイラが鼻をつまんでスルガに訴えた。スルガはアルバトロス二号機から持ち出していたモバイルのキーを叩いて分析を始めた。

「あれはヘドロです。東京湾の海底に沈殿しているヘドロの成分と酷似しています。うえぇ」

〈ヘドロだって?溶岩の次はヘドロを血液の代わりに使っているのか。何てヤツだ〉

 さすがのサキョウも驚きを隠せない。

「これは後の解毒作業が大変ですよ」

〈後のことは後で考えればいい。ヤツはまだ倒されてはいないんだぞ。油断するな〉

 フドウの抑揚の無い声がBGAMの全隊員に戦闘の続行を再認識させた。事実、敵の両腕を切り落としたアミスは、まだ戦闘態勢を解いてはいない。

 アミスは両腕を十字にクロスさせると必殺のテルミニード光線を発射した。

 地上のすべてを浄化するまばゆく清浄な破壊光線がグラゴ星人の首の付け根をめがけて迸った。

「よっしゃ!」

ズバッ!

 グラゴ星人の体表近くで凄まじい水飛沫があがった。

「ああ!」

「まさか?」

 アミス必殺の破壊光線テルミニードは、グラゴ星人の深海バリヤーによって遮られていた。いや、正確にはテルミニード光線は深海バリヤーを突き破っていたのだが、グラゴ星人はバリヤーを突破されたと見るや、すかさず更にもう一つの深海バリヤーを発生させていたのだ。さすがにふたつめの深海バリヤーはテルミニード光線をかろうじて遮っていた。

「くそっ。バリヤーをふたつ重ねて防御したのか」

 グラゴ星人は、うわ目遣いにアミスを睨むと、乱杭歯を光らせてにやりと笑った。

「グラゴ星人め、両腕を落とされて虫の息かと思ったら全然平気だぜ。とんだ食わせ者だ」

キィン、キィン、キィン、キィン。

 カラータイマーの点滅がわずかに早くなった時、グラゴ星人の両肩から大量に流れ出したどす黒いヘドロが、するすると蔓のように伸び、まるで意思を持っている触手のようにアミスの左右の手首に絡みついた。

「!」

 夜の闇とは全く異質の、ヌルヌルした光沢を持つ黒い触手が二本。グラゴ星人の両肩から不自然に伸び、うねうねとうねりながらアミスを絡めとっている。

 この細い触手のどこに潜んでいるものか、驚くべき力強さで手首を絞めつけられ、あたかも鎖に繋がれた囚人のように、アミスは動きを封じられてしまった。

グオオオオオ。

 グラゴ星人はいびつなシュモクザメの口から、獣の叫びをあげると、肩を振るわせてヘドロの縛めを巧みにあやつり、アミスを右へ左へと振りまわした。その都度アミスは頭や肩からビルに激突させられ、「グアァ」とうめき声をあげてコンクリートと瓦礫の中に突っ伏した。しかしヘドロの触手は倒れようとするアミスの体を無理やり引き起こすと、その都度大きな弧を描いて大地に叩きつけた。

 アミスの美しく輝く銀色のボディは、砕けたコンクリートの塵芥で白く埃っぽく汚れている。

 グラゴ星人のヘドロの触手は、アミスの両手をいっぱいに広げさせると、まるで地球人すべてに見せしめるかのようにその巨体を軽々と空中高くさし上げた。

 無防備になったアミスのボディへ、グラゴ星人の溶岩ビームと溶岩弾がシャワーのように撃ちこまれた。

 見えない十字架に磔にされた哀れなマリオネットの銃殺刑。グラゴ星人はめくるめくカタルシスに身をよじった。

 地面に溜まったヘドロの海からは、さらに二本の触手がアミスの足元へ音も無く伸び、左右の足首をも絡めとってしまった。両手両足を縛られたアミスは、グラゴ星人の頭上、天空高く持ち上げられた。まるで満月への供物であるかのように。妖しの糸に絡め取られてもがく銀色の巨人の姿は幻想的で美しくさえ思えた。

