涼宮ハルヒの憂鬱
2006年4月~7月
このアニメに“真剣に”接することができたのは2011年のGWです。(WOWOWさんに感謝です)いかに高齢者とはいえ、仮にもアニメファンを自称する者としては遅すぎる視聴であったと認めるほかはありません。 もっと以前にテレビ放映を1~2度見る機会に恵まれてはいたものの、あの世界観に“途中から”触れたところで、電脳硬化症に蝕まれた私の脳みそ型旧式HDDは、作品が内包する面白さなど到底解析できるものではなかったのです。 その面白さは、お話の冒頭から哀れなるキョン君とともにこの複雑怪奇なる世界へ、まるで草津温泉のあつ~い湯船に足を差し入れるが如くそろりそろりと入ってゆかねば味わえません。自分が存在するこの日常と、まるで肌をぴったりと寄せ合うが如く存在する驚愕の非日常の面白さなのです。と同時に底知れぬ不気味さなのです。この作品そのものが、古泉君がその本性を現す『閉鎖空間』であるのです。 ある部分では『うる星やつら』と似たテイストを醸し出しているようにも思えます。 ラムちゃんという他の登場人物の追随を許さぬ圧倒的かつ絶対的な存在をヒロインにいただき、何の変哲もない日常を舞台に、“超”がつくほど非日常的な事件が次々と発生します。ハルヒもまたしかりです。ただ『うる星』が数々の超絶アイテムとともにあまりにも露骨に非日常を爆発させるのに比べ『ハルヒ』の世界ではあくまでもひたひたと静かに、かつ確実に非日常が侵攻してくるのです。その先にあるのは「世界の終焉」であるとのこと。情け容赦ありませんね。この点において『ハルヒ』は『うる星』よりも数段ハードな内容です。 ぱごすけが“好きな劇場版アニメーション”の上位にランクさせている『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』とハルヒエピソードの中の『エンドレスエイト』は(はからずも?)外見上たいへんよく似た展開を見せます。 『ビューティフルドリーマー』は、学園祭前日という楽しい1日をあたるたち大好きな仲間とともにいつまでも過ごしていたいというラムちゃんの願望を妖怪「夢邪鬼」が聞き入れたことによっておこるエンドレスストーリーです。しかし、それはあくまでもラムたちがいる友引町だけのこと。時は流れ、季節は移り、世界は正常に動いています。そのギャップに気づいてしまった人たちは片っ端から夢邪鬼の巧妙な“わいろ”にからめ捕られ、自身が望む夢の世界へと閉じこもっ かたや『エンドレスエイト』は世界が、いや宇宙全体をも巻き込んで8月最後の2週間が繰り返されます。未来そのものが消失してしまうのです。有無を言わさぬ設定です。この2週間で生まれた赤ん坊は何度も何度も生まれ直し、亡くなった方は何度も何度も死を経験します。(本人たちに自覚はないので実際には1度きりの体験なのですが)その回数たるや実に1万数千回!1回が2週間ですからね!!!その原因が、ヒロインハルヒの「なんとなく満足できない夏休みの終わり方」にあるというのですよ。どうなんでしょうね? しかもこの間、まったく同じエピソードを6回(ループに気づかぬ初回と、ループから抜け出した最終回を含めると実に8回!)にわたってアニメで実際に放映しています。絵も音声も使いまわしなしで、毎回ちょっとずつセリフや浴衣の模様や立ち位置などを違えてはありますが、おんなじエピソードを6回連続です。製作者はつくづくエエ根性しています!視聴者はハルヒに振り回されるキョンの気持ちと強制的にシンクロさせられるのです。あれ、この話前回も見たぞ?今回はこのループから抜けられるのか?そのデジャブはどうなんだ…ほら…キョン、気づけ!気づいてくれ!9月1日へと脱出してくれ!と祈らずにはいられません。そしてエンドロールの開始と共にファンたちは皆悲鳴をあげ、あるいは怒り、あるいは泣き、あるいは無言で仰向けにひっくり返るのです。 放送当時非難ごうごうであったこの試みは、まさに体験型アニメーション(表現あってるかな?)の先駆と言ってよいでしょう。少々しつこいという気もしますが…。(ついでに付記しますが、こうしたしつこい手法をとらずに、同一日の無限連鎖を見事に表現してみせたビューティフルドリーマーは、やはり名作であったと再確信しました) さて、登場人物においてヒロイン涼宮ハルヒはあくまでも無邪気です。さまざまな事件の発端には必ず彼女の存在があるのですが、このアニメはもっぱらハルヒによって引き起こされた超常事件にキョンらSOS団員が巻き込まれることによって展開してゆきます。つまりハルヒはコンパスの針なのです。円を描くために奔走するのはキョンたちです。(いや、ハルヒをとりまく全宇宙です)円を描いている最中に中心の針がブレたりしようものなら収集のつかぬ大事件になりますから、団員たちは肝心かなめの針が動かぬよう、ブレぬよう、死に物狂いで状況のお膳立てをするのです。ストーリー展開においては、ハルヒ以外のSOS団員たちのほうがはるかに重要なポジションを占めているというわけです。 物語の語り部キョン君。知的な状況解説担当の超能力者古泉君、お色気担当のタイムトラベラーみくるさん。そして…ぱごすけが最重要視している文芸部員の長門さん。彼女は宇宙人が造ったアンドロイド(正確には対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース)なのですが、逃げ場の無い閉鎖空間に閉じ込められても、帰還手段なしで3年前の世界に置き去りにされても、先述の無限ループの2週間にあっても、彼女だけはその一部始終を観察し、認識し、記録しています。そしてこの無口で小柄な人型インターフェースは、絶体絶命と思われる状況下で、あたかも天啓のごとき短いひとことを発するのです。キョンたち(=世界)を救うひとことを! ファンでさえもが非難の声をあげた「エンドレスエイト」においても、長門有希は“作品世界の最後の良心”と呼ぶにふさわしい存在であったと確信するぱごすけであります。そのうえ劇場版「~消失」では、さっぱり登場せぬハルヒに替わってほぼ主役級の存在感を醸し出したうえに、なにやらキョン君との淡いラブストーリーまで演じて見せてくれます。小柄な体、動かぬ表情の奥で長門さんは何を見、何を思うのでしょうね? 涼宮ハルヒに力づくで制服をはぎ取られんとする朝比奈みくるさんの飛び道具のごとき可愛らしい悲鳴と、ハルヒが言いだす突飛なイベントに黙々とつき従う無表情な長門さん。あなたはどちらに心奪われますか?(え、選択肢はこのふたつかって?当たり前でしょうよ! 書いているうちにまたDVDを見たくなってきました。もう一度あの閉鎖空間へそろりそろりと足を踏み入れてみることにします。 これからの30分、あなたの目はあなたの体を離れ、この不思議な時間の中に入って行くのです。 |