 ヘドロに巻きつかれている手首の色が、美しい銀色から赤茶色へと徐々に変色してゆく。

 あたかも、触手がアミスのエネルギーを吸収しているか、もしくは何らかの毒素を注入しているかのように、見る見るアミスの活力を失わせていった。

 カラータイマーの点滅はさらにせわしなくなってゆく。

「アミスを援護するんだ」

 フドウの号令で、空と陸から一斉にBGAMの攻撃が再開された。

 アルバトロスからはルーク砲が、地上のセイラとスルガからはメガパルサーが発射されアミスを空高く縛り上げている忌まわしい四本の黒い触手に光弾が撃ちこまれた。しかし、炎をあげてもろくも断ち切られると思われた触手は、光弾をあっさりと素通りさせてしまった。

ドドーン。

 メガパルサーの光弾は空の彼方へ消え去ったものの、ルーク砲は運悪く触手の向こう側にあるビルを直撃し、上層部を粉々に破壊してしまった。

「何だと?」

「光弾がヘドロの触手を通りぬけたぞ!」

 アルバトロスのコクピットに並ぶサキョウとコヅカがあきれて顔を見合わせた。

「スルガ隊員、どういうことかわかるか?」

〈わかりません。そもそも液状のヘドロがどうしてアミスの巨体を持ち上げられるかすら理解できません。もはや現在の科学で分析できるレベルではありません〉

 スルガの返答に、さすがのフドウも次の策が思い浮かばなかった。

〈だからってただ悩んでても仕方ないわ。触手がだめならグラゴ星人本体を攻撃するのよ。攻撃の手を緩めなければ活路は見つかるわ、必ず〉

「セイラ隊員…そうだな、君の言うとおりだ」

 BGAMの紅一点、セイラの言葉は光を見失いかけたフドウたちを再び奮い立たせた。

 アルバトロスは再び上昇すると狙いを定めてルーク砲を放った。地上でもセイラとスルガの両隊員はメガパルサーを撃ちながら、よりよい射撃ポイントを求めて駆けていた。アミスを天高く磔にしているグラゴ星人の背後、既に蹂躙され尽くして荒野と成り果てた大地を。

 横転したフォークリフトの、乾いた泥がこびりついたキャタピラの陰に身を寄せていたセイラは、路上に転がるアッテスバルカンを発見した。

―あれは、クーガーの…。

 続いて彼女の目に飛び込んできたものは、善戦むなしくその機能を停止させた電子の高速要塞クーガーだった。そして、その傍らの建物の陰に横たわる人影は…。セイラは夜の闇の中で目を凝らせた。

「デ…デラ隊員!」

 セイラは、二十メートルほど後方にいるスルガに救急隊を呼ぶよう指図しながらデラのもとへ全力で走った。 地面に尾を引くデラの血の帯を横目で見ながら、セイラは両腕で彼女の体をそっと包むように抱きあげた。

「デラ隊員、大丈夫?しっかりして。ねぇ、お願いだから目を開けて」

 デラの耳元に唇を寄せて、必死になって彼女に語りかけた。

―シュン、あなたどこにいるのよ?

ジャシャアア。

 グラゴ星人の不気味な叫びに、セイラは再び巨人たちの戦いに目をやった。

 黒いヘドロの触手は、今まさにアミスを脳天から地面へ叩きつけようとしていた。

ズウウウン。

 凄まじい地響きが起こり、銀色の巨体は「グ…グムゥ…」と低く唸ったまま動かなくなった。

「アミス、しっかり。お願い立って!」

 我を忘れて叫ぶセイラの声にデラが意識を取り戻した。

「セ…セイラ隊員…」

 腕の中から聞こえたかすかな声に、セイラは浮かしていたお尻を思わずぺたりと地べたに落した。

「デラ隊員!よかった生きてたのね。もうすぐ救急隊が来るわ。もう少しの辛抱よ」

「私は…大丈夫よ。ねぇ、戦いは?アミスは…アミスは勝った?グラゴ星人は…倒され…たの?」

 セイラは、大地に叩きつけられたまま動かなくなったウルトラマンアミスを思い浮かべた。

「え…ええ。勝ったわ。グラゴ星人は倒されて私たちの地球は救われたのよ。みんなあなたのおかげだわ。だからあなたもしっかりして」

 セイラは、デラを勇気づけるために精一杯の嘘をついた。

 デラは苦しげな呼吸を続けながら、セイラの額を左手でそっと触れた。途端、セイラの脳裏にあるいくつかの光景がデラの指先から彼女の中に流れ込んできた。重い傷のせいか、肉体を得たことによる能力の衰退のせいなのか、セイラからの情報はかつての鮮明さを失い、ピントのずれた写真のようにぼやけて見えたが、デラははっきりと理解した。それは、グラゴ星人の新たな超能力によって苦戦を極めるアミスの姿にほかならなかった。

 痛みによって再び薄れゆく意識の中で、デラはアミスに語りかけた。

―アミス…。

 アミスは大地に倒れ、グラゴ星人は更に都心部をめざして進撃を始めている。あと、ものの六十分もすればネオン輝く銀座、有楽町をはじめ、山手線内一帯はまるで月世界の如く、文字通りゴーストタウンと化してしまうだろう。そして世界全土が同じ運命を辿るのは、時間の問題なのだ。

―覚醒するのよアミス。あなたの持てるすべての能力をその手に取り戻すの。地球のために…あなたの愛しているこの星と、この星のすべての生命のために。グラゴ星人を倒して!アミス!

 セイラの腕に抱かれたデラの瞳から、涙がひとすじ頬をつたって落ちた。

―アナタノアイシテイルコノホシト、コノホシノスベテノセイメイノタメニ。

ドクン。

 地の底から突き上げてくるような振動がセイラの全身を揺さぶった。

―何?

 セイラは驚いて、グラゴ星人に踏み荒らされたをあらためて見渡した。

―全宇宙の平和と正しい秩序のために。

ドクン。

「ひい」

 振動に足をすくわれたスルガ隊員が、道路にぺたりと座り込んだ。

―お願い、アミス…。

ドクン!

「隊長、地中からおびただしいエネルギー波が地表へ向けて押し寄せてきます。こんな…こんなパルスパターンは見たことがない」

 サキョウはコクピットのセンサーが示す奇妙な波動と驚異的な数値に見入っていた。

―大地よ、アミスに覚醒の力を…。

ドクン!

「でっかい和太鼓を地中で打ち鳴らしてるみたいだぜ」

 コヅカも唸った。

「これは…大地の鼓動だ」

 確かにそうだ。フドウの言うように、その振動は、大地に内包されるタフな生命力の息吹を、まるで間欠泉のように噴き上げていた。

―地球よ!

ドクン!

 ついに、倒れているアミスの目にかすかだが光が戻った。

「あ!見てください。アミスの目に光が宿りましたよ。アミスは倒されてしまったわけではなかったんですね」

〈あたりまえだぜ。縁起でもねぇ〉

 まだ弱弱しい目の光は、しかし夜の闇に浮かび上がり、BGAM隊員たちに安堵とさらなる希望を与えるには充分であった。

ドクン

 アミスはまだ少しふらふらしながらも再び立ちあがった。力強い大地の鼓動によって送り込まれてくる豊かな無限のエネルギーを自らの足裏で確かめると、堅く握り締められた両の拳を、怒りをたたえる両目の前でクロスさせ「ディヤアア」と全身に凄まじい闘気をみなぎらせると、アミスの足元からまるで導火線を伝うような短く鋭いはじけるような炎が立ち上り、アミスのボディを駆け登っていった。そして炎が通過した後には…。

「あ、アミスの体が燃えるぞ!」

「いや、見ろ。アミスのボディラインが…」

「変わってゆく?」

「新しいウルトラマンアミスですよ」

 アルバトロス一号のコクピットではフドウ、サキョウ、コヅカが、アミスの背後の地上ではスルガが、一様にアミスを指差してその変身のさまを驚きの言葉にした。そして、セイラが神を見上げる信徒の如き目をして言った。

「彼は覚醒したのよ、完全に。彼の中で眠っていたすべての能力が蘇ったんだわ」

 ウルトラマンアミス・覚 醒 体(アウェイクモード)

 アミスの銀色のボディを縦横に走る明るい緑のラインは、更に複雑なカーブを描いて幾重にも交差し、そのラインを陰から支えるかのようにオレンジ色のラインが縁取りをしている。

 頭部の中央を走るフィンは更に大きく後部へと延び、一層ブレードの如き先鋭の度を増していた。爆発的なエネルギーを内包する筋肉はさらに隆起し、カラータイマーは胸の中央で静かに青く輝いていた。

「覚醒したアミス。何という力強さだ」

 アルバトロスのコクピットからその力強い姿を見守っていたサキョウが驚嘆の声をあげた。

「ああ、今度はいけるぜ。頼むぞウルトラマンアミス」

ジャッシャシャシャシャ。

 アミスの復活を察知したグラゴ星人は、再び黒いヘドロの触手をアミスの両手に飛ばした。

 アミスの死なくしては、この星の完全なる破壊は望めないことを、グラゴ星人は本能的に知っているのだろう。

ピュルルルル。

 触手が、直立不動のアミスの四肢に再び巻きついた。

じゅううう。

 異臭とともに白い煙が盛大にあがった。

 触手たちはアミスの身体に触れるや、体表から迸るその強烈なエネルギーによって瞬時に蒸発してしまったのだ。

ジャシャシャ。

 東京湾の海底で得た猛毒ヘドロ触手による攻撃がもはやウルトラマンアミスには通用しないと知るや、グラゴ星人は溶岩ビームと溶岩弾による攻撃に切り替えた。

シュワア。

 アミスはエネルギーを両手に集め、ヒートチョップで超高熱の溶岩弾や溶岩ビームをことごとく叩き落した。富士樹海の戦いではかなり苦戦を強いられた溶岩エネルギーによる攻撃を、完全覚醒した今のアミスはものともしなかった。

「行けェ。アミス!」

 コヅカの咆哮を合図に、アミスとグラゴ星人は双方から駆けより再び格闘を開始した。

 だが格闘能力においても、もはや力の差は歴然としていた。アミスのヒートパンチとヒートキックは、繰り出されたグラゴ星人の拳や蹴りを軽々とはじき返し、相手のボディや顔面にことごとく正確に打ち込まれた。

 それらは単なる打撃に留まらず、エネルギーの炸裂を伴ってグラゴ星人の体表組織を破壊した。

 とどまるところを知らぬアミスの連打を受けたグラゴ星人は、上身体のいたる所の皮膚組織を破壊され、傷口からダラダラとヘドロの体液を流してよろめいた。

 アミスはグラゴ星人の首と腕をきめると、全身の筋肉を膨らませ一気に頭上へと抱え上げ、そのまま背後の地面へと叩きつけた。

ギョエエエエ。

 自らの膨大な重量によってとてつもないダメージを受けたグラゴ星人は、それでも二本の足で立ち上がった。

「アミス、あと一歩だ。あと一撃ヤツに届けば勝てる」

 フドウが戦いの行方を見つめながら拳を握り締めた。

 アミスは不意にグラゴ星人に背を向けると、反対方向へ無数のゾンバーエッジを撃ち出した。ブーメランのように回転しながら三日月型の光の鎌は、天空に鎮座する金色の満月の面前でUターンすると、向かうべき標的を自ら見定めたかのように急降下した。

 一方アミスは、両腕を左右に広げて力を込めた。能登で海竜ドラガロンを葬ったもうひとつの必殺技パイルスラッシュの構えである。

 グラゴ星人はすかさず深海バリヤーを発生させた。しかもゾンバーエッジとパイルスラッシュのダブル攻撃であることは既に予測しているため、深海バリヤーは最初から縦列二連に構えられていた。

 背後からゾンバーエッジが飛来するタイミングをはかり、アミスは広げて構えていた両腕を前方のグラゴ星人へ向け、指先まで真直ぐに揃えて一気に突き出した。

ビュン!

 夜の闇を切り裂いてアミスの左右をゾンバーエッジが通過し、同時にアミスの指先から鋭利な光の槍パイルスラッシュが飛び出した。

 ふたつの光の武器は、まったく同時に深海バリヤーに突き刺さった。

 二重バリヤー対二重攻撃。

「突き破れェ!」

 叫んだのはサキョウだった。

ザシュッ。

 何発ものゾンバーエッジがひとつめのバリヤーに穴を穿ち、その穴をこじ開けるようにパイルスラッシュが第二のバリヤーに突っ込んだ!

「届いたか?」

 BGAM隊員たちは皆、息を殺してグラゴ星人のようすをうかがった。

 デラが指摘したコア体の真正面。必殺のパイルスラッシュは、ふたつめのバリヤーを見事に突破しながらもわずかにその標的には届いていなかった。その距離僅かにあと一メートル。

「駄目か?」

 グラゴ星人はゆっくりと己の喉元を見下ろし、中空で静止しているパイルスラッシュの切っ先を確認すると、アミスに向かってゆっくりと首を左右に振った。

―この星の守護者よ、届かぬこの距離はお前の力の限界。僅かだか絶対の距離よ。

 再びグラゴ星人の口が「にぃ」と吊り上がった時、アミスはまだ両手の中に残るパイルスラッシュの手前で両腕を素早くクロスさせた。

 十字の両腕から放たれたテルミニード光線は、パイルスラッシュをつたって一気にふたつの深海バリヤーへと走った。あらかじめバリヤーに穿たれていた突破口をすり抜けたアミスの必殺光線は、パイルスラッシュの先端から、まるでプラグの電極から放電されるようにグラゴ星人のボディへと襲いかかった。

 ビクビクビク。グラゴ星人の全身が激しく痙攣した。何が起こったのか、当のグラゴ星人にもにわかに理解できなかったようだ。

 恐る恐る、衝撃が走った喉元へ視線を落とす…。

 そこには何も無かった。

 肉も。

 ヘドロの体液も。

 骨格も。

 そしてコア体も。

 テルミニード光線がボディを貫き、あらゆる体組織を破壊して巨大な穴を穿っていたのだ。

―馬鹿な!

 いびつなシュモクザメの化け物は、そう言いたかったのかもしれないが、次の瞬間大音響とともに爆発して散った。季節はずれの花火のように鮮やかな炎が夜空を照らした。

 アミスは最後の肉片が地面に落ちたのを見てゆっくりと十字の構えを解いた。

 

「デラ、しっかりして。デラ」

 ストレッチャーに乗せられて救急用ヘリに運ばれるデラに寄り添い、シュンはずっと語りかけていた。

「下がってください。患者は意識がありません。話しかけても無駄です。それに運搬の邪魔です」

 見かねた救急隊員が注意してシュンの肩を押した。

「で、でも彼女のそばに…」

「よさんか、ソラガミ隊員。デラ隊員は彼らに任せておきたまえ」

 背後からフドウがシュンを制した。

 ストレッチャーごとデラはヘリに乗せられ、輸血の準備が整えられようとしている。このまま応急手当を施しながら病院へ空輸されるのだ。

 救急隊員がパイロットに合図を送ると、パイロットは頷いて離陸態勢に入った。

 シュンは離陸の直前、再びヘリに駆け寄り救急隊員に尋ねた。

「搬送先は?」

「一条記念病院」

 

 都心はぎりぎりのところで救われた。

 被害は甚大であると言わざるを得ないが、完全な復興はそれほど遠い日ではなかろう。

 倒壊した建物や寸断された高速道路の修復、ケガ人の応急手当、それに飛び散ったグラゴ星人の肉片の回収と消毒作業など…さまざまな後始末のプロたちが忙しく働くウォーターフロントエリアは、ある意味でとても活気に満ちていた。

「終わったな」

 コヅカがため息の一部に声をのせた。

「勝ったのね、私たち」

「ああ、だが、デラ隊員とウルトラマンアミスのおかげだ。彼らなくして今度の勝利はあり得なかった」

 サキョウの言葉に皆無言で頷いた。

 フドウがシュンの傍らへ歩み寄って肩に手を置いた。

「大丈夫。デラ隊員は助かるさ」

 シュンは、フドウの目を見返した。気休めを言う男ではない。フドウにはそれなりの根拠があったのだ。

「実はデラ隊員には三日に一度のペースで健康診断を受けてもらっていたんだ。もちろん私の命令でね」

 そのことは他のBGAM隊員にも初耳だった。

「忙しい作戦行動の合間を縫ってだったから、彼女も大変だったと思うがね。しかし、まさにこうした事態に備えて、彼女の肉体のあらゆるデータを取っておきたかったんだ。病院で遅滞無く、適切な処置が施せるようにな」

 フドウは言葉を選ぶように少し考える間を置いて、再び話し始めた。

「君たちにも一度話したが、最初の検査において彼女は、明らかに宇宙人と思われる特徴をいくつか体内に残していた。だが、検査を重ねるにつれて、徐々に俺たち地球人と同じ肉体の組織へと変わっていったんだ。どこから見ても完全な地球人となるべく、少しずつ変貌を重ねていたのさ。恐らく、任務終了後もその星で生きねばならぬ宿命から身を守るための手段だろう。彼女の肉体に関する最新の検査データは、搬送先の病院へ既に送られているはずだ。だから安心したまえ」

「これは私の想像なんですが、彼女は肉体が地球人へと変貌すると同時に、ルパーツ星人として本来持っていた超能力を次第に失っていたんじゃないでしょうか?使命に対する彼女の焦りかたはどこか異常でした。日を追ってその焦りは深まっていたような…」

 サキョウの言葉にセイラは、フドウの顔をうかがった。サキョウの言うとおりなのか?と問うていた。

「うむ。私も薄々そう感じていた。デラ隊員が最後にクーガーを借りたのは、衰えて行く己が能力を逆にクーガーのセンサーで補うためだったのだろう」

「そんな…私ぜんぜん気づかなかったわ。遠い星を守るために一人でやって来たデラ隊員…。自分に本来備わっている力を失うことは、ルパーツ星人であれ地球人であれ心細いものよ。なのに誰にも打ち明けられずに…」

 セイラは傷ついた仲間を思って心を痛めた。

「ところで、ソラガミ隊員」

 フドウのあらたまった口調に、シュンは「はい」と振りかえった。用件はわかっていた。

「これをもって、グラゴ星人撃退のための一連の作戦行動を終了する。同時に、ソラガミ、デラ両隊員の臨時隊員資格も失効することとする」

 サキョウ、コヅカ、セイラそしてスルガの四人がフドウの後ろに整列してシュンに相対した。

「この星を守るため、故郷を捨てて我々に協力してくれた君たちの正義感と勇気ある行動に心より感謝と敬意を表する」

 フドウらはシュンに向かって敬礼した。

 シュンもゆっくりと丁寧に敬礼を返した。

 7章「剣山」→